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生活態度変容(転換)の契機(その一) : 概観と問題点

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Academic year: 2021

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(1)Title. 生活態度変容(転換)の契機(その一) : 概観と問題点. Author(s). 今宮, 廉太郎. Citation. 北海道學藝大學紀要. 第一部, 7(1増補): 49-60. Issue Date. 1956-07. URL. http://s-ir.sap.hokkyodai.ac.jp/dspace/handle/123456789/3592. Rights. Hokkaido University of Education.

(2) . 第 7 巻 第1号. 北海道学芸大学紀要 (第一部増補). 昭和3 1年7月. 生 活 態 度 変 容 (転 換) の 契 機 -- その一 概観と問題点 --. 今. 宮. 廉. 太. 郎. 北海道学芸大学旭川分校教育学研究室. Rentar◇ IMハムはYA ; ハα。t ives for col ・version of Behavior Pa l fe Phi t t ern (Li osophy) I Pi -- Part l cture & lssues . overal . -「. 1. 序. ある言葉や事件や場面の経験をきっかけとして、 生活場面における思考、 判断、 決意、 行動の傾 向あるいは内面的価値体系が、 急速にあるいは漸進的 に変容し、 爾後の生活適応の調子に変化を来 たすことが屡々見受けられる。 このような 「きっかけ」 となる経験を、 今ここで 「生活態度1 ) 転換 の契機」 と呼んでおく。 ーそう限定的に言うならば、 いわば 「人生を歩む上に拠り所とな」2 ) ったり、 あるいは 「一生 を ) といったような意味内容をもった観念や意識構造及びこれらによって創り出され 支配する教訓」3 る行動形態の発生的条件について検討しようとするのが、 この調査の目的的である 。 周知の如く、「態度」 の概念規定には多くの問題がのこされているが4 ) 詳細 な検討はさておいて 、 一応チェーブおよびオルポートらの考えにしたがっておこう すなわち 「態度は 感情・欲望,恐 。 、 怖・確信・偏見または各種の経験に基ずいて人に心構え、 すなわち行動への心的・神経的5 )6 )準備 7 ) 態勢を与える、 他の傾向の複合体である。 」 しか し、 この調 査 で は、 どち ら か とい え ば 日 常 語 と して 使 わ れ て い る よ う な 包 括 的 な 概 念 と して. 扱っていきたい。 というのは、 態度の研究の重要性は 「現実の具体的な社会心理と取組んで 問題 、 ) こう とするに あるか ら である を 具体 的 に … … 解決 して い」 8 。. 本論の論題には、 生活態度の 「形成」 という言葉を用いるのがより妥当かも知れないが 現象的 、 に は、 特 に 教 育 の 場 に お い て は 変 化 が 問 題 に な る の で、 「転 換」 叉 は 「変 容」(Conver 0 )1 i )と s on) 9 した の で ある。 1) 「生活態度」 とい言葉は、 昭和五年の壮丁検査の調査に使われている。 その質問の内容は 1 、 .一生懸 命働いて金特になる。2 .まじめに勉強して名をあげる。 といった項目があげられており、 一応生活目標 といってもよいものである。 本諭の 「生活態度」 も生活目標と深い関連をもつことはいうまでもない。 2) 久松潜一 ; 「二つの詞」、 私の人生訓、 誠女堂新光社、 昭27 .6 ,80頁. につかわれた言葉 3) 本多顕彰 ; 「水に流れる」 、 同上、88頁。 ” “ idance 4) Traxl r e 78頁。 , A. E“ Techniques of Gu , 大塚三七雄・沢田魔 輔訳、1 島田一男 ; 「社会態度」、 日本応用心理学会編」 「 2 ~ J心理学講座」 第lo巻 m , 6頁。 ‘ ‘ i “ 1por I Ps t 5) AI a ogy ychol . H, .320 . ,F , Soc , 1924 ,p ‘ ’ , , ‐ t . i ー l t tudes i 6 ) AI ー くofsoc t chi son S A Hand Boo aー Psycho. , por ( gy , G. w. , At , ln ML .810 . ,1935 ,p ” i i i l 7) Chave,B,Jり A New Type Scale for Measuring At t tude浅’ Re ous 日ducat on gi , 13 ,1938 , P .364 .. 8) 波多野完治 ; 「米国大学生思想調査」 . 、 心理学研究、 7巻、 昭7. - 49 一.

