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戦後の教育行政再編成に伴う教育政策と歴史事情に関する一考察--教育民主化政策から中央集権体制移行期の教育政策の陥穽

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Academic year: 2021

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(1)戦後 の教育行政再編成 に伴 う教育政策 と歴史事情 に関す る一考察 一教育民主化政策か ら中央集権体制移行期 の教育政策 の陥穽一. 戦 後 の教 育 行 政 再 編 成 に伴 う教 育 政 策 と 歴 史 事 情 に関 す る一 考 察 一教育民主化政策 か ら中央集権体制移行期 の教育政策 の陥穽一. 堀. 切. 勝. 之*. は じめ に 戦 後 の教 育 改革 の理 念 は 国民 主 権 の 教育 体 制 を 樹 立 す る とい う こ とに 尽 き る。 この理 念 は戦 前 の 国家 主 義 的教 育 、 軍 国主 義 的教 育 を廃 止 し、 教 育 行 政 の民 主 化 、 地 方 分 権 化 、 教 育 の 自主 性 の確 保 に よ る教 育 の位 相 を確 立 す る とい う こ とに あ った。 この教 育 体 制 は連 合 国 の教 育 管 理 政 策 に基 づ く もの で あ り、ま さ に教 育 の民 主 化 政 策 に よ る もので あ る。 と こ ろが1949(昭 和24) 年10月1日. の 中華 人 民 共 和 国 の成 立 宣 言 、1950(昭. 国 に お け る共 産 主 義 思 想 の 問題(レ. 和25年)6月25日. ッ ド=パ ー ジ に よ る事 件)等. の朝 鮮 戦 争 の勃 発 、 わ が. で、 米 政 府 に と っ て極 東 に お. け る軍 事 戦 略 構 想 に新 た な課 題 が 突 きつ け られ る こ と に な る。 つ ま り、 米 政 府 は 占領 政 策 の眼 目で あ る 日本 の 国 家 解 体 化 路 線 や 非 武 装 化 路 線 の続 行(総. 司 令 部 の 「禁 止 」。「停 止 」・「廃 止 」. 等 の 指 令)は 極 東戦 略拠 点 の 弱体 化 に繋 が る との 政 治 判 断 を 下 し、180度 の 占領 政 策 の転 換 に踏 み 切 る。1951(昭. 和26)年4月11日. に国 連 軍 最 高 司 令 官 マ ッ カ ー サ ー が トル ー マ ン大 統 領 に. よ って 罷 免 され 、 新 た に リ ッジ ウ ェイ 中将 が 後 任 と して 来 日す る。 リ ッジ ウ ェイ 中 将 は 「占領 下 諸 法 令再 検 討 」 の権 限 を 日本政 府 に委 譲 し、 吉 田茂 首 相 は首 相 の 私 的諮 問機 関 と して 「政 令 諮 問 会 議 」 を 設 置 した の で あ る。 同 年9月8日. に、 「対 日平 和 条 約 ・日米 安 全 保 障 条 約 調 印 」. (日 本 を 含 む49力 国 の 署 名)が 行 わ れ る。 この 一 連 の 経 緯 が ま さ に、教 育 民 主 化 政 策 の転 換 を示 唆す る もの で あ る。 この 占領 政 策 転 換 に よ って新 た な教 育 問題 が生 み 出 され る の で あ る。 そ れ は文 部 省 の 中央 集 権 体 制 化 の強 化 が 図 られ る過 程 に見 られ る の で あ る。 そ の最 た る もの が、 政 府 与 党 出身 者 の文 部 大 臣(戦 前 の 内務 省 出身)の 誕 生 で あ り、 政 治 事 情 に左 右 さ れ る政 治 主 導 型 の教 育 政 策 に陥 って い くの で あ る。 当然 の帰 結 で もあ るが 、 戦 後 の文 部 省 と 日教 組 と蜜 月 の 関 係 か ら、 政 治 主 導 に よ る課 題 性 を残 す 教 育 政 策 が 打 ち 出 され る こ とに よ って 、 教 育 現 場 で の *近 畿大学教職教育部教授. 1.

(2) 近畿大学教育論叢. 第21巻 第2号(2010・2). 平 和 教 育 の取 り組 み方 ・民 主 教育 の在 り方 や 「教 育 の 自律性 」 と 「教 育 の 中 立性 」 にお け る教 育 見 解 の相 違 か ら、 文部 省 対 日教 組 とい う二 項 対 立 の 抗争 構 図 が で き、 無 益 で 非 生 産 的 な 教 育 路 線 闘争 が繰 り広 げ られ る こ と にな る。 占領 期 聞 中 や 占領 終 焉 後 も国論 は二 分 され、 政 争 の 絶 え な い国 政 で あ るが ゆ え に、 占領 政 策 の見 直 しに お い て も紆 余 曲 折 す るな か で 教育 政 策 が 「政 争 の 具 」 に され 、 そ の 教 育 政 策 が 新 た な教 育 問題 の 火 種 を うみ だ して い く事 態 を 創 出 して い くこ と にな る。 そ れ は急 進 的 で 閉 鎖 的 な 中央 集 権 体 制 化 を 目指 す 教育 行 政 の 再編 の 在 り方 と教 育 政 策 の 在 り方 に よ る もの で あ る こ とを 明 らか に す る. 1.占. 領 期 に お ける教 育 民 主化 の教 育 政 策. 1)教. 育 民 主 化 に お ける教 育 政 策 の経 緯. 占領 期 に お け る教 育 政 策 は戦 前 の軍 国主 義 教 育 体 制 の 解 体 で あ る と いえ る。 つ ま り教 育 民 主 化 の徹 底 化 で あ る。 そ れ は以 下 に述 べ て あ る総 司 令 部 の 指 令 で 明 らか で あ る。 しか し米 政 府 の 民 主 化 政 策 を恒 久 化 で き な い事 態 が発 生 す る。 この 背 景 に は、 極 東地 域 にお け る政 治 的 ・軍 事 的状 況 が一 変 した こ と によ る もの で あ り、 わ が 国 にお け る米政 府 に よ る民主 化政 策 の 路線 変 更 で あ る。 幾 つ か の事 例 を挙 げ れ ば、 マ ッカ ー サ ー 元 帥 の共 産 党 の 非 合 法 化 の 示 唆、 共 産 党 中 央 委 員24人 の追 放 命 令 、 企 業 で の レ ッ ド=パ ー ジの実 施 や共 産主 義思 想 の排 除運 動 、1950(昭 25)年9月1日. 和. の 天野 貞 祐 文部 大 臣 の 「教 職 員 の レ ッ ド=パ ー ジ実 施 の言 明」 等 や 、 昭 和25年. 6月25日 の朝 鮮 戦 争 の勃 発 が あ り、 民 主 的政 策 を主 軸 に した 占領政 策 の転 換 を 余 儀 な くされ る 事 態 が起 こ るの で あ る。 つ ま り当然 の帰 結 と して戦 後 か らの民 主 化 教育 政 策 の 在 り方 が 問 わ れ る歴 史 的 環 境 と な った こ と に よ る もの で あ る。 ま た、 マ ッカ ー サ ー 総 司 令 官 の 招請 に よ っ て、 1950(昭 和25)年8月27日. に来 日 した第 二 次 訪 日ア メ リカ教 育 使 節 団 が一 ケ月 足 らず の期 間 で、. かつ て か れ らが 昭和21年 に提 出 した勧 告 事 項 の進 行 と成 果 とを研 究 し、 教育 問題 の う ち、 さ ら に考 究 す る必 要 が あ る と信 ぜ られ る もの に つ い て具 体 的 に総 括 した報 告 書 が、9月22日. にマ ッ. カ ー サ ー最 高 司令 官 に提 出 され、 同月30日 に発 表 され て い るが、 特 記 す べ き 点 が あ る。 この報 告 書 は1946(昭. 和21)年3月6日. に来 日 して3月30日. に最 高 司令 官 に提 出 した ア メ リカ 教育 使. 節 団 の報 告 書1)(高 度 に中 央 集 権 化 した 教 育 制 度 の 問 題 の 指 摘 、民 主 的 学 校 の 発 展 、国語 の 改革 〈国 語 委 員 会 等 の設 置 要 請 〉、 初 等 ・中等 学 校 の教 育 行 政 の地 方 分 権 化 、 教 育 行 政 へ の住 民 参 加 の要 請 、 男 女 共 学 ・教 育 修 了年 限 の延 長 の要 請 、 教 授 法 や教 師養 成 教 育 の促 進 く師 範 学校 の 廃. 2.

(3) 戦後の教育行政再編成 に伴 う教育政策 と歴史事情 に関す る一考察 一教育民主化政策か ら中央集権体制移行期の教育政策の陥穽一. 止 の要 請 〉、成 人 教 育 の 重 要 性 の 指 摘 、高 等 教 育 にお け る 自由 主 義 的 教 育 の 機 会 の 増 大 の 重 要 性 の指 摘 、 文 官 制 度 の廃 止 の勧 告 、 図書 館 ・研 究施 設 ・研 究 所 の 充 実 の 勧 告 等)と 異 な り、 日本 に お け る民 主 教 育 の反 共 的役 割 を示 唆 した こ とで あ る。 戦 後 の教 育 民 主 化 政 策 の路 線 か ら第 二 次 ア メ リカ教 育 使 節 団 の来 日前 ま で、 以 下 の よ うな主 な教 育 政 策 や指 令 が 出 され て い る。 ①. 新 日本 建 設 ノ教 育 方 針(文 部 省 、1945年9月15日). ②. 総 司令 部 指 令:日 本 教 育 制 度 二 対 ス ル管 理 政 策(1945年10月22日). ③. 総 司 令 部 指 令:教 員 及 教 育 関 係 官 ノ調 査 、 除 外 、 認 可 二関 ス ル件(1945年10月30日). ④. 女 子 教 育 刷 新 要 綱(閣 僚 諒 解 、1945年12月4日). ⑤. 総 司 令 部 指 令:国 家 神 道 、 神 社 神 道 二 対 スル 政 府 ノ保 証 、 支 援 、 保 全 、 監 督 並 二 弘 布 ノ 廃 止 二 関 スル 件(1945年12月15日). ⑥. 総 司 令 部 指 令:修 身 、 日本 歴 史 及 ビ地 理 停 止 二 関 スル 件(1945年12月31日). ⑦. ア メ リカ 教 育 使 節 団 報 告 書(1946年3月31日). ⑧. 新 教 育 指 針(文 部 省 、1946年5月21日). ⑨. 教 育 刷 新 委 員 会 第1回. 建 議:教 育 の 理 念 及 び教 育 基 本 法 ・学 制 ・私 立 学 校 ・教 育 行 政. (1946年12月27日) ⑩. 教 育 基 本 法 ・学 校 教 育 法 の公 布:(国. 民学校 令、中等学校令、師範教 育令、大学令等 廃. 止 、1947年3月31日) ⑪. 日本 教 育 制 度 改 革 に 関 す る極 東 委 員 会 令(1947年4月11日). ⑫. 視 学 制 度 の廃 止 、 指 導 主 事 の設 置 を都 道 府 県 に通 告(文 部 省 、1947年11月11日). ⑬. 教 育 刷 新 委 員 会 第8回 建 議:第1回. 建 議 中 「学 制 に 関す る こ と」 の追 加(1947年12月8. 日) ⑭. 教 育 刷 新 委 員 会 第12回 建 議:中 央 教 育 行 政 機 構 に関 す る こ と(1948年2月7日). ⑮. 教 育 刷 新 委 員 会 第17回 建 議:教 育 行 政 に関 す る こ と(二)一. 教 育 委 員 会 制 度 の実 施 につ. いて(1948年4月26日) ⑯. 衆 議 院:教 育 勅 語 等 排 除 に関 す る決 議(1948年6月19日). ⑰. 参 議 院:教 育 勅 語 等 の 失 効 各 確 認 に関 す る決 議(1948年6月19日). ⑱. 教 育 勅 語 等 の取 扱 い につ い て(文 部 省通 達 、1948年6月25日). ⑲. 教 科 書 の発 行 に関 す る臨 時措 置法 につ い て(公 布)(1948年7月10日)2). 3.

