博 士 ( 工 学 ) 矢 口 久 雄
学 位 論 文 題 名
アルゴンのナノ液滴の気液平衡と 真空蒸発に関する分子動力学
学位論文内容の要旨
微小液滴は、インク ジェットプリンター、ディーゼルエンジン、水蒸気ターピンをどの工学機器 に広く関わっている。また、気象学での雲粒生成をど・丶工学以外の分野への関わりも深い。このよ うを例では多数の液滴 のふるまいが問題とをるが、 その基礎とをるのは個々の 単一液滴のふるま いである。それゆえ、 単一液滴とそれを取り囲む蒸 気から掾る一成分気液二相 系は、理想化され た系として基本的かつ 重要な系である。この系を特 徴づける巨視的な現象論に 基づく理論式とし て、蒸気圧と液滴の内 部圧カと表面張カのカ学的っ り合いを意味するLaplaceの式、蒸気圧を与え るKelvinの式、表面張 カに関するTolmanの式顔どが 知られており、蒸気圧や表 面張力顔どが液滴 半径の関数として表さ れている。巨視的理論は、多数の分子の乱雑を運動の結果として決定される 系の状態を、温度や圧 カをどといった少数の巨視的変数によって記述する立場にあり、気相と液相 がそれぞれ十分に多数 の分子からをる平衡系であることを前提とする。しかし、半径わずか数ナノ メートルの微小液滴(ナノ液滴)の場合には、液滴(液相)を構成する分子数は非常に少をいために、
このよう教前提が崩れ て巨視的理論が通用しをくなる可能性がある。ナノ液滴に対して巨視的理論 が破綻する可能性は幾 人かの研究者によって指摘されてきたが、どのようを巨視的理論の関係式が どの程度の液滴半径で 破綻するのか、そのときの気液平衡状態の特徴はどのようにをるのか、をど といったことはいまだ 明らかにされていをい。また、ナノ液滴がそのようを状態でも安定に存在し て気液平衡を維持しうるのかも不明である。
また、上記の平衡問 題のほか、液滴の気液界面で 蒸発あるいは凝縮が生じる 非平衡問題も解明 され てい をい。蒸発・凝 縮をともをう気体のふるまい を知るためにはBoltzmann方 程式を基礎と する分子気体力学によ らをければをら極いが、その解析には気液界面での境界条件(気体論境界条 件)が必要とをる。し かし、液滴の気液界面における気体論境界条件は分かってい蕨い。これまで 用いられてきた気体論 境界条件は、真空にさらされた液相から蒸発(真空蒸発)する分子として定 義される自発蒸発分子 について、その速度分布関数の規格化された関数形を液相の温度に対応した Maxwell分布と仮定して いた。この仮定は、気液界 面が平面である場合には、三重点近傍では物理 的に正しいことが分子 動力学計算から確認されているが、液滴に関して正しいかどうかは不明であ る。また、気体論境界 条件に含まれる蒸発係数と凝 縮係数とよぱれる2つのパラメータの値も、液 滴に関しては全くわかってい教い。
はじめに本研究では 、巨視的理論が破綻する液滴半径、そのときの気液平衡状態の特徴および液 滴の安定性について明 らかにする目的で、Laplaceの式、Kelvinの式、Tolmanの式の成立の可否を 様々教大きさのナノ液 滴に対して検証する。この検証を行うためには、蒸気圧、液滴の内部圧、表
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面張カの正確を値が必要とをる。しかし、これらの値を求める実験をナノ液滴について行うことは 技術的に困難である。また、検証すべき対象である上記の関係式も一切用いることができ謡い。そ こで、研究手法として、分子の運動量と分子間カから圧カを求められる分子動力学法を採用した。
表面張カは圧力分布からカ学的定義に基づぃて求めることができる。
分子動 力学法 を用い て、温度85〜105K、 液滴半径1〜4 nmの範囲で、アルゴンのナノ液滴とそ れを取り囲む蒸気の気液平衡系を実現した。その結果、圧カは半径方向の座標に対する連続かつ微 分可能を関数であることが確かめられた。そして、このことに基づぃたカ学的議論によって、本計 算で実現されたすべてのナノ液滴に対してLaplaceの式が定量的に成立することを示した。表面張 カは液 滴半径が 微小に 顔るほど小さくをり、Tolmanの式による表面張カは、分子動力学の結果と 定量的 に一致し なかっ た。蒸気圧は液滴半径が微小になるほど高くをり、温度105Kをのぞぃて、
液滴半径約1.5 nm以上の範囲では、Kelvinの式が定量的によく成立することが確認された。また、
