︵OL︶われわれは︑さぎに大学卒業者の就職状況の実態調査から︑彼らの職業適応の条件について検討してきた︒すなわ
ち︑高校や大学における職業志望と現職との一致︑不一致︑当該職業に対する期待水準の〃ずれ″の有無︑職業イメ
ージの在学中と就職後の異同︑職業的興味パタンの一致等が就職後の適応水準と或る極の関連のあることを指摘し職
業指導上の問題点を示した︒更にその後の資料の再検討の結果︑若干の追加説明を必要とした︒それは職業志望経歴
の型と適応との関係に関するもので︑志望方向の一致傾向と適応の関係では文科系︵法経学科︶と理科系︵工学部︶
とでは異ることが認められた︒理科系の場合は︑高校l大学l現職︑又は大学l現職において志望の一貫したパタン
が適応群には多く︑文科系ではそのような傾向は何も認められなかった︒このことは増田氏の指摘された﹁理科系の
職業希望は文科系に比べて︑比較的早くから方向づけられ︑動揺も少なく持続する﹂という所見と符合する︒︵この
点は第三十一回︑日本応用心理学会シンポジウム〃職業選択の心理的プロセス〃において報告︶
これまでの結果は︑要するに個人の職業志望の発達プロセスⅡ職業志望経歴パタンと職業適応の関連性について一
般的示唆を与えていると思うが︑その点を更に明確に把握するには︑各個人の職業志望︑選択決定の過程を遠く少年 職業志望の発達過程と職業適応に関する研究
一︑問題の所在と調査の目的
鈴木達也
時代まで糊って生活史的に跡づけてみる必要があり︑少数の事例ではあるが面接調査を試み職業適応との関係を検討
することにした︒︵これも一部は前記シンポジウムにおいて報告︶
好き嫌い︑それらレ
テープに録音した︒
㈹職業志望︑進路決定の推移
一八例について︑その志望職業︑進路の変遷推移を簡略して示すと第一表の通りである︒
︵ワ︼︶まず志望発達のプロセスについてみると︑大まかに言ってギンッバーグ︵Q冒号①侭︶の指摘するように︑空想的選
択︵註自画望︒言一︒①︶l試験的選択︵誌三異茸のgo−oの︶l現実的選択︵H①豊豊o・言︾oの︶という過程を経て発展して 被験者某金鄙に協力した人を含む︶
いると見てもよい︒ 時期昭和三十九年四月五月面接調査は筆者の他に田中冨士夫︑多田治夫両氏の協力により行なわれた︒ 方法面接法による︒個人面接をして︑小学校時代からの志望の有無︑変遷︑興味や諸活動の種類︑学科のぎ嫌い︑それらに影響を及ぼした人や外的条件など出来るだけ誘導にならないように自発的に話をさせた︒記録は
志望選択の特徴を見ると︑空想段階は小学校I中学校時代に当てはまるが︑主な職業は〃軍人″とか〃先生″とい 某金融機関従業員︵男子大学卒︶十八名︑勤務年数︵卒業後年数︶は五年十年︒︵一部は前回調査 二︑調査方法三︑結果とその考察
第 1 表 職 業 志 望 , 進 路 の 選 択 経 歴 一 覧 表
注
各 志 望 職 業 又 は 進 路 の 下 の 〔
父,知人等はその人々のすす幽央 断 を 示 す 。
蹄i,、0
被調 査 者
出鼻 学準
PP 家 言
兄弟順
ムニ︑
位 小 学 校 中 学 校 I胃』 校 大 学
No.1
法 工 場 主 長男軍人一大学
〔父
教授一法科一
〕 〔 叔 父 〕
− 弁 挫 士 判 事
一
〔 学 科 〕
−弁謹士一一公務員 判 事 銀 行
〔企業安定,家庭〕
No.2
経 会社技師三男
? − 医
〔祖
博 一 少 年 一 航空兵 父〕〔興味〕
外 交 官 一 経 済
〔才能〕〔家庭〕
冒 力 艮 行 人関係〕
No.3
経 食品加工次男
軍 人 一教 師 一 技術者
〔興味〕
〔社会〕
一 経 済
〔学科〕
一 司 法 官 一 教 師 公 務 員 公 社 公 庫
〔安定職業〕〔兄〕
No.4
法 公務員長男
軍 人 一? ? ? − 文科系
〔知人〕
喚味〕
一 法 科
〔学科〕
一 司 法 官 一 一 放 送 書 記 官 金 融
〔地元〕
No.5
法 警察官長男
軍 人 一 ? ? ? −工学一公務員(法)
〔学科〕
〔安定職業〕〔父〕
一 司 法 官 一 公 社 公 務 員 銀 行
〔父〕〔安定企業〕〔家庭〕
No.6
No.7
−
句
No.8
経一法一法技術員 長男
− −
農 業 次男
−
会社員 長男
? − 教
軍 人
峨一鋤
軍 人 一 ?
