原発再稼働を巡る安全性に対する司法審査の限界
著者 高田 寛
雑誌名 明治学院大学法学研究 = Meiji Gakuin law journal
巻 107
ページ 1‑41
発行年 2019‑08‑28
その他のタイトル Limit of Judicial Review on Safety over Nuclear Power Plant Restart
URL http://hdl.handle.net/10723/00003715
原発再稼働を巡る安全性に対する司法審査の限界
高 田 寛
Ⅰ.はじめに
2011 年 3 月 11 日の東日本大震災による福島第一原子力発電所の事故の後,
わが国のすべての原子力発電所(以下「原発」という。)が,その安全性の点検 のため,運転を一時停止した。その後,原子力規制委員会︵₁︶による新規制基準︵₂︶
に適合した原発が再稼働を始めた。しかし,原発の再稼働に関しては,原発反 対派や地元住民の反対が根強く,各地でその運転の差し止め請求が裁判所に提 起された。現在も係争中のものが複数ある︵₃︶。
2019 年 3 月 15 日時点で,わが国の商業用の原発で稼働中のものは,関西電 力大飯発電所 3・4 号機,同高浜発電所 3・4 号機,九州電力玄海原子力発電所 3・4 号機,同川内原子力発電所 1・2 号機,及び四国電力伊方発電所 3 号機の 計 9 基である︵₄︶。これら稼働中 9 基の他に,設置変更許可︵₅︶6 基,適合性審査 中 12 基,未申請 9 基があるが,すでに廃炉が決定している原子炉が 24 基ある。
適合性審査中 12 基も,いずれは新規制基準適合となり,再稼働する原子力発 電所が増えることが予想され,原発反対派や周辺住民による差し止め請求が各 地の裁判所に提起される可能性がある︵₆︶。
過去の原発訴訟で忘れてはならないものが,わが国初の原発訴訟と言われる 四国電力伊方原発訴訟である。1973 年 8 月,周辺住民が,伊方原発 1 号機の 設置許可処分の取り消しを求めて松山地方裁判所に訴えを提起した。しかし,
1978 年 4 月,松山地方裁判所は請求を棄却した。原告は,高松高等裁判所に
控訴したが,1984 年 12 月 14 日,高松高等裁判所も請求を棄却した。その後,
原告は上告したが,1992 年 10 月 29 日に最高裁判所も棄却した。
これら一連の電力会社の勝訴により,原発は安全であるというわが国の原発 に対する安全神話が醸し出され,各地で原発が建設された。しかし,2011 年 3 月 11 日,東日本大震災による福島第一原子力発電所事故の大惨事を迎えるこ とになる。これを機に,原発の再稼働に関して,原発反対派や周辺住民による 再稼働反対の差止請求が各地で提起された。これは,今後も続くと予想される。
2019 年 3 月で,福島第一原子力発電所事故から 8 年が経過したが,本稿では,
現在稼働中の 9 基のうち,代表的な四国電力伊方原発,関西電力高浜原発,及 び同大飯原発の原発再稼働を巡る住民訴訟を例に,原発再稼働の裁判所の判断 を再度検証することによって,今後の原発の再稼働及び電力会社の在り方に関 して,安全性における司法審査の限界を考察し,若干の提言を行いたい。
Ⅱ.原子力規制委員会の新規制基準
1.原子力規制委員会
原子力規制委員会(Nuclear Regulation Authority:NRA)︵₇︶は,国民の生命,健 康及び財産の保護,環境の保全並びにわが国の安全保障に資するため,原子力 利用における安全の確保を図ること︵₈︶を任務とするものである(原子力規制委員 会設置法 3 条)。
原子力規制委員会の設置の経緯としては,原子力発電を推進する資源エネル ギー庁︵₉︶と,原子力発電を規制する原子力安全・保安院︵₁₀︶が同じ経済産業省の 中に置かれていたため,推進部門と規制部門の人事交流が行われ,また規制対 象である電力会社に天下りした退職者が規制行政に干渉するなど,規制機関が 監査機能の役割を果たしていなかったことが挙げられる。このような杜撰な組
織体制が,2011 年 3 月 11 日の福島第一原子力発電所事故を引き起こす要因の 一つであったと考えられている。
このため,環境省に新たに外局として,原子力規制に関わる部署を設け,原 子力安全・保安院と内閣府原子力安全委員会等,原子炉施設等の規制・監視に 関わる部署をまとめて移管することが検討された。この結果,2012 年 6 月,
原子力規制委員会設置法が成立し,同年 9 月,野田内閣総理大臣(当時)は,
原子力緊急事態宣言︵₁₁︶発令中の例外規定(設置法附則 2 条 3 項)に基づき,衆参 各議院の同意を得ずに委員長および委員を任命して,新たに原子力規制委員会 を発足させた。
同委員会は国家行政組織法 3 条 2 項に基づいて設置される三条委員会と呼ば れる行政委員会で,内閣からの独立性が高く(同法 2 条,5 条),委員長及び委 員 4 人の計 5 人をもって組織される(同法 6 条 1 項)︵₁₂︶。
原子力規制委員会の主な所掌事務は以下の通りである(同法 4 条 1 項)。
①原子力の保全に関すること。
② 原子力に係る製錬,加工,貯蔵,再処理及び廃棄の事業並びに原子炉に関す る規制その他これらに関する安全の確保に関すること。
③ 核原料物質及び核燃料物質の使用に関する規制その他これらに関する安全の 確保に関すること。
④ 国際約束に基づく保障措置の実施のための規制その他の原子力の平和的利用 の確保のための規制に関すること。
⑤放射線による障害の防止に関すること,等。
このように,原子力利用における安全の確保を図ることを第一の義務として いる。特に,原発の再稼働の審査に関しては,原子力規制委員会の新規制基準 を基に厳格な審査を行わなければならない。
2.新規制基準
原子力規制委員会は,東京電力福島第一原子力発電所の事故の反省や国内外 からの指摘を踏まえ,原子力施設の設置や運転等の可否を判断するためのもの として,原子炉等の設計を審査するための新規制基準を作成した。
旧規制基準の主な問題点として,(ⅰ)地震や津波等の大規模な自然災害の 対策が不十分であり,また重大事故対策が規制の対象となっていなかったため 十分な対策がなされていなかったこと,(ⅱ)新しく基準を策定しても,既設 の原子力施設にさかのぼって適用する法律上の仕組みがなく,最新の基準に適 合することが要求されなかったこと,などが挙げられていたが,新規制基準は,
これらの問題点を解消し策定された︵₁₃︶。
新規制基準の基本的な考え方としては,以下の 4 つである︵₁₄︶。
① 「深層保護」︵₁₅︶の徹底:目的達成に有効な複数の(多層の)対策を用意し,か つ,それぞれの層の対策を考えるとき,他の層での対策に期待しない。
② 共通要因故障をもたらす自然現象等に係る想定の大幅な引き上げとそれに対 する防護対策の強化:地震・津波の評価の厳格化,津波浸水対策の導入,多 様性・独立性を十分に配慮,火山・竜巻・森林火災の評価も厳格化
③ 自然現象以外の共通要因故障を引き起こす事象への対策を強化:火災防護対 策の強化・徹底,内部溢水対策の導入,停電対策の強化(電源強化)
④ 基準では必要な 「性能」 を規定(性能要求):基準を満たすための具体策は事 業者が施設の特性に応じて選択
