<特集><社会調査の社会学>事例研究再考 : 生活を
組み立てる〈力〉としての調査研究
著者
宮内 泰介
雑誌名
先端社会研究
号
2
ページ
27-46
発行年
2005-03-25
URL
http://hdl.handle.net/10236/11446
たぶん、ぼくたちは幸福な生活の見本を必要としている 池澤夏樹1) ────────────────── * 北海道大学
事例研究再考
──生活を組み立てる〈力〉としての調査研究
宮内
泰介
* ■要 旨 「事例研究」というと、通常、全体の1 サンプルとしてある事例を取り上 げ、そこから、一般的な法則性や理論を導き出す研究、ととらえられている。 しかし、それは事例研究を行う私たちのリアリティと少しずれている。そこ で、本稿では、あらためて、「事例」とは何か、「事例研究」とは何か、という ことを考える。 ソロモン諸島マライタ島での人びとの生活から、土地所有権、自然資源、相 互扶助のしくみ、貨幣、賃労働機会、政治とのつながりなど、さまざまなリソ ースを組み合わせることによって生活を組み立てるさまを私たちは学ぶことが できる。幸福な社会とは、幸福に生活が組み立てられる社会ではないか。そし て、幸福に生活が組み立てられるための重要なリソースとして「事例研究」が ある。人びとは、事例を解釈しながら集め、整理し、さらに解釈しなおしなが ら、生活のリソースとして使っている。 そのことにならい、私たちは、人びとの/私たちの生活を組み立てるリソー スとしての事例研究を目指すべきではないか、ということを本稿では議論す る。さらに、そうした事例研究のためには、(1)全体把握をめざす調査、(2) 事例記述と考察を分離しない記述のしかた、概念化やストーリー性をともなう 記述のしかた、が求められる、さらに(3)その事例研究の担い手として市民 自身が考えられる、ということを論じる。 キーワード:リソースとしての事例研究、生活を組み立てる、幸福、ソロモン 諸島、市民調査1
「事例」とは何だろうか──はじめに
「事例研究」あるいは「事例記述」ということについて、この小論で考え てみたい。 この小論には、いくつかの背景と思いがある。 第1。 思えば、いろいろなものを書いてきた。たいした数ではないけれど、モノ グラフ、歴史社会学的記述、政策論的な論考、など、いろいろ雑多に書いて きた。 具体的なモノやことがらをわりあいしつこく調べることを本分としてき た。エビやサゴヤシやかつお節を追いかけ[宮内,1989;鶴見・宮内編, 1996;藤林・宮内編,2004]、また、村の人びとの営みを記述してきた[宮 内,1998, 2000, 2003 a]。アカデミズムの世界では、これは事例研究と呼ば れる。私自身、論文のタイトルに「○○の事例から」という副題をつけたこ とが何度もある。「○○の事例」から「全体」を論じよう、というスタンス である。 しかし、この「事例から」という言葉は、実は、自分のリアリティとはぴ ったりこない。私たちは「全体」を論じるために事例を「扱っている」のだ ろうか。「事例」は出発点にすぎないのだろうか。「全体」とは何だろうか。 学問の世界で「事例研究」というと、たいてい、2 つの“位置づけ”がな される。まず第1 は──たいていこちらの主張のほうが多いのだが──、全 体の1 サンプルとしての事例という位置づけである。全体を考えるために、 しかし、全体を細かくは追えないから、典型的な、あるいは特徴的な事例を 記述して、全体の議論に“資する”というわけである。この場合、なぜその 事例なのか、ということを記述しておく必要があるとされる。もっとも、多 くの事例報告の場合、なぜその事例なのか、ということは、いくらか言い訳 的に述べられることがあり、書くほうも読むほうも、なんとなく約束事にな っていて、それについては、それ以上触れない。しかし、ときにそれにこだ わる人たちがいて、なぜその事例なのかについて十分な説明がない、説得力がない、という批判をする。 もう1 つの言い方は──こちらは、やや“あやうい”言い方なので、正面 切って言う人はあまりいないのだが、ぼちぼちはいる2)──、事例研究は、 量的な全体の1 サンプルではなく、その事例の中にものごとの本質を見るこ とができるのだ、というものである。量的には代表するものでもないし、典 型例でもないし平均例でもないけれど、しかし、それは何らかの本質を表し ている、というのである。マイナーなものの中に、量的ではない、質的な全 体や構造を示すものがある、という主張である。“あやうい”言い方なが ら、こちらの方が多くの“事例研究者”の“実感”に近いだろう。しかし、 「本質」とか「質的な全体」とはいったい何なのか。うまく説明するのは難 しい。そのあたりのことをどう考えたらよいのだろう。 第2。 「先進事例」という言い方がある。社会学者はあまり使わないが、自治体 職員や政策研究者などはよく使う。どこか「先に進んでいる」ところがあっ て(それはある地域だったり自治体だったり企業だったりNPO だったりす るわけだが)、そこから学ぶ、という意味で、「先進事例」という言葉が使わ れる。 私が住んでいる札幌市で、環境政策にたずさわる自治体職員と話している ときに、「先進事例をご存知ならいろいろ教えてください」と言われたこと がある。私はそのとき、とっさに、それは研究者の役割ではないだろう、と 考えてしまった。「事例をいろいろ知っている」ことは研究者よりむしろコ ンサルタント会社や自治体職員自身の役割ではないか、と考えたのである。 研究者の役割は、事例をいろいろ知っていてそれを伝えることではなくて、 それらの事例から何かを考えることだろう、と思ってしまったのである。 しかし、そう思ってしまったことは、自分の中に少しざらざらしたものと して残り、「事例」ということの意味をもう少し考えてみたい、と思った。 もちろん事例をただ数多く知っているというだけなら、研究者だろうが自 治体職員だろうが市民だろうが、あまり意味があるとは思えない。すなわ ち、それぞれの事例の「意味」がわからなければ、意味がないことは明らか
