• 検索結果がありません。

注意、記憶、イメージの特性からみた            看護事故発生要因

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "注意、記憶、イメージの特性からみた            看護事故発生要因"

Copied!
16
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

注意、記憶、イメージの特性からみた

       看護事故発生要因

菊地登喜子、斎田トキ子1)、門脇義江2)、本江喜佐子2)、熊谷恒子2)、石垣ひで2)

       宮城大学看護学部

キーワード 看護事故、事故発生要因、エラー、注意、記憶、イメージ 要  旨

 看護事故の発生要因を明らかにすることを目的に、看護師45名を対象として得られた看護事故の事例延べ 60例について、グランデッドセオリーの分析法を適用して質的分析を行った。その結果、独自に名称を付与 することができた「注意」「記憶」「イメージ」の3つの観点から15の看護事故発生要因が抽出された。「注 意」の観点から「注意巻き込まれ」「注意切り替わり」など6個、「記憶」の観点から「記憶立ち消え」「記 憶断ち切れ」など5個、「イメージ」の観点から「何となくイメージ」「つもりイメージ」など4個である。

見出された事故発生のメカニズムを反映する名称の看護事故発生要因15個について、その根拠を各々事例を もって説明した。3つの観点および15個の看護事故発生要因は、J.リーズンのいう人間の「基本的エラー のタイプ」の「スリップ」「ラプス」「ミステーク」に対応し得ると考えた。看護事故発生要因15個は、実践 現場から抽出され、現象レベルの事故発生メカニズムを意味する名称をもち、かつ基本的エラーという本質 的な心理学的特性と対応することで、看護者が陥りやすいエラー行為を理解し説明する枠組みとして適用し やすく有用であることが示唆された。

The occurrence factors of the nursing accident observed from the characteristics of attention, memory and image,

Tokiko Kikuchi, Tokiko Saita1)Yoshie Kadowaki 2), Kisako Hongoh 2), Tsuneko Kumagai 2), Hide

Ishigaki 2)

Miyagi University School of Nursing

Key Words Nursing accident, Occurrence factors of accident, Error, Attention, Memory, Image

Abstract

In order to clari8 a possibly occurring factors of nursing accident we made the qualitative analyseS of approximately sixty cases of the nursing accidents obtained from aiming at fbrty five nurses,

applying analysis by the method of grounded theory.

As a result of our further study fifteen occurring factors of the nursing accidents were abstracted from the fbllowing three standpoints of view, that is, attention , memory and image fbr which we could give denolninations in our own terms.

In the viewpoint of attention six occurring factors are included such as attention involving and attention changing over . In the viewpoint of lnemory five occurring factors are included such as

memory discontinuing and memory disappearing and also four occurring factors are included in the viewpoint of image such as imaging somehow and imaging to set out .

We gave the denominations to the fiReen occurring factors of the nursing accidents which re且ect the mechanism of accident occurrence in the practical丘elds and explained them based on the cases respectively.

With respect to the three points of view and the丘fteen occurring factors of皿rsing accidents we considered them to correspond to the type of basic error in human being such as slip1 lapse and

mistake , as pointed out by J. Reason.

That the identified occurring factors of nursing accidents were abstracted from the practical fields,

that the denominations which signify the accident occurrence mechanism on the phenomenal level

were given and more than that, that it corresponds to the essentially psychological characte亘stics

of the basic error, suggested it to be useful fbr and applicable to us as a framework to understand

and explain the erroneous actions which fbr nursing practitioners and above all nursing practitioners themselves are particularly susceptible.

1)東北大学医学部病院管理学教室

  Medical treatment administrative room of medical faculty of Tohoku university.

2)東北公済病院  Tohoku Kohsai Hospital.

(2)

はじめに

 医療事故の頻発とその影響が社会問題化してから 既に3年余りが経過した。この間、医療界に産業界 の経営管理手法を適用したリスクマネジメントの考 えが導入され、医療事故に対する安全対策が講じら れてきた。

 リスクマネジメントは、組織で取組む事故防止策 であり、事故を未然に防止することを第一に優先し、

発生した事故については損害を最小限に食い止める 策を講じることを目的としている。リスクマネジメ ントは、事故を個人に帰して責任追及するのではな く、個人のエラー行為に影響し得る組織の欠陥、ま たはリスクは何かを明らかにする必要性を認識する

ことがその出発点である。

 組織のリスクを把握する方法として医療界でもイ ンシデント報告システムが設けられ、個々の病院レ ベルばかりでなく、国レベルでも機能し始めている。

厚生労働省は2001年に「医療安全対策ネットワーク 整備事業」を開始した。この事業は、国立病院・療 養所や特定機能病院の参加施設からインシデント事 例を収集し、その分析結果等を広く医療機関や国民

に対して提供するものである。

 事故の原因および予防対策を分析する方法につい ては、アメリカ国家宇宙局で採用されている4M−

4E方式1)2)やオランダKLM航空で用いられてい るSHELLモデル3)が導入され、その適用が病院 組織で少なからず試みられてきた。

 不幸にして起こってしまった医療事故についても 公表されるようになり、事故によっては有識者を含 めた検討委員会を起こして究明するようになっ たD4川。検討委員会の報告書の中には、これまで

に見られなかった示唆に富むもの5)がある。

 安全管理に向けたアプローチとして医療に応用で きる理論も生まれている。J.リーズンは、組織に潜 むリスクに対する防御と管理を扱った「組織事故」

の考えを提唱した。さらに、ヒューマンエラーをど のようにみるかによって区別した、安全管理に関す る3つのモデル、すなわち、人間モデル、工学モデ

ル、組織モデルを提示した6)。

 ヒューマンエラーの認知科学的アプローチによれ ば6)7)8)9)、エラーとは、「計画された知的または物 理的な活動過程で、意図した結果が得られなかった

すべての場合を包含する。但し、これらの失敗が何 らかの未知の事象による干渉がないこと」と定義さ れている6)7)。この定義から、エラーの概念の成立

には、行為者の意図の存在が前提となっており、運、

不運による行為とは分離する必要があることがわか

る。

 ヒューマンエラーの分類は、確立してはいないと しながらもJ.リーズン7)は、行動的、因果関係的、

概念的という3つのレベルに区分できるとし、その うち、理論的な推論に基づいた概念レベルの分類は、

エラー生成の認知メカニズムに関する仮定を含んで おり、最も有益であろうと述べている。認知段階で の主要なエラーとしては、完全な計画から意図せず に逸脱する行為を意味する注意の「スリップ」およ び記憶の「ラプス」と、行為が計画に従ってはいる が、その計画が期待される目標へ到達するには不適 切であることを意味する「ミステーク」があり、ミ ステークはさらに、よいルールの誤用および悪いルー ルの適用の場合に現れる「ルールベースのミステー ク」と、オンラインで解決策を考えなければならな い場合に現れる「ナレッジベースのミステーク」に

