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ルイス・キャロルの日記 : 第2巻 1856年

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(1)

第2巻1856年

ル イ ス ・キ ャ ロル の 日記 第2巻

は1856年1月1日

か ら12月31日 を収 め

て い る。 従 来 作 品 を通 して イメ ー ジ さ れ た キ ャ ロル 像 とい う もの が あ る

とす れ ば、 また 別 に、 日記 を通 して キ ャ ロル をみ るの も よい で あ ろ う。

日記 の 元 は大 英 図 書 館 に所 蔵 され 、13巻 あ っ た う ち現 在 は9巻 が 残 っ て

い る。表 紙 に は そ れ ぞ れ ・Private

,journalと

して 、 何 年 何 月何 巻 、 とキ

ャ ロル の 手 で書 い て あ る。

キ ャ ロル の 日記 が最 初 に 出版 され た の は、 ロ ジ ャ ・ラ ンス リン ・グ リ

ー ンの編 纂 で1953年 で あ る か ら

、 そ れ か ら43年 が経 過 した。 グ リー ンの

版 は、 全 体 に削 除 を施 して2巻 で 出 た 。 編 者 は 実 際 の 日記 を 隅 か ら隅 ま

で 目 を通 した と序 文 に 書 い て い るが、 参 照 した テ ク ス トは キ ャ ロル の姪

た ちが タ イ プ ァ ウ トして 渡 した もの だ った 。 そ の せ い か 、 削 除 の 仕 方 に

は 、 コ ン テ ク ス トを無 視 した 部 分 が あ る。 詳細 な註 は モ ー トン ・コー エ

ンが 編 纂 した ル イ ス ・キ ャ ロル の 手 紙 集 の 註 と同様 に、 きわ め て 豊 富 で

役 立 つ もの で あ っ た。 但 し、 長 い註 が 本 文 の 中 に割 り込 み 、 テ ク ス トの

理 解 の 妨 げ に な って い る。 この よ う な グ リー ン編 の 日記 が 出版40年 を迎

え た 時 に、 新 し く、 ル イ ス ・キ ャ ロル の 日記 全 体 の 出 版 が は じま っ た。

既 刊 の 第 一 巻 は1993年 、 第2巻

は94年 、 そ して 第3巻

は95年 末 に 出 た。

今 回 の編 集 上 の特 徴 は、 大 英 図 書館 に現 存 す る9巻 の 日記 を 、 削 除 せ

ず 、す べ て収 録 す る こ とに あ る。キ ャ ロル の 日記 原 本 は 、縦7.25× 横4.5

イ ン チ、 や や 大 判 の手 帳 の 大 き さで 、 罫 線 はな い。 表 紙 裏 に購 入 した オ

ク ス フ ォー ドの 文 具 屋 の シー ル が そ の ま ま付 い て い た。

(2)

ル イ ス ・キ ャ ロ ル の 日記

通 常 の 記録 は右 側 の 頁 に書 き、 後 か らの 書 き込 み 、補 足 を左 頁 に記 入

して い る。 この 部 分 につ い て は、 グ リー ン は ま っ た く本 文 と区 別 して い

な い の に対 して、 今 回 の 編 集 者 エ ドワー ド ・ウ エ イ ク リ ング は、 左 頁 に

あ る 書 き込 みや 補 足 をす べ て 角括 弧 で 括 っ て、本 文 とは 区 別 して 示 した。

さ ら に註 は、 脚 注 方 式 を採 用 して 本 文 をす っ き り と読 みや す く改 め た 。

先 輩 の グ リー ン を参 考 に しな が ら、 日記 に 出 て くる い ろ い ろ な事 項 、 特

に 人 物 につ い て の 解 説 が 詳 しい 。

こ こ で は 先 ず 、 ロ ジ ャ ・ラ ンス リ ン ・グ リー ンの 編 纂 で40年 間 読 まれ 、

言 及 され 、 引 用 さ れ て きた2巻 のDiariesofLewisCarrollが9巻

あ る

日記 の 中 か ら何 を省 い て い たか 、 そ の 省 略 の た め に 、読 む 側 に事 実 とは

異 な る印 象 を あ た え た こ とは な い か 、 とい う問題 を考 え て み た い。 次 の

例 は 、 ウエ イ ク リング 版 か らの6月5日

の 引 用 で 、 グ リー ン版 に 出 て い

な い 箇 所 に つ い て は枠 の 中 に示 す 。

Met an old school friend whom I have not seen for 10 years,

Mounsey,

who was at Richmond

with me. He came

to my

rooms

to find me, but neither

of us in the least

recognised

one another : we went

together

to his lodgings

to see his

sister,

who is staying

in Oxford

with him, and I afterwards

spent

the

evening

with

them,

when

we settled

plans

for

lionising

tomorrow.

In the interval,

from half past four to seven,

Frank and

I made

a boating

excursion

with Harry

and Ina : the latter,

much

to my surprise,

having

got permission

from

the Dean

to come. We went down to the island,

and made

a kind of

picnic

there, taking

biscuits

with us, and buying

gingerbeer

(3)

the way, and fortunately,

considering

the wild spirits

of the

children,

we got home without

accident,

having

attracted

by

our remarkable

crew a good deal of attention

from

almost

every

one we met. Mark

this day, Annalist,

not only with a

white

stone,

but as altogether

dies

rnirabilis.

(In the morning

I was introduced

to Sir Edmund

Lyons, by Ogilvie, who

brought him to the Library).

こ の 日、 キ ャ ロ ル は リデ ル 学 寮 長 の 子 供 ハ リー と ロ リー ナ を 連 れ て ボ ー トで 出 か け た。 日記 の 中 で 、 彼 は 特 別 に よ い 日 の こ と を 、 ロ ー マ 人 の し き た り を 真 似 して 、 「臼 い 石 」 で 記 し を つ け る 。6月5日 は 「臼 い 石 」 の み な らず`diesmirabilis'、 奇 蹟 の よ う な 素 晴 し い 日 だ 、 と書 い て い る 。 し か し、 引 用 に 見 る 枠 の 部 分 を 省 略 し た た め に グ リ ー ン版 の 日記 で は 、 い き な り`Fromhalfpastfourtoseven'(4時 半 か ら7時 ま で)の 書 き 出 し に な る 。 ウ エ イ ク リ ン グ 編 集 の 日記 で は 、 午 前 中 は 図 書 館 に 行 き、 午 後 に は 、 リ ッ チ モ ン ド時 代 の 珍 し い 友 人 が 部 屋 へ 訪 ね て き て 、 お 互 い に す ぐ に は 相 手 が わ か ら な い 程 に な っ て い た 、'と い う こ と 、 そ して 、 こ の マ ウ ン ジ ー と い う 友 人 の 宿 泊 先 に 一 緒 に 行 き 、 オ ク ス フ ォ ー ド見 物 に き て い る 彼 の 妹 に 会 う。 ま た 、 夕 食 後 の 時 間 を そ の 兄 妹 と一緒 に 過 ご す と 、 次 の 日 に 見 学 す る 予 定 を 話 合 う 。 グ リ ー ン の 版 で 冒 頭 に 出 て い る ハ リ ー と ロ リ ー ナ を つ れ て 従 兄 弟 の フ ラ ン ク と ボ ー ト を 漕 ぐ 話 は 、 こ の 後 に 続 く部 分 で あ り、 そ こ の 書 き 出 し は 、Intheinterval....「 そ の 合 い 間 に..」 で 始 ま っ て い る の だ が 、 グ リー ン 版 の 日 記 で は 、 前 後 を 削 除 し た た め に 、 こ の 書 き 出 し部 分 も省 略 し た 。 即 ち 、 「そ の 合 間 の 出 来 ご と 」 だ け が グ リー ン の 版 に は 載 っ て 硲 る の で あ る 。 こ の 日 の 締 め く く り に は 、 朝 、 オ ジ ル ヴ ィ ー が 図 書 館 に 連 れ て き た エ ドマ ン ド ・ラ イ ア ン ズ 卿 に 紹 介 さ れ た 、 と あ り、 こ こ は キ ャ ロ ル 自 身 が

