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ヨーロッパの民俗学・民族学博物館 : 1978年夏の 訪問記録から

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ヨーロッパの民俗学・民族学博物館 : 1978年夏の 訪問記録から

著者 杉本 尚次

雑誌名 国立民族学博物館研究報告

巻 4

号 3

ページ 493‑524

発行年 1980‑01‑10

URL http://doi.org/10.15021/00004549

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杉 本   ヨ ー ロ ッパ の民 俗学 ・民 族学 博 物 館

ヨ ー ロ ッパ の 民 俗 学 ・        民 族 学 博 物 館

一 一一 一 一 一1978年 夏 の 訪 問 記 録 か ら

杉 本 尚 次*

  1.は じ め に

  1978年7月2日 〜8月31日,ヨ ー ロ ツ パ の 伝 統 的 民 家研 究 の た め,野 外 博 物 館

を巡 検 した 。 そ の 間 を利 用 して,民 族学 や 民 俗 学 関 係 の博 物 館 を約30余,急 ぎ足 で まわ った 。 した が って こ の訪 問 記 は, 一 般 観 客 と して博 物 館 の展 示 場 を 通覧 し た 形 とな って い る場 合 が多 い。 な お巡 検

した 野 外 博 物館 に つ いて は別 に報 告す る の で,名 称 と所 在 地 を示 す 程 度 に と どめ る。 た だ 野 外 博物 館 で も,そ の 中 に 独立 した 展 示 館 な どを もつ もの につ いて は, そ の特 色 な どに ふ れ て い る。

  交 通 機 関 と して は 鉄道 を利 用 す る こ と が多 く,車 窓 か らの諸 景 観 な ど も加 え て 紀 行 文 風 な もの に な って い る。 順 序 は ほ

ぼ巡 検 の コー ス に した が って い る。

  2.パ リ〜 ハ ン ブ ル ク

  7月2日 成 田 を発 ち,モ ス ク ワ経 由 で パ リに到 着 。 パ リで は1971年 の訪 問 の時 に トロカデ ロの人 類 博物 館 を みた の で, 今 回 はブ ロー ニ ュの森 に あ る 「国立 民芸

*国 立民族学博物館第4研 究部

民 間 伝 承 博 物 館 」 を 訪 ね る 。 肌 寒 い 小 雨 の 中,広 々 と し た ブ ロ ー ニ ュ の 森 を 歩 く。

1972年 に 開 館 し た 地 上9階(地 下2階) の モ ダ ンな 建 物 。 エ ン ト ラ ン ス ホ ー ル に 案 内 所 と売 店 が あ り,専 門 書 も並 べ て い る 。 展 示 場 は1階 と 地 下1階 。 エ ン トラ ン ス ホ ー ル の 左 側 は 特 展 会 場,右 側 は 文 化 展 示 場 に な っ て い る 。 展 示 テ ー マ は

「宇 宙 」 と 「社 会 」 の 二 つ で,各 々 小 テ ー マ(例 え ば 「環 境 と 歴 史 」 「技 術 」 「慣 習 」 「社 会 組 織 」 … …)に 分 か れ る 。 文 化 人 類 学 者 レ ヴ ィ ・ス トロ ー ス が こ の 博 物 館 の 展 示 に か か わ って い る と い う 。   地 図 に よ る 解 説 も多 く,情 報 パ ネ ル は

か な り 詳 し い 。 ス ラ イ ドに よ る 解 説 も あ る 。 村 の 鍛 冶 屋 を 復 元 し た もの も あ り, そ こ で は 録 音 テ ー プ で 音 や 職 人 の 声 を 流

した り し て い る 。

  地 下1階 は 学 術 展 示 場 。 入 口 に 展 示 の 概 要 を 示 す 大 パ ネ ル が あ る 。 大 型 の ガ ラ ス ケ ー ス な ど を 用 い,各 種 の 鎌,斧,黎 な ど 農 具 類 牛 馬 の 範,木 箱,ぶ ど う酒 樽,民 族 衣 装 等 々,農 村 の 生 活 に 関 す る

「も の 」 が よ く整 理 さ れ て い る 。 こ の 展 示 場 の 両 側 に 約2m四 方 の 小 部 屋(ブ ー ス)が40余 あ り,カ ラ ー ス ラ イ ド,映 画 で 各 種 の 民 族 資 料 を み る こ と が で き る 。 新 し い 展 示 方 法 だ が,わ が 民 博 の ビ デ オ テ ー ク の よ う に500余 の 番 組 の 中 か ら観 客 が 自 由 に 選 べ る の で は な く,各 ブ ー ス ご と に 項 目 が 提 示 して あ る 。 し か も40%

く ら い 閉 鎖 中 だ った 。 ど う も故 障 ら し い 。 民 博 ビデ オ テ ー ク の 原 初 形 態 と み て よ い だ ろ う。 一 方,フ ラ ン ス を 中 心 と し た ヨ ーuッ パ の 民 族 資 料 収 蔵 数 は40万 点 と い わ れ,そ の う ち1.5万 点 が 展 示 さ れ て お

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国立民族学博物館研究報告  4巻3号

図1  民 俗 学 ・民 族 学 博 物 館 と 訪 問 コ ー ス(1978)

り,実 に 豊 富 な 資 料 の 集 積 が あ る 。   A・ チ ッペ リ ウ ス 著 の 『ヨーuッ パ 野 外 博 物 館 ハ ン ドブ ッ ク 』 に よ る と,フ ラ ン ス に は 農 家 な ど を 移 築 した 農 村 文 化 の 野 外 博 物 館 は な い が,こ の 博 物 館 が,そ の 代 役 を 果 して い る よ う で あ る 。   パ リ北 駅 か ら ア ム ス テ ル ダ ム 行 急 行 で ブ リュ ッ セ ル へ 。 列 車 は20分 余 で 田 園 地 帯 に 出 る 。 な だ らか な 起 伏 の あ る 地 形 。 石 を 基 礎 に した 煉 瓦 造 り の 農 家,穀 倉, 家 畜 舎 が 多 い 。

  国 境 通 過 は パ ス ポ ー トチ ェ ッ ク の み 。

2時 間半 で ブ リュ ッセル 着 。 友人 の鎌 田 氏 宅 に 荷物 を預 けて 軽 装 で 各地 を め ぐる こ とに な る 。 ブ リュ ッセル は丘 陵 か ら低 地 へ移 る地 帯 に あ る た め起 伏 の多 い町 と な って い る 。 旧市 内 の中 心 グ ラ ン ・プ ラ ス は 石 畳 み の 広場 。 ゴ シ ックやバ ロ ック 様 式 の 市 庁 舎 や ギ ル ドハ ゥス に囲 まれ, 歴 史 の 厚 み を感 じる都 市 景 観。 これ に対

して ビ ジ ネ ス街 の ビル やEC本 部 の 建

物 が 近 代 都市 景観 を 代 表 して い る。 都 心

部 を ぬ け る と大 き な ソ ワー ニ ュの 森 に入

る。 閑 静 な 雰 囲気 。 霧 で もか か る と不 気

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杉 本   ヨ ー ロ ッパ の民 俗 学 ・民 族学 博 物 館

写 真1  旧市 内 の 中心 グ ラ ン ・プ ラス(ブ リュ ッセル)

味 だ と い う 。 緑 の 豊 か さ は ヨ ー ロ ッパ 都 市 の 特 色 。 こ の 森 を 出 は ず れ た テ ル ビ ュ ー レ ン に 「王 立 中 央 ア フ リ カ 博 物 館 」 が あ る 。 こ の 辺 り は,も と狩 猟 場 で,ブ ラ バ ン ト公 の 城 な ど が あ っ た り,王 室 と ゆ か り の 深 い 土 地 だ っ た 。 立 派 な 石 造 の 建 物 で,28mの 高 さ を も つ 大 ホ ー ル で 両 翼 が つ なが り,中 庭 を 囲 む 形 に な って い る 。   海 外 博 物 館 と して1898年 に ス タ ー ト し た が,現 在 の 建 物 は フ ラ ン ス の 建 築 家 に よ って 設 計 さ れ,191Q年 に 完 成 した も の で あ る 。 博 物 館 に 続 く庭 園 が 美 し く,環 境 と の 調 和 が す ば ら し い 。

  展 示 は 民 族 学 と 自 然 史 に 大 別 さ れ る が, 民 族 学 関 係 の 展 示 を 中 心 に み る 。 地 域 的 に は,ザ イ ー ル(旧 ベ ル ギ ー 領 コ ン ゴ) の も の が 多 く,部 族 別 に 陳 列 さ れ て い る 。 隣 接 の カ メ ル ー ン,ナ イ ジ ェ リア,ガ ー

ナ,象 牙 海 岸 な ど ギ ニ ア 湾 岸 か ら,内 陸 の マ リの ド ゴ ン族,オ ー トボ ル タ の ク ル ンバ 族 な ど に も お よ ん で い る 。 オ セ ア ニ ア(と く に メ ラ ネ シ ア)の も の も少 し あ

る 。 ガ ラス ケ ー スを 用 い た オ ー ソ ドック ス な 展示 だが,仮 面,楯 を は じめ母 子 像, 宝 貝 を使 った台 座,楽 器 等 々,豊 富 な コ

レク シ ョ ンに圧 倒 され,ア フ リカ人 の造 形 の エネ ルギ ーが 迫 って くる よ うで あ っ た6か つ て コ ンゴ博 物 館 とよ ば れ た時 代

もあ り,植 民 地 支 配 時 代 に収 集 した もの が か な りの部 分 を 占め て い る よ うだ 。   民族 資 料 の ほ か に熱 帯 ア フ リカ の農 林 業 生 産 に 関す る展 示,ザ イ ー ル産 の 昆虫 類 や 世 界 的 に も有 名な 鉱 物 の展 示 が充 実

して お り,印 象 に残 って い る。

  ブ リュ ッセ ル か らア ム ステ ル ダ ム経 由

で 雨 の 中 を ア ル ンヘ ム到 着 。 「オ ラ ン ダ

野 外 博 物 館 」 の館 長 自 らの 出 迎 え に 恐縮

す る。 アル ンヘ ム の町 を 出 はず れ た ブ ナ

と柏 の森 の 中 に 野外 博 物 館 が あ る。 この

野 外 博 物 館 は1918年 に開 館 し,現 在 国 立

博 物 館 の 分 館 とな って い る。 館 長 室 で す

ば ら し く大 きな新 しい シス テ ムの 民 博 に

大 変 興 味 を も って い る こ と,こ れ か らの

発 展 を期 待 して い る と言 われ る。 民 家 の

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国立民族学博物館研究報告  4巻3号 話,特 に 日本 の 民 家 や そ の 保 存 の こ とな

