『就実大学大学院教育学研究科紀要 2016(第1号)』 抜刷 就実大学大学院教育学研究科 2016年3月31日 発行
片 山 緑 ・ 北 川 歳 昭
中学生の親への思いに関する予備的研究
A preliminary study on junior high school students ’ wishes
for their parents
就実大学大学院教育学研究科紀要 2016(第1号)
中学生の親への思いに関する予備的研究
片山 緑・北川歳昭
A preliminary study on junior high school students’ wishes for their parents
Midori KATAYAMA, Toshiaki KITAGAWA
抄 録
本稿は、いじめの心理に潜む生徒たちの「親への思い」尺度を作成するための予備的な 研究を報告するものである。まず、いじめの心理を説明する概念として提唱されている「仮 想的有能感 Assumed Competence」を取り上げ、仮想的有感と親子関係、仮想的有能感 といじめとの関連性を検証した先行研究を紹介するとともに、「中学生の親への思い」尺 度の作成に向けて市販の親子関係尺度を検討した。次に、筆者らが実施した「中学生の親 への思い(親への感謝と不満)」に関する調査をKJ法で分析し、カテゴリーごとの件数を 指標として量的分析を行った。それらを踏まえて、「中学生の親への思い」尺度作成に向 けての試案を検討した。
キーワード:中学生,親への思い,親子関係,仮想的有能感,いじめ はじめに
本稿では、いじめの心理に潜む中学生の「親への思い」尺度を作成するための予備的な 研究を報告する。
近年、いじめ問題が深刻になり、平成25年に文部科学省は「いじめ防止対策推進法」を 制定し、教育現場ではいじめの予防教育が進められ、その効果が期待されている。
いじめにはさまざまな要因がかかわっているが、いじめ加害生徒の心理を理解すること なく、いじめ問題を解決することはできないであろう。いじめ問題の背景にあり、いじめ の心理を説明する概念として「仮想的有能感 Assumed Competence」が提唱されている。
仮想的有能感とは、自己の直接的なポジティブ経験に関係なく、他者の能力を批判的に評 価、軽視する傾向に付随して習慣的に生じる有能さの感覚(速水・木野・高木,2004)を 指す。本来の有能感(自尊感情)ではなく、仮想的有能感が高い子どもがいじめ加害に関 わっていると考えられる。そのような子どもは、その地位を安定させるためや蓄積したス トレスを緩和させるために、その力を乱用する可能性が非常に高いと考えられるからであ
る(速水,2012)。
不健全で歪んだ有能感である仮想的有能感はどのように形成されるのであろうか。仮想 的有能感の形成にそれまでの親子関係の在り方がかかわっていることは容易に想像でき る。事実、木野・高木・速水(2010)は、親子関係が仮想的有能感の形成要因である可能 性を示唆している。歪みのない有能感を育成し、仮想的有能感の形成を抑制する親子関係 とはどのような在り方であろうか。そこに、単に親の養育態度というより、それを子ども がどう受け取るかという子ども側の認識(情緒的評価、心理的経験)に焦点を当てる必要 があるのではないか。
本稿第Ⅰ部では、仮想的有能感と親子関係に関する先行研究を展望するとともに、既存 の代表的な親子関係尺度を検討する。第Ⅱ部では、筆者らが実施した中学生の親への思い に関する調査研究の結果を報告する。以上を受けて、第Ⅲ部では「中学生の親への思い」
尺度の作成に向けた試案を検討する。
第Ⅰ部 文献研究:仮想的有能感と親子関係尺度の検討
1.仮想的有能感に関する先行研究の検討
本研究に直接的にかかわる先行研究は、木野・高木・速水(2010)の「仮想的有能感の 形成に親子関係が及ぼす影響(2)」である。
この研究では、仮想的有能感を抑える具体策の一つとして家族でのコミュニケーション の機会をふやすことが提案した速水(2006)を受けて、親子関係(家族関係と親の養育行 動)が仮想的有能感形成に果たす役割を検討している。方法として、高校生、大学生を対 象に、仮想的有能感尺度(Hayamizu et al.,2004)、Rosenberg(1965)の自尊感情尺度(山 本・松井・山成,1982)、家族関係尺度(田口他,2009)を修正したもの、PBI(Parker,