(4)

ル イ ス ・キ ャ ロ ル の 日記

丸 括 弧 で 括 って い る。最 後 に な っ て 思 い 出 した の で あ ろ う。

こ の よ う に他 に も幾 つ か 出来 事 の 記 録 が あ る中 で グ リー ンの 版 で は、

こ の場 合 につ い て 言 えば 、 子 ど もた ち に関 す る部分 だ け で 、 他 の 記 載 は

み な 削 除 した。 そ の ため に、 キ ャ ロル の こ の 日一 日 は リデ ル の 子 供 の こ

とで終 わ っ た か 、 と い う 印象 を与 えて も不 思 議 はな い。 元 の 日記 で は 、

次 の6日

は マ ウ ン ジー と妹 が昼 食 に来 た こ と、 それ か ら図 書 館 へ 案 内 し

た こ と、7日

に は、 マ ウ ン ジー とその 妹 と一 緒 に午 後 の お 茶 を取 っ た と

出 て い るが 、 そ の 部 分 もすべ て グ リー ン版 で は削 除 さ れ て い る。

もう一 つ別 の例 を、4月25日

か ら引 用 す る と、

Went

over with Southey

in the afternoon

to the Deanery,

to

try and take

a photograph

of the Cathedral

: both

attempts

proved

failures.

The three little girls were in the garden

most

of the time,

and we became

excellent

friends : we tried

to

group

them in the foreground

of the picture,

but they were

not patient

sitters.

I mark

this day with a white

stone.

Went to Scoltock

in the evening

to tea and Euclid : he

offers

to coach

me in History

in return,

and I seriously

am

thinking

of closing

with

it, and attacking

my old enemy,

Hume's

England,

again.

こ の 日 は サ ジ ー の 写 真 機 で 大 聖 堂 の 写 真 を 取 り に 学 寮 長 館 の 庭 へ 行 き 初 め て ア リ ス ・ リデ ル と 出 会 っ た こ と を 記 す 、 有 名 な 箇 所 で あ る 。 も う す ぐ4歳 に な る 幼 い ア リ ス と ロ リ ー ナ 、 イ ー デ イ ス と友 達 に な る 、 も う 一 つ の 「臼 い 石 」 の 日 で あ る 。(こ の 年 、 キ ャ ロ ル の 日 記 に は 「臼 い 石 の 日 」 が3回 あ っ た 。) 同 じ 日 の 夜 、 キ ャ ロル は ク ラ イ ス ト ・チ ャ ー チ の チ ュ ー タ ー を し て い

(5)

る10歳 年 上 の ス コ ル ト ッ ク の と こ ろ へ お 茶 と ユ ー ク リ ッ ドに 出 か け た 。 こ れ は ユ ー ク リ ッ ド を ス コル ト ッ ク に 説 明 す る た め で あ っ た 。 そ の か わ り に ス コ ル ト ッ ク の 方 か ら歴 史 の 勉 強 を 指 導 し て や ろ う 、 と言 わ れ 、 キ ャ ロ ル はIseriouslyamthinkingofclosingwithit,andattackingmy oldenemy,Hume'sEngland,again.数 学 と歴 史 を 教 え 合 っ て お あ い こ に し、 仇 敵 ヒ ュ ー ム の 英 国 史 を 攻 略 す る か 、 と 書 い て い る 。 余 程 歴 史 が 苦 手 だ っ た よ う だ 。(前年 の3月13日 に は 全 般 的 な 勉 強 計 画 を た て て い る が 、 そ れ は 計 画 倒 れ し て 、 ほ ぼ1年 後 の2月5日 に 計 画 の 見 直 し を 行 な っ た 。 そ の 際 に 、 歴 史 に つ い て は 「時 代 毎 に 全 体 を マ ス タ ー し よ う と す る の は 諦 め て 、 テ ー マ を 絞 り、 例 え ば 宗 教 改 革 に つ い て 、 徹 底 し よ う 。 そ れ が こ の 勉 強 の 基 本 だ 」 と書 い た 。) ス コ ル トッ ク と歴 史 に 関 す る 部 分 も グ リ ー ン 版 は 削 除 して 、4月25日 の 記 録 は サ ジ ー と写 真 を 撮 り に 出 て3人 の こ ど も と 出 会 っ た 、 素 晴 し い 日 で あ っ た 、 と い う記 述 だ け に な っ て い る 。 た しか に キ ャ ロ ル は こ ど も た ち が 大 好 き で あ っ た 。 こ ど も た ち も彼 を 大 好 き に な っ た 。 しか し、 グ リ ー ン の 日 記 の 中 に み る こ の よ う な 省 略 は 、 キ ャ ロ ル に と っ て 他 の 日 常 の こ と は ま る で 眼 中 に な い よ う な 印 象 を 与 え る 。 そ れ が キ ャ ロル を マ ニ ア ッ ク 、 偏 執 狂 と し て こ れ ま で 印 象 付 け る こ と に な っ て い た の で は な い か 。 そ う だ とす れ ば 、 削 除 せ ず 全 体 を 収 め た 日 記 が 出 る こ と に よ っ て 、 よ り大 き い 視 野 の 中 で ル イ ス ・キ ャ ロ ル を 見 る よ う に な る こ とが 期 待 で き る 。 上 の 二 例 で は 、 前 後 に 省 略 さ れ た で き ご とが あ る の を み た 。 ま た 記 述 の 部 分 的 省 略 に よ っ て 、 グ リ ー ン 版 は 文 の 意 味 に 読 み 違 い を さ せ る こ と が あ る 。8月18日 に 次 の よ う な 例 が あ る。 こ こ で は`we'が 、省 略 の た め に 、 二 人 と 読 め る 。 実 際 は 、 グ レ イ ト ・ゲ ー ブ ル に 登 頂 し て 、 麓 へ 下 り る ま で 一 行 は5人 だ っ た 。

(6)

ル イ ス ・キ ャ ロ ル の 日記

Collyns

and I started

on our walking

tour :

Mr. Webster,

with Skeffington

and a pupil

of the name of

Benn, accompanied

us most of the day.

We began

by rowing

down to Lowdore ; then, without

stop-ping to look at the falls there,

which

are nearly

empty,

we

walked

down Borrowdale,

and lunched

at Seathwaite,

where

it is said more rain falls in the year than in any other place

in England.

The whole party

ascended

Great

Gable, but we

got no view, as it was entirely

wrapped

up in mists. At the

foot the

party

divided,

and Collyns

and

I walked

on to

Wasthead,

where

we got beds at a cottage.

