No. 59, pp.57 - 69, 2009 Ⅰ 自閉症の障害特性に関わる議論 1 .障害特性理解の前提 一般に、障害特性とは、症状論的には、他の 発達障害とは区別される、その障害に固有な、 もしくは、頻繁にみられる特徴であると言える。 しかしながら、障害特性には、生物学的条件、 環境的条件、発達的条件等が相互に関連してい ることから、同一の障害であっても、その特性 には幅があることが知られている。 国連の ICF のモデル(図 1)も、さまざまな 要因や条件と関連させて障害理解をおこなう必 要があることを示している。ICF のモデルの「心 身機能・身体構造」と「活動」と「参加」は、 以前の ICIDH の、「機能的障害」と「能力障害」 と「ハンディキャップ」という否定的な用語に 代わるものであり、「健康」と「障害」の相互 関連を通して障害を理解するという考えが反映 されている。この考えに従うならば、ICF のモ デルには、「発達」の用語が直接表現されてい ないが、子どもの障害理解は、「発達」と「障害」 の相互関連性を通しておこなうべきであると考 える。
自閉症の障害特性と社会的障害の議論との関係、ならびに、
社会的関係における自閉症児の人格・感情的側面の発達
黒 田 吉 孝・山 下 真寿美
*・春 那 美由紀
*The Consideration of Relation between the Characteristics
of the Disorders and Social Disability in Autism, and
the Progress of the Aspect of the Personality/Emotion
of the Children with Autism in the Social Relations
Yoshitaka KURODA, Masumi YAMASHITA and Miyuki HARUNA
要約 本論では、主に、①自閉症の障害理解の観点に関する議論の整理、②自閉症の障害理解の観点が社 会性の障害理解内容とどのように結びつくのかの検討、③自閉症児は先天性の社会性の障害をもち ながら教育支援によってどのようにこの障害を改善し、社会性を発達させていくのかという発達的 観点の必要性、④現在の研究は自閉症の社会性障害をどのように理解しているのか、代表的な論の 紹介、⑤自閉症児が社会性の発達、特に、人格・感情的な側面の社会的関係を通しての発達の具体 的な姿の、学校での実践からの確認、そして、⑥自閉症研究における発達と障害の相互関連性の検 討を通した障害理解が必要であることを指摘した。 キーワード: 自閉症 障害特性 社会性障害 社会的関係における人格・感情面の発達 教育支援 * 新旭養護学校
ところで、障害特性そのものの用語は、ICF のモデルには見られないが、一般に、「心身機能・ 身体構造」と「活動」と「参加」を制約する条 件として理解することが可能である。制約条件 としての障害特性は、各発達障害等でその様相 は異なってくるが、ICF のモデルからも分かる ように、障害特性は、「心身機能・身体構造」、「活 動」、「参加」の異なる水準で議論し、理解する ことが可能である。 以上、要約すると、障害特性の理解は、さま ざまな要因や条件との関連でおこなうべきであ り、また、障害特性は、異なる水準で議論する ことができる、多義的な用語であるということ である。 2 .自閉症の障害特性に関する議論 自閉症の障害特性に関する従来の理解は、以 下の 3 つに整理することが可能である。 (1)症状に基づく障害特性の理解 DSMの障害診断に代表される病理的な理解 はこの典型である。「対人的相互反応における 質的な障害」、「意思伝達の質的な障害」、「強い こだわりや固執行動・常同行動」の 3 つを自閉 症の診断領域としてあげ、障害特性を、これら の領域の「(特定能力の)欠如・欠損」、「特異 的行動・異常」として理解している。この立場 の特徴は、「その本態が物質的な所見や検査デー タからはじゅうぶんにとらえられず、もっぱら 精神的な諸症状(言葉や行動)だけが手がかり の精神障害では、それらの症状のどれをもっと も障害の本質につながった基本的症状と考える かが、その障害の仕組みを追求するうえでの重 要なポイント」(滝川、2004)と指摘されてい るように、研究等の出発点として、この立場を 押さえる必要がある。この立場には、Wing (1992)の対人関係における「孤立」タイプ、「受 動」タイプ、「奇異的かかわり」タイプに関す る論や、自閉症の感覚と知覚の過敏さの症状に 関する論等も含まれる。 (2)機能的障害に基づく障害特性の理解 この立場の特徴は、自閉症の中核的・基本的 な心理学的な機能(能力)を想定し、このよう な機能の障害から自閉症を理解しようとする所 にある。発達心理学、認知科学、神経心理学、 脳画像処理科学等のさまざまな分野からの研究 がみられる。最近の代表的な論としては、「心 の理論」の障害論や「実行機能」の障害論をあ げることができる。いずれの論でも、これらの 機能に関わる脳の特定領域の障害が想定され、 学際的に研究が行われている。しかしながら、 「心の理論」は、言語発達年齢 9 歳、10 歳頃を 超える自閉症児の多くが課題を達成することが できること、心の理論の獲得年齢である 4 歳、 5 歳以前に自閉症の基本的な症状が出現してい ることから、自閉症の障害特性を説明する論と しては限界がある(ハッペ、1997)。「実行機能」 は、通常、①目標の設定(問題の表象化)、② 計画の企画と立案(プランニング)、③計画の 遂行(実行)、④効果的な行動の遂行と評価(自 図 1 ICF(国際生活機能分類)による障害の構造的理解
