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アジアと女性解放 : 12号 (1982.7)特集「戦争と私たちとアジア」

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(1)

特集・戦争と私たちとアジア

.原発は核兵器になる/

ー レーガンの核戦略とアジアー

.どこまで進む日本の経済侵略

一 環 太 平 洋 構 想 と は 何 か一

.

r

靖国

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を拒む

.アジアからの報告

座談会・ アジアを旅して 通信・貧困と抑圧の最大の犠牲者は女性と子ともたち タイ,フィリピン

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主群 d 判 前陣 J V 9

非核憲法支持を呼びカ、けるべラウの民衆 (提供・反公害輸出通報センター)

雇盃冨・

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互翠

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(2)

-巻頭言・

2年 前 の1980

5月 、 光 州 の 民 衆 は 自 由 と 民 主 化 を 求 め て 立 ち

斗 喚 に よ る 血 の 弾 圧 の な か で 、 武 器 を 手 に と っ て 決 起 し た 民 衆 の

燥 政 権 の み な ら ず 、 日 本 、 ア メ リ カ の 支 配 者 た ち を も 震 憾 さ せ た 。

横 須 賀 を 基 地 と す る 空 母 「 ミ ッ ド ウ ェ ー 」 、 駆 逐 艦

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¥,ースンス

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、フリゲ

を 釜 山 沖 に 出 動 さ せ て 警 戒 態 勢 を と っ た こ と も 私 た ち の 記 憶 に 新 し い 。

ー ﹂

60

億 ド ル に の ほ ‘ る 対 韓 「 援 助 」 の 論 議 の な か で 、 私 た ち は

1982

5月 を 迎 え

ア メ リ カ の 軍 事 援 助 の 肩 が わ り と も い わ れ る こ の 「 援 助 」 は 、 日 本 が 今 ど

こ に 向 か つ て 歩 み 始 め よ う と し て い る の か を 物 語 っ て い る 。

r

武 器 輸 出 三 原 則 」

に 拘 束 さ れ て い る 日 本 は 、 公 け の 武 器 輸 出 は で き な い 。 対 韓 「 援 助 」 は 、

が 韓 国 を 経 由 し た ア セ ア ン

5ヵ 国 へ の 武 器 輸 出 を 含 も 、 軍 事 一 体 化 を 目 指 す も の

と し て の 性 格 を も っ て い る の で は な い の か 。

81

年 春 の 全 斗 燥 の ア セ ア ン

5

ヵ国

ア メ リ カ を 盟 主 に し た 日 本 、 韓 国 、

日 本

原子力発

f

こ。 一九八一年、人類が新たな核時代 に入ったと思わせるような事件が相 次いで起った。まず一月には、フラ ンスのラ・ア

1

グ再処理工場の火災 事故。四月には、日本の敦賀原発で 放射能漏れ事故。その直後の六月に は、イスラエルがイラクの原子炉を 爆撃。そして、八月以降のヨーロッ パでの反核運動の盛り上がり。まさ に 、 八

C

年代は人類と核文明が新た な時点に達し、私たちが核というも のをどう

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・ b ・ え る か と い う 、 ﹂ と を つ きつけられた時代である。 再処理工場をめぐる状況 そのような状況のなかで、日本、て は、八二年に入ってすぐ、青森県の 潤根浜に第二再処理工場建設計画が 報道された。現在、日本には東海村 に再処理工場があるが、それでは膨 大な核のゴ兵は処理できないので、 その約七'倍規模の工場を作ろうとレ うのである叫この計画は、日本を代 表する大企業一

C

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社が﹁日本原燃 ,.十句、一 ‘

言方聞は、その士也ならし的役:害リを十旦っていた。

台 湾 、 ア セ ア ン

5

ヵ 国 の 軍 事 一 体 化 は 、 今 、 着 実 に 進 行 し て い る 。

貿 易 、 投 資 立 国 日 本 に と っ て 、 投 資 先 、 販 売 先 、 資 源 供 給 地 の 政 情 安 定 は 、

イ ラ ン の

IJPC(イ ラ ン 日 本 石 油 化 学 ) の 失

敗 を

2度 と 繰 返 さ な い た め に 、 「 カ ン ト リ ー リ ス ク

J

( 政 権 の 安 定 度 を 測 定 し 、 投

下 資 本 の 回 収 ・ 企 業 進 出 の 目 安 と す る た め の 調 査 、 国 家 の 「 危 険 性 」 の 意 ) が 研 究

さ れ 、 「 地 域 研 究 」 に 金 が 流 れ 、 第 三 世 界 の 国 々 の 政 権 の 安 定 度 が 数 量 的 に 測 定

される。「文化交流」や「学術交流」カ、積極的に推進される。「援助」、「国際協力」

の 名 の も と に 巨 額 の カ ネ

そ の 資 金 は 私 た ち の 税 金 で あ り 、 郵 便 貯 金 で あ る

が流れ、アジアの「貧し

L

、 」 村 に 、 突 如 と し て 高 速 道 路 が つ く ら れ 、 ダ ム や 港 が で

き る 。 近 代 的 ビ ル が 貧 困 の 真 只 中 に 出 現 す る 。 民 衆 の 生 活 と 無 縁 な こ れ ら の 「 援

の 最 大 の 受 益 者 は 、 進 出 す る 日 本 の 企 業 で あ る 。 民 衆 の 頭 の 上 を 素 通 り し

ていくこれらの「援助」は、実は、日本の当該援助国の独裁政権にとっての「援助」

何 よ り も 重 大 な 関 心 事 と な っ て い る 。

助」

ア ジ ア の 国 々 へ の 「 経 済

ア メ リ カ の 傘 の 下 で の ア ジ

フ ィ リ ピ ン 民 衆 の 闘 い は 、

日 本 政 府 は 、 軍 事 独 裁 政 権 へ の テ コ 入 れ と い う か た ち で 、 間 接 的 に 第 三 世 界 の

日 々 、 肌 身 に 感 ず る 日 本 国 内 の 右 傾 化 の 流 れ は 、

こ う し た ア ジ ア 支 配 に 対 応 し た 圏 内 の 体 制 づ く り に ほ か な ら な い 。

々 と 真 の 連 帯 を 築 く た め に 、 私 た ち は 、 圏 内 の 右 傾 化 の 流 れ に 抗 し て 闘 う と 共

に 、 「 援 助 」 の 名 に か く れ て ア ジ ア の 民 衆 を 抑 圧 、 搾 取 し て い る 日 本 資 本 の 動 き

に注キ見しなければならないと思う。

「大東

E

共 栄 圏 」 形 成 の 意 図 は 、 新 た な 装 い を こ ら し て 今 、 私 た ち の 目 の 前

なのである。

日 本 は 、 資 源 ・ 市 場 を 獲 得 、 確 保 す る た め に 、

援 助 」 に 力 を 注 ぐ と 共 に 、 「 ア ジ ア の 盟 主 」

ア の 軍 事 一 体 化 の 道 を 歩 み 始 め た 。 光 州 市 民 の 蜂 起 、

こ の 日 本 帝 国 主 義 の ア ジ ア 支 配 の 意 図 と 真 っ 向 か ら 対 立 す る も の と し て あ る 。

日 本 帝 国 主 義 の

ア ジ ア の 人

として、

バ~ "7、

民衆の闘し、の圧殺に加担している。

手ムたちが、

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核兵器

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レーガンの核戦略とアジア│

サービス﹂という会社を作り、日本 政府のバックアップのもとに進めて おり、八

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年代最大のナショナルプ ロジェクトとレわれてレる。 この世界最大規模の再処理工場は、 一

0

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万キロワット級の巨大な原発 問。基分の一年間に出る核のゴミを 処理できる位大きなものである。そ の危険性は大きく、大型の再処理工 場が一日稼動するだけで、一

CC

万 キロワット級の原発が一年間稼動し た分の死の灰が出る。これは広島型 原 爆 の 一

CCC

発分の死の灰に相当 し、そこから出てくるプルトニウム は、耳かき↑杯て一

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む万人がガシ に な る

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一 七 一 口 わ れ る ほ ど 危 険 な 物 質 で あ る 。 ベクテル社とレーガン政権 ベクテル社は、世界中に一一二

