解説・紹介
火山 第 66 巻 (2021)第 1 号 45-53 頁タール火山(フィリピン)で 2020 年 1 月に起こった
噴火の概要と防災対応
熊 谷 博 之
*・濵 本 未 希
*・市 原
寛
*(2020 年 12 月 17 日受付,2021 年 1 月 17 日受理)
Overview of the January 2020 Eruptions at Taal Volcano (Philippines)
and Related Disaster-mitigation Response
Hiroyuki K
UMAGAI*, Miki H
AMAMOTO*and Hiroshi I
CHIHARA*1.は じ め に
2020 年 1 月 12 日にフィリピンのタール火山で噴火が 起こった.この噴火は噴煙高度が 15 km に達した大規模 なものであった.火口がある Volcano Island(火山島, Fig. 1a)には数千人(少なくとも 6 千人, 正確な人数は不明) の住民がいたにも関わらず,噴火による死者は避難中に 体調を崩した 1 名という防災対応に成功した事例となっ た.筆者らはこの噴火後の 2020 年 2 月 16 日から 25 日 まで,フィリピン火山地震研究所(PHIVOLCS)を訪問 し,噴火危機の対応を指揮した Renato U. Solidum Jr. 所長 や Ma. Antonia V. Bornas 火山部部長らに聞き取りを行う とともに,タール火山周辺の現地調査を行った.この現 地調査では噴火活動に伴う変動地形を観察することがで きた.この調査の後,新型コロナウイルス感染症の影響 でフィリピンへの渡航ができなくなった.現地で変動地 形が観察できたのは未固結堆積層であったため,その後 の風雨や道路工事等による人工改変により消失している 可能性が高い.この一連の噴火活動については,Global Volcanism Program (2020) や Wikipedia(https://en.wikipedia. org/wiki/2020_Taal_Volcano_eruption)などにもすでに報 告があるが,実際に対応に当たった関係者の聞き取りお よび現地調査の結果は,今後の同様な噴火における防災 対応や噴火過程の理解に役立つものと考えられる.本稿 では,これまでのタール火山の噴火活動と関連する研究 成果および同火山の監視体制についてのレビューを行っ た後,本調査の結果を報告する.それらに基づいて,今 回の噴火での防災対応の成功の背景について考察を行 う.なお本稿で記した時間はフィリピンの現地時間 (UTC+8)である. 2.タール火山の噴火活動とマグマ・熱水システム タール火山は,カルデラとそれを満たすタール湖およ びその中にある島から形成されており,湖の中央部にあ る火山島において歴史的にたびたび噴火を起こしてきた (Torres et al., 1995; Delos Reyes et al., 2018).1572 年に最 初に記録された噴火以来,2020 年の噴火を除いて 33 回 の噴火が記録されている(Fig. 2).それらの噴火は火山 爆発指数(VEI, Newhall and Self, 1982)が 5 以下のもの で,水蒸気噴火・マグマ水蒸気噴火・マグマ噴火であり, 火砕流を伴う噴火もあった.1911 年の噴火は VEI 4 の 中央火口からのマグマ水蒸気噴火あるいはプリニー式の マグマ噴火で(Fig. 1b),火砕流も発生して 1,335 名の死 者を出した(Delos Reyes et al., 2018).さらにこの噴火に 伴いタール湖の南西岸域の Lemery で割れ目が生じた (Worcester, 1912, Fig. 1a).1911 年の噴火は 1 月 27 日か ら 30 日の 4 日で収まり,その後 54 年の休止期間を経て 1965 年 9 月 28 日に噴火が起こった.この噴火も VEI 4 で,火山島の南西側でマグマ水蒸気噴火(Fig. 1b)とそ れに伴う火砕流が発生した.火砕流の一部はタール湖を 2 km 以上も流走して対岸の集落にも被害を与え(中村, *〒464-8601 愛知県名古屋市千種区不老町 名古屋大学大学院環境学研究科 *
Graduate School of Environmental Studies, Nagoya Uni-versity, Furo-cho, Chikusa-ku, Nagoya 464-8601, Japan.
