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教職大学院での「理論と実践の往還」を目指した大学院生の研究体制の模索 ― 「事例研究」を中心に従来の教育学研究科での経験を活かして ―

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(1)Title. 教職大学院での「理論と実践の往還」を目指した大学院生の研究体制の 模索 ― 「事例研究」を中心に従来の教育学研究科での経験を活かして ―. Author(s). 前田, 輪音. Citation. 北海道教育大学大学院高度教職実践専攻研究紀要 : 教職大学院研究紀要 , 9: 31-39. Issue Date. 2019-03. URL. http://s-ir.sap.hokkyodai.ac.jp/dspace/handle/123456789/10440. Rights. Hokkaido University of Education.

(2) 北海道教育大学大学院高度教職実践専攻研究紀要 第9号. 特集. 教職大学院での「理論と実践の往還」を目指した大学院生の 研究体制の模索 ― 「事例研究」を中心に従来の教育学研究科での経験を活かして ― 前 田 輪 音*. はじめに 2008年春に北海道教育大学に教職大学院が開設されて以来、2018年春で丸10年が過ぎた。カリキュ ラムには開設当時より、各種実習と一斉講義(共通科目・選択科目) 、修士課程の修了研究にかわる ものとして・教育実践を対象にした実践的研究のまとめとしての「マイオリジナルブック」 (以降、 “MOB”と略す) (2単位)が設定された。開設3年目にはこれらに加え、少人数での演習「事例研 究」が開講された1。MOB作成やその元になる教育実習(実地研究)による課題解決深化等の機会の 必要性ゆえによる。これらを通して、在籍期間の2年間はもとより、修了後も大学院で研究的にすす めた教育実践を継続・発展し得る「実践的力量」の形成が求められている。 すでに、事例研究で取り組まれた教職大学院での大学院生の個別の研究については複数報告2して きたが、本稿では「理論と実践の往還」による「実践的力量」形成のために、事例研究の役割と、そ の可能性について、筆者が過ごした従来の教育学研究科の一研究室の体制を参考に、修了生の継続的 な研究も視野に入れながらの取り組みを、エピソードなどを交えながら、その意義や課題の一端を示 す。. 1 従来の教育学研究科における研究体制の一例 各大学の各研究室によって研究体制は異なるので、一例として、筆者が大学院生時代を過ごした北 海道大学教育学研究科3教育方法学研究室の当時の研究運営体制について述べる。 教育方法学研究室では、 「教授学とは、学校教育学の一部門として、教科指導の内容と方法にかん する一般的理論を追求する科学である」4と定義し、その追求のために「すべての子どもに高い科学的 概念を」獲得させるべく具体的な教科・単元を対象に、その背景にある科学・学問の内容・構造と、 子どもの理解可能な順序構成の仮説をもとに「授業書」を作成し、実験授業による実践・検証を重ね、 各教科の教育内容構成の原理(のようなもの)を明らかにしていく。 実験授業の実践は、指導教員と研究上連携している実践家(小・中・高等の教員)か、大学院生の 勤務先(もしくは非常勤講師先)で大学院生本人がつとめた。 各教科の背景となるであろう諸科学・学問や教育学( 「理論」 )をもとにした授業プラン作成、実験 授業による「実践」 、それらに内包されている教育内容構成原理を構想しながら、分析により改善し さらに「実践」を重ね、 「授業書」を確定し教育内容構成の原理( 「理論」 )を作り出していく。この ───────────────────── *. 北海道教育大学教職大学院(大学院教育学研究科高度教職実践専攻)札幌. 31.

