循環社会 と経営資源
一 情報 ネ ッ トワークを基盤 に据 えて ‑
海老揮 栄 一
はじめに
われわれの 日常生活 をとりま く環境変化 には, 目をみはるものがある。い わゆる温暖化現象,砂漠化現象,オゾンホールの拡大,酸性雨,異常気象 な どがその代表である。人間社会 に目を向けて も,天然資源調達 に伴 う地球的 規模での自然破壊,大量の廃棄物の投与,少子化,高齢化,企業倒産,従業 員の解雇,失業率の上昇,犯罪人の低年齢化 など枚挙 にい とまがない。
今われわれにとって必要なことは,いずれの国に住 んでい ようとも, どの ような学問や研究 を日夜進めていようとも,地球上 に住む生 き物は人間だけ ではないということをまず認識することである。現実の認識水準 はどうであ ろうか。 日本 を代表す る企業の元 トップの方が専門経営雑誌のインタビュー で,地球間題 に言及 し
,
「地球 をむ しばみなが らの経済成長 にどれほ どの意 味があるのか」 とい う主 旨の言葉 を述べていた。その企業 もかな り大量の電 子機器を廃棄 してきてお り, まさしく自分が 「地球 をむ しばみなが ら経済成 長を実現 して きた」主体の一人なのである。そ してわれわれ消費者や利用者 も同罪である.本稿 は2001年6月10日,立正大学で開催 された 「オフィスオー トメーシ ョン学会」で 報告 したレジュメにもとづいて,加筆 した。
本稿では
,2 0
世紀の先進諸国を大 きな くくりで,経済価値 中心の 「企業社 会」 と位置づけ,その "静脈"部分 に焦点 をあててみることにする。なぜ な らば,本来 なら循環 しているはずの動脈 との関係が正常 に機能せず,"動脈 硬化" をきた していると考 えられるか らである。 この ような分析視点に必要 な論理基盤は企業の社会的 "公器" という側面である。なぜ ならば,企業は 環境か ら何 らかの形で種 々の資源 を調達 し,加工 し,そ して市場 に商品やサ ービスの形で供給 しているか らである。そこでは社会 を構成する一員であるという認識が要求 される。
個別企業の枠 を拡大 し周囲 との関係 を意識すると地域や社会 とのかかわ り が,また私利私欲 だけではな く公共性原理が企業行動や企業経営のなかに入
り込んで くる。 まず企業の社会性や公共性 を念頭 にお きなが ら経営資源 を論 ずる。それは企業行動の原点が,環境か ら調達 した多様 な資源 を経営行動に 投入することか ら始 まると考 えられるか らである。次いで 自己中心で周囲と の関係 を無視 した直線型社会 に貢献する企業ではな く,循環型社会のなかで 自分の存在 を確認 し,何 らかの貢献 をしている企業 を "公共性" とい う観点 か ら探 ってみたい。 この公共性分析 は,"コミュニティ" に結果 として言及 することになろう。 さらに循環型社会における企業の公共性 は,その開放性 や共同性の性格か ら情報 ネ ッ トワークを企業行動の基盤 に据 えることによっ て,経営資源 とくに情報資源の資源特性がいかんな く発揮 されることが期待 で きる。その可能性 を探 ることに したい。
経営資源論 からみた利益追求型企業の行動原理
経済価値指向と経営資源
企業 を含む組織 は,一般 に達成すべ き目標があ り,識別で きる領域 を設定 しその領域の範囲内で所定の活動 を営 む, と理解 されている。所定の活動を 営むために環境 との間で資源の交換 を行 う。企業はそれ 自体,環境その もの
とは識別 されてお り,独立 した存在である (Da札 1983)0
達成すべ き目標 は,企業では,経済価値の追求つ ま り富の追求であること が多い。大阪大学の猪木 (1999)は, 自由競争 に至上価値 をお く市場経済で は,富の創造や競争の生成,選択の余地が約束 されているとい う。 またその 反面,以下の ような問題が存在することを指摘する。
・報酬の体系 に談合やわいろ,共謀,価格操作 などが働 き,不均衡 になるこ とがある。
・競争それ自体が 自己 目的化する。
・人材の短期実績主義や投資資金の短期回収,苦手 な非効率業務の外部委託 が恒常化 してお り,市場経済その ものが不安定化する。
