0.はじめに
「ドイツ語程度副詞の共起語の頻度に関する調査(1)」(以下「調査1」と呼ぶ)では、
au・ergew・hnlich,au・erordentlich,besonders,denkbar,h・chst,recht,sehr,so,・beraus, ungemein,ungew・hnlich,ungleich,weitなど程度が高いことを表す程度副詞がどのような形容 詞や副詞を修飾しうるかをドイツ語研究所IDSのコーパスを用いて分析した。調査の結果、
程度副詞によって修飾する形容詞や副詞が異なり、かつ、必ずしも通常頻度が高いとされる形 容詞や副詞を修飾するとは限らず、程度副詞とそれが修飾する語との間には何らかの関係があ ることが判明した。
ここで念のために、ドイツ語の程度副詞の位置づけを確認しておく。井口(2000)はドイツ 語の副詞の機能を「命題内機能」と「命題外機能」に分け、命題内機能を持つ副詞として、程 度副詞、空間副詞・時間副詞・様態副詞・因果副詞、接続副詞、疑問副詞をあげている。この うち程度副詞は次のように分類されている。(井口(2000:12ff.))
・程度が高いことを表すもの
au・ergew・hnlich,au・erordentlich,bedeutend,besonders,betr・chtlich,denkbar,h・chst,noch, recht,sehr,so,・beraus,ungemein,ungew・hnlich,ungleich,viel,weit,weitaus,wesentlich,zu;
beiweitem,nurnoch...
・程度が低いことを表すもの
einigerma・en,etwas,ganz,unwesentlich,wenig,ziemlich;einbi・chen,einwenig...
・その状態に完全に達していることを表すもの
absolut,direkt,durchaus,ganz,restlos,total,v・llig,vollkommen,vollst・ndig;ganzundgar...
・その状態に完全に達してはいないことを表すもの beinahe,fast,nahezu...
ドイツ語程度副詞の共起語の頻度に関する調査(2 )
井 口 靖
要旨:「ドイツ語程度副詞の共起語の頻度に関する調査(1)」では程度が高いことを表す程度 副詞がどのような形容詞や副詞を修飾しうるかをドイツ語研究所IDSのコーパスを用いて分析し たが、その際、形容詞や副詞(共起語)は原級に限定した。今回は比較級を修飾する程度副詞に ついて同様な調査を行った。その結果、比較級に関しては原級ほどは程度副詞との結びつきの偏 りは見られなかった。ただし、意味的に正の方向性を与える共起語はさまざまな程度副詞と結び つくが、負の方向性またはネガティブな意味を持つ共起語は比較的結びつきが限られていること が判明した。また、日本語の程度副詞の分類や統計処理についても言及し、今後の研究の方向性 について検討する。
調査1ではこのうち「程度が高いことを表すもの」(2語のものを除く)を「程度副詞」と して調査したが、nochとzuについては程度副詞以外の用法が多いため除外した。かつ、
bedeutend,betr・chtlich,ungleich,weit,weitaus,wesentlichについては基本的に比較級と結び つくことがわかったため、除外することにした。ただし、ungleichとweitは原級と結びつく 例のみをとりあげた。
そこで今回はbedeutend,betr・chtlich,ungleich,weit,weitaus,wesentlichに関してどのよう な形容詞、副詞の比較級と結びつくかを前回と同様の方法で調査する。そして、前回の調査も 含めて、それらの調査結果を再検証し、今後の研究の方針を検討したい。
調査方法は前回と同じであるが、簡単に振り返っておく。
1.調査方法
調査はドイツ語研究所の50億語以上を収録するとされるDasDeutscheReferenzkorpus
(DEREKO)を用いるが、実際にはそのうちのArchivdergeschriebenenKorporaを調査する ことにする。収録語は2011年10月現在で37億語あまりとされている。
ここでは程度副詞からの「予測」という観点から、単純にある程度副詞の直後にどのような 語が来る可能性が高いかを調査することにする。程度副詞はほとんどの場合、その被修飾語の 直前に置かれると見てよい。ここでは程度副詞の直後に現れる被修飾語を「共起語」と呼ぶこ とにする。
ドイツ語研究所のプログラムはレマ化も可能だが、不正確であるし、比較級や最上級はその ままの形で必要なのでレマ化せずに出力し、手作業でひとつひとつの形を検討してまとめた。
gr・・er,h・rterなどは比較級であることが明確であるが、erfolgreicherは単なる格変化形か、比 較級かの区別は本来つかない。今回は比較級と結びつくことが明らかな程度副詞なのでそれら は比較級として処理した1)。
手作業で整理した共起語の出現数をその程度副詞の出現数で割って100倍したものを「予測 可能性」とし、その数値が1以上の共起語(つまり1%以上予測できるもの)をピックアップ した。ある程度副詞で数値が1以下であっても他の程度副詞で1以上の数値を示した場合には 比較のために数値をあげる。
たとえば、bedeutendはこのArchivで13,005回出現するとされる。このうち、bedeutend mehrの組み合わせは1,224回ある。予測可能性は1224÷13005×100=9.411765となる。つま り、bedeutendの次にmehrが予測できる可能性は9%強ということになる。その他に1%以 上の予測を示すものとしてbesser(5.1),h・her(4.5),gr・・er(3.1),kleiner(1.3),st・rker(1.2), geringer(1.2),l・nger(1.0)がある。schwierigerは0.9であるのでここでは本来対象外である が、ungleich,weitausではschwierigerは1以上の予測可能性を示すのでそれらとの比較のため にbedeutendでの予測可能性も表示する。これにより共起語としてリストアップされたのは 次の語である。
besser,geringer,gr・・er,h・rter,h・her,kleiner,l・nger,mehr,schlimmer,schneller,schwerer, schwieriger,st・rker,teurer,wichtiger
2.調査結果
以下では、それぞれの程度副詞の傾向を比較するために棒グラフで表示した。それぞれにつ いてコーパスからいくつかの例をあげる。括弧内は出典を示す。例文中の正書法は原文通りと する。
2.1.bedeutend(出現数13,005)
上でも述べたように1以上の数値を示すのはmehr(9.4),besser(5.1),h・her(4.5),gr・・er
(3.1),kleiner(1.3),st・rker(1.2),geringer(1.2),l・nger(1.0)である。これらは他の程度副詞 においても比較的高い数値を示すもので、その意味でとりたてて特徴的なものはなく、比較級 の前に置かれる一般的な程度副詞ということができよう。ただし、予測という観点から見ると、
mehr,besser,h・herだけで20%となり、共起語が予測しやすいものと言えよう。
DieInfrastrukturderFirmaistaufbedeutendmehrMitarbeitendeausgerichtet.(A10/JAN.03678 St.GallerTagbl.,16.01.2010)
DerVerkehrrollebedeutendbesseralsvorher.(A97/AUG.20442St.GallerTagblatt,26.08.1997) HeuteistdieArbeitslosigkeitgross,bedeutendh・heralsinderSchweiz.(E97/DEZ.31616Z・richer Tagesanzeiger,05.12.1997)
Im A ltertum wardasGebietderDsungareibedeutendgr・・eralsdasheutige.(WPD/DDD.08121 MIBUKS;PostmannMichael;Kellerassel;u.a.:Dsungarei)
2.2.betr・chtlich(出現数11,590)
ここで1以上の値をとるのは、h・herだけである。それも予測可能性としては高くない。次 にmehrやgr・・erが来るが、1%を切っている。共起語が予測できにくいものと言うことがで きよう。
HieristderSachschadenbetr・chtlichh・heralsderentwendeteGeldbetrag,derbeietwa1000Mark liege.(RHZ98/SEP.14197RZ,22.09.1998)
M・nnerverdienen im Schnittnach wievorbetr・chtlichmehralsFrauen.(N95/JAN.01222 SalzburgerNachr.,12.01.1995)
2.3.ungleich(出現数10,806)
これは原級とも結びつくので調査1でも取り扱った。原級の中で比較的予測可能性が高いも のはlang(0.9),gro・(0.5),viel(0.5)である。これらに比べて予測可能性としては、比較級 の ほ う が は る か に 高 い 。 上 位 はgr・・er(9.2),schwerer(8.8),h・her(8.6),mehr(6.2), schwieriger(6.0),besser(4.3),st・rker(2.8),h・rter(1.4),wichtiger(1.0)などである。これ だけで58%になる。その意味で共起語が予測しやすいものである。
不思議なことは、gro・,vielは原級よりも比較級の方が予測可能性が高いが、langだけは l・ngerの予測可能性は0.6にとどまり、原級を下回る。これが意味あることなのかどうかはわ からない。また、schwerer,schwieriger,h・rterなどが上位に入っているのも特徴的である。
一般的な共起語とともに、「困難さ」のような場合にも好んで使われるということが言えるか もしれない。
UnsereAttraktivit・talsArbeitgeberistheuteungleichgr・・eralsvorzehnJahren.(BRZ10/NOV.
