(144) 印 度 學 佛 教 學 研 究 第53巻 第1号 平 成16年12月
大乗仏教 の発見 した真理 の内実
と くに無 明 即 明等 を支 え る五 つ の原 理 につ い て 島 村 大 心 1.大 乗 仏 教 の 発 見 し た 真 理 主 要 般 若 経 典 に は,空 を相 資 相 依 とす る用 例 は全 く無 く,空 は全 て無 自性 ・平 等 ・無 相 ・真 如 ・法 界 ・般 若 波 羅 蜜 多 ・涅 槃 等 の意 味1と して 用 い られ て い る. 筆 者 は これ を 空 の 公 理 と名 づ け る(根 拠 は,そ れを微 塵 の喩2)で 説明 す るこ とは出来 て も,論 理構 造 をもって説明す る ことは不可).八 千 頌,大 品 般 若,大 智 度 論,中 論 華 厳 経,涅 槃 経,起 信 論,釈 摩 詞 術 論,摂 大 乗 論 等 を 見 る と,こ の 公 理 か ら,大 乗 仏 教 の 発 見 した 以 下 の 十 の 定 理(内,基 本的 な四を筆者 は特 に真理命題 と仮 に名 づ ける)が 導 出 さ れ る と考 え られ る.―能 所 識 の 滅(第 一真理命題)(唯 識 の境識倶泯 に 相 当).大 乗 経 論3)4)に 広 く説 か れ 空=無 相 即 ち真 如 に 於 い て は,能 取 所 取 識 別 作 用 が 成 立 しな い.無 明即 明 ・煩 悩 即 菩 提 ・輪 廻 即 涅 槃 ・俗 諦 即 勝 義 諦(第 二真理 命 題)2.で述 べ る.真 如 の 実 有 ・常 恒(第 三真理命題)(唯 識の円成実性の実有5)に相 当).〈 空 な る事 態 ・諸 法 実 相 即 ち 現 象 界 が仏 に 対 して 実 現 して い る あ り方=現 象 界 の真 実 の あ り方 〉 が実 有 ・常 恒 不 変 な る こ とを説 い た もの6).後 得 智(第 四真理 命題]真 如 の 無 作 用(第 六定理)と 如 来(=真 如)の 利 他 行 の 矛盾 を説 明 す る為 に 案 出 さ れ た概 念 だ が,論 理 的 に は 説 明 で き な い(こ のため 『起 信論』 は不思議 業相7) と呼ぶ).公 理 とす べ きか.離 言(第 五定理)『 起 信 論 』 の離 言 真 如 の こ と8).個 物 の な い 空 に於 い て は文 の主 語 も,属 性 で あ る述 語 も成 立 しな い.無 作 用(第 六定 理)作 用 と は個 物 間 に働 くもの で,個 物 の滅 した 空 ・真 如 の お い て は,作 用 は成 立 しな い9).無 時 間(第 七定理)『 摂 大 乗 論 』 の 十 一 識 の無 存 在IO),『八 千 頌 』11等 に説 か れ る.因 果 律 の 不 成 立(第 八 定理)摂 論 の十 一 識,智 度12)他 に 説 か れ る. 個 物 の な い 真 如 ・空 に 於 い て は個 物 に働 く因 果 律 は成 立 しな い.無 空 間(第 九定 到 摂 論 の十 一 識 『華 厳 経 』 に説 か れ る仏 の瞬 間移 動 の根 拠.数 ・量 が 無 い こ と (第十定理)摂 論 の十 一 識 個 物 が な い所 に数 ・量 は存 在 しな い12). 337(145) 大乗仏教 の発見 した真理 の内実(島 村) 2.無 明 即 明 ・煩 悩 即 菩 提 ・輪 廻 即 涅 槃 ・俗 諦 即 勝 義 諦 を 支 え る 五 つ の 原 理 上 記 の第 二 真 理 命 題 に つ い て.「 愚 痴 の実 相 は是 智 慧 な り」(智 度― 大正25― 321ab)「 世 間 は 涅 槃 と異 な らず 」(同138a),こ の他 中 論25―19 ,20等,本 命 題 を表 す大 乗 経 論 に お け る記 述 は極 め て多 い.