I. は じ め に 街路樹は,美しく統一感のある街並みを創出するとと もに,都市の季節感を演出し,日照・風などの微気象の 調節,ヒートアイランド現象の緩和など都市環境の改善 に寄与している.さらに,都市の生物多様性の向上にも 大きな役割を担うと同時に,火災発生時の延焼を防止す るなど,災害に強いまちづくりを推進していくうえでも 重要な機能を果たしている. もともと自然の緑に恵まれない大阪市において,最初 に街路樹を植え始めたのは明治 22 年頃で,当初は市内 の川岸にヤナギ,サクラ等を植え付けたが,その後明治 40 年頃から堺筋をはじめ各町内の有志が植え付けたプ ラタナスやポプラ等を,大正 8 年から大阪市が管理する ことになったのが始まりである. イチョウ並木で有名な御堂筋では昭和 8 年からイチョ ウの植栽が始まり,昭和 12 年の完成までに 928 本が植 えられた. 戦後のわが国経済の急成長は物質的な生活水準を著し く向上させたが,その反面,環境保全の配慮が不十分で あったため都市では深刻な公害問題が生じた.大阪市も 例外ではなく大気汚染が社会問題となるなかで,いち早 く昭和 39 年 4 月に中馬馨大阪市長により「大阪をうる おいのある健康な町にするために,ここに強力な緑化運 動を開始する.この運動は全市民の変わることのない願 いとして今後百年間これを継続する.」という「緑化百 年宣言」を行い,これを契機に精力的に量的拡充を図っ てきた. つづく昭和 50 年代は,都市景観の形成という面から 幹線道路,主要な交差点,ターミナルといった多くの人 の目にふれやすい場を積極的に緑化することにより,効 果的に緑量の増大を図る「グリーンアップ計画」を展開 した. また,当時はできるだけ早期にまちなかの緑量を増や していくため,ポプラやプラタナスなど生長が早く,大 きくなりやすい樹種を多く植栽してきた. このように昭和 40 年代以降強力に量的拡充を図って きた大阪市の街路樹は,植栽後 50 年近くが経過し,限 られた道路空間という特殊な生育環境の中,道路交通の 安全に支障をきたしている樹木や,良好な樹形を維持で きない樹木も発生してきている. 本論では,大阪市において顕在化してきたこれらの課 題に対し,街路樹再生を目的として実施している「街路 樹の安全対策事業」と「御堂筋イチョウ並木の生育環境 改善」の 2 つの取組みについて紹介する. II. 「街路樹の安全対策事業」について 1. 街路樹をとりまく制約 道路空間においては,車両や歩行者等の円滑な通行を 確保するため,道路構造令に規定されている建築限界に よって植栽空間が制約されている. また,道路空間には,道路植栽とともに交通安全施設, 交通管理施設の他に道路占有物がある. 道路占有物には,地上占有物(電柱・電力線・電話線 など)と地下埋設物(上下水道管・ガス管・電気ケーブ ル・電話ケーブルなど)がある.これらは,地上部にお いては主幹・樹冠と,地下部においては根系と競合する こととなり,街路樹は上下空間とも厳しく制約された環 境に生育している(図―1). 2. 大阪市における街路樹の課題 街路樹には,落ち葉や果実による汚損など維持管理に 関する課題や道路空間という特殊な環境のもとで生育し ていることに起因する安全管理上の課題等がある. 特に安全管理上の課題として,大木化等により根が歩 道の舗装を持ち上げたり,枝葉の伸長による信号や標識 の視認障害,交差点の視距阻害,また幹や根にできた傷
シリーズ:街路樹─維持と管理─
大阪市における街路樹再生の取組み
* 石田紘之1・松本直己1, ** * ** 1 1Hiroyuki Ishida1 and Naoki Matsumoto1, **(2019)Regeneration of roadside trees in Osaka city. Tree and Forest Health
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本原稿に関するお問い合わせ:大阪市建設局公園緑化部緑化課 責任著者(Corresponding author)E-mail:[email protected] 大阪市建設局公園緑化部緑化課
