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銀行取付け防止策としての支払停止条項の有効性 : 厚生分析

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(1)

厚生分析

著者 小田 勇一

雑誌名 經濟學論叢

巻 60

号 1

ページ 101‑129

発行年 2008‑07‑20

権利 同志社大學經濟學會

URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000012347

(2)

【研究ノート】

銀行取付け防止策としての 支払停止条項の有効性:厚生分析

小 田 勇 一  

1 は じ め に

 銀行制度は取付けという内在的な不安定性を抱えている.取付けの発生は 善意の第三者である預金者や借り手を不測の事態に陥らせるという意味で外 部不経済効果を有している.しかし,預金市場を通じて銀行経営者の行動を 規律づけるという効果を有している側面も否定できない.この銀行取付けの 性質および信用秩序維持策のあり方が理論的に分析・検討されるようになっ たのは1980年代以降のことであり,そのなかでもDiamond and Dybvig (1983) による研究が最も著名である.

 彼らの研究は,不完全情報のもとでの預金者の消費最適化行動をゲーム論 および契約理論に基づき分析したところに斬新さと革新性がある.すなわち,

ナッシュ均衡というゲーム論での均衡概念を用いて,預金契約が預金者間の 最適なリスク・シェアリングを達成する一方で,取付けという事象ももう1 つの均衡として存在する可能性を初めて理論的に示した.最適リスク・シェ アリングとは,投資技術が非流動的な状況下で将来の消費支出に関する不確 実性を持つ預金者に対して,銀行が預金契約を通じて対抗措置を提供するこ とをいう.通常のリスク概念に引き直していうと,銀行は預金契約を通じて 消費者の流動性リスクをプールし平準化することにより消費の最適化を保証 すると想定されていたのである.

(3)

 取付け均衡は社会的にみて望ましくないので,彼らは効率的な均衡の出現 を保証する公共政策あるいは信用秩序維持策のあり方を検討した.そして,

マクロ経済的なリスクが存在しないときには預金契約への支払停止条項の追 加が,またマクロ経済リスクがあるときには預金保険による所得の事後的な 再分配が有効と主張した.その後,こうした信用秩序維持策のあり方をめぐっ て,他の学者も活発に見解を表明している.例えば,Engineer (1989)はマク ロ経済リスクの存在如何にかかわらず,支払停止条項が取付け防止策として 有効に機能することは保証されていないと主張した.Gorton (1985)は支払停 止条項について肯定的な議論を展開するなど,その有効性をめぐって決着が 付くまでには至っていない.

 Diamond and Dybvigモデル(以下,D-Dモデルと略する)の場合,預金者間の

「 協調の失敗」として取付けを考えている.すなわち,何らかの理由により 預金者が将来における預金の払い戻し可能性について疑心暗鬼になることを 契機として取付けが発生する,あるいは取付けはサンスポット的に発生する と仮定されている.この仮定は議論を単純化するには有用であるが,信用秩 序維持策のあり方を検討するに際しては,さらなる精緻化が求められる.と いうのも,取付けは通常,資産運用の失敗を主因として財務内容が大きく劣 化した銀行において発生するからである.したがって,D-Dモデルを発展さ せるためには,銀行の財務内容に対する預金者の捉え方の相違が「協調の失敗」

を生む可能性をモデルのなかに明示的に組み込むことが求められる.

 1990年代後半以降,そうした方向で銀行取付けについて研究する動きが活 発化しており,その代表的なものとしてはGoldstein and Pauzner (2005)が挙げ られる.これは,Carlsson and van Damme (1993)やMorris and Shin (1998)など により発展させられたグローバル・ゲームの手法を銀行取付けに応用した研 究の1つである.グローバル・ゲームでは,複数の均衡が存在するゲームに おいてノイズの存在によりファンダメンタルズの共有知識が成り立たない世 界を考える.そこでは,プレイヤーはスイッチング・シグナルと呼ぶシグナ

(4)

ルの閾値を基準として行動を選択する結果,ある特定の均衡戦略が一意的に 選択されることが示されている.Goldstein and Pauzner (2005)は,グローバル・

ゲームを銀行取付けに初めて応用したMorris and Shin (2000)を基本としつつ も,銀行取付けに合わせて新たな均衡導出の手法を開発したところに特色が ある.

 すなわち,Goldstein and Pauznerモデル(以下,G-Pモデルと略する)におい ては,D-Dモデルに確率的な生産技術が導入されるとともに生産技術の収益 を示す状態変数に関するシグナルがノイズを伴って観察される世界が想定さ れる.そうした世界においては,状態変数がある閾値を下回ったときにのみ,

銀行取付けの発生という均衡が一意的に選択されることが示された.このよ うにしてG-Pモデルでは,預金者による均衡戦略選択行動を前提として最適 な預金契約のあり方が分析され,銀行の財務内容と銀行取付けとの関係が初 めて明示的に示された.加えて,支払停止条項や預金保険が付加されていな い通常の預金契約では最も効率的な消費財の配分は達成できないことが示さ れ,銀行を通じた異時点間の消費リスク配分に疑問が投げかけられた.しかし,

一方で支払停止条項や預金保険という政策措置の導入が経済厚生にどのよう な変化を及ぼすかという問題については分析されていない.

 本稿では,信用秩序維持政策のあり方を検討する際の一助となることを目 指し,G-Pモデルを拡張して支払停止条項の追加が預金者の経済厚生に及ぼ す効果について理論的に分析する.同時に,数値例を用いたシミュレーショ ン分析を行い,理論の妥当性について検証する.

 本稿の構成は以下の通りである.第2節ではモデルについて説明する.第 3節では,支払停止条項の効果について分析する.第4節では数値例を用い たシミュレーションを行う.第5節では,取付け防止策としての支払停止条 項に関する含意について述べる.第6節はまとめである.

(5)

2 モ デ ル

 本稿のモデルは,基本的にはG-Pモデルに従う.G-Pモデルは,D-Dモデ ルを拡張したものであり,銀行取付けの発生確率を銀行が保有する資産の状 態に関係づけたところに特徴がある.すなわち,D-Dモデルでは不確実性が 存在しなかった生産技術に確率的な変動を導入するとともに,預金者はそう したノイズを伴うシグナルを通じて生産技術の収益を決定する状態変数を観 察する世界を想定した.そのもとで,状態変数に応じた一意な均衡が存在す ることが示され,次いで,その均衡のもとでの最適な預金契約の性質が分析 された.

