近畿大学文芸学部 〒 577-8502 大阪府東大阪市小若江 3-4-1 Faculty of Literature, Arts and Cultural Studies, Kindai University, 3-4-1 Kowakae, Higashiosaka, Osaka, 577-8502, Japan
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芸術か、貨幣か?
― ドイツの金融機関における現代写真コレクションの美学 ―
鮎川真由美
Kunst oder Geld?: Ästhetik der gegenwärtigen Fotosammlung
in deutschen Banken
Mayumi Ayukawa
Abstract
In der modernen Wirtschaftsgesellschaft steht in der Mitte des sozusagen Hauses (οΐκος) der Welt, nicht wie im Mittelalter die Kirche, sondern das Finanzinstitut, das heute in Deutschland nicht nur Geld handelt sondern auch Kunstwerke aktiv sammelt. Diese Kunstsammlung, die in den Firmenhochhäusern Frankfurt am Mains ausgestellt wurde, wird von der einstigen „musealen Konvention freigesetzt und besteht nun als „Kunst am Arbeitsplatz neben rege arbeitenden Menschen. Im vorliegenden Aufsatz sind diese Beobachtungen Gegenstand der ästhetischen Untersuchung. Im ersten Kapitel wird das Verhältnis von Kunst und Wirtschaft unter vier Aspekten, 1) der „Ächtung der Ökonomie(Grasskamp), 2) Geschmack und Markt, 3) das Schöne und Preis (Kant) sowie 4) der Frage, ob Fotografie Geld ist (Sekula, Marx), begrifflich und historisch untersucht. Besonders Sekulas Diskurs zufolge ist Fotografie ein transzendentales und ästhetisches Normmaß um alle Bilder der Welt in einem Form einheitlich zu sammeln, wie Geld als allgemeines Äquivalent aller Waren. Im zweiten Kapitel wird die grundlegende Idee Beltings, „die Welt im Bild zu besitzen , behandelt und das letzte Kapitel untersucht die Titelfrage „Kunst oder Geld? praktisch am Beispiel der .
序
経済とは何か?この問いは、とりわけ近代社 会においては、きわめて本質的な問いである [Vgl. Zur Lippe,S.61ff.]1)。経済(Ökonomie)の
語は、古代ギリシア語の、家を意味するオイコス (οΐκος)に法を意味するノモス(νόμος)の合体 したオイコノミア(οΐκονομία)に由来する。そ れゆえこの語は、法に基づく家の管理、すなわち 家政を表すが、一方、キリスト教神学において は、いわば世界という装置の管理のありようを指 す、救済史の思想上の重要な概念でもある[Vgl. Ritter,S.1149ff .]。 資本主義経済社会の現在、世界という家(オイ コス)の中心を占め、それを支配するのは、たと えば、中世ヨーロッパにおけるような天に聳える ゴシックの教会ではなく、いちだんと高い高層建 築の主である金融機関であるといっても過言では ないだろう2)。 写真Ⅰ フランクフルト・アム・マイン 神と人間とを媒介する場である教会に代わり、貨 幣と人間とを媒介する場である金融機関の台頭と いう事実は、聖と俗との、あるいはキリスト教と ユダヤ教との対立関係をめぐる言説へと、端的に 回収して済むものでもない。 本稿では、第1章において芸術と経済との関係 性について歴史的、概念的に確認、第2章では近 代の複製技術と収集をめぐって写真と貨幣に焦点 をあてて考察する。第3章では、それまでの論点 を踏まえたうえで、写真を中心としたドイツ銀行 のアート・コレクションの実践的問題について具 体的な検討を行う。 1 芸術と経済の関係性 「芸術家とは、神との戦いにたずさわるものの ことである」[Fenkart,S.7]3)とは、ロック世代の
