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近代的労働疎外研究の系譜*

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(1)

研究ノート  

近代的労働疎外研究の系譜*  

山  口 博  幸  

Ⅰ はじめに  

プラクナー(別auner,1964,p.Viii;4)は,従来の労働疎外研究ほ2極分解の方向を   たどってきた,とのぺている。   

一方の塩に.は,正統派マルクス主義者の労働疎外論がある。資本主義的体制の本質であ   る私有励産制を理論的に.分析することによって,資本主義的企業のもとにある現代の労働   者は労働から疎外されて.いる,という結論がみちびきだされる。プラクナ一によれは,そ  

れは労働紅ついての当派の研究者の価値観軋もとづいた政治的色彩のこゆい結論である。  

論拠として客観的デー・タをつかうことが相対的に・すくなく,思弁的疎外論のうらみ.があ   る。  

* 本柘は,筆者が神戸大学で内地研修中紅,同大学大学院占部ゼミナールで報告した草   稿に,若干の加筆・修正をおこなったものである。報告に.さいしては,占部都美先生を   はじめ同ゼけ■−ルの諸兄から皮蛋な示吸をいただいた。記して感謝の意を表したレ?。   

いまだその示唆をじゅうぶん摂取できる妃.いたってないが,とりあえず「研究ノ−卜」   

として公表しでおくことにした。   

そのときいただいた示唆のひとつが,「労働疎外」という用語の不適性についでであっ    た。その用語ほ前柘(山口,1978年)でももちいたので,本稿でも用語まであらためる    ことをせず,その意味内容をつぎのよう紅補足するに.とどめることにした。   

労働疎外(workalienation;alienationinwork) 

外すること,つまり労働の人間性疎外のととである。労働者の入鹿性とは,のちに.もみ    るように,労働者の自主的意思決定ないし自己発現のことをさしている。労働とほ,企   業紅おける労働者の生産行動をさしている。そしセ,こんに.ちの典型的な企業は組織を  

なしている。労働疎外と区別できるものとしては,政治疎外・宗教疎外,あるいほ疎外  

−・般がある。   

(2)

近代的労働疎外研究の系譜   −ヱββ−   

185  

他方の極庭,は,プラクナ−のいわゆる急進的実証主義(Ⅰadicalempiricism)者の労働   疎外研究がある。多穐多盈の態度調査・意識調査のデータが論拠としてもちいられる。デ  

−・タ紅.よれば,現代の企業労働者の大多数は適度に.満足している,したがって,疎外され   ているとほいえない,という結論がみちびきだされる。.プラクナ一によれば,この種の研   究は,実証研究を志向するが,疎外現象についての理論的解明を欠くうらみがある,とい  

う。この意味で,それは科学的実証研究でなく,「急進的」実証研究といえるのであ畠。   

プラクナ・−の研究ほこの2つの極論をいずれも排除しようとするものである。2種の労   働疎外研究の長所を統合しようとしている,といいかえてもよいだろう。労働疎外紅つ小  

での理論的仮説を展開したうえ.で,それを経験的デー・タにもとづいて一枚証す−る立場を,と   ろうとして:いるのである(満車p‖42)。   

正統派マルクス主義者・急進的実証主義者による労働疎外研究を,伝統的労働疎外研究   とよぷことができるなら,われわれは,プラクナ−の研究を近代的労働疎外研究とよぶこ   とができるだろう。こんにちでは,プラクナーの研究に倣拠しながら,そ・れを発展させよ  

うとする疎外研究を,数おおくみることができる。その意味で,プラクナ−−・の研究は近代   的労働疎外研究の始祖なのである。   

本稿の目的は,プラクナ−の研究をはじめとする近代的労働疎外研究の文献をレビュー   することである。そ・れによってわれわれは,まず,労働疎外研究の発展動向をし′ることが   できるだろう。くわえて,われわれに.のこ、された労働疎外研究の課題ほなにか,というこ  

とがあきらかになるだろう。   

同様のレビューがほかにないわけでほない。1970年代のもの紅かぎっても,イスヲ・エル  

(Israel,1971),i7ヨセフソソら(Josephson&Josephson,1973),V−・7ソ(Seeman,  

1976),などに.よるものがある。いずれもプラクオーの研究を遠視してこいる。イスラエル   による文献レビュ−ほ,「マルクスから近代社会学まで」紅・およんでいる。そのなか紅「実   証主義社会学紅おける疎外」に.ひとつの茸をあてている。そこで中心的な放置をしめるの   がプラクナ・一−の研究である。しかしながら,イスラエルの観点はあくまで「マクロ社会学」  

的なものである云らまり,労働疎外紅焦点があてられでいるのではない。ミクヨセフソソら   のレビューーも同様紅「社会学的」である。レ−マンのレビ′ユ−は,疎外現象の理論的解明   というよりほ,疎外の測定問題濫主眼がおかれているようである。   

これに.対して,われわれの文献レビュ−の対象は,主として,つぎのような性格をそな  

えた研究に.かぎられている。(1)労働疎外の研究に手がかりがえられるものであると.と。   

(3)

籍52巻 第1・2琶  

−ヱβ6−   186  

(2)実証研究であること。(3)労働疎外の原因と対策に.ついての理論的解明の辛がかり   をもってこいること。  

ⅠⅠ近代的労働疎外研究の始祖→欄プラクナー・の研究…−r   

l仮説の設定   

産業(in血stI・y)の種類がことなれは,労働者の疎外の程度もちがってこくる。これがプ   ラクナ−の基本的仮説である。プラクナーは,この仮説を検証するために,シ一々ン  

(Seeman,1959)などの過去の研究を典拠としながら,いくつかの測定指標を設定した   り,開発したりしている。そして,経験的データを収集し,その仮説を検証しようとして   いる。この様子をのちの研究と比較しやすいようなかたらで表示すれば,第1表のように    なる。   

まず,疎外とほなに.を意味するかが定義され,測定指標と測定方法が設定され,開発さ   算1表 プラクナ・−・の実証研究  

研 究∈サンプルまたほデータ出所】   仮説,測定指棟由よびその典拠   主たる結論   

産業    疎外    産業の発達    1.技術    1.無力    紅ともなっ    2.作美組織  2.無意味    て,疎外の    3。社会的組織  3.孤立    各形態とも    4..− 経済構造  4.自己疎外  逆U字型の  

(■Seeman,19  曲線に収欽  

59)    する傾向が   ある。  

ローパ一による1947年の   16業種を対象にした職務   態度調査(印刷産業労働   者N=118,繊維産業労働   者N=419,自動車産業労   働者N=180,化学産業労   働者N=78をふぐむ)な  

どの算2次データが主。  

れなければならない。疎外論はながい伝統をもっている。その伝統ゆえに・,疎外の意味も   つねに.一・義的であったとはかぎらない。その伝統をふまえながら,疎外の意味を整理分類   したのがレ」−マンである。プラクナ−の疎外概念はレー・マンの研究に.おおい紅依拠してい   る。シ′−マンの研究は,プラクナ」一以後の研究者に.もたかく評価され,継承されている。  