(3) . 今. 宮. 廉. 太. 郎. ) l i on of Col ege Student s (Gar son & Mann; A Study ofthe opini . Psychol . .1931 .J . Soc. 1頁。 58 9 ) 清水幾太郎 ; 社会心理学、19 ,12 4~15頁。 lo) 佐藤幸治 ; 態度と人格形成、 「児童心理学」 第8巻、 第12号、i. 2. 態度研究の重要性と系譜. 1por t オ ル ポ ー ト (AI ) が 「態 度 の 概 念 は 恐 らく ア メ リ カ 社 会 心理 学 の 最 も時 異 に して、 , G. W. ) と い っ て い る よ う に、 アメ リ カ に お い て も、 態 度 形 成 に つ い て 必 要 欠く べ か ら ざ る 概 念 で あ る。」1. 2 )「態 の実証的研究が、教育的見地からも社会的立場からも、特に必要であることが指摘されている。 度」 の問題の重要性とその研究の現状は、 古賀氏が指摘するように、「態度の社会的発生におよぼす ) 諸条件の研究は、 すこぶる重要であるが、 現在のところ、 それは未開拓のま }残 され て い る。」3 いささか煩嶺ではあるが、 態度についての研究の主なものを概観して見よう。. 態度形成に関する発生的研究としては、 ヴェッターとグリーンの反宗教的態度の発生に関するも ) やデエ ヴイスのロシアにおける共産主義リーダーの革命的態度の発生に関する研究5 )などが先 の4 駆をなすが、 その他幼児期における経験と性格形成との関係についての研究などの中にも、 態度形 ) ソロ ー キ ン と ポ ル デイ レフ は 大 衆 の 意 見 と 専 門 家 あ る い は 成に 関 す る も の が ふく ま れ て い る。 6 、. ) さらにマープルは、 同 じく 個人の政 権威者とが、 個人の審美的な態度に及ぼす影響について、7 、 8 ) 治的、 社会的態度に及ぼす影響力を調査している。 ペ←ターソンとサ←ストンは、 映画の子供の ) 態度に及ぼす影響を研究 している。9 o )最近の研 講話と集団決議による態度変更への効 果については、 レヴイ ソらの研究が見られる。l 究では、 マッキーチーは学級集団における、 犯罪者の版扱い、 児童の自由や黒人などに対する態度 について、 講話、 投票及びその結果の発表、 集団決議の三つの方法による態度変化の比較を行って i ) い る。 l. i オル ポ ー トは、 カタ ル シ ス (athars s= 流 下作 用) が、 態 度 (偏 見 の 除 去) に 及 ぼ す 効 果 に つ い 1 2 3 ) )そ て 研究 して い る。 シュ トラ ソ グは、 グル ー プ ・ ワ ー ク の 態 度 に お よ ぼ す 効 果 を、 調 べ て い る。1. のほか両親、 社会教化団体、 教育機関などの影響についても多くの研究が見られる。 以上はアメリカにお ける研究であるが、 わが国においては、 古 賀 氏の 「競技に対する意見」 や 5 )の 研究があり、 中邑幾太郎氏の 「柔道に対する態度」1 4 )また 「平和に対する態度」i 6 「態度」1 、 )佐 1 7 8 」などの 胡 ▲劣があげられ 藤幸治氏の 「民族に対する好悪」 、 )佐野勝男氏の 「文学に対する態度」1 る。. これらを概観するに、 アメリカの研究の多くは、 一定の局限された経験を与え、 それの影響力を 見ようとしているところが特徴的であり、 一方わが国の調査研究は、 態度の測定の方法 や技術の問 題 に 中 心 がお か れ て お り、. tus r ま た どち ら か と い え ば 状 態 研 究 (sta esear ch) の 性 格 を 持 っ て い. る とい え る。. これらの立場や方 法は、 もちろん研究の科学性を高める条件として 敢えて重視されたのであろう が、 しかし、 生きた現実の生活の場への疎遠性と、 局部性すなわち、 モザイ ック的な心理 学研究の 陥りやすい弊を、 ここでも免がれえない感がある。 要するに、 生活にとって知識や技術よりも、 一層基本的な意義を持つ態度、いいかえるならば、知 ion) を 与 え る 鍵 と な る よ う な 包 括 的 な 意 味 内 容 を 持 つ 態 識 や 技 術 に イ ン テ グ レー ショ ン (nt egrat. 度についての研究は、 殆 ど見られないのである。 “ “ i 1por I Psychol t 1) AI chi son’ s Hand Book of Soc a ogy .p .798 , G. ▽. , Mur , 1935 . ’ ’Enc c “ 1950 P 83 i i f B R h l d d I t 2) Mo口roe, w. S. e n e o a e r o a o u c a s a c P y . , . , ,. - 50 -.

(4) . 生活態度変容 (転換) の契機 3) 古賀行義 ; 社会態度.輿論 調査、 「社会心翼学」 河川書房 昭19 70頁 . 、 。 “ t 4) Vet l i er t sona ing Athe t i y and Group Fac or si n the Mak t , G・ B. & Green , M. , Per s sF J .abn . & soc .psychoL .179~94 ,1932 ,27 . , pp. “ 5) Davi ” i s t t xt i . s andi ng Comn t Leader ,J , A Study of 。ne hundred and s ・un y-three ou s , Proc - Amer i ol . Soc . Soc,1930 .pp .42~55. ,24. “ 6) or.ansky, H” ”lnfant Care and Personal i t l l y , Psychol . Bu . ,1949 ,46 .1~48. ,pp. ” 7) Soroki dyre任,J n imenta luence of Sugges I St . A. & Bol ion on udy ofthe l ,P nl t . w. , An ExPer “ An imi the Di i luat もer nat s and the Va f s i on of peapi J 9 l e ・ 1 3 2 e r o o c o .. , .720~730 . , ,37 , pp ‘ ‘ i 8 ) Marple, C. H. t ib i i ・para l ve Suscept ty ofthe Thr l ee Age Leve , The Con t st o the Sugges f on “ t opi of Group Ver sus Bxper ni on . Soc , J . Psychol . .176~186 ,1933 . ,4 , pp “ 9 ) Peterson, R. C. & Thurston, L. L. ion Pi “ i I At i c〔ure and the Soc t dren tudes of Chi l a , Mot , New York: △ 亘acn i l l 1 3 . an . , 93 ” ’ ’ 10) Lewin, K. i i ersi in Fi n Group Dynan d Theor l i l i cs e n Soc , Front ence aI Sc ) yi , T947 ,( ,1951 . ” ndi =) Mckeachie,W.J idua I Comf v i t ormi t tudes 。f Cー . ass room Groups“ J , l y to At .abn . & soc . ) 1 ー sycho . ,1954 .282~89 ,49 , pp . ” ’ , Soc l ー i 12) A1 t i i s and the Reduc por jud t on 。f Pre ce , Cathars , G. w. sues . s . , J .3 ,1945一, No ・ , pp 3~lo . i “ 13) Strang、 Rリ ”Group Act i i t l l v esin Co ege and Secondary school , 1946 . 1 4) 古賀行義 ; 「競技に対する態度の測定」 9 9 、 心理学研究一 , 昭 .. 15 ) 古賀行義; 「戦争か平和 か-青年学生の態度の研究」 応用心理研究 4巻1号 昭11 、 . 、 、 16) 中邑幾大良 IE 「柔道及び剣道の心理的研究」 . 、 中女館、 昭9 17 ) 佐野勝男 ; 「青年学生 .の文学に対する態度の測定」 、 心理学研究、20巻3号、 昭25 . 18). 3. 調. 査. 方. 法. そこで、 私は、 各自の現在までの人生経験において 最も重大かつ代表的と思われる 「態度の変 、 容」 の経験をまず採り上げ、 それの動因となったものは何か 主体や環境の条件はどうであったか 、 を、 検討する方針を取った。 調査の方法は次のようである。 調査対象として次のものをとりあげた。 (a) 現代のわが国における名士5 1名の反省鍬。 これは 誠女堂新光社発行の 「私の人生訓」 と 、 いう題名の書物 に集録されたものである。 ) 大 学 生70名 に対 す る ア ン ケ ー ト。 以 上 で あ る (b 。. ) の中で、 調査の対象になりえないもの 例えば 自己の体験の経過を述べられず 信奉す ( a 、 、 、 る自己の教訓そのものを記述されたり、 あるいは現在実行しておられる事柄の叙述であったりする も のを 除 いて、 51ケ ー ス の中32ケー ス (cと 略 す る 以 下 同 じ) を 採 り 上 げ た 。 。. (b) の大学 生に対する設問は、 次のようにした。 ( ) 内 は、 こ の 報 告 の た め の 説 明。. 課題. 私の自覚的生活態度に影 響を与えたもの。. これ ま でに、 あ な た の 生活 態 度 が、 何 か の経 験 を き っ か け と して 著 しく 変 っ た と い う こ と 、 が ありま した か。 あっ た ら、 次 の 間 に 答 え て 下 さ い 。 g) あっ た。 ◎ 思 い あ た ら な い。. 1 . 影 響を与えたものは何でしたか (ここ で 「人 の 行動」 「言 葉」 「場 面」 「事 件」 な ど細 か い 項 目 を あ げ て チ キ ッ ク さ せ た さ 。. らに 「言葉」 の場合については、 「本で見た」 「言った人は誰か」 「映画の中 で」 などの項 - 51 -.

