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医師誘発需要対策としての病床規制がもたらす弊害について

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医師誘発需要対策としての病床規制がもたらす弊害について

MJU10046 安東 幸恵

1. はじめに

1.1 医師誘発需要とは

医療サービスの市場においては,需要者である患 者と供給者である医師の間に必要な医療サービスに 関して情報の非対称が存在する.

情報の非対称の存在は,医師に不必要な検査,手 術,投薬を行うインセンティブを生じさせる.医師 が情報の非対称性を利用して自分の利益のために患 者の医療需要を誘発するこうした行動を「医師誘発 需要」と呼ぶ.

医師誘発需要が発生すると,健康状態の改善には 寄与しない不必要な医療サービスが供給され,社会 的な非効率が発生する.

医療サービスは,入院医療と入院外医療に区分さ れるが,入院医療に関する医師誘発需要としては,

不必要な検査,投薬,手術や入院日数の引き延ばし が考えられる.

1.2 病床規制の概要

厚生労働省は,各都道府県の病床数と入院医療費 に強い相関が認められ,人口あたりの病床数が多い ところほど1人あたりの入院医療費が高くなると主 張しており,病床の供給を規制することによって増 え続ける入院医療費を削減できると考えている.

1985年の第一次医療法改正により,都道府県が医 療提供体制の計画を作成する医療計画制度が創設さ れた.医療計画では,都道府県が2次医療圏を設定し て,その2次医療圏で必要とされる病床数(基準病床 数)を算定し,基準病床数以上となる場合には増床 や新規病院の開設を実質的に認めない.この制度を 一般的に「病床規制」と呼んでいる.

2次医療圏は,主に入院医療を提供する体制を確保 する区域であり,都道府県ごとに4~21,全国で348 の圏域が定められている.(平成21年4月1日現在)

なお,2次医療圏ごとの病床規制の対象は,療養病

床及び一般病床であり,高度医療,救急医療などの 病床は,病床規制の対象外である.

また,医療計画公示前に既に持っている病床(既 存病床)を基準病床数まで減らす必要はなく,減ら さないことに対する罰則規定もない.

病床規制は,療養病床及び一般病床の基準病床数 を合計した総量規制である.

基準病床数の算定方法は,医療法施行規則で定め られているが,使われている値は,全国一律または ブロック別の数値であり,地域の医療需要を無視し たもので,妥当な数値とは言い難い.

1.3 本研究の位置づけ

本論文では,病床あたりの医師数を利用し,2次医 療圏における入院医療費を推定することにより,医 師誘発需要の存在を確認するとともに,病床規制に は医師誘発需要を抑制する効果があるのか,病床の 供給にどのような影響を与えているのかを分析する.

また,病床の供給が制限されることにより発生す る弊害についても分析する.

1.4 先行研究

医師誘発需要及び病床規制について論じた研究は それぞれ多数存在するが,いずれも医師誘発需要及 び病床規制の相関については言及していない.

2. 理論分析

病床規制が医師誘発需要を抑止する効果並びに入院 医療費及び病床の供給に与える影響について理論分析 する.

まず,特定の2次医療圏に注目し,医師誘発需要が入 院医療費及び病床数に与える影響並びに最適な量の入 院医療サービスについて分析する.

(2)

2 2.1 情報の非対称がない2次医療圏

図 1に,情報の非対称がない2次医療圏における入 院医療費と病床数の関係を表し,病院及び患者の行 動,社会的に望ましい病床数を考察する.

縦軸に1病床1日あたり入院医療費をとり,最も症 状が重く1病床1日あたり入院医療費が高い患者の入 院費を1とする.また,横軸に延べ病床数(病床数×

日数)をとり,病気にかかっている患者全員が必要 としている延べ病床数を,この2次医療圏全体で1と する.患者の1日あたり入院に対する支払意思額は,

0から1の間に一様に分布していて,需要曲線D(x)で

表される.cは,1病床1日あたりに実際に発生する人 件費などの費用であり,c<1とする.

1病床1日あたり入院医療費は,病気の重さにより 異なり,x’に位置する患者の入院医療費はD(x’)で,

政府は病院にD(x’)-c を支払い,患者はcを支払うと する.このとき病院の利潤は,D(x’)-c である.

病院の利潤の合計は,政府からの収入の合計から 費用cの合計を引いたものである.また,自己負担c を考慮して,0から1-cの間に位置する患者だけが入 院しようとする.

病院は利潤を最大化しようとするので,このとき のこの2次医療圏の病院の利潤の合計は (1−c)2

2

ある.

