消費者行動と流通機構
永星浩一
1.はじめに
従来,日本の流通業の特徴といえば,零細で店舗密度が高い業者が多数存 在し,建値制やリベートによる,製造業者の流通経路に対する支配力が強い ことであった。これらの特徴は,競争メカニズムを阻害する性質のものか,
あるいは競争メカニズムの阻害の結果として存在するものが少なくない。こ うした従来の日本的流通構造は,狭い買回り範囲と購買頻度の高さ,さらに は経営者と顔馴染になり,多少品揃えが悪くても定期的に訪れるといった,
日本の消費者行動の特質に支えられたものといえる。しかし,近年小規模小 売店の数は大幅に減少しつつあり,さらに日米構造協議の結果として,大規 模小売店舗法の見直しが避けられない今日,小売店の規模拡大傾向はさらに 進むものと思われる。それに伴って,流通チャンネルの支配力も製造業者に ょる系列支配から大規模小売業者による支配へと移行しつつある。小規模小 売店数の減少については,後継者難や,小規模店の集まりである商店街の集 客力の低下が指摘されているが,その裏には日本的消費者行動に変化が生じ ていることが考えられる。このように,日本の流通業は構造的な変化の時期
を迎えている。
本稿の目的は,日本的流通の特質をミクロモデルによって分析することで
ある。このポイントとなるのは,近年みられる流通業の構造変化が,消費者
行動ないしはニーズの変化といった流通の内在的要因によって,もたらされ
るということである。したがって,本稿では,小売業者の需要別出に果たす
役割を積極的に評価する。このような需要創出機能を持つ小売業者のサービ スを,商品本来の付加価値と区別して「付加価値サービス」とよぶ。分析は,
この付加価値サービスに対する消費者行動と小売業者の最適化行動の考察を 中心に行なわれる。続く節では,まず付加価値サービスについて詳しくみて いくことにする。
2 .小売業者による付加価値サービス
商品は,価格と製造業者によって作り出された価値,ならびに流通業者に よって付加された情報価値などの要素によって構成されているものとする。
製造業者によって生み出される価値は一般に付加価値とよばれているもので あり,他方,生活提案や商品情報など,流通業者によって付加される情報価 値については,前者と区別するために付加価値サービスとよぶ。
商品固有の付加価値は,消費生活の多様化・高度化に伴って生み出される 消費者ニーズを満たすものを意味する。このようなニーズは生活の質を高め るものとして社会的に認知されるように,企業によって PRされたもので ある。したがって,ある商品が消費者ニーズをつかんで需要されるか否かは,
売手による PRがうまく行くかどうかにかかっているのである。この PRに 当るのが商品情報の提供・消費生活の提言など小売業者による付加価値サー ビスである。
小売業者の付加価値サービスは,それ以外の付帯サービスである配達サー ビス,アフターサービスやカード利用などの金融サービスと違って,サービ スを行なう売手から,商品を購入することなく入手が可能であるという性質 がある。これを,サービスを受ける行為と購買行為が分離するという意味で
「分離可能性」とよぶ。もしすべての買手が付加価値サービスを分離して入 手しようとするならば,分離不能な付帯サービスを金額に換算し価格に加え た形での価格に関して競争が行なわれ,結果的にすべての売手は付加価値 サービスを行なわなくなるであろう。
しかし実際には,小売業者の付加価値サービスによる需要創出は大きな
意味を持っている。これは,現実には必ずしも全部の消費者が「分離」して いない事からもわかる。少なくとも一部の消費者が分離しない理由は,この 消費者が購買しでもよいと考える提示価格である他の売手に,分離して移る ことにかかるコストが,見込める価格の低下よりも大きいことにある。この コストは,各消費者固有の探索費用によって決まるが,本稿では逐次的探索 理論の考え方)を踏襲して,留保価格に関して,消費者が連続的に分布してい るものと考える。留保価格とは,ある消費者にとって,それ以下の価格であ れば購買するという価格を意味し,消費者によって異なっている。
3 .付加価値サービズと価格に対する消費者行動
消費者が当該商品の購入を決定するには,売手の付加価値サービスによる 説得を受け入れ,かつ,価格が許容可能な水準でなければならない。留保価 格の分布は,消費者固有の探索費用および売手の価格分布に依存して決まる のであるが,付加価値サービスの水準に対してはどう考えるべきであろうか。
