地区計画・建築協定の規制が戸建住宅価格に及ぼす影響
Impact analysis of district plan and building agreement regulations on housing price
土木工学専攻 7 号 大澤 亮平 RyoheiOsawa
1.はじめに
安全で快適な街並みの形成や良好な住環境の保全など を目的として,住民自らが都市計画法の用途・容積率・
建ぺい率や建築基準法の単体規制などを超えて規制の強 化を行う制度として, 地区計画 (都市計画法第 12条の 5)
や建築協定(建築基準法第 69-77 条)がある.
しかし,開発の自由の規制による不動産価値の低下へ の懸念から住民や地権者間で利害が対立し,それらの導 入が難航する事態も尐なくない
1).規制が資産価値に与 える影響を定量的に示すことができれば,市町村や住民 がその導入の是非を判断する際に有益な材料となる.
この点に関し,これまでヘドニックアプローチを用い た研究がなされてきた.例えば,高・浅見(2000)
2)は, 世 田谷区内の小田急線沿線地区の第一種低層住居専用 地域における戸建住宅の売買事例 190 件を, 個々の敷 地の日照時間,近隣の建物の混同の程度,隣接する公共 緑地などの詳細な住環境データを用いて分析を行った.
また森田(2005)
3)は,横浜市の公示地価データを用い,近 隣の敷地規模のばらつき(変動係数),平均建物高さや 空地面積などの詳細な住環境データを収集して分析を行 った.ともに敷地と建物による外部性を制御する規制と の関係を書くべき.敷地が細分化されると単位面積当た りの価格が低下することなどを示している.しかし,詳 細な住環境データの収集に多大なコストを要するためサ ンプル数が数百と尐ない.また後者は公示地価を用いて いるため,必ずしも需要者及び供給者の選好を反映して いない可能性がある.
取引価格データを用いた分析として,谷下・長谷川・
清水(2009 )4)は,戸建住宅を対象に敷地面積の最低規模規 制は相対的に取引価格を高くすること.指定容積率以下 に抑える規制は価格を低くすること,そして地区計画は 価格に有意な影響を与えていないことなどを明らかにし た.また大澤・谷下(2010)
5)は同様に世田谷区を対象とし て,地区計画が家賃に及ぼす影響を残差の空間的自己相
関を考慮して分析した.最低敷地面積を定める規制は賃 料を高めていること,容積率規制は賃料には影響を与え ないことなどを明らかにした.
しかし,これらの研究は世田谷区のみを対象としてお り,他地区での検証はなされていない.
そこで本研究では,横浜市の戸建住宅に関する複数時 点における取引価格データを用いて地区計画及び建築協 定の規制が戸建住宅の敷地面積当たりの取引価格に及ぼ す影響の分析を行う.
2.方法
本研究では,以下のように,敷地面積当たりの戸建住 宅価格を被説明変数とし, 各戸建住宅の敷地・建物条件,
環境条件及び建物に規制を与える容積率と建ぺい率規制,
敷地に規制を与える敷地面積規制といった地区計画・建 築協定の規制を表す変数を説明変数とした回帰分析を行 う.最初に最小二乗法 (Ordinary Least Square : OLS)で推定 を行う.
( 1 )
log
0
i
i ji ji
i
x
y
y
i…敷地面積当り戸建住宅価格 (万円/m2)
…パラメータ, x
1j…敷地・建物条件
x
2k…環境条件, x3l…規制条件, i…誤差項
…誤差項
ここで,もし誤差項に空間的自己相関がみられる場合に は,
) 2
( u
W
…パラメータ, W …空間重み付き行列 u …ホワイトノイズ
とする空間的誤差モデル(Spatial Error Model : SEM)を用
いて推定を行う.
なお空間重み付き行列 W の作成にあたっては, 近隣 N 点について隣接関係があると仮定して W を作成する. 推 定したモデルの AIC が最小となる N 点を選択する. 不均 一分散については,残差に対して BP-test を行って,でき るだけ残差と説明変数の間の相関がないように関数形を 工夫する.最終的に,AIC が最小となるモデルを選択す る.
3.データ
1990 年,1995 年,2000 年,2005 年に横浜市内で契約 が締結された戸建住宅 11,039 件( 1990 年: 1,568 件, 1995 年:2,943 件,2000 年:3,399 件,2005 年:3,129 件)の 取引データを用いる(リクルート社提供) .
(1)地区計画及び建築協定の規制変数
地区計画及び建築協定の区域内における戸建住宅のサ ンプル数を表 1 に示す.
地区計画・建築協定の各規制については,規制相互の 相関を考慮して,以下の規制を変数として取り入れた.
括弧内の左の数字が地区計画,右の数字が建築協定の区 域内におけるサンプル数を表す.
①建物に影響を与える規制 ・容積率(188/141) ・建ぺい率(162/157)
②敷地に影響を与える規制 ・敷地面積(92/518)
また,国土交通省住宅局建築課の資料をもとに各建築 協定を協定内区画数で小規模(協定区画 50 区画未満=協 定面積 10,000 ㎡未満) ・中規模以上(協定区画 50 区画以 上= 協定面積10,000 ㎡以上) の2つに分けて分析を行う.
