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■特集 — Everyday Things の認知科学

研究論文

モノをつくることを通した主体の可視化:

コスプレファンダムのフィールドワークを通して

松浦 李恵・岡部 大介 

This paper analyzes the relationship between agencies and artifacts represented in ethnographic case studies of ten female informants aged 20–25 participating in the cos-play community. Coscos-play is a female-dominated niche subculture of extreme fans and mavens, who are devoted to dressing up as characters from manga, games, and anime. “Cosplayers” are highly conscious of quality standards for costumes, makeup, and ac-cessories. Cosplay events and dedicated SNSs for cosplayers are a valuable venue for exchanging information about costume making. First we frame this work as an effort to think about their agencies using the concept of hybrid collective and activity theory. Then we share an overview of cosplay culture in Japan and our methodologies based on interviews and fieldwork. Using SCAT (Otani, 2011) methodology, we group our find-ings in two different categories: (1) Cosplayers’ agencies and relationships with others mediated by usage of particular artifacts, (2) Cosplayers agencies visualized through socio-artificial scaffolding and collective achievement. We conclude that cosplayers are producing and standardizing available artifacts for their cosplay objects, and in doing so, they are designing their agencies. We consider that the activities like them are one appearance we can observe in the other our mundane communities not apply only to cosplay one. Not only to cosplay, however we consider that these kinds of activities apply to other mundane communities.

Keywords: cosplay(コスプレ), agency(主体性), fieldwork(フィールドワーク), hybrid collectives(ハイブリッドな集合体), scaffolding(足場掛け)

1.

は じ め に

本研究では「コスチュームをつくり,着る」遊び である「コスプレ(コスチューム・プレイ)」を行う ひとびとの主体性(エージェンシー)が,どのよう に,布,小道具の材料,ウィッグ,メイク道具,カ メラ,画像加工ソフト,オンラインのSNSなどと いった様々な人工物との関係において達成されてい るかを分析対象とする.本論が対象とするコスプレ を行う女性は,みずからを「コスプレイヤー」また

Making Agencies Visible Through Costume Making and Artifacts: An Ethnographic Study of Cosplay Fandom, by Rie Matsuura (Tokyo City University, Graduate School of Environmental and Information Studies), and Daisuke Okabe (Tokyo City University, Faculty of Informatics). は「レイヤー」と呼ぶ.後で詳しく見ていくが,コ スプレという文化実践において興味深いことは,彼 女らが,特定の人工物に,彼女ら特有の意味や価値 を見出し,彼女ら特有の日常世界の見えを構築する 点である.彼女らはしばしば,市販のモノと対峙し た際,取扱説明に記載されている「本来の」使用方 法とは異なる方略でそれらをコスプレに用いたり, 加工可能性を見出す.本研究が目指すことは,この ようなコスプレという趣味的な活動に関わる動機や 欲求といった主体的な事柄が,人工物とともにある 点を,コスプレイヤーの実践を通して特徴的に示す ことである. コスプレイヤーに限らず,日常生活における私た ちの行為の動機や欲求といった主体的な事柄は,人 工物とともにあると言える.例えば,80年代から

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90年代にかけて「ウォークマン」に代表される人 工物が,ひとびとの公共空間での行動様式を大きく 変えた(du Guy, 1997)ように.または,土橋・上 野(2006)が示すように,iPodやiTunesとともに, 音楽の売買や検索といった私たちの経験が再編され たように.Norman (2007)もまた,日常的な自動 車の運転における行為主体が,アクセルやブレー キ,クルーズコントロール(セットした速度を維持 する機能),速度計といったモノとの関係の中にあ ると論じる. 私たちの主体的な事柄の達成と人工物との関係に ついては,さまざまな知見が積み重ねられてきてお り,例えばSuchman (1987)は,主体性を人間と非 人間とで構成されたネットワークの中で関係的にの み存在するものと定式化している.Callon (2004) も同様に,アクターネットワーク論の立場から,さ まざまな道具やルール,制度と結びついた効果とし て,私たちの主体が形成されるとする「ハイブリッ ドな集合体」という観点を提唱している.このこ とを,Latour (1987)によるコダック・カメラの開 発に関する記述を通して見ておきたい.コダック・ カメラは,写真を撮るという行為を一般のアマチュ アにも開いた技術であった.ただしこれらは,カメ ラという技術だけで可能になったわけではない.む しろ「安価で簡便なフィルム」と,現像や焼き付け を請け負うイーストマン工場をはじめとする「コ ダック社のサービス網」が重要であった.土橋・上 野(2006)も述べるように,これらのおかげで「6 歳から96歳までのアマチュア写真家」という新た な集団が創出され,写真を撮るという欲求や思考が 人々の生活に定着したのである. このような一連の議論に通底する見方は,人が活 動の中で何を求め,考え,感じるかといった主体性 のあり方が,人工物や技術,そして制度やコミュニ ティの特徴といった社会的な事柄に依拠するという ものである.私たちの行為をコントロールする仕組 みの記述単位を,個人から社会,技術,人工物の布 置へと拡張する議論だとも言えるだろう.ただしこ のことは,人間が一定の能力を持つ行為の主体であ ることを否定することではない(土橋・上野, 2006). 本論では,青山(2012)が詳細な検討を通して述べ ているように,主体を固定的な何かとしてとらえる のではなく,人間とモノとの関係のあり方によって, その都度ダイナミックに生成され,変化していくも のであると見る. これまで示してきたような観点は,本研究で対象 とする趣味活動の実践においても確認できる.コ スプレイヤーたちは,各々,自由意志で好きな趣味 を好きなように行っていると述べる.コスプレを通 して金銭を得ている者はほとんどいない.彼女ら自 身,社会的にはあまり役に立たないと自嘲的に語り ながら,あくまで趣味活動として,自らの楽しみの ために,好きなようにコスプレするキャラクターを 選択し,コスチュームを製作し,市販の商品を加工 し,メイクを施し,イベントに参加しているように 見える.しかし「ハイブリッドな集合体」の観点か ら見ると,彼女らの主体性は,モノとの関係の中で 意図せぬうちに一定の制約をうけている.ただしこ れと同時に,彼女らはモノとのハイブリッドの中で 新しい主体性を獲得していく.本研究においては, このダイナミズムについて具体的なインタビューと 観察データに基づいて例証していきたい. 主体性の達成に人工物が果たす役割については, 理論的な検討が重ねられてきているが,その具体的 な事例からの理解という点ではいまだ知見が十分と は言えないと考える.その理由のひとつに,日常的 な人工物と主体の関係を検討対象とすることの難し さがあげられる.有元・岡部(2013)も指摘するよ うに,日常は空気のように当たり前で身近であり, かえってその成り立ちの仕組みを隠してしまう.私 たち主体が,いかに身の周りの人工物との関係を通 して達成されているかということは,あまりに身近 だと見えにくい.また,土倉(2010)に従えば,人 工物を用いた活動が主として個人と対象物との関係 に収斂していると,第三者はその実践を記述しにく い.一方,複数のひとびととのインタラクションを 通した活動の場合,焦点があたっていることが調査 者にも見えやすい.こうした議論を受けて,本研究 では,一見奇異で特異に見え,かつ,人工物が横溢 する社会文化的なフィールドであるコスプレファン ダムの実践に焦点をあてる(ファンダムとは,アニ メ,漫画,スポーツなどの熱心なファンによって形 成された趣味のコミュニティや文化のこと).その 上で,コスプレイヤーどうしのインタラクションの 場において得られたモノへの意味付けのやりとりを 中心に検討していく. 以下では,(1)道具的,社会的,歴史的なサイボー グ体という観点や,(2)他者と道具の足場掛けといっ