2. 1 基本フレームワーク

 1財3期間モデルを考え,期間をt={0, 1, 2}で表す.消費者は大きさ1の連 続体で表す.消費者は第0期に消費財1単位を保有する.消費者は消費のタ イミングに関する選好によって2つのタイプに分けられる.1つ目のタイプ は,第1期の消費からのみ効用を得る(impatientタイプ,以下タイプ1とする). 2つ目のタイプは,第1期と第2期の消費の合計から効用を得る(patientタイプ,

以下タイプ2とする).タイプ1の事前確率はλであり,これは消費者間の共 有知識である.タイプ1が各消費者は第1期の初めに自らのタイプを知るが,

タイプそのものは各消費者の私的情報とする.また,消費者は保有する消費 財を費用なしで次の期まで持ち越すことができると仮定する.

 消費者の効用関数はタイプに依存する.ctを第t期における消費者の消費量

とする(t1, 2)と,消費者がタイプ1のときの効用関数はu(c1),タイプ2の

ときの効用関数はu(c1+c2)により表される.ここで,関数u(・)は,2階微 分可能,増加関数,任意のc≥ 1に対して相対的リスク回避係数が,

     cu′′(c) u′(c)

- ≥1

(6)

であり,u(0)=0とする1)

 このモデルでは,次のような確率的な生産技術を仮定する.すなわち,第 0期において財を1単位投入したとき,第1期に投資を清算した場合には1 単位の財を得る.第2期に清算した場合には,確率p(θ)でR(>1)単位,確 率1-p(θ)で0単位の財を得ると仮定する.ここで,θ は経済の状態変数で あり,[0, 1]区間上の一様分布であると仮定する.この θ について消費者は 真の値を第2期まで知らないとする.また,p(・)は θ の厳密な増加関数であ り,θに関する期待値がEθ[p(θ)]u(R)>u(1)であると仮定する.つまり,長 期投資にかかわる期待効用は短期(または投資しない)の効用を上回るという 迂回生産の利益の存在を仮定する.

2. 2 銀行の導入

 最初に,銀行が存在せず,消費者が自らの生産技術に投資するケースにおけ る財の配分について考える.消費者は,第0期に初期保有財を全て生産技術に 投資したとする.第1期の初め自らがタイプ2であることが判明したとき,第 1期に投資を清算すれば1単位の財を得る.第2期に投資を清算したときには 確率p(θ)でR単位の財を得る.Eθ[p(θ)]u(R)>u(1)を仮定しているので,タイ プ2の消費者は第2期に投資を清算することを選択する.消費者がタイプ1の ときは,第1期の消費からしか効用を得られないので必ず第1期に投資を清算 する.

 次に,この経済における最適な消費財の配分を考える.これは消費者のタ イプを観察できると同時に,消費者の事前の期待効用最大化を目的とするソー シャル・プランナー問題の解として考えることができる.資源制約を考慮し た消費者の事前期待効用は,

1) Goldstein and Pauzner (2005)では -cu′u′(c)(c)1であるが,cu′u′(c)(c)≥1でも同様の結果が得  られる.すなわち,Goldstein and Pauzner (2005)では,定理の証明においてu′(1)Rp(θ)u′(R)>0

が成り立たないといけないが,p(θ)<1であることから本稿のケースでも成立する.

(7)

    λu(c1)+(1-λ)u 1-λc1

1-λ R Eθ[p(θ)] (1)  

である.これをc1で最大化した解が効率的な財の配分である.この解をcFB

とするとF.O.Cは,

    u′(c1FB)=Ru′1-λc1FB

1-λ R Eθ[p(θ)]

となる.ここで,cu′(c)が減少関数で,Eθ[p(θ)]<1であるのでc1=1のとき,

    1・u′(1)>Ru′(R) Eθ[p(θ)]

となるため,自己投資による財の配分効率的でない.つまり,cFB≠1である.

 消費者のタイプが私的情報であるときには,条件付き請求権の取引は不可 能であるため競争市場では効率的な資源配分は達成できない2).そこで,経 済に銀行を導入して以下に述べる預金契約により財を配分する.この預金契 約については次のような要求払い預金契約(以下,預金契約と呼ぶ)を考える.

第0期に各消費者は銀行に初期保有財を預ける.第1期に預金を引出すこと を選んだ消費者は預金1単位に対してあらかじめ定められたr>1単位の財 の払い戻しを受ける.第1期に預金を維持することを選んだ場合,第2期に 財の払い戻しを受ける.その量は,第1期に清算されなかった投資からのリ ターンを残りの消費者で等分したものとなる.したがって,第2期の払い戻 し量は投資の結果に依存する.第1期の預金の払い戻しは,ランダムな順番 で行われ,銀行は保有資産がなくなるまで払い戻しを行うものとする(これ

をsequential service constraint と呼ぶ).これらの仮定のもとで,預金契約はr

より表すことができる.また,銀行業への自由参入を仮定する.これにより,

銀行は預金者の事前効用を最大化する預金契約を提示する.

 このとき,消費者に対する事後的な支払いは以下のとおりである.すなわち,

全ての預金者が銀行に初期保有財を預けるとともに,第1期に払い戻しを選

2) Diamond and Dybvig (1983)参照.

(8)

択する消費者の割合をnとすると,第1期の払い戻し量nr<1のとき,預金 引出しを選んだ消費者はr単位の財を得る.預金の維持を選んだ消費者は確 率p(θ)で(1-nr)R/(1-n)単位,確率1-p(θ)で0単位の財を得る.nr>1の とき,預金引出しを選んだ消費者は確率1 /nrr単位,確率1-1 /nrで0単 位の財を得る.預金の維持を選んだ消費者は0単位の財を得る.

 ここで,効率的な資源配分を実現するような預金契約,つまりr=cFBであ るような預金契約について考える.第0期に全ての消費者が預金したとする と,2つのナッシュ均衡が存在する.

