ミツバ チ科学 18(4):159-164 HoneybeeScience(1997)
ミツバ チの条件 づ け実験 システ ム
池野 英利,村岡
集蜜効率を考慮 した訪花やダンス言語 による 相互 コ ミュニケーションに代表 され るように, ミツバチは極めて高度な情報処理機構を数十万 個の神経細胞によって実現 していることが知 ら れている(yonFrish,1963).その神経系 メカ ニズムについては,生物 における情報処理機構 の解明という科学的興味に加えて,マイクロマ シンなどに応用可能な機能的神経回路モデルを 構築するという工学的視点か らも大 いに関心が 持たれている. ミツバチにおいては,触角に対する嘆覚刺激 を条件刺激 とし,前足基部や触角,口吻へのサ ッカロース溶液の接触を無条件刺激 とする条件 づけを行 うことによって,条件刺激の提示のみ で口吻伸展を生 じるとい う条件反射の獲得が知 られている(Bittermaneta1.,1983).この条 件反射については,最近では,関連する脳の部 位が特定 され,条件づけに伴 って特性変化が生 じる神経細胞応答の計測 も行なわれてきている (Hammer,1993;Hammer,1997).さらに, このような実験的知見に基づ き構成 された,ニ ューラルネットモデルで,採餌行動を再現でき ることも示 されてお り (Montague, 1995), 神経細胞か ら神経系,行動 にいたる多 くの実験 データが統一的 に説明付 け られよ うとしてい る. さて, このような生物 を対象 とした研究を進 めていく場合に,動物の行動,あるいは,応答 の正確な計測 と定量化 は極 めて重要であるが, ミツバチの条件づけ実験 に関 しては, ほとんど の場合,口吻伸展が生 じたかどうかを実験者が 目視により観測するのみであった.口吻伸展反 射を生 じる筋肉について電位計測法が適用 され智之,小永 兼,南茂 良幸
た例 もあるが (Rehder,1987),生物の行動 に 影響を及ぼさない非接触の計測法 は提案 されて いなか った. 本論文では, ミツバチの条件づけ実験のため の刺激制御 と口吻伸展反射の ビデオ計測装置を 開発 した結果について報告す る. この装置を行 動実験に適用す ることによって,条件づけ獲得 前後における口吻の伸展状態の変化が正確に抽 出でき,神経細胞応答,筋電位などと対応づけ た解析が可能 となった. ミツパ テの条件 づ け と行動 変化 ミツバチ条件づけの方法の一つ として,触角 (Antennae)に対 す る喚 覚 刺 激 を条 件 刺 激(Conditioned Stimulus:CS), 触 角, 口 吻
(Proboscis)へのサ ッカロース溶液の接触を無 条件刺激 (UnconditionedStimulus:US)と す るプロ トコルがよ く知 られている.す なわ ち,条件づけを行な うまではUSを与えること によ って生 じる無条件応答 (Unconditioned Response:UR, この場合 は口吻の伸展) が, CSとUSをペ アで与 え る訓練 を繰 り返 す と CSのみで口吻の伸展が生 じるようになるとい うものである. この学習 は, CSに引き続いて USが与え られるという二つの刺激の時間的関 連を学習 した結果 によるものであり,生物にお ける記憶の基本形態 と考え られている. この条件づけは, 極めて少ない試行 (1-数 回)で獲得 され,かつ,動物を固定 した状態で 実験ができることか ら,行動の観測,神経応答 計測などが行ないやすいという特徴があり,学 習に伴 う神経系の特性変化 を研究する場合の標
との関連 を対照づけることである. しか しなが ら, これまでの行動計測 は,単 に伸展が生 じた か否かが観測者 によって判定 されてきただけで あ り, その時間的な応答特性などついては全 く 議論 されていなか った. 最近では,条件づ けに関連す る神経細胞応答 や口吻の運動を生 じる筋肉に関 して筋電位 の計 測がなされ,条件づけ前後 における特性変化が 定量的に評価 されるようにな って きている .こ の ことか ら,今後 は行動 に関 して もこれ らの実 験 データと対応づけ られ る計測データが不可欠 となると考え られる. そ こで, ビデオ画像の ピ クセル濃度変化か ら口吻伸展状態を非接触で計 測す る実験 システムを構築 した. 1.ビデオ計測 システム ビデオ計測 システムは,実体顕微鏡
(
SMZ-
2
T
, ニ コ ン)に設 置 され たCCD
カ メ ラ(
ⅩC-57,ソニー)によって撮影 した ミツバチ頭部の 映像を VTR に記録, この画像を画像入力 ボー ド(
FDM4
-
2
5
6
, フォ トロン)を介 してパーソ ナル コ ンピュー タに入力 す る構成 で あ る (図 1).パーソナルコンピュータ(
PC-
3
8
6
LS
