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千葉成 東京地検その19-1-1

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Academic year: 2021

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全文

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著 者 釣 部 人 裕

編集者人 PAT GURU

千葉成田ミイラ事件 of 東京地検

その 19 の 1 の 1

(2)

千葉成田ミイラ事件 of 東京地検

その 19 の 1

∼ 本件絡み 不起訴不当について ∼

本編と資料編の 2 冊シリーズです その 19 の 1 の 1 【 本 編 】 About Review ごあんない はじめに カルト冤罪年表 カルト冤罪年表 カルト冤罪に対する刑事告発一覧 カルト冤罪に対する検察審査申立一覧 PART Ⅰ 東京地検告発事例各案件総て 結果不起訴不当処分にて 1、告発に至るまでの経緯 2、東京地検への告発 3、地検告発事例案件 PART Ⅱ 東京地裁及び地検告発事例各案件 1、訴状と不起訴処分該当却下全部分 2、不起訴不当 3、検察審査会

About Review

その 19 の 1 の 2 【 資料編 】 About Review ごあんない カルト冤罪年表 カルト冤罪年表 カルト冤罪に対する刑事告発一覧 カルト冤罪に対する検察審査申立一覧

PART Ⅰ PGP-News 掲載 THE GURU の手紙より、 該当部分を抜粋 PART Ⅱ 定説等文献 (1)「死亡対処法は有り得ない」 「日本東洋医学雑誌」vol.40(4) (2)「死亡確認無効の執刀解剖」 「医学のあゆみ」中原雄二 著 医師薬出版株式会社

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ご あ ん

ない

千葉成田ミイラ事件 of 東京地検

その 19 の 1 の 1

∼ 本件絡み 不起訴不当について ∼

About Review...Page 2

ごあんない... 4 はじめに... 6 カルト冤罪年表...11 カルト冤罪年表...12 カルト冤罪に対する刑事告発一覧...24 カルト冤罪に対する検察審査申立一覧...34 PART Ⅰ 東京地検告発事例各案件総て 結果不起訴不当処分にて37 1、告発に至るまでの経緯...38 小林事件...38 千葉成田ミイラ事件...43 千葉地裁―千葉成田ミイラ事件の裁判―...47 2、東京地検への告発...52 告発訴状提出...52 東京地検からの告発補正命令が届く...53 3、東京地検告発事例案件...55 a)臣公文書録除外 ( 別名使用呼称では「隠」) 案件 … 55 b)子どもの人権・都児相保護案件 … 62 c)テレビ報道案件 … 69 d)新聞掲載案件 … 70 e)作家本掲載案件 … 72

ご あ ん な い

f)学者等記事掲載案件 … Page 74 g)弁護士案件 … 76 h)キャスター等発言案件 … 78 i)雑誌記事掲載案件 … 81 j)東京地裁諸案件 … 83 k)東京地検案件代表例 … 84 l)小池洋吉 ― 本件裁判長法廷内暴力案件 … 86 PART Ⅱ 東京地裁及び地検告発事例各案件 ...89 1、訴状と不起訴処分該当却下全部分...90 訴状...90 a)臣公文書録除外 ( 別名使用呼称では「隠」) 案件 … 90 b)子どもの人権・都児相保護案件 …109 c)テレビ報道案件 …127 d)新聞掲載案件 …134 e)作家本掲載案件 …142 f)学者等記事掲載案件 …149 g)弁護士案件 …157 h)キャスター等発言案件 …168 i)雑誌記事掲載案件 …176 j)東京地裁諸案件 …200 k)東京地検案件代表例 …223 l)小池洋吉 - 本件裁判長廷内暴力案件…242 処分通知書...256 2、不起訴不当...258 不起訴になる場合...258 不起訴不当...259 3、検察審査会...267 検察審査会とは...267 検察審査会の議決...269 画 家 稲 葉 健 二 Specialist 近角 さやか

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はじめ

刑事告訴とは、犯罪の被害者などが、捜査機関に対し て、犯罪事実を申告し、その訴追を求める意思表示であ る。第三者が、それをするのが告発である。 犯人がわからない場合、犯人不詳のまま告訴、告発す ることもできる。 告訴告発は、憲法に則り、法律を行使する手段である。 刑事訴訟法では下記のように記載されている。 第 230 条「告訴権者」 犯罪により害を被った者は、告訴をすることができる。 第 239 条「告発」 何人でも、犯罪があると思料するときは、告発をする ことができる。 2 官吏又は公吏は、その職務を行うことにより犯罪が あると思料するときは、告発をしなければならない。 第 241 条「告訴・告発の方式」 告訴又は告発は、書面又は口頭で検察官又は司法警察

は じ め に

員にこれをしなければならない。 2 検察官又は司法警察員は、口頭による告訴又は告発 を受けたときは調書を作らなければならない。 第 242 条「告訴又は告発を受けた司法警察員の手続」 司法警察員は、告訴又は告発を受けたときは、速やか にこれに関する書類及び証拠物を検察官に送付しなけれ ばならない。 しかし、国家権力(警察)が、捜査を理由に、マス・ メディアを利用して情報操作をもって、違法行為を犯し たり、違法捜査をした場合、又は、殺人行為を犯した場 合、国民はどのようにしたらいいのであろうか。 刑事訴訟法には、このような条文がある。 第 191 条「検察官・検察事務官の捜査権」 検察官は、必要と認めるときは、自ら犯罪を捜査する ことができる。 2 検察事務官は、検察官の指揮を受け、捜査をしなけ ればならない。 検察官は、告発状を下に、参考人など関係者の取調べ、 証拠品の捜索・差押え、さらにその分析・検討などを行

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う。 そして、検察官は起訴・不起訴を決める。 被疑者が罪を犯したことが証拠上明らかであり、その 処罰が必要であると認められる場合に、裁判所に起訴状 を提出して起訴する。 そして、検察官が起訴した場合のみ、裁判が行われる のだが、不起訴にした場合は裁判をすることなく、捜査 はその時点で終了して、犯罪は成立せず、被疑者は裁か れることはない。これを不起訴処分という。 しかし、こうした不起訴処分に対して、犯罪の被害に あった人や告訴・告発した人から、不起訴処分はおかし いのでないかと不服申立てる機関が検察審査会である。 審査会では必ず最後に議決をとり、議決書を作成して 検察庁に送る。その議決の一つが「不起訴不当」である。 検察官の不起訴処分は納得できない。再度詳しく調べ た上で、起訴・不起訴処分をするべし、という不起訴処 分を検察庁に差し戻す議決をいう。 千葉県警が行った違法行為を告訴告発する道が残って いたのだ。 そこで、私たちは、本件「千葉成田ミイラ事件」を東 京地方検察庁へ告発し、証拠として、私たちの力(捜査 権をもたない一般市民として)で収集しうる関連するあ らゆる資料を提出した。 また、千葉成田ミイラ事件に絡んで、過熱した大規模 な事件報道・犯罪報道が、各種マス・メディアによって なされており、それらを含めた合計 30 数件に及ぶ案件 を東京地検特捜部へ告訴・告発した。 特捜部とはいかなる組織なのか。検察庁には「特捜部」 という部門がある。特捜部は、東京・大阪・名古屋の地 方検察庁にだけ置かれている部で、主に独自捜査を専門 に行う部門である。犯罪捜査というと警察だけが行うも のと思われがちだが、特に政治家の汚職・企業犯罪・多 額の脱税事件などについては、検察庁だけで最初から捜 査を行うことがある。検察庁特捜部がこれまでに検挙摘 発した事件として知られているものには、ロッキード事 件・撚糸工連事件・リクルート事件・ゼネコン汚職事件 などがある。 「千葉成田ミイラ事件」は千葉県警による冤罪事件で あるため、私たちは「独自捜査」をしてもらうことに解

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決の糸口を求め、東京地方検察庁特捜部に告訴・告発す ることにした。 本書では、その経緯と結果を記すことにする。 2002 年 8 月 30 日 釣 部 人 裕 ◇ カルト冤罪年表 ◇ カルト冤罪に対する刑事告発一覧 ◇ カルト冤罪に対する検察審査申立一覧

カルト冤罪年表

(2002 年 9 月 23 日更新版)

【カルト冤罪年表作成にあたって】 この年表が企画され作成されたのは、千葉地裁におけるいわ ゆる「成田ミイラ事件」裁判の論告求刑の期日を前にした2001 年9 月。この時点で証拠調べは終了していましたが、真実は全 く扱われませんでした。即ち、高橋弘二には、殺人罪にあたる 故意も実行行為も立証されず、小林晨一さんの死因や死亡時期 も特定もされていないのです。 何故でしょうか? この事件自体が、全くの『カルト冤罪事 件』であるからです。小林晨一さんは、劇薬過大投与を受けた 病院よりもシャクティ治療を望み、家族はその願いを叶えるこ とに最善を尽くしました。高橋弘二は民間治療家としての行為 をしただけなのです。 この最大のポイントこそが、法廷で明らかにされるべきであ ったのに成されなかった為、ここに何が冤罪なのかを一目にし てご理解頂けるよう、年表(チャート)を作成いたしました。