 1つ目の均衡は,タイプ1の消費者のみが預金を引出し,タイプ2の消費 者は預金の維持を行うような均衡である.このとき,第1期に預金を引出す 消費者の割合はn=λである.よって,タイプ2の消費者の預金の維持と預 金引出しとの期待効用は,

    Eθ[p(θ)]・u 1-λr

1-λ R>u(r)

であるので,このケースではタイプ2の消費者にとって預金の維持が最適反 応となる.よって,タイプ1の消費者のみが預金を引出し,タイプ2の消費 者は預金維持を行うことはナッシュ均衡となる.この均衡では銀行取付けは 発生せず効率的な消費財の配分が実現する.

 2つ目の均衡は,タイプ1とタイプ2のすべての消費者が第1期に預金を 引出すような均衡である.このとき,第1期に預金を引出す消費者の割合は n=1である.よって,タイプ2の消費者の預金の維持と預金引出しとの期待 効用は,

    u(0)=0<1

ru(r)+r-1 r u(0)

であるので,このケースではタイプ2の消費者にとって預金引出しが最適反 応となる.よって,これもナッシュ均衡となる.この均衡は第1期に銀行取 付けが発生する『取付け』均衡である.『取付け』均衡は自己投資よりも悪い

(9)

厚生をもたらすので,『取付け』均衡が正の確率で起こりうるとき,最適な預 金契約においてr=cFBである保証は存在しない.よって,次節ではモデルに ノイズを伴う私的シグナルを導入することで預金契約と取付けの発生確率を 関係付け,それを用いて預金契約の支払停止条項の効果について分析する.

3 支払停止条項の効果と限界

 D-DモデルやWallace (1988)は,マクロ経済ショックが存在せず各消費者の

タイプの割合が確定しているときには,預金契約に支払停止条項を導入すれ ば,銀行取付けを排除するとともに効率的な資源配分を達成できることを示 している.そこで本節では,G-Pモデルのフレームワークのもとで預金契約 における支払停止条項の効果を分析し,マクロ経済ショックが存在しないケー スにおいても,支払停止条項が効率的な消費財の配分を実現できないケース が存在することを示す.

3. 1 私的シグナルの導入

 まず,モデルに私的シグナルを導入する.各消費者iは第1期の初めに経 済の状態を表す私的シグナルxi=θ+εiを観察すると仮定する3).ここで,

εiは[-ε, ε]の一様分布を持つ確率変数で,各iに対して独立に決定される.

また,このシグナルは各消費者間の私的情報であり,他の消費者のシグナル は観察できないとする.これにより,第1期における消費者の行動は,私的 シグナルに依存して決定されることになる.

3. 2 通常の預金契約

 ここでは分析のベンチマークとして,支払停止条項が存在しない通常の預 金契約について,Goldstein and Pauzner (2005)に基づいて説明する.

 まず,第1期に預金契約のもとでの預金者の行動を分析し,それをもとに

3) この私的シグナルは,生産技術の長期リターンに関して各消費者が持っている私的な情報や 個人的見解を表している.

(10)

第0期における最適な預金契約を求める.第0期に銀行はrの預金契約を提 示し,すべての消費者は初期保有財を銀行に預けたと仮定する.よって,第 0期の預金量は1となる.

 預金者は,第1期に観察した私的シグナルに基づいて行動を決定する.ここ で,θが非常に高いときと低いときにはそれぞれ支配アクションが存在すると 仮定する.θが非常に低いときには預金引出しが支配アクションとなる.その ようなθの領域をlower dominance regionと呼ぶ.u(r)=p(θ) u((1-λr)R/ (1-

λ))となるθをθw(r)とすると,[0, θw(r)]がlower dominance regionとなる.よっ て,シグナルxi<θw(r)-εを観察したタイプ2の消費者は必ず預金引出しを 選ぶ.そこで,真の状態がθ<θw(r)-2εであるとき,タイプ2の消費者すべ

てがθw(r)-εより小さいシグナルを観察するので,n=1となる.

 同様に,θが非常に高いときには預金の維持が支配アクションとなる.こ の θ の 領 域 をupper dominance regionと 呼 ぶ.し か し,こ の 領 域 はlower

dominance regionのように単純に導出することができない.というのは,預

金の維持が支配アクションとなるためには,ある消費者iにとって他のすべ ての消費者が預金を引出したときに,つまりn=1のときにも預金の維持の期 待ペイオフが預金引出しの期待ペイオフより高くなくてはいけない.しかし,

すでに述べたようにn=1のときには,常に預金引出しが最適反応となってし まうため,このままではupper dominance region は存在することができないこ とになる.そこで,upper dominance regionが存在するためには銀行の保有す る生産技術を以下のように修正する必要がある.第1期に投資を中断したと きのリターンは,θが[0, θh]の範囲にあるときには1単位の財が得られるが,

h, 1]の範囲にあるときにはR単位の財が確率p(θ)=1で得られると仮定する.

この[θh, 1]の領域がupper dominance regionとなる.この領域においては,第 1期に引出す消費者1人に対して投資を1単位以上生産することはない.よっ て,θh+εより大きいシグナルを観察したとき,タイプ2の消費者は必ず預 金の維持を選ぶ.そして,真の状態がθ>θh+2ε であるとき,タイプ1の

(11)

消費者のみが預金を引出すため,n=λとなる.

 以上のような仮定のもとで,預金契約のもとでの預金者間のゲームを考え る.プレイヤーはタイプ2の消費者(大きさ1-λ の連続体)である.また,す べてのプレイヤーが次のようなθ′を境界値とするスイッチ戦略を取ると仮定 する.つまり,観察したシグナルがxi<θ′のときには預金引出し,xi>θ′の ときには預金の維持を選択するという戦略をすべてのプレイヤーがとると考 える4).このとき,第1期に預金を引出す消費者の割合nは θ′以下のシグナ ルを観察するプレイヤーの割合とタイプ1の消費者の割合の合計に等しいの で,nはθの関数として表すことができる.これを,nn(θ, θ′)とする.

 ここでv(θ, n(θ, θ′))を,所与の θ のもとですべてのプレイヤーが θ′を境 界値とするスイッチ戦略を取るときの預金の維持のペイオフと預金引出しの ペイオフの差とする.v(θ, n(θ, θ′))>0のときに預金の維持が最適アクション となる一方で,v(θ, n(θ, θ′))<0のときには預金引出しが最適アクションとな る.つまり,1 /rn≧λのときに,

    v(θ, n(θ, θ′))=p(θ)u 1-nr

1-n Ru(r) となり,1≧n≧1 /rのときに,

    v(θ, n(θ, θ′))=0-1 nru(r) となる.

