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龍谷大學論集 474/475 - 024谷本光男「死」

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谷 本 光 男

「ここに幾人かの人が鎖につながれているのを想像しよう。みな死刑を宣告 されている。そのなかの何人かが毎日他の人たちの目の前で殺されていく。残 った者は,自分たちの運命もその仲間たちと同じであることを悟り,悲しみと 絶望とのうちに互いに顔を見合わせながら,自分の番がくるのを待っている。 これが人聞の状態を描いた図なのである

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(パスカル『パンセ』断章

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頁) 今年は私の人生最後の年になるかもしれない。ある日,突然,脳の機能が停 止するか,あるいは心臓が停止するかもしれない。そういうことは大いにあり うることである。ありえないという証拠はどこにもない。太陽は明日も東から 昇って,西に沈む。これは紛れもなく明日も起こる。突然,地球が自転をやめ るという徴候は見られない。一方,私のいのちが,明日,突然,止まっても何 も不思議ではない。そしてこのことから死のととをよく考えるのかもしれない。 しかし,死についていったい何が問題になるのだろうか。死の問題は大きく分 けて,次の三つであるように思える。一つは,死は謎であるが,それはなぜな のか。二つ目は,死の恐怖は何を意味しているのか,また,死を恐れることに 何か根拠があるのか。三つ目は,死は悪いものなのか。以下では,これらの三 つの聞いについて考える。(これらの聞い以外にも,もちろん死をめぐる問題 はたくさんある。例えば rエルの物語J(プラトン)のような,あるいは「浄 土J(親鷺)のような死後の世界はあるのか,また,死を受付容れるとはどう いう意味なのか,あるいは,死を受け容れることを難しくしているのは r自 分の人生の正当化の意識J (11'イワン・イリイチの死~

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頁)だとよく言われ るが,これはどういう意味なのか,等々,他にもまだたくさんある。しかし, ここではそういう問題は取り上げない。) 龍谷大学論集 -59一

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陳腐なもの,不可知なもの まず,第一の問いについて考えてみよう。死はわれわれのまわりにいつも見 られるものである。毎日,たくさんの人が亡くなっている。父も亡くなったし, 義母も亡くなった。大学院のときの指導教授の先生も,研究会でお世話になっ た先生も,大学の同僚も,京都で知り合った友人も,高校時代の友人も,私の 前の家の奥さんも,数え切れないほどの人が亡くなった。身も知らない人もた くさん亡くなった。私が学生のときに影響を受けたデカルトもサルトルも,遥 か昔に亡くなった。最近 (2007年11月10日), ~裸者と死者』の作者であるノー マン・メイラーが急性腎不全で

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歳で亡くなった。もちろん人間だけではなし 人間以外の多くの動物も亡くなった。私が小学生の時に飼っていた「ふた」 (ネコ)も亡くなった。中学生の時から飼っていた「しろJ (イヌ)も高校生 の時に亡くなった。円山公園の垂れ桜もずいぶん前に亡くなった(つまり散っ てしまった)。こういうふうに挙げていくと,死は何も不思議なものではなく, ごく当たり前のもの,身のまわりにいくらでも見られるもの,きわめて陳腐な ものであるように思える。 しかし,一方,死はわれわれが絶対に経験できないもの,論理的に知りえな いものである。もしかすると,いつか「臨死体験」を味わうかもしれないが, 言うまでもなく r臨死体験」によって「死」そのものを経験するわけでは決 してない。死の世界に逝かなかったから,あるいは生の世界に留まったから, われわれは「臨死体験」について語ることができるのであるo死は私にとって 絶対的に不可知なものであって,理解することのできないものである。例えば, トルストイの『イワン・イリイチの死』には,次のような文章が載っている。 昔キーゼ、ヴェッター[ドイツの哲学者(1766-1819)]の論理学でこんな三段 論法の例を習ったー「カイウス(ユリウス・カエサノレ)は人間である。人聞は いつかは死ぬ。したがってカイウスはいつか死ぬ」。彼には生涯この三段論法 が,カイウスに関する限り正しいものと思えたのだが,自分に関してはどうし てもそうは思えなかった。 カイウスは人間であり,人間一般であることーそこには何の問題もない。だ が,自分はカイウスではないし,人間一般ではなくて,常に他の人間たちとは ぜんぜん違った,特別の存在であった。彼はイワン坊やであり,ママがいて, パパがいて,ミーチャとヴォロージャの兄弟がいて,おもちゃがあって,御者 がいて,乳母がいて,それからかわいいカーチャがいて,幼年時代,少年時代, - 60一死(谷本)

