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移行経済の経済学

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移行経済の経済学

I `よ じ め に 本年 は東欧革命10周年である。東欧諸国で共産党政権が ドミノ ・ゲームさな が らに次々 と倒壊 し,西 欧 に範 をとった民主主義の政治 システムがいわば一夜 に して制度化 されてか ら10年が経 った。 この間経済の分野では資本主義の制度 化が推進 されて きたが,そ の進行速度お よび達成度 は国によって異なる。中欧 諸国 (ポーランド,チ ェコ,ス ロヴァキア,ハ ンガリー,ス ロヴェエア)で の資本主義の 制度化 は比較的順調 であ り,チ ェコ,ハ ンガ リーお よび ドイッ (十日東ドイツ)の ようにすでに資本主義のフレームワークの建設が基本的に完了 した国 もあると これに対 し,バ ルカンの東欧諸国での資本主義への移行 は全般 に後れてお り, 治安が乱れている新ユ ーゴス ラヴイアの ように資本主義の建設が事実上ス トッ プ している国 もある。 中欧 ・東欧諸国における移行経済 を対象 に した経済学的研究 を振 り返 ってみ る と,こ の10年の間に研究の重心が移動 して きたことが分かる。大 ざっぱに言 えば,1990年 代 なかば ぐらいまではマクロ経済学的研究が主流 を占めていたの に対 し,1990年代 の後半 になるとメゾ経済学的研究お よび ミクロ経済学的研究 が前面 に出るようになった。 本稿 の 目的はそ うした移行経済研究の流れを踏 まえて筆者の現在到達 した 考 えを述べ ることにある。 浩 敏 田 福 1)詳 しくは福 田 [12]を参照 されたい。

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彦根論叢 第 322号 I マ クロ的研究からメゾ ・ミクロ的研究ヘ 1.マ クロ経済学的研究 マクロ経済学的研究は二つに分類 される。一つは定量的な研究である。GDP, 国民所得,経 済成長率,物 価上昇率,失 業率などを用いて各国経済の実情 を把 握 し,そ れをもとに政策提言 を行お うとするものである。 もう一つは定性的研究である。 これはさらに二つに細分 される。経済体制論 的研究 と移行の戦略論である。移行経済 を対象 に した経済体制論的研究は国民 経済の体制的フレームヮークの転換 を対象 にし,そ の方向や速度や内容 を確定 しようとするものである。 ところが,経 済体制の大転換 だ というのに,こ の方 面の研究は意外 に少 ない。 より正確 に言えば体制論的関心 をもち,体 制論的ス タンスをもって分析 しようとしている研究者は多数いるのだが,体 系性および 説得性 のテス トに合格 した者は数 えるほどしかいない。文句 な しに体系的で説 得 的 と言 えるのは コルナイ G.Korn航)の説であろうと筆者の説 も体系性 ・説得 性 テス トに合格 していると勝手 に思 っている告 移行 の戦略論 は,社 会主義か ら資本主義への移行 に関 して どのような経済戦 略 を採 るべ きかを論 じる ものである。 これにはグラデュアリズム とラデイカリ ズムがある。グラデュアリズムは資本主義への移行 は時間をかけるべ きだと説 く。 コル ナ イや マ ー レル (P.MurrdDがその代 表 的論 者 であ るそ これ に対 し ラデ イカ リズムは,資 本主義への移行 はビッグバ ンのや り方で一気 に行 うべ き で あ る と説 く。サ ックス はSachs)やクラウス (V.Klaus)やバ ル ツェロヴ ィチ (L.Bttcerowた力がその代表的論者である。筆者の説 もラデ イカリズムに分類 さ D れ る。 1990年代の後半になると移行経済は,一 一 とくに移行経済の先進地帯である中欧 諸国につVヽて一一第二局面 (secOnd phase)に入ったと言われるようになった。移 2)コ ルナイ説については福田 〔8〕 第4章 を参照されたい。 3)筆 者の説については福田 〔9〕第6章および福田 〔13〕を参照されたい。 4)福 田 〔13〕を参照されたい。 5)福 田 〔9〕第4章 を参照されたい。

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移行経済の経済学 3 1 行初期 の移行 リセ ッシ ヨンが底 を打 ち, 経 済成 長が プ ラス に転 じる ようになっ た時点以 降 を第二局面 と呼ぶのが普通 であ るを 筆者 自身は,資 本主義 の フ レー ムワークの制度化が形式的に完了 し,い わばその内実 を整備するようになった 時点 (たとえば(東)ドイツは1994年末,チ ェコは1996年央)以 降を第二局面 と捉 えて き たと この ような第二局面の到来 とともに移行経済の研究の重心 もマクロか らメ ゾお よび ミクロにシフ トするようになった。 2.メ ゾ経済学的研究 メゾ経済学 (MesoOkonOmik)はドイツの経済学者ペータース(H.―R.Peters)が1971 年 に提唱 したコンセプ トである告 メゾ経済は ミクロ経済 とマ クロ経済の中間に 位置する領域である。具体的には集団 (Gruppe),部門(Branche),地域 (Re」on)で

9 )

ある。メゾ経済学 はこれ らを対象 に した理論 と政策 とい うことになる。 移行経済のメゾ経済学的研究 を代表するのは産業政策的研究である。中で も ヒル シュハ ウゼ ン (C.v.Hrschhausen)の水 平 的産業政策論 ( h o A z o n t 】h d u s t A 】 p d たy ) は注 目に値す る。 ヒルシュハ ウゼ ンによればポス ト社会主義諸国におけ

る産業再編 は,垂 直的産業政策 (ve☆i c 』血dustA】p d たy ) ではな く,水 平的産業 政策 によるべ きである。垂直的産業政策は衰退産業お よび衰退企業 に対する政 府の直接干渉 を内容 とす る古典的な産業政策である。 これに対 し, 水 平的産業 政策は市場の効率的制度化お よび市場の効率化 を促進するような諸条件の形成 を目的 とする ものであ り,EU条 約の第1 3 0 条にも盛 り込 まれた比較的新 しい コンセプ トである。ポス ト社会主義諸国における水平的産業政策は二つの柱か ら成 る。社会主義時代 の産業 システムお よび個別企業の解体 と資本主義的企業 お よび資本主義的産業 ネ ッ トワークの創造である。 ヒルシュハ ウゼ ンはこのよ うな政策 を企業化 にn t e r p A z a d o n ) と呼 び│そ のために採 るべ き具体策 として次 6 ) B r e z i n s k i [ 6 ] p . 9 , K e n n e t h [ 1 6 ] p . 1 1 5 , M a z u r [ 2 0 ] p 。1 7 5 , W i n i e c k i [ 2 3 ] p . 1 5 5 7)福 田 〔12〕を参照 されたい。 8 ) P e t e r s [ 2 2 ] S . 2 1 7 - 2 1 9 9)メ ゾ経済学の研究対象 についてはBehrends[4]が詳 しい。 1 0 ) H i r s c h h a u s e n [ 1 5 ] p p . 3 8 , 4 1