(4) 近畿大学教育論叢. 第21巻 第2号(2010・2). な どは ま さに戦 後 の教 育 復 興 計 画 の教 育 政 策=教 育 民主 化 の政 策 で あ り、 これ らの 教 育政 策 の な か で、 教 育 民 主 化 の政 策 理 念 、 厳 しい 指令 的 指 示事 項 につ い て 明言 を は ば か らな い もの が 幾 つ か あ る。 そ れ は1947(昭 会 指 令 」、1949(昭 25)年8月22日. 和22)年4月11に. 和24)年5月31日. 出 され た 「日本 教育 制度 改革 に関 す る極 東 委 員. に 公 布 さ れ た 「文 部 省 設 置 法 」 と、 文 部 省 が1950(昭. 和. に 来 日 した 第二 次 訪 日ア メ リカ教 育 の 使 節 団 に提 出 して い る 「日本 にお け る教. 育 改 革 進 展 」 の報 告 書 で あ る。. 2)「 日本 教 育 制 度 改 革 に関 す る極 東 委 員 会 指 令 」 に お け る指 導 原 則 及 び 目標 につ い て 「日本 教 育 制 度 改 革 に 関 す る極 東 委 員 会 指 令」3)は 戦 前 の 教 育 制 度 や 教 育 思 想 等 を 厳 し く問 い、 改 革 ・改 善 の徹 底 化 を推 し進 め る よ うに絶 対 的 ・警 告 的 内容 が 盛 られ て い る。 そ の な か で、 指 導 原 理 ・目標 と教 師 の 養 成 ・服 務 の 一 部 を 抜 粋 した も の で あ る。 そ の 内 容 は以 下 の よ う に な って い るQ 「教 育 は真 理 の 追 求 、 民 主 的 国家 に お け る生 活 準 備 及 び 自 由 に伴 う社 会 的 政 治 的 責 任 へ の 訓 練 と して考 え られ るべ き で あ る。 個 人 の尊 厳 と価 値、 自主 的思 考 、 率 先性 、 及 び探 究心 の養 成 に重 点 が お か れ るべ き で あ る。 国 際生 活 の相 互 依 存性 も強調 され るべ き で あ る。 正 義 感 、 フ ェ ア ー プ レイ、 他 人 特 に少 数 者 の権 利 の尊 重 す べ て の 人 種 及 び宗 教 の人 々に対 す る相 互尊 重 に基 づ く友 情 の必 要 性 が強 調 され るべ き で あ る。 又 個 人 間 又 は 国 家 聞 を 問 わ ず す べ て の 人 聞 交 渉 に 於 い て誓 約 の神 聖 な る こ と も特 に 強調 して教 授 され るべ きで あ る。 男 女別 、 社 会 的地 位 の 如 何 を 問 わず 総 べ て の もの に対 す る教 育 上 の機 会 均 等 を実 現 す るよ う可 及 的速 や か に処 置 が と られ ね ば な らな い。 日本 の教 育 制 度 の改 革 は大 部 分 日本 人 自身 の手 に よ って な され な け れ ば な らな い。 この改 革 を此 処 に述 べ られ る原 則 と 目標 に した が って遂 行 す るよ う適 当 の処 置 が と られ ね ば な らな い。」、 「画 一 的 に型 に は あ られ た 今 迄 の師 範 学 校 教 育 の 是 正 策 と して 又 教 師 に 占領 目 的 に副 った 目的 と技 術 とを与 え るた め に 師範 学 校 の 改革 と民 主 主 義 的諸 原 則 を教 え るの に最 も 有 能 な教 師 を集 め て職 員 と した教 員 養 成 機 関 の設 置 に主 力 を注 が な け れ ば な らな い。 又 、 大 学 教 育 を受 け た教 師比 率 を増 加 す るよ う努 力 しな け れ ば な らな い。」、「超 国家 主 義 、国 家 神 道 、天 皇 崇 拝 、 個 人 よ り国家 を重 し とす る こ と及 び民 族 的優 越 感 は教 育 組 織 の 中 か ら除去 され ね ば な らな い。」、 「す べ て の 教 育 機 関 に お い て 軍 事 科 目の教 授 は総 べ て 禁 止 さ れ るべ きで あ る。 生 徒 が軍 国調 の制 服 を着 用 す る こ と も禁 止 され る べ き で あ る。 剣 道 の よ うな戦 闘精 神 を助 長 す る昔 か らの運 動 もす べ て禁 止 せ ね ば な らぬ。 体 育 は もは や 「精 神 教 育 」 に結 びつ け られ て は な らな. 4.

(5) 戦後の教育行政再編成 に伴 う教育政策 と歴史事情 に関す る一考察 一教育民主化政策か ら中央集権体制移行期の教育政策の陥穽一. い。 純 粋 な 徒 手 体 操 、 訓 練 以 外 の ゲ ー ム や 娯 楽 的 運 動 に も っ と力 を 入 れ るべ きで あ る。 も し軍 務 に服 した こ との あ る もの が 体 育 教 師 と して 又 体 育 スポ ー ツ に関 係 して 採 用 され る と き は慎 重 に適 格 審 査 を され な け れ ば な らな い。」。 この 指 令 の な か で 、 日本 の 教 育 制 度 の 改 革 は大 部 分 日 本 人 自身 の手 に よ って な さな け れ ば な らな い とあ るが 、 間 接 的 統 治 方 式 を うか が わ せ て い る も の の、 戦 前 の軍 国主 義 教 育 へ の偏 重 ・偏 見 の部 分 も散 見 され る。 特 に 剣 道 と銃 剣 術 とは 全 く異 な る もの で あ る が、 剣道 は実 際 に 禁止 され、1954(昭. 和27)年4月10日. 上 の体 育 教 材 に竹 刀 競 技 を採 用 して よ い と通 達 し、 翌 年 の4月10に. に文部省は、中学校以. 剣道 復 活 を通 達 して い る。. 3)「 文 部 省 設 置 法」 にお ける教 育 民 主 化 の 考 え 方 昭 和24年 に公 布 され た 「文 部 省 設 置 法 」4)に お け る一 部 の抜 粋 内容 で あ るが 、 こ の設 置 法 に お け る民 主 化 の考 え方 、 文 部 省 の改 組 の意 義 、 新 文 部 省 の性 格 ・使 命 に 関す る 内容 等 が以 下 の よ う に盛 られ て い る。 「戦 後 教 育 の動 向 は、 民 主 化 の一 語 に よ って尽 くされ て い る。 学校 教 育 の 目標 が、(国 民 の育 成)か. ら(個 人 の 完 成)へ 切 りか え られ 、 国 定 教 科 書 主 義 か ら検 定 教 科 書 主 義 へ 、 教 師 用 書 か. ら学 習 指 導 要 領 へ 、 教 科 書(を)教. え た 教 育 か ら教 科 書(で)教. え る教 育 へ 、 国 定 教 科 書 の指. 定 出版 か ら競 争 入 札 に よ る 出版 へ 、 中学 校 、 高 等 学 校 の教 科 の必 須 科 目 の減 少 と選 択 科 目 の増 加 等 々教 育 内 容 の 民 主 化 は少 な くと も形 式 上 は ほ ぼ完 成 され た。 教 育 行 政 につ いて も、 教 育 委 員会 法 の 制 定 に よ って 、 高 等 学 校 以 下 の 学 校 教 育 、 地 方 にお け る学 術 、 文 化 に関 す る行 政 等 は 都 道 府 県 そ の他 の地 方 公 共 団 体 に移譲 せ られ 、 中 央 官 庁 で あ る文 部 省 の 監 督 権 は法 律 に よ って 特 に規 定 せ られ た もの の ほか、 い っ さい これ ら地 方 公 共 団 体 に移 され た。 しか も教 育 委 員 会 委 員 は そ の地 域 の住 民 の 公選 によ る もの で あ る。 い わ ば、 学 校 は国 家 か らそ の地 域 ご との 住 民 の 手 に よ って返 還 され た の で あ る。 全 国民 の選 ん だ 代 表(国 会)に. よ って 定 あ られ た 法 律 が 、 自. 分 らの選 ん だ教 育 委 員 に よ って定 め られ た規 則 な り方 針 な りで 自分 らの学 校 方 針 は も ち ろん教 育 内容 、学 校 経 営 を き めて い くの で あ る。」、「教 育 民 主 化 の理 念 に基 づ いて 、中央 官 庁 と して あ るべ き姿 に文 部 省 が改 変 さ れ た暁 に は、 国会 で き め た法 律 に基 づ く以 外 権 限行 為 は い っ さい行 え な い。 援 助 と助 言 が 中心 とな る こ とは前 述 の とお りで あ る。 命 令 機 関 で な くサ ー ビス機 関 で あ る。 教 育 ・学 術 ・文 化 の振 興 の た あ必 要 あ らゆ る援 助 と助 言 は、 国民 の要 求 に応 じて で き う る限 り十 分 に遂 行 しな けれ ば な らな い。」、「今 回 の文 部 省 の 改組 は、国家 行 政 組 織 法 に基 づ く各 省 設 置 法 の 制 定 に関 す る一 連 の仕 事 で あ る。 したが って、 そ の意 味 で吉 田 内閣 の 目指 した行 政. 5.