だ。事例を本当の意味でいろいろ知っている、ということは、単なる「物知 り」ではない。再び、「事例」とは何だろうか。 第3。 「幸福」と調査研究との関係について考えたいというのがある。これはつ まり何のための調査研究なのか、ということである。 何のための調査研究か、ということは、あまり表立っては議論されにく い。何かのため、という「枠」をはめること自体に社会学は慎重でありつづ けたし、慎重であることは意味のあることだった。しかし、一方で、何か社 会学的な記述をするときには、必ず、何のために書いているか、という隠れ た背景や目的がある。明示的にするとおもしろくなかったり、はっきり短い 言葉で言い表せなかったりするので、一応「学界での議論に貢献するため」 というようなあたりさわりのない文言になる。しかし、多くの場合、これは 書く人自身のリアリティからは遠い。調査する人が、その調査対象に惹かれ ていった理由のようなものが必ずある。もちろん惹かれただけでない、調査 対象への複雑な思いや鐚藤がある。良質なエスノグラフィーには、そのあた りが、暗示的に示されていて、実はそのことこそが、読者をひきつけてい る。調査する人、される人双方の「幸福」が、魅力的な事例研究の、いわば 影の主役となっている。このあたりをもう少し考えてみたい。 以上のようなことを背景にしながら、この小論では、事例研究というもの が私たちにとって何なのかをもう一度考えてみたい。「幸福」を補助線にし ながら、事例研究の意義と方法について再考してみようというものである。 そこでは、生活を組み立てるという営為と事例研究という営為とのつながり が議論される。 この議論を、ある一人の男──世界中の市井の人びとと同様に、「幸福」 を求めて生きてきた一人の男性──のライフヒストリーという、やはり「事 例」から始めてみたい。
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生活を組み立てることと事例研究
2. 1 生活を組み立てるということ 話は、私が10 年来調査をしているソロモン諸島マライタ島の一人、ピー ター・アルクワイさんがたどってきた足跡についてである。 ピーターさんは、1959 年にマライタ島アノケロ村で生まれた。ピーター さんのお父さんは、ピーターさんが生まれる前の1937 年、親族とともに、 内陸部の村から海岸部に降りてきた。キリスト教への改宗、消費物資へのア クセスのよさ、などを背景に、海岸部へ移住してきたのである。海岸部に降 りてきてすぐ、お父さんは、他島のココヤシ・プランテーション(オースト ラリア人の経営)へ出稼ぎに出て、2 年間働いた。ほどなく戦争(第二次大 戦による日本軍の侵攻)が勃発し、再び内陸部の村(元の村とは別の村)に 移住した。しかし、戦後、マアシナ・ルールという反植民地の自治運動が起 きたときに(1940 年代後半)、その呼びかけに応じる形で多くの人びとが海 岸部に降りてきた。お父さんたちも、やはり再び海岸部に移住してきた。そ れが今のアノケロ村である。 ピーターさんは、そのアノケロ村で生まれたが、まだ10 代だった 1975 年、両親とともに、隣島ガダルカナル島のアブラヤシ・プランテーションで 働き始めた。広大なアブラヤシ・プランテーションは、他島からやってきた 労働者であふれかえっていた。プランテーション会社は、建設部門も自前で 持っていて、ピーターさんはそこで働いた。労働組合活動にも精を出し、賃 上げや生活環境向上のために会社とやりあい、成果を挙げた。 プランテーションで働いている間に、結婚もし、子どもも生まれた。地位 も上がり、昇給もした。子どもたちはプランテーション内の小学校に通っ た。各地から子どもが来ているこの学校では、ピジン・イングリッシュ(ソ ロモン諸島の共通語)が話されたため、子どもたちは母語のファタレカ語よ りピジンの方が得意になった。 しかし、ずっとプランテーションで働くつもりはなかった。「プランテー ションでいくらたくさん働いても大きな金にならない。もともと建築の技術を覚えるためだったし、いずれ戻るつもりだった。会社には引き留められた が、子供たちも自分の村のことを知らなければならないと考え、村に戻っ た」。 村では現金収入の機会はぐっと減るが、一方、畑や自然資源へのアクセス は容易だ。ピーターさんの家族は、1991 年、村へ帰った。ピーターさん一 家は、自給用の畑の仕事を中心に、輸出向けのコプラ作り、地元市場向けの 作物や加工食品作りにも精を出した。 しかし、1996 年、ピーターさんは、今度は単身で町(首都である、ガダ ルカナル島ホニアラ)に出て、建築の仕事に従事した。