・民主制の多数の論理 による横暴が横行する。
また民主制は(D平均的なものへの傾斜が進む,(参利己心が無制限に発現す る,③私的生活へ限 りな く没頭する,④公的事柄への無関心がはびこるとし,
"よき社会" を生み出 し得 ない と述べている。最後の 「公的事柄‑の無関心」
に注目してお きたい。
経済価値 を高めることに関心のある成長は,果た して人々の悩みや苦 しみ を取 り除いて くれるのか, とい う疑問が ラミス (2000)によって投げかけ ら れている。対抗発展 とい う言葉 を使 って,捨てるためにモノを作 るような経 済活動に費やす時間を減 らす こと,そ してエネルギー消費 も減 らす こと,経 済以外の ものを発展 させ ることを提唱す る。
本来,地球資源の価値 は人間が特定の資源 に価値 を見 出すか どうか とは関 係なく,生来的に存在 している。資源の価値 は,経済有用性のみで測定すべ きではな く,生 き物全体 の有用性 を前提 に考 えるべ きなのである (岩淵, 1996)
0
経営資源の流れを概観 してみると,伝統的なヒ ト,モノ,カネか ら近代 的 な情報,技術,文化,時間や さらに最近ではブラン ド,のれんなどの,形 と してはつかみに くい,抽象的な資源‑の展開がみ られる。 しか もこの流れは 123
一方か ら他方へ シフ トす るという流れではな く,新 しい資源が伝統的な資源 を取 り込んで複合的な相乗効果 を狙 う。
いわゆる "資源"は,本来,地球上 にあるものすべてが,その対象 となる。
なぜ ならば地球の存続,維持のために何 らかの役割 を果 しているか らである。
この地球資源が,経営のために利用 されると経営資源 となる。 また社会のた めに利用 されると社会資源 となる。
地下資源や天然資源 は,そ こに存在す る 「単 なる自然物」である。その
「単 なる自然物」が人間社会で何 らかの有用価値 を生 むようになると 「有用 な自然物」 に変質する (岩淵)。た とえば地球の深海 を8の字 を横 に したよ うに流れている深層海流は 「単なる自然物」である。 しか しこの海流が人間 によって地上 に汲み上げ られ,"深層海水" としてパ ックされ取 り引 きの対 象 になると人間にとって 「有用 な資源」 に変質する。
このように自然物 には "単 なる" 自然物 と "有用 な" 自然物 とがある。大 きな くくりでいえば,20世紀は先進国を中心 に した経済価値 または貨幣価値, 商業価値のある,いわゆる自然物の利用者 にとって "有用 な" 自然物のみを 経営資源 として認めて きた。商業価値 を直接生 まない森林や池,川,潤,土 壌,大気,昆虫,動物,植物 などは,価値評価の対象 とな らない無価値 また は非価値 なモノとして扱われて きた。言い換 えれば経営の対象 にはならなか ったのである。
森林 に例 をとると,商業的に利用可能 な産業用木材 の価値へ還元 で きる
「科学的林業」のみが価値 を生み出す森林 になる (シヴァ,1997)。人間が森 林生態系 を破壊 し,森林の工業化 を進め商業価値 を最優先することによって 初めて有用 な価値が生 まれる。結果的に生態系の再生産機能 を無視す ること にな り,自然の持続不可能性が増幅する。 自然の循環 プロセスに違反する行 為が商業価値 を過度 に追求する人間によって展開される。換言すれば,物的 豊か さを追求することにより生態的豊かさを貧弱化 させ,最終的に経済価値 の追求 も不可能にする。 自己再生や 自己組織化の道ではな く, 自己破壊や自
己鍍滅‑の道 をただひたす ら歩むことになる。地球か ら授かった自然資源が 付加価値生産 を前提 とした "再生不可能工場"で,短期的な自己都合 中心の 経済価値資源へ と変換 される。マイナスのスパイラルはエ ン トロピーを堰大
し続け,生命価値や生態価値 は無視 されて しまう。
