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日中両語の他動性に関する研究 : いわゆる周辺問題 を中心に

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(1)

九州大学学術情報リポジトリ

Kyushu University Institutional Repository

日中両語の他動性に関する研究 : いわゆる周辺問題 を中心に

謝, 新平

https://doi.org/10.15017/460186

出版情報:Kyushu University, 2009, 博士(比較社会文化), 課程博士 バージョン:

権利関係:

(2)

日中両語の他動性に関する研究

–いわゆる周辺問題を中心に

Transitivity of Japanese and Chinese Languages – mainly on so called peripheral problems

九州大学大学院 比較社会文化学府

XIE XinPing

謝 新平

(3)

(4)

i

まえがき

早いもので日本語を学び始めて既に四半世紀が過ぎた。母国の大学で日本語を教える ようになってからも20年余が経った。この間、関心の濃淡はあるが、一貫して日本語と 中国語の文法的な捉え方の違いに興味をもったり、悩んだりしてきた。その一つが本論文 で扱った所謂、態(voice)の問題である。

近年の日本語教育の隆盛に伴って日本語研究は活発化してきたが、文法の対照研究で は、英語など一部の欧州諸語に偏っている傾向がある。日本語教育の普及面で重要な一 角を占める中国語使用者は未だ十分に研究の恩恵を受けていない。筆者の日本での十年 余の研究生活で、本論のテーマを取り上げたのもこのような事情が背景にある。

各章は原則的に他の章と切り離して独立に読んでも、意の通ずる章構成にした。本論 の諸章は相互に関連し、全体として一つの内容をなすが、一部の章は下記の題名で各掲 載誌に個別に発表した稿を基に、補筆・書き直したものである。中国語との対照比較の 量は章によって異なり、日本語を中心に論じている章がある。

第1章:「状況「ヲ」格の他動性について」『比較社会文化研究』第13号 国語学会2003年度春季大会口頭発表 『國語學』 54号に要旨掲載

「「中+ヲ」状況構文の他動性再考」『福岡教育大学国語科研究論集』50号 第2章:「ところヲ」構文の一分類について」『地域文化研究』第1号

第3章:「ところヲ」構文のいわゆる副詞句類について」『比較社会文化研究』第14号 第4章:「いわゆる移動構文の他動性と分類について」『地域文化研究』第2号

第5章:「中国語の“由字句”と日本語の“によって”受け身文について」

『福岡教育大学 国語科研究論集』40号

第6章:「日中両語の使役と受動の接近する類似点と相違点」(1)(2)

『福岡教育大学 国語科研究論集』42号 43号

2009年2月6日 謝 新平

(5)

ii

目 次

0 章 序論

0.1 背景とこれまでの問題点 . . . 2

0.2 目的とアプローチ . . . 2

0.2.1 目的 . . . 2

0.2.2 本研究での典型と周辺の定義 . . . 2

0.2.3 アプローチ . . . 3

0.3 原型論に基づく他動性解釈..... . . . 3

0.3.1 先行研究 . . . 3

0.3.2 本研究の定義 . . . 4

0.4 本論文の構成 . . . 6

0.4.1 狭義・広義の他動性と形式的・意味的周辺問題 . . . 6

0.4.2 章構成 . . . 7

第1 章 状況構文と他動性 「中+ヲ」状況構文の他動性について 1.1 はじめに. . . 9

1.2 従来の研究と問題点、及び本研究の課題. . . 10

1.2.1 従来の研究と問題点. . . ............. . . 10

1.2.2 本研究の課題. . . ............. . . 12

1.3 「中ヲ」名詞句の多義性.. . . . 12

1.4 「ヲ格」の意味的多義性 . . .. .. . . 17

1.5 「ヲ格」と共起する動詞について. ............ . . 19

1.6 他動性のプロトタイプ論による状況構文の解釈 . .......... 21 1.6.1 状況構文の多義性と階層性 ........... . . 21

1.6.2 状況構文と移動構文との連続性........... . . 23

1.7 結論......................... . . 24

第2 章 「ところヲ」構文と他動性 「トコロヲ構文」の「停止・救助・攻撃・捕捉」類について -「補文述語句が表す状況の視点から - 2.1 はじめに . . . 25

2.2 先行研究と残された課題 . . . 26

(6)

iii

2.2.1 先行研究の解釈. . . . 26

2.2.2 残された課題と取組み課題 . . . 29

2.3 「ところヲ」構文の分類.. . . 31

2.3.1 「ところヲ」構文の4分類. . . 31

2.3.2 「ところヲ」構文の下位分類と特徴. . . 32

2.3.3 「ところヲ」構文成立使用の条件 . . . 36

2.4 「ところ」の多義性と階層性. . . 37

2.5 形式と意味との不一致性について . . . 40

2.6 「ところヲ」構文の他動性.... . . . 41

2.7 結び............. . . . 44

第3 章 状況構文の他動性と階層性 「ところヲ」構文の副詞句類を中心に 3.1 はじめに . . . 46

3.2 先行研究 . . . 47

3.3 先行研究の問題点と本論の課題 . . . 49

3.3.1 先行研究の問題点 . . . 49

3.3.2 課題 . . . .. .. 49

3.4 いわゆる副詞句「ところヲ」構文の下位分類 . . . 49

3.4.1 「決まり文句」類 .. . . 50

3.4.2 「逆接」類 .. . . 51

3.5 「ところヲ」構文の「決まり文句」類と状況「中ヲ」構文 . . . 54

3.6 「ところヲ」状況構文の階層性と他動性 . . . 56

3.7 結び . . . 60

第4 章 移動構文と他動性 いわゆる移動構文の他動性と分類について - 中国語訳との対照を中心に- 4.1 はじめに . . . 61

4.2 先行研究と問題点 . . . 62

4.2.1 先行研究 . . . 62

4.2.2 問題点 . . . 65

4.3 移動構文の分類 . . . 67

4.3.1 I 類 典型的他動詞構文に類似する類 . . . 67

4.3.2 II 類 通過経路・点、出発点の類 . . . 71

4.3.3 III類 主語が無情物である類. . . 72

(7)

iv

4.4 認知言語学からの考察. . . .. . . 73

4.5 結び . . . . . . 75

第5 章 受動と他動性について 日本語の「によって」受動文と中国語の「由字句」について 5.1 はじめに.. . . 77

5.2 中国語の「由字句」について.. . . 79

5.3 日本語の「によって」受動文について.... . . 83

5.4 日本語の「によって」受動文と中国語の「由字句」の共通性... . . 86

5.4.1 共起する動詞の特徴.... . . . 86

5.4.2 動作主の焦点化、表現の主観性と客観性 . . . .. . . . 89

5.5 認知言語学からの受動の考察.. . . .. 92

5.5.1 日中両語の受動の共通性 . . . . 92

5.4.2 日中受動と自動と使役の連続性...... . . .. 93

5.5 結び . . . . . . .. 95

第6 章 使役・受動と他動性 日中両語の使役と受動の接近する類似点と相違点 6.1 はじめに . . . .. 97

6.2 日本語の使役と受動の接近 . . . . 99

6.2.1 従来の日本語の使役と受動の分類 .. . . .. 99

6.2.2 新しい日本語の使役と受動の分類の提案. . . .104

6.2.3 提案分類による日本語の使役と受動の接近 .. . . .110

6.3 中国語の使役と受動の接近 . . . .111

6.3.1 従来の中国語の使役と受動の分類 . . . .111

6.3.2 新しい中国語の使役と受動の分類の提案 .. . . .115

6.3.3 提案分類による中国語の使役と受動の接近 .. . . .123

6.4 日中両国語の使役と受動が接近する類似点・相違点及び条件. . . .125

6.5 使役と受動に関するプロトタイプ論的解釈 ......... . . . . .125

6.5.1 日中両語の使役の階層性のプロトタイプ論的解釈 . . . .126

6.5.2 日中両語の受動の階層性のプロトタイプ論的解釈 .. . . .128

6.5.3 日中両語の使役と受動との連続性のプロトタイプ論的解釈. . . .128

6.6 結び ... . . .129

第7章 結語 . . . .131

(8)

v

謝辞 . . . .139

註 . . . .140

参考文献 . . . .146

例文出典 . . . .150

資料編 . . . .157

(9)