01188Braunschw.Z.,03.11.2010)
Sieversuchenvorallem,dieHalleauchinderWochezuvermieten,wasungleichschwererseials andenWochenenden.(BRZ08/FEB.08241Braunschw.Z.,16.02.2008)
DieB・rgerim Rhein-Main-Gebieth・tteneineungleichh・hereBelastungzutragen.(RHZ05/
MAR.07608RZ,07.03.2005)
AberderKaffeeladenhatungleichmehrCharme.(RHZ10/FEB.05626RZ,13.02.2010)
DieAuss・hnungzwischenPolenundDeutschenisteineungleichschwierigereAufgabe,alsesdie Auss・hnungmitFrankreichwar.(NUN94/AUG.00008NN,01.08.1994)
・DasdeutscheEisisth・rteralsdasitalienische.・Daf・rschmecktdasitalienischeungleichbesser.
(BRZ10/FEB.10449Braunschw.Z.,20.02.2010)
DeramerikanischeMarktistungleichst・rkerbetroffenalsderdeutsche.(M01/SEP.69103Mannh.
Morgen,15.09.2001)
DasmachtAngelaMerkelsWahlkampf-Jobungleichh・rter.(BRZ05/SEP.04190Braunschw.Z., 08.09.2005)
DassChinapolitischundwirtschaftlichungleichwichtigeristalsTibetundderDalaiLama,liegt aufderHand.(BRZ08/MAI.07704Braunschw.Z.,16.05.2008)
2.4.weit(出現数486,065)
weitについても調査1で取り扱った。 原級で予測可能性が高いのは、entfernt(4.5), verbreitet(2.4),vorn(1.0)である。いずれもweitの空間的な意味を残していると思われる。
比較級については、mehr(5.0)が飛び抜けており、あとのものは1%を切る。これも広く使 われ、予測はしにくいものである。
Wirpflanzenf・rjedenMitarbeiterjedesJahreinenBaum,habenbisheuteweitmehrals800000 B・umeundStr・uchergesetzt.(HMP07/MAI.01471MOPO,15.05.2007)
DerVersuchisteinErfolg:DieNachfrageistweith・heralserwartet.(A10/OKT.03126St.Galler Tagbl.,12.10.2010)
JungeChefsundFrauenspieleneineweitgr・・ereRollealsingro・enFirmen.(VDI08/MAI.00596 VDInachr.,30.05.2008)
2.5.weitaus(出現数33,190)
こ れ も 他 と 同 様 にmehr(12.4),gr・・er(8.6),besser(7.0),st・rker(2.5),geringer(2.2), schwieriger(1.6),schlimmer(1.2),wichtiger(1.1)が上位に来る。これだけで43%を占める。
比較的予測がしやすいと言えるだろう。もともと頻度の高い語群の中で、やや特徴的なのは、
schwieriger,schlimmerなどがはいっていることだろうか。
WirhattenweitausmehrPublikum alsindenletztenJahren.(BRZ10/MAI.09117Braunschw.Z., 25.05.2010)
Wassergehaltaufdem Mondweitausgr・・eralsgedacht.(NUZ10/JUN.01221NZ,15.06.2010) Auch am neuen StandortSchlosswardieStimmungweitausbesseralsvon den Kritikern bef・rchtet.(RHZ09/FEB.22369RZ,24.02.2009)
・berraschend,weildieK・rtnerzuHauseweitausst・rkerspielenalsinderFremde.(BVZ08/APR.
02018BVZ,16.04.2008)
AndersalsBambergsiehtBayreuthoffenbarweitausgeringereTarifprobleme.(NUN08/JAN.03333 NN,30.01.2008)
DochdieSucheerweistsichalsweitausschwierigeralsangenommen.(A01/DEZ.52562St.Galler Tagblatt,18.12.2001)
Esh・tteweitausschlimmerausgehenk・nnen.(RHZ07/MAI.21475RZ,23.05.2007)
DerDonaldDuckistweitauswichtigeralsdieMonaLisa.(O94/JUN.59857NeueKronen-Ztg., 26.06.1994)
またweitausは、比較級だけでなく、最上級も修飾する。gr・・t(6.4),meist(2.5)がこの中 に食い込んでくる。gr・・tについてはderweitausgr・・teTeil(Anteil),dieweitausgr・・te Gruppe(Zahl)などの言い方が多い。これは「大部分の」という意味のmeistと重なる。お そらく単に最も多いというだけでなく、それが他に比べてずば抜けて多いことを表しているも のと思われる。これは比較級の意味と共通するが、なぜweitausだけがこのように最上級と用 いられるのかはわからない。
Noch immerberuhtderweitausgr・・teTeilderweltweiten Energieerzeugung auffossilen BrennstoffenwieKohleundErd・l.(HMP10/MAR.01678MOPO,18.03.2010)
LautPolizeiwarendieweitausmeistenVerletztenDemonstranten.(A08/OKT.02320St.Galler Tagbl.,08.10.2008)
IndenweitausmeistenF・llenwurdenillegaleWaffenbenutzt.(BRZ09/MAI.05034Braunschw.Z., 12.05.2009)
2.6.wesentlich(出現数120,403)
こ れ もmehr(8.9),besser(6.3),h・her(5.1),gr・・er(3.1),st・rker(2.2),geringer(2.0), kleiner(1.3),schneller(1.3),teurer(1.1),l・nger(1.0)が上位に並ぶ。これだけで32%を占 める。
DenbeidenTorleutenaufdem EisschenkteReimernichtwesentlichmehrAufmerksamkeitalsden Feldspielern.(BRZ10/SEP.03848Braunschw.Z.,14.09.2010)
UndAmmann,2002nochDoppelolympiasieger,istwesentlichbesserinForm alsvorvierJahren.
(A10/FEB.03359St.GallerTagbl.,12.02.2010)
DieWahrscheinlichkeit,OpfervonGewalttatenzuwerden,istim Gef・ngniswesentlichh・herals drau・en.(HAZ10/DEZ.00238HAZ,04.12.2010)
WirwollendannmiteinerStimmesprechen,dannsindwirwesentlichst・rkeralseinEinzelner.
(BRZ10/MAI.02114Braunschw.Z.,06.05.2010)
BeidenMoslimenistesheutenoch・blich,dassderPomitderlinkenHandundWassergereinigt wird.Anundf・rsichdiebesteArtderAnalhygiene.DieVerletzungsgefahristwesentlichgeringer alsmitPapier.(A98/NOV.74900St.GallerTagblatt,21.11.1998)
Dortgibtesabernur20Z・hne,unddiesindwesentlichkleineralsbeim Erwachsenen.(M10/JAN.