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た視点などをふまえながら,コスプレイヤーの動機 や欲求といった主体性と物理的なモノとの不可分性 について記述していく.なお後に詳述するように, サイボーグとは「人工物と一体化し,知識・技能を インストールされてできあがった存在」という意味 であり,また足場掛けとは「より能力のある他者が 援助し,実行可能にする工夫」とする.はじめにコ スプレ文化の実践の概要とコスプレをフィールドと した社会学的研究について簡単にまとめ,その後 本研究の方法について紹介する.その上で,インタ ビューや同行調査を通して得られたコスプレイヤー の語りから,彼女たちの主体のマテリアリティ(物 質性)について分析していく.

2.

コスプレ文化

この節では,コスプレという現代的な文化現象を 素描する.コスプレイヤーの多くは高校生から20 代前半の女性である.その人数を正確に捉えること は難しいが,コスプレ専用SNSサイト「Cure」に は,約14万人がコスプレイヤーとしてアカウント 登録をしている(ITmedia Inc, 2013).東京都内だ けでも毎週末コスプレイベントが開催されている が,辻(2012)が指摘するように,コスプレという 文化に媒介された集合的な行動は,都市という実空 間のみに規定されて生じているわけではない.大規 模コスプレイベントの会場となる東京ファッション タウン(TFT),晴海客船ターミナル,東京ドームシ ティといった特定の都市空間だけではなく,twitter やコスプレ専用SNSのような情報空間での活動も 重要である. コスプレの活動は複数人で行なわれることが多 く,SNSを通して同じアニメやマンガ作品を愛好 するコスプレイヤーと繋がり,それぞれがコスプレ をしたいキャラクターに扮してイベントや撮影会に 参加する(コスプレイヤーたちは,これを「合わせ」 と呼ぶ).合わせをする上で,作品の主要キャラク ターが男性の場合,女性コスプレイヤーは「男装」 する.そのため,これまでのコスプレをフィールド とした研究では,既存のジェンダー配置をずらし, 置換し,新たな配置を増殖させる「ジェンダー・パ ロディ」に関する研究が蓄積されてきている(例え ば,牛山, 2005など).また,コスプレ活動の中心 を占める洋裁や化粧は,女性文化との親和性が高い ことから,ファッションやコスメを批判する伝統的 なフェミニズムが看過してきた若い女性たちの能動 的な文化運動について分析する研究も興味深い(田 中, 2009). コスプレイヤーたちは,約1∼3ヶ月先のイベン ト日程に向けて,衣装や小物の製作を行う.製作は 1人で行うことが多いが,合わせをする者どうしが 集まって行うこともある.コスプレ用の道具や材料 は,主に100円均一ショップなどの雑貨店,ホーム センター,手芸用品店などで購入することが多い. 事前にインターネットで他のコスプレイヤーの写真 から情報収集し,材料の目星をつけて買い出しに行 くことも少なくない.布はもちろんのこと,ハサミ で加工可能なスポンジ板やプラスチック板,分解し 利用可能な日用品や玩具などが材料として購入され る.キャラクターによって大きく異なるが,装飾の 少ない衣装であれば1着あたり1000∼3000円ほど で製作できる.多くのコスプレイヤーは自前で衣装 や小物を準備するが,近年,コスプレ衣装を販売す る業者も増えている.これらの衣装は「既製品」と 呼ばれ,1着の値段は約1万円からと自作コスプレ 衣装よりも高い.だが,ミシンが使えなかったり, 製作時間がとれない状況にある初心者や社会人のコ スプレイヤーは,この既製品を購入することもある. コスプレイベントは,主催者が商業施設を借りて 告知し,それにコスプレイヤーが参加することで成 り立っている.参加費無料のものもあれば,1000∼ 3000円のイベントもある.また近年では,コスプ レイヤー向けのレンタルスタジオなども登場し,個 人でキャラクターや作品にあった場所を借りたり, また野外で事前にロケハンし撮影を行ったりと,ロ ケーションにこだわる撮影会も一般化している.コ スプレイベントでは,コスプレイヤーどうしがお互 いを撮影しあいながら交流を楽しんでいる.またイ ベントには「カメコ(カメラ小僧を略したものと言 われる)」と呼ばれるカメラマンも参加している. なお,コスプレイヤーの中には専属のカメラマンと ともに参加しているコスプレイヤーもいる.撮影さ れた写真は,twitterやコスプレ専用SNSで公開さ れる.Photoshopなどの画像編集ソフトを用いてシ ミやシワなどが消され,よりキャラクターや漫画, アニメの世界観に近づけられるよう加工が施され る.田中(2012)は,衣装というモノがコスプレイ ヤーにとっての作品であると同時に,撮影され加工 された写真もまた作品であると述べる.その上で,

