批判的メンタリングに関する序論的考察
An…Introductory…Study…on…Critical…Mentoring
渡 辺 かよ子 Kayoko…WATANABE
1.はじめに
本稿は、青少年向けメンタリング運動の新たなパラダイムとして米英で注目されている批判的 メンタリング(Critical…Mentoring)の意義を考察しようとするものである1。
メンタリング運動は 1990 年代以降、「先進」各国で拡大している。その中心となっている米国 では大人の 4 分の 1 がプログラムの内外で青少年の継続的支援を行い、さらに 45%の大人がメ ンターになることを考えている。2017 年には 2400 万人がメンタリング・プログラムに参加し、
4400 万人がインフォーマルにメンタリングを行っているという。従来 1 ~ 2%とされてきた大人 のメンタリング・プログラムへの参加率は約 10%と見積られ、メンタリングは人々に強力に支 持されている2。
メンタリング運動の拡大を促進する政策は、以下の三つの研究知見からその妥当性が主張され てきた。第一はメンタリングの効果に関するプログラム評価である。思慮深く実践されているプ ログラムは青少年の自尊感情や対人関係、学業成績等に有効に機能しうることが確定されている3。 第二はメンタリングの理論研究である。メンタリングが効果をあげる理論的根拠として、生涯発 達の生態系の各レベルにおける様々な社会科学理論がその有効性と政策的妥当性を基礎づけてい る4。第三はメンタリング・プログラムのコスト面からの政策的妥当性に関する知見である。メ ンタリング・プログラムは他の政策プログラムと比較して低コストで、貧困対策等として高い社 会的投資収益率をあげていることが知られている5。
こうした中、従来のメンタリング・プログラムとメンタリング運動の在り方を根本から問い直 す批判的メンタリングが提起されている。批判的メンタリングを主導する Weiston-Serdan は、
従来の伝統的なメンタリングが社会適応を目的とし、社会適応のためのスキル伝授に終始してい ることの問題性を批判し、青少年中心主義を徹底することで社会変革を目指そうとしている。本 稿では、今日の米国のメンタリング運動の現況と批判的メンタリングについて、その基礎理論で ある批判的人種論を踏まえて概説し、その主張の妥当性を検証したい。
2.メンタリング運動の現状と研究の到達点:批判的メンタリングが生成した文脈 1)米国のメンタリング運動の現状と政策的妥当性
近年、MENTOR(National…Mentoring…Partnership)が①青少年のメンタリングに関する現状、
②青少年向けメンタリング・プログラムの現状、③メンタリング運動に参加する米国市民の現況、
に関する三つの報告書を相次いで発表した6。これらの報告書によれば、米国の全 4600 万人の青 少年のうち、リスク要因を持つ青少年は 2400 万人、うち 1500 万人には青少年を継続的に支援す るメンターが存在し、リスク要因を持ちつつもメンターがいない青少年は 900 万人、リスク要因 を持たない青少年 2200 万人のうち 1500 万人にはメンターが存在し、リスク要因がなくメンター もいない青少年は 700 万人という。以上より、米国のメンターがいない青少年は計 1600 万人と なり、これが「メンタリング・ギャップ」(=メンターを必要とするも出会っていない青少年の 総数)として推計されている7。メンターを必要とし求める割合は、全青少年で 29%、リスク要 因のない青少年では 22%、一つのリスク要因を持つ青少年では 29%、2 つ以上のリスク要因を 持つ青少年では 43%となって、リスク要因を多く抱えている青少年ほどメンターを切実に必要 としていることが明らかとなっている8。
青少年向けメンタリング・プログラムの参加者の人種構成を見ると、メンティの 33%がアフ リカ系(人口統計では 14%)で、白人(ヒスパニック系以外)は 24%(同 52%)、ラテン系な いしはヒスパニック系が 20%(同 25%)となっている9。メンティの状況に関する集団的特性に ついては、貧困家庭:65 ~ 51%、一人親家庭:56 ~ 27%、危機的学力水準:55 ~ 36%が判明 している10。メンターの人種構成については、白人系(ヒスパニック系を除く)が 53%、アフリ カ系が 15%、ラテン系・ヒスパニック系が 10%、多人種系が 5%、東アジア系が 5%となってい る11。
2)メンタリング・プログラムの実践における人種に関連する知見
