• 検索結果がありません。

活用自在 : 新記憶術 利用統計を見る

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "活用自在 : 新記憶術 利用統計を見る"

Copied!
133
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

活用自在 : 新記憶術

著者名(日)

井上 円了

雑誌名

井上円了選集

10

ページ

259-388

発行年

1991-03-20

URL

http://id.nii.ac.jp/1060/00002930/

Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja

(2)

㌢錘鰯斬説ご憶汚  主童井工円了芸・

聾祈漁宙南

一  奮ヨ

(3)

1.冊数

  1冊

2.サイズ(タテ×ヨコ)   108×179㎜ 3.ページ   総数:310   本文: 2   目次:10   本文:298 4.刊行年月日   底本:初版 大正6年8月15日 5.句読点   あり   、端 ぷ笛え・嚢夢悉ミ言ありニポ宴 ξ。季が套欝磐融廊して裟・魏纂 都ズな皐、離妄事の刑亨誓矯       1︵一︾ー    第一購穂       ͡一︸嚢 ■の牌はが々なもので二 ・窓・男馨繁・拳 がぷ瞭に離︽なつて、ひピか   編 田鷺’舟︸ 論 麟、新 記

憶術

文亭博士井上図了著 (巻頭)

㌧蚕 、、r鳶.●・虫 墳 弁上 問了    ロロロヲロロずロのロ 陶. O綬看r、、中山由五郎 ・、 .  ●α■●‘萄●邑・.叫 管π宥 飯島竹家郎    禽●●■●書肴■● 師規衰、盲鳳路膏∵三

ス持翻馨顯囎

口.皇 文曽 6.その他   (1}底本の表紙では,左下側が   欠損していて,著者名が分から   ないので,背表紙までを写真に   おさめた。   (2)本文にはルビがあり,原則   として省いたが,あて読み等に   限り()を付して残した。   (3}本書では,引用文も現代表   記に改めた。   (4)原本の目次で,末尾に組ま   れていた「物覚え秘伝」の項は,   本文どおりの位置に直した。

(4)

序 文  今より二〇余年のむかし、わが国に記憶術の流行せし時代あり。その当時予はたまたま妖怪研究中なれば、傍 ら記憶術をも講究せしことありて、その結果を一、二種の冊子に載せて世に発表せしことありしが、その後書林 の方にてはその書品切れとなり、これをもとむる人ときどき予の方へ照会しきたるも、わずかに控え本一冊ずつ あるのみ。近ごろ客あり、弊屋へ来訪し、世間には記憶術を知らんと欲するものすこぶる多ければ、予の意見を 開示してはいかがと勧められ、その要求に応じ、四、五日間先年講究の結果と、その後経験の事項とを合わせて 演述し、これを筆写せしめたるもの一巻を成すに至れり。題して﹃新記憶術﹄という、すなわち本書なり。もし 青年諸子の修学習業の一助となるを得ば幸甚。   大正六年七月        井上円了識 活用自在 新記憶術 259

(5)

260

第一講総論

       一 発 端  世の中は希代︵きたい︶なもので、一犬虚をほえて万犬実を伝うることもあり、一犬実をほえて万犬虚を伝うる こともある。予が先年妖怪学を研究して以来、その評判が全国に高くなって、ひとり妖怪のみならず、なにもか も予の所へ持ち込めば解決ができるように考えられ、幽霊、天狗、狐、狸は申すに及ばず、牛馬のことや植木の ことまで持ち込まれて迷惑したことがある。たとえば先年ある地方を巡回せしときに、その村の者が西洋種の植 木を買い入れてきたけれども、これを培養する方法がわからぬからしてというので、予に相談をかけられたこと がある。またある地方では、馬市から馬を買い入れてきたが、年齢が分からぬからして鑑定をしてくれと頼まれ たこともある。これらはつまり、なんでも予の所へ持って行けばわかるようにしてもらわれるという考えから起 こっているのである。それからまた予が先年記憶術について論じたことがある。その後は諸方から記憶の仕方に ついて伝授を続々依頼しきたり、このごろにてもときどきそういう依頼がある。またあるとき﹁名称教育﹂につ いて論じたことがある。その後は人の名をつけるについてときどき相談を掛けられたことがある。ことに近来は 姓名判断ということが流行している。この姓名判断も予が伝授したのであるということを言い触らしている者が ある。ときどき郵便や電話で﹁私の名前はかくかくであるが、これでよいか悪いか判断してくれ﹂という頼みが 予の家に舞い込んでくることがある。そのわけを聞きただしてみると﹁あなたは姓名判断の元祖である本家本元

(6)

活用自在 新記憶術 であるということを聞いている﹂と申している。つまりこの姓名判断の元祖である本家であるというように誤解 せらるるのは、先年予の説いたる﹁名称教育﹂のことから起こったのであるが、しかし予のいわゆる﹁名称教育﹂ は世間の姓名判断とは全く性質が違っている。予の名称教育は人の名および村の名、国の名すべての名称がその 人を教育するという意味で、たとえば自分の名が﹁寅吉﹂であればその性質も虎のごとくになる、自分の名が﹁熊 太郎﹂であればその性質も熊のごとくになる。﹁中村正直﹂という人はその性質も正直な人である、﹁山岡鉄太郎﹂ という人はその心も鉄のごとき人であるというような例を引き、つまり名称がその人を教育する力があるに相違 ない、自分の名が正直であればそのことを常々注視すれば、自然にその名称の感化を受けて正直になり、自分の 名が猛雄であれば、そのことに注意しておれば気風もこれに化せらるるものである。これは実際ありそうなこと である。そのことについて論じたので、すべて人は名をつけるには良き文字を選び、その人の生涯の理想がこれ によってできるような名称を選ばなければならぬということを申した。先年予が哲学館を開いた当時、在学生の 名を調べてみるに﹁哲﹂の字が割合に多い。この哲の字は世間においていたって少ない名前であるのに、哲学館 には哲の字の名がたくさん見えたことがある。これは何故かというと、その当人が自分の名が哲であるというと ころから哲学を修めようという心が起こる。哲学館は哲学の学校であるならば、われもその校へ入って哲学をや ってみたいという望みを起こすようになるので、これはすなわち名称によって導かれ、名称によって指導せられ たというもので、かかることを予は﹁名称教育﹂と名づけのである。それで今日の姓名判断も人の名前の字画を 数えて、なんの画はよい、なんの画は悪いというように、字そのものについて運命を判断しておるのではない。        61        2 しかし名前の字画と運命とになんらの関係もあるべき道理はない。これはつまり迷信と申さなければならぬ。し

(7)

かしこの姓名判断は予が伝授したのだという誤解を起こしたわけは他に理由がある。この姓名判断を自ら発明せ りと申している者があるとき予が宅を訪ね、﹁自分は多年姓名について性質や運命を判断しているが、ほとんど百 発百中で、いかにも不思議であるという話が出たから、予はその判断の方法は知らぬが、自分においても先年﹁名 称教育﹂ということを論じておいた。その﹁名称教育﹂というのはかくかくのことで人の姓名がその人を感化す るという意味であると、これらの話をしたとこ︹ろ︺が、本人は小さい紙片︵かみきれ︶でいいから、名称が人を教 育するとか名称が人を感化するということを書いてくれというから、その意味の文字を書いて与えたことがある。 この事柄があるいは姓名判断の元祖である本家であるというような誤聞を世間に伝うるに至ったのではないかと 思う。しかしここに﹁姓名判断﹂と﹁名称教育﹂とは全く別物ということは広く世間から承知してもらいたい。 とにかくこのように一犬虚をほえて万犬実を伝え、あるいは一犬実をほえて万犬虚を伝うるというような世の中 である。予の記憶術についても世間の誤解を招かぬように、己が先年研究したる記憶術の利害得失についてここ に一通り述べて、世の人のご注意を願いたいと思っている。そこでこれより記憶術のことを申し述べたいが、名 称は﹃新記憶術﹄と定めた。しかし新とは世間に対する語で、自身においてはすでに数十年前より唱えているこ とであって、かえって旧案と申してよろしい。        二 予の主義  今日広く世間の学者を見るに、議論はすこぶる高尚にしてその引証するところも極めて該博、いわゆるこれを 仰げばいよいよ高く、これをきわむればいよいよ堅しというようなありさまである。しかしその説くところその 言うところがどれだけ世間多くの人に理解され、多くの人に了得されるかというと、ただ学生らが自分の智欲を 262