ど につ いて 話 す 。

  雨 の 中を 子 供 の 団 体 を は じめ 多 くの 人 々 が来 訪 して い る。 毎 日3千 人近 い入 場 者 が あ る。 車 で 広 い44haの 野外 博 物 館 を まわ る。 一 棟 に居 室,広 土 間,家 畜 舎 が集 ま った低 地 ザ クセ ン風 の 民家 や,大 型 の フ リー ス型 民 家 な どが 多 く,水 路 を と りい れ て低 湿 地 の景 観 を 復 元 した り し て い る。風 車 も数 種 あ る。 水 車 動力 に よ る農村 の製 紙 工 場,織 物 な ど作 業風 景 も み せ る。 オ ラ ンダ 各 地 の 民 俗 衣 装 や,農 具 の 展 示棟 が あ り,移 築 農 家 の 室 内 を う ま く利 用 して い る。 古 い 農 具 とそ の背 後 に 現在 の農 具 の写 真 パ ネル が あ り,比 較 で き る よ う配 慮 して い る。 豚,馬,鶏 な ど も飼 って い て,生 きた 農 村 生 活 の再 現 を は か って い る。 オ ラ ンダ の 伝 統 的農 村 生 活 の 姿 を み る に は絶 好 の 野 外博 物 館 で

あ る。

  アル ンヘ ム か ら北 上 して,ヘ ンゲ ロ方 面 へ 。車 窓 か らは博 物 館 で み た の と同 じ

草 葺 民 家 が 数 多 くみ え る 。 北 部 オ ラ ンダ に は か な り草 葺 民 家 が 残 っ て い る よ うだ 。 ヘ ンゲ ロ か ら ドイ ッ 車 輌 の ブ ラ ウ ン シ ュ バ イ ヒ行 に 乗 る 。

  西 ドイ ツ に 入 り,オ ス ナ ブ リュ ッ ク に 一 泊 し ,翌 朝 ニ ー ダ ー ザ ク セ ン州 西 部 の 坦 々 と し た 平 原 を 走 る 。78年 夏 の ヨ ー 一・u ッパ は 涼 し く,列 車 に は ス チ ー ム が 入 っ て 恥 る 。 地 方 町 ク ロ ッ ペ ンブ ル ク に あ る

「野 外 村 落 博 物 館 」 で 調 査 を す る 。   ブ レ ー メ ン は ウ ェ ー ゼ ル 川 の 河 港 都 市 。

ウ ェ ー ゼ ル 川 と波 状 の 水 濠 の 聞 が 旧 市 街 と な っ て い る 。 水 濠 の 辺 り は 緑 地 と な り, 風 車 も み え る 。 豊 富 な 民 族 資 料 を も つ

「海 外 博 物 館 」 は 大 改 造 中 で 休 館 で あ っ た 。 マ ル ク トプ ラ ッ ツ を 市 庁 舎 や 教 会 な ど が と り ま く。 旧 市 内 は ハ ン ザ 都 市 の 面 影 を 偲 ば せ る 石 造 や 煉 瓦 造 り の 町 並 み 。 観 光 客 で あ ふ れ て い る 。

  ハ ン ブ ル クで は,南 郊 に あ る 「キ ー ケ ベ ル ク 野 外 博 物 館 」 と 北 郊 の 「ハ ン ブ ル ク 民 俗 村 」 や,フ ッ ス ム の 市 中 に あ る

写 真2  ハ ン ブ ル ク 民 族 学 博 物 館

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杉 本  ヨ ー ロ ッパ の 民 俗 学 ・民 族 学 博物 館

「オ ス テ ン フ ェ ル ド民 家 野 外 博 物 館 」 な ど を め ぐ っ た 。 い ず れ も広 土 間 を も ち, 居 室,家 畜 舎,倉 庫 を 一 棟 に 集 め た 北 ド イ ッ特 有 の 単 一 家 屋(低 ザ ク セ ン型)が 展 示 さ れ て い た 。

  「ハ ン ブ ル ク 民 族 学 博 物 館 」 は ア ル ス タ ー 湖 に 近 い 静 か な 場 所 に あ る 。 中 庭 を も つ 煉 瓦 と石 造 の 堂 々 た る 建 物 で,展 示 場 は1・2階 に あ る 。 こ の 博 物 館 は1850 年 頃 か ら準 備 が は じ ま り,ハ ン ブ ル ク ・ ハ ン ザ 都 市 評 議 会 を 中 核 と した 募 金 な ど に よ っ て1879年 開 館 して い る 。 大 貿 易 港 ハ ン ブ ル ク の 世 界 的 な 商 業 活 動 を 通 じ て, ア フ リカ や 南 太 平 洋 の ドイ ッ 植 民 地 で 活 動 した 商 人 や 船 長,植 民 地 官 吏,探 検 家 た ち か ら多 くの 資 料 が もた ら さ れ た 。 付 属 研 究 所 も 作 られ,1908‑10年 北 メ ラ ネ シ ア,ミ ク ロ ネ シ ア の 調 査 研 究 も行 わ れ, 収 集 品 を 充 実 さ せ た と い う。 戦 後 も 収 集 活 動 は 続 け て い る 。 ゆ っ た り した エ ン ト

ラ ン ス ホ ー ル に は 売 店 が あ り,研 究 所 の 出 版 物 な ど を 数 多 く並 べ て い る 。 ま ず ア フ リカ 展 示 。 西 ア フ リカ や ザ イ ー ル な ど 各 地 の 弓,木 彫,楽 器 等 々 豊 富 な 資 料 に 圧 倒 さ れ る 。 写 真 パ ネ ル に よ る 解 説 も加 わ る 。 ブ ッ シ ュ マ ンの 民 族 資 料 が 珍 しい 。   エ ジ プ トの ミ イ ラ 関 係 の 展 示 コ ー ナ ー

も あ る 。2階 に は 特 展 会 場 が あ り,中 国 の レ ー ス,書 道 関 係,陶 器 類 な ど が 出 て い た 。2階 の 常 設 展 示 場 は 南 米,北 米 と 続 く。 ガ ラ ス ケ ー ス を 使 っ た 展 示 が 主 だ

が,写 真 パ ネ ル を 用 い た 解 説 も あ る 。   ア ジ ア は 中 国,日 本 な ど,そ れ ぞ れ コ

ー ナ ー を もつ 。 日本 展 示 は座 敷 で 茶 を た て る 情 景 を 示 した 大 型 レ プ リカ 。 東 南 ア ジ ア,イ ン ド,ネ パ ー ル と 続 く。 東 南 ア ジ ア で は,イ ン ドネ シ ア の ス マ ト ラ,ア

ン ダ マ ン諸 島,ニ コバ ル 諸 島 な ど の も の

が 揃 って い る 。 円 形 高 床 住 居 の 写 真 も 貴 重 だ 。 オ セ ア ニ ア は 広 い ス ペ ー ス を 占 め て い る 。 大 き な ドー ム 状 の 展 示 場 は 天 井 が 高 く,メ ラ ネ シ ア の シ ア シ諸 島 の 大 カ ヌ ー,パ プ ア ・ニ ュ ー ギ ニ ア の マ プ リ ッ ク の 大 神 像 な ど 空 間 を 充 分 に生 か し て い る 。 小 型 だ が カ ヌ ー が 数 隻 壁 面 に 三 つ ず つ 立 体 的 に 展 示 さ れ て い る の もす ご く迫 力 が あ る 。

  ポ リ ネ シ ア 展 示 場 は マ オ リの 集 会 所 な ど を 中 心 と し て い る が,改 造 中 で 残 念 だ

っ た 。

  南 太 平 洋 の 仮 面 の コ ー ナ ー は 印 象 的 で あ る 。 イ リア ン ・ ジ ャ ヤ の ミ ミ カ,ア ス マ ッ ト。 パ プ ア ・ニ ュ ー ギ ニ ァ の セ ピ ッ ク 川 流 域,ビ ス マ ー ク 諸 島,パ プ ア 湾 岸,

ブ ー ゲ ン ビル 島 。 トレ ス 海 峡,ニ ュ ー ヘ ブ リデ ス,ニ ュ ー カ レ ドニ ア 北 部 な ど 主 と し て メ ラ ネ シ ア の 仮 面 が 集 め られ て い る 。

  展 示 場 は 暗 室 で,辛 客 の た び に 職 員 が ボ タ ン を 押 す と,無 気 味 な 民 族 音 楽 が 流 れ,暗 闇 の 中 の 立 体 的 に 並 べ た 仮 面 に ス ポ ッ トラ イ トが あ た り,ま さ に お ど ろ お ど う しい 感 じ を 出 して い る 。 古 い 展 示 法 と共 に 新 しい 方 式 の 導 入 も試 み て い る 。 当 館 の 出 版 物,民 族 学 入 門 シ リー ズ19と して,各 仮 面 の 詳 細 な 解 説 を したH.テ イ ッ シ ュ ナ ー の 「南 海 の 仮 面 」 が 出 て い る 。

  1階 へ お り る と,ソ 連 展 示 。 シ ベ リ ア 諸 民 族 文 化 の 展 示 が 多 い 。 革 命 の 歴 史 な ど も パ ネ ル で 解 説 して い る 。 中 央 ア ジ ア,

トル コ,西 ア ジ ア で は じ ゅ う た ん が 目 立 つ 。 ドー ム 状 の 展 示 場 を 利 用 し て 中 央 ア ジ ア 遊 牧 民 の 移 動 式 住 居 ユ ル ト(円 形 平 面)が お さ ま っ て い る 。

  こ の 博 物 館 の 民 族 資 料 は 膨 大 で,ほ ぼ

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世 界 全 域 を 包 括 して い る。 特 に オセ ァニ アや ア フ リカの 民 族資 料 が豊 富 な の は, 独 自 の探 検 調 査 や 植 民 地支 配 時 代 の収 集, 研 究 ス タ ッフの 努 力 も大 きい。 大 港 市 ハ

ンブ ル ク の繁 栄 時 代 と も結 び つ い て い る よ うに思 わ れ る。

3。 北 欧 諸 国 へ

  プ ッツガ ル テ ンか ら連 絡 船 で 約50分, デ ンマー ク に入 る 。 み ご と な散 村 景 観 が 車 窓 に展 開 す る。 コペ ンハ ーゲ ンは前 回,

国立 博 物 館 や 郊 外 リング ビイ の 野外 博 物 館 を み て い る ので 今 回 は素 通 り し,連 絡 船 で ス ウ ェーデ ンへ 。 水 中 翼船 な ら40分 位 だ が,連 絡 船 は一 時 間 半 か け て ゆ っ く

り進 む 。 観 光 的要 素 も強 い が,船 に は免 税 店 が あ り,物 価 高 の 北 欧 で は 買物 目的 の人 達 が この 船 を よ く利 用 して い る。 小 雨 に煙 る ス ウ ェー デ ン南 部 の 港 町 マル メ ー に着 き ,す ぐに ル ン ドに向 う。