詩人パティ・スミス(Patricia Lee Smith, 1946-) の言葉であるが、それは、はたして神とだけであ ろうか。それは、芸術を担う反骨者として、あた かも合理的なシステムである経済との戦いでもあ るのではないだろうか。 だがそもそも芸術と経済とは、反発するのか、 あるいは交わるのか。両者の交わる領域として思 い浮かぶのは、美術市場、美学やアート・マネジ メントの関わる創造産業などであろう。すでに 社会学者ルーマン(Niklas Luhmann, 1927-1998) は、その社会システム理論の一端として、『社会 の経済』(1988)とともに『社会の芸術』(1995)を 著している。 いずれにせよ、芸術と経済とは古来、相互 の影響関係のなかでともに発展してきた一方 で、両者の関係性に明白な変化のあった 18 世 紀を経て、今日の議論に至っている点は重要で あろう。本章ではまず、芸術と経済との錯綜し た関係性をめぐり、芸術批評家ヴァルター・グ ラスカンプ(Walter Grasskamp, 1950-)の論 考「経済の破門(Die Ächtung der Ökonomie)」 [Grasskamp,S.15-22]をもとに宗教的視点を踏ま
1 − 1 「破門」された経済
資本主義経済の原動力とは、基本的には、人間 における利益獲得欲求(あるいは「衝動的物欲 (triebhafte Habgier)」[Weber,S.155])である。
この現代の問題の根源をたどってゆきつくのは、 まず、西洋の中世キリスト教における、利益獲得 を排斥した思想であろう。だが、じつは教会は、 この「汚れた貨幣」[Grasskamp,S.18]との関わり に、アンビヴァレントな感情をもっていた。 「利益(Profit)」を教会は否定していたが、そ れは、ひとつには、キリスト教におけるいわゆ る〈七つの大罪〉(高慢・激情・羨望・堕落・貪 欲・大食・肉欲の七つの欲望や感情)の一つで ある「貪欲(Habsucht)」のモチーフとそれが 関連づけられるからである。しかしその一方で、 教会活動の維持のためには、何らかの財政的援 助に頼らざるをえず、それらの受領に対して教 会は「過度に潔癖であることもできなかった」 [Grasskamp,S.18]のである。 中世末からルネサンス期には、キリスト教会の 世界進出とともに、その経済的運営も逼迫し、こ うした中世的な教会の経営ぶりの矛盾がますま す顕著になるなか、ルター(Martin Luther, 1483-1546)やカルヴァン(Jean Calvin, 1509-1564)ら の宗教改革者によって、信仰の根本的動機の再考 が促されるようになる。ここで「逆説的にも重要 なのは、教会によって、経済的成功の罪深さと いうテーゼが廃棄されたことが、宗教改革の重 要な成果に属するものである」[Grasskamp,S.18] と い う 点 で あ る 。 そ れ は つ ま り 、「 天 職 労 働 (Berufsarbeit)の結果としての富は、神の恵み」 [Weber,S.155]とみなされた、ということなの である。そのように、資本主義の成功に対する プロテスタントの倫理の逆説的な意義を際立た せたのは、マックス・ヴェーバー(Max Weber, 1864-1920)であった。こうしてキリスト教にお いて「貪欲」として否定的に評価されてきた人間 の欲望4)は、近代においては、利益獲得への原 動力となる感情[Vgl.Manstetten,S.263ff.]とし て、新たに認識されることとなる。 このように、キリスト教内部での〈経済〉の解 放は、宗教改革を機に一気に進むが、経済の「破 門」は、また、別の宗教との対立関係においてな お存続する。西洋のユダヤ・キリスト教社会にお いて、反ユダヤ主義的伝統の痕跡が、〈経済〉の 排斥の姿となってあらわれるのは、そうした社 会に生きる人々の、むしろ無意識の内において、 知られることであるのかもしれない。この、〈経 済〉と〈ユダヤ性〉とを、排斥の対象として、重 ねあわせて捉える悪しき伝統は、初期キリスト 教における、利子を膨らませることの禁止[Vgl. Piketty,pp.865-866]を通じて助長され、キリスト 教はユダヤ人を、他の市民的職業から締めだし、 金融業という周辺域の職業へ押しやったという [Vgl.Grasskamp,S.19]。 とりわけドイツ文化の境界域でこうした反ユダ ヤ主義がみられるとき、そこでは、いわば、偽 りの貴族的自負心でもって、芸術・文化の領域 から、経済すなわちユダヤ性を締めだすという、 「経済の破門」[Grasskamp,S.20]がはじまる。グ ラスカンプにしたがえば、啓蒙と世俗化の時代と は、言い換えるならば、ユダヤ性ひいては経済 性を排し、キリスト教と芸術との結託した思想 を、広くゆき渡らせた時代とも解することができ る。この芸術的かつ宗教的な表象の中心にある のは、「芸術とは市場から遠いものとの幻想であ り、芸術を、市場から逃れた自由な領域とする」 [Grasskamp,S.20]思想である。 19 世紀になると、すでに、芸術作品は値上が りを見込んで収集するものとの考えもみられる 一方で、しかしながら、芸術家とは、「創造者 (Schöpfer)」として、そうした実利の観点から ではなく、高次の創造的衝動でもって作品を生 みだす者との考えは根強く、この「美的症候群 (das ästhetische Syndrom)」[Grasskamp,S.20]