それは,伝統的疎外論と近代的疎外研究とのあいだの架橋の役わりをはたしてこいる,と評   価されることもある。   

シ−マンは,マルクス(MaIⅩ,1844)やデュルケ−ム(Du工・kbeim,1897)の古典を.はじ  

め,マンノ\イム(Mannbeim,1940),マ−トン(MeItOn,1949),ミルズ(Mills,1951),   

(4)

近代的労働疎外研究の系譜   ーヱβ7−  

187  

フロム(Fromm,1955)などの比較的最近の文献まで,ひろく渉猟し,疎外の意味をつぎ   の5つに分類整理した(Seeman,1959,pP.783−91)。  

(1)無力(power・1essness)。自分が目ざしてこいる結果が生じるかいなかほ自分自身の   行動紅依存している,という期待を個人がもつことができないこと。  

(2)無意味(meaminglessness)。行動がもたらす将来の結果について,満足のゆく予   見がひくい確率でしかできないこと。  

(3)無規範(normlessness)。所与の目棲を達成しようとするとき,社会的に.是認さ   れてこいない行動が要求されている,という予想がつよいこ七。  

(4)孤立(isolation)。特定社会では典型的に.たかい価値が付与されている目榛ない   し信念にたいして二,個人はひくい価値しか付与することができないこと。  

(5)自己疎外(self−eStrangement)。特定行動が,将来予想される代償すなわら行動   そのもの以外の代償紅,従属する程度。   

プラクナ・一−は,このレ−マンの分類に依拠しながら,そのうち4つを労働疎外の形態と  

してこ継承している。無規範ほ孤立産ふくまれるとされるのである。プラクナ−は,労働疎  

外の4形態に.ついてニ,つぎのようなことをのぺ,その意味内容を具体化しでいる(BlauneI,  

1964,pp.16−32)。   

貨1の無力という労働疎外は,労働者がもっぱら管理者や機械設備など紅.よっで規制さ   れる客体となり,主体としてそれら紅たちむかえないとき,生じる。じらさいに.は4種の   無力がかんがえられる,とプラクナ・−ほいう。労働者が,(1)生産手段・生産物の所有か  

ら隔離されてこいること,(2)−・般的経営方針にたいして:影響力を行使できないこと,(3)  

雇用条件を統制できないこと,(4)日常的把.担当している作業工程を統制できないこと,  

である。   

プラクナ」−は,この4種の無力のうち(1)(2)のものを,「 無力の一般的・抽象的側   面」とよんでいる。労働者はそれらを「所与」としてうけとる,と載るのが現実的だとい  

うのである。それらは,労働者にとって関心のうすいところであり,したがって重要な影   響力をもたない。労働者に.とっ七重要な影響力をもつのはむしろ(3)(4)の無力であ  

る,とプラクナーはみるのである。   

プラクナ・−は,とくに.(4)の無力妄実証研究の対象としようとしている。そのため紅,  

この種の無力を労働者がどのていど経験しているかを,測定するくふうがなされている。  

すなわち,労働者が作業工程をどのていど統制しているかは,①抑圧的制約条件からの自   

(5)

第52巻 第1・2号  

ー・ヱββ−   188  

由,②物理的移動の自由,④選択の自由,の程度で測定される。選択の自由とは,作業の   鼻・ぺ−・スおよび作業方法紅ついての自由裁量の余地のことである。   

第2の額意味という労働疎外は,各労働者がその職務遂行の結果と企業組織全体の目棟   体系との有機的関連を理解できなくなったとき,生じる。大規模組織紅おいて二分葉形蔵が  

複雑化するとき,組織が官僚制的構造をときるとき,この形態の疎外は進行する,とプラ   クナ、−はみている。   

算3の孤立という疎外を,プラクナ■−ほ,社会的疎外(socialalienation)ともよんでい   る。それは,労働者が企業その他の組織や特定社会の目標や信念に.同一イヒできないで,そ  

(1)  

の結果,組織や特定社会に.帰属感がもてこない状態をさしている。こうした状態が生しる理   由としてこは,その目標の達成や信念の英行のために.は,ひろく社会的に是認されていない   行動が要求される,ということがかんがえられる。こうして,プラクナ・一紅あってこは,孤   立ほ無規範をふくむものとされるのであろう。   

算4の自己疎外とは,自己発現の阻害のこ.とである。自己疎外に.おちいった労働者にと   って,特定時の労働そのものは目的でなくなる。労働は将来の代償をえるための手段と化   する。いいかえれば,労働者は:その時点の労働にrほ没頭(invoIvement)していないこと   に.なる。その結果,労働者は労働の単調感を増進させること紅なる。   

つぎ紅,疎外を生ぜしめる原因変数のはう紅目を転じて:みよう。   

産業とは,同種の製品を生産している企業の集合体をさしている。プラクナー・によれは,  

産巣の種類がことなるということは,労働者の行動に.影響をあたえる環境要因がちがう,  

ということを意味している。そのような要因として,プラクナ・・−・はつぎの4つをあげてい   る(∠鋸d.,pp.6−8)。   

(1)技術(tecbnology)   

(2)作業組織(wo工koI・ganization)   

(3)社会的組織(socialorganization)   

(4)経済構造(economicstructure)   

技術は,個別産業臆それぞれの特色をあたえる最大の要因である,とプラクナ−・はみて   いる。それは,財やサ−ビスを産出するさいに採用される物とその操作方法である,と定  

(1)プラクナ・−・に.あってほ,労働者にとっての同一・化・帰属感の対象は企業組織だけで  

ほない。労働組合組織や地域社会もその対象となりうる,とみている。後者紅おける  

孤立が厳密な意味での労働疎外であるかどうかは問題のあるところであろう。   

(6)

近代的労働疎外研究の系譜   −Jβ9−一   189  

為される。したがってそれほ,機械などの物的システムだけでなく,専門的ノウハク,あ   るいほ熱線に丈って二身に/つけた労働者の技能(skill)をもふくんでいる。   

プラクナ一に.よれば,技術はつぎのような歴史的発展段階をへて,それが累積されて今   日にいたっている。   

(1)手工的技術(craft tecbnology)   

(2)機械巡視的技術(machin?−tendingtechnology)   

(3)組立ライV的技術(assembly.−1ine technology)   

(4)連続処理的技術(continuousl−prOCeSS teChnology)   

手工的技術によって特徴づけられる産業としで,プラクナーがあげるのは印刷産業であ   る。そこでは,植字工,ライノタイプ・オぺレ一夕−,印刷機工などの労働者が作業に従   事している。その作業は,標準化されておらず,熟練によって身につけるよりはかに.ない  

ものである。つまり,作業は労働者の技能にもっぱら依存している。   

機械巡視的技術を採用している産業例として.ほ繊維産業がある。繊維産業の2大職種ほ   紡績と織布である。その作業内容は,1人で多数台の機械を担当し,そのあいだを巡視  