(6) 近 畿大 学 教育 論叢. 第21巻 第2号(2010・2). の 簡素 化 と行 政 機 構 の 合 理 化 が 主 要 目標 で あ り、 行 政 整 理 とつ な が る も ので あ るが 、 文 部 省 に 関 す る限 り、 よ りい っそ う重 要 な 目的 が あ っ た。 そ れ は前 に 述 べ た と ころ で 明 らか な ご と く、 教育 民 主 化 の 動 向 に は、 必 然 的 な 過 程 と して 予 想 せ られ る文 部 省 の改 組 で あ る。 それ は改 組 と い う よ り は、従 来 の文 部 省 を廃 止 し、新 しい 文 部 省 の 建 設 で あ る。」、「新 文 部 省 は そ の点 新 文 部 省 の性 格 、 使 命 か ら割 り出 した 一 定 の 方 針 を 局 の 構 成 上 に表 して い る。 内容 面 、 つ ま り指 導 助 言 を 行 う面 で は、 最 戦 前 の ご と く、 指 揮 命 令 な い し権 力 的 な 権 限 行 為 を伴 わ しめ な い こ と を念 願 と し、 か つ そ の 対 象 別 で め い りょ う に分 けて 、 内容 区 分 に しな い こ と と した ので あ る。」。 こ の 「文 部 省 設 置 法」(大 臣官 房 の ほか 、 初 等 中 等 教 育 局 、 大 学 学 術 局 、 社 会 教 育 局 、 調 査 普 及 局 、 管理 局 の5局 で の 文 部 省 組 織 の 設 置)が 公 布 され 、 同月 同 日 に 「文 部 省 組 織 規 定 」 が 制 定 され 、 文 部 省 は 同 日 に 「国 立 学 校 設 置 法 」 「教 育 職 員 免 許 法 」 「教 育 職 員 免 許 法 施 行 法 」 「文 部 省 著 作 教 科 書 の 出版 権 に関 す る法 律 」 を 公 布 し、6月1日 月11に 教 育 基 本 法 第8条(政. に 「教 育 刷 新 審 議 会 令 」 の公 布 、6. 治 教 育)の 解 釈 につ いて の通 達 、6月20日. し文 部 省 限 界 を 指 示 、7月5日. に教 員 の政 治 活 動 に関. に教 職 員 要 請 審 議 会 令 、 学 徒 厚 生 審 議 会 令 、 職 業 教 育 及 び職 業. 指導審議会令、保健体育審議会令、教科用図書審議会令、教員検定審査会令、教科用図書検定 調 査 会 令 を 公 布 し、7月19日. に 「教 育 課 程 審 議 会 令 」 を公 布 し、9月22日. 則 改 正(学 校 の 秩 序 を 乱 した 学 生 生 徒 の 退 学 処 分 を規 定)を. に学 校 教 育 法 施 行 規. 出 し、10月18日 に学 校 内 の政 党 細. 胞 禁 止 の 方 針 を 決 定 し、11月15日 に教 員 検 定 審 査 会 規 定 の制 定(大 正8年 以 来 存 続 した教 員 検 定 委 員 会 廃 止)5)す る とい う よ う に、矢 継 ぎ早 な教 育 政 策 が 公布 ・通 達 され て い くので あ る。 こ の よ う に戦 前 の 中央 集 権 的 な 性 格 を 帯 びた 教 育 政 策 を 出せ る よ う に な っ た背 景 に は、 日本 の政 治 事 情 に異 変 に近 い よ うな 占領 政 策 の 転 換 の 兆 しが 顕 現 化 して き た と い う こ と に あ る。 教 育 民 主 化 の 推 進 策 の 一 つ で あ った 教 育 の 地 方 分 権 化 の構 想 の終 焉 、 公 選 制 の教 育 委 員 会 の廃 止(任 命 制 教 育 委 員 会 の 発 足)等. に如 実 に あ らわ れ て い くので あ る。. 4)「 日本 に お け る教 育 改 革 進 展 」 に お け る教 育 民 主 化 の見 方 ・考 え方 1950(昭. 和25)年. に第 二 次 訪 日 ア メ リカ教 育 使 節 団 に提 出 され た 「日本 にお け る教 育 改 革 進. 展 」6)にお け る一 部 の抜 粋 で あ る が、こ の報 告 書 に は民 主 主 義 の絶 賛 、第 一 次 ア メ リカ教 育 使 節 団 の 礼 賛 、 戦 前 の 日本 の 教 育 の 基 本 の 否 定 等 に関 す る 内容 が 以 下 の よ う に盛 られ て い る。 「1945年8月 第 二 次 世 界大 戦 が終 結 し以 来 、 日本 の教 育 は、国 家 活 動 の他 の 領 域 に お け る と ひ と し く、い な他 の領 域 に お け る よ り もは る か に徹 底 して、根 本 的 、革 命 的 な改 造 を遂 げ て き た。. 6.

(7) 戦後の教育行政再編成 に伴 う教育政策 と歴史事情 に関す る一考察 一 教育民主化政策か ら中央集権体制移行期の教育政策の陥穽一. 日本 の教 育 は、 そ の 全 面 に わ た って 、 真理 と平 和 を 愛 す る近 代 民 主 主 義 国 家 の 教 育 と して の 性 格 お よ び実 質 を、完 全 に具 備 しよ う と して徹 底 的 な 自己脱 皮 を行 って き た の で あ る。」、「理 想 は 高 く、 仕 事 の範 囲 は広 い。 した が って、 前 途 は 、 多 くの 困 難 に 満 ち て い るの で あ る。 しか しな が らわ れ わ れ は、 自由 を愛 し民 主 主 義 を信 条 とす る基 本軌 道 を進 む か ぎ り、 新 教 育 を 支 持 す る 最 大 多 数 の 日本 国民 の世 論 を 内 に持 ち、 日本 に お け る教育 改革 を激 励 し、 助言 す る民 主 主 義 連 合 諸 国、 と くに米 国 の教 育 界 の友 情 を持 って い る。 わ れ わ れ は、 み ず か ら安 ん じ、 ま た 、 民 主 主 義 連 合 諸 国民 、 と くに米 国 国民 の良 識 と経 験 に範 例 を学 び つ つ、 確 固 と して、 前 途 の 困 難 を 克 服 す る た め の具 体 的計 画 を た て、 勇気 に満 ち た実 践 に進 む で あ ろ う。 な ぜ な らば、 わ れ わ れ は教 育 改 革 の達 成 、 日本 教 育 の完 全 な民 主 化 こ そ は、 わ れ わ れ の愛 す る祖 国 を、 前 近 代 的迷 夢 に よ る過 誤 と惨 苦 と汚 辱 とか ら再 生 せ しめ、 国 際社 会 の一 員 と して の名 誉 あ る席 を許 さ れ る た め の、 唯 一 絶 対 の道 で あ る こ と を、 切 実 に体 感 して い る か らで あ る。 自 由 と民 主 主 義 に基 づ く 教 育 の 完 成 こ そ は、 愛 す る祖 国 日本 の、 名 誉 あ る再 建 の原 動 力 で あ る こ と を、 今 や、 日本 の 国 会 議 員 ・学 者 ・そ の他 の文 化 人 、 教 育 行 政 者 、 さ らに 国民 の最 大 多 数 は、 明確 に認 識 して い る か らで あ る。」、 と民 主 主 義 を絶 賛 して い るが 、 文 部 省 の米 国 使 節 団 に対 す る お もね りで あ る と 考 え られ る。 そ の 事 由 は、 既 に こ の時 期 に は 占領 政 策 に お け る教 育 民 主 化 の路 線 変 更 を余 儀 な くされ て いた 。 そ れ は米 政 府 が 占領 政 策 の転 換 を押 し進 めて きて い た時 期 で もあ る。 それ は既 に昭 和25年1月1日. に最 高 司 令 官 マ ッカー サ ー 自 ら、 日本 国 憲 法 は 自衛 権 を否 定 しな い と声 明. を 発 表 した り、 か つ 昭 和25年6月25日 恐 れ 、 昭 和25年7月19日. にCIE顧. の 朝 鮮 戦 争 勃 発 が あ り、GHQは. 共産主義思 想の伝播 を. 問 の イ ー ル ズ が共 産 党 主 義 教 授 の 排 除 を 勧 告 した り して い. る。 引 き 続 い て 、「今 次 の 日本 教 育 改 革 が 、そ の 出 発 点 か ら明 らか に世 界 的 普 遍 性 を 保 ち得 て いた こ との客 観 的 証 左 を 示 す こ とで あ る。 と同 時 に また 、 理 念 と構 想 にお い て 民 主 的 で あ る ばか り で な く、 実 施 の 手 続 き や 経 過 にお い て、 民 主 的 公 正 を 保 ち続 けて い る こ とを 、 端 的 に示 す こ と な の で あ る。」、 「この よ う な指 令 に よ って 、 日本 教 育 にお け る封 建 的 ・軍 国 主 義 的 ・非 合 理 的 な制 約 要 素 は、 端 的 に打 破 され、 民 主 主 義 を 植 え つ け るた め の 地 盤 は 、 そ の 地 表 を 清 掃 され 得 た の で あ る。」、 と述 べ、 日本 教 育 改革 は世 界 的 普 遍性 を 保 持 して い る と し、 総 司 令 部 の 指 令 を 礼 賛 して い る が文 部 省 は学 生 の政 治 集 会 デ モ 参 加 禁止 の通 達 や、 学 内集 団行 動 お よ び 示 威運 動 につ い て通 達 を 出 し、 集 会 ・結 社 の 自由等 に規 制 を か け て い る。 ま た、 次 の 箇所 の 「この 米 国 教 育 使 節 団 の報 告 書 は、 そ こ に盛 られ て い る思 想 内容 、 叙 述 の展 開方 法 、 ま た具 体 的 建設 方 策. 7.