(3) 前 田 輪 音. ように「理論」と「実践」の蓄積により行われる研究はまさに「理論と実践の往還」である。 この研究を行う体制として、 教科ごとに設定する<サブ・グループのゼミ>と、 研究室の大学院生・ 教員全員が集まり報告・検討する<研究室会議>(演習含む)の両者で報告・検討を重ねた。サブ・ グループは、数学教育、国語教育、英語教育、理科教育、社会科教育、看護教育、…と多岐にわたっ た。あわせて、年に1度、研究室の大学教員・大学院生・大学院出身者や共同研究を行ってきた研究 者を中心に召集をかけ、全国学会の研究大会の前後に<教育方法学研究集会>が開催されていた。. 2 教職大学院での研究体制 筆者が北海道教育大学教職大学院に着任した2010年春は開設3年目にあたり、 「事例研究」初開講 の年である。現在、事例研究は三分野(授業開 発、生徒指導、学級・学校経営)の選択科目と して、事例研究Ⅰ(1年前期) ・Ⅱ(1年後期) ・ Ⅲ(2年前期) ・Ⅳ(2年後期)が各2単位で 開講されている。 2010年の事例研究開設時、大学院案内に記載 されてきたカリキュラムにおける「事例研究」 をめぐる解説は図1であらわされるように、学 校教育における①「課題」の抽出→②研究主題. 5 〔図1 MOB作成段階〕. 化→③方法の選択・実践と成果のまとめ、とい う3段階が想定されていた。教育実践を対象に構想を練り、 「実習」 で大学院生本人が実践することに より、理論と実践の両方が射程に入る構造(構想)となっている。開講当初は「一対一」の演習が想 定されていた6。 2-1 教職大学院 事例研究“前田ゼミ”の始まり 2010年度より「事例研究」が開講され、複数名の大学院生担当が決まり、教職大学院での「演習」 の在り方について誰も経験がないまま開始された。筆者はその年の春に着任したが、自身の大学院生 時代の経験から、可能な範囲で複数での議論により大学院生が互いに研究内容・方法を検討・交流す る機会としたいと考えていた。以下、筆者の担当する事例研究を“前田ゼミ”と記載する。 1年生(3期生(開設N年目に入学した大学院生を、以降、 “N期生”と記す) )には初の事例研究 が開講され、筆者は2名の大学院生を担当した。当時の2年生(2期生)用カリキュラムには事例研 究は設定されていなかったが、2名の学部卒院生の実習訪問とMOBを担当し、前期より定期的な事 例研究に準じる時間を設けた。後期は、1年生の事例研究に2年生が合流し、学年を超えて検討・交 流の場とした。この年度以降、前田ゼミは毎年、前期は学年別に実施し、後期からは1・2年生合同 で事例研究(以降“合同事例研究”と称す)を実施してきた。 2-2 教職大学院前田ゼミの研究主題の内容・方法の多様さ まず先に、担当した大学院生の「研究主題」にふれる。校種・教科が多様なのは教職大学院の制度 自体7から想定はしていたものの、実際に担当すると予想をはるかに超えた。その多様さの一端を示 すべく、これまで筆者が事例研究を担当したゼミ生のMOBタイトルを列挙する。以下、学部卒院生 (ストレートマスター)のものは“S” 、現職大学院生は“G” 、合わせて入学期を表記する。 「根拠をもって自分の考えを伝え会う数学の授業―文字と式の導入の指導を通して―」 (S 2期生) 、 32.

