平成年間の中小企業政策に関する考察 ∼企業の新
陳代謝に係る政策を中心に∼
著者
安田 武彦
著者別名
Takehiro Yasuda
雑誌名
経済論集
巻
44
号
2
ページ
195-209
発行年
2019-03
URL
http://id.nii.ac.jp/1060/00010442/
平成年間の中小企業政策に関する考察
∼企業の新陳代謝に係る政策を中心に∼
安 田 武 彦
Ⅰ.問題の設定
本誌が公表される平成31
年は平成の最後の年となる。 本論の目的はこの平成という時代に中小企業政策がどのように変貌したのか、今後の課題として 取り残されたものは何なのかを暫定的ながら整理しようというものである。 平成の時代というと学問、文化やスポーツ等の面での華やぎ1)は見えても、経済においては「失 われた30
年」という言い方が常に付きまとう。確かに平成年間に当たる31
年(西暦では1989
年から2019
年)は、経済全体としてはバブルの崩壊(1991
年)、阪神淡路大震災(1995
年)、アジア通貨 危機(1997
年)と金融ショック(山一證券、日本長期信用銀行、日本債券信用銀行及び北海道拓殖 銀行の破綻した1997
年)、リーマンショック(2008
年)、東日本大震災(2011
年)と経済にマイナ スの影響を与える事件が起こり、一方でそれを解消しようと、市場原理に多くのことを任せようと する「小泉構造改革(2001
年∼)」や民主党への政権交代(2009
)等によるその方向変換、さらに は政権を再奪還(2012
)した自由民主党によるアベノミクスの推進等様々な政策が模索されてきた。 全体としての平成の経済政策については、多くの著作が語っており2) 、かつ、平成年間がピリオ ドを打ち直前にはその位置づけについて多くの議論がなされるであろう。 そこで本論では著者の専門分野である中小企業政策の分野について、その変貌と今後の課題を述 べるものこととする。 1) 代表的なものとしては、学問の分野では日本人のノーベル賞受賞者の急増(日本国籍の者のノーベル賞受 賞者、昭和年間で7人、平成年間で17人、また、スポーツ面では例えばメジャーリーグでの活躍が始まっ たのは平成年間から(野茂英雄氏が事実上の第1号と言える)。 2) 代表的なものでは、大瀧(2011)、紺屋(2008)等。また、現天皇陛下の退位が決まって以降、平成の30年(正 しくは31年4月30日まで)を総括したものとしては、週刊ダイヤモンド(2018)、週刊エコノミスト(2019) がある。特に本稿では中小企業政策のうち企業の誕生と消滅、世代交代に関するものについて論じる。平 成の
30
年間という長い歴史の中では、バブルの後始末から、グローバリゼーションへの対応、さら には人口減少、少子高齢化対応や地域活性化、ITの一層の進展への対応等様々な課題に中小企業 は直面した。 すべてについて中小企業政策と中小企業がどのように対応したかを記術するには、膨大な紙面が 必要である。 そこでその中で筆者が最も重要な要素と考える企業とその経営者の新陳代謝について本稿では考 察する。Ⅱ.数世紀ぶりに中小企業が直面した課題としての開廃業率の変化
開廃業率という言葉は、それ自体、一つの論文になるほど複雑な概念であるが、平成年間に開廃 業率を見てとれる第一の点は、中小企業の開業率、廃業率からみられる昭和年間との違いである。 このうちまず開業率を見ると、そこで言えるのは具体的には新規に創業しようとする企業が廃業 企業に比べ少ない結果、中小企業数が減少しているということである。つまり、まさしく平成元年 白書(1989
年)において、開業率と廃業率の逆転が初めて確認されているのである(第1図)。 第1図 製造業の開廃業率の推移 資料:中小企業庁(1969)『平成元年版中小企業白書』、P.143平成元年の『中小企業白書』では、「工業統計表」により製造業の開廃業の状況をみているが、 昭和年間、ほぼ一貫して開業が廃業を上回ってきていたところ、最近開業率が低下、廃業率を下回 るに至っている。と慎重に叙述している。 我が国の製造業についてみると、明治中期から
1970
年代まで(戦時中を除き)、一貫して増加傾 向にあり(清成(1997
