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排出量取引の会計基準 : 欧州排出量取引市場における解釈指針「IFRIC3」の適用をめぐって

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(1)排出量取引の会計基準 ──欧州排出量取引市場における解釈指針「IFRIC3」の適用をめぐって── 遠 藤 悦 子. 1.はじめに. は,企業は削減投資をするよりも,排出量を買 うという行動をとることが予想される.その結. 現在,地球温暖化は地球規模の問題となって. 果,排出限界コストが安い事業者から順に排出. いる.そうした中で,地球温暖化防止のための. が削減され,社会全体として効率的な削減がで. 世界的な取組みとなる京都議定書が 1997 年に. きるということになる.. 採択され,2005 年 2 月に発効された.これに. 2005 年 に 欧 州 排 出 量 取 引 制 度( European. より日本をはじめとする先進諸国は,二酸化炭. Union Emission Trading Scheme,以下 EU ETS). 素(CO2)の排出量を第一拘束期間となる 2008. が 開始 さ れ る と,CDM,JI,排出量取引 を あ. 年から 2012 年までの間,一定量以下に抑える. わせた世界の排出クレジット市場は飛躍的に拡. 義務を負うこととなる.京都議定書では,京都. 大 し た.2006 年 の 取引額 は 300 億 ド ル(前年. メカニズムと呼ばれる①クリーン開発メカニズ. 比 3 倍),取引量 は 16 億 ト ン(前年比 2 倍強). ム( CDM:Clean Development Mechanism). に達しており,その約 7 割が EU ETS が占め. ② 共 同 実 施( JI:Joint Implementation)③ 排. て い る(World Bank[2007]).現在,排出 ク. 出量取引の 3 種類の方策が策定され,国際的な. レジット市場でのクレジットの売買は,割り当. 市場において,CO2 排出量をクレジットとして. てられた排出量を守るためにクレジットを購入. 売買することが可能となり,二酸化炭素を効. する法令遵守目的と,利ざやをかせぐためのト. 果的に削減するシステムが確立された.CDM,. レーディング目的の 2 つに分類することができ. JI が具体的な開発プロジェクトを通じて排出. る.しかし,自社の排出削減努力により,排出. クレ ジット を 取得するのに対し,排出量取引. 枠より少ない排出削減に成功した場合,無償. は,プロジェクトとは関係なく排出クレジット. で交付されていながらも,余剰となったクレ. 自体を取引するものである.. ジットをトレーディング目的で売りに出す場合. 排出量取引とは,汚染物質の排出許容量を総. も考えられ,純粋に取引を 2 つには分類できな. 枠として設定し,個々の汚染主体ごとに,当該. い 状況 に あ る.実際 に EU ETS の 第 1 フェー. 汚染物質を一定量排出する権利を割り当て,市. ズ(2005─2007)で は,参加事業体 へ の 当初 の. 場においてその取引を認めるもの,と定義する. 排出量の割当てが実際の排出量を上回り,各参. ことができる.価格の調整メカニズムを通じて. 加事業体の排出枠に余剰がでる見込みとなった. 排出削減を達成するもので,事業者は,排出量. ため,クレジットの市場価格は暴落した.また. を買う,売る,排出量を削減するという行動を. 一方では投資家もこの市場には注目しており,. 個々の事情に照らして選択することができる.. ヘッジファンドも多数登場している.. 排出量を買った方が削減コストよりも安い場合. 今後,排出クレジット取引市場の信頼性を確.

(2) 横浜国際社会科学研究 第 13 巻第 3 号(2008 年 9 月). 18 (188). 立するには,利害関係者にとっての市場の透明. Interpretation(以下 D1)を発表した.その内. 性が必須であり,そのためには,個々の取引の. 容に対しては,様々なパブリックコメントを得. 形態に応じた明確な会計基準を作成することが. ながらも,市場開設にともない,国際会計基準. 緊急の課題となっている.本稿では,こうした. 審議会(以下 IASB)は,D1 の内容を基本的に. 意図に基づいて策定された国際会計基準「解釈. 受け継いだ「解釈指針 IFRIC3」を 2005 年 3 月. 指 針 IFRIC3( IFRIC Interpretation 3) 」の 内. に 発行 し た(公表 は 2004 年 12 月) .し か し な. 容と特徴を明らかにすると同時に,現状の EU. がら資産と負債の測定に関して,ミスマッチが. ETS のもとで行われる企業活動に適用する際. 指摘され,欧州財務報告アドバイザリーグルー. に発生する問題点を他の会計アプローチと比較. プ 3)( European Financial Reporting Advisory. しながら明晰にし,排出量取引における会計処. Group,以下 EFRAG)や欧州委員会(European. 理・展開の方向性を提示する.. Union,以下 EU)などの要請により,2005 年. 2.国際会計基準「解釈指針 IFRIC3」の概念. 7 月に,この基準は撤回されている. 2005 年 3 月 に 発行 さ れ た 解釈指針 IFRIC3. 2005 年 1 月,EU 内 で 二酸化炭素 を 対象 と. の内容は下記の通りである.. した,キャップアンドトレード方式による EU. a)キャップアンドトレード方式において,1). ETS が創設された.この制度が対象としてい. 政府から与えられたアローアンスは資産と. るのは発電所,石油精製,製鉄,セメント等の. し て 2)公正価値 と の 差額 は 政府補助金 と. エネルギーを多く消費する施設(約 12,000 施. して繰延収益に計上され 3)実際に排出さ. 設)である.キャップアンドトレード方式では,. れた排出量と同量のアローアンス納付義務. 政府(または政府機関)は,それぞれの事業体. が負債として計上される.. に排出の上限枠(キャップ)を定め,その排出. b)ア ロ ー ア ン ス は 国 際 会 計 基 準 書. 枠に相当するアローアンス 1)を無償(もしく. (International Accounting Standard,以下. は公正価値以下の有償)で参加事業体に発行す. IAS)38「無形資産」に 基 づ い て 無形資産. る.参加事業体はこのアローアンスをクレジッ. として計上される.それが公正価値以下の. トとして取引市場で売買することができる.法. 価格で発行された場合でも,公正価値で資. 的に指定された法令遵守期間の終わりには,参. 産計上する必要がある.. 加事業体は実際の排出量と同等のアローアンス. c)ア ローアンスが公正価値以下で発行される. を政府に引き渡さなければならない.実際の排. 場合,そ の 差額 は IAS20「政府補助金 の 会. 出量が上限枠(キャップ)を超えた場合にはペ. 計処理および政府援助の開示」により,政. ナルティが課されることになるので,交付され. 府補助金とみなされる.当初は繰延収益と. た排出枠を超えて操業する場合,余剰のある事. して認識するが,法令遵守期間にわたって. 業体からアローアンスを購入してくる必要があ り,これが市場の原動力となっている.. 規則的に実現収益として償却される. d)企業は実際に二酸化炭素を排出すると同時. EU ETS の開始にともない,欧州では排出量. に,同等量のアローアンス納付義務を認識. 取引に関する会計基準の設定が急務なものとな. することになる.. り,国際財務報告解釈指針委員会(International. e)納付義務, すなわちこの債務は引当金であり,. Financial Reporting Interpretation Committee,. IAS37「引当金,偶発債務および偶発資産」. 2). 以下 IFRIC) で は 2003 年 5 月 に キャップ ア. に基づくものである.基本的にこの金額は. ン ド ト レード 方式 に お け る 排出量取引会計基. 貸借対照表日における現在の債務を決済す. 準「解釈指針 IFRIC3」の元となる草案,Draft. るために必要な支出の最善の見積によって.