(5) . 今. 宮. 廉. 太. 郎. 目をあげた。 次に 「言った人は誰か」 の項では、 「父母」 「教師」 「友人」 「兄弟」 などの 項 目 を あ げ て、 チ ェ ッ ク さ せ た。」. 2 , その時の状況 ○その頃の自分の精神的状態及び環境の特色は どうであったか。 (ここでは 「主体の条件」 と 「環境の条件」 とにわけ、 主体の条件の項においては、 「その 経験はいつごろのことであったか。 」について、 幼児期、 小学校、 中学校、 高等学校、 大学と ) わけ、 さらに年齢および何月頃かも加えておいた。 プラス (十) の状態であっ たか、 マイナス (一) の状 ○その条件は、 自我の拡大の観点から 態であったか 。 (+) とは、 成功、 富裕、 自信の獲得、 希望、 喜び、 満足 といった状態をさす。 (-) とは、 失敗、 貧困、 落胆、 不満、 自信の喪失、 不平、 迷い、 悲しみな どの状態をさ す。. (この十、 と-の状態の分類を、 学生各自に判断させて記入させた。 「主体の条件」 につい ) ても、 「環境の条件」 と同様に 三つに分類させた。 ○その内容 (ここでは、 上記の十の状態および一の状態をはじめその外の諸条件について、 出来るだけ ) 詳しく記述させた。 3 . それ以後の影響の状態。 (その経験の時以後、 どんな場面で、 どのように行動に影 響を及ぼ したかについて記述さ赤 た。) (○) 上 の 何 れ で も な い 状 態。 4 . 其 の 他 (こ こ で は補 足 的 に、 自 由 に 記 述 さ せ た。). l i ) ‐b ographi ca 設 問 は 以 上 の よ う で あ る が、 (a)は も と よ り、そ の 殆 ど全 部 が、 自 叙 伝 形 式 (auto. b ) の場合も 2 の記録であり、 ( .3 .については、 推移の状況を詳述させたので、 質問紙法と自叙伝 形式を併用 したことになるわけである。 学生に記述を求 める際には、 具体例を示しつつ、 細かい説明を加えた。 叉秘密を要することにつ いては、 これを厳守す べきことを誓い、 提出は直接私に手渡す方法を 探った。 2 1 )何 b ) 「きっかけ」 となった経験の類別。( ( ) ともに、 次の五項目について整理した。 ( a)( 4 3 ) シチュエーションの特徴 から、 あるいは誰から得たか。 ( ) 発達段階の何時ごろであったか。( 5 ) さまざまな観点から見て、 どんな特 色が見られるか。 はどうであったか。 ( 整理のはじめにあたっての一応の日やすであって 以上は、 、 調査が進むにつれて、 新たな項目を 設けなければならないことは予想された。 このような記憶に頼った、 反省的方法による態度の調査には、 大きな問題があることは言うまで もないが、 2節に述べた様な澱由もあって、 一応この方法で明かにし得たことのみを報告すること に す る。. 0人と なお大学生の調査の中、 「思いあたらない」 が10人あり、 直接調査の対象になったものは6 な る。 ま た case でいうならば、 一人で二つ以上の case を あげ て い る も の も あ り、 case の 数は 各項ごとに異同が出来た。 - 52 -.

(6) . 生活態度変容 (転換) の契機. 4. 契 機 の 類 別. 1 . 大 学 生 の場 合 。. 大学生の場合では、 チェックされた項目は、 「言葉」 「格言・鯉言」 「人の態度」 「物語」 「体験」 「劇的場面」 で、 その case の数は第1表のようである。 これらの各項 目の内容について 幾つか 、 の例 を あげ る な ら ば、 次 の よ う で ある。 第1 表. 大学生 の場合. 1種 ィ. 「言葉」 として分類されるものでは、 「父の言葉」 同 僚の助言」 「家族の酷評」 r先生の訓辞」 (これは非 ”). 別 1伽 ! %. 常に多い) 「親の説得」 「偉人の言葉」 「侮辱的言辞」 「学. 葉ー 3 51 ,“. 言. 。 格言 、鰐 言 ト. Ff. 奨墓 ご 金 の選. 旨1 1. . . . 習上 の 助 言」 な どで あ る。 ◎. 「格 言 ・ 便 言」 (言 葉 と 同 種 類 では あ る が 特 に 項 、. 目を 設 け て,見 た。)の項 で は 「頼 山 陽 の 詩」 「ゲ← テ の 詩」 「西 郷 隆 盛 の 漢詩」 「キ リ ス トの 言 葉」 な どで あ る 。. へ 劇的場面(事件)1 71 =. 「人の態度」 にわけられるものでは 「教師の不公 、 平な態度」 「教師の暴言をともなった乱暴な態度」 「兄の寛大な措置」 「父の笑顔」 「小説の主人 公の殴誉褒肢を度外視した態度」 などがあげられている。 ”. に } 「物語」 による影 響の例では、 「学習意欲に関する例話」 「友人や人妻の自殺 についての実 話」 (開拓者の苦しい生活状態を見聞して) などである。 「体験」 の場合は、 「クラスを牛耳った経験」 「日記を続けた体験」 「性的悪癖を見つけら れて、 罵倒された経験」 な どである。 内 「劇的場面 (事件) 」 の項では、 「尊敬している人から物をもらった」 「入学試験合格がわか の評 価がひどくわるかった」 「弟の重病 (崎型) ったとき」 「通信裏 」 などである。 鮒. 第2 表. 1 ィ. 言. ホ. 別 一. 。態度・人格 ‘. 。. ハ 二. 種. 物 体. 名 士 の 場 合,(第 2 表) は どう で あ ろ う か。. 名士の場合. 験 劇 的 場 面 (事件) ・. ドeE. 1 ; 2 6 2. % 3 7 6 19 6. 次 の ょ 動こ類 別 す る こ と が 出 来 るo す な わち 「言 葉」 「人 の 態 度 ・ 人 格 . 行 動」 「物 語」. 「体験」 「劇的場面 (事件) 」 「優れた芸術作品」 「生物 に 学 ぶ」 「映画」 で あ る。 以 上 の中、 数 の 多 い”) 、 ◎、 幹 に つ い て、 そ の 二 三 の 例 を あげ て 見 よ う。. --. あっ た 『シ ソ セリ テイ』 と い う 言 葉」 (久 松 潜 一 氏)。「校. 長先生 (高校時代の) の 『スロウ・バット・ステディ』 の訓え」 (久松潜一氏) 。「の幾十百回とも なく父から聞かされた教訓」 (西川義方氏)。「土工吉五郎の言葉」 (長谷川伸)。「友人におそわっ た漢詩の一節」 (石田一松氏)。などがあげられる。 ◎ 「人の態度や人格」 の影響によるものとしては、 「恩師パ ヴロフの飽くまでも地味な 骨お 、 しみをしない研究態度」 (林概氏)。 「スキー競技におけるジャンパ ーの頑張り強い 態 度にうたれ る」 (中川善之肋氏)。 「母親や祖母の考え方、 とくに学問に対する態度」 (佐藤信衛) などがあげ 。 られる。. 鈎 「体験」 に類するものには、 「真夏におけるスポ←ッの必死の猛練習」 (織田幹雄氏) 「全 。 く人に任せきって、 立派な家を建てることに成功 した体験」 (宮本忍氏) 「危機の体験--富士 登 。 - 53 一.