, エ プソン)では, 口吻を伸展す る位置の画像 ピク 条件づ けを行な うには,最低で も2つの刺激 を正確な タイ ミングで与 える必要がある.条件 刺激 (ラベ ンダーなどの花 の匂 いを含む空気を 頭部 に与える) は, コンピュータによって制御 されたエアーポ ンプによ り適切 なタイ ミングで 噴出できるようになっている (池野, 1991). 一方,無条件刺激 (触角, 口吻へのサ ッカロー ス溶液の接触) は機械的に制御す ることが困難 なため,現在のところ実験者 によって与える必 要があるが, そのタイ ミングについてはコンピ ュータか らの ビープ音で実験者 に通知 される. 実験方法 実験 は,巣門で採取 した働 き蜂 (セイ ヨウ ミ ツバチ,Apismellifera)を用 いて行な った. 標本 は,図2のようにアク リルパイプ内に頭部 を出 した状態で,首 の付 け根部分をアク リル板 と粘着 テープで止 め, さ らに頭部を ミツロウに よって固定 した ものを用 いた. この状態 に慣れ させ るため,標本 は室温中に3時間以上放置 し た .さ らに,実験 には,触角及 び口吻へのサ ッ カロース溶液の接触 に対 して口吻の伸展を示 し た標本 のみを使用 した. 図1 実験システムの構成 (左)システムの外観,(右)システムブロック図1
6
1
(a) (b) 図2 実験標本 (a)正面, (b)側面 条件刺激 として使用す る嘆覚刺激 は, エアー ポ ンプか ら噴出させた空気を, ラベ ンダー溶液 を綿 に染み込 ませたカプセル内を通過 させ るこ とによって生成 した.なお,嘆覚刺激 として与 えた匂 いを含む空気 は, エアダク トによって直 ちに部屋 の外 に排 出 した.一方,無条件刺激 は,綿棒 の先端 に20%のサ ッカロース溶液を 染み込 ませておき, これを実験者が触角, 口吻 に接触 させ ることによって与 えた. 標本 は実体顕微鏡下 に設置 し, 口部 に焦点を あわせて白黒 CCD カメ ラによ り撮影 した. あ らか じめ口吻伸展 によって濃度変化を生 じる画 像 ピクセルの位置 を設定 し,条件づ けを実施, 設定 した ピクセルにおける濃淡変化を計測,記 録 した.なお,画像 データは ビデオに も記録 し ていることか ら,実験後 に別 の画像 ピクセルに つ いて も濃淡変化 を計測 す ることがで きるた め,実験中に厳密 に位置決めを して計測す る必 要 はなか った. 実験結果 CCD カメ ラ撮影 した画像 か ら,図 3のよ う に口吻の伸展が観測でき (図中,点線 の円内に 画像 の変化が見 られ る), 口吻が伸 びる位置 に おける画像 ピクセルの濃度を計測す ることによ り,伸展反射 の時間応答 を求 め ることがで き た.図4は,その実験結果 の一例である. この 応答 において, しきい値 (破線)を越えた部分 は, 口吻の伸展 により画像 ピクセルが暗 くなっ (b) 図3 口吻伸展反射のビデオ観測画像 (口吻の伸展により円内の画像に変化が生 じている) (a)H吻を縮めた状態,(b)口吻を伸ばした状態 たことを示 している. また,網かけ部分 は,条 件刺激のみが与え られている状態での応答を示 している. 一連の応答 において,条件づけを行 な う前 に 条件刺激 (CS:ラベ ンダーの匂 いを 5秒間与 える)のみを与えた場合 には, 口吻の伸展 は全 く見 られない (Pre-test). 条件づ け試行 では,CSを与 えた 2秒後 に無 条件刺激(
US:
触角, 口吻へのサ ッカ ロース 溶液 の接触 を3秒 間行 な う)与 えたが,試行 1,2(
Tr#1
,Tr#
2
)
においては,いずれ も, 口吻 の伸展 はCSだ けで はほとん ど見 られず,US
を与 えることによっては じめて伸展 を生 じ ていることがわかる. ところが,試行3
,4(
Tr#
3
,Tr#
4
)
では,図4 条件づけによる口吻部分の画像 ピクセル濃度値の変化 0
0
64
(%
)
鮮
]T
純
増
0
l
l
卜
㌫前
■ ■ ■ 一 41
3
一
2
匂いなし 後テス ト試行
図5 条件づけ牲得に伴 う口吻伸展応答率の変化163
サンプル数
=20
0
0
0
8
6
4
(%
)
櫛 当 純 増前テス ト
1
2
3 4 5 6
7
8 9
10
試行
図6 条件づけ獲得 による口吻伸展応答率中央値の変化(
2
0
サ ンプル) 点線 は 4分の 1値の範囲を示すC
SLか与え られていない状態ですでに口吻の 伸展が生 じてお り, この ことか ら,条件づけの 試行 によ ってU
Sの前兆信号 と してC
Sを認 識,記憶 したことがわか る,最後 にC
Sのみを (Post-test).5
秒間与えたところ, 激 しい口吻の伸展が見 られ,条件づけを獲得 していることが確認でき た条件づけ試行 における口吻伸展の状態を画像 によって計測 し,次式のように口吻伸展を生 じ ている時間 (30msec毎 にサ ンプ リング) と条 件刺激提示時間の比率 (応答比率,response ratio)を求めたものが図5である. 応答比率 - 口吻の伸展時間 /条件刺激提示時間 この結果より,Pre-test及 びtrial1,2では あま り口吻の伸展 は生 じて いないが,trial4 ではかなり長時間にわた って伸展を生 じている ことがわかる. さらに, ラベ ンダーの香 りを加えず, ポンプ か ら空気のみを送 った場合 (no odor)には, 口吻の伸展 は全 く見 られず,条件づけはラベ ン ダーの匂いによって生 じていることが確認 され た.Post-testでは,1