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こうしたモノをつくる活動を通して,ポピュラー文 化の消費者から「文化の実践者」へと移行していく ことに着目する.Jenkins (1992)や岡部(2008)も 指摘するように,コスプレイヤーたちは,与えられ たメディア・テクストをただ無抵抗に受容し,消費 するのではなく,意味を生産していく存在であると いえよう. SNSと同様にコスプレイヤーが参照するメディ アとして,1995年から出版され始めたコスプレ専 門雑誌の変遷にも言及しておきたい.例えば,『電撃

Layers』Vol.1 (2003年9月)や,『COSMODE』5

号(2004年4月)を見ると,衣装のつくり方や小物 の造形技術,ダイエット方法といった事柄が紹介さ れている.そのおよそ10年後に刊行された『 COS-MODE』44号∼53号(2012年2月∼2013年8月) では,全国のスタジオやロケーションスポット,カ ラーコンタクトの比較といった新しい道具を紹介す る記事や,スマートフォンのレタッチアプリやパソ コンの写真加工ソフトの紹介,一眼レフの扱い方, 型紙の付録などといった,より豊富なモノづくりに 関する記事で構成されている.また,2003年の雑 誌ではウィッグの広告が半ページしかなかったが, 2013年では15ページにも拡大し,コスプレイヤー が利用可能な人工物が大きく変化したことがうかが える.

3.

方 法

本節では,コスプレイヤーへのインタビュー実施 方法(3.1),同行調査の概要(3.2),分析手続き(3.3) について説明を行う.加藤・有元(2001)が指摘する ように,人工物が,実践のどのような場面でどのよ うに使用され,それがどのような意味を持つかは, 人工物それ自体の内にはない.それはその使用を文 化的実践とするコミュニティの成員の間で共有され ている.したがって,コスプレファンダムにおける 人工物の意味を理解するには,可能な限り彼女らの 文化的実践に参加し,実際に人工物との相互作用を 観察することが必要となる. そこで本研究では,彼女らの日常的な実践を質的 に観察するために,同行調査やインタビューなどの フィールドワークの手法を用いた.フィールドワー クの方法については,Clifford (1996)や藤田・北村 (2013),牛山(2005)を参考にしている.参与観察 の時の調査メモ,また,調査協力者とのメールのや 表1 インタビュー調査協力者の属性 ID 年齢 性別 所属 活動年数 info. 1 22 女 大学生 4年 info. 2 22 女 大学生 4年 info. 3 22 女 大学院生 6年 info. 4 25 女 社会人 6年 info. 5 21 女 専門学校学生 3年 info. 6 22 女 大学生 8年 info. 7 22 女 大学生 6年 info. 8 20 女 大学生 1年 info. 9 23 女 大学院生 8年 info.10 20 女 大学生 8年 info.11 不明 男 社会人 ― りとりもデータに含める.分析方法は,大谷(2008)

のSCAT (Steps for Coding and Theorization)を 援用する. 3.1 インタビューの実施方法 関東在住で,コスプレイヤーとしてイベントに参 加したり,コスプレ写真集やCD-ROMを製作販売 している学生9名,社会人女性1名,社会人のカ メラマン男性1名を対象に,イベント時の同行調 査とインタビューを行った(表1).了解が得られ た場合は,衣装や小物を製作するための買い物にも 同行している.コスプレイヤーは女性が大半を占め るため,本稿では調査協力者のほとんどを女性とし た.調査期間は2011年4月から2013年7月であ る.なお,年齢と所属はインタビュー実施当時のも のである. 調査協力者は,info.1とinfo.4を始点として,ス ノーボールサンプリングにより選定された.コス プレファンダムは閉鎖的な文化であるため,知り合 い伝手にサンプリングするしかない.このようなサ ンプリング方法を選択することそれ自体が,この文 化の特徴を示していると言える.なお,コスプレ活 動歴が長く実施頻度が高い協力者(たとえばinfo.7 は,6年間で166回コスプレイベントに参加して いる),また,コスプレの写真集やCD-ROMを自 作し販売している者(info.4,info.5,info.11)から, 活動1年未満の初心者(info.8)までを対象としてい

る.info.11はカメラマンとしてコスプレイヤーの

写真撮影を行っている男性である.なお,活動年数 は,コスプレイベントに初めて参加した年齢を起点 として報告してもらった.

