序 文
インフルエンザウイルスは,特に高齢者におい て重症化しやすく, 流行時に高率に肺炎を合併し,
死亡率を高めることが報告されている
1)〜3).一方,
respiratory syncytial(RS)ウイルスは小児での下 気道感染症の主たる原因ウイルスとしてあげられ るが,近年は高齢者においても施設内流行を契機 として,肺炎の原因ウイルスとなり,高い死亡率
をきたしたとの報告も散見される
4)5).今回私共 は,2 年間における市中肺炎の起炎菌の調査で呼 吸器系ウイルスに対する血清抗体価を測定した結 果,インフルエンザ A ウイルスおよび RS ウイル スの急性感染を示唆する症例が複数みられた.そ こで,これらの呼吸器親和性を有する代表的ウイ ルスの関与した市中肺炎の臨床像の違いを比較検 討した.
対象と方法
対象は,1998 年 4 月から 2000 年 3 月迄の 2 年 間に川崎医科大学附属川崎病院呼吸器内科に入院
インフルエンザ A ウイルスと RS ウイルス感染が 関与した市中肺炎症例の比較検討
川崎医科大学附属川崎病院呼吸器内科1),川崎医療福祉大学2)
小橋 吉博
1)大場 秀夫
1)米山 浩英
1)沖本 二郎
1)副島 林造
2)(平成 12 年 8 月 1 日受付)
(平成 12 年 10 月 17 日受理)
過去 2 年間に市中肺炎 142 例を経験した.これらの全例に呼吸器系ウイルスの抗体価測定をしたとこ ろ,2 年ともに市中肺炎の症例が増加する冬の時期に一致して,インフルエンザ A ウイルスの急性感染 が 10 例,RS ウイルスの急性感染が 6 例に認められた.2 種類のウイルス感染が関与した市中肺炎の臨床 像を比較した結果,いずれも高齢者に好発していたが,インフルエンザウイルス群は 38℃ 以上の高熱,
頭痛,全身倦怠感といった全身症状が強く,重複感染と考えられる一般細菌がうち 9 例で検出され,
Streptococcus pneumoniaeが 4 例と多かった.一方,RS ウイルス群は発熱も 38℃ 未満で,全身症状が乏し い傾向がみられ,重複感染と考えられる一般細菌はうち 4 例で検出され,Haemophilus influenzaeが 3 例 であった.重症度は,インフルエンザウイルス群が 3 例で人工呼吸管理を要し,うち 2 例死亡したのに 対し,RS ウイルス群は 1 例も人工呼吸管理を要さず,予後に違いが認められた.予防として,インフル エンザウイルス群は 1 例もインフルエンザワクチン接種歴がなかったことから,流行前における特に高 齢者へのインフルエンザワクチン接種の重要性が示唆された.
〔感染症誌 75:42〜47,2001〕
要 旨
別刷請求先:(〒700―8505)岡山市中山下 2―1―80 川崎医科大学附属病院呼吸器内科
小橋 吉博
Key words: Community-acquired pneumonia, influenza A virus, RS virus, vaccine
を要した市中肺炎 142 例 (男性 82 例,女性 60 例)
とした.なお,市中肺炎の定義としては,入院前 もしくは入院後 48 時間以内に発症し,胸部 X 線 写真上,必ず新たな浸潤影を認め,発熱(37℃ 以 上) ,末梢血中の白血球増多 (8,500
µl 以上),CRP 上昇(1.0mg dl 以上)のうち少なくとも 2 項目以 上を認めた症例とした.これらの症例の喀痰もし くは吸引痰において,一般細菌は肺炎発症時の菌 数が 10
7CFU 以上分離された場合,血液もしくは 胸水から分離培養された場合のみ起炎菌と判定し た.血清学的診断法は,
Mycoplasma pneumoniae(Complement Fixation:CF法およびPassive Ag- glutination:PA 法) ,Chlamydia pneumoniae (Enz- yme-Linked Immunosorbent Assay : ELISA 法 にてIgGおよびIgA),
Chlamydia psittaci(CF法),
Legionella pneumophila
(Fluorescent Antibody Me- thod:FA 法) ,呼吸器親和性の強いウイルスとし て,influenza A virus(CF 法および Hemaggluti- nation Inhibition:HI 法),influenza B virus(CF 法および HI 法) ,parainfluenza 1,2,3 virus (HI 法),adenovirus(CF 法),RS virus(CF 法)のそ れぞれの抗体価を急性期と回復期(2〜3 週後)の 2 回に分けてペア血清で 4 倍以上の上昇があった 場合,陽性とした.また,今回の検討では市中で のウイルス感染の流行をみるため,市中発症のみ とし,老人ホームなどの施設内発症の症例は除外 した.