(8)

活用自在新記憶術 みたすだけのことにとどまり、一般の人には馬耳東風でなんらの感覚を与えることができぬ、予はかかる学者を 称して貴族的学者と呼んでいる。これに対して予のごときはなるべく多く人民に接し、なるべく広く地方に入り 込み、実際の民情を視察し、これに適応するように学を講じ道を説き、かつ民間に行われているすべての事物に ついてその理を聞きそのもとを説き、もって直接に世道人心を稗益︵ひえき︶するようにしたいという本意であっ て、これを予は貴族的学者に対して百姓的学者と称している。もしこの貴族的学者と百姓的学者とをわが国の仏 教各宗について比較してみたならば、貴族的学者は天台や真言や禅宗のごとくであって、百姓的学者は真宗のご とくであると申してよろしい。天台や真言のごときは寺を山の上に構えて世外に超越主義を取り、一般の人に布 教伝道するということがない。これに反して真宗は市街の中に寺を建て、直接に人民に接して布教伝道している。 これと同じく貴族的学者は学問の高嶺の上に根拠を構えて少しも民間に下ってこない。これに反して百姓的学者 は直接に人民に接してその実情に適応するように学問を応用するのである。たとえば人の住居にも間口の広い家 もあり、奥行きの深い家もある。街路往来に接した家もあれば離れたる家もある。これと同じく貴族的学者の中 にも間口の広くして奥行きの狭い人もあれば、奥行きの広くして間口の狭い人もある。中には奥行き間口ともに 広く長き人もあるが、いずれにしても往来からは非常に隔たり、これを民家にしたならば門が奥深く、門に入っ てからも玄関までがなかなか遠い、その上に高い所に建ててあって、よほど上って行かなければならぬ、という ことと同様である。これに反して百姓的学者は直接に往来に接し街路に向かって戸口を開き、その家に入るにも 入りやすく出るにも出やすく、親しく多くの人と接することができると同様である。右の次第にて予は自ら百姓        ㎜ 的学者ととなえているだけあって、数十年来書をなげうち字を読まず、終年地方を旅行して多くの人に接触し、

(9)

これによって生きたる学問をしようということを申している。書物の上に書かれたるものは死んだ学問である。 人が社会に活動している状態を見るのは活きたる学問である。この活学を研究してその結果をただちに世間に与 えるようにしたいというのが予の本心である。そこで民間に行われていることについては小となく大となくいち いちこれを取り調べ、しかもその利害について多くの人にわかるようにさせてやりたいというのから、妖怪のこ とも研究し記憶術のことも研究するというような次第である。以上述べたることはこれより記憶術を話す前置き に過ぎないのであるから、あまり贅弁︵ぜいべん︶にわたることはよくない。よって前置きの話はこれだけにとど め、これよりまさしく記憶術に及ぼして述べたいと思う。        三 記憶術要求の理由  近来生存競争が日に増し進むに従い、人の欲望がだんだん大きくなってきて、かえって質実を欠くような場合 が多い。たとえば金をもうけるにも倹約勉強して徐々として進むよりも、なにか一山当てて一撞千金をしたいよ うな山師的考えが多くなってきた。これと同時に精神方面においても、正直に勉強して学者になろうの智者にな ろうのというのでなく、もっと近道をたどって一足飛びに智者学者になりたいというような欲望を持っている人 が多い。もとより人間としては欲望を免れることはできないけれども、諺にいわゆる﹁急がば回れ﹂で、真個に 大欲望を達しようと思ったならば、やはりこれに相当する順路をとり着々歩を進めるようにしなければならぬ。 金を作るにも学者になるにも同様である。つまり今日世に多くの人が記憶術を要求し歓迎するのは、早く一足飛 びに学者になり智者になろうという欲望から起こっているのに相違ない。予は先年より迷信について研究したこ とがあるが、今日わが国がかくまで教育が進み知識が開けておりながら、迷信がなくならぬのはいかんというに、 264

(10)

活用自在新記憶術 世間の人の欲望が多いからである。まずその欲望とは自分の一身一家について病気もなく災難もなく、福徳円満 寿命長久、金のもうかるようにしたい、くじの当たるようにしたい、景気のよくなるようにしたいというような 欲望のために、種々の迷信を起こすに至るのである。その迷信が記憶術の上にも及ぼしている。昔より迷信的記 憶術というものがある。今日といえどもなおその迷信が民間に残っている。今、予が記憶術を述ぶるについては、 ここにその順序を掲げておく。   一 迷信的記憶術   二 通俗的記憶術   三 学理的記憶術   四 新案的記憶術  右の順序について述べてみたいと思う。        四 記憶の必要  すべての人に記憶が必要である。すべての学者なり智者なりは記憶の強い人から出るというだけは事実である が、しかし記憶のいいばかりが智者学者でない。いかに記憶がよくても平々凡々たる者もあるということもまた 事実である。けれども記憶はすべての知識の土台として必要なる材料であるということは確実であるから、なん ぴとも記憶をよくしたいという欲望も決して無理な注文ではない。しかしその記憶を進むるにおのずから法あり 道あり、ただ一擢千金に金もうけというようなわけにもいかぬ。もし一櫻千金主義をもって記憶を進めようと思       65       2 ったならば、そのことがすでに迷信である。ここに民間に行われているところの迷信的記憶術の種類を一、二挙

(11)

げてみようか。 266

第二講 迷信的記憶術

      五 迷信的記憶  ある秘伝を書いた書物の中に、旧暦の七月七日にクモ一匹を生きているままに自分の着物の中、または衣類を 入れたる箪笥︵たんす︶、箱の中へ入れておけば、二〇日の後には忘れがちの人は忘れぬようになり、記憶の悪い 人は物覚えがよくなること必定疑いなしと書いてあった。またある秘伝の書物には、五月五日にスッポンのつめ を着物の襟の中へ入れておけば、必ず物覚えがよくなるということも伝えてあった。昔シナには記事珠︵きじだま︶ と申す珠があったということで、その色は紺色にして光あり、物事を忘れたる場合にはこの珠を手にてなでさえ すればたちまちに思い出すことができ、明らかに記憶に浮かぶということを、ある書物に書いてあったが、いか なる珠か知らざれど、これもまたむろん迷信である。あるいは串柿の粉と蕎麦︵そば︶の粉を練り固めて、毎朝こ れを服用すれば記憶がよくなるというような俗説は、今日いまだ民間に多少伝わっている。この記憶の反対に物 忘れについての迷信もある。わが国では茗荷︵ミョウガ︶を食べると物忘れをするようになるという。シナには 萱草︵かんそう︶という物がある、その一名は忘憂草︵ぽうゆうそう︶というてすなわち忘れ草である。   敬うに慈親に奉ずるに寿に避︵たが︶わんことを祝う。   願わくは相対して百憂の忘れしめんことを。

(12)