(7) . 今. 宮. 廉. 太. 郎. 山をして悪天候のため命拾いをした体験」 (石原忍氏)。「危機の体験--水泳中、 気まぐれなあぷ ずなく なり、 九死に一生を得た体験」 (本多顕彰氏)。などである。 ない潜水をして、 急におよを 解. 釈 ここで特に注目 されることについて、 一つだけふれておこう。 次回の報告で採り上げようと思う. が、 それは 「言葉」 の影響のきわだって多いことである。 大学生の場合の、 「格言、 僅言」 も当然 「言葉」 と見ることが出来るとすれば両方で47Cで全体 の67% を 占 め て い る の で あ る。. 名 士 の 場 合 に つ い て も 同 様 に、. 全 体 の37% を も 占 め て い る こ と か. ら見て、 態度形成の上に、 言葉の影響力が極めて重要であることが察せられる。 言葉の影響が、 現 実の生活 場面において、 どんな心理過程であらわれるのであろうか。 志賀直哉氏の言葉 を ,か り よ 生き の 生活が越 1 ていた時 精神 ) の 私の心の中に祖父 「四十五年前に亡くなった祖父を億うと、 う。 え る のを 感 ず る。 こ う い う意 味 で、 勝 れ た 人 間、 例 え ば、 釈 迦、 孔 子、 キ リ ス ト、 と い う よ う な、. 人達の生きていた時の精神活動 が弟子達によって一つの形を与えられると、 それは殆ど不滅といっ て い い 位に 伝わ り、 働 き を す る。」と い う の で あ る。 ジ ャ ー ネ ー の 言 う よ う に、 精 神 活 動 の 多 く は、. i印 象 に深く刻み込まれた 「言 言葉 (言語) によって表現 され、 伝えられるものとするならば、2 葉」 が、 簡単なちょっとした言葉であっても、 折にふれて、 始終記憶に建って、 気持をはげまし、 希望をあたえ、 あるいは強い反省の契機となって、 行動への大きな規制力として作用することは、 句氏は 「私の人生訓」 の中でこう - 容易に想像されることである。 もっと端的な例をあげよう。 斎藤= いっている。 どこからまぎれこんだかわからない、 素性の知れない言葉ではあるが、 いつごろから かわからないが 「大いなる夢」 という言葉が口癖となった。 『大いなる夢』 という言葉を、 口の中で繰り返えすと、 元気が出 そうしてこう述べておられる。 「 て来る。 ……かすかな希望のようなものが、 湧いて来る。 何故だかわからない。 理由はない。 どう い うも の か元 気 が 出 て 来 る。 かす か な希 望 の よ う な も の が 湧 い て 来 る。」と。 こ れ ら の こと か ら、 ガイ ダ ン ス、 特 に カ ウ ン セ リ ン グ に お い て は勿 論 の こ と、 現 在 の 問 題 に な っ. ている学校における道 徳教育の上で、 言葉による教育が、 新たな注意を向けられる必要があるよう に思われる。 うと名士 の場合の回において、 見られることは、 他人の望ま しいと思われ なお、 大学生の場合のそ る態度を、 自己の模範として受入れる場合と、 反対に、 悪いと判断される人の態度に対して、 反橋 的に反対の方向に影響を受ける場合があることが、 注目される一つの点である。 これらの点について詳諭は次回にゆずることにする。 1) 志賀直哉 ; 私の信条、 「私の信条」、岩波新書、7 5 ,45~46頁。 ‘ ” lnt l l igence avantl 2) Jane t; ‘ e el angage .8 . , 1936 ,p. ジヤネーによれば 「いわゆる高等精神作用は、 多かれ少かれ言語を予想 し、 言語 に依存して出て来るも の であ る。」. 5. 生活態度形成に及ぼす学校教育の影響. 学校教育の観点から、 少しく考察して見よう。 i t t t t tudes) や 行 動 形 態 (behavi or pa erns) に 影 響 を 与 え う る か どう か の 問 学校 教 育 が態 度 (a 題 につ いて は、. ) や オ ジェ マ ン ベイ トマ ン と レー マ ス (Bat s eman , H, H, , R. M.and Remmer. (oi ) の 研 究 が 見 ら れ る。 こ れ ら の 研 究 の 結 論 は、 前 者 で は、 学 校 の 経 験 は、 態 度 の eman , R, H,. )後者の場合は、 社会科の三つの単元の展開によって、 教材について 形成に効果的であったとし、1 の理解が深められただけでなく、 人間の行動についての分析的な考察に対する望ましい態度の発展 - 54 -.