(4) 教職大学院での「理論と実践の往還」を目指した大学院生の研究体制の模索. 「学び合い活動を活かした授業―倍数・約数の指導をもとに―」 (S 2期生) 、 「中学校英語科教育 における協同的な学びへの試み―スピーチ活動を事例として―」 (S 3期生) 、 「技能を身に付け創 意工夫する力を育む家庭科教育についての一考察―オリジナルエプロン製作授業の省察をもとに―」 (G 3期生)、 「子どもが主体的に課題に向かい意欲的に追究する小学校社会科における歴史の授業 作り―教科書の奥を見せる課題づくりを中心に―」 (S 4期生) 、 「社会とつながる意欲を引き出す 地域学習の実践―小学校中学年を対象に―」 (S 5期生) 、 「当事者意識を生む授業についての一考 察―中学校家庭科における防災・室内環境整備の授業実践をもとに―」 (S 5期生) 、 「英語を主体 的に学ぶ取り組み―Outputを目的とした英語学習活動とその効果的検証」 (G 6期生) 、 「JTEと ALTの協働によるティーム・ティーチング―高等学校『英語会話』の実践から」 (G 6期生) 、 「中 学校英語科授業におけるよりよい言語活動についての一考察―自己表現活動に着目して―」 (S 6 期生)、「小学校英語教育と中学校英語の接続について―中学校1年生の実践を通して―」 (S 6期 生)、「経済的自立に関する高校家庭科の授業研究―家計と労働の学びから―」 (G 7期生) 、 「多様 なアプローチを用いた英語の文法指導についての一考察~中学校第2学年の未来形の実践から~」 (S 7期生)、 「イメージを利用して英文法活用を目指した指導の一考察―中学校第3学年<現在完 了形>の授業実践をもとに―」 (S 7期生) 、 「コミュニケーション能力の育成と文法指導の両立を 目指した英語教育の試み―教科書を生かしたタスクを用いて―」 (S 8期生) 、 「一人ひとりの考え をつなげねらいに迫らせる授業を目指して―小学校第4学年『2位数でわる割り算』の実践から―」 (S 8期生)、 「数学的問題解決のストラテジーの一考察―中学校第1学年『正の数・負の数』の実 践から―」 (S 9期生) 、 「子どもが意欲的に取り組む国語授業を目指して―小学校国語科『よむこと』 のユニバーサルデザイン化を手掛かりに―」 (S 9期生) これらに唯一共通しているのは、わかる授業の創造を目指しているという点である。 2-3 前期の学年ごとの事例研究 前期は、1年生は自分の教育実践研究の課題の絞り込みとその解決方法について先行実践・理論の 検討と実習を通して絞り込んでいき、2年生はMOBの中心課題となる授業実践(1年次を通して設 定した教育実践構想)を実習校の状況にあわせながら行う。 教科も校種も異なるゼミ生が(年度によっては現職院生と学部卒院生が)ともに報告・議論するこ とで、各教科の特色や共通性を発見したり、現職院生の教職経験上からのアドバイスはもとより、学 部卒院生のアルバイト経験が現職院生の指導案作成に役立つなど、様々な交流がみられた。特に1年 次は、全22単位にのぼる一斉講義の「共通科目」を1年生全員が履修するため、そこで得た事柄を共 通の知識として有しているという点での共通性に寄ったものである。 これは、筆者の大学院時代の<サブ・グループのゼミ>からヒントを得ている。 教科は必ずしも揃っ ているわけではなかったが、共通に履修する講義で学んだ共通性が強いと考えたことによる。 2-4 後期の合同事例研究 後期からは1・2年生あわせての合同事例研究において、1年生は自分が行いたい授業構想を先行 研究・実践などを通して整理しながら実習で試行実践・検討を行い、課題のさらなる絞り込みを進め る。2年生は前期に行った実習の分析を中心にMOB作成に着手し、再度、先行実践・理論の検討に 立ち返りながら、MOBとしてまとめていく。 合同事例研究により、2年生の現職院生の授業分析に1年生の学部卒院生の率直な質問が反映され るなどの検討・交流の成果はもとより、1年生は1年後には〇〇作業をするのだと折に触れて筆者か ら意識付けすること等にもより研究作業過程での刺激を得る。2年生は1年生の視線に先輩としての 33.

