渡辺恵子『国立大学職員の人事システム―管理職への昇進と能力開発』
(東信堂、2018年)
竹 本 信 介 いわゆる橋本行革により、日本の中央省庁は2001年1月6日に再編され、その改革過 程の中で、国立大学は2004年4月1日より独立行政法人へと移行した。この新たに構築 された国立大学と文部科学省の関係は、既に15年の月日が経過している。本書はこの法 人化前後の時期を対象に、国立大学事務職員(ノンキャリア公務員)の昇進構造とその 能力開発に関する分析を行ったもので、全体は序章と最終章を含めて6章から構成され ている。 各章構成を追っていくと、序章「問題関心と本書の構成」では、今日的かつ世界的な 公務員制度改革の経緯や潮流を踏まえつつ、日本の公務員制度改革論議や関連する先行 研究が、全体構成数としては多数を占めるノンキャリア公務員の存在を軽視してきた点 が指摘され、本書は人的資源管理論の観点より、国立大学事務局幹部職員への昇進構造 とその能力開発を論じる方針が示される。第1章「国立大学と文部省の組織」は、いわ ば次章以降の分析に備えた概論で、その後、幹部職員の昇進構造(第2章)、幹部職員 の職務遂行能力とその開発(第3章)と続き、それらが法人化によってどのように変容 したのかが検討された後(第4章)、終章にて結論と含意が述べられる。なお本研究の 手法は、①資料調査、②インタビュー調査、③文部職員名鑑や国立大学幹部名鑑等に掲 載された職歴情報に基づく分析となる。以下、各章分析結果の要旨を述べていく。 国立大学は法人化後、事務局の組織や職の改組をより自由に行えるようになり、また 職員採用についても、各大学の独自採用数が徐々に増加している。事務職員数について は、1970年度以降増加している教員数に比して、政府による定員削減計画の影響で横ば いとなっているが、事務職員には高まる大学の社会貢献や地域貢献に対応する働きがよ り求められている(第1章)。 国立大学事務職員が幹部職員になるためには、ファスト・トラック(幹部候補生の早 期選抜の仕組み、以下FTと表記)として、①文部省への転任制度が活用され、またこ れに乗らなかった組織構成員の動機付けとしては、②課長への登用制度、③学内での昇 136進という仕組みが存在し、これら3つのキャリアパターンが、多様なインセンティブを 有する職員をそれぞれ動機付けていた(第2章)。 同幹部職員の職務遂行能力とその開発については、企業組織の管理職育成(企業内 FT)に関する先行研究との比較を通じて、まず共通点としては、文部省転任の仕組み も同じくFTであり、かつ管理職としての能力(組織全体に関連する不確実性を処理す る能力)を育成するキャリアパスとなっていた。この文部省勤務の実態と経年変化につ いて、係長相当職や課長補佐相当職では、一貫して国立大学事務局採用者の占める割合 が高く、幅広い業務経験を積む彼らは、文部省の中核を担う職員としても活躍していた ことが明らかとなる。この本省転任者が能力開発を行う好機には、文部省が本省転任試 験を通過した優秀な人材を確保し、また彼らの人事異動を行う正当性を担保する点に加 えて、文部省、国立大学双方の組織力向上にも繋がる利点が存在していた(第3章)。 それでは国立大学の法人化に伴い、幹部職員への昇進構造とその能力開発にはどのよ うな変化が生じたのか。まず昇進構造は、以前と同様の、①本省転任ルート(FT)の 健在に加えて、②従来の文科省が実施する課長登用から、ブロック登用又は学内登用の 増加、特に後者は法人化後に新たに生まれた学内選考のみで課長登用されるルート、③ 各大学が独自実施する国立大学勤務希望者からの採用ルートが確立した。人材配置の変 化については、法人化前後を通じて、幹部職員の多くは国立大学事務局採用者が占めて おり、法人化後の顕著な変化としては、部長職及び課長職における学内登用者の大幅増 加が認められる。この原因は法人化によって実現した大学の裁量拡大の現れと位置づけ られ、またこれを出向人事の文脈から位置づけると、人事権を獲得した学長が、学内登 用者の「戦略的置き換え」を行ったものと捉えられる。関連する先行研究や事務局長へ のインタビューに基づき整理をすると、幹部職員に学内登用者が増加した理由は、学長 が①学内事情に精通した人材を活用したいため、②学内事務職員へのインセンティブを 付与するため、③個人の能力や資質が可視化されている者を登用するほうが安心なた め、以上の3点が挙げられ、これらの変化は、幹部職員人事をめぐる主導権が質量共に 国立大学法人側に移りつつある傾向を示している。法人化後の能力開発については、学 長からの職務遂行能力に関する認知の重要性、その都度求められる同能力の個別化なら びに多様化の指摘にとどまり、その具体的変化への分析は今後の研究課題とされる。先 のインタビュー結果に基づくと、FT経験者である本省転任者には、企業管理者が身に 付けている職務遂行能力とほぼ重複するものが観察されるが、今後学長による「戦略的 置き換え」が進み、更に学内登用者が増加すれば、彼らには組織の管理職として必要な 能力獲得の機会が希少となり、延いてはそれが組織力の低下に繋がる。つまるところ、 この傾向には、本省転任希望者の減少に伴い、幹部職員へのFTであった仕組み自体が 衰退する可能性がある(第4章)。 以上の各章分析結果を通じて、本書は結論として、①FTによる幹部職員育成―FTの 存在とその多機能を実証、②3つのキャリア・パターンと人的資源の最大化―FTを採 用しつつも、カテゴリー的には「積み上げ型の褒賞システム」が採られ、「職員全体の 国立大学職員の人事システム 137