メンタリング・プログラムの実践的研究において、これまで人種に関する以下の知見が共有さ れ、日々の実践に活かされている。
①組合せ:参加者や保護者の希望、必要性に応じるプログラムの実践においては、人種やエス ニシティを超える両者の類似性を見つける重要性が強調されている。メンティの人種差別意識の 内面化の問題性や被差別経験に関する深い理解に加え、プログラム外の同一人種の役割モデルの 有無、自身の人種以外の人々との接触の有無等から、メンティにとっての便益を最優先した組合 せを行うことが肝要であるという12。
②抑圧:日常場面における異文化、特に主流の白人文化とそれ以外のマイノリティの文化に対 する社会的な不信感の存在を十分に意識しつつ、メンタリングにおいては両者が人種的偏見や差 別、人種や民族集団に関する態度等を安心して話すことができる安全な場所を確保する必要があ るとされる13。
③民族的アイデンティティ:交流場所の雰囲気への配慮と共に、両者の民族的アイデンティティ の強度や、メンタリングによって健全な民族的アイデンティティが促進されているのかどうかに 留意する必要がある。参加者の属性としての人種とアイデンティティの多様性、民族的アイデン
ティティの強弱の精査と共に組合せを行い、メンティの自尊感情やアイデンティティの発達促進 を図ることが肝要という14。
④文化的コンピテンス:プログラム事務局とメンターが一人一人のメンティを正しく理解し十 分に支援できる文化的コンピテンスを習得できるよう、人種や文化、エスニシティをめぐる問題 や諸課題の研修機会を設ける必要がある15。
以上はこれまでのメンタリング運動の中で蓄積されてきたメンタリング・プログラムの運営に 関する実践智であり、これらの知見そのものは極めて重要な成果であることは間違いない。しか しながらその一方で、従来のメンタリングの研究や実践においては、人種や差別の問題そのもの をどう捉えるかに関する問いは等閑にされてきた。
青少年向けメンタリング・プログラムについては、既にマルキストから痛烈な批判がなされて いる。例えば Cooley は、メンタリング運動は専門家でない素人の自らも弱者であるメンターが、
弱者である青少年を支援することで、結果的に自らが変革するのに必要な現行社会に対する批判 的理解を促すことなく、青少年を現実社会に無批判に適応させるスキルのみを教えることに終始 しているという。Cooley は、従来の男性を中心とする上下関係に基礎づけられた家父長的メン タリングに代る水平的協働的なメンタリングへの転換を求め、メンタリングが特に女性特有の支 援やケアに彩られた感情労働の疎外経験になってはならないと述べている16。しかしながら、こ うしたマルキストの主張が実践に活かされることは限定的で、従来のメンタリング研究や実践が 人種や差別とメンタリングに関する根源的な問いを提起することは殆どなかった。
3)批判的人種理論とその批判の超克
組合せや効果促進のための研修等の実践智に止まっている感を否めないメンタリング研究と実 践の在り方に革新的変化をもたらしつつあるのが批判的人種理論に基づく批判的メンタリングで ある。人種を学問探求の中核とし「人種はいまなお問題である」と主張する批判的人種理論は、
1970 年代に誕生した批判的法学研究に依拠している。法律の不偏不党性を否定する批判的法学 研究は、法律の政治性と白人権力者による利益擁護を糾弾し、法律は変数や規則を与えるもので 本来的に矛盾するものであるという17。批判的法学研究の影響の下で誕生した批判的人種理論は、
「政治的な知的な場としての『批判的』、実質的な焦点としての『人種』、そして、人種と法律の 一般性のある説明を発展させるための試みとしての『理論』」であるという18。批判的人種理論 は教育とも密接に関連し、①人種は合衆国の不平等を決定する際の重要な要因であり続けている、
②アメリカ社会は私有財産権に基づいている、③人種と所有の交差が不平等を理解する分析ツー ルを生み出す19、という。
その一方で批判的人種理論については、その妥当性の検証と共に、多くの批判が展開されてい る20。例えば Cole は、批判的人種理論の二大原理である白人優越主義と(階級以上に)人種が強 調されることついて、白人優越主義は確かに存在するが多数の肌の色によらない人種差別も存在 しており、階級より人種を強調することが人種差別を維持するシステムの根底にある資本主義の 忘却や軽視になってはならないという。Cole によれば、批判的人種理論は差別をめぐる論究に以 下のような有益な議論をもたらした。①有色人種を際立たせその声を聞く必要性の提起、②人種
