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陳 述 の ゆ く え

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Academic year: 2021

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(1)

【エッセイ】 陳述のゆくえ ― 辞苑閑話・三

工   藤   力   男

ありふれた光景 特に珍しいというものではない、いくつかの言語表現に 着目した光景をお目にかけたい。例によって通し番号をつ ける。

れるが、別に居心地は悪くない。 ましだと思った。いま、四十歳をすぎて中年といわ た ら 父 の こ と を イ メ ー ジ し て い た )、 死 ん だ ほ う が みっともない中年男になるくらいなら(ひょっとし  

1

しかし、私は中年になりたくないと念じた。あんな

の 訳 も お そ ら く 原 文 に 輪 を か け て 難 解 な も の だ っ  

2

この本は古書店で探すのも大変だったが、土井さん   『

4

する。 島々を転々とし、やがて溺れて死んで、たぶん再生 若者が海辺に行って、やがて港から船に乗って南の に仕立てた方がよかったとみなに言われた。一人の  

3

最初に書いた長い詩はストーリー性が濃くて、小説 た。

も し か し て 愛 だ っ た 』  私 が い ち ば ん 欲 し い も の、 それは、もしかして……

た歌友の松本ノリ子さんの伯母さんの記事が載って 毎日新聞である。じつは今日、一緒に鶴に逢いに来  

5

ここに一枚の新聞がある。昭和二十七年三月二日の

(2)

いる。 エッセイスト・作家・歌人の文章の一節あるいは書名か らえたものである。節題に「ありふれた」の語をかぶせた ように、日常的な光景である。本稿は、この光景を通して 日 本 語 の 変 遷 に つ い て 考 え る ( 括 弧 内 の 年 次 表 記 は キ リ ス ト 暦による) 。

森鷗外『澀江抽齋』から

「 次 の 例 に よ っ て、 岐 阜 日 本 語 教 育 研 究 会 会 員 の 意 見 を き い た、 ずる人がほかにもあるのか、それが知りたかった。そこで に関わるらしい。それが己れ一個の偏向なのか、同様に感 れ に 微 妙 な 違 和 感 を 覚 え る。 そ こ に 用 い ら れ た「 じ つ は 」

5

を手がかりにして考えることから始める。わたしはこ

6

7

に つ い て、 そ れ ぞれ

A

・ 本語だと感じますか」と。

B

い ず れ を 自 然 な 日

A6

  ねえさん、ぼくは実は靴下一足買うお金もない。

です。  

B

ねえさん、ぼくは実は靴下一足買うお金もないん

A7

  正保四年と刻してあっても、実は正保二年に作っ たという

森鴎外『澀江抽齋』の用例に少し手をいれた たものだという  

B

正保四年と刻してあっても、実は正保二年に作っ

後を省いた

A6

と、前 た

A7

、それに対比すべく文末を少しかえて作っ

B6

外の原文を太字の番号のもとに掲げる。

B7

である。それぞれのオリジナル、すなわち鴎

A6

(その四十)   「 姉 さ ん、 わ た し は 實 は 褌 一 本 買 ふ 銭 も 無 い。 」

B7

うち 『 澀 江 抽 齋 』 に は「 實 は 」 が 八 回 用 い ら れ て い る。 そ の 年に作つたものだといふ(略) 」 (その三)   「 此 本 が 正 保 四 年 と 刻 し て あ つ て も、 實 は 正 保 二

A

型 は 二 つ、 い ず れ も 会 話 の 中 に あ り、

い ず れ も 地 の 文 に あ る。

B

型 は 六 つ、

A

型 の 残 る 一 つ (

8

) と、

うちの短い一つ (

B

型 の

9

) をあげる。

  「

8

實 は そ れ に 用 立 つ お 講 釈 が 承 り た さ に、 ご 足 労 を 願ひました。 」 (その三十九)

い こ と だ が、 「 じ つ は 」 が 係 り ゆ く 先 の 述 語 は、 右には二つにわけて「~型」と名づけた。いうまでもな の子である。 (その三十八)  

9

善庵、名は鼎、字は五鼎、實は江戸の儒家片山兼山

A

型 が、

(3)

