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あるドキュメンタリー映画の存在証明

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Academic year: 2021

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きには無表情に、レンズの向こうから、監督を、そして私たちを見つめている。レンズをはさ んで向かい合っている他者の存在を刻印しているのは、このドキュメンタリーにおける眼差し の力にほかならない。 いまなお孤島状態にある日本では、アントニオーニのファンですら、まだこの眼差しと向か い合うという経験を持てずにいるし(11)、お互いに目線をそらし合うことが最大の美徳とされて いるため、異質なる眼差しと向かい合うすべを知らないままである。現代の世界史のなかで希 有な運命をたどったこのフィルムが、今回のささやかな上映会とシンポジウムをきっかけとし て、自らの映画史的な存在証明を果たしていくことを願ってやまない。 [本稿は二〇一一年一二月一〇日のシンポジウムにおける口頭発表の原稿に加筆・修正を加え たものである。] 注

(1) Carlo di Carlo, «Un acte d’amour », dans La Chine-Chung Kuo. Retour sur Antonioni, Mao et l’influence des images, Carlotta Films, 2009, p. 7.

(2) Aldo Tassone, Antonioni, traduit de l’italien par Caecilia Pieri, avec la collaboration de Josiane Tourrès et Vincent Forstier, Flammarion, 2007, p. 54.

(3) Michelangelo Antonuoni, Interviews, edited by Bert Cardullo, University of Mississippi, 2008, p. 127-128.

(4) Umberto Eco, «De Interpretatione, or the Difficulty of Being Marco Polo», dans Film Quarterly, Vol. 30, No. 4, Special Book Issue (Summer, 1977), p. 9.

(5) Ibid. (6) Ibid.

(7) Eco, op. cit., p. 11.

(8) Susan Sontag, « Photography Unlimited », The New York Review of Books, Vol. 24, No. 11 (1977: June 23). Republ. sous le titre : « The Image-World » dans On Photography, Picador, 1977, p. 173. (9) Sontag, op. cit., p. 172.

(10) Serge Daney, « La Remise en scène », Les Cahiers du cinéma, No. 268-269, juillet-août 1975. Republ. dans La Rampe, coll. Cahiers du cinéma-Gallimard, 1983 ; 1996, p. 67.

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