0
分 ごとに条件刺激のみ を与えて口吻伸展を観測 しているが,いずれの 場合 も顕著な伸展が生 じていることがわかる. 次に,20
サ ンプル(
n-20
)
について1
0
回 の条件づけをおこない,試行回数 に対す る応答 比率を求めた結果が図6である.この図におい て,実線で結んだ値 は中央値,破線 は四分の 1 億の範囲を表 している, この特性か らも,3回 目の試行か ら学習の獲得の影響が行動 として顕 著に現れて くることが明 らかになった.対応づけが可能な行動指標 として利用で きるも の と考える. また,本装置を用 いて,予備的に,複数 の条 件刺激を用いた条件づけの実験を実施 した.そ の結果, ラベ ンダーの匂 い刺激を用いた条件づ けでは,数回の試行で条件づけを獲得す ること が確認で きた. さらに, ラベ ンダーによって条 件づけを行 なった後,異 なる種類の刺激 (クロ ーブ油の匂 い) によ り条件づけを行 な うと, こ の場合 も数回の試行で条件づ けを獲得 した. ま た, この時にも空気 のみや, これ らとは異 なる 匂 い刺激に対 しては口吻の伸展 は見 られなか っ た. この一連 の実験結果 は, ミツバチが,複数の 嘆覚刺激 をそれぞれ異 な るシグナル と して識 別,記憶 していることを示す ものである. 現在 .本 システムを口吻伸展行動 と神経細胞 応答の同時計測が可能 なシステムへ と発展 させ てお り, この装置によって行動 と神経活動 との 関連 を実験 的に調 べてい く予定である .また, この実験 よって獲得 された学習が,巣内外 の ミ ツバチの実行動 に及ぼす影響 を調べてい くこと も今後の課題である. 謝 辞 本研究の一部は,平成7,8年度 笹川科学研究助 成のもとに実施されたものであり,関係各位に御礼 申し上げる. (〒625舞鶴市字 白屋234 舞鶴工業高等専 門学校) 主 な引用文献
Bitterman,M.E,etal.1983.I.Comp.Psychol. 97 (2):107-119.
728.
Rehder,V.1987.∫.Insect.Physiol.33(7):50ト 507.
Yon FrlSCh,K.1963.Thedancelanguageand orientatioofbees.HarvardUniv,Press.
HIDETOSm lKENO, ToMONORI MuRAOKA, KEN KoNAGAandYosHIYUKINANMO.Developmentof asystem forconditioning ofhoneybee.Honey -beeScience(1997)18(4):159-164.
Maizuru NationalCollegeofTechnology.234, Shiraya,Maizuru,Kyoto,625,Japan.
Honeybee(ApismelLifera)isabletolearn the association between odor (as the Condi -tionedStimulus)andtouchingsucrosesolution totheantennaeandproboscis(astheUncondi -tioned Stimulus).Thissimple modification of behaviorisconsideredtoreflectthebasicmec h-anisms of learning in the central nervous system.Recently, behavioralmodification of honeybee can be described in the term of neuralnetwork,neuronandmolecular,because itwasfound theneuron which cased changes of response by this appetitive conditioning. However,intheseexperimentsandanalysis,it issoimportanttomeasuretheanimalbehavior preciselyandquantitatively.
Inthispaper,itisdescribedthatasystem has the functions to controlthe conditioning stimulusand measurethe proboscisextension response (PER). PER ismeasured and recor -dedbypersonalcomputerfrom theimagedata ofmousepart.Astheresultofreward condi -tioning experiments, itwasshown thatPER could be described as the time series signal. Thesystem canbeappliedtothemeasurement andevaluationofPER ln behavioralandphys -iologicalexperiments.