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インタビュー調査の際,彼女らの活動に関わる写 真や衣装,カメラやメイク道具などの具体的な人工 物など,コスプレの際に使用したモノを持参しても らっている. 3.2 同行調査の方法 3.1の表1で示した11人の中で,了解が得られ た8人について,東京都内で開催されたコスプレ イベントに同行させてもらった.観察対象となった イベントには,数万人が集う大規模なものから,2 名で行われた個室での小規模撮影会までが含まれ る.2011年8月から2013年7月の間に,合計7 回,イベントにて同行調査を行なった.また,info.2, info.3, info.10の3人については,コスプレ衣装や 小物を製作するための材料の買い出しや,それら素 材を用いて自宅で製作する場面も参与観察させても らった.同行調査で得られた発話は可能な限りメモ として記録され,インタビューデータとあわせて分 析された. 本論文の第1著者は,17歳から6年間,コスプ レイヤーとして主に東京都内で活動していた.第2 著者は,大学の学園祭で余興的にコスプレを経験し た程度である.第1著者は,インタビューと同行調 査の現場に全て参加している.よって,コスプレと いうファンダムに見られる道具,制度,知識をある 程度熟知した調査者がいる中で観察やインタビュー が進められた.場合によっては,第1著者はコス プレイヤーとしてコスプレのイベントに参加し,調 査協力者と撮影をしながら参与観察を行なった.こ の,いわばインサイダー視点を持つ調査者の存在で, 調査対象者へのアクセスは容易になる.このような 調査者の立場と対象者へのアクセシビリティを通し て,コスプレという文化の特徴が示されるだろう. 3.3 分析手続き 得られたインタビューデータから,トランスクリ プトを作成し,これに観察時のメモや,了解が得ら れた場合は調査協力者からのメールも分析に加え た.「人工物との関係によって,主体性がどのよう に達成されるのか」さらに「新しい技術や人工物の 登場は,主体の活動にどのような影響を及ぼすか」 というリサーチ・クエスチョンを明らかにするため に,インタビューデータのトランスクリプトと観察 メモから,特に衣装や小物,メイク道具,そしてカ メラなど写真加工に関わる具体的な人工物の利用に 関する発話を中心に分析する. 本研究では,大谷(2011)のSCATを用いてト ランスクリプトや観察メモが概念化された.SCAT は,主に観察記録や面接記録など,質的研究のため のデータ分析の手法として知られており,比較的容 易に着手し得る手法としてその有用性が確認されて いる.またSCATは,例えば質問紙における自由 記述欄の分析や,比較的小規模の質的データの分析 にも有効とされている.フォーマルなインタビュー 場面だけではなく,イベント会場や買い物の場面な ど調査協力者の日常的な活動場面で得られた発話の メモ,調査協力者とのメールの文章も分析対象に含 めることが可能である.このようなSCATの特徴 は,本研究にも適していると考える. 本論文では,SCATをデータの大まかな内容を 理解するために用いている.以下において,SCAT で得られた結果の中のいくつかを選択し,その具体 的な事例を紹介しながら分析していく. なお,SCATの手続きは,大谷(2011)に従えば, セグメント化された言語データそれぞれに(1)デー タの中の着目すべき語句,(2)それを言いかえるた めのデータ外の語句,(3)それを説明するための語 句,(4)そこから浮き上がるテーマ・構成概念の順 にコードを考案して付していく4ステップのコー ディングからなる.その上で,テーマや構成概念を 紡いでストーリー・ラインと理論を記述する手続き がとられる.ストーリー・ラインとは,「データに記 述されている出来事に潜在する意味や意義を書き表 したもの」(大谷,2008)と定義される.コーディン グは主に1名の研究者が行い,共著者間でコーディ ング内容を検討して修正を行なった(その結果の一 部を,付録Aの表2に示す).

4.

結果と考察

SCATを用いて,インタビューデータ,観察メモ, メールの文章のデータセットが,どのような概念と して理解可能か,その大枠を理解するためのコー ディングを行った.その上で本論では,人工物との 関係によって,どのように主体性が達成されるのか を具体的に説明するという目的を中心に据えなが ら,複数人の調査協力者の発話から得られた概念と ストーリー・ラインを中心に,事例を提示し,解釈 や考察を加えていきたい.

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以下では,特徴的な事例を紹介しながら,コスプ レに用いられるモノが,いかに,実践に参加する自 分と他者,コミュニティをつないだり,または差異 化のための境界的な人工物となるかについて検討す る(4.1).その上で,コスプレイヤーの製作や造型 に関わる動機や欲求がどのような社会道具的足場掛 けにおいて集合的に達成されるか(4.2)について考 察していく. 4.1 自己と他者をつなぐ道具 インタビューや観察において,コスプレに用いら れるメイク道具,布,ウィッグ,画像加工ソフトと いった人工物についての語りが非常に多く見られ た.経験のあるコスプレイヤーからは,特に,コス プレ道具に関して,現在の状況と以前とを比較し, 述懐も含めて語る場面が見られた.このような場面 にまつわる観察で得られた典型的なエピソードやイ ンタビューデータを事例として提示し,解釈を加え ていく. 以下の4.1.1,4.1.2では,いかに,実践に参加す る自分と他者が,コミュニティをつないだり,また は差異化していくかについて例証していきたい. 4.1.1 コミュニティにおける道具の歴史 日常的な語りと,表出される自己やコミュニティ が強く関連することは,これまでいくつかの研究 で示されている(Becker, 1963; Bucholtz, 1999;岡 部, 2008など).例えばBecker (1963)は,アウト サイダーとみなされるダンス・ミュージシャンたち が「一般的な聴衆向けの演奏」をする他の奏者を 「スクエアな(真面目で古臭い)やつら」と呼び,自 集団と他集団を区別する様子を描いている.また岡 部(2008)も「腐女子」と自嘲ぎみに自称する女性 のオタクたちが,腐女子コミュニティ特有の語り口 によって,コミュニティ内の他者とのコミュニケー ションが可能になっていることを示している. 岡部(2008)も述べるように,日常的な語りとは, コミュニティ間の境界を組織化する実践であり,自 己を可視化する状況的な実践であることが上記のよ うな研究から見て取れる.ただし,語り口だけが, コミュニティ間の境界,または自分と他者をつない だり,両者の差異を示したりするわけではない.具 体的な人工物もまた,コスプレの実践に参加する者 どうしをつなぐ「よすが」となる.以下の2つの事 例は,同行調査時に得られたメモから抜粋したもの である.イベント会場やイベント後の集まり(「ア フター」と呼ばれる)では,コスプレイヤーどうし で以前のウィッグや衣装製作にまつわるエピソード や,現在,そして以前のコスプレに関する道具につ いて言及されることが極めて多い. [事例1] 観察メモ コスプレに必須のウィッグのメーカーは,2000 年代前半は2∼3社ほどしか存在しなく,高価で 品質が悪く,色形のバリエーションも少なかっ た.選択肢の少ない非耐熱ウィッグに「コピッ ク」(主に,マンガやイラストの彩色に使われ るアルコールマーカー)で色を塗り,何とか似 せようとしたが,キャラクターにはほど遠いも のだった.2000年代後半は,美容師がセットし たウィッグも比較的安く購入できるようになり, コスプレ衣装専用の型紙が雑誌付録になる.オ カダヤ(大手手芸用品店)のウェブサイトでは コスプレのための布選びのノウハウが提示され ている.安価で気軽に質の高いコスプレができ るようになると,衣装製作やウィッグセットに こだわりを見せることでコスプレイヤーは満足 を得ようとする(info.7). [事例2] 観察メモ 画像編集ソフトを使うようになると,コスプレ 写真の被写体の輪郭を変え,ホクロとニキビを 消し,美肌にし,鼻を小さくするなど整形を施 し,良質な写真をつくり上げられるようになっ た.あとで加工による整形をすることをふまえ て,メイクや衣装製作,写真撮影を行うように なった(info.3). 上記事例に見られるように,コスプレイヤーどう しの会話には,コスプレに関わるモノの歴史的な変 遷や,「ウィッグをコピックで塗るが…ほど遠いもの だった」(info.7)と自嘲的に述懐する語りが数多く 含まれる.そして,相対的に乏しい道具的環境の中 でコスプレを行っていた「以前」に比べて,「こだわ りを見せる」面が変化したことや,「画像加工によ る整形」などを踏まえて活動する「現在」について 言及される場面がしばしば観察された. 有元・岡部(2013)は,主体を,皮膚の外の世界の