口から侵入した腐朽菌の影響による強風時の倒木等につ いては,市民生活に支障をきたす恐れが重大であると認 識している(図―2). 3. 安全対策の企画立案 街路樹は,道路附属物として道路交通の安全確保に支 障をきたすことが無いよう管理する必要がある. 国土交通省は「安全かつ円滑な交通の確保」に,より 重点を置くことを明確化するため,平成 27 年 3 月に「道 路緑化技術基準」を改正した.新たな基準には「植栽の 健全な育成とともに,道路交通の安全の確保に,より重 点を置く」ことや,「管理基準を明確化するとともに, 適切な更新の実施」について盛り込まれた. 大阪市における街路樹の安全管理上の課題に加え本基 準の改正趣旨も踏まえ,良好な都市景観を形成し,安全 な道路交通を確保するため,大規模な街路樹の撤去や更 新を実施することにした. (1) 対象樹木調査 老木化,大径木化等により視距阻害・視認障害,根上 がり等による通行障害を起こしている樹木,また内部に 腐朽等が発生し経過観察措置としている樹木等を「将来 的に市民生活に支障となるおそれがある樹木」と位置づ け,平成 28,29 年度の 2 か年をかけ,全ての街路樹の 現地調査を行った.その結果,速やかに措置すべき街路 樹として市内全体で約 9,000 本を確認した(表―1). (2) 実施内容 課題に対応するため,大阪市では市民生活に支障とな るおそれがある大木化した約 9,000 本の街路樹を,平成 30 年度から令和 2 年度の 3 か年で撤去し,シラカシや ハナミズキなど生長の緩やかな樹木や低木に更新するこ とで街路樹の若返りを図り,良好な都市景観を形成する とともに,安全な道路交通を確保することとした.また, 交差点の見通しを遮るなど,将来においても市民生活に 支障となるおそれのある場所については,街路樹及び植 樹桝を撤去することとした. なお,安全対策事業の財源は,平成 30 年度予算から 新たに大阪市が創設した,市民の安全・安心の確保のた め緊急的に必要な修繕等の経費等に割り当てられる「市 民利用施設等の緊急安全対策事業」により通常の維持管 理経費とは別に確保した. 4. 事業実施に向けコンセンサス 市民生活に身近な街路樹をこれまで経験したことのな 図―1. 街路樹をとりまく制約 (山本紀久著,日本造園建設業協会監修(1998)街路樹) 図―2. 市民生活の安全に支障をきたしている例 表―1. 将来,市民生活に支障となるおそれがある街路樹本数 原 因 本 数(本) 支障となるおそれがある樹木 8,900 視距阻害・視認障害 等 根上がりによる通行障害 腐朽等,樹木の老朽化 2,700 4,200 2,000
い規模で撤去・更新する事業であるため,実施に向け段 階的に各方面への事業説明を行った. まず実施の前年度である平成 29 年度に,みどりのま ちづくりに関する重要事項の調査審議を行う「みどりの まちづくり審議会」や各区の区長が集まる区長会議で事 業について報告を行うとともに,市議会において審議い ただいた. 市議会では「樹木に愛着をお持ちの方々も多くおられ ることから,市民に対する丁寧な事業説明と着実な事業 の実施,そして美しい街路景観の創出にむけ日常の維持 管理についてもしっかり実施するように」との指摘が あった. 市議会での審議も踏まえ,市内全 24 区の連合町会長 会議など地域住民の代表等の方々が集う会議において事 業趣旨説明を行った. 実施開始の平成 30 年 4 月より,安全対策事業を実施 する具体的な路線(撤去場所)や,撤去本数,植栽本数, 樹種を変更する場合は更新予定樹種について各区長に詳 細説明を行い,区民の方への情報提供方法(説明が必要 な会議,沿道町会への周知方法,班回覧の要否など)に ついて意見をいただいた(図―3). 概ね市民の方々への説明が終了した 7 月に,安全対策 事業の実施について報道発表を行った.また,町会に加 入されていない方や,通行される方への案内として,撤 去予定樹木全てに「工事のお知らせ」を掲出するととも に,市の広報紙 8 月号に案内記事を掲載した. なお,「工事のお知らせ」には大阪市のホームページ へリンクする QR コードを貼り付け,より詳細な事業目 的の説明および事業実施に対する理解と協力を求めた (図―4). 5. 設計および工事着手 初年度である平成 30 年度は,関係各機関と協議の整っ た優先順位の高いものから実施することとし,24 区均 等割に 170 本程度の樹木撤去をめざした.十分な工事期 間を確保するために,平成 29 年 12 月より設計に着手し, 平成 30 年 5 月中旬より順次契約を行った. 業者契約後,一部路線においては 7 月下旬から樹木の 伐採を開始した.本来は歩道の緑陰が求められる夏場の 伐採は避けたいところであるが,通学路となっている歩 道などでは,小学校の夏休み期間中に伐採を求める地域 もあったため,その時期からの工事着手となった. 