6

「 褌 一 本 買 ふ 銭 も 無 い 」、

あ り、

8

「 ご 足 労 を 願 ひ ま し た 」 で

B

型 が、

6

「 ん で す 」、

7

「 も の だ 」、

つたのである」となる。 る」のほか、 「定である」 「季の弟である」 「妾である」 「あ

9

「 子 で あ わたしの語意識は ある。

B

型の述語はすべて広義の名詞で

B

型を是とし、

うが、地の文では 覚える。鴎外はこの著作で明確に意識していなかっただろ

A

型の文には違和感を 員の感想は、みんな もそうはならなかった、わたしはそう考えている。研究会

B

型が自然にとられ、会話文では必ずし

イト「青空文庫」によるが、ほかに夏目漱石『我輩は猫で な お、 『 澀 江 抽 齋 』 の 用 例 探 し は、 イ ン タ ー ネ ッ ト の サ が不明である。 十、 残 る「 実 は 急 に 結 婚 す る こ と に な り ま し て。 」 は 文 末 ど、 実 は 先 月、 会 社 を 首 に な っ た ん だ。 」 以 下、 名 詞 文 が り、 例 文 が 十 一 あ る。 内 訳 は、 「 ⑴ 今 ま で 黙 っ て い た け れ 「 じ つ は 」「 じ つ を い う と 」「 じ つ の と こ ろ 」 の 三 つ か ら な  

1998

語 文 型 辞 典 』 ( く ろ し お 出 版 ) の【 じ つ は 】 の 項 は、 グループ・ジャマシイ編著『教師と学習者のための日本 じであった。

B

型を自然だとし、わたしの語感と同 うが、 ので、二作品を直接くらべることは余り適当ではないと思 『 猫 』 の 文 章 は 話 し こ と ば の 要 素 が 強 い う え に 会 話 も 長 い ある』についても検索し、 「じつは」の用例四十六をえた。

B

型が圧倒的に多いことに注意しておこう。

じつは 当面の語について辞書の記述をみることにする。 『 時 代 別 国 語 大 辞 典   室 町 時 代 編 』 は、 「 じ つ / じ ち 」 を 名 詞 と し て 掲 げ、 「 形 容 動 詞 と し て も 用 い ら れ る 」 と し、 挙 例 に『 史 記 抄 十 一 』 の「 名 ハ 県 ナ レ ド モ、 実 は 大 ナ ホ ド ニ郡ヂヤゾ」がある。この「実」は現代語「実態」に置き かえて理解していいだろう。 明 治 期 の 辞 書、 『 言 海 』『 こ と ば の 泉 』 の 記 述 も「 じ つ 」 を 名 詞 と す る。 現 在 の 日 本 語 で 名 詞 の 用 例 と い う と、 「 じ つ が な い 」「 じ つ の 親 子 」「 じ つ の と こ ろ 」 な ど 限 定 的 で、 副 詞「 じ つ は 」「 じ つ に 」 に み る も の が 大 半 で あ ろ う。 百 年のあいだに大きく変化したようである。 『 日 本 国 語 大 辞 典 』 第 二 版 ( 以 下、 『 日 国 大 』 と 略 記 ) の 「 じ つ は 」 の 初 出 文 献 は、 室 町 時 代 の『 四 河 入 海 』 で あ る が、 確 か に 副 詞 だ と い え る 用 例 の 多 く な い こ と は、 右 に

(4)

『時代別国語大辞典』にみたとおりである。 『日国大』の続 く 挙 例 は、 加 藤 弘 之『 交 易 問 答 』(

1869

) 以 下、 二 葉 亭 四 迷『浮雲』 、夏目漱石『吾輩は猫である』 、いずれも

だ」をあげている。用例はいずれも

2009

第 七 版( ) は「 連 語 」 と し て、 「 ― ぼ く が や っ た ん

2005

( )は「 ― 私が企てた事なのです」 、『岩波国語辞典』 現 在 行 わ れ て い る 他 の 辞 書 の 挙 例 を み る と、 『 大 辞 泉 』 ある。

B

型で 二葉亭四迷『平凡』の「 ― 、極く内々の話だが」で 「塔と云ふは単に名前のみで、 ― 幾多の櫓から成り立つ」 、

1985

『新潮現代国語辞典』 ( )は、夏目漱石『倫敦塔』の

B

型である。

A

・ す」は

B2008

一 例 ず つ、 『 広 辞 苑 』 第 六 版( ) の「 ― 困 っ て ま

日本の学校で中等教育をうけた人なら、ここまでの論述 詞/断定の助動詞」とか称される。 /である/です」などを伴うことになる。これらは「判定 れる「の/ん/もの」などによるものが多く、それに「だ 語が一般的であることになる。それも形式名詞などとよば の語感が見当違いでなかったら、その係りゆく先は名詞述 前 節 に か い た よ う に、 「 じ つ は 」 に 対 す る、 わ た し ど も