))、これは別の言い方をすると開業率が通常は廃業率を上回っていたという ことである。だが、平成の30
年間はこうした我が国近代史の通則が成り立っていないのである。 この状況はその後も続き、さらに製造業のみではない日本の事業所全体を網羅した統計を見て も、開廃業率の逆転ギャップが1980
年代後半に生じていることが明らかになっていく(第2図)。 ここですぐ付け加えることは、①開業率は96
∼99
年を境に大きな上下動を繰り返していることに より、観測期間を通じた動向がわかりにくくなっていること、②、開業率の変動の大きさと対比し た廃業率の時系列的安定性(つまり両者のコントラスト)がある。 こうしたことが起こる一つの背景として、下軸に示した調査ごとの計測期間の長さが80
年代以降 かなり異なることがある。 第2図で示した範囲では、最も長いのが91
∼96
年の63
か月(5年以上)、最も短いのが99
∼01
年 の27
か月(2年3か月)であるが、多くの調査研究で示されている通り、開業した企業はその後、 年々歳々、退出していくので、開業から6年間生存企業から平均開業企業数を求め、同じく開業か 第2図 経済センサス等から見た開廃業率5.9 5.9
4.3
3.5
2.7
3.6
5.8
3.5
5.1
1.4
4.6
3.5
3.8 4.0
4.0 3.2
5.6
6.8 6.1
6.2 6.1 6.1
0.0 1.0 2.0 3.0 4.0 5.0 6.0 7.0 8.075
㹳
78
78
㹳
81
81
㹳
86
86
㹳
91
91
㹳
96
96
㹳
99
99
㹳
01
01
㹳
04
04
㹳
06
09
㹳
12
12
㹳
14
㛜ᴏ⋙ ᗣᴏ⋙ 資料:総務省「事業所・企業統計調査(2006年まで)、「経済センサス―基礎調査(2009年)」、「経済センサス− 活動調査(2012年)」、「経済センサス―基礎調査(2014)」ら2年間生存した企業から平均開業企業数を求め、両者を単純に比較することはできない。3) こうした点を考慮して、観測期間の情報を加え、第2図を再編成したものが第3表である。 表から推測できることは、①
81
年から91
年の開業率の低水準には、そのころの事業所・企業統計 の実施間隔の広さが一因になっており、逆に90
年代以の開業率の高いときは、観察期間が短くなっ ていることである。 従って、経済センサス等による開業率分析にはこうした点を注意する必要がある。 そこで調査間隔の近い時期別に開業率を見るという形で、調査間隔を留意した第3表で見た場合 も、時間を経るにつれて開業率が低下していることは、見て取ることができ、起業活動について総 括的に使われる、「我が国における起業活動は、90
年代以降、以前に比べ低水準である。」という言 い方は基本的に修正を加えるべきものではないであろうと言える4)。 2.開業率の変化の根底にあるもの 問題はこうした変化が、何故、生じたのであるかということである。 この点については安田(2017
)で詳説したように、従来は開業率の低下傾向については、当初、 ①開業行動が被雇用者としてとどまることに比べて引き合わないこと及び、②開業に係る資金制約 3) 何故こうした計測期間の差が起こるのか?統計、とりわけ全数調査であるセンサス調査は特段、多額の費 用を要するものである。しかしながら年々の予算の平準化は予算執行の重要な要素である。調査間隔の変 化は両者を勘案してのことと考えられるが、それは国の統計の根幹を揺るがすものである。昨今、問題と なっている統計の数字のとり扱いの問題も根元に統計に対する国の取り組む姿勢があるのだろう。 4) なお、第2図を見ると開業率とは対称的に廃業率の数字の変化は少ない。これは開業企業と比べ営業して きた期間が長く、観測期間の長さに多少の違いなど無視しうるものであるからなのであろう。 第3表 計測期間の長短を考慮した場合の開業率 資料:第2図等をもとに筆者作成によって説明されるとすることが多く、我が国のデータを用いたこの点に関する実証研究も数々と 発表されてきた。 ただし、現在の状況はそれでは説明できない。まず、資金制約面についてはリーマンショック以 降のアベノミクスにより中小企業への金融機関からの貸出態度は歴史的に見て緩和しており、日銀 短観等による資金繰りDIも非常に改善している。 他方、②開業活動の引き合わなさに係る従来のデータも、単に高齢者自営業者(定年の無い、か つ、年金は国民年金に頼ることしない自営業者は当然、定年のある被雇用者より平均年齢は高い) が、自身の体力等、家族環境に合わせ自由に労働時間を縮小しその結果、収入も減らしているので あれば、自営業者は引きに合わないどころか、引きに会うという結果も出てしまう5) 。 では、