(8) 近畿大学教育論叢. 第21巻 第2号(2010・2). な どあ らゆ る面 に お い て、 そ れ 自身 民 主 主 義 の 結 晶 で あ った。 そ れ は教 育 著 書 と して 、 長 く古 典 的 価 値 を 世 界 か ら容 認 され うる文 献 の 一 つ と な る で あ ろ う。 それ は、 戦 後 の 日本 に と って、 と くに 日本 の教 育 、 学 術 、 文 化 の領 域 に と って、 ま こ と に最 大 の 贈 り物 で あ った。 そ して 、 こ の贈 り物 に助 言 され て、 日本 の教 育 は、 急 速 に、 具 体 的 な 改 革 計 画 の 作 成 お よび そ の 実 施 を 進 め る こ とが で き た の で あ る。 この よ うな に、 今 次 の 教 育 改革 葉 につ い て は、 連 合 国 の 厚 意 と援 助 に さ さ え られ、 そ の 出発 点 に お い て、 正 し く近 代 的 に して世 界 的 な知 性 が、 直 接 に作 用 し協 働 した の で あ る。 そ して、 この点 に お い て、 明治 以 後 にお け る 日本 教育 の、 近 代社 会 と して の 後 進 性 、 停 滞 性 が全 く超 克 され る有 力 な契 機 を得 た の で あ る。」。 この 箇所 で は、 昭和21年 の 米 国 教 育 使 節 団 の報 告 書 を賛 美 し、 明治 以 降 の わ が 国 に お け る教 育 の後 進 性 ・停 滞 性 を超 克 で き る契 機 とな り うる な ど と述 べ られ て い る が 占領 下 に お け る文 部 官 僚 の米 国追 従 の お もね り以 外 の な に もの で もな い こ とが指 摘 で き る。 抜 粋 箇 所 の最 後 の部 分 で あ る が、 当時 の文 部 官 僚 は戦 前 の わ が 国 の教 育 す べ て が歴 史 的過 誤 で あ る こ と を指 摘 し、 拝 米 主 義 に よ る征 服 者 へ 迎 合 と賛 美 の文 言 が以 下 の よ うに述 べ て あ る。 「戦 後 の 日本 教 育 は、 根 本 的 、 徹 底 的 に改 善 さ れ た。 そ れ は、 教 育 目 的 の革 命 、 す な わ ち教 育 の 基 本 を国 家 主 義 的 ・封 建 的 ・神 話 的 ・画 一 的 な観 念 に お い て い た過 去 の誤 りを徹 底 的 に 除 去 して 、 民 主 主 義 的 ・近 代 的 ・科 学 的 ・自 由主 義 的 な理 想 の上 に確 立 した こ とに よ って実 現 さ れ た の で あ る。 それ は、日本 人 に お け る人 間 改 革 を 目標 とす る もの で あ り、そ の 意 味 に お いて 、 ま さ に根 本 的 、 徹 底 的 な 改革 で あ る。 そ して わ れ わ れ は、 そ の教 育 革 命 の 具 体 的事 実 を 「上 」 か らの 一 方 的 な 「教 育 勅 語 」 の宣 示 の代 わ りに、 国 民 の民 主 的 意 志 を決 定 す る法 律 「教 育 基 本 法 」の 制 定 に よ って 、実 証 す る こ とが で き る。 この よ うな 教 育 理 念 の 民 主 主義 的 大 転 換 の 結 果 、 教 育 の 内 容 、 す な わ ち カ リキ ュ ラ ムの 構 成 、 教 育 方 法 、 教 育 効 果 の測 定 方 法 、 教 科 書 そ の他 学 習 上 の 参 考 、 補 助 用 具 等 につ いて 、 著 し く民 主 的 ・自 由主 義 的 な進 歩 が 出現 した。」。 こ の箇 所 は特 に、 戦 前 の 教 育 の 在 り方 を 全 面 的 に否 定 し、 教 育 基 本 法 は国 民 の民 主 的 意 思 を 決 定 す る法 律 と して い るが 、 教 育 基 本 法 に は教 育 勅 語 に変 わ る国 民 道 徳 の 基 本 理 念 を 明 示 す る箇 所 や 文 言 は な く、 そ の 後 にお け る道 徳 教 育 の あ り方 が 多 くの 教 育 問 題(特 設 道 徳 教 育 に お け る文 部 省 と 日教 組 の 対 立 化 な ど)を 作 り出 して い くの で あ る。 占領 政 策 の 転 換 期 に、 文 部 省 が 「日本 の教 育 改 革 の 進 展 」 につ いて あ え て 、 第 二 次 ア メ リカ教 育 使 節 団 に提 出 した の は何 の 目的 で あ るの か 、 この 報 告 書 に盛 られ て あ る文 言 は、 戦 前 の わ が 国 の 教 育 制 度 や 教 育 思 想 等 を 否 定 す る こ と と、 ア メ リカ 民 主 主 義 思 想 の 絶 賛 や 教 育 民 主 化 へ の 指 令 的 事 項 の 賞 賛 で あ り、 これ らの 文 言 内. 8.

(9) 戦後 の教育行政再編成 に伴 う教育政策 と歴史事情 に関す る一考察 一教育民主化政策か ら中央集権体制移行期 の教育政策 の陥穽一. 容 を通 して 、 米 政 府 やGHQに. と って 日本 の 行 政 官 僚 の立 場 を堅 持 ・維 持 す る伝 法 で あ る こ と. を 明 示 した よ う な もの で あ る結 論 づ け る。. 2.教. 育 行 政 の 再 編 成 にお け る教 育 政 策 一 民 主 化 教 育 政 策 の 路 線 変 更 一. 1)文. 部 省 の 管 理 的 ・監 督 的 立 場 の 強 調. 1951(昭. 和26)年9月8日. に対 日平 和 条 約 と 日米 安 全 保 障 条 約 が 調 印 され 、 翌 年 の 日米 行 政. 協 定 、 ポ ツ ダ ム政 令 廃 止 、 公 職 追 放 令 廃 止 、GHQ解. 消 後 で あ るが 、 文 部 省 の機 構 改 革 が 始 ま. る。 つ ま り政 府 ・政 党 や 文 部 省 に よ る中 央 集 権 的 権 力 機 構 の構 築 は 占領 下 の 教 育 政 策 の見 直 し と同 時 にわ が 国 にお け る特 殊 な 政 治 的 問 題 ・課 題 を 教 育 政 策 ・施 策 に よ って 、 封 じ込 めて い く 政 策 方 針 へ の舵 を 切 り替 え て い く。 特 に昭 和27年 の 「破 壊 活 動 防 止 法 」 の 公 布 と 同時 に 「公 安 調 査 庁 」 は設 置 され た の は設 置 の2ケ 月 前 の メー デ ー 流 血 事 件 に端 を 発 す る もの で あ り、 ま た 日経 連 は 同年10月16日 に 「新 教育 制 度 の 再 検討 に関 す る要 望 」 を 発 表 、 日教 組 は 日教 組 第9回 大 会 で 「教 師 の倫 理 綱 領 」 を 決意 し、4カ 和28年1月20日. 月 後 に 「日本 文 教 政 策 の 基 本 大 綱 」 を 発 表 、 更 に昭. に は政 府 の 「義 務 教 育 費 国庫 負 担 案」 に反 対 闘争 方 針 を 決 定 し、 か つ 「義 務 教. 育 学 校 職 員 法 案 」 反 対 ハ ンス トを行 い、 文 部 省 との 教育 闘争 路線 が鮮 明 化 され、 強 化 され て い く。 ま た 同年2月22日. に は全 国連 合 小 学 校 長 会 によ って 「教 員 の 国 家 公務 員 化」 に反 対 表 明 が. 行 われ て い る。 この よ うな一 連 の動 き は文 部 省 の行 政 能 力 の課 題 と も考 え られ るが、 占領政 策 か ら新 た な教 育 政 策 の模 索 時 代 で あ る と同 時 に新 た な教 育 政 策 ・施 策 決 定 に は政 治 的 決 着 を 見 な けれ ば な らな い歴 史 環 境 が想 定 で き る。 確 か に、 占領 期 間 で の 教 育 政 策 は あ くま で も占領 政 策 下 で のCIEの. 許 可 的 範 囲 内 で の政 策. で あ り、 占領 終 焉 後 の教 育 政 策 の 内容 は文 部 官 僚 中心 の政 策 とい うよ り、 政 治 事 情 に 関連 す る 政 策 内 容 で あ り、 政 府 の文 教 族 の意 見 要 請 や対 案 に左 右 さ れ て い る。 文 部 省 は政 府 の義 務 教 育 費 国 庫 負 担 方 針 、 義 務 教 育 学 校 職 員 法 案 、 地 方 教 育 委 員 会 等 の諸 問題 を総 括 す べ く、 文 部 省 の 諮 問 機 関 で あ る 中央 教 育 審 議 会 は1953(昭. 和28)年7月25日. に 「義 務 教 育 に関 す る 答 申 」(第. 1回 答 申)7)を 提 言 して い る。 簡 潔 す れ ば以 下 の よ うに な る。 「終 戦 後 の 占領 下 と い う特 別 な事 情 の 下 に実 施 され て きた 教 育 制 度 を 再 検 討 し、6・3制. は堅 持 し、 その 施 設 ・内容 の整 備 ・充. 実 を 図 り、 就 学 前 教 育 お よ び特 殊 教 育 を 振 興 す る こ と、 教 育 委 員 会 の 専 任 は現 在 ど お り公 選 と す るが 、 教 職 員 の 立 候 補 は離 職 後 一 定 期 間 の 経 緯 を 必 要 と し、 市 町 村 の 義 務 教 育 学 校 医 の 教 員 の 身 分 は 都 道 府 県 の 公 務 員 とす る こ とが 望 ま しい、 な ど」。. 9.