(3) 排出量取引の会計基準(遠藤). 行わなければならない.これは通常, アロー アンスの市場価格によって表される. f)ア ローアンスに何らかの減損の兆候がある. (189). 19. 3.資産としての排出枠 3.1 資産としての位置づけ. 場合には,IAS36「資産の減損」にのっとっ. 1985 年 に 米 国 の 財 務 会 計 基 準 審 議 会. て,減損の兆候に関して検討しなければな. ( Financial Accounting Standards Board,以 下. らない.. FASB)は「財務会計概念ステートメント第 6. IFRIC3 で は,ア ローア ン ス を 資産 と し て,. 号(SFAC6)」の中で,資産に関して「過去の. アローアンス納付義務を負債として,両建てで. 取引または事象の結果として特定企業が支配. 計上することが最大の特徴である.この点は,. し,将来の経済的便益を発生させる可能性が高. IFRIC3 の 中 で, 「ア ローア ン ス と ア ローア ン. いものである」と定義づけた.FASB は「財務. ス納付義務は独立して存在する.この制度の参. 会計概念ステートメント第 1 号(SFAC1)」に. 加者は,保持しているアローアンスを課された. お い て,財務会計 の 目的 を,主 と し て 企業成. 義務を果たすために使用することもできるが,. 果の予測と企業価値の評価に役立つ情報を投資. 強制されるものではない.温室効果ガスの排出. 家等に提供することである,としている.こ. を減らすことにより,余剰分を売却することも. こにいう企業価値とは当該企業の将来における. できるし, 将来的に購入することも可能である.. キャッシュの創出能力のことであり,このよう. このように,多くの参加者が課された義務を果. な資産の「経済的便益説」においては,キャッ. たすためにアローアンスを保持しているとはい. シュの創出に役立つ経済的資源が資産である,. え, 資産と負債の間に契約上のつながりはない」. と説明することができる.国際会計基準審議会. ( IFRIC[ 2004]BC-Basic for Conclusions-12). ( International Accounting Standards Board,. と結論づけていることからも明らかである.. 以下 IASB)に お け る フ レーム ワーク4),財務. しかしながら,IFRIC3 では資産と負債,そ. 諸表の構成要素においても,資産は「過去の事. れぞれに異なる IAS の条項を適用したことに. 象の結果として特定の企業が支配し,かつ,将. より,様々な問題が生じることとなった.例え. 来 の 経済的便益 が 当該企業 に 流入 す る と 期待. ば,資産の側面からは,無償で政府から与えら. される資源をいう」(par. 49)と定義されてお. れたアローアンスを IAS20「政府補助金」を適. り,本稿でとりあげるアローアンスは,これら. 用 し て 公正価値 で IAS38「無形資産」と し て. の定義にあてはまると考えられる.なぜなら参. 計上し,その計上額を事業体の収益として良い. 加企業体が無償で政府から与えられたアローア. ものなのだろうか,という問題がある.さらに. ンス,または購入してきたアローアンスは,と. IAS38 を適用する資産と IAS37 を適用する負. もに過去の実際の排出量に基づいて政府から定. 債では評価方法が異なり,損益にミスマッチが. められた排出枠を守るために,特定の企業が保. 生じるという問題も発生している.IFRIC3 撤. 有している資源であり,いずれも取引可能なも. 回後に開催された 2005 年 12 月の IASB 会議に. のだからである.欧州排出枠取引制度の参加者. おいても,上記の論点が今後の本質的な問題点. は,余剰となったアローアンスを市場内で売却. として提議されている(IASB[Sep. 2005] ) .. することもできるし,排出枠という義務を果た. 本稿では IFRIC3 における排出枠の資産と負. すために自ら使用することによって,ペナル. 債概念を中心に,両建て計上により生じる問題. ティなどの現金流出額を減少させることも可能. 点を考察し,キャップアンドトレード方式によ. である.こういった意味からもアローアンスは. る排出量取引における適切な会計処理を考えて. キャッシュ創出能力を持ち,将来の経済的便益. いきたい.. が期待されるものと考えられる..