Corresponding author: Hiroyuki Kumagai e-mail: [email protected]
1966),200 人が犠牲となった(Delos Reyes et al., 2018). その後も,ストロンボリ式マグマ噴火・水蒸気噴火・マ グマ水蒸気噴火を 1977 年まで繰り返し起こした(Delos Reyes et al., 2018).この最後の噴火から 43 年間の休止 期間を経て,2020 年の噴火が起こった.歴史的な噴火の 88 % が 30 年以内で起こってきたこと(Zlotnicki et al., 2009)は,2020 年の噴火が比較的長い休止期間を経て起 こったことを示している. タール火山の研究は,同火山の監視を行っている PHIVOLCS を中心としてこれまで進められてきた.ここ ではタール火山の地球物理学および地球化学的な研究成 果のレビューを行う.京都大学のグループが PHIVOLCS と共同で 1993 年に爆破震源を用いた構造探査を行うなど (Nishigami et al., 1994),日本の研究者はタール火山に関 する共同研究を早くから進めてきた.日本の無償資金協 力(1999-2002 年)により,タール火山にデジタルテレメー タを用いた地震観測網が構築された.GPS を用いたター ル火山の地殻変動観測は,米国の研究者を中心に 1998 年に始められた(Lowry et al., 2001; Bartel et al., 2003). PHIVOLCS は,国際測地学・地球物理学連合(IUGG)傘 下の EMSEV(Electromagnetic Studies of Earthquakes and Volcanoes)と 2004 年に協定を結び,それ以来,日本・フ ランス・米国等の研究者が PHIVOLCS の研究者と協力 して,電磁気学的および測地学的な観測をタール火山に おいて精力的に行ってきた(Harada et al., 2005; Zlotnicki et al., 2009, 2017, 2018; 笹井・他, 2015).また PHIVOLCS はスペインのグループと協力してタール火山における火 山ガスの測定を行ってきた(Arpa et al., 2013).2009 年 から 5 年間実施された科学技術振興機構(JST)と国際 協力機構(JICA)による地球規模課題対応国際科学技術 協力プログラム(SATREPS)により,タール火山に広帯 域地震計・空振計・GPS・電位差計・磁力計・監視カメ ラを用いた多項目観測網が構築されるとともに,これま Fig. 1. (a) Topography of Taal volcano (50 m contour intervals). The open triangle indicates the location of the Buco
Volcano Observatory. The inset map shows the location of Taal volcano (solid triangle) in the Philippines. (b) Locations of the 1911 and 1965-1977 eruption vents at Volcano Island. The contour interval is 20 m.
Fig. 2. Volcano explosivity indices (VEI) of historical eruptions at Taal volcano (Delos Reyes et al., 2018).
でタール湖北端にある Buco 火山観測所(Fig. 1a)まで しかテレメータされていなかった連続データが,衛星テ レメータを用いてマニラの PHIVOLCS 本部まで伝送さ れるようになった.SATREPS プロジェクト終了後も, PHIVOLCS と日本の研究協力は科研費等を通して続い ている. 上記の国際的な研究協力を通して,タール火山のマグ マ・熱水システムに関して以下のことが解明された(Fig. 3).GPS データの解析から,圧力源は火山島の中央火口 東の約 5 km の深さに推定され,これがタール火山のマ グマ溜まりであると解釈された(Bartel et al., 2003).火 山島の中央火口には Main Crater Lake(MCL, Fig. 1a)と 呼ばれる湖があったが,この下 1-4 km の深さは比抵抗 の高い領域があり,その周囲と表層には比抵抗が低い領 域が推定された(Yamaya et al., 2013; Alanis et al., 2013). 高比抵抗領域は MCL へ熱水を供給した蒸気卓越型の熱 水貯留層,低比抵抗領域は粘土鉱物の卓越した不透水層 と解釈された(Yamaya et al., 2013; Alanis et al., 2013; 笹 井・他, 2015).火山島の東斜面には S 波の減衰領域が推 定され(Kumagai et al., 2014),この領域は低比抵抗領域 に対応するとともに,上述の 1993 年の構造探査により 推定された地震波減衰領域(Nishigami et al., 1994)とも 整合的な関係にあった.Kumagai et al. (2014) は,この S 波減衰領域が定常的に脱ガスを起こしていた浅部マグマ であると解釈した.なお,Yamaya et al. (2013) 及び Alanis et al. (2013) は低比抵抗領域をすべて不透水層と解釈し たため,火山島東斜面下に関しては解釈が異なっている. Kumagai et al. (2018) は,高周波地震波の解析から厚さ約 1 km の散乱が強く非弾性減衰が大きい層がタール火山 に存在することを示した.