己監視能力と行動抑制)の 4 つの構成要素から なっていると考えられ、インプットレベルから アウトプットレベルまでの複雑な心理諸過程が 関与すると考えられる(太田、2003)。目標達 成のためのこのような一連の諸過程には、行動 (注意や構え)の切り替えやワーキングメモリー 等も含まれている。「実行機能」の障害に関す る理論が、しばしば、アンブレラ理論と揶揄さ れるのは、このような複雑な過程を含む理論で あり、実行機能に障害があったとしても、構成 要素のどの水準の障害によるものか不明なこと が多いことによる。「実行機能」の成績も、心 の理論と同様、言語発達年齢等と深く関わって おり、言語発達年齢が高ければ、通過する人数 が多くなることにも留意する必要があろう。 (3)発達的視点からの障害特性の理解 この立場の特徴は、上述した自閉症に特徴的 な症状や特定機能の障害を発達的な視点からと らえ直し、人間としての発達の普遍性の中で位 置づけながら自閉症の障害特性を理解しようと する所にある。発達の普遍性の中での障害理解 という場合、一般的には、人間としての発達過 程のある段階に位置づけ、発達の遅れとしての 理解がとられることが多い。 この論に立てば、DSMの自閉症の症状につ いても、発達の遅れと関連した症状と理解する ことになる。例えば、DSM-Ⅳの、(1)の対 人的相互反応における質的な障害の中に(c) 楽しみ、興味、成し遂げたものを他人と共有す ることを自発的に求めることの欠如、(d)対 人的または情緒的相互性の欠如について、「欠 如」ではなく、このような能力が子どもに誕生 していない、未発達ということで理解される。 最近注目されている、RDI(ガットステイン、 2006)の自閉症の社会性の障害理解も、乳児期 からの健常児の社会性発達段階モデルを作成 し、このモデルとの関係で自閉症児の社会性の 発達状態を位置づけようとしている。 発達的観点からの障害特性の理解という場 合、発達の遅れという側面からの検討が中心に なるが、発達の結果として獲得される自閉症児 の社会的能力に自閉症の障害特性がどのように 関わり、自閉症に特徴的な社会的行動を出現さ せるのか等、発達と障害の統一的理解の検討が 求められる。 Ⅱ 自閉症の社会的行動の発達と障害の統一的 理解に向けての議論 (1)自閉症は発達障害であるということの含 意と障害特性理解との関係 自閉症は周知のように、知的障害等と同様に 発達障害であり、先天性の社会性の発達障害と して特徴づけけられる。知的障害の子どもの場 合、知的機能の遅れを基本としながらも、個々 の子どもは教育を通してその子どもに応じた知 的な発達を実現していくことを多くの人が認め ている。発達障害としての自閉症の子どもも、 知的障害の子どもと同様に、基本的な障害は異 なるものの、教育を通して社会的な発達を実現 しているという、当たり前ではあるが、発達的 な理解が必要になってくる。同時に、先に述べ たように、その発達に自閉症としての障害特性 がどのように関わり、自閉症に特徴的な社会的 な発達を実現しているのか、発達と障害の 2 つ の側面の統一的理解が期待される。別府(2007) の自閉症の発達初期における社会性発達の特異 性の論やハッペ(1997)の自閉症の「心の理論」 発達(獲得)の特異性の論は、この流れに位置 づけることができるが、ここでは、自閉症に共 通する障害特性との関係で自閉症児の社会性の 発達を論じる、以下の 2 つを紹介する。 (2)自閉症の社会性における発達と障害の 2 つの側面の統一的理解に向けての議論 ガットステイン(2006)は、自閉症の社会的 発達と障害について、2 つの機能(側面)を区 別して論じている。この 2 つの関係を通して自 閉症の社会性の発達と障害を理解する必要があ るとしている。 『自閉症はそれ自体が社会的な障害ではな い。その多くがさまざまな形の社会的な行動を 身につけ、たとえ、丸覚えで台本どおりのやり 方であっても、それによってまわりと関わりを もって機能できるようになるからだ。だが、こ のような行動ができるようになっても、それは、 「手段的」な能力でしかない。いくら社会的対 人的なスキルを身につけても、その目的はただ、 自分のニーズを満たすことでしかない。ニーズ を満たす「手段」として、人と関わっているに
すぎないのだ。他者と経験を共有するというこ とが理解できず、その価値が分からない、これ が、最も高機能の人も含めて、自閉症、アスペ ルガー症候群の人すべてに共通する特徴であ る。』 ガットステインの考えは、図 2 のようになる (2 つの側面から社会性を区別し、自閉症の障 害特性を考える論は以前からあった。黒田 (2007) 参 照 )。 本 論 と の 関 係 で は、Social
Skills は社会的関係能力、Instrumental Skills は社会的関係における道具的能力の側面、そし て、Relationship Skills は社会的関係における 人格・感情的能力の側面と理解することができ る。ガットステインは、Relationship Skills の 人格・感情的能力の発達を自閉症の治療目標と して考えるべきとしている。上記のガットステ インの文章では、自閉症の典型例としての障害 特徴をあげているが、彼の支援は、他者と経験 を共有するということが理解できず、その価値 が分からないとする、自閉症の障害の本質部分 に迫り、その発達の実現を目ざしている。 (2)自閉症の社会的発達と障害における「依存」 と「愛着」、ならびに「自立」の関係 人格・感情的側面の発達を自閉症支援の重要 な柱と考える場合、滝川(2004)の、以下の指 摘は、興味深いものである。従来、自閉症の社 会性の発達と障害については、愛着がキーワー ドになることが多かったが、滝川は、愛着より も依存を重視する。また、依存との関係で自閉 症の「自立」の特異性を指摘している。 『心の共同性が培われる根底には「依存」が あります。関係の形成を支えるもののうち、自 閉症において大きく遅れているのは「愛着」で はなくて「依存」なのです。養育者との愛着的 な絆は育っていきます。しかし、もっとも依存 的であるべき乳幼児期においてもなかなか人に 頼りません。愛着している養育者にさえも。な にごとも自力で対処します。・・自閉症の子ど もたちは依存するという心の働きに遅れている という意味で、さらに(知的障害の子どもたち よりも:筆者による)自立的なのです。』、『自 閉症の子は依存に大きく遅れることから、孤立 的な精神生活の中でなんでも自力で対処して、 支えや守りがなく不安緊張に一人でさらされる ままにいます。・・・・高い不安と緊張の中に 心が長くおかれ続けられることになります。』 愛着と依存は矛盾するものではなく、通常の 子どもにおいては、依存を前提としない愛着は 存在しないと考えられる。自閉症の愛着の発達 は、滝川が指摘する、依存と関係づけ、愛着の 中身が検討される必要があろう。また、依存の 中身も、発達にしたがい変化し、愛着との新た な関係が作られるようになってくると予測され る。 以上、2 つの論を紹介したが、自閉症の社会 性発達の支援は、社会性の定義を明らかにし、 人格・感情的な側面へ留意しながら自閉症の社 会性のバランスの取れた発達を目標にする向上 必要があろう。 Ⅲ 自閉症児の社会的関係における人格・感情 面の発達とその事実 ―事例を通しての検討― 自閉症の社会性における発達と障害の統一的 図 2 社会的関係における 2 つの側面(ガットステイン、 S . E .)