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青年時代それぞれに,たくさんのうれしいこと,悲しいこと,喜ばしいことを 味わってきたのだ。...・H ・.. (中略)・・ 「したがって,カイウスは間違いなく死ぬし,死ぬのが正しい。しかし,こ の私,つまりイワン坊やとして,またイワン・イリイチとして,ありとあらゆ る感情と思考をもったこの私は,まったく別だ。だって私が死ななくてはなら ないなんて,ありえないじゃないか,それはあまりにも非道なことだ」 そんなふうに彼には感じられたのである。(トルストイ, 86-87頁) もう一つ例を挙げよう。宗教学者の岸本英夫は『死を見つめる心ーガンとた たかった10年間ー』の中で,次のように述べている。「自分がなくなるという ことは,一体どういうことか。いま,ものを考えているこの自分というものが なくなるのである。自分にとっての,なにもかもがなくなってしまうことであ る。これは,考えようとしても,うまく考えられない。つかみどころのないよ うなことがら,思っただけでも,身の毛のよだつようなことである。J (岸本, 131頁) こうして,死はわれわれの体験できないものであり,理解することのできな いものである。しかし,一方で,死はきわめてありふれたものであり,どこに でも転がっているものである。死を誰も不思議なものとは思わない。子どもの とき,秋のある日,田んぽで野球をして遊んでいたときに,ものがぶつかる大 きな音がした。踏切を見ると,バイクが電車にぶつかっていた。急いで友人と 線路に飛んで行った。車両の下に松茸が散らばっていた。よく見ると人間のか らだもあちこちに散らばっていた。事故で死体を見たのは,そのときが初めて であった。その日の夕食は何も食べられなかった。頭に車両の下のからだがち らちらして,食事がどうしても喉を通らなかった。しかし,翌日には何もなか ったかのようにけろっと忘れてしまった。それ以降,人の死を何回か見たが, 心が大きく動かされることはなかった。死はこうして見慣れたものになってい った。 もっとも,そういえば,それ以降一度だけ心に深く刻みつりられた死の場面 に直面したことがある(こういえば「ありふれたもの」と矛盾すると思われる かもしれないが rありふれたもの」であるから,多くの死は心に残っていな いのである)。以前,ある病院に入院していたときに,真夜中に患者が亡くな ったことがあった。医者と看護師が黙って患者を見送っていた。静かに車が動 き出すと二人は頭をずっと下げていた。車が去ったあと,看護師は長椅子に座 龍谷大学論集 -61ー

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って肩を落として長いこと泣いていた。 しかし,他方で死は不可知なものであり,理解することのできないものであ り,語ることのできないものである。イワン・イリイチと閉じように,私が死 ぬということは,どうしても理解することのできないものである。「たくさん のうれしいこと,悲しいこと,喜ばしいこと」を経験してきた,この私という ものが死ぬということは,どうしても理解することのできないものである。し かし,それにも関わらず,死はいつも気にかかつて仕方がない。 もちろん,経験できないものは死だけではない。むしろ,たくさんある。例 えば,エベレストに登ることは私にはできない。車を運転することも私にはで きない。ヴァイオリンを弾くことも,ヴィオラを弾くこともできない。中国語 を話すこともできない。このように数えてゆけば,私に経験できないことは実 にたくさんある。私に経験できることが,むしろ少ないほどである。では,こ の二つ,つまり死を経験できないことと,今述べた多くのことが経験できない こととでは,いったいどこが違うのだろうか。 繰り返すと,死はきわめてありふれたものであるが,われわれが絶対に経験 できないものである。しかし,われわれが経験できないものは他にもたくさん ある。しかも,それについて語ることができる。車の運転は私には経験できな いが,それについて語ることはできるし,運転について理解することもできる。 狭い道路でも壁にぶつからずにうまく通り抜けることができる。車が自分のか らだの延長となっていることを理解することはできる。また,中国語を話こと はできないが,中国語を話すということがどういうことなのかについて理解す ることはできる。これも英語の延長から理解することができる。しかし,死は それらとはまったく違っている。今まで経験した多くの死をいくら積み重ねて も,死はどうしても私にはわからない。生と死の聞には越えがたい溝がある。 いかに溝を埋めようとしても埋めることは絶対にできない。 もちろん,私が述べていることはいたって簡単なことである。つまり,死の 人称性の問題である。ありふれたものであるのは,いわゆる「第三人称の死」 である。イワン・イリイチの言う「カイウスの死」は第三人称の死である。私 が子どものときに経験した「バイクと電車の衝突事故」も第三人称の死である。 われわれが毎日,テレビのニュースで見ている,事故や殺人事件に巻き込まれ た人の死も第三人称の死である。これはとりわけ珍しいものではなしきわめ てありふれたものである。 しかし,これとは違う死がある。それは「私の死」である。この死は「第一 62 死(谷本)

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人称の死」と呼べるものであって,絶対に私が経験することのできないもので ある。死の謎は,このあたりにあるように思われる。 死の人称性 「私の死」は絶対に経験することができないものである。われわれに現れる ものは常に「第三人称の死」だけである。例えば,典型的には,次のような形 でしか死はわれわれには現れない。 イワン・イリイチの死の知らせを聞いたとき,このオフィスに集まっていた 紳士一人ひとりの頭に浮かんだのは,この人物の死が自分自身もしくは知人た ちの異動や昇進にどんな意味を持つかということであった。 「今度乙そ,きっとシュターベリかヴィンニコフのポストがもらえるだろ う」フヨードル・ワシーリエヴィチはそう思った。「もう以前から俺は約束さ れていた地位だからな。さて昇進となると,諸手当は別として年

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ループリ の増俸だ」 「これからひとつ女房の弟を,カルーガから転任させてもらえるように頼ま なくては」ピョートル・イワーノヴィッチは考えた。「女房のやっ大喜びする だろう。これからはもう僕も,女房の親族のために何ひとつしていないなんて, 責められなくてすむわ砂だJ(トルストイ,