活用自在 新記憶術   敬奉二慈親一祝二避寿べ   願教二相対百憂忘づ  かような忘れ草についての句があるが、親にこの忘れ草を差し上げて、しかして百憂を忘れるように願ったと いうことである。この草を何故に忘れ草と申すかというについて調べたことがあるが、これを食すると昏然︵こん ぜん︶として酒に酔うがごとくなって、自然に心配を忘れるということから起こったという説である。しかるに日 本の茗荷についてはどういうことから出たか、予はいまだそのよるところを調べたことはないが、子供のときに 聞いたはなしに、始めて茗荷を野草の中から発見して、これになんという名をつけようかとその名を思い出すこ とができないため、茗荷という名が起こったので、つまり名が分からぬ、名を思い出せぬという意味から、物忘 れをするという説が起こったというように聞いているが、もとより俗説に相違ない。なるほど草冠を除いてみれ ば名という字と何という文字になる、畢寛︵ひっきょう︶名がわからぬという意味である。こういう物を食べれば 物忘れするというのも、これまたむろん迷信である。今日ではかような迷信は信ずる者もなくなったようである が、しかし民間の知識の程度の低い者にはいまだ多少の迷信を有している。        六 神仏についての迷信  また神仏を信ずれば智慧が出るの記憶がよくなるのということは、民間にいくぶんか行われているようである。 たとえば日本三景の一なる丹後の天の橋立には切戸の文殊といえるがある。この文殊は智慧尽くしの仏様で、そ の門前には智慧の餅や智慧団子を売っている。またその寺より智慧の御札を出している。よってこの仏を信仰す れば智慧が進むようになる、智慧が進むくらいならば記憶がよくなるようになるに相違ないと思うている。むか 267

(13)

し天満宮を拝めば字がよく書けるようになり、仁王様を拝めば力が強くなると信じたと同様に、文殊や虚空蔵菩 薩を信ずれば記憶がよくなると思うであろうが、ただみだりに神や仏を信仰しさえすれば智慧が出る記憶がよく なると思うのもまた、これもとより迷信である。       七 催眠術についての迷信  その他、迷信について申したいのは催眠術によって記憶をよくするという一事である。近年催眠術が大いに流 行し、あらゆる病気を催眠術によって治療ができるというのみならず、字の書けない者も催眠術によって字が書 けるようになる、記憶の悪い者も催眠術によれば記憶がよくなる。なにもかも催眠術で思うようにできないもの はないくらいに唱えて、ずいぶんこれを信ずる者がある。その中に記憶については、桑原氏著の﹃精神霊動﹄の 中に、某師範学校生の記憶の悪い者に三回施術したが、一回ごとに記憶力が進んできたということが書いてある。 けれどもわれわれの考えから眺めてみると、これまた一種の迷信に過ぎない。決して人間の記憶や知識が催眠術 によって進むべきものではない。しかし一時は催眠術によって忘れたことを思い出し、記憶しにくいことが覚え られたという場合はあろうけれども、これをもって一般に記憶を進める道とすることはできぬ。        八 心理療法の結果  すべて催眠術や神仏信仰によって智慧が進む、記憶がよくなるというのは、予のいわゆる心理療法、信仰療法 の道理で、神仏なり催眠術なり、これを信ずれば必ず記憶がよくなると思う一念によって精神がその方に集注せ られ、いくぶんか記憶力も進むようになることがあるであろうが、これは神仏の力というのでもなく、催眠術の 働きというのでもなく、つまり精神作用の結果と申さなければならぬ。それをただ単純に神仏の力や催眠術の効 268

(14)

活用自在 新記憶術 能に帰するときには、むろんこれを迷信といわなければならぬ。またクモ一匹を着物の中に入れておけば記憶が よくなるなどということも、もしそれを信じて自ら迎えれば催眠術同様にいくぶんか記憶力がよくなるかも知れ ぬ。しかしそれはクモそのものの力ではなくして当人がこれを信じた結果である。その他クモでなくても土でも 石でもなんでも構わぬ。着物の中に入れたる物には関係なくして、これを信ずる方面の精神作用が記憶をよくす るの結果をきたすのであるから、信じられさえすればなんでもよいわけである。昔は罪人の鑑査に熱湯を探らし たということである。罪のない者は熱湯の中に手を入れてもその手がただれず、罪のある者はたちまちやけどす るということである。昔ならばこれによって罪の有無を判断することができた。その理由は、罪のある者はわれ には罪があるから必ず手がただれるであろう焼けるであろうと、自ら迎えて手を入れるからやけどをする、罪の ない者は己には決してやけどをせぬということを信じて入れるからしてなんともない。これはやはり精神の作用 というものである。しかしこの鑑査法は今日の人には施すことができぬ。なぜというに、ただいまでは昔のよう に人が正直でない。われには罪がないから必ずやけどをしないという信仰が昔のように固くない。そこで今日の 人には施すことはできない。これと同様にクモを着物の中に入れたから必ず記憶がよくなるに違いないという信 仰力が、今日の人は昔の人のように強くないから、昔の人に効能があっても今日の人には効能がない。たとえこ れらの方法が効能のあるものとしてみたところで、それはただ一時の間に合わせ療治に過ぎない。いわゆる膏薬 療治というくらいなものである。けっして根抵から記憶を進めるところの術でない。この点においては迷信的記 憶術は大体より排斥しなければならぬ。これらはすべて完全なる記憶術でないから、これ以外に根抵より記憶を       捌 進める術を求めるがよい。

(15)

第三講 通俗的記憶術

       九 通俗的記憶術の分類  すでに迷信的記憶法の大体を述べ終わったから、つぎに実際的記憶法を述べたいと思う。すなわち世間におい てなんぴとにも実際に用いているところの記憶法である。これに種々種類があって、今その名目を挙ぐれば、

第第第第第第第第第

九八七六五四三ニー

、   、   、   、   、   、   、   、   、  第一〇、 便宜のため仮にこの一〇通りに分けてみた。 連帯法 付加法 仮物法 略記法 統計法 句調法 分解法 転気法 集注法 作話法 270

(16)

活用自在 新記憶術        一〇 連帯法  まず第一の連帯法とは、一のことを記憶するに外の事柄に連帯して記憶にとどめる方法である。すべてわれわ れが記憶するには必ずこれに類似のもの、あるいはこれと関係あるものに付帯して記憶するものである。そこで なるべく早く、なるべくよく連帯しているものに結び付けることが必要である。昔われわれが子供のときに四書 や五経を学ぶに、﹃大学﹄に﹁邦畿︵ほうき︶千里﹂とあればこれを記憶するに﹁ほうきの長さが千里ある﹂と心に 留めておき、また﹃論語﹄に﹁顔淵閏子養︵がんえんびんしけん︶﹂とあれば﹁残念髪︵びん︶四間﹂と付帯し、髪 の長さが四間あると記憶しておったことがある。また﹃文章軌範﹄を読むにも﹁屈原すでに放たれて﹂とあれば、 鼻液︵はな︶をたらしているように記憶すれば長く忘れぬものである。英語を記憶するにも、アメリカのオハヨー ︹オハイオ︺という州名はわが国の朝の挨拶﹁お早う﹂に結び付けて記憶している。また南アメリカのチチカカと いう湖水のごときは、父母の両親に結び付けて記憶している。その他、初めて英語を学ぶときに﹁彼﹂をピーと いう、わが国の文字でやはり﹁彼﹂という字が﹁ヒ﹂である。また英語にて物を買うことをバイという、わが国 の﹁買﹂という字もバイである。また﹁聖人﹂もセージといい﹁魔術﹂をマジックという、これらはみな音がよ く似ているから連帯して記憶することがたやすい。英語にてめかけをコンキュバインというのを﹁困窮売淫﹂と 音訳してあるが、これらはいたって記憶しやすい。昔、御維新前にオランダから教師をやとって、日本兵に海軍 のことを教授してもらった。そのときに軍艦の中のすべての機械や道具について名称を教えたところが、その名 がオランダ語である。これはなんという、かれはなんというと、いちいちオランダ語で聞かせられたけれども、       71       2 当時は今日と違い西洋語と日本語との連絡が困難であって、初めて西洋語を聞いた連中ばかりであるから、容易