上記で検討 した自然資源中心の経営資源化 は, 自己都合 を最優先するとい う意味では,人工的な経営資源である金や情報,技術,文化 ノウハ ウ,ブ ラン ドなどの近代的経営資源 にも当てはまる。具体的には,"囲い込み"戟 略や資源の占有化戦略 を進め,ウインルーズゲームでは,常 にウイナーを目 指す。あわよくば,Winnertakesall・が最終 目標である。
企業はなぜ,経営資源の "囲い込み" に心血 を注 ぐのだろうか。主に次 に 述べるような 4つの理由が考 えられる。①量的に希少 な資源や質的に入手不 可能な資源 を一極集中することによって,競争上優位 にたてる。いわば "囲 い込み" を基軸 に した市場支配の論理が実現する。遺伝子組み替 えの種 を工 場で生産 し,世界の農業国に輸出 しているアメリカのモ ンサ ン ト社の経営行 動は,この囲い込みの好例であろう。②質量 ともに豊富 な資源 を経営資源化 することによって,意思決定の選択肢が増強 され,経営戦略の設計の幅が広 くなる。 ここで も競争上優位 にたてる。③保有す る経営資源が他社 に比べて 優位にたつ企業では,余剰の資源 を不足 している企業 に対 して割 り当てるこ とが可能 となる。 この場合,取引契約の条件でかな り優位 にたてる。伝統的 な親企業 と下請け企業の関係 を想定すれば十分であろう。④ "備 えあれば憂 いなし"の例 えの ように,予知で きない未来ので きごとのために資源 にある 程度の冗長度やたるみ,ス ラックをもたせてお く (Ackoff,1999;Baum&
Singh,1994;Connor&Lake,1994;Enz,1986;Huber&Click,1993;Pfeffer
&Salancik,1978;Robey,1991)。 これ ら4つに共通 しているのは,経営資源 を基盤に したパ ワーの保持 とい うことになろう。時にその資源は自然資源で あったり,技術資源であった り,情報資源であった り,人的資源であった り す る。あ くまで も需要者 と供給者 との間で利用や交換の際 に,付加価値の高
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い資源が取引の対象 になるか どうかが,焦点 となる。
とりわけ人的資源は,他の資源 と異 な り,主観価値や意思決定価値 をもち, 他の諸資源 を組み合わせ ることがで きる。価値創造者 としての唯一の経営資 源なのである。ホモサ ピェ ンス としての人間は,地球 に住む住民であると同 時に, 自己の知識体系
( Mi n t z be r g,1 9 8 3 )
や生命観,世界観,宇宙観 など を駆使 しなが ら創造活動 を展 開する唯一の経営資源であるといって も過言で はない。経済価値の限界
これまで述べて きたいわば,経営 目的が まず所与 として与 えられ,その日 的実現 に対 して合理的で効率的な資源の組み合 わせが可能か を探 る方法は, 一見無駄がな く経済価値追求 を主眼 とする個別企業の経営行動 として,十分 に理解で きる。 しか し同時に,以下に示す ような配慮 を欠 くとい う点で致命 的な欠点 を有する。
・経済価値 を中心 に した個別企業の経営行動 は, 目的合理性の追求が主たる 課題である。他 とのかかわ りへの配慮が欠落 した "猪突猛進"型の経営で あ り,社会性 を欠 く。
・目的所与の経営行動は,短絡的な目的実現 を誘導する。そ して時に手持ち の経営資源の範囲で実現可能な目的を設定することになる。換言すれば目 的所与 は領域限定 を促 し,限 られた領域の中で限定的に目的 を設定する。
結果 として意思決定 も行動 も共 に狭い世界 に入 り込む。
・冗長度 を許容 しないので,選択肢が狭 ま りある意味では余裕のないまっす ぐな行動 を好む。すなわち直線の論理 を好む。
・経営資源の囲い込みは,周囲 との連動や協働 による潜在可能性の機会を削 ぐことになる。
・ "囲い込み"は時間の経過 とともに同質化,一様化 を一つの文化 として定 着 させ る。現在の効率化追求は,未来の長期存続の機会 を減ずることにな 126 国際経営論集 No.23 2002
る。 生態系 の中での企業 は,異質性や多様性 との遭遇,そ してそのシナジ ー化 によって,初めて互酬や互恵の機会が芽生 え,生存可能性 を高めるこ