理解の必要性を強調し、最近の議論から、自閉 症の支援にあたっては、その障害の本質領域に 属する、社会的関係の人格・感情面の発達を重 視する論がみられるようになってきていること を指摘した。ここでは、自閉症児の社会的関係 を通しての人格・感情面の発達の事実について、 事例を通して確認することが目的の一つとな る。また、このような事実を可能にした発達の 条件を支援との関係で明らかにすることも目的 とする。さらに、人格・感情面の発達によって、 自閉症としての障害特性がどのように変化し改 善するようになるのか、あるいは、人格・感情 面が発達しつつも新たな課題状況や事例の欲求 の変化によって、新たな困難が自閉症の障害特 性との関係で生まれてくるのか等についても、 留意したい。 1.自閉症 K 児の中学部までの特徴 現在高等部 1 年生の自閉症男児で小学部から 在籍している。言葉でのやりとりが可能である。 書き言葉については、濁点などが不確かながら ひらがなで単語が書ける。数は 10 までの合成 分解は頭の中でできる。 小学部 3 年生まで、K 児がいる 1 階からはよ く「ギャー」という声が響きわたっていた。も ちろん K 児の声だ。小学部の 3 年生で初めて K 児の担任になった先生は、「こんな子、見た ことない」と思ったという。知的障害はそんな に重くない。だけど、他の子が「当たり前にで きること」が一つ一つできない。朝スクールバ スで登校して、まずバスから降りられない。降 りたら靴をはきかえられない。それを言われる と泣く、地団駄を踏んでパニックになる。そう なると最後はおもらしして「リセット」する。 口を開いたかと思うと「クソ!」 「バカ!」 「こ のやろー!」しか言わない。学習なんてとんで もなくて、一日中教室には入れず好きなところ にいる。教室に戻ってきたかと思うと走り回っ ている。 そんな K 児が 4 年生から変化のきざしを見 せる。崩れても「ことば・かず」の個別の学習 を支えに持ち直す。それを集団学習に般化でき る姿が見られるようになった。波はあるものの 教室に入れるようになり、学習に入れるように なり、苦手な活動(ランニング、音楽の新しい 課題)は難しいものの、ほとんどの取り組みに 対してみんなと同じように活動しようとした り、できるようになったことを楽しめるように なった。小 6 の 3 学期、卒業に向けての活動の 中で、K 児自身が “ 卒業 ” を意識し、卒業式で は先生とやりとりしながら小学部を振り返り、 証書を手にする姿が見られた。 そんな K 児が中学部に来た時は、大騒ぎの 毎日だった。K 児は初めての事、大きな集団が 苦手だった。中学部の活動はほとんどが K 児 にとっては初物だ。もちろん、先生も友だちも 今までと違う。そして、ランニング、音楽、描 画が特に苦手だった。 何が嫌なのか、何に困っているのかの理由が 言えず、眉間にしわが寄ったかと思えば間髪入 れずに「ギャー」と泣いては、教室を飛び出す。 学習が始まる前に緊張が高まってトイレに行っ て出られなくなりそんな自分が悔しくて泣き崩 れる。「中学部なんてだいっきらいだ~」と、 泣き騒ぐ、あげくの果てにはおもらしをして〈リ セット〉する、などのことが毎日あった。一方 で機嫌がいい時には、給食時小学部の先生に顔 を合わせては「小学部ではお世話になりました」 と言う K 児の姿があった。“K 児は中学部でが んばろうとしているんだ、小学部は卒業したん だ、と思ってるんだ ” と思った。そして、思う ようにできていない自分を情けなく悲しく思っ ていることもよくわかった。 2.K 児の発達と障害に対する理解と教育的視点 年度当初、どうしても大騒ぎが目立ってしま う K 児だったが、「ギャー」の裏には、“ みん なと同じようにできるかな ”“ イメージ通りに できるかな ”“ そんな簡単すぎることはしたく ない ”“ いくらほめられたってボクはできてな いんだってば! ” という思いが見え隠れしてい た。まず思ったことは “ イヤだったらイヤって 言えたらいいなあ ”“ 理由も言えるといいなあ ” ということだった。また、都合が悪い時だけで なくことばが見つからない時に「なんでもない」 と言う事も多かった。気持ちはいっぱい育って るのに、うまく表現できないギャップからくる しんどさ。“ 自分の思っていることが言えたら
いいなあ ”“ やりとりできる言葉が広がるとい いなあ ” と思って実践した。 そして、まずは、K 児自身が新しい環境でも、 自分の思いが出せるように、以下の事に配慮し た。 ①クラス編成 本校中学部の基礎集団編成は〈発達課題を中 心に生活のペースや障害などに配慮して〉編成 している。私たちは、K 児の基礎集団を、K 児 が持っている力よりも〈ゆったりペースで過ご せる集団〉にした。そこでまず、中学部生活の 土台を作ってもらおうと思った。 ②カリキュラムの中でー課題別学習は教師との 安心と信頼関係を作ることを重視するー 本校中学部の週時程は、基礎集団での活動を 中心に据えながら、学部集団での学習と、より 課題に合った小集団での学習(『課題別学習(国 語・数学)』で成り立っている。一年目の K 児は、 他に課題が近い子どもがいないことや、先生と ゆっくり向き合いながら課題や自分と向き合え る時間にしたいため、小学部 6 年生の時と同様 に、一対一の体制で取り組んだ。 中学部に入って “ がんばろうとは思うけどで きないかもしれない ”“ がんばろうと思ったの に思ったようにできなかった ” という毎日が続 いている K 児にとって、課題別学習はまずは、 K 児 の ペ ー ス に 合 わ せ て 安 心 で き る 時 間、 ちょっとのんびりできる時間になればいいと 思った。その中で K 児との関係を築いていき たいと思った。また、“ いやなことはいやと言 えたらいいな ”“ できれば理由も言えたらいい な ”“ 間違ってもいいって思ってくれたらいい な ” と思った。 ③ K 児理解のための教師集団の合意形成 入学当初、それぞれの先生が試行錯誤しなが らそれぞれの関わりをしていた。“ できるはず だ ” と力でひっぱる先生もいた。“ 一緒にやっ てみようよ ” という先生もいた。K 児の言えな い気持ちを探り、やりとりの中で “ これなら やってみよう ” と思える方法を探す先生もい た。それぞれの対応の中での K 児の姿を通し て考えた。 K 児が課題に向かえた時は、いつも “ 見てわ かる ” だから “ やれそうだ ” だから “ やってみ よう ” そして “ 自分からやってみる ” という方 程式があり、それがゆっくりなペースであるこ とに気づいた。K 児は “ やれそうだ ” という気 持ちが 100%にならないと自分から足を踏み出 さないこと、70%で背中を押してもだめという ことに気づいた。そして、課題は簡単すぎず、 難しすぎず、ちょっとがんばったらできる課題 が “ やってみよう ” と思えるという事に気づい た。 そして担任団で指導方針を統一した。「対話 の中で K 児の気持ちを探ること」「課題は簡単 すぎず、難しすぎず、少しがんばったらできる、 達成感をしっかり感じることができる課題」「ま ず見て K 児のペースで K 児の心がいっぱいに なるまで待つこと」がその内容である。 この日のクラス会を境に K 児は中学部でも 持っている力を発揮し始めることになった。 ④保護者との連携 保護者とは連絡帳を中心に、学校の様子をで きるだけ丁寧に伝え、特に本人が困っていそう なことがある時は、その経過も伝えるように心 がけた。保護者からも、家の様子が、学校の様 子についてのコメントが丁寧に書かれ、K 児の 24 時間を把握しやすかった。 学校での様子をしっかり伝えること、家での 様子を知ること、子どもを真ん中においてやり とりすること、この当たり前の事を大事に取り 組んだ。 3 .中学部在籍中の社会的関係における K 児 の人格・感情面の発達 (1)《1 年生》条件が整った上でのがんばりから、 失敗しても支えてもらって荒れても気持ち 立て直せる姿へ ①こっそり練習したばた足―みんなの前では自 信ないけど― 6 月後半、プールが始まった。K 児は、トラ ウマがあって、学校のプール活動は苦手だと、 母の連絡帳に書かれていた。“ さてどうでしょ う ” と思った中学部初めてのプールはみんなの 流れにのって「はしごを使います」と何度も宣 言して緊張をときほぐし深いプールへ。みんな と一緒に混ざってぐるぐる回って時折の笑顔。 その後バタ足に挑戦。しぶっていたが、身体も
心も支えてもらい、できるという感覚をつかむ。 2 日目のプール。「歩くか、泳ぐかで向こう まで行ってみよう」に、一回目は迷わず歩き、「2 回目はバタ足したら?」に「できないよ~。だっ て足、重いから」と理由を添えて拒否。でも、 しばらく見ていると隅の方でこっそりバタ足の 練習をしている姿を確認。「え~ K 児くん、やっ てるやん!」 との声かけに、「えへへ」。「練習 してたん?」 に「うん」何度も何度もビート板 もってバタ足をする K 児。“ みんなの前では自 信ないけどみんなみたいにできるようになりた い ” 気持ちがこっそり練習につながったよう だ。 ②ケロポンズ、だいすきだよ!―東京のケロポ ンズに伝えたい― 11 月。本校の十周年行事にケロポンズのコ ンサートが行われることなった。事前にビデオ を観たりしながら、楽しみにしていた K 児。 この日はほんとに楽しかったようだ。 家でも学校でもケロポンズの話ばかりしてい た。 これはチャンス!とばかりに「K 児くん、ケ ロポンズにファンレター書いてみる?」 と聞い てみた。「ファンレターって?」 「ケロポンズに お手紙書くねん」「書く!」 と即答。「なんて書 く?」 「ドアあけっぱなし、注意」「?」(聞き 流す)「はじめてのケロポンズがステージにあ がった」(書き留める)「ドアあけっぱなし注意」 (わけわからないけどとりあえず書き留める。 後で聞くと廊下から登場した時に入り口をバン とあけてそのままステージにあがったことを K 児は気にしていた、と一緒にいた担任から聞い た)「食べすぎ注意」(書き留める)「おわり」。ファ ンレターらしくはないけど、自分の思いを伝え るのが手紙なのでまあいいか、と思いつつ、「K 児、ファンレターやし、好きとか書いてもいい んやで」と私が言うと、「ケロポンズ、大好き だよ、ほんとだよ」と言った。K 児が言ったこ とを書き留め、若干配置替えはしながら、まず 私が書いた。K 児はそれを書き写す。K 児にす ると長い手紙だ。途中「もういい」と言うが、「こ の手紙、封筒に入れて切手貼ったら東京のケロ ポンズに届くんやで」にもうひとふんばりして 自ら「書けた!」 と発声する。次の日に切手を 貼って投函する。ポストに入れる時、すっと入 れるのではなく、いったんとまどって入れる姿 が印象的だった。 後日、なんと返事がくる。「K 児さま」と自 分 の名 前が 書 かれ たは がき。K 児の 顔が ぱ あーっと緩んだ。何回も見直して、学習が終わ るといつもは筆箱を持ち帰るのも忘れる K 児 が、大事に教室に持って帰り、なくならないよ うに自分の連絡帳にすぐに入れた。 ③本人も先生も母もばあちゃんもみんなドキド キ文化祭―服も気持ちもやぶれかぶれになり ながら― 11 月、文化祭。『冒険者たち』の劇を中学部 全員で発表する。初めは「演奏するけど変装し ない」とネズミになることを拒否していた K 児が、「みんなするんだけど」に「じゃあネズ ミになるしかないな」と自分で決めてからは、 やる気になっていた。練習での出番はやっぱり 緊張するけど自分なりにがんばってきた。 当日。朝からハイテンションの K 児。小学 部の時はクラスごと発表で 15 分くらいの劇 だったけど、中学部は全員でするので 40 分。 K 児の出番は 3 幕。教師はもつかなあと全員心 配顔。 幕があいた。