第2巻 の 日 記 の 年1856年 、 ル イ ス ・キ ャ ロ ル は24歳 で あ る 。 テ ニ ス ン の 詩 を パ ロ デ ィ に し た 『三 つ の 声 』 や ワ ー ズ ワ ー ス の 『決 意 と 自立 』 の パ ロ デ ィ で 臼 の 騎 士 の 元 歌 に な っ た .『寂 し き 沼 辺 で 』 を ト レ イ ン に 発 表 す る 年 。 ま た 、ヴ ィ ク ト リ ア 朝 指 折 りの ポ ー ト レ ー ト写 真 家1)と い わ れ る よ う に な る 、 そ の 出 発 の 年 す な わ ち カ メ ラ を 手 に 入 れ た 年 で あ り、『不 思議 の 国 の ア リ ス 』 を 書 く き っ か け を 作 っ た ア リス ・ リ デ ル との 出 会 い の 年 。 ク ラ イ ス ト ・チ ャ ー チ で 大 学 教 師 と し て 初 め て 講 義 を し た の は こ の 年 の1月 で あ る 。 1856年 の キ ャ ロ ル は1年 の ほ ぼ 半 分 を ク ラ イ ス ト ・チ ャ ー チ で 過 ご し た 。 即 ち1月19日 か ら3月14日 ま で の2か 月 間(HilaryTerm)、4月5 日か ら6月7日 ま で の2か 月 間(EasterandActTerm)、 そ し て10月 10日 か ら12月12日 ま で の2か 月 間(MichaelmasTerm)の 合 わ せ て6ヶ 月 で あ る 。 1856年 の ル イ ス ・キ ャ ロ ル の 動 静 を そ の 居 所 で 追 っ て み る 。

(7)

1月15日 リボ ン か ら ロ ン ド ンへ 。 着 い た 夜 、 ブ ロ ン プ トン の お じ ス ケ フ ィ ン トン を 訪 ね る。 19日 お じ ス ケ フ ィ ン トン の 元 に 寄 っ て 後 、 ク ラ イ ス ト ・チ ャ ー チ へ 。 3月14日 オ ク ス フ ォー ドか らバ トニ ー の お じハ ッ サ ー ド ・ ドジ ス ン の 所 へ リ ッ チ モ ン ド、 ロ ン ド ン へ 出 か け る。 20日 リ ボ ンへ 。(マ ッ カ ー シ ョ ー へ 遠 足) 4月1日 ク ロ フ トへ 。 5日 オ ク ス フ ォ ー ドへ 。 6月7日 パ ッ トニ ー へ 。(ロ ン ド ンへ) 20日 ク ロ フ トへ 。(9マ イ ル 離 れ た リ ッ チ モ ン ドへ) 7月7日(ウ イ ッ トバ ー ン へ) 12日 ク ロ フ トへ 戻 る 。 8月12日 ポ ー テ ィ ン ス ケ イ ル へ(父 親 の 友 人 ウ エ ブ ス タ ー の 所 へ 。ケ ジ ッ ク で 友 人 コ リ ン ズ と待 ち 合 わ せ る) 18日 コ リ ン ズ と徒 歩 の 旅 に 出 発 、 グ レ イ ト ・ゲ ー ブ ル に登 る 21日 ポ ー テ ィ ン ス ケ イ ル へ 戻 る。 グ レ イ ト・ゲ ー ブ ル 山 頂 で 寒 風 に 当 た っ た せ い で 顔 が 腫 れ て 痛 む 。 27日 顔 の 痛 み の せ い で 予 定 よ り1日 遅 れ て ア ンブ ル サ イ ドへ。(大 叔 父 ヘ ン リ・ トマ ス ・ラ トウ ィ ッ ジ を 訪 ね る) 30日 バ ー ナ ー ド城 へ40マ イ ル の 距 離 を 定 期 便 の 馬 車 で 立 ち 寄 る。途 中 ボ ウ ズ に 降 り る 。 ク ロ フ トへ 。 31日 コ リ ン ズ を案 内 して 、 ス テ イ プ ル ト ン と イ リ ー ホ ー ム ・バ ン ク ス へ 9月1日 コ リ ン ズ を案 内 して リ ッチ モ ン ドへ 。 16日 ウ イ ッ トバ ー ン へ 、 妹 の メ ア リ とル イ ー ザ を 連 れ て 。 22日 ク ロ フ トへ 戻 る 。 ウ イ ッ ト ビ ー へ 。 10月4日 ク ロ フ トへ 。 8日 オ ル バ ス トン の 大 叔 母 の 所 へ 。 10日 弟 た ち 二 人 が 合 流 し、3人 で ク ラ イ ス ト ・チ ャ ー チ へ 。 12月12日8日 に 始 ま っ た 学 期 末 の 試 験 が 終 わ る 。 ロ ン ドン へ 。 エ グ ゼ タ ー ・ホ ー ル へ 。 メ サ イ ア を 聴 く。 13日 ア デ ル フ ィ劇 場 へ 。 15日 オ リ ン ピ ッ ク 劇 場 へ 。 16日 プ リ ン セ ス 劇 場 へ 。(『夏 の 夜 の 夢 』)

(8)

ル イ ス ・キ ャ ロ ル の 日 記 17日 オ ク ス フ ォー ドへ 。 18日 学 寮 長 館 へ 。(長 男 ハ リー に ク リ ス マ ス の 贈 り物 を 届 け る) (22日 学 寮 長 は夫 人 と 主 治 医 ア ク ラ ン ドに伴 わ れ て マ デ ィ ラ へ) 24日 ク ロ フ トへ 。 キ ャ ロ ル の 日記 の 記 録 に よ る と リ ボ ン か ら ロ ン ド ン へ の 列 車 は8:58 発 、21:30着 と あ り、 当 時 リ ポ ン と ロ ン ド ン 間 は12時 間30分 か か っ て い る 。 ま た 、 オ ク ス フ ォ ー ドか ら ク ロ フ トへ は 、8:15発 、 ク ロ フ ト20: 00着 で 、 こ ち ら は11時 間45分 か か っ た 。 乗 り継 ぎ の 待 ち 合 わ せ 時 間 も大 き い で あ ろ う 、 当 時 の 列 車 の 旅 は 長 か っ た 。

前 年 の 秋 に数 学 を教 え る任 命 を受 け るが 、 実 際 に 講 義 を始 め たの は、

1月 の休 み 明 け で あ る。日記 か らは 、教 えて い たの は 数 学 専 攻 で は な く、

音 楽 や 法 律 、 神 学 と い っ た 方面 の 学 生 で、 一 般 教 養 と して 必 修 に な っ て

い る数 学 をみ て い た こ とが わ か る。 したが っ て や る気 の な い 学 生 を、(学

士 号 の た め の)最 初 の 試験 に合 格 す るた め に面 倒 を み て い る わ けで 、 楽

で は な か っ た。 「

冬 休 み 中 に教 官 の ロ イ ドが 出 して お い た課 題 につ い て 、

学 生 の グ レ ゴ リー を 試験 した。 全 く何 もご存 じな い 。 ロ イ ドは結 果 を学

寮 長 に報 告 」と書 い て い る。1月25日

に は 、 学 生 時 代 の 自分 の 指 導 教 官 、

バ ー ソ ロ ミュ ー ・プ ラ イ ス を訪 ね 、 学 生 に 与 え る課 題 の順 序 を相 談 して

い る。60名 の 学 生 を抱 え て 、 呼 び 出 し して もな か な かや って こ な い、 こ

の 日 の呼 び 出 しに応 じな い者 が まだ8名

い る。26日 に は 、 今 学 期 最 初 の

三 角 法 の 講 義 を した。28日 に は、 今 学期 最 初 の ユ ー ク リッ ド と算 数 の 講

義 で 、12名 出席 の と ころ2つ

の ク ラ ス にそ れ ぞれ9名

と11名 しか で て こ

な い 。1月22日 に は お じの ス ケ フ ィン トンに 写 真 器 材 を見 つ け て欲 しい 、

と手 紙 を 出 して い るが 、 そ れ も、 読 ん だ り書 い た りの 他 にや る こ とが 欲

しい と書 い て 、 毎 日 こ ん な調 子 で は か な わ な い 、 と考 え た様 子 が うか が

(9)