分類されるとしている。

 芳賀は、人間の情報処理過程のどこで失敗が起き たかを分析する方が対策を立てやすいとして、「入

力エラー(認知・確認のミス)」「媒介エラー(判断・

決定のミス)」「出力エラー(操作・動作のミス)」の

3分類を提示している1°)。

 医療事故の研究は、ヒューマンエラーに関するも のを含めて、今後に期待されるところが大であるが、

安全管理体制の基盤となる、かなり広範な調査研究 が始められている。川村を中心とする「医療のリス クマネジメントシステム構築に関する研究」IDの研 究班は、看護者を対象とした全国規模のヒヤリ・ハッ

ト事例1万1千余を集めて分析した。そこから全事 例の31.4%という注射に関するヒヤリ・ハットの実 態を「業務プロセスからみた注射エラーの発生要

因」 2)というエラーマップで示した。さらに、点滴

注射に関して指示受けから投与後の観察まで一連の プロセスで発生する8段階のエラー行為を基に「点 滴注射に関するヒヤリ・ハット事例の分析表」13)を 作成した。

 米国では、ここ10年ほどの間に、医療におけるエ

(3)

ラー行為に着目した研究が増加しており、エラーに よって生じる患者の傷害の程度や規模、費用に関し て医療サービスの面から実際的な考察が行われてい

る14)。

 山内桂子と山内隆久は、列車運転士と看護師の未 然事故の研究において、あらかじめエラーのタイプ を「意図エラー」「計画エラー」「実行エラー」の3 っに分類して作成した「行動モニター・モデル」な るものを用いて、「エラーの気づきの心理過程」を

調査した15)。新人は不慣れな状況での計画エラーを、

ベテランは慣れた状況での意図エラーを起こしやす

いと報告している。

 本研究は看護職が最も主軸になる実践現場の事故 に関して追究したものである。すなわち、看護事故 の発生要因を明らかにすることを目的とし、45名の 看護者から提供された延べ60事例を対象に、グラウ ンデッドセオリーの分析法を適用して、質的、帰納 的に分析を行った。具体的には、データの収集と分 析を螺旋型に進め、データの詳細な記述を通して、

とりわけ、事故の事象そのものの発生メカニズムを 取り込んだかたちの看護事故発生要因を明らかにす

ることを目的とした。

 本研究に取りかかった1990年当時、殆どの病院で は、看護部単独で事故防止に取り組んでおり、いわ ゆる インシデント や ヒヤリ・パッドを含め 看護事故 として扱う傾向にあった。看護事故の 事例を分析してみると、危うかった行為も、看護行 為の隙間に潜む一寸した間違いや思い違いの延長線 上にあることがわかった。しかも日常生活のなかで 起こってくる行為と別のものではなく、それら安全 でない行為の多くは、人間に避けがたい実相である

と受け取れた。

 このような背景のもと、実践現場の事故防止に適 用できる研究もなく、事故はどのようにして起こる のか?といった疑問が必然的に生じてくるなか、

基本に立ち返って探求するという現場の取り組みが 積み重ねられた。事故防止に働く何らかの観点が見 えてくることを期待し、提供された事例を1例1例 丹念に検討する方法で継続した。

 本研究は、看護事故発生要因3種12個が見出され、

1991年に学会発表16)を行った後、検証を行ってきて 1998年に、新たに看護事故発生要因3個が見出され

3種15個となり、その時点で、グラウンデッドセオ リーでいう理論的飽和となったものである。

 看護事故は結果として人命にかかわるものから殆

ど影響のないものまでさまざまである。本研究では、

看護事故とは、指示の受け違いや方法の手違いなど すべてを指しており、また、意図とは異なった行為 が起こってくるのは注意や記憶などの特性に密接に かかわっているため、この範囲にかかわるものまで 含めて看護事故と呼ぶこととする。

研究方法 1.研究対象

  研究対象は、病床数200〜400の病院に勤務して  いて、看護事故に遭遇した経験をもち、本研究に  協力することを承諾した看護者45名によって提供  された、看護事故の事例延べ60例である。すなわ  ち、①本研究に協力することを承諾した看護者に  よって提供された、看護事故の内容、状況の詳細  な記録、及び必要時、②本研究メンバーが、デー  タ提供者にインタビューを行って補足した記録の  全資料を研究対象とした。

  データ提供施設はll病院、データ提供者の事故  発生時の経験年数は3ヶ月〜31年、診療科別にみ  て16科に及んでいた。

2.データの収集

  ①②の記録とも、事故の起こり方が浮き彫りに  なるように、事故の内容、状況ができるだけ詳細  に記述されるよう留意した。但し、①の記述には  限界があり、殆どが②のインタビューを組み合わ  せることで、事実の詳細なデータが得られた。①  に限界があり②を組み合わせた背景には,対象者  にとって、できれば思い出したくない失敗の内容  を、正確かつ詳細に書くという作業は、少なから  ず困難を伴うこと、また、単独では思い出せなかっ  たことも、他者の質問が刺激となって想起される  など、インタビューの効果は大であることがあげ

 られる。

  ①を依頼する時点で、あらかじめ、インタビュー  を行う場合を想定して、次のことを書き添えた。

 事例によってはより具体的な情報が必要となるの  で、これに応じられる場合は名前を記載しておい  てほしい旨の依頼である。

(4)

  ②のインタビューの時間帯、場所は対象者の要 望並びに看護部長の協力を得て、それぞれ設定し  た。病院によっては、勤務終了後5〜6人に待機  してもらう形で協力を得た。インタビューは、研

究を始めた当初は、同じ対象者に事故内容につい  て何度か問い合わせしなければならなかったが、

例数を重ねるうちに1回で終えられるようになっ

 ていった。

 最初のデータ収集・分析は1990年10月〜1991年  1月、その後は1998年まで協力病院から新たなデー

タを得て分析を行うと共に結果の検証を継続して

 きた。

3 データの分析

 事故の事例に関する記録の全資料を分析対象と  し、グランデッドセオリーの分析法を適用して質 的・帰納的に行った。分析に際しては、収集され た事実の詳細なデータを読み込み、浮き彫りになっ た現象の本質をとらえられるように努めた。具体 的には、先ず、看護事故がどのように起こるのか に関する全体の印象や焦点、指標となりそうなも のを記述した。次に、そこから暫定的な概念を導 き、類似性や共通性、異質の共通性等について比 較・検討し、推論を重ねて中核となる概念を取り 出した。その上で概念とデータを行き来させ看護 事故発生要因を抽出し精選した。