子どもが3 人中学校 に上がり、学費を稼ぐ必要が出てきたためだった。ピーターさんは、その 後、村とホニアラを往復する生活となった。短期の建設の仕事を見つけて は、ホニアラへ出た。自分は町で稼ぎ、家族は村の自給経済の中で生活す る。そういう生活を選択した。 そうした中で、ピーターさんは、別の道も模索している。ガダルカナル島 の土地を購入するという道だった。これは1980 年代からマライタ島民の間 で広まりつつあった生活戦略で、ガダルカナル島のホニアラ近郊の土地を購 入し、畑をひらき、自給的な生活を送りつつ、ホニアラでの現金収入の道を 追求するというやり方である。ピーターさんも、ホニアラから20 キロの土 地を購入した。 しかし、これをあっさり覆すのが、1999 年から始まった民族紛争だっ た。ガダルカナル島民の武装勢力が登場し、マライタ島民を初めとする他島 民を追い出しにかかる。ピーターさんも購入した土地を放棄せざるをえなか った。 紛争で町の仕事が減り、ピーターさんも村に戻った。そして今度は、マラ イタ島の内陸部への移住を計画した。もともとピーターさんたちの親族グル ープが所有していたとされる土地へ「戻る」ことを考えはじめたのである。 たしかに海岸部の村は人口が過剰気味で、焼畑ができるエリアも限界に達し つつあった。自然資源は得にくくなり、日常必要な薪でさえ、近くでは得に くくなっていた。自給部門を強くしようとすれば、内陸部の方が有利だっ
た。さらに、現在住んでいるアノケロ村は、ピーターさんたちの土地ではな く、その点でも不安定であった。 ピーターさんは、近い親族と一緒に、この移住計画を立て、2000 年から 試行を始めた。何人かでその土地を訪れ、畑をひらくと同時に簡単な住処を 作った。その後、ときどき行っては、畑を広げた──3)。 いろいろやってきた。ピーターさんのやり方を一言で言うとそうなるだろ う。しかし、これは、ソロモン諸島ではごく一般的な生活のしかたである。 さまざまなリソースを組み合わせて生活する。土地や自然資源へのアクセ ス(所有権・利用権)、自然資源との関係の蓄積、村でのさまざまな権利、 相互扶助のしくみ、個人的な人間関係、技術、集団の力、学校教育、貨幣経 済や賃労働へのアクセス、町とのつながり、政治とのつながり、近代的な諸 制度、といった広範囲なリソースの中から、その都度その都度組み合わせ て、生活を組み立てている。 それぞれ単独のリソースだけでは、不十分だったり、不安定だったりす る。そこで複数のリソースを組み合わせて、どれかが崩れても他が生きてい ればなんとかやっていける、あるいは、どれかがある時期伸びれば、いくら か生活の質を向上させることができる。そんな生活の組み立て方を、私はソ ロモン諸島の住民たちから学んだ。 ソロモン諸島の人びとの生活を見、また彼らと話しながら、私は、「経済 発展こそ発展途上国の人びとが望んでいるものだ」という言い方も、「自然 と調和した社会こそ彼らが望んでいるものだ」という言い方も、どこか無理 があるという気がしていた。近年流行の、コミュニティにベースを置いた発 展、という議論にもやはり無理を感じる。私自身は、自給自足的な生活をし ている人びとに漠たるあこがれがあって、この調査地へ入りはじめた。その ことは認めよう。しかし、実際に入ってみたとき、まず私の注意を引いたの は、彼らの生活が予想外にバラエティに富んでいることだった。町への志向 をはっきりもつ者、村での生活を大事だと考えている者、いろいろな志向が あり、それぞれに工夫が見られる。彼らの手持ちの札は決して多くない。そ の多くない中から、それぞれの個人や世帯が、創意工夫で生活を成り立た
せ、生活の質の向上を図っている。 どういう社会が望ましい社会か、といういくらか根本的な問題を、私はこ のソロモン諸島で考えたかった。そこで私が学んだことは、幸福な社会とい うものが、生活を“幸福に”組み立てられる社会だということだった。 生活を“幸福に”組み立てられる、とは、どういうことだろう。ソロモン 諸島での観察から私は暫定的に次の4 点を考えた。第 1 に、選択肢があるこ とである。無限の選択肢は、もちろんどの社会でも望むべくはない。しか し、一定程度の選択肢があることは重要だ。第2 に、組み立てる主体になれ ること。誰かから押し付けられて組み立てるのではなく、主体となって組み 立てられること。第3 に、主体的に組み立てると言っても、つらい組み立て 方しかできない、というのではいい社会とは言えない。ソロモン諸島の現実 に即して言えば、家族・友人を中心としたいい人間関係の中で組み立てられ ることであり、はやりの言い方でいえば、親密圏が保たれる、あるいは、形 成される中で生活が組み立てられることであろう。そして第4 に、アイデン ティティや尊厳を保ちながら組み立てられることであろう。 2. 2 住民たちの事例研究、私たちの事例研究 ところで、ピーターさんは、私がかの地で調査をはじめて以来の友人だ が、内陸部への移住計画の話を最初に聞いたのは、本人からではなかった。 近くの村に住むA さんからだった。A さんと雑談をしていたら、こういう 話が出てきた。「ピーターたちのトライブ[ピジン・イングリッシュで、氏 族の意。ただし、ここでは氏族の中の小グループを指している]がブッシュ [内陸部をピジン・イングリッシュでこう呼ぶ]へ移住しようとしている よ。すでにそこに小さな家と畑を作っており、ときどきそこへ行っているよ うだ」、と。そのあと、ピーターさん自身にも詳しい話を聞くことになる が、それ以外にも、あらためて聞いてみると、多くの村人がこの話を知って いた。周囲の村人の一人、B さん(小学校の校長。アノケロ村の隣村在住) は、こう語った。