え る。

や が て 夏 休 み の後 にな る と、 個 々 の 学 生 の 個 人 指 導 に時 聞 を取 られ 、

しか もで きな い学 生 の た め に時 間 を 取 られ て 、 で き る学 生 の こ とが お ろ

そ か にな っ て しま う、 と心 配 す る。 あ るい は、 教 え るた め に ど うい う勉

強 が必 要 で あ る か、 教 師 と しての 勉 強 をや らな い とい け な い、 夏 休 み に

遊 ん で し ま っ て、 い まか ら反 省 して も追 い付 か な い け れ ど、 次 の 長 い休

暇 はプ ラ イ ス が 行 く とこ ろ へ 出 か け て勉 強 の指 導 を受 け よ う、 な ど と教

え る こ とに つ いて 真 剣 に悩 ん で い る様 子 が 日記 にみ え る。

当 時 の 学 生 は 、 紳 士 と し て 期 待 さ れ て い た 反 面 、 一 方 で は そ れ ら し く な い と こ ろ も あ っ た 。学 生 を指 し て 、ふ つ う漠 然 と`man'、`men'と い い 、 個 々 に は 姓 で 呼 ん で い た 。 ク ラ イ ス ト ・チ ャ ー チ の ホ ー ル で 食 事 の 折 り に 、 あ る と き は あ ま り騒 々 し い た め 、 学 生 監 の ゴ ー ド ン が 何 人 か を ホ ー ル か ら 追 い 出 し た 。 「食 事 は お 祈 りが 始 ま る 前 か ら 食 べ 始 め る 、終 わ る と 周 囲 の 人 を 待 た ず 、 先 に 席 を 立 っ て し ま う 。 ナ イ フ や フ ォ ー ク で 大 き な 音 を立 て る 。 回 っ て く る お 皿 の 肉 は 勝 手 に 沢 山 切 り取 っ て し ま う」2)。な か に は 夜 中 に 、 空 き部 屋 に 入 り込 ん で そ こ か ら 中 庭 へ 花 火 を 投 げ つ け て 爆 発 さ せ た り、 近 く の 部 屋 に 窓 か ら瓶 を投 げ 込 ん だ り 、 と い う な か な か 過 激 な い た ず ら を す る 者 ま で あ っ た 。 大 学 の 創 立 記 念 の 時 に は 、 お 祝 い の イ ル ミ ネ ー シ ョ ン が 見 事 で あ っ た 。 と こ ろ が 、 学 生 た ち が 屋 上 か ら投 下 す る ロ ー マ 花 火 で 、ク イ ー ン ズ の 教 官 が 失 明 しか け る事 件 が お き た 。 日 記 に は`oneeyeblinded,anditisfearedthathemaylosetheother also.'と 心 配 す る 。 こ の 人 、 ジ ェ ク ス ・ブ レ イ ク は 後 に 神 学 で 博 士 号 を 取 り、 ラ グ ビ ー 校 の 校 長 に も な っ て い る の で 、 失 明 は 免 れ た よ う だ 。 そ れ に し て も 、 ク ラ イ ス ト ・チ ャ ー チ で は昔 か ら学 寮 長 が 許 可 を して 、 屋 上 か ら花 火 の 投 下 を や っ て い る 、 と 問 題 を指 摘 す る 。

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ル イ ス ・キ ャ ロ ル の 日記 大 学 の 中 で 、 キ ャ ロ ル は 決 し て 付 き 合 い の 悪 い 青 年 で は な か っ た 。 だ れ そ れ と 朝 の 食 事 を し た 、 昼 食 を し た 、 デ ィ ナ ー を し た 、 と い う記 述 が 所 々 に 見 え る 。 あ る 時(5月1日)は 、 マ ー シ ャ ル 、 ロ イ ド、 プ ラ ウ ト、 テ ィ リ ッ ト、 ベ イ ン と い っ た 先 輩 、 同 僚 を 自室 に 招 き 、12人 で 朝 の 食 卓 を 囲 ん で い る 。 こ の 前 年 の1855年 に は 、 ク ラ イ ス ト ・チ ャ ー チ の グ レ イ ト ・ホ ー ル で 食 事 を す る 全 員 約40人 に そ れ ぞ れ 大 壜 の 葡 萄 酒 を ふ る ま っ た こ と も あ っ た 。 こ う した こ と は キ ャ ロ ル が 飲 ん だ り、 食 べ た りす る こ と に 興 味 が あ っ た と い う よ り も 、 当 時 の 社 会 習 慣 に 従 っ た こ と と思 わ れ る 。 朝 の 食 事 で 人 に 会 う と い う こ と は 、 大 学 に 住 ん で い る か ら で き る の か 、 或 い は 当 時 特 定 の 階 級 の 人 々 が お こ な っ て い た こ と な の か 、 と に か く`breakfasted with'、`dinedwith'と い っ て 、 呼 ん だ り、 呼 ば れ た り、 時 に は 朝 か らや っ て い る 。 勿 論 相 手 は 同 じオ ク ス フ ォ ー ドの 大 学 の 仲 間 、 あ る い は 叔 父 の ス ケ フ ィ ン ト ン の と こ ろ 、 と 限 ら れ て い た が 。 休 暇 に は ど う して い た か と い え ば 、 父 親 と き ょ う だ い の い る ク ロ フ ト の 牧 師 館 が キ ャ ロ ル に と っ て は 家 族 の 住 む 故 郷 で あ る。 し か し そ こ へ 帰 る よ り は 、 先 づ ロ ン ド ンへ 行 き、 パ ッ トニ ー に 住 む 父 方 の お じ ハ ッ サ ー ド ・ ド ジ ス ン の と こ ろ に よ く立 ち よ っ て い る 。 ハ ッ サ ー ドは 民 事 訴 訟 裁 判 所 主 事 を して お り、 そ の 長 男 で 従 兄 弟 の フ ラ ン ク こ と フ ラ ン シ ス ・ヒ ュ ー ム ・ ド ジ ス ン と は2歳 違 い で 、1855年 、 56年 の キ ャ ロ ル の 日記 に は 彼 の 名 前 が 時 折 出 て く る 。 一 方 、 ブ ロ ンプ ト ン に は 、 母 方 の お じ 、 ス ケ フ ィ ン ト ン ・ラ トウ イ ッ ジ が 住 ん で お り、 キ ャ ロ ル は こ こ を 訪 れ る の が 楽 しみ だ っ た ら し く、「ま た こ ん な に 間 を 置 か ず 直 ぐ に ブ ロ ン プ ト ンへ 行 っ て し ま っ た 」 と い う よ う な 、 反 省 め い た こ と が 書 い て あ る 。 お じ ス ケ フ ィ ン ト ン は 、進 取 の 気 に 富 ん だ 人 ら し く、新 式 の 道 具 、器 具 、