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頁) オフィスに集まっているみんなは自分の昇進のことを考えている。同僚のみ んなにとって死はイワン・イリイチに特有の事件であって,自分にはまったく 起こりえないことだと思っている。大学の教員の場合も同じである。毎朝,新 聞を聞いて言卜報の欄を見る人がいる。大学の教員は載ることが多いから,時に は定年前の先生がガンなどで亡くなられることがある。その先生の言ト報を知っ て,ある大学のポストが一つ聞いたと喜ぶ人がいる。これは『イワン・イリイ チの死』の場合と同じことである。 第三人称の死は,もちろん自分自身に対しでも当てはまる。それは自分の死 を見つめながら死ぬ場合である。この場合には「私の死」が客観視されている。 例えば,清原迫夫の『痛みと闘う』を読むと,皮膚ガンの痛みを見つめながら 亡くなった人がいたことを知って驚く。ここに見られるのは社絶な死であるこ とに,心が強く動かされる。自分の死がまったく第三人称的に捉えられている。 だから,このようなこともまんざら理解できないわけではないように思える。 龍谷大学論集 -63ー

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しかし,言うまでもないことだが,ここで捉えられているのは明らかに 「死」そのものではない。イワン・イリイチがただひとりで死ぬ間際まで見つ めた死も r死」そのものではない。前に述べたように,生と死の聞にはわれ われがどうしても越えることのできない深い溝がある。 では r第二人称の死」とは何か。第二人称であるから,親の死,子どもの 死,親友の死,身近な人の死など,自分のからだの一部になっているような人 の死である。しかし,こういう死とはどういうものなのか。 私にとって「第二人称の死」とは何かを考えると,この死が私にはまるでわ かっていないことがよくわかる。身近な人の死は今までに経験したことがある が,天地がひっくり返るような経験をしたことはない。心の底から絞り出すよ うな涙を流したこともない。目の前が真っ暗になったこともない。確かに,若 いときに失恋をした経験はある。地面がぐらぐらと崩れるような経験をしたよ うな気もするが,しかしすぐに何か他に夢中になるものを見つけて,失恋の苦 しみはいつの間にか消えていった。あとから振り返ると,なぜ女性にあんなに 夢中になったのか不思議であった。「第二人称の死」も,この失恋と同じよう なものなのだろうか。 父の死は私の身近な人の死であった。しかし,思っていたほど大きなショッ クを受けなかった。父は

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歳を過ぎていて,からだがひどく弱っていたからで あろうか。それとも,父の病気のことを医者から聞かされていて,覚悟をして おくようにと言われていたからであろうか。 テレビで風見しんごが子どもを交通事故で亡くされたことを知った。涙で声 を詰まらせながら,喉から絞り出すような声で子どものことを話しておられた。 確かにこの気持ちはわかるような気がする。今,私の子どもが交通事故で亡く なれば,私のからだの力がすべて抜けてしまうかもしれない。もう何もする気 が起こらなくなるかもしれない。これは想像するに難くない。もう何年も前の ことであるが,作家である高史明の子どもも自殺で亡くなった。高史明は子ど もの死について何度も本に書かれていた。これも想像すれば理解することがで きる。私にとって「第二人称の死」は,結局のところ,私にとって今一番大切 な存在である子どもの死であるのかもしれない。 では r第二人称の死」の特徴は何か。たぶん次のように言えるように思うo つまり r第二人称の死は」はもちろん「私の死」ではないが,限りなく「私 の死」に近いものである,と。この第二人称の死を通して,私が絶対に経験で きない死,すなわち「私の死」にーもちろん理解することはできないが一触れ - 64一死(谷本)

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ることができるのかもしれない。ジャンケレヴィッチは,次のように述べてい る。少し長いが引用しよう。 「こうして第三人称的な死に対する第一人称の死,つまり私の死については, 語ることができません。なぜなら,それはまさしく私の死だからです。私は私 の秘密を一秘密があったらの話ですがー墓に持って入ります。こうしたわけで, 哲学的な経験として残るのは第二人称の死,つまり身近なひとの死です。これ は今述べた二つの死の曲線に,いわば接線として交わる大切な経験です。この 死は,私の死ではないにもかかわらず,私の死にもっともよく似ています。ま たこの死は,社会現象としての非人称の死,匿名の死ではありませんが,しか し死ぬのは私以外の別のひとです。私は生き延びるのです。私はそのひとが死 ぬのを見ることができます。死体を見られるのです。死んでいるのは確かに, 私ではない別のひとなのです。しかし同時に,その死は私を内側から揺り動か します。もう一歩,ここを越えれば私の死,私自身の死になるでしょう。この ように,死の哲学は身近にいるひとの死を契機としてなされるのです。j (ジャ ンケレヴイツチ.

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頁) 半身の死 私にとって死の謎は,一方で,ありふれたもの,陳腐なものであるが,他方 で,絶対に経験することのできないもの,不可知なもの,この両者の聞にある だけではない。「私の死」ではないが,人の死でもない,そういう不思議な死 がある。それは「私のからだの死j.正確には「半身の死」である。この死が, 私が死について考えるときいつも気にかかっているものである。これについて 少しだけ書いておこう。

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日に会議中に脳卒中で倒れた。その日から半年入院した。私が 損傷を受けた部佐は,脳の奥まったところにある「視床」と言われるところで ある。「視床」について,ラマチャンドラは『脳のなかの幽霊』の中で次のよ うに書いている。「脳のちょうど真ん中に視床がある。視床は進化的に大脳皮 質よりも古いと考えられており,また嘆覚を除くすべての感覚情報が,ここを 通過して外層の大脳皮質に到達するため r中継地」と表現されることが多い。 視床と皮質のあいだに大脳基底核と呼ばれるいくつかの核がある。j