また,旧規制基準が,自然現象に対する考慮,火災に対する考慮,電源の信 頼性,その他の設備の性能,及び耐震・耐津波性能に限られ,シビアアクシデ ント(過酷事故,SA)を防止するための基準であったものが,これらの強化に 加え,意図的な航空機衝突への対応,放射性物質の拡散抑制対策,格納容器破 損防止対策,炉心損傷防止対策(複数の機器の故障を想定),内部溢水に対する
考慮,自然現象に対する考慮(火山・竜巻・森林火災)の基準項目が新設された︵₁₆︶。 原子力規制委員会は,この新規制基準を基に適合性審査を行い,これに適合 した原発に再稼働を許可することができる︵₁₇︶。
Ⅲ.再稼働を巡る差し止め仮処分事件
1.四国電力伊方発電所差し止め請求事件
(
1
) 四国電力伊方発電所四国電力伊方発電所︵₁₈︶(以下「伊方原発」という。)は,愛媛県西宇和島郡伊方 町にある四国電力の原子力発電所である。原子炉は,1 号機から 3 号機までの 3 基あるが,これらはすべて加圧水型軽水炉(PWR)︵₁₉︶である。1 号機は,1972 年 11 月に設置許可︵₂₀︶が下り,1977 年 9 月 30 日に運転が開始されたが,設置 許可から 44 年後の 2016 年 5 月 10 日に廃炉が決定された︵₂₁︶。2 号機は 1977 年 3 月に設置許可が下り,1981 年 8 月 19 日に運転が開始されたが,設置許可か ら 41 年後の 2018 年 5 月 23 日に廃炉が決定された。3 号機は 1986 年 5 月に設 置許可が下り,1994 年 12 月 15 日に運転が開始され,幾度か一時停止したも のの,現在も稼働中であり,2019 年で設置許可から 33 年目を迎える。
(
2
) 最一判平成 4 年 10 月 29 日(22)1973 年 8 月,伊方原発 1 号機の地元周辺住民 35 人が,1 号機の設置許可の 際,「核原料物質,核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律」︵₂₃︶(以下「原子炉 等規制法」という。)に基づいて行われた国の安全審査が不十分だとし,設置許 可処分の取り消しを求めて松山地方裁判所に訴えを提起した。これが,伊方 1 号機訴訟と呼ばれるものである。これを受けて,1978 年 4 月 25 日,松山地方 裁判所は請求棄却判決を出すとともに,原発建設の決定権は国に属するという
判断が下された。原告は,これを不服とし高松高等裁判所に控訴したが,1984 年 12 月 14 日,高松高等裁判所はこれを棄却した。その後,原告は最高裁判所 に上告したが,1992 年 10 月 29 日,最高裁判所は上告を棄却し,これによっ て原告敗訴が確定した。以下は,事実の概要と判決要旨である。
(ア) 事実の概要︵₂₄︶
原子炉等規制法(昭和 52 年法律 80 号改正前)23 条に基づいて被上告人内閣総 理大臣(法改正により通商産業大臣が承継)が行った原子炉設置許可処分が違法 であるとして,上告人らが,同設置許可処分の取消しを求めた事案である。最 高裁判所は,原子力基本法(昭和 53 年法律 86 号改正前)及び原子炉等規制法の 不合理,不明確な各規定に基づき,また,上告人らに告知,聴聞の機会を与え ずにした本件許可処分は憲法 31 条に違反する旨の上告人らの主張を斥けると ともに,原子炉設置許可処分の取消訴訟における裁判所の審理,判断は,原子 力委員会若しくは原子炉安全専門審査会の専門技術的な判断を基にしてされた 被告行政庁の判断に不合理な点があるか否かという観点から行われるべきであ り,ただ,その主張立証責任については,まず被告行政庁の側でその判断に不 合理な点がないことを主張,立証する必要があるとした。
(イ) 判決要旨︵₂₅︶
最高裁判所の判決要旨は以下のとおりである。
① 原子炉設置許可処分の取消訴訟における審理・判断の方法
「原子炉設置許可処分の取消訴訟における裁判所の審理,判断は,原子力委 員会若しくは原子炉安全専門審査会の専門技術的な調査審議及び判断を基にし てされた被告行政庁の判断に不合理な点があるか否かという観点から行われる べきであって,現在の科学技術水準に照らし,右調査審議において用いられた 具体的審査基準に不合理な点があり,あるいは当該原子炉施設が右の具体的審 査基準に適合するとした原子力委員会若しくは原子炉安全専門審査会の調査審 議及び判断の過程に看過し難い過誤,欠落があり,被告行政庁の判断がこれに
依拠してされたと認められる場合には,被告行政庁の右判断に不合理な点があ るものとして,右判断に基づく原子炉設置許可処分は違法と解すべきである。」
②原子炉設置許可処分の取消訴訟における主張・立証
「原子炉施設の安全性に関する被告行政庁の判断の適否が争われる原子炉設 置許可処分の取消訴訟においては,右判断に不合理な点があることの主張,立 証責任は,本来,原告が負うべきものであるが,被告行政庁の側において,ま ず,原子力委員会若しくは原子炉安全専門審査会の調査審議において用いられ た具体的審査基準並びに調査審議及び判断の過程等,被告行政庁の判断に不合 理な点のないことを相当の根拠,資料に基づき主張,立証する必要があり,被 告行政庁が右主張,立証を尽くさない場合には,被告行政庁がした右判断に不 合理な点があることが事実上推認される。」
③原子炉設置許可の段階における安全審査の対象
「原子炉設置の許可の段階の安全審査においては,当該原子炉施設の基本設 計の安全性にかかわる事項のみをその対象とするものと解すべきである。」
(
3
) 広島地決平成 29 年 3 月 30 日(26)(伊方原発 3 号機運転差止仮処分命令申立事件)広島愛媛両県の住民 4 人が伊方原発 3 号機の運転差し止めを求めた仮処分の 申し立てを広島地方裁判所が住民側の訴えを退けた事案である。これに対し,
住民側は,これを不服とし,広島高等裁判所に抗告した(後述の(4)参照)。
判決の要旨は,以下の通りである︵₂₇︶。
(ア) 事案の概要
本件は,四国電力伊方原発 3 号機(伊方原発)のおよそ 100km圏内(広島市,
松山市)に居住する住民らが,四国電力に対し,伊方原発の安全性が十分でな いために,それに起因する事故が発し,外部に大量の放射性物質が放出されて,
住民らの生命,身体,生活の平穏等に重大かつ深刻な被害が発生するおそれが あるとして,人格権に基づき,伊方原発の運転差止めを命じる仮処分を申し立
てた事案である。広島地方裁判所は,住民らの申立ては被保全権利が認められ ないとして,これを却下した。
本件の争点は,①司法審査の在り方,②総論としての新規制基準の合理性,
③基準地震動策定の合理性,④耐震設計における重要度分類の合理性,⑤使用 済み燃料ピット等の安全性,⑥地すべりと液状化現象による危険性,⑦制御棒 挿入に係る危険性,⑧基準津波策定の合理性,⑨火山事象の影響による危険性,
⑩テロ対策の合理性,⑪シビアアクシデント(過酷事故,SA)︵₂₈︶対策の合理性で ある。
なお,①ないし⑪の検討の結果,被保全権利が認められた場合には,さらに,
⑫保全の必要性,⑬担保金の額が別途争点となる。
(イ) 司法審査の在り方
広島地方裁判所は,原発再稼働の司法審査の在り方として,次のように述べ ている。
「伊方原発は,原子力規制委員会から,新規制基準の下で用いられている具 体的な審査基準に適合するものである旨の判断が示されている。したがって,
裁判所は,原子力規制委員会において用いられている具体的な審査基準に不合 理な点がないか否か,伊方原発が具体的審査基準に適合するとした原子力規制 委員会の判断に不合理な点がないか否かなどの観点から検討することにより,
