アラブの春と頑強なシリアのアサド体制 (特集 「
アラブの春」と中東政治の構造変容)
著者
ダルウィッシュ ホサム
権利
Copyrights 日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア
経済研究所 / Institute of Developing
Economies, Japan External Trade Organization
(IDE-JETRO) http://www.ide.go.jp
雑誌名
アジ研ワールド・トレンド
巻
196
ページ
30-33
発行年
2012-01
出版者
日本貿易振興機構アジア経済研究所
URL
http://hdl.handle.net/2344/00004077
一.はじめに
二〇一〇年末にチュニジアで始 まり、翌年三月にはシリアにまで 到達した民衆の抗議運動は、すで にチュニジアのベン・アリ、エジ プトのムバーラク、リビアのカダ フィという三人の支配者の失脚に つながった。これらの抗議運動の 同時発生は、アラブ世界の多くの 体制が、似たような危機に直面し たことを示している。ネオリベラ リズムによる改革は社会経済的な 窮 乏 と 不 平 等 の 拡 大 を も た ら し、 腐敗した縁故的な資本家集団と体 制維持を主たる機能とする治安部 隊 に よ っ て 国 が 思 い の ま ま に さ れ、国家機関は指導者の恣意的な 権力維持と後継者の選定のために 利 用 さ れ て い る ⑴ 。 し か し、 ア ラ ブ世界における抗議運動の多様な 軌跡と結果が示しているのは、ア ラブ世界は社会経済構造、国内お よび地域・国際関係、政治・軍事 関係という意味では互いに異質で もあるということだ ⑵ 。 シリアでの八カ月間にわたる民 衆抗議への政府の暴力的弾圧の結 果、国連の報告によれば三五〇〇 人以上の市民が死亡し、数万人が 拘 留 施 設 に 収 監 さ れ 拷 問 を 受 け、 トルコやレバノンに多くの難民が 流出している。しかしリビアとは 異 な り、 外 国 の 軍 事 介 入 は な く、 エジプトやチュニジアで起こった ような体制からの軍の離反や、軍 がアサドを追放する動きも今のと ころない。 現体制がこの状況下でなおも存 続していることには、国と軍の有 機的な結合、地域的 ・ 国際的環境、 そしてシリア社会の分裂と統一し た野党勢力の不在という三つの大 きな要因がある。しかし、注意し たいのは、これらの要因だけが今 後のシリア情勢の決定要因ではな いということだ。日々の抗議運動 を通じ、人々は政府の統制外での 組織化が可能になり、より多くの 市民が新しい市民社会の構築に向 けて重要な役割を果たし、変動す るシリアで新しい政治的展望が見 えつつあるといえる。二.シリアの政治・軍事関係
チュニジアやエジプトの軍と違 い、 シリア軍は、 一九七〇年にハー フィズ・アル=アサド(ハーフィ ズ)が権力を握って以来初めとな る全国規模の反体制抗議運動に直 面しながらも、アサド体制を現在 までしっかりと支えている。シリ アの体制が民衆抗議の波に抵抗で きるのは、何よりもまず政治体制 と軍に強固で有機的な結びつきが あるからだ。アサド一族は、同じ アラウィー派に属する者たちで大 統領府を含め、軍、諜報機関(ム ハ ー バ ラ ー ト )、 与 党 バ ー ス 党 な ど の 主 要 ポ ス ト を 独 占 し て き た。 アラウィー派はシリアの体制の中 核を構成し、スンナ派が圧倒的に 多い同国で、国家の諸機関を強く 支配している。 A・ドライスデー ルは、ハーフィズが軍隊に二つの 機能を持たせることで確固とした 抑 圧 機 構 を 築 い た と 説 明 し て い る。一つは体制を守るアサドの親 族とアラウィー派からなる親衛隊 という機能であり、もう一つは国 境を防衛する職業軍人からなる軍 隊 と い う 機 能 で あ る ⑶ 。 ハ ー フ ィ ズはまた、複数の諜報・治安機関 が柱となる 「ムハーバラート国家」 を建設し、これらの機関が現在に 至るまで国民、軍、そして互いを 監視してきた ⑷ 。 