とがで きる。
ブリコラージュ ・マネジメン ト
経営資源の配列や組み合 わせ を変 えた り,好奇心か ら一部遊 びを含 む仮説 設定 をした り,事後 的に目標や 目的 を設定す る, とい う経営行動 を合理的で ない とい う理 由でマネジメン トの対象か ら外 して よいのだろうか。で きごと の断片 を組み合 わせ,た ぐりあわせて事後 に構造 をつ くるのは,神話的思考 だとされている (レヴイエス トロース,1978‑79)。球技でボールが偶発 的 に 跳ね返 る非本来的運動 の ことをブ リコラージュ (bricolage)とい う。
ブリコラージュではベ ク トルの方向があ らか じめ運命づ け られている必要 はない。手元 にある ものだけではな く,手 に入れることが可能な ものを何 で も利用 して,何 か を作 りあげる知的作業が可能 となる。論理の赦密性,整合 性,一貫性 を重視す る近代合理主義では,お よそ認知 され ない行動 である。
あらか じめ決め られた計画 に沿 って材料 と道具 を用意 して製作 を進めるのが エンジニアの思考であるのに対 して,ブ リコラージュでは,あ り合 わせの材 料を寄せ集めて仕事 をす る。 これ を野生の思考 とよんでいる。いわば予想 の たてられない,不連続,非線型の流れの肯定である。 ここではブリコラージ ュ ・マネジメ ン トとよんでお こう。
ブリコラー ジュ ・マネジメン トでは,① よ り広 い範囲か ら新規性 に富 んだ しかも異質性 の高い資源 を収集す ることが可能 となる,②環境撹乱下で,外 圧でもある環境変化のシ ョックをある程度吸収で きる,つ ま りシ ョックアブ ソーバの役割 を果す,(勤人的資源の うちの特 に対人関係 を積極 的 に利用 し, 組織の領域それ 自体 の架橋 を可能 にす る,④上記③ は個 人の もつ固有 の個性
を活用で きるので,手 にとって さわることので きない資源,われわれの言葉 でいえば, ソフ ト資源の活用が可能 となる。全体的には,不確実性軽減や代
循環社会 と経営資源 127
替案探索行動 に優れた機能 をもっている。
哲学の世界でこの流れに沿った論理展開をしている論者 には,ベルクソン, ヴァイソゼ ッカー らがいる。 まずベルクソン (1979)をみてみる。彼 によれ ば知性 と本能に認識の違いはあるけれ ども,両者は相互 に発展 しなが らお互 いに相手に似 た性格 をもつ という。そ してこの両者は不連続 な運動体の行動 のなかで生命の製作活動 を展開するとい う。
次 にヴァイソゼ ッカー (1995)は生 き物の行為 を主体が変化 しなが らもそ れ 自身はそのままの状態 にいる,また主体 は運動 しなが らももとの位置にた ち帰 って くるとい う言い回 しをする。そ してこの反論理的作用 は,生命現象 を説明す る円環運動の仕組みのなかで具象化 されて くるとい う。つ まり生命 論 を形成する主体 は,能動性 と受動性,形式 と内容の逆転可能性 を秘めた状 態でゲシュタル トクライス とい う生の円環運動全体 を形成す ることになる。
円環運動のなかでは,知覚 と運動,主体 と客体,精神 と肉体 とい う対立関係 は超越 され,主体の仝‑性が実現する。その意味で相反す る要素は共時態の なかで出会 っているのであって,同等の資格や価値 をもっていることになる。
西田幾多郎 (1950)の "であい"における 「‑」 と 「多」の同時発生 を前提 に した絶対矛盾的自己同一の考 えも,この共時態のなかで理解可能である。
循環型社会 と企業の公共性
共同体 としての企業行動
ブ リコラージュ ・マネジメ ン トを実践す るためには,従前の "囲い込み"
を前提 としたマネジメン トではな く,広域空間 との資源のや りとりを前提 と した開放型のマネジメン トが必要になる。 また同時 に個性 をしっか りもっこ ともかな りの程度要求 される。つ ま り自己の存在理由を社会や地域 との連動 性 を意識 した固有の働 きのなかで認知す ることが求め られる。やや限定的に いえば,固有価値 と共有価値の保持 を同時 に実現することが求め られる (作