(17)

に覚えきれぬ。先生もほとんど困却しているくらいであった。ただ一つ船の道具の中にオランダ語でホッスとい う名の物があって、そればかりは一ぺん聞いただけで一人として忘れる者がなかった。そこで先生はこれを不審 に思い、他の名称はなんべん説いてもなかなか記憶しないが、このホッスだけはだれも同じように一ぺんでみな 記憶した。いかにも不思議だと申したそうだが、これを記憶した連中はわが国の僧侶が持っている払子︵ほっす︶ という物がある。いずれもみなそれに連帯して記憶したそうで、このようになにか似た物か関係のある物に連帯 して記憶するのが記憶しやすいものである。これを連帯と名づけておく。これ通俗に用うる記憶法である。        一一 付加法  第二に付加法というのは、つまり連帯法に他のことばを付け加えて記憶することである。たとえばインドにベ ンガルという国がある。これを記憶するに﹁弁慶とおかるとが一緒になっている﹂とすれば記憶しやすい。安政 年間にはわが国に初めてコレラが流行してきた。そのときにはコレラといわずしてコロリと名を付けてあった。 それを記憶するに、この病にかかればなんぴともコロリコロリと死んでしまうと思うておったそうだ。また嘉永 年間にアメリカからペルリ︹ペリー︺が軍艦に乗って日本に押し寄せたときに、人はみなその名を記憶するに、彼 は日本をペルリと一のみにしようというつもりで来たのであるとして記憶したそうだ。また南米にはブラジルの 首府がリオジャネロ︹リオデジャネイロ︺である。これを記憶するに、ブラジルの国は国広く土地開けず山ややぶ をもってみたされている、ことに大きな蛇がたくさんいる。そこでリオジャネロを記憶するに﹁道を歩けば竜や 蛇にねらわれてしまう﹂として記憶すれば覚えやすい。またその隣りの国にアルゼンチンという国がある。その アルゼンチンは非常に物価の高い所である。これはつまり物産が多くて国が富んでいるからである。そこで﹁ぜ 272

(18)

活用自在新記憶術 にがあるから賃銀が高い﹂として心にとめれば記憶しやすい。ドイツにて日本の辻伸︵つじぐるま︶に相当する馬 車が街の四つ角のような場所︵ところ︶に客待ちをしている。その名を﹁ドロシケ﹂という。この﹁ドロシケ﹂を 記憶するには、日本の雲助を結び付け、少しことばは違うけれども客待ちという点においてはよく似ているから して、名前はただ雲泥︵くもどう︶の相違に過ぎぬと思うておれば記憶しやすい。さればこの付加法というのは連 帯法に相違ないが、更にその連帯法に種々の関係を結びつけて、一層記憶に便ならしむる方法である。        =一仮物法  そのつぎに仮物法とは、一つのことを記憶するにその失念せんことをおそれて、他の物をかりて符牒︵ふちょう︶ とする方法である。古代、文字のいまだできざりしときには、縄を結んで記憶の助けとしたということはなんぴ ともよく承知している。これすなわち縄というものをかりて記憶を助くるのである。今日でも民間において文字 を知らざる者は種々の物をかりて記憶している。また文字を知っている者でも物をかりて記憶を助くることが少 なくない。たとえば書物を読むにしおりを入れておく、あるいは朱唐紙をはりつけておくなどは、つまり他物に かりて記憶を助くるのである。また世間の人が一事を聞いてこれを明日まで忘れてはならぬと思うときには、手 の指を糸で結びたり、あるいは自分の所持せしふろしきやてぬぐいの端を結び付けたりして、記憶の符牒となす ことがある。かかる記憶法を仮物法と名づけておく。        一三 略記法  そのつぎに略記法というのは、文句やあるいは語句を省略して記憶する方法のことである。たとえば﹁本郷駒 込上富士前町田中鍋吉﹂を記憶するに、その頭の仮名を一字ずつ結び付けて﹁ホコカタナ﹂として記憶するの類 273

(19)

は略記的記憶術の一種である。また数字を記憶するにコニ三﹂を﹁ヒフミョイムナヤコト﹂として記憶するな ども略記と申してよろしい。たとえば﹁金二一二四六円﹂を﹁フミヨム﹂として記憶するの類は略記法である。ま た停車場の名を東京より横浜の間の﹁品川、大森、川崎、鶴見、神奈川﹂を記憶するに、頭の仮名を一つずつと って﹁シオカツカ﹂として記憶するのは略記法である。古来﹁木火土金水﹂をキヒツカミという、これも略記法 である。もし人が市街で紙とタバコと筆と墨とを買わんと思ってこれを記憶するに、頭の仮名を結び付けて﹁カ タフス﹂として記憶する場合がある。これらはみな略記法というものである。        一四 統計法  つぎの統計法とは種々の事実を比較し統計して、これによって規則を作り記憶の助けとする方法である。これ は前に述べたものからくらぶれば、いくぶんか複雑の方法であるけれども、われわれが常に用いきたれるもの︹の︺ 中にはときどきある事柄である。たとえば漢字の﹁爪︵つめ︶﹂という字と﹁瓜︵うり︶﹂という字が区別し難く、 ときどき瓜の所へ爪の字を書き、爪の所へ瓜の字を書くことがある。これを昔より﹁爪に爪なし瓜に爪あり﹂と して記憶している。爪の字の方にはかえって爪がなくして瓜の方に爪がついているがごとく記憶すれば決して忘 れることがない。また漢詩を作るには平灰︵ひょうそく︶を記憶することがすこぶる困難である。その記憶を助く るため﹁フツクチキに平字︵ひょうじ︶なし﹂という規則がある。字音の下にフツクチキの仮名の付いた文字には 決して平字のないものであって、みな灰字︵そくじ︶である。また詩を作るに二四不同二六対という規則がある。 これは七言の句について定めてある規則で、二番目の字と四番目の字とは平灰が違う、二番目と六番目とは平灰 が同一であるということを示した規則である。また数字の規則に﹁若干の数あって、その最後の数字が偶数かも 274

(20)

活用自在新記憶術 しくは零ならば、必ず二をもって割ることができる﹂、また﹁その数字の総和が三によって除することができるな らば、全数必ず三によって割ることができる﹂、あるいはまた﹁最後の二字をもって除算し得るならば、全数もま た必ず四で割ることができる﹂というがごとき規則もまた統計法の一種で、かかる例は世間に決して少なくない。 これも大いに記憶を助くるものである。        一五 句調法  第六の句調法とは、記憶すべき事柄を詩や歌の句調に作りて記憶することである。詩や歌の句調よきものに作 りおけば、確かに記憶しやすいものである。たとえば新暦の月の大小を記憶するに、大の月について詠んだ歌に、   正三五、七八十や、十二月     日数三十一日と知れ  小の月については、   二月のみ二十八日、四六九     十一月は日数三十  また閏月︵うるうづき︶については、   閏月は四年に一度、そのときは     二月の末に一日を増す として記憶することを教えてある。現に予のごときも、この歌について今もって月の大小を記憶している。昔よ        肪 り国学の方でヨ爾乎波︵てにをは︶について教えた歌がある。

(21)