『伊方原発の安全性が十分でないために,それに起因する事故が発生し,外部 に大量の放射性物質が放出され,住民らが放射線被曝により生命,身体に直接 的かつ重大な被害を受ける具体的危険』が存在しないことにつき,仮処分にお いて求められる程度の立証(疎明)を遂げていることになるかを審査すべきで ある。
このような司法審査の枠組みは,福岡高等裁裁判所宮崎支部の平成 28 年 4 月 6 日付け抗告審決定︵₂₉︶が示したものであり,同決定は既に確定している。現 在,全国で,原子力規制委員会によって新規制基準に適合する旨判断された原
発の運転差止めを求める仮処分の申立てが複数審理中であるが,ある特定の原 発の運転差止仮処分を求める複数の申立てが別々の地方裁判所で審理されてい る状況も見られる。そのような中で,審理対象とされる原発によって,又は,
同一の原発について審理する裁判所によって,司法審査の枠組みが区々となる ことは,事案の性質上,望ましいとはいえない。福岡高等裁判所宮崎支部の決 定は,新規制基準に適合する旨判断された原発の運転差止めを求める仮処分申 立事案における司法審査の在り方について判断を示した,今のところ唯一の確 定した抗告審決定である(最高裁判所の判例は見当たらない。)。そうであれば,
本件における司法審査の枠組みについては,上記決定を参照することとするの が相当である。」
(
4
) 広島高決平成 29 年 12 月 13 日(30)(伊方原発 3 号機運転差止仮処分命令申立(第 1 事件,第 2 事件)却下決定に対する即時抗告事件)
伊方原発 3 号機のおよそ 100km圏内に居住する住民 4 名が,四国電力に対 し,伊方原発の安全性について,地震,火山の噴火,津波等に対する安全性が 十分でないために,これらに起因する過酷事故を生じる可能性が高く,そのよ うな事故が起これば外部に大量の放射性物質が放出されて抗告人らの生命,身 体,精神及び生活の平穏等に重大かつ深刻な被害が発生するおそれがあるとし て,人格権に基づく妨害予防請求権に基づき,伊方原発の運転差止めを命じる 仮処分を申し立てた事案について,原審は,本件原子炉施設から放射性物質が 外部に放出される事故が発生し,抗告人らの生命,身体に危険が生じるおそれ があるとは認められないとして,抗告人ら(住民ら)の本件仮処分命令の申立 てをいずれも却下した。
抗告人ら(住民ら)が即時抗告した本事案において,火山事象の影響による 危険性に関する,伊方原発が新規制基準に適合するとした原子力規制委員会の 判断は不合理であり,本件原子炉施設の運転等によって放射性物質が周辺環境
に放出され,その放射線被曝により,抗告人ら(住民ら)がその生命,身体に 直接的かつ重大な被害を受ける具体的危険が存在しないことについて,主張,
疎明を尽くしたとは認められず,一方,抗告人ら(住民ら)の申立ては,火山 事象の影響による危険性の評価について,被保全権利の疎明がなされたという べきであるとして,原決定を変更し,平成 30 年 9 月 30 日まで伊方原発の運転 の差止めを認めた︵₃₁︶。
特に,阿蘇カルデラで大規模噴火が起きた際に,火砕流が到達する可能性が 小さいとは言えず,立地には適さないとした。このように,広島高等裁判所は 広島地方裁判所の決定を覆し,原告住民側が勝訴した事案である。
(
5
) 広島高決平成 30 年 9 月 25 日(32)(保全異議申立事件)上記(4)の平成 29 年 12 月 13 日の広島高等裁判所決定の運転を差し止め る仮処分決定を取り消した事案である。
原決定が,火山事象の影響による危険性について,抗告人ら(住民ら)の生 命身体に対する具体的危険の存在が事実上推定されるとして,平成 30 年 9 月 30 日まで伊方原発の運転の差止めを認めたのに対し,「自然災害の危険をどの 程度まで容認するかという社会通念を基準に判断せざるを得ない」と前仮処分 決定が社会通念から逸脱しているなどとし,火山事象の影響による危険性の評 価についても,新規制基準に不合理な点はなく,伊方原発が新規制基準に適合 するとした原子力規制委員会の判断に不合理な点がないこと又は住民らの生命 身体に対する具体的危険の不存在が疎明されているとして原決定を取り消し た︵₃₃︶。
また,阿蘇山の破局的噴火については「頻度は著しく小さく,国は具体的な 対策をしておらず,国民の大多数も問題にしていない」,「発生の可能性が相当 の根拠をもって示されない限り,想定しなくても安全性に欠けないとするのが 社会通念」とした。住民側は,最高裁判所への上告を行なわなかったので,こ
れにより確定した。このように,広島高等裁判所は「社会通念」という概念を 取り入れた。
(
6
) 広島地決平成 30 年 10 月 26 日(伊方原発 3 号機運転差止仮処分命令申立事 件)(34)判決の要旨は,以下の通りである︵₃₅︶。
(ア) 事案の概要
① 本件は,四国電力伊方原発 3 号機(本件原子炉)のおよそ 100km圏内(広島市,
松山市)に居住する住民(債権者ら)が,四国電力(債務者)に対して,火山 の巨大噴火に対する安全性が十分でないために,これに起因する事故が起こ る可能性が高く,そのような事故が起これば,放射性物質が放出されて,債 権者らの生命,身体,精神及び生活の平穏等に重大かつ深刻な被害が発生す るおそれがあるとして,人格権に基づく妨害予防請求権に基づき,債務者に 対して平成 30 年 10 月 1 日以降,本件原子炉の運転差止めを命ずる仮処分命 令を求める事案である。先行する仮処分命令申立事件の抗告審で広島高等裁 判所が同年 9 月 30 日までの運転差止めを認めたため(後に保全異議審で取消 し),その後の期間についての運転差止めを求めたものである。
②本件の主な争点は,司法審査の在り方,火山事象の影響による危険性である。
(イ) 司法審査の在り方について
広島地方裁判所は,司法審査の在り方について,次のように述べている。
① 「債権者らも巨大噴火が低頻度な事象であって,本件原子炉の運用期間中に 巨大噴火が発生するという科学的に合理性のある具体的な根拠を示すことは 不可能であることを前提としている。そのため,債権者らの主張によっても,
本件原子炉の運用期間中に巨大噴火による事故が現実に発生して債権者らの 生命,身体,財産及び生活の平穏等が害される蓋然性があるということはで きない。
もっとも,巨大噴火による事故が起きた場合には極めて甚大な被害が発生 するおそれがあることからすれば,そのリスクの程度によっては,リスクの 下で原子力発電所を運転することが人格権を侵害するものとして,運転の差 止請求の根拠となる場合があり得るというべきである。
ただし,本件は,本案判決が確定するまでの間の暫定的な救済として仮処 分命令を求めるものであり,債権者らに生ずる著しい損害又は急迫の危険を 避けるため仮処分命令を必要とすると認められることを要する(民事保全法 23 条 2 項)。そのため,問題となるのは,本件原子炉の運用期間中に巨大噴 火による事故が起こるリスクではなく,より短期間の本案判決が確定するま での間の上記リスクであり,しかもその程度が著しい損害又は急迫の危険と 評価されるものであることを要する。」
②疎明責任
「債権者らは,本案判決が確定するまでの間の巨大噴火による事故のリスクが,