途中まで劇は練習通りすすんだ。 それからもステージ上は練習通りだが、舞台裏 で「ギャー」と言って K 児が小道具に向かお うとしている。そろそろ K 児の出番なのに、 それを止められて服がビリビリになり、誰もが “ ああもうだめだ ” と思った。 3 幕。目を疑った。K 児がステージに立った。 しかも顔は笑っている。でもネズミにはなって いない。ステージの上で「衣装、着る」と言う。 “ 今から着るの? ” と思った担任は笑うしかな い。やぶれかぶれになった服を着せ、ポケット に隠し持っていた安全ピンでとめた。衣装を着 て、叫び声はなかったかのように、練習通りの 「○○でちゅ~」とネズミ語で言っては投げキッ スをしている K 児に驚いた。 服も気持ちもやぶれかぶれになりながら、自 分で気持ちを立て直した K 児。今までやって きたことが発表される、自分でプロセスをふん できた責任感からの荒れ、どうしたらいいかわ からない気持ちを騒いで解消したが、やっぱり
がんばってきた自分をお母さんに見てほしい、 そんな思いがあったのではないだろうか。 そしてそれをドキドキしながら見守り、がん ばれた K 児に拍手を送りながらも、あたふた する先生に笑えて・・・と後にコメントできる 懐の深い母に見てもらえた事が K 児は本当に うれしかったのではと思う。 (2)《2 年生》友だちの広がり、友だちの中の 自分、難しそうだけどやってみる、失敗し たけどまあいいかの受けとめ ①「悲しくてさびしかったんだよ!」―友だち への思いを言葉にして― 前日の帰りの会で「明日 3 年生は高等部体験 入学です。」「紀男くんは病院でお休みです」と 聞いていた。クラスは 5 人。3 人は 3 年生、そ して 1 年生の紀男はお休みだと K 児がクラス にひとりということになるのだが、それはイ メージできなかったらしい。 次の日教室にひとりだった。となりのクラス の友だちとあこがれの道の駅に散歩という設定 だったが、図書室で下を向いている。ひとりだっ たのがショックだったらしい。「紀男のやつ、 休みやがって!」。「ひとりぼっちが悲しくてせ つなくて」。「じゃあ、それを明日紀男に言った らいいやん」に、納得して動けた。 次の日の課題別学習の時間。紀男が自分が休 んでいた昨日何をしたのかを気にしているの で、先生が間に入って K 児が答えていた。そ の時に「紀男が休んでどんな気持ちだったか 言ったら?」に「悲しくてさびしかったんだよ! 」。紀男は多分、友だちにそんなこと言われた のは初めてだったのだろう。目をまん丸にして ぽかんとした後はにかんだ。 ②見送りに間に合わず大騒ぎ、それでも「手紙 書いたらいいやんか」に 「え?」 と気持の立 て直し 近隣の中学校 1 年生と交流をしている。その 日に来た生徒たちの中にけがをして松葉杖をつ いている男の子がいた。まず、K 児は松葉杖に 興味をもち、勝手に借りては遊び道具にし、「大 事なものだから」と先生に言われて返すと「う ん、いいよ」と優しく言ってもらった。そのこ とで K 児は半日、その友だちの事(というよ り松葉杖に思えた)を気にしていた。交流が終 わって友だちが帰る。着替えをしてからバスの 見送りをするはずだった。間に合わなかった。 その場では一瞬顔をゆがめたものの、そのまま すーっと戻っていった。“ 残念だったね ” くら いにしか思えなかったが、向こうの方から 「ギャー」と声が聞こえる。大部悔しかったよ うだ。その友だちを見送りたかったらしい。担 任が声をかける。「手紙書いたらいいやんか」 「え?」 それで叫び声は治まった。 次の日、K 児が言った言葉を先生が書き留め、 それを写すという方法で、黙々と手紙を書いた。 そして、丁寧に大切そうに折って封筒に入れた。 ③「心に響くから歌いたい」そして、「ボクの 歌(思い)を聞いてくれ!」 歌は好きなのに歌うことはとっても苦手な K 児。『未来へ』の取り組みを始めたときも歌う ことはしなかった。ただ、心には響いている様 子。歌詞を丁寧に聴き取ることにすると聴き 取った歌詞を初めてしっかり発表できる。また、 歌詞の意味をクラスのみんなとリンクさせなが ら解説すると自分としっかりリンクし、更に気 持ちは盛り上がっていった。「ソロの部分をつ くろう」ということになると「この部分を歌 う!」と選ぶ(びっくり!)。でも多分歌えな いだろうなという担任の判断をよそに練習毎に 歌う部分が増え、声も大きくなり、同時に気持 ちも入ってきている。「とても上手になったの でぜひクリスマス給食で発表しよう!」という ことになっても動揺せず “ 頑張るぞ! ” といっ た様子だった。今までみんなの前で歌を発表す るなんて考えられなかった K 児だが、クリス マス給食会が始まると超張り切りモードで小学 部の所まで行き「みんなも一緒に歌って下さい よ~」といったり、クラスの友だちに「みんな がんばるんだ~」と言ったり。ここまできても まだできると確信できなかったが、予想を大き く裏切り大熱唱!ボクの歌を(思いを)きいて くれと言わんばかりの振りまでついた歌を披露 してくれた K 児だった。何人もの先生の涙を 誘ったのは言うまでもない。 (3)《3 年生》不安や葛藤と対面しながらかっ こいい自分に向かう ①交歓スポーツ大会は残念だけどまた会おうな ~入院した紀男への手紙