「ピーターたちの移住は、たぶん全面的に移住するということにはなら ないだろうね。道路の問題があるし、学校や医療の問題がある。たぶん 移住したとしても、生活の基盤は現在の村になるだろう」4) 実はこのB さん自身も、内陸部への移住を考えている、と語ってくれ た。「自分が住んでいる土地は、自分たちの土地ではない。紛争に巻き込ま れるのがいやだから、自分たちの土地に戻ることを考えている。そう考えて いる人は多い」。実際、この地域の多くの人やグループが内陸部への移住を 考えていることが次第にわかってきた。自分たちのトライブが「所有」して いるとされる内陸部の土地に移住すれば、土地をめぐる面倒くさい争いから 逃れることができるし、また、内陸部の方が畑の生産性が高く、野生植物・ 動物の獲得も容易である、というのがその理由である。ただし、B さんも言 及しているように、内陸部は、道路が通じていない、学校や病院がない、な どの理由で、移住をみんなためらっている、というのが現状である。 ピーターさんたちの試みは「先進事例」だったのだ。だからこそ、人びと はピーターさんたちの動向に注目し、分析しているのだった。もちろん状況 はまるで同じではないにせよ、ピーターさんたちが成功するかどうかを、自 分たちの今後の生活設計のための「事例」として注目している。 なぜ人びとは「事例研究」をするのだろうか。 人びとは、さまざまな事例から、何事かを読み取り、自分の生活の組み立 て方の参考にする。「事例」そのものが、いわば、彼らの生活のリソースの 一つなのである。事例を学ぶことは、生活の知恵をつけることであり、力を つけること(エンパワメント)である。そう考えたとき、村人にとっての 「事例」は、身近な事例だけでなく、ラジオから聞こえてくる遠くの事例、 伝え聞く政府やNGO の動向、現在だけでなく過去の事例、場合によっては (私などから聞く)海外の事例、などなど、さまざまな広がりをもち、それ らを消化し、生きる知恵として、生活を組み立てる際の参考にする。 “全体の1 サンプルとしての事例研究”でも“本質を探るための事例研 究”でもない、“生活を組み立てるためのリソース”としての事例研究であ
る。 大事なことは、人びとが、さまざまな事例を決してただ数を稼ぐためにあ れこれ集めているのではなく、自分の中で解釈しながら集め、整理し、さら に解釈しなおしながら使っているということである。事例は最初からリソー スなのではなく、どの事例を集めるのか、どう解釈し、どう整理するのか、 というリソース化 ! をともなったものであるということである。 三浦耕吉郎[2004]は、被差別部落の住民に対する調査の経験から、被調 査者が調査者に対して調査拒否したり調査を受けることを逡巡したりする場 面を取り上げ、被調査者が「きわめて社会科学的な認識」からそうした行為 を行っていると分析した。三浦が言うとおり、人びとは、研究者であろう が、そうでなかろうが、何らかの社会科学的な認識を行っている。ただ、研 究者の「社会科学的な認識」が何らかの体系立てを志向するのに対し、人び との「社会科学的な認識」は、その場面その場面での、いわば縦横無尽な認 識を志向する。いろいろな認識や手法をそのつど組み合わせて、生活の向上 や安定を図る。 人びとにとっての事例研究は、そこから理論を導くためでも、体系立てた 議論をするためでもなく、生活を組み立てるための知恵や力としての事例研 究である。 私たちが行っている事例研究も、実は同じなのではないか。あるいは、同 じであるべきではないか、と考えてみよう。学問の約束事らしい一般化とか 「全体」とかに奉仕させることをいったんあきらめれば、人びとの「事例研 究」に連なる私たちの「事例研究」ができるのではないか。連なりかたは多 様であっていいだろう。直に連なるやり方(共同での事例研究、PRA[Partici-patory Rural Appraisal:発展途上国における住民参加型農村調査手法]、ある いは「よそ者」としての情報提供などがこれに当たる)も、間接的に連なる やりかたもあるだろう。
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リソースとしての事例研究のために
3. 1 全体把握:調査論として それでは、私たちの事例研究が〈力〉になり、人びとの/私たちの生活を 組み立てる営為と連なるためには、どうすればいいのだろうか。いくつかの 側面から考えてみたい。 まずは、どんな調査が望ましいか、ということから考えよう。調査論から 考えた場合、第1 に、いろいろなレベルで見ることでなるべく全体を把握し ようとすること、第2 に、試行錯誤をすること、が挙げられるだろう。 現場は多様であり、複雑である。そこからある側面に絞って何かを抽出す ることは、もちろん可能なのだが、えてして、それは現場では意味のないこ とが多い。ソロモン諸島の人びとについて調査して、そこから“自然と調和 しながら生活している”姿を描き出すことは可能だが、それは人びとの生活 の一部でしかない(大事な一部ではあるにせよ)。