 ここで,第1期の(部分)ゲームにおけるベイジアン・ナッシュ均衡は,所 与の戦略プロファイルに対して,すべてのプレイヤーが任意のシグナルで最 適なアクションを選ぶような戦略プロファイルのことである.Vr(xi, θ′)をす べてのプレイヤーがθ′を境界値とするスイッチ戦略をとるときにシグナルxi を観察したときの預金維持の期待ペイオフと預金引出しの期待ペイオフの差 とする.すると,均衡境界値をθとするとベイジアン・ナッシュ均衡にお

4) Goldstein and Pauzner (2005)ではスイッチ戦略以外の戦略の均衡が存在しないことを示して

いる.

(12)

いて,

    xi=θのとき,Vr(xi, θ′)=0     xi<θのとき,Vr(xi, θ′)<0     xi>θのとき,Vr(xi, θ′)>0 となっていなければならない.

 ここで,シグナルxiを観察したときのプレイヤーiの θ に対する期待は,

[xi-ε, xi+ε]の一様分布であるので,

    Vr(xi, θ′)=

xi-εv(θ, n(θ, θ′))dθ

xi+ε

となる.以上の準備の下で、G-Pモデルではユニークな均衡の存在を示して いる5)

結果1:Goldstein and Pauzner (2005) Theorem 1

   第1期のゲームにおいて,θ(r)を境界値とするユニークなスイッチ戦 略均衡が存在する

結果1のもとで,均衡で正の確率で取付けが発生する.また,ここでの銀行 取付けには次のような特徴がある.ε→0のとき,θが[0, θw(r)]の範囲にあ るときは,預金引出しが支配アクションであるので,取付けは効率的な取付 けということができる.これに対して,θが[θw(r), θ(r)]にあるときには,n に対する各プレイヤーの期待に依存して預金引出しが選ばれる.このような 取付けをパニックに基づく取付けと呼ぶ.

 また,次のように均衡での第1期に預金を引出す消費者の割合nは次の関 数n(θ, θ(r))で表すことができる.

    n(θ, θ(r))=1  θ≤θ(r)-εのとき          =λ  θ≥θ(r)+εのとき

5) 証明は,Goldstein and Pauzner (2005)を参照.

(13)

         =λ+(1-λ)(1 / 2+{θ(r)-θ} / 2ε)  それ以外  また,θ(r)は,

    

    

limθ(r)=p-1

ε→0

rλ1 /ru 11-rn-n R dn u(r)(1-λr+ln(r))

(2)  

となる.

 このような第1期の均衡から,第0期における最適な預金契約を考える.

最適な預金契約とは,消費者の事前の期待効用を最大にするようなrのこと をいう.これをrとすると,rは以下のとおりになることが示されている6)

結果2:Goldstein and Pauzner (2005) Theorem 3   θw(1)が大きくないとき,r>1

 結果2から,lower dominance regionが大きくないとき最適な預金契約にお いては消費者相互間の支出タイミングにかかわるリスク・シェアリングが必 ず達成されることがわかる.r=1は自己投資のケースと同じであるので,こ のことは銀行の存在により経済厚生が増加することを示す.

 また,θh→1, ε→0のとき第1期の均衡から,すべてのプレイヤーは θ

が[0, θ(r)]の範囲にあるときに預金引出し,[θ(r), 1]の範囲にあるときに

預金の維持を選ぶ.そこで,消費者の事前の期待効用は,

     lim EU(r)=

ε→0, θh→1

0 θ1

ru(r)dθ+

θ

1 λu(r)+(1-λ)p(θ)u 1-rλ 1-λ R dθ

(3)  

となる.このとき,次の結果が得られる.

6) 証明はGoldstein and Pauzner (2005)を参照.

(14)

結果3:Goldstein and Pauzner (2005) Theorem 4   θh→1, ε→0の極限において,cFBr

 結果3から,最適な預金契約のもとでは最も効率的な消費者間のリスク・

シェアリングは達成できないことがわかる.というのは,取付けが発生する 確率を考慮したとき,預金金利rを引上げると,2つのコストが発生するから である.1つ目は,預金金利を引上げることにより取付けの発生確率が上昇 するというコストである.2つ目は,預金金利を引上げると,取付けが発生し たときに預金を引出そうとした預金者が預金の払い戻しを受けることができ る確率が低下するというコストである.そのため,最も効率的な消費者間の リスク・シェアリングを達成する水準よりも低い預金金利が最適となる.

3. 3 支払停止条項の効果と限界

 ここで,預金契約に支払停止条項を導入して,その効果について分析する.

そこで,以下のように預金契約を修正する.第1期に預金を引出した預金者 に対しては預金1単位当たりr単位の財を払い戻す.第1期に預金を引出さ なかった預金者には,第2期に清算された生産技術から得られたリターンを 等分する.そして,第1期の払い戻しは第1期の払い戻し量の合計がrλ に 達するまで払い戻しを行い,rλを超えた時点で払い戻しを停止する.これに より,すべての消費者が預金契約に参加したとき,銀行は第2期のはじめに 少なくとも1-rλ単位の財を保有することが保証される.ここで,支払停止 が実行される払い戻し量rλは,事前の効率的な配分に対応するものである.

3. 3. 1 預金契約下の行動の分析

 3. 2節と同様に,第1期における預金後のゲームの均衡を考える.そして,

次節では第1期の均衡をもとにして0期における最適な預金契約について考 える.

(15)

 第1期のゲームの構成要素は以下のとおりである.プレイヤーはタイプ2 の消費者で,大きさ1-λの連続体である.プレイヤーの集合をIと表す.プ レイヤーiはθに関するシグナルxi=θ+εiを観察する.シグナルの集合を Xとする.そこで,プレイヤーiの戦略は観察したシグナルxiに預金引出し か預金維持を対応させる可測関数siとなる.プレイヤーiの戦略の集合をSi と表す.戦略プロファイルsで表し,戦略プロファイルの集合をSとする.

 状態変数θと戦略プロファイルsのもとで預金引出しを行う預金者の割合 nは一意に決まるので,nはθとsの関数n(θ, s)で表すことができる.前節 のv(θ, n(θ, θ′))のn(θ, θ′)をn(θ, s)に置き換えることにより所与の θ とsの もとで預金維持のペイオフと預金引出しのペイオフの差は θ とsの関数v(θ, s) と表すことができる.シグナルxiを観察したときのプレイヤーiの θ に関す る期待は[xi-ε, xi+ε]の一様分布である.