師一 師の地位〕一一一一一一一今一=一
師一
〔親戚〕
??−大学進
〔父〕
英 文 科 一 経 済 一
〔学科〕
〔
唾 牟〕 〔 知 人 〕一‑‑−−=
文 科 系 法 律
〔価値〕〔知人〕
〔教師〕〔職業〕
学一サラリー法科 一マン文(系)
〔学科〕
地 元 大 企 業 一 銀 行
〔就職〕〔家庭〕〔安定〕
〔 安 定 〕 〔 家 庭 〕 司 法 官 一 生 産 会 社 実 業 界 保 険 ・ 銀 行
〔知人〕〔知人〕〔性格〕
金 融 関 係 一 金 融
〔父兄の職業〕
〔友人〕〔両親〕
No.9
No.10
No.11
経一経一繩 会社員
次男 農 業
次男 商 業
三男
? ? ? −
軍人一外国
軍 人 一 (パイロツ
一 ? ? ? −
で牧場経営一
− 商 人 一 ト)〔手伝〕
エンジー法文系一
ニ ヤ
〔興味〕〔教師〕
一大学進学決意一
−進学く 音商 |楽学
〔義兄,学科,家業〕
経 済 ・ 金 融 一 金 融
〔興味〕〔能力〕
生産会社一生産会社
〔父〕〔安定〕〔家庭〕
−−
商 社
一百貨店− 金 融 関 係
〔友人〕〔安定性〕
No.12
経へ
公務員技
一
長男
軍 人 一大学進学志望 −文科系一法科一
〔興味〕 (検事)
〔知人〕
− 経 済 一
〔就職口〕
No.13
No.14
No.15
No.16
No.17
No.18
│ " I
印刷業次男I
経 商 業次男
経 商 業三男
−一
法 職 人長男
商 漁 業次男
│ゞ│瀞
汽車機関士
〔地理的〕
教 師 一
〔教師の地 海軍軍人一
〔手相
? ? ?
機関士,航
〔家庭
? ? ? −
− ? ? ? −
一 教 師 一 位〕
商人一柔道家 見〕
一 警 察 官 一
〔生活環境〕
− −
海 士 一 商 環境〕
一 ? ? ? −
ジヤーナー経済一
リ ス ト ジ リ
〔興味〕〔学科〕〔就一 一
一??−建築美術
〔興味〕
−文科系一経済一 商業
〔学科〕〔父〕〔興味〕
一 瞥 察 官■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
−
人(商業科)−商
〔興味〕〔興味〕〔新 一英文科一経済一
(有名校)
大 企 業 一 生 産 会 社 ヤ ー ナ 百 貨 店 銀 行 スト〔興味〕〔両親〕
熾口〕〔安定〕〔地元〕
一 経 済 一 新 聞 銀 行
〔家庭〕
<能力〕〔兄〕〔縁故〕
− 証 券 一 金 融 金 融
〔 価 値 〕 〔 父 〕一
一司法官一警察上級職 鉄 工
〔知人〕〔安定性〕
ー
業 科 一 大 企 業 一 銀 行
〔都会〕〔両親〕
罰〕〔先輩〕〔地元〕
金 融 関 係 一 証 券 銀 行 教師〕〔友人〕〔友人〕
う一般的反応や父や親戚の人︑その他身近かな人に同一化して志望を選ぶ傾向が認められる︒例えば︑
7
Ⅲ父も軍人だったので狂信的に軍人になろうと思っていた︒中学にはいってからは親のすすめもあり︑親戚に教師が多く︑教師になろうと思うようになった︒
3
伽戦時中で軍人の叔父がいて︑そのような人になりたかった︒4M近所にいつもサーベルをさげて馬に乗って通る軍人がいて︑あんなになりたいと思ったことがある︒
叩小学校の頃死んだ祖父に遺言で医者になれと言われ︑自分では医者になるのだなあという気持をもってい
41a低学年でよい先生に受持たれ︑先生を神様のように思って︑とても教師になりたかった︒Nその他環境によって興味をもったものもある︒例えば︑
7
1α家業︵漁業︶の関係から︑船で海によく出たし︑海にあこがれ︑特殊貨物船がよく来て見せてもらい楽しみだNった︒そんなわけで中学頃まで機関士や航海士になりたかった︒1M軍人殊にパイロットになりたいと考えたこともあったが︑家業が商売でよく手伝い︑ほめられたりするので︑N自分も商売人になりたいと思っていた︒
3
M家が汽車の陸橋近くで︑その辺によく遊びにゆき︑汽車が好きで五︑六年まで機関手になりたいと思っていた︒このような空想的段階︑又は思いつき段階の志望が将来の職業志望の発達にどのような意味をもつか疑問に思われ
るが︑従来はしばしばこれが職業的志望の開花の意味をもち︑且将来の志望発達に方向づけをするという意見もかな
りある︒しかし︑われわれの事例では︑これら初期の志望が将来の進路方向や職業志望を規制しているようには思わ
れない︒勿論︑次の試験的選択の前段階として︑進路方向や志望が意識化される準備としての意義は認められよう︒
殊に︑漫然とした興味からというのでなく︑家業とか生活環境とか身近な所から︑また尊敬し︑同一視されるような
た
。No.