  ぞるこそれ思ひきやとははりぬらん        76        2     これぞ五つの亘爾波︵てには︶なりける  また漢字の紛れやすき申甲、牛午、戌戊の六字の区別を歌で示したものがある。   申牛︵さるうし︶は出つるに出でぬ甲午︵きのえうま︶、     戌︵いぬ︶に点あり無きは戊︵つちのえ︶  かようにして記憶しにくいものを歌に作っておけば、後に思い出すことがたやすいものである。        一六 分解法  第七の分解法とは、一つの事柄を記憶するにそのことを分解して記憶の助けと︹す︺る方法である。たとえば歴 史上一人の学者あるいは偉人を記憶せんとせば、そのひととなりを分解して、容貌はかくかくで風采はかくかく である。性質はかようであり、なになにの事業をなした人である。どこの国に生まれた人であって、なになにと いう子孫がある親戚がある朋友がある、というふうに分解して記憶すれば失念し難いものである。あるいは地名 を記憶するにも、三河国では太平川、豊川、矢矧川という三つの川があるからその名が出たとして記憶し、美濃 には各務野、青野、および関ケ原という三つの大きな野原があるからその名が起こった、というふうにして記憶 すれば容易に記憶ができる。漢字の記憶法ではことにこの分解して記憶する必要がある。もと漢字は象形文字に して、それがだんだん集まって複雑な文字ができたのである。たとえば﹁天﹂という文字は一と大とを合したも のである。一は二なしただ一のみの意味で絶大を表す、絶大とは比較する物のないということで、その意味から 天ということが起こってくるのである。あるいは﹁正﹂という字は一の下に止という字を書いている。一を守っ

(22)

活用自在新記憶術 て動かぬという意味からできた文字である。また﹁案﹂の字は木の上に安んずるという字を書いてある。これは もと椅︵よ︶りかかる机という字である。木の上に人が椅りかかって安んずるという意味からきた字で、木の上に 椅りかかって、そうして種々のことを考えたり草案を作ったりするから、思案や議案の意味が起こってきたので ある。また﹁過︵すぐる︶﹂という文字は過︵あやまち︶とも訓ずる。すべて物は度を過ごすとも過ちが起こる。ま た手扁︵てへん︶に合を書くと﹁拾﹂すなわち一〇の数になる。これは一本の手に五本の指が付いているから、双 方の手を合わせると指の数が一〇本になる。それから一〇の数という意味が現れてくるのである。このように文 字を分解して記憶すれば、大いに記憶の助けとなるものである。        一七 転気法  転気法というのは気を転ずるという意味で、これは記憶する場合よりも、 度記憶したことが後に思い出せぬ 場合に気を転じて思い出すということである。たとえば机にもたれて考えている間にどうしても思い出せぬ場合 には、庭を散歩するうち図らず思い出すものである。あるいは他の方面に心を転ずるとかえって分かるようにな るものである。伊勢の松阪に本居翁の旧宅が残っているがそのまま保存してある。その家の二階に本居翁が毎日 著書をしておった室がある。そこに鈴がいくつもつないで掛けてある。もと本居翁は鈴が好きで各種の鈴を集め ておかれた。その種々音色の違う鈴をつなぎ合わして部屋に掛けておいて、書物を書いて退屈するとその鈴を鳴 らしておられたということである。これは退屈の慰みとはいうものの、その鈴を鳴らして気を転じている間に種々 の工夫が思いつくので、いわゆる記憶を促す一つの方法というてもよろしい。予の友人にはわからぬことがある と便所へ行く、便所で考えるとよく思いつくという人がある。あるいはまた風呂場が一番よろしいという人もあ 277

(23)

る、分からぬときには湯に入って考える。これらもみな転気法というべきもので、気を転じて思い出す記憶法で       78

ある。       2

       一八 集注法  そのつぎの集注法とは心を一点に集めるという意味で、精神を心内に集中する方法である。よく人にはどう考 えても思い出せぬ場合には目を閉じている人がある。この瞑目するというのは目の方に精神が引かれるのを、そ れを内の方に集注するためである、あるいは夜、世間の寝静まった後に考えるとわからぬことが思い出せるとい うのも、目や耳に引かれる注意が心のうちに集まるためである。すべて学者が書を読んだり書物を書いたりする のに、夜更けてから一番よろしいというのも精神集中のためである。かように精神を内部に集中すればよく記憶 することができ、また忘れたことも思い出すことができるからして、これも記憶法の一種と申してよろしい。        一九 作話法  最後に作話法とは、前に掲げた﹁連帯法﹂、﹁付加法﹂を引き延ばして、殊更に談話を組み立って記憶するとい うことである。予の家の電話番号が五一二四であった。ちょっと記憶しにくい番号であるが、それを予は記憶す るに友人に﹁五=という名の人がある、その人はいま京都に住居している。京都は東京より西であるから﹁五 一﹂という人はいま西にいるというふうに話を組み立って記憶した。またマジック・スクエアと称して、九個の 数を三つずつ三行に並べて、縦からでも横からでも斜︵はす︶でも、どちらから読んでもその総和が一五になる。 この数の並べ方が記憶しにくい。まずその数の並べ方は六一八、七五三、二九四という並べ方であるが、これを 記憶するに一つの話を組み立って、

(24)

  六一坊が頭へ蜂がさした、なんとさしたかというに、七五三とさした。ああ憎し憎し、ああ二九四 というて記憶することになっている。これらはすなわち作話的記憶術と申してよろしい。  以上述べたるところは世間一般に用うるところの簡便的記憶法であるから、これを総じて通俗的と名づけた。 その法を一歩進めて人工的記憶をなすに至る。これを方術的記憶法と名づけておく。これより方術的の方面を述 べてみたいと思う。 活用自在新記憶術

第四講 方術的記憶術

       二〇 方術的記憶術の分類  以上述べたる通俗的記憶術に人工を加えて、器械的にその作用を進行せしむる術が、すなわち予のいわゆる方 術的記憶術と名つくるもので、その方法は前の通俗的方法よりはやや複雑しているだけあって、必ず多少の練習 を要し、また人より指南を受けなければならぬものである。今ここにその種類を七通りに分けてみたい。すなわち   第一、接続法   第二、寓物法   第三、心像法   第四、配合法       79       2   第五、代数法

(25)

  第六、代字法   第七、算記法        一= 接続法  まず第一の接続法とは、ここになんらの連絡のない数個の記憶すべき事柄があって、その順序をたがわず記憶 しようというには、一の事柄と他の事柄との間に接続すべき他の事柄をはさんで、これによって前後の連絡を図 る記憶法である。たとえばここに   老人、梅、火鉢、手拭、浴室、帽子、名刺、客、障子 の九種の事柄があって、これをその順序どおりに記憶しようと思うには、おのおの事柄の間に連続すべき語をは さみ、第一の老人と第二の梅とについては、﹁老人が梅を愛する﹂として記憶し、第二と第三については﹁梅のそ ばに火鉢あり﹂として記憶し、第三と第四については﹁火鉢にて手拭を乾かしておる﹂と記憶し、第四と第五に ついては﹁手拭を携えて浴室に行く﹂と記憶し、第五と第六については﹁浴室に帽子を忘れて帰った﹂として記 憶し、第六と第七については﹁帽子の中に名刺をはさみおいた﹂と記憶し、第七と第八については﹁名刺を客に 差し出す﹂として記憶し、第八と第九については﹁客が障子を開けた﹂として記憶するときには、その順序を誤 らずして一から九まで記憶することができる。右はただ接続法の一例を示したに過ぎないが、すべてかような方 法で一事項と他事項との間に接続すべき事項を入れて記憶すれば、前後の順序を誤らずして記憶することができ る。しかしこれには多少の修練を要することで、未熟のものまたは機智に乏しきものは即時にその連絡を見出す ことは難しい。もし人、毎日種々の事柄を並べ立ててその連絡を見出すことを工夫し熟練を積めば、ついにはた 280

(26)