し,機械の稼動が連続するように.障垂をとりのぞくことである。   

組立ライ 

火別して.部品生産部門と製品組立部門とからなっている。製品組立部門でほ,製品をコン  

ベア・ベルトで移動させながら,各作業者がそれぞれ担当の部品をとりつけ,製品を完成   させてゆく。組立ライン的技術のことを,プラクナ・⊥は,コンベア技術(conveyeIteCb−  

nol(唱y)とよぶこともある。   

連続処理的技術を援用する典型的な産業例としてこほ,石油相製産業と化学産業がある。  

原料と製品が液状ないし気状であることが,か−トメ−・ション化された連続処理を容易に  している。連続処理的技術はオートメ−Vヨン技術(automated technology)ともよ   れている。この技術のもとでの労働者の作業内容は,計器の定期的検針と,必要に応じた   装註の修繕である。   

技術のほかにも産業を特色づける要因がある。このことがプラクナ・一一によって指摘され   ていることも,われわれはみのがしてはならない。作業組織という術語を,プラクナ一−は,  

分業の進行の程度をさすのにもちいている。社会的組織とは,労働者の行動を規制する規   則体系の制度化の程度をさしている。その程度紅よって,プラクナ・−は,慣習的組織  

(traditionalorganization)と官僚制的組織(bureaucraticorganization)とを区別して   

(7)

算52巻 第1・2弓  

ー−J,9(クー   190  

いる。経済構造とは,製品市場の凝争状態ないし産業の集中化度,利益率・成長率・需要   状況,原価構成,などのことをさしてル、る。   

こうしで,最初にのべた仮説ほ.,つぎのようにいいかえることができることに.なる。技   術・作業組織・社会的組織・経済構造という4つの要因は,無力・無意味・孤立・自己疎   外のうち,どの形態の疎外がどのていど進行するかを規定する,と。  

2 仮説の検証   

プラクナーほ,  4、つの産業を事例としながら,その比較研究によって,仮説を検証しよ   うとする。印刷産業・繊維産業・自動車産業・化学産業がそれである。比較ほ,さまざま   の出所のデータと現地観察によってなされる。そのなかで中心的にもちいられるのほ,ロ  

−∵パ−・(Cf.RopeI・,1947)が『フか−チ・ユン』誌にのせるため,1947年におこなった職  

務態度調査のデータである。この調査ほ,16業種の労働者3,000人をサンプルとしておこ  

なわれたものである。16薬種のなか把.はさきの4産米がふくまれている。   

プラクナ−・は,し這、し,この態度調査の結果から徳按的紅疎外についての結論をひきだ   すのでほない。みずから設定した仮説にんたがって:,調査結果に.取捨選択をくわえている。  

そのなかから代表的とおもわれるものをえ・らんで孝示すれば,第2表のようにしめすこと   ができるだろう。   

第2衷は,各形態の労働疎外の程度が,4産業でどうちがうかをしめしている。(1)〜  

(4)は,労働者の無力という疎外の程度を比較するためのものである。(5)はローパ−・の   調査によるのではない。無意味という疎外の程度を比較するための補助資料である。(6)  

〜(8)は,孤立の程度を比較するものである。「シ㌧ニカルな回答」がおおいことは,無規   沌性がたかいことをしめしている。(9)〜(12)は.,自己疎外の程度を比較するためのもの   である。   

このようなデータと観察結果から,プラクナ・−・は結論として,つぎのよう紅のべている。  

工場に.おける疎外と自由とを歴史的紅.展望して魂ると,明確な一定の塑があることが   ほっきりしてくる。技術,分業,および産業の社会的構造の継続的発展ほ,さまざま   の次元の疎外にたいして,概しておなじ方向の影響をあた.え.る。それゆえ,エ場労働    者とその労働過程との関係は,長期的にはひとつの型に収赦する傾向をもっている。   

すなわち,疎外は逆U字型の曲線でグラフ化されるような線をたどってきたのである。   

(Blauner,1964,pり182)   

(8)

ーノごり一   近代的労働疎外研究の系譜   

191  

籍2衷 疎外の産業間比較  

全産業㌢印刷 繊維、自動尊化学  

「沖 (1)職務に.せきたて:られてこいると感じる(表33)  

(2)職務遂行に疲労を感じる   (表34)  

(3)30分間なら仕事場からはなれられる(表36)  

(4)職務に自分のアイデアをいかせる (表35)  

%%%%  

4 0 6 9   2 3 6 4   2 8 9 8   3 3 J▲ 3   ︵U 2 1 9   1 1 ︵0 7  

33  12   34  19   60  58   47  64  

(5)事業所平均従業員数   (表22) 

(6)人生をやりなおせるなら,ちがった職業・融   

人 L 25 134 334  69  

種を希望する   (表37)  

(7)会社紅満足して:いる   (表38)  

(8)昇進のさい重要な要因(1なしい2個回答)   

(a)業績   

(b)意欲   

(c)勤続年数  

**  (d)(e)(f)レニカルな回答(計)(表46)   

(9)作業中にはかのことをかんがえることがで   

きる   (表41)  

(10)職務がほとんどつねに単調である (表42)  

(11)職務内容が単純すぎる   (表43)  

(12)穿カサれば昇進の機会はある   (表45)  

36  54   78  84  

64  59   48  57   23  28   30  31  

9 2 6 6   1 4 5 0  

5 4 2 5   6 1 1 9    3 1 2 7   7 4 5 9   3 3 3 3  

1 ︵X︶ 3 0   5 1 2 4  

7 4   2  16 4 

%%%%  

3 0 5 7   4 2 2 4  

(出所)プラクナ−・(BlauneI・,1964)が本文中で引用しているものを,「何級」(抽掃.,pp.  

189t209)を参照しながら作成。*表番号はプラクナ−の著書のもの。(5)をのぞ   いて,原資料ほすべてニローバー・の調査結果。  

(注1)各産業の下の数値は,(5)をのぞいて,各産業労働者の何パ−セントが左欄のよ   うに回答したかをしめしている。  

(2)**「シ′ニカルな回答」とは.,(d)止司と個人的に親密であること,(e)策略家で   あること,(f)上司との縁故があるこ.と,という回答をさす。  

なぜ,このような結果が生じたのか。プラクナ・」−の説明を簡単に.みておこう。   

印刷産業において疎外の程度がひくいのは,なぜか。これに.は,おおくを説明する必要   はないだろう。技術の点から魂ても,その作業ほ熟練を要する技能に.依存している。それ   に.よって労働者は作業工程を自主的に統制できる。企業規模もちいさく,分業も進行して  

いるとおもわれない。つ亘り,労働が無意味となることもすくないだろう。印刷産業労働   者は孤立の程度もひくい。ただし,同一イヒの対象は企業というより,職業、職種に.ある。  

職業集団としての職種別労働組合組織への同一イヒである。   

繊維産業においてほ,作業は機械に.規制される。L・たがって,労働者の無力化傾向がめ   

(9)