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位 の大プロジェクトを持つ世界最大の エンジニアリング会初である。また、 世界、て唯一の核燃料サイクル産業会 社といわれる原子力メーカーであり、 ウランの製練から、原発本体の建設、 使用済燃料の処理、再処理、貯蔵廃 棄物の処分、高速増殖炉まで手掛け ている。アメリカで最初の商業用原 発を作ったのはこのベクテル社であ り、全世界て八

C

基の原発を連設し て い る 。 そのベクテル社はレーガン政権の 陰の立て役者とレわれる程、レーガ ン政権の閣僚の中には、ベクテル相 の人材が少なくない。例えば、ワイ ンパ!ガ

l

国防長官はベクテル社の 副社長。社長は、シユルツというニ クソン時代の財務長官て、大統領の 経済諸問委員会の委員長を務めてい た人である。ヘルムズというイラン の大使で、元

CIA

長官も参与。ま た、元副社長のケネス・デイピスは 原子力部門の責任者であり、レーガ ンが大統領に当選した八

O

年一一月 四日の翌日に来日している。その時 に、日本の原子力メーカーや電力会 社の社長、副校長と会談し、レーガ ン政権はカ

l

1

政権時代のような

原子力政策は取らない、といってい る。ヵ

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政権の原子力政策とは 核不拡散を基調とするもので、その ため、日本の東海村・再処理工場は 軍事転用を防ぐという目的で長い間 ストップされており、日米の原子力 関係はこの核不拡散をめ?って非常 にギクシヤクしていた。しかし、レ ーガン政権はその政策はもう取らな い、日本とアメリカは一緒になって 原子力開発の為に協力しましょう、 と呼びかけてきたのである。 レーガンの極東戦略 レーガン政権が発足して、最初に やった対外政策は米穂首脳会談であ る。八一年二月にレ

l

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は韓国の 全斗換と会談し、安保協力・軍事援 助は惜しまないことと、核エネルギ ー技術の供与を約束した。さらに、 五月には日米首脳会談が聞かれ、日 米共同声明において、原子力の共同 開発を訴えている。その中でレーガ ンは、日本の核再処理が日本の原子 9 8 2

7月

にある。

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(3)

力開発にとって大変重要であること を強調している。つまり、レーガン の核戦略・極東戦略はアメリカ守中 心として、韓国・日本を結ぶ核同盟 をめざす戦略である。 昨年の日米共同声盟で、初めて、 日米は同盟関係、であるということを 表明した。これは政治的な常識で言 えば、軍事同盟であることはもちろ んのことであり、世界の軍事情勢か ら言えば、日米の核同盟を意味する。 共同声明以来、相次ぐ日米共同演習、 防衛力強化・防衛費の増強など、日 米関係の変化を見ればよくわかる。

⑨日本の原子力施設

地図

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1.11...1111言 . " 乃 内 候 } 「反原発新聞』より からは、リムパック位・環太平洋合 同演習が米軍を中心とした五ヵ国(日 本・オーストラリア・ニュージーラ ンド・カナ、ダ・アメリカ)で行なわ れ、これと同時放行して、米韓の定 例演督、チーム・スピリット出が閑 かれた。アメリカのアジア・太平洋 戦略は、このような形て展開してい る。日本の自衛隊は、もはや、国軍

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言ってもいい規模でそれに参加し て い る 。 レーガンの核戦略 このような世界戦略の中で、一九 八一年七月一六日、レーガンは対外 的な原子力政策を打ち出した。その 基調は、日本

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か西ドイツな

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の 核 不拡散に忠実な固に対しては、軍事 転用につながる再処理やウラン濃縮 な

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を認めるというものであり、さ らに、アメリカは原子炉の輸出にお いても世界のリーダーシップをとる というものである。また、一九八一 年七月末のニュースによれば、核戦 力を強化するためのプルトニウム不 足を商業用原発から出る核のゴミの 中のプルトニウムで補おうという計 画が暴露された。 つまり、原子力の平和利用と呼ば れるものから、軍事利用に転嫁しよ うという話が進んでいるのである。 日本の原子力推進者たちは、原子力 アメリカにすれば、日本は核戦略の パートナーである。だから、そろそ、 ろ核持ち込みということを認めても いいだろうというのが、日米共同声 明の一つの意味ではなかったかと思 わ れ る 。 な状態に、日本がなりつつあるとい うことは明らかである。 日本に核があるとかないとかいう 問題は、このような状況のなかでは、 もはや、ある種の虚構に過ぎない。 確かに、日本に核はある。そして、 朝鮮半島にも核はある。朝鮮半島に は、現在、七二

O

発の核弾頭の貯蔵 庫がある。一九七五年、アメリカは ベトナム戦争に敗れると、ポスト・ ベトナム戦略ということで、核弾頭 を朝鮮半島に配備した。あの光州蜂 起で私たちの記憶に新しい光州市の 近郊に、ミニニュ

1

クスと呼ばれる アメリカは、その後のハワイ協議 。て、朝鮮有事に関する共同研究につ いて持ち出し、朝鮮有事の場合には 日本の一般の空港や港湾をアメリカ 軍の自由に使わせて欲しい、という ことを要求している。この協議の結 果は秘密にされているが、ちょうど 一 九 五

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年の朝鮮戦争のときのよう ••• I.tl暗計画@ . . 刻 現 恩 健

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1 民間再処理工場候補地点 (これまでに名前向島が勺たところ) ・北海通ー礼文島.西南部(奥尻島・江差町) ・青轟ーむつ市岡纏展.東海村 ・世田 ・ 山形 ・福島班草地方 ・1Ii揖東海村 ・石川一能畳半島 ・福井一若狭地方 ・三 重一熊野灘倒 ・和歌山一熊野誠倒 ・山口 上関町 ・高掴畳後水道側 ・佐賀ー玄 海援倒 ・畳崎ー西揖岸町半島、天草諸島、 五島列島 ・鹿鬼島東ンナ海側(}I!内市}、 大隅半島{内之浦町) 大隅諸島(種子島、 屋丸島). トカラ列島.奄藁大島‘直之島、 ・沖縄ー西豊島、与部国島.沖大東島=ラサ 島 ".圏一済州島

.

.

I 1・~lI liφ の平和利用と軍事利用とは全く別の も の で あ る 。 と 一 = 一 日 っ て い る が 、 レ ー ガンは、ものの見事にそれを破った。 これからは、原発の平和利別が軍事 利用へと転嫁される時代になる。 現在、アメリカには、七

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トン位 の使用済核燃料が処理できなくて、 溜っている。レーガンは、それを原 爆製造に利用しようとい'フのである。 さらに、強いアメリカをめざすレー ガ ン は 、

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ミサイル計画を発表し た。それは日本の而積の三分の一く らいあるアメリカの砂漠地待、ネパ ダとユタに地下トン、不ルを堀って、 そこをトレ

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ラに核弾頭ミサイルを 積んて常に走って、ソ連の眼をごま かし、ソ連が来たらミサイルを撃つ

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いうものである。しかし、﹁競馬場 方式﹂と呼ばれるこの計画は、モル モン教の人たちの反対運動により、 現在、中断している。 さらに、レーガンは、広島型原爆 の二四

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発分の核弾頭を積める巨 大な原子力潜水艦

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トライデントを 就航させるとか、レーダーでは絶対 に捉えられないステルスという爆撃 機を次期戦略爆撃機として開発しよ う、という計画を一

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月に発表して の軍事費がかかる。大体、アメリカ 人が五年間で、一人につき六l七万 円負担しなくてはならない。それに 対してアメリカ人が文句を言うのは 当然である。アメリカの失業者は、 約

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万人。福祉を削られて、 核抑頭を作られてはたまらないと ついに、レーガンの強いアメリカを めざす軍事優先政策に対して、アメ リカの国民がたち上ったのは、八一 年の九月一九日。か連帯デ