アサド一族は、訓練され装備も 充実した大隊の指揮権を握り、軍 と治安機関の上層ポストの過半数 を占めることで、体制への軍の忠 誠 と 結 束 を 確 実 な も の に し た ⑸ 。 これらの要人は、選択的な重用や 裁量的な利権供与を通して富を蓄 積し、忠誠と結束はさらに強固に な っ た ⑹ 。 イ ス ラ エ ル の 脅 威 に 対 するシリアの安全確保という名目 で、軍は国から豊富な財政資源を 受け取り、国内問題への影響力を 保持している。アサド体制下の軍 は、 財源の分配という役割を担い、 アラウィー派の高級軍人とその一 族は、 電気通信、 銀行、 エネルギー 部 門 な ど 国 家 経 済 の 半 分 以 上 を 握っているのである。 また、体制が軍や警察等の強制 装置で宗派主義をとってきたこと により、少数派のアラウィー派の 運命が体制の存続に直結すること になった。アサドは、体制の崩壊ア
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ダルウィッシュ・ホサム
が惹起し得る宗派抗争やイスラミ ストの台頭を理由に少数派の不安 を煽り、体制への支持獲得に利用 した。キリスト教徒の支持獲得を 狙った最近の動きとして、二〇一 一 年 八 月 に キ リ ス ト 教 徒 の 将 軍 ダーウード・ラージュハを国防大 臣 に 任 命 し た 例 が 挙 げ ら れ よ う。 さらに、アラウィー派を武装集団 化することで、宗派間の緊張を高 めようとする体制側の企みも明ら か に な っ た ⑺ 。 し か し、 社 会 経 済 的な困窮に加え、抗議者をイデオ ロギーと宗派を越えて団結させる ことになった共通の要因は、宗派 や民族的な背景に関係なく、全シ リア人にとって民主主義と表現の 自由がないということである。 体制と軍の有機的な結合は、現 在まで軍上層部の離反を防止する ように機能しており、チュニジア やエジプトのように、軍が独立し た組織として行動し、国益の名に おいてアサド一族の支配を追放す るために軍が介入することを難し く し て い る。 注 目 す べ き な の は、 抗議者殺害のために、体制が主と してアラウィー派からなるシャッ ビーハ(民兵)を配備してきたこ とだ。シャッビーハを利用するこ とは、体制が殺害を伴う事件から 距離を置き、市民の殺害を外部の 陰謀のせいにする戦略の柱ともい える。 さらに体制側は、方々で同時的 に軍事作戦を展開することを控え ることで、忠誠部隊の数が不十分 で あ る こ と を 穴 埋 め し ⑻ 、 軍 か ら の離反の規模を抑え、民衆抗議が 拡大するリスクを避けてきた。軍 は 各 地 を 転 々 と し て 作 戦 を 展 開 し、町を孤立させ、殺戮と大規模 な 逮 捕 に よ っ て 反 体 制 派 を 一 掃 し、 離反者を捕らえている。また、 信頼性の低い部隊は包囲した町の 外におき、信頼性の高い陸空軍部 隊と狙撃部隊を市内に送り込むこ とで軍の統制を維持している ⑼ 。 シリアの体制は、主としてダマ スカスやアレッポ出身のスンナ派 の特定の商人やビジネス階級に支 配階級との有利な関係を享受させ てきた。これによってアラウィー 派は権力を維持し、体制は政治的 な安定を確保できた。また、スン ナ派の商人は、議員になることで 権益を確保し、結果として支配エ リート層の拡大と、支配エリート による国家権力独占の維持に利益 を見出す層を生み出してきた。ダ マスカスやアレッポの街頭で大規 模な抗議行動が起こっていないよ うにみえるのは、これに要因の一 部がある。しかし、現在の情勢は 西側からのさらなる経済制裁を招 き、観光産業は消滅し、投資家は シリアでの事業を取りやめ、スン ナ派商人やビジネス階級のなかに は、国外に資金を移動させる者も 出 て き て い る 10。 ま た、 民 衆 蜂 起が弁護士や医師などの専門職の 人々を巻き込むことに成功したこ とで、この二つの主要都市も新た な局面に入る兆候がある。専門職 集団による抗議運動への人道的支 援と医療援助により、これらの専 門職集団は体制側と直接対峙する ことになり、終局的には現場で反 体制側を団結させることにもなる だろう。
