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― ― 情報所有状態の論理とその哲学的基礎

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Academic year: 2021

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1 はじめに 山 﨑 紗紀子

情報所有状態の論理とその哲学的基礎

―フロリーディの所説の批判的検討を通じて―

 情報(Information)の概念は,哲学史を辿ってみても実はかなり古い時 期から取り扱われていたと見ることができる1.確かに,より詳しくどの 時代のどの哲学者に現代的な意味合いでの情報の概念の把握が見られるか については,意見が分かれるだろう.しかし,私たちが生きる環境の中で 不断に生成され,伝播し消費されたり保存されたりし,多様なエージェン ト(何らかの度合いで情報を操作しうるような作用や行為の主体)によっ て,受け取られ,処理され,様々に利用されるものとしての情報,という 考えはおそらく極めて自然に要請されるものと言ってよいだろう.また,

こうした自然な情報概念の素朴な把握と見なしうるものが多くの歴史上の 哲学者たちのうちに見出されるとしても何の不思議もない.

 そうした中で情報の概念をより詳細な仕方で解明し,とりわけITなど の著しい発展の中で,ますます緊急性を高めている情報をめぐる論理的・

存在論的・倫理的な諸問題についての掘り下げた分析を行おうとする努力 が近年,幾人かの哲学者・論理学者・倫理学者・認知科学者・情報科学者 の間で盛んになりつつある.その中の代表的な一人は,哲学者のL. フロ リーディ(Luciano Floridi)である(Floridi 2011, Floridi 2019).

 フロリーディの業績は文字通り情報の論理学・倫理学・哲学のすべてに 渡るが,本論ではそうした彼の仕事のうちでも,最も基幹的な部分でもあ

1 (Adriaans 2019)の第2節と第4節を見よ.

(2)

る情報の論理学について検討したい.彼自身が指摘する通り,情報の概念 のうちにはさらに区別すべき多様な諸側面が含まれるが,そうした中で,

彼が最も中心的に考察するのは,いわゆる「情報についての意味論的捉え 方(semantic concepts of information)」, よ り 簡 単 に は,「 意 味 論 的 情 報

(semantic information)」である.彼によると,意味論的情報とは (i) 適正に 形成され(well-formed); (ii) 有意味で(meaningful); (iii) (内容的に)真 である(truthful)ようなデータ,である(Floridi 2019, p. 72)2

 このような定義を考察の出発点に据えることについては,いろいろな疑 問や反論もあるかもしれない.例えば,本論の冒頭で素描したような素朴 な情報概念(つまり,環境の中で生成された情報概念)に照らして考えた とき,フロリーディの言う意味論的情報は,きわめて明白に言語表現やそ れに類する何らかのシンボル的なものに限定されており(今挙げた(i) ~ (iii) は言うまでもなく,通常は言語表現が持つべきとされるような諸性質 である),これに対して,上記の素朴な情報概念が問題としているのは,環 境の中でエージェントが態度を取りうるような極めて広範なものである(例 えば,F. I. ドレツキ(F. I. Dretske)を踏まえて,J. BarwiseとJ. Seligman 展開した考えによれば,一般に情報の最も基本的な形式は,

ある出来事fが性質Fを持つことが,ある出来事gが性質Gを持つとい う情報を担っている

(Barwise and Seligman 1997, p. 13)

2 フロリーディの考える意味論的情報についてもう少し説明を加える(この点について,査 読者からその必要性の指摘を受けた).一般に「情報が伝達される(情報フローが生じる)」

と言われる場合,現にそうである(成立している)何らかの事柄が(直接にはそのことを 経験しているわけではない)何らかのエージェントに知らされる,ということを意味して いるとしてよいだろう.さもなければそこには「情報の伝達」は生じておらず,単なる風 評や憶測の伝播があるに過ぎないことになるからである.つまり,基本的に情報とは,そ こで伝達される当の内容,言い換えれば「現にそうである」ような何らかの事柄であるは ずであると考えられる.フロリーディが「情報」の定義のうちに「真であること」を含め るのはこうした趣旨からと解される.さらに,フロリーディは「真である」,「偽である」

といった修飾語(adjective)は叙述的(predicative)あるいは帰属的(attributive)な仕方で 用いられるという考えを導入し,真であるということの議論を展開している(Floridi 2005).しかし,本論ではこの議論には立ち入る余裕はないので他の機会に譲る.

(3)

というものであり,情報の担い手とは,狭義における言語的記号やシンボ ルである必要は全くなく,環境の中で生起する様々な出来事そのもの,そ うした出来事が,一定の性質を持つという事態に他ならない).しかしな がら,フロリーディが問題とするような意味論的情報が情報の論理学・哲 学にとって,それ自体として究明されるべき重要な主題であることも確か だろう.というのも,我々人間をはじめ,ある程度の知的能力(情報処理 能力)を持つ動物たち,さらには,もちろん,デジタルコンピュータをは じめとする多様な情報機器といったものが,エージェントとなって,取り 扱う情報というものが,まさしく意味論的情報である事は疑いようがない からである.