ある学問の中で行われて いる議論に収斂させようと思えばその現場の一部を切り取ることもありうる が、生活を組み立てるための事例としては、それでは、ミスリーディングに なる。現場の全体性を獲得するためには、じっくり、べったり観察すること が必要だろう。もちろんべったりだけでなく、ときには、改めてちゃんと話 を聞くことも大事だし、ときには、少し離れて見ることも大事だろう。手法 も、見る、話を聞く、測る、など多様な手法を取り混ぜてみる。そうやって 少しずつ“見えてくる”。しかし逆に、最初のころ“見えて”いたことが、 時間とともに見えなくなることもある。だから、最初のころの記録もちゃん ととって、あとでその記録と対話することも必要になってくる。 さらに、事例の全体性ということを考えた場合、たんなる「現場」そのも のだけでなく、「現場」の外に、「現場」を構成している何者かがあることに 気づくことも少なくない。それらを同時に把握することで、事例が事例とし て立ちあがってくる。事例の全体性のためには、マクロもミクロも大事であ る。ぴったりとくっついてじっくり見たり、遠くから離れて見たり、という さまざまな見かたを組み合わせて初めて、「事例」が「事例」として生きてくる。 つまり、調査の手法は、時間と空間の両方で、試行錯誤の繰り返しになる ということである。 3. 2 深い記述:記述論として 事例を研究した論文の、一つの典型的なパターンは、(1)研究目的(先行 研究のレビューなどを含む)→(2)事例の記述→(3)考察、というもので ある。 しかし、事例研究をこのような形の論文にしようとするとき、多くの人は しばしば悩む。たとえば、「目的」を設定して先行研究のレビューをするも のの、それと事例は果たして符合しているのか、という悩み。あるいは、事 例の記述と考察は、きれいに分けられるのか、事例の記述には、あとの考察 へ直接つながらないことも入ってくる、それをどう「処理」するのか、とい った悩み。 事例→考察、あるいは、事例→理論、という流れの欠点は、事例が持つ多 様な喚起力がそこで失われてしまうことである。事例がもっている意味や、 事例が問いかける問題は、往々にして、事例そのものの中に埋め込まれてい る。それを、考察抜きの事例記述と考察そのものとに無理やり分けてしまう と、事例のもつ力が損なわれかねない。 事例を記述する、というのは、当然、事実を羅列するわけではない。事実 を取捨選択し再構成したものが「事例」である。再構成するという営みに は、それぞれの事実から何を導いてきたかという意味づけが含まれている。 調査法の文脈で言えば、コーディング(キーワード化)がなされ、導かれた コードが体系的に構成されたものが、事例の記述である。体系的に構成す る、そのしかたそのものの中に、事例からの「考察」がすでに含まれてい る。 人びとが事例記述を〈力〉とできるのは、まさにそうして「考察」され構 成されているからである。再び調査法的に言うと、データとの対話があって 初めて事例は力となりえる。
このように、構成のしかたにすでに考察が含まれ、さらに記述そのものの 中にも考察が含まれているような、いわば“深い記述”が、私たちの求める 事例記述だろう。 そうした“深い記述”に必要なことを3 点だけ補足しておこう。 第1 点は、概念化である。 事例を構成しようとする作業は、しんどい作業である。データを並べ替え ればできるものではない。データとの対話を繰り返し、そこに潜む意味を見 出し、それらを構成しなおす。そのとき、どうしても既存の言葉で言い表せ ないものが出てくる。そこのポイントこそが、深い記述の肝になりうる部分 である。それを、わかりやすい魅力的な言葉で言い換えることができたら、 記述全体がスムーズにもなり、ひきしまりもする。一つの言葉は、長ったら しい記述そのものよりも、それだけで喚起力を持つことが多い。概念創出の 営みは、記述を力にするための要件になるだろう。 第2 点は、ストーリー性である。 “深い記述”には、読者にとって魅力的なストーリー性が必要である。読 者にとってわかりやすさやおもしろさが必要だというのは、単なる文章テク ニック上の話ではない。事例を再構成し、概念を創出する、という作業は、 自分だけが納得すればいいわけではなく、当然、それを読む人にとっても説 得力やわかりやすさがなければならない。書くという作業は、事例との対話 であると同時に、読者との対話である。 第3 点は、暴露するという手法の利用である。 「暴露」は、社会学が得意としてきた手法の一つである。人びとがあたり まえと思っている社会的な概念や事象について、「それは実は作られたもの にすぎないんですよ」と暴露する、という手法だ。「近代家族」の暴露、「国 民国家」の暴露、「役割分業」の暴露、などなど、社会学は数々の暴露に 「成功」してきた。しかし、暴露は、ただ単に何かをひっくり返すために存 在するのではない。なぜその暴露が具体的な現場で必要になってくるのかを 示し、さらに、そうではない何か(「近代家族」でない何か、「国民国家」で ない何か)が存在することを(明示的にせよ暗示的にせよ)示す必要があ