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頁)。 「視床」はいわば「十三」のようなところである。四条河原町から十三を経て 梅田に行く。また,十三から西宮北口に行しそういう「中継地」である。視 床に損傷を受けると r十三」が消滅する,すなわち,感覚がやられ,感覚情 龍谷大学論集 -65一

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報が消えてしまう。そこで,私の右足には感覚がない。歩いていても,右足は 地面に着いているという感覚がない。目を膜って,人に私の足を触ってもらっ ても,どこを触っているのかまったくわからない。 感覚がないのは足だけではない。左手で私の顔を触ってみる。顔の右も左も 変化がない。右の顔を触ると,異常な感じがするわけではない。しかし,左手 で右手をもって右手で顔に触ってみると,顔の左側と右側とではまるで違って いる。目を膜ると,顔の右側に触っても何をしているのかわからない。鼻から 左側に手が移ると,感覚が急に出てくる。右側に移ると急に感覚が消える。こ のように,感覚が出たり消えたりするのは何とも不思議な気持ちである。 左手は紛れもなく私の手である。その手で顔に触ると,顔も紛れもなくすべ て(右も左も)私の顔である。ところが,右手は私の手ではない。右の顔も私 の顔ではない。私の手ではない手で,私の顔ではない顔に触ると,何をしてい るのかわからない。しかし,自分の手ではない手で,私の顔である左側に触る と私のものだという感じがする。 こういう状態の中で,私とはいったい何者なのかとよく考えることがある。 ほかならぬこの私とは何なのか。その一つの答えは r私」と「私ではないも のj (つまり死)が一つのからだの中に同居している,ということである。そ して,その「私ではないものj (死)は「私」が思うように動かせないもので ある。しかも,その二人の「私j (r私」と「私ではないものj) をもうひとり のく私> (どのように呼んでよいのかわからない)がどこかで眺めている。こ れは何とも奇妙な状態である。脳卒中は,このようなわけのわからないことを 人間に経験させるものである。 以上,簡単に述べたことは r私のからだの死j,つまり「半身の死」が「第 三人称の死」ではないという意味ではない。それも結局は第三人称の死ではな いのかと言われれば,確かに第三人称の死であろう。しかし,それにしても, 人の死ではなしあまりにも私に接近しすぎている死である。また,第二人称 の死に実によく似ている。村上陽一郎は,次のように述べている r事故によ って失った脚。いわばそうした身体の部分的死は,どれほど辛く,苦しいもの であったとしても,機能の代替や,回復によって,一応の埋め合わせがつく。 ということは,そうした身体の部分的死が,行為の主体に起こったとしても, それは,機能の欠如という,あの第三人称的な死のもつ性格を備えていること はたしかである。j (村上, 211頁)。ここに述べられている「身体の部分的死」 は,私が実際に経験している「半身の死」とはあまりにもかけ離れている。こ - 66 死(谷本)

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の死をどのように考えたらよいのか,残念ながらまだ私の結論は出ていない。 死への恐怖 次に,死をめぐる第二の問いについて考えてみよう。よく「死への恐怖」と 言われるが,これは何を意味するのだろうか。すでに述べたように r私の死」 は経験できないもの,知ることのできないものであるが,それなのになぜわれ われは死を恐れるのだろうか。もちろん,われわれが経験できないもの,知り えないものを恐れることは他にもある。子どものころ,夏の夜,昼間に基に置 いてきた花を取ってくるという胆だめしをしたことがあった。山の斜面にはた くさん墓が並んでいて,暗くなると何かが出そうで怖かった。子ども心にお化 け,あるいは幽霊が出ると思っていた。これらも,もちろん経験したこともな いし,未知のものである。それでも,恐ろしいと思っていた。こういうことは 他にもまだたくさんある。しかし,お化けや幽霊を恐れるということに何か根 拠があったのだろうか。恐れることは単なる錯覚ではなかったのか。これと同 じことが,死への恐'怖に対してもいえる。 本稿の冒頭に,パスカルの『パンセ』を引用しておいた。われわれの状態は 死刑囚と同じであることをパスカルは述べていた。「悲しみと絶望とのうちに 互いに顔を見合わせながら,自分の番がくるのを待っている」とパスカルは述 べていた。しかし,われわれは日々「悲しみと絶望とのうちに互いの顔を見合 わせ」ているわけではない。むしろ,死を見つめている人を避けようとしてい る。死はまだ先のことだと考えて,毎日「慰戯

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t)J (パスカル) を求めて生きている。こういう生き方の中では,われわれは死への恐'怖を感じ ることは決してありえない。 「死への恐'怖」とよく言われるが,しかし実際には「死への恐怖」を味わっ ている人はそれほどいないように思える。死への恐'怖を感じるのは,生存の見 通しがまったくなくなり,死が突然迫ってきたときである。例えば,ガンの宣 告を受けるとか,余命幾ばくもないことを知らされるとか,そういったときに 突然死への恐'怖に襲われる。岸本英夫は黒色腫(ガン)にかかったとき,自分 が「生命飢餓状態」に置かれていることを知ったという。「生命飢餓状態にな った場合には,死との戦いは,もはや,単に観念的なものではない。死の恐怖 は,人間の生理心理的構造のあらゆる場所に,細胞の一つ一つにまで,しみわ たる。生命に対する執着は,藁の一筋にさえすがって,それによって迫ってく る死に抵抗しようとする。J (岸本,