  ル ン ドに は,古 い大 学 が あ り,木 骨 構 造(ハ ー フ チ ンバ ー)と 煉 瓦 造 りの 古 い 町並 み が残 って い る。駅 か ら10分 ほ ど歩 く と小 公 園 に面 した 「ル ン ド文 化 史 博 物 館 」 が み え て くる。

  この 博 物 館 は1891年 に開 館 した と い う か ら,ス カ ンセ ンと 同 じ年 だ 。 南部 ス ウ ェ ーデ ン(特 に ス コ ー ネ地 方)の 収 集 品 が 中 軸 に な って い る。1890年 以 降 に発 掘 した 考 古 学 資 料,武 器 の コ レク シ ョン, 織 物,ス コー ネ地 方 の民 俗 衣 装,ガ ラス 器 の コ レク シ ョンが よ く整 備 され て いる 。 別 棟 の大 き な 旧家 畜 舎 に は,階 下 に農村 地 帯 の荷 馬 車 類,2階 に木 造 農 家 の 屋 内 部 分 展 示 が あ る。 道 路 を へ だ て た一 区画 は 町家 と農 家 の野 外 博 物 館 で,屋 内 に陶 器類,鍛 冶屋 の 道 具 類 な どを展 示 した建 物 もあ る。1652年 に 建 った 木 造,木 片

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国立民 族学博物館研究報告  4巻3号 (こ け ら葺)の 壁 面 を も つ 古 び た 教 会 は,

ス メ ー ラ ン ド地 方 か ら移 築 し た も の 。 丁 度 結 婚 式 が 終 っ た と こ ろ で,新 カ ップ ル を 囲 ん で 人 々 が 集 っ て い る 。 木 々 の 緑 と 赤 茶 色 の 教 会 と い っ た 地 味 な 色 調 に 華 や

か さ を そ え て い た 。

  マ ル メ ー を 出 た 列 車 は,南 ス ウ ェ ー デ ン の 農 業 地 帯 ス コ ー ネ 平 原 を 走 る 。 平 坦 だ が,ル ン ドを 過 ぎ て 漸 くす る と少 し起 伏 が で て く る 。 集 落 は 散 村 状 で,中 庭 を 棟 続 き の 建 物 が と り囲 ん だ 大 型 農 家 も み え る 。 し か し ス カ ン セ ン に 移 築 し て あ る よ う な 草 葺 は少 な く,大 半 は 瓦 葺 に な っ て い る 。 木 造 家 屋 は 赤 茶 色 に 塗 っ て あ り, 窓 枠 な ど を 白 く塗 っ て い る 。 牧 場 と 麦 畑, 石 積 み の フ ェ ン ス も あ る 。 ア ル ベ ス タ 辺

り か ら湖 も多 くな り,針 葉 樹 林 が 目 立 っ て く る 。 小 丘 の 上 に 小 村 落 が 立 地 して い る が,氷 堆 石 の 丘 か も し れ な い 。 マ ル メ ー か ら6時 間 半 余,近 郊 地 帯 か ら美 しい 入 江,岩 盤 の 上 に の る 市 街 地,市 庁 舎 の 塔 が み え る 。 ス ト ッ ク ホ ル ム の 発 祥 地 ガ ム ラ ・ス タ ン辺 り もみ え,石 造 の 建 物 が 貫 録 を 示 して い る 。

  ス ト ッ ク ホ ル ム で は,世 界 で 最 初 に 開 館 した 野 外 博 物 館 「ス カ ン セ ン 」 や 「北 方 博 物 館 」 を 再 訪 し,旧 市 街 ガ ム ラ ・ス

タ ンを ま わ っ た 。

  ス ト ッ ク ホ ル ム か ら北 西 へ 列 車 で5時 間,木 造 家 屋 の 豊 庫 と い わ れ る ダ ー ラ ナ 地 方 へ 向 う。 ス ト ッ ク ホ ル ム を 出 て1時

間 余,山 地 に さ し か か る 。 縦,白 樺 な ど の 混 交 林 。 ス カ ンセ ンで み た の と 同 じ木 造 家 屋 が 目 に つ き は じ め る 。 丸 太 組 積 造 り   (校 倉 造 り)が 多 い 。 レ ー ク サ ン ドは 祭

り な ど で 名 高 い 町 。 木 材 の 集 積 場 で は ス

プ リ ン ク ラ ー が 活 動 して い る 。 大 き な シ

リ ヤ ン 湖 に 沿 って 進 む 。 五 月 柱(マ イ ス

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杉 本   ヨ ー ロ ッパ の 民 俗 学 ・民 族学 博 物 館

トンガ)の 小 型 の もの を庭 先 に立 て て い る農 家 も あ る。夏 至 祭 の 前 日に豊 穣 を祈 って 白樺 な ど の木 を 美 し く飾 り,広 場 や 庭 先 に立 て,一 年 間 その ま まに して お く 習 俗 は,と くに ダ ー ラナ地 方 に よ く残 っ

て い る。

  ム ー ラは,ス ウ ェー デ ンの代 表 的 画家 ア ンダ ー シ ・ツ ォー ンの生 れ た町 で,こ れ を記 念 した 絵 画 を 中 心 と した 「ッ ォー ン博 物 館 」,「ッ ォー ンの家 」,「ツ ォ ー ン 野 外博 物 館 」 が あ る。 野 外 博物 館 は町 並 み を少 しはず れ た 緩 や か な シ リヤ ン湖 畔 の ス ロー プ に あ り,ダ ー ラナ地 方 の古 い 民 家 を集 め て い る。 主 要 家 屋 に は生 活 用 具 類 も多 く展 示 して あ る。 大 きな五 月 柱 が 立 って い る。 木 の 香 りが 漂 う中 で調 査 を進 め た 。

  ウ プサ ラ は古 い大 学 都 市 と して 知 られ て い る。 美 しい教 会 の尖 塔 は15世 紀 の建 築 と い われ,北 欧最 大 級 の もの 。 北 郊 に あ る ガ ム ラ ・ウプ サ ラは三 つ の 円丘 が あ り,ウ プ サ ラ発 祥 の地 で13世 紀 まで ス ウ

エー デ ン王 の 居住 地 だ った 。 現 在 この一 画 に規 模 は 小 さ い が よ くま とま った 「ウ

ブサ ラ野 外博 物 館 」 が あ る。

  赤 茶 色 に塗 った 木造 組 積 造 り(丸 太 よ り角 材 が 多 い)の 民家 が3群 。 主 屋 と付 属 建 物 が 中庭 を と り囲 む よ うに して 建 っ て い る。 その 他 風 車 もあ る。 こ の野 外 博 物 館 の職 員 は,若 い ケ ー ツホ ル ム女 史 を チー フに3人 い るが,こ れ に機 織 りな ど 実 演 をす る人 が 加 わ る。犂 類 を は じめ と す る農 具,木 箱 やバ ター つ くりの 桶 な ど 生 活 用 具類 も多 く,貯蔵 庫 に は乾 魚,ソ ー セ ー ジな どが ぶ らさが り,特 有 の 臭 い が 漂 って い る。生 活感 を 出そ う と して い る ので あ ろ う。 ウプ サ ラの伝 統 的 年 中行 事 も この野 外 博 物 館 で催 す とい う。4月 か ら9月 まで 開 館 して お り,職 員 は冬季 は 町 に あ る ウ ップ ラ ン ド博 物 館 に戻 る。少 人 数 だ が,熱 意 あ ふ れ る人 達 で 民 家 を 保 存 し,研 究 して い る姿 は実 に心 強 か った 。   ス トック ホ ル ムか ら純 白 の ス マ ー トな

ス ベ ア ・コロ ナ号 で ヘ ル シ ンキ に 向 う。

写真3  ウプサ ラ野外博物館の木造組積造 り(校 倉式)民 家

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国立民 族学博物館研究報告  4巻3号

写 真4  カ レ リア地 方 の丸太 組 積 造 り民家(セ ウ ラ ッサ ー リ野 外 博 物館)

夕方6時 出 帆,小 島 の 多 い氷 食 の入 江 を 航 行 し,外 海 へ 出 る まで2時 間近 くか か る。 翌 朝 時 計 を1時 間進 め る。 ヘル シ ン キ港 か ら丘 の 上 の 古 風 な教 会 が望 まれ る。

岩 盤 の露 出が 目立 つ 。

  ヘル シ ン キで は,日 程 の 関係 で 「セ ウ ラ ッサ ー リ野 外博 物館 」 の調 査 に集 中 す る。

  サ ー リは 島の 意 だ が,緑 深 い 島全 体 が 公 園 とな り,そ の 一 部 分 が 野外 博 物 館 と な って い る。 可 憐 な 白い橋 を渡 る。 木 造 丸太(角 材)組 積 造 り(校 倉 式)の 民 家 や 倉庫 が 白樺 林 の 中に み え る 。橋 畔 に大 きな五 月 柱 が立 って い る。五 月柱 を立 て る習俗 は南 部 フ ィ ン ラ ン ドに もあ る が, ス ゥ ェーデ ンの文 化 的 影 響 で あ る。 フ ィ

ン ラ ン ド全 土 か ら代 表 的 な 民 家 や 風車, 教 会 な ど が集 め られ て い る。 フ ィ ン ラ ン

ド特有 の毛 足 の長 い じゅ うた ん(リ ュイ ユ織 り)や 民 具 を展 示 した 棟 もあ る。 カ レ リア地 方(現 在 ソ連 領 域)の 農 家 は大 き く,素 朴 な丸 太 組 積 造 りで あ る。

  静 寂 そ の もの の セ ウ ラ ッサ ー リも夏 至 祭 に は大 変 な入 出 にな る。

  この 野外 博 物 館 は国 立 博物 館 の一 部 門 にな って い る。 調 査 に協 力 して頂 い た ア イ ロ ネ ン女 史 な ど は 夏 季25人 の ガ イ ド

(大 半 大学 生 の アル バ イ ト)と 共 に大 童 で あ った 。 ガ イ ドは フ ィ ン語,ス ウ ェー デ ン語,英 語,独 語 の 四 種 類 が あ る の も 興 味 深 か った 。 自然 の す ば ら しい環 境 と その 活 用,す で に70年 の 歴 史 を もつ 野 外 博 物 館 で あ る。

  ヘル シ ンキ か ら753 km北 上 した オ ウ ル は,フ ィ ン ラ ン ド中北 部 最 大 の 都 市 で あ る。 車 窓 か らの景 観 は単 調 だ が,タ ン ペ レ周 辺 は ま さに森 と氷 河 湖 。 沿線 付 近 の牧 草 地 で は乾草 刈 り風 景 。 丸 太 組 積 造 りの乾 草 小 屋 が ま だ相 当残 って い る。 こ の小 屋 は ス ウ ェー デ ン中北 部 に か けて分 布 して い る。