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珍 し い も の を 手 に 入 れ 楽 し ん で い た 。 そ れ が 、 若 い 甥 に と っ て 大 変 な 魅 力 で あ り 刺 激 に な っ て い た よ う だ 。 ス ケ フ ィ ン トン ・ラ トウ ィ ッ ジ は 独 身 で 精 神 病 院 の 査 察 官 を し て お り、 患 者 の 待 遇 、 病 院 の 状 態 を 査 察 す る た め に 巡 回 し、 キ ャ ロ ル が 行 く と仕 事 の 旅 行 で 不 在 の こ と が 時 折 あ っ た 。 一 方 で は 、 お じ の ハ ッ サ ー ドや ク ロ フ トの 知 り合 い の 所 を た ず ね る と、 た く さ ん の 子 ど も た ち を は じめ 、 み ん な 相 変 わ ら ず で い つ 行 っ て も あ ま り変 わ りが な い 、 と い う こ と が 日 記 に 出 て く る 。 キ ャ ロ ル 自 身 は 、 大 学 の 中 に 身 を 置 い て こ 日 常 の 些 事 に 煩 わ さ れ ず 、 先 輩 、 同 僚 に 恵 ま れ 、 広 が る未 来 を 前 に し て こ れ か ら と い う時 で あ る か ら 、 独 身 の ス ケ フ ィ ン ト ン お じ の 姿 は 、 若 き甥 の 目 に 格 好 よ く映 っ た の に ち が い な い 。3月5日 の 日記 に は 、`SkeffingtonIeaves Bromptontodayforaprofessionaltour,sothatI .missseeinghim' 「ス ケ フ ィ ン ト ン 叔 父 は 今 日 か ら仕 事 で 旅 行 。 会 え な くて 残 念 」と書 い て い る 。 キ ャ ロ ル が 会 え な い の が 残 念 、 と い う表 現 を 使 っ て い る の は 珍 し い 。 彼 は 、 「結 婚 は 当 分 考 え な い し 、 し た が っ て 今 か ら 保 険 に 入 る 必 要 も な い 」 と 言 っ て 、 自 立 の 見 込 み が つ い た 時 に 、 将 来 の た め に 保 険 に 入 る よ う に と い う 父 親 の 忠 告 を 素 直 に き か な か っ た の も 、 或 い は こ の 叔 父 の 生 き 方 へ の 共 感 が あ っ た せ い か も しれ な い 。 しか し 、 そ の 一 方 で 、 ロ ン ド ン で 気 が ね な く立 ち 寄 れ た の は 、 ハ ッ サ ー ド ・ ド ジ ス ン の と こ ろ で、 ハ ッ サ ー ド に は 演 奏 会 の 切 符 の 手 配 を 前 も っ て 頼 ん だ りす る 。 ハ ッ サ ー ドの 長 男 で 従 兄 弟 の フ ラ ン ク と は 、 ロ ン ド ン で も オ ク ス フ ォ ー ドで も 、 よ く一 緒 に 出 か け た 。 春 休 み の3月16日 の 日曜 日 に は 、 朝 の 礼 拝 の 後 で 、 フ ラ ン ク と 一 緒 に ロ ン ド ン の 町 へ 出 て 、 雑 誌 『ト レ イ ン』 の 編 集 を し て い る イ エ イ ツ の 家 を 訪 ね た 。 そ の 帰 り に 、 `Wewenttoseetherem ainsofCoventGardenTheatreonourway back,'と あ る 。 こ れ は 、3月5日 の 未 明 に コ ヴ ェ ン ト ・ガ ー デ ン 劇 場 が 火 災 で 焼 け 落 ち て 、 そ の 焼 け跡 を 見 に い っ た 、 と い う こ と で あ る 。 し か

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ル イ ス ・キ ャ ロ ル の 日 記

し、「

警 察 でバ リケ ー ドを作 って 近 寄 れ な い よ うに して い る。タ イ ム ズ の

記 事 で は何 一 つ 残 らず 焼 け落 ち た よ うに書 い て い た が、 正 面 と建 物 の 外

側 だ け は残 っ て い る よ うだ」 と、 新 聞 が 書 い て い た の と見 た の とで は違

う、 と書 く。 日記 の 本 文 は 、特 に劇 場 の 火 災 とい う こ と に は 触 れ て い な

い が 、 注 釈 をみ る といつ 、 どん な状 況 で 出 火 した か 、 ま た タ イ ム ズ の新

聞 記 事 か らの 抜 粋 が載 って い る。

キ ャ ロ ル の 劇 場 通 い は 、 休 み に な る と ロ ン ド ンへ 出 て ひ と とお り見 る 熱 心 さ で 、 良 い も の を 選 ん で 見 て い た で あ ろ う が 、 こ れ で は 聖 職 者 は 無 理 か と 思 わ れ る 。1月 の 休 み が 明 け る 前 に は 、 ク ロ フ トか ら オ ク ス フ ォ ー ドへ 戻 る 前 に 、 ロ ン ド ンへ 出 て 、 ア デ ル フ ィ 、 オ リ ン ピ ッ ク 、 プ リ ン セ ス 、 ヘ イ マ ー ケ ッ ト、 各 劇 場 へ 行 き、 プ リ ン セ ス 劇 場 で は 『ハ ム レ ッ ト』 を は じ め 丸5時 間 芝 居 を 見 て 、 翌 日 は ヘ イ マ ー ケ ッ トへ 行 っ た 。 12月 は 学 期 末 試 験 が 終 わ っ た そ の 日 に ロ ン ドン へ 出 る と、エ グ ゼ タ ー ・ ホ ー ル で メ サ イ ア を 聞 き 、再 び ア デ ル フ ィ、 オ リ ン ピ ッ ク 、 プ リ ン セ ス 、 各 劇 場 へ 足 を 運 ぶ 。 プ リ ン セ ス 劇 場 で は 、 真 冬 に 『真 夏 の 夜 の 夢 』 を 見 る 。 芝 居 に つ い て 新 しい ウ エ イ ク リ ン グ 版 の 日記 に 出 て い る こ と か ら2つ 挙 げ て 見 た い 。 一 つ は19世 紀 初 頭 の 俳 優 で コ メ デ ィ ア ン 、 チ ャ ー ル ズ ・ マ シ ュ ー ズ が そ の 「回 想 録 」の 中 で3)、 「ヘ ン リー 八 世 の 中 の ビ シ ョ ップ ・ ガ ー ドナ ー 役 は 一 座 の 中 で 一 番 う ま い コ メ デ ィ ア ン が や る こ と に な っ て い る 」 と書 い て い る の を 読 ん で 「昨 年 こ の 芝 居 を 見 た と き に は そ の し き た り を 知 ら な か っ た の で 、 メ ドー ズ が や っ た の を 見 て ず い ぶ ん び っ く り し た 」 と 、 記 す 。 こ れ は グ リー ン の 版 に は な い(1月5日)。 他 の 一 つ は 、2月2日 の 後 書 きに`Mrs.CharlesKeanwasaMissEllen Tree.'と 書 い た 部 分 。 こ れ は 、「前 の 年 に ヘ ン リー 八 世 の 舞 台 で お 妃 キ ャ サ リ ン 役 が 素 晴 しか っ た 、 あ の 女 優 、 チ ャ ー ル ズ ・キ ー ン 夫 人 は 、 昔 の

