氏 名 福元 雄一郎 博士の専攻分野の名称 博 士 ( 医 学 ) 学 位 記 番 号 医工博4甲 第161号 学 位 授 与 年 月 日 平成27年3月18日 学 位 授 与 の 要 件 学位規則第4条第1項該当 専 攻 名 先進医療科学専攻
学 位 論 文 題 名 Neuroprotective Effects of Microglial P2Y₁ Receptors against Ischemic Neuronal Injury
(虚血性神経細胞傷害におけるミクログリアP2Y₁受容体の神経 保護機能) 論 文 審 査 委 員 委員長 教 授 久木山 清貴 委 員 准教授 布村 明彦 委 員 講 師 飯嶋 哲也
学位論文内容の要旨
(研究の目的) 中枢神経系の免疫反応において中心的な役割を果たすミクログリアは、脳内微小環境を絶えず 監視し、僅かな変化へ迅速に応答する。脳虚血後には細胞傷害に応じて活性化され、傷害部位へ 遊走して死細胞などを貪食すると共に、様々なサイトカインを分泌する。これらの反応を通じ、 ミクログリアには神経傷害的なものと保護的なものとの相反する機能が存在すると考えられて いるが、その詳細や制御機構については解明されていない。 アデノシン三リン酸(ATP)は、細胞内の「エネルギー通貨」として使用されるのみならず、 細胞外へ放出され、細胞膜上のプリン受容体であるP2 受容体を介して細胞間情報伝達物質とし ても機能する。虚血や炎症、外傷などの病態時には、損傷細胞から大量のATP が放出され、P2 受容体を介し周辺細胞の様々な応答を惹起する。 P2 受容体の一つである P2Y1受容体は、主にアストロサイトにおいて検討され、シナプス結合 やニューロン-グリア間の新たな情報伝達機構として注目されている。このアストロサイトの P2Y1受容体は脳虚血後に発現が亢進し、虚血性神経細胞傷害において重要な役割を担う可能性 が報告されている。一方、アストロサイトのみならず、ミクログリアにもP2Y1受容体が存在す ることが近年報告されているが、その発現については一定の見解が得られておらず、その機能に ついても不明のままである。そこで、本研究ではミクログリアでのP2Y1受容体の発現を解析し、 虚血性神経傷害におけるその役割を検討した。 (方法) C57/BL6 野生型マウス (WT マウス)と、背景を同一にする P2Y1-ノックアウトマウス (KO マ ウス)の新生仔よりミクログリアを分離し、培養した。P2Y1受容体特異的刺激薬(MRS2365)で培養ミクログリアを灌流刺激し、Fura-2 を用いた細胞内 Ca2+イメージング法でその反応を解析し た。 生後8-12 週齢雄性 WT マウスと KO マウスを用い、両側総頚動脈の 20 分間閉塞による一過性 前脳虚血モデルを作成した。ミクログリアにおけるP2Y1受容体発現は、蛍光二重免疫染色によ り検討した。また、一過性前脳虚血72 時間後の脳薄切切片を TUNEL 染色し、WT マウスと KO マウスで海馬の神経細胞傷害を比較した。
海馬スライスモデル実験には、上記WT マウスと KO マウスに加え、flexible accelerated STOP tetracycline operator (tetO)-knockin (FAST) system を用い、全身とミクログリアで P2Y1受容体をノ
ックアウトした(KO/KO)マウスと、ミクログリア特異的に P2Y1受容体を過剰発現した(KO/mOE)
マウスも使用した。40 分間の無酸素無糖負荷試験(OGD)を負荷し、48 時間後の細胞死量を propidium iodide (PI)蛍光標識法を用い、WT マウスと KO マウス、KO/KO マウスと KO/mOE マ ウス間で比較した。 (結果) Ca2+イメージング法による解析では、WT マウスミクログリアの細胞内 Ca2+は、1〜10μM の MRS2365 投与により濃度依存的に上昇した。一方、KO マウスミクログリアでは、同量の MRS2365 投与による細胞内 Ca2+の上昇を認めなかった。 免疫組織学的検討では、非虚血下のWT マウス海馬では P2Y1受容体の発現はごく軽微であっ たが、虚血72 時間後には著明に発現が亢進しており、この発現は、Iba1(ミクログリアマーカ ー)と共陽性を示した。KO マウスでは P2Y1受容体の発現を認めなかった。 虚血72 時間後には、WT マウス海馬 CA1、CA3 および歯状回で TUNEL 陽性細胞が出現した。 KO マウスでは、虚血性神経細胞傷害が増悪し、TUNEL 陽性細胞数は、CA1(p<0.001)と CA3 (p<0.01)で有意差を持って増加した。