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1983 年 THE GURU 高橋弘二の仕事 カルト冤罪 の流れ 社会情勢 ライフスペース およびSPGF の活動 [ 1983 ] (有)ライフスペース設立 1989 年 [ 1989 / 12 ] PHP 出版『生きるの がラクになる本』発刊 ロングセラーとなる 1993 年 [ 1993 / 9 ] SSC 名古屋オープン 【SSC 名古屋の目的】 まず自分が無条件に奉 仕を受け取り、その体 験を通して、自分が望 んだ時に、病院等での 奉仕活動が出来るよう になるための「毎日の プログラム」を開催す るセンター。 参加者は名前の登録も なく、参加したい時に いつでも参加すること ができる。無条件の奉 仕がコンセプト。 このSSC 名古屋が、世 界の SSC(Sathya SAI Centre ) の モ デ ル で あ り、また、サイババの 教育システムの一環と して、飢餓救済活動の 受け皿としての役割も もつ。 【ライフスペース】 『インドの教育哲学者 であるサイババの教育 システムに基づくセミ ナーの開催・運営』を 目的とする会社。シェ ア・健康・コミュニケ ーション・ボランティ ア・シャクティの5 つ のコンセプトから成る 約 20 種類のセミナー をもつ。 設立当時は、社会的に 理解されにくい情勢で あったため、上記の目 的よりも自己啓発セミ ナーとして始めること となった。フォスター プランなどのボランテ ィア活動への協力を当 初から行っていた。 THE GURU の著作本 『世界史 PART 36』に 詳しい。 [ 1993 / 2 ] 体に氣を通す為の セミナー(ビジョ ンI)始まる 【シャクティ治療】 THE GURU 高橋弘二 が 民 間 治 療 家 と し て 行 う治療。サイババからの シャクティ(氣エネルギ ー)を、その人の体に通 す こ と に よ っ て 病 氣 を 治し、その人が生まれて きた目的(ビジョン)を や り 遂 げ ら れ る 状 態 に するために行われる。 ビジョン I セミナーに 始まり、ワークショップ (WS) 50、WS-A、WS-B と発展、1995 年からは サポートセミナー(SS)、 コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン セ ミナー(CS)、ハートセミ ナー(HS)の3S として、 数百名の治療を行う。そ の治療効果は、これまで 効 果 が 無 か っ た 等 の 訴 え が 一 件 も な い こ と で 証明される。 THE GURU の著作本 『世界史 PART 38、40、 41、42』に詳しい。 【A】小林事件 [ 1995 / 2 ] セミナー参加の前日、小林 靖弘君がホテルの公衆浴場 で転び、運ばれた病院で死 亡する事件が起きる ≪ 第 1 期 ≫ カルトを恐れる社会情勢に便乗し、カルト集団に仕立て上げられる。 [ 1995 / 3 ] オウム真理教による地下鉄サリン事件 [ 1994 / 6 / 27 ] オウム真理教による松本サリン事件 この頃より、オウム真理教の様々な 事件が社会を騒がせ始め、「グル= 教祖」のイメージが出来上る 【B】カルト裁判 [ 1995 / 7 ] 小笠原弁護士が訴状に「熱湯 修行」なる文句を使用。マス コミを使い風説流布 [ 1994 / 8 ] 高橋弘二の著作本『愛そのもの になる』読売新聞社より発刊 [ 1995 / 7 / 18 ] 小 林 靖 弘 君 の 両 親 に よ る告訴(いわゆる小林事 件始まる) 1994 年 1995 年 [ 1995 / 6∼7] オウム真理教で「摂氏50 度の熱湯につかる温 熱修行をさせ死亡」と報道され話題になる [ 1995 / 7 / 29 ] ワールドツアー開始 以後、ヨーロッパ諸国・南米・ インド・北米などを訪問。 【ワールドツアーについて】 世界中に無料で治療を受けられる病院を作 るプロジェクト(SHP = SAI Hospital Project) の一環で、世界の各地に SSC をオープンす るための準備として、役割ごとにチームを 組んで現地を訪れ、シェアと体験を通して、 必要なサポートをする。 明らかに 便乗事件であった [ 1994 / 12∼ ] 東京(曙橋)大阪(江坂) 静岡(沼津)にもSSC が オープンする

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【C】マスコミ報道 [ 1995 / 9 / 11] 京都地裁にて、 小林事件の裁判開始 [ 1995 / 9 /11 ] 毎日新聞が「熱湯修行 が死因」と報道 [ 1995 / 9 / 12 ] 朝日新聞が「熱湯修行が 死因と訴え」と報道 [ 1995 / 10 ] 高橋弘二によるシ ャ ク テ ィ 治 療 の WS50(後にサポー ト セ ミ ナ ー =SS と改名)始まる [ 1996 / 8] コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン セミナー=CS 開始 [ 1996 / 11 ] インドへサイババ生誕祭ツアー [ 1996 / 9 ] 満寿稔さん、サイババの元 へ「心をもらいにいく旅」 [ 1996 / 7 ] この頃から、比良竜虎氏が 世界のサイババのセンター に対し、「高橋弘二はサイ バ バ の 名 を 語 る イ ン チ キ だ」と書面で流す THE GURU 高橋弘二の仕事 カルト冤罪 の流れ 社会情勢 1995 年 9 月 1996 年 【インド訪問の主な目的】 無料の病院と学校を経営している教育哲学 者サイババと、世界中からの奉仕者の姿を モデルとして学ぶため。また、SSC 名古屋 の毎日のプログラムをサイババのアシュラ ムで行えるように、SPGF のボランティア が駐在し、多くのメンバーがインド(プッ タパルティ)のアシュラムを訪れた。 【B】カルト裁判 【A】小林事件 [ 1996 / 10 / 29 ] 赤旗新聞「高温の湯に入 浴と指示/両親提訴の裁 判で同室者証言」 [ 1996 / 4 ] 最高裁判所が『統一協会の合同結 婚式』に参加し入籍した後脱会し た結婚は有効な結婚だとは認めら れない、と判決し話題になる マスコミ報道 に影響 ライフスペース およびSPGF の活動 [ 1996 / 8∼] SPGF のメンバーがメキシ コの赤十字などで病院での ボランティア活動を体験 [ 1996 / 10] ハートセミナー=HS 開始 [ 1997 / 1 / 22 ] 写真週刊誌FOCUS 「オウム」と「統一 教会」を真似る怪し い集団、と報道 [ 1997 / 4 / 15 ] 単行本『マインドレイ プ』自己啓発セミナー の危険な素顔 [ 1997 / 5 / 28 ] フジテレビ(NEWS JAPAN) 特集「高額の参加料 あるセ ミナーの実態」が放映 [ 1997 / 5 ] フジテレビによる取材依頼 ワールドツアーでインド滞在中 の為、ファクシミリで返答した が、番組には全く反映されず ≪ 第 2 期 ≫ 小林事件が係争中にも関わらず、作為的なマスコミ報道により、 [ 1997 / 3 / 7 ] 高橋弘二の著作本 『 サ イババはどの ような 思い方をするか』発刊 以降、毎月約10 冊のペー スで著作本を作成する [ 1997 / 5 / 30] 高橋弘二の情報を正しく伝 えることを目的とした団体 SPGF ( Shakty PAT GURU FOUNDATION)が設立 [ 1997 / 3 / 21 ] 別冊宝島『洗脳され たい』グルになった セミナー屋さん 1997 年 1 月 1997 年 5 月 [ 1997 / 5∼] この頃よりライフスペースのセミナ ーに参加する人が激減していく [ 1997 / 1 / 8 ] 毎日新聞(ビッグ追跡) 代表は「グル」ライフス ペース、参加料は最高500 万円、スペインで合同結 婚式も、と特集記事 [ 1997 / 2 / 25 ] 講談社『 Views 』 大学の新宗教「シャク ティパッド」を行うセ ミナーで起こった悲劇