1989)および情緒的サポート尺度(細田他,2009)を用いて質問紙調査を実施し、仮想的 有能感・自尊感情・家族関係・親の養育行動(子による認知)の関連を分析している。
被調査者は、仮想的有能感尺度(ACS)と自尊感情尺度(SE)の結果から、萎縮型(ACS 低SE低)、仮想型(ASC高SE低)、自尊型(ASC低SE高)、全能型(ASC高SE高)に類型 化された。その後、類型別に家族関係および親の養育行動解釈度得点を算出した。
自尊型と仮想型の違いに焦点を当てて多重比較をした結果、自尊型に比べて仮想型の家 族関係は、凝集表出性が低く、葛藤性が高く、また、父母の養育行動は受容的ではなく、
他者と比較し、統制的な行動であったと子どもから認知されていることが示された。
以上、木野らの先行研究では、子どもの親に対する認知が仮想的有能感の形成と関係し ていることを示唆しており、父母の受容的養育態度や他者との比較、統制的な養育態度が 仮想的有能感を高める可能性があるとしている。しかしながら、子どもが親の養育態度(し
つけ方・育て方を肯定的に捉えているのか否定的に捉えているのかという評価や情緒的な 態度については検証していない。仮想的有能感と親の養育態度への子どもの評価との関連 も検討すべきであろう。
また、木野らは高校生や大学生を対象にしているが、友人関係や親子関係が比較的落ち 着いてくる高校生や大学生ではなく、学校現場でいじめ問題が深刻化しており友人関係・
親子関係が不安定な中学生を対象とした研究が求められる。
次に取り上げるのは、仮想的有能感といじめとの関連性を調査した「高校生における仮 想的有能感といじめとの関連」(松本・山本・速水,2009)である。この研究は、仮想的 有能感といじめとの関連、自尊感情と仮想的有能感との組みあわせによるいじめとの関連 を検討したものである。
この研究では、教育現場での深刻な問題行動であるいじめ問題を取り上げ、いじめの様 相を把握し、原因や関連要因を検討する研究がなされている。いじめることは、自分の立 場を安定させると同時に、被害者を見下し、自分が優位であることを認識できる機会とな りうる。このような他者の存在を軽視し、自身の根拠のない有能感を高める傾向は現代の 若者の特徴として、速水他(2004)は、仮想的有能感という概念で捉えている。その概念 を踏まえて、この研究では、仮想的有能感が高い人は、いじめに関与する可能性が高いと 考え、仮想的有能感といじめとの関連を検討することを目的として、高校生を対象に調査 を行っている。
また、仮想的有能感に関して、速水他(2004)、速水・小平(2006)が分類している自 尊感情と組み合わせた4つの有能感タイプ、仮想的有能感と自尊感情が低い「萎縮型」、仮 想的有能感が低く自尊感情が高い「自尊型」、仮想的有能感が高く自尊感情が低い「仮想型」、
仮想的有能感と自尊感情が高い「全能型」の分類で検討している。いじめに関しては、加 害・被害経験の両側面から捉え、「仮想型」「全能型」は加害経験が多いと予測し、「全能型」
は被害経験が少なく、「仮想型」は被害経験が多いと考えた。
具 体 的 な 調 査 内 容 は、 仮 想 的 有 能 感 尺 度version2(Hayamizu, Kino, Takaki, & Tan, 2004)、Rosenberg(1965)の自尊感情尺度(山本ら,1982)、いじめ経験(身体的いじめ・
言語的いじめ・間接的いじめの加害および被害経験)尺度(安藤,2005)を用いた高校生 1062名対象の質問紙調査である。
いじめ経験尺度では加害及び被害経験がほとんどない結果となったので、全ての項目(22 項目)で全くないと回答した人を「経験なし」、それ以外を「経験あり」として算出して いる。いじめ加害経験、いじめ被害経験の相関を検討したところ、相互に有意な正の相関 が見られた。また、いじめ仮想的有能感との関連では、若干低いながらも、いじめ加害経 験、被害経験ともに正の相関が見られた。自尊感情では、いじめ被害経験との間に若干低 いながらも有意な負の相関が見られた。仮想的有能感と自尊感情との相関は有意ではな かった。また、男女別には、いじめと仮想的有能感との関連において著しい差異は見られ
なかったため、以降は男女を合わせた全体での検討となった。