そのリスクの下で本件原子炉を運転することが著しい損害又は急迫の危険と評 価される程度の人格権侵害をもたらすものであることを疎明する責任がある。
もっとも,債務者は,火山事象に対する本件原子炉の安全性について調査し た上,本件原子炉の設置変更許可処分を受け,これに関する科学的,技術的知 見を有し,関係資料を保有しているから,債務者側においても火山事象に対す る本件原子炉の安全性について積極的に疎明する必要がある。
当裁判所は,火山事象に対する本件原子炉の安全性についての当事者双方の 主張疎明を総合的に判断して,巨大噴火による事故のリスクが著しい損害又は 急迫の危険と評価される程度の人格権侵害をもたらすものといえるかどうかを 判断することとする。」
(
7
) 山口地岩国支決平成 31 年 3 月 15 日四国電力伊方原発 3 号機の運転差し止めを,平成 29 年 3 月 3 日に対岸の山
口県東部の住民 3 人が求めた仮処分申請で,山口地方裁判所岩国支部は,平成 31 年 3 月 15 日,想定される最大の揺れを示す基準地震動(想定される最大の揺 れ)や巨大噴火のリスクについて,四国電力側の主張通り合理性を認め,「基 準委適合するとした原子力規制委員会の判断に誤りはない」などとして,住民 の申し立てを却下した︵₃₆︶。
(
8
) 検討一連の伊方原発の訴訟を俯瞰してみると,最高裁第一小法廷平成 4 年 10 月 29 日判決(以下「最高裁平成 4 年判決」という。)の審理・判断の方法を基本的に 踏襲していることがわかる。最高裁平成 4 年判決では,原発の設置許可処分の 取消訴訟において,裁判所の審理・判断は,原子力委員会等の専門技術的な調 査審議及び判断を基にしてされた行政庁の判断に不合理な点があるか否かとい う観点から行われるべきだとする。福島第一原子力発電所事故の後では,原子 力規制委員会の新規制基準に適合しているという判断に不合理な点があるかど うかということになる。
すなわち,原子力規制委員会の新規制基準そのものに不合理な点があり,あ るいは原子力規制委員会の調査審議及び判断の過程に看過し難い過誤若しくは 欠陥があり,行政庁の判断がこれに依拠してなされたと認められる場合には,
不合理な点があるとして,原発の設置許可処分は違法とすべきとしている。
このように司法審査はこの点に主眼が置かれ,裁判所が具体的にこれにどう 評価するかによって判断が分かれる。しかし,このような違法性の狭い解釈で は,このハードルを越えることはかなり難しいといえるだろう。現に,伊方原 発 3 号機の運転差止めを求めた仮処分の申し立てを退けた広島地決平成 29 年 3 月 30 日,広島地決平成 30 年 10 月 26 日,山口地岩国支決平成 31 年 3 月 15 日,仮処分決定を取り消した広島高決平成 30 年 9 月 25 日,は最高裁平成 4 年 判決の司法審査の判断を忠実に踏襲していると思われる。特に,新規制基準に
関しては,福岡高宮崎支決平成 28 年 4 月 6 日の司法審査の在り方を踏襲して いるが,その流れは,最高裁平成 4 年判決の延長上にあるものと思われる。
原発設置許可処分の取消訴訟における主張・立証については,本来,原告が 負うものである。しかし,住民である原告には,出張・立証する十分な科学的 根拠がないのが一般的であり,原発のような高度な技術を要する施設の安全性 に問題があることを立証することは,現実的に不可能に近い。そこで,最高裁 平成 4 年判決は,被告である行政庁で,原発の専門審査会の調査審議において 用いられた具体的審査基準並びに調査審議及び判断等,行政庁の判断に不合理 な点がないことを相当の根拠,資料に基づき,立証することが必要であるとし ている。そして,行政庁がこれらの主張・立証を尽くさない場合には,行政庁 の判断に不合理な点があることが推認されるとしている。
安全性の判断に,上記の一連の伊方原発訴訟も,基本的にこの考え方を踏襲 し,被告である電力会社側が終始不合理な点がないことを主張・立証している。
当然,電力会社側に原発に関するあらゆる技術情報,調査結果があるので,電 力会社側がこれをもって主張・立証するとなると,一方的なものとなり,裁判 所も明らかに不合理と思われる出張・立証がなされなければ,電力会社の出張・
立証を認めざるを得ない。すなわち,このような状況下では,出張・立証にお いて,原告側は不利な立場に置かれることにならざるを得ないのは当然であろう。
さらに,最高裁平成 4 年判決では,安全審査の対象は,原発の基本設計の安 全性にかかわる事項のみを対象とすべきとしている。以降の原発訴訟において も,原発の基本設計の安全性を中心に審議されているが,安全性の審議の範囲 は,徐々に広がり,特に地震や津波などの自然災害に対しての安全性に言及し ている。ただし,その自然災害の規模と頻度の程度の評価によって裁判所の判 断が分かれる。
例えば,差し止め請求の仮処分を求めた広島高決平成 29 年 12 月 13 日では,
阿蘇カルデラの大規模な噴火を想定し,火砕流が原発に到達する可能性が小さ
いとは言えず立地に適さないとしているが,この仮処分決定を取り消した広島 高決平成 30 年 9 月 25 日は,自然災害の危険をどの程度まで容認できるかとい う社会通念を基準にして判断せざるを得ないとして,火山事象の影響による危 険性の評価について,新規制基準に不合理な点はなく,原子力規制委員会の判 断に不合理な点はないとした。このように,安全性に関しては,自然災害の規 模と頻度をどう評価するか,また社会通念との兼ね合いから判断が分かれている。
2.関西電力高浜発電所差し止め請求事件
(
1
) 関西電力高浜発電所関西電力高浜発電所︵₃₇︶(以下「高浜原発」という。)は,福井県大飯郡高浜町に ある関西電力の原子力発電所である。原子炉は,1 号機から 4 号機までの 4 基 あるが,これらはすべて加圧水型軽水炉(PWR)であり,総出力は 339.2 万
kW
である。1・2 号機は設置変更許可の状態であり,現在定期点検中であるが,3・4 号機は再稼働している。
高浜原発は,1969 年 12 月 12 日に 1 号機,翌年の 1970 年 11 月 25 日に 2 号 機の設置許可が下り,1 号機は 1974 年 11 月 14 日,2 号機は翌年の 1975 年 11 月 14 日に営業運転を開始した。その後,1980 年 8 月 4 日に 3・4 号機の設置 許可が下り,3 号機は 1984 年 4 月 17 日に,4 号機は 1984 年 10 月 11 日に営業 運転を開始している。
2011 年 3 月 11 日の東日本大震災後,すべての原子炉の運転を停止したが,
2014 年 12 月 6 日,住民らが福井地方裁判所に対し,3・4 号機の再稼働の差し 止めを求める仮処分申請がされた。これに対し,福井地方裁判所は,2015 年 4 月 14 日,3・4 号機について関西電力に再稼働を認めない仮処分の決定を出し た。この間,2015 年 2 月 12 日,原子力規制委員会は,停止中の高浜原発再稼 働の前提となる審査に合格したことを示す審査書を出している。その後,2015 年 12 月 24 日,関西電力の異議申立を受けた異議審において,福井地方裁判所
が差し止め仮処分を取り消した。このため,3 号機が 2016 年 1 月 29 日,4 号 機が同年 2 月 26 日に再稼働した。