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頁)。言い換えれば,死を宣告されるこ 龍谷大学論集 -67一

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とによって,死に直面することになり,生きたいという人間の生存欲が脅かさ れるのである。誰にもこの欲求はあるが,普段は生存欲が脅かされるというこ とはない。しかし,ガンの宣告,死刑の宣告などによって人生が近いうち確実 に断ち切られることを思い知らされると,生きたいという欲求が猛然と頭をも たげてきて,それが「はげしい生の執着となり,死に対する恐怖となって現れ るJ (岸本,

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頁)のである。「死への恐怖」は,同書の別の箇所では「刺し通 すような苦しみ」とか「えぐり取るような苦しみJ (岸本,

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頁)とも言われ ていて,要するに,岸本によると決して観念的なものではなく,生理的なもの なのである。 私もこのような死への恐怖をこの数年間に何度か経験した。半年の入院から 退院して,降圧薬をず、っと飲み続けているが,時々突然,何かをきっかけにし て血圧が急に上がることがある。それも夜が多い。そんなときはますます不安 が高まってきて,家にいることができなくなる。そして,急いで病院に駆け込 む。病院に着いて,深夜の静かな待合室で順番を待っているとしだいに心が落 ち着いてくる。先ほど襲われたのが,岸本のいう「刺し通すような苦しみ」な のかとそのとき思ったものである。 しかし,私の経験から少し距離を取って,死への恐怖を理屈で考えようとす ると,すなわち,私の経験できない死を恐れることに何か根拠はあるのかと考 えるなら,これはなかなか難しくなる。死への恐4怖は単なる錯覚であるという 意見が必ず出てくる。例えば,次のような意見がある。「死そのものを私は積 極的に思い描くことはできないし,実感することができない。実感できないも のに対して恐怖を抱くということは,人聞の感情の機序に背馳している。たと えばエイズについて何の観念ももたない人聞は,知らぬが仏の諺ではないが, エイズウイルスについて恐怖をおぽえることはありえない。死についてもこれ と同じではなかろうか。死の観念は中身のない容器のようなものだ。いかにも それは恐ろしげに見えるが,査をあけて中を覗き込んでみればそこには何もな い。観念の無(無の観念ではない)を恐怖するのは道理に反している。この意 味で「死の恐怖」は単なる錯覚なのである。J(菅野, 187頁) 確かに,岸本も述べているように i死への恐怖」と言われるものの中には 二つの異なった意味があって,それを区別する必要はあろう。その一つは,死 そのものではなく,死にいたる人間の肉体の苦痛であり,もう一つは,死その ものに対する恐怖である(岸本, 15頁)。前者は,例えば激痛,高熱,下痢, 呼吸困難などであり,イワン・イリイチが死に直面したときに味わったもので - 68一死(谷本)

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ある。しかし,これは言うまでもなく r死に臨んだある苦痛の状態としての 生への恐怖J(村上,

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頁)であって,死そのものに対する恐怖ではない。 このうち前者の死にいたる肉体の苦痛には,どこにも理解しにくいところは ない。苦痛に満ちた死を誰も望んでいない。だから,苦しみながら死ぬかもし れないという恐れをわれわれが抱くのは理屈に合っている。問題は,このよう な死への恐怖(ほんとうは「生への恐怖J)ではなし死そのものに対する恐 怖である。果たしてこの恐怖に何か根拠はあるのだろうか。 死への恐怖と言われるものは rこの,今,意識している自分」がなくなっ てしまうことである。岸本は次のように述べている。「なぜ,それ(死)が, そのように問題になるのか。それは,人聞にとって何よりも恐ろしいのは,死 によって,今持っている「この自分」の意識がなくなってしまうということだ からである。死の問題をつきつめて考えていって,それが「この,今,意識し ている自分」が消滅することを意味するのだと気がついたときに,人聞は惇然 とする。これは恐ろしい。何よりも恐ろしいことである。身の毛がよだつほど 恐ろしい。J (岸本,

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頁) この意見に対しても,次のような疑問が出てくるように思われる(菅野論文, 参照)。すなわち rこの自分の意識」がなくなることは果たして「死への恐 怖」として十分なものであるのか,と。その例として,安心して夜寝るときを 思い描くことができる。夜寝るとき,多くの人はなぜ「自分」がなくなること に不安ではないのだろうか。むしろ,なぜ心安らかに眠ることができるのか。 なぜ寝ることが一番幸せだと言う人が多いのか。また,深夜の電車で酔いつぶ れてぐっすり眠っている人がいるが,なぜ「自分」がなくなることが恐ろしく ないのか。もし上に挙げた岸本の文章が正しいとすれば,これらはすべて「何 よりも恐ろしいこと」ではなかろうか。 もちろん,朝になると目が覚めると思、って寝るから怖くないのだろう。今ま で何十年も朝になると目を覚ましてきた。目を覚ますと窓から陽が差し込んで いた。だから,寝ても朝になると r自分」がどこからか舞い戻ってくる。そ れゆえ,死は「この自分の意識」が単に消滅することではなく,恒久的に消滅 することである。もう二度と覚めることのない「夢」に入り込むことである。 これは「身の毛がよだつほど恐ろしい」ことである。そう言われるかもしれな ¥ tl

しかし,菅野はこの意見に対しでも,次のように述べる。「筆者が思うに, 人が死の恐怖をおぽえるのは,単に死によって自己意識が恒久的に失われると 龍谷大学論集 -69一