  オ ウル で は オ ゥル川 を15km遡 江 し

た 川 中島 に あ る 「ツル カ ンサ ー レ ン野 外

博 物 館 」 を訪 ね る。 針 葉 樹 の 森 を 歩 い た

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杉 本   ヨー ロ ッパ の民 俗 学 ・民 族 学 博物 館

が 猛 烈 な 蚊 の 襲 来 に 悩 ま さ れ る 。 近 く に い た 老 夫 婦 が 教 え て くれ た 木 の 枝 で 追 払 い つ つ 進 む 。 野 外 博 物 館 の あ る 川 中 島 は15‑‑6世 紀 市 場 と 漁 村 だ った と い う 。 1961年 に 開 館 して い る 。 木 造 の 古 い 教 会, 木 造 丸 太(角 材 少 し)組 積 造 り の 民 家, 小 屋,サ ウ ナ,風 車 な ど,い ず れ も オ ウ ル 川 流 域 の もの を 集 め て い る 。 家 族 つ れ, 若 い カ ッ プ ル な ど が 夏 の 午 後 の ひ と と き を 楽 し ん で い る 。 二 人 の 老 バ イ オ リ ン 弾 き が 民 謡 を 奏 で る 。 陶 器 づ く り,靴 づ く りな ど も一 つ の 建 物 で 演 じ て い る 。 帰 路 は 船 で オ ウ ル の 町 へ 。 川 の 両 岸 の 風 景 が す ば ら し く牧 歌 的 で あ っ た 。 こ の 涼 し い 中 を 短 い 夏 を 惜 しむ か の よ う に 泳 い で い る 人 達 に 驚 く 。

  オ ウ ル か ら ボ ス ニ ア 湾 の 最 奥 部 を ま わ っ て トル ニ ー ヨ 川 を 渡 る 。 こ こ が フ ィ ン ラ ン ドと ス ウ ェ ー デ ン 国 境 。 パ ス ポ ー ト 検 査 も何 も な い 。 た だ 時 間 を1時 間 遅 ら せ る 。

  峡 湾(フ ィ ヨル ド)地 形 を み る た め ボ デ ン か ら北 上 す る 。 山 々 は 高 原 状 で,日 本 の 山 の よ う に 急 峻 で は な い 。 白 樺,松 な ど の 樹 林 が や や 低 く な って い る 。 湖 も と こ ろ ど こ ろ 。 や が て 北 極 圏 に 入 る 。 北 緯66度30分 の 標 示 板 が あ り,列 車 は この 付 近 の み ス ピ ー ドを 落 し て サ ー ビ ス 。 湿 原 が 多 くな り,白 い 花 が 咲 き乱 れ る 。 エ

リバ レは 山 間 の 鉄 鉱 山 町 。 標 高500m 辺 り湿 地 の 連 続 。 奇 怪 な 山 は キ ル ナ 鉄 鉱 山 で あ る 。 こ こ に 一 泊 した が,白 夜 で 午 前1時 で も 鉄 鉱 山 や 引 込 線 が は っ き り眺 め られ る 。1885年 か ら鉄 鉱 石 の 採 掘 が は じ ま り,高 品 位 の 鉄 鉱 石 と て,今 世 紀 に 入 って 急 激 に 発 展 し た 町(人 口3万 人) で あ る 。 「真 夜 中 に 太 陽 を み る 」 ッ ア ー や 鉄 鉱 山 見 学 な ど 観 光 客 の 誘 致 も 熱 心 だ 。

郊 外 に ラ ップ の民 族 資 料 を 集 め た小 野外 博 物 館 が あ る。

  気 温12〜3度 。 キル ナか ら1時 間余, 大 き な氷 河湖 がみ え は じめ る。 周 辺 の 山

々 は高 原 状 で1,000m級,い ず れ も激 し い氷 食 を うけ た地 形 で あ る。1時 間 近 く 湖 畔 を走 る。 山 腹 に残 雪 。 遠 い 山 は 白銀

に輝 いて い る。 湖 が きれ る と全 く高 原 の 岩 山 の連 続,岩 肌 が 灰色 が か って 冷 た い 感 じを与 え る。 登 山 を す る人 達 が 下 車 す る 。 な だ らか な高 原 を の ぼ りき る辺 りが 国 境 で,ノ ル ウ ェー に 入 る。

  ま もな く景 観 が 一 変 す る。 ほ ぼ垂 直 に 落 ち込 ん だ氷 食 谷 の 物 凄 さ,支 谷 の急 爆 (懸 谷)。 やが て 谷 が少 し開 け,フ ィ ヨル ド最 奥 の小 平 地 が み え,典 型 的 な フ ィ ヨ ル ド地 形 が展 開 して くる。 峡湾 に落 ち込 む 谷 壁 の 中腹 を列 車 は下 って行 く。 防 雪

トンネル が多 い。

  終 着 駅 ナ ル ビク は町 の 上 部 にあ る。 住 宅 地 が 山 腹 に の び,カ ラ フル。 この鉄 道 はキ ル ナ の鉄 鉱 石 を 不 凍 港 ナ ル ビ クへ搬 出 す るた め に敷 設 した もの だ った 。貨 物 専 用 線 路 は 海岸 まで のび て 船 積 み で きる よ うに な って い る。

  ナル ビ クか らボデ ンに 引返 し,強 行 軍 だが 夜 行 列 車 で南 下 す る。 翌 朝 ブ ラ ッケ で 乗 りか え,イ ェム トラ ン ド州 の 中 心 都 市 エ ス テル ズ ン ドに あ る 「イ ェム トラ ン

ド野 外 博 物 館 」 を 調 査 す る。

  国境 の町 ス トー ル リェ ンか らバ スで 再 び ノ ル ウ ェー に 入 り,大 き く開 い た フ ィ ヨル ド沿 岸 に位 置 す る トロ ンハ イ ム に至 る。

  「トロ ンハ イ ム 民俗 博 物 館 」 は市 の西 部 丘 陵地 帯 に あ る。 ノル ウ ェー 中部 の民 家 を60余 棟 移 築 して い る。 民 具類 な ど も

2万 点 ほ ど所 蔵 して い る。 館 長 ア リス ビ

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国立民族学博物館研究報告  4巻3号

写 真5  古 い 木 造 倉 庫 群(ト ロ ンハ イ ム)

ック氏 と助 手2人 が 正 職 員 で,3人 の 補 助 員 とガ イ ド6〜8人 。 夏 季 は来 客 が 多 く,特 に フ ィ ヨル ド巡航 の 観 光船 の入 港 時 は 賑 う。 城 趾 の高 台 か ら トロ ンハ イ ム の 町 が遠 望 で き る。 中 部 ノ ル ウ ェー各 地 の 代表 的民 家 を 中心 に調 査 を 進 め る。 ト

ロ ンハ イ ム 旧市 街 の 町 家 も4棟 移 して 小 町並 み も作 って い る。 敷地 内 の農 地 に オ ー ト麦 な ど を栽 培 して い る が ,近 くの 農 民 に 土地 を貸 して い る とい う。地 形 に変 化 の あ る環 境 が す ば らしい 。

  オ ス ロ行 き急 行 列 車 は トロ ンハ イ ムの 町 を ぐる り とめ ぐ り,河 岸 段丘,海 岸 の 入 江,変 化 に 富 ん だ 地 形 。 農 家 や 倉 庫 (ロ フ ト),主 屋 と付 属 建 物3〜4棟 が 中 庭 を 囲 ん だ よ うな型 も多 い 。 す ぐ山地 に かか る。 と ころ どこ ろ屋 根 に 白樺 の皮 を 敷 き草 を 植 え た古 風 な民 家 が み え る。 残 雪 の あ る岩 山,丸 味 をお び,氷 食 の あ と が明 らか に認 め られ る。 分 水 界 近 い高 原 を過 ぎ る。 ドンボ ー ス付 近 は まる で ス イ ス の よ うな 美 しい 景観 。 この あ と リレー

ハ ー マ ま で,U字 谷 と斜 面 の 村 々,木 造 丸 太 組 積 造 りの 民 家 に 混 って 新 しい カ ラ フ ル な 住 宅,古 い 純 木 造 の ス タ ー ブ 式 教 会 も み え る 。 斜 面 の 土 地 利 用 も面 白 い 。   トロ ン ハ イ ム     リ レ ー ハ ー マ 間 は ヨ

ー ロ ッパ の 車 窓 景 観 で は1‑2を 争 うす ば ら しい コ ー ス で あ る 。

  リ レー ハ ー マ の 町 の 背 後 は 急 坂 で,町 全 体 が 湖 畔 の 傾 斜 地 に 立 地 して い る 。 住 宅 街 を ぬ け る と 緑 の ス ロ ー プ,近 代 的 な 展 示 館 が み え,背 後 の 森 が 野 外 博 物 館

「サ ン ドヴ ィ ッ ク ・サ ム リ ン ガ ー ・マ イ ハ ー ゲ ン 」。 館 長 の フ ァー レ ン=セ ン ドス タ ッ ト博 士 に 会 う。 日 本 の 民 家 写 真 な ど を 贈 る 。 館 の 成 立 ち,ノ ル ウ ェ ー で も近 年 古 い も の が 失 わ れ て お り,文 化 財 保 存 が 急 務 で あ る こ と な ど 次 々 と 話 さ れ る 。   創 設 者 は 歯 科 医 師 の ア ンダ ー ・サ ン ド

ヴ ィ ッ ク で,彼 は 転 地 療 養 に 来 て そ の ま

ま 住 み つ い た 。 そ し て リ レ ー ハ ー マ や そ

の 周 辺(オ ッ プ ラ ン ド地 方)を 歩 き,産

業 革 命 や 工 業 化 な ど の た め 伝 統 的 生 活 の

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杉 本   ヨー ロ ッパ の 民 俗学 ・民 族学 博 物 館

写 真6  屋 内 で糸 繰 り作業(リ レーハ ー マ野 外 博物 館)

変 化 や農 村 文化 の減 少 を憂 い,民 具 収 集 や民 家 を集 め,1904年 に 開館 した 。 現 在 39haの 面 積 で110棟 の建 物 が 集 って い る 。 この野 外 博 物 館 の 特 色 は,ま ず 自然 環 境 の良 さ。 一 地 域(オ ップ ラ ン ド)の 民 家 を 集 めて い るの で,そ の発 達 過 程 や 系 統 な ど を理 解 しや す い し,地 域 内で の バ ラ エテ ィを確 認 す る こ と も可 能 だ と云 う。

  今 は州 か らの補 助 もあ るが,イ ン フ レ で 財 政 は苦 しい ら しい。 オ ップ ラ ン ド地 方 の伝 統 的 コス チ ュー ム を着 た 女 性 が ガ イ ドして くれ る 。 丸 太組 積 造 り(校倉 式) が主 だ が,ロ フ ト(倉 庫,2階 建 が ふ つ う)や 納 屋 な ど付 属 の 建 物 が 多い 。主 屋 は寝 室,居 間(台 所),玄 関 の3室 が 基 本 で あ る。 居 間 の 壁 や 天 井 を花 模 様 な ど で彩 色 した 家 もあ る。