重要な人物から与えられた方向は将来その方向に進むと否とに拘らず重要な意義をもつのではないかと思われる︒こ
の点は後述する適応の過程にも関係があると思う︒
今回の調査事例について︑従来のこの種の研究の結果と異る点の一つとして︑この空想段階における反応がはっき
りしない人の多いことがあげられる︒小中学の時期において﹁職業について考えたことがない﹂とか﹁はっきり意識
していなかった﹂という答が八例もある︒︷岬岬wいいいい恥↑何故そうなったのか?︒一つには﹁戦後の混乱期で
何もそういうことを考える時期ではなかった﹂という恥の表明がその理由を示していると思うが︑もう一つ
の点は調査方法の相異も関係すると思われる︒一般に用いられる回想法による志望や興味経歴の手記や自叙伝的記述
では︑記述の首尾一貫︑明確化ということから︑漠然とした要領を得ない︑あいまいな表現は避けられ︑明細化さ
れ︑理屈づけされ易い︒自由な面接調査法では︑あいまいなルーズな表現もし易いし︑自己の経歴について繋理統合
して述べる必要はない︒実際に多くの被験者は子供時代のことを聞くと﹁さあ︑何を考えていたかなあ︑あまり意識︑︑︑︑︑︑しなかった︑強いて言えば.⁝:﹂という表現がかなりある︒明確な答え方が真実であるとは限らない︒その点で面接
調査は利点があると思う︒もっとも回想法そのもののもつ欠点は面接法でも補い得ないけれども︑手記に書かれた場
合よりは︑加工されないものが掴まれると思う︒実際︑大学まで進学しようとする中学生が︑日常どれ程職業を意識
しているであろうか︑むしろ︑一般的に言って自分の将来の方向というものを意識し始めるのは︑中学の終り頃か高
校時代以後なのではないかと思う︒
中学後期から高校時代は試験的選択︑或は探索の時期である︒ここにあげた事例もまたそれに該当する︒全般的に
選択の方向や選択の仕方は︑文科系とか理科系とか︑技術者︑エンジニア︑サラリーマン等︑大まかな方向づけであ
り︑高検後期頃から更に分化︑明細化される︒しかし︑ここの被験者のように専門分科の差が少ない法経学科の方向
に進んだ人々では︑工学系などのよううに高校段階で明細化する必要はなく︑その点はこの進路方向の特殊性と言っ
てよい︒進路方向の決定因としては︑自己の能力︑性格の通︑不迦︑学科の得意︑不得意︑興味など所謂︑自我要因
と言われているものが大きく作用していて︑増田氏のいう〃価値感″より〃性能″が強く現われることは認められ
︵︹d︶る︒例をあげると︑﹁高二頃から考えが変り︑これまで考えていた〃先生″という職は地味でつまらないと思うよう
7
になった︒教育学部に進むのはコンプレックスを感ずる﹂︵恥︶・﹁高校になって多少職業ということを考えるよう3
になり︑技術屋になりたいと思ったが︑数学が嫌いで文科系に進むことにした﹂︵Ⅲ︶・﹁理科が好きでないし︑語6
学が好きだったから︑自然に文科系を志望するようになった﹂︵M︶・高校になって文学かぶれして創作などもしたし︑それに理科系科目は得意でなく社会科の方に興味があって︑自然
5
に文科系に向った︒職の安定という点から工学に行きたかったが諦めた︒︵恥︶4
理科系は自信がなく英語が少々出来たので外語大も考えたが︑本を読んでいるうちに法律が好きになった︒︵恥︶中学の頃︑英語が好きで外交官になりたいと思った時期があり高校まで続いた︒理科系の成績は文科系科目より少
2
し悪く︑理科系に進む気はなかった︒︵M︶8 1
先生は理科系︵工学部︶に行けと言ったが︑英語が好きで英文科へ進みたいと考えていた︒︵巳N大学時代においては試験的選択から現実的選択に移行してゆく時期であるが︑この法経学科の場合は選択の一般傾向として︑まず可能ならば︑司法官又は公務員を選択したいという事例が多い︒例えば︑
1 3
Ⅲ﹁はじめ司法官になりたいと思っていたが︑駄目だったので⁝⁝﹂・恥﹁出来れば司法試験を受けたいと考え4たこともあったが︑諸般の情勢から駄目だとわかって︑六級職も受けたが︑これも駄目だった﹂・肋﹁司法試験を受5
