博 士 ( 歯 学 ) 野 田 坂 佳 伸
学 位 論 文 題 名
培養細胞の免疫電顕的観察のための新しい樹脂包埋法
― 光学 顕 微鏡 像 と 透過 電 子 顕微 鏡像の対 比一
学位論文内容の要旨
我 々の 研 究グ ル ー プで は , ここ 数 年に わ た って ヒ ト歯 根 膜 線維 芽 細胞(PDLF)に お け る 細 胞間 接 着装 置 に関す る免疫組 織化学的 検索を行っ ている. この過程 で我々は , PDLFが , 一 般に は 上皮 細 胞 のみ に 存在 し , 特殊 な 細胞 を 除 いて 間 葉 系細 胞 には 存在 し なしヽと されてし ヽるdesmosomeを構成する蛋白を発現することを明らかにした.この こ と は ,PDLFにdesmosomeが存 在 す る可 能 性を 強 く 示唆 し てい る . そこ で 我々 は , 培 養 ヒ トPDLFを 用 い て , 細 胞 間 に お け るdesmosome様 構 造 の 存 在 と , 同 部 位 に お け るdesmosome構成蛋 白の発現 を免疫電 顕的に検索 すること に亠した .ところ が,これ ま で の 免疫 電 顕的 検 索は組 織標本に 限られて おり,培養 細胞での 検索はほ とんど行 わ れ て い ない こ と, そ の 大き な 理由 の1っ は ,培 養 細胞を 対象とし た免疫電 顕のため の 樹 脂 包 埋法 が 確立 き れてい ないこと にあるこ とが分かっ た,そこ で本研究 では,ま ず 培 養 細 胞 を 用 い た 免 疫 電 顕 的 観 察 の た め の 新 し い 樹 脂 包 埋 法 の 開 発 を 試 み た . 免 疫電顕に はpreーembedding法,post―embedding法,凍 結超薄切片 法があるが,信 頼 性 や 簡便 性 の点 か らpost―embedding法 が 最 も一 般的に 行われてい る.このpost― embedding法に よ る免 疫 電 顕法 で は, 抗 原 性の 保 持と 親水性に優 れたアク リル系樹 脂
( 一 般 的に はLR White樹脂 ) に 包埋 し ,低 温 で 紫外 線 重合 す る ので あ るが , この 樹 脂を単層培養した培養細胞の包埋にそのまま用いるのは難しい.それは,◎culture dish とLR White樹 脂 が 重 合 過 程 で 化 学 反 応 を 起 こ し 重 合 後 に 分 離 でき な く なる , ◎LR White樹脂 を 重合 す る 際に 酸 素 が存 在 する と 重 合不 全を起こ す,とい う問題点 を有し ているためである.
そ こで本研 究では, ◎の問題 を解決する ために,culture dishの上に組織培養用プラ ス チックシ ート,あ るいは滅 菌カバーグ ラスを置 き,その上で細胞を培養した.また,
◎ の 問 題 を 解 決 す る た め に , 以 下 に 述 べ る 2っ の 樹 脂 包 埋 法 を 開 発 し た , 1)ゼラチンカプセル倒立法
ガ ラス 容 器にLR White樹 脂 を入 れ ,こ の 容 器の 底 に培 養 細 胞の 付 着 した プ ラスチ ッ クシート あるいは カノくー グラスを細 胞付着面 が上になるように沈める.次に,固定 前 に あ らか じ め目 印 を 付け た 目的 と す る細 胞 の 存在 す る部 位 の 上にLR White樹脂 を 満 た し たゼ ラ チン カ プセル を倒立さ せ,これ を静かに引 き上げる と,プラ スチック シ ー ト あ るい は カバ ー グ ラス 上 にLR White樹 脂 で 満た さ れた ( 空 気の 全 く入 っ てい な い)ゼラチンカプセルが倒立した状態を保っことができる.
