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タンパク質の結合が創発する集合知

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Academic year: 2021

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タンパク質の結合が創発する集合知

藤原郁子

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名古屋工業大学リサーチ・アドミニストレーション・オフィス

Abstract: 多くの生物のからだは多数の細胞が集合して構成されている。この細胞は更に無数のタンパク質で構成さ れており、その結合と解離に伴う化学反応や構造変化などの連鎖が細胞機能を制御している。しかし各タン パク質の結合と解離が細胞という個体を制御するまでには、まだ多くの未解明の反応機構がある。 今回は、細胞の形を担う骨格として必須のタンパク質である「アクチン」とその制御タンパク質に着目し て、細胞という 1 つの閉じた調和系の制御メカニズムを議論する。本研究の先にある大きな問いは、生きも のの定義とその正体とは何かを理解することである。

1.はじめに

ヒトの体は、約 600 兆個の細胞で組み立てられて いると言われる。細胞の多くは心臓や胃などの臓器 を構成する 1 員として、隣接する細胞と連携して臓 器の働きを担う。しかし、我々の体の中には単独で 活動する細胞も多く存在し、白血球のように自走し たり、赤血球のように酸素と二酸化酸素を輸送した りする細胞もある。このような独立かつ移動可能な 細胞は外部刺激を敏感に感知して自発的に形や移動 速度を変えて目的地に到達し、免疫活動などの役割 を果たす。興味深いことに、細胞は脳のような指揮 系統を持たないにも関わらず、外部刺激と周囲の状 態(環境)に対してどのような対応を取るべきなの か、またこの対応が目的達成の妨げにならないのか を自発的に対応している。この細胞の自発性は、ど こから生じてくるのだろうか?今回は、細胞という 意思を持たないタンパク質の集合体が、あたかも知 性を持つように調和して活動する現象について、細 胞の骨格を司るタンパク質に着目して述べる。

1.1 細胞は多種のタンパク質の集合体

細胞は膜によって外部との境界を持ち、内部にミ トコンドリアや核などの小器官を備えている。前節 を踏まえていうならば、ヒトと臓器の関係である。 同様に、細胞内のタンパク質には器官に属さず、そ れ自身で細胞内を漂ったり細胞膜付近など特定箇所 に集中的に存在するタンパク質もある。 これらタンパク質の機能を調べる研究手法は主に 2 手法に分かれる(図 2)。1)タンパク質を精製して、 その振る舞いを調べる方法で、各タンパク質が持つ 固有の性質を調べることができる。2)細胞中にある タンパク質の振る舞いを観察して調べる方法で、多 図 2.タンパク質の挙動と生体活動の相関を調べ るための主な研究手法を 2 つ示す。 図 1.ヒトのからだの構成要素を示す。臓器、 細胞、細胞はタンパク質の集合体でできている

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様なタンパク質が混在する「社会」の中で、他のタ ンパク質の影響も受けながらの挙動を調べる研究で ある。どちらの研究手法も、意思のないタンパク質 が細胞として調和を保ち、自発性を与えていくのか を理解するために必須の研究手法である。

1.2 細胞の骨格を司るタンパク質「アクチ

ン」の動きは動的かつ統合されている

細胞は非常に柔らかいとはいえ、自身の形を保ち、 また自分を包む細胞膜を押し上げるための骨格を持 つ(図 3)。しかし、白血球のように移動する細胞は形 を柔軟に変えねばならず、自身の骨格を常に再編成 する必要がある。そこで細胞はどのように形を変え つつ自身の骨格を保持するのかという問いになる。 次に、その答えとして細胞骨格を司る 3 つのタンパ ク質のうち最も多量にあるアクチンについて述べる。 アクチンは直径 5nm の球状のタンパク質で、1942 年に筋肉より精製された。塩を加えてイオン強度を 上げると、アクチン同士が結合してモノマーからポ リマーになり(重合)、2 重らせんのフィラメントを形 成する。塩を透析等で除くとフィラメントからモノ マーに戻る(脱重合)。アクチンフィラメントは両端 で性質が異なり、一端(B 端)は重合・脱重合が共に速 くダイナミックだが、他端(P 端)では非常に緩やかに 重合・脱重合する。これらの知見は精製アクチンを 用いた実験で明らかにされたが、これに加えて細胞 の先端を光学顕微鏡で観察することでアクチンの重 合・脱重合が細胞膜を押し出し、細胞を前進させる 機構も明らかになった(図 3 C と D)。アクチンの重合 が細胞膜を押すには、細胞膜と B 端の境目にアクチ ンモノマーが入り込む機構は世界の科学者に大きな 衝撃を与えたが、アクチンは直径 5nm と小さいため、 細胞膜と B 端の空間に潜り込むことは難しいことで はない。さらに細胞膜付近のアクチンフィラメント の様子を電子顕微鏡で見ると、殆どのアクチンフィ ラメント(Fig.4 の白い繊維状の構造物)の端が細胞膜 に直角に向いていることが分かった[1] (図 4, 右斜 図 4. 膜付近の電子顕微鏡画像を示す。多数の線 維構造はアクチンフィラメントであり、画面右上 の黒い部分は細胞の外側である。細胞内外の境目 にある細胞膜に対してほぼ直角にアクチンフィ ラメントの B 端が向いている。アクチンフィラ メントは 2 重らせんのため、らせんの向きから B 端が判別可能であり、赤丸印で B 端を示す[1]。 図 3. 細胞の前進メカニズムを示す。(A)多数のア クチンフィラメントが細胞の膜付近に存在し、 (B)細胞が前進する箇所で新しいアクチンフィラ メントが形成される。(C と D)上記 C の拡大図。 速伸長端(B 端)と膜との隙間にアクチンモノマー が入り込細胞膜を押し出す。