 このように,人間を典型例としつつ,もう少し拡張した範囲における情 報処理エージェントの振る舞いに関心を向けるとき,特に,興味ある問題 として登場してくるのは,通常人間のみに対して帰属される認知的な態度

(cognitive attitude)―すなわち,「エージェント 𝑎 は命題 𝑝 を知っている

(the agent 𝑎 knows that 𝑝)という知識態度」,さらに,「エージェント 𝑎 命題 𝑝 を信じている(the agent 𝑎 believes that 𝑝)という信念態度」など

―との対比において,それらより広いエージェントたちが,持ちうる状 態としての「ある意味論的情報 𝑝 を知らされている(be informed of 𝑝)」

である.以下では,こうしたエージェント 𝑎 と意味論的情報 𝑝 との間の知 らされているという関係を情報所有状態と呼ぶことにする(つまり,エー ジェント 𝑎 が意味論的情報 𝑝 を知らされているとき,かつそのときに限り,

𝑎は 𝑝 に関して情報所有状態にある).実際,フロリーディはまさに知識 態度や信念態度を踏まえながらこの情報所有状態を主題化し,すでにJ. ヒ ンティッカ(J. Hintikka)以来,様々に発展してきた知識態度の論理学(知 識演算子 𝐾𝑎 を含む様相論理),及び,信念態度の論理学(信念演算子 𝐵𝑎

を含む様相論理)との対比で情報所有状態の新しい様相論理を展開しよう としている.そこで,本論では,フロリーディの考える情報論理(logic of information)に着目し,エージェントの情報所有状態についての,より詳 しい検討を行うことを目指す.

 まず第2節では,「be informed of 𝑝」についてのフロリーディの議論を

(4)

3 様相演算子と様相論理の体系,様相論理の公理を表す記号の用い方にはしばしば混乱が生 ずることがある.本論では,以下のような区別を用いる点に注意せよ.様相論理の体系を表 すときには太字表記を用い(例えば,様相論理「𝐊」といった具合),様相演算子を表す際 にはイタリックを用い(例えば,「𝐾𝑎」といった具合),最後に,公理の場合にはそのまま,

例えば,「K公理」と書く.

見る.フロリーディは様相論理(modal logic)の一つである𝐊𝐓𝐁が情報 の論理に当たると考えている(𝐊𝐓𝐁は様相論理𝐊にT公理(□φ φ)

とB公理(¬¬φ → φ)(ここではB公理の双対を用いる)を加えて

手にできる様相論理の一種).そこでまず,様相論理の簡単な説明と,認 識論理(epistemic logic)と信念論理(doxastic logic)についての確認をする.

続く第3節では,フロリーディが考える認識論理・信念論理・情報論理の 関係を説明する.先にも述べたように,フロリーディは自身の考える情報 所有状態を形式化する体系として𝐊𝐓𝐁を用いるが,𝐊𝐓𝐁では十分にその 特徴を捉えることはできないように思われる.というのも,情報論理にお いてT公理を認めたとしても,与えられた情報と真理に当たる概念との区 別を行うことができるのは人間のようなメタ概念の区別を行うことのでき るエージェントに他ならないと考えられるからである.そこで,第4節で は,𝐊𝐓𝐁ではないどのような様相論理を用いれば情報所有状態をうまく 記述することが可能となるのかについての検討を行う3

2 情報の論理

 本節では,まずフロリーディの情報論理についてみる.彼は,情報論理 を様相論理の一つである𝐊𝐓𝐁によって形式化可能な論理と考えている.

後でも見るように,様相論理はベースとなる様相論理𝐊に必要な公理を 加えることで様々な論理を手にすることができる.情報論理を与えようと する際に,フロリーディが様相論理を用いたのは,「知らされている」と 切り離すことができない「信じている」や「知っている」といった概念を 扱う,信念論理や知識論理が様相論理によって形式化されていることに由 来すると考えられる.

 ここではまず,フロリーディがなぜ「情報論理」なるものを考察するに

(5)

4 以下では,情報論理が情報所有状態を扱う論理であるということをわかりやすくするため,

「エージェント𝑎 が 𝑝 という情報を所有している(𝑎 holds the information that 𝑝)」を用いて 議論を進める.

至ったのかについて簡単に説明し,𝐊𝐓𝐁によって形式化されると考えら れる情報論理についてみる.

 2.1 フロリーディの情報概念

 先にも述べたように,フロリーディが念頭においているのは,意味論的 内容(semantic content)としての情報概念である.例えば,「電車が11:00 に南大沢を出発する」ということを花子が知らされている場合の情報とは,

その知らされている内容「電車が11:00に南大沢を出発する」を指す(Floridi 2011, p. 226).このように情報概念を考えたとき,さらに三つの細分化が 必要とされる:

 “being informative”

 “becoming informed”

 “being informed”

一つ目は,情報状態の性質に関わる.例えば,その情報がどれほど有用で あるかといったことや,信頼性や背景に関わる.二つ目は,エージェント を,情報を持っていない状態Aから情報を持っている状態Bへと導く過 程に関わる.もう少し詳しくいうと,伝達といったことを考えた際に生じ る,環境とエージェントとの間の関係などのことである.そして三つ目は,

このどちらでもなく,あるエージェントが情報を得ているという状態がど ういうことなのかということに関わる概念である.フロリーディは,特に 三番目で扱われる情報概念に着目し,情報論理の分析を進める.というの も,この概念こそが,認識論理や信念論理と比較可能な情報論理を与えう ると彼が考えたからである(Floridi 2011, p. 227).フロリーディは,この ように考えたときの情報概念を「エージェント𝑎 が情報 𝑝 を知らされてい る(𝑎 is informed that 𝑝)」や「エージェント𝑎 が 𝑝 という情報を所有してい る(𝑎 holds the information that 𝑝)」によって表現する(Floridi 2011, p. 228)4

(6)

5 ただし,フロリーディは,機械が(あとで見るような人間が持つ)内省的な働きをする可 能性を全く持たないと主張しているのではなく,機械の場合にもその可能性があることに ついて触れている(Floridi 2011, p. 235).