1980
年代からの開業活動の停滞、特に今世紀に入ってから現在にまで及ぶ原因は何であろ うか。 安田(2018
)ではこれを「起業無関心層」の社会的な層としての厚さで説明しようとしているよ うにみえる。より端的に、直截的に述べると昭和期まで続いた「独立」への憧憬の喪失である。 この点について、まず、総務省「就業構造基本統計」をみると、1997
年代まで起業希望者、起業 5) 但し、ここでは「独立か会社員か?どちらが得か」といった泥沼化する議論には、立ち入らない。どちら がよかったかなど、家族や個人の健康、生き甲斐など多様なものによるものであるからである。 なお、②の可能性についての妥当性については安田(2017)参照。 第3図 起業希望者と起業家の推移(万人) 169.1 166.0 178.4 150.6 166.5 140.6 101.4 83.9 26.6 25.1 29.4 23.5 28.7 29.2 24.8 22.3 0.0 50.0 100.0 150.0 200.0 79 82 87 92 97 02 07 12 ㉫ᴏᕵ᭻⩽ ㉫ᴏᐓ 資料:中小企業庁(2014)、総務省「就業構造基本調査」再編加工 (注) 1.ここでいう「起業希望者」とは、有業者の転職希望者のうち、「自分で事業を起こしたい」、又は、無 業者のうち、「自分で事業を起こしたい」と回答した者をいう。 2.ここでいう「起業家」とは、過去1年間に職を変えた者のうち又は新たに職についた者のうち、現ち、 現在は自営業者であるものをいう。家はともにほぼ、横ばいで進行していたのに対して、今世紀になり、起業希望者の数が調査を行う につれて減少している。 また、安田(
2015
)、それを延長した中小企業庁(2017
)等に見られるように、リーマンショッ ク以降、起業無関心新者の割合は年々上昇している(第4図)。 さらに、こうした現象は国民全体を母集団とした調査によってのみ観察されるものではない。 毎年度末に翌年度卒の大学生等に対して就業意識を訪ねるマイナビの「学生就業意識調査」を見 ても会社選びのポイントとして平成年間に一貫して上昇しているのは「安定した会社」であること であり、将来、起業を想定する学生は1割に達しない。 こうした統計結果を総合的に見ると、平成年間における起業活動は平成前半期には、金融制約に より、また後半期は国民の起業活動への意識の低下によって影響されているところが大きいと言え る。 ではこうした変化に対して、政策面ではどのようなことがなされてきたのか、次にその点につい て概観しよう。 3.起業促進政策の本格的開始と現在までの課題 ⑴ 平成年間に始まった本格的な起業支援策 本論が平成年間について論じるものであるとすると、まず、強調しておくべきことは、長い日本 の中小企業政策の歴史の中で、起業支援策が日本の中小企業政策の主役となったことは、平成年間 が初めてであるということである。 第4図 起業無関心者の割合の推移(%) 75.8 78.2 72.3 63.9 60.764.7 63.560.7 62.3 72.3 73.1 77.3 50.0 60.0 70.0 80.0 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12ᖺ 資料:中小企業庁(2017年)、「起業家精神に関する調査」報告書(平成26年3月 (財)ベンチャーエンタープラ イズセンター)より作成。なお、グローバル・アントレプレナーシップ・モニター(Global Entrepreneurship Monitor:GEM)調査の結 果を表示している。
2.ここでいう「起業無関心者の割合」とは、「起業活動浸透指数」、「事業機会認識指数」、「知識・能力・経験指 数」の三つの指数について、一つも該当しない者の割合を集計している。