(4) 20 (190). 横浜国際社会科学研究 第 13 巻第 3 号(2008 年 9 月). それではアローアンスはどのような資産分類. ゆえに,経済的便益の消費を正しく反映させる. に属するのだろうか.IFRIC3 ではアローアン. ために,当該資産の取得対価を,耐用年数にわ. スに IAS38「無形資産」を適用したが,活発な. たって,規則的に償却する,ということはアロー. 取引市場で実際に売買されているアローアンス. アンスの経済的便益を認識するタイミングとい. には IAS32,IAS39「金融商品」としての資産. う意味からみて矛盾することになると考えられ. 分類も考えられるのではないか. この章では 「無. る.このような理由から,IFRIC 委員会は「ア. 形資産」の 適用, 「金融商品」の 適用,そ れ ぞ. ローアンスは償却すべきではない」とし,アロー. れの根拠と,今後の方向性を提示する.. アンスの残存価格は取得原価(または再評価額) と同じとなる,と結論づけた(IFRIC[2004]. 3.2 IAS38「無形資産」の適用. BC21).以上の考え方から,アローアンスを償. IFRIC 委員会 は,制度参加者 が 保有 し て い. 却しないのは妥当であるといえよう.. るアローアンスは,IAS38「無形資産」のパラ グラフ 8「物理的実体を欠く識別可能な非貨幣 性資産」の 概念 に 適合 す る た め,IAS38 に も. 3.3 IAS39「金融商品:認識および測定」の適 用. とづく無形資産である,と結論づけた(IFRIC. 国際会計基準審議会(IASB)は,IAS32「金. [ 2004]BC13) . こ れ に よって, 当 初 は, 政. 融商品」において,金融商品を「一方の企業に. 府 か ら 与 え ら れ た ア ローア ン ス に 関 し て は. 金融資産(現金,他の企業の持分商品,契約上. IAS20「政府補助金」を適用して公正価値で計. の 権利,デ リ バ ティブ 5)を,他方 の 企業 に 金. 上するが,購入した分に関しては,取得価額で. 融負債または持分商品を発生させる契約であ. 測定することになる.その後,決算日の測定に. る」と定義づけている.IFRIC3 の検討段階に. 関しては,IAS38 における原価モデルと再評価. おいて,アローアンスは,欧州排出量取引市場. モデルそれぞれの適用が可能であり,原価モデ. において利ざや目的やファンド等での売買も可. ルの場合は,取得原価から償却累計額および減. 能 な こ と か ら,IAS39「金融商品:認識 お よ. 損累計額を控除した額で計上され,再評価モデ. び測定」の概念が適用されるべきなのではな. ルの 場合 は,再評価日の再評価額(公正価値). いか,という意見も出ていたが,IFRIC 委員. から償却累計額および減損累計額を控除した額. 会は下記の理由でこれを否定している(IFRIC. で計上されることになる.しかし IFRIC3 では アローアンスは償却されないものとしている.. [2005]BC14). a)ア ローア ン ス は,持分金融商品 で も な く,. なぜなら,基本的に IFRIC 委員会は,アロー. 将来的に現金,あるいは金融商品を受け取. アンスを「二酸化炭素を排出する権利」ではな. る契約上の権利も持ち合わせていないので,. く, 「二酸化炭素を排出することによって生じ. IAS32「金融商品 の 開示及 び 表示」の 定義. る義務を決済するために,参加者に与えられた 手段」 (IFRIC[2004]BC12)と位置づけてい たからである.キャップアンドトレード方式に. にはあてはまらない. b)ア ローアンスは,非金融商品を売買する契 約ではないので,IAS39 には適合しない.. よる制度参加者は,二酸化炭素を排出した結果. c)ア ローアンスはデリバティブの概念にあて. として,アローアンスから経済的便益を認識す. はまらない.なぜなら,IAS39 パラグラフ. るわけではなく,二酸化炭素を発生させてし. 9 のデリバティブの定義「当初に純投資を. まった,という債務を決済するためにアローア. 必要としないか,または市況要因に対して. ンスを手放す際,すなわち法令遵守期間終了後. 同様の反応をする他の形態の契約に比べて. に, 経済的便益を認識することになるのである.. 相対的に僅少な当初投資しか必要としない.

(5) 排出量取引の会計基準(遠藤). (191). 21. こと」さらには「将来のある日において決. 照表日でのアローアンスは公正価値で評価さ. 済されること」にあてはまらないからであ. れることになる.その結果,評価損益はいずれ. る. (アローアンスは政府から無償で得られ. も損益計算書内に反映され,「無形資産」とし. るという事実があるが,これは「当初の純. て評価した場合と損益に差が出ることになるの. 投資を必要としない」という意味ではない. で,決算書内での明確な差別化が必要とされて. と考える. ). くる.しかしながら,排出量取引の仲介業者や. しかしながら,活発な市場が存在し,既に価. 金融機関などの企業を除いて,一般の制度参加. 格が形成されているアローアンスは,金融商品. 者がアローアンスを区別化することは極めて困. という性格を併せ持つことも否定できない.将. 難と思われる.なぜなら,先物取引を自己使用. 来的に,異なる制度において各国で発行された. のために始めたとしても,結果的に自己の排出. 様々なアローアンスが異なる制度のもとで取引. 枠が余った場合,利ざやを稼ぐための売買取引. されることは,より一般的になってくると思わ. に転じるということは充分にあり得るからであ. れ,欧州だけでなく,全世界的に資産としての. る.今後は,このあたりのアローアンスの区別. 統一した考え方が求められてくるだろう.それ. 化をいかにはかっていくかが,大きな課題であ. では,今後,どのような考え方が必要となって. るといえるだろう.. くるのだろうか. 本稿では,実際に排出枠の上限が義務づけら. 4.負債としての排出枠. れたため,自己使用のために取得するアローア. 4.1 負債としての位置づけ. ンスと,投資目的のヘッジファンド等でアロー. FASB は,「財務会計概念ステ-トメント第. アンスを取得する場合とでは,異なった会計処. 6 号(SFAC6)」において,負債に関して「過. 理がなされるべきだと考える.実際に自己の排. 去の取引または事象の結果として,特定の企業. 出枠を補うために排出量取引を行う企業などが. が他の企業に資産を引き渡すか,用役を提供す. 保有するアローアンスは,本来の事業を継続. る,またはしなければならない将来の経済的. し,活動を遂行していく上で必然的に発生する. 便益の犠牲を発生させる可能性が高いもので. 温室効果ガスをその排出枠の範囲内で排出でき. ある」と定義づけている.これは資産の「経. るという意味で,漁獲割当量や輸入割当量との. 済的便益説」に 対応 す る も の で,資産 の 将来. 類似性があり (黒川[2001]p. 166) ,IAS38「無. キャッシュ・イン・フローに対して,負債は将. 形資産」を適用するのがふさわしいと考えられ. 来キャッシュ・アウト・フローと考えることが. るが,市場の利ざやを得るためにトレーディ. で き る.国際会計基準審議会(IASB)に お け. ング目的でアローアンスを売買する場合には,. るフレームワークの財務諸表の構成要素におい. IAS38「無形資産」としての基準を適用するよ. ても,負債は「過去の事象から発生した特定の. りも,IAS39「金融商品:認識および測定」と. 企業の現在の義務であり,これを履行するため. しての基準を適用するほうがふさわしいのでは. には経済的便益を有する資源が当該企業から流. ないだろうか.実際問題として,市場において,. 出すると予想されるものをいう」(par. 49)と. 他の金融商品と同様に活発な取引が行われてい. 定義されている.この欧州排出量取引制度下で. るアローアンスは,IFRIC 委員会が否定してい. は,法令遵守期間において,政府が各事業体に. た「金融商品」としての概念が充分にあてはま. 二酸化炭素の排出枠を定め,違反の場合にはペ. る,と考えられるからである.. ナルティとしての課徴金等を課すという規制が. トレーディング目的で所有されているアロー. 導入されている.これにより,参加企業体は排. ア ン ス を「金融商品」と 仮定 す る と,貸借対. 出枠の遵守義務を負うことになり,アローアン.