三.地域的および国際的環境
シリア体制の将来像に対する中 東地域および国際社会からの一致 した見解がないことで、アサド体 制の抗議運動に対する軍事的弾圧 が続けられてきた側面がある。シ リアが中東地域で占める戦略的な 位置により、ムバーラクの失脚に よって警戒心を強めているイスラ エルを含む全ての近隣諸国は、ア サドの失脚に伴う混乱への懸念を 抱いている。このため、 アサドは、 反体制派が現体制に替わるものを 提供する点において弱いことを念 頭に、シリアの安定の維持のため に最も良いのは、現状を維持する ことであり、外国の介入はシリア を第二のアフガニスタンに変えて し ま う 11と い う 主 張 を 続 け て い るのである。さらに、シリアには イ ス ラ エ ル を 攻 撃 す る 用 意 は な く、イスラエルとの間接的な和平 交渉の継続は、特に西欧諸国に対 してアサド体制が地域的な和平に 貢献できるかもしれないという印 象を抱かせている。 シ リ ア が 一 九 九 八 年 に ト ル コ の 反 政 府 ク ル ド 労 働 者 党 ( P K K ) の 指 導 者 ア ブ ド ゥ ッ ラ ー ・ オ ジ ャ ラ ン を ト ル コ へ追 放 し て 以 降 、 ト ル コ は シ リア と の 関 係 改 善 を 精 力 的 に 進 め 、 近 隣 地 域 へ の 影 響 力 を 強 め て き た 。ト ル コ は 、 二 〇 〇 九 年のイ ス ラ エ ル に よ る ガ ザ 攻 撃 に よ っ て 計 画 が 頓 挫 す る ま で 、 イ ス ラ エ ル ・ シリ ア 間 の 和 平 交 渉 を 仲 介 す る 用 意 も あ っ た 。 二 〇 一 一 年 三 月 の 抗 議 運 動 勃 発 の 際 、 ト ル コ が アサ ド 体 制 を 見 捨 て ず 、 抗 議 を 抑 え 込 む た め に改 革 を 推 進 す る よ う 奨 励 し た の は こ の た め で あ る 。 し か し シ リア の 体 制 に よ る 暴 力 的 弾 圧の 激 化 を 前 に 、 ト ル コ の 指 導 部 は 、 イ ラ ク 系 クル ド 人 が イ ラ ク の 前 大 統 領 サ ッ ダ ー ム ・ フ セ イ ン に 対 す る 反 乱 に 失 敗 し 、 何 百 人 も が 大 挙 し て ト ル コ 国 境 に 逃 げ 込 ん だ 一 九 九 一 年 の 繰 り 返 し を 危 惧 す る よ う に な っ た 。 ト ル コ は シ リ ア と の国 境 線 上 で の 混 乱 と 、 長 い 間 抑 圧 さ れ て き た こ の 地 域の ク ル ド 人 が 勢 力 を 強 め る こ と を 恐 れ て お り 、 多 く の ト ル コ 政 府 当 局 者 が 、 トル コ 軍 は シ リ ア 国 内 に 緩 衝 地 帯 を 設 け 、 ア サ ド の 暴 力 的 弾 圧 か らアラブの春と頑強なシリアのアサド体制
シ リ ア 国 内 で 人 道 ら れ る よ う に す る べ し て い る 12。 ま た 、ト 関 が シ リ ア で の 抗 議 な 弾 圧 を 大々 的 に 報 々と ト ル コ に 流 入 す ル コ 政 府 に 国 内 的 な 、 ト ル コ は ア サ ド を こ と が 困 難 と な っ た 。 入 難 民 は 、 シ リ ア 軍 者 を 多 く 含 ん で お り 、 者 が 自 由 シ リ ア 軍 と 装 集 団 を 組 織 し て い の メ ン バ ー の 大 半 は い る が 、 そ の 指 導 者 司 令 官 リ ヤ ー ド ・ ア 大 佐 と 兵 士た ち は 現 る 。 ト ル コ と こ の 自 の 明 白 な 関 係 は 、 シ す る ト ル コ の 政 策 の 示 す も の で あ る 。 重要な軍事的 ・ くないと考えている。シリアのタ ルトゥースとラタキアの両港には ロシアの海軍基地があり、シリア は中東におけるロシアの最大の武 器 輸 入 国 で あ る と 見 ら れ て い る。 もし西欧諸国に支えられた反体制 勢力がシリアを支配するようにな れば、これらの関係に対する大き な脅威になるだろう。 