(10) 近畿大学教育論叢. 第21巻 第2号(2010・2). 引 き続 き、 同年8月8日. に 「社 会 科 教 育 の 改 善 に関 す る」 答 申(第2回. 答 申)8)が 出 され て. い る。 この 答 申 は 教 育 課 程 審 議 会 が 答 申 した も の で あ り、 そ の概 要 は以 下 の よ うな 内 容 で あ る。 「社 会 科 に お い て、 教 師 が 児 童 ・生 徒 の 自主 的 活 動 の意 味 を 取 り違 え て む ず か しい宿 題 を課 した り、 旧来 の指 導 方 法 に と どま って教 科 書 の知 識 注 入 に 陥 る な ど、 そ の指 導 方 法 が必 ず し も う ま く行 わ れ て い な い学 校 の あ る こ とをふ ま え て、 ① 児 童 ・生 徒 に知 識 や理 解 を与 え る こ とを 通 して 民 主 的 社 会 に お け る正 しい人 間関 係 の あ り方 を考 え させ 、 民 主 的社 会 人 と して道 徳 的 に 成 長 す る こ と を大 き なね らい とす る こ と、 ② 基 本 的人 権 の尊 重 を 中心 とす る民 主 的道 徳 の育 成 に力 を 注 ぐこ と、 ③ 地 理 ・歴 史 に加 え 、 政 治 ・経 済 ・社 会 ・の分 野 に も重 視 す る こ とな どを述 べ た うえ で 、 小 学 校 ・中 学 校 ・高 等 学 校 の社 会 科 改 善 につ い て の提 言 を ま とめ た もの で あ る。 文 部 省 は、 こ の答 申 を受 けて8月22日. に、 学 習 指 導 要 領 を改 訂 して わ か りやす く取 り扱 い やす い. もの に し、 社 会 科 の性 格 を明 確 に して 適 切 な助 言 を あ た え る た め の 「社 会 科 の改 善 に つ い て の 方 策 」 を 発 表 し、1955(昭. 2)教. 和30)年. に学 習 指 導 要 領 社 会 科 編 の 内容 の改 善 を行 った。」. 育民主化の教育政策の変更. 昭 和30年 代 を 「戦 後 の 教 育 復 興 の 時 代 」 と呼 ぶ と して、 第 二 次 ア メ リカ教 育 使 節 団報 告 書 の 発 表(1950年9月30日)以 そ れ は1946年8月10日. 降、 占領 政 策 の進 め て き た民 主 教 育 政 策 に か げ りが 見 え は じめ る。 に総 理 大 臣の 諮 問 機 関 に設 置 され た 「教 育 刷 新 委 員 会 」 が1949年6月1. 日 に 「教 育 刷 新 審 議 会 」 と改 称 され 、 「教 育 刷 新 審 議 会 」 は1952年6月6日. に文 部 省 の 諮 問 機. 関 と して 「中 央 教 育 審 議 会 」 が 設 置 さ れ る 同 時 に廃 止 され た の で あ る が、 「中央 教 育 審 議 会 」 の 設 置 要 請 は財 界 主 導 に よ る もの で あ り、 そ の 後 の文 部 省 通 達 や 中央 教 育 審 議 会 の答 申等 に対 /. して 、 財 界 の教 育 要 請 ・要 望 等 が安 直 に 受 け入 れ られ や す くな る方 向 を 担 保 す る こ とに な る。 財 界 が 戦 前 の よ うな 政 治 力 を 復 調 可 能 に させ た背 景 は、 昭 和25年6月. の 朝 鮮 戦 争 の勃 発 に あ. る。 この 事 態 を 重 く見 た 米 政 府 は 日本 の 占領 政 策 の転 換 を 余 儀 な くされ 、 占領 政 策 の最 高 司令 官 の 交 代 とい う新 た な る人 事 政 策 が 行 わ れ る。 そ れ は トル ー マ ン大 統 領 が 昭 和26年4月. にマ ッ. カ ー サ ー 元 帥 を 罷 免 し、 後 任 者 と して の リ ッジ ウ ェ イ 中将 を 任 命 した こ とで あ る。 彼 は5月1 日に 占領 下 諸 法 令 再 検 討 の 権 限 を 日本 政 府 に委 譲 す る と声 明 を 発 表 した 。 この 権 限 委 譲 は戦 後 の 日本 の政 治 的 事 情 を 一 変 させ る こ と にな る。 そ の 際 た る政 治 政 策 は、 同 月 の14日 に吉 田首 相 の 私 的 諮 問機 関 と して 「政 令 諮 問 会 議 」 が 設 置 され 、6月20日. 一10一. 以 降 に 「追 放 解 除 」 を 発 表 し、.

(11) 戦後の教育行政再編成 に伴 う教育政策 と歴史事情 に関す る一考察 一教育民主化政策か ら中央集権体制移行期の教育政策の陥穽一. 政 財 界 等 人 、 旧陸 海 軍 正 規 将 校 を 含 め て 、28,047人 が 解 除 され、 か つ 昭和27年5月7日. の 「財. 閥商 号 使 用 禁 止 等 」 の 政 令 廃 止 で あ る。 戦 争 責 任 を免 れ た政 界 ・財 界 の要 人 は 中央 集 権 的 政 策 の方 向転 換 を 可 能 にす る政 治 的 ・経 済 的 事 情 に便 乗 し、 中央 集 権 的 組 織 化 へ の強 化 路 線 を鮮 明 化 させ て くるの で あ る。 つ ま り、「占領 政 策 の見 直 し」と い う名 の下 に、 機 構 や 政 策 の改 革 ・改 正 ・改 定 と称 し、 戦 後 復 興 の 教 育 民 主 化 政 策 の 充 実 と い う よ り、 政 府 案 、 文 部 省 通 達 、 中央 教 育 審議 会 答 申 、 経 済 界 の 要 望 ・要 請 等 に よ る 中央 集 権 的教 育 政 策 へ の見 直 しが急 進 化 して くる。 そ の こ と は第 二 次 ア メ リカ教 育 使 節 団 の 報 告 書 の発 表 後 か ら昭 和29年 まで の主 な教 育 政 策 や 中 央 教 育 審議 会 答 申 等 に如 実 に表 明 され て い る。 昭 和29年 まで の新 た な教 育 政 策 と 中央 集 権 的色 彩 を 表 明 す る教 育 政 策 は以 下 の よ う 出 され て い る。 ①. 「道 徳 教 育 振 興 に関 す る答 申:教 育 課 程 審 議 会 」:昭 和26年1月4日. ②. 「道 徳 教 育 振 興 方 策 案:文 部 省 」:昭 和26年2月8日. ③. 「教 育 制 度 の改 革 に関 す る答 申:政 令 改 正 諮 問委 員 会 」:昭 和26年7月2日. ④. 「中央 教 育 審 議 会 第1回 総 会 に お け る文 部 次 官 説 明(要. ⑤. 「義 務 教 育 に関 す る答 申」(第1回. ⑥. 「社 会 科 教 育 の改 善 に関 す る答 申」(第2回. ⑦. 「教 員 の政 治 的 中立 維 持 に関 す る答 申」(第3回. 答 申):昭 和29年1月18日. ⑧. 「医 学 お よ び歯 学 の教 育 に 関す る答 申」(第4回. 答 申):同 年2月8日. ⑨. 「義 務 教 育 学 校 教 員 給 与 に関 す る答 申」(第5回. 答 申):同 年8月23日. ⑩. 「大 学 入 学 者 選 考 お よ び これ に関 連 す る事 項 に つ い て の 答 申」(第6回. 旨)」:昭 和28年1月28日. 答 申):昭 和28年7月25日 答 申):昭 和28年8月8日. 答 申):同 年11月. 25日 ⑪. 「特 殊 教 育 な らび にへ き ち教 育 振 興 に 関す る答 申」(第7回. ⑫. 「か な の教 え方 につ い て の答 申」(第8回. 答 申):同 年12月6日. これ らの答 申 の 中で の 「教 員 の 政 治 的 中立 性 維 持 に 関 す る 答 申」(昭 和29年1月20日)が され る前 年 の 昭和28年7月8日. /. 答 申):同 年12月5日9) 出. に 「教 育 の 中立 性 の 維 持 に つ い て」10)の通 達 が文 部 事 務 次 官 よ. り都 道 府 県 教 育 委 員 会 と都 道 府 県 知 事 あて に 出 され て い る。 そ の通 達 内容 は以 下 の よ う に な っ て い る。. 「教 育 制 度 の 基 本 と して、 教 育 の 中立 性 は最 も厳 重 に保 持 せ られ な け れ ば な ら な い。 し か る に、 最 近 山 口県 に お け る 「小 学 校 日記 」 「中 学 校 日記 」 の 例 に見 る ご と く、 や や もす. 一11一.

(12) 近 畿大学教育論叢. 第21巻 第2号(2010・2). れ ば特 定政 党 の政 治 的主 張 を 移 して 、 児 童 、 生 徒 の 脳 裏 に印 しよ う とす る ご と き事 例 な し と しな い の は、 は な は だ遺 憾 とす る と ころ で あ って 、 貴 官 下 教 育 行 政 の 全 般 にわ た り下 記 事 項 に 関 し特 段 の 御配 意 を願 い た く、 命 に よ り通 達 す る。 な お 、 そ れ ぞ れ 関 係 教 育 委 員 会 及 び学 校 長 に御 伝 達 願 い た い。 記 一. い や し く も、 一一部 の利 害 関係 や特 定 の政 治 的立 場 に よ って教 育 が利 用 さ れ、 歪 曲 さ れ る こ と の な い よ う留 意 す る こ と。. 二. 多 種 多 様 の 教 材 資 料 中 に上 記 山 口県 教 職 員 組 合 編 集 に か か る 「小 学 校 日記 」 「中学 校 日 記 」 に見 る ご と く、 往 々特 定 の立 場 に偏 した 内容 を有 し、 教 材 資 料 と して不 適 当 な もの も あ る よ うで あ るか ら、 そ の 取 捨 選 択 に あた って は、 関 係 者 に お いて 特 に細 心 留 意 す る。. 三. 各 所 属 長 は、 職 員 の 服 務 につ き、 常 に指 導 を 怠 る こ とな く真 面 目 に勤 務 が 行 わ れ る よ う 適 切 な監 督 を 行 う と と も に、 いや し くも違 反 行 為 の あ る場 合 に は、 そ の 是 正 につ いて 厳 正 な処 置 を と り、 も って 勤務 不 良 の 教職 員 の 絶 無 を 期 せ られ た き こ と。」。. この通 達 は 中央 教 育 審 議 会 の 「教 員 の政 治 的 中立 維 持 に 関 す る」(第3回. 答 申)を 徹 底 させ. る た め の布 石 で あ り、 教 育 政 策 に 関す る こ とで都 道 府 県 知 事 に周 知 させ る文 部 官 僚 の方 略 は 中 央 集 権 的 管 理 政 策 の方 向 を に じませ て い る。 この第3回. の答 申 は20日 後 の 「教 育2法 案 」 の 閣. 議 決 定 の用 立 て の よ うな もの で あ り、 政 府 ・自民 党 と文 部 省 の共 同作 業 を髪 髭 させ る もの で あ る。 「教 育 の 中立 性 の維 持 」が 出 さ れ た背 景 の一 つ に は、 日本 の教 育 を ゆが めて い る諸 悪 の根 源 は 日教 組 の 倫 理 綱 領 に基 づ く政 治 運 動 や 学 校 現 場 で の政 治 活 動 に あ る とす る政 府 ・自民 党 や 文 部 省 の 見 解 が あ り、 日教 組 は教 育 の 諸 悪 の 根 源 は 日本 にお け る再 軍 備 計 画 や 中 央 集 権 体 制 を 強 化 して い く為 政 者 側 にあ る とい う見 解 で 、 真 っ向 か ら対 立 抗 争 状 態 で もあ った 。 当 然 、 再 軍 備 の 政 治政 策 は 日本 国 憲 法 第9条 の 条 項 に反 す る こ と と して 、 教 育 現 場 は平 和 教 育 の 危 惧 を 持 た ざ る を得 な か った こ とが 想 定 で き る。 教 師 の政 治 活動 の一 例 と して 山 口 県教 組 の編 纂 して い る 「小 ・中学 生 日記 」が 問 題 化 し、「山 口 日記 事 件 」 と して報 じ られ る の で あ る。 事 件 の 発端 は、 岩 国市 教 育 委 員会 が 山 口県 教 組 に 対 して 日記 の撤 収 通 達 を 出 した こ とに あ る。 俗 に言 わ れ る 「偏 向 狩 り」 の始 ま りで あ る。 た ま た ま岩 国 で発 生 した こ の事 件 は、 岩 国 の軍 事 基 地 の 問題 と教 育 現 場 の平 和 教 育 の課 題 との葛 藤 で. 一. ユ2一. /.

