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地域資源を活用した情報提供の効果検証
日本文理大学 経営経済学部 今西 衞※ 日本文理大学 経営経済学部 本村裕之 1. 研究のねらいと目的 東九州最大の商業集積地区である大分市は、2015 年 4 月に、延床面積 107,000 m²のアミュプラ ザおおいたを核とする「JR おおいたシティ」が開業した。これにより、郊外に立地するトキハわさ だタウンやパークプレイス大分といった郊外SC と大分都心部との商業競争が激化し、大分中心商 店街もその中心市街地での集客数や郊外ショッピングモールにどの程度の影響があるのか大きな関 心が寄せられた。 JR 大分シティとの顧客争奪戦をにらみ、パークプレイス大分は、隣接地に大型スポーツ施設を開 業、増床や改装を行った([1], [2], [3])。トキハわさだタウンもロフトを誘致したりするなどリニュー アルを行った([4])。商店街もまた、アーケードの屋根を明るくするなど改修を行った([5])。郊外 SC はリニューアルと同時に、毎週末様々なイベントを展開している。 一方、大分中心商店街は、消費者がJR 大分シティに流れるのではないかといった危機感から、 郊外型SC の集客モデルを倣い、商店街独自のイベントや、JR 大分シティと共同で行うイベントを 展開することで、大分都心部内で回遊を促進し、消費者の商店街への誘客を図っている。2015 年に 大分都心部で行われたイベントとして、県立美術館で開催された「進撃の巨人展」にあわせて、JR 大分シティや商店街が共同で行ったイベント、JR グループのデスティネーションキャンペーン (DC)、おおいたトイレンナーレ 2015、中央通りで毎年行われている七夕まつりなどがあげられ る。しかしながら、商店街には、イベントを専業に行うスタッフ不足と資金面から郊外SC のよう な大規模で継続的なイベントを実施することは難しい。また、イベントの検証については、歩行者 通行量を用いることが多く、個々のイベントによって商店街のテナントの売り上げがどの程度上が ったのか詳しく検証はなされていない。それゆえ、商店街にとっては、少ない人材でイベントを実 施し、それに見合った効果が得られたのか実感がわかず、結果的に商店街が疲弊している現実があ る。 そこで、本研究は商店街の魅力となる地域資源に着目した。大分中心商店街は、戦後、復興期か らの歴史があり、またかつては城下町として栄えていたなど、商店街を別の角度から見ることで新 しい魅力を発見し、それを発信することで消費者の誘客を図ることをねらいとしている。商店街に 訪れた消費者に対して、商店街の魅力を発信し、回遊を誘発する仕組みがあれば、回遊効果によっ て、商店街の来店者数が増え、ひいては商店街の活性化につながる。 これまで、筆者らは情報提供によってどれだけの人が商店街に訪れたのかを検証する手法を研究 したり、情報提供と行動との因果関係を分析したりしてきた。これらの一連の研究は、インターネ ットやスマートフォンを使った情報提供では、ビッグデータと呼ばれる大量のログデータを用いて2 いる。ビッグデータを、まちづくりの目的の明確化やまちの価値の増大に結び付け、まちづくり政 策の科学的評価の道具にすべきだとの論点は、斎藤の一連の論説([6], [7], [8], [9])で強調されている。 本研究も、同じ視点に立つものである。スマートフォンによる情報提供は広く行われているが、 これらはどのような情報提供が消費者にどのような行動変容を引き起こし、どのように回遊を誘発 したのかを測定し、検証することは困難な仕組みになっていた。 筆者らは、これまで天文館地区での情報提供社会実験で得られたデータをもとに、被験者がどの 店舗情報を閲覧したか、どのようなジャンルが選択されやすいか、現在地から見た方角や距離に関 係はあるかなど、どのような情報提供がどのような来訪者にどのような効果を持つのかの情報提供 効果に関する基礎的な分析を行ってきた([10], [11], [12], [13], [14])。この社会実験で用いたスマホ アプリは、来街した消費者に現場でリアルタイムに情報提供を行うことで、現場での意思決定支援 を行い、回遊誘発を促し、まちの活性化を図るために、どのような来街者がどのような目的でどの ような情報を提供することが効果的かを科学的に検証できる仕組みのプロトタイプとなっている。 