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32 彦 根論叢 第 322号 1 1 ) の ものを挙げている。 ミクロ レベル :企 業の生産機能 と社会的機能 住 宅,文化,保 養 ・休暇,病 院, 学校など)の分離,社 会的機能の コマーシャリゼーシ ョン,負 債 ・債券ス ワップによる旧債務問題の解決,破 産スキームの 実施 など 産業部門 レベル :部 門省 の予算権の廃止,部 門省 による特定企業の優遇の廃 止 な ど ナシ ョナル レベル :有効 なコーポ レー ト・ガバナ ンスの制度化,R&D政 策 の実施,需 要志向インフラス トラクチ ャーの整備 など EU加 盟 を実現するためにEUの 産業政策 とのハーモナイゼーシ ョンを意識 している中欧 ・東欧諸国にとってヒルシュハ ウゼ ンの水平的産業政策の提案は 有効 な選択肢 になろう。 3.ミ クロ経済学的研究 ミクロ経済学的研 究 は私有化企業 (pttvadzed company,所有権が国家から私人に 移転された企業)を対象 に し,そ の行動 を多面的に考察 しようとするものである。 アプローチの方法 としては新制度派経済学 (neOinsdtudond economics)の手法が 採 られるのが普通である。具体的には取引費用論,プ リンシパル ・エージェン シー論,所 有権論,コ ーポ レー ト・ガバナ ンス論である。 私有化企業の研究は内容的に二つに区別 される。私有化企業の行動分析 と資 本主義的営利企業への転換 にかかわる政策提言である。 ①私有化企業の行動分析 私有化企業の行動分析は,私 有化企業の行動特性や行動変化 (国有企業時代と どう変わったか)を把握 ようとするものである。筆者の目を引いたのはアンタル ・マコシュlZ.AntぶMakoOの説である。かれは経済理論 と組織論を,具 体的に はエージェンシー論 と政治的交渉論 (pd北た創barg航航ng theo呼)を活用 してハ ン ガリーの私有化企業の行動を分析 した。つまり,六 つの代表的な企業を選び, 11)Hirschhausen[15]pp.47-53

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移行経済の経済学 3 3 私 有 化 の流 れ の 中で各企 業 にお け る経 営 者 が 政府 ( 具体的には国家資産庁) や銀行 1 2 ) な どとのポ リテ イカルな交渉 を通 して どの ように行動 したかを明 らかにした。 さらにアンタル ・マ コシュは,そ うしたケース ・ス タデ イを踏 まえて,私 有化 企業の営利会社化 を促進するには銀行 によるコーポ レー ト・ガバナ ンスが有効 1 3 ) であることを論証 した。 私有化企業の行動 に関す る研究分野で最近登場 したのは倫理学的アプローチ である。 この方面 を代表す るのはコスロフスキ ( P . K o d o w s 臨) ・グループの研究 1 4 ) で あ る。 この グループは私有化企業 の レン ト ・シーキ ングやモ ラル ・ハザ ー ド の 問題 をビジネス ・エ シ ックスの角度 か ら分析 し,移 行期特有 の企 業行動 を倫 理 的 に描 き出す こ とを試 みてい る。 ②資本主義的営利企業への転換 にかかわる政策提言 私有化企業 は移行期 の企業形態である。 ミクロレベルでの資本主義化 を図る には私有化企業 を資本主義的営利企業 に転換 しなければならない。この問題 は 今 日の中欧諸国における経済政策の重要な課題 となっている。私有化企業の営 利企業化 に関す る政策提言は内容的 に二つ に区別 される。 コーポ レー ト・ガバ ナ ンス論 と戦略論である。 コーポレー ト・ガバナ ンス論 は私有化企業のコーポレー ト・ガバナ ンスの現 状 を分析 し,そ れを踏 まえて営利企業化 を促進するコーポ レー ト・ガバナンス を提案 しようとするものである。ただ し,中 欧 ・東欧諸国における資本市場お よび金融市場 は一枚岩ではな く,そ れ らの整備状況は国ごとに異 なる。それゆ えコーポ レー ト ・ガバナ ンスの問題 も国別 に論 じる必要がある。筆者は別の機 会 にチ ェコ共和 国については投資私有化基金 G n v e s t m e n t p A v a h z a d o n f u n O 中心 1 5 ) の コーポ レー ト・ガバナ ンスが最適であることを論 じた。バ ウチ ヤー方式 によ る大衆私有化 ( m a s s ―p t t v a t セa d o n ) によつて登場 した投資私有化基金 に機関株主 と しての役割 を期待 してみたのである。最近O E C D の チェコ研究チームは投資私 12)Antal―MIakos[2]chap.5, chap.6

13)Antal―Makos[2]chap.6,特 にpp.190-191 14)Kosiowski[19]

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34 彦 根論叢 第 322号 有 化 基 金 の ガバ ナ ンスカ を高 め る ため にそ の持 株 会社 へ の転換 を提 唱 して い 1 6 ) る。チェコ政府 は最近,投 資私有化基金 による一企業あた りの持株比率 を20% か ら一 E U ス タンダードとのハーモナイゼーシヨンのために一十-11%に 減 じる措置 をとったたために,投 資私有化基金のガバナ ンスカが低下する恐れが生 じた。 O E C D の 研究チームはこの ような事態 に対処するために投資私有化基金 を持株 会社 に転換 し,私 有化企業 に対するコーポ レー ト・ガバナンスを強化するよう 提案 したのである。 ファイナ ンス市場が未発達のチェコの ような国では私有化 企業の営利会社化 を促進するには機関大株主 によるコーポレー ト・ガバナ ンス 1 7 ) が不 可欠 であ る。O E C D の 研 究 チ ームの提 案 は傾聴 に値 す る有効 な政策案 であ る。 ハ ンガ リーで は1 9 9 7 年末 に国有銀行 の私有化 が完了 し,国 有銀行 はほぼ100 1 8 ) % 私 的商業銀行 に転換 した。先進国の戦略的投資家が私的銀行 をコン トロール しうる株主 とな り,政 府 はもはや直接影響力 を行使 しえな くなっている。アー ベ ル (I.焔d ) とサ ヵダー ト(L.Szakadat)によれば,銀 行 セクターの移行 の点でハ ンガリーが中欧諸国の中で もっとも成功 した。筆者はかねてよリハ ンガリーに 2 0 ) おけるコーポ レー ト・ガバナ ンスは銀行 によるべ きであると主張 して きた。外 資支配の私的銀行 によるコーポ レー ト ・ガバナ ンスは今後 ます ます効力 を発揮 す る もの と思われる。 ミクロレベルにおける移行 の戦略論 を代表す るのはケ レン(M.KereDの説で ある。ケ レンによれば,資 本主義 に移行するにはマクロレベルのみならず ミク 2 1 ) ロ レベルで もビッグバ ン政策 を行 う必要がある。 ミクロレベルのアクターは, 企業間のネ ッ トワークや企業間の リンクに革命的な変化が生 じない限 り, そ の 行動 を変 えようとしない。アクターが革命的変化 はない と予想す る限 り, 計 画 システムが崩壊 したあ ともルーテイン化 した企業間リンクは存続する。そこで 16)OECD[21]p.6 17)OECD[21]p.70 18)Abel, Szakadat[1]p.157 19)Abel, Szakadat[1]p.158 2 0 ) 福 田 〔8 〕 p p . 1 8 2 - 1 8 8 21)Keren[17]pp.56-70

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移行経済の経済学 35 アク ターの予想 を変 えて営利 的行動 を とらせ るには ビッグバ ンによるほかない。 具体 的 には参入 の 自由化 ,マ ーケ ッ ト ・ルールの制定 ,計 画機構 の廃止,予 算 制約 のハ ー ド化 な どの政策 を一挙 に実行 す る必 要があ る告 私有化企業の行動 を利潤最大化行動へ転換するには,ケ レンの言 うように, 従来のゲームのルールを廃止 し,マ ーケ ッ ト・ルールを早急 に制度化 しなけれ ばならない。ルール変更に時間がかると私有化企業のリス トラクチャリングに 手間取 り,宿 弊であるソフ トな予算制約の問題や企業間債務問題の解決 も長引 くことになる。ルール変更は早いに越 したことはない。 m 移 行経済の体制特質 以上の ように移行経済 を対象 に した経済学的研究はマクロ,メ ゾ, ミクロと 多彩 に展 開 されて きた。近年は とくに ミクロレベルの研究が盛 んであ り,新 制 度派経済学の精巧 な分析 トゥールが応用 されることによって移行経済の ミクロ 特質が明瞭 に把握 されるようにな り,ま た ミクロの移行戦略論 も説得力 を増 し つつある。 これに対 し,筆 者がかかわってきた移行経済の経済体制論的研究は 量的に少 な く, しか も,先 に述べ たように,体 系性 ・説得性のテス トにパス し た説は数えるほ どしかない。 筆者 はこれ まで体制移行 を誘発 した原因や体制移行の方向を明 らかにするか たわ ら1体 制移行の戦略 としてラデ イカリズムが最適であること1体 制移行政 策の柱 を成す私有化 はバ ウチ ャーによるラデイカルな方法がベス トであること 2 5 ) な どを主張 して きた。 さらに,こ れ らの研究 を踏まえて経済体制研究にはワン セ ッ ト思考が必要なのではないか とい う問題提起 を行い│ま た移行経済はパ ラ ダイム転換 を叫ばず ともオーソ ドックスな資本主義対社会主義の比較パ ラダイ ムで十分把握で きるとい うことも論 じて きた4 22) Keren 2 3 ) 福 田 2 4 ) 福 田 2 5 ) 福 田 2 6 ) 福 田 [17]p.73 8 〕第4 章 9 〕第4 章 9 〕第5 章 9 〕第6 章, 福 田 〔1 0 〕 1 1 〕 27)福 田 〔