 なお、看護者のタスクや行為は連続しており、

そのなかにいくつかの看護事故発生要因が含まれ る場合があるが、また、複数の看護者が関与した ものはどちらに焦点を当てるかで異なった看護事 故発生要因が導かれる場合があるが、本研究では、

提供された看護事故の事例において、提供者自身 が失敗の行為として記述しているところに焦点を 当てて扱った。結果として、1事例に1看護事故

発生要因が抽出された。

 看護事故発生要因として浮き彫りになったもの には、事故の発生メカニズムを包含する名称を付 した。命名に際しては、互いにダブリがなく、区 別され得るように留意した。結果として、厳密な 意味で相互排他的とは言えないが、1つの看護事 故発生要因の意味するところが複数のものにまた がることなく、互いに識別し得るものとして分類 することができた。そして、新たな事例から新た

な名称が生まれてこない、すなわち、理論的飽和 に至るまでデータ収集と分析を繰り返し行った。

 質的、帰納的な研究方法としての信頼生と妥当 性を高めるために、データの収集と分析を繰り返 す一連の作業において、研究メンバー全員がイン タビューとデータの記録及び分析の訓練を行い、

常に討論を重ねながら進めた。

結  果

 看護事故の事例を分析した結果、「注意」「記億」

「イメージ」の3種の特性と、事故の発生メカニズ ム的な意味を包含する、15個の看護事故発生要因が 見出された。「注意」の特性における①「注意巻き 込まれ」、②「注意掛け持ち」、③「注意切り替わり」、

④「注意空白」、⑤「注意先急ぎ」、⑥「注意狭まり」

の6個、「記憶」の特性における①「記憶断ち切れ」、

②「記憶立ち消え」、③「記憶居座り」、④「記憶立 ち入り」、⑤「記憶入り混じり」の5個、そして、

「イメージ」の特性における①「何となくイメージ」、

②「つもりイメージ」、③「まさかイメージ」、④

「けげんイメージ」の4個である。

 現象に基づいて抽出し、現象に適合する名称を付 与した「注意」「記憶」「イメージ」の3つの観点と 看護事故発生要因15個の各定義、及びそれらの根拠 となる事例の概要を一覧表で示す(表参照)。以下、

各々について、その意味するところを述べ、根拠と なる事例を示して説明する。

A.注意の特性からみた看護事故発生要因

  「注意」とは、意図した行為を遂行するために、

 その行為に必要とする意識を向ける認知作用をい  う。意図した行為を遂行する過程において、何ら  かのかたちで、その行為に必要とする意識が向け  られないまま進行すると、注意のコントロールの  乱れに関して以下のような事故発生を招くことと

 なる。

 ①  「注意巻き込まれ」とは、相手の反応に促さ   れるかたちで表面的に同調して行動する場合に   起こる事故の発生要因をいう。相手の示した反  応につられ、無意図的に即座に相手の動きに乗っ   てしまい、肝心なところで主体性を失うことに   なる。胃透視の患者を取り違えそうになった事   例で示す。

(5)

表 注意、記憶、イメージの特性からみた護事故の発生要因と事例の概要

看護事故発生要因 定   義 事      例

注意巻き込まれ 相手の反応に促され同調し

順番待ちの患者名を呼んだ際、姓を呼んだところ、患者集団の

て行動する なかで ,私でずと頷く患者の反応に巻き込まれ、名まで呼ばず

に違う患者を案内した。

注意掛け持ち

二つの状況に注意が向く結 傍らのナースのケアに関する会話1こ時々加わりながら点滴の準 果どちらにも集中できない 備をして、1つのボトルに2人分の抗生剤を混入してしまった。

注意切り替わり

ある注目状況に別の状況が

小児の麻酔覚醒の介助中、新品のストレッチ†・一が運び込まれ、

加わり無意識に注意の焦点 それにドクターとナースが引きつけられたなか、患児が突然起

が移る き上がり手術台から転落しそうになった。

注意空白 注意の焦点が一瞬なくなり

調剤後分包する段で、調剤プロセスが意識から抜け落ちたこと 気がつくと行動が進んでい に気づき、薬剤の種類と量を間違いなく調合したか確信が持て

ない状況となった。

注意先急ぎ 注意の方向が先々へ移り目 記録と申送りに間に合わせようと、何人かの患者の諸計量と観

下の作業が疎かなまま行動 察を次々と行っていたなか、自動輸血ポンプのエア抜き後の三

、思 が進む 法活栓を閉じたままにしてしまった。

注意狭まり 目下の作業しか眼中になく

点滴の準備に精一杯で、処方変更の指示簿を確かめず、昨日と 関連情報の推測や照合がで

同様の薬剤を詰めてしまった。

きず正しい情報が使えない

記憶断ち切れ

行動の流れが中断され情報

電話で呼び出され申送りを中断しその場を離れた。電話終了後、

伝達や遂行すべき行為を忘

中断した申送りを想起することなく、別の仕事に入ってしまった。

れる

記憶立ち消え

情報伝達や遂行すべき行為 患者の要望により時間を早めて睡眠剤を投与したことを受け持

を一時保留しているうちに ちナースに伝達しようと保留していて忘れてしまった。

忘れる

記憶居座り 一 連の行動リズムに乗って

1人の患者は指示が違うのを確認しておいたのに、3人の手術

変更前のパターンや情報を

患者の処置を順調に進めるうちに他の2人の患者と同様の約束

使う 処方で行ってしまった。

記憶立ち入り

変更前の情報に関連した刺 注射中止の申送りを受けたが、それを知らないナースが準備し 激が介在し変更前の情報で

た注射器をみて実施してしまった。

行動する

記憶入り混じり

新旧の情報が混同し正確な 抗生剤名と1gとだけメモした新人ナースは、準備の際昨日の 情報が使えない

抗生剤名と2gとだけ書いたメモをみて2gの規格の抗生剤を

溶解してしまった。

何となくイメージ 専門的な判断が必要だが問 新人ナースが夜間の見回りで患者の胸腔ドレナージの自然抜管 題にすることなしに行動す をみたが、日勤帯で抜管する予定から先輩の判断を仰ぐことな