2)Ostronnを用いたサンドウィッチ法
通常 より やや 柔ら かい状 態に 練っ たOstronnを ,注入 器を 使っ てカ バー グラ スの 周 囲 に3―4mmの高 さに 盛り上 げる .こ うし てで きた 筒の 上に培養細胞の載ったプラスチ ックシートあるいはカバーグラスを裏返してかぶせ,Ostron IIと,の間にすき間が出来 ないように軽く押しっけて蓋をする.その後,あらかじめ開けておいた穴からLR White 樹 脂を 流し 込み ,穴 を塞い で空 気を 遮断 する .ま た, この方法の変法として,あらか じ めOstron IIで3―4mmの 高さ の筒 を作 って 重合 させた 後, 筒の 上下 両面 を磨 いて 平 ら にし たも のを 用意 してお くという方法もある.このOstron IIを用いた方法は,ゼラ チ ンカ プセ ルに 比べ てやや 簡便 さに 欠け るが ,大 きな 資料の包埋も可能であるとぃう 利点を有する. e
なお ,本 研究 で用 いた培 養細 胞は ,第3継 代の ヒト歯 根膜 線維 芽細 胞で あり ,通 法 に 従 っ てDMEM培 地 を 用 い て ,30―50%confluentに 達 す る ま で5%C02環 境 下 で 培 養 した .次 いで ,位 相差顕 微鏡 下で 目的 とす る細 胞の 存在する部位に目印を付け,同 部 位の 光顕 写真 を撮 影し, 通法 に従 って 固定 ,脱 水し た試料を上記の包埋法を用いて 樹脂に包埋し,低温で紫外線重合した.`
本 研 究 で 開 発 し た 樹 脂 包 埋法 を用 いる こと によ り, 重合 不全 を起 こす こと なくLR White樹 脂を 重合 させ るこ とが でき た. また ,culture dishと重 合し たLR White樹 脂 との分離に関する問題も,プラスチックシー卜あるいはカノくーグラス上で細胞を培養 す るこ とに より 解決 された .プ ラス チッ クシ ート の場 合には,シートの端をピンセッ ト など でっ まん で静 かに引 つ張 れば ,容 易に 分離 でき た.但し,カバーグラスの場合 に はっ その まま 液体 窒素に 触れ させ ると クラ ック が入 るので,液体窒素を満たした小 さ な発 泡ス チロ ール 容器の 上に プラ スチ ック 板を 置き ,液体窒素で冷却されたプラス チ ッ ク 板 に カ バ ー グ ラ ス を 押し っけ ると いう 間接 冷却 法を 採用 する 必要 があ った.
こ の よ う に し て 得 ら れ たLR White樹脂 包埋 ブロ ック を, ウル トラ ミク ロト ームで 超 薄切 (通 常よ り厚 いゴー ルド がか った 切片 )し ,通 法に従って免疫染色を施した,
一 次 抗 体 と し てdesmosome構 成 蛋白 であ るdesmoglein,desmocollinI,desmocollin m,plakoglobin、desmoplakinのそれぞれに対する抗体を,二次抗体としてImmunogold conugateIgG(H十M) :15nmを用いた.また,免疫染色後,酢酸ウランとクエン酸鉛の 二 重 染 色を 施 し , 日 立H―800透 過 電 子 顕 微 鏡 で 加 速 電 圧75kVに て観 察 ・ 撮 影 を 行 った.
樹脂 包埋 前に 位相 差顕微 鏡で 撮影 した 光顕 写真 を参 考にしながら,透過電顕像を低 倍 率(200倍 )で 観察 する こと によ り, 培養 段階 で決め てお いた 観察 対象 の細 胞を 容 易に判別することが可能であった.また,観察倍率を上げる(20,000―40,000倍)こと に より 、 deSmOSOme構成 蛋白であるdeSmoglein, deSmoc011inI, deSmoc011inm, plakoglobin、desmoplakinのそれぞれの抗体に反応した金粒子が,培養ヒ卜歯根膜線維 芽細胞の細胞膜近傍と分泌顆粒中に観察された.
以上 のこ とか ら, 培養ヒ ト歯 根膜 線維 芽細 胞は ,desmosomeを 構成 する すべ ての 蛋 白 ,す なわ ち細 胞膜 を貫通 する 蛋白 であ るdesmogleinとdesmocO‖in,細 胞質 側構 成 蛋白であるplakoglobinとdesmoplakinを発現することが明らかとなった,この結果は,
歯 根膜 線維 芽細 胞に おけるdesmosomeの 存在 を強 く示唆 して いる ,し かし なが ら本 研 究 ではdesmosome構造 その もの を観 察す るこ とは できな かっ た. これ は, 培養 細胞 の よ うなinvitroの 環境 では ,invivoのよ うな 外カ が加わ らな いこ とか ら, 蛋白 産生 能 は 発揮 され るも のの ,接着 装置 その もの の形 成に は至 らないためではないかと思われ
学位論文審査の要旨
学 位 論 文 題 名
培養細胞の免疫電顕的観察のための新しい樹脂包埋法
― 光 学 顕 微 鏡 像 と 透 過 電 子 顕 微 鏡 像 の 対 比 一
審 査 は , 赤 池 , 脇 田 お よ び 吉 田 の 各 審 査 担 当 者 が 個 別 に , 学 位 申 請 者 に 対 し て 提 出 論 文 の 内 容 な ら び に そ れ に 関 連 す る 学 科 目 に つ い て 口 頭 試 問 に よ り 行 っ た . は じ め に 学 位 申 請 者 が 本 研 究 を 構 想 し た 経 緯 , 本 研 究 に 関 連 す る 歴 史 的 背 景 , 本 研 究 の 目 的 ・ 材 料 と 方 法 ・ 結 果 ・ 考 察 , お よ び 今 後 の 研 究 の 展 望 な ど を 説 明 し た 後 , 提 出 論 文 の 内 容 な ら び に そ れ に 関 連 す る 事 項 に つ い て 試 問 し た .