留保価格は,当該商品に対する購買の意思、を持った消費者の探索活動の結果 として存在するのであって,付加価値サービス水準には依存しないと考える ことも可能であろう。この場合,すべての潜在的消費者について潜在的留保 価格の分布が,サービス水準とは独立に存在しており,付加価値サービスに よって買手となる消費者は,留保価格を顕在化するきっかけを与えられたに 過ぎないと見ることができる。したがって,消費者は,まず付加価値サービ スによって購買意欲を引き出され,次に留保価格に応じて買うかどうかを決 定するというように,二段階の手続きを踏んで購買することになる。
しかしこれに対して,付加価値サービスは小売段階で付加された価値で
あり,その便益の分だけ消費者の留保価格を上方にシフトさせる働きを持つ
と,便宜的に考えることもできょう。この場合,消費者の留保価格は付加価
値サービスに依存して決定されると考えることになり,消費者は探索活動と
付加価値サービスをうけた結果としての留保価格にしたがって購入を決定す
ればよい。消費者の行動が二段階にわかれない分,この方が前者より,簡単
なモデルになる。本稿では,この考えにしたがって分析を進めることとする。
付加価値サービスに対する消費者の留保価格の上方へのシフト幅は,付加 価値サービス水準に依存して決まるものとする。また,シフト幅
Rは,小 売段階で付加される価値であり,付加価値サービスが一定ならば,当初の留 保価格に関係なく一定であるとする。ここで,付加価値サービスにかかる単 位当りの費用を S jとすると,費用 S j がそのまま価格に上乗せされるとき,
このサービスによる留保価格のシフト幅 R
jとの関係で,次のことが明らか である。
S j く R j : 付加価値サービスは小売業者にとって利益的 Sj~Rj: 付加価値サービスは小売業者にとって利益的でない
シフト幅 R j はサービス水準 S jに依存するので, S jの関数と考え, R j = R ( S j )
とおしこの関数は次の性質を持つものとする。
R '
>0, R " く 0 , R(
0 ) = 0, R ' (
0 ) > 1 (1)すなわち , R は S j の増加に対して逓減する率で単調に増加し, S j が Oのと
きは
Rも
Oで,初めの
l単位の付加価値サービスは常に利益的である。(図
1)付加価値サービス水準(費用) S jを加えた留保価格を R とおき,その分 布を H ( P j ) とする。サービス水準を
Oとしたときの商品価格がPo であれば,
P j = P o + S j となる。この Po を基礎価格と呼ぶことにする。このとき,ある 売手
iのサービス水準が S jのとき,留保価格の分布から見て,訪れる客の 中で買手となる消費者の比率は , 1 ‑ H ( P j ‑ R ( S j ) ) となる。この比率は基礎 価格 Po とサービス水準 S j の関数と見ることができるので,新たに B(Po , S j )
とおく。図 2 は,サービス水準 S jに対して売手となる消費者の割合を関数 のグラフで表わしたものである。 R ( S j )‑ S j が最大となるような S j の値 3
が,最適な付加価値サービス水準であるので , s t は, R ( S j ) ‑Sjを S jで微 分し o とおいて求める。したがって,
最適サービス水準 s t は,
R'( S j ) = 1 となるような S j の値である。
(2)消費者は,売手の存在と価格分布を知っているが,個別具体的な価格につい
ては知らないものとする。また消費者は,その売手の価格レベル P j よりも
高い留保価格である場合,当該商品の付加価値について十分評価していると
図
1付加価値サービス水準とシフト幅 図
2買手となる消費者の割合
R Sj=R
R(S;)
l‑H(九)
。
5可 S j 。
2守 S j
考えられる。これに対して,消費者がその売手の価格レベル
fろから,価格 レベル引くシフト幅
Pi‑R(Si)までの聞の留保価格である場合,この消費者 は,売手の付加価値サービスによって初めて,当該商品の付加価値を評価す るようになったと考えられる。後者を付加価値サービス依存型の消費者,前 者を付加価値サービス非依存型の消費者と呼ぶことにする。これは,買手が 購入を決心する上で,付加価値サービスが決定的役割を果すか否かによって 分類したものである。
サービス水準が
Siの売手について,このような消費者の分類を図示すると次のようになる。なお,留保価格の分布は
Oから P h までの一様分布であ るとする。
図
3留保価格の分布(例)と消費者タイプの区分
Pj‑R(S日
j) Pj.