A

型である。 つは」ばかりではない。先掲の 「呼応/予告/叙述/誘導の副詞」などともよばれる。 「じ 日 本 語 文 法 の 記 述 や 教 育 に 長 く 用 い ら れ て き た。 近 年 は

1936

田 孝 雄 『 日 本 文 法 学 概 論 』( ) に 発 す る こ の 名 称 は、

よしお

すなわち陳述副詞の一種と解釈したのではあるまいか。山 を よ ん で、 「 じ つ は 」 を 名 詞 文 の 断 定 の 述 語 に 係 る 副 詞、

1

乃至 挙例は二つとも れから出かけるんです」 本当のところは。 「 ― すべて作り話なのだ」 「 ― こ る と い う、 話 し 手 の 伝 達 態 度 を 表 す。 事 実 を 言 え ば。 〔 副 〕 こ れ ま で は と も か く、 以 下 で 正 直 に 事 実 を 述 べ は注目に値する。次に全文を掲げる。

2010

な い が、 唯 一、 『 明 鏡 国 語 辞 典 』( 第 二 版 )( ) の 記 述 管 見 で は、 「 じ つ は 」 を 陳 述 副 詞 と し た 辞 書 は 見 あ た ら げたのである。 「 ひ ょ っ と し た ら 」「 お そ ら く 」「 た ぶ ん 」 を 含 む ゆ え に あ

4

も、 「もしかして」

ことを明示し、これは接続詞の特徴だからである。そう考 る。冒頭の「これまで云々」は先行する文脈をうけている の、この記述は副詞の語義記述としてはいささか異例であ 副 詞 と 解 釈 し て い た と 考 え て い い だ ろ う。 と は い う も の

B

型である。明確にはかいてないが、陳述

(5)

え て 他 の 辞 書 を み る と、 『 新 明 解 国 語 辞 典 』 初 版 (

1972

) が「接続詞」としている。このことについては後述する。

きっと 「 じ つ は 」 に 陳 述 副 詞 臭 を 感 ず る わ た し の 語 意 識 は、 じ つ は、 な お い く つ か の 語 に も そ れ を 嗅 い で い る の で あ る。 そ の う ち の 一 つ は「 き っ と 」。 こ の 語 に つ い て、 先 人 た ち がいかに記述してきたかをみよう。 ヘ ボ ン『 和 英 語 林 集 成 』 の「

KITTO

  キ ツ ト、 急 度 」 の 項 は、 第 三 版 に「 (

coll.)

」 が 加 わ っ た 以 外、 初 版・ 再 版 の 記 述 と 異 な ら ず、 対 訳 語 は「

surely; certainly; positively; withoutfail; attentively; fixedly:

」、シノニムは「シカト、タ シ カ ニ 」 で あ る。 な お、 「 急 度 」 は 中 世 以 来、 最 も 一 般 的 な当て字であった。 『 日 国 大 』 は 語 義 記 述 を 二 分 し、 一 は「 動 作、 行 為 が、 物理的、心理的にゆるみのない状態で行なわれる時の、そ の ゆ る み の な い さ ま。 」 と し て、 十 三 世 紀 の『 保 元 物 語 』 以 下 の 用 例 十 九 を あ げ る。 二 は「 判 断、 推 定 が ほ ぼ 確 実、 また、確実であってほしいと希望する時の、その確実なさ ま。間違いなく。 」とする。 二 は さ ら に 三 分 さ れ、 ①「 あ る 動 作 が 行 わ れ る、 ま た は、ある状態であることが確実なさまにいう。必ず。 」に、 浮世草子『傾城色三味線』の「急度御礼申事じゃ」以下四 つの例文がある。②は「ある事がらについて、自分の判断 が 確 実 で あ る と 信 ず る 時 に い う。 」 と し て、 江 戸 時 代 末 の 『 颶 風 新 話 』 の「 屹 度 そ う じ ゃ」 以 下 四 例。 ③ は 現 代 語 の 「 相 手 に、 必 ず こ う し て ほ し い と 要 望 す る 気 持 を 表 わ す。 必 ず。 」 と し て、 出 典 の な い「 き っ と 来 て ね 」 一 つ を あ げ る。この辞書の語義記述は、ヘボンのそれに近い。 「屹度」 もよく用いられた当て字である。 あ と 一 つ、 『 古 語 大 辞 典 』 ( 小 学 館  