けて駄目で裁判所書記官には合格したが行かなかった﹂恥﹁出来れば司法試験をとりたいと思ったが実力から考えて難しいことがわかってやめにし︑六級職を受けたが落ちた︒次に公社を考えたがこれも難しくて:⁝・﹂︒
7
M﹁三年頃まで司法試験を考えていたが︑自分の能力もわかり︑友人も変わり︑余り考えなくなった︒司法にゅく人が家にこもって勉強するのに抵抗を感じた︒﹂というように厳しい自己吟味を経て現職にはいっている︒
現職に就職する時の志望決定の要因について供述している所を要約すると︑挙げられた要因の延数は︑家庭の事情︵主として地元であること︶一三
安定した企業だから九能力︑性格︑興味の適合七父兄のすすめ九
合格したから一ハその他︵友人関係など︶五
このように実際の場面では現実的要因や対人要因が有力になるのは当然考えられることではあるが︑現在の大学卒
業者の就職決定過程が本人の志望による自主的決定よりも︑入社試験の困難さ︑学校の推せん制度その他の就職斡旋
の慣行などに左右されることが多く種々の問題がある︒
㈲志望経歴の推移と職業適応
︵4牡︺スーパーa壱9︶は職業適応ということを職業人の求めているものを職業がどれだけ与えてくれるかという観点か
らみて︑職業適応は個人が職業において自我を実現し得る程度︑演じたいと望む役割を演じ得る程度︑労働と職業経
歴における重要な欲求を充たす程度によって定まるという︒また職業志望選択の発達過程の究局は自我概念の明確化
と実現にあるとすれば︑両者の関係は極めて密接である筈である︒そういう観点から︑事例を検討してみよう︒
そこで︑まず〃適応の評価″という問題が生ずるが︑ここでは本人の現職に対する態度と上司の意見を参考にし
て︑適応水準をA︑B︑Cの三段階にわけた︒Aは最もよく適応している群︑Cは現在不満を表明し或は内蔵してい
る群︑Bは以前は不満もあったが現在はどうにか安定している群である︒
各群の現職に対する態度を示す供述を拾ってみると︑A群では﹁現在の職に就いて︑よかったと思っている︒生き
甲斐を感ずる﹂︑﹁自分なりに落着く所に落着いたと思っているから現在の仕事に疑問をもったこともない﹂︑﹁現
在の仕事に全く不満はない﹂︑﹁上司に恵まれて︑自分が生かされていて︑やり甲斐がある﹂︑﹁今までの所︑幸せ
だと思っている︒大体自分の希望が全部かなえられているし︑仕事も面白い﹂などが挙げられる︒
B群では.応満足している︒入社二︑三年頃は色々矛盾や反溌を感じた﹂︑﹁就職前の予想と大分違った感じだ
った︒当初はまだ工学部に行けばよかったと思ったこともあるが︑現在はそう思わない︒仕事はひどいが面白くなっ
て来た﹂︑﹁こんなにひどい仕事とは思わなかった︒二年目頃にはほんとういやになってに辞めようかと思った︒自
分の仕事に満足している人も少ないだろうが︑他の職についても良いか悪いかわからない﹂︑﹁今は安定した気持で
いるが︑他に移る気もないでもない︒同僚と競争して出世する気にはなれない︒家庭が落着いたら︑好きな日本画を
趣味の域を脱してやってみたい﹂などが挙げられる︒
C群では﹁自分の能力からみて完全に適していると思わない︒﹂︑﹁どうしてこんな所に就職したかと今でも思っ
ている︒技術系に行けばよかったと思っている︒性質が外向的でなく性に合わない︒今更後悔しても仕方がない︒平
穏無事に過ぎればよいと思っている﹂︑
﹁今の仕事は単調で退屈する︒今の仕事について良かったとも悪かったとも思わない︒時々他の仕事につきたいと
思ったし︑ジャーナリストには現在でも興味るもっている﹂
﹁今の仕事はつまらないと思うし物足りない︒法律が好きだから︑その方面の仕事をしたいが︑会社はうまく使っ
ていない感じがする︒金融関係にはいってよかったと思わない︒初め別の志望があったので:::やはり一種の諦めみ
たいなものがある︒今でも法曹関係にはいりたい︒﹂︑
﹁どうしてこんな所にはいったかと思う︒業務量が多くひどい所と思ったが︑今は慣れて感じなくなった︒よかっ