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人工物と一体化し,知識・技能をインストールされ てできあがった「文化歴史的なサイボーグ」として 捉え直している.これを受けて青山(2012)も,主 体は固定的な何かではなく,モノの関係のあり方の 変化によって,ダイナミックにその都度生成される ものであると述べる.このように見てくると,主体 性を歴史的に理解する活動とは,ひとびとの活動を メタ的に記述する調査者のみに特権的なことでは ないようだ.コスプレイヤーたちもまた,ローカル に,コスプレに関するモノの歴史性に言及し,モノ の変遷を共有することを通して,自分と他者,そし てコミュニティをつなぐ活動を行う存在である.主 体が固定的なものではないように,コスプレイヤー にとってのモノもまた,常に変化し続ける歴史性の ただなかにあり,その実践に参加する者どうしをつ ないでいると言えよう. 4.1.2 他コミュニティにおける道具利用との関係 ある特定のメイク,衣装や小物の製作技法などを 知名度の高いコスプレイヤーがウェブで紹介したり すると,多くのコスプレイヤーがその技法を模倣す ることがしばしば生じる.以下にインタビューデー タとともに詳しく見ていくが,コスプレファンダム における流行があり,ある瞬間に新しい技術や方略, 加工可能性の高いモノなどがSNSなどを介して拡 散すると,それまで用いていたモノ・コトの価値が 大きく揺らぐ.コスプレイヤーの意識はそれまでと は異なる方を向き,製作やメイク,ポージングなど で「注力するところ」に関する行為の動機が変化す る.やがてそのモノ・コトに向かう動機が「当たり 前のもの」となり,新たな方略がコスプレファンダ ムの中で拡大する.コスプレイヤーの用いる人工物 と主体性の達成について議論する際,この循環は興 味深い. ただし,コスプレイヤーによるモノの歴史性に関 する対話は,同質性の確認につながるものばかりで はない.以下の事例を見てみたい. なお,筆者らの発話は---で示し,( )は筆者ら が補完した内容である(以下同). [事例3] インタビューデータ info.6:『(小悪魔)ageha』(「ギャル」向けの雑誌) がはやって,つけまつげやカラコン(カラーコ ンタクト)をつけて,ひたすら濃く顔を盛るこ とがコスプレイヤーでも一般化したんです.(…) 『(小悪魔)ageha』はギャル雑誌なのに,オタク 的趣味としてのコスプレが取り上げられるように なったんです.でも,経験のあるコスプレイヤー はギャルから離れて,スタジオでの(撮影)活動 に行くことに. 上記事例の発話では,コスプレイヤーを「オタク」 という社会的カテゴリとし,ストリート文化から生 まれた「ギャル」という社会的カテゴリと対比して 捉えている.コスプレイヤーがコスプレの時に用い るつけまつげやカラーコンタクトといったモノは, ギャル文化から派生したと調査協力者は述べる.他 の調査協力者も「100均(100円均一ショップ)の つけまつげは革命的でした」(info.3)と,何重もの つけまつげや濃いメイクなどで「盛る」スタイル の流行について言及していた.コスプレイヤーは, ギャル文化を形成する上で重要なモノをコスプレに 援用した.ただし,ギャル雑誌のモデルがアニメ等 のキャラクターの衣装をまとい,コスプレを行って いる記事が掲載されると,コスプレファンダムにオ タク以外のコスプレイヤーが参与することになる. 『小悪魔ageha』(2010 年11月号)を見ると, 「アキバには通わなくても同人誌には興味なくても」 「age嬢で真性ヲタ」(ヲタはオタクの意味)という 見出しとともに記事が掲載されている.このように, コスプレは「オタク」であるコスプレイヤーのもの だけではなくなり,4.1.1で確認したように,衣装 やウィッグの価格が下がったこともうけ,コスプレ イヤーの人口が爆発的に増えてコスプレイベントが 混み始めるようになる.こうなるとinfo.6のような (コスプレを8年間続けている)古参のコスプレイ ヤーたちは,布の選択や小物の製作にさらに注力す るようになったと述べる.以下にそのインタビュー 事例を示す. [事例4] インタビューデータ info.6: レイヤーが自作して,どの布を使う,どの 装飾品を使うとか凝ってつくり始めたのはこれ (『小悪魔ageha』)がきっかけだったんだと思 います.その後ボカロ(vocaloidというデジタル キャラクター)に流れましたが,衣装勝負って感 じでレイヤー全体の衣装クオリティがあがった.