有能感タイプといじめ加害経験との関連についての結果、身体的いじめ・言語的いじめ において、萎縮型・自尊型では加害経験者が有意に少なく、仮想型・全能型では有意に多 いことが示された。また、間接的いじめにおいて、自尊型では加害経験者が有意に少なく、
仮想型・全能型では有意に多いことが示された。有能感タイプといじめ被害経験との関連 については、身体的いじめにおいて、自尊型では被害経験者が有意に少なく、仮想型・全 能型では有意に多いことが、言語的いじめと間接的いじめにおいて、自尊型が有意に少な く、仮想型では有意に多いことが示された。
考察をまとめてみる。いじめ加害経験と被害経験との間に正の相関が見られたことは、
一方的ないじめ加害経験や被害経験のあるというだけでなく、加害者の中にも被害者に なっている子どもがいることを示唆する。仮想的有能感といじめとの関連について検討し たところ、いじめ加害経験、被害経験とも正の相関が見られた。自尊感情との組み合わせ による有能感タイプといじめとの関連を検討した結果、仮想的有能感の高い仮想型・全能 型ではいじめ加害経験者、被害経験者が有意に多く、仮想的有能感の低い萎縮型・自尊型 ではいじめ加害経験者、被害経験者が有意に少ないことが示された。有能タイプ間のいじ め加害経験の差を検討したところ、萎縮型・自尊型では、身体的、言語的いじめ加害経験 者が少なく、仮想型・全能型では多いことが示されている。間接的いじめ加害経験におい ても、自尊型では有意に少なく、仮想型・全能型では有意に多いことが示されている。い じめ加害者の特徴と仮想的有能感が高い人との特徴は一致していることから、仮想的有能 感の高い人は、蓄積されたストレスを緩和するために、「自分より下」と思っている相手 にいじめを行うことが考えられる。また、有能タイプ間のいじめ被害者経験の差を検討し たところ、自尊型では、言語的、間接的いじめ被害経験者が有意に少なく、仮想型では有 意に多いことが示されている。予測に反して、全能型は、身体的いじめ被害経験が多いこ とが示された。仮想的有能感の高い人は、他者を批判することが多く、他者の失敗や落ち 度に対して厳しい態度をとると考えられる。その一方で他者の感情には無関心で他者を見 下したような態度をとっていると、いじめの対象になっていくのかもしれない。その結果、
ストレスと他者への批判が高まり、いじめ加害につながるという可能性が示唆される。な お、生徒に対しての質問紙法では、調査対象者が回答を意図的に操作した可能性も示唆さ れ、いじめ指標の限界を念頭に置く必要があるとした。
この研究は、仮想的有能感といじめが関連していることを検証したものであり、仮想的 有能感については、速水ら(2004)による次のような記述がわかりやすい。「人は誰も基 本的には有能でありたいと願いながら生きている。…中略…有能さを享受できるのはごく 一部の人間で、その他の多くはむしろ無能さを体験する場面に遭遇することが少なくな い。」無能なままではいられないので、人は有能感を追及するというのだ。そして、「現実 的な有能感が十分に得られないことで人は無意識的に他者軽視を通して有能感をえようと
しているのかもしれない。」それが仮想的な有能感である。そこで、仮想的有能感が生み 出される背景を探れば、いじめ問題軽減のヒントになるのではないかと考える。これらの 研究では、仮想的有能感やいじめと親子関係の関連については調査されていないが、木野・
高木・速水(2010)が示すとおり、家族関係や親の養育態度が仮想的有能感に関連してい る可能性は高い。いじめの心理に潜む「親への思い」を検証することで、親の養育行動へ の警鐘となるかもしれない。
2.既存の親子関係尺度の検討
本項では、大芦(2001)による文献目録より、中学生を対象とする既成(市販)の親子 関係尺度のうち代表的な3尺度を取り上げ、その特徴を分析するとともに、本研究が目指 すものに該当するかどうかを評価・検討する。
1)親子関係診断尺度 EICA(1976年発行)
〈由来〉
EICAで は、Schaeferの 親 子 関 係 テ ス ト(Children’s Reports of Parental Behavior Inventory)の260項目を翻訳したものを出発項目として、項目分析の結果、最終的には、