て︑こう︑
げられる︒ たか悪かったかわからない︒﹂︑
﹁初めは理想と現実の矛盾や幻滅を感じたが︑どうにもならない︒不満だらけ︒正しい考えが受入れられないし︑
自分も短気でカツとなる︒ここにはいったことを後悔していないし︑転職する気持もない︒しかし︑他の人と違っ
て︑こういう仕事には向かないと思うこともあるし︑他人からも向いていないなあと言われることがある﹂などが挙
1234567以上の記述から理解されるように︑A群は主観的にも満足し意欲的であるし︑上司の評価も高く︵MMM恥MⅢ恥︶︑89045l11B群は漸く適応し安定の途上にあり︑上司の評価は良いか又は普通である︵MMMM恥︶︑C群は概ね不満をもちな123678がら適応に努力している段階にあり︑上司の評価ではやや低い︒︵MMMMMM︶・
各群について︑その職業志望経歴を通覧して見出される特徴は︑適応の高いA群では職業志望選択の発達過程が極
めて順調に進んでいるということである︒すなわち空想的選択の段階から試験的選択段階にはいる時期も相対的に早
く︑興味や性能の自覚と共に積極的に探索と試行を繰返し︑自我概念の確立する時期が適応水準の低い群に比べて早
い︒中学後半又は高校入学当初において︑明瞭な進路方向をもっていなかったものは殆んどないし︑高校や大学にお
ける志望職業の選択︑現実吟味と自己分析による自我の明確化は就職後の適応にとって有益であったと思われる︒さ
きに述べたように︑この群の多くの者は一度は難関と言われる司法試験や公務員六級職を目指して︑しかも失敗して
いるのであるが︑それはむしろ自己吟味の機会となり︑自我概念の確立を促進して︑現在の職業への適正を早めてい
ると思う︒これらの点から見て︑この群のキャリアは職業発達から言えばティピカルなパタンであると言ってよい︒
それに対して適応水準の低いC群及びB群の一部では︑全体的に発達過程の遅れを認めることが出来る︒空想段階に
おいても︑﹁何も考えなかった﹂とか漠然としたものが多く︑方向の決定についても周囲の環境や友人関係︑ムード
に支配され安易な選択に陥るとか︑職業志望についても矛盾や葛藤を保有しながら︑現在の職業にはいったという事
l 1
Q﹁高校中頃︑教師をしている義兄から言われて漠然と教育を受けておかなければということを自覚するようにNなったが︑学科の選択とか方向は︑ぎりぎりまできめられなかった︒﹂﹁音楽が好きで音楽学校に行きたかったが︑結局︑商人の子供だから商売に関係のある方へ行きたいと思った︒﹂﹁都会の大学へ行きたかった﹂﹁大学では友人
関係で左右されることが多かった﹂
2 1
恥﹁母が教育熱心で大学まで進むことは中学の頃から考えていた︒何になりたいということは余り考えなかった︒﹂﹁高校では物理・化学などは成績がよくて︑先生は理科系に進めと言ったが︑自分はどうも好きでなかった﹂
﹁父が技術屋だったので︑一寸反抗心があったように思う﹂﹁今では技術系に行けばよかったと思う﹂﹁大学時代に
母が死んで新しい母を迎え荒れて勉強にも熱中出来なかったし︑就職のことも余り考えなかった﹂
3 1
a﹁高校時代は︑もし出来たらジャーナリストになりたかったが︑進学の時は経済が就職がいいと聞いて進路をN決めた︒﹂﹁大学でもジャーナリズムにはいりたいと思っていたし︑新聞社を受けてみようかと思ったが︑実現しな 例が多い︒つまり︑高校或は大学の時期において処理されているべき葛藤が職業に就いてから顕在化されたというべきであろうか︒事例7 1
Q小さい頃は海にあこがれていたが︑中学の頃から眼が悪くなってあきらめ︑勉強は好きでないの重撒Nやめようと思い︑商業科を選んだ︒しかし三年頃になって上級学校に行って都会へ出たくなり︑試験の楽な手と先生に言われて︑友人三人でP大に行った︒就職難の時代だから家の方の関係がある方が都合がよいので︑と先生に言われて︑はいろうと思った﹂かつた﹂
8 1