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[ 1998 / 1 / 17 ] フジテレビ(THE WEEK) ライフスペースを「カルト」 と発言し放映 【D】子ども関連 [ 1998 / 5 ] ライフスペース大阪センター閉鎖 [ 1998 / 7 ] ライフスペース名古屋センター閉鎖 [ 1998 / 8 ] ライフスペース東京センター閉鎖 1998 年 1 月 THE GURU 高橋弘二の仕事 カルト冤罪 の流れ 社会情勢 相次ぐマスコミの 「カルト報道」により 次第に経営は悪化 1998 年 10 月 [ 1998 /2 ∼ 1998 / 11] 飢餓救済活動の一環として、国連本部及び 支局(ジュネーブ、ニューヨーク、ハノイ) に『AT ONE’S PEACE』などの著作本をそ れぞれ数千冊ずつ寄贈。 【B】カルト裁判 【C】マスコミ報道 【A】小林事件 [ 1998 / 10 / 7 ] SPGF メンバーの子 どもが、「保護」の名 の元に誘拐される。 [ 1998 / 5 ] SPGF のメンバーの 1 人が東京 の英国大使館でビザ申請を行う が、カルトのメンバーだと疑い をかけられ、入国を拒否される ライフスペース およびSPGF の活動 [ 1998 / 2 ] 高橋弘二と SPGF ボランティア数 名がインド大使館へビザ申請をし たところ、パスポートに入国拒否を 意味するスタンプを押される 以後、現在(2002 年 8 月)に至る まで同じ状況が続く [ 1998 / 12 / 6 ] フジテレビ(スーパーナイト) 「参加費 500 万円! 超カルトセ ミナー謎の実態」と題して放映 ≪ 第 3 期 ≫ フジテレビ等の度重なる報道により、高橋弘二は「破壊的カルト者」に [ 1998 / 12 / 1 ] 大阪高裁へ控訴状提出 【訴えの主旨】公衆浴場での熱湯 修行など有り得ず、死因は熱中病 でなく、病院での医療過誤である [ 1998 / 12 / 24 ] 東京地裁へ、フジテレビ他21 名に 対して謝罪文請求事件を提訴 いわゆるカルト裁判始まる [ 1998 / 12 / 1 ] フジテレビ(スーパーニュース) 「子どもを返せ・カルト集団と闘い続 ける親達の叫び…恐怖マインドコント ロールの実態は」と題して放映 [ 1998 / 11 / 27 ] 京都地裁にて判決(賠償金額2800 万 円、ライフスペースの安全管理に関 する責任が認められ、高橋弘二他被 告6 名の責任に関しては却下) [ 1999 / 2 ] 信用保証協会が住友銀行より 債務を引き継ぎ、突然に求賠 債等請求の告訴をしてくる。 1998 年 12 月 [ 1998 / 7 ] 住管機構が住友銀行に対 し不正融資などで、総額 約 50 億円の損害賠償を 求める訴訟が話題に。 [ 1998 / 7 ] 住友銀行より債務に関 して脅迫を受ける。 (同頁社会情勢欄 参照) [ 1998 / 12 ∼] フジテレビをはじめとする数々の マスコミ報道の影響で、高橋弘二は 「破壊的カルト者」として認識さ れ、外出もままならなくなる。 [ 1998 / 11 / 28 ] 読売新聞「企画会社に2800 万円賠 償命令、京都地裁判決」「啓発セミナ ーの『風呂行』で死亡」と報道

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【E】成田ミイラ事件 [ 1999 / 6 / 23 ] 小林晨一さんが、 自宅で倒れる 【B】カルト裁判 【C】マスコミ報道 【A】小林事件 【D】子ども関連 [ 1999 / 5 ] 高橋弘二の情報を正しく伝え ることを目的とするホームペ ージ、「PGP-NEWS」開始 1999 年 6 月 THE GURU 高橋弘二の仕事 カルト冤罪 の流れ 社会情勢 [ 1999 / 6 / 24 ] その後、正愛病院へ運ばれ脳内 出血と診断、市立伊丹病院へ移 され、激薬投与を受ける [ 1999 / 7 / 2 ] 小林晨一さんは、家族に より高橋弘二の滞在する 成田のホテルに移動 シャクティ治療を受ける [ 1999 / 7 / 23 ] 大阪高裁への控訴審 却下の判決 ライフスペース およびSPGF の活動 ≪ 第 4 期 ≫ 成田署により「ミイラ化遺体」と発表され、その後の過激な [ 1999 / 11 / 15 ] 高橋弘二、小林健児らが、市立 伊丹病院が小林晨一さんに殺人 的医療行為を施したとして、東 京地方検察庁へ告発状を提出 [ 1999 / 7 / 2 ∼ 11 / 12 ] 小林健児ら家族の介護の中で、小 林晨一さんは次第に回復していく (詳細は『SPGF PART 14-1∼ 14-7』介護ドキュメントを参照) 1999 年 11 月 [ 1999 / 11 / 12 ] 成田署がホテルに押し入り、 小 林 晨 一 さ ん は 運 び 出 さ れ 、 「ミイラ化遺体」と発表 同月15 日司法解剖される [ 1999 / 12 / 22 ] 成田署が、高橋弘二の滞在するホ テル及びSPGF メンバーの自宅や オフィスを家宅捜索(2 回目) [ 1999 / 11 / 24 ] SPGF メンバーの 9 名の子 どもが、都児童センターに 「一時保護」される [ 1999 / 12 / 1 ] 警視庁、法の華 三法行を全国で 一斉捜索 [ 1999 / 11 / 24 ] 千葉県警察本部及び成田警察 署が司法解剖にて晨一さんを 殺害したとして、告発状を東 京地方検察庁へ提出 [ 1999 / 11 / 12∼ ] マスコミ各社が連日、こぞっ て「ミイラ化遺体事件」「カル ト集団」として報道 [ 1999 / 11 ] 成田ミイラ事件として、 「グル」「定説」など社会 的に大騒ぎとなる [ 1999 / 11 / 24 ] 成田署が、高橋弘二の滞在するホ テル及びSPGF メンバーの自宅や オフィスを家宅捜索(1 回目) [ 1999 / 12 / 3] いわゆるオウム新法 が制定される

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2000 年 2 月 THE GURU 高橋弘二の仕事 カルト冤罪 の流れ 社会情勢 【B】カルト裁判 【C】マスコミ報道 【A】小林事件 ≪ 第 5 期 ≫ 公(国家)に、高橋弘二およびライフスペースはカルト冤罪を受ける。 【D】子ども関連 【E】成田ミイラ事件 [ 2000 / 3 / 14 ] 高橋弘二が殺人罪、小林健 児が保護責任者遺棄致死罪 で起訴される [ 2000 / 2 / 22 ] 高橋弘二外 7 名が保護責任者遺 棄致死罪の容疑で逮捕される [ 2000 / 1 / 21 ] 宮崎県で加江田塾に よる死体遺棄事件 「宮崎ミイラ事件」 として話題になる [ 2000 / 3 / 3 ] 拘留理由開示請求 [ 2000 / 6 / 22 ] 高橋弘二の保釈申請書提出 [ 2000 / 2 / 22 ] 宮 崎 ミ イ ラ 事 件 の 東 氏 ら が 「死体遺棄罪」で宮崎地裁に 起訴される(後に「保護責任 者遺棄致死罪」で再起訴) [ 2000 / 2 ] インターポールと児童虐待 世界機構(ニューヨーク国 連本部人権委員会)に、人 権侵害の訴えを提出、受理 [ 2000 / 12 ] 文藝春秋『カルトの子』 ママの魔法がとけますように [ 2000 / 2 / 7 ] 京都地裁へ名誉毀損 の訴え提訴 [ 2000 / 3 / 30 ] 東京地検へ告発状(成田署・ 千葉県警・市立伊丹病院など に対し33 件)が正式に受理 [ 2000 / 1∼ 2000 / 2 ] 東京都児童相談所より「虐 待はなかった」として保護 されていた8 名が個別に親 元などに返される ライフスペース およびSPGF の活動 [ 2000 / 3 / 24 ] 東京地裁でカルト裁判 全面棄却の判決 [ 2000 / 7 / 4 ] 高橋弘二初公判 起訴事実を全面否認 [ 2000 / 5 ] 高 橋 弘 二 に 拠 る 在 監 房 発 信 手 紙 の1 通目が代理人の元に届く [ 2001 / 5 ] 『カルト宗教のトラブル対策 日本と欧米の実情と取り組み (紀藤正樹他共著)』にカルト 事件として紹介される [ 2000 / 2 / 2 ] 厚生・法務・警察三 省庁合同のいわゆる 「 カ ル ト 特 定 集 団 研 究会(※)」設置 2000 年 9 月 [ 2001 / 4 ] 角川書店『だからあな たは騙される』 ライフ・スペース事件 「定説」は万能薬 [ 2001 / 5 ] 平凡社『事件論』 遺<体>としての生 /グルの治療 [ 2000 / 9 / 7 ] 最 高 裁 判 所 へ 「 最 高 裁 法 廷 聴 聞 に お け る 求釈明申立書」 を提出 [ 2001 / 2 / 23 ] 小林健児公判 懲役4年を求刑される [ 2001 / 6 / 29 ] 小林健児公判の判決予 定日だったが、何故か 9 月 28 日に延期

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[ 2000 / 12 / 22 ] いわゆる「臣公文書録」発行 三省庁(法務省・厚生省・警察 庁)合同のカルト特定集団研究 会の報告書に「カルトが起こし た事件」として掲載される 2001 年 6 月 【千葉地方裁判所における高橋弘二公判 ①】 2000/8/10-11 大阪出張 :藤本医師/久保絵里看護婦尋問 2000/8/29 第 2 回公判 :小浪友里恵/丸雅幸警部証人尋問 2000/9/11 第 3 回公判 :木内政寛監察医証人尋問 2000/10/3 第 4 回公判 :小浪友里恵/丸雅幸警部証人尋問 2000/11/14 第 5 回公判 :木内政寛監察医証人尋問 2000/12/19 第 6 回公判 :西澤みどり証人尋問 2001/1/9 第 7 回公判 :西澤みどり証人尋問 2001/2/13 第 8 回公判 :西澤みどり証人尋問 2001/3/6 第 9 回公判 :小林健児証人尋問 2001/3/15 第 10 回公判 :小林健児証人尋問 20014/17 第 11 回公判 :小林健児証人尋問 [ 2001 / 4 ] ㈱電波実験社『サイゾー 5 月号』 あの宗教団体旧称が政府文書に オウムと並ぶ「カルト」として登場 [ 2001 / 6 ] 高橋弘二に拠る在監 房 発 信 手 紙 が 通 算 200 通目を超える [ 2000 / 11 ] 高橋弘二に拠る在監 房 発 信 手 紙 が 通 算 100 通目を超える [ 2001 / 2 ] SPGF ボランティア数名 がインドへ「遥かなるSAI BABA を訪ねて」ツアー 主として「成田ミイラ 事件」裁判裁判長のも つ 悪 意 に 基 づ い た 不 作為について