一方、本研究で用いるスマホアプリは、大分市中心商店街がすでに導入しておりユーザ数がある 程度確保されている点で、情報提供の効果測定は有利ではあるが、効果を科学的に検証する仕組み まで作り込まれていない。 本研究の目的は、このようなスマホアプリの制約の下、商店街の魅力となる資源の情報を発信す ることで、どのくらいの集客効果があるのかを科学的に検証する仕組みを構築する基礎な研究を行 うことで、地域資源を活用した商店街の活性化政策を提案することを目的とする。 2. 分析枠組 2.1. 使用するデータ 本論文で使用するデータは、株式会社大分まちなか倶楽部が提供する「おおいた街なかNavi」の ログデータを利用する。消費者に提供するデータは、店舗情報や銅像など15 件である。ログデー タは2016 年 3 月より 8 月までの 6 ヶ月間である。アプリのインストール数は非公表であるが、 Google Play によると Android インストール数は 500-1000 である([15])。日本における Android とiOS の比率はおおよそ 1:1 である([16])ことから、iPhone 登録者数もほぼ同数と推測される。
紹介する情報は、写真と紹介文で構成されている。右上にマップ・ルート案内・Facebook などに 共有できるアイコンがある。(図 2-1)。
3 図 2-1 店舗情報の詳細 2.2. 取得できるデータ 取得できるデータは、閲覧総数の月額集計のみである。 3. 店舗情報の閲覧に関する分析 まずは、表 3-1 は、15 個の掲載箇所の月ごとの閲覧総数を表している。 表 3-1 月別各地点閲覧総数 No 仮称 3月 4月 5月 6月 7月 8月 合計 1 モニュメント1 2 1 0 0 2 1 6 2 飲食店1 2 0 0 0 2 1 5 3 飲食店2 1 0 0 1 0 0 2 4 飲食店3 1 1 0 1 0 2 5 5 飲食店4 0 0 0 0 1 0 1 6 モニュメント2 6 0 0 0 0 1 7 7 モニュメント3 1 1 0 1 3 1 7 8 モニュメント4 1 0 0 0 1 0 2 9 雑貨 1 5 0 0 2 0 8 10 飲食店5 0 0 1 0 1 0 2 11 飲食店6 4 0 0 0 0 0 4 12 飲食店7 2 1 0 0 1 0 4 13 飲食店8 1 0 0 1 0 0 2 14 飲食店9 0 0 0 0 1 0 1 15 飲食店10 2 8 1 1 0 0 12 合計 24 17 2 5 14 6 68
4 表 3-1 から、合計できると、3 月の閲覧が最も多く、次いで 4 月、7 月となっている。 図 3-1 月別各地点閲覧総数 また、この表を横棒積み立てグラフにしたものが、図 3-1 である。飲食店 10 の閲覧数が多いこ とが分かる。特に4 月の閲覧が多い。しかし、7 月以降の閲覧がない。一方、モニュメント 3 の閲 覧数は、ほぼコンスタントに閲覧されている。 モニュメントと飲食店で閲覧数に差があるか分散分析を行った結果が、図 3-2 である。 図 3-2 モニュメントと飲食店との分散分析 モニュメントの平均閲覧回数は5.5 回で、飲食店の平均回数は 3.8 回であった。これにより、ま た、分散の値も小さめであるため、モニュメントの方が情報を閲覧する傾向があるのか、分散分析 で調べたが、有意な差は得られなかった。 概要 グループ データの個数 合計 平均 分散 モニュメント 4 22 5.5 5.666666667 飲食店 10 38 3.8 10.62222222 分散分析表 変動要因 変動 自由度 分散 観測された分散比 P-値 F 境界値 グループ間 8.257142857 1 8.25714 0.879979701 0.366705 4.747225 グループ内 112.6 12 9.38333 合計 120.8571429 13