1

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と名 付けられたポーランドのか連帯々に 連帯するアメリカの労働者の集会が、 ワシントンで聞かれた。そのとき集 まったのが、約五

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万人。ベトナム 反戦運動を越えるような人が集まっ て、レーガンの労働政策に反対した。 これがレーガンの凋落の第一歩であ るが、国外に対し強い姿勢を崩さず、 中性子爆弾の製造を決定し、限定核 戦争の可能性があるということをく り 返 し 言 う 。 このようなレーガン政権の強硬姿 勢に恐れを抱いたヨーロッパの人々 は、次々とたち上がった。まず、一

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月 一

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目、西ドイツのポンてコ一

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万人の反絞デモが行なわれた。その 後 、 一

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月二四・二五日に、ロンド ンで二五万人、ベルギーのブリユツ セルで二

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万人、ロ!?で三

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万 人 、 パリでも二

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万人と、ヨーロッパ中 で、およそ一

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万人近い人々が、 い e 令 。 レーガン政権の危機 このような計画には 問。兆円位 小型の核蝉頭が z u -

今 、 て も 置 か れ て い レーガンが中性子爆弾の製造開始 を決定したのは、八一年八月六日、 三六年前にヒロシマに原爆が落され た日であり、それを公表したのが、 ナガサキに原爆が古侍された八月九日 のことである。中性子爆弾は、一キ ロトン位しかない小型の水爆で、爆 風制御放射線強化弾頭という。つま り、原爆のときの巨大な爆風をコン トロールして減少させ、人を殺せる 中性子を何倍も強くしたものである。 これを開発したコ

l

エンというアメ リカの学者は、一九七七年に﹁もと もと、中性子爆弾というのは、朝鮮 有事に備えて朝鮮半島で使うために 開発したものである﹂と一言っている。 アメリカの核は、日本から、朝鮮 半島から、アジア・太平洋の人々に 向って出撃するという状況に、今あ る。アメリカは、八四年から、クル ーズ・ミサイルという巡航ミサイル を極東に配備する。ミッドウェ

l

の 母港が横須賀にあるので、当然、日 本にも帰港するだろう。現在、日本 ・韓国・環太平洋諸国を巻き込んだ 一種の集団安保体制、つまり、ヨー ロッパで問題になっている

NATO

(北大西洋条約機構)と同じようなア ジア版

NATO

を作ろうという動き が、非常に進んでいる。三月の中旬

核・原発関係参考資料

-﹁ 核 の 栄 光 と 挫 折 L 時 事 通 信 社 p ・ プ リ ン グ ル

+

J

・ ス ピ l ゲ ル マ ン 共 著 -﹁ 核 文 明 の 恐 怖 ﹂ コ ル デ イ コ ツ ト 著 岩 波 書 庖 . ﹁ 危 機 の 科 学 ﹂ 高 木 仁 三 郎 著 朝 日 新 聞 社 . ﹁ プ ル ト ニ ウ ム の 恐 怖 ﹂ 高 木 仁 三 郎 著 岩 波 新 書 . ﹁ ス リ 1 マ イ ル 島 原 発 事 故 の 衝 撃 ﹂ 高 木 仁 三 郎 著 社 会 思 想 社 園 ﹁ 原 発 ジ プ シ ー ﹂ 堀 江 邦 夫 著 現 代 書 館 .﹁日本の原発地帯﹂鎌田慧著 潮出版社 . ﹁ 原 発 ・ 最 後 の 賭 け ﹂ 西 尾 漢 著 ア ン , ウ イ エ ル 武谷三男箸岩波新書 R ・ ユ ン ク 著 ア ン . ウ ィ エ ル -﹁ 原 子 力 発 電 L . 叶 原 子 力 帝 国 L -﹁ 死 に す ぎ た 赤 ん 坊 ﹂ E ・ J ・スターングラス時事通信社 . ﹁ 石 油 と 原 子 力 に 未 来 は あ る か ﹂ 槌 田 敦 著 更 紀 書 房 . ﹁ ソ フ ト ・ エ ネ ル ギ ー ・ パ ス ﹂ A -ロ ビ ン ス . ﹁ エ コ ロ ジ ス ト 宣 言 L 時 事 通 信 社 A ・ ゴ ル ツ 著 技 術 と 人 間 ダ ニ エ ル ソ ン 著 ア ン ヴ イ エ ル . ﹁ ミ ク ロ ネ シ ア ﹂ 斉 藤 達 雄 著 す ず さ わ 書 庖 . ﹁ 棄 民 の 群 島 ミ ク ロ ネ シ ア 被 爆 民 の 記 録 ﹂ 前 田 哲 男 著 臨 時 事 通 信 社 . ﹁ 反 原 発 事 典 I ・ H ﹂ 編 集 委 員 会 現 代 書 館 -﹁ モ ル ロ ア ﹂ -﹁ 反 核 1 反 原 発 宣 言 ﹂ ア ジ ア ・ 太 平 洋 反 核 パ ン 7 編 集 委 員 会 . ﹁ 日 緯 関 係 を 撃 つ ﹂ 日 鶴 間 査 舗 社 会 評 諭 社 毎 日 新 聞 社 -﹁ 東 西 軍 事 力 ﹂ 築 地 書 館 -﹁ 核 兵 器 の 包 括 的 研 究 ﹂ 国連事務総長報告 -﹁ 原 子 力 の 経 済 学 ﹂ -﹁ 放 射 線 と 人 間 ﹂ 連合出版 武 著 日 本 評 槍 社 舘 野 之 男 著 場 波 新 書 室 閏 -﹁ 原 発 は な ぜ こ わ い か ﹂ 高 校 生 文 化 研 究 会

(4)

反核 ・ 核戦争反対・戦波核配備反対 ・ という こ とでたち上った。そして、 オ ランダの五

O

万人デモの直前に、 レ ー ガンは ヨ ー ロッパの戦域絞の制 限 交渉をソ連と始めると発表し、つ い に 、 ヨ ー ロッパの反核運動に屈し たのである。 レ ー ガン政権に支えられた隣国の 全斗検 体制 も、レ ー ガン政権の危機 に より、倒れる こ とは必歪であり、 日 本も何しりかの形で影響を受けざる 合 λ ない。レ ー ガンの絞戦時は、日 本及び韓凶を 中 核とし、ソ速に対処 する

t

いうものであるが、必ずしも、 計同 泊 りに進んでいない 。 では、平和利用とレわれる原,

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の版光政策がうまくいっているかと レ う と 、 こ れもだめである 。 八 し 年 にはしハ基の原発がキャンセル、今 年も、建設 小 の版発、問汁併が中川さ れるなど、アメリカの以

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凡 主 は が 夕 、 ガ 夕 、 て 、 つ い に 、 ア メ リ カ 、 て 第 A 一 位 の 阪 , ﹁ 力 メ ー カーであるゼ、不ラ ル u H エ レ ク ト リックれが、以, l ' M 門 から倣退する。 引丘、原政一法の建設的川は 4 -億 円といわれるが、アメリカては、 兆円もするような川発が山てくるよ うになり、経済的な耐からいっても アメリカの似

f

力出来はうまくいっ ていない 。 には同境がないのて、日本にも影響 があるということである 。 う ま り 、 日本と続出とは、原発の安全性にウ レては、述ん叩共同体てあるとい、うこ とである 。 ﹂ ア ジ ア ・ 太 平 洋 の 核 の 状 況 ~~.:.." 4 幹凶には、引丘、一辿転 中 の 卜 H m 仁 川 開 発-基のほか、住設小のものが六基 あるが、そのうち刊基はベクテル社 が建設したものである 。 さらに、韓 同 は 、 -九 九 年 ま で に 一 間 基 、

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年までに A し

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基 の 川 出 発 を 作 ろうとしている 0 0 ては、日本はどう か

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いうと、計州ては、 -4 し

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年 までに 一 五

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巷の版発を作ろうとし ている 。 まさに、原発列島である 。 'い