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2001 年 8 月 THE GURU 高橋弘二の仕事 カルト冤罪 の流れ 社会情勢 【B】カルト裁判 【C】マスコミ報道 【A】小林事件 【D】子ども関連 【E】成田ミイラ事件 ライフスペース およびSPGF の活動 【千葉地方裁判所における高橋弘二公判 ②】 2001/5/8 第 12 回公判 :小林昭子証人尋問 2001/5/24 第 13 回公判 :小林結花証人尋問 2001/6/19 第 14 回公判 :辰巳親子/鶴飼哲也証人尋問 2001/7/10 第 15 回公判 :釣部人裕証人尋問 2001/8/30 第 16 回公判 :被告人高橋弘二質問 (弁護人・検察・裁判官からの質問は一切されず) 2001/9/27 第 17 回公判 :検察からの意見(論告求刑) 2001/11/27 第 18 回公判 :弁護人からの最終弁論 [ 2001 / 8 / 26 ] 児童養護施設に残された最後 の1 人(ライフスペース代表 の子)が、「最善の方法」とし て無事に親元に戻る [ 2001 / 12 / 19] 京都地裁での熱湯風呂行 事件の判決予定日であっ たが2002/2/12 へ延期 2001 年 12 月

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[ 2001 / 9 / 1 ] 法務大臣官房等製 作公文書(公式カ ルト案件)の根拠 書面の開示請求願 を千葉県警および 法務省に提出 [ 2001 / 9∼ ] SPGF ボランティアによる著 作本「千葉成田ミイラ事件」数 百冊シリーズの執筆開始 [ 2001 / 12 ] 高 橋 弘 二 に 拠 る 在 監 房 発 信 手 紙 が 通 算 300 通目を超える [ 2001 / 9 / 28 ] 小林健児保護責任者遺 棄致死裁判で懲役2 年 6 ヶ月執行猶予 3 年の 判決(控訴せず確定) [ 2001 / 10 / 19 ] 法務省より開示請求願の 不開示決定回答:「開示請 求に関わる行政文書はい ずれも存在しない為」/ 11/2 に再請求 [2001 / 11 / 22 ] 成田赤十字病院へ高橋弘二の 舌癌検査(2000/2/22)に関する 診断所見開示を求めて訪問 (後に、弁護士より開示請求) [ 2002 / 2 / 5] 千葉地裁における 被告人高橋弘二 殺人罪裁判の判決 <懲役15 年・ 執行猶予無し> 【⇒即日控訴】 2002 年 2 月 [ 2002 / 2 / 5∼6 ] マスコミ各社により 判決報道がされる [ 2002 / 1∼ ] 主題『千葉成田ミイラ事件』の内 2 冊(シャクティ治療手記本その 1・併合冤罪について)発刊 →都内書店にて販売開始 6 月 [ 2002 / 4 / 5 ] 高橋弘二・ライフスペース・ SPGF が久米宏氏を被告とし て名誉毀損提訴(2002/2/5 放 映の『ニュースステーション』 における発言に関して) [ 2002 / 4 / 11 ] 本 事 件 当 時 の 元 千 葉 県 警 本 部 長 上田正文氏が富山県警本部長時代 のいわゆる「もみ消し事件」の罪 で有罪判決(懲役1 年 6 ヶ月) [ 2002 / 2 / 12 ] 判決日さらに延期

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[ 2002 / 1 /7 ] 成田赤十字病院での舌 診断所見が開示される [ 2002 / 6 / 24 ] 被告人の控訴趣 意書を提出 [ 2002 / 6 ] 高 橋 弘 二 に 拠 る 在 監 房 発 信 手 紙 が 通 算 400 通目を超える [ 2002 / 2∼ ] 控 訴 趣 意 書 の 証 拠 となる『千葉成田ミ イラ事件』シリーズ 本の執筆開始 [ 2002 / 6∼ ] 東 京 地 方 検 察 庁 へ 告 発 し 不起訴処分となった30 数 案件について、不起訴不当 の審査申立書の作成開始 [ 2002 / 6 / 19 ] 高橋弘二・ライフスペース・ SPGF が ( 株 ) 産 業 経 済 新 聞 社・(株)読売新聞社を被告とし て名誉毀損提訴(2002/2/6 発 行の各新聞記事に関して) [ 2002 / 2 / 26 ] 京 都 地 裁 に お け る 熱 湯 風 呂 行事件名誉毀損裁判の判決 ⇒全面棄却(控訴せず確定) [ 2002 / 5 / 16 ] 千葉県警・千葉地検・千葉地裁によ る臣該公文録無視結果判決に関する 憲法解釈違反案件を最高裁へ直訴 [ 2002 / 6 / 11 ] 小池裁判長に対する訴追 委員会への弾劾提訴に関 して不訴追決定通知 [ 2002 / 7 / 3 ] 臣公文書録に関する内閣 府宛て行政不服申立書の 件で法務省を訪問 [ 2002 / 6 / 21 ] 久米宏裁判の第1回 口頭弁論(結審) [ 2002 / 8 / 9 ] 久米宏裁判の判決 「原告の請求を棄却」 [ 2002 / 7 / 1 ] 世界史上初の常設の国 際法廷である「国際刑事 裁判所(ICC)」が発効 8 月

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カルト冤罪に対する刑事告発一覧

(2002 年 10 月 10 日現在) a)臣該公文録除外(別名使用呼称では「隠」)案件 事件名 被告発人 事件番号 1 成田ミイラ事件関連 千葉県警察成田警察署 代表者被告 森田瑞夫 12-7125 千葉県警察 代表者被告 上田正文 12-7126 監察医 (氏名不詳) 12-7127 株式会社 博全社 代表者被告 松丸二三夫 12-7128 成田市役所民生部 市民課 田所千恵子 12-7129 2 舌癌虚偽診断 国立がんセンター東病院 医師 (氏名不詳) 977 3 起訴状失格 (公訴棄却案件) 千葉地方検察庁 検察官 木野 秀器 検察官 范 揚恭 代表者被告 泉川 健一 975 b)子どもの人権・都児相保護案件 4 脅迫、逮捕監禁 (SPGF メンバーの子9 名 を強制一時保護) 東京児童相談センター 所長 大久保 隆 事務次長 仙洞田(名前不詳) 課長 嶋田(名前不詳) 課長 村上(名前不詳) 12-7130 12-7131 12-7132 12-7133 ※告発提出先はすべて東京地方検察庁 罪状 受理日 処分確定日 処分理由 刑法220 条 逮捕・拘禁罪 刑法199 条 殺人の罪 刑法160 条 虚偽死体検案書作成罪 刑法157 条 1 項、158 条 1 項 公正証書原本不実記載罪、 同行使罪暴力行為等処罰に関する 法律一条違反 2000/2/21 2000/12/21 【不起訴】 嫌容疑なし 刑法220 条 逮捕・拘禁罪 刑法199 条 殺人の罪 刑法160 条 虚偽死体検案書作成罪 刑法157 条 1 項、158 条 1 項 公正証書原本不実記載罪、同行使罪 暴力行為等処罰に関する 法律一条違反 2000/2/21 2000/12/21 【不起訴】 嫌容疑なし 刑法211 条 業務上過失致傷罪 2000/2/21 2000/12/21 【不起訴】 嫌容疑なし 刑法104 条 証拠隠滅罪 2000/2/21 2000/12/21 【不起訴】 嫌容疑なし 刑法157 条 1 項、158 条 1 項 公正証書原本不実記載罪、同行使罪 2000/2/21 2000/12/21 【不起訴】 嫌容疑なし 刑法160 条 虚偽診断書等作成罪 2000/10/2 (提出) 2000/10/12 (返戻) 刑法194 条 特別公務員職権濫用罪 (公務員不作為) 2000/10/2 (提出) 2000/10/12 (返戻) 刑法222 条 脅迫罪 刑法220 条 1 項 逮捕拘禁罪 刑法220 条 1 項 逮捕拘禁罪 2000/2/21 2000/9/19 【不起訴】 罪とならず 罪とならず 罪とならず 罪とならず