<そのまま見回りを続けた。

つもりイメージ 憶測や想像で勝手に納得し 訊き方の不備から、指し示された間違った児を、 なるほど似

て行動する

ている と思いながら、面会にきた父親の児のつもりで、ネー

ムカードの色だけを確認し、名前を確かめずに面会させた。

1

まさかイメージ

正確な情報が必要だが間違 いが起こることは先ずない

皿管縫合に血管用クリップを用いたが、  形成の手術でクリッ

プが残ることはない、ドクターもクリップを残して傷を閉じる

と決め込んで行動する はずがない という気持ちがどこかにあって、皮膚縫合時クリッ ブを数えなかった。

けげんイメージ

疑問を抱きながらも行動を 患者の状況から術前処置は済まぜてあるはずと思いながら、患

進める

者が「注射はしていない」と応えたのをけげんに思いながらも

済んでいる注射を行った。

(6)

 事例A−1

  レントゲン室勤務のAナースは、胃透視の検査の  順番が回ってきたa患者をレントゲン室に呼び入れ  ようと、レントゲン室のドアの前に立ち、廊下のベ  ンチに腰掛けて検査の順番を待っている10人ほどの

 患者集団に向かってa患者の名前を呼んだ。Aナー  スが次の検査の患者を呼ぶのにドアの前に立つと、

 殆どの患者が一斉に患者の名前を呼ぶAナースに注  目する。この時も、Aナースが患者の名前を呼ぶが  早いか、患者は皆Aナースのほうを注目した。Aナー  スは常に患者をフルネームで呼ぶように心がけてい  たが,この時は、a患者の姓を呼び、名を呼ばない  うちに、「私ですよ」と合図するように頷く患者と  目が合った。その反応にAナースも「aさんですね」

 と気持ちで応じ、レントゲン室に誘導した。患者は  指示に従ってバリウムをもち検査台に立った。カル  テで想像していた患者よりも若いことなどを疑問に  思った医師が発した言葉で、あらためて患者を確か

 めたところ、患者違いであることがわかった。

② 「注意掛け持ち」とは、二つの状況に同時に  注意が向く結果として、どちらにも集中できな  い状態になり、注意が分散したその隙間に起こ  る事故の発生要因をいう。ある状況に注目して  いるところに別の状況が飛び込んできたため、

 両者に注意を注ぐことによってどちらにも集中  できず、結果、行為がおろそかになり中途半端  になってしまう。2本の点滴ボトルに各々混入  するはずの2つの抗生剤を1本の点滴ボトルに  詰めてしまった事例で示す。

 事例A−2

  Bナースは同じベースの薬液に同じ抗生剤を混入

 する2人分の点滴ボトルの準備をしていた。2本の

 ボトルに各々患者名を書き、処置台に2本並べてお  いた。最初は左側に置いたボトルから溶解用に点滴  液10mlを吸い上げ抗生剤を溶解したものを左側のボ  トルに返した。次は右側のボトルからベースの薬液  を吸い上げ抗生剤を溶解するのだと自分自身に言い  聞かせながら、かつ、直ぐ傍らで患者のケアを話し  合っている2人のナースの会話にも時々加わりなが  ら準備の手を動かしていた。抗生剤の溶解液を注入  し終わるところで、ふとボトルに目をやると手元の  ボトルの色がいつもより、強い黄色みをおびて見え

 た。疑問に思ってよくみると、右側のボトルに注入  すべき抗生剤をすでに混入済みの左側のボトルに注

 入していた。

③ 「注意切り替わり」とは、ある注目している  状況に、別の注意をひく状況が加わり、無意図  的に注意の焦点が別のものに移ってしまう場合  に起こる事故の発生要因をいう。麻酔覚醒時の  ケア中の幼児が危うく手術台から転落しそうに  なった事例で示す。

 事例A−3

  手術室のCナースは、全身麻酔で手術を受けた男

 児がそろそろ覚醒するころだと思い、ベッドプール  にストレッチャーを取りに行った。手術台の回りに  は、男児の頭の方で麻酔覚醒の介助に当たっていた

 Zドクターと、男児の左側で病棟へ送る準備をしよ  うとしていたDナースがいた。Cナースがストレッ

 チャーを手術室に移動させてくると、手術室内にい

 た数人から一斉に感嘆の声があがった。そのストレッ

 チャーは今回はじめて使用する新品の黄色い囲い枠  がひときわ目立つものだった。真新しく予想もしな  い鮮やかな黄色の搬送用ベッドということで話がは

 ずんだ。Cナースはストレッチャーを、手術台と間

 隔を空けて男児の右側に平行に並べてから、病棟へ

 患者迎えの電話をかけるため、再度その場を離れた。

 Dナースは男児の左側から右側に移動して、手術台

 とストレッチャーの間に入った。手術直後なので男  児がまだ動かないから大丈夫という気持ちと、通常  は覚醒しているころなので何時動き出してもおかし

 くないという気持ちがあった。Dナースはいま自分

 の左手側に頭があり右手側に足を向けて横たわって  いる男児を、自分の身体を手術台に寄せることで保  護しながら、反対側にある点滴スタンドからボトル  をはずして、それをストレッチャーのスタンドに掛

 けようとしていた。周囲では黄色い真新しいストレッ  チャーにまつわる話が続いており、そのストレッチャー

 の方へ何回か目をやっていた。Zドクターも術直後  とほぼ同じ男児の頭側の位置に立って話に加わって  いた。その時突然男児が動き出して、Dナースの右  手側から手術台とストレッチャーの間に転落しそう  になった。

④  「注意空白」とは、注意の焦点が一瞬意識か  ら離れ、気が付いてみると行動している場合の

(7)

事故の発生要因をいう。目下の行為に注意を傾 注していたはずであるが、行為のプロセスに意 識の空白部分が生じ行動だけは継続している状 況である。行為への意識の向け具合という点で、

先の「注意掛け持ち」、「注意切り替わり」の同 線上にある事故発生要因である。言い換えれ ば、同一線上にあるこれら3つの看護事故発生 要因は、注意の配分のバリエーションに付与し た名称ということができる。そのうち「注意空 白」は多分に単調で自動化しやすい業務中にお いて、別のことに意識が占有されてしまうこと で起こってくるという特徴がある。調剤で散剤 の計量を行った自覚が殆どないにもかかわらず、