る。事例記述は、まさにそのことができるフィールドである。事例記述の中 に「暴露」を埋め込むことで、静かに、しかし、喚起力をもってオルタナテ ィブを語ることができる。「なんだそうなんだ、じゃあこれでいいんだ。こ れで行こう」という前向きの姿勢が、事例記述から導き出されるとすれば、 その事例記述は成功したと言えるのである。 3. 3 市民調査:担い手論として ではそうした事例記述は誰が行うべきなのか。 さいたまNPO センターは、2001 年 12 月から 2002 年 1 月に、「介護保険 の利用実態等に関する調査」を埼玉県からの受託事業として行った5)。2000 年4 月に介護保険制度が始まってからしばらく経ち、その運用実態がどうな のか、課題は何なのかを探ることが求められていた。調査事業に先だって、 さいたまNPO センターでは、2000 年 4 月、やはり埼玉県からの受託事業と して「さいたま介護保険サポーターズクラブ事業」を実施していた。そこ で、研修講座等を通じ、介護保険のしくみや使い方などについて知り伝える 役割の「介護保険サポーター」を育成していた。 埼玉県との協働事業として「介護保険の利用実態等に関する調査」を始め るにあたり、県側が想定していたアンケートのみの調査に対し、聞き取り調 査を軸にした調査を提案し、それを行うことになった。「県も自分たちも調 査を考えていて、どっちからともなく、行うことになりました。サポーター さんたちとも、[介護保険]利用者の声を直接聞いてないね、という話が出 ていました」6)。 介護保険の利用者へのアンケート調査(郵送)と聞き取り調査、および、 事業へのアンケート調査(郵送)を組み合わせて行ったが、中心は聞き取り 調査だった。聞き取り調査を実際に担ったのは、「サポーターズクラブ事 業」で育成・組織された各地のグループだった。各地区において、グループ から2 人 1 組になって利用者を訪問し、世間話も交えつつ、聞き取り調査を 行った。「一応調査票は作りましたが、そんなのは実際には関係ありません でした。それでよしとしました」7)。調査を行うそうした地域の調査グルー
プは55 にのぼり、調査員は 410 人に達した(1 人当たりの担当軒数は 3∼4 軒。被調査者は総計764 人)。調査員は、聞き取りが終わると、「課題整理 票」というシートに調査の感想などを記入し、それを地区ごとに持ち寄っ て、「課題分類ワークショップ」と称する、調査結果の分析検討会を開い た。「調査票の方だと、[介護保険に]満足しており困っていない、となって いるのに、課題整理票のほうにはぜんぜん違うことが書かれていて、課題が いろいろあることが分かる、ということがよくありました」8)。 調査の「実感」を生かす形で結果を残すために、「市民調査員から『○○ への手紙』」を書く、という作業も調査員たちに行ってもらった。2 つだけ 例を挙げてみよう。 手紙10 姑と嫁、家族の皆さん 前略 間もなく梅雨もあける頃となりましたがお元気でお過ごしのこととお慶び申し 上げます。さて、私共、調査員がお宅を訪問してから7 ヶ月が経ちますが、○○ さん、デイサービスは自分の希望どおり利用できましたでしょうか? 「私は家 にいる時よりもデイにいるときは職員、お友達と話し合うことができ、幸せな気 分になれる」といっていましたね。息子さん、お母様の話にも耳を傾けて下さ い、そして嫁と姑の仲に入るのは大変つらいでしょうが、無理をせず頑張ってみ て下さい。強い事を言っていても高齢の身、毎日と言えませんが1 ヵ月に一度で も一緒に食事をすることができる日が来るとよいですね。お嫁さんにお願いした い、1 日一回でもよいから短くて簡単な言葉、挨拶、たとえ姑さんから無視され ても声かけできませんか? 一緒に住んでいることは大変なことが多いが「愛」 を忘れないで、自分のため、子どもたちのため、家族のために。勝手なことを書 いてゴメンなさい。 愚痴は聞きます、プラス思考の女より 手紙14 中村さんへ あの時、二人でペアを組み、訪問調査を行いました。S 町のあのおばあさんは 今頃どうしているか、それより、あのおじいちゃんの方が、大丈夫か心配でなり ません。
中村さんも、そばで、一生懸命メモをとっていましたね。 それぞれ、まとめるために、持ち帰って、まとめたものを、また整理してまと めたことは、今思うと良い思い出であると思います。 今回の調査は、決まりきった設問についてしか聞けませんでしたが、もっと、 自由に、こうした、介護保険の利用者との交流、訪問できるような場がもてるよ うな企画が必要ですと思います。 いろいろお世話になりましたが、中村さんも、今頃は、福祉関係のボランティ アをしているのではないかと思いますが、お身大切にされ、ご活躍下さい。 こうちゃんより [さいたまNPO センター,2002 : 89, 91] 「[調査の]実感が残っているのを引き出したいと思ってやりました。こうい うのを読んだ方が、よっぽど調査結果が伝わるかな、と。データで示すので はない調査の返し方をやってみたかった」9)。 川柳も作った。 ケアマネの当たり外れや不安増し(M・K) 介護者の弾んだ声に孤独知る(げとこ) 調査より世間話の陽のぬくみ(幸男) 「[調査員たちは]“聞かせて!”という感じで行く人たちばっかりだった んで、行政の調査で無機質に行くのとは違った。この調査のよさはそこに尽 きる」10)。 さいたまNPO センターの介護保険市民調査は、事例研究は市民が行うべ きだということを示している。地域の福祉について動いている人/動きたい と思っている人が、熱い思いで調査をし、気づいていく。調査の報告書に残 す「問題点」や「課題」が質的に詳細に現れただけでなく、当事者の身近で ありたい、と思うようになる調査だった。「調査って一人ひとりの声を聞く しくみなんですね、という調査員さんの声があったが、本当にそうだと思 う。気になる人が増える、みたいなのをやったのがこの調査だった」11)、「調