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事件名 被告発人 事件番号 5 未成年者略取 (SPGF メンバーの子を) 東京都児童相談センター 所長 大久保 隆 12-7136 東京都知事 石原 慎太郎 12-7137 6 未成年者の略取・誘拐 (SPGF メンバーの子を) 弁護士 内田 信也 くまがい小児科医院 院長(氏名不詳) 12-7151 7 虚偽での事実記載 (子の引き渡し仮処分 命令申立事件) 東京地方裁判所 裁判官 須藤 典明 12-7134 東京地方裁判所 代表者被告 上田 豊三 12-7135 c)テレビ報道案件 8 虚偽での報道 テレビニュースで 『ANN ニュース』 全国朝日放送株式会社 代表者被告 広瀬 道貞 12-7156 9 脱税虚偽報道 テレビニュースで 『NHK ニュース速報』 日本放送協会 代表者被告 海老沢 勝二 12-7141 10 面会強請教唆 (SPGF メンバーに対し) 株式会社フジテレビジョン 代表者被告 日枝 久 12-7164 d)新聞掲載案件 11 カルト同様類似発言 新聞で 『赤旗新聞』 赤旗新聞編集局 代表者被告 関口 孝雄 12-7153 12 虚偽での報道 (子の養育環境「劣悪」と) 株式会社 毎日新聞社 代表者被告 斎藤 明 12-7146 13 虚偽での報道 (子の養育環境「劣悪」と) 株式会社 読売新聞社 代表者被告 渡邉 恒雄 12-7167 14 虚偽での報道 (子の養育環境「劣悪」と) 株式会社 産業経済新聞社 代表者被告 清原 武彦 12-7147 罪状 受理日 処分確定日 処分理由 刑法224 条 未成年者略取罪 2000/2/21 2000/9/19 【不起訴】 罪とならず 刑法224 条 未成年者略取罪 2000/2/21 2000/9/19 【不起訴】 罪とならず 刑法224 条 未成年者略取・誘拐罪 刑法208 条 暴行罪 刑法231 条 侮辱罪 2000/2/24 2000/6/19 【不起訴】 嫌容疑なし 刑法230 条 名譽毀損罪 2000/2/21 2000/9/4 【不起訴】 罪とならず 刑法230 条 名譽毀損罪 2000/2/21 2000/9/4 【不起訴】 罪とならず 刑法230 条 名譽毀損罪 2000/2/25 2000/9/4 【不起訴】 罪とならず 刑法233 条 信用毀損罪 2000/2/22 2000/8/28 【不起訴】 罪とならず 刑法105 条の 2 面会強請教唆罪 2000/2/25 2000/9/1 【不起訴】 嫌容疑なし 刑法233 条 信用毀損罪 2000/2/25 2000/9/4 【不起訴】 罪とならず 刑法230 条 名譽毀損罪 2000/2/24 2000/9/19 【不起訴】 嫌容疑なし 刑法230 条 名譽毀損罪 2000/2/25 2000/9/19 【不起訴】 嫌容疑なし 刑法230 条 1 項 名譽毀損罪 2000/2/24 2000/11/28 【不起訴】 嫌疑なし

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e)作家本掲載案件 事件名 被告発人 事件番号 15 カルト同様類似発言 テレビ番組で 『THE WEEK』他 米本 和広 12-7144 16 カルト同様類似発言 週刊誌で 『サンデー毎日』他 塩谷 智美 12-7149 f)学者等記事掲載案件 17 カルト同様類似発言 テレビ番組で 『THE WEEK』他 猪瀬 直樹 12-7145 18 カルト同様類似発言 テレビ番組で 『THE WIDE』他 東邦大学 大橋病院精神神経科 助教授 高橋 紳吾 12-7172 19 虚偽での記事掲載 日刊夕刊で 『日刊ゲンダイ』 日本大学法学部 教授 板倉 宏 12-7166 g)弁護士案件 20 カルト同様類似発言 テレビニュースで 『スーパーニュース』他 弁護士 内田 信也 12-7142 21 カルト同様類似発言 テレビニュースで 『スーパーナイト』他 弁護士 紀藤 正樹 12-7143 22 小林事件提起による 名誉・信頼毀損 小林 隆廣 小林 初子 12-7161 12-7162 弁護士 小笠原 伸児 12-7163 h)キャスター等発言案件 23 カルト同様類似発言 テレビニュースで 『スーパーニュース』他 江川 紹子 12-7139 24 カルト同様類似発言記事掲載 スポーツ紙で 『東京スポーツ』 東京スポーツ新聞社 代表者被告 太刀川 恒夫 客員編集長 北野 武 12-7168 12-7169 25 カルト同様類似発言記事掲載 北野 武(『週刊ポスト』) 北野 武 12-7170 罪状 受理日 処分確定日 処分理由 刑法230 条 名譽毀損罪 刑法233 条 信用毀損罪 2000/2/23 2000/11/17 【不起訴】 嫌容疑なし 罪とならず 刑法230 条 名譽毀損罪 刑法233 条 信用毀損罪 2000/2/25 2000/12/26 【不起訴】 嫌容疑なし 刑法230 条 名譽毀損罪 2000/2/24 2000/10/27 【不起訴】 嫌容疑なし 刑法230 条 名譽毀損罪 2000/2/25 2000/12/26 【不起訴】 嫌容疑なし 刑法230 条 名譽毀損罪 2000/2/25 2000/10/27 【不起訴】 嫌容疑なし 刑法230 条 名譽毀損罪 2000/2/22 2000/9/19 【不起訴】 嫌容疑なし 刑法230 条 名譽毀損罪 2000/2/23 2000/12/12 【不起訴】 罪とならず 刑法233 条 信用毀損罪 2000/2/25 2000/12/26 【不起訴】 嫌容疑なし 刑法230 条 名譽毀損罪 刑法233 条 信用毀損罪 嫌容疑なし 罪とならず 刑法230 条 名譽毀損罪 2000/2/22 2000/10/30 【不起訴】 嫌容疑なし 刑法230 条 名譽毀損罪 2000/2/25 2000/11/17 【不起訴】 嫌容疑なし 嫌容疑なし 刑法230 条 名譽毀損罪 2000/2/25 2000/11/17 【不起訴】 嫌容疑なし

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i)雑誌記事掲載案件 事件名 被告発人 事件番号 26 虚偽での記事掲載 Web 現代誌名で 『Web 現代誌名』 株式会社 講談社 代表者被告 野間 佐和子 12-7165 27 虚偽での報道 週刊誌で 『週刊文春』 渡邉 博 12-7171 28 カルト捏造記事 週刊誌で 『NEWS WEEK』 ニューズウィーク東京支局 支局長 George Wehrfritz 12-7150 29 風説の流布 週刊誌で 『週刊新潮』 株式会社 新潮社 代表者被告 松田 宏 12-7158 株式会社 新潮社 代表者被告 佐藤 隆信 12-7159 30 虚偽での報道 週刊誌で 『週刊宝石』 株式会社 光文社 代表者被告 折敷出 慎治 12-7148 31 「舌癌」捏造記事掲載 週刊誌で 『FLASH』 株式会社 光文社 代表者被告 井上 晴雄 12-7140 32 虚言での報道 (サイババへ脅迫状) 週刊誌で 『週刊朝日』 週刊朝日編集部 代表者被告 加藤 明 委嘱記者 山嵜 信明 株式会社 朝日新聞社 代表者被告 箱島 信一 インド文化協会 代表者被告 内田 大円 13-4591 13-4592 13-4593 13-4590 j)東京地裁諸案件 33 風説の流布など ライフスペースを考える会 代表者被告 河村 浩介 12-7154 弁護士 滝本 太郎 12-7155 34 風説の流布など (インターネット上で) 田中 康之 12-7157 35 風説の流布など SSO 機関紙で『サイラムニューズ』他 比良 竜虎 12-7160 36 偽血液診断書作成 (高橋弘二の血液診断) 国立国際医療センター 正木 尚彦 798 37 業務上過失傷害 (SPGF メンバー家族 への殺人的医療行為) 藤田保健衛生大学病院 代表者 船曳 孝彦 978 罪状 受理日 処分確定日 処分理由 刑法230 条 名譽毀損罪 2000/2/25 2000/10/27 【不起訴】 嫌容疑なし 刑法230 条 名譽毀損罪 2000/2/25 2000/10/27 【不起訴】 嫌容疑なし 刑法230 条 1 項 名譽毀損罪 2000/2/25 2000/10/27 【不起訴】 嫌容疑なし 刑法230 条 名譽毀損罪 2000/2/25 2000/12/22 【不起訴】 嫌容疑なし 刑法230 条 名譽毀損罪 刑法233 条 信用毀損罪 嫌容疑なし 罪とならず 刑法230 条 名譽毀損罪 2000/2/24 2000/10/27 【不起訴】 嫌容疑なし 刑法230 条 名譽毀損罪 2000/2/22 2000/8/28 【不起訴】 嫌容疑なし 刑法230 条 名譽毀損罪 2001/2/9 2001/11/9 【不起訴】 刑法230 条 名譽毀損罪 2000/2/25 2000/11/28 【不起訴】 嫌容疑なし 刑法230 条 名譽毀損罪 刑法233 条 信用毀損罪 2000/2/25 2000/11/28 【不起訴】 嫌容疑なし 刑法231 条 侮辱罪 2000/2/25 2000/9/4 【不起訴】 罪とならず 刑法230 条 名譽毀損罪 2000/2/25 2000/10/27 【不起訴】 嫌容疑なし 刑法160 条 虚偽診断書等作成罪 2000/8/7 2000/8/21 (返戻) 刑法246 条 詐欺罪 刑法199 条 殺人罪 刑法203 条 殺人未遂罪 2000/10/2 2000/10/12 (返戻)