00039Mannh.Morgen,02.01.2010)
Mitdem Glasfasernetzwerden Datenwesentlichschnellerund in bessererQualit・talsbei herk・mmlichenInternet-Verbindungen・bertragen.(NUZ10/SEP.01885NZ,21.09.2010) Nichtnur,dassTrink-undAbwassersowiederStromwesentlichteureralsinderStadtWolfsburg sind.(BRZ10/FEB.04491Braunschw.Z.,09.02.2010)
Assistenz-undOber・rztearbeitendurchschnittlichwesentlichl・ngeralsandere.(A99/MAI.36672 St.GallerTagblatt,26.05.1999)
比較級以外で目立つのが、verbessern(2.1),ver・ndern(0.9),erleichtern(0.7),erweitern
(0.5)など、比較級から作られた動詞である。比較級の程度を強めるということはふたつのも のの差の程度が大きいことを表すと考えられるので、それが似たような意味を持つ動詞にも使 われるということは理解できないことではない。 ただ、 このように動詞が目立つのは wesentlichだけである。例を見ると、程度副詞というより「本質的に」という副詞で用いられ ているように解釈できる場合もある。おそらくは「本質的に」→「根本的に」→「非常に」と いうような意味の変遷があるのであろう。動詞ほど本来の意味が残っているとも考えられる。
Ausserdem wurdederKontakt・berdasInternetwesentlichverbessert.(A10/JAN.02476St.Galler Tagbl.,13.01.2010)
Tats・chlichhatsichunserSchulsystem indenletzten150Jahrenkaumwesentlichver・ndert.(A10/
JAN.05768St.GallerTagbl.,25.01.2010)
DieSuchenachgew・nschtenRessourcenimNetzwerkwirdwesentlicherleichtert.(C93/OKT.03720 ComputerZtg.,28.10.1993)
3.「程度副詞+比較級」のまとめ
以上のような結果からはまだ結論じみたことは言えそうにもない。全体としていくつか気づ いたことを書きとめ、今後の研究への手がかりとしたい。
(1)共起語の側から見てさまざまな程度副詞と結びつくものがある。以下は1以上の予測可 能性を持って結びつく程度副詞の数によって分類したものである。
これらはそれ自体頻度が高いものではある。あえて言うならば、5または4種類の程度副詞と 結びつくのは、h・her,mehr,besser,gr・・er,st・rkerで、これらはどちらかというと意味的に正の
方向性を与えるものであろう。これに対して、3種類以下の程度副詞と結びつくものはl・nger, wichtiger,schnellerは別として、geringer,kleinerのように負の方向性またはschwieriger, h・rter,schlimmer,schwerer,teurerのようにネガティブな意味の印象を与えるものが多いよう な気がする。
(2)程度副詞から見て共起語の結びつきが限られているものは少ない。以下は1以上の予測 可能性を持って結びつく共起語が1種類に限られるものである。
結びつく程度副詞の種類 共起語
5 h・her,mehr, 4 besser,gr・・er,st・rker
3 geringer
2 kleiner,l・nger,schwieriger,wichtiger 1 h・rter,schlimmer,schneller,schwerer,teurer
調査1で原級と結びつく程度副詞を調べたが、その際、程度副詞と共起語の結びつきが一種 類に限られるものはかなりの数があった。原級と結びつく程度副詞の絶対数も共起語の種類も 格段に多いので単純に比較はできない。ただ、上記のbetr・chtlichh・herは1.6,weitmehrは 5.0の予測可能性しか示さないところを見ると、これらも特別な結びつきと見ることには問題 がある。つまり、上記(1)のまとめ(すなわち、共起語の絶対的頻度が影響する)も考慮す ると、原級の場合とは異なり、程度副詞と比較級の形容詞との特定の結びつきは極めて弱く、
予測は困難であると考えたほうがよいということになる。
4.日本語における程度副詞
ここで、ここで扱っている程度副詞が比較級と結びつく場合の機能を考えるにあたり、渡辺 実(1990)による日本語の研究を紹介しておく。
渡辺は日本語の程度副詞の体系化をめざし、まず、「とても」に代表される計量を表すもの と、「もっと」に代表される比較を表すものに分けている。ここで興味深いのはドイツ語と同 様に主に比較に関わる「ずっと」「よほど」「いっそう」などのグループが存在することである。
さらに渡辺は考察を進め、「多少」という程度副詞をとりあげる。これは
彼は多少なまいきな所があるね。
彼は彼女より多少話がわかる。
のように計量的にも比較的にも使える。しかし、渡辺は前者の場合にも「一種の比較基準を含 んだ」ものとしている。つまり、「一般的社会常識」のようなものに照らしてという意味であ るとしている。しかも、この場合、
*彼は多少すなおだ
のように、(特定の文脈がある場合を除き)「話者によってマイナス評価の与えられたものが最 もよくなじむ」としている。逆に「結構」については、比較的には用いられないが、「評価的 に+に偏る」としている。
新しい店だが結構はやっている
*新しい店だから結構さびれていた
上記3.で正の方向性を与える共起語はさまざまな程度副詞と結びつくが、負の方向性、ネ ガティブな印象を与える共起語は結びつく程度副詞が限られるとした。実はこれは程度副詞か ら見ると、負の方向性、ネガティブな共起語と結びつくものは、正の方向性を持つ共起語とも
程度副詞 共起語
betr・chtlich h・her
weit mehr
結びつく傾向があり、つまり、結びつく範囲が広いということでしかないようだ。
むしろ、調査1で指摘したことが渡辺の指摘と一致するものがある。denkbarについて1以 上の可能性を示すのはknapp,schlecht,einfach,ung・nstig,ungeeignetである。gut,gro・など の可能性は0.1以下できわめて低く、hochに至っては例がない。さらに、denkbarは最上級と 結びつくこともあり、1未満0.2以上の予測可能性でschlechtest,ung・nstigst,best,knappst, gr・・tなどど結びつく。これに対して、・berausでは、トップに来るのがerfolgreichでその後 に続くpositiv,gro・,zufrieden,wichtig,gut,beliebt,gelungen,stark,erfreulich,spannend, deutlich,schwierig,interessant,aktivを合わせると約36%を占める。denkbarはネガティブな 評価の傾向のある共起語をとり、・berausはどちらかというとポジティブな評価の傾向のある 共起語をとっている。前回は印象で述べたことであったが、渡辺の指摘を考慮するとあながち まちがったことではなかったのかもしれない。
渡辺のまとめの表をあげておく。今後これも参考にしてドイツ語の程度副詞の細かな考察が 必要であろうと思われる。
5.今後の課題
ここまではコーパスから単純に程度副詞と共起語の結びつきを抽出し、その頻度から結びつ きの中に何らかの特性があるかどうかを推定してきた。ひとつひとつの例を検証したわけでも ないので、それは観察者の大雑把な印象に終わっているのかもしれない。