(5) 前 田 輪 音. プレッシャーを感じながら、それまでの蓄積を他者にわかるように説明しなおす場面を通し、より客 観的な言葉使いで研究を進めまとめていく機会となる。時には、2年生が1年生の検討の際に、「私 たちも昨年の同じ頃に同じことを指摘されたよね」などのフォローが入ることもあった。 これは、筆者の大学院時代の<研究室会議>における多教科での検討・交流をヒントに、多様な課 題・多教科交流・異学年交流の機会としたことによる。. 3 教職大学院での研究体制の拡張-“拡大事例研究” 修了生の大半は教職に就くため、継続的な教育実践研究が進められていく。勤務校での公開研究会 をはじめ様々な研究会での報告等は、修了後の研究の継続・発展をみられる場となる。また、本大学 院には修了生による大学院時代の取り組みやその後についての報告を、在籍大学院生・大学教員らで 聞く機会「教育実践交流会」が設けられている8。 ここでは、小規模だが前田ゼミにおけるゼミ生と修了生との検討・交流の事例として、夏季休業中 に修了生にも呼び掛け開催してきている事例研究(以降、 “拡大事例研究”と呼ぶ)について述べる。 3-1 拡大事例研究の始まり 後期の1・2学年合わせての前田ゼミ合同事例研究は、教科・課題はもとより学年をも超えた検 討・交流の場となったが、修了生の参加が得られれば、両者をつなげより継続的な教育実践研究につ ながり、かつ修了生の状況もあわせてフォローできる場となると考えた。これは、筆者の大学院時代 の研究室出身者等をよんでの<教育方法学研究集会>の取り組みにヒントを得ている。 事例研究開講後の2年間にわたり前田ゼミを履修した3期生が修了した2012年、夏季休業期間に事 例研究の一環として筆者主宰の“拡大事例研究”の開催を決め、1・2年生合同でかつ前田ゼミ出身 の修了生に参加の呼びかけをした。 8月9日、札幌駅前に開設された北海道教育大学札幌駅前サテライトを会場に朝10時から17時ま で、在籍中のゼミ生の報告・検討を主な内容とし、夜には「意見交流会」 (懇親会)もセットした。 当日配布したプログラムに記載した開催趣旨文書9は次のようなものだった。 「2012年夏 前田ゼミ拡大事例研究~『実践的研究』を模索しつつ~ テーマ解題  教職大学院というシステムが全国的にスタートするとき、その目標の一つは『実践的指導力』の 育成・形成にありました。この用語が登場するのは、教員養成課程のあり方を議論するうえで教職 に関する専門が重視されはじめたころから、とされています。  もっともよく取りざたされるのは、1997年教養審第一次答申における『教育者としての使命感、 人間の成長・発達についての深い理解、幼児・児童・生徒に対する教育的愛情、教科等に関する専 門的知識、広く豊かな教養、そしてこれらを基盤とした実践的指導力が必要である』という文言で す。他にも、『状況と対話する思考力』 『自分の実践を複眼的に省察する力量』が実践的指導力の中 核とするもの(佐久間亜紀)もみられます。  しかしながら、私自身は、教職大学院は教育実践を対象に研究するところであり、その研究が、 みなさんの日々の教育実践、これからの教育実践をいとなむ『力』のもとになるのだと考えます。 ゆえに、実践を対象にした研究として『実践的研究』をサブテーマとしました。 」10 新制度の大学院着任から二年しかたたない時点ゆえ、模索の様子がうかがえる。 (修了生との再会 の機会もあり)それなりの好感触を得たゆえ、この年以降、1年生は名刺代わりに現時点での研究課 34.