第52巻 節1・2号  

ー∫タ2−   192  

だっている。ところが,社会的疎外や自己疎外ほ,それはどめだって:進行していない。こ   れはなぜか。繊維産業労働者の同・−・化の対象は地域社会である。アメリカでほ,繊維産業   の90%が南部に忠地してこいるといわれる(よ一朗d..,p。61)。そこでは,教会と家族が労働者の   規範を支配している。この種の伝統的社会環境のゆえに,労働者ほ職場での自己発現の欲   求を確立していない,つまり欲求水準がひくい。それゆえ,職場の客観的条件のわりには,  

自己疎外は生じないのである。   

ここで,疎外現象を理論的に解明してこゆくさいに遠要な示唆がいくつかふくまれて:い    る。   

貨1に,額力・無意味という形態の疎外と孤立・自己疎外という疎外形態とは,つねに   淘なじうどきをするとはかぎらないことがしめされている。プラクデー守ま前者を「客観的   疎外」,後者を「主観的疎外」とよぷことがある(よ∂套du,p.80;115)。「威外とは,客観的   状況や主観的感情状態からなる−・般的症候群(a generalsyndrome)である」と定義さ   れているのである(壱鋸d.,p.15)。   

第2に.,客観的に疎外されながら主観的に疎外されていない現実を説明するの紅,欲求   という媒介変数が導入されていることである。このことによって,「この研究は全体としてこ  

決定論的アブロ−チ(deterministic approach)をとるものではない」(ibid.,p,11)とい   う意図がいかされている。また,このことによって,観察者・研究者の価値観や観念に.も  

とづいた従来の疎外論への批判も意図されている。プラクナ・−は,「労働者を知識人観察者   の観点から研究すること」を批判している(路痛,p巾117;183)。もとづかなければならな   いのほ,労働者の価値観と欲求構造である,と主張しているのである。もっとも,プラク   ナ・−は欲求の全体構造紅ついて分析をくわえて:いるわけではない。地維産業にみられる現   象を説明するためにも,「欲求の問題は重要である」(∠申d・,p、87)と指摘するにとどまっ   ている。   

自動車組立工場では,コンベア・ベルトが作業工程を支配している。分業も柾度私党達   し,作業は.1分単位に.細分化されているという(路摘.,p.97)。そのうえ,自動車産米は■高   度の集中化を達成し,企業規模ほ最大級である。そして,その社会的組織は官僚制化する。  

労働組合は,塩的紅は印刷労働組合よりすぐれているが,同一イヒの対象とはなっていない  

(路拍,pい115)。また,自動車産業は「都会的」産業であり,労働者の自己発現の欲求ほむ  

しろつよい。とうして,自動番組立労働者は,いずれの形態の疎外に.おいても,殺高水準  

となる。ただし,ロ・−パ−の調査には部品製造部門の労働者もふくまれている。たとえば,   

(10)

近代的労働疎外研究の系譜   −J9ぶ−−  

193  

その資料に.よると,自動車産業労働者の34%が「単調」を感じることがしめされてこいるム   ところが,組立工を中心とした「不熟練工」についての別の資料では,61%庭なるという  

(套∂摘・,p.116)。   

オ−トメーンョン化された化学産業で,各形感の疎外ともひくいのはなぜか。とくに企   業組織への同一イヒがつよいのほなぜか。そこでは,熟練を要する技能が要求されるわけで  

はない。企業従業員はすくないが,そのことはかえって巨大な機械装置からの規制を意味   しないか。これに.対しで,プラクナ・−ほいう。「技能」ほ職務条件とされなくなったが,  

「式任.」が要求されるように.なった。つまり,化学産業労働の特徴は,巨大な装置を監視  

する責任を分担するチーム生産(team production)にある,ということである。そして二,  

「技能」と「責任」とのあいだに.は,共通性がある,とプラクナー・ほいう(∠みよ♂・・,p◆168)。  

ともに,労働者の自由裁蒐と創意を要求する。その発揮が労働者の噂厳と自尊の念をたか   めることによって,疎外は減少する,というのである。このことは,「伝統的な熟練技能と  

いう尺度で肉体労働を評するおおくの疎外研究者がみのがしている」(よ∂∠d.,p.165)ところ   である,とプラクナ・−はのべている。   

では,オートメーンヨン化を疎外対策とかんがえてよいのか。プラクナ・−自身は,化学   産業の事例から,オートメーンヨンが疎外の減少を保証するとかんがえではいけない,と  

くりかえし強調して.いる(査∂∠d.,p.124;171;182)。フトー・トメ−・ショソ化はすべての産業に   可能であるかどうか保証やかぎりではない。また,疎外の程度を規定するのは技術だけで  

はない。   

以上がプラクナ」−・の疎外研究の概要である。そこに.は,われわれが摂取すべきおおくの   特長がみいだされる。同時に,いくつかの欠陥もみいだせる。ところが,その欠陥はかえ  

ってその後の研究を刺激す・るという側面をもっている。疎外研究の系譜をみるのが,さし   あたってのわれわれの目的であるから,後者についてのみ,いくつか指摘しておこう。そ   れはすぺてニ,仮説の検証方法についてのものである。   

プラクナ・一自身も,その研究の限界に関して,指摘している(路摘・,pp、186−7)。それ   を参考にしながら,つぎの3点をまずあげておこう。   

算1把,プラクデーーの研究ほ,4つの産業についての事例研究にとどまるきらいがある0  

プラクナーーも,この研究だけから,「この研究にふくまれてない産業についての結論や,産  

業全般についての結論をみちびくことはできない」とのぺている。産業の発達を技術の発  

達とするならば,それに.ともなって疎外が逆U字塾の曲線をたどる,という結論は,かな   

(11)

葦52巻 欝1・2号   194   ーヱ94−  

り一般性をもっているかもしれない。4産業は技術の発達段階を代表するものだからであ   る。しかし,産業を構成する要因は,そのはかに.もあげられてこいる。それら紅つい七一腰   的にいえることはすくない。たとえば社会的組織虹ついて,その官僚制化が疎外を促進す  

るのに貢献して:いることは,自動尊産業の例から推測できる。が,化学産業の事例につい   ではどう説明するのか。慣習的組織紅逆もどりしたわけでほないだろう。  

プラクナ・−・が指摘する策2の限界・は,盟約餐的にも議要性がましてきたホワイトカラ→  

ないし事務労働者を研究対象からのぞいていることである。これには理由がないわけでほ   ない。疎外論は伝統的にユ場労働者を主として二対象にしてきたからである。伝統をふまえ  ながら研究の発展の期するにほ対象はおなじであるはうがよい。こうプラクナ−はかんが   え.たのである。   

貨3の限界・は,産業間比較ほ可能になったが,企業間比較さらにぬ.その部門的比較をで   きるまで把.いたっていないことである。それでも,資本主義生産様式のもとにおける労働   者ほ疎外されてこいる,と結論する研究にくらぺれは,プラクナーの研究は−・種の進展をな   

しとげた,といえよう。  

そのほかの限界として,プラクナ−が使用したデータに/ついてふれておかねほならない。   

第1に.その中心データは,1947年にえられたもので,かなりふるい。第2紅その中心ヂ叫  タほ,ロ→パー・に.よって収集されたもので,プラクナ一に.とっては第2次のデータである。  