IEtt﹃11111142EEAAu
m
図
3で示された割合 αl が付加価値サービス依存型の消費者であり,割合 α2
が付加価値サービス非依存型の消費者である。ここで注意すべきことは,高
レベルの付加価値サービスを行なっている売手が,低レベルの付加価値サー
ビスを行なっている売手に対して,外部効果を及ぼす可能性があることであ る 。
4 .付加価値サービスの外部性と小売業者の利益
議論を簡単にするために,小売業者の数が 2 つの場合を考えよう。潜在的 消費者は,はじめ無作為にいずれかの売手を訪れるものとする。潜在的消費 者の数を規準化して lとおくと,ある小売者業を訪れる消費者数は,訪れる 確率に一致する。 2 つの小売業者の提示価格ならびに,付加価値サービスが 同じ水準であるとき,消費者はいずれの売手に対しでも同じ条件であるので,
各売手にとって対称的な最適化が行なわれることになる。また,提示価格の 水準が売手によって異なるとき,高いサービス水準の売手から,低価格の売 手に対して,付加価値サービスの外部効果が存在する。
4.1
付加価値サービスが行なわれないとき
例えば,建値制などによる価格に対する製造業者の圧力が存在せず,付加 価値サービスによる留保価格のシフト幅が小さいとき。すなわち,初めに設 定した R(Sj) の仮定が成り立たず,任意の S jに対して R(Sj) く S jとなる場 合など,任意の売手の付加価値サービス水準は
Oになる。すると,当該商品 の仕入価格を Pw としたときの売手
iの利潤は,
I T
‑. ‑ = i P o ‑ P w ) ( P h
一九)2P
h(i=
1 , 2) (3)である。 Po‑Pw が単位当りの利益で,
1 /2が訪れる潜在的消費者の数,
( P h ‑ P o ) / P h が実際に買手になる消費者の割合を表わしている。
小売業者が決定することができるのは基礎価格の水準であるので,利潤が 最大になるような基礎価格九を d I T ; l dPo=
0とおいて求めると,
R ↓
P九=一一~
(4)2
となり,最大留保価格と仕入原価を足して
2で、割った形で表わされることが
わかる。提示価格
Piは,
Pi=Po+Siであるので,このケースでは九に等し く,
Pi= (Ph+Pw)/ 2である。また,このときの利潤は次のようになる。
H
宇 (
Ph‑Pw)2
8P
h
(i= 1 , 2) (5)4 . 2 二業者がともに同ーの付加価値サービスを行なうとき
対照的な第二のケースとして 2 小売業者の付加価値サービスが同一水準 にあるときを考える。これは,建値制によって価格競争に対する製造業者の 強い抑止力が存在し,小売業者がともに,建値の範囲内で,条件
(2)に従って 最適化を行なうケースである。勿論この場合 ,R
(Si)に関する仮定
(1)は成り 立っている。このときの売手 i の利潤は,
H.