田,2001)。環境 との共生 を前提 とした相互互酬の構造 を確立することが肝 要 となる。
前章では反論理性の もつ意味が語 られた。そ して主体の生命持続 に欠かせ ないのは,共時態の行動 を前提 としなが ら相異 なる要素 をゲシュタル トクラ イスの運動のなかに組み込むことであった。具体的には円環 とい う循環運動 にあらゆる反論理性要素が取 り込 まれ,ときに相手 と等価の状態 を現出する。
この円環行動 を前提 に企業行動 を概観す ると,単純 な直線的行動ではな く, 相互交流 を前提 とす る循環的行動が求め られる。 ちなみ に直線論理では原 因 ・結果が明確であるのに対 して,循環論理ではサイバネ理論が適応 される ので原因 ・結果 という単純 な棲み分けは存在 しない。それは時間の経過の中 で原因が結果にな り,結果が原因になるか らである。
循環型社会では資源の共有や共用が促進 される。つ ま り資源の社会化が進 む。ここで議論 を若干精微化するために,社会の枠 を少 し限定的に理解 して おきたい。つ まり共同体 とい う考 えの導入である。
イギ リスに 「ザボディシ ョップ」 とい うスキ ン ・ヘアケア関連の企業があ る。企業経営の うえで2つの大 きな特徴がある。1つは容器の回収 を原則 と する。そのため量 り売 りをベースに詰め替 えを行 っている。 もう1つは経済 支援 を必要 としている地域の発展 と結びつ く公平な取引 を行 っている。全製 品アイテムの うち10%を共同体取引 (communitytrade)に している。具体 的には,ニカラグア小作農業者か らのセサ ミオイル購入や,ガーナの女性 グ ループか らの植物性油脂仕入れ,などである。具体的な行動で 目につ くのは, 化粧品の動物実験反対や まっこう鯨の捕鯨反対,社員 と客 との社会問題 にか んする勉強会,などである (読売,1999.1.21)0
もう 1つは東 アフリカ海岸の島国モー リシャス共和 国での共同体運営であ る。経済的には貧 しい人口130万人の国である。共同体が国民の職業能力 開 発に力 を入れている。その結果失業 もホーム レス もない。就業率は100パー セント,識字率は98パーセ ン トで, トップ15の先進国を上回っている。大人 129
たちは共同で子供の世話 をしている。異 なった5つの文化的背景 をもつ人々 が,相互 に違いを尊重 し相互依存や協力体制が保 たれている (ヘ ッセルパイ
ン,1999)
。
企業 と国 とい う違いはある ものの,両者 には次 の ような共通 の要素があ る。
・個人の 自由 と共通の善に奉仕する協 同意思の存在 :個人の権利の享受 と社 会への責任
・多様 な使命,文化の存在 と共通のビジ ョンと方向性の存在 :個の尊重 と節 度のある協働の同居
共同体 は市民や住民が 自由に参加 し,意見交換で きることを原則 とする。
そのためには,公開性 を原則 とした公共性が必要 となる。公 開性 は意思形成 の過程が権力 と支配の行使 によってではな く, 自由保障の効力確保 によって 実現する (ハーバーマス,2000)。彼 は市民が重要 な公共財 について意見 を 交換する社会生活の一部のことを公共圏 とよんだ。17,18世紀 は,公共圏の 役割 をコーヒーハ ウスやサロン,カフェなどが担 った。最近ではインターネ
ッ トを中心 とした電子 メディアが カフェの役割 を演 じている。
公共性の原則か らいえば,アクセスが容易であること,公 開性が維持で き ること,公の利益 に貢献すること, コミュニケーシ ョンが多対多で接合 して いること,などがその中心課題 になる。 しか しその一方で,大衆 を操作する 現象や公共圏 を特定利害関係者 の経済欲求充足 の商品 とみ なす ことによっ て,逆機能が惹起 し質的低下 をもた らしていることもまた事実である。