 V(xi, s)を,シグナルxiを観察したときの戦略プロファイルsのもとでの預 金維持の期待ペイオフと預金引出しの期待ペイオフの差とすると,

    V(xi, s)=

xi-εv(θ, s)dθ

xi+ε

となる.

 消費者に対する事後的な払い戻しは,以下のとおりである.第1期の払い 戻し量がrnrλのとき,預金引出しを選んだ消費者はr単位の財を得る.預 金の維持を選んだ消費者は確率p(θ)で(1-nr)R/ (1-n)単位の財を得る.一方,

rnrλのとき,預金引出しを選んだ消費者は確率 λ/nr単位の財を得る.

預金の維持を選んだ消費者は確率p(θ)で(1-λr)R/ (1-λ)単位の財を得る.

 よって,v(θ, s)はn(θ, s)<λのとき,

    v(θ, s)=p(θ)u 1-rn(θ, s)

1-n(θ, s) Ru(r) であり,n(θ, s)>λのとき,

(16)

    v(θ, s)=p(θ)u 1-rλ

1-λR- λ

n(θ, s)u(r)-1- λ

n(θ, s) p(θ)u 1-rλ

1-λR

       = λ

n(θ, s) p(θ)u 1-1-rλ

1-λR-u(r) である.

 よって,p(θ)u 1-rλ

1-λR>u(r)のときv(θ, s)>0となる.一方,p(θ)u 1-rλ 1-λR<u(r)

のときv(θ, s)<0となる.3. 2節の θw(r)の定義に照らして考えると,この

ことはθがlower dominance regionにあるときにv(θ, s)<0,それ以外では v(θ, s)>0となることを示す.よって,v(θ, s)の符号はsに依存しない.また,

p(θ)u1-rλ

1-λR>u(r)のとき,n(θ, s)が増加すればv(θ, s)は減少する.一方,

p(θ)u1-rλ

1-λR<u(r)のときは,n(θ, s)が増加すればv(θ, s)は増加する.

 以上の準備のもとで,次のような被支配戦略の逐次消去を行う.

 まず,プレイヤーiがシグナルxi>θw(r)+ε を観察したとする.プレイヤー iのθに関する期待は[xi-ε, xi+ε]の一様分布である.xi-ε>θw(r)である ので,この区間では常にv(θ, s)>0である.よって,sに関係なくV(xi, s)>0

となり,xi>θw(r)+εのもとでは預金維持が支配アクションとなる.同様に

して,プレイヤーiがシグナルxi<θw(r)-εを観察したときには,預金引出 しが支配アクションとなる.

 以上から,プレイヤーiの戦略の集合のうち,観察されたシグナルxi

xi>θw(r)+εであるときに預金引出しを指示するような戦略は,xi<θw(r)+ε の

ときには同じアクションを指示するが,xi>θw(r)+εのときに預金の維持を指示 する戦略によって支配される.同様に,シグナルxi< θw(r)-ε において預金維 持を選択する戦略も被支配戦略となる.

 次に,Siから被支配戦略を消去した後のプレイヤーiの戦略の集合Si1とす

(17)

る.xa1=θw(r)+ε,xb1=θw(r)-ε とすると,Si1はシグナルxa1を観察したと きには預金の維持,xb1を観察したときには預金引出しを選ぶような戦略の集 合となる.また,このときの戦略プロファイルの集合をS1とする.

 ここで,プレイヤーixa1より少し小さいシグナルxa1>xi>θw(r)を観察 したとする.このとき,V(xi, s)は

    V(xi, s)=

xi-ε θw

v(θ, s)dθ+

θw xi+ε

v(θ, s)dθ

となる.ここで,第1項は常にv(θ, s)<0,第2項は常にv(θ, s)>0である.

 ここで,シグナルxiが限界的に変化すると積分区間がシフトする.積分は 有界であるので,V(xi, s)はxiについて連続となる.また,xixa1>xi>xb1

であるとする.このとき,xi+ε>θw(r)>xi-εとなる.よって,積分区間の 左端ではv(θ, s)<0であり,右端ではv(θ, s)>0である.よって,xa1>xi>xb1

のとき,V(xi, s)はxiの増加関数となる.

 よってxixa1に十分近いとき,任意のsS1iに関係なくV(xi, s)>0となる.

そのようなシグナルの最小値をxa2とすると,シグナルxixa2のもとでは預金 維持が支配アクションとなる.同様にして,xb1より少し大きいシグナルにお いては預金引出しが支配アクションとなる.その最大値をxb1とすると,シグ ナルxixb2を観察されたときには,預金引出しが支配アクションとなる.以 上から,プレイヤーiの戦略の集合のうち,シグナルxixa2で預金引出しを 指示する戦略及びシグナルxixb2で預金の維持を選択する戦略は支配される ので消去する.

 このような被支配戦略の消去のプロセスを繰り返す.ここで,被支配戦略 をj回消去したときに預金維持が支配アクションとなるシグナルの最小値を xajとし,xbjを,被支配戦略をj回消去したときの預金引出しが支配アクショ ンとなるシグナルの最大値とする.被支配戦略をj回消去した後に残るプレ イヤーiの戦略の集合をSijとすると,Sijはシグナルxajを観察したときには 預金の維持,xbjを観察したときには預金引出しを選ぶような戦略の集合とな

(18)

る.

 被支配戦略の消去のプロセスより,xa1>xa2>…>xaj>…かつxb1xb2<…<

xbj<…である.また,xajxbjの定義より,任意のjにおいてxajxbjである.

ここで,xajxbjの距離|xaj-xbj|を考えると,xajxbjであるので,

    |xajxbj|xajxbj≧0

であり,xa1xa2>…>xaj>…かつxb1xb2<…<xbj<…である.ここで,

    β|xajxbj|≥|xaj+1-xbj+1|

となるβが存在すると仮定する.すると,j→∞のとき,|xaj-xbj|→0となり,

    limxaj

j→∞ limxbjx

j→∞

となるようなxが存在する.よって,j→∞のときxを境界値とするユニー クなスイッチ戦略均衡が存在する.以上から,次の命題が成り立つ.