(8) . 生活態度変容 (転換) の契機 ) と 報 告 して い る に、 見 る べき 効 果 が あっ た2 。. さて、 しからば、 本論にいう 「生活態度」 すなわち、 ある意味で 「人生を歩む上のより所とな る」 ような、 また 「一生を支配するような教訓」 といった様なものに、 学校教育は、 どの様な影 響 力 を もっ て いるの で あろ う か。 こ の調 査 の 結 果 は 次 の よ う で あ る。. 1C の中わず まず、 名士諸氏の自伝によれば、 直接、 間接に学校教育の影響と見られるものは、 5 かに 5C しかなく、 他は全部全く学校外の経験を、 生活態度形成の契機としてあげていることが注 意 され る。 そ こ で、 こ の 5C の中、 学校教育にもっとも直接的な関連を持つものを三つだけあげて 見よう。 例 1 これは 久 松 渚 一氏 の も の で ある。 氏 の記 録 の要 約は 次 の 如 く で あ る。 「 」 内 は 原 文の ま ま。 赤 井 先 生は、 高 校 (旧 制) で 力 ←ライ ル の作 を、 講 読 の テ キ ス トに 使 わ れ た。 そ の 中 に シ ソ セ .ま た こ と の ほ か こ の 言 葉 を 歌 incer i ty) と い う 言 葉 が よ く 出 て 来 た。 赤 井 先 生は、 リ テイ (s 、. まれ、 口癖のように言われた。 学生は一時間の中、 何回この言葉を口にされたかを教えたりし た ことが よ く あ っ た。 そ し て、 先 生 の態 度 そ の も の が ま た、 い か に も 真 塾 そ のも の で あっ た と. ころから、 この言葉が、 妙に印象的であった。 氏が、 後日、 「日本文学評論史」の大著を志し、 日本文学の真髄を 「まこと」 「真実」 「誠言」 と達観して、 「日本文学の歴史をも 『まこと』 を中心において跡づけようとした。 」のも 「かつて赤井先生によって、 心に刻みつけられたシソ セ リティ と 通 ず るも の が あっ た か ら で あ る。」 「この よ う に し て、 文 学 観 の 上 に も 人 生観 と し て も、 『ま こ と』 を 重 ん ず る よ に な」 り 「そ れ は (ま こと) は …… と と も に、 人 生 を 歩 む 上 の 拠 り 所 と な っ て 居 る。」 「そ の 他 種 々 の 教 えを 受 けて 居 り、 ま た 身 に しみ 心 に 感 じ て 居 る こ と も 抄 く な い が、 こ の二 の 点 は、 私 の 生 涯 に 忘 れ ら れ な い詞と なっ て 居 る。」 と いう の である。. 例2. 同 じく 久 松潜 一氏 の 記 録 に よ る の で ある が、 こ の要 旨 は こう で あ る。. 氏 の 中学 生の とき に、 校 長 の 日比 野 先 生 は、 よ く 「ラ ン ニ ン グを 生 徒 に 課 せ られ た。」そ の 時 の 「 教訓 が、 「身 体 を ま っ す ぐ に し て、 ゆ っ く り と、 然 し休 ま な い で 走 る こ と で あっ た。 「自 分. のような平凡な頭脳をもったものは、 人生行路に於ても、 ゆっくり休・ まずに歩こうと心にきめ た。 そん な こと で、 こ の スロ ウ ・ バ ッ ト・ ス テ ディ と い う こ と は、 私 の 人 生 行 路 の 上 で 忘 れ ら れ ない こと とな っ て しま っ た。」ま た 「… … ゆ つ く り 休 ま ず と い う 点 と と も に、 人 生 を 歩む 上 に 拠 り所 と なっ て居 る。」の で あ る。. 次に、 学校教育に比較的関連をもつ例としては、 林高桑氏のものがあげられる。 その要旨をかかげ て見 よ う。 氏 は留 学 し て、 パ ヴロ フ に 師 事 した の で ある が、 そ の と き、 パ ヴア ロ フ の あく ま で 駄 目を お. しての骨身お しまない研究態度にうた れた。 パ ヴロフの輝かしい業績は、 氷山の水面上の一角 の よう なも の で、 そ の 幾 十 倍 も の 労力 と、 年月 が か く さ れ て い る。 「私 は そ れ を 知 っ た 時 に 、 、. 業績の重みというものは、 表面に出た光り輝くところなく、 あらゆる駄目をおして あるかくれ た 生 命に あ る ことが 判 っ た。「 「… … そ う考 え る と、 私 は 落 付 い て や る 力 が 自分 に あ る こと を 、. 感ずる。 自然科 学研究には、 優先権というもの (1 日でも 先に発表した人に名誉が帰せられる ・そ れ は パ ヴロ フ 先 生 か ら貰 っ た 私 の 力 ) が ある。 然 し、 私は も う そ ん なも の は気 に しな い。 、 で ある。」. 解. 釈 一 55 一.