5 4. 情報提供の誘因効果 図 4-1 大分都心部 図4-1 は、大分都心部と情報提供スポットの位置を示している。大分中心商店街は、中央通りで 東西に分断され、駅前の国道10 号線で南北に分断されている。そのため、駅ビルと商店街との回 遊や特に東西間の回遊の促進のための政策を数多く行っている。情報提供のスポット数で東西間で の差異はないが、閲覧数に差が出ている。特に⑬,⑭は郷土料理(団子汁、やせうま、唐揚げなどで 検索できるようになっている)を扱っているにもかかわらず閲覧数が少ない。これらのスポットと のじょうほうてい今日の方法を変えると東西の回遊も増えるかもしれない。 大分市の歩行者通行量調査[17]によると、JR 大分シティ開業後、歩行者通行量は増えたとのこと であるが、一方で東側の商店街の影響は少ないとのことであった。また、大分駅東側JTB 前の通行 量が増えたとのことであるが、これは、国道10 号線に横断歩道ができ、東側から横断できるよう になったからである。しかしながら、東側の全体の通行量は増えていないとのことである。 近年は、スマートフォンなどからリアルタイムに歩行者通行量が分かるようになってきた。本研 究もその一環であるが、歩行者通行量が分かるデータ量が集まるアプリを持っていない。そこで Yahoo!混雑グラフを使って、各地点の歩行者数を調べてみた。 図4-2 は、2016 年 10 月 1 日(土)、2 日(日)、3 日(日)の大手町(スポット①)の歩行者通行量で ある。ここは県庁があるため、平日野のが歩行者通行量が多いことが分かる。ただし、この地点は 大分市の歩行者通行量の調査地点となっていない。 ⑨ ⑬⑭ ③ ⑤⑩ ② ④ ① ⑥ ⑪⑧ ⑦ ⑫ 中 央 通 り 大分城趾
6 図 4-2 Yahoo!混雑グラフ(大手町:スポット①) 図 4-3Yahoo!混雑グラフ(トキハ前) 図4-3 は、トキハ前の歩行者通行量である。3日間とも大きな変化はない。大分市歩行者通行量 の調査でも3,500-4,000 人と一定である。 図 4-4 Yahoo! 混雑グラフ(セントポルタ中央町 フォーラス前) 図4-4 は、セントポルタ中央町フォーラス前の歩行者通行量である。こちらも 3 日間とも大きな 変化はない。しかし、大分市歩行者通行量調査によると、10,000-13,000 人が歩いており、混雑グラ フの人数と大きな乖離があるように見られる。日本文理大学と福岡大学都市空間情報行動研究所 (FQBIC)が 2015 年 7 月 11 日(土)-12 日(日)にセントポルタ中央町(ヤノメガネ中央店前)で実施し た歩行者通行量調査でもほぼ同数であった。 図 4-5 Yahoo! 混雑グラフ(府内 5 番街:時計台) 図4-5 は、府内 5 番街時計台付近の歩行者通行量である。日曜日がやや少ないように見受けられ る。セントポルタ中央町と比べて少なくないように見受けられるが、大分市の歩行者通行量調査に よると3,200-3,800 人ほどの歩行者とのことである。 Yahoo!混雑グラフと大分市歩行者通行量調査との間に大きな乖離があることが分かった。スマー トフォンを使った際、これらの位置データがどのように影響するのかも考慮しなければならない。 また、歩行者に情報提供を行うことで、東側への回遊を促進されるのか検証する仕組みも必要であ
7 る。 ところで、数ヶ月前からPokémon Go! が日本でもリリースされ、大分都心部にもポケストップ が設置されている。その多くが東側に位置しており、スポット①、⑦もポケストップになっている。 ポケストップは、普段の風景に溶け込んでいる地域魅力資産をスポットとしていることから、街の 再発見につながることもある。また、Pokémon Go!によって、昨年 11 月の大分市の歩行者通行量 から回遊導線が変わった可能性もあるので、そのあたりも今後の研究課題としたい。 5. 結論と今後の課題 本研究では、既存にすでに提供されているスマホアプリを用いて情報提供を行い、その効果を検 証することが目的であった。しかしながら、情報提供をする中でいくつかの課題が浮かび上がった。 一つ目が、サンプル数が非常に少ないことである。このためどのような効果があるのか従来の分析 手法やわれわれの手法を用いることが困難であることが分かった。このスマホアプリのユーザ数は 少なくとも2000 はあり、月間ページビューも、1000 を超える店舗も存在する。したがって、サン プル数の少なさがアプリ利用による可能性は少なく、原因を探る必要がある。 もう一つの課題は、情報提供後、実際に閲覧したユーザが実際にその場所に行ったのか確認する 手段がないことである。店舗であれば、クーポンの利用によって、言ったかどうかの確認が取れる が、モニュメントにはチェックポイントが存在しない。Twitter や Facebook などの連動が可能なの で、モニュメントに訪れた後に、Twitter や Facebook にアップし、それを解析する仕組みが必要と 思われる。 