機関リポジトリの発展に向けて : 現状と課題
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(2) ディジタル技術の発展に伴い、それを利用して大学の研究成果をいっそう迅速かつ広範 に普及させることへの期待が高まっている。しかし現実は以下の状況を呈している。 ・「学術雑誌の危機」と呼ばれる、雑誌価格が大学側の購買力を超えて上昇し、その結果 購読がキャンセルされる(そして購読数の減少がさらなる価格上昇を招く、という悪循 環が生まれる)事態が解決されていない。電子ジャーナルの登場によって印刷、製本、 配送の経費が不要となり、価格高騰が抑制されるという期待があったが、冊子体との セット販売がそれを裏切った。 ・インターネット上で研究者が個人的に研究成果を公開することは多い。だが、種々の ウェブサイトに情報が散らばり、他の研究者がそれを発見するのが困難である場合が ある。 つまり、ディジタル技術の発達は学術コミュニケーションの発展に必ずしも結びついて いない面がある。そうした状況を打破するために、機関リポジトリは大学の学術的生産物 ―雑誌掲載論文、そのプレプリント、研究報告書やモノグラフといった灰色文献など―を ディジタル形式で収集し、内外からのアクセスに供する。同時に、OAI-PMH 12によって 各々のリポジトリが相互運用性を備え、地球規模のネットワークを形成することを目ざす。 (2)大学のステータスや評価を高める。 現在、大学には研究成果への説明責任が求められ、また、成果による大学間競争が激化 しつつある。そうした状況において、機関リポジトリは大学の研究成果の指標となり、そ の評価の向上に貢献する。機関リポジトリの提唱者の一人であるR.Crow氏はこの点がその 「直接かつ当面の利益」であると述べている 13。 (3)ディジタル情報の永続的保存の役割を担う。 ディジタルの学術情報を保存することは重要な問題として認識されている。しかし、自 ら作成した情報をその生存期間を超えて個人が管理することはもとより不可能である。ま た、プレプリントの伝統のある分野では、その分野独自のリポジトリを構築している場合 があるが、それらは熱意のある個人やボランティアに運営が大きく依存している場合が多 く、やはり長期的観点からは管理に不安が残ると言われている。さらに、商業出版社には 倒産の危険性や、学術情報が商業的に価値を失った場合の保存のインセンティヴの問題が あり、彼らが保存の役割を担うのは適切でないとしばしば指摘される。 一方、機関リポジトリには大学という組織的な後ろ盾があり、また、学術情報をそれが 持つ商業的利害ではなく上記(1)や(2)の実現のために管理したい、という動機もある。そ れゆえ、機関リポジトリは大学のディジタル形式の学術的生産物を永続的に保存するのに より適した存在として、その責任を負う 14。 3.機関リポジトリの現状 3.1 実例. -2-.
(3) 日本国内においては、機関リポジトリ構築の機運は高まりつつあるものの、2.1 の定義 に該当する実例は、本稿執筆時点では前述の千葉大学の例があるのみである。また、NII は「メタデータ・データサービス共同構築事業 15」において国内の大学の学術情報資源の メタデータを集積し、それらをコンテンツポータルGeNiiによって内外に提供している。 OAIの枠組みで考えれば、千葉大学の例をデータプロバイダ、NIIのそれをサービスプロ バイダであると捉えることができる(注 12 参照)。 海外の代表的な機関リポジトリの実例やソフトウェア、あるいは各国のプロジェクトに ついては注 3 および注 4 に挙げた文献が詳しく扱っている。ここでは代表例をそれぞれ 3 点ずつ手短に表 1~3 で示す。 表 1 代表的な機関リポジトリ 名称(大学)、URL. 特徴. DSpace(マサチューセッツ工科大学). 2002 年設置。「コミュニティ」と呼ばれる学部や研究所な. https://dspace.mit.edu/index.jsp. どの参加主体ごとにコンテントを組織化し、異なるコミ ュニティのニーズに対応する。ソフトウェアは DSpace。. eScholarship Repository(カリフォルニア大学). 2002 年設置。ピアレビューされたコンテンツが明確に区. http://repositories.cdlib.org/escholarship/. 別されている。CDL(California Digital Library)が管理。 ソフトウェアは bepress。. Caltech CODA(カリフォルニア工科大学). 2000 年設置。カリフォルニア工科大学の各リポジトリの. http://library.caltech.edu/digital/. 集合体。ソフトウェアは EPrints。. 表 2 代表的なソフトウェア 名称、URL. 特徴. DSpace. マサチューセッツ工科大学とヒューレット・パッカード社の共同開発。