一(
Po‑Pw)(Ph‑Po+R(Si) ‑Si)2P
h
(i=
1 , 2) (6)である。九一
Pwが単位当りの利益で, 1 /2が訪れる潜在的消費者の数,
(Ph‑Po+R(Si) ‑Si)/Ph
が実際に買手になる消費者の割合を表わしている。
利潤が最大になるような基礎価格 P 。を dndd 九 =0 とおいて求めると,
‑ t‑ QU
一
一
︑ ︑ ︐
一
︐ ︐ ‑
‑a
S
一
t ‑︐ ︐
a
︑ ‑
R
一
2+ 一
w 一
P一
ι n ‑
十 一
P
一
P
3一 一
(7)
となり,最大留保価格と仕入原価を足したものに,サービスによる留保価格 のシフト幅ヲ│くサービス費用
R(Si)‑Siを加えて
2で割った形で表わされる ことがわかる。したがって,提示価格
Piは,Pi= (Ph+Pw+R(Si) +Si)/ 2となる。また,このときの利潤は次のようになる。
n r
C ︑ ノ ‑ l
‑︑ ︑ ︐ ﹄ ' ' 司 叶 一
& .
主 D L 7
4 2 6
+ 一
ω
一P一
1 n ‑ 一 一
P
一
/l¥町* ‑ ‑ ‑ H
(i=1,2) (8)(8)
式は,極めて常識的な結果である。つまり,消費者の留保価格の最大値と 仕入原価との差
Ph‑Pwが大きいほど,また,留保価格的に見た購買層の拡大
R(Si)‑Siが大きいほど,利潤が大きくなることがわかる。
(4)
,
(5),
(7),
(8)式より,付加価値サービスに関して,その効果である留保
価格のシフト幅ヲ│くサービス費用
R(Si)‑Siが,大きければ大きいほど,基
礎価格を上昇させ,購買確率を高めて,小売業者に利益をもたらすことがわ かる。もっとも,基礎価格のレベルの問題は買手の支払価格のレベルの問題 とは分けて考える必要がある。実際の支払価格である提示価格については R ( S j )
+Sjが大きいほど,高くなるので,買手にとって留保価格のシフト幅 もサービス費用もともに低いレベルの方が,実際の負担を考える上で好まし いであろう。以上述べてきたことを,定理として以下にまとめておく。
定理 1 留保価格のシフト幅 R ( S j )について,仮定
(1)が成り立つとき,売手 にとって付加価値サービスは,単位当りの利幅を大きくし,需要を 創出するという
2点で,利益的である。
定理 2 売手にとって最適な付加価値サービス水準が 3 のとき , s t 未満の サービスでも購買の意思のある買手にとって,本来不必要なレベルの サービスを受け,余分なサービス費用を負担しなければならないとい
う点でマイナスである。
4.3
付加価値サービスを行なう売手と行なわない売手が存在するとき つぎに,一方の小売業者が,当該商品を低価格で販売するケースを考えて みよう。小売業者
lが付加価値サービスを行ない,小売業者
2が付加価値サー ビスを行なわず,低価格での販売を行なうケースを考えてみよう。次の図
4で示すように,小売業者 1は単位当り P o1 ‑Pw の利益があり,訪れる消費 者のうち B(P 1 , Sd = (Ph‑P o1 +R(Sl) ‑Sd / P hの比率を顧客として獲 得する。このとき,留保価格が P o1
+Sl‑R(Sl) 以下の消費者は,小売業
図4
留保価格分布と付加価値サービスの外部効果
l .