島 村bのA資 料13)と して 挙 げた139 例 も,そ の 一 部 に過 ぎず,大 乗 経 論 は これ を説 く こ と こそ 自か ら の使 命 と して い る感 が あ る.そ して 一 部 の経 典 論 書 は こ の第 二 真 理 命 題 の 成 立 根 拠 を明 らか に す る努 力 を傾 け た.そ の第 一 は摂 論 の 「二 分 依 他 性 」14)であ る.一 人 の行 者 の心 は, 未 覚 時 に は迷 妄 で あ り悟 れ ば 仏 智 と して あ る.こ の 〈迷 妄(無 明 ・俗諦)ま た は 仏 智(明 ・勝 義諦題〉 とな る以 前 の状 態 を観 念 的 に措 定 して,そ の 時 の 心 を無 著 は 二 分 依 他 性 と言 う純 粋 概 念 と して 設 定 した の で あ る.こ の措 定 さ れ た地 点 か ら 〈無 明 また は 明 と して あ る行 者 の心 〉 を見 れ ば,そ れ は 同一 人 の 同 じ一 つ の心 で あ るか ら,〈 無 明 で あ っ た 心 も明 とな っ た 心 も 同 じ一 つ の心 で あ る〉=無 明 即 明 =俗 諦 即 勝 義 諦 との 理 解 を 可 能 とす る論 理 の構 築 に 成 功 し た の で あ る.第 二は 『起 信 論 』 の 中 性 の一 心15)で あ る.『 起 信 論 』 は衆 生 の 一 心 が 心 念(=虚 妄分別 ・ 無明)を 離 れ れ ば(=一 心独存),真 如(=悟 り)16)で あ り,無 明 が 浄 法(一 心 の こ と題 を 薫 習 す れ ば 妄 心 に な る とす る17).つ ま り一 心 独 存=明 ・悟 り ・勝 義 諦 で あ り,一 心 に 無 明 が 薫 習 す れ ば 妄 心=迷 妄=煩 悩=俗 諦 とす るの で あ る.従 っ て こ の一 心 は,衆 生 の 心 が 迷 妄 と悟 りに な る前 の も の と して 措 定 され た ・謂 わ ば 中性 の一 心 と も言 うべ き も の で あ る.こ の 純 粋 概 念 と して の 中 性 の 一 心 は,同 一 人 の 一 つ の衆 生 心 で あ るか ら,そ の視 点 か ら見 れ ば,中 性 の 一 心 は悟 り ・勝 義 諦 と迷 妄 ・俗 諦 との 両 面 を兼 ね 備 え て い る こ と に な り,こ れ に依 っ て,俗 諦 即 勝 義 諦 (第二真理命題)の 説 明 は可 能 とな る.以 上 の一 心 は摂 論 の二 分 依 他 性 に他 な らな い.―第 三 は 『釈 摩 詞 術 論 』 の 眠 士 夫 悟 士 夫 の 同 一 身 心 相 続18)1であ る.『 釈 論 』 は 悟 り ・真 如 を徹 底 的 に 論 じ た類 例 の 乏 しい論 書 で あ る.そ こで は,眠 士 夫(未 覚 の凡夫)の 身 心 相 続 と,そ の 同 じ行 者 が悟 っ た後(悟 士夫)の 身 心相 続 とは 同一 の 身 心相 続 で あ る(尤 も心 のあ り方 は転依 に依 って位相 変化 してい る)と 言 う単 純 な事 実 に基 づ い て,無 明(眠 士夫 の身心相 続)と 明(悟 士夫 の身心相続題 の 同一 性 を論 理 的 に説 明 す る こ とに成 功 した.と こ ろで,以 上 の論 理 構 造 は同 一 人 の,未 覚 時 と 已覚 時 とい う二 時 点 に わ た る心 を そ れ 以 前 の時 点 に措 定 した所 か ら眺 め た と言 う 336)