2002 年リリ. http://dspace.org/index.html. ース。背景の異なる多様な分野から成る機関リポジトリを想定しているため、参加 者の個々の実情に合わせたシステムのカスタマイズが可能。DSpace 連合を結成し、 各大学の知的資源を包括的に利用可能とすることも目ざす。オープンソース。. EPrints. サウザンプトン大学が開発。ver.1 が 2000 年にリリース。ver.2(2002 年)からは GNU. http://software.eprints.org/. プロジェクト(1984 年に開始された、Unix に似たフリーソフトウェアの完全なオペ レ ー テ ィ ン グ シ ス テ ム を 開 発 す る た め の プ ロ ジ ェ ク ト )に 参 加 し て お り 、 GNU EPrints という名称が用いられることもある。オープンソース。. bepress. カリフォルニア大学バークレー校の 3 人の教授が創設したソフトウェア会社 the. http://www.bepress.com/. Berkeley Electronic Press (bepress)によって開発された商用ソフトウェア。2002 年の eScholarship が初の実装。2004 年に ProQuest 社とパートナーシップを結ぶ。. 表 3 各国のプロジェクト 名称(国名)、URL FAIR(Focus. on. Access. to. 特徴 Institutional. 情 報 シ ス テ ム 合 同 委 員 会 ( JISC, Joint Information. Resources)Programme(英国). Systems Committee)の助成によるプログラム。OAI-PMH. http://www.jisc.ac.uk/index.cfm?name=programme_fair. などの、コンテンツの開示や共有のメカニズムの研究を 目的とする。14 のプロジェクトで構成される。2002 年 8. -3-.
(4) 月から 2005 年 7 月まで。 CARL Institutional repository Project(カナダ). カナダ研究図書館協会による、機関リポジトリのパイロ. http://www.carl-abrc.ca/projects/ir/. ット・プロジェクト。カナダの複数の研究図書館で機関 リポジトリを実装し、カナダが学術出版革新の先端に位 置し続けることを目ざす。2002 年から。. DARE(Digital Academic Repositories)(オランダ). オランダの各大学やオランダ国立図書館などによる、全. http://www.darenet.nl/en/. 国規模の分散リポジトリ構築計画。オランダの全ての研 究成果をリポジトリに登録することを目ざす。2003 年か ら 2006 年末まで。. 3.2 統計 次に数字から機関リポジトリの現状を捉えてみたい。2004 年に英国のコンサルタント M.Ware氏は以下のような調査結果を報告している 16。 ・2004 年の 1 月から 6 月の間に、カリフォルニア工科大学のリポジトリ CODA へのア クセスは 107%増加したものの、そのレコード数は 7%しか増えていない。つまり、機 関リポジトリに対する利用者の関心は増しているが、コンテンツがそれに追いついて いない。 ・45 の機関リポジトリを分析したところ、それらが含むドキュメントの総数は 42,700 であった。発足後間もないものを除いて平均値を取ると一機関あたり 1,250 ドキュメ ント、メディアン(中央値)は 290 であった。すなわち、たいていの機関リポジトリは 発展の初期段階にあり、比較的長い歴史を持つものでさえ、これまでのところ機関の 研究成果のわずかな部分しか収集していない。 また、同氏は機関リポジトリに含まれているのは主に物理学、数学、コンピュータサイ エンス、経済学などの資料であり、医学や臨床科学領域のものが少ない点を挙げ、機関リ ポジトリには主題の偏りがあると指摘している。さらに、69 の出版社から寄せられたアン ケート結果では、機関リポジトリは深刻な影響を出版に及ぼさないという回答が 74%と多 数を占めたことを紹介している。 以上の調査結果を基に、機関リポジトリについて、学術出版の改革をそれが先導してい ることを示す根拠はほとんどないと Ware 氏は結論づけている。この結論は正しいと言わ ざるを得ない。この先機関リポジトリが隆盛を見るかどうかの判断は保留するにしても、 世界的に見てもそれが緒に就いたばかりであるということは少なくとも明らかである。 では、機関リポジトリの発展のためには何が必要だろうか。以下でこの点を議論したい。 4.機関リポジトリの発展に向けて―課題と対策― はじめに述べたとおり、その設置、設置後の拡充、さらにその後に及ぶディジタル情報 の長期保存、という三つの観点から考察する。 4.1 設置―財政基盤確立の重要性―. -4-.