ⅠⅠⅠ近代的労働疎外研究?最近の動向  

プラクナ・−の研究の欠陥を補完しようとする研究ほ,その後,数おおく公表されている。  

疎外の原因と対策について理論的解明の手がかりをえられる実証研究をそのなかからえら   べば,それは2種紅.大別することができる。寛1ほ,「技術一疎外」の仮説を精緻化し,再   検証しようとする研究である。第2は,「組織一味外」の仮説を客観的データによって裏   づけようとする研究である。   

1.「技術一疎外」の仮説とその検証   

この種の函究としては,シュパ−ド(SbepaId,1971),キルシュ=レンガ−マン(KiI・SCh  

&L蝕geIman,1972),コットグロ′−プ(Co鴫Ⅰ0Ve,1972),革成(1973年)氏の実証研究  

を,われわれはみん、だすことができる。この4者の実証研究の仮顔とサンプルと主たる緒  

論を簡単化して表示すれば第3表のように.なる。   

(12)

近代的労働疎外研究の系譜   −エ訊㌻−  

195   

第3表 「技術−一味外▲」の仮説とその検証   

研 究トナンプルま長はデ十夕画仮払測定指標およびその典拠毒主牢る結論   

1971   jl 

‰工場労働者に三   ‖ ‖   

3..フ巨一トメー・指向性   

銀行・保険会社の事務員・ ション化段階 5.労働没頭的 事務労働者につ    秘番(N=1,015),タイ (■BlauneI, 自己評価  いて.もいちおう   

ビストと穿孔カード関係 1964;Faunce,(『?eeman,同様の関係を発   

機械躁酎=537) 1965;1968) 

eI・, 

!見0  

【   ぎ   Lenge巨(N=25),事務要員(N的条件   

石工SCh&銀行のコンビュ岬夕要員疎外発生の客観き禁㌫  

man,1972 =44),機械操作要員(N.1.無力   貞が最高で,コ   

=11)0   2い無意味  

3け昇進機会の   って,事務労働   

欠除 

(一触1964) 

Cot即0Ve,イギリスの5地域から高カ∵→メ−ショ自己疎外   事   1972  度紅オートメ−ジョン化ソ化 

された工場労働者(Nニ  182) 

岳 l ご .⊥」.▼【−」」‖_H_._    トメ疎外 

J  

場労働者(N≒200)0.  

1964)  

(13)

ーJ96〜   第52巻 第1・2号   196   

このうち,ほしめの2つの研究は,技術の発達と疎外とが逆U字型の関係にある,とい   う仮説を事務労働者をサンプル軋して,第1次デー\タで検証しようとした点で共通してい   る。あとの2つの研究は,オ一トメー・ジョン化された工場における労働者ほ.疎外されてい   るとはいえ.ない,という仮説を再検証しようとしたものである。   

シェパ−・ドの研究ほ,た本にプラクナ−の仮説を,事務労働者を対象に・しで第1次デー   タで,再検証するだけにとどまるものでほない。プラクナーの仮説にたいしても再検討が  

うわえられる0   

技術の発達と労働疎外の程度とのあいだにほ,逆U字型の曲線関係がある。これがシェ   パー・ドの理解するプラクデーの算1仮説である。プラクデー・は,技術の発達段階の代表例  

として,4産業をとりあげた。だが,事務労働者を対象として上の仮説を検証するさいに   は,産業ほ適切な代表例とほならない。事務部門の技術q発達に.,産業どとの特色はすく  

ないからである。   

そこでまず,技術を操作的に慮義しなおすことが,シ㍉=./ミ^−ド(Shepard,1971,p.io)  

によってなされる。技術の発達ほ人間機械関係(man−maChine relationship)の発達とし   て.測定される。産業は複数種の人間機械関係をふくむ,とレェパ−・ドはかんがえるム人間   機械関係の差異ほ,むしろ職務の差異に反映される,とみ.ている。   

技術とならんで,分業も疎外の規定要因である。これもプラクナ・一−の仮説である,とシ   ェパー・ドは理解する。では,技術と分巣とのあいだには,なんらかの関係はないか。とこ  

ろが,このこ.とを課題監したすぐれた研究がある。フか−ンス(Fau益ce,1965;1968)の   研究である。フォーソスは,工場労働紅ついでではあるが,生産技術システムと分業の程   度との連関を実証的に.あきらか紅した。「手工的生産レステ・ム」のもとでほ分業の程度はひ  

くいが,「機械化された生産レズテム」でほたかくなり,「カ・−トメ−ション化された生産   システム」ではふたたびひくくなる,というのがその結論である。ソ.ェバードはこのフォ   ー・ソスの研究成果も吸収しようとする。   

シェパ−ドのいう「人間機械関係」は,この「技術一分業」の連関を包括した概念のよ   うである。人間機械関係は,シュパ−ド紅よって,つぎのように.類型化される。順序は発   達段階をしめす。そして,のぺている。「おのおのの人間機械関係ほ,それぞれの分業の進   行程度をしめしている」(Shepard,1971,p.7)と。   

(1)手工的ないし前機械化段階(craft ornonmechanized)   

(2)機械化段階(mechムmized)   

(14)

ーエ97−  

近代的労働疎外研究の系譜  

197  

(3)オー・トメ^−Vヨン化段階(automated)   

ここで,事務部門の人間機械関係の発達の経過を,シェパードによりながら,すこし具   体的に.みてみよう。それは,たんに事務機械の導入の経過でない。このことは注恵されな  

ければならない。   

ペンと台帳と算術能力とによる事務の時代は,いうまでもなく前機械化段階の人間機械   関係である。その後,シェパ」−ドによると,19謄紀の後半にタイプライターと加勢機が産  

業界に.導入された。だが,それらの機械を事務労働者が補助機として利用するかぎりにお   いて,人間機械関係はいぜん前機械化段階に.あるのである。   

機械化段階ほ,タイピストや加算機操作専門家が発生した段階からはじまる。1945年以   後に.なると,PCSとよばれる穿孔カ、−ド紅よる情報分類システムが産業界に.導入される。  

穿孔力岬ド関係機器 −−・鍵盤穿孔機・カード分類機・作表機・照合機・・−−の操作に.ほ,機   械化段階の人間機械関係がみられる。   

コンビュ.−夕の導入によって,人間機械関係が全面的にオ■−・トメーンヨン化段階にはい   るわけでほない。コンビュ−タの産業界への導入は,1950年代にはじまり,1960年代に本   格化しはじめた,といわれている。それは,ハードウエアを担当するコンビュータ・オぺ  

レーク⊥,ソフトクェアを担当するプログラマーやシステム・,エソジ′ェア,などのあたら   しい事務労働を発生させた。そこにはたしかに,か−トメーンョン化段階の人間機械関係   がみられる。だが,コンピュータとく紅初期のそれの導入は同時紅,インプット・デー・タ  