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エ レ ン ・ ト ゥ リー だ と わ か っ た 」 と い っ て い る の だ が 、 グ リ ー ン版 で は こ の 部 分 が 削 除 し て あ る 。 そ の た め に 、 エ レ ン ・テ リ ー と読 み 違 い を さ れ て い る が 、 こ の 人 は エ レ ン ・テ リ ー と は 年 齢 も全 く違 う 別 人 で あ る 。 チ ャ ー ル ズ ・キ ー ン 夫 妻 は 当 時 流 行 の 舞 台 監 督 で あ り 、 俳 優 、 女 優 で あ っ た 。 後 に 舞 台 女 優 と し て 有 名 に な る エ レ ン ・テ リ ー は 、 そ の 頃 は ま だ 子 役 で 、 キ ー ン夫 妻 は 彼 女 に と っ て い わ ば 舞 台 の 上 の 育 て の 親 と い う こ と が 、 『エ レ ン ・テ リ ー の 自叙 伝 』 に 詳 し い 。 夏 休 み に 入 り、 ロ ン ド ン の 劇 場 廻 りの 後 に や っ と た ど りつ い た ク ロ フ トで は 、 人 を 訪 ね て 出 か け た り、 写 真 を 撮 り に い っ た り、 親 戚 に 会 い に い っ た り、 ウ イ ッ トバ ー ン へ 泊 ま りが け で 出 か け た り 、 や っ と7月24日 に な っ て 、 「1、2時 間 勉 強 を 始 め た 」と あ る 。rし か し 、8月12日 に な る と 、 湖 水 地 方 の 知 人 の 所 へ で か け て 、 ケ ジ ッ ク で 、 ク ラ イ ス ト ・チ ャ ー チ の 友 入 コ リ ン ズ と 待 ち 合 わ せ し、 一 緒 に 徒 歩 旅 行 を す る 。 帰 っ て く る の は8月 の 終 わ り。 そ れ か ら ク ラ イ ス ト ・チ ャ ー チ へ 戻 る ま で に も、 ウ イ ッ トバ ー ン に1週 間 、ウ イ ッ トビ ー へ2週 間 と ま さ に 飛 び 歩 い て い る 。 こ う し て10月10日 に ク ラ イ ス ト ・チ ャ ー チ へ 戻 っ て 後 、 休 暇 中 に 勉 強 し な か っ た こ と を 、 し ま っ た あ 、 し ま っ た あ 、 と さ ん ざ ん 後 悔 す る 。 と こ ろ で 、 ル イ ス ・キ ャ ロ ル は こ と ば 遊 び の 人 だ が 、 彼 の 日記 は 事 実 の 記 録 で 、 簡 潔 そ の も の 、 ノ ン セ ン ス や ユ ー モ ア は 陰 も形 も み え な い 。 た だ わ ず か に こ の 湖 水 地 方 を 歩 い た 時 に 、 地 元 の 人 か ら教 え られ た 道 を 取 り間 違 え て 、`Wemanagedtomissthepath.'と 、 か す か な 苦 笑 い を の ぞ か せ る 。

キ ャ ロル は音 楽 好 きで あ った 。 日記 で 見 る と、 ヴ ォー カ ル が 好 きだ っ

た よ うだ 。 生 ま れ た 土 地 チ ェ シ ャー 州 ダー ズバ リの オ ール セ イ ン ツ ・パ

リ ッ シ ュ教 会 に は 、生 誕100年 を記 念 す る ス テ ン ドグ ラ ス が あ り、中央 に

キ リス ト降 誕 の 場 面 が描 か れ て 、 そ の す ぐ上 に は 楽 器 を抱 え た8人 の ミ

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ル イ ス ・キ ャ ロル の 日 記 ユ ー ズ の 姿 が あ る 。 教 会 の 説 明 で は 、 キ ャ ロ ル は 詩 も書 い た の で 、 詩 の 女 神 が 、 彼 の 好 き な 音 楽 の 楽 器 を 携 え て い る そ うで 、 ミ ュ ー ズ が9人 に 1人 足 り な い の は 、 キ ャ ロ ル 自 身 が 入 る こ と に な る の だ 、 と い う 。 キ ャ ロ ル は 音 楽 会 に 行 く と 、 必 ず そ の 演 奏 家 の 名 前 、 印 象 、 曲 名 、 感 想 を 日記 に 書 い た 。 サ マ セ ッ ト と い う 同 僚 が 癲 癇 の 発 作 を 起 こ し た 時 に 通 り か か り手 助 け で き た 、 と い う3月1日 の 記 載 は 、 グ リ ー ン の 版 で は そ れ だ け だ が 、 実 際 は さ ら に 他 の 事 柄 も あ っ た 。 そ れ は 学 寮 長 館 で1週 間 後 に 行 な わ れ る 音 楽 の 夕 べ の 招 待 を 受 け た こ と 、 ま た 夜 は ミ ッ トフ ォ ー ド ・ハ ー モ ニ ッ ク ・パ ー テ ィ に 出 か け て 歌 を 聞 い た こ と だ っ た 。5日 に は 、 エ グ ゼ タ ー ・カ レ ッ ジ の マ ン ク が 音 楽 で ドク タ ー の 学 位 を 取 る た め に 開 い た 演 奏 会 に 行 き、 こ れ こ れ の ア リ ア が 一 番 よ か っ た 、 と感 想 を 付 して い る 。10日 は 、 復 活 祭 の 休 暇 に メ サ イ ア を 聞 く た め に 、 お じの ハ ッ サ ー ド に切 符 の 手 配 を 頼 み 、3月18日 は 、 こ れ は ま た 、 キ ャ ロ ル に と っ て1つ の 記 念 と な る 日 、 つ ま りサ ジ ー と い っ し ょ に オ タ ウ エ ル と い う メ ー カ ー で カ メ ラ 、 レ ン ズ そ の 他 約15ポ ン ドの 品 を 注 文 を し た 日 で あ る が 、 そ の 夜 、 エ グ ゼ タ ー ・ホ ー ル へ 行 き メ サ イ ア を 聞 い て 、 ソ プ ラ ノ の ジ ェ ニ ー ・リ ン ドに つ い て 次 の よ う な こ と を 書 い て い る 。 「思 っ た よ りず い ぶ ん 年 を と っ た 顔 を し て い た 。 歌 い だ す ま で の じ っ と動 か な い 表 情 は 真 剣 そ の も の 。 一 度 歌 い 出 だ す と た い へ ん 美 しい きれ い な 笑 顔 に な る 。 ま る で 素 晴 しい 音 楽 に 我 を 忘 れ た 子 ど も の よ う に 、 喜 々 と し て い る 。 美 し い 静 か な 声 は 、 夢 の 中 で 聞 い て い る 歌 声 か と お も わ れ た 」 と。 こ う し て 、 あ の 歌 が 良 か っ た 、 こ の 歌 が 良 か っ た と、 ソ リ ス ト と ア リ ア の 題 名 を 上 げ て い く。 ま た 、 こ の 日 の コ ン トラ ル トを 歌 っ た 、 ドル ビ ー と い う 歌 手 の 歌 う`Heshallfeedhisflock'(「 主 は ご 自 分 の 羊 を 養 わ れ る 」)と い う ア リ ア に つ い て 、 非 常 に よ い 、 と 書 い て い る 。 こ の シ ャ ー ロ ッ ト ・ ドル ビ ー と い う 人 は 、 メ ン デ ル ス ゾ ー ン が 彼 女 の た め に 『エ リァ 』 と い う オ ラ ト リ オ を 書 い た と い わ れ る程 の 名 コ ン ト ラ ル トで あ っ た 。