(5) 機関リポジトリの設置に当たり必要になることとしては、例えば以下が挙げられる 17。 ・設置についての学内の合意形成。機関リポジトリの概念、目的、メリット、など。 ・運用に関する取り決め。担当部局、登録資格、登録対象となるコンテンツ、など。 ・運用体制の整備。著作権調査、学部や研究者への広報、などの確立。 上に加えて、本稿では、財政基盤確立の重要性を以下で特に指摘しておきたい。機関リ ポジトリの費用は決して安いものではないからである。 コストを算出した例はこれまでにいくつかある 18。ここでは英国下院の科学技術委員 会によるものを取り上げる。機関リポジトリの重要性を論じた報告書「科学出版、だれにで も無料?」の中で、上記委員会は機関リポジトリにかかる継続的なメンテナンスのコストを 表 4、5 のとおりとしている 19。 表 4 インストールのコスト サーバ ソフトウェア. 表 5 継続的なメンテナンスのコスト(3 年間). 1,500 ポンド. 技術的サポート. ムが負担する. 0(フリー ソフトウェアを使用). インストール(5 日間). 大学に既存の IT システ. アーカイブ. 600 ポンド. 90,000 ポンド. アップグレード、マイグレ. カスタマイズ(15 日間). 1,800 ポンド. ーション. 計. 3,900 ポンド. ディジタル形式での保存 計. 3,900 ポンド かなりの額に上る 93,900 ポンド. それらによれば機関リポジトリのコストは、インストールにかかるものが 3,900 ポンド。 継続的なメンテナンスにかかるものが、ディジタル形式での情報の保存に関するものを除 いて、3 年間で 93,900 ポンド(すなわち 1 年間に 31,300 ポンド)であり、1 ポンド 200 円 として換算すれば、インストールが 78 万円、メンテナンスが年間 626 万円となる。英国 の高等教育機関の総支出との比率で考えればこの数字はきわめて小さなものである、と上 記委員会は結論している 20。 しかし見逃してはならない点は、この計算ではディジタル情報の保存にかかる費用が除 外されている点である。それは単にストレージだけでなく、権利処理、プロプライエタリ なフォーマットの管理、メタデータ作成、などのコストから成る。だがそれらが全体でど れだけの額になるのかを明らかにした研究はまだ存在しない。それゆえ、上表でもそうし た費用は「かなりの額である(Significant costs)」とされるだけで、具体的な数値は示されて いない。数値化ができないというこの問題を、上記委員会は「電子資源すべてに当てはまる ものであり、単に機関リポジトリだけのものではない 21」として切り抜けようとしている。 しかし、問題が機関リポジトリに限られないものであるからといって、機関リポジトリが それを考慮せずに済む話ではない。 しかも、2.2 で述べたように、機関リポジトリはディジタル情報の保存活動を永続的に 担うゆえ、いったんそれが設置された後は予算は継続的に確保されなければならない。 「『600 万円余り+ディジタル情報の長期保存にかかる金額』を毎年、経常的に調達する」. -5-.