分包の段階まで行為が進んでいた事例で示す。

事例A−4

  Y診療所では、ドクターが不在の場合、医師の指  示を受けている約束処方の範囲でナースが薬の調剤  を行う。その日もEナースは、上気道炎の患者に処 方された内服薬の調剤に取りかかった。調合した散

 剤を薬包紙に分包する段階になった時、Eナースは、

 処方されている6種類の薬剤を1種類1種類間違い

 なく薬品棚から取り出し、各々量を正しく計量して

 調合したか確信がもてないということが起こった。

 ちなみに、分包しようとしている散剤の全量を計っ  てみると、6種類2日分の処方どおりの量であった。

 しかし、6種類の薬剤を間違いなく計量して調合し  たかを思い返してみても、分包前までの行為のプロ  セスが意識からすっぽりと抜けてしまっていた。気  が付いてみると調剤が済んでしまっていたというの  が実際のところであった。この日は診療報酬の請求  書を仕上げなければならないことになっており、間  に合うかどうか心配だっただけでなく、調べなけれ  ばならない点数があるなど、Eナースは診療報酬の

 書類のことで頭がいっぱいだった。

⑤  「注意先急ぎ」とは、注意が行動の先方にあ  る目的に置かれ、目下の行為である手段に対す  る注意がおろそかになって行動が進んでいく場  合の事故の発生要因をいう。いくつかの要素で  構成されている一連の行動を、比較的短時間で  順次遂行していかなければならない時、先々の  行動に注意が向かい、結果を得るための手段と  なった行動には注意が向けられにくく、結果と

 して手段としての機能を果たした後の状態を復  元しないままになる場合の事故の要因である。

 エア抜き後の三方活栓の開け忘れの事例で示す。

 事例A−5

  Fナースは、自動輸液ポンプを用いて3種類の薬  剤の持続点滴を行っているb患者を受け持った。日

 勤帯の終わりに、種々の計測及び状態観察を行った  が、その日も準夜勤者への申し送りの時間が迫って  いた。いつものように、先ず三方活栓を閉めて、自  動輸液ポンプのエアを抜き、点滴の残量を測定し、

 尿量を測定した。まだ、別の病室のd患者の観察・

 ケア・諸測定が残っていた。それが済むとナースス  テーションに戻って、一気に記録の整理に取りかか  ることになっている。時間がおしているなかで、少

 しでも早く終わらせようと、これら一連の行為を次々  に済ませていった。申送り後準夜勤のGナースがb

 患者の病室を訪れ、点滴が落ちていないのに気づい  た。調べたところ三方活栓が閉じられたままになっ

 ていた。

⑥ 「注意狭まり」とは、目下の行動の遂行しか  眼中になく、関連情報の推測や確認まで意識が  広がらず、正しい情報が使えない場合の事故の  発生要因をいう。点滴を準備することに精一杯  で、予測された指示の変更を調べることには、

 意識が向かなかった事例で示す。

 事例A−6

  Hナースは、日勤の終わりに、受け持ちのc患者

  の容態が変化したので、それがリーダーから準夜勤

 者へ申し送られドクターの来棟を待ってc患者の診  察が予定されていること、したがって、現在の注射

  の指示が変更されるであろうことを知っていた。翌

  日、日勤で注射係になっていたHナースは、出勤後、

  多くの定期処方の点滴に薬剤を混入しなければなら   ないなど、業務をこなすことに精一杯だった。当然   変更されているであろうc患者の指示を処方変更者   の指示簿がおかれている所定の場所で確かめないま   ま、日勤の申し送り前に、昨日と同様の点滴の薬液

  を詰めてしまった。

B.記憶の特性からみた看護事故発生要因

  「記憶」とは、意図した行為の遂行に必要な情  報を適切に想起して使う認知作用をいう。意図的  行為の遂行において、突然の行為の中断、情報の

(8)

保留を余儀なくされる場合、また、類似した状況 や同じような行為の繰り返しの場合、さらには、

その組み合わせが比較的頻回に変化する場合など、

行為の遂行に必要な情報を適時適切に想起して使 用することができなくなり、下記のような「記憶」

にかかわる事故発生を招くこととなる。

① 「記憶断ち切れ」とは、伝えようとしている  情報や行おうとしている行為を、別の事態の介  入によって中断させられ、続行することを忘れ  てしまう場合に起こる事故の要因をいう。臨床  現場では、1つの行動の進行中に、待ったなし  に別の事態が介入し、先の行動が完結しないう  ちに、新たな行動の開始を余儀なくされること  が少なくない。行動の流れを突然断たれ、別の  行動を要求されて、一時的にせよ意図していた  記憶が途切れてしまうのである。二重与薬となっ

 た事例で示す。

 事例B−1

  手術室のAナースは、検査後のa男児に指示され  た座薬を挿入した。病棟からa男児を迎えに来たB

 ナースに検査中の男児の状況を申し送った後、実施  済みの報告と記録を続けて行おうとしていた。その  時、Aナースに電話が入って、申し送りが中断され  た。Bナースは、検査中の経過の報告を受けており、

 ドクターの指示も記載されていることから、Aナー  スが戻るのを待たずにa男児を連れて病室へ帰った。

 Aナースは電話を終えると、すでに他のナースが始  めていた検査後の後片付けに加わった。程なく、A  ナースは、Bナースへの申し送りが中途であったこ  とを思い出し、直ちに病棟に電話をしたが、病棟に

 おいてもすでに座薬が使われていた。

② 「記憶立ち消え」とは、伝えようとしている  情報や行おうとしている行為を、その場の状況  などから止むを得ず一時保留にしているうちに、

 忘れてしまう場合に起こる事故の要因をいう。

 相手が不在であったり、別の事態が生じたりし  た結果として、必要な情報の伝達や行為の遂行  を先延ばしにせざるを得ない場合である。止む  を得ず先延ばしにするのであるが、そうしてい  ること事態、いつの間にか記憶が薄らいでしま  うこととなる。薬剤の二重投薬の例で示す。