査という名目で、違う人生を過ごしてきた人たちが出会うことがいちばん大 きな魅力」12)だった。 出会ったのは、調査者と被調査者だけではない。この調査では、行政と市 民、専門家と素人、オーガナイザーと地域の活動者、市民同士が出会ってい る。出会いをさらに深くつなげたものは「事例」だった。上記「手紙14」 は、ペアを組んで一緒に調査に出かけた相手に対して書かれている。 調査の手法、結果報告の柔軟さも市民調査ならではである。上記の「手 紙」や「川柳」は、奇をてらって行ったのではなく、無機質な調査報告では 調査の「実感」が伝わらない、と考えた彼らが編み出した事例記述の手法だ った。 市民自身が事例調査をすることで、その事例は、生き生きと描かれ、伝わ る。調査が力になる13)。
4
結
論
この小論は、「事例」とはいったいなんだろう、「事例研究」とはいったい なんだろう、という素朴な問いから出発した。 その問いを考えるために、一見回りくどいが、ソロモン諸島の人びとの、 “生活を組み立てる”という営為から考えた。生活を組み立てるリソースと して、さまざまなものを組み合わせて生きる営為に学び、また、そのリソー スの一つとして「事例研究」も行っているという営為に学び、そこから、全 体の1 サンプルとしてでない事例研究、を考えた。 人びとにとっての事例研究は、そして、私たちにとっての事例研究は、そ こから一般理論を導くためでも、体系立てた議論をするためでもなく、生活 を組み立てるための知恵や力としての事例研究であるべきではないか。そん な提案をこの小論では行ってみた。 そして、そうした事例研究のためには、全体把握を目指す調査が求めら れ、その記述は、事例記述と考察が分離しない形が求められる。さらに、さ いたまNPO センターの試みから、そうした事例研究については、市民が担い手になるべきだろう。そんなことをこの小論では考えてみた。 豊かで深い事例研究がもっと多くの市民から示されることが今後の姿では ないか。この小論はそんな思いで書いた。 注 1)池澤夏樹[1997 : 213]。フィリピンの“漂海民”サマ(バジャウ)を描いた門 田修『漂海民』への解説文の冒頭。 2)たとえば、今田高俊[2000 : 15]は、「個別の事例を分析することは、全体へ の一般化認識や時空を超えて成り立つ普遍認識をねらいとしているのではな い。事例の奥にひそむ本質の 認 識 を め ざ す の で あ る 」 と 述 べ 、 舩 橋 晴 俊 [1999 : 30]は「限定された対象を徹底的に深く探求していくと、ある時、一 挙にいろいろな事象についての『意味の発見』や『規則性の発見』を可能にす るような、一般性を持つ理論的視点や洞察に達する」と述べる。 3)以上の事例は、1992 年から 2004 年の間、ほぼ毎年行っている、ソロモン諸島 マライタ島における調査による。ピーターさんのライフヒストリーについて は、宮内泰介[2002]でもう少し詳しく記述した。また、ピーターさんたちの 内陸部への移住計画の意味するところについては、宮内泰介[2003 a]で詳し く論じた。 4)2002 年 8 月 14 日のインタビュー。 5)以下、さいたまNPO センターの事例は、西川正さん、若尾明子さん(いずれ も、調査事業当時のさいたまNPO センター職員で、事業の中心を担った)の インタビュー(2004 年 11 月 19 日)、および、さいたま NPO センター[2001, 2002]、埼玉県[2002]による。 6)若尾明子さん、2004 年 11 月 19 日のインタビューより。 7)西川正さん、2004 年 11 月 19 日のインタビューより。 8)若尾明子さん、2004 年 11 月 19 日のインタビューより。 9)若尾明子さん、2004 年 11 月 19 日のインタビューより。 10)若尾明子さん、2004 年 11 月 19 日のインタビューより。 11)若尾明子さん、2004 年 11 月 19 日のインタビューより。 12)西川正さん、2004 年 11 月 19 日のインタビューより。 13)市民が調査することの意味については、宮内泰介[2003 b]で詳しく論じたの で参照願いたい。 文献 藤林泰・宮内泰介編,2004,『カツオとかつお節の同時代史』東京:コモンズ. 舩橋晴俊,1999,「環境社会学研究における調査と理論」舩橋晴俊・古川彰編『環