1983

) の「 き っ と 」 の項をみよう。ここでは「きっと」を「きと」の促音便と し、 「 ① 急 に。 さ っ と。 と っ さ に 」「 ② 厳 重 に。 厳 し く 」 「 ③ 間 違 い な く。 必 ず。 確 か に 」「 ④ じ っ と。 し っ か り と 」 にわけて語義を掲げている。項末の「語誌」欄の記述は注 目に値するので全文をひく。 もと擬態語で、①のように動作の俊敏なさまをいう場 合と②③④のように確固たるさまをいう場合とがあっ た。いずれも中世以降に用例がみえるが、時代を経る に従って後者が主流を占め、現代語の陳述副詞「きっ

(6)

と」を生ぜしめるに至った。 [井手至] 現代語の「きっと」を陳述副詞と言いきった人がいたので ある。 執筆者の井手さんには論文「副用語の機能」があり、著 作 集『 遊 文 録   国 語 学 篇 』 ( 和 泉 書 院  

1996

) の 第 三 篇 第 一 章の「四   陳述副詞・演述副詞・叙述副詞の機能」にみら れる。例文「 きっと ジェット機だ。 おそらく 成功するだろ う。 はたして 出来るかな。 」をあげて、 右に掲げたものは、主として一定の演述を強調的に先 触れし、それと呼応しつつそこに或る色あいを添える ところの副用語で、従来、陳述副詞といわれていたも のの多くは、これに属する。 と の べ て い る。 大 阪 市 立 大 学 の『 人 文 研 究 』 第 九 巻 二 号 (

1958

)に掲載されたものである。 井 手 論 文 に 促 さ れ て 探 す と、 灯 台 も と 暗 し、 『 日 本 文 法 大 辞 典 』 ( 明 治 書 院  

1971

) の「 陳 述 副 詞 」 が あ っ た。 鈴 木 一彦さんの執筆で、陳述副詞を「①述語に断定を要するも の」 「②述語に疑惑・仮定を要するもの」に二分している。 その①の「イ   肯定」に「かならず   ぜひ   きっと」があ る。 そ の『 日 本 文 法 大 辞 典 』 は、 渡 辺 実 さ ん 執 筆 の「 呼 応 」 も立項している。 特に呼応というのは、 「 もし 面白かっ たら 」「 たとえ 笑 われ ても 」「 決して 嘘をつきませ ん 」「 きっと アメリカ 人 だ 」のような、叙法にかかわる呼応に限られる。 「 き っ と 」 を「 陳 述 副 詞 」「 呼 応 の 副 詞 」 と 認 定 し た 人 が、少なくとも三人はあったわけである。博捜したらさら に見つかるかもしれない。これについて近年の文法書がい かに記述しているかをのちに見よう。 とても・全然 前節の「きっと」をよんで、そういう語ならほかにもあ るなあ、と思った人が多いに違いない。その一つが「とて も」である。 こ れ に 対 す る 発 言 と し て 特 に 有 名 な の が、 芥 川 龍 之 介 「 澄 江 堂 雑 記 」(

1924

) で あ る。 す な わ ち、 「 と て も 安 い 」 「 と て も 寒 い 」 な ど の 表 現 が 東 京 の こ と ば に な り 始 め た の は、 数 年 前 か ら の こ と、 そ れ 以 前 は「 と て も か な は な い 」 「 と て も 纏 ま ら な い 」 の よ う に、 必 ず 否 定 を 伴 う も の だ っ た、 と い う の で あ る。 芥 川 は、 元 禄 四 年 刊 の『 猿 蓑 』 に

(7)