情報所有状態ということで述べられることのポイントは,知識や信念のよ うな,より心的態度であることが明確なもの(つまり,あるエージェント が一定の命題的内容に対して知識に代表されるような概念的理解と言える ようなものを持ち,様々な仕方でそれに気づきを持つことができ,さらに は,他の目的との関係で,その命題内容を自ら利用することができるよう な場合)とは異なり,例えば,気付き,意図のような態度を持つことはか ならずしもできないが,それにもかかわらず,何らかの仕方で与えられた 意味論的情報を処理することができるようなエージェントに関して,まさ にそのエージェントが,一定の意味論的情報を所有している,つまり,適 当なトリガー(trigger)が発動すれば,自明ではない(一般には非常に高 度な情報処理を行うことができる状態にある)というあり方を論理的に分 析することにある.情報を所有しうるエージェントをこのようなものと考 えたとき,エージェントの候補には,人間だけでなく,機械や動物などの 単なる情報処理系とみなされるものも含まれてくる.そのため,情報論理 での典型的なエージェントとして,フロリーディが想定しているのは,例 えば理想的な機械(特に,チューリングマシンを挙げている)や動物(フ ロリーディの例は犬)などである5.では次に,様相論理𝐊𝐓𝐁によって与 えられる情報論理を見ていこう.その前に,まず認識論理と信念論理を簡 単に確認する.

 2.2 認識論理と信念論理

 知識と信念の概念を扱う論理については,1950年代ごろからG. H. フォ ンライト(von Wright 1951)やヒンティッカ(Hintikka 1962)を始めとす る哲学者や論理学者によってその研究が進められた.その中でも特に,ヒ ンティッカが認識論理の研究に着手し,また可能世界意味論の観点を用い た認識概念の解釈も提案した.

(7)

 本論で扱う三つの論理は,すべて様相論理によって与えることができる ので,まず様相論理の基本的な整式と様相論理𝐊を与える.様相論理の 整式は以下のように与えられる:

φ : = 𝑝 | ⊥ | φ → φ | □ φ

このとき,𝑝は原子式とし,いつものように他の結合子の略記を定める:

¬φ : = φ → ⊥ , φ ∨ 𝜓 : = (¬φ ) → 𝜓 , φ ∧ 𝜓 : = ¬ (φ → ¬𝜓 ),φ : = ¬□ ¬φ.

様相論理𝐊のヒルベルト流の公理系は,(i) 古典命題論理のトートロジー と(ii) 𝐊公理□ (φ → 𝜓 ) → (□ φ → □ 𝜓 ) ,推論規則はモードゥス・ポネンス        φ φ → 𝜓

― (𝑀𝑃)        

𝜓 と必然化規則

         φ

― (𝑁𝑒𝑐)        

□ φ

の二つ,によって与えられる.様相論理では,このベースとなる様相論理 𝐊に必要な公理を加えることで様々な様相論理を与えることができること が知られている(cf. Garson 2018).

 認識論理は様相論理𝐊にT公理(□ φ → φ)と4公理(□ φ → □ □ φ)と5 公理(¬□ φ → □ ¬□ φ)を加えることで手にすることができる.ただし,認 識論理の場合には,□の代わりに𝐾𝑎を用いることとし,𝐾𝑎φは「エージ ェント𝑎がφを知っている」を表すこととする.このとき,T公理(𝐾𝑎

φ→ φ)は「𝑎がφを知っているなら,φは成立する」ということを表す

ものと考える.これは,エージェントの知識が真であることの要請であり,

裏を返せば,真でなければ知識とは認められないということを表している

(8)

と考えられる6.続いて,4公理(𝐾𝑎φ → 𝐾𝑎𝐾𝑎φ)は「𝑎φを知ってい るなら,𝑎は「𝑎がφを知っている」ということも知っている」を表すと 考えられる.これは,正の内省(positive introspection)と呼ばれ,エージ ェントが自身の心的状態にアクセスすることが可能であることを表現して いる.最後に,5公理(¬𝐾𝑎φ → 𝐾𝑎¬𝐾𝑎φ)(ここでは5公理の変形を用いる)

は,「𝑎φを知らないなら,𝑎は「𝑎がφを知らない」ということも知っ ている」を表すものとし,負の内省(negative introspection)と呼ばれる.

 次に,信念論理についてみる.信念論理は,認識論理の𝐾𝑎の代わりに,

𝐵𝑎を用いることとし,𝐵𝑎φは「エージェント𝑎がφを信じている」を表 すこととする.信念論理は様相論理𝐊に,D公理(𝐵𝑎φ → ¬ 𝐵𝑎¬ φ)と4 公理(𝐵𝑎φ → 𝐵𝑎 𝐵𝑎φ)と5公理(¬ 𝐵𝑎φ → 𝐵𝑎¬ 𝐵𝑎φ)を加えることで手に できる.D公理は「𝑎がφを信じているなら,𝑎はφでないということを 信じていない」と考える.これは,エージェントの信念が無矛盾であれば 良い(¬ 𝐵𝑎⊥ )7ということに他ならない.つまり,認識論理のように,命 題が真であることまでは要求されておらず,たとえ実際には偽な命題であ っても,あくまでエージェントの中で矛盾を引き起こすことがなければ,

信じていても差し支えないということである8.以上が,認識論理と信念 論理である.では続いて,フロリーディの情報論理について見てみよう.