活用自在新記憶術 やすく接続を見出すことができる。また指南を取って先生より種々の問題を持ち出され、これについて毎日練習 を重ぬれば必ず上達するに相違ない。        二二 寓物法  つぎに寓物法とは、物に寓︵よ︶せて記憶する方術である。その物とはなにか自分の最もよく知るところの家と か町とかを土台として、これを記憶しようという事柄を結び付けて記憶するのである。先年名古屋の市中で子守 女がいたって記憶がよく、物の順序を誤らず記憶していた。もとよりその女は格別の教育もなく文字もほとんど 知らぬと同様な者であったが、その記憶の良きには人みな感心し、これにはなにか工夫があるかとだんだん聞き ただしてみたところが、同人は自分の一町内を一軒ずつよく記憶している。隣に酒屋があり、そのつぎに呉服屋 がある。そのつぎに紙屋があり、そのつぎが小間物屋であるというぐあいに、町内の一戸一戸を隅から隅までよ く記憶している。これを基礎材料としてこれに記憶しようと思う事柄をいちいち当てはめてゆく。第一は隣の酒 屋に結び付けるとか、そのつぎは呉服屋に結び付ける、そのつぎは紙屋に結び付けるというぐあいに、一軒ごと に当てはめて記憶しているから、誠に順序たがわず思い出すことができる。かくのごとき類をいわゆる寓物法と 名づけるのである。あるいはまた自分の家を記憶の土台としてもよろしい。たとえば初めに門がありつぎに玄関 があり、そのつぎに客間がありそのつぎに廊下があり、そのつぎに茶の間があるというぐあいに、一家の内は隅 から隅までよく承知しているからして、これに番号をつけて第一は門であり第二は玄関、第三は座敷というふう に定めおき、これに記憶しようと思う事柄をいちいち順序を追うてその番号に結び付け、初めに記憶すべき事柄        81        2 が﹁犬﹂であるならば今犬が門に寝ている、そのつぎに記憶すべき事柄が猫であるならば猫が玄関に出ていると

(27)

いうふうにして順序を追うて記憶するのである。あるいはまた自分のからだに結びつけてもよろしい。からだと       82 いえば﹁頭﹂を第一とし、そのつぎは﹁額﹂そのつぎが﹁目﹂そのつぎが﹁鼻﹂そのつぎが﹁口﹂というぐあい 2 に順序をつけてそれに番号を付し、かついちいち記憶すべき事柄を当てはめて覚えるのである。あるいはまた一 年一ニカ月を土台と定めてもよい。たとえば記憶すべき事柄は、第一は正月の松飾りに結びつけ、第二は二月の 初午、第三は三月のお雛様に結び付けても物の順序を覚えておくに都合がよい。かくのごとき記憶法を予は仮に 寓物法と名づけた。すなわち一定の外物に依託する方法である。        二三 心像法の解釈  そのつぎの心像法とは、前の寓物法を心内に移し想像をもって一定の記憶の原形を心面に描き現す方法である。 いわゆる心像を作ってそれに当てはめて記憶するのである。前には名古屋の女が自分の町内を記憶の土台とした という話をしたが、自分の町内でなくわが心のうちに想像をもって一つの町内を作っておいてよろしい。あるい は想像をもって心のうちに格段なる一定の家を描き現しておいてもよろしい。心内に想像を描くことは人によっ て明瞭不明瞭の相違はあるけれども、熟練を積めばハッキリして実際ありしがごとく心の中に見えるようになる ものである。盲人のごときは目を開いて見ることができないからして、心のうちの想像をもってすべての景色や 事柄を描き現すに巧みである。あるとき伊豆の熱海から小田原まで来る途中、当時は車道も開けずして人力は通 ぜず、わらじがけで歩いて来るころであったが、途中に盲目按摩︵めくらあんま︶が二人つえをつきながら歩いて おった。両人同士話しているところを聞くと、確かに将棋を指しているようである。そこで予は両人に向かい﹁今 話しているのは将棋ではないか﹂と聞いたところが、﹁ハイ熱海へ出てからズッと今まで将棋を指し通している﹂

(28)

活用自在新記憶術 と答えた。将棋盤もなければ駒もない、歩きながら将棋を指せるとは何故であるか、彼らは盲目であるだけ心の うちの想像がハッキリ現れてくる。すなわち心像の上に将棋盤を現し、その上で右から何番目とか左から何番と か将棋盤の上に番号を付して、そこへ将棋の駒を運んでいるのをお互いに心像の上に現して話をしているのであ る。予はこれを聞いて、盲人はかえって目あきより便利なものであるということを感じたことがある。目のあい ている者はこういうように歩きながら将棋を指すことはできない。また盤と駒がなくてはこれまた指すことはで きない。彼らは目のないおかげで長い道を歩きながら退屈もせずに歩いている。このように心のうちに種々の想 像を描き現して、それを記憶の土台とするのが心像的記憶術である。        二四 心像法の図式  まずこの心像法によりて記憶しようとするのには、種々の方法はあるけれども、その中に最も簡便なるものは 心の中に一定の形状を有し、一定の区画を有する室を描き、それに一、二、三の番号を付して、事柄の少ないの        は九つか一〇でよろしいが、多いのになると二〇、三〇、あるいは四〇、        五〇の区画のあるものを心の中に描き現し、しかしてその順序を追うて       一番から二番三番と結び付けて記憶するものである。今、仮に九個の区

甲図

1 2 3 8 9 4 7 6 5 画を備えたる一室ありと定め、その各室内に記憶すべき事柄を結び付け ることを工夫する 例を挙げてみよう。  たとえば前に掲げたる老人、梅、火鉢、手拭、浴室、帽子、名刺、客、       83       2 障子、この九通りの物を記憶しようと思わば、第一室に老人が座ってい

(29)

るという心像を描き、第二の室には鉢植えの梅花が開いているという心像を作り、第三室には火鉢そのものの心 像を現し、第四室には手拭が柱に掛かっているということを描き、第五室には浴室の設備を描き、第六室には帽 子が掛かっている。第七室には名刺が置いてある。第八室には客が座っている。第九室には障子がはまっている というように、そのものの状態をなるべく明らかに心像の上に描き現して記憶するのである。もしその記憶すべ き事柄と連絡をしっかりつけようと思わば、九つの各室に一定の物品あるいは一定の装飾をかり定め、第一室に はいつも火鉢が置いてあるとか、第二室には碁盤が備えてあるとか、第三室には山水の掛物があるとかいうぐあ いに、必ず一定せる物をその室に結び付けて心像の上に浮かべておく。そうして記憶せんとする事柄をその各室 における一定の物に結び付けて心にとどめるようにすれば一層記憶しやすきものである。あるいはまた十二支に 合わせて子︵ね︶の室、丑の室、寅の室というふうにし、各室に鼠、牛、虎を配置して心像を作っておいてもよう

      東しい。あるいはまた一ニカ月に配当して一月の室、二月の室、三

      月の室というふうにして心像を作っておいてもよろしい。もしま       た今掲げた九つの区画あるものを四方の隅を二つに分けるときに

  図は、そのまま一二に配当することができる、すなわち乙図のごと

    北       南

  乙       し。        かく一二区域を形作り、これを一月より一二月までに配当し、       あるいは十二支に配当し、第一の区域は正月または子に配当し、        西         もし老人を正月に結びつけようと思わば、老人が正月にその室に  12 P1 1 2 3 10 4 9  8 7  5 U 284

(30)

活用自在新記憶術

丙図

一 三 二 四 おいて屠蘇︵とそ︶を傾けているという 心像を形作り、第二室を二月としてこ れに梅を結び付けようと思わば、二月 紀元節に梅をみて祝意を現していると いうようの心像を作る。またこれには 東西南北の方位を結び付けて記憶の助 けとすることもできる。もし一二区域 だけでなお不足と思わば、かかる室を いくつも心像の上に描き現すようにす るがよろしい。すなわち丙図のごとし。  この一二区画のものを四つ並べて四通りの大きな室を作り、その内部をおのおの一二に分け、これを記憶の土 台として、一から一〇でも二〇でも、都合四〇人まではこの中に当てはめて記憶することができる。ここに一つ の大きな室を作るよりも、一定の九つか一二区域ある室を並べてそのいちいちに当てはめる方がかえって記憶に 便である。かくのごとくして記憶するのを、これを心像的記憶法と名づけたのである。        二五 配合法の解釈  配合法とは第一の接続法と第二の心像法とを結び合わしたる方法であって、あらかじめ記憶を託すべき形式を        85        2 心の中に定めて、これに記憶しようとする事柄をいちいち配置してゆくのである。すなわち心像の上に原形を作