(146) 大 乗 仏 教 の発 見 した真 理 の 内 実(島 村) 構 造 で あ るか ら,論 理 の 貫 徹 に若 干 の 不徹 底 さが 残 る.こ の 点 を 更 に徹 底 させ 同 一 時 点 で も第 二 真 理 命 題(が成 立 す る こ とを 明 らか に した の が次 の 第 四 と第 五 で あ る.即 ち1第四 は 『釈 論 』 の望 別 決 断19)で あ る.こ れ は 一 行 者 が 悟 る と 〈一 切 衆 生 は勝 義 諦(=覚 者)と して顕 わ れ る―4.参 照―(悟 りに於いて は現象界 一切 が無相 ・ 平 等 ・真 如 ・法界 と してあ る題=公 理 〉 が,〈 他 の 多 くの 未 覚 者 に対 して は現 象 界 が 引 き続 き俗 諦 と して 顕 わ れ て い る〉 とい う こ とで あ る.つ ま り覚 者 の視 点 と未 覚 者 の 視 点 との相 違(=望 別)に よ っ て 同 じ一 つ の現 象 界 が 同一 時 点 に お い て 勝 義 諦 と俗 諦 との 異 な っ た事 態 と して 認 識 され る こ と(決 断)を 説 い た もの で あ る. これ に よ っ て,凡 夫 に とっ て の 俗 諦(個 別 世界 ・煩悩 題 は,空 の公 理 を 認 め れ ば, そ の ま まが 覚 者 ・仏 に とっ て は勝 義 諦(無 相 ・平等 ・菩提)と して あ る こ とが 論 理 的 に説 明 可 能 な の で あ る.無第 五 は如 来 蔵 で あ る.筆 者 は これ を考 究 中 で あ るの で 確 言 で き な い が,『 不 増 不 減 経 』 に基 づ い て,暫 定 的 に次 の よ うに理 解 して お き た い.「 この 法 身 の ・ ・無 辺 煩 悩 に纏 わ れ 無 始 の 世 よ り この か た,世 間 に 随順 す る を ・ ・衆 生 と名 つ く.・ ・この 法 身 の ・ ・一 切 煩 悩 垢 を 離 れ ・ ・清 浄 を 得 ・ ・ 一 切 法 中 に 於 い て 自在 力 を得 た る を如 来 応 正 遍 知 と名 つ く ・ ・衆 生 界 即 法 身 ,法 身 即 衆 生 界 」20).即 ち 法 身 ・勝 義 諦 が 無 辺 煩 悩 に覆 わ れ た事 態 を衆 生 と呼 び,一 切 煩 悩 の無 い 法 身 が 如 来 ・勝 義 諦 で あ る とす る.そ れ故,衆 生 と如 来 の実 体 は 同 じ法 身 な ので あ るか ら,そ の 同 じ法 身(こ れが如来蔵 であ る題 に 注 目す れ ば,衆 生 ・ 俗 諦 と如 来 ・勝 義 諦 は即 の関 係 な ので あ る. 3.第 二 真 理 命 題 の 系1個 物x=個 物y,z… これ は 『釈 論 』 が 「雑 乱 」21)と呼 ぶ もの で,空=平 等 に お い て は一 切 の個 物 は 等 同 で あ る こ とを示 して い る.第 二 真 理 命 題 の 個 物X=勝 義 諦,個 物y,Z・ ・ =勝 義 諦 ,の 右辺 を個物 に入れ替 えて,第 二真理命題か ら導出 した もので ある. 4.第 二 真 理 命 題 の 系2一 行 者 成 正 覚=一 切 衆 生 成 正 覚 これ は 『華厳 経 』 が 「[仏が 成 正 覚 時 に]十 方 所 有 諸 衆 生 は 同 時 に正 覚 を成 ず る」22)と説 くもの で,『 釈 論 』 は これ を詳 し く論 ず る23).要 点 は 上記 第 四望 別 決 断 で 説 明 した. 尚,論 述 の根拠 を示 す注 は,紙 数制 限のため,全 て割愛せ ざるを得 なかった. 〈キーワー ド〉 空,境 識倶泯,無 明即明,後 得智,空 ・真如 の実有 (東方学院研究生) 335