1尺度10項目、4尺度で合計40項目からなる検査尺度が構成された。EICAでは、子ども が父母に対してどのように感じているかを回答して、親子関係を調べていくものである。
〈構成〉
一次因子尺度として、情緒的支持ES(Emotional Support):子どもが自分の親が自分 を支持してくれていると認知する傾向、同一化ID(Identification):子どもが自分の親 が自分と一体感を持ち、自分の分身として子どもを認知していることを子どもも認知して いる傾向、統制CO(Control):親からの超自我の圧力を子どもがいかに認知しているか、
自律性AU(Autonomy):子どものことは子ども自身に任せようという親の態度を子ども がいかに認知しているか、という4つの尺度から構成されている。
次に、「情緒的支持」「同一化」間の相関の因子分析および「統制」「自律性」間の相関 の因子分析の結果をそれぞれ総合して、受容性AC(Acceptance)対拒否性RE(Rejection)、
統制性CO(Control)対自律性AU(Autonomy)という二次因子2尺度を作成している。
〈診断方法〉
子どもの回答から、父母がそれぞれ、受容性と拒否性のどちらが高いか、自律性と統制 性のどちらが高いかを診断し類型化する。その結果とEICAとは別に施行した子どものYG 性格検査とを比較して、父母の養育態度と子どもの性格との関係性が診断できる。
〈評価〉
EICAの一次因子尺度の「同一化」と「統制」に関しては、筆者ら(本稿第Ⅱ部)が抽 出したカテゴリーとは対応しないので、EICAの尺度は使用しにくい。EICAは発行から40 年がたっており、現代にそぐわない部分がある。
2)TK式診断的新親子関係検査(1960年発行)
〈構成〉
両親がそれぞれ自分自身の子どもに対する扱い方を記入する両親用と、子どもからみた 親の態度や扱い方を記入する生徒用とによって構成されている。内容は10項目に分かれて おり、下記のような意味を持っている。
①不満 子どもが親からの愛情をあまり感じていない。
②非難 親が子どもに対しての非難を態度に出す。
③厳格 子どもの気持ちにかまわず、親の考えているワクに押し込もうとする。
④期待 子どもは親から高い期待をかけられている。
⑤干渉 子どもは親から口うるさく指図されたり世話をやかれたりする。
⑥心配 子どもは親から心配され手をかけ保護されている。
⑦溺愛 子どもは親に甘やかされている。
⑧盲従 子どもは親が自分のためには何でもしてくれると思っている。
⑨矛盾 子どもは親の気分で叱られたりほめられたりする。
⑩不一致 父母の間でこどもに対する考え方や態度に差がある。
〈検査結果〉
検査結果から、親が拒否的か、支配的か、保護的か、服従的かという傾向および、養育 態度の矛盾や両親の養育態度の不一致の程度が判断できる。また、父親と母親の養育態度 の比較、親の考え方と子どもの受け取り方とのズレの度合いを診断できる。この検査は、
親の間違った養育態度によって形成される子どもの不適応行動を抑制したり、未然に防い だりすることに利用できる。
〈評価〉
この親子関係検査は、子どもをより良く成長させるために、親の養育態度の問題点を発 見し、養育態度を改善させる意図がある。ただ、本研究は、養育態度のネガティブ面を調 査する尺度が多すぎ、親の受容性や子どもの自律性、自己の存在への感謝など、子どもが 受け取るポジティブ面を捉えにくいという難点がある。
3)FDT Family Diagnostic Test 親子関係診断検査(2002年発行)
〈特徴〉
この検査では、従来の親子関係診断テストによくみられた「支配−服従」「保護−拒否」
という2つの次元を組み合わせることで得られる4タイプをもとに親子関係を診断してい く方法ではなく、子どもが「親から切り捨てられる不安をもっていないか」「親を安全の 基地としているか」、親は「子どもを親とは違うひとりの独自性をもった人間としてみて いるか」「子どもの個性を好んでいるか」といった、心理的側面をとらえることを主眼に おき、親子関係の情緒的側面を重視している。子ども用と親用がある。
〈子ども用の尺度構成〉
①被拒絶感 子どもが、自分は両親から拒絶されていると思っている程度。
②積極的回避 子どもの方から親との接触を避けたり、関わりをできるだけ持たないよう にしている程度。