(31)

っておいて、これに記憶すべき事柄をいちいち当てはめて、その間の接続法を研究してゆくのをここに配合法と       86 申すので、つまり前に述べたるものをうまく応用してゆく方法である。たとえば寓物法の自分の身体をもって記 2 憶の土台とするというについては、心像の上に描ける一定の室の第一区域に頭を置き、第二区域に額を置き、第 三区域に目を置いて、これに記憶すべき事柄を当てはめてゆく。あるいはまた一町内の酒屋、呉服屋、紙屋とい うのも、これまたその心像の一定の区域の中に当てはめて、第一区域に酒屋があって第二区域に呉服屋があり第 三区域に紙屋があるというふうにして、それに記憶すべきことを連絡して覚えているというふうに、形式と実質 とうまく配合を図ってゆくことである。        二六 配合法の実例  かかる人工的記憶術は西洋でばかり発明したものかと思うとそうでない、わが国においても昔から伝わってい る。その証拠には古い書物に﹃物覚え秘伝﹄と題する一冊の本がある。それは明和八年の発行としるしてあって 青水先生の口授としてある。この書はあながち青水という人が発明したのでもなく、その以前から秘伝として伝 わっていたものらしい。ここにその書物の中に書いてあることを転載しておくことにする。明和八年といえば今 より一四七年前に当たる。          物覚え秘伝   ある童子、論語の学而第一︵がくじだいいつ︶という、学而の二字を覚えず。師の教えに従っていったんは読  むといえども、師をはなれてはまた忘る。そのとき師の曰く、ガクジとは字をかくと心得よと教えられたり、  これより再び忘るることなし。ただ忘れやすく覚え難きは読書なり。年来小児に読書を日課せしむるに、かく

(32)

活用自在新記憶術 のごとく魯鈍︵うどん︶の小児といえども、この法を用うるときは覚えずということなし。ただ小児の耳にも人 りよく、諭しやすきたとえを取りて教うるときは、再三熟読するに及ばず、しかも終身記憶して忘るることな し。これらのことは、しれたる道なれども、その術はなはだ卑近なるをもって、学者の口より発するを恥ず。 この書に示教するところは、少しも高遠の術にあらず。もし高遠ならばいかんぞ幼蒙に達せんや。故にその卑 近なるを主として教えたるものなり。しかればいやしき俗話俗諺および小児の誰言︵かげん︶までも、取り拾う てこの術の助けとなすときは、無用の用あり、この術をゆるがせにせずして久しく修行せばその功益大なるべ し。しかればひとり小児読書の一助のみならず、あるいは途中馬駕籠︵うまかご︶にて筆紙の備えなく、あるい はその場に臨んで、記憶せざれば成りがたきとき、みなこの法を用うべし。         依託種子  この法に依託あり種子︵たね︶あり。たとえば学而の縁を借りて字を書くというに取る、これを依託という。 詩の賦比興︵ふひきょう︶のこころなり。また依託のうちに一二三四等の次第あり、これを種子という。依託 すといえども、種子なくしては繁文を憶すべからず、次第を知るべからず。しかれば依託せんと欲せば、あら かじめ種子を記憶すべし。種子というは体なり依託は用なり。種子の体は静かにして動くことなし。依託の用 は千変万化して働くものと知るべし。  種子とは、たとえば人身の正面にかたどりて、頂きを第一とし、額を第二とし、眼を第三とし、鼻を第四、 口を第五、喉︵のど︶を第六、乳を第七、胸を第八、腹を第九、膀︵へそ︶を第一〇とす。また人体の右辺に取り て、右の髪︵びん︶を第一とし、右の耳を第二とし、右の肩を第三とし、右の腎︵ひじ︶を第四、右の手を第五、 287

(33)

人身正面種子図

額 六、喉 八、胸 ○、膀

}/

頂 五、口 七、乳 九、腹 288

(34)

活用自在新記憶術

人身左辺種子図

(右辺の図は左辺に準ず) 、 左耳 Lハ、 左腋  七し、 左脇

㌔ノ

o

︵ ’

左髪 右 丁] 一ξ 八、左股 四、左腎 ・L、 デ 左手  一 〇、左足

∼\

」・ ノ 九、左膝頭 289

(35)

右の腋下︵わきのした︶を第六、右の脇を第七、右の股を第八、右の膝頭︵ひざがしら︶を第九、右の足を第一〇       90 とす。また人体の左辺に取りて、左の髪より左の足に至ること、右辺に同じ。以上、正面一〇、右辺一〇、左 2 辺一〇、すべて三〇則をよく覚えいて、これを依託の種子とするなり。        依託の法  たとえば、なにによらず暗調すべきこと品々一〇力条もあるとき、人身正面にていわば、第一の称は頂きな り。この頂きへなににても第一条の品に縁あるべきことを思慮してたとうるなり。さて第二の種は額なり。こ の額へなににても第二条の品に縁あるべきことを思慮してたとうるなり。第三の種は眼なり。この眼へたとう ること前に同じ。かくのごとく第四、第五、第六、第七、第八、第九、第一〇の膀までにて、一〇力条の品々 をことごとくたとえ終われり。そのたとうることは、およそ世間にあらゆることを観念し、あるいは僅諺︵りげ ん︶、写白字︵あてじ︶、謡曲︵うたい︶、浄瑠璃︵じょうるり︶、流行辞︵はやりことば︶、なにによらず卑俗なるこ とをも論ぜず、あるいは心中にて絵様をつくり、あるいは眼中に土地の景色を観じ、その品々の縁を取るなり。 これ、自身の心裏に含める合符︵あいふ︶にして、他人に言い聞かすべきことにあらねば、人々の才智才覚にて、 千変万化、数も限りもなきことなるべし。         器物験証  ここに老人あり。器物の名目を人の語れるまま、ただ一度聞きてよく暗請せり。その器物とは   手拭  火鉢  毛蔑︵もうせん︶  硯箱  琴  末広  文箱  鏡  鍋  茶碗  以上一〇種、いかがして記憶せりやと問う。答えていう、第一の頂きに手拭を置くとたとえ、第二の額に火

(36)

活用自在新記憶術 鉢の火をたとえ、第三の眼に物見せる、もうせんとたとえ、第四の鼻に、すずばな、すずりとたとえ、第五の 口に、言葉の琴をたとえ、第六喉に、咽喉を通れば末は広しとたとえ、第七の乳に、文箱に房あり、乳房とた とえ、第八の胸に、胸の鏡とたとえ、第九の腹に、鍋いっぱいの食は腹ふくるるとたとえ、第一〇の膀が茶を 沸かすとたとえ、      、

第第第第第第第第第

九八七六五四三ニー

、   、   、   、   、   、   、   、   、   第一〇、  右のごとくにして記憶せりという、みなみな大いに絶倒す。これ一、二、三の次第は、頂きのつぎは額、額 のつぎは目、目のつぎは鼻というならびをもって知るなり、そのならびを、下より数うれば、膀に茶碗は一〇 番目、腹に鍋は九番目などと、逆さまにも知るなり。およそ箇条の次第あるものは、いずれもこれに準知すべ 頂き︵手拭︶ 額︵火鉢︶ 目︵毛饒︶ 鼻︵硯箱︶ 口︵琴︶ 咽喉︵末広扇︶ 乳︵文箱︶ 胸︵鏡︶ 腹︵鍋︶ 膀︵茶碗︶ 291

