C A N C E R 13 (2004), p.25-28
京都府海岸で獲れたイセ工ビの記録
本 尾
は じ め に イ セ エ ピ は 岩 礁 域 に 生 息 す る 南 方 系 の エ ピ で,わが国では福島県から (渡遺 ・佐藤, 2000, 2001) 九 州 に か け て の 太 平 洋 岸 に 分 布 し て お り,通常日本海には生息していないといわれてき た (三 宅, 1982; 関口, 1988, 1997) . ただし, 島根県では時折漁獲されたらしく,数個体の標 本 も 残 っている (田中, 1950; 林,私信) . そし て,七尾湾( 石川県) で獲れたという古い報告 (徳 久, 1914) が北限の記録とな っていたが,最近, 新潟県の出雲崎海岸でも捕獲された( 本間 ・青柳, 2004) . 今回,京都府舞鶴市沖で1尾が刺網で漁獲され た. これは中部日本海では大変まれな事例である と思われるのでその概要を以下に報告する.結果 と考察
漁獲があ ったのは平成15 (2003)年6
月10日であ る. 場所は京都府北部に位置する舞鶴市の沖に浮 かぶ小さな無人島「毛島J
の南東端の水深約1 0 m の岩礁域である. 漁獲したのは田井漁業協 同組合 に所属する漁業者橘 幸弘氏である. 問題のエピ は当日早朝,橘氏が刺網を揚げていて,それに羅 っ ていた1尾の “イセエピ" である. さて ,以上の経緯が筆者に知らされたのは6
月
18日のことで,府立海洋センターの角田孝一海洋 調査部長によってもたらされた. そこで,漁獲の 経緯そして何よりも“イセエピ" そのものを入手 して事実を確認すべく,筆者は当夜早速,橘氏に 電話をいれた その結果は次のとおりであ った. 漁獲した時はまだエピは生きており,“イセエHiroshi
M o叩 H:A
record of a
Japanese spiny lo
b-ster
Panulirus japonicus
caught off the coast of
Kyoto Prefecture
,Sea
ofJapan
洋
ピ" の漁獲は珍しか ったので,その日は船の生け 費に生かしておいた. そして翌日 ,エピを同じ舞 鶴市内で居酒屋「じんベー」を営む中塚圭介氏に 譲渡した,とのことだ、った . そこで中塚氏に電話 すると「確かに入手した. それを焼きエピにして 食べたらとても美味かった. エピは捨てた.J
と の応えが返ってきた. 証拠物件として,i
それで も何か残 っていないかJ
との当方の執劫に食い下 がる質問に,i
殻は捨てたが“ヒゲ" は残しである」 とのこと 藁をもつかむ思いで,後日それを確か めるためにご自宅に伺い,ようやく入手出来た次 第である. 以上のことから,イセエピそのものを手に入れ てサイズ,雌雄そして何よりもイセエピであるこ との確認のための“完全個体" の取得は出来なかっ た し か し , 残 さ れ た 写 真 (図1,2 ) やヒゲ即 ち大触角鞭状音IS (図3 ) の様子から,それは成体 のイセエピ類(Panulirus)
であることは間違いな いと判断された. なお , このイセエピ捕獲に関す る地元の新聞そのほかのマスコミによる報道は一 切な かった . さて,問題はイセエピ属であるにしても,はた してそれが本当にイセエピ(Panulirus japonicus)
か, と い う こ と で あ る . 三 宅 (1982) に よ れ ば, 日本にはイセエピの他にケブカイセエピ (phomarus)
,シマイセエピ(p.
peniclillatus)
,ニシ キエピ(P.ornatus)
,ゴシキエピ(P.versicolor)
, カノ コイセエピ(P.longipes)
がいる. これら5
種 は沖縄諸島を中心に分布しており,茨城県 九州 の太平洋岸にかけて生息する イセ エピより遁かに 南方域にいることは明らかである. このような分 布生態や入手したカラー写真の様子から,今回の エピはイセエピであると判断した . なお,写真を 注視すると,腹肢がやや小 さい,エピの第3
歩脚 の基部に生殖孔のような“点" が見えず,かつ第26
京都府海岸で獲れたイセエピの記録 図1 イセエビと漁獲者の橘 幸弘氏一 一
一. - 、一ー -ー-ー一
図2 生きていてタモ網にしがみつくイセエビ本 尾 洋 27 図3 1対の大触角鞭状部 5 歩脚指節が鉛脚様でなく棒状であることから, この個体は未確認ながら成体雄であったと判断し ている. ところで近年,京都府近海で“イセエピ" の漁 獲例が相次いで聞かれる. 舞館市で漁業を営む北 村実氏によれば, 2000年10月頃 (場所は舞鶴湾の 西湾吉田,水深7 m の泥場) と 2001年10月26 日 (同 所,水深1 4 m) にそれぞれ 1 尾の漁獲があった. 前者は1000円 ぐらいの値がついたのに対して,後 者は体重
1kg