「 秋 風 や と て も 芒 は う ご く は ず   三 河   子 伊 」 を 見 い だ し て、かかる用法は三河方言だろう、三河から江戸へ移住す るまでに二百年余かかったわけだ、とかいている。大正十 三年に「数年前」というのだから、芥川は大正期になって からの現象とみているのかもしれない。 ちょっと大きな辞書をみればわかるように、二百年どこ ろの話ではない。閑吟集の「人かひ舟は沖をこぐ、とても 売 ら る ゝ 身 を、 た だ 静 に 漕 よ、 船 頭 殿 」 な ど に み る よ う に、かかる用法は中世にも多いのである。わたしたちの言 語形成期は、生後十四五年といわれる。この期間に身につ い た 言 語 規 範 は 言 語 運 用 を 支 配 す る。 「 と て も 」 を 否 定 表 現と呼応するものと習得した芥川にとって、肯定表現との 呼応が不快に感じられたのは無理もない。だが、 『日国大』 の挙例には、谷崎潤一郎、石川淳などの作品に、必ずしも 俗語とはいえない、肯定表現と呼応する「とても」をみる ことになる。この三人は十九世紀末の出生で、ほぼ同年代 といっていいだろう。 言語史の学者、意味論の研究者、辞書の編纂者など、こ とばの歴史に神経を尖らせる人以外、自分の用いることば の過去を詮索する必要はない。その点、作家の位置は微妙 で あ ろ う。 「 と て も か く て も 」 の 省 略 に よ っ て う ま れ た こ の語は、鎌倉時代以来、肯定・否定の両方と呼応する表現 に用いられた、その勢力に盛衰はあるが。 「全然」も、いろいろと話題になる。これをめぐっては、 近年、相模女子大学の梅林博人さんを初めとする諸家の研 究が次々とでている。三年前の日本語学会秋季大会 (

2010

) では、梅林さんら四人の共同研究「言語の規範意識と使用 実態 ― 副詞〝全然〟の「迷信」をめぐって 」というブース発 表 が あ っ た。 「 〝 全 然 〟 は 本 来 否 定 を 伴 う べ き 副 詞 だ 」 と い う規範意識は「迷信」だというのである。 「 と て も 」 の 新 し い 用 法 に 苦 言 を 呈 し た 芥 川 の 作 品 に そ の「 全 然 」 を 探 す と、 「 羅 生 門 」(

1915

) に「 こ れ を 見 る と、下人は始めて明白にこの老婆の生死が、全然、自分の 意 志 に 支 配 さ れ て ゐ る と 云 ふ 事 を 意 識 し た。 」、 「 河 童 」 (

1927

) に「 の み な ら ず 又 ゲ エ ル の 話 は 哲 学 者 の マ ツ グ の 話のやうに深みを持つてゐなかつたにせよ、僕には全然新 ら し い 世 界 ― 広 い 世 界 を 覗 か せ ま し た。 」 ( 第 九 節 ) な ど と用いている。 「 全 然 」 の 来 歴 は『 日 国 大 』 が 簡 潔 に ま と め て い る。 こ れ は 江 戸 時 代 後 期、 中 国 の 白 話 小 説 か ら 日 本 語 に は い り、

(8)

「 ま っ た く 」 と い う 振 り 仮 名 つ き で 用 い ら れ た。 明 治 期 に も、 小 説 で は「 す っ か り 」「 そ っ く り 」「 ま る で 」「 ま る っ きり」などの振り仮名つきの使用が多い。これでは肯定・ 否定の呼応が余り関与しない道理である。漢語「全然」と しての一般化は明治三十年から四十年にかけて広まったと いう。 規範から少しずれた表現は、書き言葉より話し言葉に現 わ れ や す い の は 当 然 で あ る。 国 立 国 語 研 究 所 が 開 催 し た 「 第 一 回 コ ー パ ス 日 本 語 学 ワ ー ク シ ョ ッ プ 」 の 予 稿 集 (

2012

) か ら、 佐 野 真 一 郎「 『 日 本 語 コ ー パ ス 』 を 用 い た 「 全 然 」 の 変 化 の 詳 細 化 」 を み る こ と に す る。 こ れ は、 三 千三百余の講演から得た千五百三十四件の「全然」を分析 したものである。微に入り細を穿つ詳細な記述は、わたし の 関 心 に は 遠 い。 一 つ だ け、 明 治 期 か ら 昭 和 後 期 ま で、 「 全 然 」 の 肯 定 的 用 法、 否 定 的 用 法 の 流 れ を 図 示 し た 箇 所 を、少し形をかえてひく。 明治期   昭和前期   昭和後期 肯定   →   ―   →   肯定 否定   →   否定   →   否定 肯定の意で用いる傾向が昭和前期に衰えたことが、通説の 広まった原因なのだろう。通説が「迷信」であることは明 らかである。 話 が 長 く な っ た。 こ の た ぐ い の 語 は、 ほ か に も「 多 分 」 「一向に」 「絶対」などがある。漢語由来の副詞にはこの傾 向が強い。 規範と現実、そして変質 初めに掲げた五つの実例は、いずれも文筆をなりわいと する人たちの用例である。あれは著者の意図したものだろ うか、それとも無意識の使用によるのだろうか。前者なら 文体論の対象であり、後者なら文法論の問題である。著者 の真意は知りかねるが、わたしは後者、すなわち文法論の 問題だろうとみている。 手元にある若干の文法書をひもといてみる。 少 し 古 い も の だ が、 芳 賀 綏