(6) 22 (192). 横浜国際社会科学研究 第 13 巻第 3 号(2008 年 9 月). スは,この定義にあてはまると考えることがで きる.. 務(法的または推定的)を有していること 2)当該義務を決済するために経済的便益をも. IFRIC3 では,アローアンスに対して,資産. つ資源の流出が必要となる可能性が高いこ. と負債の両建てを主張している.前述したよう. と. に IFRIC 委員会 で は,ア ローア ン ス を「二酸 化炭素を排出する権利」ではなく, 「二酸化炭. 3)当該義務の金額を信頼して見積もることが できること. 素を排出することによって生じる義務を決済す. 以上のすべての条件を満たした時にのみ認識. るために,参加者に与えられた手段」と位置づ. できることができる(IAS37, par. 14).. けていることからも,IFRIC 委員会内では,ア. 1)に関しては,制度参加者は,法的に指定. ローアンスの資産としての側面よりも負債とし. された法令遵守期間の終了時に,実際の排出量. ての側面を重視していたことが伺える.. と同等のアローアンスを政府に引き渡さなけれ. D1 における検討段階では「キャップアンド. ばならないので条件を満たしている.2)に関. トレード方式の特徴は,企業が定められた排出. しては,法令遵守期間終了時にアローアンスと. 枠を超えて排出した二酸化炭素に関してペナル. いう経済的便益を持つ資源の流出が必要とな. ティを課すものでもあるので,アローアンス取. る.3)に関してもアローアンスを取引する活. 得時には資産としては認識せず,実際に排出枠. 発な市場があるので,信頼して見積もることが. を上回る二酸化炭素を排出した際にのみ,それ. できる市場価格が存在する.以上のことから,. を負債として計上するべきだ」という意見も出. この債務に IAS37 の引当金の定義をあてはめ. ていた(IFRIC[2004]BC23) .しかし IFRIC. ることは適当であると考えられる.. 委員会は, 「この債務は制度参加者が充分なア. そ れ で は,「二酸化炭素 を 排出 す る こ と に. ローアンスを所有しているか否かにかかわらず. よって生じる債務」は,どのタイミングで計上. 発生するものであり,制度参加者が二酸化炭素. されるべきなのだろうか.実際の制度上は,法. を排出することによって発生する債務に備えて. 令遵守期間の開始時において,終了時に一定額. アローアンスを所有しているという事実は,そ. の排出枠を返却する義務が確定しているので,. の制度参加者の債務を取り除くものではない」. この時点で債務が発生すると考えられる.しか. (IFRIC[2004]BC23)と結論づけ,資産と負. し,IFRIC 委員会 は,実際 に 二酸化炭素 が 排. 債は別々のタイミングで,両建てで計上するこ. 出された時点でのみ,排出コストとしての費用. とを主張した.これにより,アローアンスの資. と引当金としての負債を認識する,と結論づけ. 産としての一面は,あくまで「二酸化炭素を排. た.これは IAS37「引当金,偶発債務および偶. 出することによって企業が負担する経済的コス. 発資産」において「実際に,現在の義務を生じ. ト」を補うものであり,負債とは独立した存在. させる過去の事象(義務発生事象)が発生する. であると考えることができる.. までは負債を計上しない」としていることに基 づくものである.この排量枠取引制度において,. 4.2 IAS37「引当金,偶発債務および偶発資産」 の適用. 会計上,債務が生じる事象が発生するのは制度 参加者が二酸化炭素を実際に排出する時点であ. IFRIC3 で は,こ の 債務 に IAS37「引当金,. り,アローアンスを受け取る時点ではない,と. 偶発債務および偶発資産」における引当金の定. いうのである.IFRIC 委員会によればアロー. 義を適用した.この引当金の定義は「時期や金. アンスが発行される法令遵守期間の開始時に. 額が不確実な負債」であり,. は,このような事象は発生していないのであり,. 1)企業が過去の事象の結果として,現在の義. アローアンスを納付する義務としての負債は存.

(7) 排出量取引の会計基準(遠藤). (193). 23. 在しないということになる.この点は,IAS37. いアローアンスのみを市場価格で評価すること. パラグラフ 19 の「企業が過去の事象の結果と. が,実際の企業の経済状況を正確に反映するの. して将来的に履行しなければならない義務を負. ではないか,と考える.. う場合にのみ引当金を計上する」という記述 からも明らかとなってくるとしている(IFRIC. 5.資産と負債の両建てによって生じる問題点 5.1 IAS20「政府補助金 の 会計処理 お よ び 政. [2004]BC22) . 検討段階の D1 においては, 「アローアンスは. 府援助の開示」の適用. 二酸化炭素を排出する権利であり,ゆえに排出. IFRIC3 委員会が,アローアンスを資産と負. 時にアローアンスは償却されるべきであり,ア. 債の両建てで計上すると結論づけたことから,. ローアンスが実際の排出量をカバーできなく. 無償(もしくは公正価値以下)で政府から参加. なった時のみ,負債は計上されるべきである」. 事業体に交付されたアローアンスをどのように. (IFRIC[2004]BC23)という意見も存在した.. 資産計上するかが,重要な問題となった.各参. なぜなら,その際に政府に引き渡さなければな. 加事業体が他の参加者から購入してきたアロー. らない追加のアローアンスが必要となってく. アンスと,政府から無償で与えられたアローア. るので,アローアンスを獲得する義務が生じ. ンスとを区別して計上することは難しい.なぜ. る,というのである.これは「資産としてのア. なら政府から与えられたアローアンスも参加者. ローアンスと,アローアンスを引き渡す義務と. 自身の権利となるので,取引市場での売買が可. を相殺することはできない.また両者の間に債. 能であり,購入してきたアローアンスと同様の. 権,債務の関係もない.したがって,資産と負. 資産として計上されるのが妥当だからである.. 債を相殺した差額として表すことは,不適切だ. それでは,無償(もしくは公正価値以下)で政. と考える」 (IFRIC[2004]BC12)としている. 府から与えられたアローアンスは,どのように. IFRIC 委員会の考え方と相反するものであり,. 資産計上されるべきなのかを以下で考察する.. 6). 今後議論の余地を残すところである .. IFRIC 委員会は,会計上,アローアンスが発. 負債 の 評価 に 関 し て は,貸借対照表日 の ア. 行される法令遵守期間の開始時には,制度参加. ローアンスの市場価格で評価されるべきであ. 企業にアローアンスを納付するという債務は発. る,としている.これは IAS37 パラグラフ 36. 生しない,と結論づけたことに伴い,無償(も. 「引当金として認識される金額は,貸借対照表. しくは公正価値以下)で政府から交付されたア. 日における義務の清算に必要な支出の最善の見. ローアンスは政府補助金に該当する,と結論づ. 積もりでなければならない」に基づくものであ. けた.この解釈は,IAS20「政府補助金」に基. り,制度参加者が義務を果たすために必要なア. づくものである.なぜなら,二酸化炭素排出量. ローアンスに対して対価を支払う際に,または. を減らすために実施されている排出量取引制度. 余分となったアローアンスを第三者に引き渡す. において義務付けられている債務は,「企業の. 際に,合理的な金額だ(IFRIC[2004]BC24). 営業活動に関連するもの」であり,その義務を. というのである.しかし,本稿では,市場価格. 果たすために使用する目的で,公正価値以下で. の上下動が激しい昨今の状況を鑑みると, 当初,. 発行されるアローアンスは,IAS20 パラグラフ. 政府から与えられた排出枠の範囲までは,取. 23「政府補助金が,その企業が利用する土地そ. 得時の取得価格(もしくは公正価値より低い価. の他の資源等の非貨幣性資産の形式をとること. 格で発行された場合は公正価値)で評価し,貸. がある」にあてはまる,と考えられるからであ. 借対照表日にアローアンスが不足すると思われ. る(IFRIC[2004]BC26).. る場合には,その追加で獲得しなければならな. IFRIC3 では,アローアンスが公正価値以下.