さらに,この層は表層の低比 抵抗領域に対応し,熱水流体あるいは粘土鉱物を含む未 固結層と解釈した.2010 年 4 月から 2011 年 3 月にかけ てタール火山では 3 つ地震活動期があった(笹井・他, 2015; Zlotnicki et al., 2018).Maeda et al. (2013) は,2010 年 11 月から 2011 年 2 月(第 3 期)に発生した低周波地 震(LP イベント)が,マグマから脱ガスした高温の水蒸 気が火山島北東斜面の浅部割れ目の振動を起こしたこと によって発生したと解釈した.Arpa et al. (2013) は,MCL における CO2放出量が 2008 年 4 月から 2012 年 7 月の期 間に大きく変動したこを示した.この期間の最大 CO2 放出量は 4,670 t/day で 2011 年 3 月に測定された.この 時期は上記の地震活動が活発であった時期に対応してお り,Maeda et al. (2013) の LP イベントに基づいたマグマ 脱ガスの活発化という解釈と整合している.Maussen et al. (2018) は 1991-2017 年の長期にわたった MCL の湖 水の地球化学分析を行った.その結果,1995 年を境に pH や F,Si,Fe などの元素濃度に変化があることが分 かった.この変化は,1991-1994 年にタール火山浅部へ マグマ貫入が起こったことによると解釈された. これらの先行研究をまとめるとタール火山のマグマ・ 熱水システムは以下のように解釈できる(Fig. 3).火山 島中央火口東の下にマグマ溜まりがあり(Bartel et al., 2003),ここに 1965 年の噴火以降マグマの蓄積が進んで い た.1991 年 か ら 1994 年 に か け て マ グ マ が 貫 入 し (Maussen et al., 2018),火山島の東斜面に地震波減衰領 域(Nishigami et al., 1994; Kumagai et al., 2014)を形成し た.この貫入したマグマは,マグマ溜まりとの間で対流
タール火山(フィリピン)で 2020 年 1 月に起こった噴火の概要と防災対応 47
Fig. 3. (a) Plan view of the low Q region (square region) estimated by Kumagai et al. (2014). The solid and open diamonds represent the locations of the inflation and deflation pressure sources at depths around 5 km (Bartel et al., 2003). The open star indicates the source location of LP events (Maeda et al., 2013). The solid star and dashed lines display the active source location and the extent of a high-attenuation region (Nishigami et al., 1994). (b) Schematic diagram of the magma and hydrothermal system along profile A-A.
(Kazahaya et al., 1994)を起こし,定常的なマグマからの脱 ガスが起こった.このガスは MCL の下の貯留層(Yamaya et al., 2013; Alanis et al., 2013)や割れ目を通して MCL や その周辺へ放出された(Zlotnicki et al., 2018).2010 年 4 月から 2011 年 3 月にかけてマグマ供給量が一時的に増 大した.この活動では新たなマグマの貫入はなかった (Maussen et al., 2018)が,脱ガスが活発化した.これに より MCL での CO2の放出量が増大するとともに(Arpa et al., 2013),火山島北東斜面の割れ目を通したガスの放 出に伴って LP イベントが発生した(Maeda et al., 2013). その後火山活動は落ち着いた状態にあったが,2019 年 3 月から地震活動が活発化し始め,PHIVOLCS は警報レベ ルを 1 へ上げた(Table 1).その後も地震活動が比較的 高い状態が続いたまま,2020 年の噴火に至った. 3.タール火山の監視体制および 2020 年噴火における PHIVOLCS の対応 2020 年噴火が起こる前のタール火山における地震観 測網を Fig. 4 に示した.上述のように,この観測網の構 築はテレメータも含めて日本による貢献が大きい.とく にマニラの PHIVOLCS 本部にリアルタイムの連続デー タが伝送されるようになったことは,監視能力の向上に 大きく貢献した.連続地震波形および監視カメラ画像は PHIVOLCS のモニタリングルームに常時表示され,ター ル火山の活動の把握に活用された.2020 年 1 月 12 日の 最初の噴火は MCL からの水蒸気噴火であったが,これ は MCL の東湖岸の VTMC 観測点(Fig. 4)に SATREPS プロジェクトを通して設置したカメラが捉えたもので あった.