ともよばれる幻想は、経済的影響を世間知らず にも否定するというかたちで、芸術の内に留ま る。このパラドクシカルな認識のもと、純粋で自 律した芸術を夢みた市民社会は、しかし、ようや く芸術作品を、より大きな尺度において、流通す る〈商品〉ともみなしうるようになる。芸術のこ の新たな「商品特性(Warencharakter)」に早
くから目を向けたのは、芸術社会学者アルノル ト・ハウザー(Arnold Hauser, 1892-1978)や、唯 物論的先駆者の一人、ヴァルター・ベンヤミン (Walter Benjamin, 1892-1940)であった。 1 − 2 趣味と市場 近 代 の 芸 術 は 、 そ れ ま で の 時 代 と 比 べ る と、明らかに、作品を媒介する諸条件とはるか に密接に関わり、また、その関係性も変遷の なかにある。元来、〈私的〉なものとして生み 出された作品が、〈公的〉なものになるという こと、それは、たとえば、ベンヤミンによっ て「礼拝価値(Kultwert)」から「展示価値 (Ausstellungswert)」[Benjamin,KR,S.31 usw.]5)
への変化として概念提示された近代芸術の問題と も重なるが、このことと関連して重要なのは、芸 術品とは〈公的〉な場に出てくることによって、 逆に、〈私的〉な価値や特権を高めるという循環 構造であろう。 教会や宮廷から解放された芸術品を、公的な 市場で、個人コレクターや愛好家らが私的に獲 得可能となった 18 世紀の市民社会では、「趣味」 や「適意(Wohlgefallen)」への関心も高まる。 このような時代、バウムガルテン(Alexander Gottlieb Baumgarten, 1714-1762)の『形而上学』 ( ,1739)ではその「第三部 心理学」 において、「趣味」と「批判」の概念が導入され ている[Baumgarten, § 451-453]。そして、これ が、後のカント(Immanuel Kant, 1724-1804)の 『判断力批判』( ,1790. 以下 KdU と略記する)に影響を及ぼしていることは よく知られている[Vgl.Scheer,S.74]。こうした 美学(感性学)の体系的な始まりが動機づけられ たのは、奇しくも、ルネサンス以来の〈美しい 技術(芸術)〉が、美術館の鑑賞品とされ、同時 にまた、〈商品〉としても入手可能となった時代 のことであった。18 世紀も後半になると、サザ ビーズやクリスティーズのような先駆者が、最初 期のオークションを施行して価格が公けとなり、 美術品は、貨幣に類した、他のものと交換可能な 〈通貨〉としても認識されるようになったという [Vgl.Harten,S.22]。 しかし、市場経済の進展により、インフレー ション的な価値下落の危険性も生じるようになる と、美や醜という趣味のカテゴリーも、芸術の領 域から離れ、しだいに商品の領域へと移行してゆ く。もはや〈美しい技術(芸術)〉に対してでは なく、その〈価値〉を切り下げられた〈技術〉、 つまり商品に対して、「趣味」判断がなされるよ うになる。それゆえ、20 世紀のアヴァンギャル ドの時代には、「無趣味」[Harten,S.168]、すなわ ち感性的なものからの乖離が、逆説的に、芸術の 商品化に抗う戦略ともなるのである。 戦後、とりわけ 1980 年代に現代美術が謳歌し た美術市場ブームは、市場経済のきわめて高い社 会的ステイタスでもって現代美術を高らかに持ち 上げ、以後、芸術の領域で、マルクス主義的な文 化理論の固定観念(上部構造としての芸術と下部 構造としての経済というような)はもはや通用し ない[Vgl.Grasskamp,S.22]。また当時、コレク ターへの厳しい批判も生じたが、それは、いわゆ る「目利き(Connaisseur)」、あるいは保守的な 趣味をもつコレクターに対してというより、むし ろ、市場での−趣味にも基づかぬ−性急な投資ひ いては投機の動機をもった買い手に対するところ が大きい[Vgl.Hollein,S.121]。 1 − 3 美と価格 すでに古代ギリシア時代、プラトンの『ヒッ ピアス(大)』のなかで、美が「有用」であるか について問われ、論じられているが、そこでは、 「美しいものは有用ではない」[296D]と定式化さ れる。言い換えると、美や芸術は、有用性から理 解されるべきものではなく、利害関心から逃れ た、いわば「利害関心なき適意」[Vgl. Kant,KdU, § 2.Luhmann,S.245]のようなものとして語られ ている。 さて、近代美学において、「価値」という概 念が術語化されたのは、おそらく、先に触れた バウムガルテンの『形而上学』の「第一部 存在 論」においてであろう[Vgl. 小田部 p.112]。バ ウムガルテンにおいて、「価値(valor,Wert)」