③心理的侵入 子どもが、自分のプライバシーを親が侵害していると感じている程度。
④厳しいしつけ 子どもが、親のしつけを厳しいものだと認知している程度。
⑤両親間不一致 養育及び教育に関する両親の考えの違いや、相互の不満を子どもが認知 している程度。
⑥達成欲求 子どもが、親からプレッシャーをかけられていると思っている程度。
⑦被受容感 親が自分を信頼し、受容してくれていると子どもが思っている程度。
⑧情緒的接近 子どもが、親を情緒的に受容している程度。
〈分析〉
子ども用の場合、各尺度の得点結果から、基本的に安定した親子関係か、不安定な側面 をはらむ親子関係かという観点でA(安定)~E(不安定)の5つのパターンに分類する。
「安定−不安定」の分類は、ネガティブ尺度の「被拒絶感」「積極的回避」とポジティブ尺 度の「被受容感」「情緒的接近」の4尺度で行う。親用の場合、「安定−不安定」の軸でパ ターン分類を行い、キーとなる尺度は、「無関心」と「基本的受容」である。この検査では、
親子の認識の食い違いを早い段階で診断し、適切な対処を促すことを目的としている。
〈評価〉
FDTは、筆者ら(第Ⅱ部参照)が抽出したカテゴリーに対応する項目がほぼそろってい る。ただ、「物質的・金銭的な欲求」や「自己存在(生命を授けてくれたことへの感謝)」
のカテゴリーに対応する尺度は見出せないので、それを補う形で、FDTを基に中学生の親 への思い尺度を作成することが妥当と考えられる。
Ⅱ 実証研究:中学生の親への思いの分析1)
1.問題と目的
いじめを生む子どもの心理の背景に子どもの自尊心・有能感の未熟や仮想的有能感の肥 大化があるならば、それらの形成に家庭での親子関係が大きく関わっていることは容易に 想像できる。親子関係に焦点を当てるとき、子が受ける親からの影響、つまり親の養育態 度に対する子どもの評価が重要な手掛かりになるであろう。人生で最も過敏な思春期にあ る中学生は、日常、親をどのように認識し、受けとめ、評価しているのであろうか。本稿 第Ⅱ部の実証研究では、親子関係を子どもの視点から測定する尺度作成のための予備的研 究として、文章完成・自由記述式調査の回答を分類・分析し、できるだけ肉声に近い中学 生のもつ親への思いを明らかにする。
2.方 法
1)調査の対象者と実施時期
2015年3月にO県K市立T中学校の1年生及び2年生118名(男子59名、女子59名)を 対象に「親への思い」に関する自由記述式の質問紙調査を行った。
2)調査内容
調査項目(全5項目)は、「親に感謝していること」「親に不満なこと」「子育てで尊敬 できること」「子育てでがっかりしたこと」の4項目を自由記述とし、「自分が大人になっ たとき、親のような子育てをしたいか」の1項目(第5項目)については5件法(「そう 思う」1点、「どちらかと言えばそう思う」2点、「どちらともいえない」3点、「どちら かと言えばそう思わない」4点、「そう思わない」5点)で評定させた。なお、第5項目 については、親の子育て評価となす。
3.結果と考察
今回の報告では、「親に感謝していること(G2))」と「親に不満なこと(D3))」の2 項目について、回答の記述内容を質的分析(カテゴリー化)するとともに、回答のカテゴ リーごとの件数を指標にして量的分析を行う。
1)質的分析
(1)親に感謝していること
まず、「親に感謝していること」についての記述内容を分析する。
回答の記述内容を、筆者を含む研究者3人4)がKJ法により200個のラベルを見出し、
検討の結果19個の小カテゴリーを抽出し、さらに、マズローの基本的欲求(生理的欲求、
安全の欲求、愛情・所属の欲求、承認の欲求、自己実現の欲求)の理論に関連づけながら 6個の中カテゴリーを抽出した(表1)。以後、カテゴリーとは中カテゴリーを指す。
6カテゴリーの最多のものは「身体的・物質的・金銭的な感謝」110件(延べ件数)であっ た。この中には、「世話をしてくれる」(食事をつくってくれる、家事をしてくれる、いろ いろしてくれる、がんばってくれる)や「働いてくれる」や「買ってくれる」などが含ま れる。これらは、日常生活上の世話や物質的・金銭的な欲求の充足、つまり、マズローの 生理的欲求・安全欲求の充足に由来する感謝と考えられる。