1

序 論

これまで例外的用法として解釈が定かでなかった自動・他動、および、使役・

受動の用法を周辺問題として取り上げる。多くの言語資料からの検討、およ び、日中両語の比較を通じて、この周辺問題を体系化する方法論を示す。

(10)

2

0.1 背景とこれまでの問題点

他動性を中心に文法現象を考える場合、他動詞と自動詞、他動詞構文と自動詞構文、使 役と受動、の形態的意味対立は明白であり、これらの境界もはっきりしている、と一般に は理解されている。特に日本語の場合、名詞の格形式や動詞の形態が明白であるため、典 型的な他動性が何であるかは分かりやすい。

しかしながら、すべての場合がこのように表現されるわけではなく、自他動詞の対立や 使役・受動の対立がなくなったり、自動詞が他動性の標識「ヲ」格を取ったり、使役の意 味的他動性がなくなって繋がる場合が、実際の用法には見られる。

このような例外的用法と思えるような他動性の研究はこれまで必ずしも十分ではなか った。それがためにこのような用法に対する解釈が定まっておらず、理解が困難である。

例えば、自動詞と「ヲ」格が共起しこれらが表面的には単純に対応しない現象をどのよう に解釈すべきか、あるいは、使役の対極に位置する受動は意味的に自動詞文に近いと言わ れているが、どのように繋がっているのか、などに関して特に研究が少ない。

0.2 目的とアプローチ

0.2.1 目的

本研究は、通常の用法として考えられ多く現れる文法現象を「典型」、そうではなく例 外的とも思われるような文法現象を「周辺」と定義し、他動性に関する周辺問題を体系的 に解釈することを目的とする。特に、自動か他動かが定義し難い現象を研究対象とし、そ の構文の特徴を明らかにする。

0.2.2 本研究での典型と周辺の定義

言語学では周辺という概念が色々な意味に使われている。例えば規則性と例外的現象を 扱う場合に、典型と周辺の概念を用いる場合(仁田 1997) もあるが、本研究では原型論

(プロトタイプ:prototype)に基づいた周辺の概念を用いる。原型論は、認知心理学、言 語学、計算機科学、哲学、文化人類学などの研究者が人間の思考を学際的に研究するよう になった 1960 年代から 1970 年代にかけて、Rosch の原型範疇、Kay の原型意味論などの 理論として導入された概念であると言われている(坂原 2000)。

原型論の考え方は、個々の現象がある範疇に属するか属さないかは、絶対的な基準によ るのではなく、範疇の特徴をどれ程有しているかという程度問題によって決まる、という

(11)

3

ものである。従って、帰属範疇が有している特徴をより多く満たしている現象は原型的で 典型的な存在であり、そうでない場合は周辺的な存在である。日本語の他動性は、助詞格、

動詞の形態、構文などから様々に扱われてきたが、本論文では原型論に基づいて他動性を 扱う。

原型論は日本語の様々な文法現象の解釈・説明に使われている。主語を原型論的に考察 する研究(柴谷 1985)、日英語の使役構文を原型論的に考察して英語の使役文の「行為者」

の範疇は原型論的に拡張しやすいが日本語の場合は容易ではないと考察する研究(西村 2000)、具格と原因格を原型論的に説明する研究(山梨 1997)、などがある。

0.2.3 アプローチ

本研究の目的である他動性に関する周辺問題の体系的解釈のために、本研究では、周辺 現象の諸例を日中両語の言語資料から収集して、主に対照研究の立場から検証するという 第 1 のアプローチと、他動性を原型論的に解釈するという第 2 のアプローチを採る。

日中両語の対照研究に基づくアプローチを取る第 1 の理由は、他動性に関する両言語の 共通点から議論することよって、日本語に閉じた解釈に囚われない解釈を行う点にある。

第 2 の理由は、日本語と異なり、中国語は使役文と受動文と自動文が重なっているので、

日中両語の対照研究が、文法体系の究明に役立つと考えるからである。

また、他動性を原型論的に解釈するアプローチを採る理由は、すべての文法現象が二値 論理のような明白的な境界がないように、他動性に関する文法現象も他動詞構文か自動詞 構文かという従来の二分法では、その構文の文法的な振舞い、意味的な振舞いが一般的に 予測できない事例が多く存在するからである。例えば、本論文第6章の、形式的には他動 的な構文でも意味的には必ずしも能動的な行為や動的な事象を表していない現象や、逆に 第4章のように、自動詞が文中に現れて一見自動詞構文のように見えても必ずしも自律的 な変化や状態を表わさない現象、また第1章のような動詞と格とが単純に対応しない現象 などがその一例である。このような多様な表現を解釈し説明するには、他動か自動かとい う二分法よりも、他動と自動は「対立すると同時に有機的に連続している」という、より 多様でかつ柔軟的な視点が必要であると考えるのである。

0.3.原型論に基づく他動性解釈

0.3.1 先行研究

他動性を原型論に基づいて議論する先行研究は多い。

(12)

4

山梨(1997)は、周辺を典型に対する概念として定義して、構文が他動詞構文的か自動詞 構文的かを判断する 5 要素 -意図的、能動的、現実的、完結的、瞬時的- を提案した。

また、他動詞構文の原型論として、(1) 内在項が二つ存在する(基本的には主体と対象)、 (2) 主体が能動的、意図性、有生の動作主、対象が被動作主、(3) 行為の影響は直接的、

(4) 変化は瞬時的、実現、完結的、(5) 一次的責任:動作主、(6) 単一事象的、を示した。

角田(1999)は、自動と他動の間にある現象を中間現象とし、他動詞構文の意味的な側 面と形の側面に分けて原型論を示した。意味的側面とは、(1) 参加者が 2 人(動作者と動 作の対象)またはそれ以上いる、(2) 動作者の動作が対象に及び、かつ対象に変化を起こ す、(3) 動作者と対象は無生物の場合もある(従って 2 人でなく、2 つの場合もある)、 場合であるとしている。形の側面とは、意味的に他動詞構文の原型であるものがその言語 で持っている文法的特徴であるとして、日本語では、「例:太郎が花子を殺した」のよう な場合であると主張している。

ウエスリー・M・ヤコブセン(1989)は、日本語の他動性の定義を解釈した。意味原型は、

「例:赤ん坊が花瓶を壊した」のように、ある対象に知覚可能な変化を起こすべく、動作 主が意図的かつ直接的にその対象に働きかける、という意味を表わすと主張している。意 味要素を個々に分立させると、(1) 関与している事物(人物)が 2 つ、すなわち、動作主

(agent)と対象(object)であり、(2) 動作主に意図性があり、(3) 対象物が変化を被り、

(4) 変化は現実の時間において生じる、という 4 要素だと提唱している。また文法原型は、

「を」格を伴う名詞句が文中にある点が第 1 の特徴、動詞が他動性を表す特別な形態を持 つ所謂他動詞である点が第 2 の特徴、と解釈した。

これら先行研究の共通認識には、日本語の他動性の原型には意味的原型と文法的原型と があると解釈している点が認められる。これら 3 者の考え方を比較すると、文法的原型の 捉え方は共通であるが、意味的原型には類似点だけでなく、相違点も見られる。動作者が 無生物の場合もある点に関して、角田(1999)は動作者を原型論的に考える立場から原型の 要素として提示する必要はないとの考えである。変化が現実の時間に生じ、瞬時、現実的 である点に関して、山梨(1999) とウエスリー・M・ヤコブセ(1989)は、動作者が意図的、