とは、「有用性(vtilitas,Nützlichkeit)の度合い (Grad)」[Baumgarten, § 238]のことであるが、 ここで「有用性」とは、他のものとの関係性にお いて成り立つ「善きもの(Güte)」[§ 238]のこ となのである。したがって、「有用性」とは、「相 対的善性」[小田部 p.112.Vgl.Baumgarten,§238-241]と規定される。 すでに述べた通り、18 世紀に、このバウムガ ルテンの影響を受けたカントの美学において、 「有用性」と「美」とは峻別される。このことは、 『判断力批判』第四節で、明らかである。つまり カントは、「我々は、単に手段として気に入られ るようなものを、あるもののために善い(wozu gut)もの(有用なもの(das Nützliche))とよ ぶ」[Kant,KdU,B10]と述べ、また、その「有用 なもの」を見出そうとすれば、「私はつねに、こ の対象が、どのような物(Ding)であるべきか を知らなくてはならない、言い換えると、その 対象についての概念をもっていなければならな いが、その物において美(Schönheit)を見出す ためには、私はそうしたことを必要としない」 [Kant,KdU,B10]という。カントの美学は、「美」 と「有用性」とを分けることにより、概念に依存 しない美の自律性を保持している。 次にカントが「価値」をどのように規定してい るのか、『道徳形而上学の基礎づけ』( ,1785. 以下 GMS と略記 する)をみるならば、「その代わりに他のものを その等価物として置き換えることができる」もの と、「いかなる等価物をも許さない」「目的それ自 体」とを対比し、前者に「相対的価値すなわち価 格(einen relativen Wert, d.i. einen Preis)」を、 後者には「内的価値すなわち尊厳(einen inneren Wert, d.i. Würde)」[Kant,GMS,B77]を帰してい ることがわかる。 目的の国では、あらゆるものは価格(Preis) をもつか、尊厳(Würde)をもつか、二つ のうちのいずれかである。価格をもつもの は、何かほかの等価物(Äquivalent)で置 き換えられ得るが、これに反しあらゆる価 格を超えているもの、したがってまた、等 価物を絶対に許さないものは尊厳を有する。 [Kant,GMS,B77] また、カントは、人間の傾向性や欲望に関する ところのものは「市場価格(Marktpreis)」をも ち、「ある種の趣味に適うところのもの」は「感 情価(Aff ektionspreis)」[Kant,GMS,B77]をもつ とし、「趣味」を「市場価格」とは切り離してい る。 このように 18 世紀の美学を、21 世紀の現在と もつながる、芸術と経済の関係性という観点から ふり返るならば、当時、趣味と市場が、互いに手 を結び、ともに活発化するなか、カントの場合は 逆に、市場価格や有用性、利害関心を超えた、高 次のものとして、「尊厳」もしくは「美」は分け て定位されていることが解る。そして、物の価値 や人の趣味についての判断が、社会的経済的状 況から要求されるようになった時代に、カント は「趣味」に対して、どっちつかずの「感情価」 という「価格(Preis)」を与えている。しかし、 どうやら、(最)下位に位置づけられた「価値」、 すなわち、それをもって他の等価物との交換が可 能となる「(市場)価格」こそ、現在に至る、芸 術と経済の関係性を考察する際の、ひとつのキー ワードなのではないだろうか。 1 − 4 写真と貨幣 本節では、まず、「写真は貨幣であるのか?」 という問いを提起し、これについて考察したい。 しかし、これはもちろん、一万円札(紙幣)に描 かれた福沢諭吉の肖像画(写真)などを指すので はない。 偉大なる創造者が、芸術家というよりもむ し ろ 企 業 家 へ と 、 そ の 比 重 の 移 り ゆ く 1 9 世 紀、カントを悩ませたかもしれぬ、物の「価 格」や「価値」を、マルクス(Karl Marx, 1818-1883)は、唯物論の立場から、『資本論』( ,1867)冒頭の「商品(Die Ware)」の 章で、商品の「交換価値(Tauschwert)」(量的 価値、すなわち市場価格のこと)と「使用価値
(Gebrauchswert)」(質的価値)として規定して いる[Vgl.Marx,S.52 usw.]。この『資本論』公 刊に先立ち、19 世紀前半には、複製技術(芸 術)の領域において、写真が誕生している。商 品のなかの絶対的商品、あらゆる商品の尺度と は〈貨幣〉であるが、この〈貨幣〉と〈写真〉と を並べてみると、まず、ともに複製技術品である 点においても、また、あらゆる物を媒介しうる 媒介物(メディウム)であるという点において も、互いに無関係であるとは考え難い。本節では 両者の関係性を検討するにあたり、まず、カン トがその『道徳の形而上学』( ,1797. 以下 MS と略記する)のなかで「貨 幣とは何か」[Kant,MS, § 31]と題し、論じた節 を手がかりに、考察する。 貨幣とは、手放す(veräußern)ことによっ てしか、それを使用(Gebrauch)すること ができない物(Sache)である。これは貨幣 についての(アッヒェンヴァルにしたがっ た)、ひとつの、よい、名目的な説明である …中略…貨幣は、(一つの人民の間で)普遍 的に好まれている、単なる、取引の手段にす ぎず、商品(Ware)となる物とは逆に(つ まり商品は価値をもち、人民のなかのだれか れの特別な欲求に関わる)、それ自体では価 値をもたないと考えられるのだから、貨幣 はすべての商品を代表する(repräsentiert)。 [Kant,MS,B122f.] カントがここで強調的に示しているのは、「貨 幣」とは、まず、その「手放す」という「使用」 において意味をなす物であり、それ自体に価値を もつ他の物とは逆に、貨幣は、「それ自体では価 値をもたず」、「すべての商品を代表する」という 点である。 さらに、「学問も無償で人に教えられるもの でもないから商品(Waren)に含まれる」と し、「価格(Preis,pretium)」とはそのような 「物(Sache)の価値(Wert,valor)の公的な判 断」とカントは述べる。また、その場合の「価 値」とは、「労働(Fleiß)」とその流通や交換 によって決まるのであるから、「貨幣とは、し たがって(アダム・スミスによれば[とカン ト自身によって記され、『国富論』からカント の言葉で引用されている])、労働の尺度(der Maßstab des Fleißes)」であり、その取引手 段としての「物体(Körper)」であるとみなす [Kant,MS,B126f.]。 ここでさらに、注目したいのは、そうした人間 の労働価値や尊厳を高める、人間中心主義的思想 にではなく、カントがこのあと、続けて、「貨幣 の経験的概念から知性的概念へ」[Kant,MS,B127] と目を向けてゆく点である。カントはむしろ、貨 幣およびその交換の有する「ア・プリオリ」な 「形式(Form)」[Kant,MS,B127]を、つまり貨幣 の、その実質を抜かれた「物体」の、いわば超越 論的形式性を洞察しているとは言えないだろう か。 このカントの洞察を踏まえてみても、ここで、 本章の最後に取りあげる、写真(理論)家アラ ン・セクラ(Allan Sekula, 1951-2013)の、貨 幣と写真の連関が指摘された論文「写真の取引 ( )」は、示唆に富 む。そこからの次の引用は、米国の作家ホーム ズ(Oliver Wendell Holmes, 1809-1894)のエッ セイ「ステレオスコープとステレオグラフ」( ,1859. とくに第三 章第二節)をセクラが、マルクスの『資本論』(第 一巻)を手がかりに、読み解いている。そして、 そのことを通じて、いかに「〈写真〉が〈貨幣〉 であるのか」ということが、言い換えると、世界 のあらゆるイメージを−あらゆる財を一つの取引 システムのなかに統一するように−一つに集める ことを可能にする、超越論的、美学的尺度として の写真(=貨幣)のありようが、明白に述べられ ている箇所である。 ホームズにとって写真とはある一般的等価 物(allgemeines Äquivalent)を表すもので あり、それは、あらゆる眺めの量的な交換を 可能にする。まさしく貨幣のように、交換価
値に対する普遍的な規範であり、世界のあら ゆる財は、ただ一つの取引システムのなか に統一される、そのようなものとして、写 真がここでは考えられている。そして、そ れは、あらゆる眺めを形式的な等価関係へ 還元するのである。ここにあるのは、私の 考えによれば、拡張された形式主義にとっ ての、根源の本質的な様相である。その形 式主義とは、市民の時代の造形芸術を貫い ている形式主義である。それは、世界のあ らゆるイメージ(Bilder)を、ただ一つの美 的な(ästhetisch)百貨店に集める。そして、 そこにおいて、それらのイメージは、その由 来、意味、慣わしのあらゆる偶発性から切り 離されている。ホームズは、この超越論的 (transzendental)美学的(ästhetisch)帰結 を夢見るのである。しかし、同時にまた、現 実の透明な規範尺度(Normmaß)としての 写真への、プラグマティックな信仰を保持し てもいる。[Sekula,S.288] 2 近代の複製技術と収集 先の引用でセクラの言う、「世界のあらゆるイ メージを一つに」、〈写真〉として集める実践は、 現代の〈貨幣〉経済に類比的な、〈形式化〉され た収集実践とみられるが、ここで、その収集、す なわち、コレクションそのものの歴史的起源を、 すこしばかり遡ってみることにしよう。それは、 古くは、おそらく、古代エジプトにみられるよ うな死者崇拝の、すなわち、生存中に使用して いたあらゆる事物をあの世へ持参し、さらに生 が続くという思想に基づいて構築された、「墓室 (Grabkammer)」の装備にあるのであろうと言 われる[Vgl.Harten,S.244.Semmel,S.32]。また、 美術館や銀行における美術品の収集や貨幣の蓄積 という事象は、18 世紀に各々そのように独立は したものの、もともとは、古代ローマの神殿建築 様式の特徴をもつ建物(例えばロンドンのイング ランド銀行)に、共通の根をもつものではないか とみられ、このように、構築的なコレクションに よる知性的な世界秩序を作りあげること、いわ ば「精神の劇場」を創造する[Vgl.Harten,S.245. Schlosser]人類の試みの起源は、意外に古い。 