社会的に望ましいのは,便益が費用cを上回る範囲 で病床が提供されることであり,0から1-cの間に位 置する患者が入院することである.

図 1 情報の非対称がない2次医療圏における 入院医療費と病床数

2.2 情報の非対称がある2次医療圏

図 2に情報の非対称がある2次医療圏における入 院医療費と病床数の関係を表す.

本来必要な入院医療サービス(需要曲線D(x))を医 師だけが知っていて,政府と患者にはわからない場 合,医師はその情報の非対称を利用し,患者に不必 要な検査・処置,入院日数の延長などをアドバイス する.そして,患者は本来の入院医療費より (1+α) 倍多く入院医療費を払っても良いと考えていると仮 定する.

1病床1日あたり入院医療費は,需要曲線D(x)を (1

+α) 倍した額であり,患者はcを支払うとする.

このとき,cと(1+α)D(x)が交わる点Bまでの患 者が入院する.点Bのときの延べ患者数は,次のよう に求められる.

c =(1+α)-(1+α)x

(1+α)x = (1+α)- c x = 1- c

1+α

α> 0 であれば,1-c < 1- c

1+α

よって,延べ入院患者は情報の非対称がない場合 に比べ増加する.

また,この2次医療圏の病院の利潤の合計は

1+α−c 1 − c 1+α

2(1+α−c)

2

2(1+α) であり, α > 0 のとき, (1−c)

2

2(1+α−c)

2

2(1+α) となり,

情報の非対称がない場合に比べ増加する.

しかし効率性の観点から考えると,真の問題は病 院の利潤増加ではなく,AからBの間にいる患者が,

入院から受ける真の便益D(x)が c を下回っている にも関わらず入院し,社会的損失が発生しているこ とである.

なお,病床あたり医師数が異なるので,それぞれ の2次医療圏で医師誘発需要に強弱がある.病床あた りの医師数が多いほど,1病床1日あたり入院医療費 を上げようとするインセンティブが働くと考えられ る.

1

1 c

1c 1病床1日あたり

入院医療費

延べ病床数

(病床数×日数)

社会的に望ましい延べ病床数(延べ患者数)

斜線部分は病院の利潤=

D(x)

x D(x’)

x’

A

0

(3)

3

図 2 情報の非対称がある2次医療圏における 入院医療費と病床数

2.3 病床規制の効果

2.2 のように,情報の非対称がある2次医療圏にお いて,病床規制が入院医療費及び病床数に与える影 響を考察する.

基準病床数または既存病床数のうち,大きい方を rとする.

① 0 < r < 1-c のとき

社会的に望ましい病床数 1-c より病床数が少 ないので,本来入院するべき患者 ( r と 1-c の間 に位置する患者) が入院できない.(図 3)

② r = 1-c のとき

社会的に望ましい病床数となり,入院が必要な患 者が過不足なく入院する.

③ r > 1-c のとき

社会的に望ましい病床数 1-c より病床数が多 いので,入院する必要のない患者( 1-c から min{ r , 1- c

1+α} の間に位置する患者) が入院する.

(図 4)

政府が,2次医療圏ごとに病床の最適な供給量を把 握するのは困難であり,適切ではない基準病床数が 設定されると考えられる.

(ほとんどの2次医療圏が,0 < r < 1-c または,

r > 1-c の状態である.)

また,病床規制に拘束力があるのは,1- c

1+α

り少ない病床数が基準病床数として設定されている 場合であり,症状の重い患者から入院するので,こ のとき1病床1日あたり入院医療費の平均は,病床規

制に拘束力がない2次医療圏に比べて高くなると考 えられる.

図 3 0 < r < 1-c のとき

図 4 r > 1-c のとき

3. 医師誘発需要及び病床規制が入院医療費に与える 影響(実証分析)

病床あたり医師数が多いほど,また,病床規制に拘 束力がある方が,1病床1日あたりの入院医療費が高い という理論分析の結果に基づき,平成20年度の2次医療 圏別データを用い,実証分析を行う.