(6) 教職大学院での「理論と実践の往還」を目指した大学院生の研究体制の模索. 題と作業のまとめを、2年生は前期の実習での到達点をその時点まで行った分析とともに示す機会と して、実施を重ねることとなった。 3-2 報告者・参加修了生一覧 この年以降、夏を中心に毎年1年に1回11実施してきた。年度ごとのゼミ生(=報告者)と修了生 の参加人数の一覧を〔表1〕に示す。各回の上段は(元)学部卒院生( “S” )を、下段は(元)現職 大学院生(“G” )を記載する。表中、 “ 〔1S小〕 ”は1年生の学部卒院生で小学校専門を指し、“〔3 期元G高〕”は3期生の元現職大学院生で高等学校勤務者を指す。 〔表1 拡大事例研究参加者〕 在籍大学院生 第1回. 修了生. 合計出席者数. 〔1S小〕、〔1S中〕、〔1S高〕〔2S小〕、〔2S小〕〔3期元S中〕. 2012年8月5日 第2回. 〔3期元G高〕 〔1S中〕、〔1S中〕. 〔2S中〕、〔2S中〕〔3期元S中〕、〔4期元S小〕. 2013年7月15日 〔1G高〕、〔1G高〕. 〔3期元G高〕. 7 9. (2013年度には第3回として9月に他ゼミの英語教育1名と前田ゼミ英語教育4名を集めて英語ゼミを実施) 第4回. 〔1S中〕、〔1S中〕. 2014年7月21日 〔1G高〕 第5回. 〔1S小〕、〔1S中〕. 2015年8月11日 第6回. 〔2S中〕、〔2S中〕 〔2G高〕、〔2G高〕〔3期元G高〕 〔2S中〕、〔2S中〕 〔2G高〕. 〔1S小〕、〔1S中〕. 〔2S小〕、〔2S中〕〔2期元S小〕、〔7期元S中〕★ ★ 〔3期元G高〕、〔6期元G高〕. 2016年8月9日 第7回. 〔1S小〕、〔1S中〕. 〔2S小〕、〔2S中〕〔7期元S中〕、〔8期元S小〕 〔3期元G高〕、〔6期元G高〕★、〔7期元G高〕. 2017年8月13日 第8回. 〔3期元G高〕、〔6期元G高〕. 〔1S小〕. 〔2S小〕、〔2S中〕〔7期元S中〕、〔8期元S小〕、〔8期元S小〕★ ★ 〔3期高・元G〕、〔6期高・元G〕. 2018年8月25日 〔1G小〕. 8 7 8 9 9. 各年度の上段は(元)学部卒院生、下段は(元)現職院生 S:学部卒院生 G:現職院生 専門(勤務)校種…小:小学校 中:中学校 高:高校 ★. :修了生の報告者 . 第1回同様、各回に配布するプログラムの開催趣旨文には、その都度伝えたいメッセージを記載し たが、第2回(2013年度)ではその結びとして、 「…いつか、修了生の報告も気軽にしてもらえると 12 との一文を記載した。修了生からの報告も募集しながら開催案内 いいな、と思う今日この頃です。」. を重ねたが、第5回(2015年度)には、修了生中心の発言枠として「修了生トークタイム 今の私、 大学院生時代の私」の時間を設けることにした。 そのときのプログラムの開催趣旨文書(抜粋)を示す。  「2012年から開始した<前田ゼミ拡大事例研究>も4年目を迎えました。毎年、ゼミ員1年2年 そして修了生を招いて夏の一日を使った集中ゼミが慣例(行事)となってきました。  前期、そして1年次の研究を経て、後期そしてMOBにどうつなげていくか、それぞれの大学院 生から、それぞれの課題への取り組みについての最新の整理・検討が報告されます。 学年・修了生・ ストレート・現職の枠を超えて、活発な議論をする機会としましょう。  授業見学やMOB研究の継承、共同でのさらなる授業研究、などなど、前田ゼミのネットワーク が拡大・深化し、みなさんの教育実践がより充実することを心より願う日々です。 13 今年は修了生のトークタイムもあります!」. 35.

(7) 前 田 輪 音. 続く第6回(2016年度)では、はじめて事前に修了生からの報告エントリーがあり、あわせて修了 生とゼミ生との交流を図るべく、 「修了生とのフリートーク」を設けた。 3-3 拡大事例研究での大学院生と修了生間のエピソード 拡大事例研究を開始後、毎年欠かさず参加している修了生Aさんはお願いすると参加した感想を必 ず寄せてくれる。報告者一人ひとりへのコメントは実質的で、後期の事例研究の報告の際に参照して いるゼミ生もいるだろう。ある年度のあるゼミ生へのコメントの一例を以下に示す。  「昨年度の拡大事例研究の発表から、さらに研究が深められ、可視化されたと感じました。ワー クシートもとても見やすいです。TC記録の分析は、 『子どもの発言から』読み取っているところが 素晴らしいと思います。MOBの章立てもできていて、計画的な〇〇さんに頭がさがる思いです。」 成長を読み取り、エンカレッジしてくれている。 歴代の修了生の中で最初に報告エントリーをした元現職院生で高校教員のBさんは、修了した年か ら拡大事例研究に参加し、第6回からは継続的に報告している。