(13) 戦後の教育行政再編成 に伴 う教育政策 と歴史事情 に関す る一考察 一教育民主化政策か ら中央集権体制移行期の教育政策 の陥穽一. もあ り、 偏 向 教 育 と決 め 付 け る官 僚 的 発 想 に も問 題 が あ る と も考 え られ る。 こ の 「山 口 日記 事 件」 を 契 機 に文 部 次 官 は 「教 育 の 中立 性 の 維 持 」 に次 に 「地 方 課 発 第93号 」 の 極 秘 通 牒 を 流 し、 至 急 の 調 査 を 展 開 し、 そ の 結 果24の 偏 向 教 育 事 例 を 文 部 省 は発 表 した ので あ る。 こ の事 件 は 日 教 組 の平 和 教 育 と国 策 的 な 愛 国 心 教 育 との 葛 藤 の 産 物 で あ り、 もとを 正 せ ば、 米 国 の国 益 に適 う 占領 政 策 の 転 換 に よ っ て ひ き起 こ され た 問 題 で もあ る。 又 、 当時 の 国 内 事 情 は政 治 の 混 迷 (保 守 政 党 の二 派 、 社 会 党 の右 派 左 派 の分 裂 等)、 再 軍 備 や 憲 法 改 正 を め ぐる対 立 等 の時 代 環 境 で あ り、 政 治 的 不 安 が 生 み 起 こ した 問 題 で もあ る。 最 も、 占 領 政 策 の 転 換 を 一 言 で 言 え ば 、 米 国 の 極 東 軍 事 戦 略 構 想 にお いて 、 日本 の再 軍 備 が 必 要 不 可 欠 な要 素 で あ っ た とい う こ とで あ る。 最 終 的 に は 「池 田 ・ロバ ー ト会 談 」 に お い て、 ア メ リカ の 「相 互 安 全 保 障 条 約 」(MSA:1951年10月 目の締 結 国 と して 協 定 に調 印 し、 日本 がMSA体. に 制 定)に1954(昭. 和29)年3月. 、46番. 制 下 に入 った こ とで 、 同 年6月 の 自衛 隊 法 の. 公 布 が担 保 され た こ と にな る。 日本 の再 軍 備 政 策 の 経緯 に つ い て 簡 単 に 述 べ る と、 昭 和25年6月25日 国憲 法 第9条. の 朝 鮮 戦 争 を 期 に 日本. の条 文 を 否 定 す る再軍 備政 策 が 米 政 府 に よ って うな が され た の で あ る。 そ の 再 軍. 備 政 策 は以 下 の よ うな経 緯 を辿 って い る。 昭和25年8月10日. に 「警 察 予備 隊 令」 の 公 布 に始 ま り、 昭 和27年7月31日. 安 隊 に改 組 され、 同 年10月15日 に発 足 し、 昭 和28年10月2日. に警 察 予 備 隊 が 保. ∼30日 の 「池 田 ・ロ バ ー ト会 談 」. (池 田 自由 党 政 調 会 長 と ロバ ー ト米 国 務 次 官 と の防 衛 問 題 につ き会 談)の 合 意 事 項 にお い て 日本 の再 軍 備 や軍 備 の た め の愛 国心 教 育 推 進 等 が な され 、 翌 年 の 昭 和29年6月9日 法 」・「自衛 隊法 」 が公 布 さ れ、7月1日. の 「防 衛 庁 設 置. に 陸海 空 の 自衛 隊 発 足 に 至 って い る。 教 育 的 な 問 題 は. 「池 田 ・ロバ ー ト会 談」 で の 愛 国 心 教 育 を 再 軍 備 の た め の も の と した こ とで あ る。 こ の会 談 内 容 は こ の後 の わ が 国 に お け る平 和 教 育 と愛 国心 教 育 の 二項 対 立 構 図 を 構 築 し、 文 部 省 対 日教 組 の教 育 闘 争 路 線 の 引 き金 に な って い くの で あ る。 戦 後 の教 育 の 民主 化 や 日本 国 憲 法 第9条 の 精 神 に基 づ い て展 開 さ れ て い た平 和 運 動 、 平 和 教 育 を推 し進 め て い た 時代 は文 部 省 と 日教 組 の 関 係 に お いて 蜜 月 の時 代 で あ った と い わ れ て い る。 しか し憲 法9条. を揺 る がす よ うな再 軍 備 政 策(米. 国 の極 東 に お け る軍 事 戦 略基 点 と して の 日. 本 の 政 治 地 理 的 位 置 の確 保)の 政 治 事 情 に対 して、 国民 主 権 と平 和 教 育 路 線 を旗 印 に 教育 闘争 を 強 化 して い く 日教 組 は文 部 省 と真 正 面 か ら対 峙 す る方 向 に転 ず る こ とな る。 特 に顕 著 な こ と は、 平 和 教 育 、 平 和 運 動 に関 して、 教 育 現 場 に お い て再 軍 備 政 策 に最 も反 対 表 明 を した の は 日. 一13一. /.

(14) 近畿大学教育論叢. 第21巻 第2号(2010・2). 教 組 で あ り、 昭 和26年1月24日. に 日教 組 中央 委 員 会 は 「教 え子 を再 び戦 場 に送 る な」 の ス ロー. ガ ンを掲 げ、 平 和 教 育 の強 化 す る方 向 を 明示 して い くの で あ る。 当時 は、 講 和 や 平 和 論 争 で国 論 が 分 裂 して い る時 で あ る に もか か わ らず 、 愛 国心 教 育 を 国民 教 育 の 国 是 と考 え る よ うな 政 府 ・自民 党 や 文 部 省 に も偏 向 した教 育 思 想 が うか が え る の で あ る。 戦 後 、 政 府 高 官 達 が 戦 前 の国 家 主 義 思 想 を否 定 し、 国家 主 義 的教 育 政 策 を嫌 悪 し、 中央 集 権 的 ・絶 対 的 天 皇 制 教 学 体 制 が 国 民 教 育 を 否 定 し、 閉 鎖 的 ・閉 塞 的 で、 封 建 的 ・前 近 代 主 義 的 政 策 が 歴 史 的 過 誤 で あ り、 国家 的 罪 で あ る か の よ う に して、 米 国 の民 主 主 義 を礼 賛 ・賞 賛 し、 民 主 化政 策 こそ が わ が 国 の 将 来 の 国 家 繁 栄 の 核 で あ り、 民 主 主 義 的 原 則 に基 づ き、 民 主 的審 議 を 重 ね て こそ 、 真 の 国 民 教 育 が 完 遂 で き るの で あ る と唱 導 した こ と は単 な る過 去 形 の実 相 で は あ るま い。 しか し占領 政 策 の 転 換 に乗 じ、 政 府 ・自民 党 と文 部 省(戦 前 の 内務 官 僚 出身 の リー ダ ー)に よ る閉 鎖 的 な 中央 集 権 的 体 制 を 強 化 しな が ら、 教 育 界 に お け る政 治 教 育 の問 題 に対 し て、 様 々な法 制 化 を進 め、 管理 監 督権 を 強 大 化 ・拡 大 化 して い くあ り方 が 昭 和30年 代 ∼40年 代 に"教 育 の 谷 間"と い う時 代 を 作 り出 して い くの で あ る。 つ ま り、 「政 治 ・経 済 栄 え て 教 育 な し」、 「腐 敗 政 治 あ りて、 国 家像 な し」、 「学校 あ りて 、 教 育 な し」 の 時 代 に突 入 して い くので あ る。 ま さに戦 後 の教 育 の民 主 化 を一 掃 す るか の よ う に、戦 前 の 教 育 政 策 以 上 に閉 塞 化 した 教 育 政 策 に陥 って い くの で あ る。 次 に 「教 員 の政 治 的 中立 維 持 に関 す る」 答 申11)で あ る が、 答 申 は 中央 教 育 審 議 会 会 長(亀 直 人)が 文 部 大 臣(大 達 茂 雄)に. 山. 対 して 以 下 の よ う な答 申 を して い る。 「本 審 議 会 は、 特 に高. 等 学 校 以 下 の教 員 の政 治 的 中立 性 維 持 を必 要 と認 め、 そ の た あ に特 別 委 員 会 を設 けて 審議 し ま した。 そ の特 別 委 員 会 の到 達 した結 論 を本 審 議 会 総 会 に お い て さ らに慎 重 に審 議 した結 果、 次 の 結 論 に到 達 しま した か ら、 答 申 いた しま す。」。 そ の 具 体 的 答 申 内 容 は(1)から(4)で構 成 され 、 以 下 の よ うな こ とが 強 調 され て い る。. 一. 「(1)公 務 員 の身 分 を 有 す る もの は、他 の一 般 公 務 員 と等 し く、国家 公 務 員 法 又 は地 方 公 務 員 法 に よ って 、 政 治 的 行 為 の制 限 を 受 けて い るが 、 さ らに教 育 基 本 法 はす べ て の教 員 に対 し、 一 定 の 政 治 的 活 動 禁 止 の 規 定 を 設 けて い る。 これ は教 育 の 中立 性 を重 視 し、 教 育 を して特 定 の政 治 的 活 動 か ら、 中立 を 守 ら しめ よ う とす る趣 旨 にで た もので あ る。 こ とに高 等 学 校 以 下 の生 徒 児 童 は 、 あ え て 説 くもで もな く、 心 身 未 成 熟 の 理 由か ら、 あ る い は経 済 上 の能 力 を、 あ る い は法 律 上 の 能 力 を 制 限 され て い る もの で あ る。 した が って その 政 治 意 識 に お いて も、 正 確 な判 断 を す るに は、 ま だ 十 分 に発 達 を して い な い の で あ るか ら、 教 育 の いか ん に よ って は,容 易 に右 と. 一14一.