q﹁高校時代に先生は理科系︵工学部︶N へゆけと言ったが︑自信もなかったし︑英語が好きで外人教師のいるQ 勉強は好きでないので商校だけで出たくなり︑試験の楽な所へ行けある方が都合がよいので︑ここに大にあこがれていた︒﹂﹁学校のネームバリューに惹かれたことも事実だ﹂﹁現在の職を選んだのは︑はっきりした
意図はなかった︒ただ確実な所を考えた︒﹂これらはいずれも葛藤を持っている状況をよく示している︒
樋口氏は職業生活への適応の段階を五段階に分けて説明しているが︑その第一段階︵職場生活にまきこまれて事態
を客観的に捉えることが出来ない時期︶及び第二段階︵職場における阻害条件と葛藤を起す時期︶に該当するか︑ま
たは︑それに近い状態にあるC群の被験者もやがて第三段階以上の職業生活の安定︑定型化の段階に進むものと考え
︵6︶られる︒それは︑ここにあげたB群の大多数は少し前の時期にはC群と同じような時期にあったことを供述の中で表
明していることによっても解る︒︵前述の適応水準の評価の項を参照︶
また︑彼等の発達経歴はA群のそれよりは遅れていて︑むしろC群に似ている︒そう考えるとB群もC群もやがて
或る安定化した適応段階に達すると考えられるが︑大学までの志望発達の経歴︑殊に自我概念の確立の遅れが就職後
の迩応の遅れをもたらすとすれば︑職業適応という観点から志望発達経過を更に検討する必要があろう︒
白職業志望発達経過の遅れの原因
対象となっている事例は︑いずれも高度の教育水準にある大学卒者であるから︑それを育てる珠境がどのような啓
発的環境にあったかということは︑その職業的発達にも影響するのは当然であろう︒家族︑親戚など近親者或はそれ
に類する人々の中に常に将来の志を刺激し目標を与える人︑つまり有力な歸暑罵勗○自の存在は発達を促進してい
1
ることが︑ここの事例においても見られる︒例えば︑A群に属する恥は子供の頃父に造船業界の将来性を示して造船の大学教授の夢を与えられ︑又母方に学者筋の人々がいて︑自分の歩んで来た道には︑その力が大きく作用している
2
と言い︑恥は小さい時可愛がって呉れた祖父から医博になれと道一言されて医者を志し︑又︑叔父に大学教授や薬剤士4の人がいて有力な相談相手があったという︒恥は小学校時代に特に目をかけてくれた先生がいて︑非常に尊敬してぃ 仙家族環境と訂昌罵昂○口たし︑小六から中この頃︑山村の分教場で一人の立派な先生とめぐり会い︑生涯の大きな転期だったと言わしめてい
6 7
る︒恥も同様に小学校時代に特に可愛がってくれた先生がいて︑当時は〃先生″になりたいと思っていたと述べ︑恥は親戚に教師が多くその影響を受け︑高校時代にも母の友人である教師の影響を強調している︒このように順調な発
達を示した群では殆んど︑少年期に有力な穴理窟風呂をもっていたことは特徴的である︒これに対しB群︑C群
.16
では殆んどそれが認められない︒空想的志望も殆んどが紋切型の通俗反応であり︑C群では川や伽は子供の頃から家族の者から︑将来について示唆も指示も与えられたことはなく︑進路についても全く無関心︑放任だったと言い︑23781111叱叱叱叱はいずれも家庭では大体大学まで進ませるつもりだったらしいが︑進路について何らの刺激も指示も与えら
05l1B群においてもQQは進路や将来について家庭でも親戚でも全く影響を受けたり︑相談するようなことはなかった
8
NNと言艸︑恥は進路について必要なときは父に相談したが︑別に子供の頃に何になれなどとは言われなかったようである︒Mだけは例外であるが︑B・C群いずれの事例でも有力な穴亀罵勗○口を持っていなかった︒N以上のことから特に空想的志望の段階の意義は︑その空想的志望の内容ではなく︑成長へのビジョンとか野望を与
え︑刺激する人︵勿論実際に感化を与え得る人でなければならない︶︑つまり︑そのような宍暑罵勗︒pの有無が順
調な発達過程をとる出発点として重要な意義を持つのではないだろうか︒増田氏の報告では︑理工系より文科系で一
︵6︶層弄暑罵刷目の影響が大きいと述べている︒
②進路決定の時期的遅れ