(6) ―設置者はこれを安上がりとは決して言い切れない負担になると考えるべきであり、確固 たる財政基盤を確保しておく必要があるだろう。 4.2 拡充―コンテンツ増加のために― 多くの研究者が自らの成果を登録することが機関リポジトリの拡充には不可欠である。 だが資料の登録が増えるのを妨げる要因として以下のものが存在する。 (1)研究者の技術的、時間的制約。情報リテラシーの程度は研究者によって差があり、 研究成果をリポジトリに自ら登録することが困難な場合がある。また、情報技術に明 るい研究者も、通常の研究時間を割いてコンテンツをリポジトリに登録する時間がな い場合が多い。 (2)研究者の権利上の制約。雑誌掲載論文の著作権はほとんどの場合出版社に帰属する。 それゆえ機関リポジトリへのそれらの登録を研究者自身が自由にできない。 (3)研究者の動機が弱い。権威のある既存の学術雑誌への論文掲載が多くの研究者にと って最大の関心事であり、機関リポジトリに対する彼らの関心は低い。 これらへの対策を実例も参考にしながら以下に述べる。 (1)については、リポジトリの担当部局(多くの場合図書館)が研究成果登録の仲介をす る。例えば英国のグラスゴー大学のリポジトリでは、著者自身による登録(書誌事項の付与 などにある程度時間を割かねばならず、また、ファイルフォーマットについての一定の知 識も必要になる)の他に、それが可能である。研究者は論文のタイトル、掲載雑誌名、その 他簡単な書誌事項をEメールでリポジトリに伝えるだけでよい。その後、規定のフォーマ ットへのドキュメントの変換、件名標目やその他メタデータの割り当て、あるいは知的所 有権に関する情報の提供および出版社との交渉、などを担当者が代行する 22。 (2)については、例えば、雑誌掲載後一定の期間を置いた上で掲載論文をリポジトリに 登録することを認めるという方向で出版社と交渉する。 だがこの問題に関しては状況が変わりつつあり、雑誌掲載論文を個人や所属機関のウェ ブサイトで公開することを認める出版社も増加している。最も有名な例はエルゼビア社で あろう 23。同社は 2004 年に上の方針を表明し、同社の許諾を必要とせずに雑誌論文と同 じ内容のファイルを論文の著者が機関リポジトリなどで公開することを可能とした 24。 ただし、これには掲載雑誌に掲載されたバージョン(すなわちPDFやHTMLファイル)の公 開は認めない、ScienceDirectにある掲載雑誌のホームページもしくは出版された論文の DOIへのリンクを張らなければならない、などの制限がある。また、個人もしくは所属機 関のウェブサイト以外での公開は認めないという条件も付いているため、それら以外のデ ータベースには許諾なしに登録することはできない。 それゆえこれについては、オープンアクセス運動の著名な論者の一人S.Harnad氏が「出 版社からこれ以上を求めることなどできなかったであろうし、これだけでオープンアクセ スの恩恵を十分に受けることができる 25」と評価する一方で、機関リポジトリでの公開は 単にエルゼビア社の広告として作用するだけである、他データベースへの登録ができなけ れば第三者が論文を発見するのは結局困難である、といった批判の声もある 26。機関リ. -6-.
(7) ポジトリの側により有利な条件が整うように交渉すべき点は依然残っている、と言える 27。 (3)については、著者にとっての機関リポジトリへの登録のメリット―掲載誌購読者に それまで読者が限られていた研究成果へ(基本的に)無料でアクセスすることが可能になり、 また、研究者個人によるウェブ上での公開よりも情報の発見が容易になると考えられてい るため、研究成果がより多くの人々に届くことになること 28―をアピールする。 だがより急進的な方策は、研究成果の機関リポジトリへの登録を義務化してしまうこと であろう。2004 年 6 月に英国下院の科学技術委員会がそのような勧告を実際に行ってい る。前掲の「科学出版、だれにでも無料?」において、研究者個々人は権威のある学術雑誌に 論文を載せることに関心があり、機関リポジトリで論文を公開する動機は弱いという事実 を同委員会は指摘し、研究費支給の条件として所属機関のリポジトリへ論文を寄託し、オ ンラインで無料公開するよう、英国研究会議(Research Councils UK) や他の公的機関が 研究者に命じることを勧告した 29。 しかし同年 11 月、英国政府はそれを拒否した。科学技術委員会がこれを非難する一方 で、刊行雑誌に収入を頼る多くの学会が守られたとして、英国王立協会(The Royal Society) は政府を支持している。また、英国研究会議は、政府の反応は同会議が科学技術委員会の 勧告を履行することを妨げるものではないことを強調した上で、態度を保留している (2005 年の上半期中には方針を決定するとしている) 30。 研究活動の自由を妨げる恐れもあるため、登録の義務化は簡単に実行できるものではな い。だが、ドラスティックな上記勧告の顛末は注目に値する前例となることが必至であり、 事態の推移を見守る必要がある。 4.3 ディジタル情報の長期保存―機関リポジトリに特有の論点を中心に― 機関リポジトリの歴史はまだ浅いため、これまでは海外においても、その設置と拡充に 主たる関心が寄せられてきた。だが、徐々にではあるが機関リポジトリによるディジタル 情報の保存についても研究が蓄積しつつある 31。ディジタル情報の長期保存についての 一般的総論は他に譲り 32、ここでは機関リポジトリに特に固有の問題について述べるこ とにする。 (1)保存の対象となるコンテンツは何か 機関リポジトリがディジタル情報保存の役割を担うことは 2.2 で述べたとおりである。 だが、そのコンテンツをすべて保存の対象とするべきか、あるいは取捨選択を行うべきか、 という議論は、ありうる。例えば、あるコンテンツが雑誌掲載論文の場合、現状では、そ れは掲載雑誌のバージョンと完全に同じものではないだろう(4.2 参照)。そのような「似て 非なるもの」を保存することはコストの無駄ではないだろうか、という疑問は決して的外れ なものではない。 このような議論に対して、JISCによるレポート「Eプリントの保存の実行可能性と要件 に関する研究」では、保存対象となるコンテンツの基準として以下の五つが提案されている 33。 ・E プリント(リポジトリに登録されたディジタル版の学術論文(プレプリントあるいは. -7-.