3 年生になって、クラスに 3 人の新転入生が やってきて、昨年以上に友だちとの関わりが増 えた。元気な E 児にはからかってみたり、お となしい S 児には優しくしたり。地図という 共通の趣味がある M 児とは、一緒に地図を囲 んだり。昨年度からのつきあいの N 児は、2 年 生のくせに K 児をからかうことがあり、3 年生 というプライドから「3 年生なのにいじめや がって」「3 年生になれないぞ」とけんかもし ていた。そんな N 児がある日入院した。交歓 スポーツ大会の前だった。みんなで手紙を書い て励ますことになった。K 児はこう書いた。「お げんきですか。きょうぼくはびょうしつにいき ます。こうかんスポーツたいかいはざんねん だったけどまたあおうな。」 ②釣りは楽しかったけど、恥ずかしいカヌー 中学部毎年恒例の『カヌー体験』。K 児は、 一昨年も昨年も乗れていた。だが、今年は「乗 らない」と言う。理由を聞くと「ダイエットし ないといけないから」と。確かに年々恰幅のい い身体つきになってきていはいるものの、それ くらいで沈まないのだが・・・。「大丈夫。体 重重くてもカヌーは沈まないから」の大人の理 由は、受け止めてもらえず当日を迎えた。陸で の練習は、パドルを持って剣に見立てて練習し ていたものの、いざ乗る時には、「乗らないよ。 釣りをするんだ」と。実は、骨折してカヌーに 乗れない生徒のために、釣りの活動を用意して いて、事前から理由を言って「乗らない」と言 う K 児も、いざとなったら釣りも選択肢にあ げようと教師側では打ち合わせをしていた。 結局、釣りをした K 児は、ブルーギルが 4 匹も釣れたようで、とても楽しかったらしい。 次の日、ビデオを見て、作文を書くことに。 K 児が言った事を私が書いてそれを写すという いつものやり方で「カヌーたいけんにいきまし た。つりがおもしろかったです。4 ひきつれま したが、がいらいぎょばかりでした。またつり してみたいです。」と書いた。しかし、その後 日に取り組んだ美術の絵では「ぼくは恥ずかし いから書かない」と釣りをしている自分は描か なかった。選んだ場面はみんなでの集合写真。 どうやら釣りは楽しかったけど、みんながカ ヌーの絵を描いている中で、みんなと違う事を している自分の絵を描くのは恥ずかしかったよ うだ。みんなと一緒に写った集合写真を見なが ら、何日もかけて絵を描いた。 ③理由が言えるから、相手が言う理由がわかる と納得できる-病院での騒動― ある日、K 児が指を腫らして学校にやってき た。ばい菌が入って化膿しているようだ。母か ら連絡帳で問い合わせ。「病院、行かなくては ならないでしょうか。」K 児を病院に連れて行 くということはとても大変なことであることは 予想できる。養護教諭に見てもらって「あーこ れは病院行かないとあかんね」。 痛い指はどうにかしたかった。だけど病院は 怖い。だけど、病院に行かないと治らない・・・。 K 児は耐えられなくなり、いつもの「ギャー!」。 しかし、母には連絡済み。K 児の病院は母 1 人 では無理と判断され、父まで仕事を抜けて学校 に向かう算段がつけられていた。 少し K 児の声が途切れたところで担任が聞 いた。「病院、行ったことないの?」 「ある。風 邪の時に」「行ったらどうなったん?」 「治った」 「そうやろ。何がこわいの?」 「切ること」「じゃ あ、切らないでいいように頼んでみたらいいや ん。薬で治してくれるように言えばいいやん」。 ここで表情が変わり、トイレで気持ちを切り替 えて、お迎えに来た両親とともに病院に自分か ら行けた。 病院では、「お薬ください」「切りません」「や めてください」と礼儀正しく大声で頼んでいた ようだが、やはり切ることに。しかし、身体を 押さえなくてはならないほどではなく、じっと していたらしい。 「病院に行けた自分」、「全治 3 日と言われ、 治るという安心」を持って帰ってきた K 児は、 すがすがしい顔で学校に帰ってきた。 その後、別の件で耳鼻科に行くことがあった が、「あのー、機械は使わないでください」「薬 ぬってください」と必死にドクターに頼んでい たらしい。 ④苦労したけど靴がはけたよ-スケート- 校外学習でスケートに行くことになった。K 児は一年生の時に行っていて、怖いながらも少 しはスケート靴を履き、「また行きたいよ」と 楽しかった様子だった。スケートに行くことに
対しては抵抗はなかった。だけど、「スケート 靴ははかない」と言い続ける。 当日。やはり「靴ははかない」と言い、長靴 でリンクの上をコロコロ転がったりして楽しん でいる。友だちは怖い気持ちと葛藤しながら、 それでもやろうとしているのに。 10 分ごとくらいに「靴、はく?」「片方だけ でもどう?」 と聞いては「はかない。」と明る く断られる。うーん、もうダメかなあと思いつ つも、聞き続けると、一時間以上たってから 「じゃあ、一個だけはいてみるか」の返事をする。 気持ちがとぎれないうちに先生たちの連携プ レーで靴を片方だけはく。片方は長靴のままリ ンクへ。 となりの私の肩をもちながら、長靴の方に重 心をかけてわりと抵抗はなさそう。物足りない かもと思って「もう一個、履こうか」に「やめ とくよ」の返事。迷ったが、ここは履いた方が いいかもと思い説得にかかると口では「イヤだ よ」といいながら、私にもう片方の足を差し出 した。「今だ!」 とまたもや連携プレーで両方 の靴を履きリンクへ。ブツブツ言っていたが、 定められた目標に向かって足は動いていた。か なり重心は私にかかっていたが。 目標の地点まで行って帰ったら、すぐに長靴 に履き替えてリンクへ。なんだかテレビで見る 真央ちゃんみたいで、K 児のショートプログラ ムは、かなり気持ちが入っていた。そこで見せ る表情はスケート靴を履く前に楽しそうに氷の 上でコロコロ転がっていた時とは違い、自信に 満ちあふれたものだった。 帰りの電車で軽く、「スケートどうだった?」 と聞いてみた。このような質問の場合、「楽し かったよ」とあまり気持ちを入れずに答えるこ とが多い K 児だが、この時は少し間をおいて 「苦労したけど靴が履けたよ」と言った。 ⑤ボクの夢は工事をして、任天堂株式会社に 入って-進路を自分で考えたい- 中学部が終わりに近づいた。保護者と学校の 間では、K 児の進路は高等部へということで進 んでいた。しかし、K 児の頭の中はいろいろ複 雑なようだった。中学部からとなりの高等部を 見て “ 自分にできるだろうか ”“ かっこいい高 等部生になれるのだろうか ” という思いがあっ たのだろうか?それとも将来の自分像があった からだろうか。自分の夢も語り始めた。