リソースを最大限動員するインセンティブ装置」はおおむね働いている、③法人化後の 国立大学職員の能力開発―学内登用率が今後更に向上した際の人事戦略が課題、④法人 化後の文部科学省の人材確保と組織力向上―同省内の中核を占めてきた国立大学事務局 採用者の減少に伴う人事慣行の大幅な見直しと本省直接採用者育成の中長期的対策、⑤ 慣行の生成と衰退―国立大学の組織拡大に伴う文部省にも組織的利点があったFTの確 立、1990年代から始まった本省転任試験の選抜性低下、法人化による従来慣行のさらな る動揺、以上の5点が整理される。そして最後に、本研究の限界としてインタビュー対 象者を国立大学事務局長経験者に限定したことを指摘し、今後の課題として、①公立大 学と私立大学との比較、②自治体との比較、③文科省と他省庁ノンキャリア公務員の昇 進構造との比較が挙げられている。 このように本書は、国立大学職員の人事システムへの分析を通じて、同時に文科省の ノンキャリア研究にも資するという独創的な研究視点を持ち、詳細なデータ提供(64の 表と95の図)から、読者は様々な着想を得ることが出来るだろう。以下に評者のコメン トを3点付していくと、まず本書内(225頁)で検討された①事務職員の能力を説明す る新区分の必要性であるが、評者には、本書内で展開された各能力と組織動態との関係 がやや捉えにくいように感じた。例えば、水谷三公による組織の動態分析(対象は中央 省庁)では、三つの能力区分(専門能力・職務能力・職場能力)を用いて、それらと組 織変容の具体的メカニズムが論じられる(水谷三公『官僚の風貌』中央公論新社、1999 年、359頁)。もちろん、各能力を細分化して捉えていくことで、学術的な分析精度を向 上させ、またその能力開発においても、より対策の改善が期待されるところだが、問題 となるのは、精緻に規定された各能力は、実際の組織運営と具体的にどのような関係が 認められるのか、この点に評者は疑問を抱いた。 次に②法人化に伴う国立大学、文科省双方の人材確保と組織力の行方であるが(308 頁)、本書が焦点を当てた両者間の関係変化に加えて、政官関係を踏まえた視点も、今 後の実際的な変容を捉える上では欠かせない視点となろう。記憶に新しい「文部官僚は 政治に弱い」と指摘する前川喜平の証言からは様々な含意や論点が取り出せる(前川喜 平『面従腹背』毎日新聞出版、2018年、131頁)。 そして最後に評者は③「大学とは何か」という、本研究からはやや飛翔する根源的な 問いを発してみたい。この見解の相違は、大学職員に求める能力基準の相違と繋がるも のであり、先述の①の問いとも関係が深い。一例を挙げると、吉見俊哉は「大学は国と いう単位を超えた普遍的価値に奉仕する存在」と定義し、法人化後の国立大学における ①資金獲得力、②イノベーション力、③グローバル化対応重視の姿勢は、理系中心の視 点から展開されたものであり、文系は時代に取り残されているという認識が社会にある のではないかと指摘する(吉見俊哉『文系学部廃止の衝撃』集英社新書、2016年、57 頁)。本書では特段大学に対する見解は述べられていないが、その結果、評者は読後感 として、実質面よりも運営上の形式面が強調された大学像を得ることで、あらためてそ の内実を探求しようとする問いが誘発された。これは事務局長インタビューにおいて確 138
認された「中長期の目標」の不在にも通じるものがある(224頁)。 「官僚制としての大学」と ! 関係を結ぶ教員・学生、これを「行政学」の問いに準えれ ば、それは政官関係を問う視点と様相が似てくるように思われる。情報公開や公文書管 理の問題が指摘されて久しいが、そもそも国立大学の法人化は、急進的に進められた政 策の結実であり(田中一昭・岡田彰『中央省庁改革』日本評論社、2000年、215頁、有 馬朗人へのインタビュー参照)、その改変後の検証は未だ不十分な段階にある。やや悲 観的かつ飛翔した問いを続けたが、本書にはノンキャリア研究を更に展開しうる新たな 知見や可能性が見出されるだけでなく、「大学論」も誘発させる実に多面的な魅力が備 わっていることを評者は最後に強調するものである。 139