(8) 雑誌掲載論文))が正式な雑誌記事よりもアクセスの利便性に優れている場合。 ・E プリントが他の研究者に引用されている場合。 ・E プリントが他には記録されていない固有の情報を含んでいる場合。 ・E プリントが研究記録の重要な一部を形成している場合(例えば、E プリントがある重 要な研究の草案である場合など)。 ・E プリントが、保存の価値があるとみなされる、より広範なコレクションの一部を形 成している場合。 E プリント以外の種類のコンテンツに上の基準は言及していないが、保存の対象となる 条件として、他の研究活動に使用されているものであること、それ自体に固有の情報を含 むものであること、などを提案している点は大いに参考になると思われる。 (2)フォーマット―コンテンツ登録のしやすさとの兼ね合い― 機関リポジトリの場合、コンテンツのフォーマットについて、保存のしやすさと登録の しやすさのバランスが問題となる。 ディジタル情報の保存のためには、標準化されたフォーマットに限定してリポジトリが コンテンツを受け入れる方が、プロプライエタリなものも含む多様なフォーマットを受け 入れるよりも都合がよい。技術の進展に伴うプラットフォーム間の情報の移行がスムーズ に可能であり、その際の情報損失の恐れも少ないからである。ところが、既に述べたよう に機関リポジトリはまだ緒に就いたばかりであり、その拡充のためにはコンテンツ登録の 障壁をできるだけ少なくする必要がある。そのためには、フォーマットについても制限を 設けずに多様なものを受け入れるのが望ましいことになる。両者の兼ね合いが難しいので ある。 実際にフォーマットがどのように管理されているか例を挙げておく。マサチューセッツ 工科大学のDSpaceはフォーマットの種類によって登録を制限することはしない。だが登録 されたファイルは “supported”(完全なサポートを受けるもの)、 “known”(認識はされるが 完全なサポートを受けないもの)、 “unsupported”(認識されないもの)の三種類に分類され る。将来的にもアクセスが可能であることを保障されるのは第一のもののみである。仕様 やコードが公開されていないプロプライエタリなフォーマットは、たとえそれが広く普及 しているものだとしても、“known”に分類されるにとどまる 34。研究者はどのようなフォ ーマットでもコンテンツを登録できるが、保存を念頭に置くのであれば、サポートを受け るものを選択する必要があるわけである。コンテンツの保存と拡充を両立させようとする 方策のひとつとして参考にできるだろう。 5.おわりに 研究成果を迅速かつ広範に普及させると同時に、それによって大学の評価も高める。か つ、ディジタル情報の永続的保存の役割を担う。既に述べたこのような利点の一方で、機 関リポジトリには以下のような危惧も指摘されている。 ・機関リポジトリによって学術成果へのアクセスが無料で可能になれば、学会誌の購読. -8-.