(8) 24 (194). 横浜国際社会科学研究 第 13 巻第 3 号(2008 年 9 月). で発行される場合は,公正価値で認識される. 5.2 IAS20 改訂の動き. べきある,とした.IAS20 パラグラフ 23 には. 基本的に政府補助金は「企業の営業活動に関. 「補助金と資産の双方を公正価値で会計処理す. する一定の条件を過去において満たしたこと,. ることが通常であるが,これに代えて資産と補. または将来において満たすことの見返りとして. 助金の双方を備忘記録で記録することもある」. 企業に資源を移転する形態をとったもの」と定. とあり,公正価値以下でアローアンスが発行さ. 義され,条件付きで企業に付与されるものと考. れた場合でも,実際に参加者が支払った額で資. えられる.この制度下のアローアンスは,法令. 産計上することを認めている.しかし,IFRIC. 遵守期間終了後に政府に返還するものであるの. 委員会は, 「もしそれが許されると,この制度. で,一定の条件を将来において満たすことの見. の参加者は,実際に購入した分は貸借対照表に. 返りと考えられる.他方,アローアンスは市場. 認識するが,無償で獲得した分については貸借. 内にて取引が可能であるので,アローアンスを. 対照表上に認識しなくなる.購入したアローア. 売却した際には,補助金が実現したことを反映. ンスと無償で獲得したアローアンスは,本来区. させて,繰延収益を実現利益として認識すべき. 別できないものであるから,こうしたことは,. であるという考え方もできる.その矛盾を解消. 参加者の支配下にある資源を的確に表現できな. するために IFRIC 委員会では現在 IAS20 の改. くなる」と考え,公正価値以外で認識するのは. 訂を視野に入れながら検討を進めている.その. 不適切であり,政府補助金とアローアンスは,. 内容は以下のようなものである.. あくまで公正価値で認識すべきである,として. 政府補助金の中で「それによって保証される. いる(IFRIC[2004]BC27) .. 関連コストと対応させるために,必要な期間に. IAS20 で は,資産 に 関 す る 政府補助金 の 貸. わたり,規則的に損益計算書において認識しな. 借対照表における取扱いについて,繰延収益と. ければならない」とする基準を取り消し,か. して補助金を負債に計上する方法と,資産の. わりに補助金を「無条件に与えられる補助金」. 帳簿価額 か ら 補助金額を控除して資産をネッ. と,ある一定の条件を満たさない場合は政府に. トで計上する方法の 2 つが認められているが,. 返却義務を負う「条件付き補助金」に分ける.. IFRIC3 では,繰延収益として補助金を負債に. そうすることによって,無条件の場合は,資産. 計上する方法をとっている.IAS20 パラグラフ. (または負債の減少)と収益を即時に認識する. 12 に は「政府補助金 は,そ れ に よって 保証 さ. ことができるが,条件付きの場合は,当初,資. れる関連コストと対応させるために,必要な期. 産と負債を認識し,条件が満たされた場合の. 間にわたり,規則的に損益計算書において認識. み,企業はこれを収益として認識できるように. しなければならない」とある.IFRIC 委員会. なる.また与えられた条件が満たされなかった. はこれにのっとり, 「この補助金は,法令遵守. 場合は,政府に返却義務を負うことになるので,. 期間に生じる各参加者の営業活動のコストを補. 負債計上されることになる.さらに,非貨幣資. うものである」とし, 「当初は繰延収益として. 産として補助金を受け取る場合,備忘価額(ゼ. 貸借対照表上で認識されるべきである」と結論. ロとして)で記録することを認めていたが,こ. づけたのである.なお償却方法に関しては,制. れを廃止する.これによって,最適な計測が難. 度参加者の制度参加状況によって異なる, とし,. しい場合でも,なんらかの額(ゼロ以上)で政. あえて特定の償却方法は指定しないことを決定. 府補助金を計上することが求められることにな. している(IFRIC[2004]BC30) .. る(IFRIC[Sep. 2005]par. 43). 以上の改正により,IFRIC が提案している 「公正価値以下(あるいは無償)で発行された.

(9) 排出量取引の会計基準(遠藤). (195). 25. アローアンスは政府補助金に該当し,無償で発. 様々な問題が生じている.以下,EFRAG(欧. 行された場合でも,当初,アローアンスは公正. 州財務報告アドバイザリーグループ)が発行し. 価値で認識されるべきである」という主張が正. た勧告書の内容を中心に,どのような問題が生. 当化される. しかし, このキャップアンドトレー. じてきたのかを考察していく.. ド方式の排出量取引制度によって政府より与え. 2005 年 5 月,IFRIC3 の撤回の原因となる勧. られるアローアンスが「条件付き補助金」にあ. 告書が EFRAG(欧州財務報告アドバイザリー. たるのか, 「無条件に与えられる補助金」にあ. グループ)から発行された(EFRAG[2005]).. たるのか,に関してはまだ議論が残るところで. EFRAG は,IFRIC3 が 特 に 排 出 ク レ ジット. あるが,いずれにしても繰延収益は計上されな. の売買を行わない参加企業体に与える会計上. いことになるので,関連コストと対応させるた. の影響に関して懸念を持っていた.な ぜ な ら. めに必要な期間にわたり,規則的に損益計算書. IFRIC3 は IAS38「無 形 資 産」,IAS37「引 当. において収益を認識(繰延利益を償却)する必. 金,偶発債務」,IAS20「政府補助金 の 会計処. 要はなくなることになる.今後の IAS20 の改. 理および政府援助の開示」などの相互の解釈に. 訂の動きが注目される.. よって規定されており,これらはある種のミ スマッチの原因となるからである.たとえば. 5.3 損益計算書への影響. IAS20 や IAS38 に よって 規定 さ れ る も の は,. 発生主義による期間損益計算は,原則として. 当初取得原価 で 計上 さ れ,IAS37 に お け る 債. 財貨, 用役などの提供による期間収益を確定し,. 務は公正価値で評価されることになる.さらに. その上ですでに認識された費用のうちから期間. IAS37 と IAS20 によって認識された損益は損. 収益を獲得するために要した費用だけを限定し. 益計算書において認識されるが,IAS38 によっ. て期間費用として確定し,期間収益を計算する. て認識された損益は資本の部で認識されること. 「費用収益対応の原則」のもとに成り立ってお. になる.キャップアンドトレードにおいて資産. り「費用と収益のマッチング」が重要な課題と. と負債の間には経済的な相互作用が存在するた. なってくる.EU ETS に参加している企業の排. めに,これらの会計上のミスマッチは,大きな. 出量取引に関する期間損益を適切に測定するた. 問題となってくるのである.. めには,実際に収益から差し引かれるべき費用. EFRAG は元来実際の排出量があるレベルに. は,収益という成果を得るために費やされた費. 達したときに債務を認識するべきものならば,. 用に限定される必要がある.IFRIC3 では実際. アローアンスは,この債務が認識されたときに. に二酸化炭素が発生する際に費用が計上され,. はじめて資産として計上されるべきものなので. それに対応して実現収益が計上されるので,こ. はないのか,という観点にたっていたようであ. の費用と収益は,個別的対応関係があり,その. る.IFRAG は IAS38「無形資産」に お け る 測. 費用の測定は収益の測定に対応したものでなけ. 定方法,原価モデル,再評価モデルをそれぞれ. ればならないと考えられる.すなわち IFRIC3. 適用した場合,それぞれに損益のミスマッチが. では法令遵守を目的に政府補助金という繰延収. み ら れ る と し て い る.下記 に EFRAG 勧告書. 益から契約の部分的な履行(実際の排出)に着. の論点を示す.. 目して収益を測定しているので,費用も同じよ. a)IAS38 の原価モデルを使用した場合,アロー. うに契約の部分的な履行に従って測定され,収. アンスは取得原価によって測定されるが,こ. 益と費用のネットの金額が企業の期間損益とし. れに対応する債務は公正価値で測定される. て明確になるべきである.しかし IFRIC3 は,. ことになる.実際に二酸化炭素を発生した. IAS の様々な規定を統合してつくられたため,. 時に生まれる債務と記録される実現収益と.