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いう理由によるのではない。J(官野,

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頁)。その一つの証拠として,森鴎外 の『妄想』という作品を挙げている。この作品は鴎外の世界観,人生観を知る には不可欠なものであると言われている。そこにこんな文章が出てくる。 「自分はこのまま人生の下り坂を下って行く。そしてその下り果てた所が死 だということは知っている。しかしその死はこわくない。人の説に,老年にな るに従って増長するという「死の恐怖」が,自分には無い。J (森鴎外, 67頁) なぜ鴎外は,死は怖くない,死への恐怖が自分にはない,と言うのだろうか。 この自分の意識(自我)がなくなることが平気なのか。いやそうではない。 「そんなら自我というものが無くなるということに就いて,平気でいるかと いうに,そうではない。その自我というものが有る聞に,それをどんな物だと はっきり考えても見ずに,知らずに,それを無くしてしまうのが口惜しい。残 念である。漢学者の謂う酔生夢死というような生涯を送ってしまうのが残念で ある。それを口惜しい,残念だと思うと同時に,痛切に心の空虚を感じる。な んともかとも言われない寂しさを覚える。J(向上,

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頁) 鴎外が気にしているのは,死によって自分の意識がなくなることではなく, 自己意識について探ることなく死んでいくことである。これが「口惜しい」と いう。この鴎外の例からわかることは,自己意識が恒常的に失われることが死 への恐怖の十分な理由ではないということである。もっとも,この作品を鴎外 が書いたのは49歳の時であり,年譜を見てもそのころ病気らしきものをした形 跡がないから,死への恐怖を感じることはなかったのかもしれない。岸本のい う「生命飢餓状態」に置かれてはいなかったから r自我というものが有る聞 に,それをどんな物だとはっきり考えても見ずに,知らずに,それを無くして しまうのが口惜しい」などと, (おそらく岸本から見れば)暢気なことが言え るのかもしれない(もっとも,森鴎外は亡くなるときにも,川端康成の『山の 音』によれば rなんだ,つまらない」と言ったそうであるが (244頁),もし そうであれば,死への恐怖は感じなかったのかもしれない)。 死が「この,今,意識している自分」を滅ぽすことの恐怖には,上に述べた こととは別のものが考えられる。菅野は,次のように述べている。「私の死後 も世界はあい変わらず存続するという「想像」 太陽が明日と同じように輝き, 樹々に鳥たちがさえずり集い,人々が忙しく立ち働き,世の営みがそのまま続 くに違いないという「想像」を一度もめぐらしたことがないという人はまず一 人もいないに違いない。この想像に私が戦慨を覚えるとすれば,それは,ただ 一人だけが不在で,その他のあらゆる存在者が以前に変わらず存在するという 一 70- 死(谷本)

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想定のゆえではなかろうか。この想定は,独我論的世界のまさに対極にある世 界,実は「世界」とも呼べない,名状しがたい存在そのものを露呈させる。私 を恐れと困惑に陥れるのは,私が完全に締め出しを喰ってしまった世界,一人 称的な要素の微塵もない,即自的な,圧倒的で完壁な,存在の無意味さなので ある。j (菅野.189-190頁) 確かに,死の恐怖にはこのような考えがあるようにも思える。私だけがいな くなって,世界はそのまま存続する。私だけが他の人から除げ者になっている。 これはある種の人にとっては遺り切れないものであろう。しかし,これも錯覚 であると菅野は言う。「死後も同じ世界が存続するという「想像」の間違いは, 「同じ世界」という想定である。死による私の変容は世界の変容と同時なのだ。 もし現代人の多くが信じているように,私の死というものが私の意識の働きの 回復不可能な終意であるなら,スイッチを切ったテレビの画面が消えるように, 意識のスイッチが切れると同時に世界の存在も消えるに違いない。したがって, 私の死後にひとり私だげが不在の世界が存続するという「想像」はニセモノで あって,そんなものは成り立たない。その限りにおいて,この種の「死の恐 怖」は錯覚というべきだろう。j (菅野.190-191頁) こうして,菅野の意見では「死への恐怖」のあらゆるものは錯覚だというこ とになる(もっとも r自分が苦しみながら死ぬかもしれないという恐れj. す なわち「死にいたる肉体の苦痛」としての「死への恐怖」を除いて)。だから, 死を恐れることは理屈に合わないことになり,死への恐怖はいわゆる合理的で はないということになる。しかし,これはどこか間違っているように思える。 なぜなら,われわれは確かに死を恐れているからである。それも「自分が苦し みながら死ぬかもしれないという恐れ」とは違って,死そのものを恐れている からである。菅野の考え方とは違って,むしろ,死への恐怖の意味を,それが 何を表しているかを考えるべきであろう。 結局のところ,死は経験できないのに,なぜわれわれは死を恐れるのだろう か。死を恐れることにどういう意味があるのか。村上陽一郎は「生への盲目的 な執着はヒトが生物であることの明証である」と述べ r死への恐怖はヒトが 人間であることの明証であるj (村上,

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頁)と述べている。これはどういう 意味なのか。 生への執着は動物である限り,みんなもっている。ネコにもイヌにもある。 これは本能であって,人聞にしか備わっていないというものではない。しかし, イヌにもネコにも死への恐怖はおそらくない。たぶんこれは人間だけに備わっ 龍 谷 大 学 論 集 一 71一