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キ ャ ロ ル の メ サ イ ア に 関 す る 記 述 を み る と、 お そ ら く彼 は こ の 曲 を 全 部 覚 え て い た の だ ろ う 、 と思 わ れ る。 と に か く彼 は 大 満 足 で 、 こ の 日の 日 記 の 最 後 に は 、`ThisdayImarkwithawhitestone'と 記 し た 。1856 年 に3回 あ る特 別 に 良 い こ との あ っ た 「臼 い 石 」 の 日 、 そ の 中 の 一 つ が こ の メ サ イ ア を 聞 い た 日 で あ る 。 キ ャ ロ ル の 描 い た 絵 は か な りの 表 現 力 を も っ て い る 、 と も言 わ れ る 。 大 英 図 書 館 に あ る キ ャ ロ ル 手 書 きの 「地 下 の 国 の ア リ ス 」 の 挿 絵 を み る と 、 ア リ ス の 腕 を 描 い た 線 に は 、 非 常 に 優 美 で 完 璧 と思 え る 線 が あ る 一 方 、 動 物 の 絵 に は 少 し も て あ ま し気 味 の と こ ろ が あ る 。 絵 と彫 刻 は 好 き で 、 時 に は 同 じ 展 覧 会 に 足 を 運 ぶ こ と も あ っ た 。 4月24日 の 日 記 で は 、 グ リー ン 版 に は 出 て い な い が 、 キ ャ ロ ル は 同 僚 の テ イ リ ッ トか ら ス ケ ッ チ を2枚 借 りて 模 写 を し よ う と す る 。1枚 は タ ー ナ ー の 絵 で あ る。 と こ ろ が 、1か 月 後 の5月1日 に 仕 上 げ た もの を持 っ て 行 っ て 見 せ る と 、 や り方 が だ め だ 、 と言 わ れ る 。`theproperwayis tocopyeverysingleline'正 し くは 、 線 の1本1本 を そ の ま ま 写 す こ と だ 、 と 言 わ れ 、 そ こ に は 特 に 下 線 を 入 れ て 強 調 して い る 。 は た して 彼 が 試 し て み た か ど う か 。 キ ャ ロ ル は 詩 を投 稿 す る と そ の 挿 絵 に つ い て も 、 自 分 の イ メ ー ジ を 書 き添 え た 。1856年 は2年 前 に 始 ま っ た ロ シ ア と の ク リ ミ ア 戦 争 が 終 わ り、 リ ボ ン に い た キ・ヤ ロ ル は3月31日 に 、 リ ボ ン大 聖 堂 の 鐘 が 戦 争 終 結 を 祝 っ て 殆 ど 一 日 中 鳴 り続 け る の を 聞 い て い る 。 そ の10日 後 、 雑 誌 ト レ イ ン に 「バ ラ の 道 」 と い う詩 を 送 っ た 。 こ の 詩 の 挿 絵 に つ い て 、 彼 は 次 の よ う に 書 き添 え た 。 「そ の 人 は 窓 の 傍 に立 つ 。 一一日 の 終 わ りの 陽 が 差 し 込 み 、 窓 の 反 対 側 は 、 次 第 に せ ま る 夕 闇 を 透 か し て 室 内 が 見 え る 」 注 文 ど う りの 挿 絵 を つ け て 、 翌 月 に 第5号 の 『ト レ イ ン 』に 掲 載 さ れ た 。

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ル イ ス ・キ ャ ロ ル の 日記 詩 の 中 に も 、 日記 に も特 に 名 前 は で て お ら ず 、 た だ`theLady'と だ け い っ て い る 。ウ エ イ ク リ ン グ 版 の 日記 に 付 い た 詳 し い 註 釈 で も 、こ の`the Lady'が 誰 と い う こ と は 出 て い な い 。 古 い グ リー ン の 版 の 方 に は 、 ナ イ チ ン ゲ ー ル の 名 前 が 見 え る 。 フ ロ ー レ ン ス ・ナ イ チ ン ゲ ー ル が 、 夕 暮 れ の 窓 辺 で 幻 を 見 て 召 命 を 受 け た 様 子 を 歌 っ た 詩 で あ る。 キ ャ ロ ル は1月1日 に 『ア ー ト ・ジ ャ ー ナ ル 』 誌 の 中 に 出 て い た ラ ス キ ン に 関 す る酷 評 を 読 ん だ 。そ れ は 、「も し ラ ス キ ン が 絵 画 に つ い て 十 分 に 知 っ て い る な ら 、 将 来 見 込 み の あ る 若 い 画 家 に つ い て 語 っ て 見 れ ば よ い 。 が 、 彼 に そ こ ま で は 望 む べ く も な い 。」 と あ り、 さ ら に 「(ラス キ ン は)横 柄 で 、 無 知 」 と も あ っ た 。 こ れ を見 て キ ャ ロ ル は 「ラ ス キ ン に 対 す る 酷 い こ と ば 」 と 日記 に 書 く。 初 対 面 の 時 の ラ ス キ ン の 冴 え な い 風 貌 に が っ か りす る キ ャ ロ ル だ が 、絵 に 関 し て は 彼 の 忠 告 を 受 け 入 れ て い る 。 5月31日 に キ ャ ロ ル は ク ラ イ ス ト ・チ ャ ー チ の ゴ ー デ イ で 、 リチ ャ ー ド ・ハ ク ル ー トに 関 す る ス ピ ー チ を 読 み 上 げ た 。 ゴ ー デ イ は 、 オ ク ス フ ォ ー ドの 各 学 寮 で 催 さ れ る 記 念 晩 餐 会 で 、 現 在 で は 卒 業 生 も 招 待 を 受 け る 。 ラ テ ン 語 の`gaudere'(喜 ぶ)に 由 来 す る ゴ ー デ イ は エ リ ザ ベ ス1世 の 時 代 に リ ン カ ン ・カ レ ッ ジ で 新 入 生 歓 迎 の デ ィ ナ ー を指 し て い た 。17 世 紀 に な っ て 、 こ れ が 他 の 学 寮 に 広 ま り、 一 般 に 記 念 の 晩 餐 を 指 し て 使 用 さ れ る よ う に な っ た 。 ク ラ イ ス ト ・チ ャ ー チ で は 、 ゴ ー デ イ の 席 で 学 寮 出 身 の 著 名 人 を テ ー マ に ス ピ ー チ を す る こ と に な っ て い る 。 そ の 役 に 当 た る こ と は 名 誉 で あ り、 準 備 に は 時 間 が か か る 。 キ ャ ロ ル は3週 間 程 前 の5月6日 、 学 寮 長 リデ ル に 呼 ば れ た 。 そ の 日 の 日 記 は 、 `TheDeansentformetotellmehewishesmetoreadoutthe "Life"attheGaudythistime .Hechose"RichardHakluyt,"author ofabookoftravels'と 記 して い る 。 初 め の 短 い 文 の 中 に`me'が3度 出 て く る の は 、 正 確 だ が ぎ ご ち な く、 あ る い は 名 誉 な こ と に 指 名 さ れ た 誇