というのは、それまでの、今では「旧基本法」と呼ばれる
1963
年制定の中小企業基本法に基づく 中小企業支援の体系から、創業支援に至るまでには2つの意味で大きな距離があった。 ① その一つは旧基本法に存在する組合主導主義である。すなわち、旧基本法の大目的たる中 小企業と大企業の格差是正といった場合、中小企業が個別に大企業に対抗するといった構想を 持ってそれをするというわけではなく、企業の組合化により大企業の「権利の濫用」を阻止す るという考え方を持っており、また、そこには過小組織は集まることによって大きくなり、生 産性を上げることができるという考えがあった。 このような「集団主義」から成り立つ政策体系を起業や創業といった個別経済主体の行動に 移すためには乗り越えないといけないという点があった。 ② もう一つは、たとえ組合主導を捨てて個別中小企業中心の政策にするにせよ、それと、既存 中小企業支援策と、新しく中小企業を生むように支援することは違うということである(例え ば、「1」を「一」に変える「事業転換」と「0」から「1」を作る起業は全くない違うもの なのである)。 こうした2つの距離のうち、①については、旧基本法の制約の中でも少しずつ克服されつつあっ た点である6)。 しかしながら、存在していない事業者を現存するものとしようという②については、公的支援と しては現に存在している規模別生産性や賃金格差を縮小しようとするのが中小企業政策の基本とす る限り基本的矛盾を持つ。そして、旧基本法はこうした格差を縮小是正することこそが目的であっ たわけである。 従って、ベンチャー企業支援なら「0」から「1」を作ることは、我が国経済全体にとっては有 益なことであるには違いないが、従来、中小企業の分野であるものと競合することを行うという点 から見ると中小企業政策の面では支援の対象ではないという考え方になるのである7) 。 ⑵ 平成12
年の中小企業基本法抜本改正 上記のような旧基本法のしがらみから、我が国においては起業や創業活動への支援はほかの先進 国に比べ遅れがちであった8)。 6) 例えばこうした試みに、「中小企業新分野進出法(1993年(平成5年)」がある。この法律は、特定の要件 を持った中小企業の個体による新分野進出を支援しようというものであった。同法の詳細については中田 (2012)参照。 7) かつ、標準的経済学から見ると、これは単に新規参入企業のみに政策的優遇措置を与えることは、「置換効 果(replacement effect)をもち、経済厚生上「死荷重(Dead Loss)(Storey(1994))」をもたらすこととなる。 8) 例えば、イギリスでは80年代、既にサッチャー政権の時代(1882)に、失業者に助成金の形で開業支援をこうした流れを変えたのが、
2000
年(平成12
年)改正、2001
年(平成21
年)施行の「改正中小 企業基本法」である。 本改正についてはコンメンタールの他、かなりの文献が出されているの9) で本稿での叙述は差し 控えたい。 一つだけコメントをすると、金融危機が喧伝されていた2000
年当時の状況について本法律改正は 極めて時宜を得たものであり、それに基づき講じられた方策も適切なものであったということであ る。 という実績を踏まえ平成年間後半期は、この法律を以て中小企業政策が推進されていく。そのた めの施策として、①創業金融の困難性の原因として指摘され続けてきた「情報の非対称性10) 」の克 服のため、①の政府系金融機関の政策融資と都道府県等の信用保証機関の制度強化が図られ、②そ の他の面でも「情報の非対称性」の補完のため、新規事業者に対する情報提供アドバイスの制度も 設けられた。 さて、それにより、平成年間、起業活動の活性化という究極的目的は達成できたのであろうか。 結果は微妙である。 確かに「情報の非対称性」による市場の失敗が創業金融等について政府の一定の介入が入ること は、何ら問題の無いものである。 そもそも、日本国憲法では第22