準備のための周辺機器の要請もたかめた。周辺機器とほ穿孔カ−ド関係機器のことであ   る。コンピュータの導入は,したがって,とくに初期には人間機械関係の機械化に.も貢献    したことになる。   

こうして,シェパードに.よる実証研究のサンプルは,つぎのなかから抽出される。前機   械化段階の人間機械関係紅.あるいわゆる事務員・秘脊,機械化段階にあるタイピストと穿   孔カ−ド関係機器操作員,カ−トメ・−ジョン化段階にあるコンビユータ・オペレ一夕・「,  

およびプログラマ−,システム・エンジニア,である。   

比絞資料として工場労働者紅ついての観測資料もある。手工的ないし前機械化段階にあ   る自動車製造工場の保全工,機械化段階の自動車最終組立工,か−トメ−ジョン化段階の   石油栢製工場コントロ−ル・ルーム・モニタ・−,からサンプルは抽出された。   

疎外という結果変数についても,シュパ−・ドは,プラクナ−さらにさかのばってシ・−・マ  

ンに.依拠しながら,測定指標を生理している。そのうえで,測定方法をあたらしく開発し,   

(15)

第52巻 貨1・2号  

ーヱ9β−   198  

それによ・つて罪1次データを収集している。   

無力・無意味の定義についてこは,プラクナーのものをはとんどそのまま継承している,  

とみてよい。無規範は,シー・マンのものを復活させたものである。昇進が業績や能力によ  

らず縁故によってなされる程度,として測定されている。労働の手段指向性(instrumental   work orientation)と労働没頭的自己評価(selトevaluativeinvoIvement)は,V一マン   やプラクナ・−のいう自己疎外に相当するものであるα労働没頭的自己評価とは,自己を評  

価するさい労働上の業績がどのていど重要な基準になっているか,を測定するための指標   である。   

調査の結果は籍4表のとおりである。工場労働者については,人間機械関係と疎外との   逆U字塾曲線関係はあきらかである。事務労働者についても,曲線関係はだいたいにおい   算4表 人間機械関係の発達と疎外  

(工場労働者)  

オーートメ−  

シ′ヨ てン化   手工的   機械化  

19   94    46   73    48   61    50   69    48   38   無力  

無意味   無規範  

労働の手段指向性   労働没頭的自己評価  

42    45   33   29   78  

(事務労働者)  

オ−・トメ−レヨン化   前機械化   機械化  

ハ−ド  ソフト   61   9   

48   34    34   37    30   20    57   56  

53   58  

52   63  

49   49  

労働の手段指向性   55   54  

労働没頭的自己評価1   亜   49  

(出所)エ場労働者紅ついては,Shepard,1971,pp.24−・39,Table3いト3.5,事務労働   者に.ついてほ,ibid.,pp.66N87,Table5、ト5.5から作成。  

(注)数値は,人間機械関係の各発達段階の労働者の何パ−セントが,疎外の各測定尺   度の中位数以上の回答をよせたかをしめしている。   

て実証されている,とシェパードほのぺている(云∂〜d‖,p.91;110)。コンビュ・一夕・オぺレ   

(16)

−J99−  

近代的労働疎外研究の系譜   

199  

一夕ーというハードゥエア要員の61%がたかい無力性をしめしているのほ,仮説匿反して  いるようにみえる。しかし,機械化段階の58%との差は,統計的紅有意でないので,仮醜   が否定されるわけではない。前機械化段階と機械化段階との疎外の程度の差は,無意味の   次元においてのみ,有意である。差の方向が逆のものもある。しかし,その差も有意でな  

ヽ   いので,これも仮説を否定するものでほない。   

以上はシェパ一ドの研究の概要である。こ.の研究は,いくつかの点で,プラクナ」−の研   究の欠陥を補足するものである。算1は,事務労働者に針でその讃査対象を拡大したこと  

である。第2は,企業間さらにほその部門間の比較研究を,技術の側面において,可能に  したことである。この2点はいずれも,「人間機械関係」の概念に・よって,可能になった   ものである。第3に,ミ/ェバードは労働疎外の各測定指標について,その測定方法を開発   し.,第1次データを収集した。このこともプラクナ−の研究と比較して,進歩であるとい   えよう。   

キルシュエレンガーマンの仮説は奇異におもわれるかもしれない。しかし,それはプラ   クナー・に依拠したものである。プラクナ・−が,無力などを「客観的疎外」,自′己疎外を  

「主観的疎外」,とよんでいることは,すで浸みた。こ.のような示唆は.,プラクデー・よりほ   やく,プラクエソグら(BT・OWning♂fαJ・・,1961)によってなされている。プラクユング  

らは,シーマンにたいして,疎外の5つの意味を羅列的紅.みるのでなく,ひとつのプロセ   スとしてみることを提唱している。現象としては,無力・無意味・無規昭がこの順で先行   段階としで生じ,孤立・自己疎外を生ぜしめる,とみるぺきだというのである。   

とはレ、っても,疎外の各側面がひとつのプロセスであることが,キルシュニレンガ−・マ   ンに.よって実証されたのではない。疎外の客観的側面・主観的側面ともに,機械操作要員   が最高で,事務要員とコンビュ一夕要見でひくいこ・とが結果としてえられたにすぎない0  

これをもって,キルシ㌧1=ぺ/ンガ−マンは,プラクナ・−の仮説は.事務労働者にもあてはま   る,と結論している。   

この実証研究をみることに.よって,われわれはブラウンニングらの示唆をいかすべき   だ,というおもいをあらた軋する。概してみるとき,なぜ疎外の各側面はおなじ方向に変   化するのか。このことの説明にひとつのヒントをあたえてくれる。   

っぎに,コットグロ−プの実証研究をみよう。仕事のどのような側面がすきか,をたず   ねることに.よって,自己疎外を測定するのは.ひ・とつの方法だとおもわれる。自己疎外とは  

自己発現の阻害と定義できるからである。しかし,その結論をみて,商クェ−ルズ地方で   

(17)

−20クー   第52巻 欝1・2号   200   ほオ−・トメーリヨン化された工場においても,労働者は自己疎外におちいって.いる,と解  

すぺきではない。欲求水準がひくく自己発現の欲求をもつにいたってこない,と解すぺきで  

ある。南ウェールズ地方の人びとほ,鉱山・鉄鋼の不況で,海おくの失業者を冒のあたり   忙した経験をもっている,という挙兵を,コットグロー・プほ指摘している。その経験が欲  

求水準を低下させた,と解すぺきなのである。   

最後紅,日本紅おける労働疎外についての先駆的な実証研究をみておこう。萬成氏ほ,  

つぎにのぺるアンケ−・ト調査の結果と現場の観察結果から,表に.しめされるような結論を   みちびいてこおられる。   

従業員(雨=211)は,86%までが,いつもまたほはとんどの場合紅仕事に.興味をもっ   てこいる。たいていの場合に.単調で退屈している者は12%,まったく退屈している者ほ2%  