海馬スライスへのOGD 負荷 48 時間後には、海馬細胞死が PI 染色により検出された。KO マ ウスでの細胞死はWT マウスに比べ、CA1(115.3±3.4%, p<0.05)、CA3(185.4±11.2%, p<0.001) および DG(127.7±6.0%, p<0.01)において有意差を持って増加した。一方、KO/KO マウスと KO/mOE マウスの海馬スライスに対する OGD では、CA1(87.9±5.1%, p<0.05)と DG(84.3± 6.1%, p<0.05)で、KO/mOE マウスの細胞死が有意差を持って減少した。
(考察)
本研究では、Ca2+イメージング法によりミクログリアに生理的活性をもったP2Y
1受容体が存
在し、免疫染色法により一過性前脳虚血後にその発現が増加することが示された。また、P2Y1
受容体遺伝子のノックアウトにより、一過性前脳虚血(in vivo)と海馬スライス OGD(in vitro) での細胞死が増加し、さらに、P2Y1受容体をミクログリア特異的に過剰発現すると、細胞死が 減弱することにより、ミクログリアのP2Y1受容体が虚血性神経傷害に対し保護的に作用するこ とを示した。 今回の結果から、ミクログリアでのP2Y1受容体の存在が明らかとなったが、過去の報告では その存在について一定の見解が得られていない。この原因として、各実験におけるミクログリア の活性状態の差が考えられた。我々の免疫染色の結果でも、ミクログリアのP2Y1受容体発現は 安静状態ではごく軽微であり、虚血後にミクログリアが活性化されて、P2Y1受容体の著明な発 現亢進を認めるようになった。
本研究は、ミクログリアのP2Y1受容体が神経保護的に作用することを示した初めての報告で ある。ミクログリアには神経保護作用がある一方で、神経傷害や炎症を悪化させる作用もあり、 その制御機構の一つを解明した本研究の結果は注目に値する。P2Y1受容体を介したミクログリ アの神経保護作用の機序解明が今後の課題である。 (結論) P2Y1受容体はミクログリアにも存在し、脳虚血侵襲に対し保護的に作用する。その機序解明 は新たな脳梗塞治療の礎と成り得る。
論文審査結果の要旨
脳虚血や炎症、外傷などの病態時には、損傷細胞から大量のアデノシン三リン酸(ATP)が放出され、 P2 受容体を介し周辺細胞の様々な応答を惹起する。P2 受容体の一つである P2Y1受容体は、これま で主にアストロサイトにおいて検討され、シナプス結合やニューロン-グリア間の新たな情報伝達機 構として注目されている。一方ミクログリアにもP2Y1受容体は発現しているが、その役割は不明で あった。本研究では、P2Y1受容体ノックアウトマウス、P2Y1受容体のミクログリア特異的過剰発現 マウスを用いることで P2Y1受容体のノックアウト、ノックイン系でミクログリアにおける P2Y1受 容体の機能を調べた。結果であるが、P2Y1受容体遺伝子のノックアウトにより、一過性前脳虚血(invivo)と海馬スライス OGD(in vitro)での細胞死が増加し、さらに、P2Y1受容体をミクログリア特
異的に過剰発現すると、細胞死が減弱することにより、ミクログリアのP2Y1受容体が虚血性神経傷 害に対し保護的に作用することを示した。 グリア細胞におけるP2Y1受容体の役割に関しては、これまでアストロサイトにおける研究が主体で あったが、本研究によりミクログリアのP2Y1受容体が神経保護的に作用することが初めて明らかと なった。これまでの報告では、ミクログリアの脳虚血時の役割に関しては、神経傷害的に働く場合と 保護的に働く場合があり、はっきりしていなかった。今回の遺伝子ノックアウト、ノックインの技術 を用いた研究にて、ミクログリアがP2Y1受容体を介して神経保護的に働くことがはっきりと示され たことは、ミクログリアの脳虚血時における役割の理解に大きく貢献すると考えられた。その細胞生 物学的機序の解明の試みや臨床応用へのアプローチはなされておらず、今後の課題といえる。 研究そのものの完成度は高いと判断された。本研究の内容は意義が高いと考えられた。審査委員一致 して医学博士の学位論文にふさわしい内容であると認めた。