さらに地区計画や建築協定の規制による効果は,時間と ともに発現してくると考えられるため,策定から取引さ れるまでの期間が 20 年未満かそれ以上かに分けて分析 を行った.しかし,サンプル数の問題から経年数で分け て分析を行うのは,建築協定のみとする(表 2) .
横浜市における地区計画は,商業拠点の高度化や,土 地区画整理事業等により新たな市街地を開発する場合な どに指定されることが多い.また近年では運営を住民か ら行政へ移行するために,建築協定から地区計画へ変更 している地区もある.他方,建築協定は新興住宅街など に多く分布している.
表 1 地区計画・建築協定の物件数
表 2 建築協定の区画数ごとのサンプル数
表 3 説明変数の基本統計量
次に,規制内容の特徴をみると,最低敷地面積規制は 地区計画および建築協定において高い比率で指定されて いる. 地区計画では 150~200 ㎡の値が指定されているこ とが多く,建築協定は最低敷地面積ではなく,敷地分割 禁止規制を用いる地域も半数ほどある.容積率規制や建 ぺい率規制は,地区計画・建築協定ともに郊外の住宅地 で多く指定されている.
また地域まちづくりルールと呼ばれる建物や土地利用 などについて,地域まちづくり組織が地域住民等の理解 や支持を得ながら自主的に定めたルールがある.このル ールは主に地区計画とともに策定され,地区計画では決
規制 地区計画(件) 建築協定(件) 合計(件) 全サンプルに 占める割合(%)
用途制限 301 675 976 8.8
容積率 188 141 329 3.0
建ぺい率 162 157 319 2.9
高さ 292 619 911 8.3
形態・意匠 321 86 407 3.7
敷地面積 92 518 610 5.5
壁面 350 460 810 7.3
垣・さく 216 240 456 4.1
建物に 規制
敷地に 規制
区画数 規制策定後経年数 サンプル数 20年未満 33
20年以上 3
20年未満 307 20年以上 174 小規模
中規模以上
50区画未満 50区画以上
備考 平均 標準偏差 最小値 最大値
5601 3149 700 52400 0:1990年,1:1995年,2:2000年,3:2005年
137.1 62.2 30.0 499.1
渋谷駅or品川駅までの所要時間(分) 27.2 6.2 9.0 48.0
12.9 4.9 1.0 38.0
0:利用なし,1:利用あり 0.25 0.43 0 1
0:第1種,第2種低層住居専用地域 1:第1種中高層住居専用地域 2:第2種中高層住居専用地域 3:第1種、第2種住居地域・準住居地域 4:近隣商業地域・商業地域 5:準工業地域・工業地域・工業専用地域 6:指定無
98.4 29.7 29.0 456.6 8.9 9.5 0.0 69.0
0:築年数1年以上,1:築年数0年 0.33 0.47 0 1
0:木造,1:鉄筋,2:鉄骨,3:その他(不明含む)
500mメッシュで作成 135.8 21.1 59.9 257.9
(物件の標高-最寄駅の標高) 14.9 17.8 -41.0 96.6
17.2 12.0 0.4 90.9 113.4 61.0 0.0 500.0
0:区域外,1:区域内(沿道片側50mで作成) 0.05 0.23 0 1
0:区域外,1:区域内(周辺350mで作成) 0.08 0.28 0 1
17.9 5.2 3.7 53.4 10.8 4.2 0.3 37.0
0:区域外,1:区域内(周辺1kmで作成) 0.24 0.43 0 1
72.7 49.7 28.4 934.2 17.9 4.0 5.1 34.0 5.4 2.4 0.0 45.0
0:一人協定以外、1:一人協定 0.01 0.10 0 1
港南丸山台地区 0:区域外,1:区域内 0.00 0.05 0 1
栄湘南桂台地区 0:区域外,1:区域内 0.00 0.04 0 1
青葉荏田北二丁目地区 0:区域外,1:区域内 0.00 0.04 0 1
建築物への規制(容積率・建ぺい率規制) 0:区域外,1:区域内 0.01 0.08 0 1
敷地への規制(敷地面積規制) 0:区域外,1:区域内 0.01 0.09 0 1
建築物への規制(容積率・建ぺい率規制) 0:区域外,1:区域内 0.01 0.12 0 1
敷地への規制(敷地面積規制) 0:区域外,1:区域内 0.05 0.21 0 1
説明変数
公園周辺 65歳以上割合(%)
人口密度(千人/k㎡)
大規模商業施設 平均敷地面積(㎡)
用途地域
幹線道路沿線 住宅価格(万円)
専有面積(㎡)
敷地面積(㎡)
築年数(年)
最寄駅までの所要時間(分)
最寄駅までのバス利用 契約締結年次
敷 地 条 件
建 物 条 件
標高差(m)
緑被率(%)
地 域 ま ち づ く り ル ー
規
ル制 条 件 環 境 条 件
指定容積率(%)
建 築 協 定 地 区 計 画