(15) 戦後 の教育行政再編成 に伴 う教育政策 と歴史事情 に関す る一考察 一教育民主化政策 か ら中央集権体制移行期 の教育政策 の陥穽一. も左 と もな り得 る もの で あ る。 しか る に彼 らに 対 して 、 強 い指 導 力 、 感 化 力 を 有 す る教 員 が、 自己 の 信 奉 す る特 定 の 政 治 思 想 を鼓 吹 した り又 は そ の反 対 の考 え 方 を否 認 攻 撃 した りす る が ご と き は、 い か な る理 由 に よ る も許 され るべ き こ とで は な い。 教 員 の政 治 的 中立 に関 す る諸 問題 は、 す べ て この 原 則 を 基 本 と して 、 解 決 され な けれ ば な らな い と考 え る。 も と よ りい っ さ い の 表 現 に 自由 は、 憲 法上 す べ て の 国 民 に対 し、 保 証 され て い る もの で あ るか ら、 教 員 を して 政 治 的 中立 を守 ら しあ る範 囲 も、 公共 の 福祉 の た あ に必 要 な 程 度 に限 定 す べ く、 な るべ く学 生 ・生 徒 ・児 童 に対 す る直 接 の 活動 の範 囲 に止 む べ き もの で あ り、 現 行 法 令 の 制約 も大 体 この 点 に限 界 を設 け て い る の で あ る。 しか しな が ら. た とえ ば 間接 の政 治 活動 とい え ど も、 近 来 の よ う に. 教 員 の組 合 活 動 が政 治 団体 の活 動 と選 ぶ と ころ が な い状 態 とな って きた の で は、 未 だ 批 判 力 の 十 分 で な い高 等 学 校 以 下 の生 徒 児 童 に対 す る影 響 は、 も こ とに看 過 す るを得 な い もの が あ る。 (2)教員 の 政 治 活 動 が 、 今 日いか な る実 情 に あ る か につ い て、 本 審 議 会 と して は法 務 ま た は警 察 当 局 の 助 力 を 求 めて 、 い ま だ に公 表 せ られ ざ る事 実 を調 査 す る ご とき は、 これ を避 くべ き こ と と信 ず るの で 、 あえ て これ を な さず 、 もっ ぱ ら周 知 の資 料 の み に よ る こ と と した。 そ の資 料 の1は. 日本 教 職 員 組 合 運 動 で あ る と こ ろの 全 国 大 会 に お いて 、 決 議 した運 動 基 本 方 針 お よ び闘. 争 目標 で あ る。 本 答 申 に添 付 した そ の 要 領 につ い て 見 る に、 特 に説 明 を加 え る必 要 もな い が、 そ の 多 くは政 治 活 動 で あ り、 か つ 、 これ が 特 定 の 政 党 を 支 持 す る もの で あ るか ど うか は別 に し て、 著 し く一 方 に 偏 向 して い る こ とは 否 定 す る こ とを 得 な い 。 な お 、 そ の う ち1953年 度 の 基 本 方 針 の 中 で 「再 軍 備 を基 と した フ ァ ッ シ ョ ン的 な文 教 政 策 か ら子 供 を守 る た め に」と あ る の は、 原 案 で は 「天 皇 制 復 活 を主 軸 と した フ ァ ッ シ ョン的 な 文 教 政 策 か ら子 供 を 守 るた め に」 とあ っ た もの を討 議 の結 果 修 正 さ れ た もの で あ る が、 い ず れ に して も文 教 政 策 に対 す るか の よ うな 考 え 方 は、 中立 で あ る と は言 え な い。 そ の資 料 の2は 教 育 研 究 大 会 の 第2回. 日本 教 職 員 組 合 の文 化 活 動 で あ る と ころ の. 報 告 書 「日本 の教 育 」 で あ る。 この 教 育 研 究 大 会 の 趣 旨性 格 は、 右 の. 「日本 の 教 育 」 につ い て 明 白 に され て お り、 特 定 の政 治 的意 図 の もと に、 組 合 員 た る教 員 が教 育 を 行 う こ とを 期 待 して い るの で あ る。(も ち ろん こ の こ とは 各 部 門 の 報 告 研 究 の 教 育 的 価 値 を 否 定 す る もの で はな い こ とを 付 記 す る。)。当時 の 日教 組 中央 執 行 委 員 長 長 岡三 郎 氏 は 「刊 行 によ せ て」 と題 す る 「日本 の 教 育 」 序 文 にお いて 「教 育 の 軍 事 主 義 化 を確 立 す る た め に躍 起 と な って い る反 動 陣 営 の 文 教政 策 と対 決」 す るた め に、 この 報 告 書 に集 約 され た 研 究 活 動 の 成 果 を活 用 され る こ とを 要 望 して い るが、 こ うい う断 定 は あ ま りに も政 治 的 で あ り、 また あ ま りに も一 方 的 で あ る。 又 本 文 「本 書 の 内容 に つ い て」 の 中 に 「研 究 大 会 が わ れ わ れ 教 師 の 基 本 的 歴. 一15一.

(16) 近 畿 大 学教 育 論 叢. 第21巻 第2号(2010・2). 史 的 課 題 と して 、 平 和 と独 立 の た め の 教 育 体 制 の 確 立 を 目指 して 行 われ た と い う こ とが 、 本 書 の 内 容 を 決 定 して い る。 安 保 条 約 と行 政 協 定 とを 抱 き合 わ せ と して 成 立 した片 面 講 和 条 約 の結 果 と して 、 わ れ わ れ 日本 人 が 現 在 当 面 して い る状 況 が 、 政 治 ・経 済 の あ り方 ばか りで な く、 い か に深 く教 育 の 場 面 にそ れ を 歪 め る よ う に作 用 して い るか を究 明 す る こ と を通 じて 日本 の国 民 と子 供 の 真 の 幸 福 の た め に、 わ れ わ れ は どの よ う に教 育 の し くみ を変 え て いか な けれ ば な らな い か を 追 求 す るの が 本 書 の 課 題 で あ る。」と説 明 して い る。 平 和 ・安 保 両 条 約 に賛 成 し、ま た反 対 し、 あ るい はそ の 一 つ に賛 成 して 他 に反 対 した 政 党 が あ るの だか ら、 右 は明 らか に特 定 政 党 の政 策 を 支 持 して い る もの と見 られ る。 また 、 両 条 約 成 立 の結 果 、 教 育 を ゆが めて い る と結 論 す る こ とは一 つ の意 見 で あ るが 、 しか し一 方 に偏 した 政 治 的 見 解 で あ り、 す くな くと もか か る 考 え方 で、 年 少者 に対 す る教 育 を な す こ と は きわ あて 不 穏 当で あ る。 現 に社 会 科 の教 科 書 に お い て は、 右 両 条 約 を 研 究 お よび 討 論 の 課 題 と して 示 して い る もの も あ るか ら、 こ の場 合 は、 組 合 の研 究 大 会 にお いて 指 導 され て い る組 合 員 た る教 員 の指 導 が 、 そ の生 徒 ・児 童 の政 治 意 識 に 対 して、 い か な る影 響 を 与 え るか はあ え て 説 明 を す る まで もな い。 (3)教員 の政 治 的 中 立性 に関 す る問 題 の う ち、 最 も重 要 な る は、 高 等 学 校 ・中学 校 。小 学 校 の 大 部 分 を包 容 す る 日教 組 の 行 動 が あ ま り に も政 治 的 で あ り、 しか も あ ま りに一 方 に偏 向 して い る点 と、 そ の 決議 、 そ の 他 の運 動 方 針 が 組 合 員 た る50万 の 教 員 を 拘 束 して い る点 と、 そ の教 員 の授 業 を受 け る1,800万 人 の 心 身 未 成 熟 の 生 徒 ・児 童 の 存 在 す る点 に あ る。 日教 組 が 地 方 公 務 員 法 に基 づ く職 員 団体 の連 合 体 で あ りそ の 結 成 そ の もの は も と よ り自 由で あ ろ うが 、 そ の活 動 の現 状 を 見 る に前 述 の とお りで あ って、 そ の 組 合 員 た る教 員 が 、 組 合 の 政 治 的 方 針 を 学 校 内 に も ち込 ん で 、 直 接 教 育 に 当 た る こ との あ るを 考 え れ ば、 ま こ と に憂 慮 に た え な い もの が あ る。 もち ろ ん、 現 在 す べ て の 教 員 が か くの ご と くで あ る と は信 じな い けれ ど も、 これ を 放 任 す る こ とは、 や が て救 うべ か ら ざ る事 態 を 惹起 す るで あ ろ う。 した が って 教 員 の 組 織 す る職 員 団 体 及 び そ の連 合 体 が年 少 者 の純 白 な政 治 意 識 に対 し、 一 方 的 に偏 向 した 政 治 的 指 導 を 与 え る機 会 を 絶 無 な ら しむ るよ う適 当 な措 置 を講 ず べ きで あ る。 (4)なお、 前 述 の外 、 教 育 の政 治 的 中立 性 確 保 の た め に、 左 の 諸 項 の 実 現 を 期 す る こ と も必 要 で あ る と考 え る。 イ.協 議 会 の 開 催 等 の方 法 に よ り、 文 部 省 と教 育 委 員 会 と の連 絡 を い っそ う緊 密 にす る こ と。 ロ.教 育 委 員 会 委 員 の選 挙 に 関 し、 教 職 員 は退 職 後 、一・ 定 期 聞 経 過 しな けれ ば立 候 補 で きな. 一. ユ6一.