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コスプレに用いる道具が安価で身近なものになり, ギャルのような「外」のひとびとがコスプレファン ダムに近接してくると,古参のコスプレイヤーたち は,さらに徹底したキャラクターの具現化に対する 欲求が高まり,新参のコスプレイヤーと差異化を図 ろうとする動機が生まれる(例えばinfo.1が「眉毛 は全部剃って,ウィッグと同じ色で描く.男装の場 合は目と眉毛の間を極端に近づけるのも当たり前.」 と述べるように).このように,コスプレイヤーの 動機といった主体的な事柄は,ある特定のファンダ ムの内側だけの道具的歴史的環境によって達成され るわけではない.コスプレイヤーが用いているのと 同じモノが,近接するコミュニティにおいてどのよ うに意味付けられ,使用されるかによっても,コス プレイヤーの主体的な事柄は構成される. 古くからコスプレファンダムに参加し,衣装や小 物の製作が現在よりも困難であった時代を経験し たコスプレイヤーは,他者よりも優れたモノのつ くりこみを行い差異化することこそが,「キャラク ターへの愛情表現」であると異口同音にこたえる. また,経験年数の浅いinfo.8も,コスプレを行う のは,「キャラへの愛のため」と語る.有元・岡部 (2013)も述べるように衣装や小物やメイクといった モノのつくりこみという具体的で物質的で手続き的 な事柄が,「愛の表現」というエモーショナルで抽象 度の高い事象の下支えになっている点が興味深い. コスプレファンダムに付随する優越感,または他 者より高いクオリティで臨もうとする動機,こう いった主体的な事柄についても同様である.これら は,人工物の利用を通して達成される.人工物をど のように扱うか,という手続き的にも見えることの 集合が,コスプレイヤーのエモーショナルな側面と 不可分であることが興味深い.このことは,ウィッ グや衣装の品質があがり,安価で身近になったこと に加え,コスプレの行為可能性を拡張するメイク道 具を活動に取り込み,その利用方略を再編し続ける 文化的土壌があって初めて実現する事柄であると考 える. 4.2 道具の可視/不可視と主体性 本節でも同様に,典型的なインタビュー事例を紹 介しながら,4.1で示したような社会道具的な主体 は,どのようにコスプレのモノづくりのクオリティ を高めていくか(4.2.1),コスプレイヤーが日常的 な商品をどのようにコスプレの道具として再定義し ていくか(4.2.2),製作過程の標準化が何をもたら すか(4.2.3)についてそれぞれ例証していきたい. 4.2.1 社会道具的足場掛けと主体性 ウェブの活用はコスプレイヤーにとって非常に重 要である.多くのコスプレイヤーが,専用のSNS や個人ブログなどに写真を投稿し,そのIDやURL をコスプレ用の名刺に印字している.彼女らはデー タのアーカイブのみにウェブを利用しているわけで はない.製作するコスチュームが決まると,多くの コスプレイヤーはウェブで他のコスプレイヤーの画 像を検索し,どのような方略で製作していくかにつ いておおまかな計画をたてることが一般的である. また,製作過程の詳しい説明が写真とともに個人の ウェブサイトやブログ,またはSNSに掲載されて いることも珍しくない. このように,コスプレ文化においては,コスチュー ムを製作する際,ネット上の写真を見て参考にする ことが一般的になっている.しかも,SNSはそれ を支援するために,皆が閲覧し参考にすることを前 提につくられているように見える.つまり,写真を アップする人は他者に自分の写真を参考にしてもら うことを期待している.このようなSNSなどを媒 介物とし,そこにアーカイブされている写真を「足 場」として利用しながら,コスプレイヤーたちはお 互いにやり取りをし,自分ひとりではできないこと を達成している.つまり,ウェブから情報を得て, いわば集合的にコスチュームの製作を行う主体の活 動は,パソコンやスマートフォンやデジタル一眼レ フカメラの普及,インターネットというインフラ, そしてコスプレ画像のアーカイブに特化したSNS があることを前提としている.このやり取りを含ん だシステム全体あるいは活動全体を社会道具的なス キャフォールディングと見なすことができるだろう. スキャフォールディングとは,ひとりではできない 課題を,仲間や先生など,より能力のある他者が援 助し,実行可能にする工夫のことである(有元・岡 部, 2013).以下に,具体的なコスプレイヤーとの 対話を見てみよう. [事例5] インタビューデータ ---(SNSに投稿した写真へのアクセス数が)980 はすごいですね.