能動的、対象が変化を被った場合は、当然現実であることが保証されていると考えている。

0.3.2 本研究の定義

以上の先行研究のように、典型的な他動性に対する解釈は研究者間でほぼ一定であ る。さらに詳細な特徴で他動性の典型を説明しようとした代表的な論文に Lakoff(1977)

と Hopper and Thompson(1980)がある。河上(1996)によれば、Lakoff(1977)は典 型的な他動詞文は14の特性(注1)を保持するとし、Hopper and Thompson(1980)

は10の特性(注2)がある、としている。また、研究者によっては、他動性のプロトタ

(13)

5

イプの意味的特徴は、プロトタイプ的特徴つまり必要不可欠なものと周辺的特徴には分け られている(吉村 2008)。研究者や研究内容によって典型的な他動性の定義が異なり、い くつの特性で典型が定義されるのか、その特性間に優先順位があるのか、など多くの課題 が残されている。

本研究では広義的に使役をも他動の範疇に入れ、他動と自動との関係と同様に、使役と 受動との関係を考察することによって、意味的な他動性原型と形式的他動性の原型の定義 を試みる。Lakoff(1977)の特徴1~6と類似して、角田(1999)と基本的に違う点は、

動作者が無生物ではなく意思性のある有情者である点である。

この解釈の第一の根拠は、以下の条件が意味的他動性原型として必要不可欠な重要条件 であると考えることである。

1.何かを行う行為者がいる。

2.変化を被る対象がある。

3.その対象が被る変化は、行為者によって引き起こされたもの。

4.行為者がその行為を意図的に行い、コントロールでき、一番責任がある。

例:長女を早く死なせてから臆病になった 長女に早く死なれてから臆病になった

第二の根拠は、自他の枠内で使役と受身を解釈する場合に、「責任」という概念を導入 することが解釈を容易にすると考えられるからである。即ち、意図性とコントロール性が 徐々に下がり、自分の意図性が弱くなってコントロールできないために責任を感じる場合 も上述の例のように使役を使う。逆に責任が無くなる場合は受動になり、自動性に繋がっ ていく。「責任」という意味範疇は他動性の重要な条件になっていると考えられ、動作者 は意思性のある有情者であることが他動性の典型条件と考える。

形式的他動性の原型は先行研究と同様で、第一の特徴は動作の対象を表す「ヲ」格とい うマークであり、第二の特徴は動作の対象に働きかける作用を持つ他動詞が現れることで ある。つまり、形式的な他動性原型は「を+他動詞」である。

本研究では、以上のように意味的と形式的な両側面から考慮し、他動性の意味的原型(プ ロトタイプ)の四つの意味的特徴に形式的原型二つの特徴を加えると次の六つの特徴にな り、これらは日本語の他動性のプロトタイプの必要不可欠の要素である。

(プロトタイプ的意味的特徴)

1.何かを行う行為者がいる。

2.変化を被る対象がある。

3.その対象が被る変化は、行為者によって引き起こされたもの。

4.行為者がその行為を意図的に行い、コントロールでき、一番責任がある (プロトタイプ的形式的特徴)

(14)

6

5.「ヲ」格の使用 6.他動詞の使用

また、他動性の度合いの観点から他動詞のプロトタイプの意味的特徴は更にプロトタイ プ的特徴と周辺的特徴に分けられると吉村(2008)の立場に立ち、次の四つの周辺的意味 的な特徴を加え、これらの特徴も満たせば、日本語の他動性のプロトタイプになる。

(周辺的意味的特徴)

7.完結のアスペクト:目標の達成 8.現実ムード:現実を表す節である 9.対象の個別性:特定的で指示的なもの 10.瞬時性:点的で突然の行為を述べる

以上のように日本語の他動性のプロトタイプは、意味的側面は四つのプロトタイプ的意 味的特徴と四つの周辺的意味特徴で、形式的側面は二つのプロトタイプ的な特徴であり、

合わせて10の特徴になる。

0.4 本論文の構成

0.4.1 狭義・広義の他動性と形式的・意味的周辺問題

本研究では、他動詞・自動詞と他動詞構文と自動詞構文の問題を他動性の狭義の範疇、

受動と使役も他動性の広義の範疇として扱い、研究対象とする。狭義の他動性に関しては、

最も客観的な言語現象分析の手がかりである形式・構造の側面に注目して、形式的に文法 原型から離れている現象を第1章から第4章で形式的周辺問題として議論する。そして、

広義の他動性に関しては、形式的には中心的あるいは標準的であっても意味的には典型・

中心から離れている現象に注目し、意味的に原型から離れている現象を意味的周辺問題と して、第5章と第6章で議論する。

狭義と広義の他動性の議論に加え、本研究では更に、他動性の周辺問題を形式的周辺問 題と意味的周辺問題とに分け、前者を第1章から第4章で、後者を第5章と第6章で議論 する。

(a) 形式的周辺問題

形式的に文法的原型「を+他動詞」から離れている形式周辺問題に注目し議論する。

第1章では、他動性の典型的形式である文法原型「ヲ+他動詞」から離れている「中ヲ

+自動詞」状況構文を取り上げる。「中ヲ+自動詞」状況構文の周辺性は、本来は他動詞

(15)

7

と共起する他動性マークの「ヲ」格が自動詞と共起する点にある。従来の研究では、この 問題を文法的な「ズレ」として解釈することが多かったが、本研究では原型説に基づいて、

「状況構文」で動詞が格と単純には対応していない現象を、周辺現象・問題として位置づ ける。

第2章と第3章で扱う「ところヲ」状況構文も、形式的に典型的な他動性構文から離れ ている。「ところヲ」状況構文の周辺性も同様に、動詞が「ヲ」格と単純には対応しない、

あるいは、自動詞と共起する点にある。

第4章で扱う「を+自動詞」移動構文も、他動詞構文の文法原型から離れている。第二 章と同様に、移動構文の周辺性は、移動の意味を表す自動詞が他動性マークの「ヲ」格と 共起する点にある。

(b) 意味的周辺問題

第5章では、典型的受動文から意味的に離れている日本語の「によって」受動文と中国 語の「由字句」を、周辺的な問題として位置付け比較対照し議論する。両者の周辺性は、

典型的な受動文に比べて、量的形式的だけでなく、意味的にも典型的な受動文から離れて いる点にある。

第6章では、他動性が高い使役と他動性がない受動、という典型的な自他の対立意味関 係が弱まり、使役の他動性が無くなって受動に接近するという自他の接近関係を周辺問題 として位置付ける。この周辺性は、使役と受動が従来の典型的対立関係を離れている点に ある。

0.4.2 章構成

図 0.1 に本論文の章構成と章間の関係を示す。

最初に本章序論で本研究を始める背景、目的、研究対象、アプローチを示す。第1章か ら第4章では、他動性の形式的周辺問題を扱う。これは狭義の他動性とも言える。具体的 には「中ヲ」状況構文、「ところヲ」状況構文、移動構文を扱う。第5章と第6章では、

他動性の意味的周辺問題を扱う。ここでは受動と他動性、使役・受動と他動性について議 論する。他動性の標識「ヲ」格を扱わないという意味で、これは広義の他動性とも言える.