(9) . 今. 宮. 廉. 太. 郎. 以上三つ の例が、 もっとも学校教育に関係をもったものである。 ここで注意されることは、 何れ の例においても、 いわゆる学校教育の本質である、 計画的、 意図的教育活動のもたらしたものと は、 いいきれないことである。 例2の場合は、 教育的意図によったものには速いないが、 しかし 「ラ ン ニ ン グ」 の 技 術 的 な 指 導 の 意 味 で、 与 え ら れ た も の と 見 る の が よ り妥 当 で あろ う。 例 3 に し. ても、 特別高度の研究機関においての特殊な感化、 影 響であった。 即ち生活態度形成の動因が、 学 校教育に関連する代表的なものでさえも、 実は、 厳密にいって、 むしろ学校教育の副次的な機能の 結果にすぎなかったのである。 やや極言するならば、 学校における本質的な教育活動は、 人間形成に知識や技術よりも基本的重 要性を有つ生活態度の確立には、 極めて無力であったといわねばならない。 下村湖人 が 「次 郎 物 語」 の中で、 お民にいわせている 「孟子の場合とちがって、 学校というものの感化力が、 思ったほ どでな い、,と い う こ と を、 だん だん 知 り は じ め た の で … …」 と い う こ とは、 生 活 態 度 に、 道 徳 的、. 倫理的な内容を含めて考えるとき、 この調査の結果によってはしなくも裏づけられた結果になるの で ある。. では大学生の場合はどうであろうか。 現在在学中であり、 これまでの主な影響の多くを、 学校に おいて受けていると予想される通りに、 この場合は、 60C . が、 直接学校教育に関係 してい ,中22C る。 その うち 17C,が、 教 師 の 言 動 に よ っ て 強 く 影 響 を う け て い る。 そ れ な ら ば、 次 に、 望ま しい. 態度に変ったものと、 反対 に望ま しくないもしくは悪い態度に変容 したものに分けて見るな らば、 その. case. の数は次の様になる。 12 cases. 梢. 望ま しい態 度 に 変 っ た も の. ◎. o cases 望ま Lくない (悪い) 態度に変ったもの 1. で ある。. この内客を一二例をあげるならば、 8)の 例 1. 「 」 内は 原女通 り. 信頼し尊敬している若い教師の教訓をきいて、 次のように変った。 「一貫した信念をもって、 動揺せずに行動出来るように しなければならないと決心する。 それ以来、 確乎たる信念を持て るようにな り、 規律ある生活態度を持てるようになったのは、 その影響である。 煙草もやめて い る が、 そ れ も 正 に そ の 影 響 で あ る。」 g)の例 2 旧制中学核の時である。 ある事情で中学校に入学出来ず、 「自暴自棄になり、 全く堕. 」のが、 他の条件とと 落して、 成績の悪いのも、 一向に気にかけず、 遊びに夢中になっていた。 ずる決 もに、 校長のある講話によって 「非行の傾向を脱却し得た」 のであり、 「教職に身を献{ 意を固め得た」 のであった。 回の場合では、 信念の喪失、 懐疑、 迷い、 非度い劣等感、 卑屈、 学科の極端 ~な嫌悪など、 かなり が少く 深刻な結果を見ているもの ない。 回 の例 1 教 師 に ぷた れ た こ と が、 き っ か け と な っ て、 「自 分 で 打 た れ て 見 る と、 そ の 打 撃 (シ ョ ッ ク の. 意味=今宮註) は、 意外 に複雑で大きい。 見ているとはちがう。」と感じ。 「不当な教師の処置 朝笑、 非難、 同情 (あわれみの意 と思われて、 教師に対する不満不信 の念に変った。 」 「同僚の遊 一度に自分を圧倒した。 味であろう-- 今宮註) が、. 」として 「英語の授業に興味を失い、 学習 成 績 も は っ き り お ち た。」. ◎の例 2 た間違った自分の処置のため、 教師に叱- ちょっとし. 責されたことがきっかけで、 「それ以来、 ヤ 56 「.

(10) . 生活態度変容 (転換) の契機 自分の判断に自信を失い、 すっかり消極的になってしまった ……一層消極的な元気のないも 。 の にな って し ま っ た。」. 解. 釈. 引例は不充分であるが、以上の case の割 合 と、 そ の 内 容 か ら 判 断 さ れ る こ と は、 (1)な る ほ ど 、 学校教育の影 響は、 大きいが、 しかし、 その功罪は 正に相半ばするといわざるを得ない ( 2 ) ま 、 。 た、 最も望ましく 変った何れの場合であっても 教科の学習指導の展開過程に 一義的に結びつい 、 、 て いる も のは 殆 どな い。 (3) 以 上 の こ とは 一 つ に は こ れ ら の 変容 が ガイ ダ ン ス の 機 能 と し て 、 、 、. の教育活動の結果であることを意味する。 と同時に、 もしそうだとするならば、 これらの学生に対 するガイ ダンスが、 組織的、 科学的な面において、 大きな欠陥のあったことを意味するのではある ま い力・ o. とにかく、 児童生徒の生活適応のために、 知識や技術の習得よりも、 一層基本的な生活態度の確 立に対 しては、 本質的学校教育は、 このままでは、 積極的な影響を与えるには、 極めてたよりない も の であ り、 こ こで も、 「お 民」 の 言 葉 が、 適 用 さ れ る こ と に な る の で あ ろ う か。. これは学校教育の大きな問題である。 ” ヱ) Bateman, R・ M. & Remmers fhng At j如de of Hi t s gh schooI Student , 日. 日. , Study 。fthe shi. Vvhen Sub j l l t ia ec ed t I Psychol o Favorab e and Unfavorab e Propaganda” J . Soc ,13; 395-406 , i941 , ” ” 2) ojemman, R. H, f t on a Chi lds Deve l ec l l lnnuences tura opmen[ of Changes i n Cu , The Ef , J .1d . Res .40: 258一70;1946 .. 6. 生活態度変容の時期. 自己の生活経験のうち、 もっとも代表的な重大な意義をもつ生法態度の転換は、 発達段階のどの 時期に多く経験されているのであろうか。 大学生による調査結果を、 学校段階別に見るならば、 第 3 表 の よ う に な る。 一 二 旧 制 の 中 学 の 経 験 を あ げ た も の が あ っ. 第3 表 大学生、 生活態度 転換の時期分布. たが、 これは、 中学の欄に入れた。 最も多いのが、 高等学校 1%強、 三番目が中学校の2 で、 48%強、 二番 目が大 学の2 0%、. 入 学 前 小 学 校 中 学 校 高等学校. 6 12 29. 0 , o o 3 8 3 .. 学. 13. 1 7 ,. 大. 0. 幼 少 青 成. 年 年 年. 持っていること、 および、 一応一人前としてあつかわれる大学 においても、 中学と同率で、 生活態度転換の可能性を持ってい る こ と が 注 目 され る。. 第 4表は、 名士についての調査結果を、 発達段階別にわけて. 第4表 名士、 生活態度転 換の時期分布. ョ 邸e i. 一番少いのが小学校の6%で、 入学前の例は全く 見あたらなか つた。 高等学校が、 中学校、 大学のそれぞれ二倍以上の頻数を. 見 た も の で あ る。. % 2. 期 期 期. 20. 49. 人. 14. 34. 15. 名士の記録の中3割以上のものが、 その経験の時期をはっき り 知 る こ と が 出 来 な か っ た の で、 知 り得 た も の の み に つ い て 分. 類 した。 分類も、 女面からお よその推測で、 分けたものも少. ,く な い ま た 発達 段 階 の 区 分 も 厳密 な意 味 の も の で は な い 。 、 、 こ と を 断 っ て お く。. 旧制の大学の場合は、 一応成人の欄に入れた。. 一人で 2C 以上あげてある場合は、 それぞれ IC と した。. ここに おいても、 青年期がもっとも多いことが知られる。 幼年期の1例は 母にきかされた教訓 、 - 57 --.

