専修大学体育研究紀要 32 : ll - 16 (2009)
実践研究 論考
スポーツ情報戦略に関する一考察Ⅳ
-コーチとスポーツ医・科学スタッフに必要な情報戦略-久木留 毅1)、嘉戸 洋2)、相澤 勝治3)、佐藤 満1)
A Study of Sports Intelligence Strategies Ⅳ
The intelligence strategy that is necessary for Coach And Sports
Medicine and Science Staff
Takeshi KUKIDOME 1) , Hiroshi KADO 2) , Katsuji AIZAWA 3) , Mitsuru SATO 1)
Abstract
This study revealed several indications about intelligence in relation to the work of coaches and sport medicine & science sta任S, who were involved in competitive sports.Based on the first case study, it was concluded that coaches need to make a use of intelligence in the process of coaching, in order to help athletes achieve their set goals.
Moreover, according to the second case study, it was indicated that the approaches undertaken by sport medicine & science staffs working in the competitive fields were often related to
intelligence work.
Finally, the results in two case studies asserted that it was effective for coaches
and sport medicine & science staffs to utilize the scientific data as an objective indication for
performance enhancement.
Key words : intelligence strategy, coach, sport medicine & science staff, scientific dat キーワード 情報戦略、コーチ、ス -ツ医科学スタッフ、科学的データ
1)専修大学社会体育研究所 Health and Sports Sciences lnstitute, Senshu University
2)環太平洋大学体育学部 International Paci丘c University Department of Physical Education 3)東京大学大学院医学系研究科 Graduate School of Medicine and Faculty of Medicine, the
Univer-sity of Toky0
12 -スポーツ情報戦略に関する一考察N
国2 コーチの指導に裏付けを持たせる情報提供
先行研究開において情報戦略とは、 Information
が様々な分析と加工を経てIntelligenceとなりiJ
へ
そのIntelligenceを6つ(MESSAGE,T ARGET, C
ONTENTS, OPERA TION, SOURCES, EFFECT
-専修大学体育研究紀要 第23 号 9200 年 3月 日本における知識経営の第一人者である野中郁 次郎は、 暗黙知
t
i
c
a
(
t
know
)
e
g
l
d
e
を主観に基づく 洞察、直感、勘が、この知識のカテゴリーに含まれ、 個人の行動、経験、理想、 価値観、情念などにも 深く根ざしているO 一方、形式知はコンピュータ 処理が簡単で、電子的に伝達でき、データベース に蓄積できるが、主観的・直観的な暗黙知を、体 系的・論理的に処理したり伝達したりすることは 難しいとしている。さらに、暗黙知を組織内部で 伝達・共有するには、誰にでもわかるように言葉 や数字に変換しなければならないとしているlヘ
コーチは、意思決定者であるアスリートが正し い技術の修得と体力の向上を行い、目標とする競 技会において結果を出すためのコーチングを行う 必要がある。そのためには、コーチが自らの暗黙 知に基づくコーチングが正しいかどうかを検証す る機会を持つことが必要となる。なぜならばコー チは、体型、メンタル、競技能力、理解力そして 経験等も違うアスリートにコーチングを行うた め、誰にでも理解できるように客観性を持った情 報の提供が求められるからであるO 言い換えれば コーチは、アスリートが目的を達成するようコー チングにおいて情報戦111各を行う必要があると考え られるO 事例 2. スポーツ医・科学スタッフにおける情報 戦略 アスリートの競技力向上においてスポーツ医・ 科学のスタッフは、様々な形でサポート活動を 行っているD ここでは、意思決定者であるアスリー トがより的確な判断を行うためのスポーツ医 ・科 学の情報戦略について事例を基に活用を明らかに したい。 レスリングは階級制の競技であり、アスリート は出場する階級に合わせて減量を行うことが多 い。そこで、競技力向tのためには、コンデイショ
ニングにおいて計量後から翌日の試合開始までの 1 6 時間の過ごし方が重要となるヘ 特に計量後の 食事のとり方は、翌日のパフォーマンスを大きく 左右する可能性が高いと考えられる口そこで、一 般的に栄養士を始めとしたスポーツ医・科学ス タッフは、教育的過程において計量後から翌日の 試合に向けた食事のとり方に関する情報の提供を 行っているO この過程において最も重要なことは、 アスリートが情報の提供を受け入れ望ましい食事 を摂ることであるO そこで、アスリートが減量を 行い計量をパスし望ましい食事をとることを促す ための情報の提供が必要となるO しかし、これま での情報提供だけでは不十分と考えられる部分も 少なくなかった。その理由のーっとして考えられ 図3 レスリング選手の急速減量による体幹部の筋横断面積の変化率同
25312b.