細 胞 間 接 着 装 置 の1つ で あ るdesmosomeは , 一 般 に は 上 皮 細 胞 の み に 存 在 し , 特 殊 な 細 胞 を 除 い て 間 葉 系 細 胞 に は 存 在 し な い と さ れ て い る . と こ ろ が , 学 位 申 請 者 を 含 む 研 究 グ ル ー プ は , 最 近 , ヒ ト 歯 根 膜 線 維 芽 細 胞(PDLF)に お け るdesmosome構 成 蛋 白 の 発 現 を 免 疫 組 織 化 学 的 検 索 に よ り 明 ら か に し た . そ こ で 学 位 申 請 者 は , 培 養 ヒ ト PDLFに お け るdesmosome構 成 蛋 白 の 局 在 を 明 ら か に す る こ と を 目 的 と し て , 免 疫 電 顕 に よ る 検 索 を 行 う こ と に し た .
と こ ろ が , こ れ ま で の 免 疫 電 顕 的 検 索 は 組 織 標 本 に 限 ら れ て お り , 培 養 細 胞 で は ほ と ん ど 行 わ れ て い な い . そ の 大 き な 理 由 の1っ は , 培 養 細 胞 を 対 象 と し た 免 疫 電 顕 の た め の 樹 脂 包 埋 法 が 確 立 さ れ て い な い こ と に あ る . そ こ で 学 位 申 請 者 は , ま ず 培 養 細 胞 を 用 い た 免 疫 電 顕 的 観 察 の た め の 新 し い 樹 脂 包 埋 法 の 開 発 を 試 み た ・
免 疫 電 顕 法 で は , 信 頼 性 や 簡 便 性 の 点 か らpost‑embedding法 が 最 も 一 般 的 に 行 わ れ て い る が , こ の 方 法 で 一 般 に 用 い ら れ るLR White樹 脂 は , 抗 原 性 の 保 持 と 親 水 性 に 優 れ , 低 温 で の 紫 外 線 重 合 が 可 能 で あ る な ど 多 く の 長 所 を 持 っ も の の , 酸 素 の 存 在 下 で の 重 合 不 全 や , 重 合 過 程 で のculture dishと の 化 学 反 応 な ど の 問 題 点 を 有 し て い る . そ こ で 学 位 申 請 者 は , 培 養 細 胞 をLR White樹 脂 に 包 埋 す る た め の 方 法 と し て , 「 ゼ ラ チ ン カ プ セ ル 倒 立 法 」 と 「Ostronnを 用 い た サ ン ド ウ ィ ッ チ 法 」 の2つ の 包 埋 法 を 新 た に 開 発 し た . な お , 後 者 は 前 者 に 比 ぺ る と や や 簡 便 さ に 欠 け る が , 大 き な 資 料 の 包 埋
光忠 稔 重 田池 田 吉赤 脇 授授 授 教教 教 査査 査 主副 副
も可能であるという利点を有している.
学位申請者が開発した樹脂包埋法を用いると,樹脂と酸素が完全に遮断されるため,
重合不全を起こすことなくLR White樹脂を重合させることが可能となる.また,細胞 をプラスチックシートあるいはカパーグラス上で培養することにより,重合後にLR
White
樹脂とculture dish
が分離できなくなる問題も解決される.但し,カバーグラ スの分離に際しては,液体窒素で冷却されたプラスチック板にカパーグラスを押しっけ るという間接冷却法を採用する必要がある.なお,本法は,樹脂包埋前にあらかじめ位 相差顕微鏡下で目的とする細胞の存在する部位に目印を付け,同部位の光学顕微鏡写真 を撮影しておけば,樹脂包埋・超薄切後の透過電子顕微鏡写真と容易に対比することが できるという利点を有している・以上の結果,培養細胞のための樹脂包埋法が確立されたので,続いて学位申請者は,
通 法 に 従 っ て 培 養 し た 第3継代 のヒ トPDLFに おける
desmosome
構 成蛋 白の 発現を 免 疫電 顕的 に検 索した .そ の結 果,培 養ヒ トPDLFはdesmosome
を構 成す るすぺて の蛋白,すなわち細胞膜を貫通する蛋白であるdesmogleinとdesmocollin,細胞質側 の 構成 蛋白 であ るplakoglc峨nとdesmopakmを細胞膜近傍と分泌顆粒中に発現する こ とを 明ら かに した. この 所見 は,PDLFに おけ るdesmosomeの存在 を強 く示唆し て いる .しかし 本研究ではdesmosome構造そのものを確認できなかったので,こ の点についてはさらなる検討を行う必要がある.以上の学位申請者の説明に対し,
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.包埋樹脂の比較,2.新ししゝ樹脂包埋法を開発 した際の問題点とその解決手段,3.本研究で開発した樹脂包埋法の利点と欠点,4.本包埋法の応用に関する将来展望,5.免疫電顕法の比較,6.細胞間接着装置の構造 と機能,7.他の組織学的研究法,などに関する口頭試問が行われたが,いずれの質問 に対しても明快な回答が得られたことから,学位申請者は本研究に直接関係する事項の みならず,顕微解剖学全般に亘って広い学識を有していると認められた.また審査担当 者からは,本研究で開発した培養細胞の免疫電顕的観察のための新しい樹脂包埋法は,
今後の免疫電顕的研究に大きく寄与するであろうことが高く評価され,細胞間接着装置 に関する研究の将来展望に関しても,本研究を元にして今後ますます発展してゆく可能 性が高いと認められた・