次に多いのが「成長支援への感謝」23件であり、これまで育ててくれたことへの感謝が 含まれている。単に愛情欲求の充足にとどまらない、より客観的な視点も加わった感謝で あり、欲求区分でいえば、愛情/所属欲求と承認の欲求の両方にまたがる欲求の充足に由 来する感謝の気持ちであろう。
「育て方・しつけへの感謝」は18件であった。このカテゴリーには、優しい、心配して くれる、しつけてくれる、愛情を注いでくれるなどが含まれており、欲求区分では、愛情 /所属の欲求の充足に由来する感謝と解釈できる。
「やりたいことをさせてくれる」17件は、物質的な欲求充足というより、自分の意思を
尊重してもらえることへの感謝という意味にとらえ、ここでは自己実現欲求の充足に由来 する感謝と解釈した。
「精神的な感謝」は14件であるが、その中に、話をきいてくれる、成績や勉強のことで 応援してくれる、アドバイスしてくれる、支えてくれるなどが含まれる。これらは単に物 質的・金銭的な欲求の充足に基づくのではない、精神的な面での支援に対する感謝であろ う。マズローの欲求区分でいえば、愛情/所属の欲求の充足に由来する感謝と解釈できる。
「自己の存在への感謝」11件は、自分を産んでくれたことへの感謝である。中学生は素 直に自己の存在の根源、自分の生命の源である親に感謝している。これは、愛情/所属の 欲求とともに最大の承認欲求の充足と解釈できる。
以上、「親への感謝」については約94%の生徒が記述しており、その内容は生理的・安 全欲求の充足に由来するものが過半数を占めていた。あとの半数弱は、愛情/所属、承認、
自己実現の欲求の充足に由来するものまで幅広く存在している。第二反抗期と言われ、普 段の態度からは内面をうかがい知ることができない中学生ではあるが、思いのほか素直に 親への感謝の思いを抱いている実態が明らかになった(感謝の具体的記述内容については 表1を参照)。
表1「感謝していること」の分類及びそれらが由来する欲求充足との関係
(2)親に不満なこと
次に、「親に不満なこと」についての回答の記述内容を分析する。
「親に感謝していること」の分析と同様に、記述内容からKJ法により122個のラベルを 見出し、そこから30個の小カテゴリーを抽出し、さらにマズローの欲求理論を手掛かりに 6個の中カテゴリーに分類した(表2)。
最多のカテゴリーは、「育て方・しつけへの不満」35件である。これには、うるさい、
しつこい、うっとうしい、成績・勉強についてうるさい、きょうだいと比べる、ひいきす るなどが含まれる。中学生がもつ親への不満の典型であり、マズローの欲求区分では、所 属/愛情及び承認の欲求の阻害から由来する不満と解釈される。
次に多いカテゴリーは「精神的な不満」30件であり、下位カテゴリーとして、自分勝手
(自己中心的、親の性格がわからない、タバコを吸う、好き嫌いが激しい)、精神的に支え てくれない(信じてくれない、分かってくれない、話を聞いてくれない)が含まれる。こ れらは、子どもの安心・安全を保障すべき親がそれを脅かす状態であり、子どもにとって 安全欲求の阻害に由来する不満と解釈できる。
次いで「身体的・精神的圧迫」29件であり、これには、暴力をふるう、怒る、厳しすぎ る、キレる、怖いなどが含まれており、身の危険を感じることもある圧迫を受けているこ とを訴えており、安全欲求や所属/愛情欲求の阻害に由来する不満である。
「物質的・金銭的な不満」15件には、世話をしてくれない、家事をしない、買ってくれ ない、しごとをしないなどの下位カテゴリーが含まれており、日常生活上の不安を感じさ せるものであり、欲求区分では、生理的欲求や安全欲求の阻害に由来する不満であろう。
「やりたいことをさせてくれない」7件は、したいことをやらせてもらえないことを訴 えており、自己実現欲求の阻害に由来すると解釈できる。
「家族との関係が悪い」6件は、夫婦げんかする、親子げんかする、浮気をするなどが 含まれ、家族の危機を感じている訴えであり、所属/愛情欲求の阻害に由来する不満であ ろう。
物質的・金銭的な面に言及することが多かった感謝の内容とは異なり、親への不満の内 容は、しつけ方や精神的な面についての記述が大半を占めていた。生理的欲求や安全欲求 の阻害はたちまち虐待(ネグレクト)の危機になるので、通常の健全な中学生の親子関係 であるなら、不満の内容が精神的なものになるのは当然であろう。そこに、彼らの批判的 思考力の育ちと、親を反面教師として自らの育児観を形成しつつある中学生の心理を垣間 見ることができよう(なお、不満の具体的記述内容については表2を参照)。