条で【居住・移転・職業選択の自由、外国移住・国籍離脱の自由】 を認め、「1 何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。」と している。そして通説では「職業選択の自由」には「営業の自由」が含まれるとされる。 このように憲法上も認められた権利が、現実の市場経済では行使できない場合があるのであると すると、制度金融(信用保証を含む)の整備はある程度必要ではないか。 そして制度面での一定の整備を整えたという点で、2000
年の中小企業基本法改正とそれに伴う 一連の政策は、必要なものであったともいえる。 しかし、国としての制度体系の整備という観点ではなく、起業活動の活性化という政策目標から 見ると政策面の対応が成功したと宣言することはできないであろう。 先述のように、今や、起業活動の低調化の主たる原因は、国民の起業意欲の低下なのである。こ れについての方策の提言については、「雇用されない自由」という観点から安田(2018
)に記した のでここでは省略する。行う企業開設手当制度(Enterprise Allowance Scheme)を創設している。 9) まとまったものとしては日本中小企業学会(2001)が存在する。
が、筆者としては、現在の学生を見ていても雇用される以外選択肢の無いことの窮屈さから離れ させてあげたい。そしてそれが、独立して生きる個人からなる新たな日本を作る原動力になること を信じてやまない11) 。
Ⅲ.
「大廃業時代の到来」と事業承継、そして、これから
1.廃業・事業承継の現状、そこから言えること 平成年間の我が国の中小企業政策の中でもう一つ、従来と異なる特徴として挙げられるべきは中 小企業の事業承継が正面から論じられたことである。 初めて中小企業の事業承継を政策上の議論の俎上に載ったのは、中小企業庁(2004
年、平成16
年) である12)。その4年後、2008
年(平成20
年)には「事業承継円滑化法」が成立し、事業承継に係る 税制等の整備が行われた。同法は幾次かの改正を遂げ、現在に至っている。 こうした急速な事業承継に係る政策整備の背景にはやはり、平成年間を深く広く覆った少子高齢 化という現象があるだろう。 確かに、中小企業の経営者に関してみるとこの数十年、年齢は確実に高齢化している(第5図)。 このこと自体、健康長寿の印ととらえるならば喜ばしいことではあるが、70
歳以上の層が、最多 割合となっている現状では、近い将来、多くの企業で事業の「清算」が行われることは避けられな いことであろう。 しかし、ここで「清算」といっても、事業が終了し、消滅するという意味ではない。経営者が行っ てきた「事業」が、一応の評価を受け区切りがつくという意味である。その事業に継続する意味が あれば、それは事業承継という形で親族ないし第三者に引き継がれ事業承継へと段階は移るが、継 続する意味がない(経済的に採算が取れない)場合や、経営を担う者の特殊な技能等に依存してお り、それを続けることができる者がいない場合、あるいは、後継者になる可能性のある者が事業に 関心のない場合、「事業」は経営者の題で終わり、廃業に至る。 このうち、事業承継については今世紀に入り、多くの研究がなされているが、廃業時の実態につ いては、余り明らかにされていない。多くの廃業企業の研究はHazard Rateを用いた退出率の研究 本庄・安田(2005
)や「廃業の予兆13)」についての研究である(清田・滝澤(2008
))。 11) 古市(2012)によると、村上春樹は1970年代を「金はないけど就職もしたくないなという人間にも、 …(本論筆者による中略)…商売を始めることができる時代だった」ということである。実際、村上は早 稲田大学在学中に国分寺にジャズ喫茶をオープンしている。 12) それまでは、中小企業の事業承継支援というと「富裕層優遇」とのイメージが強かった故に、この面 では政策を打ちにくかったというのが筆者の記憶にはある。では、廃業企業の経営者は、廃業時、どういう状況で廃業するのかという問題についての調査研 究は、筆者の知る限り多くはない14) 。海外のすべての研究を網羅したわけではないが、我が国につ いて筆者の知る限りで、今世紀に入ってからの本分野の比較的細かい調査研究は、やはり政府の関 与するもの(中小企業庁(
2004
年、2017
年))であり、そこから得られる結果は、現在、廃業につ いて一般にイメージされる「悲しいもの」、「みじめなもの」というイメージとは大きく違う。 この点について説明するため、まず、中小企業庁(2004