さきに志望経歴の推移と適応性の項で触れたことであるが︑中学時代における職業についての無関心は全休に共通
︵毎J︶して言えることであり︑増田氏も同様な資料をあげて︑この時期の職業指導の必要性を指摘されているが︑殊に︑こ
の傾向は本事例では︑B・C群において顕著である︒B・C群では︑志望を述べたものでもA群の比較的明確化され れた経験をもっていない︒
た志望に比べて︑夢のような漠然としたムードのようなものである︒︵例へ映画を見て外国で牧場経営をしてみたい
と思ったとか︑姿三四郎のような柔道家になりたいなど︶
しかも︑高校において進路が明確になるのは︑B・C群では高校半ば以後が多い︒常に主体的には方向を未決定に
して延期する傾向がB・C群には多い︒大学在学中においても就職決定時期まで︑殆んどが明確な志望をもたない︒
大企業とか金融関係とかあげる者も︑結局はっきりした志望ではなく︑あいまいなのが多い︒その点ではA群の場
合︑さきに述べたように︑司法官︑公務︑公社︑生産会社︑金融⁝⁝という順序を一応立てて方針を立てているもの07が多い︒また︑M︑伽のように高校を終りたいと思っていた者が︑途中から進学を志し︑受験上のハンディキャップNNのことから︑本来の希望に反した進路に進み︑それに基く葛藤が仲々解決されなかったような場合もある︒高校にお
ける進路決定がもっと重要視される必要を痛感する︒
③興味や性能と現実的選択との喰い違い
高校及び大学における進路や職業の選択に際し︑興味や最初の志望︑性能特徴と現実の選択との間に喰い違いを生11 07
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じて︑その葛藤が解決されないために︑職業発達が遅れる場合がある︒さきのα︑Qもその一例であるが︑恥も同様NNである︒彼は高校では工学部を希望していたのに︑担任教師から駄目だと言われ理学部をすすめられたが︑教師にな3 1
らねばならない公算が大きいので︑経済へ転向し︑後でまた理科系へ行けばよかったと思ったという︒恥は元来ジャーナリストになりたかったのに︑結局︑新聞社の試験も受けようと考えながら実行しないで︑現在でも関心をもって281lいる︒Q︑Qのように先生に理科系をすすめられながら︑好きでないということで行かなかったというのもある︒こNNのような時期の〃好き嫌い〃と〃性能″との自覚的統一こそ職業指導の意義があるのに拘らず︑それが充分相談指導
が行こない得ない所に実践的問題が残されている︒
(4)
志望の固執
さきに進路方向の早期決定や職業志望の明細化を職業発達や職業適応の要件としてあげたが︑それは決して志望の
固執を推奨したり︑移り変りを不可とするわけではない︒むしろ︑固執は適応を困難にすることもあり得る︒
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1aはその一例である︒彼は﹁小学校の頃は何になりたいという考えもなかったが︑中学時代から警官になりたいNと思うようになった︒家の前が警察で官舎も近くにあり︑自分の家にも間借をしていた警官がいて︑親しみもあったし︑常日頃よく接していたので︑彼等の仕事や規則正しい生活にあこがれを抱いていた︒それ以後︑高校︑大学を通
じて︑ずっと警官を希望し︑大学にはいってからは︑司法官か警官かを希望した︒司法試験は結局受けなかったが︑
警察上級試験を受けて落ちたので︑次に将来性︑安定性を考えて鉄工関係を希望したが︑結局︑最後の所で現在の仕
事に落ち着いた︒誠に人生は意の如くならないものだと思った︒本来の志望から言って非常な方向転換で︑今の仕事
は物足りないし︑今でも法曹関係に進みたい気がある︒﹂というのである︒このような志望の一貫した固執は現職への
適応を中心に考えると障害になる︒
右の例のように志望の固執は性格の問題でもある︒更に前記諸項の中で述べたB・C群の事例のように適応段階の
進んでいない人達は︑或る意味で性格的特徴を持っているとも見られる︒彼等のキャリャーから判断して︑依存的で