 2.3 フロリーディの情報論理 

 では,まず先に,フロリーディの考える情報所有状態に関するエージェ ントがどのようなものであるのかをチューリングマシンを例としてみてみ よう.

 チューリングマシンは,テープ,ヘッド,制御部からなる.テープには セルというマス目が並んでおり,各セルには文字を一つずつ書くことがで

6 この点は,認識論理が信念論理と決定的に異なる点である.のちに見るように,信念論理で は,T公理より少し弱い,D公理が公理の中に含まれる.

7 この論理式とD公理は一方から他方が導き出せるという意味で同値である.

8 信念論理については,例えば(Caie 2017)に詳しい.

(9)

9 ここでの例は,(鹿島2008)による.

きる.ヘッドは,テープ上に位置し,左右に動くことができる.制御部は チューリングマシンの動作をコントロールする部分である.このとき,テ ープはメモリ,ヘッドは呼び出しにあたり,制御部がコマンドを実行して いく.また,チューリングマシンは,簡単には,文字集合,状態集合,遷 移関数を定めることで決まる.文字集合は,セルに書く文字を集めた有限 集合で,状態集合はチューリングマシンの置かれうる状態の有限集合で,

開始状態を一つ含んでいなければならない.遷移関数は,簡単には動作規 定のことで,動作規定によって機械が次に何をするかが決まる.例えば,

状態xから状態yに至る矢印の上に「a b 右」と書かれていたら,以下の ような動作規定を表していることになる9

状態がxでヘッドが指しているセルに文字aがある場合には,そのセル に文字bを書いて(aは消去される),ヘッドを右方向にセル一つ分だ け動かして,状態をyに変える.

チューリングマシンは,特定のマスに位置を持つのであるが,これは,ス キャンして情報を読み取る場所が指定されているということである.チュ ーリングマシンはその都度ある一定の状態(ここでの状態とは一言で言え ば,データに関するどのような応答(つまり,処理)をしうるかが定めら れたもの,応答の能力と考えてよい)に入り,記号が入力になり,結果が 出力される.ともかく,このような意味でチューリングマシンが所有する

(知らされる)情報とは,直接にはテープに書かれた文字列と言えるだろ うし,より適切にはそれだけでなく,状態という形でチューリングマシン に組み込まれている応答の仕方やデータ処理の仕方についての情報も所有 している(知らされている)と言ってよいだろう.もちろん,厳密な議論 は必要ではあるが,当面はこのようなものと考えておけば十分である.こ のような働きをするチューリングマシンには,さらに「「(情報を)所有し ている(知らされている)」という情報を所有している(知らされている)」

ということまでは必要とされない.というのも,テープに書かれている情

(10)

報などのさらなる情報を所有していなくても(知らされなくても),チュ ーリングマシンはデータを処理していくことが可能であるからである.こ のことは,犬の場合にも言える.つまり,心や情報 φ に関係する心的状 態に類似する何かを欠いていても,「エージェントは, φという情報を持つ」

ことは可能であるということである.また,このような情報処理機器は閉 じた世界を構成しており,その処理したデータを世界に投射することがで きないようなものと考えてよいということである.このとき,内省や内観 といったことを心的主体自身の心の状態を把握するものと考えて良いのな ら,これは,心的主体が行うメタ的な働きと言える.先にも述べたように,

情報論理で想定されるエージェントには,このようなメタ的作用は含まれ ないと考えて良く,情報概念と知識や信念の概念を分析する際の大きな違 いの一つと言える.

 フロリーディは,彼の考える情報論理を形式化するためには,様相論理 の一つである𝐊𝐓𝐁が適当であると考えた.𝐊𝐓𝐁は様相論理𝐊にT公理

(□ φ → φ)とB公理(¬ □ ¬ □ φ → φ)を加えれば良い.ただし,𝐊𝐓𝐁 情報論理として用いる場合には,認識論理や信念論理同様,□の代わりに 𝐼𝑎を用いることとし,𝐼𝑎φ は「エージェント𝑎がφという情報を所有して いる(知らされている)」を表すこととする.T公理(𝐼𝑎φ → φ)は「エー ジェント𝑎がφという情報を所有しているなら,φが成立する」を表す.

この公理は,フロリーディの立場を組み込んだものである.他方,B公理

(¬ 𝐼𝑎¬ 𝐼𝑎φ → φ)は「もしも,エージェント𝑎が「自分は内容φを情報と して所有していない」という情報を所有していないならば,そのとき,φ が成立する」ということを表す.つまりこの公理は,ある内容が情報とし て所有されていない(不在)という情報が不在(非所有)であれば,φ 真であるという,非常に強い内容のもの(一般に,エージェント𝑎が強力 な情報所有能力を持つことを要請するもの)である.その意味で,この公 理を採用することを正当化できるかはかなり問題があると思われる10  情報論理において,T公理とB公理が公理とされている一方で,4公理

10 フロリーディ自身は,この公理を正当化するための論拠を述べてはいる(Floridi 2011, p.

(11)

237).しかし,十分に掘り下げたものとは考えられず,それ自体として議論するためには,

様々な論点を考慮に入れる必要があると思われるので,本論ではこれ以上立ち入らないこ ととする.