したがって、 シリアの現体制の存続は、ロシア が現在ある基地を通じ、中東での 軍事的・政治的影響力を維持する 上で極めて重要なのである。 民 衆 の 抗 議 運 動 に も 関 わ ら ず 、 シ リア の 現 体 制 を 支 持 し て い る 中 東 の 主 要 国 は イ ラ ン で あ る 。 シリ ア と イ ラ ン の 同 盟 関 係 は 、 イ ラ ン ・ イ ラ ク 戦 争 時 ( 一 九 八 〇 〜 一 九 八 八 年 ) に シ リ ア が 公 然 と イ ラ ン を 支 持 し た 時 代 に さ か の ぼ る 。 両 国 が 共 に イ ラ ク の サ ッ ダ ー ム ・ フ セ イ ン に 敵 対 し て いた こ と が 、 同 盟 関 係 を 強 固 に し た 理 由で あ り 、 そ れ は レ バ ノ ン に お け る ヒ ズ ブ ッ ラ ー 運 動 の 出 現 に よ っ て ま す ま す 深 ま っ た 。 さ ら に 、 二 〇 〇 三 年 の ア メ リ カ のイ ラ ク 侵 攻 も 、 ア メ リ カ の 対 中 東 戦 略 を 弱 体 化 さ せ る と い う 共 通 の 目 標 を 持 つ 両 国 の 関 係 を 一 層 緊 密 に す る 理 由 と な っ た 。 イ ラ ン は シ リ ア と ヒ ズ ブ ッ ラ ー を 通 じ 、 中 東 で の 強 い 影 響 力 と 、 ア メ リ カ お よ び イ ス ラ エ ル に 対 す る 防 衛 線 を 維 持 し て き た た め 、 イ ラ ン に と っ て シ リ ア と の 連 携 は 非 常 に 重 要 な ので あ る 。 こ の た め 、 イ ラ ン が 抗 議 運 動 の 参 加 者 た ち を陰 謀 者 や 国 外 か ら の 侵 入 者 と 呼 ぶ ア サ ド 体 制 側 の 論 理 を 受 け 入 れ 、 ア サ ド を 公 然 と 支 持 し て き た の は 、 な ん ら 驚 く べ き こ と で は な い 13。
四.反体制統一戦線の不在
一 九 七 〇 年 に ア サ ド が 権 力 を 握って以降のシリア国内における 個人間の結びつきは、エジプトな ど と は 極 め て 異 な る も の で あ る。 エジプトではこの間市民社会が成 長し、市民的・政治的権利が向上 したが、シリアではそのようにな らなかった。厳しい抑圧の歴史が あらゆる形態の組織化された政治 活動の出現を妨げていたからであ る。シリアの人々が恐怖や危険を 免れない政治から身を引いてきた のは無理からぬことであり、これ は今日に至るまでシリアの政治状 況を特徴づけている。抗議者たち は現在アサド支配に対する抵抗で 結束しているが、共通のアジェン ダや国家プロジェクトに向かって 団結していこうとする兆候はほと んどない。この結果、反対勢力は 今ひとつまとまりがなく、彼らの 間に存在する違いは、 宗派、 民族、 イデオロギー等によって分割され たシリア社会が内部に抱える多く の矛盾を反映している 14。 過 去 八カ 月 間 、 街 頭 で の 反 体 制 抗 議 運 動 は 次 第 に 組 織 化 と 一 体 化 が 進 み 、 シ リ ア 内 外 の 政 治 的 反 体 制 グ ル ー プ は 、 パ リ ・ ソ ル ボ ン ヌ 大 学 の シ リ ア 人 教 授 ブ ル ハ ー ン ・ ガ リ ユ ー ン が 率 い る シ リ ア 国 民 評 議 会 を 組 織 す る こ と に も 成 功 し た 。 し か し こ の 評 議 会 は 、 現 在 ま で の と こ ろ ア サ ド 体 制 に 替 わ る 広 範 な 支 持 基 盤 を持 つ 反 体 制 戦 線 を確 立 で き ず に い る 。 国 外 で ロ ビ ー 活 動 を 行 っ て い る 亡 命 反 体 制 派 と シ リ ア 国 内 の 活 動 家 を つ な ぐ こ と が 緊 急 の 課 題 で あ る 。 