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フィリピン -- 人気のバスケ、イケメン・サッカー、応援するのはパックマン (特集 途上国・新興国のスポーツ)

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Academic year: 2021

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フィリピン -- 人気のバスケ、イケメン・サッカー

、応援するのはパックマン (特集 途上国・新興国

のスポーツ)

著者

鈴木 有理佳

権利

Copyrights 日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア

経済研究所 / Institute of Developing

Economies, Japan External Trade Organization

(IDE-JETRO) http://www.ide.go.jp

雑誌名

アジ研ワールド・トレンド

237

ページ

12-13

発行年

2015-06

出版者

日本貿易振興機構アジア経済研究所

URL

http://hdl.handle.net/2344/00003181

(2)

アジ研ワールド・トレンド No.237(2015. 7)  

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  フ ィ リ ピ ン の ス ポ ー ツ 事 情 を 我々はどの程度知っているだろう か。今日、有名なフィリピン人選 手 と い え ば、 プ ロ ボ ク サ ー の マ ニー・パッキャオだろう。二〇一 五年五月二日(日本時間三日)に、 ア メ リ カ の フ ロ イ ド・ メ イ ウ ェ ザー選手との「世紀の対決」が行 われた。また、二〇一四年のソチ 冬季五輪にフィリピンから二二年 ぶり、ただ一人参加した男子フィ ギュアスケート選手の健闘が日本 でも報道された。   フィリピンのスポーツ事情をみ ていくと、そこにはフィリピンと いう国の実情が反映されているよ う に 思 え て く る。 例 え ば オ リ ン ピ ッ ク で の メ ダ ル 数 を み る と、 フィリピンはこれまで九つ(銀二、 銅七)取っている。競技別ではボ クシング五つ、競泳二つ、陸上二 つである。最後にメダルを取った のは一九九六年アトランタ大会で、 ボクシング・ライトフライ級の銀 メダルだ。世界で活躍するフィリ ピン人選手は個人競技に多く、団 体 競 技 は 弱 い ら し い。 そ ん な イ メージすらある。   地域をアジアに狭めて、四年ご とに開催されるアジア競技大会の メ ダ ル 獲 得 数( 金・ 銀・ 銅 の 合 計)の順位を調べてみた。すると、 フィリピンは初回の一九五一年大 会から一九八六年大会までは常に 一〇位以内であったが、それ以降 は順位を下げ、二〇一四年大会で は一八位であった。大会ごとに参 加国・地域数が違うため、単純に 結論づけることはできない。しか し、フィリピンより人口の少ない タイは、一九六二年大会からずっ と一〇位以内を維持しているので ある。フィリピンの順位低下は、 一九八六年民主化後の政治的混乱 と経済成長の低迷期に重なる。国 力低下がスポーツ界に影響してい るのではないかと思ってみても不 思議ではない。   もしスポーツに国の実情が反映 されるなら、逆にスポーツ事情か らその国の状況がわかるのではな いか。そこで、次に三つの事例を 紹介しよう。いずれも人気があり、 メディアでよく取り上げられるバ スケットボール、サッカー、それ に プ ロ ボ ク サ ー の マ ニ ー・ パ ッ キャオ(愛称パックマン)である。   フィリピンで最大の人気競技と いえばバスケットボールである。 アメリカ植民地下で広まり、一般 市民に広く親しまれているスポー ツだ。プロリーグも存在し、一九 七五年にアジアで最初に設立され た。ここで注目したいのは、その プロバスケチームの親会社である。 全一二チームのうち、三チームは サンミゲル・グループに所属し、 また別の三チームはMVPグルー プ に 所 属 す る。 後 者 は 香 港 の フ ァ ー ス ト・ パ シ フ ィ ッ ク 社 が フィリピンに出資する企業グルー プで、フィリピン人のマヌエル・ V・パギリナン氏が会長として率 いていることから、彼のイニシャ ルを用いてMVPグループと呼ば れている。実は、この二つの企業 グループの総売上高は一位と二位 である。おまけに、近年ではイン フラ事業の受注をめぐって激しく 競合している。つまり、プロバス ケにもフィリピン財界の勢力図が そのまま反映されていることがわ かる。   チーム親会社の業種にも注目し て み よ う。 食 品・ 飲 料( 五 社 )、 通信・電力・運輸・交通などのイ ン フ ラ 関 連( 四 社 )、 そ の 他 に 化 粧品、塗料製造、自動車販売各一 社である。食品やインフラ関連は、 地場大手が多く活躍している分野 だ。なお、自動車販売会社は韓国 の 起 亜 ブ ラ ン ド を 扱 っ て お り、 チ ー ム 名 も「 キ ア・ カ ー ニ バ ル 」 ( Kia Carnival ) と いう。   突 然 だ が、 こ こ で 時 間 を プ ロ リーグ設立時の一九七五年に戻す。 当 時 「 ト ヨ タ ・ コ メ ッ ツ 」( Toyota

 