(17) 戦後 の教育行政再編 成に伴 う教育政策 と歴史事情 に関する一 考察 一教育民主化政策 か ら中央集権体制移 行期 の教育政策 の陥穽一. い もの とす る こ と(本 項 に つ い て は第 一 回 答 申 に お い て もす で に述 べ た と ころ で あ る)。 ハ.教 科 用 図書 以 外 の 図書 、 た とえ ば夏 休 み 日記 の ご とき もの を しよ う とす る とき は、 あ ら か じあ校 長 か ら教 育 委 員 会 に届 出 で しむ る こ と。 な お、 右 に 関 す る文 部 省 ま た は委 員 会 の 権 限 を規 定 す る こ と。」。 こ の答 申 は以 下 の よ うな事 態 へ の対 応 策 と して 出 さ れ た もの で あ る と知 見 す る。 そ れ は1950 (昭 和25)年. 度 、1951年 度 、1952年 度 、1953年 度 の 日教 組 の 運 動 方 針 が 政 治 闘 争 の 強 化 ・拡 大. を推 し進 め る方 向 に あ り、 日教 組 の運 動 方 針 の基 本 方 針 が あ た か も政 府 ・与 党 ・文 部 省 等 へ の 宣 戦 布 告 の よ うな政 治 的対 決 闘 争 路 線 で あ り、 そ れ に対 す る 中央 教 育 審 議 会 に お け る教 育 の政 治 的 中立 性 確 保 の決 議 内容 で あ ろ う。 当時 は確 か に 日教 組 の政 治 的 闘争 戦 略 に は マ ル ク ス主 義 思 想 や 共 産 主 義 思 想 に心 酔 して い る大 学 人 の指 導 ・教 導 が深 くか か わ っ て い る こ と が指 摘 さ れ て い る。 ま た 日教 組 が 文 部 省 に対 決 路 線 を 強 化 して い く背 景 に は1950年 か ら1958年 に か け て、 わ が 国 の政 治 事 情 が 戦 後 最 大 の課 題 に直 面 して い る こ と に もよ る。 それ は以 下 の よ う な事 態 等 へ の 対 応 と して で あ る こ と は指 摘 で き る ので あ る。 具 体 例 と して あ げれ ば、 マ ッカ ー サ ー に よ る 「日本 憲 法 は 自衛 権 を 否 定 せ ず 」 との声 明 発 表 、GHQに. よ る共 産 党 中央 委 員24人 の 追 放 指. 令 、公務 員 の レ ッ ド=パ ー ジを 閣議 決定 、第 二 次 米 国教 育 使 節 団 の来 日 と使 節 団 の報 告 書 提 出、 全 学 連 の レ ッ ド=パ ー ジ反 対 運 動 、 占領 下 諸 法 規 再 検 討 の権 限 を 日本 政 府 へ 委 譲 、 第1次 追 放 解 除(2,958人)、. 第2次 公職 追 放 解 除(13,906人)、. 対 日平 和 条 約 、 日米 安 全 保 障 条 約 調 印、 日. 米 行政 協 定 調 印 、 ポ ツ ダ ム政 令 廃 止 、 公 務 員 追 放 令 廃 止 、 メー デ ー 事 件 、 警 察 予 備 隊 を 保 安 隊 に改 組 、 池 田 ・ロバ ー トソ ン 日米 防 衛 会 談 、 総 理 大 臣 が 文 教 の 根 本 問 題 検討 を 文 部 大 臣 に要 望 等12)な ど あ る。 特 に戦 後 の思 想 的 事 件 と して最 大 な事 態 は、 共 産 主 義 思 想(赤 化 思 想)の 浸 透 や流 布 へ の恐 怖 に対 す る社 会 的 粛 清 と して 行 わ れ た レ ッ ド=パ ー ジで あ ろ う。 この 社 会 的 粛 清 事 件 を背 景 に政 府 ・与 党 ・文部 省 が愛 国心 教育 、 修 身 教育 復 活 の検 討 、 道 徳 教育 の 振 興 方 針 の 決 定 等 で 中央 集 権 的体 制 化 を整 備 しつ つ、 教 育 統 制 を 強 化 して い くこ と にな る。 教育 統 制 を 強 化 して い か な けれ ば な らい文 部 省 に対 して、 反 体 制 側 の 日教 組 は運 動 方 針 を 先鋭 化 させ て い く の で あ る。 そ れ は1950(昭. 和25)年. 度 の 日教 組 の運 動 方 針 の基 本 方 針 に鮮 明 に打 ち出 され て い. る。 そ の基 本 方 針13)は 以 下 の よ うに な って い る。. 「1.わ れ われ は闘 争 の最 大 力 点 を組 合 委 員 の 日常 闘 争 に お き、絶 え ず そ の 要 求 を 出 し、職 場 か ら地 区 ・府 県 ・中央 へ と発 展 させ て 闘 う。. 一17一.

(18) 近畿大学教育論叢. 2.わ. 第21巻 第2号(2010・2). れ わ れ は 、 中 央 ・地 方 の 統 一 を 組 織 を され に拡 大 強 化 して い くと と もに、 共 通 の 目標. に つ い て は で き る か ぎ り広 範 な協 同 闘争 を行 う。 3.わ. れ わ れ は、 労 働 組 合 と して の基 本 的権 利 と組 合 員 の 基 本 的 人 権 に加 え られ た諸 種 の 圧. 迫 を排 して 闘 う。 4.わ. れ わ れ は思 想 的 対 立 ・学 校 種 別 な どに よ る組織 の 動 揺 を 積 極 的 に克 服 して強 力 に 闘 い. を進 め る。」 と あ る。. 1950年 度 以 降 の 日教 組 の基 本 方 針 は ま す ま す政 治 闘争 の 路線 を 鮮 明 化 させ て 、 日本 の 独 立 ・ 平 和 ・民 主 化 運 動 を 労 働戦 線 の旗 印 に掲 げ、 職 場 闘争 を 繰 り広 げ て い く闘争 指 針 を うた い あ げ て い る。 政 治 闘争 路 線 を 全面 に打 ち 出 した の が1958年 度 の 基 本 方 針 で あ り、 中 国 の 共 産 党 主 義 思 想 を迎 合 す る こ とを成 文 化 して い る。 1953(28)年. 度 の 日教 組 の基 本 方 針14)は ま さ に教 育 闘 争 とい うよ り政 治 闘 争 で あ り、 プ ロ レ. タ リア ー トの革 命思 想 を 呼 び 起 こす か の よ うな 革 命 思 想 の 路 線 で あ り、 教 育 闘 争=政 治 闘 争 と い う闘争 方 略 も って、 も っ と も闘争 方 針 を 先鋭 化 させ た もの で あ る と指 摘 す る。 そ れ は以 下 の よ うな条 項 で 明 瞭 で あ る。. 「1日. 本 の平 和 と民 族 の独 立 を達 成 す る た あ、戦 争 政 策 、特 に再 軍 備 徴 兵 に反 対 し、平 和 擁. 護 ・中 立 堅 持 ・全 面 講 和 を 基 本 とす る条 約 の 改 正 、 安 保 条 約 ・行 政 協 定 の 廃 棄 を 主 軸 と し た民 族 独 立 運 動 を 広 範 に 組織 し、軍 事 基地 撤 廃 。外 国 軍 隊 撤 退 の た め 、 国 民 統 一 戦 線 を 結 集 して 闘 う。 2.全. 教 職 員 の 主 権 擁 護 、 労 働 条 件 の改 善 、 基 本 的 諸 権 利 の確 保 の た あ、 弾 圧 を は ね の けて. 闘 う。 3.再. 軍 備 を 基 と して フ ァ ッ シ ョの文 教 政 策 、 植 民 地 頽 廃 文 化 か ら こ ど もを 守 るた め 、 平 和. と独立 に 連 結 した 民 主 的 教 育 体 制 強 化 の た め に闘 う。 4.全. 組 合 員 の 意 識 と団結 を強 化 す るた あ 、 徹 底 した学 習 運 動 の展 開、 日常 闘争 の 強 化 、 反. 動 勢 力 に 対 抗 で き る救 援 体 制 の 整 備 拡 充 を は か る。 5.あ. らゆ る分 裂 活 動 を排 除 して 総 評 を 中 心 と した 全 労 働 戦 線 の 統 一 強 化 を は か る と と も. に、 労 働者 ・農 漁 民 ・市 民 ・学 生 ・文 化 人 ・青 婦 人 等 との組 織 的提 携 を速 や か に具 体 化 し、 統 一 行 動 によ る大 衆 闘争 を 強 化 して 闘 う。. 一18一.

(19) 戦後 の教育行政再編成 に伴 う教育政策 と歴史事情 に関す る一考察 一教育民主化政策 か ら中央集権体制移行期 の教育政策 の陥穽一. 6.国. 際 的 労 働 組 織 の 提 携 を強 化 して 闘 う。 国 際 労 働 の西 洋 偏 向 性 を是 正 し、 ア ジ ア諸 国 、. 特 に 中国 と の提 携 を 図 り、 世 界 の 労 働 組 織 と の情 報 交 換 ・交 流 を図 る。 7.日. 本 の独 裁 政 治 に反 対 し、 独 占資 本 擁 護 ・向米 一 辺 倒 の政 治 体 制 を 打 破 して 、 勤 労 大 衆. の 生 活 と平 和 を 守 り抜 く民 主 政 権 樹 立 の た あ に闘 う。」 とあ る。. 日教 組 の 政 治 闘 争 ライ ン に対 して 警 告 ・警 鐘 を 鳴 らす か の よ う に 「教 員 の 政 治 的 中立 性 維 持 に 関 す る答 申」 が 出 され る の で あ るが 、 文 部 省 の も う一 つ の ね らい は、 「教 育2法. 案 」 にお け. る 「義務 教 育 諸 学 校 にお け る教 育 の 政 治 的 中 立 の 確 保 に関 す る臨 時 措 置 法 」 の 円 滑 な 可 決 を 得 る た め の プ ロ ロー グで あ る と指 摘 で き るの で あ る。 また この 臨 時 措 置 法 の 背 景 に は、 昭 和27年 6月18日 に決 定 さ れ た 「教 師 の 倫 理 綱 領 」(日 教 組 ・第6回. 新 潟 大 会)の. 内容 に も関 係 して い. る と考 察 で き る。 特 に この倫 理 綱 領 に最 も厳 しい 批 判 を 加 え た の が 文相 の 大達 茂 雄(文 部 大 臣 就 任 期 間:昭 和28年5月21日. ∼29年12月10日)で. 、 教 師 の政 治 活動 を 禁止 す る法 的拘 束 力 の あ. る法 案 の必 要 性 を説 き、 日教 組 との対 決 路 線 が全 面 的 に打 ち 出 して い くの で あ る。. 3)「 教 育2法. 案 」 の 中 の 「義 務 教 育 諸 学 校 に お け る教 育 の政 治 的 中 立 の 確 保 に 関 す る臨 時措. 置 法 」 の政 治 的 意 図 昭 和29年2月9日. に 「義 務 教 育 諸 学 校 に お け る教 育 の政 治 的 中立 の 確 保 に 関 す る 臨 時 措 置. 法 」、 「教 員 公 務 員 特 例 法 の一 部 を改 正 」 案 要 綱 、 い わ ゆ る 「教 育2法 」 案 要 綱 が 閣議 で決 定 さ れ 、 同年2月22日. に衆 議 院 に提 出 され 、 同 年5月14日. に 参 議 院 文 教 委 員 会 で 、 修 正 可 決 され、. 同 月29日 に参 議 院 の修 正 案 に 同意 し衆 議 院 を通 過 し、6月3日. に公 布 され る こ と に な る。 しか. し、 この 法 案 に対 して 日教 組 や 教 育 関 係 諸 団 体 は反 対 表 明 を し、 同年3月14日. に 「振 替 授 業 闘. 争 」 を 実 施 した の で あ る。 そ の 事 由 は 「義 務 教 育 諸 学 校 に お け る教 育 の 政 治 的 中立 に確 保 に関 す る臨 時 措 置 法 」 の法 案15)に お い て、 法 的 規 制 と懲 罰 的規 制 が盛 り込 ま れ て い る こ と に あ る。 この法 律 の 目的 と罰 則 は以 下 の よ う にな って い る。. 「(この法 律 の 目的) 第1条. この法 律 は、 教 育 基 本 法(昭 和22年 法 律 第25号)の. 精 神 に基 づ き、 義務 教 育 諸 学 校. に お け る教 育 を党 派 的勢 力 の不 当 な影 響 又 は支 配 か ら守 り、 も って義 務 教育 の政 治 的 中立 を確 保 す る と と もに、 これ に従 事 す る教 育 職 員 の 自主 性 を擁 護 す る こ とを 目的 と. 一19一.

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