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は 一 品年余りの聞に凹

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も止まっている 。 放射能漏れも、ち ょうどスリ 1 マイルが故と川じ頃あ っ た 。 日 本でも敦川口原発事故があっ 目, , 原 発

1

原 爆 核がもっている本質的な問題は、 放射能の作成である 。 人 知 は 人 ー だ か つて、放射能そ封じ込める金属を発 明していなレ 。 核の J r a 和利刑といわ れる原発ても、その本質は変わらな い 。 原

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炉の中で働く 、 卜前け労働 布、いわゆる原発ジプシーと昨ばれ ている人たちは、 L 人誌の放射能を浴 びている 。 つまり 、 原発は、そこで 働く労働ぷの何人かは必ず、ガンにな って死心ということを前提とした労 働の卜に成り立 っ ているのである 。 屯力会社はエネルギー危機キャン ペーンて、原発がなくな っ たら、ト ーストを焼けないとか、テレビ合比 れないとかパ っ ているが、みなさん はトーストぞ焼くために、他人に欣 射能セ浴びせることができるだ ヲη う か 。 そこから山てくるエネルギーぞ 私たちは飢えるたろうか 。 もともと、出

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力はれ然ぞ似収し て人間が作り山したものである 。 そ れまで、人川はれ然

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叫 ん 作 し 、 'H 然 のエ、不ルギーを使ってきた 。 し か し 、 川 町

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力は目的に八 1 ︿ 述う 。 しかも 、 ハ然を破瓜しなが ら 似

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﹂ の 工 、 不 ル ギーは、たかだか石丸エネルギーに しかならず、七一山 の 作りには絶刈な ら わ れ ゆ い 。 放 射 能 に 国 境 は な い たが、泌をへだてた幹同の人々にと っ て、決して無給な問題てはない 。 原発・核の問題に川崎はない 。 日本 には、引也、逆転中の原発が一一川恭 あるが、そこか jり山る肢のゴミがド ラ ム 缶 約 て

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万本近く

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っ ている 。 そして、この絞 の ゴ ミ 合 処 則 ん す る 十 刀 法 が 人 f 然ないので、低レベルの放射 性山内棄物を太平河のまん小に捨てよ うとしている 。 これに対して、太子 洋の人々は怒り、以対日辿軌を起して い ヲ 心 。 フィリピンても、引在、アメリカ 製のウエスチング

l

ハウス社の原発 、 か は は 八 )九九日完成しているが、マ ルコス体制に反対する'辿動と同附に、 原発反対迎動が、大きな政治スロー ガンになっている 。 もう 4 つ 注目して欲しい の は、尚 ト A ヂド汁の仏傾・モルロアて、今だに 紋実験が行なわれているとレうボ・実 ク で あ る 。 ミッテラン仏政権は、反対

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を押し切って、モルロアて以来験を 言 強 行 し て い る 。 モルロア近辺の人た 円肘ち、下に

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歳以ドの打い人たちは、

一 玉 一

米 同 年 に 川 人 も . カンにな っ て い 、 る 。 フ の♂ 中 、 ランスは絞実験は安全であると、そ 凡 又 L 話一山のようなど

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隠していたが、こう 一パ埠した人知に対する犯非行為は、人 t だ ' -4 A l 山 八 日 に い 肌 け ら れ て い る 。 J

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つ ノ こ の よ う に 、 刊 に 太 子 作 は ア メ リ ヵ、イギリスの紋の実験場にされて 八

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年 A い 泉 点 、 て 第 二 回日韓 原

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虚業セミナーが聞かれ、日韓 の原

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力世作業の関係有が集まり、日 韓の原子力協力について話し合いが なされた 。 そのときに、隣同側の原 子力維進布は、使用済み燃料の再処 理について、持同には

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州 場 が な レ の で、日本に何処砲を要求してきた 。 そ の 際 、

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本て以 H 川辺引が強くて再 処 刑 刊 仁 川 場 が 往 た な い " の なら、院同に 一 上場を建設してもいいと発-バし、さ らに、地凶を促山山し、日本と緯国が 原発の安全性において述人叩共同体で あるとい M うことを次のよう に い 札川してい M る 。 ﹁特同における川開発の友 人 l 佐保という問題は、特同 の 4 般大衆にとって、特に 平安なばかりでなく、地即 的にパって、山附 の 川本人に と っ ても抗裂な川題 。 てある 。 なせなら、判鮮中 r h r 叫 と 日 本 列 h 刊 は 近 い 。 ソウルと点以 のル雌は、約 -A 五 キ ロ 、 飛 行 機 で 川 川 も か か ら な い 、 。 梓 川 て は 、 引 丘 、 卜 ハ 川 上 と い う と ' ﹄ ろ で 一 H 乃 機 が 一 地 転 山 中 、

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通算 八 十 郎 て 川 甘 唱 の 川 出 先 い か そ こ に 建 つ 。 士 円 叩 仁 と 後 山 川 川 以 北 と 日 本 の 山 口 は 、 大変狭い仁川峡舎 は さんでレ るだけのところにある 。 地 月 きた 。 たとえば、ビキ ニ は松の実験 場じされたし、現在は、核のやコミ捨 て場じされる 。 とにかく、核の 一 番 バいところを押しウけられている 。 ベ ラ ウ の 非 核 憲 法 太平洋のこのような状況の 中 、 て 、 アメリカから独立しよう'としてレる 人たちがいる 。 人 ハ わ ず か 、 十 五

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人 の ベ ラ ウ ( 川 パラオ)とい i う 小さなおの件民たちが、昨年のはじ め、アメリカかしり独立しようと、刊 叩汁で初めての非核窓法を作った 。 ア メリカの九力て今だに独立は達成で き な い u が、似のゴミもダメ、紘基地 もダメ、絞の通過も北川さないという 非級志法をお民がみんなで討論して 作り十けた 。 ベラウは﹁同系村会﹂ てもともと女の力が強いが、この非 舷窓法を作るときも女たちが活躍し た 。 そして、ベラウの人々は、 こ の 非以憲法てアメリカの絞戦時の 小 紋 守幣とうとしてレる 。 わ れ わ れ の め ざ す 反 核 運 動 す で に 、 作の人たちにとって、核の加中山析に な っ ている 。 そのような状況の 小 て 、 け 本人である引似たちがめざす以紘注 品目とはどういうものだろうか 。 非 社 似 宇 一原則を守れ、ヒロシマ ・ ナガサキ 合忘れるなというスロ ー ガ ン で は 、 私 た ち は 、 アジア ・ 太子 凶て距離を測ると、玄海灘の広きは わずか 二

00

キロしかない。古里と 大阪の距離は約六

00

キロ、古里と 東京の距離は約 一

000

キ ロ で あ る 。 また、韓国と日本の地闘を合 州 国に 重ねた地凶(ぷ l ) では、ソウル

I

東 京間は、サンフランシスコ

1

↓ ア ン バ ー間よりも短レし、さらに、サンフ ランシスコとスリ 1 マイル島原発近 くのペンシルパニア州ハリスパ

l

グ との距離よりも、 -4 4 し %も短い 。 と いうことは、もし韓国てスリ 1 マ イ ルのような事故が起きたら、放射能 表1 rli.検

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盆主..~I)

①こんなに近い韓国と日本

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東 京 約1,150キロ 東 京 約1,000キロ 大 阪 約 600キロ 大 阪 米 力 リ フ 方jレ 」ニア州の中に入る ー一一一一ー-', -¥ J

ソウ Jレ 古里原発 t 古里原発 ー ソウ Jレ もはやどうにもならない。 本当の反核運動、つま り 、 非 核 で はなく、核を 倒 す という 運 動 をする ならば、アメリカの核の傘の下 に お ける非核 三 原 則 そのものを疑うと同 時に、日常の核である原発、特 に 、 第 二 再処理の 問 題を考 λ なければな ら な い 。 ヨ