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た,人間固有のものであろう。なぜなら,死への恐怖をもつためにはある種の 知能が前提とされるからである。そのような死への恐怖にどういう意味がある かが,人聞にとっては大問題である。村上は,その答えとして,ヒトが人間で あること,言い換えれば r人と人との聞の関係性の中で生きていることJ (村 上, 214頁)を挙げている。これはどういうことなのか。 これまでもう何度も述べてきたが,私は死を絶対に経験することはできない。 死は不可知なものである。少なくとも「私の死J,つまり「第一人称の死」を 経験することはできない。それでもわれわれは死への恐'怖を経験する。もっと も,これは単なる人間の錯覚だという意見がある。ちょうどお化けや幽霊を恐 れるように(もっとも,幽霊が実在すると信じている人にとっては錯覚ではな い)。しかし,岸本英夫にとって死への恐怖は錯覚ではなかった。「生命飢餓状 態」に置かれると,死への恐怖が突然むくむくと湧き起こってくる。私も病気 になってから死の恐怖を何度も経験した。単なる錯覚ではないことを身に染み て感じた。何度か深夜に病院に血圧が急に高くなって駆け込んだ。救急車で病 院に担ぎ込まれたこともある。あれは死への恐怖であったとあとからわかった が,決して錯覚ではなかった。では,その死への恐'怖の意味は何か。いったい 死への恐怖は何を表しているのか。 人はみんな死ぬときはひとりで死んでいく。一切の人間としての関係性を断 ち切って,死はただひとりで受け容れなくてはならない。村上陽一郎は,こう いう人聞の状態を「死のもつ徹底的孤絶さJ (213頁)と呼んでいる。この完全 な孤絶への恐'怖こそ,これを逆説的にいえば,人が「人間」として生きてきた ことの証と言えるだろう。死への恐t怖は,人聞はひとりでは生きてゆけないと いうこと,人と人との間ではじめてわれわれは生きてゆけるということを表し ている,ということなのだろうか。 この「死への恐'怖」の問題も,残念ながら私にはまだ答えが見つかっていな し当。 死と悪 最後に,死は悪いものなのかという問題について考えてみよう。われわれは みんな死は悪いものだと思っている。例えば,自殺することは悪いことだと思 っている。ビルから飛び降りようとしている人を見れば,素晴らしいことをし ているとは誰も思わない。できることなら何とかして助けたいと思うであろうo ゴザを敷いて,弁当を食べながら,おもしろく見物する人はたぶんいないであ 72 死(谷本)

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ろう。では,なぜ自殺は悪いことなのか。それは死ぬことが悪いことだからで あろう。また,殺人も悪いことだと多くの人は思っている。現代は価値相対主 義が蔓延している時代だと言われるが,それでも殺人に対しては社会によって, 文化によって価値判断が異なるとは思っていない人が多い。では,なぜ殺人は 悪いことなのか。それも死が悪いことだからであろう。もしそうではなし死 が善いものであるなら,自殺や殺人に対するわれわれの判断は異なってくるで あろう。しかし,死は果たして悪いものなのだろうか。 死が悪いものであるというとき,すぐ思い浮かぶのは,死は身内や友人にと って悪いというものであろう。では,なぜそれらは悪いのか。もちろん,身内 や友人に悲しみや苦しみをもたらすからである。悲しみや苦しみは,言うまで もなく悪である。したがって,それらを人にもたらすことは悪である。 しかし,それだけでは死と悪の問題は十分解けたとは言えない。死は身内の 者にとって悪いだけではなく,何よりも死んでいく当人にとって悪いことなの である。ここにわれわれの解決すべき問題がある。 死と悪の問題に対してすぐに出てくる意見は,死は自然なことであって,死 が悪いということはない,というものであろう。誰しもいつかは死ぬのであっ て,決して悪いことをしているわけではない。それに,死についてはわれわれ は何も知らない。われわれは死を経験することはできない。生と死との聞には 越えがたい溝がある。「死の善し悪しを生の物差しで測ることはできない。死 は死によってしか評価できないJ (菅野,

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頁)。それゆえ,死について悪い という価値判断を下すことはできない。 死は悪いものなのかという問題を考えるとき,私には次のような問題がここ には含まれているように思える。ここにある問題を私は「マーフィーの問い」 と呼ぶことにしたい。ロパート・マーフィー(1

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は『社会生活の弁 証法』や『文化および社会人類学一序曲』などの著書がある人類学者であるが, ここでは『ボディ・サイレント』を取り上げることにしたい。 マーフィーは脊髄腫虜であった。

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歳の時にからだの異変を感じ,病院に行 っていろいろ検査してもらったがわからなかった。最初はちょっとした筋肉癌 撃にすぎなかった。その聞に次第にからだの中で腫療は広がり,身体麻療が進 んで行った。肢体が完全に麻樺し,最後にはベッドから起き上がることも難し くなった。身体麻揮に苦しんだマーフィーは,次のように言っている。「病い や損傷は身体的な問題であるだけではなく,心理的,社会的な問題だとよく言 われる。このことが私の心に生き生きと蘇った。よい健康状態にある人間たち 龍 谷 大 学 論 集 ー7