フィリピン

パッ

鈴木

  有理佳

❖特集❖

途上国・新興国のスポーツ

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  アジ研ワールド・トレンド No.237(2015. 7) Comets )、 「マリワサ ・ ノリタケ」 ( Mariwasa-Noritake Porcelain Makers ) と い う チ ー ム が あ っ た ことを知る人は現地以外にほとん ど い な い の で は な い か( Bulletin Today   一 九 七 五 年 四 月 八 日 付 )。 その名のとおり、チーム親会社は トヨタ自動車と陶磁器ノリタケを 生産する地場企業であった。四〇 年 前 の フ ィ リ ピ ン で、 「 ト ヨ タ 」 対「ノリタケ」という日本ではみ られない試合が行われていたので ある。ついでに他のチーム親会社 を み る と、 食 品・ 飲 料( 四 社 )、 繊維、家電、小売各一社であった。 やはり食品会社が目立つが、一九 七〇年代当時のほうが、より製造 業らしい企業がプロバスケに参画 していたようにもみえる。日本ブ ランドを抱くチームもあった。ま さに、工業化を進めようとしてい た当時の経済状況を反映していた といえるだろう。   近年、世界ランキングとともに 人 気 も 急 上 昇 し て い る の が サ ッ カー代表である。チーム名は「ア ス カ ル ズ 」( Azkals ) と い い、 野 良犬という意味合いがある。フィ リピンにおけるサッカーの歴史も 古いが、バスケ人気の陰でほとん ど注目されてこなかった。支援も なく、実力も低迷し、二〇〇五年 のFIFA世界ランキングはフィ リピン史上最低の一九一位まで落 ちた。それでも野良犬のようにし ぶとく生きよう、というのがチー ム名の由来である。その後、代表 チームの再編と国際地域大会など で白星を重ねてきた結果、二〇一 五年三月には一二八位までそのラ ンキングを上げた。その時点で東 南アジア諸国のなかではトップで ある。   世界ランキングが上昇した背景 には、海外出身のフィリピン系選 手を多くスカウトしてきたことが ある。彼らの大半は母親がフィリ ピン人、父親が欧州人で、欧州の クラブでプレーしていた選手達だ。 例 え ば、 二 〇 一 四 年 五 月 に モ ル ディブで開催されたAFCチャレ ンジカップの決勝戦におけるフィ リピン代表先発メンバー一一人の うち、八人はイギリスやドイツ、 それにオランダなどの欧州出身者 で あ っ た。 ち な み に こ の 試 合、 フィリピンはパレスチナに負けて しまったが、もし勝っていたら、 二〇一五年一月にオーストラリア で開催されたAFCアジアカップ で日本と対戦していたかもしれな かったのである。なお、彼らのな かにはそのイケメンぶりを発揮し、 企業広告などに起用されている選 手もいる。そして人気上昇にとも ない、サッカー代表チームにも大 手企業のスポンサーがつくように なった。   フィリピン人口の約一割は海外 就労者および移住者である。フィ リピン人女性が他国の男性と結婚 する例も多い。当然、彼らの子ど ものなかにはスポーツ選手もいる だろう。そのようなフィリピン系 選手に、母国で活躍してもらって いるのがアスカルズなのである。 海外移住者が多いフィリピン事情 があってこその代表チームだ。た だ し、 こ の 方 法 を 続 け る こ と が フィリピンのサッカー界にとって 良いことなのか、議論もある。   プ ロ ボ ク サ ー の マ ニ ー・ パ ッ キャオは世界で最も有名なフィリ ピン人選手である。六階級を制覇 し、フィリピンの英雄だ。彼の試 合の日はテレビの前で観戦する人 が多く、フィリピンのあちこちで 仕事が止まる。またイスラーム武 装勢力が活動するミンダナオでも、 試合中は観戦のために事件が少な くなるという。   パッキャオはミンダナオ島ブキ ドノン州の貧しい家庭の出身であ る。その才能と努力に支えられた 実力によって、ボクシングの世界 で偉業を成し遂げた。 当然、 ショー ビジネスへの露出も高くなり、今 度はその知名度を生かして二〇一 〇年に下院議員になった。現在は その二期目を務めている。おまけ に、アメリカのビバリーヒルズに 豪邸を購入したとも報道されてお り、いまやセレブの仲間入りだ。   実は、スポーツ選手がその知名 度を生かして政治家になる例はよ くあることだ。国政レベルでは上 院議員になったプロバスケ選手が 過去に二人いる。地方レベルにな ると、そうした事例はさらに増え る。スポーツ選手であれ、芸能人 であれ、知名度の高い人が政治家 になるという現象は、フィリピン 政治の特徴である。パッキャオの これまでの道のりは、まさにフィ リピン版サクセス・ストーリーを 体現している。個人の力で立身出 世できる環境がフィリピンにある ことを示していよう。 ( す ず き   ゆ り か / ア ジ ア 経 済 研 究所   動向分析研究グループ)

参照

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グローバル化における仲裁法制改革とアジア諸国 ( 特集 グローバルなルール形成と開発途上国).

「高齢者の町」の一現実 (特集 新興諸国の高齢化 と社会保障).

出版者 日本貿易振興機構アジア経済研究所/Institute of Developing Economies (IDE‑JETRO) .

権利 Copyrights 日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア 経済研究所 / Institute of Developing.

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