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info.4: これは『⃝⃝』(アニメのタイトル)の尻尾 をつくった人が当時いなくて,衣装の参考にみん な見ていたんですよね.尻尾があると. --- 848(アクセス)もすごいね. info.4: これはその3000枚くらいしか売れてない ゲームなんですけど,マイナーだからすごい.好 きな人が何度もみてくれるのはありますね.衣装 をつくろうと思っても参考写真がないので,私の を見るみたいな. [事例5]のインタビューは,info.4のコスプレ 写真をアーカイビングしたSNSのページを閲覧し ながら行われている.上記に示したように,コスプ レイヤーは衣装製作前に他のコスプレイヤーの写 真を閲覧し,参考にする.info.4がコスプレを行っ たキャラクターの特徴は,大きな妖怪の尻尾を複数 持つことであり,その製作は当然時間的にも経済的 にも難しい.そのような衣装を製作したため,他の コスプレイヤーに参考写真として閲覧される機会 が増えたのだろうと述べている.あまり一般に人気 がなく,ウェブ上にアップロードされているコスプ レ写真が稀少である作品も同様に価値のある写真と なる.このようにして,コスプレイヤーたちは,相 互にコスプレ専用SNSにタグとともに集積された コスプレ写真から,どのような素材を使い,どのよ うな技法で製作・造型しているのかを読み取ろうと する. コスプレ専用SNSの「コスプレイヤーズアーカ イブ」は2006年から,「Cure」は2001年8月から サービスを開始している.コスプレ専用SNSが普 及する以前のコスプレイヤーの質が低いように見 えるとしたら,それは,彼女ら自身の無能力として ではなく,特定の社会道具的な足場掛けによる集合 的達成の効果として把握されねばならないだろう. 膨大なコスプレ写真の中から関連する画像を検索し たり,他のコスプレイヤーとの容易なコミュニケー ションを下支えするというような,相互的な支援を 目的として利用するSNSの存在,つまり社会道具 的な足場掛けがある状況,これとコスプレイヤーの 主体性を切り離して考えることはできない.経験の あるコスプレイヤーの技術を参考にし,模倣したい という欲求,または,他のコスプレイヤーと同様ま たはそれ以上の水準でコスチュームを製作したいと いう欲求,そして自身のコスプレ画像を加工してオ ンラインにアップロードしたいという欲求,これら は,この足場掛けの中でしか生起しようがない. 4.2.2 モノの再発見と主体性 田中(2009)も述べるように,コスプレのフィー ルドには,素人には分からない様々な知識と技術が 集積されている.そこには細部まで繊細なこだわり があり,二次元のものを三次元におこすための特殊 な技術が必要とされる.さらには,その衣装や小物 の製作・造型を可能な限り安価に実現することに強 くこだわり,100円均一ショップをはじめとする雑 貨屋やホームセンターなどで加工可能な商品を探 し,組み合わせ,様々な細工を施していく.info.3 も,「コスプレイヤーはだんだん,日常のあらゆる モノや場所を,コスプレに使えるかどうかという目 線で見るようになる」と述べる. さて,以下に見ていく事例6では『進撃の巨人』 という作品において登場人物たちが用いる「立体機 動装置」という武器の製作について語られている. この立体機動装置という武器は,細々とした部品で 構成されており,製作には根気と造型技術が求めら れる.コスプレ雑誌『COSMODE』53号(2013年 9月)では,「金属感」を出してこの武器を造型する 講座が特集されている.例えばそこでは,製作に必 要な材料として,ブックスタンド,プラ板,ボタン ライト,ピルケース2個,塩ビパイプ直径13mm, グルーガン…などがあげられている(pp.114–117). これだけでも材料の一部である.なおコスプレイ ヤーは,実際に武器として扱えるモノを製作する必 要はなく,製作した武器を含んだ写真の質が高いこ とが求められる. ところでこの立体機動装置には,ドラム状の部品 が含まれている.銀合皮を用いる場合もあるが,そ の部品の出来映えを徹底的に作りこむためには,ド ラム状の部品のフチに使用する金属を円形に加工す る必要がある.この造型の困難さゆえ,多くのコス プレイヤーは,当初,この武器を製作せずに衣装の みで『進撃の巨人』のコスプレを行っていた. [事例6] インタビューデータ info.10: 太鼓が太鼓がって(強調して)言うのは, 意外性というか,今まで出てこなかった道具だし, なにより安い.100円です.それがすごい.こう いう(円形の)フチをつくるとなるとホームセン

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図1 立体機動装置を製作している様子 ((1)商品購入時(2)分解の様子(3)分解後 の姿(4)加工を施し,装着した様子) ターだと300円くらいする. ---(自分でつくるなら)金属を曲げなきゃいけな いですよね. info.10: 火であぶらなきゃいけない. ---直線のものを? info.10: こういう金属とかを曲げるとなると,火し かないじゃないですか.綺麗に曲げるには.これ (100円均一ショップで販売されている太鼓の玩 具)は,すでに曲がってある.というのが浮かぶ というか.それで100円は安いよねって. 上記事例では,この金属を円形にする造型が,身 近な店で安価に入手可能なことに価値が見出されて いる.info.10は,100円均一ショップで幼児用玩具 として販売されている「太鼓」を「小物を形成する 部品」であるとみなし,製作活動の対象としている (図1).太鼓を用いたこの武器のつくり方は,コ スプレ専用SNSの(ヴューワーの数で決まる)ラ ンキングで上位に入るコスプレイヤーがtwitterで 拡散,共有した.玩具である太鼓が「発見」されて いなかった時は,金属の素材を湾曲させて小物のフ レームとする方法に悩むか,またはその小物の製作 をあきらめる選択をしていただろう.全国展開する 大手の100円均一ショップで日常的に販売されてい る玩具がコスプレ用の材料として「再発見」され, その情報がSNSなどを介して拡散されることを通 して,その選択は過去のものとなる.この瞬間,コ スプレイヤーが知覚する現実の世界の見えは変化 し,それと同時に,熱しながら円形の部品を構築し なくてもすむようになると,立体機動装置というそ の武器を装着しないコスプレイヤーもまた,過去の 存在となる.事例6の太鼓の玩具のように,何らか の対象物をコスプレという活動にとって必要な道具 であると知覚・認知することそれ自体が,コスプレ イヤーの主体性を示していると言えるだろう.何を 製作や造型の対象物として見て取るのか,というこ とと,私という主体が何者であるかということは, 同時に生起する. 4.2.3 行為の標準化と新たな仕事 太鼓の「発見」によって,それまで何時間もかけ て製作していた小物や衣装が,短時間に安価で効率 よく作成することが可能となった.調査協力者の視 点から見ると,部品をつくり出す手間が大きく省略 された.つくる気持ちすら生じなかった動機を一変 させ,過去の火であぶって曲げる製作過程自体を不 可視な状況にする.太鼓という「新しい」モノを用 いた製作は,「標準化」のプロセスと捉えられる.「標 準化」とは,新しいモノを用いる行為が,共同体に 広まることでその共同体にとって当たり前の行為に なること,すなわちその活動で誰もが普通に選ぶ標 準的な行為になることをいう.土倉(2013)に従え ば,「標準化」のプロセスは,共同体において共有・ 利用されている文化的道具とみなすことができる. 標準化のプロセスが目に見えて,その意味や価値が 分かることは,コミュニティへの参加とも密接に関 連していると言えるだろう. 上記の事例6のように,幼児用の太鼓を立体機動 装置という武器の部品として認識し,それを欲しが り,購入し,製作や共有といった活動の対象とする ことが,すでに活動の欲求と同義である.欲求とい う主体的な事柄は,コスプレイヤーがつくってきた 社会と,彼女らが用いてきた具体的な人工物の中に ある. 人間は様々な人工物をつくり,それを用いて,行 うべき活動を標準化していく.そして事例6に続 く,以下の事例7にあるように「太鼓という人工物 とともにあるinfo.10」は,小物の製作過程の一部 が削減されたことで,徹底した塗装といったような 新たな活動に専心することになる. [事例7] インタビューデータ info.10: 塗装も結構重要だと思っていて,既成品