(11) . 今. 宮. 廉. 太. 郎. の影響によったものである。 「この母の訓えが、 幼少の私の心に根深く植えつけられ、 今日でもな 」(大谷竹次郎氏) お母の導きを受けているのである。 成人になってからでも、 少年期以前より遥かに高い事を示していることは注目しなければならな し、。. 要するに、 二つの表の何れの場合でも、 青年期に、 とくに現在の高等学校程度の段階を中心とし て、 変化の格率が、 飛躍的に高いのである。 駄足ではあるが、 ここで考えられることを二つつけ加 その えておこう。 一つは、 これらの調査の対象となった記録は、 すべて反省的な記録であるから、 一つは る いま 、従 「生活態度」 は、 いきおい 「自覚的生活態度」 の意味を持っていることであ 。 ) であり、 ヘル バルトのいわゆる 「客観的個 って、 少年期以前の個性が、 多くは 「自然的個性」1 2 ) であり、それが、自己の反省により、自己の長所短所を発見し自覚し、理想を抱き、努力修養の結 性」 ) に発展するといわれているのであるがその一側面として、 生 果作られるいわゆる 「主体的個性」3 活態度も、 最も多く期に漸次確立(変容)されていくものであることが、 ここでも明かに見られる。 i) 石山崎平 ; 一般教育原理、 昭2973頁。 i dual i i i t t 2) objekt ve lndivi . i i i ive lndi dua l t t jekt vi 3) Sub .. 7. 主体及び環境の条件. ここでは、 生活態度の、 もっ とも重大だったと思われる変容の 「きっかけ」 となった経験が、 主 体及び環境のどんな条件のも とに、 持たれているのか、 その一般的傾向を見ようとしたのである。 これはもっぱら大学生の資料によった。 環境の条件については、 学生の各自に、 出来るだけ客観的に判断 して記述することを要求し、 さ きにもふれたように{ 次の三つの類別についても、 目から評定させた。 すなわち、 条件を綜合的に 判 定 して、 十 (プラ ス) の 条 件 と、 一 (マイ ナ ス) の 条 件 及 び そ の 中 間 の 0 (ゼロ) の 条 件 の 三 段 階 で あ る。 十 と い う の は、 自 我 の 拡 大 発 展 の 方 向、 あ る い は 適 応 の 状 態 を、 一 と い う の は、 自 我 の. 縞少の方向、 あるいは不適応の意味をもつものと規定した。 (本論3節参照) 主体の条件については、 その経験の直前またはそれま での (比較的短い期間) 主観的、 ロ 面的な 状態いわば心境といったものを詳細に記述させ、 さらにこれらを、 環境の場合と同様に、 三つの段 階に評定させ、 分類したものである。 ここで、 筆者が、 学生の記録を読んで学生自身の評定を訂正 したものも二三あつた。 第5表. 主体・環境の条件の傾向. 環境の条件 〆 6. 一説 13. 39. 主 体 の 条 件 ,o % 23% 67%. もの の よ う で あ る。 結果 表 以上 の結 果 は、 第 5W. 解. 釈. きっかけとなった経験を持った当時の環境と主体の諸条 件が、 望ましくない状態にあったものが、 圧倒的に多いこ と が、 注 目 さ れ る。 両 方 と も 悪 い 条 件 に あ っ た も の が、 60% も 占 めて い る の で あ る。 こ れ ら の 内 容 の 説 明が、 必 要. であろうが、 それは次回にゆずる。 こ の よ う な 現 象 は、 い ろ い ろ の 観 点 か ら 解 釈 さ れ る で あ ろ う が、 一 応次 の よ う な 見 方 も 出 来 よ う か と 思 う。. こ れ ら の 諸 条 件 が、. 一 の と き に は、 不 安、 動. 揺、 懐疑が、 生活感情 の基調をな し、 したがって、 経験の刺戟に対する感受性が高まっていること である。 また、 青年期の主体の条件の一般的基調が、 十のものよりも、 -のものが多く、 したがっ て環境も、 その色調で塗られ るのではあるまいか。 しかし、 そうはいっても当時のその個人を取ま - 58 -.

(12) . 生活態度変容 (転換) の契機 く社会的、 教育的条件、 とくに学校における教育計画やガイ ダンスの構想配慮がどうであったかと いう ことと、 切 りは な して 考 え ら る べ き で な い こ と は、 い う ま で も な い。 と に か く、 現 在 ま で の 教. 育的条件のもとにおいては、 各自の生活態度のもっとも重大な変容のきっかけとなる経験が、 灘境 及び主体の望ま しくない状態において持たれていることが 明かになったのである。 8. 契機となる経験の特徴. 生活態度転換 (変容) の 「きっかけ」 となる経験の、 一つの著しい特徴と見られるものをあげて 見よう。 ) 「ほ ん のち ょ っ と した こ と が」 「相 手 の 人 格 「友情」 につ い て の 依 田 新 教 授 の調 査 に よ れ ば、 1. に対する不信用の原因」 となって、 それが友情関係をこわ したり、 反対に 「ほんのちょっとしたき つかけに、 しみじみと友情のありがたさに感謝」 して、 友人関係を深めたりすることが多い。 生活態度の場合も、 これと極めて類似した傾向が、 はっきり見られる。 極く些細な、 つまらないように見える経験が、 生活態度の形 成には、 実に重大な影響を持つこと が非常に多く見られるのである。 次に、 そのうちの代表的な例を二三あげて見ることにする。 2 1 「」 内は原女のまま 例 1 本田 顕 彰 氏 の場 合 で あ る。 。 そ の経 験 と い う の は、 中 学 3 年 の と き、 水 泳 で 冒 険 を お か して、 河 を 横 切 っ たと き、 淵 で、 自 己 暗示に か か り、 泳 げ な く な り、 危 う く 一 命 を失 う と ころ で あ っ た と い う の で あ る。 こ の と き. 「私は、 水中でしやがむと、 両手の足首を両 手で掴んで、 体を丸くしました。 (これは初歩の 浮身の姿勢です。)すると耳のところで、 水がごうと鳴って、 間もなく私を方背中が、 水面に出る の を 感 じま し た。 しか し、 泳 ぎを 忘 れ た 私 は、 頭 を ……」 「私 は、 そ の窮 屈 な 姿 勢 で、 流 さ れ な が ら考 えて い ま し た。 川 に は 浅瀬 が あ る 浅瀬に乗り上げるまで生きていたら きっと助か. 、. る、 と 浅 瀬 は 思 い が け な く 早 く や っ て 来 て、 私 は、 な ん な く 助 か り ま した 」 。. この体験の影響について氏はこう述べておられる。 「病が篤くなって、 死 を宣せられたときや、 人生行路に蹟いて、 窮地に陥ったときには、 いつ も 私は、 少 年 の こ ろ の、 こ の 馬 鹿々 々 し い経 験 を 思 い 出 す の です。 そ して 私 は いつ も、 自 分 に. いい聞かせるのでした。 じたばた しちやいけない。 眼をつむって、 両手で両足をじっと掴ん で、 流 さ れて い る ん だ。 人 生に は、 深 い 淵も あ る が、 きっ と 浅 瀬 と い う も の が あ る と。 そ の よ う に して、 私 は、 人 生 を こ こ ま で 切 り抜 け て 来 ま し た。」 さらに こうつ け 加 え て お られ る。. 「ただ、 私に取りま しては、 あんな軽はずみの経験の中から、 一生を支配する教訓を汲み取っ たことが、 奇妙に思えてなりません。 私は、 自分はもっと重大で深刻と思える経験を重ねて来 たつもりでいるのに、 それからは、 何一つ、 心に残る教訓を得なかったようです。 して見る と、 軽 は ず みの経 験 必ず しも つ ま らぬ 経 験 では な か っ た と い う こ と に な る の で しょ う か。」 ) 句氏 の場 合 で あ る。 3 r 例 2 斎藤=. 「 『大いなる夢』 これは詰らぬ単語にすぎない。 偉い人の言葉でも何でもない。 いつの間にか私 の日常生活に紛れこんできた素性の知れない単語である。 」しかもこの言葉が、 どんな形で、 氏 のむ ・に働 き か け る の で あ ろ う か。 こ れ が ま た、 た あ い の な い 形 で、 しかも、 氏 の 生 活 に と っ て は、 か け が え のな い 力 と して 作 用 して い る の で あ る。. 「少 し卑瞳な話で恐れているが、 これは私が、 便所に入って 坐っていると、 自然と口の端に上 ってくる言葉である。 最初は気がつかなかったが、 必ず便所に入ると思いだすので、 それが習 慣になってしまったらしい。 『大いなる夢』 という言葉を、 口の中で繰返すと、 元気が出てく ‐‐ 59 一.