火山島は恒常的危険地域(permanent danger zone)に指
定されており,居住は許可されていないが,実際には数 千人が居住していた.違法な居住ではあったが,実態に 合わせて小学校などの公的な施設が整備されていた.火 山島に港はなく,砂浜等に横付けできるバンカーと呼ば れる小型ボート(Fig. 5)が人および物資の輸送手段であ る.このバンカーは照明がないものも多く,夜間の航行 は危険である. 2019 年 10 月に,タール火山の地震活動が高いレベル にあることから,PHIVOLCS の要請を受けて,火山島に ある 2 つの小学校が閉鎖され,子供がいる家庭はこの時 点で火山島を離れていた. 2020 年 1 月 12 日朝 7 時頃から有感地震が起こり始め た.これに異常を感じた島民から Buco 火山観測所に電 話で問い合わせが入るようになり,観測所の職員が自主 的な避難をこの時点で島民に勧めていた.同日 13 時前 Table 1. Alert levels and their criteria for Taal volcano.
Fig. 5. Boats (bunkers) used for transportation in Taal Lake. Fig. 4. Locations of seismic stations at Taal volcano
に PHIVOLCS は警報レベルを 3 に上げ,避難を正式に 勧告した.これにより午前中から自主的に始まっていた 避難が本格化し,バンカーを用いた島民のピストン輸送 が行われた.同日 14 時頃に中央火口内のカメラで水蒸 気噴火とみられる噴気が確認されたため,PHIVOLCS は いったん 14: 04 に警報レベルを 2 に下げた.その後も 水蒸気噴火活動が 14: 40 頃まで続き,15 時頃にマグマ 水蒸気噴火と推定される噴火により中央火口内のカメラ が破損した.その後もマグマ水蒸気噴火の活動が活発化 していったために,PHIVOLCS は 17: 30 に警報レベル を 4 に引き上げた.その間も住民避難は続き,17 時頃に 完了した.この避難によりボートの中で体調を崩して亡 くなった人が 1 名いたが,噴火による負傷者は出なかっ た.その後も噴火は続き,同日 19 時頃に噴煙高度が 15 km に達する最大の噴火が発生した.翌日の 1 月 13 日 午前 3 時前に中央火口内で非爆発的なマグマ噴火(溶岩 噴泉)が起こった.1 月 12 日夕方にはタール湖南西の地 域で地震が発生し,割れ目が生じ始めた.最大マグニ チュード 4.1 の地震が 1 月 12 日 23: 56 に発生し,地震 活動は 1 月 17 日まで続いた. 1 月 12 日と 13 日の噴火の噴出量は PHIVOLCS の推 定によると 20×106m3,VEI 3 の規模であった.VTDK 観測点は崖崩れにより消失し,VTMC 観測点は噴火によ り吹き飛ばされ,VTCT 観測点は火山灰により埋まった とみられる.VTBL 観測点の状況は不明である VTBC, VTNP,VTTK,VTBM 観測点は噴火直後に停止したが, その後復旧した(Fig. 4). 4.現 地 調 査 2020 年 2 月 20 日と 21 日にタール火山の現地調査を PHIVOLCS の職員である Paul Karson B. Alanis 博士の同 行のもとに行った.Alanis 博士は,SATREPS プロジェ クトにおいて国費留学生として東海大学の博士後期課程 に在籍し,上述のタール火山の電磁気学的研究(Alanis et al., 2013)で博士号を取得した.この調査は短期間で あったため詳細な測量はできなかったが,割れ目が発生 した地点はほぼ観察することができた.それらの地点を Fig. 6 に示した.割れ目はタール湖の南西に多くあるだ けでなく,北東側にも存在した.ずれの量は大きいもの で 2 m を超えていたが,多くは数十 cm 以下のものであっ た(Fig. 7).割れ目の走向は北東-南西が卓越しており, 傾斜角は 90° に近いものが多かった.割れ目上にあった 建造物の多くはひび割れが入るなどの損傷を受けた (Fig. 7).Buco 火山観測所があるタール湖の北側では湖 面の低下,タール湖の北西側では湖面の上昇が観察され た.なお詳細な割れ目や地盤変動の測量は PHIVOLCS によって行われており,今後公表される予定である. タール湖北東の Talisay(Fig. 1a)の住民によると,割 れ目は 1 月 13 日午前 2 時半頃に生じたという.