Kelvinの式が 定量的 に成立しをくをりはじめる液滴半径約1.5 nm以下から、気相と液相の化学ポ テンシャルのっり合い(巨視的気液平衡条件)が崩れはじめることが分かった。このことは、Kelvin の式をはじめとして、巨視的気液平衡条件に立脚する理論が破綻する原因とをる。教お、巨視的気 液平衡条件が成立しをい原因としては、液相の分子数と遷移層内の分子数が同程度とをることが考 えられ る。また 、液滴 の安定 性につ いては 、Kelvinの式が破綻するほど微小を半径1nm程度の液 滴であ っても、200 ns以上 にわた って気 液平衡 状態が 安定に維 持され ることが確かめられた。
次に、ナノ液滴の気液界面における蒸発係数、自発蒸発分子の速度分布関数を明らかにすること を目的として研究を行った。蒸発・凝縮に関するこのようを非平衡問題を調べるためには、分子動 力学法 によらを ければ をらを い。そ こで、 液相温度85〜105K、液滴半径1〜4 nmの範囲でナノ液 滴の真空蒸発の分子動力学計算を行った。液相から真空ヘ蒸発する自発蒸発分子の個数から蒸発質 量流束Jevapを求めた結果、平面の気液界面と同じ値の蒸発質量流束Jevapが得られる検査面R。vap が、ナノ液滴近傍の気相に存在することが分かった。さらに、気液平衡状態における気液間の質量 流束Jeqを用いて、検査面Revapにおいて蒸発係数(んッap/Jeq)を決定した結果、蒸発係数は、液滴 半径が微小にをるほどが小さくをることが明らかと教った。これは、Jevapが液滴半径によらない のに対 して、Jeqは液滴 半径が小さいほど大きくをるためである。また、Kelvinの式を用いてJeq を表すことによって、液滴の蒸発係数の半径依存性を記述する理論式を得た。この理論式は、温度 85,90Kにお いて液 滴半径 約1.5 nm以 上の範囲 で、分子動力学計算による蒸発係数と定量的に良 く一致した。一方、検査面ReVapにおいて自発蒸発分子の速度分布関数を求めたところ、その規格 化され た関数形 は気体 論境界 条件の 仮定す るMaxwell分布には一致しをいことが確かめられた。
以上の本研究の取り組みによって、アルゴンのナノ液滴と蒸気の気液平衡状態での蒸気圧、表面 張力、化学ポテンシャルをどが分子レベルの情報から正確に求められた。また、巨視的理論である Laplaceの式、Kelvinの式 、Tolmanの 式の有 効性が検証され、とくにKelvinの式については、適 用限界となる液滴半径およびその原因となる系の特徴が示された。さらに、アルゴンのナノ液滴の 気液界面での質量流束、蒸発係数、自発蒸発分子の速度分布関数が明らかにされた。これらの研究 結果から得られた知見は、微小液滴およびその気液界面に関わる物理を理解する上で有用であるば かりでをく、これらの知見をもとにして気液界面での質量・運動量・エネルギー輸送の解明が進め ば、より具体的を問題、たとえば、液滴乾燥、液滴燃焼、核生成をどにも資することが期待される。
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学 位 論 文 審 査 の 要 旨 主査 教授 藤川重雄 副査 教授 大島伸行 副査 教授 明楽浩史 副査 准教授 渡部正夫
副査 教授 矢野 猛(大阪大学大学院 工学研究科)
学 位 論 文 題 名
ア ル ゴ ン の ナ ノ 液 滴 の気 液平 衡と 真 空 蒸 発 に 関 す る 分 子 動 力 学
液滴と蒸気からをる一成分気液二相系は噴霧流れ,液滴燃焼,微粒子生成顔ど工学上の問題と深く 係わっている基本的を系のーつである.本論文は,ナノスケールの液滴(以下,ナノ液滴)が周囲蒸気 と気液平衡状態あるいは非平衡状態にある場合,蒸気圧,表面張力,化学ポテンシャル,質量流束,蒸 発係数が液滴のサイズによってどのように変化するかを明らかにしたものである.本論文では,基本 的 を 以 下 の ニ つ の 問 題 が 分 子 動 力 学 法 に 基 づ ぃ て 詳 細 に 調 べ ら れ て い る . Iナ ノ 液 滴 と その 蒸気 の気 液平 衡 系で の液 滴内 圧力 , 蒸気 圧, 表面 張 力, 化学 ポテ ンシ ャ ル 気液平衡系における液滴内 圧力,蒸気圧および表面張カをどの巨視的物理量は系の温度と液滴半 径の関数として記述される.気液平衡系での液滴内圧カと蒸気圧のカ学的釣り合いに関するLaplace の式,蒸気圧の液滴径依存に関するKelvinの式,表面張カの液滴径依存に関する′rolmanの式は,連 続体力学と熱力学に基づぃて 導かれている.連続体力学と熱力学は十分に多数の分子から構成され る平衡系を前提とし,系の状態を巨視的物理量によって表現している.しかし,ナノ液滴のように極 めて微小を液滴の場合,液相の分子数は著しく少をく,この前提が成り立たをくをる可能性がある.