  純 木 造で 束 や 梁 式 の ス ター ブ式 教 会 も あ る。数 棟 の建 物 で 機 織 りな ど作 業 風 景 もみせ て い る。 現 在 町 家 を 数 棟移 築 中で あ った 。

  野 外 は 一 地 方 の も の を 集 め て い る が, 新 築 の 展 示 館 は ノ ル ウ ェ ー 全 土 か ら集 め た 機,木 箱(長 持),じ ゅ う た ん,民 俗 衣 装,銀 や ガ ラ ス 製 品 な ど の コ レ ク シ ョ

ン展 示 が あ る 。

  傘 造 り 工 房,馬 具,毛 皮 商,鍛 冶 屋, 印 刷 製 本 工 房,銀 細 工,タ バ コ ・パ イ プ 造 り,木 靴 造 り,車 大 工,時 計 屋 な ど の 作 業 場 や 店 を 復 元 した も の が 多 く,実 に す ば ら し い 。 特 展 場 で は ヨ ー ロ ッ パ 諸 国 の 陶 器 類 な ど が 展 示 さ れ て い た 。   北 欧 で は 大 型 の 博 物 館 の 一 つ で あ る 。   馴 鹿 の 肉 の 煮 込 み 料 理 な ど を 御 馳 走 に な っ た り,心 暖 ま る 歓 待 を う け,能 率 よ く調 査 を 進 め る こ とが で き た 。

  オ ス ロ か ら再 び 夜 行 列 車 の 強 行 軍 で コ ペ ン ハ ー ゲ ン経 由,フ ェ リー で フ ユ ー ン 島 に 渡 り,オ デ ン セ に 着 く。 ア ンデ ル セ ンの 生 地 と 古 い 町 並 み が 残 って い て 観 光 客 が 多 い 。 デ ン マ ー ク に は,オ ー フ ス や オ デ ン セ な ど 木 骨 構 造 の 美 し い 町 家 が 残 っ て い る 都 市 が 多 い 。

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  旧市 街 を 通 り近 郊 住 宅 地 に 接 した 森 に

「フ ユー ン村 野 外 博 物 館 」 が あ る。

  フ ユー ン島各 地 か ら集 め た草 葺 の木 骨 構 造 の民 家 が多 く,壁 を 白 や赤 色 で塗 っ た もの もあ る。 建 物 が 棟 続 きで 中 庭 を 囲 ん だ もの(デ ンマ ー ク に多 い)や,L字 型 な ど多 様 で,ス カ ンジナ ビア の民 家 型 式 と は異 な って い る。 風 車 は ど の 野外 博 物 館 に もみ られ る。

  ユ トラ ン ド半 島 で は,ラ ンダ ー スか ら ロー カル 線 で 農 村 地 帯 を進 み,ビ ンデ ラ ップ で下 車 。 無 人 駅 とて,車 掌 が電 話 で タ ク シーを よん で くれ た の で大 助 か り。

しか し列 車 は数 分 遅 れ た模 様 。 「ヤ ール

・へ 一 デ野 外 博 物 館 」 は大 変 不 便 な と こ ろ に あ る。 殆 ど車 か 団体 バ スで や って く る。 この 野 外 博 物 館 は,伝 統 的 農 村 生 活 の 展 示 を 主 と して い る が,歴 史(先 史) 村 と森 林 博 物 館 が加 わ って い る。 先 史 村 の と こ ろで は,例 え ば石 器 時 代 の 服 装 を した アル バ イ トの学 生 が 実 演 ・解 説 を し て い る。 ヤ ー ル ・ヘ ーデ は不 毛 の 砂丘 地 帯 を 利 用 した もの で,全 く自然 の 中 に あ り,農 牧 林業 を営 む生 きた 姿 を み せ よう と して い る 。

  ス トイ ア か らユ トラン ド半 島 を斜 断 し, フ レデ リシア か らハ ンブル クに 向 う。 北 欧 で は 車 内 で屡 々,米 人 の 旅 行 老 と同 室 だ った が,殆 ど 円高 ドル 安 が 話 題 とな っ た 。 一 人 だ け 野 球 フ ァ ンが い て 「王 の 800号 は もう 出た か 」 と質 問 して い た の

が 印 象 に残 る 。

4.西 ドイ ツ 各 地 を め ぐ る   ハ ンブ ル ク で友 人 の大 阪 市 立 大学 地 理 学 教 室 の 中 村泰 三 氏 と合 流 し,再 び 西 ド イ ツ各 地 を め ぐる。

  リュー ネ ブル ク はハ ンブ ル クか ら40分 504

国立民族学博物館硯究報告  4巻3号 余 。 ヨハ ネ ス教 会 の 尖 塔 が み え,エ ル ベ の支 流 が 町 の 中央 部 を 流 れ る。 川 畔 に古 い ク レー ンが 残 って い る。 中世 まで 遡 る 古 い歴 史 を も ち,岩 塩 の埋 蔵 と取 引 きで 栄 え た 町 で あ る。 戦 火 を免 れ た た め,木

骨構 造(フ ァ ッフ ァベ ル ク)で その 間 を 煉 瓦 の化 粧 積 み に した古 い町 家 が 残 って い る。

  リュー ネ ブル クか ら国鉄 バ スで 東 独 国 境 に近 いル チ ョウに 向 う。 ア ウ トバ ー ン を走 る。 低 ザ クセ ン東 部 の 平 原 。 牧 場, オ ー ト麦,大 麦,甜 菜,馬 鈴 薯 畑 が ひ ろ が る。 妻 入 で半 寄 棟 の屋 根 を もつ 低 ザ ク セ ン型 の 農家,壁 面 は木 組 の 間 に 煉 瓦 を 積 ん だ もの が 多 い。 入 口上 部 に 建築 年 代 な ど文 字 を刻 ん だ農 家,妻 側 の 棟飾 りを もつ 家 々。 ダ ンネ ンベル ク,ル チ ョ ウな ど地 方 町 の 中心 部 は いず れ も木組 の美 し い 木 骨構 造 の町 家 が 並 び,北 ドイ ッ特 有 の 都 市 景観 を示 して い る。

  2.5万 分 の1地 形 図 を た よ りに 円村 の 見学 に 出 か け る。 集 落 形 態 の分 類 は,家 屋 の 集合 の状 況 に よ って 集 村,散 村 に分 類 す る こ とが 多 いが,・ドイ ッで は マ イ ツ ェ ンな ど多 くの学 者 に よ って 幾何 学 的 な 形 態 な ど を考 慮 した 詳 細 な分 類 が行 われ て い る。 この 中 で 集 落 の 中 央 に 円形 の 広 場 を もつ 円村(環 村)が,エ ル ベ川 流 域 に み られ る こ とが 指 摘 され た 。 その 後 円 村 の 研 究 は ク レ ンツ リン ら地 理学 者 に よ って 進 め られて い るが,こ の 円 村 をぜ ひ 訪 ね て み た か った 。 ル チ ョゥの西 部 に は 円 村 が数 多 く分 布 して い るが,時 間 の 関 係 で 町 に最 も近 い(2km),レ ー ツ ェ村 を 見学 す る 。20mの 等 高 線 が 走 る ほ と ん ど平 坦 に近 い 田園 地 帯 。 オ ー ト麦,甜 菜 畑 が 続 き,乾 草 を 倉庫 へ 収 納 す る風 景

もみ え る。 円 形 の 広 場 に 立 つ と,妻 側 を

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杉本   ヨー ロ ッパ の 民 俗 学 ・民 族学 博 物 館

写 真7  円 村 レ ー ツ ェ 村 の 木 骨 構 造 の 民 家

向 け た 木 骨 構 造 の 農 家 が と り ま い て い る 。 木 組 の 数 が 他 に 比 べ て 多 く,窓 が シ ン メ

ト リ ッ ク に 配 置 して あ り,壁 面 を 淡 い 黄 色,緑 色 な ど に 彩 色 して い る 。 広 場 は コ

ン ク リー ト舗 装 して あ り,農 道 が2‑3 本 放 射 し て い る 。 ト ラ ッ ク タ ー や 車 も 入

っ て く る 。 広 場 に 面 す る 家 屋 の 背 後 は 農 地 に な っ て い る 。 村 人 も起 源 に つ い て は 知 ら な か っ た が,ス ラ ブ 民 族 の 残 して い

っ た 村 落 形 態 で あ る とす る 説 が あ る 。   円 村 の 一,典型 を み る こ と が で き た が, 単 な る 訪 問 に 終 っ て 残 念 で あ っ た 。   低 ザ ク セ ン 州 の 首 都 ハ ノ ー フ ァ ー を 経

て ビ ー レ フ ェ ル トで 支 線 に 乗 り か え る 。   デ トモ ル トは 北 ラ イ ン ・ウ エ ス ト フ ァ

ー レ ン州 の 北 東 部 に 位 置 す る 町 。 か つて リ ッペ 候 の 本 拠 地 で あ っ た 。 町 の 南 側 に 2OOm前 後 の トイ トブ ル ク の 森(丘 陵) が の び て い る 。 こ こ に 「ウ ェ ス トフ ァ ー レ ン 伝 統 農 村 文 化 野 外 博 物 館 」 が あ る 。   五 つ の 屋 敷(主 屋,付 属 建 物,生 活 用 具 類)が そ の 移 築 前 の 環 境 に も配 慮 し な

が ら地 域 別 に 配 置 して あ る 。 現 在 拡 張 工 事 中 で 完 成 時 に は80ha(現 在30  ha)に

な り,広 場 を も つ 村 落 を 復 元 す る 計 画 が あ る 。 解 体 さ れ た 資 材 が セ ッ トに な っ て 幾 つ も 山 積 み さ れ,ト タ ン屋 根 を か ぶ せ て 保 管 して い る 。 規 模,内 容 共 に 充 実 し た 野 外 博 物 館 が で き そ う で あ る 。   ボ ン で は,ボ ン大 学 日 本 文 化 研 究 所 所

長 のJ.ク ラ イ ナ ー 教 授(丁 度 民 博 客 員 教 授 と して 滞 日 中)の 御 配 慮 で,同 研 究 所 のE.パ ウ ア ー 氏 に 案 内 役 を し て 頂 い た 。 パ ウ ア ー 氏 は 日 本 の 経 済 史 を 研 究 し て い る 俊 英 。 経 済 史 と の 関 連 で 日 本 の 民 具 類 に も深 い 関 心 を も っ て い る 。 夫 人 も