にすぎない。また,従業眉(N=205)のなかで,仕事が能力以上を要求すると鱒もう者   は23%,仕事が能力と・一激するとおもう者は59%に達した。仕事が能力以下で単純である   とおもっている者は18%に.すぎなかった。   

こうして,萬成氏は.,オ−トメ−ジョン化が労働者の疎外とく紅自己疎外をひきおこす   ことを否定される。しかし,オートメ・−ジョン化という技術の変革が溶接的に自己疎外を   解消する,と主張しでおられるのではない。「オ−・トメ一打ョンという技術はむしろ総合   的・連帯的な労働の組織を形づくっており,仕事を興味あるものにしていた」。「したがっ   て現代労働者の自己疎外はテクノロクーよりも別な要因」に.規定される,とのべておられ  

る(1973年,59ぺ一汐)。このことを主旨に.した論文が,サスマン(Susman,1972)によ   って公表されている。か−トメーーション化は,自主的作業集団の形成を容易にする。オ−  

トメー・ジョン化されたエ場で疎外がすくないのは,むしろこの自主的作業集団のせいであ   る。これがサスマンの主張である。  

2..「組織一疎外」の仮説とその検証   

この種の実証研究とレては,ぺアリy(Pearlin,1962),1エイキン==へ・・1汐(Akin&  

Hage,1966),ミラ−(Miller,1967),プ)V−ムバ−グ(Blumberg,1968),ポンジヤン  

=プライムズ(Bonjean&Grimes,1970)などの研究を,われわれはみいだすことがで   きるb このなかに.は,プラクナ−の研究に依拠しないものが,むしろおおい。プラクナ− 

の研究より時期的紅ふるいものもある。それ紅もかかわらず,これらの研究ほ内容的に.ほ  

プラクナ−の研究を補足するものとみることができる。   

(18)

近代的労働疎外研究の系譜   一一ヱOノー    201  

これらの研究は,さらに.3種庭分類するこ.とができる。第1は,官僚制化と疎外との関   係を兵正面からとりあげ,実証研究の対象としたものである。ポンジヤン=グライムズの   研究がそれである。プラクナ−1は社会的組織の官僚制化を疎外の原因としでとらえなが  

ら,数盈的データによってそれを襲づけることをしていない。この点からも,この種の研   究をレビュ−してみる価値がある。滞2に.,プラクナーとはらがった観点からではあるが   組織構造のいくつかの側面をとらえ,疎外との関係を実証的紅みようとしたものがある。  

第3に.,プラクナ・−の研究を技術決定論であるとして.排し,参加がどのていど実現されて   いるか,という社会的組織の性格こそ,疎外紅とって決定的である,と結論づけるブルー 

しこ\  

ムバ−グの研究がある。この3区分にしたがって,それぞれの研究のサンプル・仮説・結   論を簡単化して表示すれば,籍5表のようになる。   

「官僚制一味外」の仮説を真正面からとりあげ,それを検証しようとしたのはポンジヤ   ソニグタイムズである。   

マックス・クェーバー(WebeI・,1947)に.はじまる官僚制概念とその後の発展の経過を後   づけ,それを操作的に.定義しようとしたものとして,エ・−ゲィ(Udy,1959)やそれ紅依   拠したホ−ル(Hall,1961;1962;1963)の研究がある。とくにホールは,組織の官僚制   化の程度を測定する指標を6つ紅整理し,それぞれの測定方法を開発している岬all,  

1961)。ボン汐ヤソニグライムズの官僚制の測定指標ほ,このホールの研究紅依拠したもの   である。ただし,専門能力(technicalcompetence)という寛6の測定指標ほ,そこでほ   排除されている。   

疎外の概念とその測定方法は,おおくの研究に依拠している。無力・無規職・社会的鱒   外という測定指標と測定方法は,ディーン(Dean,1961)把.依拠している。ディ−ンほ,  

シーーマンを参照しながら,その測定方法を独自に開発している。疎外全般(gene王alaト   ienation)とは,上の3つの測定値の総和である。アノミア(anomia)の測定指標と測定  

方法は,スロ・−ル(SI01e,1956)に.依拠したものである。スロールのアノミアは,デュル   ケ・−ムのアノミーー(anomie)という概念を,個人の心理状態を測定するために.修正開発   されたものである。自己疎外の測定指槙紅ついてこは,シニマンの定義にもとづきな如ら,  

その測定方法はポンジャソ=グライムズがみずから開発したものである。   

ところで,この研究の結果ないし結論紅注目しよう。おおかたの期待に反しで,官僚制  

(2)プラクナ・−の研究は技術決定論である,とするブルームパ−・グの見解紅,筆者が同   

意しているのではない。   

(19)

−202−   葦52巻 第1・2号   202  

算5表 「組織一味外」の仮説とその検証   

空_旦トタンプルまたはデータ画仮払測定指棟およびその馳  主たる結論  

労働者につい   て,1−1・2  

・4・5・6,  

2・−6,3−1  

・6,5−4・ 5・6,管理者に 

=108),および同地の自 4.規則の成文 4..疎外全般  ついて,4−5,   

営実業家(N=104)。   化   5いアノミア  実業家に.つい て 

,3【2・4  

・一6,5−2に.  

化  

若干の斉意な開 係がみられるだ   けである。他の  

関係はすべて有 意でない。   

南外  

」   MilleI,アメリカ最大級の航空機組織構造 

師(N=419)。  機会  1967 

疎外 会社の基礎研究部門と応1..組織統制力1.自己疎外  用研究部門の科学者・技2・知的刺激の、(■Seeman,  1959)  l   

鹿監禁警管裂 制,お′よび決定 への参加の欠除  

を特徴とする組 では 

加   織,疎外の  

(のマル       誹雲.   

‥則の  2.2規則紅よる  

監視  

∃  

Bl血g僅器譜警置参笹者の 1968  

(20)

近代的労働疎外研究の系譜   ー20β一  

203  

化と疎外とのあいだには,有意な関係がなぜこうもすくないのであろうか。この疑問はア   ンダーソン(Ande‡SOn,1971)に′もあるようである。アンダ鵬ソンはポンジヤン=グラ   イムズの研究方法を徹底的に批判している。そのなかから,われわれにも参考になる点を   2点あげておこう。   

第1ほ,官僚制化の程度を被調査者の認知紅よって測定する紅とどまり,Ⅹ工場とY工   場の組織特性の差を把捉するのになんら役だっていないことである。したがって.,「畠僚   制一疎外」の仮説ほ,じつほ.官僚制化に.ついての認知の程度と′疎外について:の認知の程度  

との相関で検証されたのである。   

算2点ほ;ここではもっと東署である。それは,ディ−ンやスロ−ルの疎外概念は労働   疎外でないことである。たしかに.,労働者の疎外の程度が測定されている。しかし,それ   ほ.あくまで労働者の企某組織湛おける疎外の程度でなく,人生全般における疎外感を測定  

するものである。この点に関しては,ポンジヤン=グライム女(Bonjean&Grimes,1971)  