(10) 26 (196). 横浜国際社会科学研究 第 13 巻第 3 号(2008 年 9 月). の間に費用と収益の測定に関してミスマッ. 6.現状の会計処理. チが生じ,損益計算書に不自然な変動をも たらすことになる.. IFRIC3 撤 回 後, い ま だ 正 式 な 会 計 基 準. b)IAS38 の再評価モデルを使用した場合,決. は 発 表 さ れ て い な い.そ れ ゆ え,PwC と. 算日における貸借対照表上の債務とアロー. International Emissions Trading Association. ア ン ス の 価値 に ミ ス マッチ は 認 め ら れ な. (IETA)の最近の調査によると,現在,EU 排. い.しかし IAS38 に基づいて再評価された. 出量取引制度 に 参加 し て い る 企業 で は,お よ. アローアンスの価値が増加した場合,増加. そ 15 種類の異なる会計処理が用いられている. 部分は直接資本の部に計上されるのに対し. (PwC&IETA[2007]p. 25).IASB で は 2007. て,債務の増加分は損益計算書に計上され. 年に開催された IASB 会議の議事録内で,4 大. ることになり,損益計算書に不自然な変動. 監査法人によって認められているいくつかの. をもたらすことになる.. 会計処理を紹介しているので(IASB[2007]. c)さ らに,資産と負債の測定のミスマッチは. p. 5),最後にそれらがどのようなものである. 法令遵守期間が終了した後も継続し,この. かを紹介していきたい(表 1).. 債務が決済されるまで存続することになる.. それでは実際にそれぞれのアプローチを用い. 法令遵守期間 が 1 月 1 日~ 12 月 31 日 な の. て経理処理を行った場合,具体的にどのような. に対して,それを第三者機関が認可して決. 仕訳が必要となるのかを,例示してみたい.. 済されるのは 4 月末となるからである. EFRAG は,遵守期間 が 終了 し て も 結果 を. (例題). 計算することができず,さらにそれがネッ. EU ETS 参加企業が,法令遵守期間開始時に. トの金額で損益計算書に反映することがで. 排出枠を 150 と定められ,政府よりアローアン. きない,ということに疑問を持っている.. ス 150 の無償交付を受けるとする(交付時のア. 以上みてきたように,EFRAG は,制度参加. ローアンスの公正価値= 20 ユーロ).. 者が,法令遵守期間の終了後,アローアンスを. 決算期末日には,実際の排出量が与えられた. 政府に引き渡す時にのみ負債を消滅することが. 排出枠 150 を超え 200 となるため,法令遵守期. でき,他の(現金等の)資産と相殺することは. 間終了時に政府に納付しなければならないア. できないゆえに,負債と帳消しになるはずの資. ローアンスが 50 不足することが判明する.. 産と測定方法が異なることは,不合理なのでは. (決算期末日のアローアンスの公正価値= 25. ないか,と主張している.企業がこのミスマッ. ユーロ).. チを財務報告書上で報告すると,特に財務諸表 に大きな影響が出るであろう一部の産業界にお. *取引開始時. いては,財務諸表上の比較可能で有益な情報を. (IFRIC3)  BS 資産:ア ローア ン ス(無形. ステークホルダーに提供することが難しくなる. 資産)3,000/BS 負債:国庫補助. と考えられる.これに対して,IFRIC 委員会で. 金(繰延収益)3,000. は,資産における再評価益を直接資本の部に計. (アプローチ 1)BS 資産:ア ローア ン ス(無形. 上することを撤回して,評価損益を損益計算書. 資産)3,000/BS 負債:国庫補助. に計上することにより,この矛盾点をなくすべ. 金(繰延収益)3,000. き,IAS38 の改訂を提案したが,現在のところ 特に進展していないようである(IASB[2008] par. 16) .. (アプローチ 2)仕訳なし.

(11) 排出量取引の会計基準(遠藤). (197). 27. 表1 IFRIC3 取引 開始時. アプローチ 1. アプローチ 2. 無償取得のアローアンスは交付日の市場価格で資産計上し,政 無償取得分に関しては計上し 府補助金として繰延収益を計上 ない 有償取得のアローアンスは取得価格で計上. 期中. 実際に二酸化炭素を発生させた時点で排出費用と引当金(負債) 実際の排出量が排出枠を超え を計上 るまで記帳なし 実際の排出量の割合に応じて交付時に計上した繰延収益を実現 適用外 利益として償却. 期末. 資産:有償,無償 に 関 わ ら ず 資産:有償,無償 に 関 わ ら ず 資産:有償取得分を 無形資産のコストモデルか再 無形資産のコストモデルか再 取得価格で評価 評価モデルで評価 評価モデルで評価 負債:排出枠 に 相当 す る ア ローアンスを所持しているか 否かに関わらず,期末日の実 際排出量相当分 を 引当金 と し て市場価格で再評価. 負 債:排 出 枠 に 相 当 す る ア 負債:排出枠 に 相当 す る ア ローア ン ス 所持分 ま で は 無形 ローアンス所持分までは取得 資産と同額 価格で評価(有償取得分) 排出枠に不足する分は市場価 排出枠に不足する分は市場価 格で費用と引当金を計上 格で費用と引当金を計上. 出典:PwC & IETA[2007],IASB[2007],p. 5 を加筆・修正. 表2 貸借対照表 IFRIC3. アプローチ 1. 3,000. 3,000. 引当金(負債). -5,000. -4,250. -1,250. 総資産. -2,000. -1,250. -1,250. アプローチ 2. 無形資産. アプローチ 2. 損益計算書 IFRIC3. アプローチ 1. 実現利益. 3,000. 3,000. 排出費用. -5,000. -4,250. -1,250. 総利益. -2,000. -1,250. -1,250. 出典:PwC & IETA[2007]を加筆・修正. *決算期末日. (IFRIC3)PL 損: 排出費用 5,000(25×200). ①実際排出量を債務として認識. /BS 負債:アローアンス納付義務(引当金)5,000.  (注)実際には,二酸化炭素を排出する都度. ・・・納付義務が生じる 200 すべてを決算日の. に排出費用と実現利益をその時点での公正価. 公正価値で計上. 値で計上し,決算日に評価替えすることにな. (アプローチ 1)PL 損:排出費用 4,250(20×. るが,ここでは評価替えを簡略化する為に,. 150+25×50)/BS 負債:アローアンス納付義務. 決算日に全ての排出が行われることとする.. (引当金)4,250.