問題の深刻さの明示、③時系列的把握、④関心の一致理論の提示、⑤差別と「白人優越主義」が 所有権をめぐる概念であることの説明、等である。また批判的人種理論は学校教育に、①(白人 文化を排除することなく)「限界なき学習」を実践する必要性、②階級を中心に資本主義を理解し、
反人種差別を目指す多文化教育の推進の必要性、③帝国主義の学習とマルクス主義の継承、④反 人種差別主義の視点からのメディア学習の必要性、⑤民主的社会主義の学習の必要性、を提起し たという21。
このような従来のメンタリングへの批判や批判的人種理論への批判と反批判の文脈にあって、
従来のメンタリング・プログラムの在り方に対する徹底的批判と共に実践的応答を試みているの が、Weiston-Serdan が主導する批判的メンタリングである。…
3.批判的メンタリングの主張と革新
1)Weiston-Serdan, T. と YMAN (Youth Mentoring Action Network)
Critical…Mentoring の中核となっている Torie…Weiston-Serdan, は、10 年以上の教育実践経験 のあるメンタリング研究者である。Torie…Weiston-Serdan, は、Claremont…Graduate…University で教育学の博士号(Ph.D.…in…Education)を取得し、2007 年にはカリフォルニア州オンタリオでユー ス・メンタリング・アクション・ネットワーク(YMAN:Youth…Mentoring…Action…Network)
を設立している。YMAN はメンタリングの関係性の力が青少年のために、より平等で公正な世 界を創出できるよう梃入れすることを使命とし、青少年と大人が、我々全てが実現を望む変化に なれるよう協働する世界を展望している。YMAN の参加プロテジェの総数は 2018 年 9 月までに 約 800 人に達し、参加プロテジェの高校卒業率は 100%、大学進学率は 99%となっていることが 知られている。22
Weiston-Serdan は批判的人種理論に基き、2017 年に初の批判的メンタリング関する書物であ るCritical…Mentoringを著した。同書の前書きに Sanchez は以下のように述べ、同書の意義を要 約している。「伝統的に当該(=メンタリング)分野は、大人と青少年の間の関係性に父権的で 階層的なアプローチをとってきた。即ち、(青少年よりも)賢明で経験豊かな大人が経験不足の 青少年に指導や支援を提供するというものである。メンタリング・プログラムに参加している多 くの青少年は、例えば階級、ジェンダー、人種/エスニシティ、あるいは性的志向のために我々 の社会において多様な様式で周辺化されている。加えて、彼らは自身の生活において深刻な問題 やトラウマに直面し、大人(例えば教師)に注目され、サービスの一環としてメンタリングを提 供しているプログラムに照会されたであろう。メンタリングへの伝統的なアプローチは(メンター とメンティの)二人だけに着目し、メンターが青少年に提供していることに焦点を当てている。
それはいわばメンタリングの交流の外側で起こっている事柄は考慮しない一方的な関係性であ る。対照的に、批判的メンタリングは青少年自身と彼等の周辺性を前面・中心に置き、メンター とプログラムの事務局スタッフが青少年と共に、これらの青少年を周辺に追いやっている文脈的 制度的な(強制)力について検討し正すことを要求している。批判的メンタリングは青少年が現 状に挑むことを許容するような様式で青少年と交流することを要求する。」23
2)基礎理論としての批判的人種理論
批判的メンタリングは、貧困やマイノリティの問題を「欠損」ではなく、人種や階級、ジェン ダー、能力をめぐる社会制度的問題として捉えている。従来のメンタリングの多くが出席率や成 績向上、非行の減少といった管理的目標を設定し、貧しい有色青少年が白人の中産階級的価値を 受容すると共に同化し、結果的に青少年自身が生まれ育ったコミュニティから離れていくことを 是認しているのとは対照的である。批判的メンタリングは、社会の不公正の変革を直接目指すも のではないが、大人(メンターや保護者、事務局等)による管理的権威主義や植民地統治的視点 を否定し、青少年中心主義の徹底を図っている。
こうした批判的メンタリングを理論的に基礎づけているのが、批判的人種理論24ならびに批判 的教育学25である。批判的メンタリングはこれらの議論をメンタリングに適用し、メンタリング の関係性における有色人種や女性、性的マイノリティの周辺化や無視に抵抗しようとしている。