者
1
を訪れても買手にはならない部分である。ここでもし,図
4
のようにPw く P1‑R(Sd
で,小売業者の2
の提示価 格P
2がPw
とP1‑R(S1)
との間にあるならば,小売業者l
を訪れて購買 に至らなかった消費者のうちの一部,すなわち図4斜線部(P1‑R(S1) 一 (P
2‑R(S1))) /P h= (P1 ‑ P
2)/ P h
が小売業者2に移って購買するであろ う。なぜならば,彼らは小売業者1の付加価値サービスによって,自らの留 保価格プラスシフト幅R(S1
)までの提示価格を受容するからである。した がって彼らの留保価格は,小売業者2
の提示価格を受容することになる。こ うして,小売者業1
から小売業者2
に対する外部効果が存在することが確か められた。以上のことから,この外部効果も含めた需要にたいして小売業者2の利潤を求めると,つぎのようになる。
II?=iP
2‑Pw) (Ph‑ P
2~+iP
2- Pw) (P1 ‑R(S
1)一(P
2‑R(S
1 )))2Ph 2P h
( P
2‑ P w) (Ph+P1 一 2P
2)2P
h一方,小売業者
1
の利潤は(6)式と同様に,IIl=i
九1‑Pw )(Ph‑P1 +R(S1)) 2Ph
(9)
。
。
である。 (9)式において, II
2
を最大化する P2を求めると,Pヮ ~h+ 2P w+ P 4 o 1 +SI
(l ‑
)となる。なお
'P o 1
は小売業者1
の基礎価格を意味し ,P1=
九1 +S1
である。このときの売手
2
の利潤は,つぎのようになる。︒ ノ‑
︑ ︑ ︐ ︐ ︐
︐ ‑
W
一
p ‑
n L
一 一 一
17h S 一
r f
+ 一 日
1 ・
内UE
P
一+ 一
ι2
P
一/ 目 ︑ ‑
一 一
内FU本H (12)
(12)式も(8)式同様に,常識的な結果を示している。 (12)式の分子を
((Ph‑Pw)
+ ( P o
1 ‑P w ) + S
1 ) 2と書き直すと,小売業者2
の利潤は,消費者の留保価 格の最大値と仕入原価との差Ph‑P w
が大きいほど大きく,小売業者1
の基 礎価格と仕入原価との差Po 1‑Pw
が大きいほど大きく,そして,小売業者1の付加価値サービス水準 SIが高いほど大きくなる。
小売業者 1の付加価値サービス水準 SIが高いほど,外部効果による需要 増の利益が大きいのであるが,
(11)式より,小売業者
2の単位当りの利幅も大 きくなることがわかる。ただし,ここで注意しなければならないことは,は じめに仮定した
P2と
Plの大小関係である。これは
P2く
Plであり,単位 当りの利幅は明らかに小売業者 2 のほうが小さくなる。小売業者 2 は,低価 格と外部効果による客の獲得を通して,これを補っているのである。一般に,
このような薄利多売の販売形態は,大規模な小売庖において採られている。
もっとも,実際の大規模小売庖は,大量取引の実績によって,仕入原価 Pw を低く抑えることが可能であったり,本稿では
1/2と仮定した当初の集客 力が大きかったり,高い利潤を保証する有利な条件が他にも存在するであろ
つ 。
定理 3 小売業者について,付加価値サービスを行なう業者と,行なわない 業者の 2 種類が存在するとき,付加価値サービスを行なう業者は行な わない業者に対して,需要増という形で外部効果をもたらす。
一方,高付加価値サービスの小売業者 1が利益的であるためには,投下す るサービス費用 SIに対して獲得されるシフト幅が大きいことが必要であ る。従来,消費者行動の日本的特質のーっとして,小売庖の経営者との個人 的関係(この関係の形成も,付加価値サービスの一形態と考える)によって,
多少の高価格にも妥協して購買するという特質が指摘されている。このよう な消費者行動が,本来の留保価格をシフトさせる結果,高価格水準で小量販 売という,小規模小売庖を支えてきたということができょう。したがって,
近年における小規模小売庖数の減少の一因として,個人的関係などの人的要
因による留保価格のシフト幅が小さくなり,実質的経営努力を必要とする生
活提言や商品情報の提供などの,本来の意味での付加価値サービスによる留