1

ロ ァパの反核運動は、あれだ け盛り 卜 がりながら、 モ ル ロ ア で の フランスの絞実験を 止 め る ・ ﹂ とが で きない 。 ヨ ー ロ ッパの反核運動を に なう人たちには、第 三 一 世界に対 する 枕 山 が恐しいはど欠落 し て い る。そ こ に、アシア人であり、第 三 世 界の 民衆と共に歩もうとする私たちの 非 常に大きな使命がある。 品後に、ヨ ー ロッパの反絞運動は アメリカの草の根運動 と 連動し、大 凶 洋反絞同盟を作りつつある。それ に咋応して、私たちも、太平洋反核 同盟を作りた い 、 。 特に私たち女 が中 心となって 。 そのために、アジア ・ 太平洋の人たちと述幣して、 一 緒に 反核の闘いにたち上がろう。 (まとめ・飯田典子)

@

(5)

八二年三・二一平和のためのヒロ シマ集会で、わたしたち戦争に反対 する広烏女たちの会は、集会に参加 した人々に﹁買春観光反対﹂﹁フィリ ピンの女たちへの支援カンパ﹂を訴 えました。 わたしたちが、三・二一に自分た ちで行動するか

E

うか検討しはじめ たのは、三月に入ってからのことで、 とりくみとしては遅いスタートでし た。それは、わたしたちの聞に集会 そのものに対するシラケム

l

ド が あ りに変ってきました。さらに、集会 場所が 5 ケ所に分散され、内容も、 きだ・まきしなど芸能人タレントを 集めての歌と踊りの祭典となるにい たって怒りが爆発/﹁わたしたちの できることで、何か行動しよう/﹂ ということになったのです。 さっそく集まり﹁今の日本とアジ アの関係を象徴する買春観光を告発 したい/・アジアの女たちと連帯する 質をもった反戦の行動を起こしたい /ピラまきだけでもいいからやりた 問題にしていく。買春観光も以上の ような観点からとりくむーーという ような共通認識が次第に出てきたよ うに思います。 そ し て 、 ﹁

E

うせやるならビラまき だけではつまらない。もっと具体的 なことをするべきだ。企業を名指し で抗議するとか、抗議のハガキを出 すとか、アジアの女たちへの支援カ ンパを集めるとか:::﹂という積極 的意見が出ました。しかし、その一 方で

7

反核。の集会に買春観光反対

平和のための

ヒロシマ反核集会報告

広島・アジアの女たちの会

ったからです。 か反核。も言わずか反原発作も言え ない、砂反核兵器ーだけのか反核。集 会。砂反戦。は砂核軍縮。のみのか平 和主集会。砂今の日本の平和宏守ろう 国民運動。的にゆがめられた集会に、 シラケていたわけです。 し か し そ の よ う な 集 会 に 対 し て さえ、警察や市当局は集会場所の許 司をおろさず、右翼の宣伝カーばか りが堂々と市内パレードをしかねな い状況なので、シラケがだんだん怒 た。例えば、原案ては﹃恥を知れ

y

﹄ と入れであったのですが、ある人は ﹁︽恥︾という言葉に対して抵抗感が ある。﹂又、﹁経済侵略の分け前にあず かっているワタシたちが同じ日本人 に恥を知れとは言えないのではない か﹂という意見。それから﹃アジア の民衆とともに﹄の︽民衆︾という 言葉についてつ民衆。という言葉を か人々々にしてはいけないのか、お定 まりの政治用語みたいで抵抗がある﹂ という意見に﹁スローガンを単に砂人 々。じしたら、たとえばマルコスも 入ってしまうのではないか﹂という 反論が出る等々:::。運動における 表現手段としての︽ことば︾が問題 になりました。むずかしいところで す。言葉は、単なる伝達の手段であ るばかりではなく、認識の子段、でも あり、思想の表現でもあるからです。 スッキリとは解決しなかったのです が一応ピラをつくり、横断幕、ゼッ ケン、立看の製作をしていきました。 広島大落語研究会

0

B

の人が、寄席 文字で﹁買春観光の図﹂、﹁日本の大 罪﹂と書いてくれました。 三 二 二 、 当 日 の と り く み 9

B

A 二 グ き グ つ ル ル の クe フ 。 フ 。 ル 平 広 プ 和 島 に 公 駅 分 園 前 か

で れ

で ピ 行 立

ラ 動

い/・﹂と話し合いました。 全体会議の提起を受けて、買春観 光問題と自分自身の問題意識の重な る部分、重ならない部分、相互の認 識の違いなど卒直に出し合いました。 話し合いの過程て 11l アジアの女た ちの犠牲の上にのつかったわたした ちの自立・解放はあり得ない。か一反戦。 といっても日本から兵器が、戦争が なくなれば、それでよしとするので はなく、間切実のアジアと日本の関係 を直視し、その搾取と収容の構造を 看 を 運 び 、 立 看 設 営 ロ時

1A-B

グループ共に、ビラ情 宣、抗議のハガキ、署名、カ ンパあつめ 日時

i

名古屋の女たちと

J

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だ・ま さしコンサート H 粉砕行動に 日時却分 1 。反戦・反核・反原発 u 会 場 (独自集会)から、市民グルー プのデモ行進(六

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名、又は一

000

名という 人もレる)が出発、平和公園 内を行進、女性二人で横断幕 を持って最前列へ M 山時加分

1

独自集会の市中デモ行進へ参 加(この時も、デモの最前列 で女たちはガンバった) 口時叩分

1

行動終了(署名者数三三六人、 カンパ額四九、一七四円、抗議 ハガキ八

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枚 ) 日時加分

i

か反戦・反核・反原発。交流集 会へ一名参加 三月一一一日、わたしたちは、午前

9

時から広島駅前と平和公園でピラ 配り、又、平和公園内に立看板を設 置して﹁買春観光の図﹂、﹁日本の大 罪﹂を?ンガで解説したもの、﹁フィ リピンの女性グループからのメッセ / ど う か な あ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ﹂ ﹁ 男 の 参 加 者 が 多 い集会で、反応はあまり期待できな いのでは:::﹂﹁説明を求められてう ま く 説 明 が で き る だ ろ う か ・ ・ ・ ・ ・ ・ 。 ﹂ 等 々の消極的意見もかなりあって、全 体として、いまひとつ盛りあがりに かけていました。それは、三・二一 集会の形態が││二

O

万人の人々が 集まる、集会場所がそれぞれ離れた 場所に分散するーーという状況で参 加者は固定されるのか、流動的に各 会場をまわるのか。多勢の人々の流 ージ(アジアの女たちの会ニュース レターより抜粋ごなどを掲載しまし た。反響は予想外に大きかったよう に(主観的汐)思います。用意した ピラ、ハガキ、署名用紙はたちまち なくなってしまレ、署名用紙は三回 コピーしに行ったほどです。ピラも なくなってしまい、立看の前に関心 を持って集まった多勢の人々の要請 に、充分応えられなかったのが、た いへん心残りです。 ﹁ピラをください。﹂(男性)、﹁スミ マセン、もうなくなっちゃいました﹂ (ワタシタチ)﹁抗議のハガキ、記念 に欲しいんですけど:::﹂(女性)、 ﹁スミマセン、これっきりしかないの でかんべんしてください﹂(ワタシタ チ)﹁わたし、一ぺんでいいからこれ をしたかったの﹂と積極的にペンを 走らせ、カンパしてくれる印代の女 十 E o -F l ﹁かつて、中国大陸でワシと閉じ年 代の男たちが、現地の女たちに

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ん なむごいことをやってきたか:::﹂ と非惨な現場を目撃した

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話す印

1

叩代寸らいの男性もいました。﹁東京 でワタシの妻も戦争を許さない女た ちの集会に参加しています﹂という やはり

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叩代の男性もいました。 また、九州から来た部落解放同盟の 女 性

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初代)は、﹁ワタシたちお 金を使って何のために今日、広島に れの中でいったい