本研 究で は, 温度85Kから105Kま での アル ゴン の ナノ液 滴と蒸気の気液平衡状態に関 する分子 動力学計算を注意深く行い、以下の知見を得た.
(1)液滴半径が1nmよりも小さ 誼ナノ液滴が長時間にわた って安定に存在し得る.液滴半径の下限 は,例えば85Kで0.3nm程度である.
(2)長時間平均として定義される法線圧カは座標の連続関数であるだけで毅く,微分可能ををめらか を関数であり,ナノ液滴に対してもLaplaceの式は成立する,
(3)半径1nm程度のナノ液滴は ,気液平衡状態であっても,バルク気相と′ヾルク液相の化学ポテン シャルは釣り合わをい.した がって,化学ポテンシャルを用いて導出されるKelvinの式も成立しを い.これは,バルク液相を構 成する分子数と遷移層内の 分子数が同程度であることが原因である
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(4) Tolmanの 式 に よ る 表 面 張 カ の 値 は 分 子 動 力 学 の 計 算 値 と10%程 度 異 を る . IIナノ液滴の気液界面における質量流束および蒸発係数
蒸発・凝縮 をとも教う気体のふるまいを 記述するにはBoltzmann方程 式を基礎とする分子気体 力学によら誼ければをら教いが,その気液界面における境界条件(気体論境界条件)には蒸発係数,
凝縮係数とい う2つのパラメータが必要と をる.しかし,ナノ液滴の気液界面におけるこれらの係 数は全く分かっていをい.また,分子気体力学の気体論境界条件が正しいことはこれまで平面の気液 界面について確認されているが,ナノ液滴の気液界面に関しては不明である.本論文では,アルゴン のナノ液滴の 真空蒸発に関する分子動力学計算によって,液相から自発的に蒸発する分子の質量流 束である蒸発 質量流束が求められ,ナノ液滴の気液界面における蒸発係数(気液平衡状態での凝縮 係数)が明らかにされた,また,気体論境界条件において自発的に蒸発する分子の規格化された速度 分布関数を液 相温度に対応したMaxwell分 布と仮定することの是非が,ナノ液滴の気液界面に対し て詳細に調べられた.その結果,以下のことが明らかとをった.
(1)ナノ液滴の気液界面近傍に,液滴半径に依存せず平面液膜と同じ値の蒸発質量流束が得られる面 が存在する.
(2)その面での蒸発質量流束の規格化された速度分布関数は,気体論境界条件が仮定する液相温度に 対応したMaxwell分布にはをら顔い.
(3)液滴半径が微小にをるほど,液滴の気液界面における蒸発係数(気液平衡状態での凝縮係数)が 小さくをる.これは,蒸発質量流束が液滴半径に依ら誼いのに対して,気液平衡状態における気液間 の質量流束は液滴半径が小さいほど大きくをるためである.
以上を要するに,本論文はナ丿液滴に対する気液平衡での液滴の安定性,表面張力,蒸気圧および 化学ポテンシ ャルを分子動力学法に基づぃて正確に計算し,連続体力学および熱力学に基づぃて導 出された従来の結果の適用限界を明らかにした.さらに,真空蒸発に関する気液非平衡系での質量流 束を正確に計 算し,液滴の気液界面における蒸発分子の速度分布関数および蒸発係数を正確に求め た.これらの成果は機械工学,航空宇宙工学,化学工学,海洋工学,さらには気象学に大きく貢献する ものである.よって,著者は北海道大学博士(工学)の学位を授与される資格があるものと認める,
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