)では、中小企業総合事業団(以下、「事 業団」という。現在の「中小企業総合基盤機構」)の「小規模企業経営者の引退に関する実態調査」 (2003
年12
月)の結果を紹介する。 当時、事業団が運営していた小規模企業共済制度により平成12
年度から平成14
年度に「個人事業 の廃止」、「法人の解散」、「個人事業の譲渡」により共済金等を受け取った15
,000
人を対象とした調 査(回収率26
.4
%)によると、次のことが明らかになった。 第一に、経営者をやめることを決めた時点での利益状況、資産状況を見ると多くの経営者が、賢 明な選択をとっていることである(第6表)。 各国で分析がなされているが日本のものとしては、清田・滝澤(2008)があげられる。 14) ある意味でこれは致し方ないことである。現存する企業に対して調査を行うより、引退した経営者(一 個人)に対して調査を行うことの方がはるかに難しいからである。 第5図 年齢階級別に見た自営業主数の推移すなわち、経営者をやめることを決めた時点での廃業者の利益状況を見ると、半数は2期連続赤 字であるが、資産状況に関しては7割半の者が資産超過ないし資産負債同等である。つまり、廃業 後も借金を抱える廃業者は少数派である。 これは、
2003
年とかなり以前の、かつ、日本の経済状況が厳しいときの調査の結果であるが、さ らに現時点に近づくため、「中小企業白書(2014
年版)」に記載された帝国データバンクの「中小企 業者・小規模企業者の廃業に関するアンケート調査」を紹介すると、第7表のとおりであり廃業時 点で債務超過や2期以上経常赤字の企業は少数派である。 さらに2017
年「中小企業白書」に進むと、休廃業・解散企業の売上高経常利益率について(株) 東京商工リサーチのデータから解き明かしているが、これによると休廃業・解散企業の50
.5
%は黒 字企業であり、かつ、生存企業の経常利益率の中央値(2
.07
%)を上回る経常利益率を打ち出して いた休廃業・解散企業は全休廃業・解散企業の32
.6
%であった。 時点の離れた3つの計測から見えてくるのは、世間に流布する「尾羽打ち枯らした廃業」とは大 きく異なるイメージである。 こうした事実を改めて考えると、廃業事業者の多くを構成する小規模事業者にとって、事業をや める理由は事業の前途不安や後継者の不在といった悲観的理由以外にもいくらでもある。 第6表 経営者をやめることを決めた時点での廃業者の利益状況、資産状況 直前期経常黒字 直前期のみ経常赤字 2期連続経常赤字 利益状況30
.7
%18
.1
%51
.3
% 資産超過 資産負債同等 債務超過 資産状況36
.5
%38
.8
%24
.7
% 資料:中小企業庁(2004年)、P.207 第7表 廃業直前の財務状況例えば、①後継ぎとみなされた子息等が一流の進学先から誰もがうらやむ職場に就職した場合 や、②経営者自身の技能に大半を頼っており、これを技能承継という機械的なワードで引き継げな いケース、③さらには「士業」であって子息がその資格を得る能力がないケース(子息が医学部に 入学できなかった等)などであろう。 ①のケースは筆者の教育活動の場で多く見ている15)。②のケースも少なくないことは、高収益廃 業企業が個人のコミュニケーション能力に依存する業種に多いということを窺わせる第8表からも 見てとれる。 では、親族に限らず社内の優秀な社員に継がせればよいではないか、第3者承継という道がある ではないかというと、それも必ずしも容易ではない。というのは、優秀な従業員が社長になりたい と考えていることは、むしろ少ないぐらいである可能性があるからである16)。 さらに、少し奇異な言い方であるが、廃業者の大半を占める自営業者にとって、自身が企業とい うものを営んでいるという概念はないに近いのかもしれない。つまり、企業というと世代を超えて 時間を超えて続くものという概念であろうが、生業に近い自営業者にとっては自信とその家族の生 計を得るすべなのである。実際に日本政策金融公庫総合研究所(
2016