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れ寸らいの人々 が、わたしたちの訴えに耳を傾け、 足を止めてくれるだろうか。又、他 団体の紙爆弾が飛びかう中、わたし たち少人数の訴えが、果して人々の 目に触れるだろ'フか││等々、集会 全体のイメージがつかみきれないの で、行動への不安があったせいだろ うと思います。 とにかく、反対のピラ、抗議のハ ガキ、署名カンパなどやることに決 定しました。又、この時点で﹁やっ ぱり戦争と買春観光の関係がよくわ からない。説明を求められても自分 はこたえられないと思う。﹂という人 もいて、積極論者を、大いにあわて させました。一対一の密着討論を泊 りがけで続けた結果、戦争に反対す ることと買春観光に反対することと の繋りが、納得できたそうです。﹁日本 とアジアの関係、買春観光の実態を、 もっとわかりやすく多勢の人々に訴 えるにはどうすればよいだろうか?﹂ 活 字 よ り も 視 覚 で 訴 え る 方 法 写 真パネル展示などはどうだろうか しかし、実態を伝えられる写真が手 近にみつからず、思案の末、立看板 にマンガで解説することにしました。 ビラ、横断幕のスローガン│こと ばをめぐって相互の意識性の違い.、 ことばに対する受けとめ方の違いが 出て、なかなか一致をみませんでし 来たのか、歌と踊りのお祭りでは、 学ぼうにも学んで帰るものがない。 でも、そんな中であなたがたのとり くみをみて、ほんとうに良かった。 頑張りなさい。﹂と、激励してくれま し た 。 中には、﹁何だ、買春のパイの字が 違っているじゃないか﹂と言いなが ら素通りする人もいましたが、殆

E

積極的に呼びかけに応えて︿れまし た。男性が多かったのも以外でした。 もっとたくさん用紙を準備してい V た ら、更に多くの抗議の声を集めるこ ことは言うまでもありません。しか し、立看の前に集まった人々、抗議 のハガキや署名に応じた人々の積極 性 ・ 関 心 の 強 き は 、 市 民 の 日 常 生 活 に潜在する買春観光に対する怒りの 存在を、わたしたちに確信させてく れました。 三・二一のとりくみをふまえて、 今后も各地の女たちの活動と連携し、 広島で戦争に反対する行動を起'﹄し て行きたいと思います。

@

(6)

故大平首相が七八年、政権の座に ついた時、﹁環太平洋構想 L が語ら れ、鈴木首相になってからは﹁経済 安保﹂が強調される。こうした政策 がでてきた背景には、ダイナミック な世界の動きがあった。 ベトナム戦争以降、七一年にはド ルショック、七二年には早魅と洪水 による世界的大飢鑑、七三一・四年に は石油ショックと食糧危機がおこる。 企業が、アジアになだれを打って入 ってきて主要な地下資源を押えてい ったのに比べ、日本は繊維、家電、 食品、雑貨部門を中心に中小規模投 資を、韓国・台湾・東南アジアに集 中させた。日本の進出企業は本国の 親会社の部品を生産する下請工場、 あるいは原料・部品を本国から持ち 込んで原地生産をするというパター ンで、主に現地の安い労働力の搾取

どこまで進む

日本の経済侵略

七四年には国連で﹁新国際経済秩序﹂ の樹立に関する宣言が係択されて、 資源ナショナリズムの高揚、第三社 界の台頭が顕著となった。日本にと っては七四年は

ASEAN

訪問中の 田中一元首相への反日暴動の年として 記憶されている。 六

0

年代日本の高度成長は世界的 注目を浴びたが、それは何より一バ ーレル

l

一ドルという安い石油をふ んだんに使いながら、企業の設備投 資 │ 設 備 の 拡 充 ・ 新 工 場 の 建 設 を 進めたことによって成り立っていた。 こうした中、日本の経済進出は L ハ

0

年代半ば、ベトナム戦争の最中に本 格的に始まった。アメリカの多国持 ィリピン・中国・韓国・台湾、 ルプはブラジルというように、 の構造ができあがっていった。 同 紙 様ノf ロ環太平洋構想 大平政権が誕生する一カ月前、七 八年十一月、財界のシンクタンクと 称される野村総合研究所の発行する ﹃財界観測﹄に、﹁環太平洋構想﹂に 関する論文が掲載された。これはア メリカが世界のトータルリーダー-日 本 と ド イ ツ は 、 サ ブ リ ー ダ ー と い う 図式に見られるような世界支配構造 をしめしていた。環太平洋地域では 日本営サブリーダーとするというと、 かつての大東亜共栄圏を連想しがち だが、大東亜共栄圏が武力で太平洋 地凶械を勢力圏にいれようとしたもの と遠い、環太平洋構想は資本と商品

l

貿易の流れによって形成される経 済圏構想である。しかもこの構想は 野村総合研究所で単独に考えだされ たものではなく、アメリカのブルツ キングス研究所、オーストラリア国 立大学、ニュージーランドの国際問 題研究所などと連動して検討が進め られたものである。先進国の経済不 況

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第三世界の政情不安に対応し、 軍事を含めた世界経済支配体制を確 立していくという帝国主義的な八

0

年代世界戦略の一環として、環太平 洋構想は位置づけられる。 を目的としていた。 同じ太平洋圏にあるオ

l

スト ラリアも、イギリスの圧倒的な支 配を旧制けだし、通貨をポンドからオ ーストラリアドルに切りかえるとと もに、太平洋の方に向きをかえ、日 本とは資源の供給国として密接な関 係をもつようになってきた。このよ うな情況の中て、日本はその安定成 長を維持するために、従米のダ

l

テ イなイメージ、安い労働力企使い、 製口聞を売りまくり、資源ぞ夕、ダ同然 で も っ て 帰 る を 修 正 す る 必 要 に せ まられた。その具体的な政策が﹁産 業構造の長期ビジョン﹂である。 大平首相は就任するとすぐこの構 想の実現をはかろうとした。研究会 ぞ主催し、文書、が作成された。また 翌七九年五月にマニラで開催された

UNCTAD(

国連貿易開発会議)に 首相として初めて出席し、﹁人づくり 論﹂を展開した。会議の期間中、オ ーストラリア保守党政権のフレイザ

l

首相、フィリピンのマルコス大統 領と首脳会議をおこなっている。八

O

年一月にはオーストラリアを訪問 し、再び大平│フレイ、ザ

1

会 談 。 そ の結果、民間レベルてやろうという ことになり、民間主導型の太平洋経 済委員会の子て実質的な活動をはじ め た 。 この過程、て経済進出のあり方も微 妙に違ってきた。不況産業の工場を 水平的に海外に移転するというだけ ではなく、トップに日本の資本と技 術をおき、資源産出国の資源を

A

S

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諸国へ運んで一次加工し、日 本で一番もうかる製品加工を、しよ う と い う 垂 直 的 な 経 済 支 配 を 目 ざ す ﹁新国際分業﹂が考え出されてきた の だ 。 経済進出の形態の変化に伴い、規 模も大型化していった。軽工業中心 の中小規模投資の時代から、重化学 工業部門の大規模投資となり、さら に一企業だけでなく大企業がグルー プをつくり、十億ドル単位の投資を ロ産業構造の長期ビジョン をものすごく食う産業で、石油ショ ック以後、安価な石油とボーキサイ ト が 子 に 入 ら な く な っ た た め 、 日 本 の製練工場で生産されるアルミの地 金 は カ ナ ダ の 価 格 の 三 倍 も の 高 値 と なり、たちまち不況産業となってい った。そこで三井化学がブラジルに、 住友化学がヘゲモニーをとり、イン ド、不シアにアルミ製練工場を作った。 インド、不シアのアサハン・プロジェ クトでは、最初は資本参加をして、 インド、亦シアの安いボーキサイトと 水力を使い、生産されたものを全部 ひきとろうという予定だった。とこ ろがインド、不シアのボーキサイトの 採掘権は、欧米のメジャーに握られ

@

一九七五年九月、通産省の産業構 造審議会は、七六年から八五年まで 十年間の日本の経済進出のあり方を 決めた長期ビジョンを出した。その 中で七五年の海外直按資投残高二一

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億ドルを八五年には八

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億ドル にしようという計画がしめされてい る。そのためには、高度成長からの お荷物、ェ、 t r ル ギ

l

多消費型の産業 を海外に工場ご

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もっていき、﹁産業 構造の高度化をはかる﹂﹁省エ、不ルギ ーをはかる﹂というのが政府の福 い文句であった。具体的には、 四大不況産業である鉄鋼・石