(9) 数が減り、そこからの収入に運営を頼る多くの学会の存続が脅かされるのではないか 35 。 ・研究者自身で管理するのが通例である研究成果を大学当局が支配するための道具とし て機関リポジトリが利用されるのではないか 36。 ・機関リポジトリの運営が行き詰った場合、コンテンツへのアクセスや、あるいはコン テンツそのものが失われてしまう。また、そのことはディジタル資料に対する不信感 をも生むのではないか 37。 これらは現実化すれば学術の発展に重大な支障を来たす恐れがあり、決して軽視できな い。だが現時点ではそれらを心配するよりも、機関リポジトリの発展に向けて歩を進める のが先決であろう。その際、出版社との交渉、研究者への広報、海外の事例の検討などに おいて、図書館の果たす役割も大きいものと思われる。 謝辞 4.2 の執筆に当たって、英国の DAEDALUS プロジェクトマネージャーMorag Greig 氏 から私信を通じて非常に有益な情報を頂いた(注 22 参照)。この場を借りて感謝の意を表し ます。 国立情報学研究所. “学術機関リポジトリ構築ソフトウェア実装実験プロジェクト”. (オ ンライン), 入手先<http://www.nii.ac.jp/metadata/irp/index.html>, (参照 2005-04-12). 2 “千葉大学学術成果リポジトリ CURATOR”. (オンライン), 入手先 <http://mitizane.ll.chiba-u.jp/curator/index.html>, (参照 2005-04-12). 3 最低限踏まえるべきものを 3 点だけ挙げる。 国立情報学研究所. 学術機関リポジトリ構築ソフトウェア実装実験プロジェクト報告書. 2005. 入手先<http://www.nii.ac.jp/metadata/irp/NII-IRPreport.pdf>, (参照 2005-04-12). 国立大学図書館協議会 図書館高度情報化特別委員会ワーキンググループ. 電子図書館の 新たな潮流―情報発信者と利用者を結ぶ付加価値インターフェイス―. 2003. 入手先< http://wwwsoc.nii.ac.jp/anul/j/publications/reports/74.pdf>, (参照 2005-04-12). 文部科学省研究振興局情報課. 学術情報発信に向けた大学図書館機能の改善について(報 告書). 2003. 入手先<http://wwwsoc.nii.ac.jp/anul/j/documents/mext/kaizen.pdf>, (参照 2005-04-12). 4 代表的なものを 3 点だけ挙げる。 尾城孝一, 杉田茂樹, 阿蘓品治夫, 加藤晃一. 日本における学術機関リポジトリ構築の試 み―千葉大学と国立情報学研究所の事例を中心として―. 情報の科学と技術. vol. 54, no. 9, 2004, p. 475-482. 高木和子. 世界に広がる機関レポジトリ: 現状と課題. 情報管理. vol. 47, no. 12, 2005, p. 806-817. 高木和子. 機関レポジトリ. 情報管理. vol. 46, no. 6, 2003, p. 405-411. 5 例えば以下を参照。 Ware, M. Institutional repositories and scholarly publishing. Learned Publishing. vol. 17, no. 2, 2004, p. 115. available from<http://www.zen34802.zen.co.uk/Institutional_Repositories_-_Learned_Publishin 1. -9-.
(10) g_Apr2004.pdf>, (accessed 2005-04-12). 6 Crow, R. The Case for Institutional Repositories: A SPARC Position Paper. Release1.0. Washington, D.C., The Scholarly Publishing and Academic Resources Coalition, 2002, p. 5. available from<http://www.arl.org/sparc/IR/IR_Final_Release_102.pdf>, (accessed 2005-04-12). 7 以下の文献の第 2 段落参照。 Drake, M.A. Institutional Repositories: Hidden Treasures. Searcher. vol. 12, no. 5, 2004. available from<http://www.infotoday.com/searcher/may04/drake.shtml>, (accessed 2005-04-12). 8 Crow, R. op. cit., p. 4. 9 Ibid, p. 16. 10 有名な定義として他に「大学とその構成員によって作成されるディジタル資料の管理 および配布のために、大学がその構成員に提供する一連のサービス」(Lynch, C. A. “Defining Institutional Repositories”. Institutional Repositories: Essential Infrastructure for Scholarship in the Digital Age. ARL Bimonthly Report 226. 2003. available from< http://www.arl.org/newsltr/226/index.html>, (accessed 2005-04-12).)が ある。一読して明らかなとおり、Crow 氏の定義はコレクションに主眼があり、Lynch 氏 のそれはサービスに焦点を当てている。だが、二文献の内容から判断して、両者の意図す るところに大きな差はないと思われる。 11 単に「学術雑誌」や「学術出版」ではなく「学術コミュニケーション」であることに注意が 必要である(See: 「学術出版は学術コミュニケーションのきわめて限定的な一例にすぎな い。[中略]私が提案する機関リポジトリの定義は、新しい学術出版の役割を大学に求める のではない。」(Lynch, C. A. Ibid.))。 機関リポジトリの主唱者たちは、それが学術雑誌に取って代わると主張するのではなく、 前者が後者の独占を弱める、あるいは両者が補完的な役割を果たすと位置づけるのが通例 である(See: 「非集中型の学術出版モデル[=機関リポジトリ]の目的は、現在の雑誌システ ムを破壊することではなく、それが学術機関や図書館に与える独占的な影響を弱めること にある」(Crow, R. op. cit., p. 15.)。See also: 「雑誌はこれらの[補遺的なデータセットや分 析ツールなどの、新しいタイプの]資源を管理するにはあまりにも行動が遅く、むらがある。 [中略]機関リポジトリは学術的著作物に加えて、データも維持することができる。この意 味において、機関リポジトリは伝統的な学術出版物の代替となるというよりも、それを補 完するのである」(Lynch, C. A. op. cit., “The Strategic Importance of Institutional Repositories”.))。 ここから出る結論のひとつは、機関リポジトリには大学の他の歳出項目(雑誌購読費用な ど)をすぐに削減する効果はない、ということであろう。 12 OAI-PMH(The Open Archives Initiative Protocol for Metadata Harvesting)は、メタ データ収集(metadata harvesting)に基づく相互運用性のフレームワークを提供するプロ トコル。以下の 2 点が参加の障壁を少なくしている。 ・参加者をデータプロバイダ(OMI-PMH をサポートするシステムを運営し、メタデータを 他機関の収集に供する)とサービスプロバイダ(OMI-PMH によってメタデータを収集し、. - 10 -.