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36 彦 根論叢 第 322号 これ らの研究 を通 して筆者は,筆 者 自身の 「所有,相 互 ・上下調整の三元論」 が どこまで通用するかを試 して きた。この三元論 は所有方式,相 互調整方式お よび上下調整方式 を経済体制の基本的な構成要素 と見 る説であるが,こ のシン プルな説は,自 賛 じみて恐縮だが,移 行経済研究 にそれな りの貢献 をしたので はないか と思 えるようになった。移行経済の研究 にさい して もう一つ筆者の念 頭 にあったのは,筆 者の説 にいわば付加価値 を加 えられるのではないか とい う 期待であった。期待 は十分 に満 た された とは言いがたいが, 幸 い ささやかなが らワンセ ッ ト思考 とい う付加価値 を産出することがで きた。経済体制 を認識 し た り,設 計 した りするさいには経済体制 を構成する諸要素 を機能面お よび意味 2 8 ) 面か らセ ッ トの形で互いに関連づ けて考察すべ きである,と する説である。 本稿 では筆者のこれまでの研究 をベースに して移行経済の体制的個性 を描 き 出す作業 を行 ってみたい。移行経済その ものの体制的個性 を把握 しようとする 研究 は極端 に少 な く,ま とまった形で論 じているのは,筆 者の知る限 り,バ ル ツェロヴイチ (L.Bdcerowたz ) と筆者だけである。筆者 は別の機会 にこの世紀末 2 9 ) の移行経済の体制特質を把握 したが, もう一度改めてこの問題 を考 えてみたい。 1.バ ルツェロヴィチ説 バルツェロヴイチはポーラン ドを代表するエ コノミス トであ り,同 時に同国 の体制移行 を指導 した実際家である。つ まり,体 制移行の初期局面 において副 首相兼蔵相 として体制転換政策 を指導 した有能な行政家である。 また,あ ま り 知 られていない ようだが,バ ルツェロヴイチはポス ト社会主義諸国における経 済体制研究の分野では屈指の実力の持 ち主である。 バ ルツェロヴイチの経済体制論 は,筆 者 な りに特徴づけると,「企業 ・所右 ・調整の三元論」である。つまり,企 業制度,所 有構造および調整メカニズム を経済体制の基本的構成要素 と見 る説である。バルッェロヴィチはこの三元論 をもって移行経済の体制特質 を把握 した。 詳 しくは福田 〔13〕を参照されたい。 福田 〔14〕

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移行経済の経済学

I `よ じ め に 本年 は東欧革命10周年である。東欧諸国で共産党政権が ドミノ ・ゲームさな が らに次々 と倒壊 し,西 欧 に範 をとった民主主義の政治 システムがいわば一夜 に して制度化 されてか ら10年が経 った。 この間経済の分野では資本主義の制度 化が推進 されて きたが,そ の進行速度お よび達成度 は国によって異なる。中欧 諸国 (ポーランド,チ ェコ,ス ロヴァキア,ハ ンガリー,ス ロヴェエア)で の資本主義の 制度化 は比較的順調 であ り,チ ェコ,ハ ンガ リーお よび ドイッ (十日東ドイツ)の ようにすでに資本主義のフレームワークの建設が基本的に完了 した国 もあると これに対 し,バ ルカンの東欧諸国での資本主義への移行 は全般 に後れてお り, 治安が乱れている新ユ ーゴス ラヴイアの ように資本主義の建設が事実上ス トッ プ している国 もある。 中欧 ・東欧諸国における移行経済 を対象 に した経済学的研究 を振 り返 ってみ る と,こ の10年の間に研究の重心が移動 して きたことが分かる。大 ざっぱに言 えば,1990年 代 なかば ぐらいまではマクロ経済学的研究が主流 を占めていたの に対 し,1990年代 の後半 になるとメゾ経済学的研究お よび ミクロ経済学的研究 が前面 に出るようになった。 本稿 の 目的はそ うした移行経済研究の流れを踏 まえて筆者の現在到達 した 考 えを述べ ることにある。 浩 敏 田 福 1)詳 しくは福 田 [12]を参照 されたい。

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彦根論叢 第 322号 I マ クロ的研究からメゾ ・ミクロ的研究ヘ 1.マ クロ経済学的研究 マクロ経済学的研究は二つに分類 される。一つは定量的な研究である。GDP, 国民所得,経 済成長率,物 価上昇率,失 業率などを用いて各国経済の実情 を把 握 し,そ れをもとに政策提言 を行お うとするものである。 もう一つは定性的研究である。 これはさらに二つに細分 される。経済体制論 的研究 と移行の戦略論である。移行経済 を対象 に した経済体制論的研究は国民 経済の体制的フレームヮークの転換 を対象 にし,そ の方向や速度や内容 を確定 しようとするものである。 ところが,経 済体制の大転換 だ というのに,こ の方 面の研究は意外 に少 ない。 より正確 に言えば体制論的関心 をもち,体 制論的ス タンスをもって分析 しようとしている研究者は多数いるのだが,体 系性および 説得性 のテス トに合格 した者は数 えるほどしかいない。文句 な しに体系的で説 得 的 と言 えるのは コルナイ G.Korn航)の説であろうと筆者の説 も体系性 ・説得 性 テス トに合格 していると勝手 に思 っている告 移行 の戦略論 は,社 会主義か ら資本主義への移行 に関 して どのような経済戦 略 を採 るべ きかを論 じる ものである。 これにはグラデュアリズム とラデイカリ ズムがある。グラデュアリズムは資本主義への移行 は時間をかけるべ きだと説 く。 コル ナ イや マ ー レル (P.MurrdDがその代 表 的論 者 であ るそ これ に対 し ラデ イカ リズムは,資 本主義への移行 はビッグバ ンのや り方で一気 に行 うべ き で あ る と説 く。サ ックス はSachs)やクラウス (V.Klaus)やバ ル ツェロヴ ィチ (L.Bttcerowた力がその代表的論者である。筆者の説 もラデ イカリズムに分類 さ D れ る。 1990年代の後半になると移行経済は,一 一 とくに移行経済の先進地帯である中欧 諸国につVヽて一一第二局面 (secOnd phase)に入ったと言われるようになった。移 2)コ ルナイ説については福田 〔8〕 第4章 を参照されたい。 3)筆 者の説については福田 〔9〕第6章および福田 〔13〕を参照されたい。 4)福 田 〔13〕を参照されたい。 5)福 田 〔9〕第4章 を参照されたい。

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移行経済の経済学 3 1 行初期 の移行 リセ ッシ ヨンが底 を打 ち, 経 済成 長が プ ラス に転 じる ようになっ た時点以 降 を第二局面 と呼ぶのが普通 であ るを 筆者 自身は,資 本主義 の フ レー ムワークの制度化が形式的に完了 し,い わばその内実 を整備するようになった 時点 (たとえば(東)ドイツは1994年末,チ ェコは1996年央)以 降を第二局面 と捉 えて き たと この ような第二局面の到来 とともに移行経済の研究の重心 もマクロか らメ ゾお よび ミクロにシフ トするようになった。 2.メ ゾ経済学的研究 メゾ経済学 (MesoOkonOmik)はドイツの経済学者ペータース(H.―R.Peters)が1971 年 に提唱 したコンセプ トである告 メゾ経済は ミクロ経済 とマ クロ経済の中間に 位置する領域である。具体的には集団 (Gruppe),部門(Branche),地域 (Re」on)で