Bさんは「…いつか、修了生の報告 も気軽にしてもらえるといいな、と思う今日この頃です。 」14という一文を開催趣旨文書に記載した年 にゼミ生として在籍していた。報告は、その時々の勤務校の状況をふまえながら実践の概要が整理さ れた報告となっているともに、その時々の迷いや苦悩を述べてくれる。高校教育にふれることが少な いゼミ生や他の修了生にとって、貴重な機会となっている。 元学部卒院生のCさんは、報告で、赴任後に受けた研修等が教職大学院での講義と重なっているこ とを示し、本大学院の講義の有用性を強調した。ゼミ生の受講意欲増進の一翼を担ったと思われる。 一方、学部卒院生だった修了生のCさんはある部活の指導について学部卒院生のゼミ生Dさんに協力 を仰ぎ、Dさんは何度かCさんの勤務校で手伝いをし、両者にとって良い機会となった。 元学部卒院生のEさんは、1年生学部卒院生のFさんの報告を聞いて、自分も同じ学年で同じ教科 に悩みを持っていることを率直に述べた。筆者がその場でゼミ生Fさんに、 「Eさんに授業を見せて もらったらどう?」と気軽に声をかけたところ、後日、修了生Eさんから筆者に連絡が入り、管理職 から見学の許可を得たのでゼミ生Fさんに授業見学を打診してきた。その後、当人間で何度か打ち合 わせ、Fさんが実習で実践した同じ単元を、修了生Eさんが実践することになり、Fさんが見学させ てもらった。Fさんは異なる実践にふれて、視野が広がったようだった。 「前田ゼミのネットワークが拡大・深化し、みなさんの教育実践がより充実する」15ための、ささ やかだが地道な過程を経て今日に至っている。. 4 事例研究の新段階の提案-「理論と実践の往還」を継続・発展させていくために 以下、前田ゼミ生の様子から見られた研究のステップを、図1の3段階をもとに書き連ねる。 第1段階 共通科目と選択科目16の講義を基礎にして、学校における実習とそれに基づく事例研究か ら、勤務校や自分にとっての課題を抽出する。 教職大学院生は、教育実践上の課題を抱えて大学院の門をたたき、その(一定程度の)解決を大学 院在籍期間において目指す。その課題とあわせ、一斉講義(主に共通科目)で「課題」の「種」はま かれるが、掘り下げ具体化していく(先行理論・実践の検討)のはむしろ事例研究の役目となる。 特に、入学してから1年生の後期くらいまではこの段階と言えよう。 第2段階 抽出した勤務校や自分にとっての課題を、指導教員とともに研究主題として練り上げる。 遅くとも1年次末にはMOBのメインテーマとなる「研究主題」を設定し、それを2年次の実習に 36.

(8) 教職大学院での「理論と実践の往還」を目指した大学院生の研究体制の模索. 掲げて実践にのぞむ。自分の納得のいく研究主題に絞り込むためには相当な時間が必要である。特に 1年次通して、「第1段階」と「第2段階」を行きつ戻りつする様子がみられる。 筆者着任当時、担当したゼミ生の指導において研究内容・方法を提案したが反応は芳しくないこと もあった17。この時の経験もあって、徹底的にニーズを引き出し、ゼミ生自身の手で、より具体化し 焦点化するための支えの役割を果たすことに方針を変更した。 筆者の培ってきた内容・方法をあてがうことが出来ないのは、大学院生がみな教育実践者としての 専門家(を目指す)故のことなのかもしれない。従来の教育学研究科との違いといえる。 第3段階 研究主題に沿って、相応しい解決方法や研究方法を選び、実証的・実践的な研究をおこ ない、実践とその成果をまとめる。 2年次実習では、自ら行いたい授業実践の構想を実践として具体化すべく、数時間にわたる一単元 (あるいはそれ以上)の授業を実践し、ときに修正しながら、様々なデータを収集していく。2年次 前半が実践、後半が分析( 「成果をまとめる」=MOBにする)の期間となる。 構想通りにいかない場合、実践の問題なのか・構想の問題なのか、綿密な分析が必要となる。分析 の過程で第2段階に立ち返り、本来目指していた研究主題にふさわしい内容・方法の再検討を迫られ ることもあり、1年次に筆者が提示した内容・方法の意義が初めて認識されることもある。