(11) それを基にサービス(サーチ機能やインデックス機能など)を行う)の二種類に分類し、参 加者はデータプロバイダでさえあればよく、必ずしもサービスプロバイダである必要は ないとしている点。 ・データプロバイダが提供するよう最低限求められるのは、シンプルダブリンコアが採用 した 15 のメタデータ要素のみである点。 2005 年 4 月 12 日時点で 268 のリポジトリがデータプロバイダとして登録されており、 OAI-PMH はメタデータ収集のデファクトスタンダードの地位を確立していると言える。 OAI-PMH に関しては、尾城孝一氏によるそれを筆頭に、日本語文献も増えつつある。 ここでは、以下のウェブサイト、ウェブページを紹介するにとどめる。 Open Archives Initiative. (online), available from<http://www.openarchives.org/>, (accessed 2005-04-12). OAI-PMH の全文の他、実装ガイドライン、関連文献へのリンクな どがある。 国立情報学研究所. “OAI-PMH の NII メタデータ・データベースへの適用について”. (online), available from <http://www.nii.ac.jp/metadata/oai-pmh/>, (accessed 2005-04-12). OAI-PMH の日本語訳を掲載している。 13 Crow, R. SPARC Institutional Repository Checklist & Resource Guide. Release1.0. Washington, D.C., The Scholarly Publishing and Academic Resources Coalition, 2002, p. 10. available from<http://www.arl.org/sparc/IR/IR_Guide_v1.pdf>, (accessed 2005-04-12). 14 なお、この目的をどの程度強調するかについては議論の余地がある。コンテンツの保 存に力点を置けばフォーマットやメタデータについての基準を厳しくせざるをえなくなり、 研究者はリポジトリの敷居を高く感じるようになるためその拡充が妨げられるとして、保 存を最優先の事項とはしない立場もある。 See: Pinfield, S. The Digital Preservation of e-Prints. D-Lib Magazine. vol. 9, no.9, 2003. (online), available from<http://www.dlib.org/dlib/september03/pinfield/09pinfield.html>, (accessed 2005-04-12). 15 国立情報学研究所. “メタデータ・データサービス共同構築事業”. (online), available from <http://www.nii.ac.jp/metadata/>, (accessed 2005-04-12). 16 Ware, M. op. cit., p. 118-120. See also: The Joint Information Systems Committee. “Conference feature: Institutional repositories and their impact on publishing”. (online), available from < http://www.jisc.ac.uk/index.cfm?name=pals_conf_rep_news_020704>, (accessed 2005-04-12). 17 国立情報学研究所. 学術機関リポジトリ構築ソフトウェア実装実験プロジェクト報告 書. p. 115-121. 18 本文以外の例としては、マサチューセッツ工科大学による DSpace の事業計画報告書 がある。 See: Batron, M. R; Walker, J. H. “Appendix B: Total DSpace Costs at MIT”. MIT Libraries’ DSpace Business Plan Project Final Report to the Andrew W. Mellon Foundation. 2002, p. 33. available from< http://libraries.mit.edu/dspace-mit/mit/mellon.pdf>, (accessed 2005-04-12).. - 11 -.