そして最後に全体を考察し、今後の研究方向についてまとめる。

(16)

8

図 0.1 章構成

(17)

9

1 章 状況構文と他動性

「中+ヲ」状況構文の他動性について

1.1 はじめに

本章では、例文 1-1,1-2 に示す、いわゆる「状況格」(註 1)「ヲ」を伴う状況構文 について議論する。(なお本章での例文では、目的名詞句部分を一重下線で、動詞句部 分を二重下線で表示する)。

1-1 彼は雨の中ヲ歩きながら、もう一度後の架空線を見上げた。 (引用作品 1) 1-2 お君は背中の子供を揺すり上げ、炎天の下ヲ走った。 (引用作品 2)

例文 1-1,1-2 のように、従来他動詞と共起する他動性の記号「ヲ」格が移動自動詞 と共起する問題は、これまでの先行研究では色々な観点から議論されてきたが必ずしも 十分ではなく、これまでの議論も、第 1.2 節で示すように文法関係と動詞の形態に偏っ ていた。移動構文で「ヲ」格移動自動詞と共起することが多いから移動構文と見なす、

という観点での議論が多い。

本研究は「ヲ」格名詞句は移動の意味より状況を表すことが多く、移動構文とは異な る意味的特徴を持っていると見て、認知言語学でよく用いられているプロトタイプ論の 観点から状況構文の他動性を検討する。

序論の 0.3.2 節では他動性のプロトタイプについて議論したが、本章でも基本的にプ ロトタイプ論に基づいて状況構文の他動性の度合いを考え、また移動構文との関連性も 併せてみる。先ず状況構文は、典型的な他動詞構文「「ヲ」+他動詞」の形式から離れて

「中ヲ」が自動詞と共起している点から、形式的には状況構文を周辺現象と定義し、そ の後に状況構文の意味的他動性を考えていく。

結論的には、「中ヲ」状況構文は、図 1.1 のように典型的な他動詞構文とは異なっ て、形式的には周辺的存在である。また、意味的には他動性がやや高いものから低い ものまである。また移動構文と区別しにくく両者の連続性も見られる。

図 1.1:状況構文と典型的他動詞構文との関係図

中ヲ状況構文

典型的他動詞構文 移動構文

(18)

10

1.2 従来の研究と問題点、及び本研究の課題

1.2.1 従来の研究と問題点

状況格の「ヲ」について、これまで柴谷や許斐らの副詞説と、杉本や寺村の状況・移 動説および準必須補語説で説明がなされて来た。本節では先行研究を概観し、その問題 点を考えてみる。

(A) 副詞説

柴谷(1978)や許斐(1993)らの「副詞説」は、主に以下の 2 点を根拠にしている。

根拠1: 二重対格目的語制限(一つの文は対格を二つとることができない)を受 けていない。

根拠2: 「ヲ」格句と動詞が、(例文 1-3)の「雨の中ヲ登りきった」のように

「目的語-動詞」の関係を表わしていない。

これらの根拠を支える例として以下の例を示した。

1-3 少年は雨の中ヲ坂を登りきり、院長の前で立ち止まり、ぴょこんと頭を下 げた。 (柴谷 1978)

1-4 彼は雨の降る中ヲ八木山峠を超えて行った。

1-5 お忙しい中ヲよくいらっしゃいました。

1-6 4人の学生は日吉館を出ると、厳しい寒気の中ヲ徒歩で新薬師寺へ向かっ た。 (許斐 1993) 以上のように、副詞説の根拠の根本には「一文一格の原理」がある。この点に関し て、杉本(1993)は必ずしもどのような格にも成り立つわけではないとの疑問を提し、

場所の「に」は一文に二つ共起することがあるとしている(例文:「東京には上野に動 物園がある」)。また、杉本(1986)も「ヲ」格の間に何らかの語が入り、連続性が無け れば問題がなく(例文:「三郎は太郎ヲ無理やり次郎ヲ殴らせた」)、「二重対格目的語 制限」は絶対的でないことを主張した。筆者も杉本と同様に、「一文一格の原理」の妥 当性はまだ議論の余地があると考える。例えば、例文:「歌を、詞を作っている。」の ように「ヲ」格が連続して現れることもできる。

(B)状況・移動説

杉本(1986)は最初、状況格の「ヲ」格を「状況補語」と主張した。その後、杉本(1993)

(19)

11

は状況格の「ヲ」も移動格「ヲ」の一種であり、意味的に共通性があり、別扱いする必 要がないと考え直した。すなわち、状況格の「ヲ」格を文法格の目的語と類似性がある 中間のものであるとし、連続的に状況格の「ヲ」を捉えた。

移動説の根拠は以下の 4 点である。

根拠1: 例文 1-7、1-8 のように「状況補語」か「移動補語」かが曖昧な場合 がある。

根拠2: 例文 1-9 のように何らかの移動性を伴う動詞とのみ共起する。

根拠3: 「状況補語」は「中」などによって場所化される。

根拠4: 例文 1-8、1-10 のように「一文一格の原理」に反しているように見 える場合は、状況補語「濃霧の中」が広い範囲、移動補語「峠」が狭い 範囲というように、「全体」と「部分」の関係で成り立っている。

1-7 桜吹雪の中ヲ歩いた。

1-8 桜吹雪の中ヲ道を歩いた。

1-9 太郎は友人の制止の中ヲ次郎に殴りかかった。

1-10 濃霧の中ヲ峠を超えた。

(杉本 1993)

以上のように、杉本(1993)は、状況の意味を表す「ヲ」格を移動自動詞と共起する

「ヲ」と同様に、移動の場所と考え直した。しかし、問題は共起する動詞は必ずしも移 動自動詞ばかりではないことである。(例文:「吹雪の中を山小屋を探した。」)筆者が 一番問題視しているのは、状況を表す「ヲ」格が移動の場所を表す「ヲ」と異なる点で あり、動詞との結び付きが単純には理解できない点である。この問題について、杉本

(1993)も「状況補語は、移動補語と比べて、動詞との結び付きが弱い。このため、状 況補語への動作の影響度が低く、直接受動文の主語にはならないと考える」と述べてい る。つまり、状況「ヲ」格と共起する動詞の問題は解決されたとは言えないのである。

また、「中を」は本当に移動の「広い場所」を表しているだけなのであろうか、という 疑問も残る。

(C)準必須補語説

寺村(1982)も状況格の「ヲ」格を文法格の目的語と類似性がある中間のものであると し、連続的に状況格の「ヲ」を捉えた。寺村(1982)は格を補語とし、述語にとってそれ がなければ描写が不完全と感じられる補語を「必須補語」、そうではないものを「副次補 語」と呼んでいる。二分できない場合、または述語の下位分類にとっての意味が大きい

(20)

12

と思われるものを「準必須補語」と呼んでいる。以下の「ヲ」格を「準必須補語」として いる。

1-11 街道ヲ行く。

1-12 こんな大雨の中ヲ来てくださった……

1-13 夕焼けの空ヲ西へ帰る雁の群れ。

(寺村 1982) 寺村(1982)は、「行く、来る、帰る」などは移動動詞の特殊なものであり、「ヲ」は 通り道を表わしている、と述べている。また「ヲ」格を使う動機は、移動のイメージを 思い浮かべさせ、一つの情景を醸し出す「ヲ」の力にある、としている。なお、本章で 議論する「状況格」は(例文 1-12)だけである。

以上のように寺村(1982)は、杉本(1993)と同じく、状況「ヲ」格を移動「ヲ」格と一 緒にし、典型的な「ヲ」格と類似性があると主張している。典型的他動詞文と状況「ヲ」

格は連続的に捉えているが、それ以上は深く言及していない。

1.2.2 本研究の課題

以上のように先行研究とその問題点を概観した結果、幾つかの問題が残されている ことが判明した。先ず、「ヲ」格は典型的な目的語か移動の目的語か、或いは状況格な のかの見解に一致が見られないことである。第 2 に、「ヲ」格と動詞との結び方の問題 もある。一方、副詞説では対応する動詞がないとされる。それに対して、目的語説では