やすし

『 現 代 日 本 語 の 文 法 ― 日 本 文 法 教 室・ 新 訂 版 』 ( 教 育 出 版  

1973

) の「 副 詞 」 の 項、 「(

( → 推 量 )」 、「 (

3

) 呼 応 の 副 詞 」 に「 お そ ら く・ 多 分・ き っ と・ さ ぞ

の 副 詞 」 は 一 般 に 接 続 詞 と い わ れ る も の に 相 当 す る よ う るいは・そして・かつ・その上」などとある。この「承前  

5

) 承 前 副 詞 し か し・ だ か ら・ ま た・ あ

(9)

だ。 新 し い も の で は、 森 岡 健 二『 要 説 日 本 文 法 体 系 論 』 ( 明 治 書 院  

2001

) の「 副 詞 」 の 章 に「 呼 応 副 詞 」 が あ る。 「 言 語面に現われる判断形式と呼応する副詞で、いわゆる陳述 副詞が相当する」として、七つにわけている。各項の掲出 語 も 多 く、 よ く 考 え ら れ た 記 述 で、 「(

な い。 わ た し た ち は、 真 と 信 じ て い な く て も、 換 言 す る 本稿の主題と直接には関わらないが、この記述は適切では よって表される。 ムードと呼ぶ。このムードは、述語の基本形、タ形に り、 同 意 を 求 め た り す る 場 合 の ム ー ド を「 確 言 」 の 話し手が真であると信じていることを相手に知らせた 確言」は、ムードの章で次のように説明されている。 対、確か、まさか、よもや」をあげている。この「概言・ ぶん、さぞ、まず、どうも、どうやら、きっと、必ず、絶 「概言・確言と呼応するもの」の項をたて、 「おそらく、た  

1993

し お 出 版 ) の 副 詞 の 章 で は、 「 陳 述 の 副 詞 」 の 節 に 田 窪 行 則・ 益 岡 隆 志『 基 礎 日 本 語 文 法

改 定 版

』 ( く ろ など十語がある。         応」には、 「おそらく おっつけ きっと たしか 多分」

1

) 推 量 態 と の 呼 と、嘘とわかっていてもいえるからである。 真であるとし ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ

て ヽ いう、それが「確言」なのである。 「概言」のムードは右と反対に定義される。 「真とは断定 で き な い 知 識 を 述 べ る ム ー ド 」 で、 そ の 内 容 に よ っ て、 「断定保留( 「だろう、まい」 )、証拠のある推定( 「らしい、 ようだ、みたいだ、はずだ」 )などにわけて説明している。 四つの例文から二つをひく。 こ こ に は き っ と 地 位 の 高 い 人 が 眠 っ て い た の で し ょ う。 来年はきっと不景気になるだろう。 おかしな話である。確言と概言は、言表態度として対極 的だとして名づけられたものだろう。せっかく二分したそ のムードを、 「副詞」の章で既に一緒にしているのである。 もっとも、それを導く副詞も、 「おそらく」 「たぶん」から 「きっと」 「必ず」まで一括しているので、平仄があってい るつもりかもしれない。それなら、ムードを二分する必要 はなかったはずである。 「確言」 「概言」は、わたしのみたところ、寺村秀夫の命 名をうけたものだろう。その寺村の未完の著書『日本語の シンタクスと意味   Ⅲ』 (くろしお出版  

1991

) の第

8

章 「構

(10)