日本 研 究 家 で 丁 度 滞 日 中 だ っ た 。   ケ ル ン の 「ラ ウ テ ン ス ト ラ ウ ホ=ヨ ー

ス ト博 物 館 」 は,旧 市 街 の 南 は ず れ に あ る 。 石 造 の 建 物 で,1901年 開 館 し,戦 災 後1967年 再 開 さ れ た と い う 。 ま ず ア メ リ

カ 展 示,次 い で ア フ リ カ,オ セ ア ニ ア を

み る 。 展 示 品 が 豊 富 で,ア フ リカ の ベ ニ

ンの も の な ど す ば ら し い 。 オ セ ア ニ ア で

5Q5

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は メ ラ ネ シ ア が 中 心 。 ガ ラ ス ケ ー ス,露 出 展 示 な ど 多 様 だ が,背 景 の 色 調 に も 工 夫 が こ ら さ れ,全 体 に モ ダ ン な 展 示 に な っ て い る 。 展 示 品 は 概 し て 民 族 芸 術 的 な も の が 多 く,生 活 用 具 類 な ど が 少 な い 。 これ を パ ネ ル 解 説 で 少 し は 補 って い る。

解 説 は 文 字 が 小 さ く読 み づ ら い 。   階 上 の イ ン ドネ シ ア の 資 料 は 豊 富 で, ス ラ ウ ェ シ の ト ラ ジ ャ,ス マ トラ の トバ

・バ タ ッ ク ,ニ ア ス 島 の も の 。1930年 代 撮 影 の 集 落 の 写 真 な ど 貴 重 。 階 段 に ス チ ー ル パ ネ ル で 日 本 な ど の 展 示 を し て い る

。   こ の 博 物 館 は ケ ル ンの 豪 商 オ イ ゲ ン ・ ラ ウ テ ン ス ト ラ ウ ホ が 義 兄 の 探 検 家 ウ ィ ル ヘ ル ム ・ ヨ ー ス トの コ レ ク シ ョ ンを 基

506

写 真8  美 しい 木 骨構 造(ホ ス テル村)       [中 央 はE・ パ ウア ー氏 コ

国立 民族学博物館研究報告  4巻3号 礎 に 開 館 し た も の だ が,現 在 州 が 財 政 援 助 を して い る 。

  特 展 は 「北 東 ニ ュ ー ギ ニ ア の 原 始 民 族 芸 術 」 で,パ プ ア ・ニ ョー ギ ニ ア の ヒ ュ ー オ ン半 島 を 中 心 と した 地 域 の 収 集 品 。 仮 面 や 木 彫 な ど が 多 く,民 族 芸 術 的 な 内 容 で あ った 。

  有 名 な ケ ル ン大 聖 堂 の 隣… に ロ ー マ 時 代 の 遺 跡 が 発 見,発 掘 さ れ,こ こ に 「ロ ー マ ・ゲ ル マ ン 博 物 館 」 が 移 っ て い る 。   ラ イ ン川 を 渡 り,郊 外 の ベ ル ギ ッ シ ェ

・グ ラ ー ドバ ッハ 。 町 を 出 は ず れ る と 丘 陵 地 帯 が 続 く。 緑 に 包 ま れ た 広 壮 な パ ウ ア ー 夫 人 の 実 家 で 手 づ く り の 昼 食 を 御 馳 走 に な り,近 く の 酪 農 家 を 見 学 す る 。 木       組 の 整 っ た 住 家 で,壁 の 一 部 に ス レー ト石 を は りつ け て い る。 経 営 面 積30haで33頭 の 乳牛 を飼 う。

その た め 家 畜 舎,飼 料 や乾 草,農 業 機 械 を 収 納 す る建 物 が広 い ス ペ ー スを 占め て い る 。

  3kmほ ど離 れ た も う一 つの 農 家 は,大 型酪 農 家 で,新 旧の サ イ ロが 目立 つ 。 乳牛 の糞 尿 の 処 理 方 法,搾 乳法 な ど機 械 化 が 進 ん で い

る。

  翌 日は パ ウ ア ー氏 の 車 で 出発 。 平 坦 な ライ ンラ ン トもア ィ フ ェル 地 方 に近 づ くと地 形 も少 し起 伏 が で て くる。

  ホ ス テル 村 は60戸 よ りな る集 村 。

木 骨 構 造 の 家 々,黒 味 が か った 木

組 と 白壁 の コ ン トラス トは絵 画 的

と も いえ るほ ど美 しい。 長 屋 門 を

も ち中 庭 を 農機 具小 屋,納 屋,車

庫,住 家 で 囲 ん だ型 が 多 い 。 酪 農

家 を 訪 ね,二 人 の農 夫 か ら話 を 聞

く。 乳牛22,仔 牛60余 頭 を 飼 育 し

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杉 本  ヨー ロ ヅパ の民 俗 学 ・民 族 学 博 物 館

て い る。1930年 代 の 乳牛 舎 は 煉 瓦 造 り (25×10m)で 少 し古 び て い るが,当 時 は ボ ンの農 業 協 同 組 合 の モ デ ル乳 牛 舎 だ った とい う。 経 営 耕 地60ha,半 分 は牧 場 ・牧 草 地 。 他 の 畑 で 大麦,と う も ろ こ

し,小 麦 な どを 栽 培 す る。 牧 草 生 育 の条 件 と して は ア イ フ ェル 山 麓地 方 に比 べ て 雨 量 が少 な く,良 好 地 とは い え な い との こ と。60戸 の うち11戸 が農 家,う ち10戸 が酪 農 経営 で あ る。 他 の 多 くは通 勤 的 職 業 に従 事 して い る。 この 辺 りは道 路 条 件 もよ く,ラ イ ン工 業 地 帯 の近 郊農 業 地 帯 だ が,圃 場 整備 や相 続 の 問 題,農 業 経 営 の 困難 性 な ど多 くの 問題 を か か え て い る。

  主 屋 の古 い部 分 は17世 紀 に建 って お り, 木 骨 構 造 で 木組 の 間 は柳 の 枝 木 を組 み, そ の上 に土 を塗 り,漆 喰で 仕 上 げ 七 い る。

新 しい部 分 は煉 瓦 を用 いて い る。

  全 戸 瓦 屋 根 。第 二次 大 戦 が 終 らた 当 時 で も草 葺 は牛小 屋 二 つ だ けだ った とい う。

  パ ウ アー 氏 の配 慮 で ライ ンラ ン トの ア イ フ ェル に近 い一 農 村 を見 学 で きた こと は大 き な収 穫 で あ った。

  ライ ン地 方 の 田 舎 町 コ ンメル ン背 後 の 丘 陵地(300〜340m)は 混 交 林 に包 ま れ て い る。 この 丘 陵 に75haの 広 々 と した 敷 地 を もつ 「ライ ン州 野外 博 物 館(州 立 民 俗博 物館)」 が あ る。

  日曜 日とて 大 変 な 人 出。 入 場 料 は2'マ ル ク (他 の 野外 博 物 館 もほ ぼ200円 前 後)。

  森 の 中 に ライ ン州 内の地 域 別 に42棟 の 農 家,風 車2,水 車1,村 の学 校,墓 地 な どを 配 置 して い る。 多 くは木 組 のす ば ら しい 木 骨構 造 で,中 庭 の ま わ りに建 物 を配 した フ ラ ンケ ン型(中 部 ドイ ッ型) に属 す る もの で あ る。 この博 物 館 は,現 在 は州 立 だ が1961年 開館 当 時 は ライ ン州 土 地 組 合 の経 営 で あ った 。

 主 要 建 物 の 屋 内で は生 活 用具 類 を 農 富 に並 べ,パ ネル を 使 った解 説 もつ いて い る。            一  織 物,製 粉,車 大 工,木 工 品,木 靴 造 りな どの実 演 もあ る。 館 長 は 「ヨー ロ ッ パ の 野外 博 物 館 ガ イ ドブ ック」の著 者A.

チ リペ リウス氏 で あ る。

  1977年 に完 成 した 展 示 館 に は木 彫,織 物,聖 像,陶 器 類,絵 画 な ど ライ ン地 方 の民 俗 文化 が展 示 して あ る。 特展 場 で は

「世 界 の 庶民 の人 形 展 」 子 供 達 で 賑 って いた 。

  ボ ン大学 は 宮殿 を利 用 した 風 格 あ る学 舎 。 日本 文 化研 究 所 は文 学 部 に所 属 して い る。 研 究 室 で パ ゥア ー氏 か ら種 々 日本 研 究 の現 況 を 聞 き,そ の研 究 の 厚 み に 敬 服 す る。

  下ラ イ ン州立 博 物館 」 は,ボ ン駅 に 近 い 。近 代 的 な 建 物 で,外 観 は オ フ ィス の よ うな感 じ。 ラ イ ン州 の歴 史 や 考 古 学 資 料 の展 示 が 特 色 とな って い る。 先 史 時 代 か ら時代 別 に詳 細 な 地 図,復 元 図 な どを 並 べ て あ る の は大 変 参考 に な る。 ロー マ 時 代,中 世 の展 示 ス ペー ス もか な り広 い。

ネア ンデ ル タ ール 頭 骨 は この博 物 館 御 自 慢 の もの 。全 般 に よ くま とま った モ ダ ン な展 示 で あ る。1階 に は学 習 室 が設 け て あ り,子 供達 が機 織 りの 実 習 を した り し て い る。

  「フ ラン ク フル ト民 族 学博 物館 」 は マ イ ン河 畔,丁 度 旧市 街 の 対岸 に位 置 して い る。 小 じん ま り した建 物 で あ る。 展 示 場 は1‑2階 で,全 館 南 米 の イ ンデ ィオ

・ヒバ ロ族(エ ク ア ドル〜 ア マ ゾ ン源 流

一 ア ンデ ス)の 展示 で ,1977年 夏 か ら78

年 夏 まで が 期 間 。売 店 に は主要 所蔵 品 の

エハ ガ キ と数 種 の特 展 の案 内解 説 書 が並

んで い る。 ほ ぼ1年 ご と に展示 を変 え る

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国立民族学博物館研究報告  4巻3号

写 真9  フ ラ ン ク フ ル ト民 族 学 博 物 館

と の こ と 。 展 示 場 は 計12あ る 。1階 エ ン トラ ン ス ホ ー ル に ヒ バ ロ族 の 民 家 模 型 が あ る 。 ヒ バ ロ 族 の 概 況 σ 狩 猟 と 農 耕 で は 焼 畑,マ ニ オ ク の あ くぬ き作 業,つ ぼ 造 り な ど 。 社 会 で は伝 統 的 な 家 長 制 家 族 構 造 や 村 落 の 現 況 。 宗 教,戦 い と祭 り等 々 。 全 般 に 「もの 」 よ り も カ ラ ー 写 真,絵 図 な ど が 多 く,わ か り や す く解 説 して い る 。