「状況補語は、移動補語と比べて、動詞との結び付きが弱い」としながらも、移動性の ある動詞と共起し、移動目的語に類似している、としている。

先行研究には「中ヲ」名詞句の意味合いを複眼的に考える視点が欠け、また共起する 動詞の議論が不十分である上、文全体の意味的特徴についての議論が少ないなどの問題 点があった。そこで、本研究ではこのような問題点に鑑み、次の 3 点から、状況構文の 意味的他動性について考察していくことにした。

1: 「中ヲ」名詞句の意味的特徴 2: 「ヲ」格の意味的特徴

3: 「ヲ」格と共起する動詞の問題

1.3 「中ヲ」名詞句の多義性

先行諸研究では、況格構文の「中ヲ」名詞句が移動動詞の移動目的語であるかどうか

(21)

13

が重要視されていた。しかし、本研究の収集例文と先行研究の例文を概観すると、「中 ヲ」名詞句の意味的特徴は「移動場所」より、動作行為の行う「状況」・「状態」のほ うが多く、しかもその「状況と状態」は好ましくないことが圧倒的に多いことに気付く。

本研究では芥川龍之介の 40 短篇と小林多喜二の 10 短篇からすべての「ヲ」格名詞句 を抽出した。その結果、状況「ヲ」格名詞句例文は 10 例のみであった。これらの用例に 共通する「中ヲ」名詞句の意味的特徴を見てみよう。後節での中国語との対照比較の観 点から中国語訳を付けている。

1-14 然しそれだとしても、苦しい中ヲ通っていたので---秋になって、雑穀の 出廻期になると、姉は学校を帰るなり、輸出青豌豆の「手選工場」へ行 った。 (引用作品 3)

訳:既使如此,姐姐也还是在困苦中求学。因此,一到秋天杂粮上市的季 节,姐姐放学回来就到出口青豌豆的手工选豆工場去劳动。(引用作品 4)

1-15 彼は雨の中ヲ歩きながら、もう一度後の架空線を見上げた。(引用作品 1) 訳:他冒雨走着,再次仰望了一下后面的架空线。 (引用作品 5)

1-16 お君は背中の子供を揺すり上げ上げ、炎天の下ヲ走った。 (引用作品 2)

訳:阿君揺晃着背上背着的孩子,在盛夏的烈日底下迅跑。 (引用作品 6)

1-17 そこへ割引の電車が来た。こみあっている中ヲ、やっと吊皮にぶら下がる と、誰か後から自分の肩をたたく者がある。 (引用作品 7)

訳:开来一辆減价加班车,车上很挤,我好不容易抓住拉手。这时有人从背 后拍了拍我的肩膀。 (引用作品 8)

1-18 乗った時と同じように、こみあっている中ヲ、やっと電車から下りて停車 場へ入ると…… (引用作品 7)

訳:电车还是上的時候那么挤,好不容易才下了车,走进火车站一看……

(引用作品 8)

1-19 雪もよひの空の下ヲ西へ西へと走っていた。 (引用作品 9)

訳:在雪花行将飄落的天空下,一直往西航行着。 (引用作品 10)

1-20 ……血の池の空を眺めますと、そのひっそりとした暗の中ヲ、遠い遠い 天上から、銀色の蜘蛛の糸が、まるで人目にかかるのを恐れるように、

一筋細く光りながら、するすると自分の上へ垂れて参るのではありませ んか。 (引用作品 11)

訳:抬起头来往血池上空睥目一望,只见寂静异常的一片黑暗中,从遥远 的天边垂下一缕银色的蜘蛛丝,它仿佛怕被人发现似的,拖拽着一线细长 的微光,轻捷地朝自己头上垂挂下来。 (引用作品 12) 1-21 俊吉は全てに無頓着なのか、不相変気の利いた冗談ばかり投げつけなが

(22)

14

ら、目まぐるしい往来の人通りの中ヲ、大股にゆっくり歩いて行った。

(引用作品 13)

訳:也许俊吉是对一切都漫不经心吧,他依旧一边妙语连珠地闲谈,一边 迈开大步在令人眼花缭乱的行人中间行走着。 (引用作品 14) 1-22 医者が雨の中ヲ帰った後、慎太郎は父を店に残して、急ぎ足に茶の間へ

引き返した。 (引用作品 15)

訳:大夫冒雨回去以后,父親留在店里,慎太郎急忙回到吃飯间。

(引用作品 16) 1-23 僕はこの担架に乗せられたまま、大勢の河童の群がった中ヲ静かに何町か

進んでゆきました。 (引用作品 17)

訳:我被拾上担架,周囲拥着一大群水虎。我們静静的前进了好几百米。

(引用作品 18)

以上の「ヲ」格名詞句には、ほとんどの場合、「話し手」あるいは「動作主」から見 て、明らかに「状況」が好ましくないか特殊である、という意味的共通点がある。更に、

この「状況」は新しい「未知状況」の情報ではなく、既に分かっている「既知状況」の 情報である。

例えば、例文 1-14 は動作主の「姉」から見れば、「苦しい中」は「苦しい」「状況」

の、困窮状態である。例文 1-15 も動作主の「彼」から見れば「雨の中」の「雨」は決 して良い「状態」ではない。同じ悪い天気を表す例文 1-16 の「炎天」、例文 1-19 の

「雪もよひの空」、例文 1-22 の「雨」、例文 1-20 の「そのひっそりとした暗」など も同様である。また、車内状態を表している例文 1-17、1-18 も同様に、「こみあって いる」状態は動作主の視点で見て好ましくない状態である。例文 1-21 も「目まぐるし い往来の人通り」は「歩く」動作主には同じ、苦痛の状態である。

更にこの「状況」は「未知状況」でなく、「既知状況」である。例文 1-14 では、「苦 しい状況」である条件が分かった上に、「それだとしても」「通っていた」という条件複 文から分かるように、その状況は「既知状況」である。中国語訳も「既使如此」という 譲歩複文(前文がある事実を認め、後文が反対の角度から逆の意味を述べる文)になっ ている。

以上は主語の位置にある動作主の視点で、本研究の収集例文の「中ヲ」名詞句の意味 的特徴について検討したものである。今度は先行研究の「中ヲ」名詞句を見ていくこと にしよう。(例文 1-3 ~例文 1-12 は再掲)

1-3 少年は雨の中ヲ坂を登りきり、院長の前で立ち止まり、ぴょこんと頭を下 げた。 (柴谷 1978)

1-4 彼は雨の降る中ヲ八木山峠を超えて行った。

(23)

15

1-5 お忙しい中ヲよくいらっしゃいました。

1-6 4人の学生は日吉館を出ると、厳しい寒気の中ヲ徒歩で新薬師寺へ向かっ た。 (許斐 1993) 1-7 桜吹雪の中ヲ歩いた。

1-8 桜吹雪の中ヲ道を歩いた。(道―経路)

1-9 太郎は友人の制止の中ヲ次郎に殴りかかった。

1-10 濃霧の中ヲ峠を超えた。 (杉本 1993)

1-12 こんな大雨の中ヲ来てくださった・・・ (寺村 1982)

1-24 穏やかな春の陽の中ヲ公園を散策した。(公園―経路)

1-25 観衆の声援の中ヲ折り返し地点を通過した。(地点―経由点)

