真核生物での遺伝子読み取りの仕組みを解明
発表者:
胡桃坂仁志(東京大学定量生命科学研究所・クロマチン構造機能研究分野・教授)
関根俊一(理化学研究所生命機能科学研究センター・チームリーダー)
雑誌名:
「SCIENCE」
日本時間10月5日(金)午前3時(米国東部夏時間4日(木)午後2時)
発表のポイント:
◆遺伝子の読み取り装置であるRNAポリメラーゼが、ヒストンタンパク質によって折りた たまれた染色体構造中のDNAを読み取る姿(構造)を、クライオ電子顕微鏡を用いて解 明した。
◆生物学上の謎であった、染色体中に折りたたまれたDNAから遺伝情報を読み取る仕組み を初めて解明した。
◆染色体でのDNAの折りたたみの不具合は遺伝情報の読み取りの異常を招き、がんや精 神・神経疾患などの原因となるため、本発見は、これらの疾病の治療法の開発につながる ことが期待される。
発表概要:
ヒトを始めとする真核生物では、遺伝子の情報を持つゲノムDNAは、ヒストンタンパク質 と結合してヌクレオソームと呼ばれる構造体を形成し、ヌクレオソームが数珠状に連なった状 態で染色体に収納されています。DNAの遺伝情報は、RNAポリメラーゼによって読み取られ ることで機能します。しかし、ヌクレオソーム中でヒストンに巻きついたDNAがRNAポリ メラーゼによって読み取られるメカニズムは、長い間の生命科学上の謎でした。
東京大学定量生命科学研究所の胡桃坂仁志教授、鯨井智也助教、理化学研究所生命機能科学 センターの関根俊一チームリーダー、江原晴彦研究員、白水美香子チームリーダーらは、共同 にて、転写装置であるRNAポリメラーゼIIがヌクレオソームのDNAを転写している最中の 複合体を試験管内において再構成し、転写反応の各ステップの立体構造を、クライオ電子顕微 鏡を用いて解明しました。
今回明らかになった一連の立体構造から、RNAポリメラーゼIIがヒストンに巻きついた DNAを段階的に剥がしながら遺伝子の読み取りを行う様子が明らかになりました。
染色体におけるDNAの折りたたみの破綻は、RNAポリメラーゼIIの読み取り異常を誘発す るため、がんや精神・神経疾患、メタボリックシンドロームなどの生活習慣病の発症と密接に 関連しています。今回の発見は、これらの疾病の原因解明や治療法確立のための重要な情報を 提供します。
発表内容:
研究の背景・先行研究における問題点
ヒトをはじめとする真核生物では、遺伝情報の本体であるゲノムDNAは、ヌクレオソーム
(注1)が数珠状に連なるクロマチンと呼ばれる構造をとり、染色体を形成しています。ヌク
レオソームは、ヒストンタンパク質にDNAが巻きついた円盤状の構造体です。生命の維持に 必須である遺伝情報の読み取りは、クロマチンの上でなされています。その実態は、RNAポ リメラーゼII(注2)が、DNAを読み取り、メッセンジャーRNAを合成する転写反応です。
しかし、RNAポリメラーゼIIが、ヒストンに巻きついたDNAを転写する機構に関しては、
これまでに多くの研究がなされてきましたが、ほとんどわかっていませんでした。
研究内容(具体的な手法など詳細)
東京大学定量生命科学研究所・胡桃坂教授、理化学研究所生命機能科学研究センター・関根 チームリーダーらは、試験管内においてヌクレオソームを再構成し、ヌクレオソームを形成し たDNAをRNAポリメラーゼIIによって転写させる実験を行いました。その結果、RNAポリ メラーゼIIはヌクレオソーム上の特定の4箇所で一時的に停止しながら転写を遂行すること がわかりました。そこで、それらの停止位置でのRNAポリメラーゼIIとヌクレオソームとの 複合体を調製し、理化学研究所(横浜地区)のクライオ電子顕微鏡(注3)を用いた単粒子解 析によってそれらの立体構造を解明することに成功しました。構造解析の結果、RNAポリメ ラーゼIIは、ヌクレオソーム中のDNAを、0、20、50、60塩基対と段階的に剥がすことで転 写を遂行していることが解明されました。