優柔不断︑障害や困難からの逃避傾向︑自己の興味中心で洞察が足りないなどの特徴が認められるが︑客観的テスト
︵R︾︶による資料はないので︑印象のみにとどめ︑ヘルッバーグ等の言葉を引用して締めくくりとしたい︒
.般に満足している従業員は︑良い家庭環境に育った人で柔軟性があり︑よく適応していて︑劣悪な環境の影響
を克服する能力を備えている︒常に自分の置かれている状況と目標について現実的である︒不満な従業員は反対に︑
硬い︑柔軟性のない︑目標選択に際し非現実的で︑環境の障害を克服出来ない︑一般に不幸で不満足を感じている﹂
このように見ると︑前記の事例もパースナリティに帰せられる面もかなりあると思うと同時に職業志望発達過程に 画性格と職業適応
本報告は大学生の職業人としての態度形成に関する研究として︑これまで続けられて来た研究の一部であり︑さき
の職業的適応条件に関する報告資料の上に立って︑更に研究を深めるため︑面接調査による職業志望経歴の跡づけを
試み︑職業適応との関連を検討し︑併せて今後の研究方法について示唆を得たいと考えて行なわれたものである︒
調査対象が法経出身者で職業的にも金融機関に限定され︑人数も少数事例であり︑方法も面接法であるため︑結果
の整理は窓意的になり易く︑種々の疑問を含むものであるが︑出来るだけ反応の記述を中心に括めた︒報告の諸点を
要約すると次の通りである︒
一︑面接調査法は被験者によって整理されて表現される手記より︑加工されることが少ない点で好都合であるが︑
もっと標準化した方が後の資料の総括には好都合であろう︒
二︑職業志望︑進路経歴を見ると︑空想的l試験的l現実的という発展過程として捉えることは出来るが︑その間
の連続性という点では必ずしも従来の一般の見解とは一致しない︒空想的段階から試験的段階への移行を連続的と考
えるべきかどうか疑問である︒
三︑進路の探索決定は高校時代にはいってから始るのが多く︑後半になって漸く定まるのも少なくない︒
四︑進路決定の要因としては増田氏の結果と同様に価値感より性能要因が強く働いている︒
五︑現職選択の要因は家庭の事情や父兄のすすめ等の現実的要因によってきまっている︒
六︑志望経歴の推移と職業適応の関辿については︑志望経歴の順調な展開をした人は適応水準が高く︑志望経歴の
展開が遅れた人は適応水準が低い︒ おける職業的並に人格的カウンセリングの重要性を認めなければならない︒
四︑むすび
七︑職業志望経歴の展開の遅れは︑家族環境並びに有力な丙亀罵﹃の○口の無かったこと︑進路決定の時期の遅れ︑
興味や性能と現実的選択の喰い違い︑志望の固執等によって生ずる︒
八︑職業的適応には性格の問題も含まれている︒
以上の結果から大学生の職業指導の問題は大学内における問題よりも︑中学︑高校時代における進路指導殊に高校
における受験指導のあり方に多くの問題が含まれていると思われる︒
︵2︶の冒号の侭︾画g里.︾︵忌日︶O8g胃ざロ巴呂so①.
︵3︶増田幸一︵一九六四︶職業希望の個人的発達に関する研究︵第九報告︶l職業希望の推移とその要因分折11職業科学︵近
畿大学職業科学研究所紀要︶
︵4︶の§閂.己.画︵這邑︶弓言己望呂go喝go胃の閂の︵日本職業指導学会訳職業生活の心理誠信書房︶
︵5︶樋口伸吾成人の労働適応の実態︵狩野監修︵一九六五︶産業心理学から見た労働と人間誠信書房︶
︵6︶増田幸一︵一九六○︶職業希望の個人的発達に関する研究︵第五報告l職業希望の推移とその要因分析l職業科学︵近畿大
学職業科学研究所紀要︶
︵7︶国の目ずの侭︾詞︶国冨画巨目胃画顧桐の芹閂の○国・四国Qpog雪の崖.︵毛雪︶﹈○ず胃葺厘号隅宛①ぐ︾のぎ.具宛のの8s四国Q○℃一己○口.︵ぐBOB
ぐ.函.︵乞詮︶雪○涛胃・冨昌茸鼻ざ口より引用︶ ︵1︶鈴木達也︑多田治
心理学研究室報告
引用文献
︑多田治夫︑田中冨士夫︵一九六三︶大学生の職業人としての態度形成l職業的適応条件に関する報告金大法文