11 「𝑎がφを信じている(知っている)」を成り立たせるものが,同様に「𝑎が「𝑎がφを信じ ている(知っている)」ということを信じている(知っている)」を成り立たせうるとフロ リーディは述べている(Floridi 2011, p. 233).

はそうではない.これは,フロリーディが情報概念を分析するために内省

(introspection)という働きが基本的には必要ないと考えているからに他な らず(Floridi 2011, p. 233),認識論理や信念論理とは異なる情報論理の特 徴の一つと考えられる.この点についてもう少し詳しく検討してみよう.

知識演算子𝐾𝑎の場合の𝐾𝑎φ→ 𝐾𝑎𝐾𝑎φと信念演算子𝐵𝑎の𝐵𝑎φ→ 𝐵𝑎 𝐵𝑎 φ 成り立つが,情報所有演算子𝐼𝑎𝐼𝑎φ→ 𝐼𝑎𝐼𝑎φは成り立たない.知識や信 念は,一般に,私たちが身につけている一定の能力や傾向性(認識に関わ る能力や傾向性)に関わる概念である.特に,一定の複雑度を備えた内容 を知っていたり,信じたりすることのできるエージェントは,通常,かな り高度な反省能力(自分の心的能力や状態について知る/信じる/気づく 能力)を備えているため,そうしたエージェントがある内容φを知って いる/信じているとき,そのこと自身をそのエージェントが知っている/

信じているということは十分にあり得る(少なくとも原理的に可能である)

と言ってよいだろう.このことを公理の形で表現しているのが,知識演算 𝐾𝑎及び信念演算子𝐵𝑎についての4公理である.この意味で,認識論理 及び信念論理において4公理が採用されるのは自然なことであるとフロリ ーディは指摘する11.これに対して,情報所有演算子𝐼𝑎の場合にはそうで はない.エージェント𝑎が内容φを情報として所有していたとする.こ のとき,そのこと―エージェント𝑎φを所有しているということ―

自身を𝑎は情報として所有しているだろうか.この問題は単純ではないだ ろうが,フロリーディ自身も可能な情報所有エージェントの一例として取 り上げている,犬などの例を考えれば,答えはノーと言えるだろう.犬が 目の前に敵の犬が現れているという情報を知覚などを通じて所有している とき(実際,その犬は,敵の犬に対して,身構えたり,吠えたりできる),

それにもかかわらず,この犬は自分がそのような情報を所有しているとい う情報まで所有しているとは考えにくい.実際,このようなメタ情報をこ

(12)

の犬自身が何らかの仕方で利用するということは考えられない.フロリー ディはこのような論拠で,情報論理において,4公理を採用することを退 けている.そして,それももっともなことであると思われる.

 知識態度や信念態度は,エージェントが持つ高度な反省能力によるもの であるが,これに対し,情報所有状態はそうではない.これは,先にも述 べたように,情報論理で想定されるエージェントが,内省や内観といった メタ的作用を含まないことに由来すると考えられる.この点に関して,フ ロリーディは,「𝑎φという情報を所有している(知らされている)」と いうことが,完全に受け入れ可能でも,𝐼𝑎φに対する第二のあるいはメタ 的なアプローチなしに,「「𝑎がφという情報を所有している(知らされて いる)」という情報を所有している(知らされている)」ということは受け 入れられないと考えている(Floridi 2011, p. 232)12

3 情報と知識と信念

 本節では,情報論理と認識論理,そして,信念論理との間の関係につい てみる.まず,一般的に成り立つと考えられている,認識論理と信念論理 との関係について見ていこう.

 3.1 認識論理と信念論理の関係

 認識論理と信念論理の間には,以下のような関係が成り立つことがよく 知られている(cf. Hintikka 1962):

𝐾𝑎φ→ 𝐵𝑎φ

これは,「𝑎がφを知っているなら,𝑎φを信じている」ということを 表す.つまり,知識として獲得したものは,そのまま信念ともみなせると

12 知識状態・信念状態と情報所有状態とのこの違いを,認識関係,信念関係,情報関係が持 つ性質の違いによるとフロリーディは考えている.この点については後ほど検討する.

(13)

13 伝統的には,正当化された真な信念が知識であるということが,広く受け入れられてきた(cf.

Ichikawa and Steup 2017).しかし,現在ではゲティア問題などが指摘されるようになり,知 識をこのようなものとして考える見方に対しては慎重な議論が必要とされる.

いうことである.ただし,その逆は成り立たない.例えば,花子が「電車 が11:00に南大沢を出発する」ということを知っているなら,花子はその ことを信じていることにもなる.一方,その逆は成り立たない.というの も,花子が「電車が11:00に南大沢を出発する」ということを勝手に信じ ており(先にも述べたように,信じているの段階では,命題は偽でも構わ ない),知っているとまでは言えない状況が考えられるからである.つまり,

信念となった命題の方が,知識となる命題よりもその成立範囲が広いと考 えられているということであり,図示すると以下のようになる(図1):

 一般的には,知識は正当化された信念のことを指すと考えられてきたの で,知識が信念に包含されていると考えるのは自然なことように思われる13

 以上が,一般的に受け入れられているとここでフロリーディが考えてい る知識と信念との関係である.では,これら二つの概念とフロリーディの 考える情報概念はどのように関係するのだろうか.以下では,フロリーデ ィの考えに沿って,その関係について見てみよう.