表2 「不満なこと」の分類及びそれらが由来する欲求阻害との関係
(3)親への思い(感謝と不満)が由来する欲求の充足・阻害の関係
中学生のもつ親への思い(「親への感謝」と「親への不満」)の記述の分類カテゴリーを 彼らの欲求充足と欲求阻害という視点で捉え、それらをマズローの基本的欲求(生理的・
安全・所属/愛情・承認・自己実現の欲求)と対応させて整理すると図1のようになる。
親への感謝と不満の各カテゴリーが由来する欲求区分は1つとは限らないこと、各6カテ ゴリーは5つの欲求区分に散らばって存在していること、感謝のカテゴリーと不満のカテ ゴリーの間にはある程度の対応関係があることなどが示唆された。
図1 親への感謝と不満における中カテゴリーの位置づけ
2)量的分析
生徒の回答の記述内容が各6カテゴリーのいずれに該当するかを判定し、カテゴリーご との件数を指標として、各生徒の回答を量的に分析する。一人の回答が複数のカテゴリー にまたがる場合もあるので、延べ件数である。
(1)各カテゴリーの記述件数(性差)
表3は、カテゴリーごとの延べ記述件数を示す。
まず、件数を感謝と不満で比較すると(表3下段)、男女込みの全体では、感謝は平均1.65 件、不満は1.04件であり、感謝の方が不満よりも記述件数が有意に多い。これは、男女と も同様である。
性差を6カテゴリー合計でみると、感謝では、女子(1.75)の方が男子(1.56)よりも
やや件数が多いが、有意ではない。不満では、女子(1.27)の方が男子(0.81)よりも多く、
その差は5%水準で有意である。
さらに性差をカテゴリーごとにみていくと、感謝では、物質的・金銭的感謝を除き、他 は女子の方が多い傾向があるが、その差は有意ではない。なお、感謝「ない」と無答の合 計は、男子の方が件数が多く、その性差は5%水準で有意である。不満については、物質 的金銭的不満と育て方しつけ方の不満を除き、他の4カテゴリーはいずれも女子の方が有 意に件数が多い。特に、その性差は、精神的不満で1%水準、家族との関係の不満で5%
水準で有意であった。
以上、記述件数の性差に関しては、男子よりも、女子の方が感謝についてはやや多く、
不満についてはかなり明確に多い傾向があった。
表3 各カテゴリーの記述件数に関する男女の平均値とその差の有意性の検定結果
(2)各カテゴリー間の記述件数の相関
表4は、カテゴリー間の記述件数について、相関係数を算出し、その有意性検定を行っ た結果を示す。記述内容が該当しないカテゴリーの場合(つまりそのカテゴリー件数が0)
も多いため、必ずしも相関係数の値は高くはない。
①感謝6カテゴリー間の関係(表4上段)
物質的金銭的感謝は、他のカテゴリーとはすべて負の相関関係にあり、特に育て方しつ
け方の感謝(5%水準)、成長支援への感謝(0.1%)、精神的感謝(10%)、自己存在への 感謝(10%)との間には、有意な相関が認められた。つまり、物質的金銭的感謝を多く記 述している者は、他の精神的な側面に関する感謝の記述が少ない傾向がある。成長支援へ の感謝は、自己存在への感謝とは正の、やりたいことをさせてくれる感謝とは5%水準の 負の有意な相関(5%)が認められた。成長支援の感謝を多く記述している者は自己存在 の感謝の記述は多いが、やりたいことをさせてくれる感謝の記述は少ない傾向がある。
②不満6カテゴリー間の関係(表4下段)
家族関係の不満は、精神的不満と身体的精神的圧迫とのそれぞれ5%水準の正の有意な 相関があった。つまり、家族との関係に不満を持つものは、精神的な面でも不満を訴え、
身体的精神的圧迫も訴えている傾向がうかがえた。
③感謝6カテゴリーと不満6カテゴリーの関係(表4中段)
精神的感謝は、物質的金銭的不満を除き、他の不満カテゴリーすべてとの間に正の相関 があり、とりわけ、精神的不満と身体的精神的圧迫との間に5%水準の有意な正の相関が 認められた。精神的な面での感謝を記述しているものほど、精神的な面で不満を訴え、身 体的精神的圧迫も訴えている傾向がある。
育て方しつけ方の感謝は家族との関係への不満と有意な正の相関があった。また自己存 在への感謝は精神的不満と有意な正の相関があった。