9 )

ある。メゾ経済学 はこれ らを対象 に した理論 と政策 とい うことになる。 移行経済のメゾ経済学的研究 を代表するのは産業政策的研究である。中で も ヒル シュハ ウゼ ン (C.v.Hrschhausen)の水 平 的産業政策論 ( h o A z o n t 】h d u s t A 】 p d たy ) は注 目に値す る。 ヒルシュハ ウゼ ンによればポス ト社会主義諸国におけ

る産業再編 は,垂 直的産業政策 (ve☆i c 』血dustA】p d たy ) ではな く,水 平的産業 政策 によるべ きである。垂直的産業政策は衰退産業お よび衰退企業 に対する政 府の直接干渉 を内容 とす る古典的な産業政策である。 これに対 し, 水 平的産業 政策は市場の効率的制度化お よび市場の効率化 を促進するような諸条件の形成 を目的 とする ものであ り,EU条 約の第1 3 0 条にも盛 り込 まれた比較的新 しい コンセプ トである。ポス ト社会主義諸国における水平的産業政策は二つの柱か ら成 る。社会主義時代 の産業 システムお よび個別企業の解体 と資本主義的企業 お よび資本主義的産業 ネ ッ トワークの創造である。 ヒルシュハ ウゼ ンはこのよ うな政策 を企業化 にn t e r p A z a d o n ) と呼 び│そ のために採 るべ き具体策 として次 6 ) B r e z i n s k i [ 6 ] p . 9 , K e n n e t h [ 1 6 ] p . 1 1 5 , M a z u r [ 2 0 ] p 。1 7 5 , W i n i e c k i [ 2 3 ] p . 1 5 5 7)福 田 〔12〕を参照 されたい。 8 ) P e t e r s [ 2 2 ] S . 2 1 7 - 2 1 9 9)メ ゾ経済学の研究対象 についてはBehrends[4]が詳 しい。 1 0 ) H i r s c h h a u s e n [ 1 5 ] p p . 3 8 , 4 1

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32 彦 根論叢 第 322号 1 1 ) の ものを挙げている。 ミクロ レベル :企 業の生産機能 と社会的機能 住 宅,文化,保 養 ・休暇,病 院, 学校など)の分離,社 会的機能の コマーシャリゼーシ ョン,負 債 ・債券ス ワップによる旧債務問題の解決,破 産スキームの 実施 など 産業部門 レベル :部 門省 の予算権の廃止,部 門省 による特定企業の優遇の廃 止 な ど ナシ ョナル レベル :有効 なコーポ レー ト・ガバナ ンスの制度化,R&D政 策 の実施,需 要志向インフラス トラクチ ャーの整備 など EU加 盟 を実現するためにEUの 産業政策 とのハーモナイゼーシ ョンを意識 している中欧 ・東欧諸国にとってヒルシュハ ウゼ ンの水平的産業政策の提案は 有効 な選択肢 になろう。 3.ミ クロ経済学的研究 ミクロ経済学的研 究 は私有化企業 (pttvadzed company,所有権が国家から私人に 移転された企業)を対象 に し,そ の行動 を多面的に考察 しようとするものである。 アプローチの方法 としては新制度派経済学 (neOinsdtudond economics)の手法が 採 られるのが普通である。具体的には取引費用論,プ リンシパル ・エージェン シー論,所 有権論,コ ーポ レー ト・ガバナ ンス論である。 私有化企業の研究は内容的に二つに区別 される。私有化企業の行動分析 と資 本主義的営利企業への転換 にかかわる政策提言である。 ①私有化企業の行動分析 私有化企業の行動分析は,私 有化企業の行動特性や行動変化 (国有企業時代と どう変わったか)を把握 ようとするものである。筆者の目を引いたのはアンタル ・マコシュlZ.AntぶMakoOの説である。かれは経済理論 と組織論を,具 体的に はエージェンシー論 と政治的交渉論 (pd北た創barg航航ng theo呼)を活用 してハ ン ガリーの私有化企業の行動を分析 した。つまり,六 つの代表的な企業を選び, 11)Hirschhausen[15]pp.47-53

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移行経済の経済学 3 3 私 有 化 の流 れ の 中で各企 業 にお け る経 営 者 が 政府 ( 具体的には国家資産庁) や銀行 1 2 ) な どとのポ リテ イカルな交渉 を通 して どの ように行動 したかを明 らかにした。 さらにアンタル ・マ コシュは,そ うしたケース ・ス タデ イを踏 まえて,私 有化 企業の営利会社化 を促進するには銀行 によるコーポ レー ト・ガバナ ンスが有効 1 3 ) であることを論証 した。 私有化企業の行動 に関す る研究分野で最近登場 したのは倫理学的アプローチ である。 この方面 を代表す るのはコスロフスキ ( P . K o d o w s 臨) ・グループの研究 1 4 ) で あ る。 この グループは私有化企業 の レン ト ・シーキ ングやモ ラル ・ハザ ー ド の 問題 をビジネス ・エ シ ックスの角度 か ら分析 し,移 行期特有 の企 業行動 を倫 理 的 に描 き出す こ とを試 みてい る。 ②資本主義的営利企業への転換 にかかわる政策提言 私有化企業 は移行期 の企業形態である。 ミクロレベルでの資本主義化 を図る には私有化企業 を資本主義的営利企業 に転換 しなければならない。この問題 は 今 日の中欧諸国における経済政策の重要な課題 となっている。私有化企業の営 利企業化 に関す る政策提言は内容的 に二つ に区別 される。 コーポ レー ト・ガバ ナ ンス論 と戦略論である。 コーポレー ト・ガバナ ンス論 は私有化企業のコーポレー ト・ガバナ ンスの現 状 を分析 し,そ れを踏 まえて営利企業化 を促進するコーポ レー ト・ガバナンス を提案 しようとするものである。ただ し,中 欧 ・東欧諸国における資本市場お よび金融市場 は一枚岩ではな く,そ れ らの整備状況は国ごとに異 なる。それゆ えコーポ レー ト ・ガバナ ンスの問題 も国別 に論 じる必要がある。筆者は別の機 会 にチ ェコ共和 国については投資私有化基金 G n v e s t m e n t p A v a h z a d o n f u n O 中心 1 5 ) の コーポ レー ト・ガバナ ンスが最適であることを論 じた。バ ウチ ヤー方式 によ る大衆私有化 ( m a s s ―p t t v a t セa d o n ) によつて登場 した投資私有化基金 に機関株主 と しての役割 を期待 してみたのである。最近O E C D の チェコ研究チームは投資私 12)Antal―MIakos[2]chap.5, chap.6

13)Antal―Makos[2]chap.6,特 にpp.190-191 14)Kosiowski[19]