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は結構一定の色じゃないですか.銀だったら銀で つくっちゃうし.でも立体機動装置だとちょっと ぼろぼろの方がカッコいいから,黒を最初に塗っ て,銀を次に塗った方がぽい.塗装はちょっと他 の人より汚くやりたいなと.あと,けっこう(小 物が)外れてその場でいそいそ直している人を見 たので,LAで.私は機動性も良いような,自分 の身体にあっているようなのをつくりたいですね. ---質感は勝負どころ? info.10: そう思いますね.『進撃(の巨人)』とかは ちょっとくたびれていた方がカッコイイので.鏡 みたいな銀でやられても,ぽくないなって.もう 少し汚していいんじゃないかって.綺麗すぎて. 戦ってないよね?みたいな(info.10は米国ロサ ンゼルスのアニメコンベンションAnime Expo にコスプレイヤーとして参加している). 事例7では,事例6で言及された太鼓の玩具を利 用し武器を組み立てた後,サビや汚れが付いている ように塗装を施すことにより,他者と異なる演出を していることについて述べている.100円均一ショッ プの太鼓の玩具という新しいモノが(再)発見され 入手できたことによって,info.10の眼前には「く たびれた感じの塗装」という新たな活動の可能性が 広がっている.武器の円形パーツの造型が標準化さ れたことにより,まだ発展途上にあり,標準化され ていない造型に向かう.このように,わたしたちは, 利用するモノの標準化を通して活動を縮小すると同 時に,新たな活動や課題を生成する存在である.

5.

結 語

本研究では,コスプレというファンダムを分析す る際,モノをつくる行為に着目しながら,コスプレ イヤー(主体)と人工物の関係について検討してき た.そして,コスプレイヤーが,技術やモノ,社会 的状況といった流動的な事柄に合わせて,主体性を 変化させていく姿を記述してきた.コスプレイヤー の実践は,表現対象となるキャラクターや活動地 域によって大きく異なるため,本研究で紹介した事 例がその実態の全てを表しているとは言えないが, ファンダム文化に関するいくつかの議論が提供でき ると考える. 4.1では,コスプレイヤーがコスプレに関わるモ ノの歴史的な変遷を語ることで,自分と他者,そし てコミュニティをつなぐ活動を行う姿が見られた. それとともに,コスプレイヤーにとってのモノもま た,常に変化し続ける歴史性のただなかにあり,そ の実践に参加する者どうしをつないでいる.また, コスプレイヤーの動機は,ギャル文化というような 近接するコミュニティと,コスプレで用いられるモ ノの利用方法や意味付けのされ方を比較することを 通して達成されることが確認された. さらに4.2では,他のコスプレイヤーとのコミュ ニケーションや,製作を下支えすることを目的とし たSNSでの活動のような社会道具的な足場掛けが ある状況と,コスプレイヤーの様々な欲求の生起は 不可分であることを示してきた.また,何らかの人 工物をコスプレという活動にとって必要な道具であ ると知覚することそれ自体が,コスプレイヤーの主 体性を具体的に示していることを確認してきた.こ のように見てくると,特殊なモノづくりにみえるコ スプレ実践も,人や人工物,他のコミュニティとの 関係の中でお互いに活動が変化しながら発展してい ると見ることができる. コスプレイヤーという存在は,自分たちの活動を つくるために,自分たちの活動の対象となる人工物 を,日々発見,デザインしてきた存在として記述す ることができるだろう.その意味では,コスプレイ ヤーは,モノをつくることを介して,その作品へ入 り込むための「チケット」をつくりつつ,コスプレ イヤーの主体性をデザインする存在であると考えら れる. 主体的な事柄と人工物との関係は,日常生活では あまりに当たり前すぎて見えにくい.しかし,コス プレというファンダムの実践をつぶさに観察し,イ ンタビューすることで,彼女らが活動に向かう動機 と,手の込んだ小物や衣装,「盛る」ためのつけま つげ,ウィッグなどのモノとの馴染みの無い連関に 惹きつけられる.100円均一ショップで幼児用の太 鼓の玩具を見つけ,歓喜とともに友人の分もあわせ て4つ購入するコスプレイヤーの一見風変わりな行 為は,彼女の風変わりな精神に起因するものではな い.このような活動を分析して見出されることは, コスプレイヤーに限らず,私たちの生活の中でも観 察可能なあるひとつのバージョンであり,変形だと みることができるだろう. 本論において,コスプレという趣味活動に熱心に 打ち込んでいるありさまと意味生成について記述

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してきた.コスプレイヤーが何に価値を見出し,ど のように特定のモノに意味付与するのか,そういっ た事柄は,ファンダムコミュニティの活動の中で醸 成されていく.多くの人にとって重要視される家事 や学業や仕事であれ,コミュニティの外の人たちに とってはどうでもよいコスプレであれ,このような 点においては,その活動の構造に差異はないだろう.  謝 辞 本論の執筆にあたり, コスプレイヤーのみなさ まとカメコさんには, データ提供にご協力頂きま した.そして,はこだて未来大学の南部美砂子先 生,東京都市大学の中村雅子先生,清水由美子先 生,Stephanie Coatesさんには,多くの知識や示 唆を頂きました.深く感謝いたします.また,日常 と人工物を捉え直す機会を与えてくれた本特集号の 場に感謝いたします.

 文 献

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(14)

付 録

A. SCATの分析結果の一部 2 SC A T の分析結果の一部

参照

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