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図 5. 精製タンパク質を混合、光学顕微鏡で実時間観察した結果を示す。(A) 観察チャンバーへの各タン パク質の導入順序を示すイラスト。(B)アクチンフィラメントの重合・キャップ・重合回復の顕微鏡画像(矢 印は各アクチンフィラメントの B 端)。(C)アクチンフィラメントの経時的長さ変化を示す。Capping protein により B 端の伸長阻害が CARMIL(CAH3)添加後に重合を再開する時間経過のプロットを示す[3]。 め上の黒い背景との境界)。これは先ほどの光学顕微 鏡による細胞膜付近のアクチン観察結果を裏付ける データである。なお、アクチンの重合・脱重合を阻 害する薬品を細胞に加えると細胞運動が停止したこ とからアクチンが細胞移動の動力源であることが示 された。しかし、アクチンの重合・脱重合が、細胞 の自発的な動きをどのように制御しているのだろう か? アクチンには、約 100 種類ものタンパク質によっ て、その重合・脱重合が制御されていることが知ら れている。細胞の膜には、このアクチンフィラメン トの B 端の重合を更に速めるタンパク質 Formin(フ ォルミン)や Ena/VASP(イーナ/バスプ)が見つかっ ている。しかし細胞が 1 つの集合体(生きもの)と してスムーズかつ迅速に前進運動を制御するために、 個々のタンパク質は互いを認識し協働しているのだ ろうか?それとも各自で結合・解離を繰り返してい るだけなのだろうか? そこで、細胞膜付近のアクチンフィラメント B 端 に結合するタンパク質の機能が、細胞の自発的移動 に意思決定をしているのかどうか、筆者らは、B 端 を制御する 2 つのタンパク質 Capping protein(キャッ ピングプロテイン)と CARMIL(カーミル)について、 精製タンパク質を用いた手法と細胞内の振る舞いの 両方の手法で調べた。なお、本論文では CARMIL を CAH3 と表記することもある点を留意願いたい。

2. 結果:アクチンフィラメント重合

は複数のタンパク質の協働により制

御されている

筆者らは、精製した Capping protein は一度アクチ ンフィラメントの B 端に結合すると 30 分は解離し ないが、細胞内ではわずか 3~7 秒で解離することに 着目し、Capping protein を制御するタンパク質であ る CARMIL を発見した[2]。これらの精製タンパク質 を用いてアクチンフィラメントの重合がどのように 変化するかを光学顕微鏡で観察した。まず Capping protein を加えるとアクチンフィラメントの B 端が塞 がれて、アクチンの重合が止まった(Fig,5, STEP3)。 その後 CARMIL を加えると、瞬く間にアクチンフィ ラメントの重合が回復した(図 5, STEP6)。重合回復 す る ア ク チ ン フ ィ ラ メ ン ト の 割 合 と 添 加 し た

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CARMIL 濃 度 が 比 例 し た こ と か ら 、 CARMIL が Capping protein に直接作用していることを示された [3]。また、加速された Capping protein の解離速度は 細胞内で観察された値とほぼ一致した(~10 秒)。興味 深いことに CARMIL と Capping protien を予め混ぜて 結合させて複合体にしてから(CP: CARMIL)重合中 のアクチンフィラメントに加えると、アクチンの重 合速度が低下した[5](図 6)。ほぼ時を同じくして構造 解析によって CARMIL は Capping protein の背後に結 合し、アクチンフィラメントからの解離を促進する 機構が明らかになった[5]。更に、細胞を光学顕微鏡 で観察して細胞膜付近における CARMIL と Capping protein の局在を観察した。すると Capping protein は 細胞膜が突出しても縮退しても、常に付近に存在し ていたが、CARMIL は突出時にのみ多く存在してい た[5] (図 7)。以上の結果をまとめると、細胞膜付近 のアクチンフィラメントの B 端は Capping protein に よって強固に塞がれたとしても、CARMIL が重合を かいふくさせる。しかし、CARMIL と Capping protein が一度結合して複合体となって作用すると、アクチ ンの重合速度を抑える因子として機能する。 今回の結果は、タンパク質の単純な結合・解離の 重ね合わせが細胞膜のダイナミックな波状運動を絶 妙に調節することを示すとともに、細胞が自発的に 動く駆動力は意思をもたない単純なタンパク質のネ ットワークによって生じることができることを示す。