これまでのX線結晶解析を中心とした構造解析研究では、サンプルの単離精製と結晶化が必 須でした。しかし、転写を行なっている最中の、各ステップにおけるRNAポリメラーゼIIと ヌクレオソームとの複合体の単離精製はとても困難であり、ほぼ不可能でした。そのため、ど のようにRNAポリメラーゼIIがヌクレオソーム中のDNAを転写しているのかは、不明のま までした。今回は、最新のクライオ電子顕微鏡法の技術によって、それぞれのステップごとに RNAポリメラーゼIIとヌクレオソームとの複合体を単離精製することなく、すべてのステッ プでの複合体が混在した状態でデータを取得し、コンピューター上で個別に解析することで構 造決定を成し遂げました。
社会的意義・今後の予定 など
染色体を構成するDNAのヌクレオソーム構造は可逆的に変化し、遺伝子のオンとオフを制 御することが知られています。このような、DNA配列に依存しない、ヌクレオソーム中のDNA の折りたたみによる遺伝子のオンとオフの制御はエピジェネティクスと呼ばれ、近年注目を集 めています。エピジェネティクスは、受精卵から多種多様な組織や臓器が作られる発生過程に おいて、細胞の分化や増殖に重要な役割を果たしています。DNAの折りたたみの破綻はエピ ジェネティクスの異常を招き、本来オフの遺伝子をRNAポリメラーゼIIが読み取ってしまう など細胞の正常な機能が失われ、がん、精神・神経疾患、メタボリックシンドロームなどの生 活習慣病が引き起こされる原因になると考えられています。
遺伝子オンの状態では、RNAポリメラーゼIIが読み取れる状態でDNAが折りたたまれて いますが、どのようにヌクレオソーム中でDNAが読み取られているのかは大きな謎でした。
今回の発見は、このような生命科学上の謎を解明したことに加え、これらの疾病の原因解明や 治療法確立のための重要な情報を提供します。
本研究では、最も基本的な型のヌクレオソーム構造をRNAポリメラーゼIIが読み取るプロ セスを解明しました。しかしヒトを含む真核生物の染色体では、多様なヌクレオソーム構造が 形成されており、それらがどのようにRNAポリメラーゼIIによって読み取られているのか、
そのメカニズムを明らかにすることが今後の課題です。また、RNAポリメラーゼIIと共同し
て働く転写活性化因子群のヌクレオソームDNAの読み取りにおける役割の解明など、今後、
爆発的な展開が期待できます。
発表雑誌:
雑誌名:「SCIENCE」(オンライン版:10月4日)
論文タイトル:Structural basis of the nucleosome transition during RNA polymerase II passage
著者:Tomoya Kujirai†, Haruhiko Ehara†, Yuka Fujino, Mikako Shirouzu, Shun-ichi Sekine
*, Hitoshi Kurumizaka*(※ 第一著者に†、責任著者に*)
問い合わせ先:
胡桃坂仁志(東京大学定量生命科学研究所・クロマチン構造機能研究分野・教授)
関根俊一(理化学研究所生命機能科学研究センター・チームリーダー)
用語解説:
1. ヌクレオソーム:真核生物のゲノムDNAを折りたたむ基盤の構造。ヒストンタンパク質で作ら れるコアに、DNAが左巻きに1.7回転巻きついている。
2. RNAポリメラーゼII:真核生物の遺伝子を読み取るタンパク質複合体。転写によって、タンパ
ク質合成の鋳型となるメッセンジャーRNAを作る。
3. クライオ電子顕微鏡:サンプルを氷に埋め込んだ状態で、電子顕微鏡によって生体高分子の立体 構造を解析する手法。2017年にノーベル化学賞。
添付資料:
図 1 真核生物でのヌクレオソームでの RNA ポリメラーゼ II による転写反応
図 2 本研究から明らかになった段階的なヌクレオソーム DNA の読み取りの様子
RNA ポリメラーゼ II は、ヌクレオソーム DNA を 20 塩基対(左から 2 番目)、50 塩基対(左から三番目)、
60 塩基対(左から 4 番目)と、段階的にヒストンから DNA を剥がしながら読み取る。左端は、ヌクレオ ソームに RNA ポリメラーゼ II が衝突した状態。