ま た 、 評 議 会 で 政 治 経 済 プ ラ ン の 合 意 が で き て い な い た め 、 体 制 か ら 離 反 せ ず に い る ス ン ナ 派 の ビ ジ ネ ス エ リ ー ト や 他 の 人 々 を 説 得 で き ず に い る 。 抗 議 者 の 名 に お い て 国 際 社 会 に 対 し て 発 言 が で き る 反 体 制 統 一 戦 線 が な け れ ば 、 国 外 か ら の 恣 意 的 な 介 入 は 単 に 反 体 制 派 を 非 合 法 化 さ せ 、 民 衆 蜂 起 に 分 裂 を も た ら し 、 ア サ ド 体 制 が 西 側 諸 国 か ら 国 を 守 ると い う 口 実 の も と で 弾 圧 を 優 位 に 続 け る だ け に 終 わ る こ と だ ろ う 。 他方で、抗議運動の現場に目を 向けると、集団行動の新たな兆候 が見える。抗議者たちはアサド体 制の暴力的弾圧にも関わらず、武 装することを拒み、外国の軍事的 干渉も拒否している。彼らは、新 しい通信手段を通じて、地域を超 えた組織と動員を行う若者たちを中心に形成された地域間調整委員 会を運動の原動力にしている。分 散 的 な 組 織 を 維 持 し、 イ デ オ ロ ギ ー を 超 え て 全 国 民 に 通 じ る ス ロ ー ガ ン を 使 っ て 人 々 を 動 員 し、 宗派、宗教および階級の分断を乗 り 越 え た こ と に 彼 ら の 成 功 が あ る。だが他方で、リーダーシップ の欠如は、彼らの現場での努力と 亡 命 反 体 制 派 の 活 動 を 結 び 付 け る こ と を 困 難 に し て い る 。 抗議者に対する軍事力行使の拡 大は、隣国のイラクやレバノンで 起こったような長期化した宗派抗 争に陥らないために、アラウィー 派さえも含めた少数派が現体制か ら距離を置くように作用するかも しれない。国が市民に対して容赦 なく暴力を行使してきたため、多 くのシリア人は自分と家族を守る ために武器を持つことを余儀なく されている。リビアの反体制勢力 が武力によってカダフィを倒壊さ せることに成功したことで、体制 側の軍事的弾圧に耐えてきたシリ アの人々にとって、リビアの例が 魅力を増すかもしれない。しかし 現在まで人々が運動の暴力化を拒 否し続けている事実は、民衆の道 義的支援と国際社会からの共感と 行動をいっそう引きつけるために は、自分たちの運動が平和的であ ることが必要だという人々の高い 意識を示すものである。
五.結論
シリアの現体制は、階層構造も 組織も統一した指導層も持たない 民衆運動に直面している。イデオ ロギー的・宗派的な背景が明白で な い 若 者 が 中 心 と な る こ の 運 動 は、追跡困難な通信手段によって 民 衆 の 組 織 と 動 員 を 行 っ て お り、 これが体制にとって運動の抑圧を 一層困難にしている。彼らの反体 制活動は、警察や軍との対決の経 験をもとに変化し、日々発展して いる。こうしたことが、体制側が 逮捕や殺害を繰り広げても、現在 まで抗議運動を抑え込むことに失 敗 し て い る 理 由 で あ る。 さ ら に、 抗 議 運 動 は 主 に 地 方 で 起 こ り、 徐 々 に 都 市 部 へ と 広 が っ て い る。 シリア社会がこのように抗議運動 を取り込んで行っているという事 実は、この運動が広範な地理的基 盤に支えられていることを示して いる。既に三つの国で強固な権威 主義体制が崩壊し、他の国の政権 も民衆の抗議に直面していること は、シリアにおける抗議運動には ずみを与え、逆に体制にとっては 市民を暴力的に弾圧することの危 険性を増大させたのである。 これまでの経緯で明らかになっ た事は、体制側の治安対策が解決 をもたらすようにも、運動を抑え 込むことができているようにも見 えないことである。それどころか 体制側の弾圧は人道的な危機を増 大させ、抗議運動の規模をむしろ 拡大させる結果になっている。体 制による抑圧的な行動は、人々に 対し、暴力的な手段を選ぶ方向へ の圧力となっている。さらに今後 は軍の分裂が進むことにより、長 期化する軍事紛争を招く危険性も ある。