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り、 興 奮 が こ の よ う な 文 に な っ た の か 。 テ ー マ は す で に リ デ ル が 決 め て い た 。 リチ ャ ー ド ・バ ク ル ー トは16世 紀 後 半 の 地 理 学 者 で 航 海 史 家 。 航 海 に 関 す る 著 述 が あ る 。 キ ャ ロ ル の ゴ ー デ イ の ス ピ ー チ は5月31日 だ っ た。6月4日 に は 大 学 の 創 立 記 念 行 事 が あ り、8日 か ら 夏 の 休 暇 が 始 ま っ た 。1856年 は 、11月1日 に2回 目 の ゴ ー デ イ が 催 さ れ 、 キ ャ ロ ル の ダ ー ズ バ リ以 来 の 親 し い 友 、 トマ ス ・ヴ ィ ア ・ベ イ ン が ク ラ イ ス ト ・チ ャ ー チ の 昔 の 学 寮 長 ジ ョ ン ・フ ェ ル に つ い て ス ピ ー チ を した 。 こ の 時 は フ ェ ル 奨 学 生 に選 ば れ た 学 生 の た め の 晩 餐 会 だ っ た 。 ベ イ ン は キ ャ ロ ル よ り三 つ 年 上 の 、 ク ラ イ ス ト ・チ ャ ー チ で は 先 輩 に あ た る 。 常 に 身 だ し な み を 整 え 、 正 装 して い た 。 長 く親 し い 友 と して 、 ベ イ ン は キ ャ ロ ル の 遺 言 状 の 証 人 に な っ て い る 。 1856年 は 最 初 の ペ ン ネ ー ムB.B.に 代 え て 、 故 郷 ダ ー ズ バ リか ら と っ た 初 め の5文 字 でDaresを 考 え 出 し た 。 と こ ろ が 編 集 者 の エ ドマ ン ド・ イ エ イ ツ が 、 ど う も新 聞 記 者 の 筆 名 の よ う だ 、 と賛 成 し な か っ た た め に 、 最 終 的 に は ル イ ス ・キ ャ ロ ル に 落 ち 着 い た 。 こ の 時 、 彼 は4つ の 候 補 を 上 げ て イ エ イ ツ に 相 談 す る が 、候 補 の 中 の`EdgarCuthwellis'と`Edgar U.C.Westhill'に つ い て 、Madebytranspositionoutof"Charles Lutwidge"(文 字 の 組 み 替 え に よ っ て 作 っ た)と 説 明 し て い る 。 彼 は ア ナ グ ラ ム と は 言 っ て い な い が 、 ア ナ グ ラ ム と い う こ と ば 自体 は 、16世 紀 の 終 わ り こ ろ か ら 既 に あ る の で 、 名 前 の 文 字 の 組 み 替 え と い う こ と は 別 に 目新 ら し い こ と で は な か っ た 。 三 番 目 の 候 補 は 、 ル イ ス ・キ ャ ロ ル で 、 日 記 に は 、 次 の よ う に な っ て い る 。 LouisCarroll(derivedfromLutwidge=Ludovic=Louis,and Charles),LewisCarroll(ditto).ル イ ス に つ い て は 、 一 旦 ラ テ ン 語 名 Ludovicに な お して 、 そ こ か らLouisを 得 て 、Lewisを 作 っ た 。 チ ャ ー ル ズ に つ い て は、 そ の ま ま で 何 も 言 っ て い な い 。 伝 記 の 中 で い わ れ て い るCharles=Carolusは 、 キ ャ ロ ル 本 人 が 言 い 出 し た こ とで は な く、

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ル イ ス ・キ ャ ロ ル の 日記

甥 の ス チ ュ ア ー ト ・ ド ジ ス ン ・コ リ ン グ ウ ッ ドが1989年 に 出 し た 、 『ル イ ス ・キ ャ ロ ル の 生 涯 と 手 紙 』 の 中 で 言 い 出 し た こ と だ っ た 。 コ リ ン グ ウ ッ ドか ら 引 用 す る と、

The first two were formed from the letters

of his two

Christian names, Charles Lutwidge ; the others are merely

variant forms of those names

Lewis = Ludovicus

=

Lutwidge ; Carroll

= Carolus

= Charles. (The Life and

Letters of Lewis Carroll, S.D.Collingwood p.67)

コ リ ン グ ウ ッ ドの こ の 伝 記 は 、 多 くの 人 々 が キ ャ ロ ル 伝 の 原 点 と み な し て い る もの で あ る が 、 キ ャ ロ ル 自 身 の 説 明 は 日記 の 中 に あ る と う り ル イ ス に つ い て 、 説 明 し た だ け で あ る 。 3月1日 に 筆 名 ル イ ス ・キ ャ ロ ル が 決 ま っ た 。 そ の こ と は 、 2月11日 の 追 加 事 項 と し て 、向 か い 側 の 左 頁 に 書 き 入 れ て い る 。 以 後 、 常 に こ の ペ ン ネ ー ム で 通 し た わ け で は な く、1860-63年 の 『カ レ ッ ジ ・ラ イ ム ズ 』 に は 、B.B.,R.W.G.も 使 用 した 。 B.B.が 何 の 省 略 か 、 エ ドワ ー ド ・ウ エ イ ク リ ン グ は キ ャ ロ ル の 幼 い 時 の 手 紙 を 引 用 し そ こ に で て く る 乳 母 の 名 前`Bun'か ら、 Bun'sBabyの 略 で は な い か 、 と推 測 す る が 、 ほ ん と う の と こ ろ は わ か っ て い な い 。RW.G.に つ い て は 、 キ ャ ロ ル の 本 名 の 第 4文 字 目CHARLESLUTWIDGEDODGSONか ら き て い る こ と を 、 ウ エ イ ク リ ン グ は 指 摘 し て い る 。 〈註> 1)キ ャ ロ ル は ヴ ィ ク ト リア 朝 の ポ ー ト レ ー ト写 真 家 で も あ り ま す 。 キ ャ ロ ル が 撮 影 し た 写 真 で 現 在 残 っ て い る も の は 、763件

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の 所 在 が 確 認 さ れ て い る 。

2)『 オ ク ス フ ォ ー ドの ル イ ス ・キ ャ ロ ル 』(オ ク ス フ ォ ー ド、 1995年8月5日)。

3)実 際 は2番 目 の 妻 が 書 い た 。

参 照 図 書 〉

Cohen, Morton N., ed. The Letters of Lewis Carroll vol . I ,II,

Macmillan, 1979.

Green, Roger Lancelyn, ed., Diaries of Lewis Carroll vol . I ,

II, Greenwood Reprinting, 1971.

Guiliano, Edward, ed. Lewis Carroll Observed, Clarkson N ,

Potter, 1976.

Terry,

Ellen, The Story of My Life, Recellections

and

Reflections, The McClure, 1908.

Wakeling, Edward, ed, Lewis Carroll's Diaries void, Lewis

Carroll Society, 1993.

Wakeling, Edward, ed, Lewis Carroll's Diaries vol.2, Lewis

Carroll Society, 1994.

参照

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