近年、言語研究に統計学の手法を取り入れようという試みも増えてきた。言語学の立場から はまだその有効性が認められているとは言いがたい感もあるが、今後大規模コーパスを取り扱 う場合に、統計的手法でヒントを得たのちに従来の言語学的手法でそれを確認するという方法 もありえるのではないかと思われる。
服部(2007)は、日本語の程度副詞とその共起語を新聞のコーパスから抽出し、因子分析を 行っている。因子分析とは「複数の変数間の関係から変数の共通性や独自性を推定する統計手 法」で、「一見、無関係と思えるテキスト群の中に隠れた共通傾向が発見されたり、共通性を 基軸として語群を分類できたりすることもある」ということで、「類義語研究やテキストジャ ンルの比較研究などに広く使用される」(石川他(2010))という。
服部は、程度副詞とそれがかかる述語等を因子分析し、第1因子(つまり共通性)の得点の 高いものに「ずいぶん」「大分」「少し」「かなり」「相当」「多少」「やや」があり、これらに対 し、因子得点(抽出された各因子の持つ傾向を、各々のケースがどの程度強く有しているか)
が高い述語として、「違う」など差異・相違を言うもの、「ある」のように存在を言うもの、
「増えてくる」のように増減を言うもの、「回復した」「改善した」「楽になった」などの元の状 態からの進展的変化の結果を言うものなどがあることを指摘している。
比較 計量 判断構造 評価 表現性 量
とても × ○ 発 見 ± 驚 嘆 大
結 構 × ○ 望外発見 + 脱懸念 (大)
多 少 ○
○ 潜在比較 -
± 反期待 小
もっと ○ × 比 較 ± 吟 味 大
比較系発見系
評価系
非評価系
次に、「非常に」「大変」「とても」は第2因子の得点が高く、これらに対する因子得点が高 いものに「楽しかった」など感情の形容詞、「面白い」などの人の評価を含むものが含まれる としている。同様に、第3因子では「けっこう」「なかなか」の得点が高く、これらは「手ご たえ」の大きさを表す述語と結びつきが強いとしている。第4因子では「非常に」「きわめて」
が高く、これらには文章語的文脈でよく出現する述語、しかも評価的にマイナスのものが多い としている。
服部はこの結果を3.で紹介した渡辺の分類と比較し、「ずいぶん」を除いて、かなり一致す るとしている。
さて、それでは、服部が行ったような因子分析がドイツ語の程度副詞にも有効なのであろう か、そしてその結果はこれまで行ってきた調査に何らかの見通しをもたらすものであろうか。
今回のデータに基づいてそれを行うこともできるが、因子分析を行うにはデータの収集方法か ら検討しなおす必要もあると思われるので、それは次の課題としたい。
参考文献
石川慎一郎・前田忠彦・山崎誠編(2010)『言語研究のための統計入門』くろしお出版 井口 靖(2000)『ドイツ語文法シリーズ5 副詞』大学書林
井口 靖(2010)「ドイツ語程度副詞の共起語の頻度に関する調査(1)」(三重大学人文学部文化学科紀要
『人文論叢』28号 S.117-129)
服部 匡(2007)「因子分析を用いた程度副詞と述語等の共起関係分析の試み ― 新聞コーパスのデータか ら ―」(同志社女子大学『総合文化研究所紀要』第27号 S.98-109)
渡辺 実(1990)「程度副詞の体系」(上智大学『国文学論集』第23号 S.1-16)
註
この研究は科学研究費補助金(課題番号:21520436)の助成を受けたものである。
1)erfolgreich-eのような例がなく、erfolgreicher-eのような例があることから比較級と推定できるケース も多い。
1.はじめに
国際交流基金が2009年に行った調査によると中国における日本語学習者数は約83万人で、
全体の約71%の59万人が初等・中等・高等教育機関での学習者である。その中で高等教育機 関における学習者数が52万人あまりで、最も多く占めている。中等教育における学習者数は 約6万人で、中等教育機関は日本語を第1外国語科目として教えている普通校と日本語の専門 教育を実施している外国語学校及び職業校に大別できるが、前者は東北三省(黒龍江省・吉林 省・遼寧省)と内蒙古自治区に集中している。本稿では日本語を第1外国語科目として教えて いる普通校について述べる。
中国における日本語教育は、東北地方の中でも少数民族地域、特に朝鮮族とモンゴル族の間 で盛んに行なわれていたことが一つの特徴である。同地域は旧満州地域に当たり、歴史的な影 響で日本語を身につけた者が多く、日本語教師が集中していた。1970年代に入ってから英語 教師の本格的な養成が始まったが、英語教師の多くは大都市での就職を希望していて、延辺の ような辺境地域では常に英語教師が不足していた。また、中国の大学入試システムも同地域に おける少数民族の日本語学習者数増加の一因である。例えば朝鮮族の場合、漢語の試験と朝鮮 語の試験を合わせて一つと見なすため、漢族に比べ一科目多く受験しなければならない。その 学習負担を軽減しようと朝鮮族は中学校で外国語科目を選択する際、学びやすい日本語を選択 していた。以上のような理由から、1970年代後半には、延辺の朝鮮族中学校ではほぼ100%の 割合で外国語科目として日本語が選択されていた。
中国延辺朝鮮族の中等教育における日本語教育の展望
韓 秀 蘭
要旨:中国の中等教育における日本語教育は、1972年の日中国交正常化以降、東北三省(遼寧 省・吉林省・黒龍江省)と内モンゴル自治区を中心に始められ、現在でも中等教育学習者の90% 以上が上記の地域に集中している。同地域は歴史的な影響で日本語を身につけた者が多い一方で、
英語教師が不足していたこと、少数民族の大学入試システムによる負担軽減などの理由から日本 語教育が盛んな地域である。1970年代後半には、延辺の朝鮮族中学校ではほぼ100%の割合で外 国語科目として日本語が選択されていた。
しかし、1990年代に入り、中等教育機関における日本語学習者数は急激に減少していて、延辺 における日本語教育は停滞している。一方で、英語学習者数は年々増加していて、現在同地域の ほとんどの中学校では外国語の授業は英語しか行われていないのが現状である。
本稿では延辺龍井市の中等教育機関における日本語と英語の学習者に対してアンケート調査を 実施し、その結果について分析を行う。同時に70年代、80年代の日本語ブーム時の学習者と比 べ学習者や学習環境にどういう変化が見られたか考察を行う。また、龍井高級中学が2007年に 新たな試みとしてスタートさせた日本語ゼロクラスで、一から日本語を習った学生の3年後の大 学入試結果についても報告を行う。
しかし、1990年代に入り中等教育機関における日本語学習者数は急激な減少傾向にあり、
延辺の外国語教育は英語を中心に進められているのが現状である。
本稿では延辺龍井市の中等教育機関における日本語と英語の学習者に対してアンケート調査 を実施し、その結果について分析を行う。同時に70年代、80年代の日本語ブーム時の学習者 と比べどういう変化が見られたか考察を行う。また、龍井高級中学が2007年から新たに試み た日本語ゼロクラスで、一から日本語を習い始めた学生の大学入試結果についても報告を行う。
2.外国語学習者に対する調査結果
この調査は2007年の5月と9月に龍井市内の朝鮮族の中学校と高校を対象に、当時大阪大 学大学院に在学していた韓秀玉氏と共同で実施したものである。
日本語学習者に対する調査では、龍井高級中学の1年生4人中4人、2年生8人中7人、3 年生41人中39人、合計50人から回答が得られた。
英語学習者に対する調査は、龍井高級中学と龍井第一中学のそれぞれ50人の学生を対象に 行った。結果、龍井高級中学1年生49人と龍井第一中学3年生42人から回答が得られた。
同時に、学習者や学習環境の変化をみるため70年代と80年代の日本語ブーム時の日本語学 習者15人を対象に調査を行った。
2.1 外国語学習者数の調査
龍井市内には計3校の朝鮮族の中学校と高校があるが、中学校で日本語を選択している学生 は2校とも0である。龍井高級中学の日本語学習者はいずれも周辺農村の中学校から進学して 来ている学生である。その日本語学習者も3年生41人から1年生4人と年々減っていくこと が分かる。