文 要 素 の 結 合 と 拡 大 」 の「 呼 応 」 の 節、 「 文 末 の ム ー ド と 呼 応 」 の 項 に も、 「 た ぶ ん   お そ ら く   き っ と   さ ぞ 」 と あ っ て、 「 き っ と 」 が「 だ ろ う 」 と 呼 応 す る よ う に 記 さ れ ている。 と ま れ、 こ こ に あ げ た 数 点 の 文 法 書 に お い て、 例 え ば 「 き っ と 」 が 推 量 表 現 の 述 語 と 呼 応 す る 例 文 と し て あ が っ ている。いわば、概言と確言の境界がなくなっているので あ る。 「 き っ と 」 に 関 す る 井 手 さ ん の 記 述 か ら は る か 遠 く 隔たっているといえる。ヘボン以来でも百五十年だから無 理もない。わたしたちは、何かの競技会にでる人が壮行会 で「優勝旗、きっと持って帰ります」と宣言するのをよし と き く、 確 言 で あ る。 そ の 一 方 で、 「 彼 は き っ と や っ て く れるだろう」と期待する、概言である。これが日本語の現 実である。 「 き っ と 」 の 変 質 は 覆 う べ く も な い。 右 に み た 諸 書 の 著 者はそのことを意識していないようだ。規範の記述に熱心 すぎて、規範を逸脱したものには無関心なのである。

陳述のゆくえ 日本語には、なぜ陳述副詞があるのか。国語学・日本語 学を修めた人は、この問題を大学の教室で考えさせられた は ず で あ る。 そ の 答 え は、 「 日 本 語 の 文 末 決 定 性 ゆ え 」 で あった。 日本語は文の下部にいくほど責任が重く、最後にひっく り返ることがある。文末が全てを決定するので、最後まで き か な く て は 話 し 手 の 意 図 が わ か ら な い。 時 に は そ れ が 点になるので、それを補う表現が必要で、文末に述べんと する態度を前もって示す方策が考えられた、それが陳述副 詞である、と。わたしも教室では学生にそのように話しな がら、いつも疑問に思っていた。例外が余りにも多いから である。 さ き に、 い く つ か の 辞 書 の「 じ つ は 」 の 記 述 を み た と き、 『 明 鏡 国 語 辞 典 』 に 注 目 し た。 先 行 す る 叙 述 を う け た 語 で あ る 旨 の 記 述 が あ っ た か ら で あ る。 こ れ は、 『 新 明 解 国語辞典』が「接続詞」とすることに繋がることにも注意 しておいた。ここで、わたしたちは、時枝誠記の文法学説 を思いおこす必要がある。 時枝によると、接続詞は、概念内容 (客体的な事がら) を 表 わ す「 詞 」 で は な く、 表 現 者 の 主 体 的 な た ち ば に お い て、 後 続 す る 表 現 に 結 び つ け る「 辞 」 で あ る。 そ の 著 書

(11)

『 日 本 語 文 法   口 語 篇 』(

1950

) に よ る と、 例 え ば「 風 が や んだ。すると雨が降つて来た。 」において、 「すると」が独 立した要素であるとは考え難い。それは「風がやむと、雨 が降つてきた」における、接続助詞「と」の機能と基本的 に異ならないことからも理解できよう。ともに、表現者・ 話し手の判断を表わすものである。 陳 述 副 詞 に つ い て は、 「 明 日 は 恐 ら く 晴 天 だ ら う 」 に お いて、 「恐らく」と「だらう」は、 「云はば、陳述が上下に 分裂して表現されたもので」あろうとしている。簡にして 要をえた記述である。陳述副詞は、述語を上下から挟んで 意味の明晰化を図った語なのだ。 先に「全然」で紹介した佐野さんのような大規模な調査 を し た ら、 「 き っ と 」 な ど は、 ほ と ん ど の 用 例 が 概 言 と 呼 応しているのではなかろうか。確言の陳述を誘導する機能 はほとんど消滅しているようである。陳述副詞は著しく衰 滅 の 方 向 に 進 ん で い る。 そ の 機 能 を 維 持 し て い る の は、 「たとい」 「だから」 「なぜなら」など数語にすぎない。 陳述衰退の傾向がいつ始まったのか、どのように進んで きたのか、わたしは何も調べてはいない。これこそ大規模 にして精密な調査が必要だろう。が、なんでも省略してし まう、せっかちな現代日本人にとって、副詞と述語とで陳 述表現を二重にするなど、とても耐え難い冗長さと感ずる だろう。かくて、この衰滅にはさらに拍車がかかるのでは あるまいか。 「 陳 述 」 は、 外 国 語 と の あ い だ に 適 当 な 対 訳 語 を 見 出 だ せない文法術語、いわば、日本語の日本語らしさを象徴す る文法概念である。

― 平成廿五年九月七日白露

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