2階 は ヒバ ロ イ ン デ ィ オ の 青 少 年 達 が 描 い た 絵 が 興 味 を ひ く。 パ ネ ル 解 説 が 主 だ が,ヒ バ ロ の 社 会 と 植 民 地 化(開 拓)の 影 響,ヒ バ 目社 会 の 現 在 直 面 して い る 諸 問 題 な ど を 提 示 して い る 。

  ζ の 博 物 館 は ベ ル リ ン ・ダ ー レ ム 民 族 学 博 物 館 や ブ レ ー メ ンの 海 外 博 物 館 な ど と も 提 携 し情 報 交 換 を して い る 。   ド イ ツ 西 南 部 の シ ュ バ ル ツ バ ル ト(黒 森)に は,巨 大 な 草 屋 根 を も つ 多 層 民 家 が あ り,わ が 国 の 飛 騨 白 川 郷 の 合 掌 造 り に 匹 敵 す る もの と して 知 ら れ て い る 。 こ の シ ュ バ ル ツ バ ル ト民 家 を 長 年 に わ た っ て 詳 細 に 調 査 研 究 して い る の は,H.チ

リ先 生 で あ る 。 そ の 著 書 は 私 の 蔵 書 に も あ り,以 前 か らぜ ひ お 会 い した く思 っ て い た 。 今 回 の 渡 欧 で シ ュバ ル ツ バ ル ト野 外 博 物 館 に 連 絡 した と こ ろ,チ リ先 生 か ら 「博 物 館 の あ る グ ッ タ ッハ は 山 の 中 で 不 便 だ か ら,ま ず 私 の 住 ん で い る フ ラ イ ブ ル ク で 会 い ま し ょ う」 と の 親 切 な 手 紙 を 頂 い た 。

  フ ラ ン ク フ ル トか らバ ー ゼ ル 行 き の 準 急 行 列 車 で 出 発,午 後4時 す ぎ フ ラ イ ブ ル ク に 着 く 。

  駅 ま で チ リ先 生 が 出 迎 え て 下 さ る 。 ホ

テ ル の 予 約 ま で して も らい 恐 縮 す る 。 先

生 の お 宅 は 閑 静 な 住 宅 街 に あ る ア パ ー ト

で,書 斎 に は シ ュバ ル ッ バ ル トの 民 家 模

型,民 家 の 絵 や 写 真 が 飾 っ て あ り,10数

種 の シ 湾 バ ル ッバ ル ト地 方 の 古 い 時 計 が

時 を 刻 ん で い る 。 合 掌 造 り な ど 日本 の 民

家 写 真 を 囲 ん で 解 説 し た り す る 。 「夕 暮

れ の フ ラ イ ブ ル ク を 案 内 し よ う」 と の こ

と で 町 へ 出 か け る 。82才 の 老 先 生 の 行 動

力 に 感 嘆 す る 。 旧 市 街 に は 四 つ の 門 と,

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杉 本   ヨー ロ ッパ の民 俗 学 ・民 族学 博物 館

そ の 中 央 に マ ル ク トプ ラ ッ ツ が あ り,ゴ シ ッ ク 式 の 大 聖 堂 の 尖 塔 が 夕 陽 に 映 え て い る。 パ イ プ オ ル ガ ン の 荘 麗 な 響 き,ス テ ン ドグ ラ ス の 美 し さ 。

  夕 食 後 再 度 先 生 宅 へ 招 か れ る 。 明 日 か ら調 査 す る 参 考 に と ス ラ イ ド上 映 。1時 間 半 余 り,ワ イ ンを 飲 み つ つ 情 熱 を も っ て 解 説 さ れ る 。 長 年 の 民 家 に 対 す る 愛 情 が に じ み 出 て い る 。 先 生 は 建 築 出 身 で フ ラ イ ブ ル ク 大 学 の 教 授 で あ っ た 。10時 各 種 古 時 計 の 妙 な る ハ ー モ ニ ー に 送 ら れ て ホ テ ル へ 戻 る 。

  翌 朝 先 生 自 ら車 を 運 転 して グ ッ タ ッハ ま で 。120kmま で ス ピ ー ドを あ げ て 走 られ る 。 曲 り くね っ た 山 道 を 進 み,グ ッ タ ッハ の 谷 に お り る 。 山 頂 近 く は 森 林, 斜 面 は 牧 場 と 牧 草 地 に な り,傾 斜 面 に 特 有 の 大 屋 根 を も つ シ ュ バ ル ッ バ ル ト型 の 民 家 が 立 って い る 。 民 家 の 背 面 を 山 の 斜 面 に も た せ か け て い る の で,こ こ か ら乾 草 や 穀 物 を 屋 根 裏 に 入 れ る 。1階 は 車 小 屋,家 畜 舎 とぶ ど う 酒 倉 。2階 が 居 住 室

と 納 屋 に な る 。3階 は 大 き な 屋 根 裏 に な る 。

  グ ッタ ッハ の 町 を す ぎ,や が て 草 葺 の シ ュ バ ル ッ バ ル ト型 民 家 が み え て く る 。

「シ ュ バ ル ツ バ ル ト野 外 博 物 館 」 は 面 積 1ha余 で,緩 斜 面 に3棟 の シ ュ バ ル ツ バ ル ト型 民 家 と 穀 倉 な ど が あ り,水 車 動 力 に よ る 製 材,製 粉,鍛 冶 屋 な ど が 集 め て あ る 。

  山 奥 と て4月 〜10月 の 間 の み オ ー プ ン し て い る が,1977年 は50万 人 の 来 館 者 が あ っ た と い う 。 シ ュ バ ル ツバ ル トは ドイ ッ人 の 「ハ イ マ ー ト」 な の で あ ろ う 。 今 日 も 凄 い 人 出 で あ る 。 チ リ先 生 は こ の 博 物 館 の 名 誉 館 長 で,館 外 の レ ス トラ ンの 2階 に 先 生 を 賛 え る 記 念 室 が あ る 。 こ の 博 物 館 づ く りに 愛 情 を も っ て 取 り く ま れ た だ け に,各 建 物 の 説 明 も 詳 細 を き わ め た 。 お 陰 で 充 実 した 調 査 を 進 め る こ と が で き た 。 今 回 の 渡 欧 で は 多 くの 人 々 の 御 協 力 を 得 た が,特 に チ リ先 生 と シ ュバ ル ツ バ ル ト民 家 の 深 い 結 び つ き に は 感 動 し

写 真10  シュバ ル ッバ ル ト型 民 家(グ ッタ ッハ)

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国立民族学博物館研究報告  4巻3号

写 真11  ポー デ ン湖 の 湖 上集 落 復 元(ド イツ 先史 野 外 博物 館)

た 。

  ボ ー デ ン湖 畔 に あ る 「 ドイ ツ 先 史 野 外 博 物 館 」 の 湖 上 集 落(復 元)を 見 学 し,

リ ン ダ ウ経 由 で ミ ュ ン ヘ ン に 出 る 。   ミ ュ ン ヘ ン は 博 物 館,美 術 館 の 集 中 し

た バ イ エ ル ンの 古 都 。1971年 に は 「市 立 博 物 館 」,「ド イ ッ 博 物 館 」,「王 宮 博 物 館 」,

「民 族 学 博 物 館 」 な ど を め ぐ っ た が,今 回 は ミ ュ ン ヘ ン を 基 地 に し,「 上 バ イ エ ル ン 野 外 博 物 館 」 の 調 査 に 集 中 した 。   ミ ュ ンヘ ン か ら列 車 で 約1時 間,ム ル

ナ ウ で 下 車 。 山 々 が 迫 り,南 ド イ ツ 農 村 の 牧 歌 的 景 観 が ひ ろ が る 。 コ ッヘ ル 湖 を 遠 望 し,グ ロ ス フ ァ イ ル 村 か ら山 道 を か な り登 る 。 東 ア ル プ ス 前 山 の 緩 傾 斜 地 (標 高650〜700m)に 野 外 博 物 館 は 位 置

し て い る 。

  3階 建 の 展 示 館 が 入 場 口 。 廊 下 に 上 バ イ エ ル ン地 方 の 民 家 間 取 り,屋 敷 配 置 図, 民 家 屋 根 型 分 布 図 な ど が 展 示 し て あ る 。 民 家 模 型 も あ る 。3階 は 生 活 用 具 類 を 陳 列 し て あ る 。 屋 外 は 眺 望 絶 佳 の ス ロ ー プ

で,15棟 の 建 物 が 完 成 し公 開 さ れ て い る 。 木 片 葺 き石 置 き屋 根 で,緩 勾 配 の 切 妻 型 。 木 造 丸 太(角 材 が 多 い)組 積 造 り(校 倉 式)が 多 く,ス イ ス や チ ロ ル の 民 家 に 類 似 して い る 。 室 内 の 生 活 用 具 類 も 木 の 香 り豊 か で あ る 。1971年 に 開 館 し,現 在 増 設 中 で,完 成 時 に は30haの 広 さ に な る と い う 。 バ イ エ ル ン州 に は 他 に 三 つ の 小 野 外 博 物 館 が あ る 。

  ミ ュ ン ヘ ンで は,バ イ エ ル ン国 立 歌 劇 場 で 開 催 中 の ミュ ンヘ ン ・オ ペ ラ フ ェ ス テ ィ バ ル に 出 か け た 。 こ の 歌 劇 場 の 総 監 督 でN響 名 誉 指 揮 者 の サ バ リ ッ シ ュ の 指 揮 で,ワ ー グ ナ ー の 「ロ ー エ ン グ リ ン」。

ザ ル ツ ブ ル ク な ど に 比 べ て 舞 台 装 置 も観 客 の 服 装 も保 守 的 傾 向 が 強 か っ た よ う に 思 う。

  4.オ ー ス ト リ ア か ら ユ ー ゴ ス

      ラ ビ ア 北 部 の 博 物 館 巡 検

  ザ ル ツ ブ ル ク は 人 々 々 。 世 界 の 観 光 都

市 に な って し ま っ た 。1971年 の 時 に 比 べ

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杉本  ヨー見ッパの民俗学 ・民族学博物館 て 人 の 多 い ご とみ の 目立 つ 。 ザ ル ッ ァ ッ ハ 川 を 渡 り山 麓 との 間 の狭 い 旧市 内の 端 に 「カ ロ リー ノ ・ア ウグ ス テ ウム博 物館 」 が あ る。 美 術 工 芸,歴 史 関係 の もの が 主

で,1977年 出 土 の 土器 類 な ど も展 示 して あ る。 この博 物 館 に 属す る野 外 博 物 館 が 南 郊 グ ロ ス ウ ィ ヒマ イ ンに建 設 中。 も う 一 つ 民 俗 学 博 物 館 を も って い る。