結果として、平和的な抗議 運動を維持しようとしている人々 も、やがて暴力的な手段が必要だ という訴えに同調するかもしれな い。 シ リ ア に お け る 民 衆 蜂 起 は、 次第に規模が大きくなり、国際的 な支持も拡大し、 徐々に「革命的」 な性格を帯びてきている。体制に よ る 暴 力 の 激 化 は、 エ ジ プ ト や チュニジアのような比較的平和な 体制転換という選択肢が、シリア では次第に狭まりつつあることを 示しているのである。 (一〇月三一日脱稿) ( Da rw ish eh H ou sam / ア ジ ア 経 済 研 究 所 ) 《注》 ⑴ M ou in R ab ba ni [2 01 1] “ Th e A ra b Rev olts: T en T entat iv e Observat ions, ” Perspectives, Special Issue 2, May , pp. 10-13. ⑵ Ro lf Sc hw ar z [ 20 08 ] “ Th e P oli tic al Ec on om y of Sta te -F or m ati on in th e A ra b M id dle E as t: R en tie r S ta te s, Ec on om ic Re fo rm , a nd D em oc ra tiz a-tion. ” Review of International Political Ec on om y 1 5( 4) , p p. 59 9-62 1; M e-hr an K am ra va [2 00 0] “ M ilit ar y P ro -fessionalizat ion and Civil Military Re-lat io ns in th e M id dle E as t,” 1 15 (1 ), pp. 67-92. ⑶ In R ay m on d H in ne bu sc h [2 0 0 8 ] “ M od er n Sy ria n Po lit ic s ” H ist or y Compass, 6(1), pp. 263-285. ⑷ Ibid. ⑸ Ey al Z iss er [2 01 1] A sa d's Le ga cy : S yri a in T ra ns itio n, Lo nd on : H ur st; [2 00 7] Co m m an din g S yr ia : B as ha r a l-A sa d an d t he Fir st Ye ars in Po w er, Lo nd on : I.B . T au ris . ⑹ Ris a B ro ok s [ 19 98 ] P oli tic al-M ilit ar y Relations and the Stability of ArabRe-gimes, Oxford Univ
ersity Press.
⑺
Guardian, 18 July 2011.
⑻
The Jordan Times, 4 A
ugust 2011.
⑼
Asharq Awsat, 18 July 2011.
⑽ La hc en A ch y [ 20 11 ] “ Th e E co no m ic Co ns eq ue nc es o f S yr ia 's So cia l U n-re st ” C ar ne gie M id dle E as t C en ter , 7 August. ⑾ Sunday T elegraph, 29 October 2011. ⑿ Today's Zaman, 22 A ugust 2011. ⒀ Khaleej Times, 12 A pril 2011. ⒁ Ba ss am H ad da d [2 01 1] “ Th e A ra b U pr isin gs an d t he U .S. Po lic y: W ha t is Am eri can N at io na l Int ere st? . ” Mi dd le Eas t P oli cy . XV III( 2), S um m er, 1: 28 . . .