次いで,2015 年 1 月,高浜原発 3・4 号機を巡り,隣県の滋賀県内の住民 29 人が,大津地方裁判所に運転の差し止めを求めた仮処分の申立を行った。これ に対し,2016 年 3 月 9 日,大津地方裁判所が,3・4 号機について,関西電力 に運転停止を命じる仮処分の決定を出した。仮処分は即座に効力が発生するた め,関西電力は,直ちに停止作業に入った。稼働中の原発の運転を停止させる 仮処分決定は初めてである。
その後,2016 年 3 月 9 日の仮処分を不服として抗告していた関西電力に対 し,2017 年 3 月 28 日,大阪高等裁判所が抗告を認め,3・4 号機について運転 を認める決定を出した。これにより,4 号機が原子力規制委員会から最終的な 検査の合格証を受け,2017 年 6 月 16 日に運転を開始した。3 号機も原子力規 制委員会から最終的な検査の合格証を受け,2017 年 7 月 4 日に運転を開始した。
(
2
) 福井地決平成 27 年 4 月 14 日(38)(高浜原発 3・4 号機運転差止仮処分命令申 立事件)2014 年 12 月 6 日,住民らが福井地方裁判所に対し,3・4 号機の再稼働の差 し止めを求める仮処分の申立がされたが,これに対し,福井地方裁判所は,
2015 年 4 月 14 日,3・4 号機について関西電力に再稼働を認めない仮処分の決 定を出した。
本決定によると,「高浜原発から半径 250km圏内に居住する債権者らが,人 格権の妨害予防請求権に基づいて高浜原発 3・4 号機の運転差止めを求めた仮 処分請求につき,高浜原発の安全施設,安全技術には多方面にわたる脆弱性が あるといわざるを得ず,原子炉の運転差止めは具体的危険性を大幅に軽減する 適切で有効な手段であり,原発事故によって債権者らは取り返しのつかない損 害を被るおそれが生じ,本案訴訟の結論を待つ余裕がなく,また,原子力規制
委員会による再稼働申請の許可がなされた現時点においては,保全の必要性は これを肯定できる」として,運転差止めを認容した︵₃₉︶。
(
3
) 福井地決平成 27 年 12 月 24 日(40)(保全異議申立事件)上記(2)の平成 27 年 4 月 14 日の福井地方裁判所の決定に対し,2015 年 12 月 24 日,関西電力の異議申立を受けた異議審において,福井地方裁判所が 差し止め仮処分を取り消した。このため,3 号機が 2016 年 1 月 29 日,4 号機 が同年 2 月 26 日に再稼働した。
決定によると,高浜発電所 3・4 号機の運転差止めの仮処分申立てを認容し た原決定に対してされた保全異議の申立てにつき,同発電所の安全性に欠ける 点があるということはできず,債権者らの人格権が侵害される具体的危険は認 められないとして,原決定を取り消し,債権者らの申立てをいずれも却下し た︵₄₁︶。
(
4
) 大津地決平成 28 年 3 月 9 日(42)(高浜原発 3・4 号機運転差止仮処分命令申立 事件)2015 年 1 月,高浜原発 3・4 号機を巡り,隣県の滋賀県内の住民 29 人が,
大津地方裁判所に運転の差し止めを求めた仮処分の申立を行ったが,これに対 し,2016 年 3 月 9 日,大津地方裁判所が,3・4 号機について,関西電力に運 転停止を命じる仮処分の決定を出した。
裁判所は,「滋賀県内に居住する債権者による,人格権に基づく妨害予防請 求権に基づく高浜原発 3・4 号機の運転差止めの仮処分の申立てにつき,債務 者の保全段階における主張及び疎明の程度では,新規制基準及び本件各原発に 係る設置変更許可が,直ちに公共の安寧の基礎となると考えることをためらわ ざるを得ない」,「安全性が確保されていることについて(関電側は)説明を尽 くしていない」,「住民の生命や財産が脅かされるおそれが高いのに,関西電力
は安全性の確保について説明を尽くしていない」,「関西電力が原発の周辺で 行った断層の調査は,周辺のすべてで徹底的に行われたわけではないうえ,地 震の最大の揺れを評価する方法はサンプルが少なく科学的に異論のない方法と 考えることはできない」,「福島の原発事故を踏まえた事故対策や津波対策,避 難計画についても疑問が残る。住民の生命や財産が脅かされるおそれが高いに もかかわらず,関西電力は安全性の確保について説明を尽くしていない」,「福 島の事故の大きさに真摯(しんし)に向き合って同じような事故を防ぐために は,原因の究明を徹底的に行うことが不可欠だが,この点についての会社の説 明は不十分だ。もし会社などが原因究明を重視しないという姿勢であれば非常 に不安を覚える」などとして,運転差止めを命じた。
(
5
) 大阪高決平成 29 年 3 月 28 日(43)(仮処分命令認可決定に対する保全抗告事件)上記(4)の 2016 年 3 月 9 日の仮処分を不服として抗告していた関西電力 に対し,2017 年 3 月 28 日,大阪高等裁判所が抗告を認め,3・4 号機について 運転を認める決定を出した。
原子力発電所の安全性に対する審理・判断方法についての決定の内容は,以 下の通りである︵₄₄︶。
① 「原子力発電所の安全性及びその審査に関する法制度によれば,原子力発電 所が原子力規制委員会の定めた安全性の基準に適合しないときは,原子炉等 規制法の求める安全性を欠き,設置許可の要件を充足しないのであるから,
その運転により周辺住民等の生命,身体及び健康を侵害する具体的危険があ るというべきであるところ,人格権に基づく差止請求権の主張立証責任に鑑 みれば,本件各原子力発電所が安全性の基準に適合しないことは,運転差止 めを求める相手方らに主張立証責任があると解される。」
② 「もっとも,抗告人(電力会社)は,本件各原子力発電所の設置者として,
設置及び変更の許可を取得しているのであり,安全性の基準に関する科学的・
技術的知見を有するとともに,本件各原子力発電所の施設,設備,機器等に 関する資料や原子力規制委員会の安全性の審査に関する資料をすべて保有し ている。このような本件各原子力発電所の安全性の審査に関する科学的・技 術的知見及び資料の保有状況に照らせば,まず,抗告人において,本件各原 子力発電所が原子力規制委員会の定めた安全性の基準に適合することを,相 当の根拠,資料に基づいて主張立証すべきであり,この主張立証が十分尽く されないときは,本件各原子力発電所が原子炉等規制法の求める安全性を欠 き,相手方ら(住民ら)の生命,身体及び健康を侵害する具体的危険のある ことが事実上推認されると解される。
一方,抗告人において本件各原子力発電所が安全性の基準に適合すること の主張立証を尽くしたと認められるときは,相手方らにおいて,原子力規制 委員会の策定した安全性の基準自体が現在の科学的・技術的知見に照らして 合理性を欠き,又は,本件各原子力発電所が安全性の基準に適合するとした 原子力規制委員会の審査及び判断が合理性を欠くことにより,本件各原子力 発電所が安全性を欠くことを主張立証する必要がある。」
(
6
) 検討高浜原発に関しては,福井地決平成 27 年 4 月 14 日で,3・4 号機について 再稼働を認めない仮処分の決定を出したものの,保全異議申し立てを受けた異 議審である福井地決平成 27 年 12 月 24 日で,差し止め仮処分を取り消した。
また,大津地決平成 28 年 3 月 9 日では,稼働中の 3・4 号機について運転停止 を命じる仮処分の決定を出したが,その後,大阪高決平成 29 年 3 月 28 日,運 転停止の仮処分の決定を取り消し,運転を認める決定を出した。このように,