 3.2 三つの論理のフロリーディの分析

 フロリーディは,一般的に受け入れられている𝐾𝑎φ → 𝐵𝑎φ原理が常に 成り立つとは考えておらず,また,𝐵𝑎φ → 𝐼𝑎φも必然的に真ではないと考 えている(Floridi 2011, p. 241).つまり,これら二つの論理式が常に真で はないとみなしているということである.加えて,彼は,𝐾𝑎φ → 𝐼𝑎φが常

図 1

(14)

に真である可能性を示唆する.このことを踏まえて,これらの関係を以下 のように図示できる.

 図2を図1と比較したときの一番の特徴は,(b)が出現している点であ る.というのも図1では知識は信念に全て包含されていると考えられてい るため,(b)の範囲がそもそも存在しないからである.このとき,(b)は,

何らかの情報を所有しており(知らされており)知識ではあるが信念では ない範囲に当たる.つまり,情報であり知識ではあるが,信念ではない命 題の範囲が存在するということである.今,次のような例が考えられる.

例えば,花子は都立大の入学試験を受け,その結果の通知を受け取ったと する.緊張しつつ封筒を開けると,中に入っていたのは不合格通知だった.

しかし,花子は自分が不合格になったことが信じられず,何かの手違いだ と主張し,信じようとしない.この場合,よっぽどのことがなければ,手 違いということはないため,この不合格通知は正しい情報であり,花子の 知識となってはいるが,花子が信じようとしないため,信念とはならない.

この例のように,伝えられた情報がエージェントの知識にはなるが信念に はならないような状況といったものを考えることができる.そのため,知 識が信念に必ず包含されると考えることはできないと言える.

 (b)の場合と同様に,他の範囲がどのような状況を指すのか見ていこう.

では初めは,(c)である.(c)は(b)同様,フロリーディの考える特徴 的な部分である.では,具体的にどのような状況がこの範囲の例として考 えられるかを見てみよう.例えば,花子は「電車が11:00に南大沢を出発

図 2

(15)

14 知らない間にポケットにメモが届けられる例はフロリーディによる(Floridi 2011, p. 233).

15 先に見た,チューリングマシンの例を参照のこと.

16 前節での,認識論理・信念論理と情報論理における4公理の扱いに関する議論を参照のこと.

する」と勝手に信じているが(この場合,過去の記憶などからそうだと信 じており),ポケットに「電車が11:00に南大沢を出発する」と書かれたメ モが入っていることを知らない場合を考える14.このとき,花子は,毎週 火曜日に同じ時間の電車に乗ってアルバイトに向かっており,時刻表が改 定されたということが直近では生じていないことを知っているとすると,

花子は,外部からの情報の提供を受けることがなくても,実際に真な命題 を信じることができる.また同時に,ポケットに真な時刻表の情報がすで に届けられていたとする.そのことに花子が気がついていなくても,それ が真な情報であれば,花子のポケットにメモが入れられた時点で(この場 合,自分で知らずにポケットにメモを紛れ込ませても,誰か他の第三者に よって入れられても),花子はその情報を「所有している(知らされている)」

ということになる.ただし,花子が自分でメモをポケットに入れたか入れ てないかにかかわらず,花子がメモの内容を知らないということが重要と なってくる.なぜなら,花子がメモに書かれている内容を知ってしまった ら,その時点でそれは花子の知識になってしまうからである.続いて,(d)

である.(d)で表される部分がフロリーディの考える情報論理に当たると 考えられる15.(d)を考えるときに重要なのは,先にも述べたが,情報論 理の公理として4公理が含まれていないという点である16.では次は,(a)

の範囲について見てみよう.例えば,再び先ほどの花子の大学受験の例を 考える.このとき,受験の結果が届いており,花子は不合格であると知る.

この通知を花子は信じ,二次試験の対策を始める.このような状況では,

知識も信念も情報に包含されていると考えられる.最後に(e)を考える.

(e)は完全に信念だけの場合に当たる.このとき,情報を所有して(知ら されて)もいないため,知識ではない.しかし,情報を所有していなくて も(知らされていなくても)勝手に信じることはできるので,情報でも知 識でもない信念を持つことは可能である.再び電車の時刻表の例を考えよ う.例えば,花子は時刻表を確認もせず,「電車が11:00に南大沢を出発す る」と信じて家を出る.このとき,花子に情報は届いておらず,そのため

(16)

知識と認められるものは何もないが,花子個人の思い込みによってのみ行 動していると考えることができる17

 さてこのようにして,フロリーディの考える情報と知識と信念の関係を 見た.しかし,フロリーディの提案する𝐊𝐓𝐁では,先に述べたようなT 公理に関連して生じてくる問題は扱うことができないように思われる.で はどのように考え直していけばよいだろうか.以下では,この点について 見ていこう.

4 情報論理の再考

 𝐊𝐓𝐁はその名前からもわかるように,T公理を含む.しかし,このT 公理と必然化規則とが同時に成り立つと考えたときには,おかしなことが 起きると考えられる.そこで,本節では,この問題点を解決するために,

フロリーディが提案するよりも適切な仕方で情報所有状態を形式化するに はどのような論理を考えれば良いのかについて見ていく.