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3-は,彼らの幸運を,そして彼らのからだを当たり前のことと思っている。彼ら が見,聞き,セックスをし,息をしているのは,からだの諸器官が正常に働い てくれているおかげだということを忘れてしまう。これらの諸器官,そして肉 体の全体が「われわれが何者であるか」ということの意味を形づくる基礎にな っているのだし,われわれが現実を把握し,また創造するための道具となって いる。シモーヌ・ド・ボーヴォワールも言っている。われわれに与えられた肉 体の仕組みが人間の生を完全に支配する運命だとは言わぬまでも,それはたし かに人間のあらゆる企ての暗黙の大前提だ。各々の人聞が2本の足をもち,歩 くことができるという事実を素直に受け入れている。人々がそのことについて 考えたり怪しんだりしないのは,空気の中に酸素が含有されていることにいち いち感謝したりしないのと同様だ。これらはみな人間存在の根本的な条件だ。 これについては後にたくさん言いたいことがあるが,今はとりあえず次のこと だけを言っておこう。病いはわれわれの肉体についての無意識に対する真っ向 からの挑戦である。病いの到来とともに身体はもう当たり前のものではなくな り,意識的な思考の対象となる。そして,いよいよ私の番が来たというわけだ。 生まれてはじめて私は自分の身体の状況について考えるようになった。不愉快 きわまりない事情によって,いわば私は自分自身に意識を集中することを余儀 なくされたのだ。J

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頁) 病人が日々考えているのは I死」と「からだ」についてである。『ボディ・ サイレント』のテーマもこのこつである。もちろん,それに関連して「障害 者」の社会生活を理解することも問題になっている。例えば,障害者の社会に おける役割とか,障害者間の「平等主義」など,興味深いテーマも取り上げら れている。また,醜,老,病,死の排除という現代文明,とくにアメリカの高 度な物質文明に対する批判も取り上げられている。そのほか,自伝という性格 もこの本にはある。マーフィーの両親のことも書いてある。しかし,何よりも 取り上げられている問題は,先ほど述べた「死」と「からだ」についてである。 言うまでもなく,病人が苦しんでいるのは,自分の「からだ」についてである。 だから,病人にとって「からだ」が一番の関心になるのは当然であるo また, 「からだ」を意識するからこそ, (論理学の教科書に出てくるような「人聞は 死ぬ」ということではなく)Iとりわけこの私が死ぬ」ということ,すなわち 「第一人称の死」を意識することにもなる。死は何ものでもないというように は(エピクロスは「死はわれわれにとって何ものでもない。………中略...・H ・.. なぜかといえば,われわれが存するかぎり,死は現に存せず,死が現に存する 一74一死(谷本)

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ときには,もはやわれわれは存しないからであるj (67頁)と述べている).病 人にとっては決して考えられない。例えば,マーフィーは,自分の体験した次 のような例を挙げている。「私と妻のヨランダがある官庁のオフィスを訪ねて いたときのことである。私たちの知り合いで,それほど重くない脳性麻捧にか かった一人の若い役人が,車椅子に乗って入ってきた。その顔は涙で濡れてい た。興奮がおさまると彼は説明した。同じ階で働く他の課のある男が連れに向 かつて,障害者である彼について,こんなふうに言うのを聞いたと言うのだ。 「僕なら生きていないね。死んだ方がましだ」。この話を聞いた私の心の中に いくつかの疑問が湧いた。...・H ・" (中略)………果たして本当に一個の人聞が 「死んだ方がまし」だということがありうるのか。j (1

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頁) この「死んだ方がまし」という言葉は,私が入院しているときに多くの人か ら何度も聞いたものである。他人からそのように言われるだげでなく,自分に 向かつてそのように言っている場面に何度もぶつかった。私はその言葉を聞く たびに,マーフィーと同じように自分に向かつて聞いかげていた。すなわち 「死んだ方がましだということがありうるのかj. と。この「マーフィーの聞 い」が死と悪をめぐる,私にとっては一番大きな問題である。 乙の死と悪をめぐる問題も,残念ながら,私にはまだ答えが見つかっていな ¥ tlO 〈参考文献〉 パスカル(前田陽一・由木康訳)rパンセ』中公文庫.1988年 トルストイ(望月哲男訳)rイワン・イリイチの死/クロイツェル・ソナタ』光文 社古典新訳文庫.2006年 岸本英夫 r死を見つめる心ーガンとたたかった10年間一』講談社文庫.1987年 村上陽一郎「死すべきものとしての人間j. Ir生と死への眼差し』青土社.1993年 ヴラジミール・ジャンケレヴイツチ(原章二訳) Ir死とはなにか』青弓社.1995年 清原油夫『痛みと闘う』東京大学出版会.1980年 V.S.ラマチャンドラ/サンドラ・プレイクスリー(山下篤子訳) Ir脳のなかの幽 霊』角川書底.2003年 菅野盾樹『人間とは何かJ(第11章「死

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産業図書.1999年 森鴎外『山根大夫・高瀬舟』新潮文庫.2007年 川端康成『山の音』新潮社文庫.2006年 ロパート・ F・マーフィー(辻信一訳) Irボディ・サイレント』新宿書房.2000年 エピクロス「メノイケウス宛の手紙j rエピクロスー教説と手紙一J(出隆・岩崎允 胤訳)岩波文庫.1986年 龍 谷 大 学 論 集 一7

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5-風見しんど『えみるの赤いランドセJレー亡き娘との恩愛の記一』青志社, 2008年 ETV特集「いのちの声が聞こえますか一高史明・生と死の旅J(2008年3月30日, 放送) 本稿は,龍谷大学2006年度特別研究員の研究成果の一部である。 キーワード 死の謎,死の恐怖,死と悪 -76一死(谷本)

参照

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