の大きなエピで,京都府漁業協同 組合連合会の舞鶴市場に出荷して3600円の競り値 が付いたという. この大型エピについては,これ も漁獲後, 10数日を経て当方に第 3 者から通報が あった. そこで筆者は当時急いで追跡した結果, エピは舞鶴市内の寿司屋に買い取られたことが 判 った しかし,この場合も実物は処分済みで個 体の入手は不可能で、あった. なお,後日上記舞鶴 市場の 当 日の仕切台帳を,同連合会を通じて取り 寄せて 1 1 尾3600円」との記録を確認している . さらに北村氏によると,約20年前 (パフ令ル前の好 景気の頃とのことだが ・・・ ) にも 1 尾漁獲した 由 (値段は何と7000 円! ). これら 3 尾はいずれ もほぼ同じ場所での漁獲であったのが不思議だ, と同氏は述懐していた . さらに,京都府の伊根漁業協同組合の漁業者前 田正弘氏が1998年の 2 月か 3 月の 頃,刺網で京都 府伊根町沖の通称“しまぐり" と呼ばれる36- 37 尋水深の岩礁域でイセエピ2 尾を漁獲したそうで ある (本人の話). これも後日談として 筆者 に知 らされており,実物の確認は出来ていない. 近 年 , 京 都 府 沖 合 で 南 方 系 の カ ニ で あ る カ ラッパ2
種が相次いで刺網に羅っている (本尾, 1999; 本尾ら, 2001; 本尾 ・豊田, 2003). 関連し て,近年ガザ ミよりも南方系のタイワンガザ ミの 漁獲数が相対的に多くな ってきている( 宮津市在 住の刺網漁業者飯尾昭治氏,私信). さらに,宮 津湾では従来見かけなかったと 言われるトゲシャコ
(H a
ゆiosquilla ha
ゆax)
が普通に漁獲されて市 場に 出回っている (本尾,未発表)• かつて, 日本海 (烏根県,福井県,京都府) へ は,たびたびイセエピの移植放流が行われ,その 後の漁獲試験も行われた (河今, 1915; 福井県水 産試験場, 1930, 1935; 京都府立海洋センター, 1987) . しかし,イセエビ幼生は,厳冬季低水温 の日本海では生存不可能と推測されているので (関口, 1997; 森永・ 吉村, 2002),増殖はみられ ていない. 一方,沿岸水温の僅かな上昇 (本尾ら, 2001)28 京都府海岸で獲れたイセエピの記録 が これら南方系 甲殻 類,殊にそれらの幼生類の生 存 を 可能にしている のかも 知 れない . 今 後 もイセ エピを含 む これら南方系 の大型 甲殻 類の漁 獲 動向 を, 日本海の海洋環 境 の 変動 と生物分布 の関連か ら,注視してい きたい
謝 辞
筆 者 の 質 問 に 答 え て 下 さ っ た エ ピ 漁 獲 者 の 橘 幸 弘 氏,大触角 の譲渡を快諾さ れた中塚 圭 介氏, 写真を恵与いた だいた 田井 漁協 の倉 内智 史氏,そ して情報 を提 供 して下さった海洋セ ンター の角田 孝一部長に感謝し ます. 山陰海域での イセ エビ採捕記録などについ て教 えて下さった 下 関水 産大学校教授林 健一博士に お礼を申し上げ ます. 日本海でのイセエピ採補に係る情報や関連 文献 を教示して下さり,かつ本稿を校閲して頂いた新 潟大学名誉教授本間義治博士に 心 からお礼 を申 し 上 げ ます.引用文献
福井県水産試験場, 1930. 伊勢蝦移植試験( 大正 14年 度) . 福井県水産試験場事業報告, 1: 27-28 福井県水産試験場, 1935 伊勢蝦移植試験成績. 福井 県水産試験場事業報告, 7: 25-26. 本間義治 ・青柳 彰,2004. 出雲崎海岸 (新潟県) で 獲れたイセエピの記録. 柏崎市立博物館館報, 18: 1-6. 河今徳丸, 1915 島根県に龍蝦の移植. 水産研究誌, 10: 208-211. 京都府立海洋センター ,1987 増養殖部門. 京都府立 海洋センター創立88周年記念誌, 82-83 三宅貞祥,1982. 原色日本大型甲殻類図鑑 1 . 保育社, 大阪 261 pp 本尾i
羊, 1999 京都府沿岸で採集されたメガネカラ ッ ノTと トラフカラ ッパ. Cancer, 8: 35-38. 本 尾 洋 ・豊田幸詞 ,2003. 京都府沿岸のカニ類 の と海洋ふれあいセンター研究報告, 9: 39-54. 本尾 洋・豊田幸詞 ・後藤和也,2001. 再び京都府沿 岸で採集されたメガネカラッパと トラフカラ ッパ. 新潟生物教育研究会誌, 36: 45-49. 森永健司・吉 村 拓, 2∞
2. イセエピ属フイロゾー マ幼生 出現域の海洋環境. 月 刊 海洋,号外, 31: 135-145.関 口 秀 夫,1988. イセエピPanulirus japonicus (von
Siebold)の地理分布をめぐって水産海洋研究会報, 52: 160-168. 関口秀夫, 1997 イセエピ類の生活史 63 一生物地理 (25),海洋と生物, 19: 54-60. 田中市郎,1950 珍魚の誉萩文化協会,62pp 徳久三種,1914. 龍蝦を七尾湾に得たり. 水産研究誌, 9: 41.