3.1 推定モデル

医師誘発需要及び病床規制の拘束力の有無が1病 床1日あたりの入院医療費に与える影響について,平 成20年度の国民健康保険医療費(入院)を用いて,

次のとおりOLS推計で分析した.

ln(Bill)

= α + β1(Doctor)+ β2 (DR

+ β3 (Doctor × DR)+ β4(X)+ ε

Bill : 1病床1日あたり入院医療費

α : 定数項

β1~β4 : パラメータ

Doctor : 病床あたり医師数

DR :拘束力ダミー X : その他説明変数 ε : 誤差項

1

1 c

1-c 1+α

1病床1日あたり 入院医療費

延べ病床数

(病床数×日数)

斜線部分は病院の利潤=

過剰な入院

x D(x)

A B

0

1

1 c

1+α 1病床1日あたり 入院医療費

延べ病床数

(病床数×日数)

入院できない患者

x r

A B

D(x)

0 1-c

1病床1日あたり 入院医療費

1

1 c

1+α

延べ病床数

(病床数×日数)

過剰な入院

x D(x)

r B A

1-c 0

1

1 c

1-c 1+α 1病床1日あたり 入院医療費

延べ病床数

(病床数×日数)

x D(x)

r B A

過剰な入院 0

(4)

4

3.2 推定結果

推定結果は,次のとおりである.

表 1 推定結果

被説明変数 : ln(1病床1日あたり入院医療費)

説明変数 係数 標準誤差

ln(病床あたり医師数) 0.119 *** 0.033

拘束力ダミー 0.103 * 0.057

ln(病床あたり医師数)×拘束力ダミー 0.048 * 0.028 ln(高齢者10万人あたり介護施設定員) -0.085 *** 0.031

ln(平均在院日数) -0.093 *** 0.022

ln(県内総生産) 0.043 *** 0.006

ln(人口10万人あたり診療所数) -0.132 *** 0.021

ln(延べ病床数) -0.018 *** 0.007

療養病床割合 0.001 ** 0.001

定数項 11.479 *** 0.335

サンプル数 343

補正R2 0.691

※ ***,**,* は,それぞれ,1%,5%,10%で統計的に有意であることを示す.

病床あたり医師数の増加が1病床1日あたり入院医 療費を増加させる,すなわち医師誘発需要が存在す ることが示され,病床規制が1病床1日あたり入院費 の平均を引き上げていることが示唆される.また,

医師誘発需要は病床規制に拘束力がある場合により 強く働くことが示された.

4. 病床規制が死亡率に与える影響(実証分析)

社会的に望ましい病床数が供給されなければ,入院 したくても入院できない患者や,まだ入院しておく必 要があるのに退院させられる患者が発生する可能性が ある.そのようなことが起こった場合,患者の健康水 準が悪化し,死亡率が高まる可能性があると考えられ る.よって,社会的に望ましい病床数が供給されてい ないことの指標として死亡率を用い,実証分析を行う.

4.1 推定モデル

平成16年度及び平成20年度の都道府県別データを 用いて,次のとおりOLS推計で分析した.

Mortality = α + β1(DR)+ β2 (X)+ ε

Mortality : 死亡率 α : 定数項

β1~β2 : パラメータ DR : 拘束力ダミー

X : その他説明変数 ε : 誤差項

4.2 推定結果

推定結果は,次のとおりである.

表 2 推定結果

被説明変数 : 死亡率

説明変数 係数 標準誤差

拘束力ダミー 0.017 ** 0.008

年度ダミー -0.020 ** 0.008

老年人口割合 0.039 **

*

0.003

年少人口割合 -0.009 * 0.005

ln(県内総生産) -0.019 ** 0.008

ln(病院・診療所密度) -0.011 0.007

定数項 0.460 **

*

0.232

サンプル数 94

補正R2 0.948

※ ***,**,* は,それぞれ,1%,5%,10%で統計的に有意であることを示す.

病床規制が拘束力を持つ2次医療圏では死亡率が 上がること,すなわち病床規制が死亡率を引き上げ ていることが示唆される.病床規制が拘束力を持つ2 次医療圏では,社会的に望ましい病床数が供給され ていない,つまり病床規制が社会的に望ましい病床 数を供給する妨げになっていることが示された.

5. 政策提言

本研究では,入院における医師誘発需要の存在を確 認し,病床規制が入院医療費に与える影響を分析した.

分析の結果,医師誘発需要の存在が確認でき,病床規 制には医師誘発需要を抑える効果はなく,医師誘発需 要及び1病床1日あたり入院医療費を増加させる傾向が あることが明らかになった.

また,死亡率を用いて分析した結果,病床規制は社 会的に望ましい病床数を供給する妨げになっているこ とも示された.

この結果,医師誘発需要対策としての病床規制は効 果がなく,弊害をもたらしていることが明らかになっ た.よって,病床規制は撤廃すべきである.

医師誘発需要対策としては,カルテの電子化などの 医療の標準化,医療情報の開示など,さまざまな提言 がなされている.情報の非対称を解消するためのこの ような対策を検討するべきだと考える.

参照

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