1-26 吹雪の中ヲ山中をさまよった。

1-27 吹雪の中ヲ山小屋を探した。

1-28 暗闇の中ヲ洞窟をさまよって、ようやく出口にたどり着いた。

1-29 人込みの中ヲ商店街を歩いて、疲れてしまった。

1-30 炎天下ヲその峠を越えた。

1-31 濃霧の中ヲ峠を越えた。 (杉本 1993) 以上の先行研究の例文は作例が多いようであるが、動作主の視点から見れば殆ど好 ましくない状況・状態である。しかし例文 1-7、1-8、1-24、1-25 のように「好まし くない」とはいえない状況もある。例文 1-7 は移動場所の「ヲ」格か状況の「ヲ」格か 曖昧性が残る例ととして使われている。その他の例文 1-8、1-24、1-25 の状況「ヲ」

格は移動「ヲ」と異なる点があり、どのような動詞と共起しても、移動補語(経路、経 由点、起点)と問題なく共起し、意味的には「経路的」である。即ち、移動動詞と共起 する「ヲ」格は移動の「起点、経由点、経路(経由範囲)」の何れかしか表わすことがで きない。それに対して、状況「ヲ」格は移動動詞だけでなく、例文 1-26、1-27 のよう に他の動詞とも共起しても、意味的には「経路的」であり、且つ「起点、経由点、経路」

を表す移動「ヲ」格とも共起することができる。

「中」の多義性

状況構文の「中ヲ」名詞句の多義性は名詞の「中」の多義性によると考えられる。次 は「中ヲ」名詞句の意味的特徴について辞書的な意味からも見てみよう。(日中辞典 小 学館より)

1:内側 (例文:かばんの中から本を取り出す)2:最中(例文:

雪の中を歩いて帰る。お忙しい中をわざわざおいでいただいて恐縮

(24)

16

です。)3:物事の一部 (例文:中で一番いいもの)4:まんなか

(例文:中の兄)5:位置・方向(例文:中の品)

辞書的な意味特徴から見ても「中」という語彙的意味は、表 1.1 のように具体的意味 を持つ「場所的意味=中間・内部」から、少し抽象的な意味(「時間」と「状況・状態」) へと広がっている。勿論、「方向」という意味合いもある。また「中」は語彙的意味だ けではなく、「最中」という「状況の継続性」の意を表す文法的意味もある。この点は 収集例文の「状況」の「最中」の意味と一致している。

表 1.1 「中」の意味的特徴

基本的・中心的(具体的) 拡張的・周辺的(抽象的)

1、空間 2、時間 3、状況・状態(進行中)

以上、先行研究と本研究での収集例や辞書的意味の考察から、「中ヲ」名詞句の意 味合いを総合的に拡張的に捉えることができ、「中ヲ」の「中」の意味合いは具体的 な「場所」から抽象的な「状況・状態」(進行中)まで跨っていることが分かった。結 局、「中」の意味合いの考察により、杉本(1993)のように状況「中ヲ」補語を移動 補語と無理に結び付ける必要がなくなったのである。また、構文によっては、次の ように「場所」と「状況」の二つの意味合いを曖昧に表すこともある(例文 1-7、1

-8 を再掲)。

1-7 桜吹雪の中ヲ歩いた。 (場所か状況)

1-8 桜吹雪の中ヲ道を歩いた。 (状況)

(杉本 1993)

さて、状況の意味を表す場合は好ましくない状況が殆どである。「好ましくない」状 況を「悪状況」と、好ましくなくもない状況を「中性的状況」と呼ぶこともできる。更 に、また「状況」は修飾語などによって、「動的」ないし「静的」に捉え分けることも できる。動的に捉えられる場合は、修飾語は「雨」「大雨」「吹雪」「桜吹雪」「往来の人 通り」等のような動的状況であり、「方向的」「進行的」の意味合いがある。静的に捉え られる場合は、「苦しい」「忙しい」「暗闇」「炎天下」「濃霧」等のような静的状況であ り、「状態的」の意味合いがある。両者の共通点は「経路的」「継続的」にあるようであ る。このように「状況」自体にも「悪状況、中性的状況、静的状況、流動的状況」のよ うに多義性がある。

(25)

17

1.4 「ヲ」格の意味的多義性

文法的性格が高い「ヲ」格には固有の意味特徴があり、日本語の多くの他動詞と一部 の自動詞は「ヲ」格を取り、行為や現象の成立に関わる様々な状況を示すことに使われ る。その意味的特徴は共起する名詞句と後続の動詞との関係から相対的に規定されてい る。

従来、「ヲ」格の意味的特徴については多くの研究がなされてきた。最近では英語と の比較で、次のように 14 類に細分化しているものもある(杉本 2005)。

1:動作の対象(今週 3 冊本を読んだ。)

2:行為の相手(僕は新入生達をお茶に誘った。)

3:結果(村人達は大理石で像を彫った。)

4:目標(3 人の男たちが委員長の座を狙っている。)

5:基準の対象(彼は 100 メートル競争で 10 秒を切った。)

6:動作の時間・期間(私はこの夏、一カ月をアルバータで過ごした。)

7:動作の距離・行程(参加者全員が 20 キロのコースを走破した。)

8:移動の場所:経路(そのパ-ティ-は山道を 3 時間も歩いた。)

9:移動の場所:起点(富太は 9 時に家を出て、9 時半には駅に着いた。)

10:移動の方向(その少女は私の方を振り向いて笑った。)

11:感情の志向・原因(兄は私の入試の合格をことのほか喜んでくれた。)

12:行為の内容(私たちは先生とその問題点を検討した。)

13:行為を向ける場所・箇所(その選手は雑念を振り払って的を射た。)

14:行為の道具(おじいさんは手回し臼を挽いてきなこを作った。)

また概括的に、動作感情を向ける用法と移動の場所とに大別する方法もある(橋本 1998 より)。

1: 動作(そろそろ会議を始めます。) 2: 感情(関係者は事件の発覚を恐れた。)

3: 移動(歩道を歩くようにしなさい。私たちは学校を 10 時に出発した。

太郎は神戸で電車を降りた。)

このように、「ヲ」格の意味的特徴を大別する方法もあれば、細分化する方法もあ る。「ヲ」格は形式的他動性の記号であるが、また移動自動詞(歩く)とも共起してい るのである。

認知的な視点からの格の解釈には「ゆらぎ」が認められ、主体の視点の取り方によっ ては、複数の格解釈がファジィな形で投影されてもいる。「ヲ」格の意味的解釈にも同

(26)

18

様のことが言えるのである。

前述のように、「ヲ」格の意味的特徴は多義的で、かつ相互に部分的に関連し合い、

重なっているが、少なくとも三つの意味特徴を表す。そこで、その枠を用いて、杉本

(2005)の 14 類を仮に分類してみると、表 1.2 のようになる。すると、少なくとも動作 は感情、及び移動の場所との間で、重複している部分(右の斜体太字)があることが分か る。

表 1.2「ヲ」格の意味的特徴

「ヲ」格の意味的特徴 杉本のヲ格に関する意味的特徴

動作を向ける対象 ①動作の対象 ②行為の相手 ③結果⑤基準 の対象 ⑥動作の時間・期間 ⑫行為の内容

⑬行為を向ける場所・個所 ⑭行為の道具

⑩移動の方向

④目標

感情を向ける対象 ⑪感情の志向・原因 ④目標

移動の場所 ⑦動作の距離・行程 ⑧移動の経路 ⑨移動の起点 ⑩移動の方向

また他動性の観点から見れば、表 1.3 のように「動作を向ける対象」のほうが典型的 で、「感情を向ける対象」及び「移動の場所」は周辺的である。つまり、「ヲ」格の典 型的意味特徴は他動的動作行為の働きかけ、支配される対象にある。その支配する力が 強い場合は、対象に変化と結果をもたらす。当然、④の動作目標や⑪の感情志向のよう に、働き掛ける力が向かったり、目指したりするだけの場合には、対象に変化は起こら ない。すなわち、「ヲ」格の意味特徴が周辺的になるのである。