高浜原発については,一審で運転停止を認めたが,その後,裁判所がこれを取 り消すという事態が続いた。
司法審査の在り方及び立証責任については,上述の伊方原発とほとんど変わ
らないが,大阪高等裁判所は,その判決文の中でやや詳細に述べている。すな わち,原発が原子力規制委員会の定めた安全性の基準に適合しないときは,原 子炉等規制法の求める安全性を欠き,設置許可の要件を充足せず,人格権に基 づく差止請求権の出張立証責任に鑑みれば,原発が安全性基準に適合しないこ とは,運転差止めを求める相手方(住民)に主張立証責任があると解されると する。
しかし,抗告人(電力会社)に安全性の基準に関する科学的・技術的知見が あり,原発設備に関する資料や技術的データを保有しているのであるから,抗 告人が相当の根拠,資料に基づいて主張立証すべきであり,この出張立証が十 分尽くされないときは,原子炉等規制法の求める安全性を欠き,相手方らの生 命,身体及び健康を侵害する具体的危険があるとする。一方で,抗告人が出張 立証を十分に尽くしたと認められるときは,相手方,すなわち住民側が,原子 力規制委員会の安全性の基準が合理性を欠き,又は,原子力規制委員会の審査 及び判断が合理性を欠くことの主張立証する必要があるとしている。
電力会社側からの原発の安全性に関する出張立証が十分に尽くされることが 必要と裁判所は判断しているが,どの程度の出張立証で十分なのか明確でない。
これは,電力会社の説明責任に相通じるものがあるが,大津地決平成 28 年 3 月 9 日では,裁判所は,電力会社の説明責任を厳しく追及している。そして,
電力会社の主張及び疎明の程度では,新規制基準及び設置変更許可が,直ちに 公共の安寧の基礎となると考えることをためらわざるを得ないと判断してい る。具体的には,安全性が確保されていることについて,電力会社は説明を尽 くしていない,住民の生命や財産が脅かされるおそれが高いのに,電力会社は 安全性の確保について説明を尽くしていない,等の指摘をしている。
このように,本来は住民側に主張立証責任が存するものの,原発の安全性に ついては,電力会社にあらゆる技術データ,技術的知見を保有しているので,
電力会社側に主張立証責任があるとしているが,その程度によっては説明責任
を尽くしていないと認識され,具体的な内容が問われることとなる。すなわち,
安全性という曖昧な概念に,具体的かつ科学的な項目,範囲,程度を明らかに する必要があり,説明責任の範囲を明確にすることが望まれる。
3.関西電力大飯発電所差し止め請求事件
(
1
) 関西電力大飯発電所関西電力大飯発電所︵₄₅︶(以下「大飯原発」という。)は,福井県大飯郡おおい町 にある関西電力の原子力発電所である。原子炉は,1 号機から 4 号機までの 4 基あるが,これらはすべて加圧水型軽水炉(PWR)であり,総出力は 470 万
kW
である。半径 20km圏内に高浜原発がある。1・2 号機は,1973 年 1 月 28 日に許可が下り,1 号機は 1979 年 3 月 27 日に,2 号機は同年 12 月 5 日に営業 運転が開始されたが,1・2 号機ともに,2017 年 12 月 22 日に廃炉となった。3・4 号機は,現在再稼働中である。
3・4 号機については,1987 年 2 月 10 日に設置許可が下り,3 号機は 1991 年 12 月 18 日に,4 号機は 1993 年 2 月 2 日に営業運転が開始された。2005 年 12 月 22 日に,大雪と強風のため送電線にトラブルが発生し,一時運転を停止 したが,2010 年 6 月 6 日に 3 号機が,同年 6 月 23 日に 4 号機が再稼働した。
その後,幾度か一時停止があったが,2018 年 3 月 14 日に 3 号機が,同年 5 月 9 日に 4 号機が再稼働し,現在も稼働中である。
周辺住民らが関西電力に対し,大飯原発 3・4 号機の運転を福井地方裁判所 に差し止めを求めた訴訟において,2014 年 5 月 21 日,福井地方裁判所は運転 差し止めを命じた。これに対し,被告(関西電力)は,これを不服とし,名古 屋高等裁判所金沢支部に抗告した。2018 年 7 月 4 日,名古屋高等裁判所金沢 支部は,2014 年 5 月 21 日の福井地方裁判所の判決を取り消した。
(
2
) 福井地判平成 26 年 5 月 21 日(46)(大飯原発 3・4 号機運転差止請求事件)周辺住民らが関西電力に対し,大飯原発 3・4 号機の運転を福井地方裁判所 に差し止めを求めた訴訟において,2014 年 5 月 21 日,福井地方裁判所は,「地 震で原子炉の冷却機能が失われたり,使用済み核燃料から放射性物質が漏れた りする具体的な危険がある」,「地震大国日本で,基準値振動を超える地震が到 来しないというのは根拠のない楽観的見通し」などとし,関西電力に対し運転 差し止めを命じた。
判決によると,全国各地に居住する原告らが,人格権ないし環境権に基づい て選択的に,大飯原発 3・4 号機の運転差止めを求めた訴えにつき,大飯原発 に係る安全技術及び設備は,確たる根拠のない楽観的な見通しのもとに初めて 成り立ち得る脆弱なものであるから,大飯原発の運転によって人格権が侵害さ れる具体的な危険があるとして,大飯原発から半径 250km圏内に居住する原 告らについて請求を容認した︵₄₇︶。
具体的に,裁判所は,「福島の原発事故では 15 万人もの住民が避難生活を余 儀なくされ,原発には極めて高度な安全性や信頼性が求められている」,「原発 の周辺で起きる地震の揺れを想定した『基準地震動』を上回る揺れがこの 10 年足らずの間に,全国の原発で 5 回も観測されていることを重視すべきだ。大 飯原発の基準地震動も信頼できない」,「地震が起きた時に原子炉を冷却する機 能などに欠陥がある。原発の安全性などが確たる証拠のない楽観的な見通しの 下に成り立っている」と指摘した。
さらに,「電力会社側は原発の運転が電力供給の安定性やコストの低減につ ながると主張するが,多くの人の生存そのものに関わる権利と電気代の問題を 並べて判断することは法的に許されない」,「豊かな国土と国民が根を下ろして 生活していることを取り戻せなくなることが国の財産の喪失だ」と指摘した。
(
3
) 名古屋高金沢支判平成 30 年 7 月 4 日(48)(大飯原発 3・4 号機運転差止控訴事 件)大飯原発 3・4 号機を巡り,周辺住民らが関西電力に運転差し止めを求めた 訴訟で,名古屋高等裁判所金沢支部は,平成 30 年 7 月 4 日,運転差し止めを 命じた平成 26 年 5 月 21 日の福井地方裁判所の判決を取り消し,原告側の請求 を棄却する判決を言い渡した。控訴審では,耐震設計に目安となる揺れ(基準 値振動)の予測が適切であるかどうかが最大の争点となった。
判決によると,「原子力規制委員会の新規制基準に違法・不合理な点はなく,
大飯原発が同基準に適合しているとした判断にも不合理な点はない」,「原発の 危険性は社会通念上無視できる程度まで管理・統制されるべきである」などと し,一審の福井地方裁判所判決を取り消した。これに対し,住民ら側は,上告 しなかったので,確定した。