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34 彦 根論叢 第 322号 有 化 基 金 の ガバ ナ ンスカ を高 め る ため にそ の持 株 会社 へ の転換 を提 唱 して い 1 6 ) る。チェコ政府 は最近,投 資私有化基金 による一企業あた りの持株比率 を20% か ら一 E U ス タンダードとのハーモナイゼーシヨンのために一十-11%に 減 じる措置 をとったたために,投 資私有化基金のガバナ ンスカが低下する恐れが生 じた。 O E C D の 研究チームはこの ような事態 に対処するために投資私有化基金 を持株 会社 に転換 し,私 有化企業 に対するコーポ レー ト・ガバナンスを強化するよう 提案 したのである。 ファイナ ンス市場が未発達のチェコの ような国では私有化 企業の営利会社化 を促進するには機関大株主 によるコーポレー ト・ガバナ ンス 1 7 ) が不 可欠 であ る。O E C D の 研 究 チ ームの提 案 は傾聴 に値 す る有効 な政策案 であ る。 ハ ンガ リーで は1 9 9 7 年末 に国有銀行 の私有化 が完了 し,国 有銀行 はほぼ100 1 8 ) % 私 的商業銀行 に転換 した。先進国の戦略的投資家が私的銀行 をコン トロール しうる株主 とな り,政 府 はもはや直接影響力 を行使 しえな くなっている。アー ベ ル (I.焔d ) とサ ヵダー ト(L.Szakadat)によれば,銀 行 セクターの移行 の点でハ ンガリーが中欧諸国の中で もっとも成功 した。筆者はかねてよリハ ンガリーに 2 0 ) おけるコーポ レー ト・ガバナ ンスは銀行 によるべ きであると主張 して きた。外 資支配の私的銀行 によるコーポ レー ト ・ガバナ ンスは今後 ます ます効力 を発揮 す る もの と思われる。 ミクロレベルにおける移行 の戦略論 を代表す るのはケ レン(M.KereDの説で ある。ケ レンによれば,資 本主義 に移行するにはマクロレベルのみならず ミク 2 1 ) ロ レベルで もビッグバ ン政策 を行 う必要がある。 ミクロレベルのアクターは, 企業間のネ ッ トワークや企業間の リンクに革命的な変化が生 じない限 り, そ の 行動 を変 えようとしない。アクターが革命的変化 はない と予想す る限 り, 計 画 システムが崩壊 したあ ともルーテイン化 した企業間リンクは存続する。そこで 16)OECD[21]p.6 17)OECD[21]p.70 18)Abel, Szakadat[1]p.157 19)Abel, Szakadat[1]p.158 2 0 ) 福 田 〔8 〕 p p . 1 8 2 - 1 8 8 21)Keren[17]pp.56-70

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移行経済の経済学 35 アク ターの予想 を変 えて営利 的行動 を とらせ るには ビッグバ ンによるほかない。 具体 的 には参入 の 自由化 ,マ ーケ ッ ト ・ルールの制定 ,計 画機構 の廃止,予 算 制約 のハ ー ド化 な どの政策 を一挙 に実行 す る必 要があ る告 私有化企業の行動 を利潤最大化行動へ転換するには,ケ レンの言 うように, 従来のゲームのルールを廃止 し,マ ーケ ッ ト・ルールを早急 に制度化 しなけれ ばならない。ルール変更に時間がかると私有化企業のリス トラクチャリングに 手間取 り,宿 弊であるソフ トな予算制約の問題や企業間債務問題の解決 も長引 くことになる。ルール変更は早いに越 したことはない。 m 移 行経済の体制特質 以上の ように移行経済 を対象 に した経済学的研究はマクロ,メ ゾ, ミクロと 多彩 に展 開 されて きた。近年は とくに ミクロレベルの研究が盛 んであ り,新 制 度派経済学の精巧 な分析 トゥールが応用 されることによって移行経済の ミクロ 特質が明瞭 に把握 されるようにな り,ま た ミクロの移行戦略論 も説得力 を増 し つつある。 これに対 し,筆 者がかかわってきた移行経済の経済体制論的研究は 量的に少 な く, しか も,先 に述べ たように,体 系性 ・説得性のテス トにパス し た説は数えるほ どしかない。 筆者 はこれ まで体制移行 を誘発 した原因や体制移行の方向を明 らかにするか たわ ら1体 制移行の戦略 としてラデ イカリズムが最適であること1体 制移行政 策の柱 を成す私有化 はバ ウチ ャーによるラデイカルな方法がベス トであること 2 5 ) な どを主張 して きた。 さらに,こ れ らの研究 を踏まえて経済体制研究にはワン セ ッ ト思考が必要なのではないか とい う問題提起 を行い│ま た移行経済はパ ラ ダイム転換 を叫ばず ともオーソ ドックスな資本主義対社会主義の比較パ ラダイ ムで十分把握で きるとい うことも論 じて きた4 22) Keren 2 3 ) 福 田 2 4 ) 福 田 2 5 ) 福 田 2 6 ) 福 田 [17]p.73 8 〕第4 章 9 〕第4 章 9 〕第5 章 9 〕第6 章, 福 田 〔1 0 〕 1 1 〕 27)福 田 〔

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36 彦 根論叢 第 322号 これ らの研究 を通 して筆者は,筆 者 自身の 「所有,相 互 ・上下調整の三元論」 が どこまで通用するかを試 して きた。この三元論 は所有方式,相 互調整方式お よび上下調整方式 を経済体制の基本的な構成要素 と見 る説であるが,こ のシン プルな説は,自 賛 じみて恐縮だが,移 行経済研究 にそれな りの貢献 をしたので はないか と思 えるようになった。移行経済の研究 にさい して もう一つ筆者の念 頭 にあったのは,筆 者の説 にいわば付加価値 を加 えられるのではないか とい う 期待であった。期待 は十分 に満 た された とは言いがたいが, 幸 い ささやかなが らワンセ ッ ト思考 とい う付加価値 を産出することがで きた。経済体制 を認識 し た り,設 計 した りするさいには経済体制 を構成する諸要素 を機能面お よび意味 2 8 ) 面か らセ ッ トの形で互いに関連づ けて考察すべ きである,と する説である。 本稿 では筆者のこれまでの研究 をベースに して移行経済の体制的個性 を描 き 出す作業 を行 ってみたい。移行経済その ものの体制的個性 を把握 しようとする 研究 は極端 に少 な く,ま とまった形で論 じているのは,筆 者の知る限 り,バ ル ツェロヴイチ (L.Bdcerowたz ) と筆者だけである。筆者 は別の機会 にこの世紀末 2 9 ) の移行経済の体制特質を把握 したが, もう一度改めてこの問題 を考 えてみたい。 1.バ ルツェロヴィチ説 バルツェロヴイチはポーラン ドを代表するエ コノミス トであ り,同 時に同国 の体制移行 を指導 した実際家である。つ まり,体 制移行の初期局面 において副 首相兼蔵相 として体制転換政策 を指導 した有能な行政家である。 また,あ ま り 知 られていない ようだが,バ ルツェロヴイチはポス ト社会主義諸国における経 済体制研究の分野では屈指の実力の持 ち主である。 バ ルツェロヴイチの経済体制論 は,筆 者 な りに特徴づけると,「企業 ・所右 ・調整の三元論」である。つまり,企 業制度,所 有構造および調整メカニズム を経済体制の基本的構成要素 と見 る説である。バルッェロヴィチはこの三元論 をもって移行経済の体制特質 を把握 した。 詳 しくは福田 〔13〕を参照されたい。 福田 〔14〕

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移行経済の経済学 3 7 企 業制度 は企業形態 を決定す る一般 的 な法 的枠組 み を意味す る。その基本 タ 3 0 ) イプは次の三つである。第一は閉鎖型である。つ まり私企業は禁止 され,国 有 企業 または労働者 自主管理企業のみが認め られるケースである。第二は開放型 である。つ まり,企 業形態の自由選択が認め られるケースで,私 企業お よび非 私企業のいずれ もが認め られる。第三は制限的私有型である。つ ま り, 私 企業 が原則であるが,戦 略的セクターでは国有企業が採 られる場合である。 3 1 ) 所有構造 には三つの タイプがある。第一は私的セクターの支配,つ まり資本 主義型である。第二は国有企業 または労働者 自主管理企業の支配,つ まり社会 主義型である。第三は第一 と第二の混合型である。 調整 メカニズムの基本型 は三つあると 第一は市場メカニズムであ り,第 二は 指令 メカニズムである。第三 は 「計画で も市場で もない」制限 された市場であ る。つ ま り,政 府の許認可や基礎的投入財 ・消費財の統制価格が市場 と混在す るタイプである。 バルツェロヴイチは以上の三元論 をもって移行経済 を次表の ように類型化 し 3 3 ) た。移行経済は自由な移行経済 と制限 された移行経済 に区別 されている。ポス 企業制度 所有構造 調 整 メ カニズ ム 経済体制 開 放 社会主義か ら 資本主義ヘ 未成熟市場 自由 な移行経 済 制 限 遅行 的移行 制 限 され た市場 制限 された 移行経済 卜社会主義各国がいずれに分類 されるかについて説明がないので断定はで きな いが,た とえば中欧諸国は 「自由な移行経済」 に,バ ルカンの東欧諸国は 「制 限 された移行経済」の方 に分類 されることになろう。 移行経済の体制的特質の一つは体制的輪郭の不鮮明 さにある。移行経済は過 渡期の流動的な経済だか らである。バルッェロヴィチ説はそ うした不鮮明 さを 3 0 ) B a l c e r O w i c z [ 3 ] p . 1 2 8 3 1 ) B a l c e r O w i c z [ 3 ] p . 1 2 8 3 2 ) B a l c e r O w i c z [ 3 ] p . 1 2 8 3 3 ) B a l c e r O w i c z [ 3 ] p . 1 2 9