個人的な私的欲求充足 とは異な り,社会性や公共性 を意識 した共同体の価 値充足 には,参加者の意識の未熟 さが災い して,理念が容易 には実現で きな いことが予想 される。共同体それ自体の能力 を開発 し資源の共有 ・共用化や 社会化つ まり資源の公共化 を進めるための条件 を整理 してお くことは,資源 利用の効率 を高めるために,それな りに意味がある。一部の地域では,乗用 車や市民サービスの共同化が試み られている。
130 国際経営論集 No.23 2002
共同体行動 の基本原理 について,以下で検討 を加 えてお く (Douglas,
1 9 9 6 ) 0
・共同体能力の形成 :共同体の諸活動 を支 える活動家がニーズや問題の所在 を明確 にする。
・市民参加 :市民はそれぞれが共同体 に自主的,主体的に参画 し固有の役割 を担 う。
・市民主導型のプロジェク ト:イギ リスで興 ったコミュニティビジネス にみ られるように,住民や市民が老人介護や母子家庭の支援 を行 う。
・共同体主導型の 自治体,民間企業 :共同体の運営 には, ときに市民団体の 人数が多 くな り,特定の集団に利するような行動 を伴 って政治的な圧力団 体化することがある。 この ときに公共性の原点に帰 り,オ ンブスマ ンの役 割を自治体や民間企業が担 う必要がある。 目標 はあ くまで も資源節約や資 源共用 を含む公共サービスの質の向上に貢献することである。
・共同体間の協力体制 :元来共同体の領域 は人為的に設定 される。 したがっ て特定共同体の領域 を超 えた相互のコミュニケーシ ョンや資源利用は,時 にライバル意識 を醸成 しなが ら相互補完や適度の緊張感の維持,異質性 と の遭遇 によるシナジー効果の発揮 などをもた らす。
これらの共同体能力 を高め,相乗効果 を発揮 させ るための基盤整備 は, 自 ずから情報ネ ッ トワークの構築いかんにかかって くる。その際の必至の条件 は,中枢神経 と末梢神経の同時整備である。 これによって初めて,参加する 市民の側の独 自性,異質性お よび共同体側の共通性,共用性 とい う反論理性 が同時に実現で きるようになる。生態系 とのアナロジーでいえば,持続可能 で循環型 を意識 した生命圏の実現が可能 となる。
企業行動の公共性
本稿の主題 に関連のある,最近 よく見聞 きす る用語 に
,TMO,PFI
があ る。TMO
は商店街 を中心 とした地域の活性化 に国や行政の助成 を得 て,実循環社会 と経営資源 131
施上では民間の経営スキルを組み込 もうという試みである。 もう1つのPFI には,行政体の種 々の事業運営 に民間の経営スキルを導入 し,事業運営全体 の効率化 を図ろうとい う狙いがある。 これ らの現象 は,経営の対象 に官や地 域が入 って きたことを意味 している。
その一方で,医療や教育,福祉,交通 といった, どち らか とい うと "公共 性"の強い分野に市場経済の理論 をもち込 むと,社会的矛盾や混乱が発生す るとい う指摘 もある (ガルブ レイス,1990)。経済合理性 を過度 に追求 して きた結果,費用の発生 を極力押 さえるために,費用の内部化 を行 わず に環境 とい う "外部"に費用 を委ねて しまう結果か ら社会的混乱が必然的に発生す る。
民活 という名の規制緩和 は,経済的にそれ も一時的に生活 を豊かにするカ ンフル剤 としての効果はある。 しか し結果 として 自然環境 を破壊するばか り でな く,伝統産業や保全産業 をも被壊す ることになる。"公共投資" という 名の社会的浪費 は
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「豊かな社会」の負荷 を増加 させ後世 に責任 を押 し付け る社会費用 を増加 させ,社会的損失 を伴 う (家木,1995)。最大の問題 は生 態系や生命圏の再生不可能な損失 をも生起 させていることである。公共性 とい う言葉 は,歴史的にみて も国家の違いか らみて も, きわめて多 義であいまいな内容 を含 んでいる (ハ ーバ ーマス)。家木の主張 を参考 にし なが ら概念化 を試みると