  ザ ル ツ ブル ク城 の 山 塊 を ま わ って 南 へ 10kmの 山麓 に,美 しい庭 園 を もつ ヘル ブル ン離 宮 が あ る 。 「 ザ ルツ ブ ル ク民 俗 学 博 物 館 」 は 離 宮 背 後 の 山腹 に あ る。 も と修 道 院 の 建物 を 利 用 した小 じん ま り し た博 物 館 。 来 客 の た び に管 理 人 が戸 を あ けて くれ る。

  ザ ル ツ ブル ク州 は 殆 ん ど東 アル プス 東 端 の 山 地 で 占 め られ,山 間 村 が 多 く,民 俗 資 料 も数 多 く集 め られ て い る。 彩 色 さ れ た 美 しい 木 箱,人 形,織 物,各 種 民 具, 民 家 模 型 と民 家 写真 パ ネ ル。 鬼 の 仮 面 な

ど。 豊 穣 を 祈 願 す る ペ ル ピ トの 祭 り(1 月)に 用 い る2.m近 い各 種 の かぶ り もの

が面 白い 。 現 在 で もザ ル ツ ブル ク州 の ザ ンク ト ・ヨハ ンな ど 山 間部 で 盛 ん に行 わ れ て い る。3階 か らの 眺望 は全 くす ば ら しい。 ヘ ル ブル ン離 宮 の庭 で今 夜 演 奏 す るバ ロ ック音 楽 の練 習 を して い るの が 聞 えて くる。

  ウ ィー ンで は,ウ ィー ン大 学 留 学 中 の 知 人 山 下 一 道夫 妻 の車 で 能 率 よ く博 物 館

を め ぐる こ とが で き た。

  ウ ィー ンの 「民族 学 博 物 館 」 は ホ フブ ル ク宮 殿 の 一 画 に あ る。7年 ぶ りの 訪 問 で あ る。

  ラ テ ンア メ リカ,北 米,ア フ リカ,オ セ ァニ ア,ア ジ ア に大 別 され,40万 点 と い う膨 大 な 民族 資料 を誇 って い る。 ハ プ ス ブル ク家 を 軸 とす る オ ー ス ト墜アの 歴

史 を 反 映 レ て い る よ うで も あ る 。 前 回 に 比 べ て 展 示 が 少 し変 って い る 。 ガ ラ ス ケ ー ス を 主 と し た 伝 統 的 展 示 法 が 主 だ が , ウ ,イー ン学 派 の 本 拠 地 に ふ さ わ しい 充 実 ぷ りで あ る 。 オ セ ア ニ ア(特 に メ ラ ネ シ ア),ア フ リカ,ラ テ ン ア メ リカ は 貴 重 な 展 示 品 が 多 い 。 ハ ワ イ の カ メ ハ メ ハ 王 朝 を 主 と し た 展 示 は 特 別 展 で,ホ ノ ル ル の ビ シ ョ ップ 博 物 館 か らの 出 品 も あ る 。   ウ ィ ー ン 「民 俗 学 博 物 館 」 は ウ ィ ー ン

大 学 か ら西 へ 数 ブ ロ ッ ク,淡 い 黄 色 の 建 物 。 オ ー ス ト リア 各 州 別 の 展 示 と,イ タ リア(旧 オ ー ス ト リ ア南 チ ロ ル),南 ドイ ッ の も の も 陳 列 して い る 。 農 具,ぶ ど う 搾 り の 道 具,渋 い 彩 色 の 大 き な 戸 棚,そ

の 他 生 活 用 具 類 が ぎ っ し り 。 ガ ラ ス ケ ー ス の ほ か 露 出 展 示 も多 い 。

  仮 面,民 俗 衣 装 も よ く集 め て い る 。 民 家 は こ の 博 物 館 の 創 設 に も 関 係 の 深 い M.バ バ ー ラ ン ト教 授 らの 労 作 。 チ ロ ル と リ ン ッ付 近 の 民 家 模 型,家 屋 内 部 の 部 分 展 示 も あ る 。 各 種 分 布 図 に よ る 解 説 も

親 切 だ 。 展 示 ス ペ ー ス は 小 さ い が,エ ー ゲ ル ラ ン ト地 方 の 古 民 俗 の 夏 季 特 別 展 を 開 催 し て い た 。 博 物 館 中 庭 に は 道 標 や ユ ニ ー ク な 看 板 な ど も集 め て あ る 。   本 館 出 版 の 論 来 集 も 売 店 に 並 べ て あ り,

研 究 活 動 も着 々 と 進 め られ て い る よ う で あ っ た 。

  ウ ィ ー ンで は,そ の 他,「 低 オ ー ス ト リ ア 州 立 博 物 館 」 「ウ ィ ー ン 市 立 博 物 館 」 を 見 学 し た が,ウ ィー ン市 内 に は 実 に 多 く の 博 物 館 が 集 っ て い る 。

  ウ ィ ー ン か ら ダ ニ ュ ー ブ 川 を 渡 り北 上 す る。 小 さ な 森 が と こ ろ ど こ ろ に あ る 緩 や か な 丘 陵 が 続 く。 ド ィ ッ 中 部 に 多 か っ た 木 組 の 美 し い 民 家 は な く,石 や 煉 瓦 造 り の 民 家 が 多 い 。

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  小 麦,と う も ろ こ し畑 に ま じ って,ぶ ど う 畑 も多 い 。 ア ス パ ル ン は ウ ィー ン か ら30km,街 道 に 沿 っ た 小 さ な 町 。 城 が

「低 オ ー ス ト リア 先 史 考 古 博 物 館 」 と な っ て い る 。

  城 の 裏 側 に あ る 広 い 庭 園 は こ ん も り と し た 木 立 ち の 静 か な 環 境 。 そ こ に 先 史 時 代 の 復 元 家 屋 な ど が11配 置 し て あ る 。 風 雨 を 避 け る だ げ の 原 始 的 な シ ェ ル タ ー 。 マ ン モ ス狩 猟 時 代 の テ ン ト,半 地 下 式 の 鉄 器 時 代 の 家 屋 な ど 。 古 い 時 代 の パ ン焼 窯 が 復 元 し て あ り,パ ネ ル に 伝 統 的 な パ ンの 作 り方 が 示 して あ る 。 小 学 生 の 団 体 な ど が 来 る と,そ の 窯 を 使 っ て パ ン を 焼 か せ,体 験 学 習 が で き る よ う に し て あ る 。 城 内 の 展 示 場 は1‑‑2階 。 地 史,人 類 の 起 源 と 発 達 か ら 旧 石 器,中 石 器,新 石 器, 鉄 器 時 代 ま で 時 代 区 分 して い る 。 主 と し て 大 パ ネ ル は 木 目 の あ る 板 を 用 い,そ こ に 地 図 や 絵 図 な ど が つ い て い る の で 落 ち 着 い た 特 有 の ム ー ドが あ る 。 実 物 の ほ か, 写 真 パ ネ ル,レ プ リカ も多 く使 っ て い る 。 低 オ ー ス ト リ ア,オ ー ス ト リア 全 土,ヨ ー ロ ッパ 全 域 の 各 種 分 布 図 も よ い が,解 説 が 詳 しす ぎ る よ う で あ る 。 先 史 時 代 の 時 代 別 家 屋 の 特 色 も 参 考 に な る し,先 に 訪 れ た ボ ー デ ン湖 畔 の 杭 上 家 屋 の 図 も あ

る 。

  こ の よ う な 田 園 地 帯 に ユ ニ ー ク な 博 物 館 が あ る の は 全 くす ば ら し い 事 で あ る 。   隣 り の 「ワ イ ン ラ ン ド博 物 館 」 は, 1632年 に 建 っ た 修 道 院 の 建 物 を 利 用 して

る 。 ぶ ど う栽 培 の 歴 史,ぶ ど う酒 醸 造 に 関 す る 諸 道 具,生 活 用 具 類,民 俗 衣 装, 村 の 小 学 校 の 教 室,キ リス トの 聖 像 な ど が 展 示 して あ る 。 中 庭 に 各 種 の 道 標 が 集 め て あ っ た 。 ア ス パ ル ン 地 方 の 郷 土 博 物 館 で あ る 。

国立民族学博物館研究報告  4巻3号    「オ ー ス トリア野 外 博 物館 」 は グ ラー

ッ に近 い ス テ ユー ビ ンク にあ る。 駅 か ら や や南 よ りの 谷 あ い に細 長 くひ ろが って い る。 鉄 道線 路 を く ぐ った 谷 口に 博 物 館 オ フ ィ スが あ る。 案 内書 や エハ ガ キ 類 も 売 って い る。 子 供 連 れ や若 い人 達 が と く に 多 く,森 の 中の 小道 は涼 し く心 地 よい 。

この奥 行 きの 深 い 谷 あ い に オ ー ス トリア 全 土 か ら移 築 した43棟 の民 家,そ の 他 教 会,水 車,製 材 所,鍛 冶屋 な どの 建 物 が あ る。 低 オ ー ス トリア,チ ロル,ケ ル ン テ ン等 々地域 別 に配 置 して あ る。 閉 庭 型 の 大 き な農 家 は リン ッ付近 特 有 の 型 。 最 奥 部 に ブ レゲ ンツや チ ロル地 方 の民 家 が 多 く,緩 勾 配 の切 妻 屋 根 に石 が の り,谷 の 斜面 に立 って い る。 階下 は家 畜 舎,貯 蔵 庫,2階 が居 住 部分 とな って い る。 オ ー ス ト リア の代 表 的 野 外博 物 館 で あ る。

館 長 の べ ッテ ラー博 士 に よる解 説 書 は充 実 した もので あ った 。

  グ ラー ツ は オ ー ス トリア第 二 の都 市 。

「ス タイ ア マ ル ク 州 民俗 ・民 族 学 博 物館 」 は城 跡 の あ る小 山 の麓,旧 市 内 に あ る 。   展 示 場 に は 農 具類 や糸 車,木 箱,羊 毛 硫 き,木 製 背 負 具,チ ー ズ プ レス,バ タ

ーつ くりの 桶,ゆ りか ご,照 明 具 な ど生 活 用 具 類 が 豊 富 に陳 列 され て い る。 ス タ イ ア マル ク州 の 民家 写真 と屋 根 型,屋 根 材 料 な どの 詳 しい分 布 図 が注 目 され る。

民 家 の 屋 内 の一 部分(台 所 や 居 間)を 移 築 した もの(部 分 展 示)が 三 つ あ るが, 1971年 に 訪 れ た イ ンス ブル ックの 民 俗 博 物 館 の 展 示 とよ ぐ似 て い る♂ 係 官 の 好 意 で別 館 の 民 俗 衣 装 を歴 史 的 に配 列 した 展 示 を見 学 す る こ とが で き た。

  グ ラー ツ郊 外 の ス タイ ンツの 城 にあ る

「ス タイ ン ツ農 村博 物館 」 も印象 深 い 。 丘

の上 に立 つ 城 館 や,そ の付 近 の村 々 は実

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