(3)親の子育て評価との関係(表3下段、表4右端)
親の子育てに対する中学生の評価は、性差はほとんどなく、5点満点で2.6点であり、や や肯定的である(1点が高い評価)。
感謝と不満の記述件数と子育て評価との関係をみると(表4右端)、感謝の合計件数と の間に5%水準の有意な負の相関、不満の合計件数との間に0.1%水準の有意な正の相関 があった。つまり、感謝の記述が多い生徒ほど、不満の記述が少ない生徒ほど、親の育児 に対し肯定的であるといえる。
カテゴリー別にみると、子育て評価は、感謝では成長支援への感謝と負の有意な相関、
不満では身体的精神的圧迫と育て方しつけ方への不満との間に正の有意な相関が認められ た。つまり、成長支援への感謝の記述が多い生徒ほど子育て評価が肯定的で、身体的精神 的圧迫や育て方しつけ方への不満の記述が多いものほど子育て評価が否定的である。
表4 各カテゴリー間の記述件数の相関係数及びその有意性の検定結果(n=118)
(4)まとめ
以上、各カテゴリー間の関係と各カテゴリーと親に対する子育て評価との関係をみてき た。成長支援への感謝の記述数が多い者は親の子育て評価が高く、身体的精神的圧迫・育 て方しつけ方の不満の記述数が多い者は親の子育て評価が低いという結果となり、これら のカテゴリーは子育て評価との関係が強いことがわかった。物質的金銭的感謝・不満、精 神的感謝・不満、自己存在への感謝、やりたいことをさせてくれる・させてくれないの記 述数との関係では有意差がなく、親の子育て評価との関係は弱いことがわかった。しかし ながら、この量的分析は記述数を指標にしたものであり、記述数を分析しただけでは子ど もの親に対する子育て評価は検証できない。この結果をどのように「親への思い」尺度作 成に反映させるかが問題である。
第Ⅲ部 「親への思い」尺度の作成に向けて
今後、実証研究における質問紙の回答を1つ1つ検証し、既存の親子関係診断尺度の下 位項目とを照らし合わせながら尺度作成を考えなければならない。たとえば、FDT親子関 係診断検査は、8つの尺度(被拒絶感・積極的回避・心理的侵入・厳しいしつけ・両親間 不一致・達成欲求・被受容感・情緒的接近)で構成されている。これらの尺度と実証研究 結果から抽出されたカテゴリーを比較してみると、「精神的な感謝」「育て方しつけ方の感 謝」は被受容感や情緒的接近と、「精神的な不満」は、被拒絶感や積極的回避と、「やりた いことをさせてくれる」「身体的精神的圧迫」「自己実現の不満」は厳しいしつけと、それ
ぞれ近似した下位尺度が作成できそうである。また、「家族との関係の不満」は両親間不 一致、「育て方しつけ方の不満」は積極的回避や達成欲求との下位尺度に近似している。
しかしながら、実証研究で得られた回答の中には、既存の親子関係診断尺度には見当た らない興味深いものが存在する。「物質的金銭的感謝・不満」「成長支援への感謝」「自己 存在への感謝」については、本実証研究独自に抽出されたカテゴリーであり、これらをど のように尺度として反映していくか熟慮する必要があろう。
また、「親の子育て評価」は、親に対する子ども側の主観的情緒的評価であり、仮想的 有能感の形成との関係性があるのではないかと考えられる。つまり、充足されるべき欲求 が満たされず阻害されることが多い場合、その不満が歪んだ形で自我形成や対人的態度と なって現れることが仮想的有能感の形成に結び付くと考えられないか。
実証研究では、「親の子育て評価」に関係するようないくつかの試算が得られた。不健 康な有能感を測る上で、「親の子育て評価」と実証研究で得られた肉声を考慮に入れて尺 度項目を作成していくと同時に、自尊感情とも関連させ、「親への思い」と有能感の高さ との関係性も検討すべきであろう。
注
注1 第Ⅱ部実証研究は、筆者らが中国四国心理学会第71回大会(広島修道大学)でのポスター 発表(片山・松本・北川,2015;北川・片山・松本,2015)に加筆修正したものである。
注2 gratitude 注3 dissatisfaction 注4 片山・松本・北川
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謝 辞
本論文の作成にあたり、調査に協力してくださいました生徒の皆さん、ご指導・ご助言 いただきました先生方に深く感謝致します。