 4.1 エージェントと情報を繋ぐもの

 これまで見てきたように,フロリーディが念頭において議論しているの は,主に,チューリングマシンを例とするような理想的なエージェントで あり,彼の考える情報論理は,情報所有状態についての論理である.先に も述べたように,フロリーディが用いる情報所有状態の論理では,エージ ェントとして想定されているのは,我々人間のような内省的な性質を持つ ものではない.しかし,当然,知識態度を取れるエージェントは情報所有 状態も持つことができる18.これは,先ほどの図2の(c),(a),(b)によ っても表現されている(このとき,(a)+(b)は一般的な認識論理によっ て扱われる部分と考えられる).この範囲は,情報概念が知識概念や信念 概念と重複する部分である.そのため,(c),(a),(b)によって表現され

17 ただし,信念概念については慎重な議論が必要とされると考えられるので,本論では,こ の点について詳しく論じることはできない.

18 先にも述べたように,フロリーディは,𝐾𝑎φ → 𝐼𝑎φ である可能性も指摘している.

(17)

る範囲で想定されているエージェントは,情報概念を扱うことが念頭に置 かれていても,内省的な性質を持っていると考えるのが自然であるように 思われる.フロリーディは,この点について,認識関係(𝑎が~を知って いる関係)や信念関係(𝑎が~を信じている関係)はシングルチャンネル 性を持つ関係であり,情報関係(𝑎が~を知らされている関係)はダブル チャンネル性を持つ関係であると考えている(Floridi 2011, pp. 233-234).

4公理が成り立つ前者の二つでは,(認識関係を例にとると)𝐾𝑎φが成り 立つと同時に𝐾𝑎 𝐾𝑎 φも成り立つ為,原理的には,同じチャンネルが,「エ ージェント𝑎がφを知っていること」も,「エージェント𝑎が𝐾𝑎φを知っ ていること」も成り立たせることが許されているということである.一方,

情報関係では,一つの同じチャンネルが「エージェント𝑎とφとの間の関 係」と「エージェント𝑎と𝐼𝑎φとの間の関係」を両方とも成り立たせるこ とはできないとされる.情報所有演算子を重ねて用いるためには,エージ ェント𝑎𝐼𝑎φとの間を繋ぐ(エージェント𝑎φとを繋いだのとは)別 の情報関係が必要であるとフロリーディは考えている19

 4.2 情報論理の再考

 先にも述べたように,情報所有状態ということで述べられることのポイ ントは,知識や信念のような,心的態度であることが明確なものとは異な り,意味論的情報を処理することができるエージェントに関して,まさに そのエージェントが,一定の意味論的情報を所有している,つまり,なん らかのきっかけがあれば,非常に高度な情報処理を行うことができる状態 にあるというあり方を論理的に分析することにある.

 情報論理では,T公理が採用されているが,これは,情報論理で扱われ る命題が,真であることを要請する論理であることに由来する.フロリー ディが強調するように,意味論的情報概念にはその内容が真であることが

19 フロリーディは,𝐼𝑎 𝐼𝑎 φ 自体もこのまま成り立つとは考えていない.しかし,例えば,様相 演算子(ここでは,𝐼𝑎)を含む論理式に必然化規則を適用すると,結果として,𝐼𝑎 𝐼𝑎 φ とほ とんど同じ仕方で,𝐼𝑎が重なった形で出現することがある.この点については,フロリー ディが考えているよりも慎重な議論が必要であるように思われる.また,この点は以下で 見るT公理と必然化規則の議論とも密接な関係があるはずであるが,考察のための十分な 準備がないため,別の機会に譲る.

(18)

20 T公理に必然化規則を適用することを考える:

       𝐼𝑎φ → φ

――――――― (𝑁𝑒𝑐)         𝐼𝑎(𝐼𝑎φ → φ)

必然化規則を適用して出てきた結果(𝐼𝑎(𝐼𝑎φ → φ))は「エージェント 𝑎は 𝐼𝑎φ → φ という情報 を所有している」ということを表すが,エージェント 𝑎は φ が真であるという情報も所有する ことになる.しかし,これは,情報所有エージェントの性質からして,強すぎる主張であると 考えられる.必然化規則に条件を課すことについては後ほど議論する.

21 例えば,情報所有を行うことのできるエージェントの一例として,ペアノ算術(ペアノの 自然数論の言語は対象定数0,1,一変数関数(後続者関数),二変数関数(加法関数記号,乗 法関数記号)とからなる.これらを特徴付ける6つの公理及び帰納法原理を付与した体系)を 考えてみよう.ペアノ算術のような形式体系は,まさに様々な情報を所有し,それらを処理す ることのできるエージェントの典型と言ってよいようなものであり,そもそも情報論理にとっ ての意図された適用対象は,まさにこのような形式体系(をプログラムの形で組み込まれたロ ボットなど)である.ペアノ算術を用いる議論は以下で詳しく述べる.

含まれる.この見方に対しては論争の余地があるが,情報の中に真でなけ ればならないという規範性が含まれるということは十分に理解できる.そ こで,このように情報概念を追求するフロリーディの趣旨を受け入れ,今 後の議論を展開してみよう.先に述べた意味で,T公理を入れて情報所有 状態の論理を展開しようとすることには納得がいくが,しかし,その場合 には,他の基本的原理に制限を課す必要があると考えられる20

 今,あるエージェントが,ある意味論的情報 𝑝 を所有しているとする.