検討項目は,原則として入院時点でのデータと し, 背景因子:年齢,性別,基礎疾患の有無,
臨床症状:38℃ 以上の発熱,咳嗽,喀痰,咽頭 痛,鼻汁,頭痛,全身倦怠感,意識障害,呼吸困 難感,胸痛,
理学所見:体温上昇:38.0℃ 以上,頻呼吸:24 分以上,頻脈:100 分以上,血圧低 下:100mmHg 未満, 検査所見:赤沈 20mm hr 以上,CRP 1.0mg dl 以上,白血球数 8,500
µl 以上,
GPT 35IU
l以上,GOT 30IU
l以上,CPK 70IU
l以上,クレアチニン 1.2mg dl 以上,尿素窒素 20 mg dl 以上,グロブリン 2.5g dl 以下,ツベルクリ ン反応長径 10mm 未満が陰性, 画像所見:胸部 X 線上における浸潤影の拡がりが一側肺野面積の 1 3 以内,片側肺に収まる範囲,片側肺を超える範
囲の 3 段階, 治療:人工呼吸管理,ステロイド パルス療法の有無, 予後:生存もしくは死亡に 関して検討した.
成 績
今回対象とした市中肺炎 142 例中,インフルエ ンザ A ウイルス抗体価陽性(以下インフルエンザ ウイルス群と略す) であったのは 10 例に対し,RS ウイルス抗体価陽性(以下 RS ウイルス群と略す)
は 6 例であった.
Fig. 1 に対象期間中の月別市中肺炎症例数と両 ウイルス抗体価陽性であった症例の季節的変動を 示した.インフルエンザ A ウイルス,RS ウイルス いずれも 2 年間ともに 11〜2 月にかけての冬の市 中肺炎症例の増加した時期に一致して感染症例が 認められた.
インフルエンザウイルス群 10 例の年齢は 42〜
85 歳 (平均 67.1 歳) ,性別は男性 6 例,女性 4 例に 対し,RS ウイルス群 6 例の年齢は 63〜90 歳(平 均 78.1 歳) ,性別は男性 3 例,女性 3 例と両群とも に大半が高齢者に感染していた.両群の臨床症状 および理学所見の比較を Table 1 に示した.イン フルエンザウイルス群は,38℃ 以上の高熱,頭痛,
筋肉痛,全身倦怠感といった全身症状が強く,呼 吸困難感が 3 例,意識障害などの中枢神経症状が 2 例に認められた.これに対し,RS ウイルス群は 6 例とも発熱はあったものの,38℃ 以上の高熱は 3 例で,他の全身症状もインフルエンザウイルス 群に比して乏しい傾向がみられた.また,呼吸困 難感を呈した症例は 1 例もなく,意識障害などの 中枢神経症状もみられなかった.理学所見では,
38℃ 以上の体温上昇がインフルエンザウイルス 群で高率であった以外は,頻呼吸,頻脈の比率に 差はなく,血圧低下(ショック)を呈した症例は 両群ともに 1 例もみられなかった.