6. 台風 21 号による被害の発生 しかしながら平成 30 年 9 月 4 日,大阪市に最接近し た台風 21 号の影響により,大阪市の公園や街路樹は大 きな被害を受けた.市内最大平均風速は 27.3 m/s,最大 瞬間風速は 47.4 m/s であり,過去に最大瞬間風速が 45 m/s を超えたのは,昭和 9 年の室戸台風と昭和 36 年 の第 2 室戸台風の 2 回のみという大阪市内の気象台観測 点では,観測史上歴代 3 位となる最大瞬間風速が記録さ れた.大阪市が管理する公園樹は約 5,050 本,街路樹は 約 1,650 本が倒木したほか,幹折れ・枝折れが多数発生 した(図―5). 街路樹の倒木については,ヤマモモ,シラカシ,ハナ ミズキ,コブシ,イチョウなど街路樹として植栽本数の 図―3. 地元説明資料の例 図―4. 工事のお知らせの例
多いものが目立った. 7. 初年度の実施結果 安全対策事業の初年度となる平成 30 年度においては, 撤去 4,000 本を予定していたものの,台風 21 号の影響 により台風被害復旧にむけ道路の通行機能確保を最優先 に取り組んだ結果,約 3,500 本の撤去となった(図―6). 主な対象樹種は,あくまで初年度に限っての結果では あるものの,ナンキンハゼ,ケヤキ,トウカエデ,アオ ギリ,ヤマモモであり,生長が早く大径木化しやすいも のが多かった. また,あらかじめ町会への説明や班回覧による周知等 を行ったものの,工事着手にあたり撤去予定樹木に掲示 した「工事のお知らせ」をご覧になった方からの問合せ が多数あった.問合せ内容としては,なぜ樹木更新を行 うのか等,事業趣旨についてのご意見が多かったほか, 大きく育った樹木を撤去することへのご意見も寄せられ た.いずれも事業目的を丁寧に説明することにより,多 くの方々に納得していただいた.なお,住宅地内にある 樹木については,撤去に関するご意見が比較的少なかっ た.住宅地内については,狭い歩道上に街路樹が植栽さ れていることや住居に近接していることもあり,それら に伴う通行支障や落葉清掃など,街路樹の課題が軽減さ れるということで,少なかったのではないかと推察され る. 図―5. 台風被害の例 図―6. 安全対策事業施工例
台風により初年度に施工できなかった対象木は,2 年 目,3 年目の実施計画を見直すことにより,対応してい くことにした.2 年目である令和元年についても,平成 30 年度と同時期に契約を締結し,現在約 3,000 本を撤去, 更新をすすめている. III. 「御堂筋イチョウ並木の生育環境改善」について 1. 御堂筋のイチョウについて 御堂筋は大阪を代表する美しい幹線道路であり,イ チョウ並木は平成元年に「大阪みどりの百選」に選定さ れるとともに,「近代大阪を象徴する歴史的景観」とし て平成 12 年度大阪市指定文化財に指定されている(図― 7). 御堂筋のイチョウは,自然樹形を維持管理できるよう に管理を行っているが,夏場の高温や建物,車道に囲ま れた過酷な環境下にあり,歩道の平板舗装と路盤の間に 根が伸長し,舗装や縁石を持ち上げている箇所も多く発 生し,通行上の問題となっている. 2. モデル整備区間におけるイチョウの生育調査 大阪市では現在,御堂筋の空間再編に向け検討を進め ており,平成 28 年 1 月より,千日前通以南(難波交差 点~難波西口交差点間)の東側街区において,側道を利 活用したモデル整備を実施することとなった. この整備に合わせ,「分離帯のイチョウ」と「歩道上 のイチョウ」のそれぞれについて外観調査,根系調査, 移植木根株調査を実施した(図―8). (1) 外観調査 健全度の判定については「樹木診断様式(一般財団法 人日本緑化センター 2009)」の「2.地上部の衰退度判 定票」を用いて行った(図―9).水や栄養分が十分に上 部の枝に行きわたらない場合に,緊急的に樹勢を取り戻 そうとするために発生する,胴吹き(幹にある休眠芽が 芽生えること),ひこばえ(根際の休眠芽が芽生えること) などが多いことからも,樹勢が良くない原因として,周 辺の土質が路盤で固められているため,根の状況が良く ないことが推察された. 図―7. 御堂筋のイチョウ並木 図―8. 調査区域と対象のイチョウ 図―9. 判定区分と判定結果