(12) 横浜国際社会科学研究 第 13 巻第 3 号(2008 年 9 月). 28 (198). ・・・アローアンス所持分までは,取得時の公. 実際に温室効果ガスを排出することにより費用. 正価値で計上し,不足分は決算日の公正価値で. を計上することになる.しかし IFRIC3 と異な. 計上. り,決算日には,所持しているアローアンスが. (アプローチ 2)PL 損:排出費用 1,250(25×. 実際の排出枠に満たない場合(実際の排出量が. 50) /BS 負債:アローアンス納付義務(引当金). 排出枠を上回る場合)のみ,不足分のアローア. 1,250. ンスを決算日の市場価格で評価することになる. ・・・アローアンス不足分のみを決算日の公正. ので,決算日における排出費用と実現収益の測. 価値で計上. 定のミスマッチは不足しているアローアンスの 市場価格の影響のみということになる(例題に. ②繰延収益のうち,実現分を認識 (IFRIC3)  BS 負債:国庫補助金(繰延収. お い て は 不足分調達費用(25×50=1250)1250 の損).. 益)3,000( 20×150 ) /PL 益:. アプローチ 2 では資産と負債の両建ては適用. 補助金受贈益(実現収益)3,000. されない.資産は企業体がアローアンスを有償. (アプローチ 1)BS 負債:国庫補助金(繰延収. で購入した場合にのみ認識されることになり,. 益)3,000( 20×150 ) /PL 益:. 負債は実際の排出量が交付されたアローアンス. 補助金受贈益(実現収益)3,000. を超えた場合のみ,認識されることになるので,. (アプローチ 2)仕訳なし. 政府から無償で交付されたアローアンスが実際. 前章「5. 3 損益計算書への影響」でみてき. の排出枠を超えない場合,購入分がなければ貸. たように,IFRIC3 を適用した場合,政府補助. 借対照表上には何も影響が出ないことになる.. 金からの実現収益は,交付されたアローアンス. さらに無償で交付されたアローアンスは資産計. の発行日の市場価格で計上され,費用と負債は. 上されないので,収益を計上することもない.. 実際に二酸化炭素を排出した時点での市場価格. 費用に関しても,実際の排出量が企業体に交付. となるので,期中において,排出費用と実現収. されたアローアンスを超えた場合にのみ,認識. 益との間には費用・収益測定のミスマッチが生. することになる.すなわち参加事業体が実際の. じる.さらに決算日には,負債部分をアローア. 排出量をカバーするに見合うアローアンスを交. ンスの市場価格の変動を反映させるために再評. 付されるとするならば,損益計算書上において. 価するので,無形資産として計上されているア. も何も影響が出ないということになる(IASB. ローアンスに関して決算日にコストモデルを適. [2007]p. 6)(例題においては不足分調達費用. 用した場合,アローアンスの評価損益が生じ,. (25×50=1250)1250 の 損 と な る が,実際 の 排. 損益計算書に市場価格の上下動により,不自然. 出量が排出枠 150 に収まった場合は仕訳の必要. な変動をもたらすことになる(例題においては. なしとなる).. 評価損(5×150=750)+ 不足分調達費用(25. IFRIC3 撤回後 に 行 わ れ た 前述 の PwC と. ×50=1250)計 2000 の損) .また再評価モデル. IETA の調査では,会計処理上 IFRIC3 を適用. を適用した場合は,無形資産の評価損益は,原. している企業は全体の 5% にすぎない.採用し. 則的に包括利益として認識されることになり,. ない最大の理由としては,各企業とも資産と負. 新たなミスマッチの原因となる(IASB[2007]. 債の両建てにより,損益にミスマッチが生じる. pp. 5─6) .. ことをあげている.一方,政府から交付された. ア プ ローチ 1 を 適用 し た 場合,参加事業体. アローアンスに関しては0バリューで計上す. は,IFRIC3 と同様に資産と負債を両建て計上. る,すなわちアプローチ 3 を適用している企業. することにより, 政府補助金から収益を計上し,. は全体の 60% にのぼる.これにより,制度参.