貧困やマイノリティの問題を人種や階級、ジェンダー、能力をめぐる複合的な社会制度的問題と 捉える Weiston-Serdan はCritical…Mentoring において黒人の日常生活とメンタリングの実践を 参照しつつ、批判的人種理論の要点を以下の 5 点にまとめている。
①黒人にとって人種差別は日常的現実であること:人種差別は日常生活の一部であり、我々が 普通に呼吸をしている空気や日常的に飲んでいる水と同じようなものとなっている。人種差別は、
黒人にとっては一際目立つ偏見の偶発的非日常的出来事ではない。
②「関心の一致」(interest…convergence):1960 年代の米国で実現された多くの公民権や社会 的正義に関する勝利は、主張そのものが広範に受容されたというよりも、「関心の一致」の結果 であり、白人エリートの関心が周辺化された人々の要求と一致したためと考えられる。
③人種は本来的なものではない:批判的人種論によれば人種は一種の社会的構築物であり、「社 会的思考や関係性」から作られたものである。異なる人種が、様々な時代に、社会にとって都合 のよい様々な理由によって人種化されている。
④差別の「交差性」(intersectionality):差別は実際には直線的なものではなく、ある個人の アイデンティティの異なる面が差別の複数の軸を作り出すよう交差している。
⑤メンタリングの研究や実践活動におけるナラティヴの重要性:ポストモダン思想が「大きな 物語」に挑戦したことは極めて意義深い。周辺化された存在として生きる個人には当事者によっ てのみ表現されうる固有の展望がある。この物語の過程となるのが「反ナラティヴ」「反物語」
である。26
Weiston-Serdan は批判的人種理論について、以下のように述べている。「批判的メンタリング は批判理論の必須要素、特に批判的人種理論を用いてメンタリングの必須要素を流布することに 注力している。…批判的メンタリングは空気を清浄化し、水を純化するための解決法の一部とな ることを妨げる多くのメンタリングにおける問題を提起しようとしている。青少年が存在してい る文脈を批判的に理解することから始め、メンタリング活動について理解を促す批判的人種理論 やその他の批判理論の基本要素を用いながら、批判的メンタリングは研究を活動主義と抵抗の領 域に発進させるメンタリング研究と実践の次なる段階となっている。先述の批判的人種理論の構
成要素は周辺化を前面中心に置き、文脈の理解を必然化させる。さらに文脈理解の助けを超えて、
これらの構成要素は我々を文脈に直接語りかける様式で、我々のプログラムを向上させる活力あ る行動に導く。メンタリングの仕事は第一に周辺化の複雑性と意味合いを理解し、それから明確 にそれらの問題提起と改革に進んで行かなければならない。」27
3)交差性(Intersectionality)に基づく文化的適切性(Cultural Relevance)
交差性とは、「人種やエスニシティ、ネイション、ジェンダー、階級、セクシュアリティなど、
様々な差別の軸が組み合わさり、相互に作用することで独自の抑圧が生じている状況」をさす。「そ の概念は資本主義、植民地主義、人種主義、家父長制、ナショナリズムといったシステムを分析 する道具であり、社会的不平等、権力関係、社会的文脈、複雑性、社会正義といったテーマに取 り組み、抑圧からの解放を目指す運動論でもある」という28。自身の交差性の認識と共に、アイ デンティティの複雑性を理解し、「大きな物語」(メタナラティヴ)に対する挑戦がなされている。
Weiston-Serdan が批判的メンタリングにおいて特に重視しているのが、交差性の問題である。
「周辺化(marginalization)とマイノリティ化(minoritization)に関する定義において、私はセ クシュアル・アイデンティティ、セクシュアリティ、ジェンダー・アイデンティティの概念を含 めている。これまでの多くの議論において人種的(racialized)アイデンティティや階級につい ては注目されてきている。批判的メンタリングが全ての形態の周辺化に適用されるべきであるな ら、それを抑圧の一隅にのみ採用し使用するのは余りに安易である。歴史的な各種社会運動に対 する私の批判の一つは、本質的にそれらが単一次元であったということである。若い人々によっ て設計され新たに発展しつつある各種社会運動を私が賞賛するのは、それらが我々の周辺化され たアイデンティティが置かれている多様な交差点(intersection)をより多く包摂していること にある。」Weiston-Serdan は、その著Critical…Mentoringの第 4 章を「メンタリングにおける交 差性」と題し、批判的人種理論の交差性の概念に依拠しつつメンタリングにおける年齢、人種、