写真Ⅱ イングランド銀行(ロンドン) 美術史家ブルクハルト(Jacob Burckhardt, 1818-1897)は、その著『コレクターたち( )』において、「フィレンツェ人に は 、 早 く か ら 、 経 済 的 上 昇 志 向 が あ っ た 」 [Burckhardt,S.42]とみており、さらに、「イタ リアの近代世界をその名声でもって満たしうるメ ディチ家について語ることは、ルネサンス時代全 体の最も偉大なコレクターたちについて語るこ とでもある」[Burckhardt,S.328]と述べている。 また、このとき、「このメディチ家の特別な努力 を、政治や経済への、また人文主義的な文学や詩 への、自由な精神や輝かしい社会貢献の普遍的意 義と切り離すことは困難」[Burckhardt,S.328]と し、フィレンツェの、「中央集権国家無き」[Vgl. Luhmann,S.258]貨幣経済の先進的発展と、美術 品コレクターとの明らかな関係性を、ルネサンス 期のメディチ家にみているのである。
ヴァルター・ベンヤミンは、近代経済社会にとっ て、ひいてはその唯物論者(Materialist)にとっ て要の物質(Material)である〈貨幣〉につい て、その〈複製〉問題と絡めて触れている。この ことは、少なくとも、ほぼ同時期の「複製技術時 代の芸術作品」(ca.1936)、「エドゥアルト・フッ クス−収集家と歴史家−」(1937)6)の二論文にて 確かめることができる。 前者の論文では、「古代ギリシア人が知ってい た芸術作品の技術的複製の方法は二つだけであっ た。鋳造(Guß)と刻印(Prägung)である。ギ リシア人が大量に生産しえた芸術作品とは、ブロ ンズ像、テラコッタ、そして硬貨(Münzen)だ けであった」[Benjamin,KR,S.9]と述べられ、技 術的〈複製〉と鋳造〈貨幣〉の連関が示唆され、 後者のフックス論では、この両者にさらに、〈収 集〉の論点が加わり、論じられているのは興味深 い。というのも、先取りして述べるならば、写真 家ジゼル・フロイント(Gisèle(Gisela) Freund, 1908-2000)も指摘するように、近代において写 真という〈複製〉品は、その発生初期より、既 存の美術品の、言わばドキュメント・サポート として〈収集〉されたという重要な事実[Vgl. Freund(1979),S.109-115.「芸術作品の複製手段と しての写真」の章]が存在するからである。 先駆者として、フックスは収集家となった。 つまり、唯物論的な芸術観察のパイオニアと してである。しかし、この唯物論者を収集家 としたものとは、多かれ少なかれ、歴史状況 への明白な感情である。そこへと彼は己れを 位置づけたのである。それは、史的唯物論 の状況そのものであった。[Benjamin,GSII-2,S.466] さて、ベンヤミンは、フックス(Eduard Fuchs, 1870-1940)が収集の対象としていた、カ リカチュアのような「大衆芸術の研究は、必然 的に、芸術作品の技術的複製の問題へと通ずる」 [Benjamin,GSII-2,S.503]とみていた。そして、 古代にはなぜ、カリカチュアが存在しなかった のかを、フックスの言葉も借り、次のように説 明している。「カリカチュアは大衆芸術である …中略…大衆的な普及は安価(billig)を意味す る。ところが、『古代には…貨幣以外に安価な複 製形態はなかった』7)。貨幣の表面はカリカチュ アに場を与えるには、あまりにも小さい。した がって、古代には、カリカチュアはなかった」 [Benjamin,GSII-2,S.504]。ここで、確認しておき たいのは、流通する鋳造貨幣にもその原型のうか がえる「複製」技術(芸術)は、価格が「安価」 であることにより、「所有願望」 [Benjamin,GSII-2,S.505]を生じさせる大衆芸術として、近代に、 新たに生まれ変わったという論点である。 ところで、ウィーンのアルベルティーナ版画素 描コレクション( )が、複製品の美術館として始まった ことはよく知られている。というのも、設立者 のアルベルト・フォン・ザクセン=テシェン公 (Albert von Sachsen-Teschen, 1738-1822)が、 「素描」と「版画−“マルティプルズ”−」(つまり 量産された美術品)[Gröning,S.3]でもってコレ クションの構築に取りかかったからである。同 コレクションはまた、1776 年に、美術に見識の 高いジェノヴァの貴族ジャコモ・デュラッツォ (Giacomo Durazzo)から、約千点の版画寄贈の 折り、あわせて、明文化された選択・収集のコ ンセプトを得ていたが、それは、「今日に至るま での絵画の、また、芸術の修復の版画の、実践 的歴史」[Gröning,S.3]というものであった。「実 践的歴史」という点から「素描」、そして「版 画」という媒体が、選ばれたとみられる。同時に また、デュラッツォにおいてすでに−今では自 明のことに思われるだろうが−複製版画は版画 部門から分けられていた[Vgl.Gröning,S.3f.]。さ らに、すなわちアルベルティーナでは、のちに アンドレ・マルロー(André Malraux, 1901-1976) が、「想像の美術館(le musée imaginaire)」 と し て 、 写 真 に よ る 複 製 に 認 め た よ う な 事 柄8)が、すでに実践されていたという[Vgl.