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事件名 被告発人 事件番号 38 業務上過失傷害 (SPGF メンバーの家族 への殺人的医療行為) 滋賀県立成人病センター 代表者被告 杉山 武敏 医師 麻柄(名前不詳) 1004 k)東京地検案件代表例 39 業務上過失致死傷 (激薬の過大投与) 伊丹市立伊丹病院 代表者被告 川上 房男 12-7138 40 偽証 (成田ミイラ事件裁判で) 千葉県警察成田署 警部 丸 雅幸 千葉大学医学部法医学教室 監察医 木内 政寛 伊丹市立伊丹病院 脳神経外科 医師 藤本 康裕 1149 41 最高裁付属図書館 出入り禁止(その1) 最高裁附属図書館 代表者被告 白木 勇 797 42 最高裁付属図書館 出入り禁止(その2) 最高裁附属図書館 代表者被告 白木 勇 974 l)小池洋吉−本件裁判長法廷内暴力案件 43 裁判官不作為 千葉地方裁判所 裁判長裁判官 小池 洋吉 976 44 裁判官不作為 千葉地方裁判所 裁判長裁判官 小池 洋吉 千葉地方裁判所 代表者被告 大藤 敏 18 罪状 受理日 処分確定日 処分理由 刑法222 条 1 項 脅迫罪 刑法199 条 殺人罪 刑法203 条 殺人未遂罪 2000/10/5 2000/10/19 (返戻) 刑法211 条 業務上過失致傷罪 2000/2/21 2000/12/21 【不起訴】 嫌容疑なし 刑法169 条 偽証罪 2000/11/28 (提出) 2000/11/30 (返戻) 刑法193 条 公務員職権濫用罪 2000/8/7 2000/8/21 (返戻) 刑法193 条 公務員職権濫用罪 2000/10/2 2000/10/12 (返戻) 刑法194 条 特別公務員職権濫用罪 2000/10/2 (提出) 2000/10/12 (返戻) 刑法194 条 特別公務員職権濫用罪 2000/12/27 (提出) 2001/1/15 (返戻)

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カルト冤罪に対する検察審査申立一覧

※下記一覧表のそれぞれの案件は、「カルト冤罪に対す る刑事告発一覧」の対応する番号の事件に関する検察 審査会へ申立です。 事件名 審査申立人 受理事務局 番号 受理日 1 成田ミイラ事件関連 高橋弘二 外2 名 東京第一 検察審査会 44 号 2002/9/30 4 脅迫、逮捕監禁 (SPGF メンバーの子9 名 を強制一時保護) 高橋弘二 外3 名 東京第一 検察審査会 45 号 2002/9/30 5 未成年者略取 (SPGF メンバーの子を) 高橋弘二 外2 名 東京第一 検察審査会 47 号 2002/9/30 6 未成年者の略取・誘拐 (SPGF メンバーの子を) 高橋弘二 外4 名 東京第二 検察審査会 47 号 2002/9/30 7 虚偽での事実記載 (子の引き渡し仮処分 命令申立事件) 高橋弘二 外3 名 東京第一 検察審査会 46 号 2002/9/30 8 虚偽での報道 テレビニュースで 『ANN ニュース』 高橋弘二 外2 名 東京第二 検察審査会 50 号 2002/9/30 9 脱税虚偽報道 テレビニュースで 『NHK ニュース速報』 高橋弘二 外2 名 東京第一 検察審査会 51 号 2002/9/30 11 カルト同様類似発言 新聞で 『赤旗新聞』 高橋弘二 外2 名 東京第二 検察審査会 48 号 2002/9/30 12 虚偽での報道 (子の養育環境「劣悪」と) 高橋弘二 外1 名 東京第一 検察審査会 56 号 2002/9/30 13 虚偽での報道 (子の養育環境「劣悪」と) 高橋弘二 外1 名 東京第二 検察審査会 57 号 2002/9/30 14 虚偽での報道 (子の養育環境「劣悪」と) 高橋弘二 外1 名 東京第一 検察審査会 57 号 2002/9/30 15 カルト同様類似発言 テレビ番組で 『THE WEEK』他 高橋弘二 外2 名 東京第一 検察審査会 54 号 2002/9/30 16 カルト同様類似発言 週刊誌で 高橋弘二 外2 名 東京第一 検察審査会 59 号 2002/9/30 事件名 審査申立人 受理事務局 番号 受理日 17 カルト同様類似発言 テレビ番組で 『THE WEEK』他 高橋弘二 外1 名 東京第一 検察審査会 55 号 2002/9/30 18 カルト同様類似発言 テレビ番組で 『THE WIDE』他 高橋弘二 外1 名 東京第二 検察審査会 61 号 2002/9/30 19 虚偽での記事掲載 日刊夕刊で 『日刊ゲンダイ』 高橋弘二 外1 名 東京第二 検察審査会 56 号 2002/9/30 20 カルト同様類似発言 テレビニュースで 『スーパーニュース』他 高橋弘二 外2 名 東京第一 検察審査会 52 号 2002/9/30 21 カルト同様類似発言 テレビニュースで 『スーパーナイト』他 高橋弘二 外2 名 東京第一 検察審査会 53 号 2002/9/30 22 小林事件提起による 名誉・信頼毀損 高橋弘二 外2 名 東京第二 検察審査会 54 号 2002/9/30 23 カルト同様類似発言 テレビニュースで 『スーパーニュース』他 高橋弘二 外1 名 東京第一 検察審査会 49 号 2002/9/30 24 カルト同様類似発言記 事掲載 スポーツ紙で 『東京スポーツ』 高橋弘二 外1 名 東京第二 検察審査会 58 号 2002/9/30 25 カルト同様類似発言記 事掲載 北野 武 (『週刊ポスト』) 高橋弘二 外1 名 東京第二 検察審査会 59 号 2002/9/30 26 虚偽での記事掲載 Web 現代誌名で 『Web 現代誌名』 高橋弘二 外1 名 東京第二 検察審査会 55 号 2002/9/30 27 虚偽での報道 週刊誌で 『週刊文春』 高橋弘二 外1 名 東京第二 検察審査会 60 号 2002/9/30 28 カルト捏造記事 週刊誌で 『NEWS WEEK』 高橋弘二 外3 名 東京第一 検察審査会 60 号 2002/9/30 29 風説の流布 週刊誌で 『週刊新潮』 高橋弘二 外3 名 東京第二 検察審査会 52 号 2002/9/30 30 虚偽での報道 週刊誌で 『週刊宝石』 高橋弘二 外1 名 東京第一 検察審査会 58 号 2002/9/30 31 「舌癌」捏造記事掲載 週刊誌で 『FLASH』 高橋弘二 外1 名 東京第一 検察審査会 50 号 2002/9/30

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事件名 審査申立人 受理事務局 番号 受理日 32 虚言での報道 (サイババへ脅迫状) 週刊誌で 『週刊朝日』 高橋弘二 外4 名 東京第二 検察審査会 62 号 2002/9/30 33 風説の流布など 高橋弘二 外2 名 東京第二 検察審査会 49 号 2002/9/30 34 風説の流布など (インターネット上で) 高橋弘二 外2 名 東京第二 検察審査会 51 号 2002/9/30 35 風説の流布など SSO 機関紙で 『サイラムニューズ』他 高橋弘二 外2 名 東京第二 検察審査会 53 号 2002/9/30 39 業務上過失致死傷 (激薬の過大投与) 高橋弘二 外3 名 東京第一 検察審査会 48 号 2002/9/30

PART

東京地検告発事例各案件総て

結果不起訴不当処分にて

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1、告発に至るまでの経緯

小 林

事件

今から遡ること7年、1995 年 2 月、ビジョンⅠセミ ナー(BPS 研究所主催)に参加した大学生 小林靖弘君(当 時22 歳)が、セミナー会場であるリゾートホテルに着い た夜、ホテル内の施設である公衆浴場で倒れて、病院に 運ばれた後に、死亡するという事故が起きた。 その後半年近く経った頃に、小林君の両親が原告とな り、損害賠償請求の民事裁判を提起した。被告は、有限 会社ライフスペース(この事故には無関係)、高橋弘二と 数名のセミナー運営スタッフであった。 これが、全ての事の発端である、いわゆる小林事件の 始まりであった。 この訴状には、「熱湯に浸かる修行」と表現されていた。 その訴状が裁判所に提出された翌日、事故について「熱 湯による修行により死亡した」という新聞記事が掲載さ れた。裁判所に提出された訴状通りの内容が、翌日の新 聞記事として出されるというのは、原告側からのリーク 以外は考えられない。その事は、誰の目にも明らかであ