保価格のシフト幅が,比較的大きくなってきたことが考えられる。実際,こ
のような消費者ニーズの高度化,ないしは消費者行動の変化に対応できたの
は,比較的規模が大きい小売庖である。定理
3からも分るように,薄利多売 の売手は,高付加価値サービスの売手の外部効果を期待するので,自らの庖 舗の一部を高付加価値サービス庖として運営するインセンティブをもつであ ろう。
5 .付加価値サービスと製造業者の利潤
当該商品の製造原価を C とおく。卸売の存在を無視すれば出荷価格は小 売業者の仕入価格 Pw である。製造業者にとって,一単位当りの利幅は Pw
‑c であり,販売数(需要)は全ての小売業者の販売量の総計 LBCP o i ,
Si)である。したがって,製造業者の利潤は,つぎのようになる。
IIm=
CPw‑C) LBCP o i
, Si).功 。
(13)
式から明らかなように,製造業者にとって小売業者の利幅は直接自らの利 潤に係ってこない。したがって,製造業者にとって最も好ましい状態とは,
基礎価格が Pw であり,同時に,付加価値サービス水準
Siが式
(2)で示され た水準になることである。このとき, L B C P o i ,
Si)は LBCP w ,
St)となり,
付加価値サービス費用を考慮した上で最大の需要量となる。このように小売 業者が利潤
Oとなるような状況が,そのまま小売業者に受け入れられることはない。しかし,製造業者による流通支配が進んだ状況(系列支配)下では,
建値制による価格支配と,リベート制などを通じた利益の割り戻しによって,
実現可能となる。製造業者は,全ての小売業者に対して一律に建値を課す。
その際,建値が小売業者の利潤が
0となるような低水準で決定されるか,あ るいは,ある程度の利潤を保証するような水準で決定されるのかについては,
リベート制の形態や小売段階の競争状況といった製造業者の流通支配の程度 に依存することになる。
建値 P から最適サービス水準改をヲ I~ 、たものが基礎価格九i になる。こ のとき,この売手から購買する消費者の最低留保価格は P‑RCS わであり,
基礎価格 P o i が仕入価格 Pw に近づくにつれて,低価格戦略をとる他の売手
に対する外部効果が
Oに近づくであろう。このことを定理の形でまとめると 次のようになる。
定理 4 、かなる価格競争も生じさせない建値の水準 . " 1 P 事は,最適サービス 水準を g とすると
[>*=PW+ 窃と表わされる。このとき1."、かなる 低価格への逸脱も利益的でない。
つぎに,前述のような製造業者にとって絶対的に有利な建値制でない,一 般的な建値制に関して,建値が守られる方が,製造業者にとって必ずしも最 善とはいえないケースの存在が指摘される。先に述べたように,建値は全売 手に対して,一律に定められなければならない。 4 . 2 項で述べたケースにお いて,建値が小売業者の利潤を最大にする基礎価格 R と,最適サービス水 準 3 との合計値以上に設定されると,付加価値サービスを行なう売手の実 勢価格は自然、と , P o + 尽に落着くであろう。しかしながら, 4 . 3 項でみたよ うに,サービスを行なう小売業者の基礎価格と仕入原価との差 P o1 ‑Pw や
サービス水準 S jが大きいとき,他業者の外部効果による需要増を狙った薄 利多売の小売業者が現われる可能性がある。ここで注意しなければならない ことは,低価格業者が他業者から引き付ける客は,他業者から付加価値サー ビスを受けながら,留保価格上その業者からは購買しないタイプの消費者と いう事実である。したがって,建値性が完全に守られる状態では買手になら ない消費者を顧客として獲得するという意味で,製造業者にとって利益的で ある。もちろん,逸脱が結果的に全面的な価格競争を引き起こし,長期的に 見て製造業者の不利益となる可能性もあるが,本稿は,主体的均衡のレベル でとどめ,その分析まで踏み込まない。
6 .おわりに
本稿は,サービス依存的消費者行動や,建値リベート制などの系列化の問
題について,小売業者,ならびに製造業者の最適化行動を中心に,モデル化
し分析してきた。特に,付加価値サービスという小売業者によって「生産」