境社会学入門:環境問題研究の理論と技法』東京:文化書房博文社,17−54. 池澤夏樹,1997,「海の上で暮らす」門田修『漂海民:月とナマコと珊瑚礁(新装 版)』東京:河出書房新社,213−218. 今田高俊,2000,「リアリティと格闘する:社会学研究法の諸類型」今田高俊編 『リアリティの捉え方:社会学研究法』東京:有斐閣,1−38. 三浦耕吉郎,2004,「カテゴリー化の罠」好井裕明・三浦耕吉郎編『社会学的フィ ールドワーク』京都:世界思想社,201−245. 宮内泰介,1989,『エビと食卓の現代史』東京:同文舘. ────,1998,「重層的な環境利用と共同利用権──ソロモン諸島マライタ島の 事例から」『環境社会学研究』4 : 125−141. ────,2000,「ソロモン諸島マライタ島における出稼ぎと移住の社会史──1930 ∼1990 年代」吉岡政徳・林勲男編『オセアニア近代史の人類学的研究』(国立 民族学博物館研究報告別冊21 号),237−260. ────,2002,「森にもどる人びと──ソロモン諸島 生きる戦略練るマライタ 島民」『オセアニア』日本オセアニア交流協会,67 : 4−7. ────,2003 a,「『自分たちの土地へ』──現代メラネシア社会における移住・ 民族紛争・土地所有」武川正吾・山田信行編『現代社会学における歴史と批判 ──グローバル化の社会学』東京:東信堂,133−158. ────,2003 b,「市民調査という可能性──調査の主体と方法を組み直す」『社 会学評論』53(4):566−578. 埼玉県,2002,『介護保険の利用実態等に関する調査報告書・上巻・利用者・未利 用者調査編』さいたま:埼玉県健康福祉部介護対策課. さいたまNPO センター,2001,『さいたま介護保険サポーターズクラブ報告集』浦 和:さいたまNPO センター. ────,2002,『介護保険・見えてきた現実と課題──埼玉介護保険市民調査の 記録』さいたま:さいたまNPO センター. 鶴見良行・宮内泰介編,1996,『ヤシの実のアジア学』東京:コモンズ.
■Abstract
Case study research is usually seen as a means of conducting research that addresses one case that exemplies an entire pool of samples to extract general principles or theories. However, this concept is somewhat different than the one held by those of us who actually conduct case studies. This article reexamines questions of what a “case study” is and what “case study research” is really all about.
By addressing the lives of people who live on Malaita Island in the Solomon Islands, we can learn how people (in general) construct their life by combining various resources, such as property ownership rights, natural resources, mutual aid structures, coins, work opportunities, and political connections. A person’s well-being depends on whether they live in a society where they can construct their life in a way that satisfies them. People use case studies as resources for their lives by collecting, sorting, and reinterpreting them. Learning from this, this article sug-gests that case studies should be conducted from a standpoint that recognizes their use as a resource for constructing people’s lives.
This article concludes that in order to conduct this kind of case study re-search, we need to (1) conduct surveys aimed at an overall understanding of what is being studied, (2) develop ways to describe things that do not distinguish be-tween case study descriptions and observations, and ways to describe things that join conceptualization and narrativity, and (3) to involve local residents in con-ducting case study research.
Key words: case studies as resource, constructing life, well-being, Solomon Islands, citi-zens’ research
────────────────── *Hokkaido University