また,名古屋高等裁判所金沢支部は,「わが国のとるべき道として原子力発 電そのものを廃止・禁止することは大いに可能であろう」,「もはや司法の役割 を超え,国民世論として幅広く議論され,それを背景とした立法府や行政府に よる政治的な判断に委ねられるべき事柄である」と指摘している︵₄₉︶。
(
4
) 検討大飯原発でも,一審の福井地判平成 26 年 5 月 21 日では,3・4 号機につい て運転停止を命じたものの,控訴審の名古屋高金沢支判平成 30 年 7 月 4 日で は,一審を取り消し,原告側の請求を棄却した。住民側が上訴しなかった理由 は,最高裁判所で敗訴した場合,上述の最高裁平成 4 年判決と同様,先例拘束 性が生じ,今後の訴訟に不利になると判断したためと推測される。
ただし,大飯原発を巡るこれらの訴訟は,住民の安全性について正面から取 り組んだものであり,特に,名古屋高金沢支判平成 30 年 7 月 4 日は,一審を 取り消したものの,判決の中で,「もはや司法の役割を超え,国民世論として
幅広く議論され,それを背景とした立法府や行政府による政治的な判断に委ね られるべき事柄である」と指摘しているように,司法審査の限界について言及 している。
Ⅳ.司法審査の限界と企業の説明責任
1
.司法審査の限界多くの原発訴訟では,原発反対派及び周辺住民は,憲法 31 条に保障する適 正手続きに対する違反であることを根拠に,人格権に基づく妨害予防請求権に 基づき,原発の安全性が十分でないために,それに起因する事故が発生し,外 部に大量の放射性物質が放出され,住民らが放射線被曝により生命,身体,生 活の平穏等に直接,重大かつ深刻な被害を受ける危険性があるとして,原発の 運転を差し止める訴訟若しくは仮処分の請求を行うことを基本としている。
すなわち,憲法 31 条は「何人も,法律の定める手続きによらなければ,そ の生命若しくは自由を奪われ,又はその他の刑罰を科せられない」と規定して いるが,原発という憲法 31 条に規定する法律とは何ら無関係なものの存在に よって,周辺住民の生命若しくは自由を奪われることになってはならないとい う趣旨である。この背景には,福島第一原子力発電所の事故が周辺住民のみな らず広範囲な地域に,甚大な被害をもたらした経験及び教訓があるのは明らか である。
これに対して,わが国の原子力政策の下,電力会社は,一貫して原発は安全 であると主張する。この背景には,できるだけ多くの原発を再稼働させ,電力 の安定供給を図りたいという狙いがある。また,太陽光発電のような再生可能 エネルギー源では,現時点ではベースロード電源︵₅₀︶にはなり得ないことから,
化石燃料を燃焼させる火力発電所の負担を極力減らし,原発によって二酸化炭
素の排出量を削減するという狙いもある。さらに,政府が発表した 2030 エネ ルギーミックス︵₅₁︶によって提示された原発による発電比率を 20~22%にする という電源構成を実現させようとする狙いもある。すなわち,電力会社として は,原発を稼働させるという目的の前では,原発は絶対に安全に稼働させねば ならず,安全性に疑問が生じることは許されない。
一方で,原発反対派および周辺住民にとっては,福島第一原子力発電所の事 故の悲惨な現実があった以上,自然災害の猛威の前では,国の原発に対する安 全対策は何の役にも立たず,原発の安全神話は脆くも崩れ去ったという認識が あるため,原発の存在そのものが悪であり危険極まりないもので,いかに電力 会社が原発は安全だと言っても,それを俄かに信じることは難しい。それを助 長させているのが電力会社への不信感である。今まで,幾度となく,電力会社 は原発の事故を隠し続け,データの改ざんまでも行っていた︵₅₂︶。このような状 況下で,電力会社がいくら周辺住民に原発の安全性を説いても,周辺住民とし ては,そう簡単には信じられないのは当然のことであろう。電力会社に対する 不信感が,この問題の根底にあることは間違いない。
他方,原発に賛成する周辺住民も多い。過疎化の進んだ地方に原発を誘致す ることによって,自治体に多額の交付金が支払われ,また雇用も創出すること になり,経済的な効果が期待できるからである。例えば,青森県六ケ所村では,
これまでの電源立地地域対策交付金,電源立地等推進対策交付金の合計額は,
2018 年 7 月 3 日現在,613 億円にのぼる︵₅₃︶。しかし,このような住民も諸手を 上げて賛成しているのではなく,経済効果と原発事故のリスクの狭間に立ちな がらの賛成であることを忘れてはならない。地方は,どこも地方交付税削減に 苦しんでいる実態がある。
このように原発の存在の是非を巡って賛否両論がある中,国は一貫して原発 を推進する政策を採っている。具体的には,原子力規制委員会の新規制基準に 適合したものから原発の再稼働を許可している。このような状況下では,反対
派住民は,原発の稼働に対する反対運動とは別に法的な手段に訴えるには,再 稼働の取り消しを求めて裁判所に訴えを提起するしかない。そのため,裁判所 は,原子力規制委員会の新規制基準に不合理な点がないか,審査の過程に過誤 若しくは欠落等がないか,行政庁の判断がこれに依拠しているかどうか,不合 理な点がないかどうかを判断することになる。これにより,原発の安全性に対 する裁判所の司法審査の在り方が問われることになる。
最高裁平成 4 年判決の後,この司法審査の在り方を具体的に示したのが,福 岡高宮崎支決平成 28 年 4 月 6 日(川内原発仮差止事件抗告審決定)である。福岡 高等裁判所宮崎支部は,以下のような判断を下した︵₅₄︶。
① 運転の差止請求が認められるためには,原子炉施設に安全性に欠けるところ があり,その運転に起因する放射線被曝により,住民らの生命,身体に直接 的かつ重大な被害が生じる具体的な危険が存在することで足りるが,確保す べき安全性はわが国の社会がどの程度の水準のものであれば容認するかとい う社会通念を基準として判断するほかない。
② 原子炉規制法等が最新の科学的,技術的知見を規制に反映させ,規制を強化 したことは安全性についての社会通念が反映している。
③ 最新の科学的,技術的知見を踏まえた合理的な予測を超えた全体的な安全性 に準じる安全性の確保を求めることが社会通念になっているとはいえない。
④ 運転の差止請求訴訟,仮処分では,原告が原子炉施設につき客観的に安全性 に欠け,放射性物質が周辺環境に放出され,直接的かつ重大な被害を受ける 具体的危険の存在につき主張,立証(疎明)責任を負う。
⑤ 原告が一定の地域に居住等する場合には,被告である事業者に具体的危険が 存在しないことにつき相当の根拠,資料に基づき主張,立証(疎明)する必 要があり,事業者がこれを尽くさない場合には,具体的危険の存在が事実上 推定される。
⑥ 事業者が原子力規制委員会の審査基準に適合する旨の判断をした場合には,
その判断に不合理な点がないことないし調査審議及び判断の過程に看過し難 い過誤,欠落がないことを相当の根拠,資料に基づき主張,立証(疎明)す れば足りる。
これ以降,司法審査の傾向としては,(ⅰ)原子力規制委員会の新規制基準 そのものに不合理な点があるか,(ⅱ)原子力規制委員会の調査審議及び判断 の過程に看過し難い過誤若しくは欠陥があるか,(ⅲ)行政庁の判断がこれに 依拠してなされたと認められるか,という 3 つのステップから検討され,これ らのうち一つでも不合理と認められる場合には原発の再稼働は違法となる。
しかし,このやり方は,反対派住民にとって,極めて不利である。なぜなら,