〈図 1〉龍井高級中学の日本語と英語学習者数の変移
〈表 1〉龍井市内の中等教育における外国語学習者数の内訳(2007年 5月現在)
龍井高級中学 龍井第一中学(中学高校一貫) 龍井第五中学
(高校) 中学校 高校 (中学校)
1年 2年 3年 1年 2年 3年 1年 2年 3年 1年 2年 3年 英語学習者 629 628 665 275 344 355 110 158 186 225 329 338 日本語学習者 4 8 41 0 0 0 0 0 0 0 0 0
〈図1〉は龍井高級中学の卒業生のうち、1999年から2006年までの日本語学習者数と英語 学習者数を調べた結果である。ちなみに延辺の中等教育では70年代までロシア語などの選択 肢もあったが、その後は日本語と英語以外の他の外国語の授業は行われていない。〈図1〉を 見ると日本語と英語学習者数の変移が一目瞭然である。
1999年の卒業生は402人で、その中で英語学習者が90人、日本語学習者が312人で、日本語 学習者は全体の77%を占めていた。その後、日本語学習者数は段々減少していき、2002年を境 に英語学習者数が日本語学習者数を上回った。2003年の日本語学習者は、前年より20人多い 247人であるが、全体の学生数が前年に比べ増えていたため、日本語学習者数の割合は前年の48
%から41%に減少している。2003年に40%を占めていた日本語学習者はその翌年2004年には29
%、2005年には15%、2006年の日本語学習者は卒業生540人のうち、わずか37人で7%未満に なっている。その反面、英語学習者は1999年の23%から2006年には93%を占めるようになった。
2.2 日本語学習者に対するアンケート調査結果
〈図 2〉日本語学習者の学習動機
〈図 3〉大学日本語学部への進学予定 〈図 4〉日本・日本語と関連の職業を希望
〈図 5〉日本への留学希望
〈図 6〉日本語のできる家族・親族の有無
突出して多い学習動機は「日本に留学するため」と「将来の就職のため」である。次いで
「日本の科学技術に関心がある」「日本語という言語そのものに関心がある」「朝鮮族にとって 学びやすいため」などが多い。「その他」では「日本の秩序ある社会環境に感動」「異国の友だ ちと知り合うため」「歴史に関心があるため」などを理由として挙げている。〈図2〉
1年生と2年生はサンプルが少ないため限界があるが、日本語学習者のほぼ全員が日本語学部 に進学予定である。その理由として「日本の会社に就職したいため」「より深く日本語と日本の 文化について理解したいため」「より高度な日本語を身につけるため」「日本に留学したいため」
「日本語学習者数が英語より少なく、かえって就職に有利と思う」などを挙げている。〈図3〉 将来、日本・日本語と関連のある職業を希望するかという質問には、50人中41人がYesと 答えた。主な職業としては、日本企業の社員、外交官、通訳などである。〈図4〉
日本への留学希望に関する質問には、50人中48人がYesと答えている。日本・日本語と関 連のある職業を希望しないと選択した学生も日本留学希望ではYesと答えていて、留学を経 てIT企業や医師、弁護士などを希望している。〈図5〉
日本語のできる家族がいるかとの問いにYesと答えた学生は一年生4人のうち0人、二年 生7人のうち4人、三年生39人のうち26人である。内訳は祖父母9人、親9人、兄弟19人 である。〈図6〉
2.3 英語学習者に対するアンケート調査結果
中学生も高校生も一番の学習動機として、「英語は世界的言語で広く使われているため」を 挙げている。次いで多い動機は、中学生は「文化交流のため」「英語という言語そのものに関 心がある」「義務的に習っている」などが多く、高校生は「英語という言語そのものに関心が
〈図 7-1〉中学生にみる学習動機
〈図 7-2〉高校生にみる学習動機
ある」「義務的に習っている」「文化交流のため」
などが多い。〈図7-1、図7-2〉
中学生で大学の日本語学部に進学する予定であ ると答えた学生は16人、Noと答えた学生は26 人である。高校生はYesと答えた学生が27人、
Noと答えた学生は22人である。
Yesと答えた主な理由は「日本に留学したい」
「経済が発展している日本で生活したい」「日本や 日本文化に興味がある」「就職に有利だから」の 他、「英語ができないため日本語を一から学びたい」
という興味深い内容もある。Noと答えた学生は
「日本語は使用範囲が狭いため」「日本語は難しい」
「日本が嫌いだ」などを挙げている。〈図8〉 中学生で日本への留学を希望している学生は 16人で、Noと答えた学生は24人、未記入の学 生が2人である。高校生で日本への留学を希望し ている学生は27人で、Noと答えた学生は22人 である。
中学生で日本留学を希望した学生は、日本文化、
IT技術、工業技術、デザインなどの分野を学び たいと答えている。高校生は、日本文化、IT技 術、建築、法律、デザイン、経済、アニメ、医学 など多分野にわたっている。〈図9〉
中学生で日本語のできる家族がいるという問い に、Yesと答えた学生は42人中26人で62% ある。内訳は親が18人で、おじ・おばが7人、
兄弟・いとこが5人である。
高校生では、Yesと答えた学生が49人中32人で65%ある。内訳は祖父母が15人で、親が 18人、おじ・おばが3人、兄弟・いとこが7人である。〈図10〉
2.4 70年代、80年代日本語ブーム時の日本語学習者に対する調査結果
70年代、80年代日本語ブーム時の日本語学習者の調査は15人を対象に行なった。
調査に協力してくれた15人のうち、延辺大学の日本語教師7人と龍井高級中学の日本語教 師2人は現在延辺の日本語教育の第一線で活躍している。延辺大学の日本語教師7人は筆者の 日本語学部時代の恩師を含め、のちに同僚になった先生方である。龍井高級中学の日本語教師 2人には筆者が当校の卒業生ということで色々協力していただいた。
日本語ブーム時の日本語学習者の学習動機や現在の職業、日本留学の有無、日本語を勉強し たことへの後悔の有無などを調べることで、学習者の質的変化をみることがねらいである。
〈図 8〉大学日本語学部への進学予定
〈図 9〉日本への留学希望
〈図 10〉日本語のできる家族・親族の有無
今回調査に答えた15人のうち、現在延辺で日本語教育の第一線で活躍している9人のうち 5人が日本留学の経験を持っている。留学経験のあると答えた8人のうち、日本語教師を除い た3人は、現在日本語を活かしながら日本で生活している。
日本語を学習して良かったと答えているのは、年配の40代、50代の日本語教師と、現在日 本にいる3人である。30代の比較的に若い日本語教師4人は後悔していると答えている。少 し後悔していると答えた4人は、主に日本語を高校まで専攻し、現在は日本語と関連のない仕 事をしている人である。日本語教師で後悔していると答えている人は、「言語は手段に過ぎず、
外国語を専攻しても、活躍できない」「日本語はやはり英語に比べ使用範囲が狭い」などの理 由を挙げている。
〈表 2〉被調査者の属性(2007年現在)
性別 年齢 日本語学習機関 日本語学習期間 日本語関連最終学歴 職 業 1 男 57 独学、大学 70年代 博士 大学 日本語教師 2 男 48 大学 1978~1981 大学 高校 日本語教師 3 男 47 大学 1980~1984 大学 大学 日本語教師 4 女 41 中学校~大学 1979~1989 修士 大学 日本語教師 5 男 38 中学校~大学 1983~1994 大学 高校 日本語教師 6 女 37 中学校~大学 1983~1994 修士 大学 日本語教師 7 女 37 中学校~大学 1983~1993 修士 大学 日本語教師 8 女 36 中学校~大学 1985~1996 大学 日本在住 主婦 9 女 35 中学校~大学 1986~1996 博士 日本在住 講師 10 女 34 中学校~大学 1987~1997 修士 日本在住 会社員 11 女 32 中学校~大学 1989~1999 大学 大学 日本語教師 12 女 32 中学校~大学 1989~1999 大学 大学 日本語教師 13 女 38 中学校~高校 1983~1989 × 中学校 歴史教師 14 女 35 中学校~高校 1986~1992 × 大学 中国語教師 15 女 35 中学校~高校 1986~1992 × 中学校 政治教師