 事例B−2

  Cナースは、不眠で臨時薬が処方されているb患  者に21時定時投与の睡眠剤をb患者の希望で、20時  に投与した。睡眠薬が投与済みであることをb患者

 の受け持ちであるDナースに口頭で報告するつもり

でいたが、ナースステーションで顔を合わせても、

 Dナースは忙しそうでCナース自身にも次々と業務

 が続いて、報告できないでいるうちに忘れてしまっ

 た。21時になって、Dナースはb患者に睡眠剤を投

 与した。

③ 「記憶居座り」とは、一連の行動の流れのな  かで、一部に変更された情報があり、それを得  ているものの、全体の行動のリズムに乗って業  務が遂行され、従前の情報が使われてしまう場  合の事故の要因をいう。業務ないしは行動の流  れを構成している要素が、細かな情報を含めて  全体的にパターン化されて組み込まれているた  め、流れに乗ってしまうと、変更があった部分  に意識が向けられないでしまう。約束処方の一

 部が変更している患者に出されている指示をチェッ

 クしていながら、約束処方のメニューで注射し  てしまった事例で示す。

 事例B−3

  耳鼻科の手術を受ける患者3人を受け持ったEナー

 スは、朝出勤して直ぐにドクターのオーダーを見て、

 3人の患者のうちc患者だけは点滴の主要な薬剤が

 通常の約束処方と違う指示が出されているのを知っ

 た。午後3人の患者を次々に手術室へ搬送した。術

 後の患者を手術室から迎えて、指示の注射・処置を  するという術後の看護行為を慌しいなかにも、段取  りよく順調に進めていた。c患者に注射をする時間  がきて、通常の約束処方の点滴を行った。記録する  ために診療チャートを開いたとき、c患者には別の

 指示が出されていたことを思い出した。

④ 「記憶立ち入り」とは、変更前の情報に結び  ついた刺激の介在によって、新しい情報が排除  され、変更前の情報に切り替わって、行動が遂  行される場合の事故の発生要因である。新しい  情報を得ているものの、以前の情報が比較的不  意に表れた場合、馴染んだことのほうに誘導さ  れるかたちとなって優位に作用してしまう。中  止になった注射が施行された事例で示す。

(9)

 事例B−4

  FナースはGナースと共に準夜勤で申し送りを受  けるなかで、d患者に昨日まで行われていた20時の

 注射が中止になったことを知った。この日の準夜帯  で行う注射の準備は、日勤を延長して勤務していた

 Hナースが行った。FナースとGナースがナースコー

 ルなどで忙しく動き回っているうちに20時がきた。

 Fナースは急いでナースステーションに戻り、用意

 されてあった注射トレイをもって病室へ行き、次々

 と注射を実施した。最後の1本は5ccの注射器に詰

 められた注射液で、その薬液名の注射はこのところ

 d患者にしか指示されておらず、昨日の準夜帯でも

 Fナースがd患者に施行した薬液と同じものだった。

 Fナースは何のためらいもなくその薬液をd患者に

 注射した。Hナースが中止になったとは知らずに、

  d患者の注射として準備したものであった。

⑤ 「記憶入り混じり」とは、新しい情報と古い  情報が混同してしまい、正しい情報が使われな

  い場合の事故の発生要因をいう。類似した状況、

 類似した業務においては、時間的にも空間的に   も情報が混同してしまい識別ができなくなる。

  2種類の規格がある抗生剤を指示とは違う質量   の抗生剤で準備しようとした事例で示す。

 事例B−5

  入職して数ヶ月の1ナースは、朝申送りを受けた

  時、その日受け持ちのe患者に指示されている抗生

  剤は、1gと2gの規格があるが、指示は1gとい

  うことを、持っていたメモ帳に抗生剤名と量をメモ   した。必要なケアや処置を済ませ、1ナースが抗生   剤の注射を準備していたところ、朝一緒に申し送り

  を受けた先輩のJナースから、e患者に指示されて   いるのは1gであり、いま詰めているのは2gであ

  るから違うと指摘された。1ナースは驚いてメモ帳

  を開いて見た。抗生剤名と2gのメモがあった。メ

  モ帳の別の頁には抗生剤名と1gのメモがあった。

  どちらの頁にも日付も患者名も書かれていなかった。

  とにかく量を間違ってはいけないと昨日も今日もメ   モをとったのだった。1ナースは一瞬どうなったの

  かわからないと言った。

C.イメージの特性からみた看護事故発生要因   「イメージ」とは、与えられ受けとった情報に  よって行為の遂行に必要な現実に即した推論を構

成する認知作用をいう。行為の遂行に必要な推論 を働かす過程において、どこかで現実とずれたか たちで自分なりに正当化してしまい、修正に必要 な確かめに至らないまま、行為が進む場合に、

「イメージ」にかかわる事故発生に至ることにな

る。

① 「何となくイメージ」とは、根拠に基づいた  判断が必要であるが、何ら気を止めることなく、

 何となく行動してしまう場合の事故の発生要因  をいう。臨床現場で特に専門的な判断が求めら  れるところを確信のないまま、他者に援助を求  めることをせず、不用意に行動してしまったり、

 熟練者の行動を見て安易に行動してしまうこと  で発生する事故の要因である。自然抜管した胸  腔ドレナージに対して処置を施さなかった事例

 で提示する。

 事例C−1

  卒後8ヶ月ほどのAナースは、準夜勤からの申し

 送りで、a患者が施行されている胸腔ドレナージが  翌日抜管されることになっていると伝えられた。A  ナースが深夜帯で2回目の患者の看まわりをしてい

 た3時頃、a患者の胸腔ドレナージが抜けているの

 を見つけた。Aナースは,日勤帯で抜くことになっ  ているし、あと何時間でもないから、そのままでい

 いと考え、B先輩ナースにも報告せず、そのまま患

 者の看まわりを続けるべく次の病室へと向かった。

 程なくa患者自身からのコールでB先輩ナースがa  患者を訪れ、しかるべく対処された。

② 「つもりイメージ」とは、憶測や想像で疑い  を持たずに行動を進めていく場合に起こる事故  の発生要因をいう。確かな証拠も判断基準もな  いまま、おそらくそうだろうと憶測で情報を解  釈し、行動をとる場合である。根拠の乏しい独  善的な解釈で情報を発展させ、強化させて自信  を持って行動することも少なくない。出生後間  もない新生児を初めて訪れた父親に、違う児を  面会させてしまった事例で示す。

 事例C−2

  Cナースは、朝の申送りで深夜1時に生まれたb

 新生男児は酸素吸入をしていると報告された。申送

 り後間もなく、bの父親が面会に来て「酸素吸入を  していると聞いたが、どうか」と、ナースステーショ

(10)