ー環太平洋構想とは何か│

油化学・非鉄金属・紙パルプの工場 を海外にもっていこうというものだ っ わ ん 。 -﹄のうち、非鉄金属の中で一番問 題となっているアルミをとりあげて みよう。アルミは生活レベルでは実 感としてわからないが、サッシとし て建築・自動車材料に使われ、高度 成長時代にはとび必けた勢いで生産 が伸びた。ところが、アルミは石油 てしまっていて、日本が開発できな い条件ができていた。そこで、ボー キサイトをオーストラリアから買っ てきて、インド、不シアで一次加工し て地金にした後、日本に持ってきて もっともうかる製品に加工し、売る という構造をつくりあげた。 アルミだけではなく石油化学は、 サウジアラビア・シンガポール、鉄 鋼はブラジル・オーストラリア・フ するというナショナルプロジェクト へと変わってきている。 ている。ェ、不ルギ

l

安保の一つの眼 目は、石油の消費量を減らすことで あるが、この間、鉄鋼、アルミの不 況もあって、石油の消費は急激に減 っ て い る 。 さらに注目しなければならないの は食糧安保、である。日本は過去一貫 してそのほとん

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を輸入に頼る食糧 輸入固として知られてきた。日本の 高度成長は、国際分業によって農業 を切り捨てて、工業国として遜進す るところにあった。それが今、食糧 に注目し始めたのは何故かといえば、 それは、か自給。のためではなく、そ の戦略的重要性に他ならない。地球 ロ総合安保 鈴木首相が提唱する﹁総合安保﹂ は、このような考え方がさらに進め られ、。軍備、て守るものを経済力、で守 る。ことが全面的に主張されるよう になる。その柱が、工、不ルギ

1

安 保 であり、食糧安保である。 エネグギ

1

安保といわれる中では、 か 省 エ ネ ル 、 ギ

l

化。やエネルギーの 多様化がはかられている。原子力開 発の促進がきかんに叫ばれる一方で、 企業は

LNG

きがしにも躍起となっ 「世界からjNo.12より

(7)

の 南 の 半 分 が 今 も 飢 え て い る こ と 、 そ し て そ れ が 生 産 量 の 問 題 で は な く 配 分 の 問 題 に あ る こ と が 明 ら か に な っ て い る と き 、 食 糧 の 戦 略 的 重 要 性 は噌大する 。 日 本 は 、 穀 物 を は じ め と し て 、 そ の 多 く を ア メ リ カ か ら 買 っ ている 。 そ う で あ る 限 り 、 ア メ リ カの-言 レなりにならざるを得ない 。 ア メ リ カ に 対 抗 し 、 世 界 的 に 安 い 武 器 に か わ る 支 配 の 道 具 と し て の 食 糧 の 確 保 が 目 ざ さ れ る の で あ る 。 ロ ア ジ ア ボ ー ト 計 画 食料開安保の脈絡できわめて注

H

に 値するのは、 。 フ ラ 、 シ ル の 中 部 セ ラ ー ド に お け る 円 本 政 府 に よ る 上 地 の 確 保である 。 こ の

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地は -九 三

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年 代 の食紐飢餓 の と き 移 住 し て き た イ ン (アィオたちを追い出して 、 ブラジル 政 府 か ら 買 い と っ た も の である 。 将 米 的 に は ブ ラ ジ ル あ る い は 南 下 球 に お い て 、 日 本 政 府 が 確 保 し よ う と す る上地は て 五

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力 ヘ ク タ ー ル と も 六

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万 ヘ ク タ ー ル と も い わ れ て い る 。

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ニ ー ・ アジアニー・アジアニュース・アジア ニ ーU ア ニ ー ・ アジアニー・アジアニbiIIIfA:::J1IiII.!Iァニペ

l

現 に 国 際 協 力 事 業 団 が プ ロ ジ ェ ク ト を 手 が け て い る 五 万 ヘ ク タ ー ル の 実 験 農 場 は 、 フ ィ リ ピ ン の バ ナ ナ と 同 僚 に 、 良 民 に 土 地 も 種 も ク レ ジ ッ ト て 貸 し あ た え て 、 で き た 生 産 物 を 買 い 取 る と い う 方 法 が 取 ら れ よ う と し ている 。 そ こ で は ト ウ モ ロ コ シ 、 大 豆 、 コ ウ リ ャ ン 、 そ し て 将 米 的 に は 米 も つ く ろ う と し て い る 。 そ の 食 糧 が自給用でない・﹂とはアジアボート 計 画 の 全 体 を み る こ と に よ っ て 容 易 に推測される 。 それはブラ ジ ル │ インド、不シアも し く は フ ィ リ ピ ン 日 本 と い う 形 で 港・道路・サイロ等を企幽統 一 す る と いうものである 。 そ こ か ら 、 ブ ラ ジ ルで行われる の は 飼 料 供 産 、 て、その 飼料はインド、不シアあるい、はフ ィ リ ピ ン で 一 象 者 の 生 産 に 使 わ れ 、 さ ら に そ れ は 肉 の か た ち で 日 本 に 持 ち 込 ま れ る 、 と い う こ と が 浮 か び 上 が る 。 収 穫 期 の 違 う 南 半 球 は 食 純 を 武 器 と し て 利 附 す る に も 、 更 に は 版 売 力 の 点 か ら も 布 利 で あ る 。 そ の全 貌は 明らかでないが 、 食 糧 の 武 協 と し て の 利 用 、 が

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さ れ て い る こ と は 隙 か で ある 。 ロ国境を--える企業活動 多 国 結 企 業 の 柄 引 は い ま や 国 涜 合 はるかに越えて 、 資制川同や仁業同を 向 己 の 資 本 と 技 術 終 日 初 に結び つ け 、

-アジアニュース・フィリピン

強まる人権弾圧

フ ィ リ ピ ン て は 、 突 然 二 月 か ら 教 会関係活動家への人権弾圧が強まり、 四月初め に は、デ ラ ト l レ神父も再 度 逮 捕 さ れ た 。 こ の 中 に は 七 人 の 女 性 も 含 まれ て い る 。 マルコス大統領は、教白玉バウロ

H

世の芽比の直前、八一 年 一月に、九 年 間 に 渡 っ た 戒 厳 令 を 解 除 し た が 人 権 弾 圧 は 依 然 続 い て い る 。 政 治 犯 の 数 は 減 っ た が 、 殺 害 や ﹁ サ ル ベ ー ジ ﹂ と 称 さ れ る 、 活 動 家 の 突 然 の 行 方 不 明 の ケ ー ス は 増 加 し て い る 。 フ ィ リ ピ ン を ア ジ ア 戦 略 の 要 と し て い る レ ー ガ ン 政 権 の テ コ 入 れ も あ っ て 、 軍 事 化 は ま す ま す 進 ん で い る 現 在 国 家 予 算 の 二 五 % が 軍 事 費 に 使 わ れ 戒 厳 命 以 前 は 六 万 た っ た 軍 隊 は 二 六 万 に 増 強 さ れ た 最 近 て は ミ ン タ ナ オ 島 に ﹁ 戦 略 村﹂をつぎつき作っ て い る 。 三 万 人 の 村 人 に 、 新 人 民 軍 か勺守る と いう口実て収容所暮らし を 強 制 。 不 衛 生 な 収 容 所 て は 伝 染 病 が 蔓 延 し 一 五

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人 の 老 人 ・ 子 供 が 死 ん だ と 報 告 さ れ て い る 。 農 民 か ら の 土 地 の 収 奪 、 女 ・ 子 供 を 含 め た 大 量 虐 殺 、 労 農 運 動 の リ タ の 暗 殺 も 次 々 と 起 き て い る 。 こ う し た マ ル コ ス 政 権 の 非 人 道 的 な や り 方 と 国内の経済情況の悪化があい伴って、 反体制運動が盛んになっている。 こ う い っ た 情 況 の 中 、 二 月 二 七 日 から二八