も応答している。かれらが問題に.しているのほ,「組織からの疎外」でもなければ,「労働   からの疎外」でもない,と。   

ペアリン,ミラ−・,・エイキン=へ・イジの研究のなかで,もっともすぐれているとおもわ   れるのは,エイキンニへイ汐のものである。   

ぺアリンの研究とミラ−の研究とほ,ポンジヤソニグライムズの研究のもつ算1の欠点   とおなじ欠点をもっている。組織構造の特性を測定しようとしながら,客観的な組織構造   の差があきらか紅されていない。つまり部門間の差があきらか把.されていない。もっとも,  

ぺアリンほ,社会全体の枠のなかでの疎外よりも,クラーク(ClaIk,1959)のように.特   定め社会的組織のなかでの疎外を研究することの意義把言及している。この点では,ポン   ジャソ=ダライムズとはちがう。また,ミラーは,教育訓練の内容と期間がちがって:も,  

認知のしかた紅差がないことをしめすことによって,認知の結果が客観的組織構造の特性   をあらわすことを傍証ほしている。  

ェイキン=ヘイジの研究は,組織構造特性の把握のしかたにおいて,すぐれている。労   働者の認知に.よるものではあるが,各測定指標について各事務所どとに.平均値が測定され   ている。これは16の事務所の組織構造の特性をかなりのていど反映しているとみてよいだ   ろう。また,権限の階層(hieIarChy of authority)・職務規則の成文化(jobcodification)  

・といった官僚制化の測定指標がふくまれている。決定への参加(participationin deci− 

Sions)が指標に.ふくまれていることも示唆にとむ。′畠■僚制組織のもうひとつの対立概念と   

(21)

貨52巻 籍1・2弓  

−ご0ノー   204  

して,参加的組織があることが示唆されている。   

だが,マルクス紅依拠するという疎外概傘にほ,問題がある。とく紅対人関係からの疎   外(alienationfIOmeXpre占 

定への参加」との相関関係は最低である(r・=二=・一一0.17)。そこにほ,参加と「同僚労働者   からの疎外」との正の相関関係(Ⅰ■=+0小23)がふくまれているのである。このことは,  

同僚のインフか−−マル集団への帰属感の欠除は,労働疎外と区別すべきことを示唆してい   る。   

参加的な社会的組織を,疎外の緩和策として提唱するのほ,ブルームバーグである。か   れは,モ・−・ス=ライマ−(Mo工Se&ReimeI・,1956)やプル−ム(ⅤⅠ00m,1959)など多数   の実験や調査の繚果を論拠として,つぎのように.主張する。実証研究の結果ははとんど例   外なく,参加が労働者の満足をもたらすこ.とをしめしている。したがちて,参加こそ疎外   の兵の緩和策となる,と(Bi 

モ−ス=ライマ−(MoISe&Reimer,1971,pp.596−614)が報告しl{:いる実験は,保   険会社の4部門を対象に.したものである。そのうら2部門では,労働者が職務濫.関して自  

主的な決定をおこなえ.るような自主的決定計画(autonomy pIOg工・am)が,あとの2部門   では,管理者が一方的に決定する階層的管理計画(hierarchically−COntrOlled program)  

が,導入された。実験期間は,管理者の訓練期間をのぞいて,1年半であった。実験の   前後に.おける労働者の満足度の変化の観測が,いくつかの項目紅ついてなされている。い  

ずれの項目についての満足も,自主的決定計画のもとで高給し,階層的管理計画のもとで   低下する,という結果がえられた。   

プル−ム(ⅤⅠ00m,1976,ppい93−103)の調査対象は,商品配送会社の監督職にある人   びと(N=108)である。調査では,3種の変数について溜り定がおこなわれた。(1)被験   者の認知紅.よる心理的参加(psychologicalparticipation)という独立変数,(2)職務態   度などの従属変数,それに,(3)独立欲求などのパ−ソナリティ変数(peISOnalityvaI・i−  

ables)である0結果はつぎのことをしめ 

の効果をもたらす(Ⅰ−=0.36)。独立欲求のたかい人びと(N=お)に.ついてみると,その   効果はもっと明確になる い=0.55)。ところが独立欲求のひくい人びと(N=38)に.つ   いてみると,参加の効果はマイナスでこそないが,プラスの効果もひくかったのである  

(Ⅰ=0‖13)。   

(22)

近代的労働疎外研究の系譜  

205    −ニー(J5−  

ⅠⅤ むすび−一・労働疎外研究の今後の課題岬  

以上に.おいてわれわれは,労働疎外の原図と対策について理論的解明の卓がかりをあた   えるとおもわれる実証研究を,最近のものを中心把してレビュ−してきた。ところが,そ   れによって、労働疎外の原因と対策について∴明快な解答がえられたかといえば,そうでほな   い。このこ.とは,いくつかの研究課題が今後にのこされていることを意味する。   

今後にのこされた課題とは,以上みてきたような発展をみせる労働疎外についての実証   研究の成果を,どのようにして批判的に摂取し,継承して:ゆくか,という課題把.はかなら  

ない。   

これをもうすこし具体的に}、うと,2つの課題紅大別できるであろう。算1ほ,理論内   容の統合化・相互関連化の課題である。プラクデー以後の実証研究の発展過程を理論内容  

という点からみると,それほ分化・個別化の過程だといえる。たとえば,労働疎外の原因   紅ついてみると,それを技術把.もとめる研究と組織に.もとめる研究とに分化する発展動向   をみせている。そこ紅.は,後把みるよ′ぅに.,統合化・相互関連を究明すべき余地がのこっ   でいる。算2の課題としては,実証研究を科学方法論に.よっで襲づける必要性がのこって   いる。プラクナ一以後,疎外をいくつかの測定桔梗に.わけ,その測定方法を開発すること  

では発展をみせてきた。しかし,疎外とはな紅か庭ついて統一・的概念規定をあたえたり,  

実証研究の結果がなぜそうなるかに.ついて統一・的紅説明する,という科学的研究上の基礎   作業ほ,だんだん後退する傾向にある。これは,急進的実証主義への後退といわなければ    ならない。   

理論内容の統合化・相互関連を究明する課題は,これまでみてきた実証研究紅もその究   明のヒン′トは内包されているし,その他の研究者紅‥よっても,いくつか究明の方向は示唆  

されている。   

第1に,疎外の原園や対策を技術の発達にもとめる研究を,技術の意味内容の面から再   検討してみ.る方向がある。技術の発達に.は,つぎの2つの意味があるのに,それが区別さ   れずに.つかわれているようである。ひとつほ,人間労働を代替する機械やか−トメ−ジョ  

ン装置の導入であり,もうひとつは,のこされた人間労働の内容の変化,つまり職務構造   の変化である。シ′ェパ−ドなどはむしろ後者に屈点をおいている。研究結果は疎外対策と  

して職務拡大が有効であることをしめしている,とシェパードはのぺている(鎚epard,  

1971,pp.116−17)。萬成氏やサスマンの示唆も,疎外紅影響をあたえ.るのほ機械やか−・卜   

参照

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