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「社会的,文化的,風土的, 自然的,歴史的条件 によって規定 される地域の うえに存在する共通の意識のこと」である。特定 の個人や団体,企業,国家などに帰属す るものではない。公共の "広場"で は,生 き物 に'tっての生命権,あるいは人間 とそれ以外の生 き物 との共生維 持権,または循環型社会 を維持す るのに必要な環境権の ような総合的必要性 が語 られる。ドイツ系ユ ダヤ人のハ ンナ ・アレン ト(1994)は 「公」 について
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「すべ ての人によってみ られ,聞かれ,可能な限 り最 も広 く公示 されること」 を意 味すると述べている。言い換 えれば,非私人化 ,非個人化 され参加者の意識132 国際経営論集 No.23 2002
が共有化 され 1つの共通世界 を形成するところに公すなわち公共性が誕生す るOハーバーマスの言葉 を借 りれば国家 と社会 とが分極 し戦争の時期 は国家 権力による社会への介入があ り,その後 ようや く市民 自らの意思 にもとづい て組織する活動 を通 して成立 したのが公共性である。
公共性 は,誰 によって維持管理 されるのだろうか。「自分の意思 にもとづ いて組織する活動 をとお して成立する」 とい う考 えを踏襲すれば,その管理 主体はマネジメン トその もの とい うことになる。社会的機関 としての機能 を もつマネジメン トは,資源調達,その組み合 わせ,配分,評価 という作業 を 担当する。マネジメン トは企業だけのために存在す るのではな く,あ らゆる 組織をも対象 とする (ドラッカー,1999)0
公共性 を意識 した資源 を公共財 とすれば,直線型の経営資源 と循環型の経 営資源 とを対比 し,循環 システム全体 にかかわる事業のプロセスを設計 しな がら資源調達やその配分 を考 えてはどうであろうか。そのプロセスでは,一 企業は循環型社会の一月 になる。 自社 だけの狭隆なマネジメ ン トではな く, 資源の占有 と共有,環境 との共生,原 因と結果の違いがあい まいであるよう な反論理性 には,個別企業のマネジメン トに比べてはるかに高度 な内容のス キルが要求 されてこよう。 コス ト管理が先 にあるのではな く,価値管理が先 にあると考 える。事業の成果全体の評価では外の事業 とどの ような関係 にあ り,相互にどのような貢献 を実現 しているかが問われる。
循環型社会に求められる経営行動
2000年5月に 「循環型社会形成推進基本法」が成立,制定 された。その制 定内容 によれば
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「循環型社会」 とは,①廃棄物等の発生抑制,②循環資源 の循環的な利用,お よび③適正な処分が確保 されることによって,天然資源 の消費 を抑制 し,環境への負荷がで きる限 り軽減 される社会のことである。資源節約 とい う視点か らみれば,生産者のみならず消費者 もその節約主体 として重要な役割 を果たす。
循環社会 と経営資源 133
節約型の消費 は自分 自身の生活 を充実 させ ること,つ ま り文化の質の内容 を高めることによって,実現可能である (山崎,1993)。 また梅樟 (1993) は特殊性 をもった普遍性 を文化価値 として認識することを提唱 している。そ の意図するところをみておこう。二項対立 をさらなる大 きな くくりで囲むの である。その際の指導原理は,過度の経済価値や商業価値 を超越することか ら導 き出される。文化 を基盤 にお くと,文化が人 を育て,特殊 な個性 をもっ た個人がやがて普遍性 をもった個性 となって現われる。結果的に文化が地域 の活性化や産業化 を促進することになる文化 と産業 との循環が始 まる0
資源節約 を意識 した循環型の地域マネジメン トが各地で興 って きている。
典型的なケースは,農業,酪農,電力,肥料,醸造,養魚,食品,外食の間 をそれぞれの生産物や廃棄物 などで循環 させ る経営行動である。
循環型社会の課題 としては,以下の ような項 目が考 えられている (ロベー ル,1999;井口,1999;植 臥 2000)0