母は連 絡帳に、車の中での母との会話について、「K 児、 前のドリームの車に隆男くん乗ってるわ」「ぼ く、ドリーム行くの?」 「K 児の行きたいとこ ろに行ったらいいんやで。ドリームでもアイリ スでも大地でも」「大学行きたいんだ」「それは すごく勉強しなあかんなあ」「そして工事した いんだ」「そして任天堂株式会社行くんだ。マ リオパーティの様々なゲームを作って、スー パーマリオパーティを・・・」と書き、続けて、 『途中で話はそれましたが、K 児と将来の話を したのは初めてです。母との認識の違いは大き いですよね。』と記す。 しかし、まず高等部へ進学することに決定す る。体験入学の日は屋上で気持ちを整え、落ち 着いて高等部の教室へ入ったが、途中こじれて 外へ。「高等部でなく、高等学校がいい。」けど、 がんばらないとという気持ちがあって自分で立 て直して高等部の教室に戻った。 母は連絡帳に、中学部に入る時は「もう大き くなったし小学部は卒業だしがんばる」みたい な子どもらしい気持ちを持たせてもらったが、 今回は成長した分、内面の葛藤がすごいこと、 最近気難しい顔をしていたのも色々考えていた からかもしれないこと、崩れてしまわないのは 成長したからではないだろうかと書いた。 ⑥奇跡の K 児-卒業式- 卒業式には、卒業生の発表がある。毎年、そ れぞれの生徒に合った活動をすることになる。 K 児はどんな発表にしようか、まずは相談から 始めることにした。 一回目の学習。昨年度のビデオはよく見てい ていろいろコメントもしていた。しかし、いざ、 「じゃあ、K 児はどんな風にしようか」と言わ れると「まだそんなつもりはなかった!」 と叫 ぶ。 作戦を変えて、今までの写真で気に入ってい る写真を選ぶ。それをパソコンで見ると「これ は~なんだよ」と上機嫌で説明。これが発表に なればと「先生とおはなししてくれるか」と言 うと「いいよ」。でも、いざしようとすると、「中 学部の思い出は消去!」 と言って出て行ってし まう。
構えないと話せるようだが、構えると緊張し てしまう。そんな K 児に、写真の説明は先生 がするから K 児は得意なパソコン操作と初め と終わりを言うことを提案し、K 児はそれを受 け入れた。それでもやはり、全体練習ではいざ 自分の出番で緊張が高まり「ギャー」。卒業式 の 5 日前のことだった。 しかし、少しずつつもりが持てるようになり、 自分の番以外は緊張してウロウロすることもあ るが、自分の番では小さい声ながら「はじめま す」「終わります」とパソコンの操作ができる ようになってきた。卒業式前日、気分転換の散 歩で「明日卒業式だね」とぼそっと言い、物思 いにふける K 児がいた。 さて、卒業式当日。K 児は緊張していた。卒 業証書を受け取る場面では、いつもの練習では K 児にとっては抵抗がなく、堂々と歩いて行け ていた。しかし、なぜか当日はいきなり三方礼 をした。始めの児童と終わりの生徒だけがする 三方礼。きっと、K 児は他の卒業生がすること も見て、ちょっと混乱したのだろう。とても緊 張していることがわかった。 そしていよいよ卒業生の活動。私たちは祈る ような気持ちで見守った。K 児の顔を見る。う ん、表情はいい。パソコンの前に座る。逃げ出 すことはないようだ。 すると、K 児が話しだした。「これは○○な んですよ~」 と一枚、一枚、とても良い表情で 写真の説明をしている。K 児は中学部最後に奇 跡を起こしてくれた。 4 .社会性の発達を可能にした K 児の要因 (1)社会的感情の広がりと達成感の深まり 入学時の K 児は、できるかできないか、お もしろそうかそうでないかという○か×の世界 だった。だから、できそうなもの(かと言って 簡単すぎると K 児のプライドは許せないので、 ほんのちょっと抵抗があること)や本人が興味 を持つはずと思うものを設定してきた。そのよ うな中で、「やってみたい→できた→次もやり たい」という経験を小学部も含めてたくさん積 んできた。そして、それを彼自身が「他者の評 価ではなく自己評価」し、「出き方」や「でき たという気持ち」に自信をもてるようになった。 それを土台に、今はそれだけではない K 児の 育ちがある。「できないかもしれないけどでき るようになりたいからやってみたい」、「間違っ てもやり直せる」、「とっても緊張するけど心に 響くからやってみたい」の気持ちが、『こっそ り練習』や『文化祭』『クリスマス給食発表』 につながっている。そして、ちょっと手応えが あることを乗り越えてできるうれしさを感じ始 めている。 3 年生になって、「かっこよくなりたい」と いう気持ちが「上手にできなかったらどうしよ う」という不安につながった。しかし、これま での育ちから「やり応え」を求め、それが、支 えも受けながら達成できた時、本人の心にしっ かり刻むことができた。『病院騒動』『スケート』 『卒業式』にそのような姿が表れている。 (2)コミュニケーションでの思いを伝える表 現手段の広がりと深まり レポートの最初に書いたように、と発し、入 学時は、眉間にしわ間髪入れずに「ギャー」、 どんどんエスカレートし、どうにもこうにもい かなくなり、おもらししてリセットするという 姿があった。しかし、中学部でも「イヤ」と言っ たら受け止めてもらえること、「なんで?」と いう自分なりの理由が教師にわかってもらえる ことを知った。都合が悪い時だけでなく、言葉 が見つからない時に言っていた「いや、なんで も」という言葉も少なくなった。使える言葉も 学習の中で広がったのだと思う。自分の中に気 持ちを伝える言葉があるということは、相手の 言葉も入るようになった。今は眉間にしわの次 に間がある、言葉が入る K 児になってきた。 また、かなわない願いを「今度しようね」と言っ て、そのことをいつか実現しようと思い、実現 をしてきた家族もいた。思いがかなわなかった 時「来年は行こうね」という言葉が出た。理由 が言えるようになった。その事は、人が言うこ とも、理由がしっかりわかり、納得できる力に つながった。 伝えたい思いがある時、たとえ近くにいなく ても『手紙』という手段で伝えられることを『ケ ロポンズへの手紙』で知った。それは、『見送 りに間に合わなかった友だちに書いた手紙』に そんな姿が表れている。