(37)

し。また物数多く、二〇品もあらば、左辺の種を用いて、左の髪を第一とすべし。三〇品ならば、右辺の種を 用うべし。また手拭を頂きに置くとたとえ、火鉢に額とたとうる類は、その人々の心中にての憶符なれば、た だいかようなりとも覚えよきようにたとうるを肝要とす。         心  法  その箇条の色々品々を他の人に言わせ、われはその言葉を聞きいて記憶す。もっとも二条一種を聞くとても、 目を閉じ雑念を生ぜず、心胸の問を清朗にして安静ならしむべし。これを覚心という。さてその種へその品を たとえ終わるまでは、つぎの品を聞くべからず。あるいはその種に一向たとえの工夫つかぬもあり。しかれど もよくよく憶度︵おくたく︶すれば、ついにたとえの縁出ずるなり。そのときつぎの品を聞くべし。幾品ありと も、末までかくのごとし。また第一の種は頂きなり。この種にその品の縁を設けて、すでに頂きへ預けたれば、 これにて第一の種の役は済むなり。たとえば器物に物を入れて錠をおろし預けおきたる心持ちなり。もしおぼ つかなく思い、半ばに及びあとへ返し見ること悪し。総じて記憶せんと欲せば、始終両眼を閉じて心を丹田︵た んでん︶におとし、憶念すること肝要なり。         形有二有鉦︹  総じて万種の無形のものを記憶するには、有形の物にてたとえ、また有形の物を記憶するには無形の物にて たとうるなり。これ斯道の一大緊要の秘策なり。有形の物とは人倫、鳥獣、器財、草木、衣食、宮室の類、し かと目に見るものをいい、無形の物とは言語、数量、時候、虚態門の類の、目に見えざるをいう。         繁  文 292

(38)

活用自在 新記憶術  繁文とは、箇条あまたあるをいう。王代および年号の列名、あるいは人数の列名、あるいは﹃源氏﹄六十四 帖の外題、あるいは﹃蒙求︵もうぎゅうご評題、および六十四卦の名などは、無形のものにして、しかも前後 の次第あり。これらを記憶せんとならば、人体にては種少なし。故に種を広く取ること肝要なり、人家の屋造 等を用いて可なり。        人家種子   ︵一︶総  廓   ︵二︶門     ︵三︶中間部屋   ︵四︶玄  関   ︵五︶襖   ︵六︶使者の間   ︵七︶広  間   ︵八︶大座敷   ︵九︶床      ︵ ○︶違い棚  右第一節

  ︵二障子 ︵二︶縁側 ︵三︶廊下 ︵四︶茶室 ︵五︶坪内

  ︵六︶手水鉢   ︵七︶飛  石   ︵八︶柴  垣   ︵九︶樹  木   ︵一〇︶雪  隠  右第二節  右の類その余はこれに準知すべし。総じて自己の居住先に見るところを第一の種とし、そのつぎに見るとこ ろを第二とし、そのつぎを第三第四とす。かくのごとく平生居室の具を用いて記憶の種とせば、幾品幾色もあ るべし。ただし動かざる道具を用う。ここかしこへ持ち歩く道具などを取りて種とせば、次第みだれて悪︵あ︶ しきなり。        ﹃源氏﹄験証

      93

      2

 たとえば﹃源氏﹄六十四帖の名目を暗記せんとせば、まず第一は総廓︵そうくるわ︶なり。その廓の傍らに常

(39)

に桐の木を植えたりとたとえ、第二は門なり。門の内に箒木︵ははきぎ︶ありと覚え、第三は中間︵ちゅうげん︶ 部屋なり。この部屋に人なし、蝉の抜け殼とたとえ、第四は玄関なり。これへは使者の顔の出ずる所と覚ゆ。 その余はこれに準知すべし。しかれば第一に桐壼、第二に箒木、第三に空蝉︵うつせみ︶、第四に夕顔と知る。 これはわが居住の第一には総廓あり。そのつぎにはわが屋敷の門あり。そのつぎには中間部屋あり。その向か いは玄関なりと、もとより覚えているところへ、今の名目の縁を取りて心覚えして、それぞれへ預けたる故、 おのずから一、二、三の次第みだるることなく、逆さになるともまたは一つはざめになるとも、自由自在に記 憶せらるるなり。         種有二多少一  種に取るべきものは、わが面部手足の親しきにしくはなし。これにても不足なれば、自分の居住を用う。商 家などは一を入口、二を敷居、三を中庭、四を中戸、五を上り口などと取るなり。その箇条あまたありとも、 一〇種を一節とし、またそのつぎの一〇種を二節とし、三節四節と一〇種ずつに限るべし。自分の家にて不足 せば、よくよく案内を知りたる他の家をも目付けとして不足を補うなり。あるいは町に竪横の名、あるいは一 町の内にて商人︵あきうど︶の隣ならび、米屋酒屋等、またはその土地の名所、旧跡、寺社等、東西南北のなら びまたは江戸海道五十三駅の次第等を、よく覚えたる人ならば、それを目付の種に用うべし。         総  論  総じて物事書き付けにして記憶し、または書籍などに預けおき、それを暗諦せんとすることかえって遅し。 ただ他人の諦するを自身聞きいて、目を閉じ心を沖漠にして、この教えのごとくなすときは、早く暗調すとい 294

(40)

活用自在新記憶術 えり。         物見知の秘伝  たとえば広間に客一〇人列座す。ある人一見して、つぎの間に入るに、屏風を隔てて、その人数の座並また はその人の紋衣服の色をいうに、あるいは上座より下へ五番目の客は桐の紋に花色の衣服、下座より上へ三番 目の客は柊︵ひいらぎ︶の紋に蘭黄︵もえぎ︶の衣服などという。これを見るに果たして違うことなし、人々不思 議に思いしとなり。  この法は、前の器物一〇種の記憶のごとし。第一の客、紋と色とを頂きとし、第二座の紋色を額とし、三座  は目、四座は鼻と、人身の種にたとえ託して第一〇座膀に終わる。ただし記憶の術は、目を閉じて黙観する  のみなり、この物見知りは、目を開き見るうちに、一物二種という簡法あり。これ物を見知る秘伝なり。         一物二種  それ諸物の数々あるを一覧して、逐一これをつまびらかに認めんとすることよろしからず。たとえ認めたり とも、やがては紛るるなり。ここをもつて見知るべき物を二色に極むべし。もはや三、四色に及べば必ず忘れ やすし。その物数は幾品ありとも、ただ二色を目印とす。これを一物二種という。その二色は、大じるし小じ るしなり。たとえば海上に同じようなる船あまたあり、陸には同じようなる騎馬あまたあり。ただし船には船 じるし馬には馬じるしあり。これ大じるしなり。その大じるしのうちにて自分の心覚えなれば、舟にては幕の ぼりの類、馬にては手綱、鞍︵くら︶、鐙︵あぶみ︶の類にて、いずれなりとも一色に見知りを付ける、これを小じ       95       2 るしという。その小印は、舟は幾艘ありともあるいは幕ときめ、馬は何足ありともあるいは手綱ときめる類を

参照

関連したドキュメント

噸狂歌の本質に基く視点としては小それが短歌形式をとる韻文であることが第一であるP三十一文字(原則として音節と対応する)を基本としへ内部が五七・五七七という文字(音節)数を持つ定形詩である。そ

Matsui 2006, Text D)が Ch/U 7214

ら。 自信がついたのと、新しい発見があった 空欄 あんまり… 近いから。

個別の事情等もあり提出を断念したケースがある。また、提案書を提出はしたものの、ニ

○齋藤部会長 ありがとうございました。..

○柳会長

○安井会長 ありがとうございました。.

学側からより、たくさんの情報 提供してほしいなあと感じて います。講議 まま に関して、うるさ すぎる学生、講議 まま