されるサービスに着目して,探索活動との絡みで最適価格ならびに,小売業 者の利潤を求めた。その結果,最適な付加価値サービス水準が単独で決まる と,それに応じて,利潤を最大にする基礎価格が決まることがわかった。し かしながら,製造業者による価格競争の抑止力が働かない限り,低価格でサー ビスを行なわない売手が存在する可能性があることも確かめられた。その理 由は,小売業者による付加価値サービスが,より低い価格の売手に外部効果 を及ぼすということである。この外部効果によって,低価格の売手は高サービ ス水準の売手が費用をかけて生みだした需要の一部を獲得することができる。
これに対して,製造業者は,消費者の留保価格の分布と,社会的に行なわ れる総付加価値サービスに依存した需要 L B C P o i ' 5 i ) に直面し,全小売業 者に対して同ーの建値を決定する。しかし,建値が完全に守られるような状 況は稀で,ほとんどの場合,建値以下の価格で販売が実現するであろう。な ぜならば,まず第一に,建値から低価格への逸脱が不可能な建値水準は,売 手が利潤の割り戻しであるリベート制に完全に依存するような極端なケース (定理
4)でしか実現しないことがあげられる。そして第二に,低価格に逸 脱し,建値にたいして相対的に低い留保価格の消費者を市場に引き付ける小 売業者と,高水準の付加価値サービスを行なって,付加価値サービス依存的 消費者を引き付ける小売業者とが共存する状態が,建値が守られるよりも,
製造業者の利潤を増加させる可能性があることがあげられる。これは,潜在 的消費者が買手となる際の二要因(付加価値サービス依存,低価格指向)が,
留保価格における価格の下方へのシフトという形で利潤に入ることによっ
て,必ずしも,全売手にとって対称的な価格競争や,徹底した高価格‑高サー
ビス販売が,利益的でないことに起因する。また,第
4節の後半で述べたよ
うに,低価格戦略を採る売手ついては,薄利多売という,大型庖に見られる
販売形態にあり,取引規模の拡大に伴って,仕入原価における優位性や当初
の集客力の増加といった,別の要素が入る可能性がある。これに関して,本
稿は分析を行なっていないが,重要な合意をもつので,いずれ改めて分析を
行なう予定である。
[注]
1)
r 分離可能性」については,丸山口
OJ第
3章参照。
2
)逐次的探索理論において,留保価格は,それ以下の価格であれば購買するという価格 を意味する。すなわち,逐次的探索過程で留保価格を下回る価格が見つかるまで,探 索が繰返されることになる。したがって留保価格は,各人の探索費用と価格分布に依 存して決まるのであるが,本稿では,留保価格の分布は所与とする。
3) Batzer E. & Laumer H. [ 6
J 訳書,第
E編第一章参照。
4 )実際,近年の大規模小売庖は高水準のサービスが売り物の専門庖形態からディスカウ ント屈まで多様な業態分化が見られる。
5) B(Po , ; S j ) は,価格が Pj=九j+Sjのときの販売可能性を表わすが,初めに仮定したよう に規準化して販売量と考える。
参 考 文 献
[ 1 J
経済企画庁編『経済白書(平成
2年版)Jl大蔵省印刷局,
1990年 。
[2J
小嶋外弘著『価格の心理』ダイヤモンド社,
1986年 。
[3J
田島義博著『流通機構の話』日本経済新聞社,
1965年 。
[4J
通商産業省編1r
90年代の流通ビジョン』通商産業調査会,
1989年 。
[5J
日本流通新聞編『流通経済の手ヲ
IJJ日本経済新聞社,
1989年 。
[ 6
J
Batzer E. & Laumer H.,
Deutsche Unternehmen im Japangeschaft ‑ Market‑ erschliesungsstrategien und Distributionswege, IFO・Institutfur Wirtschafts‑ forschung,
Munchen,
19860(鈴木武監訳『日本の流通システムと輸入障壁』東洋経 済新報社,
1987年。)
[7]林周二著『流通』日本経済新聞社,
1982年 。
[8 J
細江守紀著『不確実性と情報の経済分析』九州大学出版会,
1987年 。
[9 J