タール 湖南西で割れ目によって建物被害を受けた Batangas Pro-vincial Hospital(Fig. 1a)の職員によると,1 月 13 日午前 1 時に避難した時には建物被害はなかったが,同日午前 7 時には床などにひびが入っているのを目撃したとい う.どちらの証言も,割れ目を伴う地盤変動が,最大の 噴火時(1 月 12 日 19 時頃)ではなく,その後の 1 月 13 日早朝に起こったことを示している. 火山島には上陸することはできなかったが,バンカー を用いて火山島を周回して観察した.火山島は一部の地 熱地帯を除いて樹木が茂っていたが,噴火によりほぼ全 島にわたって厚い火山灰に覆われていた.もともとあっ た住居等は火山灰の加重あるいは噴石によって崩壊した ものがほとんどであった.さらに地形そのものが大きく 変動していた場所があり,噴火活動に伴い大きな地殻変 動が火山島においても起こったことを示していた. この調査時点では,一時的にでも火山島に上陸するこ とは法的に禁止されていたが,すでに火山島へ帰島して いる住民が数多く見られた.噴火による避難で対岸の親 類の家等で暮らしていたが,火山島へ戻りたいという要 望が強く,違法ではあるが帰島しているということで あった(ただし火山島にいるのは昼間だけという証言も あった).島民はバンカーで渡るため,どこからでも火 山島へ入れるため,規制することが困難という状況で あった.なお今回調査した地域では,降灰堆積物による ダストが風で舞い上がっていたため,マスクやゴーグル タール火山(フィリピン)で 2020 年 1 月に起こった噴火の概要と防災対応 49
Fig. 6. Locations of fissures (squares) appeared after the Taal eruptions on January 12-13 2020. Symbols a-f correspond to those in Fig. 7.
Fig. 7. Fissures and damaged buildings in association with the Taal eruptions on January 12-13 2020 at the locations shown in Fig. 6.
がない状態では活動は困難な状況であった.火山島はさ らに状況はひどく,その中での生活は容易でないと見ら れた. 5.考 察 1965 年から 1977 年の一連の噴火が火山島の南西部で 起こったのに対して(Fig. 1b),2020 年の噴火は火山島 の中央火口から起こり,タール湖の南西部と北東部で割 れ目が生じ,主要な噴火活動は 2 日で収束した.火砕流 の発生はなかったものの,この噴火スタイルは 1911 年 噴火(Fig. 1b)と類似したものである.1911 年の噴火で は火山島の中央火口から低温の火砕流噴火が起こった (Worcester, 1912).その噴出物にマグマ物質は含まれ ず,熱水貯留層の物質が放出された可能性が高い.2020 年噴火で生じた割れ目は,火山島の下のマグマ溜まりか ら北東-南西方向に流出したマグマの貫入によって生じ たものと考えらえる.干渉合成開口レーダー(InSAR) による地殻変動の解析からも,この方向のダイク貫入が 示されている(橋本, 2020 など).このような火山体下に おけるマグマ溜まりからのマグマの流出と貫入は,2000 年三宅島噴火(Geshi et al., 2002; Ueda et al., 2005 など), 2007 年 Piton de La Fournaise 火山噴火(Michon et al., 2007; Peltier et al., 2009 など),2018 年 Kilauea 噴火(Neal et al., 2019 など)でも起こったことが知られている. 2020 年と 1911 年噴火の類似性を考慮すると,1911 年噴 火においてもマグマ流出と貫入が起こったと推定され る.1911 年噴火の後,1965 年の噴火までに 54 年の長い 休止期間があったことは,マグマ溜まりからの大規模な マグマの流出があったと考えれば説明できる.よって 2020 年噴火の後も長期の休止期間となる可能性が高い. 火山島には数千人の住民がいたにも関わらず,2020 年 噴火による人的な被害は避難時に体調を崩した 1 名だけ という火山防災に成功した背景として,以下の 3 つのポ イントがあげられる. (1)タール火山研究と監視能力の向上.第 2 章で述べ たように,PHIVOLCS は国際的な研究協力を積極的に行 い,タール火山の理解とその活動を監視するための能力 を向上させてきた.