電力会社が原子力規制委員会の新規制基準の審査に関わる情報を保有し,また 安全性の基準に関する科学的・技術的知見を有しているため,電力会社は上記
(ⅰ)から(ⅲ)についての出張・立証は比較的容易に行えるからである。し かし,高度な原子力技術に関して専門家とはいえない裁判所に,これらを正確 かつ正当に判断する能力があるかどうかは定かではない。
一方,反対派住民側は,原子力規制委員会の新規制基準の審査に関わる情報 はほとんど持っておらず,情報の格差が大きい。そのため,原発の安全性に関 しては,反対派住民の主張・立証が,原子力規制委員会の新規制基準の範囲を 超えたところで行われる傾向がある。このため,新規制基準の範囲外の事項に 関しては,電力会社は反対派住民と同じ土俵に立たざるを得ない。すなわち,
原子力規制委員会の新規制基準を基にした安全性の議論に関しては,情報の格 差により電力会社が圧倒的に有利だが,これ以外の安全性の議論に関しては,
情報の格差は少なく,情報収集に有利不利の差が少ないため,反対派住民も巨 大な電力会社と対等に戦える可能性もある。
しかし,現在の裁判所の判断方針の下で,過去の裁判例を踏襲するならば,
新規制基準の範囲内における判断が主となるため,双方の主張・立証過程にお いて,原告である住民側が不利な立場を強いられることになり,裁判の公平性
から見ても問題となりはしないだろうか。
また,最高裁平成 4 年判決では,「原子炉設置の許可の段階の安全審査にお いては,当該原子炉施設の基本設計の安全性にかかわる事項のみをその対象と するものと解すべきである。」としている。さらに,以降の原発訴訟においても,
原発の基本設計の安全性のみを審議している。そのため,原発の安全性に関す る議論は専ら上述の(ⅰ)から(ⅲ)についての審議が中心となり,新規制基 準の範囲外の項目については審議していない。
また,福岡高宮崎支決平成 28 年 4 月 6 日では,「確保すべき安全性はわが国 の社会がどの程度の水準のものであれば容認するかという社会通念を基準とし て判断するほかない」とし,原発の安全性に対して社会通念の概念を取り入れ た。その後の広島高決平成 30 年 9 月 25 日も,これを踏襲し「自然災害の危険 をどの程度まで容認するかという社会通念を基準に判断せざるを得ない」とし,
「発生の可能性が相当の根拠をもって示されない限り,想定しなくても安全性 に欠けないとするのが社会通念」とした。
原発の安全性に関しての審議を,原発の基本設計に限るとしたその根拠はあ いまいであるばかりでなく,原発の安全性という客観的な評価を要する項目に,
国民の主観に左右され得る社会通念という概念を導入した根拠と,それらの関 連性について,明確かつ具体的な言及がない。人の生命,身体,生活の平穏等 に重大かつ深刻な被害が発生するおそれがある原発の安全性について審議する には,いささか雑ではないだろうか。これが原発の再稼働を巡る司法審査の在 り方ならば,原発の安全性に対する司法審査には限界があると言わざるを得ない。
2
.安全性を考慮すべきその他の問題原発反対派住民が懸念する安全性は,第一義的には,上記 1 で述べた(ⅰ)
から(ⅲ)のステップに従って,原発の再稼働の不合理さを主張・立証するこ ととなるが,原発の安全性は,原子力規制委員会の新規制基準の適合性だけで
評価できるものではない。そのため,裁判所は,地震,火山噴火,津波などの 自然災害を多角的に検討することになるが,原発訴訟で,ほとんど審議されて いないのが,原発の基本的な問題である放射性廃棄物,リラッキング及びプル サーマルの問題である。これらは,原発の安全性に大きくかかわる問題である が,原発の基本設計に対する安全性の評価対象から欠落していると思われる。
以下,この 3 点について述べる。
(
1
) 放射性廃棄物1 時間当たり 1 万ミリシーベルト(mSv/h)︵₅₅︶を超えた場合,直接被曝すると 人間は死亡する。この放射線量と同じ放射能を出し続けるものが核のゴミであ る放射性廃棄物︵₅₆︶である。原発を稼働すると必ず使用済み核燃料,すなわち放 射性廃棄物が生成される。現在,この放射性廃棄物は,最終的な行き場がなく 原発敷地内,青森県六ケ所村の再処理施設,若しくは茨城県東海村の核関連施 設に保管されている。この放射性廃棄物には,自然な浄化作用がない。そのた め,以前から原発は「トイレのないマンション」と言われてきた。
特に,使用済み核燃料から取り出される高レベル放射性廃棄物︵₅₇︶は,人間が 近づくと即死に近い状態で死亡するという極めて放射線量が高く危険なもので ある。高レベル放射性廃棄物をガラス固化体︵₅₈︶にしたものの放射線量は,150 万ミリシーベルト(mSv/h)である。ガラス固化体をキャニスターと呼ぶが,
表面温度は 200 度以上,放射能の強さは 4 万テラベクレル(TBq)であり,人 間が近づくと 20 秒以内に確実に死亡すると言われている。また,この放射線 量が自然界のレベルに下がるまで,10 万年以上かかるとされている。
2000 年に,「特定放射性廃棄物の最終処分に関する法律」(以下「最終処分法」
という。)が成立し,最終処分として放射性廃棄物を地下に埋設することが法律 で規定された。しかし,未だに最終処分場が決まっておらず,現在,青森県六 ケ所村の再処理施設及び茨城県東海村の核関連施設に一時保管されているのが
現状である。その量は,2018 年 3 月 16 日時点で,国内で処分されたもの,海 外(フランス,イギリス)から返還されたもの(ガラス固化体)を合わせて 2,482 本が,青森県六ケ所村,茨城県東海村の施設で保管されている︵₅₉︶。さらに,原 子力発電の運転により生じた使用済み核燃料を全てガラス固化体に換算する と,約 24,800 本相当が発生し,いずれこれらも地中深くに埋設(地層処分)さ れることになるが,未だ具体化されていないのが現状である︵₆₀︶。
また,青森県六ケ所村,茨城県東海村の施設には,保管場所が許容限度を超 えており,再処理施設に移送できない使用済み核燃料が,原発の敷地内に一時 保管されている。しかし,この保管場所も限界に達しつつある。このような高 レベル放射性廃棄物は,10 万年から 100 万年もの長い期間,人間の生命環境 から隔離しなければならない。
このような状況の背景は,国が原発政策を進める反面,放射性廃棄物の処理 について十分な議論を尽くさず,解決方法の議論を後回しにしてきたことがあ る。40 年以上前から,この問題は指摘されてきたが先送りしてきた国の原子 力政策に大きな問題があったと言わざるを得ないであろう。
このような原発から生じる放射性廃棄物の現状が,住民にとって安全といえ るか甚だ疑問である。また,放射性廃棄物に対する杜撰な政策を推し進める国 や電力会社が原発は安全であると言っても,返って不信感を募らせることにな りはしないか。個々の施設の安全性の議論の前に,国の原子力政策の在り方を 踏まえた安全性への議論が必要ではないだろうか。特に,放射性廃棄物は,次 の世代への負の遺産として残すことの重みを考えなければならない。
(
2
) リラッキング広島の原爆では約 800gのウランが使用されたが,標準的な 1 基の原発は 1 年間に約 21 トンのウランを使用する︵₆₁︶。そのため,原発を稼働させれば必ず 使用済み核燃料が生成される。この使用済み核燃料は,青森県六ケ所村の再処