 ンにいたCナースにたずねた。担当のスタッフに案  内してもらおうとしたが、忙しそうだったので、C  ナースは自身で対応しようと、bの父親を案内して  新生児室へ行った。新生児室にいたDナースに「酸  素吸入をしている児はどの児かな」と声をかけ、新  生児室内のコットを見わたした。「その児です」と  いう返事と共に指し示された児をみてCナースは、

 面会にきたぷっくりと丸めの父親に、児も丸まる太っ  ていて「なるほど似ているなあ」と思いながら、ネー

 ムカードを男児のブルーと確認した。チアノーゼは  口唇にわずかに残っているが、面会の間ぐらいは大  丈夫だと判断し、酸素吸入をはずして児をコットご  と窓側に移した。bの父親にも「酸素はなくても大  丈夫ですね」と話し、その場を離れた。間もなく看  護助手から、Cナースは、「あのお父さん、赤ちゃ  んの名前が違うと言っています」と告げられた。C  ナースが新生児室へ行って児を確かめると、父親が  見ていた児のネームカードにはcの児と記されてい

 た。Cナースは新生児担当のDナースが酸素吸入中  の児の名前を間違えたのではないかと不安になり、

 「酸素吸入中の児はbさんの児ではなかったの?」

 とたずねた。新生児室担当のDナースから「bさん  の児はもう酸素を止めていました」という返事が返っ

 てきた。

③ 「まさかイメージ」とは、正確な情報を得る  必要がある時に、事実の確かな証拠を取らずに、

 間違いが起こることは先ずないと決め込んで行  動する場合に起こる事故の発生要因をいう。事  実を裏づける行動の追及が可能であっても、ま  た、それをするのがよいことはわかっていても、

 間違いになるはずはないとおし進めていき事故  に陥る場合である。確固たる判断を欠き、曖昧  にしたまま進める点では、「つもりイメージ」

 と同じであるが、「まさかイメージ」は、臨床  の場における煩雑さを逃れるためのかすかな願  望が秘められていると言える。したがって、疑  問を残しているというわけではないが、このま  ま遂行するには、どこかですっきりしない部分  を残している。この点で区別される。形成外科  手術の皮膚縫合時、クリップの個数を数えなかっ  た事例で示す。

 事例C−3

  前腕開放性骨折の急患が入院し臨時手術となった。

 整復固定を行った後、血管神経の縫合となり、マイ  クロセットを使った。血管縫合時に血管用クリップ  を用いたが、セットに入っているものだけでは足り  ず、途中で単独包装のクリップを出して使った。ク

 リップには大・中・小・シングル・ダブルの種類があ

 り、いろいろの種類のクリップをシャーレの中に入  れて手術に使用していた。直接介助に当たっていた  Eナースは、使用後にはずされて器械台に戻ってき  たクリップの数も、未使用で器械台に残っているク

 リップの数も、どちらも正確には数えていなかった。

 前腕部の腫脹があって傷が深く、使われているクリッ

 プが表面からは見えなかった上、術者は2箇所の傷  を手術しており、どの部にいくつクリップを使って  いるかを把握していなかった。傷を閉じる段になっ  ても「形成の手術でクリップが残ることはない。医  師もクリップを残して傷を閉じるはずはない」とい  う気持ちがどこかにあり、シャーレに入っているク  リップの数を数えなかった。傷を閉じた後、植皮へ  移行し、手術終了となった。レントゲンを撮ったと  ころ、クリップが1個残っているのが見つかり、摘

 出する手術を行った。

④ 「けげんイメージ」とは、ある情報や行動に  対して疑問を抱きながらも、先を急ぐ業務の流  れのなかで行動しているために、確かめなけれ  ばならない気持ちを持ちながら、進めてしまう  場合に起こる事故の発生要因をいう。半信半疑  といった状態を引きずりながら行動するのであ  る。「まさかイメージ」はすっきりしない部分  と煩雑さの回避があるが、根底には少なからず  楽観ムードが流れている。しかし、「けげんイ  メージ」はより不確実で不安定な気分を引きずっ  ていると言える。手術室へ搬送する患者の準備  状態から「注射済みでは」と疑念を抱きながら  も、必要な確かめをしないまま注射を行い、二  重投与となった事例で示す。

 事例C−4

  Fナースは、その日病室をいくつか受け持ってい

 るほか手術患者の担当だった。受け持ち患者の病室

 で排泄の介助をしていた時、「手術室に患者さんを

 下ろしてください」と大きな声で伝達され、「はい」

(11)

と答えたものの手が離せなかった。ややあってから、

手術患者の病室へ向かおうとすると、すでに患者は ストレッチャーに横たわり、ナースステーションの 前に置かれていた。通常は排尿を済ませ、指示の注 射をしてからストレッチャーに移すことにしている ので、患者に「お小水は済ませましたか」とたずね ると、患者は「済ませた」と言い、「お尻に注射し ましたか」には「していない」という返事が返って きた。Fナースは排泄が済んで、ストレッチャーに 移乗していれば、通常は、それより先に行うことに なっている注射をしないことはないと、疑念を抱い た。が、他のナースは皆ケアのために病室に入って しまっており、また、時間が遅れ気味なので早く手

術室へ搬送しなければならないという思いがあった。

そんな中で、患者が「していない」というのだから、

と他のナースに確かめないまま、疑問をもちながら 注射を実施した。後で、実際には既に注射もすませ

てあったこと、患者は「していない」と答えたが、

腎部ではなく上腕に行っていたことがわかった。

考  察

1.「看護事故発生要因」の「基本的エラーのタイ プ」との対応

 本研究の結果、独自に名称を付した注意、記憶、

イメージの特性の観点3つと「看護事故発生要因」

15個が見出された。これは、「ヒューマンエラー」

の理論において、J.リーズンが提唱している人 の不安全行為から「違反」を除いた「基本的エラー

のタイプ」の「スリップ」「ラプス」「ミステーク」

と対応すると考える。すなわち、「注意」の特性 にかかわる6個は「スリップ」に、「記憶」の特 性にかかわる5個は「ラプス」に、「イメージ」

の特性にかかわる4個は「ミステーク」にそれぞ れ対応する。ここでは、各特性における看護事故 発生要因の「基本的エラーのタイプ」との対応に ついて図示し(図参照)、以下、その対応関係を、

いくつかの看護事故発生要因を取りあげ、各々の 根拠に用いた事例をもって説明する。

A.「注意」の特性にかかわる看護事故発生要因  6個と「スリップ」の対応

  ここでは2個の看護事故発生要因を取りあげ  る。まず、「注意巻き込まれ」と「スリップ」の  関係について、レントゲン室での患者違いの事  例A−1でみてみよう。Aナースには、胃透視  の順番が回ってきたa患者をフルネームで呼ん  でレントゲン室に入れるという「意図(計画)」