命題1:εが大きくないとき,被支配戦略の逐次消去により得られる均衡解

  は,xを境界値とするユニークなスイッチ戦略均衡である.

 ここで,ε→0のときには,θw(r)+ε→θw(r)かつ θw(r)-ε→θw(r)とな る.よって,ε→0の極限においては,観察されたシグナルがxi>θw(r)のと き預金の維持,xi<θw(r)のとき預金引出しを選択するような θw(r)を境界値 とするスイッチ戦略のプロファイルが均衡となる.すなわち,ε→0のとき,

x→θw(r)となる.

 また,命題1より,第0期に初期保有財を銀行に預金したタイプ2の消費 者iは,第1期に観察したシグナルがxixのときに預金を引出す.また,

状態変数θに対して,シグナルxiは[θ-ε, θ+ε]の範囲をとる.そのため,

均衡において第1期に預金を引出す消費者の割合nは次の関数n(θ, x)で表

(19)

すことができる.

    n(θ, x)=1  θ≤x-εのとき         =λ  θ≥x+εのとき

        =λ+(1-λ)(1 / 2+{x-θ}/ 2ε)  それ以外

これにより,支払停止はθ<x+εで実行されることになる.

3. 3. 2 最適預金契約の導出

 ここでは,第1期の均衡に基づいて第0期における最適預金契約を考える.

θ<x+εのときに支払停止が実行されるので,第0期における期待効用は,

    EU(r)=

0 x+ε

λu(r)+(1-λ)2p(θ)u 1-rλ 1-λ R dθ        +

x+ε

1 λu(r)+(1-λ)p(θ)u 1-rλ 1-λ R dθ

となる.このままでも計算可能であるが,簡単化のために ε→0の極限を考 える.以下,表記の簡略化のため,θw(r)=θwと表す.すると,ε→0のとき

x+ε→θwであるので,ε→0のときの事前の期待効用は,

    lim EU(r)=

ε→0

0 θw

λu(r)+(1-λ)2p(θ)u 1-rλ

1-λ R dθ (4)  

         +

θw

1 λu(r)+(1-λ)p(θ)u 1-rλ 1-λ R dθ となる.

 これをrで最大化すると,F.O.C.は,

    

0 θw

λu′(r)-λ(1-λ)R・p(θ)u′1-rλ 1-λR dθ     +

θw

1λu′(r)-λR・p(θ)u′1-rλ 1-λ R dθ

(20)

    +∂θw

r (1-λ)2p(θw)u 1-rλ

1-λ R -(1-λ)p(θw)u 1-rλ

1-λR =0

となる.u(r)=pw) u((1-λr)R/ (1-λ))を用いてこれを整理すると,

    u′(r)-R・u′1-rλ

1-λR (1-λ)

0 θw

p(θ)dθ+

θw

1 p(θ)dθ -∂θw

∂r (1-λ)u(r)=0 となる.この式の左辺第1項は,預金金利を引上げたときのタイプ1の消費 者の効用の増加分を表す.第2項は,預金金利を引上げたときのタイプ2の 消費者の効用の減少分を表す.第3項は,預金金利の引上げに起因する取付 け発生確率の上昇による効用の減少を表す.以下では,これを用いて支払停 止条項の下での最適な預金契約について分析する.

 最適な預金契約がr※※=1であれば,預金契約の下で実現する資源配分は 自己投資のケースと同じであり消費者相互間のリスク・シェアリングが行わ れないことになる.そこで,r※※=1のケースを分析する.このとき,

    ∂EU

r =u′(1)-Ru′(R) (1-λ) +

θw

1 p(θ)dθ -∂θw

r (1-λ)u(1)

0 θw

p(θ)dθ

となる.これが正であれば,r※※>1となる.また,ここでの θwは θw(1)の ことである.

 1・u′(1) ≥Ru′(R)かつ(1-λ

) 0 θw

p(θ)dθ+

θw

1 p(θ)dθ<1であるので,右辺第 1項と第2項の和は正である.一方,∂θw/∂rは正であるので,第3項は負 である.よって,∂EU/∂rの符合を確定することはできないが,∂θw/∂r が十分小さいとき,∂EU/∂rは必ず正となる.以上をまとめると,次の命題 となる.

命題2:∂θw/∂rが十分小さいときには,r※※>1となる.

 この命題は,支払停止条項のもとでもある一定の条件のもとでは,最適な 預金解約においてリスク・シェアリングが達成されることを示している.

(21)

 次に,支払停止条項のもとでの最適な預金解約におけるリスク・シェアリン グの程度を分析するためにr=cFBのケースを考える.効率的な配分の条件より,

    

0

1p(θ)dθ u′(r)=Ru′1-λr

1-λ R であるので,

    ∂EU

ru′(r)-Ru′1-λr

1-λ R (1-λ

) 0 θw

p(θ)dθ+

θw

1p(θ)dθ-∂θw

r (1-λ)u(r)

(5)  

       =λRu′1-λr

1-λ R

0 p(θ)dθ-∂θrw(1-λ)u(r) θw

となる.これが正であれば,r※※cFBとなる.(5)式の右辺第1項は正である.

ここで,θw(r)はu(r)=p(θ) u((1-λr)R/ (1-λ))となるような θ であるので,

    θwp-1

u 1-λr 1-λ R

u(r) (6)  

である.ここで,p-1(・)はp(θ)の逆関数である.よって,

    

∂θw

r

u 1-rλ 1-λ R 2 u′(r)u 1-rλ

1-λR+ λR

1-λ u(r)u′1-rλ 1-λ R p′w)

1

となる.p(・)は増加関数であるので,∂θw/∂rは正であり,(5)式の右辺第 2項は負である.しかし,∂θw/∂rが十分小さいなら∂EU/∂rは必ず正とな る.よって,次の命題が成り立つ.

命題3:∂θw/∂rが十分小さいとき,r※※>cFBとなる.

(22)

 命題3は,D-Dモデルとは異なり,マクロ経済ショックが存在しないとき に支払停止条項を預金契約に追加した場合,効率的な資源配分が実現すると は限らないことを示している.というのも,支払停止条項が追加されたとき に成立する預金金利r※※は,r※※cFB>rとなって,効率的な配分よりも 過剰にタイプ1の消費者への財の移転が行われるからである.つまり,最適 なリスク・シェアリングを実現するためのコストが支払停止条項の導入とと もに上昇するのである.