20 (A)Trunk n u n u n u n U 4 1 4 l q 4 ( ポ ) ω 四 c m z u さ ω U 」 ω 止 ー30 -40 田 圃 園Rehyatiodr nI -0 - Viscera l area 一e-Trunk muscular area ーか Subcutaneous taf ar回 平均('fu:t標準偏差 φP< 0.05 vs Pre 1←monlh " . P< 0.01 vs elrP -mothn P1 P2 WI P01PIP:ernthom-l , P2・Pre l-week , WI: Weigh -ni, :CnoititepmoC , POI: Posll -week
1'.IU¥IKIJOM I':. IJJIS-¥V.:"I~2. 01.20日8
スポーツ情報戦略に関する一考察Ⅳ るのが、画像による身体組成の変化に関する情報 の提供が無かったことである。アスリートは、自 らの身体組成の変化について感覚的に理解してい る。しかし、これまでに客観的な分かりやすい情 報の提供が行われたという報告は見当たらなかっ た。アスリートやコーチが持つ暗黙知を客観的で 理解しやすいデータとして示すためには、過去に ない情報提供が必要であった。 そこで我々は、大会前後においてレスリング競 技者の協力の卜で以下の研究12)を実施した。レス リング選手の減量時における身体組成の変化につ いて、計量1ケ月前、計量1週間前、計量当日、 試合当日(試合後)、計量1週間後の5回の磁気 共鳴画像装置を用いた評価を行った(測定部位は 右大腿部および体幹部とした)。さらに、体重と 体脂肪率の測定にはBIA法(In Body Biospace社 製)を用いた。また、食事摂取量の調査は、食事 記録法とデジタルカメラによる映像記録法を併用 し、計量1ケ月前(通常期:3日間)、計量1週間前、 計量R、計量からその翌日の試合終了後までの、 4IHl行った。 これらの研究結果は、 1週間前から計量日前後 における身体組成の急激な変化が世界で初めて画 像情報としてまとめられ、意思決定者であるアス リートやコーチが正しい判断をするための新しい 情報の収集に繋がったと考えられる(図3)。 我々が定義付けしている情報戦略とは、意思決 定者に判断のための情報を提供し意思決定を促す ことである。つまり、競技現場におけるスポーツ 医・科学のスタッフが目的としている活動も情報 戦略と言えるであろう。 競技現場における情報戦略の必要性 競技スポーツの現場において一流のコーチとア スリートは、豊富な国際経験を基に独自の暗黙知 を持っている。しかし、さらなる競技力向上を考 えた場合は、客観的な指標としてのデータの活用 が有効であることが二つの事例から明らかになっ た。また、コーチとアスリートは、暗黙知を検証 したデータを基にして競技力向上のために戦略を 立案し実行することが必要となる。つまり、競技 現場では、暗黙知の確認、データの収集・加工・ 分析・戦略の立案、実行という過程を繰り返すこ とで誰もが使える形式知へと近づけることができ ると考えられる。 データ活用のためには、スポーツ医・科学のス タッフの協力が必要であることは言うまでもな い。しかし、競技スポーツの現場において、スポー ツ医・科学のスタッフが競技力向上のための戦略 を立案することはない。競技スポーツの現場にお ける意思決定者は、コーチでありアスリートであ る。スポーツ医・科学スタッフの役割は、コーチ やアスリートが競技力向上のための戦略を立案・ 実行する過程において、スポーツ医・科学に関す る情報を提供することである。 コーチとスポーツ医・科学スタッフは、競技力 向上のために競技、研究を含めた全体像および関 係する組織等を傭隙して把握し、競技力向卜に必 要な情報を意思決定者に伝える能力が求められる。 つまり、コーチやスポーツ医・科学スタッフにも 情報戦略の能力が必要と言えるであろう。 注
15 -専修大学体育研究紀要 第32弓・ 2009年3月
参考文献
1) (財)日本オリンピック委員会強化事業部,戟 告書, 1999.
2) (財)日本オリンピック委員会強化事業部, JOC GOLD PLAN ANNUAL REPORT 2002, Ⅰ -4, 2002. 3)吉田和彦,暗号戦争,小学館, 1997. 4)大森義夫,日本のインテ1)ジェンス, pp18,24,66, 文糞春秋, 2005. 5)手島龍一,他,インテリジェンス入門, pp17,幻 冬社, 2006. 6)久木留毅,他,スポーツ情報戦略に関する一 考察,専修大学社会体育研究所報, 55, 2007. 7)北岡,インテリジェンス入門,慶応義塾大学 出版会, 2006. 8)久木留毅,山下修平,スポーツ情報戦略に関 する一考察Ⅲ,専修大学社会体育研究所所報, 2008. 9)国立スポーツ科学センター,年報2003,61, 2004. 10)野中郁次郎,他,知識創造企業, pp7-8,東 洋経済新報社, 1996. ll)久木留毅,レスリングにおける体重コントロール の実際,臨床スポーツ医学, 23, 4, 2006.
12)Takeshi Kukidome, Katsuyoshi Shirai, Junjiro Kubo, Yoshiko Matsushima,Osamu YanaglSaWa, Toshiyuki Homma, KatsuJI Aizawa, Evaluation of body composition of
wrestlers undergolng rapid weight reduction
using magnetic resonance imaging, Br ∫ Sports Med,42 514-518,2008.