(13) 排出量取引の会計基準(遠藤). (199). 29. 加企業の大半は,実際の排出量が政府から与え. より,ニュージーランドが 2013 年より,キャッ. られたアローアンスを超える分に関してのみ,. プアンドトレード方式の排出枠取引を開始する. 決算日に実際に企業が負担することになる費用. ことを表明しており,カナダでも 2007 年 7 月. と負債を計上していることが明らかとなってく. より同制度が開始されている.このような動向. る.. を受けて,世界的な統一した基準の作成が急務 7.まとめ. となってくるのは必至である.今後の,日本を 含めた世界的な動向に注目し,排出枠の会計処. IFRIC3 では,企業の将来的便益につながり,. 理にはどのような基準が適当であるのか見極め. 事業を継続するのに必要なプラスの要素である. ていかなければならない.. 「資産」と,排出枠の遵守義務から生じるマイ ナスの要素である「負債」を両建てしている.. 注. 本来ならば,この処理によって,企業の自助努. 1)IFRIC3 で は キャップ ア ン ド ト レード 方式 で 参加者に割り当てられる排出クレジットを一般 的にアローアンス(Allowance)として表記し ており,以後,この論文中ではアローアンスと して統一表記する. 2)IASB(International Accounting Standards Board ─国際会計基準審議会)が,各国 で 独自 の 解釈 に よ り,IAS(International Accounting Standards ─ 国 際 会 計 基 準 書)や IFRS(International Financial Reporting Standards ─国際 財務報告基準書)を 適用 し,結果 と し て 各国 ごとに異なる,または不適切な取扱いがなさ れることを避ける目的で 1996 年に設置した委 員会.現在も,随時,解釈指針(IFRIC)を公 表している. 3)1993 年に設立された民間組織で,主に IASB の政策に対してテクニカルな部分に関して助言 を与えることを目的としている. 4)IASB により 2001 年に承認された「財務諸表 の 作成表示 に 関 す る 枠組 み ─ Framework for the Preparation and Presentation of Financial Statements 」 .国際会計基準の基礎となる会計 原則であり,財務諸表の目的,財務諸表におけ る情報の有用性を決定する質的特徴,財務諸表 を公正する要素の定義,資本および資本維持の 概念,を扱っている. 5)デリバティブは,以下の 3 つの条件を満たす 金融商品または契約である(IAS39. 9) . (a)その価値が特定の金利,金融商品価格,コモ ディティの 価格,外国為替 レート,価格指数・ レート指数,信用格付け,信用指数,その他の これらに類する変数の変化に応じて価値が変動 するもの(ただし,非金融の変数については契 約当事者と関連しないもの)であること. (b)当初に純投資を必要としないか,または市 況要因に対して同様の反応をする他の形態の契 約に比べて相対的に僅少な当初投資しか必要と しないこと.. 力の結果が明らかになるので,企業の経済活動 を適切に反映させるためには最も適切な方法と いえるだろう.しかし,IFRIC3 において IAS の各条項を適用することにより,計測方法が資 産と負債とで異なり,また資産についても,法 令遵守目的とトレーディング目的という,異な る目的で保有する場合があるという現状では, 資産と負債を両建てで計上することによって, 企業の自助努力による経済効果が財務諸表に適 切に反映されない可能性が大きい.排出枠取引 は,あくまで企業にとって効率的に温室効果ガ スを削減し,経済効果を出すことが本来の目的 である.このことから,筆者としては,アロー アンスを法令遵守目的で所持する場合とトレー ディング目的で所持する場合に分けて会計処理 することを提案する.法令遵守目的の場合は, 現状の会計処理アプローチ 2 にみられるよう に,法令遵守目的の実際の排出量が交付された アローアンスを超えた場合のみ,市場価格にて コストと負債を認識する.トレーディング目的 の場合は,金融資産の概念を適用する,という 処理が,現状に最も適した処理だと考える. いずれにしても企業としての排出削減自助努 力を明確な数字をもって表すことができるよう な会計基準を作成し,これによって企業努力を ステークホルダーにディスクローズすること が,最終的には地球環境保全につながることに なる.世界的にも,オーストラリアが 2012 年.

(14) 30 (200). 横浜国際社会科学研究 第 13 巻第 3 号(2008 年 9 月). (c)将来のある日において決済されること. デリバティブはトレーディング目的で保有さ れているとみなされる. 6)実際に,IFRIC3 が撤回された後の EU 市場で は,法令遵守期間の間に発生した排出量が政府 から与えられたアローアンスを超えた場合にの み二酸化炭素排出債務を認識するという経理方 針を採用しているセントリカ(フランス)とい う企業も存在する(Centrica[ 2006 ]p. 56). 参考文献 新井清光(2003)『財務会計論』中央経済社 上野清貴(2007) 『現代会計基準論』中央経済社 勝山進編(2004)『環境会計 の 理論 と 実態』中央 経済社 河野正男編(2006) 『環境会計の構築と国際的展開』 森山書店 黒川行治(2001)「温室効果ガス排出枠に関する 会計の論理」『三田商学研究』第 44 巻第 5 号 黒川行治(2003)「バッズの認識と温室効果ガス 排出枠の会計の論理」『三田商学研究』第 46 巻第 1 号 国際連合(1997)「気候変動 に 関 す る 国際連合枠 組条約の京都議定書」 (財)財務会計基準機構企業会計基準委員会(2005) 「 IASB 会議報告(第 47 回会議)」 (財)地球産業文化研究所編(2003)『排出削減に お け る 会計 お よ び 認定問題研究委員会報告 書』 中央青山監査法人編(2005)『国際財務報告基準 ガイドブック』中央経済社 中央青山サステナビリティ認証機構編(2005) 『排 出権取引ハンドブック』中央経済社 デロイト・トウシュ・トーマツ編(2005) 『国際 財務報告基準の実務 第 2 版』中央経済社 藤田敬司(2006) 『資本・負債・デ リ バ ティブ の 会計』中央経済社 Centrica Plc, Annual Report: 2006 Department for Environment, Food and Rural Affairs, UK(2006)“An Operatorʼs Guide to the EU Emission Trading Scheme” Deloitte Touche Tohmatsu(2005)“IASPLUS ~ Interpretations: IFRIC3” EFRAG(European Financial Reporting Advisory Group)(2005)“Endorsement letter~ Re: Adoption of IFRIC3 Emission Right” May 6 2005 EU(2005)“Questions & Answers on Emission Trading and National Allocation Plan” EU Press Release MEMO/05/84, May 8, 2005 Financial Accounting Standards Board(FASB). SFAC1 Objectives of Financial Reporting by Business Enterprises(1978) SFAC6 Elements of Financial Statements(1985) International Accounting Standards Board (IASB)(1998)“ International Accounting Standards(IAS) ” No. 20, Accounting for Government Grants and Disclosure of Government Assistance No. 32, Financial Instruments: Presentation No. 36, Impairment of Assets No. 37, Provisions, Contingent Liabilities and Contingent Assets No. 38, Intangible Assets No. 39, Financial Instruments: Recognition and Measurement (企業会計基準委員会訳『国際会計基準審議会 国際財務報告基準書 2004 』レ ク ネ ク シ ス・ ジャパン) International Accounting Standards Board (IASB) (2005)“IFRIC Interpretation 3 Emission Rights” International Accounting Standards Board (IASB) (2005)“IASB Withdraws IFRIC Interpretation on Emission Rights” IASB Press Release July 2005 International Accounting Standards Board (IASB) ( 2005) “Board Meeting Sep. 2005 regarding Emission Trading” IASB Information for Observers International Accounting Standards Board (IASB) (2005)“Emission Trading Schemes” IASB Project Updates Latest Revision; Dec. 2006 International Accounting Standards Board (IASB) (2007)“Board Meeting Dec. 2007 regarding Accounting for Emission Trading Shemes” IASB Information for Observers International Accounting Standards Board (IASB) (2008)“Emission Trading Shemes” IASB Project Updates Price Waterhouse Coopers(PwC)and International Emission Trading Association (IETA) (2007)“Trouble-entry accounting: Uncertainty in accounting for the EU Emissions Trading Scheme and Certified Emission Reductions” The World Bank(2007)“State and Trends of the Carbon Market 2007” [え ん ど う え つ こ 横浜国立大学大学院国際社 会科学研究科博士課程後期].

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参照

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