(2) 根系調査 モデル整備区間において,新たな植樹桝や舗装等の整 備により「分離帯のイチョウ」の根系は一部除去される ことから,倒木の危険性の確認,及び生育への影響につ いて検討するために「分離帯のイチョウ」の 2 本(A2, A7)について,南北方向に 1.25 m 離れた地点で 20~ 25 cm 程度の土壌掘削を行い,根系生育状態の調査を実 施した(図―8). A2,A7 ともに支持根となる太い根は浅い箇所では確 認できなかった.一方で,現在の地盤のすぐ下から水や 栄養分を吸収するための細根が繁茂しており,しかも植 樹帯に沿って南北方向に長く伸長していることが明らか になった. (3) 移植木根株調査 モデル整備に伴い,移植する必要が生じたイチョウ 5 本(A1,A3,A4,A11,A13)については,掘取り時 に根の状況を確認した. 調査の結果,特に一般的に周囲に伸長するとされる支 持根がなく,ほぼ,植栽時の植穴の範囲でしか根の生育 が認められなかった. また,事前の根系調査で確認された量以上に周囲への 細根の根の伸長も見られなかった.車道への根の伸長も 認められなかった. 3. イチョウの生育環境改善に対する対策 モデル整備工事において,イチョウの劣悪な生育環境 の改善を図るため,従前の道路整備では困難であった舗 装下への根系が伸長できるような対策と,歩道部におけ る根上がり防止策を実施した. 具体的には,舗装下への根系伸長対策として,路床の 支持体に中空ブロック(一辺が 90 cm の立方体のコンク リートを三方から直径 65 cm の円柱でくり抜いた形状の 既製コンクリートブロック)を利用し,良質土を充填し た.また歩道部における根上がり防止策として,植栽基 盤に一定粒径の粘土焼成物等を用いて構造的な支持力を もたせ,その噛み合わせ空隙に生育補助材を充填し,植 物の生育に必要な要素を具備することで植物生育を担保 するとともに,根が路盤に侵入することがないよう縁石 沿いには防根シートの設置を行った(図―10,11). 図―10. イチョウの生育環境改善に対する対策 図―11. 歩道部の根上り対策のための植栽基盤図
長期にわたり取組みの効果検証を行う予定であった が,台風 21 号の被害を受け,残念ながらほとんどの樹 木が植替えを余儀なくされた.今後,植替えをした樹木 についても,合わせて定期的に生育状況を確認していき たい. IV. お わ り に 今回,大阪市の街路樹に顕在化した課題に対する取組 みについて紹介させていただいた. 街路樹再生に向け取組みを進めている最中,台風 21 号が発生し,公園樹,街路樹に大きな被害を受けた. 倒木した樹木や幹折れした樹木については平成 30 年 度に撤去したが,補植については令和元年度に行う予定 としている(御堂筋については復旧済).台風 21 号の被 害により失った都市の貴重な緑については,原則復旧す ることを基本的な考え方としているが,復旧に際し,安 全安心かつ災害に強いまちづくりの観点も踏まえ,植栽 場所,樹種等を十分に検討し,緑化方法を決定すること としている.特に街路樹の補植に際しては,安全対策事 業の趣旨を踏まえ,①交差点付近での視距や視認性を阻 害するなど,将来的に交通安全上の支障となるおそれの ある場所には植栽しない,②「統一感のある美しい街路 樹景観を復活させるため,原則として路線で決められた 樹種を植栽するが,必要に応じて中低木への変更も可能 とする,③高木の植栽については,健全な生育空間の確 保を考慮し配置(間隔)を検討する,こととしている. 街路樹は,景観向上や環境保全,交通安全,防災など 安全快適な市民生活に欠くことのできない多様な機能を もつ市民共有の重要な財産である. 大阪市では量的拡充を主眼に取り組んできた街路樹の 維持管理方針を見直し,今後は都市格の向上につながる 質の高い緑の提供という観点に切り替え,道路交通の安 全確保,ライフサイクルコストの観点を持ちつつ,将来 にわたり適正な水準で持続可能な管理を行っていくた め,これまで市内一律の水準で実施してきた管理水準を, 道路のグレードやエリアに応じメリハリをつけたものと するなど,良質で安全な緑のネットワークの形成を図っ ていくことをすすめていく. 引 用 文 献 国 土 交 通 省(2015) 道 路 緑 化 技 術 基 準.http://www.mlit. go.jp/road/sisaku/ryokuka/pdf/02.pdf( 参 照:2019 年 9 月 25 日) 日本緑化センター(2009)樹木診断様式.日本緑化センター 山本紀久(1998)街路樹.日本造園建設業協会監修,技報堂 出版 (2019 年 9 月 26 日受付)