表 1.3 「ヲ」格意味的特徴の階層性

以上のように、「ヲ」格の意味的特徴は一様に規定できない。しかし、少なくとも簡 潔に 3 類に纏めることができる。また、相互の間には重複部分もあること、典型的なも のから周辺的なものまであることが分かる。また、他の格(「に」「で」格)との比較で、

「ヲ」格の意味的特徴を研究する研究も多数ある。

典型的 1 動作行為の向く対象 2 感情の向く対象

周辺的 3 移動の向く対象

(27)

19

1.5 「ヲ」格と共起する動詞について

状況構文の動詞と「ヲ」格の共起の問題について、謝(2003a)は、形式的には自動詞と の共起で文法的不一致であるが文全体から意志性がある動詞との共起によって動作主が 困難な状況に向かうという意味的特徴がある、と結論づけた。また謝(2009)は、文法的 不一致の問題は動詞述語が背景化で省略の現象として見ている。即ち、次のように状況 を悪状況とそうでもない状況「中性的状況」に分類し、動詞が括弧の中のように何かの 述語を補えると提案した。悪状況の場合は動作主はそれに逆らって行動する。

(悪状況の例文)

1-1 彼は雨の中ヲ(あえて)歩きながら、もう一度後の架空線を見上げた。

(雨が降っていることを気にしつつもあえて)

1-3 少年は雨の中ヲ(あえて)坂を登りきり、院長の前で立ち止まり、ぴょこ んと頭を下げた。

(雨が降っていることを気にしつつもあえて)

1-5 お忙しい中ヲ(あえて)よくいらっしゃいました。

(忙しくて時間がないことを気にしつつもあえて)

1-14 しかし、それだとしても苦しい中ヲ(我慢して)通っていたので---秋に なって、雑穀の出廻期になると、姉は学校を帰るなり、輸出青豌豆の「手 選工場」へ行った。

(困窮生活に苦しんでいることを我慢して)

1-22 医者が雨の中ヲ(あえて)帰った後、慎太郎は父を店に残して、急ぎ足に 茶の間へ引き返した。

(雨が降っていることを気にしつつもあえて)

1-27 吹雪の中ヲ(我慢して)山小屋を探した。

(吹雪が吹き荒れていることを我慢する)

動作主から見れば決して悪状況でない場合、つまり中性的状況を表している構文の 場合は、対応する動詞「我慢」類の動詞ではなく「楽しみながら、浴びながら、受け止 めながら」等の動詞述語が背景化されたので、なんらかの動詞を補って補完できると解 釈することができる。

(中性的状況の例文)

1-8 桜吹雪の中ヲ(楽しみながら)道を歩いた。

(桜吹雪が舞っているのを楽しみながら)

1-24 穏やかな春の陽の中ヲ(浴びながら)公園を散策した。

(28)

20

(穏やかな春の陽を浴びる状況を楽しみながら)

1-25 観衆の声援の中ヲ(応援を受け止めながら)折り返し地点を通過した。

(観衆の声援に満ちた状況を受け止めながら)

また、文中では二重「ヲ」格の現象が見られなく、状況「ヲ」と移動「ヲ」格は区別 しにく状況と移動の境界線がはっきりしていないことも指摘した。

(状況とも移動的場所とも考えられる例文)

1-1 彼は雨の中ヲ歩きながら、もう一度後の架空線を見上げた。

(「雨の中で)と類似する =移動)

(「雨が降っていることを気にしつつもあえて」=状況)

1-7 桜吹雪の中ヲ歩いた。

(「桜吹雪の中で」と類似する=移動)

(「桜吹雪が舞っている状況を楽しみながら」=状況)

この解釈によって状況構文の自動詞と「ヲ」格の対応、二重「ヲ」格の問題が解消で きたと言えるが、文法現象の説明としては恣意性が残るという指摘もある。そこで本研 究では、謝(2003a)の、形式的には意思性のある動詞との共起で文全体の意味が通じ、動 作主から状況が困難な場合はその状況に逆らう意味が生じるが、逆な場合はその意味を 失うと解釈する。又「中ヲ」状況構文には、「悪状況」ではない場合と、例文 1-20 のよ うな主語が動作主ではなく無情者である場合もある。「中ヲ」状況構文が決して一様で はないことについては、構文の多義性として解釈する。また状況構文の多義性と他動性 については次節でプロトタイプ的に考察する。

次は再度収集例文の動詞述語の意味的特徴を見ていこう。

1-14 然しそれだとしても、苦しい中ヲ通っていたので---秋になって、雑穀の 出廻期になると、姉は学校を帰るなり、輸出青豌豆の「手撰工場」へ行っ た。 (引用作品 3)

1-15 彼は雨の中ヲ歩きながら、もう一度後の架空線を見上げた。(引用作品 1) 1-16 お君は背中の子供を揺すり上げ上げ、炎天の下ヲ走った。 (引用作品 2)

1-17 そこへ割引の電車が来た。こみあっている中ヲ、やっと吊皮にぶら下がる と、誰か後から自分の肩をたたく者がある。 (引用作品 7)

1-18 乗った時と同じように、こみあっている中ヲ、やっと電車から下りて停車 場へ入ると…… (引用作品 7)

1-19 雪もよひの空の下ヲ西へ西へと走っていた。 (引用作品 9)

1-20 ……血の池の空を眺めますと、そのひっそりとした暗の中ヲ、遠い遠い天

(29)

21

上から、銀色の蜘蛛の糸が、まるで人目にかかるのを恐れるように、一 筋細く光ながらすると自分の上へ垂れて参るのではありませんか。

(引用作品 11)

1-21 俊吉は全てに無頓着なのか、不相変気の利いた冗談ばかり投げつけなが

ら、目まぐるしい往来の人通りの中ヲ、大股にゆっくり歩いて行った。

(引用作品 13)

1-22 医者が雨の中ヲ帰った後、慎太郎は父を店に残して、急ぎ足に茶の間へ引 き返した。 (引用作品 15)

1-23 僕はこの担架に乗せられたまま、大勢の河童の群がった中ヲ静かに何町進 んでゆきました。 (引用作品 17)

例文1-20 以外の動詞は自動詞といえ、全て動詞自体に意志性があることが分かる。

例文 1-20 の主語の位置にあるものは無情者であるが、他の例文では全て有情者であ る。さらに動詞述語が表す動作は全て完遂性があることが分かる。

1.6 他動性のプロトタイプ論による状況構文の解釈

(杉村先生のコメント「序論のプロトタイプ論との関連付けも行う必要がある」の基づ き「中を」状況構文の他動性の階層性などを示した。また移動構文との連続性を示した)

1.6.1 状況構文の多義性と階層性

序論では、日本語の他動性のプロトタイプについて意味的側面と形式的側面の両面か ら規定し、意味的には 4 つのプロトタイプ的意味的特徴、即ち、必要不可欠の要素と 4 つの周辺的意味特徴があり、形式的には 2 つの特徴があるとした。

(プロトタイプ的意味的特徴)

1.何かを行う行為者がいる。

2.変化を被る対象がある。

3.その対象が被る変化は、行為者によって引き起こされたもの。

4.行為者がその行為を意図的に行い、コントロールでき、一番責任が ある

(プロトタイプ的形式的特徴)

5.「ヲ」格の使用 6. 他動詞の使用

(30)

22

(周辺的意味的特徴)