まとめ

タンパク質はそれ 1 つだけでは、細胞を動かすこ とはできない。複数のタンパク質の結合と解離がリ レー(協働)されて高次の細胞運動へと発展させて細 胞を制御している。タンパク質の機能は決まったパ ートナーと結合すること、また濃度依存性の正確さ から生体分子機械と言われる。しかし、人間の作っ た機械と大きく異なる点は、「ゆらぎ」に代表される ようにタンパク質が周囲の環境を巧みに利用するこ とである。人工機械は周囲の環境に依らず正確な On/Off を行うが、タンパク質は環境変化を利用して On/Off を行うことで省エネルギーで迅速な反応を可 能にする。このようなタンパク質の集合体が、細胞 に調和のとれた活動させるに至る、その制御機構は 未だ謎であり、今日も世界中の研究者が解明に向け て研究に取り組んでいる。 我々の社会においても同様の現象を見ることがで きるように思う。人や物の無意識の発言や接触がネ ットワークを生じさせて社会に流れを起こし、社会 全体の意思決定へつながるのではないだろうか。細 胞との大きな違いは、ヒトはタンパク質とは違って、 各人で複数意見や不特定の交流を持ち、常に更新さ れていくことである(タンパク質はパートナーが決 まっている)。意見、関係が常に更新されるヒト社会 では、外部刺激に対する反応の数や応答レベルも毎 回異なる。この多様性がヒト社会をより複雑にして 細胞以上に対応に時間を要する一方、世代を超えて 持続可能な、しなやかで調和の取れた社会を構築可 能にするのであろう。

謝辞

今回の発表にあたり、お力添えを賜った名古屋工業 大学の白松俊博士、秀島栄三博士に心より感謝する。 本研究の一部は科研費( 15K21106)の助成による。

参考文献

[1] Narita A, Mueller J, Urban E, Vinzenz M, Small JV, Maéda Y.: Direct determination of actin polarity in the cell, J Mol Biol.Vol.5, pp,359-368, (2012)

[2] Jung G, Remmert K, Wu X, Volosky JM, Hammer JA 3rd.: The Dictyostelium CARMIL protein links capping protein and the Arp2/3 complex to type I myosins through their SH3 domains., J Cell Biol. Vol. 7., pp.1479-1797.(2001)

図 7. 細胞内の Capping protein と CARMIL の局在 を光の強度で示す。膜の突出・縮退に関わらず、 Capping protein は 常 に 膜 付 近 に 局 在 す る が 、 CARMIL は膜が突出する時にのみ局在する[5]。 図 6.アクチン フィラメント の長さの時間 変化を示す。 CP:CARMIL 複合体は一時 的に B 端を塞 ぐ因子として 濃度依存的に 重合を阻害す る[5]。

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[3] Fujiwara I, Remmert K, Hammer JA 3rd.: Direct observation of the uncapping of capping protein-capped actin filaments by CARMIL homology domain 3, J. Biol. Chem. Vol.4, pp.2707-2720, (2010)

[4] Takeda S, Minakata S, Koike R, Kawahata I, Narita A, Kitazawa M, Ota M, Yamakuni T, Maéda Y, Nitanai Y.: Two distinct mechanisms for actin capping protein regulation--steric and allosteric inhibition, PLoS Biol. Voi.7, p. e1000416, (2010)

[5] Fujiwara I, Remmert K, Piszczek G, Hammer JA.: Capping protein regulatory cycle driven by CARMIL and V-1 may promote actin network assembly at protruding edges, Proc Natl Acad Sci U S A. Vol.19, pp.E1970-E1979, (2014)

図 5.  精製タンパク質を混合、光学顕微鏡で実時間観察した結果を示す。(A)  観察チャンバーへの各タン パク質の導入順序を示すイラスト。 (B)アクチンフィラメントの重合・キャップ・重合回復の顕微鏡画像(矢 印は各アクチンフィラメントの B 端)。 (C)アクチンフィラメントの経時的長さ変化を示す。 Capping protein により B 端の伸長阻害が CARMIL(CAH3)添加後に重合を再開する時間経過のプロットを示す[3]。 め上の黒い背景との境界)。これは先ほどの光学顕微 鏡による細胞膜付
図 7.  細胞内の Capping protein と CARMIL の局在 を光の強度で示す。膜の突出・縮退に関わらず、 Capping  protein は 常 に膜付近に 局在するが、 CARMIL は膜が突出する時にのみ局在する[5]。 図6.アクチンフィラメントの長さの時間 変化を示す。 CP:CARMIL複合体は一時的にB端を塞ぐ因子として濃度依存的に重合を阻害する[5]。

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