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3 8 彦 根論叢 第 3 2 2 号 それ な りに把握 しえてい る。 2 . 筆 者 の説 移行経 済 はあ る経 済体 制 か ら他 の異 質の経 済体制へ の移行期 に登場す る。つ ま り,先 行 の経 済体制 の下 降運動 と新興 の経 済体 制 の上昇運動 が交差す る時期 の経 済であ る。20世紀末 のポス ト社 会主義諸 国 にお ける経済 は まさ し くこの よ

うな移行経済である。それはどのような個性をもっているか。筆者の 「

所有,

相互 ・上下調整の三元論」をもって描き出してみよう。

①機能連関と意味連関

ソ連 ・東欧の社会主義はなぜ崩壊 したか。筆者はその究極の原因は設計ミス

3 4 ) にあった と考 えて きた。東欧革命の前夜のソ連 。東欧には二つの社会主義が存 在 していた。管理社会主義 と市場社会主義であるが,い ずれ も設計 された経済 体制であった。 管理社会主義 はソ連共産党の中央組織 によって設計 されたが,そ の方法は自 由資本主義 を反面教 師 とす る ものであった。つ ま り,自 由資本主義の基本的構 成要素は私有,市 場経済お よび自由放任であったが,ソ 連共産党のデザイナー たちはこれ らと180度異 なる要素 をもって管理社会主義 を設計 した。私有 に対 す るに国有 を,市 場経済に対するに中央管理経済 を,自 由放任 に対するに指令 をもって きて管理社会主義 を組み立てたのである。その さいマルクス (K.Marx) お よびエ ングルス (F.Engds)の共産主義思想 を参考 に したことは言 うまで もな い。デザイナーの設計思想 は反 自由資本主義のイデオロギーであ り,経 済効率 や機能連関を重視 していなかった。国有,中 央管理経済お よび指令の組み合わ せ を機能の面か らワンセ ッ トで捉 え,こ のセ ッ トが機能的に合理的か,効 率的 か を問お うとは しなかった。 結果か ら見 る と,国 有,中 央管理経済お よび指令の組み合わせは機能的に最 悪の組み合わせであった。国有 は企業の予算制約 をソフ トに し,中 央管理経済 は需給 のア ンバ ランス (不足経済)を招 き,指 令 は企業 にレン ト ・シーキ ングの 34)詳 しくは福田 〔13〕を参照されたい。

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移行経済の経済学 3 9 行 動 を とらせ ,量 至上主義 の行動 を強要 して低 品質 とイノベ ー シ ョンの停滞 を もたらした。このようにそれぞれが機能的欠陥をもつ三つの要素がセットになっ たことでいわばマイナスの相乗効果が働 き,管 理社会主義は低効率 トラップに 落ちたのである。このような意味で管理社会主義は,コ ルナイの言葉を借 りる と,機 能的に 「弱い結合」ヤweak hnkagOであった。 他方,意 味運関 (Shnzusammenhang)の面か ら見 る と,管 理社会主義の三つの 構成要素の組み合 わせ は 「強い結合」)(strong hnkage)であった。国有 も中央管 理経済 も指令 も国家主義のイデオロギーで貫かれていたか らである。生産手段 の国有 は国家 中心の経済運営 を可能 にする土台であった し,中 央管理経済は国 家官僚 による資源配分 システムであった し,指 令 は国家の経済計画 を実現する 手段 であった。 これ ら三つの構成要素は国家主義で強固に結 びつけられていた のである。ただ し,デ ザイナーたちが最初か ら意味連関 とい うことを意識 して 管理社会主義 を設計 したようには思われない。そ うではな く,結 果 としてたま た ま偶然 に 「強い結合」 になっていた とい うのが筆者の理解である。 「意味的に強い結合,機 能的に弱い結合」が管理社会主義の体制的個性であ る。 ソ連,東 ドイツ,ル ーマニア,ブ ルガリアなどで40年以上 も管理社会主義 が存続 しえたのはそれが意味的に 「強い結合」であったか らである。 しか し, 「意味的に強い結合」 も時間が経つにつれて 「機能的に弱い結合」 に起因する 経済の停滞 によって徐 々にブレークされ,つ いには管理社会主義が倒壊するに 至 った。 市場社会主義 も設計 された経済体制であった。市場社会主義の代表国はハ ン ガリーであるが,こ の国ではハ ンガリー社会主義労働者党中央委員会の設計チー ムが1965年か らほぼ3年の時間を費や して市場社会主義 を設計 した。設計のさ いには価値 と効率の基準が置かれた。つ ま り,「社会主義的価値 は所有方式で, 効率は調整方式で」 という基準であ り, 平 等や連帯などの価値は所有方式で実 現 し, 経 済効率は相互および上下の調整方式で達成するというものであった。 K o r n a i [ 1 8 ] p 。4 5 K o r n a i [ 1 8 ] p . 4 5

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40 彦 根論叢 第 322号 この ような方法 で設計 チ ームは最適 な もの と して国有 ,市 場経済お よび誘導 を 選択 し,そ れ らか ら市場社会主義 を組 み立 てたのであ る。筆者 は この ような方 法 を 「組 み立 て主義」 と呼 んで きた。 これ は,経 済体制 の構成諸 要素 を部 品の ように扱い,そ の一つひとつをそれぞれ異なる基準で判断 して最適のものを選 び,そ れらから最適に見える経済体制を組み立てるという方法である。設計チー ムには構成諸要素をワンセットの形で捉え,そ の組み合わせが機能および意味 の両面で整合的か,矛 盾対立はないかを検証 しようとする姿勢は見 られなかっ た。その結果,ハ ンガリーの市場社会主義には 「機能的にも意味的にも弱い結 合」 という属性が内在することになってしまった。 機能的に見ると,国 有は市場経済の機能の発現を阻害 した。筆者はこれを国 3 8 ) 有の 「ブ レーキ効果」 と呼 んで きた。国有制のために企業のソフ トな予算制約 の問題が解決 されなかったこと,官 僚が市場への参入お よび市場か らの退出を 規制 したために企業間に競争がほ とん どな く,業 績不良の企業が生 き残 ったこ と,ま たイノベーシ ョンも停滞 したことなどがブレーキ効果の実例である。意 味連関の面か ら見 る と,国 有 は国家主義の世界であ り,市 場経済お よび誘導は 個人主義の世界である。国家主義 と個人主義は意味的に対立する。市場社会主 義がわずか2 2 年で頓挫 したの もうなずける。 ゴルバチ ョフ (M.Gorbacheのは停滞 した ソ連社会 を立 て直すべ くペ レス トロ イカを発動 した。その一環 として経済体制改革が行われたが,改 革の基本線は, 筆者の解釈では,ハ ンガリー型市場社会主義の建設 におかれた。つ ま り,ゴ ル バチ ョフはハ ンガリー型市場社会主義への移行 によってソ連経済を再生 しよう としたのだが,そ の 日論みは ものの見事 にはずれて しまい,経 済はます ます悪 化 した。なぜ か。筆者の考 えでは,経 済が停滞 した中で 「意味的に強い結合, 機能的に弱い結合」 の管理社会主義か らよ り結合力の劣 るハ ンガリー型市場社 会主義―― 「機能的にも意味的にも弱V ヽ結合」上―への移行 を選択 して しまったか らである。このことが ソ連の崩壊 を早めた と言える。 組み立て主義は筆者の造語である。福田[ 8 ] 第3 章を参照されたい。 ブレーキ効果の詳細については福田[ 8 ] p p . 8 7 , 9 0 を参照 されたい。