・社会的規模での循環促進型 システム設計
・生産 ・販売 ・消費の論理 に社会的評価の組み込み (以上,植 田)
・有限資源の節約利用
・生態系や生物多様性の推持
・資源エネルギーの利用時の有害物質放出禁止
・国家間 ・世代 間の不公平撤廃 (以上,井口)
・地殻か ら掘 り出す物質の量の現状維持
・分解 しに くい化学物質の量の現状維持
・乱獲や自然破壊行為の停止
・資源の地球的規模での有効活用 (以上,ロベール)
おわりに
デジタルネ ッ トワークの活用 によって,異 なった能力 をもつ複数の企業が 134 国際経営論集 No.23 2002
1つの企業の ように行動す ることがで きる といわれている。 た とえば企画, 設計,製造,販売の専 門企業が 1つのネ ッ トワークとして提携すれば,かな
り精度の高い価値 を備 えた商品やサー ビス を社会 に提供す ることが可能であ る。
次第に入手困難 となる自然資源,一人勝 ちをす る機会の減少,規模 の経済 追求の限界,優勝劣敗や コス ト削減行動の限界 な どを想起す る と,われわれ が今取 り組 まなければな らないテーマは,おのず か ら見 えて くる。それは, 社会的公器 としての企業の役割 を再度検討 し直 し資源共有 をベースに した協 働価値創造や発見 につなが るテーマ を探索することである。
市場その ものが飽和状態であるに もかかわ らず,製品 を大量 に市場 に投入 しつづけるような愚は,す ぐにで もやめなければな らない。経営資源でいえ ば,技術革新 を伴 う情報技術 の活用 や応用 は,われわれ を時間や空間の制約 から解 き放 して くれる。 1つの ヒン トはオ ンデマ ン ドマーケ ッ トであろ う。
標準性 と独 自性が1つの製品やサー ビス またはそれ らを組み合 わせ た複合製 品や複合サ ー ビス に うま く同居 してい る。 あ り余 る商 品 を "これで もが '
"これで もが 'と並べ,消費者 の時好心 を煽 るような ビジネス は,資源 の有 効利用 を考 えた とき,早急 に幕 を引 くべ きであろ う。捨 てるために生産 し, 捨てるために倉庫 に保管 し,捨てるために店頭 に並べているとい うパ ロデ ィ は,かな り現実味 を帯 びて きているように思 う。
ブリコラージュ ・マネジメ ン トでアイデ ィアの創発性 を養い,公共性や コ ミュニテ ィ ・マネジメン トでは資源共用 のあ り方 を議論 し,循環マネジメン トでは資源の循環利用 の可能性 を既存 の資源 中心 に検討す る。 アイデ ィア提 供型に特化することによ り,新 しい付加価値が生 まれて くる。そこでは経営 資源の社会資源化 , さらには社会資源の公共資源化への試 みが期待 される。
その際情報技術 は,潜在可能性 を掘 り起 こす有力 なツールになる。
情報技術 とりわけ情報 ネ ッ トワークは,時間 と空間の物理的存在 を脇 に追
・、や り,論理的な共時態の世界 を現 出す る。希望者 は誰 で もが参加で き,情
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報のや りとりをしなが ら双方向のコミュニケーシ ョンを図る。順番 に時間が 流れる経時 とは異 なった同時多発 的なバ ーチ ャルの世界 を現実の ものにす る。
情報ネ ッ トワークそれ自体 は,感情や意識 をもたない。 しか しその一方で 人間が設計する社会 に対 しては,それが直線型であろうと循環型であろうと, 平等 に働 きかける。
直線型社会では,ガイアである地球 を広 く深 く汚染 し続 けることに情報ネ ッ トワークは何 らかの形で関与す る。循環型社会では,天然資源の相互互恵 を前提 にした地球的規模での大 きな資源流が海流,気流 と共 に生命圏を支え る。資源流がゲシュタル トクライス運動の主体的な支 えにな り,公共財 を意 識 した資源 に関わる情報が 情報 ネ ッ トワークを介在 して "公有"化 されるこ
とが期待 される。
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