セクシュアリティの交差性について詳述している。
Weiston-Serdan…は、LGBTQQ はある種の単純化された同一化であり、pansexual からジェン ダー不明(gender…nonconforming)を含む範囲にまで留意されるべきとし、以下のように述べ ている。「交差性(の概念)なしでは、我々のメンタリングは単数の、柔軟性のないものとなり、
周辺化からマイノリティ化されている青少年が直面している多くの挑戦を取り上げることができ なくなる。」29「前述のように、我々の組織は有色人種の青少年のために設立され、結果的に我々 のメンタリングの枠組みは常に批判的なものであった。私は私がメンターとして交流している青 少年には彼等の家庭の文化を反映した、彼らを欠損と見なさず、彼らが誰であるかに対してしば しば敵対的で否定的な世界を生きていけるよう案内するのを助けるメンタリングの関係性が必要 とされていると考えている。」30
批判的人種理論に基礎づけられた交差性への着目は、メンタリングの具体的実践における文化 的適切性の問題として展開されている。Weiston-Serdan…は以下のように述べている。「批判的メ ンタリングは文化的適切性に繋がっている。Ladson-Billings が教育に関する研究で詳述したよう に、メンタリングは我々が我々の青少年がよく教育され必要な資源を与えられるように積極的に
活動する過程にならなければならない。…青少年と共に、彼らが誰であるか、どこから来たのか を理解するよう努め、そうした情報を彼等の経験を映す豊かな機会を打ち立てるために用いよ う。」31
Weiston-Serdan は、上述の①学業成就、②文化的コンピテンス、③批判的意識から構成され る Ladson-Billings の文化的に適切な教育の概念<表 1 >を継承し、「メンタリングと青少年発達 支援の仕事をより文化的に適切にしたいという願いは、メンタリングをより批判的なものに深化 させる手立てとなっている」32という。
<表 1 > 文化的に適切な教育の概要
文化的に適切 同化主義
自己と他者の概念
・教師は自身を芸術家と見なし、教育を芸術 と考えている。
・教師は自身を地域コミュニティの一部と見 なし、教育を地域コミュニティへの返礼と 考え、生徒にも同様のことを行うことを奨 励している。
・教師はすべての生徒が成功できると信じて いる。
・教師は生徒が彼らの地域コミュニティ、国 内的、国際的アイデンティの間を繋げるよ う援助する。
・教師は教育を「採掘」のような「知識を引 き出す」ことと見なしている。
・教師は自身を専門技術者と見なし、教育を 技術的課題と考えている。
・教師は自身を地域コミュニティの一員かど うかとは無関係な個人と考え、学業成就を 地域コミュニティから逃れる手段として奨 励している。
・教師は何人かの生徒の失敗は不可避と考え ている。
・教師は生徒を一つの「アメリカ人」のアイ デンティに同質化させる。
・教師は教育を「銀行」のように「知識を注 入する」ことと見なしている。
社会的関係の概念 ・教師生徒関係は流動的で人間的に同等で、教室を超えて地域コミュニティでの交流に 拡張している。
・教師は全ての生徒と繋がっていることを示 す。
・教師は「学びの共同体」を奨励促進する。
・教師は生徒が協働的に学ぶことを促進す る。生徒は互いに教え合い、互いに応答的 であることが期待される。
・教師生徒関係は固定的で、階層的で、正規 の教室での役割に限定される傾向がある。
・教師は個人の生徒との繋がりを示す。
・教師は競争的学力成就を奨励する。
・教師は生徒に個人的に孤独に学ぶことを奨 励する。
知識の概念
・知識は継続的に再生され、再利用され、教 師と生徒によって共有される。それは静的 でも不変でもない。
・知識は批判的に見られている。
・教師は内容について熱心である。
・教師は生徒が必要なスキルを発達させるの を手伝う。
・教師は優秀性をある種の根本原理を含む複 雑な標準と見なすが、生徒の多様性や個人 の違いを考慮に入れている。
・知識は静的で教師から生徒に一方的に伝え られるものである。
・知識は間違いのないものと見なされてい る。
・教師は内容から距離をとり中立的である。
・教師は生徒が前提となるスキルを示すこと を期待する。