フィリピン国内では地球科学で博士 号を取得することはできないため,日本・米国・ヨー ロッパの大学に PHIVOLCS の職員を留学生として派遣 し,職員の研究能力の向上にも努めてきた.Renato 所長 は米国で,Bornas 部長はベルギーで博士号を取得した. 上述の Alanis 博士だけでなく,火山地震学を専門とする Winchelle Ian G. Sevilla 博士(米国で博士号取得)も含め て,博士号を持つ研究者が PHIVOLCS の火山研究と監 視を担っている.このように火山研究と監視を同じ機関 で行うという体制は,米国地質調査所(USGS)を始めと して,イタリアの国立地球物理学火山学研究所(INGV) や本稿の筆頭著者が関係しているコロンビア地質調査所 (SGC)やエクアドル地球物理研究所(IG-EPN)でも取ら れている.火山では噴火の前や最中に起こる複雑な現象 が進行していく中で,防災対応を迫られることになる. 場合によっては,これまで知られていない現象が起こる こともあり,科学的知見や洞察が必要となる.2020 年噴 火において,タール火山を研究してきた Renato 所長や Bornas 部長らが,リアルタイムで得られたデータに基づ いて噴火危機の対応をしたことは,適切な判断につな がったと考えられる. (2)住民とのコミュニケーション.PHIVOLCS はター ル火山が噴火した場合に備えて,火山島の島民だけなく, タール湖沿岸の地域住民に対して,リスク認知と避難行 動のための説明会などを頻繁に開催してきた.2019 年 10 月の地震活動の活発化の段階において,火山島の小学 校を閉鎖するとともに,子供のいる住民を火山島から退 避させたことは,今回の成功の重要な背景である.この 要請を PHIVOLCS が出したことに加えて,それを受け 入れた島民の行動は,PHIVOLCS と島民との間に信頼関 係がなければできることでない.2020 年 1 月 12 日朝に 地震が起こり始めた段階で,島民から観測所に連絡が入 るとともに,観測所職員が自主的な避難を促し,それを 島民が実際の行動に移したことも,島民のリスク認知と 避難行動に関する高い意識を,さらには PHIVOLCS と 住民との信頼関係を示している.バンカーという限られ た輸送手段しかない中で,早めに避難行動に移ったこと も成功の鍵であった. (3)噴火の前兆現象とタイミング.2020 年噴火が前兆 現象を伴ったことと,噴火が昼間に起こったことは幸運 であった.2019 年 3 月から地震活動が活発化し,さらに 噴火前の朝から有感地震が起こったという前兆現象が あったことが,数千人という島民の噴火前の避難につな がった.噴火前の地震活動が夜から始まった場合は,夜 間の航行が危険なバンカーでは避難は極めて困難であっ たと考えられる.さらに噴火が徐々にクライマックスへ と移行していったことと,火砕流が発生しなかったこと も幸運であった.1911 年と 1965 年の噴火では火砕流で 多くの死者が出ており,1965 年のように火砕流がタール 湖を渡った場合には,その状況によっては対岸だけでな く,バンカーで避難している島民にも被害が出た可能性 はあった. 6.お わ り に このようにタール火山における 2020 年噴火における噴 タール火山(フィリピン)で 2020 年 1 月に起こった噴火の概要と防災対応 51
火危機対応の成功は,幸運にも恵まれたが,PHIVOLCS の長年にわたる努力と島民の行動力があったからであ る.この事例は,今後の日本における火山防災対応を考 えるうえでも,示唆に富むものと言えよう.火山監視の あり方,住民のリスク認知と避難に対する行動力,防災 関係機関と住民との信頼関係の構築は,日本においても 今後の検討と対応が必要な課題であると考えられる. 謝 辞
PHIVOLCS の Renato U. Solidum Jr. 所長および Ma. Antonia V. Bornas 部長には,新型コロナウイルス感染が 拡大する中で,調査の受け入れと便宜を図って頂いた. さらに Paul Karson B. Alanis 博士,Rudy Lacson Jr.研究員 および Buco 火山観測所の職員の協力により現地調査が 可能となった.Winchelle Ian G. Sevilla 博士には噴火の 概要に関して情報を提供して頂いた.東海大学の笹井洋 一博士と長尾年恭博士および京都大学の橋本学博士との 議論は,本稿を執筆する上で大変有効であった.石塚 治博士と宮縁育夫博士の査読は本論文の改訂に役立っ た.以上の皆様に心よりお礼を申し上げる.本研究は科 研費(19KK0084)の助成を受けた. 引 用 文 献
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(編集担当 宮縁育夫)