(12) House of Commons Science and Technology Committee. Scientific Publications: Free for all? 2004, p. 65. available from< http://www.publications.parliament.uk/pa/cm200304/cmselect/cmsctech/399/399.pdf> 20 Ibid. p. 66. 21 Ibid. 22 Glasgow ePrints Service. “Guide to Depositing Papers”. (online), available from <http://eprints.gla.ac.uk/deposit.html>, (accessed 2005-04-12). See also: Nixon, W. “The role of the Library”. The evolution of an institutional e-prints archive at the University of Glasgow. Ariadne. 32, 2002. (online), available from <http://www.ariadne.ac.uk/issue32/eprint-archives/intro.html>, (accessed 2005-04-12). なお、グラスゴー大学の M.Greig 氏(DAEDALUS プロジェクトマネージャー)によれば、 一部の研究者にとっては IT リテラシーの不足も障壁になるが、コンテンツを自ら登録す る時間的余裕がないということが大多数の研究者に共通の問題であり、それゆえリポジト リの拡充のためには登録の仲介を今後も継続する必要がある、とのことである(E メール私 信)。 23 他には、例えば、ネイチャー・パブリッシング・グループも掲載論文の機関リポジト リでの公開に好意的な態度を示している。 See: Nature Publishing Group. “Author License Policy”. (online), available from <http://npg.nature.com/npg/servlet/Content?data=xml/05_news.xml&style=xml/05_ne ws.xsl>, (accessed 2005-04-12). 24 Elsevier. “ELSEVIER POLICIES AFFECTING LIBRARIES”. (online), available from< http://www.elsevier.com/wps/find/librariansinfo.librarians/libr_policies#authorposting >, (accessed 2005-04-12). 25 Harnad, S. “Elsevier Gives Authors Green Light for Open Access Self-Archiving”. American-Scientist-Open-Access-Forum. (online), available from<http://www.ecs.soton.ac.uk/~harnad/Hypermail/Amsci/3770.html>, (accessed 2005-04-12). 26 “Reed allows academics free web access”. Guardinan Unlimited Online. 2004-06-03. (online), available from<http://www.guardian.co.uk/online/news/0,12597,1230217,00.html>, (accessed 2005-04-12). 27 なお、 英国下院の科学技術委員会は、出版社には出版のライセンスを与えるにとどめ、 研究者自身や所属機関が著作権を保持し管理することを勧告している。 See: House of Commons Science and Technology Committee. op. cit., p. 64. 28 機関リポジトリの提唱者の多くが引き合いに出すのが、コンピュータサイエンスの分 野では、適切なインデックスやサーチ機能があれば、オープンアクセスのオンライン論文 はそうでないものよりも被引用回数が多いことを示した以下の研究である。 Lawrence, S. Online or invisible? Nature. vol. 411, no. 6837, 2001, p.521. available from< http://citeseer.ist.psu.edu/online-nature01/>, (accessed 2005-04-12). See also: ―. “Authors willing to pay for instant web access”. Nature Debates. (online), available from<http://www.nature.com/nature/debates/e-access/Articles/lawrence.html>, 19. - 12 -.
(13) (accessed 2005-04-12). 29 House of Commons Science and Technology Committee. op. cit., p. 3, 59. 30 UK setback for open access. The Scientist. 2004-11-09. (online), available from<http://www.biomedcentral.com/news/20041109/02.html>, (accessed 2005-04-12). 31 代表的な文献を 2 点挙げる。 James, H. et al. Feasibility and Requirements Study on Preservation of E-Prints. Report Commissioned by the Joint Information Systems Committee(JISC). 2003, 69p. available from<http://www.jisc.ac.uk/uploaded_documents/e-prints_report_final.pdf>, (accessed 2005-04-12). Wheatley, P. Technology Watch Report. Institutional Repositories in the context of Digital Preservation. Digital Preservation Coalition. 2004. available from< http://www.dpconline.org/docs/DPCTWf4word.pdf>, (accessed 2005-04-12). 32 差し当たり以下の 2 点を挙げる。 大島薫. 電子出版物の保存. 情報の科学と技術. vol.50, no.7, 2000, p.383-388. 後藤敏行. 電子資料の長期保存に向けて. 現代の図書館. vol.42, no.3, 2004, p.194-201. 33 James, H. et al. op. cit., p. 21. 34 MIT Libraries. “Format Surport”. (online), available from<http://libraries.mit.edu/dspace-mit/mit/policies/format.html>, (accessed 2005-04-12). 35 Crow, R. op. cit., p. 25. 36 Lynch, C. A. op. cit., “Cautions about Institutional Repositories”. 37 Ibid.. - 13 -.
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