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移行経済の経済学 41 東欧革命 によって東欧諸国の体制構図は一変 した。 どの国 も誘導資本主義の 導入 をめざした。各国の為政者の日には誘導資本主義は安定的かつ効率的 と映っ た。誘導資本主義 は私有,市 場経済お よび誘導の組み合わせである。筆者のワ ンセ ッ ト思考で見ると,こ の組み合わせは 「機能的にも意味的にも強い結合」 である。「機能的 に強い結合」 は誘導資本主義 を制度化 している欧米諸国や 日 本 の経済力が これを十分 に証明 している。私有,市 場経済お よび誘導はいずれ も個人主義 (および自由主義)の世界 に属する。それゆえそれ らの組み合わせは強 国である。誘導資本主義の安定性 と効率性は 「機能的にも意味的にも強い結合」 に起 因する。新生中欧 ・東欧諸国が誘導資本主義の導入に躍起 になったの もう なずける。 ②移行経済の個性 中欧 。東欧における誘導資本主義への移行経路 は二つあった。管理社会主義 か らの道 と市場社会主義か らの道である。前者の道 をたどったのは(東)ドイツ, ポーラン ド,チ ェコスロヴァキア,ル ーマニア,ブ ルガリアであ り,後 者の道 を選択 したのはハ ンガリー とスロヴェエアであった。 管理社会主義か ら誘導資本主義への道は ドラステイックであった。国有,中 央管理経済,指 令のセ ッ トか ら私有,市 場経済,誘 導のセ ッ トヘの転換がめざ されたか らである。両セ ッ トの間には連続面がない。つ ま り両セ ッ トには共通 す る要素は何 もない。典型的な体制革命 (syStemたrevoludonであつた。 これに対 し,市 場社会主義か らの道は比較的なだらかであった。国有,市 場 経済,誘 導のセ ッ トか ら私有,市 場経済,誘 導のセ ッ トヘの移行だったか らで ある。両セ ッ トの間には連続面がある。つ ま り,両 セ ッ トはいずれ も市場経済 と誘導 を含 んでいる。ただ し,所 有方式の面 には連続するものはない。所有方 式 を経済体制の上台 と考 える筆者の立場か らすれば,市 場社会主義か ら誘導資 本主義への移行 は単 なる体制改革ではな く,体 制間移行であった と言わねばな らない。 移行経済はどの ような個性 をもつか。一般的かつ抽象的に考 えると,移 行経 39)Elster, et al.[7]p。 49

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42 彦 根論叢 第 322号 済 は時 間的 に先行 す る経 済体 制 と後発 の経 済体 制 が クロスす る時期 の経 済 で あ る。所有方式 ,相 互調整方式 ,上 下調整方式 の各面 で異質の要素が混在 す る経 済であ り,こ の意味で混合経済である。このような混合経済は機能的にも意味 的にも矛盾対立する要素から構成 されるので不安定である。不安定な混合経済 というのが移行経済一般の体制特質である。 世紀末の移行経済はどうか。この10年の動 きを中欧諸国について振 り返つて みると,移 行経済は時間的に二つの局面をたどってきた。1990年代半ばごろま での第一局面 と,1990年代後半の第二局面である。 ポーランド,(東 )ドイツ,チ ェコおよびスロヴアキアの第一局面では管理社 会主義 と誘導資本主義の諸要素が混在 していた。ただし,第一局面を通 じて国 有 と私有,中 央管理経済 と市場経済,指 令 と誘導が混在 していたわけではない。 もしもそうであつたとしたらこれらの国の経済はカオスに陥 り,破 産の憂 き目 にあつていたであろう。幸いそのような事態は生 じなかった。どの国の政府 も 中央管理経済 と指令をただちにスクラップし,市 場経済 と誘導の制度化の措置 をとったからである。問題は所有方式の転換であった。体制移行の出発の時点 でたとえば(東)ドイツには国有企業が約8500,チ ェコスロヴァキアには約6000 もあった。どの国でも国有企業を一夜にして私有化するのは困難であ り,そ れ ゆえ所有方式の面では第一局面を通 じて国有 と私有が混在 した。より正確に言 うと,時 間の経過 とともに国有の占める割合が減少 し,私 有の占める割合が増 加するという運動の形をとって併存 した。管理社会主義からの道をたどった国 々における移行経済の第一局面は国有十私有,市 場経済,誘 導の組み合わせで あった。第一局面の初期では国有の占めるウェイ トが大 きかったために 「ブレー キ効果」が働 き,市 場経済の機能が阻害され, しかも市場経済および誘導 も内 実を伴わなかったために機能面および意味面の凝集性がきわめて低かった。各 国で二桁のマイナス成長 という猛烈な移行 リセッシヨンが発生 したのはこのた めである。私有化政策によって私有の占める割合が増えるにつれて各国の経済 状態は改善されるようになった。こうしてたとえばポーランド経済は1992年に プラス成長に転 じた (GDP成長率2.6%)。残 りの国も1990年代半ばまでにプラス

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移行経済の経済学 43 成長 を記録するようになった。第一局面 も後半 になると,私 有化の進展 ととも に機能運関お よび意味連関 とも凝集性が高 まったのではあるが,第 一局面の移 行経済は総 じて 「機能的に も意味的にも弱い結合」であったと言えるであろう。 (東)ドイツは1994年末 に,チ ェコは1996年央 に私有化 を完了 したと両国の移 行経済は所有方式の面で も私有が支配的 になった。形式か らすると両国は誘導 資本主義 に移行 したことになる。私有,市 場経済,誘 導の組み合わせが実現 さ れたか らである。 しか し,そ れはまだ内実 を備 えていない。私有化 といって も それはまだ国有企業の所有権の私人への移転が完了 した段階である。私有化 に は もう一つの段階がある。所有権が私人に移転 した私有化企業の資本主義的営 利企業への転換作業の段 階,つ まリリス トラクチ ャリングの段階である。 リス トラクチ ヤリングが一応完成 しないことには誘導資本主義への実質的な完了を 宣言するわけにはいかない。 この ようなリス トラクチ ヤリングは長期 にわたる 作業 となろう。 (東)ドイツお よびチェコはまだ移行経済の第二局面 にあると言 わねばならない。両国が 日本お よび欧米諸国並の 「機能的にも意味的に も強い 結合」の属性 をもつ誘導資本主義の域 に到達するまでには相当な時間がかかる ことが予想 される。両国の移行経済の第二局面 (つまり形式的誘導資本主義の局面) は一一 先進誘導資本主義に比して一― まだまだ 「機能的 に も意味的に も弱い結合」 であると言わねばならない。 ハ ンガリーは市場社会主義か ら誘導資本主義への道 を選択 した。この国では 市場社会主義の時代 (1968年-1989年)に市場経済 と誘導が一一 国有の 「ブレーキ効 果」のゆえにそれほど有効に機能したわけではないにしても一一―制度化 されていた。 し たが つて政府の体制移行政策は私有化 に集中すればよかったのであるが,そ の 主 たる方法 として資本市場への国有企業の株式売却 とい う漸進的かつ時間消費 的なや り方が採用 されたために,私 有化のテンポは予想以上 に遅れて しまった。 このため国有 十私有,市 場経済,誘 導のセ ッ トか ら成 る移行経済の第一局面が 予想以上 に長引いた。体制移行の出発時点で管理社会主義諸国 よりも有利だ と 見 られていたハ ンガ リー も移行 リセ ッシ ョンに見舞われ,そ の経済がプラス成 40)詳 しくは福田 〔12〕を参照されたい。