・教師は優秀性を生徒の多様性や個人の違い から独立して存在する根本原理と見なして いる。
(出典:Ladson-Billings,…G.…The…Dream-keepers:…Successful…Teachers…of…African…American…Children,…
Jossey-Bass,…2009,…pp.…38,…60,…89. より)
4)青少年中心主義による批判意識の醸成とプログラム評価
批判的人種理論の交差性と文化的適切性への留意は、批判的メンタリングの実践における青少
年中心主義の貫徹によって実践されている。従来のメンタリング・プログラムにおいてもメンティ の意志を尊重することの重要性は強調されてきたが、それは各ペアの交流で何を行うか等の意志 表明とその尊重、活動の主導性に関する事柄に止まっていた。批判的メンタリングにおいては、
青少年はプログラムの管理委員会ならびに事務局のスタッフとしての地位が確保されると共に、
プログラム評価にも参画している。青少年自身が評価者として参画するプログラム評価では、青 少年自身が定量的評価に加えて面接を含む定性的評価を行い、通常のプログラム評価で表出され る数値では見えてこない事象の理解が留意されている33。
Weiston-Serdan によれば、メンタリング・プログラムにおける青少年中心主義の徹底は、メ ン タ リ ン グ を 中 心 と す る 青 少 年 参 加 型 ア ク シ ョ ン リ サ ー チ…(Youth…Participatory…Action…
Research)の原理にも通底している。参加型アクションリサーチには、UCLA 青少年研究審議 会(UCLA…Council…of…Youth…Research)の指針と適合する以下の原則が提示されている。それ らは、①組織構造の内部に青少年の声を中心におくこと、②青少年を仕事の協働パートナーとす ること、③実際的に互恵的な実践に関与すること、つまりプログラムが青少年の成長を支援する のと同様、青少年もプログラムの仕事について情報を提供すること、④我々全てが確実に目覚め ているよう批判的過程に関与するよう青少年に寄り添うこと、である34。
批判的メンタリングの具体的な実践事例として、以下のような事例が紹介されている。例えば、
音楽に関心のある青少年にメンターが演奏法を教える際、音楽関連の物理学・数学・工学の学習 への誘いがなされ、さらに現代音楽の源泉が学習され、批判意識の発達支援が促されている。例 えば、ミュージシャンと社会問題、音楽と社会運動、背景音楽、自身の役割の自覚等である35。 メンタリングにおいてしばしば話題となる慣習儀礼(respectability…politics)の遵守については、
例えば「成功に導く服装」について、慣習概念や服装に関する専門的知識、入試や就職面接に相 応しい服装について学習する際、同じ服装をしていても白人と黒人等の有色人種への評価基準は 異なるという現実認識と共に、誤解を避け安全を保持するための深い対話と具体的なフォロー アップが行なわれている36。
従来の青少年向けメンタリング・プログラムにおいても青少年中心主義による批判意識の醸成 の必要性が説かれる例がなかったわけではないが、批判意識の醸成を社会変革と直結した実践は 極めて少ない。「我々は一定の成功を収めるかもしれないが、これらの要素を青少年が経済や社会、
政治問題のより広範な批判への関与を支援するよう梃入れしてこなかったという事実は、我々は 長期の戦いに負けたことを意味している。Ladson-Billings が論文で述べているように、学生はよ り広範な社会政治的意識を持つ必要があり、それによって社会的不平等を生み出し保持している 文化的規範や価値、道徳的慣習、制度の批判をすることが可能になる」という37。
こうした批判意識の醸成に留意する批判的メンタリングは、従来のメンタリングとは異なる賞 賛的探究(Appreciative…Inquiry)を行い、プログラム評価において当該組織の欠点ではなく、
美点と強みを明らかにすることに留意している。また、当事者のナラティヴを重視し、目的達成 に向けた自己決定力の習得のための評価として以下の原則から構成されるエンパワメント評価を 行っている。それらは、①向上:プログラムの実践向上を支援する。②コミュニティの所有権:
コミュニティの統制を価値づけ促進する。③包摂:関与、参加、多様性を招来する。④民主的参 加:開かれた参加と公正な意思決定。⑤社会的正義:社会の不平等を問題にする。⑥コミュニティ の知識:コミュニティの知識を尊重する。⑦エビデンスに基く戦略:コミュニティと学問的知識 の両方を尊重し使用する。⑧能力(キャパシティ)形成:関係者が評価・計画・実施する能力を 高める。⑨組織的学習:データを評価や導入実施に適用し、意志決定を伝達する。⑩説明責任:
結果と説明責任の強調、である38。
4.おわりに
批判的メンタリングはマイノリティ、特に黒人等の有色青少年の視点から伝統的なメンタリン グ・プログラムの本質的ともいえる保守性の克服を目指している。「汚染された空気や水への適 応ではなく浄化を」という Weiston-Serdan の言葉は、メンタリングが現行社会の個人的な単な る適応活動に止まってはならず、日常の差別や不公正に関する正確な批判的理解と共に当該青少 年の可能性を拓くことを社会変革に繋ぐべきことを端的に表明している。
従来のメンタリングの多くが出席率や成績向上、非行の減少といった管理的目標を設定し、貧 しい有色青少年が白人の中産階級的価値を受容し同化することで結果的に自らを育んだコミュニ ティからの分離を促し、それを是としてきた。批判的メンタリングにおいては、大人(メンター や保護者、事務局等)による管理的権威主義や植民地統治的視点は否定され、青少年中心主義を 徹底する実践において人種や階級、ジェンダー問題の交差性と共に個人の固有のアイデンティ ティの形成が促されている。ここに批判的メンタリングの核心があり、特に有色青少年をめぐる 問題状況の批判的理解とそうした差別を容認している社会そのものの変革が目指されている。
批判的メンタリングの実践においては当該青少年の文化に根差した交流がなされ、メンティは 事務局業務にも積極的に参画している。メンティも参画するプログラム評価では、定量的評価に 加えて面接を含む丁寧な定性的評価を行うことが留意され、数値では見えない事柄や意味の理解 によってプログラムの改善が図られている。
批判的メンタリングの実践は開始されたばかりである。批判的メンタリングを基礎づける批判 的人種理論およびメンタリングの実践に対しては、それぞれにマルキストから痛烈な批判が加え られてきているが、批判的メンタリングはポストモダンの社会科学理論を適用することでそれら の批判に応答しようとしている。日常的な差別の複雑な交差性に着目しつつ、様々な配慮と工夫 と共に青少年中心主義の徹底を図る批判的メンタリングは、百年以上継続されてきた青少年向け メンタリング運動の進化の歴史に静かな変革をもたらしつつある。
1 本稿の一部は、「Critical…Mentoring に関する考察」『日本社会教育学会第 66 回研究大会プロ グラム要旨集』(早稲田大学:2019 年 9 月 14 日)45 頁に掲載されている。
2 Garringer,…M.…&…Benning,…C.,…The…Power…of…Relationships:…How…and…Why…American…Adults…
Step…Up…to…Mentor…the…Nation’s…Youth,…MENTOR,…2018,…pp.…6-7.
3 DuBois,…D.…and…Karcher,…M.,…eds.,…Handbook…of…Youth…Mentoring,…Sage,…(Second…Edition),…
2014.…拙稿「メンタリング・プログラムとプログラム評価:広島市青少年支援メンター制度 の成果を中心に」『コミュニティ心理学研究』21-2、2018 年。
4 拙稿「生涯発達とメンタリングに関する理論的検討」『日本生涯教育学会論集』31、2010 年。
5 拙稿「青少年向けメンタリング・プログラムの政策的妥当性に関する考察―北米における貧 困の世代間連鎖の阻止に向けた社会的投資収益率の視点から―」『愛知淑徳大学論集―教育 学研究科篇―』第 9 号 2019 年。
6 拙稿「米国の青少年向けメンタリング運動の動向:MENTOR による三つの報告書(2014 ~ 2018)の検討から」 『愛知淑徳大学論集―文学部篇―』第 44 号、2019 年。
7 Bruce,…M.…&…Bridgeland,…J.,…The…Mentoring…Effect:…Young…People’s…Perspectives…on…the…
Outcomes…and…Availability…of…Mentoring,…Civic…Enterprises…with…Hart…Research…Associates…
for…Mentor:…The…National…Mentoring…Partnership,…2014,…p.…12.