〈表 3〉日本語学習開始年にみる主な学習動機
1970年初頭から 日本語の教材があり、日本語のできる人もいたため、独学で学んだ 1978年~1983年 ・中日間の交流のために、大学ではじめて日本語を専攻した
・中学校の外国語科目として日本語しかなかった
1983年~1984年 ・農村地域の中学校には外国語科目として日本語しかなかった
・成績によるクラス編成によって日本語を選んだ 1985年~1988年 ・朝鮮族にとって受験に有利だったため
・祖父母や家族に日本語のできる人がいた 1989年~ ・日本に留学するため
3.調査結果分析
2007年現在の日本語学習者の学習動機に関する調査で、突出して多かったのは、「日本に留 学するため」と「将来の就職のため」である。また、ほぼ全員が大学の日本語学部に進学を希 望していて、日本語をより深く学びたいと答えている。2007年現在の日本語学習者は、「朝鮮 族にとって学びやすいため」や「受験のため」に日本語を学んでいるのではなく、大学に進学 してからも日本語学部に進学し、専門的な日本語を学び、就職や日本への留学など将来的に日 本語を活かしていくために日本語を学んでいる。
英語学習者の一番の学習動機は、中学生も高校生も「英語は世界的言語で広く使われている ため」を挙げている。また、中学生にも高校生にも、「義務的に習っている」という回答が多 数みられるのは、大部分の中等教育機関で日本語教育が行なわれていないため、選択の余地が なくなっていることの結果が反映していると考えられる。興味深いのは、英語学習者の中にも 大学の日本語学部に進学したいという人が多く、中学生は42人中38%の16人、高校生は49 人中55%の27人も占めていることである。その理由は、「経済が発展している日本で生活し たい」「日本や日本文化に興味がある」「一つの外国語でも多く学ぶと、就職に有利だから」な どの理由の他に、「英語ができないため、日本語を一から学びたい」という理由もみられた。
これは、英語のみを中心に進められてきた教育政策の影の部分といえると同時にこの地域の中 等教育段階における日本語の潜在的な需要を意味していると思われる。
日本への留学を希望しているかという問いに、2007年現在の日本語学習者はほぼ全員がYes と答えていて、より高度な日本語を専攻し、将来的に日本語を活かしたいとしている。日本語 学部に進学したいと回答した英語学習者の全員が日本への留学を希望している。英語学習者の 中には、日本や日本語に興味を持っている人が多く、日本に留学して学びたい分野もIT技術、
工業、経済、アニメ、医学など多分野にわたっている。
70年代、80年代日本語ブーム時の日本語学習者の中には、1970年代に独学で日本語を学習 した人が1人いるが、その学習動機は「近くに日本語の教材と日本語のできる人もいたため」
となっている。1978年に大学入試の外国語科目として日本語が選択され、1983年までは中学 校の外国語科目は日本語しかなく、80年代初頭の学習者の学習動機には日本語しか選べなかっ たという理由が目立つ。その後、1980年代後半の学習者には、日本の高度な経済発展の影響 もあり、日本へ留学したいという学習動機が中心となっている。
2007年現在の外国語学習者に対する調査でも「家族に日本語のできる人がいる」と答えた 学生は日本語学習者50人中30人、英語学習者は中学生42人中26人、高校生49人中32人と、
その世代は年齢層が若くなっているものの、日本語のできる人がかなり多い。前述したように この地域は歴史的な理由から日本語のできる人が多かったため、これも80年代後半までは日 本語選択の一因となっていたが、その後段々日本語学習の動機にはならなくなった。
現在中国では日本語学部であっても外国語科目を英語で受験したものを優先的に合格させる 傾向がある。大学入試で日本語の受験を認める高等教育機関が少なく、特に重点大学ではその 傾向が一層強いといわれている。
4.中等教育における第 2外国語としての展望
国際交流基金の2003年と2009年の調査結果を比較すると、中国の日本語学習者数は約39 万人から約83万人に増加している。初等・中等・高等教育機関での学習者はいずれも70%を 占めている。その中で高等教育機関における学習者数が最も多く2003年には28万人、2009 年には52万人を占める。前述したように、中国の大学の日本語学部では、中等教育で英語を 学んできた学生を優先的に合格させ、日本語を一から教えている学校が増えているので、大学 における日本語学習者数は増え続けるだろう。また、急速な経済発展に伴い、日系企業の進出 が増加していて、社会における日本語の需要も年々高まり、学習者数も増え続けている。一方 で中等教育における学習者数は2003年の7万人から2009年には6万人とされ、減少傾向が続 いている。
中国教育部は『基礎教育課程改革要綱(試行)(2001年6月)』、『義務教育課程設置実験方 案』、『新教育課程標準(新しい学習指導要領)(2005年9月)』を相次いで発表し、大学受験 を目指す「受験教育」から生徒の人間性を育て全人格的な教育を行うとする「素質教育」へと カリキュラムを転換した。外国語教育も「素質教育」を全面的に推進するものとして位置づけ られるようになった。中等教育段階で開設する外国語科目は英語、日本語、ロシア語などの言 語から自由に一つ選択できるとし、外国語学校あるいはその他条件の整った学校では第2外国 語課程の設置も可能にすると明確に打ち出した。王他(2011)の報告によると、中国全土に第 2外国語設置の動きが広がっているという。
こういう背景の下、龍井高級中学では新たな試みとして2007年度入学者の中から実験的に 日本語を一から教えるクラスを設けた。英語学習者の中には、中学校で他の外国語の選択の余 地がなく義務的に英語を習っていて、大学では日本語学部に進学したいという学生が多いこと はアンケート調査結果からも確認できた。このクラスは英語に自信のないまたは日本語に興味 のある学生を中心に編成され最初34人でスタートした。途中留学に行ったり学校を辞めたり した学生を除き、最終的に25人が2010年の大学入試に参加、内21人が見事に大学に現役合 格できた。
この21人の高校入試の成績を見ると一番低い学生が317点、一番高い学生が498点、21人 の平均点は400点未満である。21人全員成績が悪いというわけではないが、400点未満は低い レベルであることは否めない。しかし、この21人の大学入試での成績をみると、高校入試で 平均点500点以上だった学生の成績を超えたり、高校入学時には想像できなかった重点大学へ の合格者も多くいたりと日本語ゼロクラスの大きな可能性を示している。朝鮮族にとって日本 語は英語より学びやすい言語で、短時間で成績アップができ、他の教科にも負担をかけずに行 われることが可能である。
もう一つ、興味深いことは、21人中高校入試の成績が498点と一番高かった学生は大学の 専攻は英語を選択している。当学生は決して高校入試の成績が低く英語に自信がなかったから 日本語ゼロクラスに入ったのではなく、高校での3年間しっかり日本語の勉強を行うことが目 的だっただろう。大学で第2外国語として日本語を選択すれば自然と英語も日本語も上達する ことに違いない。
こういう動きは、延辺の中等教育における日本語教育復活の新たなモデルとして、延辺の中 等教育における外国語教育に大きな可能性を示唆している。
5.おわりに
日本語の学びやすさが朝鮮族の優勢というだけでは時代遅れである。今は英語ができて当た り前の時代になっている。延辺でも、中央の英語教育重視政策に基づいて、2001年から小学1 年生に英語を教え始めている。しかし、朝鮮族は小学1年から漢語のピンインの勉強を始める ので、同時に英語のアルファベットまで習得することに心配の声も大きい。