両群の入院時検査所見では,白血球数,CRP,
赤沈といった炎症所見,GPT,クレアチニン,尿 素窒素,ツベルクリン反応,グロブリンに関して は両群間で有意な差はみられなかったが,GOT がインフルエンザウイルス群 10 例中 6 例に対し,
RS ウイルス群 6 例中 2 例,CPK がインフルエン
ザウイルス群 10 例中 5 例に対し,RS ウイルス群
Table 1 Comparison of clinical symptoms and physical signs between Influenza A virus and RS virus infection
RS virus infection
(6 cases)
Influenza A virus infection (10 cases)
Clinical symptoms
3 10
Fever(38.0℃ ≦)
6 9
Cough
4 7
Sputum
2 3
Sore throat
1 2
Rhinorrhea
0 3
Headache
1 5
General fatigue
0 3
Dyspnea
1 0
Chest pain
0 2
Consciousness disturbance Physical signs
3 10
Temperature(38.0℃ ≦)
4 8
Tachypnea(24/min ≦)
4 9
Tachycardia(100/min ≦)
0 0
Hypotension(100mmHg >)
0 0
Temperature(35.0℃ >)
6 例中 1 例,LDH がインフルエンザウイルス群 10 例中 6 例,RS ウイルス群 6 例中 2 例とこれらの筋 逸脱酵素上昇がインフルエンザウイルス群に高率 で,ウイルス感染症に伴う横紋筋融解症を合併し ていた.
画像所見は,インフルエンザウイルス群で浸潤 影が片側肺を越える重症肺炎の症例が 3 例にみら れたのに対し, RS ウイルス群では浸潤影の拡がり
が全例とも片側肺にとどまっており,重症肺炎は 1 例もなかった.
今回の検討で, インフルエンザウイルス群と RS
ウイルス群において重複して検出された起炎微生
物を Table 2 に示した.インフルエンザウイルス
群は 10 例中 9 例で他の微生物が検出され, 二重感
染 7 例,三重感染 2 例,二重感染では
S. pneumo- niaeが 4 例と 最 も 多 く,三 重 感 染 で は
Klebsiella Fig. 1 Seasonable epidemiology(Community-acquired pneumonia;142 cases)Table 2 Complicated microorganisms between Influenza A virus and RS virus infection
RS virus infection
(6 cases)
Influenza A virus infection
(10 cases)
3 cases Double infection
7 cases Double infection
Complicated microorganisms
2 cases H. influenzae
4 cases S. pneumoniae
1 case MSSA
1 case H. influenzae
1 case S. mirelli
1 case E. coli
1 case Triple infection
2 cases Triple infection
H. influenzae K. pneumoniae
1 case
+M. pneumoniae 1 case
+ MSSA P. aeruginosa
1 case
+ M. pneumoniae
pneumoniae+MSSA,Pseudomonas aeruginosa+M.
pneumoniae
がそれぞれ 1 例ずつであった. 一方,
RS ウイルス群は 6 例中 4 例において他の微生物 が検出され,二重感染が 3 例,三重感染が 1 例,
二重感染では
H. influenzae2 例,三重感染では
H.influenzae+M. pneumoniae
1 例であった.
治療は,インフルエンザウイルス群が重症肺炎 となった 3 例で人工呼吸管理を要し,うち 2 例が 呼吸不全で死亡し,予後不良であったのに対し,
RS ウイルス群は人工呼吸管理を要するような重 症例はみられず,予後は良好であった.なお,発 症前に両群ともにインフルエンザワクチン接種な どの免疫療法を受けていた症例は 1 例もなかっ た.
考 察
ウイルスは,全世代において急性呼吸器感染症 の主たる原因となり,特に高齢者においては直接 の死因となりうる
6)7).呼吸器親和性の強いウイル スとして,インフルエンザ A,B ウイルス,RS ウイルス,アデノウイルス,パラインフルエンザ 1,2,3 ウイルスがあげられる.本邦においては インフルエンザウイルスによる施設内での高齢者 への流行から,多数の死亡を引き起こした報告例 は多数みられるが
8)9),他の呼吸器親和性ウイルス による感染症に関する報告は少ない.山腰ら
10)に よる老人ホーム内での流行に関する実態調査で は,インフルエンザ B ウイルスと RS ウイルスの 流行に着目し,これらに感染した高齢者の臨床像
の特徴を比較検討したが,両群間で有意な差は見 い出せなかったと報告している.また欧米の報 告
5)11)12)においても,同様にインフルエンザ A,B ウイルスと RS ウイルスとの間における臨床症 状,理学所見を比較して,両群間で差がなかった と述べている.今回私共は当施設における市中肺 炎の起炎菌に関する prospective study の際に,呼 吸器系ウイルスの抗体価が冬の時期を中心として 18 例に陽性の所見がえられ,特にインフルエンザ A ウイルス感染 10 例, RS ウイルス感染 6 例と,
特にこの 2 種類によるウイルス感染が多数を占め ていたことから,両ウイルス群の感染が関与した 市中肺炎の臨床像に違いがないか比較検討した.