小 林 事 件

った。しかし、この訴状を出した本人、京都弁護士会の 小笠原伸児弁護士は、自分がリークしたことを否定して いる。 事故発生から、この訴訟が提起される半年の間には、 オウム真理教信者による地下鉄サリン事件が起き、オウ ム真理教教団の中で、熱い湯に信者を浸けて殺すという 事件があったことも報道されていた。それらの相次ぐ報 道の直後、小林事件について 「熱湯に浸かる修行・・・」 という訴状が、小笠原弁護士によって作成されたのであ る。 日本有数のリゾートホテルの、他の利用客も入る公衆 浴場の湯の温度は、ホテル側が設定しているにも関わら ず、いったいどのようにしたら、我々が、熱湯に参加生 を浸けて殺すことができるだろうか。 小林君は、救急車で運ばれた病院で、興奮した。その 直後、興奮の原因も倒れた原因もわからないまま、興奮 時には禁忌とされている鎮静剤を打たれた。しかも、短 時間に通常の2.5 倍もの量の鎮静剤が投与された。そし て、当日は「悪性高熱症」と診断され、その症例の薬を 投与されており、その後病名がなぜか「熱中症」に変更 となり、「熱中症のために死亡」とされた。

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この初診の度重なる判断ミスは、裁判では一顧だに されなかった。 それはなぜか? 本来ならば、小林君が何故死んだのかを、裁判で追 究するべきであるはずだ。 死亡原因がわからずして、誰に損害賠償を求めたら 良いのか、判らないはずである。 しかも、死亡した場所は、病院である。 病院で何が行われたか、徹底的に追究されるべき問 題なのだ。 しかし、日本では誰でも知っているように、医事紛 争という裁判は非常に難しい。何故なら、裁判官も弁 護士も国民も、皆、医学に無知だからである。その上、 医者同士は庇い合うという習性があり、鑑定を引き受 けてくれる医者自体があまりいないというのが現状で ある。 その事を小笠原弁護士も熟知しており、矛先をライ フスペースに向けた。しかも、うまい具合に、世の中 はいわゆるオウム真理教事件で大騒ぎだった。まさし く、この事件は、オウム真理教事件の便乗であり、小 笠原弁護士は、事実無根の出来事に対して「熱湯修行」 という造語まで、考え出したのである。そしてマス・ メディアにリークし、ライフスペースが怪しい団体で、 その首謀者は GURU と名乗っており、まさしくオウ ム真理教のような危ない団体だと、印象付けることに 成功したのだ。 その為に、裁判では、終始一貫して病院での初診ミ スや投薬ミスは扱われなかった。しかし、その当時は、 死亡事件でありながら、高橋弘二やライフスペースは 刑事裁判に問われることもなく、一審の判決も、高橋 やその他個人の過失は認められず、ライフスペースは 安全義務違反を問われた。 これが、いわゆる「小林事件」の概要である。私た ちは、この事件をきっかけにして、カルト集団かのよ うに報道され始めたのだ。 この後、ライフスペースをカルト集団に仕立ててい

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く報道は続き、真実とはかけ離れたものになっていく。 その都度マス・メディアには私達から、厳重に抗議を 申し入れたが、全くそれも効果はなく、報道は拍車が かかった。雑誌だけでなく大新聞社までが、読者の興 味をそそるような、中身の記事に全く関係のない大見 出しを、派手にでかでかとつける始末だった。こうし て誤解を生む報道だけが、一人歩きしていった。 私たちはこの数年間、マス・メディア関係者と、取 材を通じて話をしてきたが、一度として、こちらが言 ったことがそのまま記事になることはなかった。記事 になる時点で、全て書き変えられているのが常であっ た。それでも私達は、誠実にマス・メディアに対応し てきた。今もそのスタンスは変わらない。 そのような報道が相次ぐ中で、ライフスペースのセ ミナーに参加する人の数は減っていった。あれだけの 報道があったのでは当然だろう。もちろん、会社とし ての経営も厳しくなり、大阪、名古屋、東京にあった センターも閉鎖を余儀なくされ、現在は縮小して東京 に事務所を構えるだけになった。 そして、ライフスペースの元代表、高橋弘二をリー ダーとする世界的なボランティアを進める計画も頓挫 した。無料で治療を受ける事ができる病院の建築プロ ジェクトへの参加や、その病院での奉仕活動と、その 奉仕者を養成する為の無料のプログラムを行うセンタ ーの設立、そのセンターを通じての飢餓救済活動、国 連の活動との連動等、それらが全て道半ばで断念せざ るを得なくなっていった。 千葉成田ミイラ事件 その中で、この「千葉成田ミイラ事件」が起こった。 GURU こと高橋弘二は民間治療家である。教育と治療 は、そのこと自体がインド伝統上の GURU のするこ とである。1996 年に、高橋弘二は全ての会社の代表取 締役を後任者に譲り、その後は GURU としての役割 に専念した。 千葉成田ミイラ事件は、1999 年 7 月 2 日、シャク ティ治療を受けることを望んだ小林晨一さんを、家族 が病院から、GURU の元に連れてきたことから始まっ た。 4 ヶ月後の 1999 年 11 月 12 日、千葉県成田警察署

千葉成田ミイラ事件

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(以下「成田署」)は、マロウドインターナショナル成 田ホテル(以下「マロウドホテル」)の一客室にいた、 治療により回復途上の小林晨一さんを、遺体として押 収した。 成田署が連れてきた川辺医師は、晨一さんに聴診器 をあて、脈拍を確認した上で、「死んでいる」と判断し た。成田署は、自分達が連れてきた川辺医師が、晨一 さんを見て、「外傷は無い」と確認しているにも関わら ず、その翌日には、(事件性が極めて強い)殺人罪の捜 査差押令状を請求した。 その上、当時、現場で晨一さんを介護していたシャ クティパットグル・ファウンデーション(以下SPGF) のメンバーが「介護中なので連れていかれては困る」 と説明したにも関わらず、成田署の丸警部は「外傷を 確認するだけだから」と言って、親族の了承も得ず、 晨一さんを押収した。 丸警部は、法廷内証言では「やはり、その場だけの 判断では難しい。関係者からの事情聴取をしてみない と、解りません」としながらも、この時点で既に、マ ス・メディアへは「ミイラ化遺体発見」と断定発言を し、この事によって、この事件は全国的に知れ渡るい わゆる「千葉成田ミイラ事件」へと発展していった。 成田署は、「ミイラ化遺体」と表明した、その根拠を 明らかにせぬまま、関係者からの詳しい事情聴取を行 う以前に、「ライフスペース成田ミイラ事件」という衝 撃的な報道によって、事件性を先行させた。 晨一さんが押収された日の 22 時頃、晨一さんの長 男である小林健児さん(以下、健児)は、成田署を訪 れた。「父親は、まだ生きている。『死んでいる』と言 うのであれば、定説に基づく「死の確認」をしてほし い。」そして、何よりも「父に会わせてほしい。せめて 側に居させてほしい。」と願い出たが、成田署は、一切 聞く耳を持たず、懇願する健児を建物から引きずり出 した。 そして、その3 日後に、司法解剖まで行った。理由 の公表も、家族への説明も了解も無いままにである。 成田署による「死の確認」は、前述の2 名によって 行われた。 1、川辺医師による、聴診器と脈での判断。 「死んでいる」 2、丸警部による、見た目の判断。

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「死んでいるように思いました」 一見すると死んでいるかの様に見えた晨一さんの様 子だが、晨一さんを見守り続けた介護者達は、口を揃 えて 「生きていた」、「『死んでいる』とは思えなかっ た」などと話していた。シャクティという未だ科学で 解明されていないものによって「生きている、元気に なっている」と確信していたのだ。 仮に死んでいたとして、ホテルの室内で、7、8 月と いう暑い夏を経過して、死後数ヶ月間経ったにも関わ らず、晨一さんの肉体、が朽ち果てたり、白骨化した りせずに、原形をとどめていたことを、どう説明する というのだろうか? 結果、晨一さんは亡くなった。そして、2000 年 2 月24 日、この事件に関わった 10 名もの多くのメンバ ーが逮捕され、民間治療家 高橋弘二が殺人罪、小林健 児が保護責任者遺棄致死罪で起訴された。 未だ科学で解明されていないシャクティによって 「生かされている」からこそ、見た目や心拍による確 認のみでは判断を誤ることは必至だと予想されたので、 私達は、「法医学の専門家に来てほしい、そして、死ん でいたというなら、その証拠をマス・メディアを通じ て公表してほしい」と頼んだのだが、結局、そのこと も無視された。 シャクティは現代の科学による解明は未だされてい ないとはいえ、論より証拠で、シャクティ治療を体験 した人は、自らの体験を通して、その効果を知ってい る。GURU こと高橋弘二の行うシャクティ治療は、セ ミナーという形をとり、参加料は数十万円∼八百万円 するものまである。しかし、今までに、千人を超える 人がセミナーに参加したが、「治療を体験したが、効果 が無かった」と苦情を訴え出た人は一人もいない。 千葉地裁―千葉成田ミイラ事件の裁判― 起訴状を見ると、この起訴には大変無理があること がわかる。起訴状によれば、高橋弘二は、治療家とし て最善を尽くしたのみであるのに、殺人の動機がある というのだ。そして、小林健児には、病院よりも危険 な場所に移動させ、父親に対し何もしなかったという