そうするとこのとき,確かにこの意味論的情報 𝑝 は真であるはずなので,

𝑝は成り立つ.これはまさに,T公理が述べていることに他ならない.し かしこのとき,当該のエージェント 𝑎 は一般には,このこと(自分が所有 している 𝑝 がそれ自体で真であること)を必ずしも把握しているわけでは ない21.このことは,次のように議論しても良い.ゲーデルの不完全性定 理が示したように,一階ペアノ算術(これは,その証明能力の点から言う と任意のチューリングマシンが計算できる関数をそれ自身計算できる―

表現し,証明できる―と考えて良い)は,証明可能性述語を含んでおり,

つまり,自らがどのような証明(を典型とする情報処理)を行うことがで きるのかについても本質的な情報を所有していると考えて良いが,他方で,

(ペアノ算術が無矛盾だとする限り)自らの論理式に関する真理述語を持 つことはできない(もしもペアノ算術が自らの真理述語を自らのうちで定 義しうるとすると,ペアノ算術は矛盾しているという帰結が生じる).つ

(19)

22 ここで述べたゲーデルの不完全性定理とペアノ算術に関する議論は,岡本賢吾氏からの示 唆を受けたものである.

まり,ペアノ算術(を実装したコンピュータ上の証明系)は情報所有状態 を保つことができるようなエージェントの一例と考えることができるが,

自らが所有している,いかなる意味論的情報についてもそれが真であると いう(メタ的)情報を持っているわけではない.とすれば,ペアノ算術自

身は 𝐼𝑎𝑝 → 𝑝 という意味論的情報自体は決して所有していないだろう.つ

まり,𝐼𝑎についてT公理が妥当することはおそらく正しいが,そのことを 知っている,さらには,その情報を所有できるのは,あくまで我々のよう な知識態度を持ちうるエージェントだけである.そしてこのことは,𝐼𝑎 扱う様相論理についても一定の重要な制限を課す必要があることを意味し ている22.では,その制限をどのように課せばよいだろうか.ここでは,

必然化規則に適用の条件を課すという方法を採用してみる.例えば,エー ジェントが実際にその命題を証明したり,計算した場合を考える.このと き,⊢𝑎を「𝑎によって証明された」と読むことにし,必然化規則の適用を 以下のように許すことにする.

       𝑎 φ

― (𝑁𝑒𝑐)        

𝐼𝑎 φ

このように考えれば,𝐼𝑎 φ は「エージェント𝑎は(自身でφであることを 示したので),φであるという情報を所有している(知らされている)」と 考えても何もおかしなことは起きない.一方,T公理などの場合には,𝐼 (𝐼𝑎𝑝 → 𝑝 ) は「(私たちが)𝐼𝑎 𝑝 → 𝑝という情報を所有している(知らされ ている)」ということを表していると読むことにし(ここでの 𝐼は私たち のような人間的なエージェントの情報所有を表す演算子とする),必然化 規則の適用を許すことにする.このように,エージェントを区別し,必然 化規則の適用を行えるようにする.そうすることで,当該のエージェント の証明可能性と我々人間のような外側の視点からの証明可能性とを区別で

(20)

きるようにし,情報所有状態をより詳しく分析することが可能となると考 えられる.しかし,もちろん,ではエージェントの証明可能性とはどのよ うなものと考えるべきかという問題がさらに生じてくるのであるが,この 点については,今後の課題とし本論ではこれ以上扱わない.

5 結び

 本論では,フロリーディの情報論理について見てきた.第2節では,フ ロリーディの考える情報概念が「知らされる」によって表現されるような ものであること,このように表現された情報概念が,知識や信念の概念と 比較可能であるということについて見た.続く第3節では,フロリーディ の考える情報論理と認識論理と信念論理との間の関係を整理し,知らない が情報が届いているような場合が存在すること,情報概念が,知識や信念 とどのような関係にあるのかを見た.続いて,第4節では情報所有状態と いうことについて深く掘り下げてみると,フロリーディの考える,必然化 規則付きの𝐊𝐓𝐁という公理化には不十分な面があるのではないかという 考察を行った.このとき,特に問題と考えられるのは,必然化規則であり,

情報所有状態にあるエージェントは,一般には,ある情報を所有している

(知らされている)と言っても,まさにその情報を知っているとまでは言 えず,情報 φ を持っていても φ を知っているとは限らない.この点につ いては,フロリーディも確かに指摘しているが,ここからさらに考察を進 めてみると,この種のエージェントは情報 φ を持ってはいても,その φ が真であるという概念自体を一般的には持つことができないのではないか と考えられる.実際,犬などを考えたときには,真理概念を持つと考える のは無理があるように思われる.また,チューリングマシンの場合には,

先にペアノ算術を用いて説明したように,自らのシステムの証明可能性に 当たる概念は所有しているが,真であるという概念は定義不能であると言 える.そうすると,T公理に 𝐼𝑎 を適用することは適切でも,T公理を把 握することができるのは,この 𝐼𝑎 を含む論理体系を理解している我々(通 常の真理概念を持っている人間的エージェント)と考えなければならない だろう.このように考えると,T公理に対して必然化規則を適用するとい

(21)

うことには大きな疑問が生じる.なぜなら,その適用の結果,𝐼𝑎𝑝 → 𝑝 いう情報を持つことになるが,エージェントが一般に事実であるという情 報を持つことができないのなら,この情報を所有しているというのは,不 整合であるか,少なくとも疑問の余地があると考えられるからである.本 論ではこれ以上その考察を行うことはできないが,このことは,少なくと もパラドキシカルな帰結を含むことが予想される.そこで,今後は証明可 能性に対し何かエージェントについてのインデックスに当たるようなもの を付加する形で,もう少し論理としての体系の複雑化を行い,その考察を 行ってきたい.この点についての考察を通じて,可能な範囲での形式化と 哲学的考察を行う.

引用文献

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参照

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