小学校から英語を学んだ学生が2007年8月から中学校に入学していて、延辺の中等教育に おいて、益々英語以外の外国語は選択の余地がなくなっている。朝鮮族にとって中学校の段階 から漢民族のように日本語を第2外国語として定着させることはその学習負担から考えて難し いところがあるため、中学校で日本語が復活する可能性は低いと思われる。
しかし、龍井高級中学の日本語ゼロクラスの好成績はこれからの延辺の外国語教育に大きな ヒントを与えている。英語が必須であることを認識した上で、小学校から中学校まで英語を習っ てきた学生に高校で日本語選択の可能性も与え、大学合格までの日本語レベルをつけさせるこ とは可能だと思われる。朝鮮族の優勢を生かし高校で第2外国語としての日本語の地位を確立 することで、グローバルな人材育成につながり、朝鮮族の発展につながることになるだろう。
参考文献
本田弘之「中国の中等教育機関における日本語教育 ― その実態と課題」『杏林大学外国語学部紀要』9号 1997年
本田弘之「中国東北地方の少数民族と日本語教育」『杏林大学外国語学部紀要』13号 2001年
韓明「中国遼寧省の学校における日本語教育についての研究」『昭和女子大学大学院日本語教育研究紀要』
2号 2004年
金華「中国東北三省朝鮮族の学校教育と日本語」『日本語教育研究』48号 2005年
崔学松「中国東北地域における近代化改革と「日本語ブーム」― 朝鮮族にとっての日本語教育」『一橋論 叢』9月号 2005年
本田弘之「中国朝鮮族の民族教育とその将来」『杏林大学外国語学部紀要』17号 2005年
本田弘之「中国朝鮮族中学における日本語教育の選択メカニズム ―「満州国」後の日本語教育の連続性と 非連続性」『杏林大学外国語学部紀要』18号 2006年
韓秀玉『延辺朝鮮族地域の中等教育機関における日本語教育の変遷』大阪大学大学院言語文化研究科 修 士論文 2008年
王崇梁・小長谷友香・佐藤修「中国の中等教育機関における第二外国語としての日本語教育の現状報告」
『日本語学』30(2) 2011年
はじめに
三重大学人文学部においては、初年度教育の重要な柱としてこの十数年来、一年次生を対象 としたセミナー(演習)を実施してきた。「オリエンテーションセミナー」という名称で出発 したが、現在は「スタートアップセミナー」と名を変えている。
この授業の主たる目的は、大学生になったばかりの一年次生の思考回路を、高校生のそれか ら大学生のそれへと切り替えることであると筆者は考えている。この点を踏まえて授業の計画 を練り、実行していった一つの記録として、本稿を記すこととしたい。
1.授業の計画・立案
本学部において、授業概要(シラバス)は概ね新学期の3ヶ月前には作成・提出している。
「スタートアップセミナー」(以下「セミナー」と略称する)も、授業の大枠についてはこのス ケジュールに則っており、セミナーを担当する各教員がどのようなテーマで授業を行うかにつ いてはシラバスに掲載されているが、具体的な中身については授業の開始までに決める手筈と なっている。少なくとも小生が担当した2011年度においてはそのような段取りであった。
翌年度のセミナーを担当することが決まった2010年11月頃より、授業の具体的内容につい ては少しずつ考えていたが、本腰を入れて考え始めたのは年が明けてからであった。筆者がセ ミナーを担当するのは今回が初めてではない。よって、前回の経験を踏まえての授業計画立案 という側面は明らかにあった。加えて、前回は「オリエンテーションセミナー」という名称で あったものが、今回は「スタートアップセミナー」に変わっており、本学においても採り入れ られているPBL(Problem-basedLearning)という教育技法・理念iへの意識も自分のなかで 強まっていた。
他方、歴史学の授業を担当するものとしては、学生にまとまりのある歴史認識を身に付けて ほしいという期待がある。少なからぬ学生の歴史知識は、年号と人名と出来事の名称の寄せ集 めであるというのが現状である。そうした知識は有機的なつながりを持つことによってはじめ て生きた知識となり得るのである。各種授業において筆者の目指すところは、日本史や世界史 の受験勉強で得た情報を活性化することにあるといっても過言ではない。
かかる前提や意識のもと、歴史学を専攻する者として、まずはどの地域・国を対象とするか ということから考え始めた。セミナー担当教員は、所属する地域を単位として選出されている。
筆者はヨーロッパ地域に所属し、歴史学の授業を担当している。その意味ではヨーロッパ史に 関するテーマを選ぶのが妥当な所ではある。しかしながら、PBLを意識していたこともあっ
歴史学教育における PBL
- スタートアップセミナーでの試み -
野 村 耕 一
て、日本近現代史に関するテーマを選ぶ方向に傾斜していった。
初年度教育や共通教育は言うに及ばず、専門教育においても、ヨーロッパ史の教育は言葉の 壁という大問題にぶつかることがしばしばある。筆者の本学における経験に照らして言えば、
学生が、かくかくしかじかのテーマで卒業論文を書きたいと相談を持ちかけてきた場合、かな りの確率でテーマの変更を勧めることが多いのが実情である。なぜなら、相当な割合の学生は 研究対象地域の言語について、研究書を読めるだけの水準に達しておらず、邦語文献に依存せ ざるを得ないため、研究し得るテーマが限られてくるからである。英語文献を読むことができ れば研究範囲は拡がるが、それが可能な学生も多いとは言い難いのが現状である。
かかる状況はセミナーにおいても同様であって、ヨーロッパ史をテーマとした場合、PBL を実践することは資料の面および上述の理由で、大変困難なのである。実際、前回のセミナー 担当時に選んだテーマも、「現代日本における市場と国家」であった。ゆえに言語や資料面で の制約が比較的少なく、PBLを実践しやすい日本近現代史の範囲からセミナーのテーマを選 ぶことにしたii。その際、拠りどころとなる文献を選定し、それを軸にセミナーを展開してい く方針を定めた。テキストを設定して、それに基づいて授業を行うという形式は、前回のセミ ナー担当時と同じやり方であるが、受講者に授業全体の展望を見やすくしておきたいというの が主な理由である。
いくつもの候補の中から、結局選んだ文献は、佐藤卓己『輿論と世論 日本的民意の系譜学』
(新潮社、2008年)であった。わが国における戦時体制期から小泉純一郎政権の時代に至る、
民意形成の特質や問題点を、「輿論」と「世論」という似て非なる二つのキーワードで分析し た興味深い文献である。この文献を選んだ理由は、内容の面白さや文章が比較的読みやすいと いうことに加え、次のような点があった。
① 受講者がある程度実感できる時代やテーマを取り上げていること。
筆者は歴史の研究や認識において、観察者が暮らす時代とのつながりやそこで育まれる 問題意識を重視している。学生と対話していてしばしば感じることは、どのような時代を 経て、いま私たちが生きている地域や国、時代が形成されてきたのかという意識が欠けて いることである。セミナーが、まとまりのある歴史認識を学生たちが作り上げて行く発端 となればというのが、筆者の目標の一つであった。
② テキストを手掛かりに調査・研究を行うに当たって、アクセスが容易な資料が存在する こと。
セミナーの運営において基礎となるのは、受講者による調査・研究である。新入生に対 して、遠方まで足を運んで調査を行ったり、相当な費用をかけて文献を取り寄せるのを余 儀なくさせることは現実的ではない。やはり、本学が所蔵する資料を主な拠り所にして調 査・研究が可能なテーマであることが必要条件であると思われる。その点、附属図書館で は朝日新聞や中日新聞・東京新聞の過去記事を電子的ないし印刷物の形で閲覧できる環境 にある他、過去の記事を抜粋した『新聞集成』等の史料iiiも揃っていて、テキストの内容 に関わる事項について基礎的な調査を行うための環境は一応整っている。