千 葉 地 裁

―千葉成田ミイラ事件の裁判―

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のだ。真実は、GURU である高橋弘二も小林健児も晨 一さんを救おうとしたのみである。 この裁判では、本来ならば、GURU の行ったシャク ティ治療とは、一体いかなるものなのか、法廷で究明 しなければならない。晨一さんが病院から運ばれて来 た2 日後、すなわち 1999 年 7 月 3 日に、晨一さんの 呼吸が止まったのかどうか、それが晨一さんの死なの かどうか、そうであるならその原因は何なのかを、追 究すべきである。起訴状を元に考えれば、そのように 追究されるはずだ。しかし、それらは決してなされな かった。 裁判長はそこに触れるのだけは避けているように 見える。そして、晨一さんの生死とは関係のない、枝 葉のことばかりを扱っている。具体的にいえば、SPGF の経済状況だとか、GURU 高橋弘二との関係だとかを 扱って、GURU 高橋弘二や SPGF が、どれだけ怪し いかという事に問題がすり替わっている。 大前提として、高橋弘二や小林健児、そしてライフ スペースは、カルトだという事が、裁判全体に流れて いるのだ。それならばそうと、その事を裁判上でも、 カルトであることについて、明らかにして扱えば良い のに、それには検察も裁判官も、誰も触れはしない。 民事裁判の「小林事件」が発生して以来、高橋弘二 やライフスペースをカルト扱いする報道などにより、 公安調査庁が動いた。その情報で、政府発行の報告書 にもライフスペースはカルト集団だと公式に掲載され た。それら全てを背景として、この裁判は動いている のだ。 その証拠に、この千葉成田ミイラ事件の家宅捜索が 為された際に、成田署からの依頼で地元警察署(大塚 署、牛込署)と東京都児童相談センターが動き、大勢 のマス・メディアに囲まれた中で、SPGF のボランテ ィアを親にもつ子どもや未成年者9 名が、まるで被疑 者であるかのように、頭から服を被せられて車に乗せ られ、連行されていった。 しかも、親がその場に一緒に居たにも関わらずであ る。 連れていかれる時、その理由は、何も明らかにされ なかった。東京都児童相談センターの担当者は、一つ

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覚えのように、ただ、「児童福祉法第33 条」を繰り返 すだけであった。「児童福祉法第33 条」とは、虐待に よる一時保護を意味する。 無論、9 名に対する虐待の事実などなかった。一時 保護後に、虐待は無かったと確認されたと、児童セン ターの福祉士も、親に、はっきりと証言している。 子どもたちは、保護されてから数ヶ月の間に、一人、 また一人と、親や祖父母のもとに返されていった。 しかし、ライフスペース代表の子は、実に1年9ヶ 月間、児童養護施設に入所措置を取られていた。その 間、ライフスペース代表は、我が子に会うことも連絡 を取ることも許されなかったのである。 児童相談センターは、「ライフスペース(SPGF)の 活動を熱心にしている親には、子どもは返さない」と 言い、返された子ども達も、「ライフスペース(SPGF) には戻らない」と約束させられた。親の方も、「ライフ スペース(SPGF)には今後関わらない」と一筆を入 れろと、児童相談センターから強制された人もいたの だ。これらの扱いも、完全に千葉成田ミイラ事件のと ばっちりであり、カルトの濡れ衣を着せられたからで ある。 高橋弘二はインド伝統上の GURU として、教育と 治療を行い、その一環として著作出版をする。その GURU の情報を正しく伝えるファウンデーション(ボ ランティア団体)としてSPGF が存在している。世間 や報道機関は、それらの活動をカルト集団の活動とみ なす。 こうして「ライフスペース」「SPGF」という幻のカ ルト団体(集団)が作られたのである。 成田署、千葉県警、児童相談センターは、初動捜査 ミスや勇み足による逮捕や一時保護を隠す為に、次々 と躍起になって嘘を言い、権力を利用し掴みかかって きた。マス・メディアは、それに便乗してか、権力に 利用されてか、虚偽の報道や取材に基づかない報道を 繰り返した。 無実の者が、カルト者の冤罪を被り、さらに、逮捕 され、裁判にかけられ、とうとう、真実の解明がなさ れないまま、有罪の判決が下されたのだ。マス・メデ ィアも、弁護士、識者、作家も、裏付けを取らず、定 説や判例を無視した、いい加減な報道や発言をした。

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私たちは、真実の解明、すなわち、犯罪行為を犯し た人には厳正な処罰を望み、真犯人逮捕を求め、東京 地方検察庁特捜部に、告訴・告発したのである。

2、東京地検への告発

告発 訴状提出 高橋弘二、及び小林健児らは、司法解剖の施行され た1999 年 11 月 15 日、市立伊丹病院が晨一さんに劇 薬を過大に投与したとして、東京地方検察庁(以下「東 京地検」)に告発状を提出した。 同月24 日には、千葉県警、及び成田署が、晨一さん を司法解剖にて殺害したとして、高橋弘二、及び小林 健児らは、告発状を提出した。その後、マス・メディ ア各社をはじめとし、有限会社ライフスペースや高橋 弘二を、破壊的カルト呼ばわりして名誉毀損した法人 や個人などを、被告発人として、合計47 通の告発状を 提出した。 東京地検が最初の訴状を受け取ってから、2 ヶ月が 過ぎも、参考人が事情聴取に呼ばれるなどという、告

告 発 訴 状 提 出

発状に基づく具体的な捜査は行われないままであった。 「千葉成田ミイラ事件」は、日本国の警察機関自体が 罪を犯した事件であった為、高橋弘二らは、事件発生 と同時に東京地検に告発し、またマス・メディアにも 一切の情報を公開し、国内で出来得る全ての手を尽く したが、誰一人として真相を明らかにしようとはしな かった。 通常であれば、日本国内で解決すべき事件であるが、 前述理由により、2000 年 1 月 13 日、高橋弘二らは、 被告人を「千葉県警察本部長 上田正文及び千葉県警察 成田警察署所長 森田瑞夫」として、国際刑事警察機構 (INTERPOL)へ提訴状を提出し、同年同月 17 日に 正式に受理された。 東京 地検 から の告 発補 正命 2000 年 2 月 10 日、東京地検特別捜査直告受理係よ り、提出済みの47 件の各告発・各犯罪に関して、「誰 が、何時、何処で、何を又は誰に対し、いかなる方法 で、何をしたか」等について出来るだけ特定して記載

東京地検からの

告発補正命令が届く

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する必要があるので検討するようにとの、補正命令が 届いた。 SPGF 代表の釣部人裕が、東京地検特別捜査直告受 理係の事務官より、告発状のフォーマットや各罪状の 構成要件の記載方法について書かれた書物を紹介して もらう等の指導を受けた。 2000 年 2 月 21 日、前記補正命令を受けて、告発状 を再作成し、千葉県警察本部及び成田警察署を被告発 人とした告発状3 通を東京地検へ再提出した。 その後、随時、指導を受けたとおりに補正し、合計 33 件の告発状を再提出した。 2000 年 3 月 30 日、東京地検に提出した告発状 33 件のすべてが、正式に受理された。 その後、数本の告発状を提出し、合計44 本になる。 (本書 PART Ⅱ 参照) 次にこれら44 件を、12 のグループに分け、そのポ イントを述べることにする。

3、地検告発事例案件

(2002 年 8 月 30 日現在) a)臣公文書録除外(別名使用呼称では「隠」)案件 本件「千葉成田ミイラ事件」は、警察庁・法務省・ 厚生省制作の報告書、「『特定集団からの離脱者に対す る精神医学的・心理学的支援の在り方についての研究 会』報告書について 平成12 年(2000 年)12 月 22 日」を見れば、カルト案件として扱われているのが判 る。 この報告書の「オウム真理教の現状と現代社会」19 ページには、「カルト研究の必要性と再発防止対策」が ある。 「1 カルトの反社会性」では、表1 破壊的カルト の反社会性(西田1995)を挙げている。報告書では表 1をこのように説明している。 カルト研究の必要性と再発防止対策 1 カルトの反社会性 カルト研究の必要性と再発防止対策を策定する前 提として、それらについては既に多くの事実と資料が

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ある。ここではそのいくつかを示すにとどめる。 表1は西田(1995)が挙げる破壊的カルトの反社会性 であるが、虚偽と欺瞞の組織であること、入会・脱会 の自由がないこと、組織のトップとメンバーの間が隷 属的関係にあること、公共の福祉に反する活動を行っ ていることが挙げられている。 表1に続いて、 カルトの起こした事件に関しては、志村(2000)の 資料を基に筆者が改変したものを表2、表3に示す。 表2は、オウム真理教関連の事件を除いた日本におけ る最近の事件で、…(中略)…、治療と称して遺体が 発見された事件、…(中略)…などがある。 とあり、「表2 国内でカルトが起こした事件(オウム 以外の事件。志村(2000)を改変)」内の 8 行目に、 「1999.11.11 『ライフスペース』ミイラ化遺体発見事 件(2000.1.22 高橋弘二ら逮捕)」と記載されている。 これは何を意味するのか。その真偽は別として、法 務省は、2000 年 12 月 22 日の時点で、高橋弘二や SPGF、 ライフスペースをカルトとして認定し、公表したこと になる。

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