 これは,銀行取付けが発生したときの払い戻しに原因がある.すなわち,

取付けが発生したとき,支払停止条項がないときには銀行の保有する1単位 の財のすべてが払い戻される.一方,支払停止条項がある場合にはrλ 単位 しか財が払い戻されない.θ∈[0, θw(r)]のときには第1期にすべての投資を 清算してしまう方がよいので,支払停止条項を課されたときには1-rλ 単位 の投資が清算できないというコストが新たに発生することになる.このコス ト上昇を補償するべく銀行は,rを引上げるのである.その一方で,rを引上 げるとθw(r)が上昇し効率的な取付けが発生しやすくなるというコストが発 生する.しかし,∂θw/∂rが十分小さいケースでは,そのコストはあまり大 きくない.よって,このケースでは,r※※cFBとなる.

 しかし,以上の分析では支払停止条項により経済厚生がどのように変化す るかは明らかでない.そこで,次節では数値例を用いたシミュレーションに よる分析を行う.

4 数値例による分析

 前節で,支払停止条項の導入が預金契約に与える影響について分析した.

そこでは,預金契約に支払停止条項を導入することで預金金利が上昇する可 能性が示された.しかし,支払停止条項の導入が,経済厚生にどのような 影響を与えるかについては明確な結論が得られなかった.そこで本節では,

u(・)やp(・)の関数形やパラメータの値を具体的に定めた数値例によるシミュ

(23)

レーションを行い,支払停止条項の導入が経済厚生に与える効果について明 らかにする.

 各関数とパラメータは次のように定める.効用関数u(c)は,

    u(c)= c 1-c

とする.投資の収益性(投資の成功確率)を表す関数p(θ)は,

    p(θ)=θα

とする.ここで,αについては,α=1 / 8, 1 / 16, 1 / 24の3つのケースを考 え,それぞれケース1, 2, 3とする.パラメータλ, Rは,λ=0.2, R=4とする.

これにより,

     1-λr

1-λ R=5-r となる.

 これらを,(1)式に代入して各ケースにおける効率的なリスク・シェアリン グを実現するrと対応する期待効用を導出する.同様に(2)式,(3)式から,

通常の預金契約における最適預金金利とその期待効用の水準を導出し,(4)式,

(6)式から,支払停止条項を伴う預金契約における最適預金金利とその期待効 用の水準を導出する.そのようにして得られた最適預金金利とその期待効用 の水準を比較する.さらに,(1)式にr=1を代入して自己投資における期待 効用も導出して比較する.また,通常の預金契約,支払停止条項を伴う預金 契約については,各ケースにおける取付けの発生確率(それぞれ θ, θwに等しい)

についても比較を行う.ここで,rについては小数2桁,期待効用については 小数6桁まで導出した.

 シミュレーションの結果を,第 1 表~第 3 表に示している.第1表では,

各ケースにおける最適な預金金利を比較している.ここから,すべてのケー スにおいて,支払停止条項のもとでの預金金利が通常の預金契約のときより

(24)

も高いが,効率的水準よりも低くなっていることがわかる.この数値例から,

命題3で示したような支払停止条項の導入により預金金利が効率的な水準よ りも高くなるケースは観察されなかったが,支払停止条項の導入が預金金利 を上昇させる方向に働くことが確認された.また,支払停止条項のもとでの 預金金利の水準はケース3で最も効率的水準に近くなり,ケース1において 最も遠くなる.すなわち,ケース3では,支払停止条項の導入の結果,預金 金利の水準が非常に効率的な水準に近づいていることがわかる.一方,ケー ス1では,支払停止条項を導入しても預金金利の水準は,それほど効率的な 水準に近づいていないことがわかる.

 第2表では,各ケースにおけるそれぞれの期待効用を比較している.第3 表では,通常の預金契約と支払停止条項を伴う預金契約の各ケースにおける 取付けの発生確率(それぞれθ,θwに等しい)を比較している.その結果,ケー ス1においては支払停止条項のもとでの期待効用が通常の預金契約と自己投 資の期待効用を下回り,取付け発生確率も通常の預金契約のときより高くなっ 通常の預金契約 支払停止条項付き預金契約 効率的な預金金利の水準 自己投資

ケース1 1.01 1.15 1.43 1

ケース2 1.06 1.32 1.38 1

ケース3 1.09 1.36 1.37 1

第 1 表 最適預金金利のシミュレーション比較

通常の預金契約 支払停止条項付き預金契約 効率的な預金金利の水準 自己投資

ケース1 0.670012 0.668234 0.673202 0.668889

ケース2 0.703098 0.705366 0.705933 0.702353

ケース3 0.715661 0.717683 0.717737 0.714400

第 2 表 期待効用

通常の預金契約 支払停止条項付き預金契約

ケース1 2.9694% 4.2494%

ケース2 0.6204% 0.5646%

ケース3 0.2286% 0.0610%

第 3 表 取付けの発生確率

(25)

ている.このケースにおいては,支払停止条項の存在そのものが経済厚生を 悪化させていると考えられる.ケース2とケース3においては,支払停止条 項のもとでの期待効用が通常の預金契約の期待効用を上回るほど,取付け発 生確率も通常の預金契約のときよりも低くなっている.

 以上から,支払停止条項導入の効果は,p(θ)に大きく依存していることが わかる.すなわち,銀行の直面する投資環境次第で経済厚生を改善すること もあれば,逆に経済厚生を悪化させることも起こりうる.そのため,支払停 止条項の効果は非常に不安定であるということができる.

5 取付け防止策としての支払停止条項

 本節では,取付け防止策としての支払停止条項に関する分析結果の意味に ついて議論する.預金契約への支払停止条項の追加は,第1期における預金 の払い戻しを制限することを媒介として,タイプ2の消費者に対して第2期 の払い戻し額に相当する量の投資が第2期まで継続して行われることを保証 する.これに伴い,タイプ2の消費者が第1期に預金を引出すインセンティ ブは消滅する.その結果,パニック的な取付け発生の可能性は排除されるので,

支払停止条項は取付け防止策としてそれなりの効果を持つということができ る.