Schröder,S.6.Gröning,S.3]。
をイメージのなかで理解可能なものにし、イメー ジのなかに所有する」という「古きよりの希求 にも似た人類学的原型」[Belting,S.214]におい て捉えるのは、美術史家ハンス・ベルティング (Hans Belting, 1935-)である。ただ、ベルティ ングは、「写真は、かつて、近代の Vera Icon(真 の像)であった」[Belting,S.215]と、また、「写 真は、かつて、現実性のひとつの商品であった」 [Belting,S.215]と述べ、その過去性を強調して いるのである。 しかしながら、写真あるいはコレクションを、 過去性、死、「博物館的(museal)な因襲」とし て捉え[Vgl.Groys,S.28.Adorno,S.181]、それに対 し、かつてのアヴァンギャルドのように文化的に 敵対した姿勢をとるのではなく、現在、積極的 に収集された写真が、そうした、言わば、死者 の「墓室」から解放され、生き生きと働く人々の 職場に−かの「展示価値(Ausstellungswert)」 (Benjamin)からも解放されて−展示され、人々 と〈ともに〉コレクションとして成長している実 例を、ドイツの金融機関において観ることができ る。次章では、この現状をもとに考察を進めるこ とにしよう。 3 フランクフルトの銀行コレクション −「職場のアート」− フランクフルト・アム・マインは−金融財閥 ロートシルト家がよく知られるが−ユダヤ系の 人々が数多く居住する、その起源を遡れば中世に 至る古い街[Vgl.Freund(1977),S.30]である。こ こでは現在、世界中から優れた現代写真が収集さ れ、豊かな企業コレクション(ドイツ銀行、DZ 銀行、ドイツ証券取引所などで)が形成されてい る。ドイツにおける企業コレクションは金融機関 に限らないが、金融機関の現代アートへの取り 組みは、昨今、傑出しているように見える。以 下、《ドイツ銀行コレクション( )》を取りあげて考察する。 写真Ⅲ ドイツ銀行本社(フランクフルト)
ドイツ銀行(Deutsche Bank AG)会長であっ たヨゼフ・アッカーマン(Josef Ackermann, 1948-)は、《ドイツ銀行コレクション》のカタロ グの冒頭[Deutsche Bank (2011),S.5]で、要約 すると、次のように述べている。19∼20 世紀に、 経済および芸術の世界地図は大きく変化し、現 在、それらが対象とするのは、もはやもっぱら西 欧というわけではなく、成長の中心であるアジ ア、南米、東欧、近東、アフリカでもある。こう した地域が、その狭義の伝統的な表現形式ととも に現代のアート・シーンを展開している。ドイツ 銀行は、ビジネスの上で関わるすべての世界の、 その文化的生活とも関わるのであり、そこでは芸 術が重要な役割を果たす。ビジネスの世界戦略と 連動するかたちでの、世界の新進気鋭の芸術家と の関わりは、馴染みのない生活世界や文化の理解 を洗練されたものとし、それらの作品に触れるこ とは、新たな視野を開き、革新的な動機へ向かう 力となる、というのである。 さて、1979 年に企業コレクションを本格的に
開始したドイツ銀行は、現在、世界各地の約 900 支店に 61000 点もの作品を有し、その 95 パー セント以上を、社屋に展示している[Vgl.Hütte (2014),p.11]。その中心は、フランクフルトのタ ウヌスアンラーゲに位置する、ドイツ銀行本社の 高層建築であり、これは東西の二棟から成るツイ ン・タワーである(両塔の高さは各々約 155 メー トル、東塔 38 階、西塔 40 階、地下 4 階)。現在 は、基本的に、その内の 60 階分のフロアが、一 定のプログラムに従い、アートの展示に用いられ ている。 次に展示構想であるが、フランクフルトの現在 の社屋(建築期間 1979-1984)では、1985 年にす でに、「職場のアート(Kunst am Arbeitsplatz)」 [Hütte (2011),S.6]という構想を始動していた。 今から 30 年も前に、企業上層部の占める階のみ ならず、あらゆる階に−すなわちオフィス、会 議室、フロアという職場全体に−作品を展示し たのである。当時としては、高価でもある芸術 作品を、職場全体に展示するというのは、「セン セーショナルな考え」[Hütte(2011),S.6]であった という。ウド・キッテルマン(Udo Kittelmann, 1958-)は、「芸術という大きなテーマの一つと は、実際、歴史を語ることである」[Deutsche Bank(2011),S.187]と述べているが、当時は、ヨ ゼフ・ボイス(Joseph Beuys, 1921-1986)から新 野獣派に至る、1945 年以後のドイツ語圏の諸作 品を、職場の階から階へと時間旅行のごとく見て 歩くことができた。そして今や、《ドイツ銀行コ レクション》は世界有数の規模となり、なかでも 戦後の素描および写真のコレクションは、最も重 要なものの一つである。 ここ数年、ドイツ銀行は、従来の「職場のアー ト」の構想を継承し発展させるかたちで、「アー ト・ワークス(Art works / Kunst wirkt)」 [Hütte (2011),S.7]という新たなプログラムのも と、アート・コレクションを構築している。その 中心は、「紙に(auf Papier)」表現された「若い アーティストたちの作品」[Hütte(2011),S.7]であ る。 このプログラムは、フランクフルト本社タ ワーの改装(2010 年完成)とともに行われ、現 在、44 カ国、100 人のアーティストの、1500 作 品ほどが本社社屋に展示されている。そして、旧 タワーに掛けられていた作品 600 点以上が、市 内を流れるマイン川を越えて、永久貸出され、 「シュテーデル美術館のドイツ銀行コレクション」 [Hütte(2011),S.8]として公開されている。 