 があった。しかし、実際には姓を呼んだところ  で、「自分だ」と合図を送るように反応した患

「看護事故発生要因」の「基本的エラーのタイプ」との対応

注意巻き込まれ 注意切り替わり 注意掛け持ち

簗㌶藁撲鷲㌶ 竃

灘濠響鱗

注意空白 注意先急ぎ 意図されて

いない行動 注意狭まり

嶽灘㌶蘂≧嚢 記憶断ち切れ

記憶立ち消え

記憶居座り

{ 、  ノウA

・やだ,   ラプス     麟

記憶立ち入り 記憶入り混じり

不安全行為

         z 凸か

バllこ蕊ぷ霧鞭≡!lξ蟹

何となくイメージ

講い弓

躍紗惑紘㌶捲

つもりイメージ

意図された 行動

;,漂蕊惣ト瀕.㍗;熟・2   、俗、,

ミステーク

イメ|ジ

まさかイメージ

       ㌶繧ご二

㌘灘璽灘蕪灘 けげんイメージ

違  反

(12)

 者を、名を呼ばないままレントゲン室に入れて  しまい、患者違いが起こった。その失敗の行為  をみると、Aナース自身が行為の隙間に無意識  的に相手の反応に乗っかってしまった結果とし  て、意図と行為が乖離してしまっているのがわ  かる。すなわち、「注意巻き込まれ」は、意図  (計画)は適切であるが、計画どおり行為を実  行することには失敗という「スリップ」の意味  するところと一致する。行為の実行段階で現れ  た「意図されていない」行動であるところも

 「スリップ」と一致する。

  次の「注意掛け持ち」と「スリップ」の対応  についても同様のことがいえる。事例A−2で  説明する。Bナースは同じベースの薬液に同じ

抗生剤を混入する2人分の点滴ボトルを準備す  る「意図(計画)」で、薬剤混入の行為を実行  していた。しかし、傍らで患者のケアについて  話し合っている2人のナースの会話にも時々加 わりながら薬剤混入の手を動かし、結果として、

 意図(計画)どおり行為を実行することに失敗  してしまった。この失敗は、Bナースの注意が 別々の状況に向いた隙間に、意図と行為の乖離 が起こったことに起因している。すなわち、看 護事故発生要因の「注意掛け持ち」は、意図  (計画)は適切であるが、計画どおりに行為を

実行することには失敗という「スリップ」の意 味するところと対応しており、行為が実行段階 で「意図されていない行動」として現れている のも「スリップ」と対応している。

B.「記憶」の特性にかかわる看護事故発生要因  5個と「ラプス」の対応

  「記憶断ち切れ」と「ラプス」の関係を事例  B−1で説明する。手術室のAナースは、病棟 のBナースへの申し送りに際し、術後のa男児 に出された座薬の指示が「実施済みであること を申し送る」、「実施済みの記録を申し送りなが

 ら書く」ということを「意図(計画)」していた。

 しかし、a男児を迎えにきた病棟のBナースに  申し送りを行っている途中の突然の電話で申し 送りの中断を余儀なくされた。その後、電話を 終了して手術室内に戻っても、申し送りのこと は想起されず、Aナースは、手術室の後片付け

の作業に取りかかってしまい、申し送りを計画 どおり実行できなかった。その失敗は、突然の 行為の中断で意図していたことが途切れてしま うという、Aナースが意識していないところで、

意図と行為の乖離が起こったことによるのがわ かる。すなわち、「記憶断ち切れ」は意図(計 画)どおりに行為を実行することには失敗とい

うことでも、それが「意図されていない行動」

ということでも「ラプス」の意味するところと

致する。

 「記憶立ち消え」と「ラプス」の関係を事例 B−2で検討する。Cナースは、 b患者に睡眠 剤を患者の希望で時間を早めて投与したことを b患者の受け持ちのDナースに報告するという

「意図(計画)」があった。しかし、忙しいため 先延ばしにしているうちに忘れてしまい、報告 するという行為が実行されないでしまった。こ の失敗は、Cナースが意識しないところで、い つの間にか忘れる、つまり意図の記憶が意識に 止まらず、行為との間に乖離が生じてしまった ことによる。すなわち、「記憶立ち消え」も、意 図(計画)どおりに行為を実行することには失 敗、しかも「意図されていない行動」というこ

とで「ラプス」と対応する。

 以上のように、「記憶」にかかわる看護事故 発生要因および「ラプス」は、行為の実行段階 の失敗であるところと、意図されていない行動 であるところは「注意」にかかわる看護事故発生 要因および「スリップ」と同様であるが、次の 点で違いがある。すなわち、「記憶」にかかわ る看護事故発生要因および「ラプス」は、記憶 の失敗のように、意図(計画)が時間的に先の ことであったりする場合、意図を意識化してお くことが困難となり、エラー行為が発生すると いうこと、また、記憶の蒸発のように、より隠 れた形式をとり、意図と行為のズレに気づくま でに時間差が生じ、直ぐには外部に表れず観察 されにくいということなどにおいて、「注意」

にかかわる看護事故発生要因および「スリップ」

とは異なる。

参照

関連したドキュメント

Results obtained are as follows : 1 From the viewpoint of doffing operations, the features of the covering machine are as follows ; the dimensions between its bottom position of

Restricting our attention to the critical and subcritical cases, we show that four regimes arise for the speed of extinction, as in the case of branching processes in random

We describe a little the blow–ups of the phase portrait of the intricate point p given in Figure 5. Its first blow–up is given in Figure 6A. In it we see from the upper part of

In this paper we consider the asymptotic behaviour of linear and nonlinear Volterra integrodifferential equations with infinite memory, paying particular attention to the

Some attention also has been given to (1.1), (1.2) in applications when m ≥ 1, such as Meirovitch [13] who used higher even order boundary value problems in studying the

Then it follows immediately from a suitable version of “Hensel’s Lemma” [cf., e.g., the argument of [4], Lemma 2.1] that S may be obtained, as the notation suggests, as the m A

Definition An embeddable tiled surface is a tiled surface which is actually achieved as the graph of singular leaves of some embedded orientable surface with closed braid

Due to Kondratiev [12], one of the appropriate functional spaces for the boundary value problems of the type (1.4) are the weighted Sobolev space V β l,2.. Such spaces can be defined