 しかし,これは状態変数がある程度高い,すなわち銀行の財務状態が良好 であるときに成り立つことであり,状態変数が非常に低い,すなわち銀行の 財務状態が非常に悪いときには効率的な取付けが発生する.そして,支払停 止条項が存在するときには,取付けが発生したときに希望どおりに預金の払 い戻しが受けられなくなる消費者の割合が多くなる.そのため,タイプ1の 消費者が第1期に消費できない可能性が,支払停止条項の存在しないときよ り高くなる.このため,タイプ1の消費者の経済厚生は悪化する.さらに,

状態変数が非常に低いときには第1期にすべての投資を清算するほうが望ま しいが,支払停止条項の存在に伴い第1期に清算できる投資の量が制約され

(26)

るというコストも発生する.

 そのため,預金金利を引上げるインセンティブが存在するが,このことは タイプ2の消費者の経済厚生を悪化させる.さらに,利子率の引上げは銀行 の経営を圧迫するとともに,預金引出しのインセンティブを高める.このため,

効率的な取付けの発生確率が上昇する.このように,預金契約への支払停止 条項の追加は,銀行の持つ不安定性を助長する可能性がある.さらに,支払 停止条項の効果は銀行の直面する投資環境に大きく影響され,非常に不安定 である.こうしたことから,預金契約の支払停止条項は取付け防止策として 定着することはなく,中央銀行の最後の貸し手機能や預金保険が取付け防止 策として用いられるようになったと考えられる.

 ちなみに,Bordo (1990)によると,支払停止条項は19世紀末のアメリカに おいて,銀行危機に対する対策として用いられていた.Smith (1936)によると 預金契約に付加された支払停止条項にはもともと,取付け防止策としての意 味合いは含まれていなかった.すなわち,19世紀前半のアメリカでは,自由 銀行制度のもと,各州の法律に基づき設立された州法銀行が紙幣を発行して いた.当然のこととして,州法銀行の営業範囲はその州内に限られていた.

その一方で,紙幣は州の境を越えて流通したので,他の州へ流通した紙幣の 回収が困難であった.そのため,経営状態に関係のないところで銀行が一時 的な紙幣不足に陥る事態がしばしば発生した.そのような銀行の紙幣不足へ の対策として用いられたのが預金契約の支払停止条項であった.当時のアメ リカには中央銀行が存在せず,本格的な最後の貸し手機能の担い手はいなかっ た.そのため,緊急措置的に支払停止条項が取付け防止策として用いられた のである.この事実はまた,預金契約の支払停止条項は,中央銀行が存在し ないなど本格的な最後の貸し手機能の担い手が存在しないときに,次善的な 取付け防止策として用いられたことを示唆している.

 そして,1913年における連邦準備制度という中央銀行制度の創設,1933年 に預金保険制度の制定を通じてセーフティネットが拡充された結果,銀行危

(27)

機の対策としての支払停止条項の意味合いは大きく減殺し,その後,危機対 策として用いられることはなくなった.

 このことを理論的に明らかにするためには,中央銀行の最後の貸し手機能 や預金保険についての分析が必要となるが,それらについては,今後の課題 とし稿を改めて検討することにしたい.

6 結 論

 本稿は,Goldstein and Pauzner (2005)の銀行取付けモデルのフレームワーク を用いて,経済厚生の視点から預金契約の支払停止条項の効果を分析した.

 支払停止条項は,パニックに基づく取付けの可能性を排除するが,銀行の 資産状態が極度に悪化したときには効率的な取付けが発生するため,取付け 防止策としては自ずと限界が存在することが判明した.そして,支払停止条 項が存在するとき,取付け発生時には2つのコストが発生することもわかっ た.1つ目のコストは,取付けが発生したときに,タイプ1の消費者が第1 期に消費できない可能性が高くなるというコストである.2つ目のコストは,

資産状態が極度に悪化して清算すべき銀行が早期に清算されないというコス トである.そのため,最適な預金契約において,効率的なリスク・シェアリ ングで要求される水準からみて過剰な財の移転が要求され,短期の利子率の 引上げられる可能性が存在することを示した.このような預金契約の支払停 止条項が持つコストについて理論的に初めて明らかにしたところに本稿の特 徴がある.

 このように,銀行取付けの発生は経済の状態変数に依存する.この状態変 数は銀行の経済状態を表していると考えられるが,これはマクロ経済の状態 だけでなく銀行のリスク管理に依存している.そのため,銀行取付けは銀行 がリスク管理に失敗したときに発生すると考えられる.このため,政策的に は,まだ危機が発生していないときから銀行のリスク管理のチェックするこ とで,銀行が過度のリスク・テイキングを行わないようにすることが求めら

(28)

れる.このように,預金契約に支払停止条項を追加することは,リスク・シェ アリングを実現するためのコストが高くなり銀行の持つ不安定性を助長する 可能性が存在する.

 また,数値例によるシミュレーションを行った結果,支払停止条項の効果 は銀行の直面する投資環境に大きく影響され,非常に不安定であり,支払停 止条項を導入することでかえって経済厚生が悪化する恐れが存在することが 明らかになった.

 このように,Diamond and Dybvig (1983)で示された支払停止条項の有効性は,

投資収益が確定的な世界だからこそ成り立つものであり,投資に不確実性が 存在する世界では,有効ではないことが示された.

 そうして,預金契約の支払停止条項は取付け防止策として定着することは なく,中央銀行の最後の貸し手機能や預金保険が取付け防止策として用いら れるようになったと考えられる.つまり,中央銀行の最後の貸し手機能や預 金保険のもとでは,支払停止条項よりも高い経済厚生が実現すると考えられ る.中央銀行の最後の貸し手機能や預金保険のもとでの経済厚生について検 討し,支払停止条項と比較することは今後の課題である.

【参考文献】

Bord o, M., (1990) “The lender of last resort : alternative views and historical experience,”

Federal Reserve Bank of Richmond Economic Review, 76, pp.18-29.

Carl sson, H., and E. van Damme, (1993) “Global games and equilibrium selection,”

Econometrica, 61, pp.989-1018.

Diam ond, D. W., and P. H. Dybvig, (1983) “Bank runs, deposit insurance, and liquidity,”

Journal of Political Economy, 91, pp.401-419.

Engi neer, M., (1989) “Bank runs and the suspension of Deposit convertibility, ”Journal of Monetary Economics, 24, pp.443-454.

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