最終的に は「研究主題」が実際に行った実践をより的確に表すものに変わる場合すらある。 さらには、その再設定した研究主題が、修了後のさらなる研究課題として生きていくこともあろう。 ゆえに、これらの歩みをもとに、従来の3つの段階に、次のもう1段階を付け加えたい。 新第4段階 第3段階を経て、時に第2段階で練り上げた「研究主題」を再考しながら、さらなる 研究主題を練り上げ設定し、先行理論・実践のさらなる検討を行ない、教育実践を展開していく。 構想した実践を実習で実践・検証しMOBにするという過程は、 「理論と実践の往還」を必然的にす るが、2年間の在籍期間を経て、さらなる実践を生み出すことを一連の段階に位置付けたい。特に2 年次の後半以降(修了後を含む)がこの段階(の準備期間)と言える。. 5 まとめ 以上、述べてきたように、教職大学院での前田ゼミは、学年ごとの事例研究、合同事例研究、拡大 事例研究、で構成されており、それは、 筆者の大学院生時代の従来の教育学研究 科の教育方法学研究室での、各教科の <サブ・グループのゼミ>、全員が集ま. 〔表2 研究(演習)体制の応用〕 従来の教育学研究科(筆者出身研究室) A.サブ・グループのゼミ(教科ごと) B.研究室会議(全員) C.教育方法学研究集会(B+大学院出身者). 教職大学院(前田ゼミ) ⇒. A’.事例研究(学年ごと). 応用 B’.合同事例研究(全員) C’.拡大事例研究(B’+修了生). る<研究室会議>、研究室の先輩たちも 集まっての1年に1回行われる<教育方法学研究集会>などをもとに、いわば教職大学院用に応用し て企画運営してきた(表2)ものである。 わかる授業をつくるという目標を共有し、授業づくり・授業研究を行う前田ゼミとして、多様な教 科・課題に向かうべく、筆者自身の研究内容・方法の枠にとどめることなく、さしずめ「コンサルタ ント」18スタンスで大学院生とともに研究を積み重ねてきた。ゼミ生にとって、この研究体制は講義・ 実習と修了生との実践研究を通したつながりの萌芽も含め、 「理論と実践の往還」を体現する研究に それなりの役目を果たしてきた。多様なMOBタイトルがその一端を物語る。各ゼミ生の実践上の課 題をどれだけ解決できたのかは不安になるが、MOB発表会や修了生を祝う会などの晴れ晴れとした 37.

(9) 前 田 輪 音. 顔をみると、多少の役割は果たせてきているのではとも思われる。 一方で、修了後の継続的なフォローも必要だろう。全修了生(当時)対象のアンケート結果からは ニーズは多様19だが、修了生自身による事例研究の取り組み20等、今後の維持・発展が期待される。 拡大事例研究等での修了生の発言や報告等を通して、実践を研究的に進展させていくことをフォロー する教職大学院のあり方を今後も模索していくことが要請されるだろう。 謝辞 筆者の事例研究の運営に協力的かつ熱心に研究を進める在籍院生・修了生に感謝の意を表す。. 註 1 当時のカリキュラム委員長の栢野によれば,大学院生から「各指導教員と一対一での落ち着いた雰囲気の中での, 自らの実践研究の方向性を討論する機会」が渇望されたことがその契機である。栢野彰秀(2011) 「総合的な説明 責任能力と個別課題を深める教職大学院のカリキュラム改善の特徴」『北海道教育大学大学院高度教職実践専攻研 究紀要』創刊号,pp.39-40。 2 前田輪音・箭原さおり(2016) 「実践報告 教職大学院および修了後の教師の『研究』過程」 『北海道教育大学 大学院高度教職実践専攻研究紀要』第6号,前田輪音・佐藤郁子・上村真太朗(2017) 「経済的自立を目指した『家 計と労働』の授業開発―家庭科教育を軸に法教育・弁護士・憲法教育の連携により」 『北海道教育大学大学院高度 教職実践専攻研究紀要』第7号,参照。 3 現 北海道大学大学院教育学研究院 4 北海道大学教育学部(1985) 「いわゆる『70年構想』から」教授学研究グループ(1970) 「教授学研究の構想」 北海道大学教育学部教育方法学研究室『教授学の探究』第3号。