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44 彦 根論叢 第 322号 長 に転 じたのはようや く1994年(GDP成長率2.9%)になってか らの ことであった。 1994年か らハ ンガリー経済は第一局面の後期 に入 った と言えるが,こ の時期 に なる と政府部内で私有化の遅れは経済成長 にとつてブレーキになることが認識 されるようになった。こうして政府は私有化 を促進するために1995年か ら(東) ドイツ ・タイプの国有企業の直売方式 を採用 した。その結果私有化が加速 され, 1997年末 には予定 していた私有化が完了 した。ハ ンガリーはこの時点で形式的 に誘導資本主義 に移行 し,(東 )ドイツ,チ ェコに次いで移行経済の第二局面 に 入 つたのである。現在のハ ンガリーの移行経済は第一局面の時期ほど不安定で はないが,(東 )ドイツやチェコと同様 に,先 進誘導資本主義 に比べてまだまだ 「機能的に も意味的に も弱い結合」 の属性 を有 している。 ③私有化 と移行経済 中欧諸国の経験 は私有化戦略いかんによって移行経済の存続期 間に長短の差 が出て くることを教 えている。 (東)ドイツとチェコにおける私有化戦略はラデイ カルであった。 (東)ドイツでは信託庁主導で国有企業の私人への直売方式が採 られた。チ ェコではバ ウチ ャーによる大衆私有化が行われた。いずれの方法 も 国有企業の所有権 を一挙 に私人に移転す ることを狙 っていた。両国の移行経済 が比較的短期 間に不安定で危険な第一局面 を通過 しえたのはこのようなラデ イ カルな私有化戦略のお蔭であった。 これに対 し,当 初 グラデュアルな私有化戦 略一 国有企業の株式の資本市場への売却― を選択 したハ ンガリー とポーラン ド は第一局面 を通過するのに手間取 った。ポーラン ドに至 っては,1990年代後半 になって部分的バ ウチ ヤー方式 と直売方法 を導入することで私有化のス ピー ド ア ップを図った ものの,今 もって私有化 を完了 しえないでいる。この国はまだ 形式的に も誘導資本主義の段 階 に到達 していないのである。 4 1 ) 1 9 9 3 年にチ ェコと 「ビロー ド離婚」 (vdvet dttorce)したス ロヴァキアでは予 定 していたバ ウチ ャー私有化が中止 されたため国有企業の所有権移転が大幅に 遅れて しまった。 この国が第一局面 を通過す るにはまだまだ時間がかか りそ う である。 41)Elster, et al.[7]p.8

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移行経済の経済学 45 移行経 済 は過渡期 の不安定 な経 済であ る。移行経済 はで きるだけ早 く通過 し た方が よい。 ラデ イカル な私有化 が早期通過 を可能 にす ることが分 かった。誘 導資本 主義へ の移行 は私有化 のス ピー ドにかか っている こ とが実証 された。私 有化 戦略 の要諦 は ヴ イエ ェッキ G.wittecH)の言 うよ うに 「正 し くや る よ りも速 4 2 ) くやる tめ とである。筆者はかねてよ リバ ウチャーによる私有化戦略 を主張 し て きたが,そ れが正 しかったことが中欧諸国の政策実践で証明された。 グラデュアルな私有化 は移行経済の存続期間をいたず らに長引かせるだけで ある。ハ ンガ リーにおけるグラデュアルな国有銀行の私有化について綿密に実 証研究 したアーベル とサ カダー トは,次 の ように述べ ている。「グラデュアリ ズムは効率的でなかった。銀行が1992年-1993年 にリス トラクチャリングを始 めておれば銀行セクターの転換はより安 くついていたであろう……延々と続 く 多段階の手続 きも今 日では高費用の主因 と考 えられている」告 このことは銀行 セ クターばか りでな く全部門について も妥当する。 バルカンの東欧諸国における私有化は中欧諸国よりも後れている。 したがっ て東欧諸国は今 もって移行経済の第一局面 にある。誘導資本主義の形式が制度 化 されるまで相当な時間がかかることが予想 される。 IV お わりに 筆者は最近, ドイッの新 自由主義者ベーム(F.B6hm)がすでに1950年に 「社 会の危機や社会の崩壊は混合の誤 りや組み合わせの誤 りに起因する」)と述べて いたことを知った。経済体制の設計 ミスが社会の崩壊を招 くと言うのである。 「平和が続 く限 リソヴィエ ト経済体制の崩壊が予想される」)という指摘には誠 に鋭いものがある。畑眼 と言 うほかないが,た だベームの発言は直感であって 論証あつてのものではない。筆者 もベームと同様の結論を得たのであるが,筆 42)Winiecki[23]p.146 43)詳 しくは福 田 〔9〕 第 5章 を参照 されたい。 44)Abel, Szakadat[1]p.187 4 5 ) B 6 h m [ 5 ] S . 2 2 4 6 ) B b h m [ 5 ] S . 2 7

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46 彦 根論叢 第 322号 者 の場合 には ワ ンセ ッ ト思考 ,機 能連 関お よび意味追関な どの コンセプ トによっ て ソ連 ・東 欧の社会主義崩壊 の原 因が究 明 された。社 会主義 の崩壊 を経験 した われわれ に とって直感 的説 明は許 され る もので はない。適切 な コンセ プ トを創 造 して社 会主義崩壊 の原 因 を明 らか に し,ま たその経過 を体系 的 に説 明すべ き である。そ うした研究手続 きを踏 まないことには移行経済の特質や個性 を把握 す ることはで きないであろう。 バルッェロヴィチ説の特徴は移行経済を二つのタイプに分類 したところにあっ た。それはそれな りの説得力 をもってはいるが,た だバルツェロヴィチ説には 移行経済の不安定性 を説明 しうる論理がない。 また,時 間軸 に沿って移行経済 の個性 を描 き出す とい う視点 もない。あるのは移行経済のスタテイックな分類 だけである。移行経済は不安定であるだけに運動性 に富 んだ経済であ り,そ の 個性 を捉 えるには時間軸 に沿 ってダイナ ミックに考 える必要がある。筆者はこ の ような問題意識 をもって本稿 を書いた。 中欧諸国におけるこの10年の動 きで判断すると,ポ ス ト社会主義諸国におけ る移行経済は第一局面 と第二局面 を通過 して誘導資本主義へ移行することにな ろ う。第一局面は初期 と後期 に分け られる。初期の経済体制は 「機能的にも意 味的に ももっとも弱い結合」であ り, したがって もっとも不安定で揺れ動いて お り,移 行 リセ ッシ ョンに見舞われる。経済成長が底 を打 ち,上 昇 に転 じると 後期 になる。後期では私有の占める割合が徐 々に増 えるので安定性 も高 まるが, しか しいぜ ん として 「機能的 に も意味的に も弱 い結合」状態 は続 く。私有化 (固有企業の私人への所有権移転)が終了す ると,形 式的に誘導資本主義への移行が 完了す る。私有,市 場経済,誘 導の組み合わせが形式的に実現 されるか らであ る。それ以後が第二局面である。この時期の政策課題 は私有化企業の リス トラ クチ ャリングである。 これによって私有化企業のほとんどが資本主義的営利企 業 に転換す る と,実 質的に誘導資本主義への移行が完了するであろう。 ポス ト社会主義諸国における移行経済の存続期 間は国ごとに異なる。そのよ うな違いは私有化のス ピー ドに起因する。ラデイカルな私有化戦略 を採 った国 ほ ど移行経済 を早 く通過する。このことも本稿で筆者が主張 してみたかった点

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移行経済の経済学 47

である。

引用 文 献 お よび 参 照 文 献

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参照

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