改装後の社屋には、現代アートが、アジア /パシフィック、アメリカ、近東/アフリカ、 ヨーロッパ、ドイツの五地域に分けられ−各階 フロアを一人のアーティストが担当するという 従来のコンセプトは変わらず−展示されている [Deutsche Bank(2011),S.10f.]。その、アジア/ パシフィック部門の B36 階に(また地下 E3 階 にも)、神戸生まれのやなぎみわ(Miwa Yanagi, 1967-)の写真作品もある。やなぎは、国際的に は、2004 年のドイツ・グッゲンハイム美術館に おける個展で広く知られるようになった。これら の現代アート、いわば「文化資本」を、ドイツ銀 行は、職員だけでなく、顧客や訪問者たちにも解 放してきた。同銀行の新しいタワーは、もはや、 「芸術の世界の唯一の眺めを提供するのではなく、 グローバル化の時代の今日、世界の芸術の、ひい ては世界そのものへの一回限りの眺めを提供する ものなのである」[Deutsche Bank(2011),S.5]。 また、東京の原美術館で開催された《そこにあ る、時間−ドイツ銀行コレクションの現代写真》 展(2015 年 9 月 12 日∼2016 年 1 月 11 日)初日、 同銀行のグローバル・ヘッド・オブ・アートとし てフリートヘルム・ヒュッテ(Friedhelm Hütte) はその公開トークにおいて、作品収集に関し、次 のことに触れた。①「紙」媒体を中心とした作品 収集であること、②若いアーティストの作品を収 集していること、③作品選択には、作家の国籍よ りもむしろその人間(作家自身)をみるというこ と、④アート・コレクションは、職場空間の、つ まり、その壁に掛けるための作品だということ、 ⑤アート・コレクションのリスクの低さ、⑥《ド イツ銀行コレクション》にとって価値があるとみ なせるものの収集、などである。以上の点を、本 稿の最後に検討したい。
まず、「紙」媒体が収集の中心であることは、 実際上、壁に掛けやすく、管理を行いやすい(つ まり低コストである)という利点のほか、すでに 本稿第 1 章にてセクラの論考に基づいて考察し た、写真の「一般的等価物」としての形式性とい う考えを、実践的に裏づけてもいると言えるので はないだろうか。この「規範尺度」でもって、世 界中の多様なイメージを「ただ一つ」の社屋に、 統一的に集めることができるのだろう。またそれ は、「世界をイメージのなかに所有する」という ベルティングや、マルローの「想像の美術館」の 発想とも繋がった実践に見え、優れた写真および 芸術の理論の実践が、間接的にせよ、企業体の成 長(あるいは利益)に結びついてきたとは考えら れないだろうか。 写真Ⅳ 《ArtWall》ドイツ銀行本社(フランクフルト) 次に、「若い」アーティストの、また(絵画に 比べて)若い、つまり新しい媒体である「写真」 作品の収集には、将来の、より高い成長への期待 がうかがえる。逆に言えば、そうした「若い」作 品の価格は、購入時はいまだ「安価」であること を意味する。しかしながら、アーティストという 人間そのものの成長への期待が、何よりも、作品 収集の根底には存在する。他方、一般的にも、若 い作家の作品に、価値下落のリスクは、他の金融 資産と比べてみても低いとは言えないだろうか。 こうした価値問題の根底には、すでにカントを引 用して触れたように、「(市場)価格」と「尊厳」 の主題も横たわっているだろう。いずれにせよ、 以上のようにドイツ銀行は、「紙」の作品、ひい ては現代「写真」を「世界のイメージ」として収 集することを通じて、企業コレクションの拡大成 長を実現してきたという事実が存在する。 結語 ドイツの銀行コレクションにおいて、〈写真〉 という形式性は、このグローバル化の時代、〈貨 幣〉の形式性とすんなり結びつく一方、「写真と は、社会において支配的となっている価値判断 を超えた倫理に奉仕するもの」[Leibovitz,S.37] とも写真批評家スーザン・ソンタグ(Susan Sontag, 1933-2004)は述べている。つまり、写真 は、資本主義社会とスムーズに合体すると同時 に、既存の社会の価値判断に異議を唱えるもので もありうることは言うまでもないだろう。 「芸術か貨幣か?」ドイツの銀行における現代 写真コレクションをめぐる試みは、しかし、こう した新しくて古い人類学的問い、あるいは、かつ てマルクス主義美学も容易には解決しえなかった この敵対的な問いが、解消しているかのようにみ える、現代の、ひとつの幸福な実践例ではないか と考えられる。 注 1) 文献の引用・参照箇所は、基本的に、本文中 に著者名および頁数を記す。既存の邦訳書は適 宜参照させて頂いた。以下同様。 2) フランクフルト・アム・マインでは(2015 年 10 月時点)、コメルツ銀行本社(建築期 間 1994-1997 ca.300m)が最も高く、大聖堂 (ca.95m)は 34 番目に高い高層建築である。 3) 同書の Ekkehard Kappler による前書きより 引用。 4) 「ルカによる福音書」(12:15)のほか、プラ トン(『国家』359C,373D-E)やアリストテレス (『ニコマコス倫理学』1129b)においても否定
的価値づけを与えられていた。 5) K R の 略 記 は 、「 複 製 技 術 時 代 の 芸 術 作 品」( )を指す。 6) からの引用箇所は GSII-2 および頁数 で示す。 7) 『カリカチュア』(Bd.I,S.19)からのベンヤミ ンによる引用(原註六四参照)。 8) 『東西美術論1 空想の美術館』小松清訳、新 潮社、1957 年。pp.12-13. 文献
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