2. テキストの変更とセミナーの開始
セミナーの準備を進めるなかで、東日本大震災が発生した。思いもよらなかったが、この未 曾有の災害が授業計画に大きな影響をもたらした。出版社の倉庫が被災し、テキストを出荷で きなくなったのである。この突発的な事態に直面して、どう対処するか苦慮した。最初はテキ ストを複写して使おうかと考えたが、著作権の尊重を新入生に伝えるべき立場にある者として、
躊躇せざるを得なかった。結局、テキストを選ぶ最後の段階まで候補として残っていた別の文 献であれば、セミナーの開始までに入手できることがわかったので、そちらに変更することに 決めた。それが増田弘『石橋湛山 リベラリストの真髄』(1995年、中公新書)と石橋湛山著、
松尾尊兊編『石橋湛山評論集』(1984年、岩波文庫)である。
テキストを選定する段階で、『輿論と世論』に決した一番の理由は、対象となる時代という 点であった。石橋湛山は1973(昭和48)年4月25日に死去しているから、新入生にとっては 歴史上の人物である。1884(明治17)年9月25日生まれの湛山は、1956(昭和31)年12月 23日に内閣総理大臣に就任したが、急性肺炎で約一ヵ月後に倒れ、1957(昭和32)年2月23 日に自ら潔く内閣総辞職したため、史上指折りの短命総理として時に否定的な取り上げられ方 をするくらいで、政治家としての印象や知名度も高いとは言い難いiv。そうした馴染みの薄さ を考慮して、いったんは選から洩れた題材が、予期せぬ事態の結果復活したことにやや不安を 覚える状態での授業のスタートとなった。
セミナー初回は教育担当の前理事による講話が行われ、第二回目の授業で各担当教員が自ら の担当するクラスでの授業の具体的内容についてプレゼンテーションした。その際、筆者から は授業のテーマ(「歴史のなかの言論と政治」)は変わらないが、既に記した理由で具体的な研 究対象を変更する旨を説明した。変更について予めアナウンスしてあったためか、学生の間に 戸惑いらしき様子は見受けられなかった。
受講者による所属クラスの希望調査を経て、筆者の授業には8名の学生が参加することとなっ た。セミナー8クラス中の5クラスが20名であったから、これは少人数と言えよう。あるい はテキストの変更が影響したかもしれないが、それは知る由もない。
3. 授業の展開
上述のような波乱を経て授業はスタートした。最後の二回は全体発表会に充てることが決まっ ていたので、実質的な授業回数は10回である。時間的余裕は無いと言っていい。プランとし ては、増田弘氏の著書を輪読することから始め、読了後はグループに分かれてそれぞれが調査 研究を行い、発表会を目指すということにした。『石橋湛山評論集』についてはセミナーで直 接にはプレゼンテーションの対象とはせず、史料集的な存在と位置付けた。
石橋湛山に関する研究書が多数あるなかで、増田氏の当該著書を選んだ理由は次のとおりで ある。
① 湛山の生涯全体を取り上げた包括的な文献であること。
② 増田氏が石橋湛山研究の分野を代表する一人であること。
③ 廉価な新書であり、学生の費用負担が少ない。
輪読に際しては、発表者にレジュメ作成を義務付け、それに基づいてプレゼンテーションす るよう指導した。レジュメについてはクラス別授業の際に、どのようなものかを説明したが、
メンバーが作成したものは一年次生としては概して満足できる水準のものであった。プレゼン テーションに関しては技術の巧拙や内容の深浅に差はあったが、回を重ねる毎に成長が見られ たことは間違いない。プレゼンテーション後に行うディスカッションでは、活発な発言が相次 ぐということはなく、司会役の筆者が主として発表者に対して質問を投げかけることが多かっ た。とはいえ、セミナー後半になってくると学生の自発的な発言も徐々に見られるようになっ た。
グループ研究の段階に移るに際して、班の数や各班の人数、個別の研究テーマについてはほ ぼ全面的に受講者の判断に委ねた。これは学生の自主性を尊重するというPBLの趣旨に則っ ていることはもちろんであるが、セミナーのなかで醸成されたメンバーに対する筆者の信頼感 からして、問題ないと思ったからである。結果、三つの班を作ることとなった。人数構成は2 名、3名、3名である。各班のテーマは、①湛山の公職追放 ②石橋内閣に対する同時代及び後 年の評価 ③湛山の国際政治観・日中関係論、であった。
各班が調査・研究に傾けた努力は筆者が期待した以上のものであった。本学の附属図書館が 所蔵する上記の資料や『石橋湛山全集』(全15巻、1971~72年、東洋経済新報社)v等を調べ るのみならず、三重県立図書館等の学外施設にまで出向いた班もあった。存在する資料・文献 やその所在等については、筆者がある程度は教示し、相談に応じていたが、受講者はそれを応 用・展開する力を持っていたのである。
全体発表会が迫ってくると、どのような形態で我がクラスは発表するのかを決める必要があっ た。各班がセミナーで中間報告を行うなかで、それぞれの調査・研究の困難さや進展度の違い が見えてきていたが、発表の形式等についても学生の選択に委ねることにした。但し、せめて 考える土台は提供すべきかと考え、①三つの班総てが発表する ②特定の班が発表する、の二 案を参考までに提示した。これを踏まえて意見を集約したところ、②に基づく案を採用するこ とになったので、発表を担当する班を無記名投票で選ぶことにした。その結果、湛山の国際政 治観・日中関係論を研究した班が全体発表会を担当することに決した。
発表のテーマと形態が決まった後は、発表内容の整理とプレゼンテーション力の向上に力点 を置いた。正規の授業時間では足りず、発表会が差し迫るなか、課外に時間を設けてまで予行 演習を行ったが、これも学生の熱意の賜物である。
全体発表会ではレジュメとパワーポイントを併用して、発表を担当しなかった他の二つの班 が行った研究内容についても簡単に紹介しつつ、プレゼンテーションを行った。題目は「石橋 湛山に学ぶ日中関係」である。贔屓目はあるかもしれないが、明瞭な発表であり、やや意表を 突いた質問にも冷静に対応していると感じた。
おわりに
歴史「学」とPBLの交差する所でセミナーを展開しようという授業の目標は、筆者の期待 を超える受講者の努力により、かなりの程度達成できたものと自負している。その一方で、実 現できなかった点や課題が残ったことも事実である。
石橋湛山は、雑誌『東洋経済新報』を舞台に、大正デモクラシーの時代から昭和戦前期にか
けて、いわゆる急進的自由主義viの立場で論陣を張った言論人である。戦後民主主義は決して アメリカからの輸入品ではないことを証明するものとして、大正デモクラシーは我が国の誇る べき政治的遺産である。その意味でも戦前における湛山の言論活動は注目すべきものであり、
湛山のかかる側面に関心を持った学生もいたのであるが、調査・研究からさらには発表へと支 援することは叶わなかった。理由の第一は、こうしたテーマを研究するにはかなり該博な関連 知識が必要であるが、それを獲得する時間的余裕がなかったことである。
受講者がまとまりある歴史認識を日本近現代史という枠のなかで築き上げていく端緒として は、湛山の思想を踏まえた上で戦前から戦後への時代の遷移を見据えるという方向性が望まし いと思われるが、セミナーにおいてそれが実践できたかどうかは心許ないというのが正直な感想 である。
注
iPBLについては、三重大学高等教育創造センターのホームページを参照。
iiこうした現実的な制約とともに、スタートアップセミナーにおいては特に、授業のテーマ選択に際し て、学生が健全な「市民」として成長するのに資することを顧慮している。
iii例を挙げるならば、『新聞集成大正編年史』(1966~88年、新聞資料出版)や『新聞集成昭和編年史』
(1955年~、新聞資料出版)等である。
iv石橋湛山の経歴については、『石橋湛山評論集』所収の松尾尊兊による「解説」を参照。
v全集は2010~11年に未収録論文等を掲載した第16巻(補巻)を加えて、東洋経済新報社から復刊さ れた。
vi松尾尊兊『大正デモクラシー』(岩波書店、1974年)65-92頁。