(3)友だちとの関係の広がりと深まり 友だちのことは入学時からよく見ていた。で もそこへの思いが変わってきている。1 年生の 時は、“ あんな風にするのか ” と自分のイメー ジを高めるための存在であった。2 年生では、 “ ○○のようにやってみたい ” という思いを持 ち、“ ○○と遊びたい ” という思いを持ち、“ 友 だちも苦労してがんばってるから自分もがんば ろう ” と思え、“ 一緒にやりたい ” という思え る K 児になってきた。そして、3 年生では、日 常的にケンカをしたり、心配したりとかけがえ のない存在になった。 人と関わるのが楽しい K 児になっている。 人がおもしろいことをすると指をさして笑い、 ちょっと困難なことを乗り越えた自分を見てほ しい友だちがいた。それが『文化祭』『クリス マス給食発表』などの姿にあらわれている。そ して、気まずい時には、自分から手をつなぎ、 支えてほしい友だちがいた。人と関わるが故に 腹が立つこともある。でも、自分の中で怒りま くるのではなく、優しい先生にやつあたりする こともあるが、ちょっと支えてもらうことで直 談判もできるようになった。そして、その人と の関係で怒りを納めることもでき始めている。 (4)興味関心の広がりと深まり 教科でいろいろなことに出会った。ホッケー、 絵、歌、文字。苦手なことだっていっぱいあっ た。しかし、感動することや楽しいこともたく さんあった。自分の身体をうまくコントロール しないとできないホッケーをしたり、“ 描けな い ” と思ってたが、感動した経験をもとに友だ ちの絵も盗み見しながら行事の絵を描いたり、 また、歌詞に感動して『クリスマス給食発表』 では、大勢の前で独唱できた。『手紙』を通し、 文字はその場にいない人に伝えたい思いを伝え る手段だとわかった。そして、実感をくぐる経 験を伴う学習をたくさんし、初物が苦手だが、 “ 知らないこともまず見てみよう ” という K 児 の姿もみられた。上手にできるかどうか、葛藤 があるからこそ、出来た時の喜びを感じ始めて いる K 児がいた。楽しい世界が広がってきて いる K 児がいる。 以上のような力が絡まりあって、K 児は人も 物も自分も信頼できるようになり、ずいぶんし なやかになった。「まあええか」という思いも もてるようになった。できない時もあるけど、 総体的にまんざらでもない自分を感じるように なった。そして、学校って楽しいなあっていう 思いが育っているように思える。 3 年生では「かっこいい自分になりたい」、 しかし、「かっこよくできる自信がない」とい う気持ちからか、「やりたくない」という姿が 目立つ時期もあった。「やりたくない」気持ち を受け止められた上で、友だちの姿を見、自分 の思いを伝え、人の言うことにも耳を傾け、納 得できることについては、がんばってみようと したり、がんばれた自分をすごいと思える力に つながった。 入学した時は、将来の夢など語らなかった。 しかし、今は将来の夢が語れるようになった。 自分の人生を自分で決めたいという思いがもて るようになったのだと思う。 K 児は中学部在籍を通して、上記の育ちを見 せてくれた。しかし、まだひとりきりの力で、 自分を調整できる力はこれからの課題でもあ る。自分の思いはどんどん広がり、「こんな風 にしたい」という思いも強くなる一方で、自分 の思いと違うことに出会い、折り合いをつける 必要がある時、まだ支えが必要である。また、 「やってみようかな、でも不安だな」という思 いの時に、以前以上にまわりから見られている 自分がわかるため、不安も大きくなっている。 本当に嫌だと思っている時と、「でもできる自 分を感じたい」、「みんなと一緒にしたい」とい う裏にかくれた願いを持っている時との見極め は、K 児に近い大人の判断が必要である。K 児 の思いに寄り添いながら、K 児自身がよりよい 自分を感じられるような関係と支えがこれから も必要としている。 一般に、子どもの感情の発達について、「望 ましい社会性の発達が、感情の自然な経験や発 露を礎としてゆっくりと時間をかけて漸次的に 涵養されるべきものである」と考えられること が多い。K 児を通して、自閉症児の社会的関係 における人格・感情的側面の発達の事実を確認 し、それを可能にしてきた教育的条件を検討し てきた。同時に、K 児の人格・感情的側面の発
達を確認しながらも、いくつかの問題も観察す ることができた。発達の事実と問題について、 自閉症の社会性における発達と障害の統一的理 解という観点から、今後さらに検討を深めてい きたい。事例を中心にした丁寧な研究と方法の 視点の明瞭化が求められる。 文献 別府哲(2007)自閉症における他者理解の機能連関と 形成プロセスの特異性、障害者問題研究、34 巻 4 号、19-26 ガットステイン、 S . E .(2006) RDI 対人関係発 達指導法、クリエイツかもがわ ハッペ、F(1997) 自閉症の心の世界、星和書店 黒田吉孝(2007)今日の自閉症論から自閉症の社会性 の発達と障害を考える、障害者問題研究、34 巻 4 号、2-10 太田昌孝(2003) 自閉症圏障害における実行機能、 自閉症と発達障害研究の進歩、7 巻、3-25 滝川一廣(2004)「心」の本質とは何か、ちくま書房 Wing,L(1992)Manifestations of social problems in
high-functioning autistic people.
Schopler,E Mesibov,G.B.(eds) High-Functioning Individuals with Autism,Plenum,11-40