)においても、廃業理由とし て(廃業予定企業)「当所から自分の代かぎりでやめようと考えていた」とする者が4割おり、事 業承継という概念も通常考えられるよりはるかにあっさり考えている者が多くいる17)。事業承継に 15) 親が立派に自営業者として地域に密着した活動をしている方であっても、子息が世界的に発展する可 能性のある会社に内定をもらった場合、それを引きとどめるより、自身の事業を一代限りで終わらす例は 多い。私の知る例でも地元において非常に評判の高い洋菓子屋の一人息子が、大学を卒業し、某一流銀行 に就職する運びとなった。親は、もはや、子供に事業を継がせる意思はない。 16) この点については慎重な検証が必要ではあるが、筆者の行ったヒアリング調査の1社では自身の企業 を設立した後、7社、部下から社長を作るために起業をした。ところがそうして就任した経営者は多くか ら社長辞任の申し出があり、続かなかったと述懐している。 17)2016年2 月の「中小企業の事業承継に関するインターネット調査」によると、廃業理由として「当初 第8表 高収益廃業企業の業種内訳(業種小分類上位5業種)ついて、「当事者は」意外と「サバサバ」しているのである。 2.事業承継に向けての将来の課題 以上のような状況を考えるならば、従来何かと不安視されていた廃業率の増加は、それほど心配 な問題ではないともとらえられる。Ⅲ.の初めに物々しく書いた「大廃業時代の到来」という言葉も、 何か大変なことが起こるという意味ではないように思えてしまうかもしれない。 確かに統計からみる限り、身も心も打ちひしがれ廃業に追い込まれる者は、少数かもしれない。 多くの者はある程度ゆとりをもって事業を退くのであろう。 しかし、その事業が退いた後はどうなるのであろうかまで考えるならば、廃業はハッピー・リタ イアで「はい、おしまい」であるかはわからない。 廃業の問題を個人ではなく、社会全体で把えてみよう。 すると、例えば、山間へき地のガスステーション、子供が都会に大企業に就職し、継ぎ手がいな くて閉鎖したとすると、地域全体に影響が及んでしまうことは明白であろう。同じく、診療所や産 婦人科も 地域を支えていくためには欠かせざる存在である。また、大型店舗が増加し通信販売が 発達したとしても、商店街にとっての生鮮食料品(魚類)や生花等を扱う店舗の退場は、商店街の 地域全体の運営に影響を与えるものであろう。18) つまり、廃業する主体にとって廃業が問題の無いものであったとしても、それが地域経済にとっ て問題の無いものであるというわけではないのである。
Ⅳ.新しい時代の中小企業と中小企業政策の課題
ここまで、我々は企業に新陳代謝をめぐる平成年間の状況や、それに対する政策的対応について みてきた。 開業率の低下については、それが認識されて以来、主として創業金融支援政策がその対応策とさ れてきたが、開業率の低下の原因に意識的変化がみられる今日、これに加えた政策が必要なことが 示唆されることを指摘した。 また、廃業については従来、イメージされるような「尾羽打ち枯らした」ものは少数派であり、 から自分の代限りでやめようと考えていた。」とするものが最も多い(38%)。但し、もちろん事業承継す る業種や立場による例外もある。例えば、清水(1986)は、酒造業者の対象を絞り、成長することよりも 家業の継承を目的としていることを指摘している。いわゆる老舗を引き継いて起業家は少なからず同様な 複雑な感情を有しているかもしれず、この点はさらなる調査研究が必要であろう。 18) 確かに最近は、NET通販による生鮮食料品の販売もなされている(筆者も使うことがある)。しかし、 これが普通となることにはかなりの時間がかかるのではないか?その意味では廃業を阻止する政策の必要性は低くなっている反面、廃業により地域経済に大きな影 響を与える企業があることを指摘してきた。 こうした2点を踏まえ、本論では以下の2点を政策的観点に取り入れることを指摘したい。 第1は開業率についてであるが、今後の政策的関与には金融面のみならず、行動経済学や教育面 の視点も必要であろう。行動経済学人は周囲の行動に動かされることを教えてくれた。教育学も幼 少期の教育が、その後の個人の行動に影響することを示している19) 。起業論もこれらの成果をより よく取り入れて、政策面の守備範囲を広げていく必要があろう。 