8 Ibid.,…pp.…28-29.
9 Garringer,…M.…et…al,…Examining…Youth…Mentoring…Services…Across…America:…Finding…from…
the…2016…National…Mentoring…Program…Survey,…MENTOR,…2017,…p.43.
10 Ibid.,…pp.…44-45.
11 Ibid.,…pp.…45-47.
12 Sanchez,…B.…et…al.,…Race,…Ethnicity,…and…Culture…in…Mentoring…Relationships,…in…DuBois,…D.…
and…Karcher,…M.,…eds.,…op.…cit.,…p.…153.
13 Ibid.
14 Ibid.,…pp.…153-154.
15 Ibid..…p.…154.
16 Colley,… H.,… A… ‘Rough… Guide’… to… the… History… of… Mentoring… From… a… Marxist… Feminist…
Perspective,…Journal…of…Education…for…Teaching,… 28…(3),… 2002.… … Colley,… H.,… Myths… of…
Mentoring:…Developing…a…Marxist-Feminist…Critique,…in……Green,…A.,…et…al.,…eds.,…Renewing…
Dialogues…in…Marxism…and…Education,…Palgrave…MacMillan,…2007.……Colley,…H.,…Learning…to…
Mentor…Young…People:…A…Saintly…Vocation…or…an…Alienating…Experience?,…in…Carpernter,…S.…
&…Mojab,…S.…eds.,…Educating…from…Marx:…Race,…Gender,…and…Learning,…Palgrave…MacMillan,…
2011.
17 グローリア・ラドソン・ビリングズ「第8章人種はいまなお問題である―教育における批判 的人種理論」(松尾知明訳)マイケル・W・アップル他編『批判的教育学事典』明石書店 2017 年 161-164 頁。
18 同上 165 頁。
19 同上 168-169 頁。
20 Lynn,…M.…and…Dixson,…A.…eds.,…Handbook…of…Critical…Race…Theory…in…Education,…Routledge,…
2013.……Taylor,…E.…et…al,…eds.,…Foundations…of…Critical…Race…Theory…in…Education,…Routledge,…
2016.
21 Cole,…M.,…Critical…Race…Theory…and…Education:…A…Marxist…Response,…Palgrave…Macmillan,…
2009. マイク・コール「批判的人種理論と教育」(解説・総括:池上範男)『学校教育実践学 研究』(広島大学大学院教育学研究科附属教育実践総合センター)16 巻 2010 年等を参照。
22 Torie…Weiston-Serdan…Ph.…D.…(https://www.linkedin.com/in/torieweistonphd)….…Weiston- Serdan…T.…Critical…Mentoring:…A……Definition…and…Agenda,…2015.…(https://wordpress.com/
post/62521172/221)….…YMAN(https://www.yman.org/)…等。
23 Sanches,…B.,…Forword,…in…Weiston-Serdan,…T.,…Critical…Mentoring,…Stylus,…2017,…p.…ix.
24 批判的人種理論については、桧垣伸次「批判的人種理論(Critical…Race…Theory)の現代」『同 志社法学』63-2、2011 年を参照。
25 マイケル・W・アップル他編、前掲書を参照。
26 Weiston-Serdan,…T.,…Critical…Mentoring,…Stylus,…2017,…pp.…12-13.
27 Ibid.,…p.15.
28 徐阿貴「Intersectionality(交差性)の概念をひもとく」『国際人権ひろば』137、2018 年 1 月。
29 Weiston-Serdan,…T.,…op.…cit.,…p.…50.
30 Ibid.,…p.…52.
31 Ibid.,…p.…46.
32 Ibid.,…p.…47.
33 Ibid.,…pp.…31-34.
34 Ibid.,…p.…28.
35 Ibid.,…pp.…39-40.
36 Ibid.,…pp.…15-16.
37 Ibid.,…p.…38.
38 Ibid.,…pp.…73-76.
(本研究は JSPS 科研費 18K02294 の成果の一部である)