7. 完結のアスペクト:目標の達成 8. 現実ムード:現実を表す節である 9. 対象の個別性:特定的で指示的なもの 10. 瞬時性:点的で突然の行為を述べる

状況構文の中には少なくとも 2 つのタイプがあることを明らかにした。一つは「悪状 況」型、もう一つは「中性的状況」型で、他に状況か移動かを区別できない場合もあっ た。それを状況構文の他動性のプロトタイプ的観点から考察すると、他動性の階層性と 特徴を表 1.4 のように纏めることができる。

先ず、典型的な意味的他動性の側面からみると、多くの「中ヲ」状況構文は、「無情 者」の主語を除いて、意思性のある動作主が存在する。また動作主がその行為を意図的 に行なおうとする行為の意思性もある。悪状況の場合、動作主は何とかしてこの「悪状 況」を我慢して乗り越えようとする意味合いが強いが、悪状況でない場合にはそのよう な意味合いが出てこない。

次に、動作の受ける対象=状況があるものの、変化を被ることは特にない。また動詞 が自動詞であっても、動作主が有情者である場合にはその行為を意図的に行う意味合い ある。

以上のように典型的意味合いが全て満たされず周辺的な意味は満たしている。その上 形式的な他動性も部分的に満たしている。

このように「中ヲ」状況構文は意味的には多義的な構文である。即ち動作主からみる

「中ヲ」が悪状況である場合のように他動性が比較的に高い状況構文と、好ましいか特 にどちらでもない状況構文のように他動性が相対的に低い状況構文とがある。

表 1.4 状況構文の他動性の階層性と特徴 動作主の

意思性

動作主性 働きかけ る対象

動作の達 成性

他動詞 ヲ格 対 象 の 変化

悪的状況 状況

中性的状況 +- +- 状況

最後に、「悪状況」の場合の状況構文を中国語訳と比較してみよう。

1-15 彼は雨の中ヲ歩きながら、もう一度後の架空線を見上げた。(引用作品 1) 訳:他冒雨走着,再次仰望了一下后面的架空线。 (引用作品19)

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23

1-22 医者が雨の中ヲ帰った後、慎太郎は父を店に残して、急ぎ足に茶の間へ 引き返した。 (引用作品 15)

訳:大夫冒雨回去以后,父亲留在店里,慎太郎急忙回到吃飯间。

(引用作品20)

「冒雨」は日本語に逆訳すれば「雨ヲ衝く」あるいは「雨ヲ撞く」になる。北京標準 語でよく使う「冒雨」の代わりに、筆者出身の湖南省南部では「斗雨」を使うことがあ る。「斗雨出門」(訳:雨の中ヲ出かける)とか「他斗雨插田」(訳:彼は雨の中ヲ田植 えする)などはよく耳にする言葉である。「冒雨」(斗雨)とは雨が降っていても、「闘」

という漢字の意味どおり、「闘争」の意である。つまり「悪状況」と戦って行動するこ とである。

「雨の中ヲ」は移動の場所ではなく「悪状況」を表している場合は、例文(15)(22)の

「雨の中ヲ」の中国語訳は、「冒雨」としか訳せない。この訳文には、現在の状況が好 ましくなく、そのことが分かった上で敢えて立ち向かう、という意味合いが強く表れて いるからである。

もし仮に、「在雨中「在・・・中」」と訳したら、このような動作主の「悪い状況」と対 峙する意味合いは失われてしまう。逆に日本語の「雨の中で」と対応し、移動の場所と いう意味合いしかない。

このように状況が好ましくない場合は、日本語と同様にその好ましくない状況を何と かする意味の表現方法が中国語にもある。この意味では状況構文日中両語おける類似点 があることも分かった。

1.6.2 状況構文と移動構文との連続性

前節では「中ヲ」状況構文の中には意味的に多義的なものがあることが分かった。ま た、状況構文と移動構文との関連性について先行研究では両者が同質なものと捉えられ ているが、本研究では移動格と状況格両者を認め、移動構文と状況構文が異質なもので あると同時に連続性を保っていると考える。この点について例文 1-7 のように「場所」

と「状況」の二つの意味合いを曖昧に表す例文を見てみよう。

1-7 桜吹雪の中ヲ歩いた。

1-8 桜吹雪の中ヲ道を歩いた。

例文 1-7 の「中ヲ」名詞句は、「中」の多義性によって場所とも状況とも捉えられる。

つまり桜吹雪が舞う場所とも「舞っている状態」とも考えられるからである。例文 1-8 は逆に道という移動の場所が存在するから「中ヲ」名詞句は状況と考えた方が妥当であ

(32)

24

ろう。このように「中ヲ」名詞句の多義性によって「中ヲ」構文では状況構文か移動構 文か曖昧性が残り、連続性を保っているとも言える。また典型的他動詞文も含めた関係 は次のようになる。

図 1.2 移動構文と状況構文と典型的他動詞文との関連図

1.7 結論

本章では形式的に典型的他動詞構文「ヲ+他動詞」から離れ、「中ヲ」が自動詞と共 起したり、或いは単純には後続動詞と対応しなかったりする現象を周辺現象と定義し て、これを自動他動という枠の中で、他動か自動かという二分法より他動性の度合いと いう観点、即ち認知言語学のプロトタイプ的な観点から、「中ヲ」構文を議論した。

結論として、「中ヲ」名詞句の多義性と「ヲ」格の意味的多義性と、動詞と「ヲ」名 詞句との関係から、次の 3 点を得た。

1 状況構文は、形式的には「ヲ」格が自動詞と共起するなど、典型的な他動詞構文の形 式とは異なるが、意味的には周辺的意味的特徴の全てとプロトタイプ的な意味的特 徴の一部を満たしている。

2 少なくとも他動性の意味では、「中ヲ」状況構文に多義的な構文が存在する。

3 「中」名詞句などの多義的な意味合いから、状況構文と移動構文との間には連続性 が見られる。

典型的他動詞文 悪状況構文

移動構文

中性状況構文

(33)

25

第 2 章 「ところヲ」構文と他動性

「ところヲ構文」の「停止・救助・攻撃・捕捉」類について

-「補文述語句が表す状況」の視点から-

2.1 はじめに

本章では前章の「なかヲ」と同様に、表面的に形式と意味とが一致しない現象が見られ る「ところヲ」構文について考察する。「ところヲ」構文とは、以下の例に示すように、

「ところヲ」を使って補文が主文に結びつけられた構文である。これらの例では、動詞と

「ヲ」格は単純に対応しないし、自動詞が「ヲ」格と共起している。また、同様な条件で あるにもかかわらず例文 2‐1 は非文になる。なぜであろうか。

2‐1* (註 1)警察は太郎が花子に似ているところヲ捕まえた。

2‐2 太郎は花子が気を失っているところヲ襲った。

2‐3 その泥棒が逃げて行くところヲ警察に捕まった。

このような「ところヲ」構文についてこれまでいろいろ議論がされてきた。しかし、「と ころヲ」補文を副詞句と見做すか目的語句と見做すか、さらには、「ところを」が使われ ている文章をすべて「ところヲ」構文と見做すかどうかについても議論が分かれているの が現状である。

次の第 2.2 節ではこれらの先行研究を概観し、問題点を指摘する。第 2.3 節では初めて

「ところヲ」構文の分類を試みる。第 2.4,2.5,2.6 節では、その 4 分類の 2 つ、つまり、

形式と意味が不一致の II 類とⅢ類について、「ところヲ」補文が表現している意味合いと、

主文動詞との関係に着目して、「ところヲ」構文の成立条件と他動性について考察する。

結論としては、「ところヲ」状況構文は形式的には典型的な他動詞構文とは見なされ難 いようであるが、意味的には図 2.1 のような他動性がある構文であることを示す。

図 2.1:「ところヲ」構文と典型的他動との関係 ところヲ構文

典型的他動構文

図 0.1  章構成

参照

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