また、第2の廃業については、今までのように廃業率の上昇や後継者不足について全般として危 機感をあおるということよりも、地域生活や経済にとって、後継者が現れなければならない企業に 焦点を絞るべきであろう。 とはいっても、後継者が育成されない状況には先に見たように様々な事情があり、事業承継税制 等の改善だけでは行き届かないことがあろう。 そうした面で、企業売却は今後検討されるべき手段として注目される。 確かに、事業承継において地域の中規模企業に相当する年商数十億円規模の企業では、バイアウ トの手法が適応されつつある。しかし、それに及ばない小規模企業の場合、売却に伴う企業価値評 価等の複雑さ、煩瑣さからバイアウトが進んでいるとは言えない状況である。 しかしながら、そうした小規模企業にも地域等にとって存在する価値のある企業はあるはずであ る。 現在は、ITさらにはAI技術が急速に発達し、クラウド・ファンディング、フィンテック等の
10
年 前にはなかった金融技術が展開されている状況である20) 。こうした中で、「町の花屋さん」が引き継 がれる時代が来てもよいと思い、また、それが地域経済を支える重要な力点となると思い筆を置く。 (参考文献)Stiglitz J. and Weiss. (1981) Credit Rationing in Market with Imperfect Information American Economic Review Vol.71 pp.339-45
Storey, D.J.(1994) Understanding the Small Business Sector, Routrage, London.(『アントレプレナーシップ入門』忽那
19) 行動経済学の分野では、既に様々な最新研究の成果が邦訳されているのでここでは述べない。教育経 済学では、中室(2015)を紹介する。 20) M&Aでもこうした方向を志す起業家は少なくない。 例えば、筆者が中小企業審議会で紹介した「M&Aクラウド(代表取締役CEO 及川厚博氏)(https:// www.uet.jp/ir/pdf/20180822_01.pdf)」は求人ポータルのように買収希望企業リストをWeb上で公開。売却希 望の事業者とweb上でマッチングしており、後継者のいない経営者がM&A業者を介さず直接買い手とやり 取りしたいというニーズから本サービスを利用している。
憲治、安田武彦、高橋徳行訳、有斐閣 2004年
Troske Kenneth R. [1996] The Dynamic Adjustment Process of Firm Entry and Exit in Manufacturing and Finance, Insurance, and Real Estate Journal of Law and Economics Vol.39 (October) pp.705-35
大瀧雅之(2011) 『不況の本質 雇用と金融から考える』 岩波新書 (株)ダイヤモンド「週刊ダイヤモンド 平成経済全史(2018/8/25)」 (株)エコノミスト「週刊エコノミスト 平成経済30年史(2019/1/15)」 清田耕造・滝澤美帆 (2008)『企業活動基本調査』を利用した分析」 『生産性と日本の経済 成長 −JIP データベー スによる産業・企業レベルの実証分析−』 東京大学出版会、p.129-156 紺屋典子(2008)『平成経済20年史』、幻冬舎 清水龍瑩(1986)「中堅・中小企業成長論」千倉書房 中小企業庁『中小企業白書(各年版)』 中田哲雄(2013)『通商産業政策史1990-2000 第12巻 中小企業政策 (財)経済産業調査会 中室牧子(2015)『「学力」の経済学』 (株)ディスカバー・トゥエンティーワン 日本中小企業学会(2001)『日本中小企業学会論集 中小企業政策の大転換』 同友館 古市憲寿(2012)『僕たちの前途』講談社 安田武彦 (2017)「地域の起業活動とその水準の決定要因(その1)」『経済論集』第43巻第1号 p.137-155、東洋 大学経済研究会 安田武彦 (2018)「地域の起業活動とその水準の決定要因(その2)」『経済論集』第44巻第1号 p.55-78、東洋大 学経済研究会