B

に か け 、 突 然 、 二七人が 逮 捕 状 な し 大 量 遼 摘 さ れ 拷 問 を 受 け た 。 女 性 の 逮 捕 者 七 人 は ケ ソ ン 市 に あ る ク ラ メ 刑 務 所 に 留 置 さ れ て いて性的な拷問む、つけているという 。 ( 最 近 二 人 が 釈 放 ) 彼 女 た ち は き り ス │ 教 協 議 会 の 事 務 局 員 学 生 小 学 校 の 教 師 て 人 憶 を は し め と す る 保 々 ら 品 動 に 関 係 し て い た 。 逮 捕 者 た ち は 、 獄 中 て 一 週 間 に 渡 る ハ ン ス ト を し 抗 議 の 意 を 示 し た 。

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H-T

﹂ も 圃 ﹃ ι 咽 圃

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を そ の 頂 点 に 置 く 。 そ れ は ﹁ 新 国 際 経済秩序﹂に対して、﹁新国際経済分 業 ﹂ と 呼 ば れ 、 多 国 籍 企 業 の 資 本 と 技 術 で 世 界 を 垂 直 的 に 再 統 合 し よ う と す る も の で あ る と い え る 。 第 三 世 界 の あ る 経 済 学 者 は 、 こ れ を 一 九 附 紀 帝 国 主 義 が 現 れ た と き の 第 一 次 植 民 地 分 割 に 対 し て 第 二 次 の そ れ が い まや っ てきたと 言 う 。 いまや 、 軍 隊 の力によ っ て 地 域 を 取 っ て し ま わ な く と も 、 多 国 籍 企 業 に よ る 世 界 支 配 が 行 わ れ よ う と し て い る の で あ る 。 ま た そ れ は 、 企 業 の 海 外 投 資 が ナ シ ョナルプロ シ エク卜と叫 、 ば れ る ほ ど に大規模にか つ 大 資 本 の 連 合 に よ っ て行われてい る 今日、多国籍企業は、 そ の 命 運 が 凶 家 の 命 運 て あ る と い う こ と を 盾 に 、 巧 み に 政 府 資 金 を 供 出 させている 。 し か も そ れ が 対 外 的 に は 、 海 外 経 済 媛 助 と し て 統 計 に 示 さ れる 。 海外経済協力費は、 多 国 籍 企 業 の 活 動 を 容 易 に す る た め に 使 わ れ な が ら 、 総 合 安 保 の一っ と し て そ の 経 済 進 出 を カ モ フ ラ ! ジ ユ す る 役 割 も果している 。 そ の か' り く りをは っ き り 凡 て お か な け れ ば 、 私 た ち は 、 経 済 協 力 の 名によ っ て、その 実 態 を 凡 H 治してしまうのではないのか 。 経 済 協 力 │ │ そ れ は 何 の ため の 、 誕 の ため の 協 力 か 、 そ の 協 力 の実 態 は 何 な の か、そ の こ と を 是 非 、 考 え て ほ し い 。 (まとめ・佐々木・遠野)

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新刊

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円 以 た ち が 、 米 市 、 ,

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衛隊・凶

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崎 し て 入 ト 。 戦 中 ・ 戦 後

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と し て 母 と し て 、 白 然 を

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監修⑨

薗富﹃,.山川暁夫・佐藤達也

編 集 ⑨ 市 民 の 手 で 日 韓 ゆ 着 を た だ す 調 査 運 動 貴

1

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円 政 治 ・ 経 済 ・ 市 市 什 ・ 労 働 辺 助 ・ 原 ﹁ 刀 ・ 日 総 ゆ や 打 ・ 日 前 作 市 ・ 什 江 口 判 鮮 人 な ど の 一 的 引 リ ) と に 、 今 日 の 位制と日本 の ゆ 若 の 桃造合具体的 に 分 析 し 、 そ の 危 険 な 関 係 を 靴 下 つ 。 耐 聞 き つ つ 、 必 の り枠民衆述帯合めざしてたたか っ て き た 無 名 の 人 び と の 共 同作業 の 集引である 。

特集⑨女解放なくして反戦なし

I 戦 争 は な ぜ 起 -﹄ る か 火性解放と反戦 H 深江誠

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H 女たちをとりまく状況 l 総合安保体制をみる 教 育 ・ 文 化 ・ 同 心 州 U ・ 米 陸 廿 議 肌 充 実 ・ 労 基 J 出 川今いる場からたたかう 臨 時 仁 の

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含 め さ し て U 小林佐 f / 修線 以 を 求 め て 日 全渦れ / 以原発は全きみを 変 λ る 小 人 叩 や H 川 町 発に以対す る 女 た ち の 会

3

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円社会評論社

東京都文京区本郷 2 5 l 川 803 ( 814 )3861

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人 の 署 名 を 、 こ の 法 案 を 審 議 し て い る 委 員 会 に 手 渡した。 こ の 行 動 に 対 し て も 国 際 的 支 援 が 求 めら れ ア ジ ア の 女 た ち の 会 か ら も 抗 議 電 報 を 逆 っ た さ ら に 第 二 回 国 連 軍 縮 特 別 総 会 に 向 け 軍 事 墓 地 の 撤 去 と 基 地 買 春 を な く せ と い う 署 名 運 動 も お こ な っ て い る 。 彼 女 た ち の 要 求 は 、 核 爆 弾 が 収 納 さ れ て い る 米 軍 基 地 を フィ リ ピ ン 、 ア ジ ア 全 域 か ら 撤 去 せよ とい うもの。アジア ・ 太 平 洋 、 中 東 そして アフ リ カ で 戦 争 が 起 き れ は 、 フ ィ リ ピ ン の 米 軍 基 地 は 核 戦 争 の た だ な か に巻き こ まれ る 。 そ の う え 、 基 地 周 辺て は 、 ア メ リ カ 兵 に よ る 買 春 が行 われ、多くのフィ リ ピン 女 性 が 性 的 に 搾 取 さ れ て い る 。 こ れ は 軍 事 基 地 が あ る と こ ろ す べ て の 同 し よ う な 情 況 が あ る と 主 張 し て い る 。 グ ア ギ ア の 女 た ち の 会 8 も こ の 訴 え に 呼 応 して、五 ・ 二三の東京反核行動で、 一 二

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名の署名を集めた。

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-アジアニュース・フィリピン

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八 二 年 三 月 七 八 日 、 国 際 婦 人 デ ー に 合 わ せ て 女 性 の 問 題 、 反 核 と 反 基 地 を テ ー マ と す る 集 会 が つ き っ さ と 開 か れ た b ま す は し め は ﹁ 第 一 回 女 性 平 和 祭 ﹂ 予 定 て は 、 三 月 七 日 の 午 前 中 に 女 性 た ち が 三 地 点 か り マ ニ ラ の フ ォ ク ・ ア 卜 劇 場 を 目 さ し て 同 時 に 行 進 し 、 行 進 の 後 、 屋 外 て 集 会 を 開 催 す る は す だ っ た と こ ろ が 出 発 直 前 に 首 都 圏 警 察 か ら 中 止 命 令 が 出 さ れ た と い う 3 同 日 の 午 後 に は 、 二

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人 の 参 加 者 に よ り ハ リ ス ・ メ モリアル ・ カ レ ッ ジ て 寅 売 春 ・ 女子 労働者 ・ 教 育 な ど を テ マ に 屋 外 集 会 が も た れ 、 会 場 て は ρ アジアの女 人 ち の 会 ん の 直 帯 の メ ッ セ ー ジ も 読 みあげられた 。 翌 日 八 日 に は 、 一

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の女性組 織 が ら の 代 表 者 が 国 会 に 行 き 政 府 の 売 春 ム ロ 土 地 化 ↑ ? に 抗 議 し た 。 売春が 合 占 化 さ れ れ ば 女 性 に 対 す る 旅 行 薬品白の搾取はますますひとくなる こ う し 人 必 案 を 許 し て は な ら な い と

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