(13) . 今. 廉. 宮. 太. 郎. る。 かすかな希望のようなものが湧いてくる。 何故だか判らない。 理由は無い。 どういうもの か元 気 が 出 てく る。. か す か な 希 望 の よ う な も の が湧 い て く る。. どん な は 意 気金肖沈 し た と き で. も、 そ こ か ら 出 て 来 る と き は、 勇 気 が 溢 れて い る の で あ る。 『大 い な る 夢ノ、 私 は どん な と き で も、 恐 らく こ の 言 葉 に は げ ま さ れ て、 汚 な い 場所 か ら 出 て 来 る と、 キ ッ ト元 気 で 希 望を 抱 い て 『夕 べ に死 ぬ』る こ と も 出 来 そ う に 思 わ れ る。」. これは、 人生や生活に対する一つの態度という意味で生活態度と呼んでよかろう。 しかも同氏の 一生に取ってこれほど重大な意味を持った態度は、 おそらく他にはあるまいと思われるのである。. 例3. ) 杉 捷 夫 氏 の 場 合 で あ る。4. 「炭坑」 という題名の ドイツ映画を見て、 その息ずます場面における、 登場人物の短い一言 に、 自己の信念の核心となるものを、 掴 んでおられる。 その言葉は 「我々労働者の共通の敵、 それは戦争だ。 」そして、 経験そのものとしては、 このわずかの経験 が、 確乎たる氏の信念を築 く き っ か け と な っ て い る。 氏 は、 目 か ら こ う の べて い る。 「そ の ドイ ツ 人 の 叫 ん だ フ ラ ン ス 語. を、 私は永 久に胸に きざみつけました。 その言葉がいまでも胸の中で鳴 りつづけて い る の で す。」 「……戦争以上の共通の敵があるかのように、 宣伝する議論が勢を盛り返しています。 私 はふていと呼ばれても信念を変えません。」と結んでおられる。 「私の人生訓」 の中には、 これに類したものが、 いくつも見られるのである。 大学生の場合で も、 また、 非常に多くのものに、 同様な特徴が明かに見られる。 」 とか、 あ 教師のちょっとした、 暴言や態度、 例えば 「お前の家は、 金がないから大学はよせ。 「 つものは金だ 「 先立 」な 例えば るいは、 通信箸に 可」をもらったこととか、 父親の不用意な言葉、 。 ど、 わずかの、 一見坂に足りないような経験が、 その後の人生や生活に対する考え方や、 行動形態 ) を 構 成 して い る ing) 作月]6 ) を 変 え あ る い は 断 らた な 凍 結 ( f reez t (behavi or pat ern) の 基 調5 、. の で あ る。 i ) 2) 3) 4) 5) 6). 依田 新 ; 青年の心理、 培風館、 昭27 ,170~1乙4頁。 t 日顕彰 ; 水 に流れる、 「私の人 生訓」 前掲、89E 本E 。 10頁。 斎藤 胴 ; 大いなる夢、 「私の人生訓」 前掲、2 3E t 杉 捷夫 ; 忘れ得ぬ映画、 「私 の人生訓」 前掲、9 。 1頁。 1 3 佐久間鼎 ; 基調的意識、 桑田芳蔵編、 心理学及芸術の研究、 上、19 ,109~20 K Lewi レヴイ 前掲 ソの用いた概念である n 。 ,.; 、 9. 結. び. 以上生活態度形成 のきっかけとなる経験について、 六項目にわたって概観したのであるが、 今回 は、 この調査で、 特に明瞭に浮び上ったものについて、 報告するにとどめた。・したがって、 採り上 げた項目も系統を欠いてい る点が反省される。 「態度」 の問題と同様に 「生活態度」 の概念規定に、 多くの問題が残されているので、 調査の操 作手続にも、 根本的な検討が必要と思われる。 各項目の内容の分析にもとずいて、 それらの因果関係についての考察 が今後の課題であるが、 生 活態度形成に対して、 とくに大きなウエイ トを持っていると、 本論において結論を得た言葉の影 響 について、 (すでに整理ず みであるが、)報告す る機会を得れば幸である。 皆様の御批正御指導をお 隙 、い して や ま な い。. “ 60 -.

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