その結果, インフルエンザウイルス群で 38℃ を 超える高熱や全身症状が高率にみられる点,検査 所見では感染に伴う横紋筋融解症が高率にみられ た点,浸潤影が両側におよぶ広汎な症例が 3 例あ り,それらはすべて人工呼吸管理を要し,重症化 しやすい点が特徴的であった.しかし,これらの 所見は両群ともウイルス感染と他の微生物との重 複感染が多数を占めているため,二次性細菌感染 の重症度への関与が完全には否定できないが,こ の時期に流行したインフルエンザ A ウイルスの 10 例中 8 例が HI 法により,H3N2 型であったこ とから,このウイルスが特に virulence が強かっ た可能性も考えられる.
重複感染した一般細菌との組合せにも問題点が
あ げ ら れ,イ ン フ ル エ ン ザ ウ イ ル ス 群 で は
S.pneumoniae,RS ウイ ル ス 群 で はH. influenzae
と の組合せが最も多かったことから,S. pneumoniae による市中肺炎への重症度に対する影響も否定で きず,今後症例数を増やして,それぞれのウイル ス感染に合併する一般細菌の頻度も検討していく 必要がある.
また,検査所見において筋逸脱酵素の上昇がみ られ,横紋筋融解症と考えられたが,この所見は 重症感染症に起因して発症することが報告されて おり
13),William らがインフルエンザ A ウイルス 感 染 症 に 合 併 し た 横 紋 筋 融 解 症 を 報 告 し て い る
14).私共の検討でも,インフルエンザウイルス 群において感染症の重症度に応じて併発が認めら れ,人工呼吸管理を要した 3 例はすべて合併して いた.
インフルエンザウイルスによる肺炎の発症形式 は,永武ら
15)により, 純粋なウイルス性肺炎,
ウイルスと細菌の同時感染による混合感染型肺 炎, ウイルス感染軽快後の二次性細菌感染性肺 炎があげられている. もしくは の発症機序の 一つとして,ウイルス感染後に気道粘膜上皮が障 害され,細菌の粘膜上皮細胞への付着増殖が容易 になることが,基礎的・臨床的検討成績から唱え られている
16)17)が,RS ウイルスに関しても同様な 機序が推測される.今回私共が経験した症例は,
大半が もしくは の発症形式と考えられること から,ウイルス感染後も
S. pneumoniaeを中心とし た細菌感染症に対する適切な抗菌薬投与も必要と なってくる.
また, RS ウイルスに対するワクチンはまだ開発 されていないが,インフルエンザウイルスに対す る罹患予防目的でのワクチンは,特に高齢者にお いて近年本邦でも普及してきており,罹患予防効 果と同時に死亡予防効果も期待されるようになっ ている
3)18).一方, 欧米の文献ではその有効性は 30
〜40% といわれるが,高齢者にインフルエンザワ クチンを接種するとインフルエンザによる入院回 数,死亡率,合併症が減少することが知られ,そ の効果が確立されてきている
19)20).今回の検討で は,インフルエンザ A ウイルス感染に罹患した 10 例はすべて罹患前にインフルエンザワクチン
接種歴がなかったことから,今後,特に高齢者に はワクチン接種を積極的に行うべきであると思わ れた.
文 献
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Comparison of Community-Acquired Pneumonia in Relation to Influenza A and RS Virus Infections
Yoshihiro KOBASHI
1), Hideo OHBA
1), Hirohide YONEYAMA
1), Niro OKIMOTO
1)& Rinzo SOEJIMA
2)1)Division of Respiratory Diseases, Department of Medicine, Kawasaki Medical School Kawasaki Hospital, Nakasange 2―1―80, Okayama 700―8505, Japan
2)Kawasaki Medical Welfare University, Matsushima 287, Kurashiki 701―0192, Japan