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健康文化 18 号 1997 年 6 月発行 1 随想

「読みびと知らず」の名歌

玉木 正男 学芸の領域での著者、作者の priority の意義は今に始まることではない。八 百余年前のわが国の昔話である。滅びゆく平家の公達、平忠度(たいらのただ のり、平清盛の末弟)は文武両道に優れた人であったという。栄えていた平家 の人々は、源氏(木曽の義仲)の進攻に抗しきれず、「都落ち」するのであるが、 忠度は、和歌の道で親しい間柄というよりは師ともいうべき人であった藤原俊 成卿を、一旦京を出てからとって返し訪ねている。 平家物語の「忠度都落」にみられる文の要旨を記すと、忠度は「平家一門の 運命はもはや尽きました。勅撰の歌集が作られると承りましたので、この巻物 の中に適当な歌があれば一首なりともお選びいただければ、草葉の蔭におりま してもうれしく存じます。」と述べ、日頃詠みおいた歌のうち秀歌とおぼしき百 余を書き集めた巻物を俊成に進呈した。その後、世が静まって勅撰和歌集「千 載集」が編集されたときに、彼の巻物の中に適当な歌はいくらもあったけれど も、当時朝敵とされていた平家の人の歌であるから名前を示さず、「読人しらず」 として「故郷花(ふるさとのはな)」という題の一首が加えられた。 「さざ波や志賀の都は荒れにしを、昔ながらの、山桜かな」 志賀(滋賀)の都近くに生を受けた筆者には特に感銘深い歌である。 平家物語に出たこの話を取り上げた後年の謡曲「俊成忠度」によれば、俊成 のところに忠度の霊が現れ「千載集に一首の歌を入れさせ給ふ御志はうれしけ れども、読み人知らずと書かれしこそ心にかかり候らへ」というのに対して、 俊成は「朝敵の御身、その名をあらはさんは世の憚りなり。此の歌あるならば 御名は隠れよもあらじ、御心安く思し召せ」と応じている。「読みびと知らず」 と古典文書に書かれたため、かえってこの歌のpriority、周知の名声が明らかに なったといえよう。

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健康文化 18 号 1997 年 6 月発行 2 平忠度はその後一の谷の戦いで討ち死にするが、その時箙につけていた短冊 に「旅宿花(りょしゅくのはな)」という題の次の歌が書かれていたという。 「行き暮れて木の下蔭を宿とせば、花や今宵の主ならまし」 検定唱歌集(昭和2年)の「敦盛と忠度」の二、には次の歌詞がみられる。 若い人々の愛唱した歌であった。 更くる夜半(よわ)に門をたたき、わが師に託せし言の葉あわれ。今わの際 まで持ちし箙(えびら)に、残れるは「花や今宵」の歌 1997 年 4 月 山桜のころ (大阪市立大学名誉教授)

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