今後の方向性として、有意差は出なかったものの、モニュメントの閲覧数が多いことが分かった。 実は、これが今後の研究のもう一つの方向性である。Pokémon Go! というキラーコンテンツが日 本でもリリースされ、大分都心部にもポケストップが設置されている。その多くが東側に位置して おり、東側の回遊が促進された可能性がある一方、商店街のヒアリングからは直接購買には結びつ いていないとのことである。このあたりも今後の研究課題としたい。 参考文献 [1] “「パークプレイス」増床発表 大分初、5 店を誘致”, 日本経済新聞地方面, 2013 年 4 月 17 日. [2] “大分に大型スポーツ施設”, 日本経済新聞地方面, 2013 年 9 月 5 日. [3] “福岡地所、来春に増床”, 日本経済新聞地方面, 2013 年 9 月 6 日. [4] “大分にロフト 3 月 14 日開店トキハわさだタウン内”, 日本経済新聞地方面, 2014 年 1 月 25 日. [5] “大分、駅ビル核に開発加速”, 日本経済新聞地方面, 2014 年 5 月 10 日. [6] 斎藤参郎, “まちづくりにビッグデータサイエンスをー都市エクイティ研究と不動産学の未来 ー, ” 日本不動産学会誌, vol. 26, pp. 38-46, 2012. [7] 斎藤参郎, “まちづくりとビッグデータサイエンス−スマートシティと都市エクイティ−,” 統計, pp. 10-19, 2012.
8 [8] 斎藤参郎, “都市エクイティ指数の組成とその流通機構創設の提案ービッグデータ時代の都市 研究と不動産ビジネスー, ” 不動産研究, vol. 55, pp.13-25, 2013. [9] 斎藤参郎, “回遊アナリティクスがまちの価値を高めるービッグデータと都市エクイティー,” アーバン・アドバンス, 名古屋都市センター, pp. 20-29, 2014. [10] 今西衞・岩見昌邦・山城興介・斎藤参郎, “中心商店街の歳末セールでの情報提供効果の計測と 分析”, 公益社団法人日本不動産学会2014 年秋季全国大会(第30 回学術講演会)論文集, Vol.30, pp.65-70, 2014. [11] 今西衞・岩見昌邦・山城興介・斎藤参郎, “情報提供によって消費者の回遊行動はどのように変 化したか-鹿児島天文館セールでの社会実験をフィールドとして-”, 日本地域学会第 51 回 (2014 年)年次大会発表論文, 日本地域学会, 2014. [12] 今西衞・斎藤参郎・山城興介・岩見昌邦, “GPS と屋内測位システム IMES を用いた回遊誘発 システムに関する研究”, 公益社団法人日本不動産学会2013 年秋季全国大会(第 29 回学術講 演会)論文集, 公益社団法人日本不動産学会, Vol.29, pp.51-56, 2013. [13] 今西衞・山城興介・岩見昌邦・斎藤参郎, “情報提供によって観光客の行動は変化するか-別府・ 大分におけるアプリを使った社会実験より-,” 公益社団法人日本不動産学会2015 年秋季全国 大会(第31 回学術講演会)論文集, 公益社団法人日本不動産学会, Vol.31, pp.93-98, 2015. [14] 山城興介・今西衞・本村裕之・岩見昌邦・斎藤参郎, “立寄り誘発効果の高い情報提供はなにか ―スマホアプリによる年末セールでの社会実験,” 日本地域学会第52 回(2015 年)年次大会発 表論文, 日本地域学会, 2015
[15] おおいた街なか NAVI, Google Play,
https://play.google.com/store/apps/details?id=com.ibunbun.concier&hl=ja, 2016 年 9 月 4 日
閲覧.
[16] Smartphone OS sales maket share, Kanter Worldpanrel,
http://www.kantarworldpanel.com/global/smartphone-os-market-share/, 2016 年 9 月 4 日閲
覧.
[17] 大分市, “平成 27 年度大分市中心部における通行量調査報告書”, 2016 年 2 月, http://www.city.oita.oita.jp/www/contents/1457656329039/files/H27hokousya.pdf