他,授業書等についての取り組み方等については, 本稿では直接対象としないゆえに,省略する。 5 図1は,2010年度教職大学院案内パンフレット向けに作成され,その後,毎年度掲載されてきている。 6 前掲1)栢野(2011) 。 7 教職大学院は創設当時,教科に特化したコースは想定されていなかった。 8 修了生のフォローアップの面と,修了生と大学院生との交流の場にもなっている。ただし,1名20~30分の報 告ゆえ,必ずしも十分な報告・交流の時間を確保できたとはいいがたい面もある。 9 拡大事例研究では毎回,報告者一覧とともに開催趣旨(筆者による)を文章化し掲載してきた。 10 前田 拡大事例研究第1回プログラム開催趣旨文書(2012.8) 11 2013年度のみ「第3回」として他ゼミから1名招き英語教育ゼミを別途行っている。 12 前田 拡大事例研究第2回プログラム開催趣旨文書(2013.7) 13 前田 拡大事例研究第5回プログラム開催趣旨文書(2015.8) 14 前掲12)前田(2013) 15 前掲13)前田(2015) 16 この解説では, 「共通科目」と「選択科目」のほかに「事例研究」の記載があるので,この文面でいけば事例研 究は選択科目に入っていないことになろう。一方で,学部卒院生は1年次には事例研究をのぞいた選択科目を受講 できないので,この解説は学部卒院生には必ずしもあてはまらない。なお,現在のカリキュラムでは事例研究は各 分野の選択科目とされている。 17 一例として,前掲2)前田・箭原(2016)p.99。筆者は,ゼミ生(箭原)が二年次になってなお,「教師自身の 研究ニーズを大学院担当教員としてどう見出すか・あるいは見出させるように仕向けるか,という教師教育におけ る前田の課題が大きくなった」と記し,ゼミ生の研究課題見定めをフォローすることについての困難さを示した。 18 教育心理学者である鹿毛雅治は, 学校の公開授業研究会等での研究者の関わり方として, 「指導者」スタンスと「コ ンサルタント」スタンスとを示している。前者は研究者がイニシアチブを取りながら指導を行い,研究者が構成し た理論を現場が実践し検証するという関係にあり,後者は教師と教育研究者が協同的に解決していき,対等な関係. 38.

(10) 教職大学院での「理論と実践の往還」を目指した大学院生の研究体制の模索. でそれぞれの専門性を発揮し問題解決に寄り添う等してかかわる。教職大学院生が有する研究課題の多様性やその 成長のためには, 時にコンサルタントとしてふるまうことが,大学院生の課題解決に資すると考えられる時もある。 鹿毛雅治(2002)「フィールドに関わる『研究者・私』―実践心理学の可能性」下山晴彦・子安増生編著『心理学 の新しいかたち―方法への意識』誠信書房,pp.140-143。 19 2016年1月に実施した修了生対象アンケート結果のうち,修了生が大学院にのぞむ事柄については,前田輪音・ 工藤久美・大久保昌史・水上丈実・寺嶋正純(2018) 「修了生アンケートと事例からみる『学び続ける教師』と北 海道教育大学教職大学院―『修了生フォローアップ』を模索しながら―『北海道教育大学大学院高度教職実践専攻 研究紀要』第8号,p.49参照。 20 たとえば,教職大学院札幌キャンパス第7期生は自分たちで運営する研究会で事例研究等を継続的に行ってい る。前掲19)前田・水上・寺嶋・大久保・工藤(2018)のうち,工藤によりまとめられている(pp.51-53)。また, 釧路キャンパスでは,教員,教職大学院の院生・修了生はじめ多様な人たちによる研究会が開催されている。柴田 題寛・安川禎亮・寺嶋正純・澤田康介・吉藤研人・渡辺達樹(2018) 「教職大学院(釧路校)自律訓練法研究会の 取組―教職大学院での学びの深化―」 『北海道教育大学大学院高度教職実践専攻研究紀要』第8号参照。. 39.

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参照

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